はてなキーワード: 産業とは
http://diamond.jp/articles/-/16007
何十年か前は人口爆発による資源食糧不足のほうが心配されてたわけで
後知恵で「なんで増やさなかったんだ」というのは滑稽なように思う
たぶんそういう過去の経緯もろくに知らずに書いてるんだろうけど
それと一人当たりGDPスルーして国全体の数字で豊かさを見るのもおかしい
GDPの大きさで豊かさ決まるなら精度やら産業構造今のままで形式的に47都道府県ごと別の国にしたら生活苦しくなるなるとか思ってんだろか
中国もインドも貧乏だし出生率の高い中東アフリカも貧乏な国ばかりなのになぜ人口増加=豊かと思えるのやら
日本国内で見たって高出生率低所得の沖縄、低出生率高所得の東京ってな状況なわけだし
そもそも失われた20年ですら労働者一人当たり成長率は平均2%ぐらいあるわけで50年で総人口が半減しても国全体のGDPは減らないし
あと「人類の5000年の歴史の中で、1人が1人を支える社会が存立し得た事例は寡聞にして知らない」とかかいてるけど
養われる人口が老人だけだと思い込んでるからこういう勘違いをしてしまう
産業構造が昔と大きく違っている中で、「道徳を涵養していけば、道徳に忠実にやってくれる人が多くなる」
と思うのは見当違いです。とくに若者はそんなことは考えていませんから、処方箋をいくら出しても、
強制でもする以外、そうはならないでしょう。強制すれば、また違う害が出てくることは明らかですから、強制もできません。
「こういうのがいいんだ」とわかっていても、そうはできないし、そのとおりにはならないのが現在の大きな問題なのです。
やる人がいないし、耳を貸す人もいません。もしいてもそれは少数だけで、根本的な解決にはならないでしょう。
長く人生を生き、戦前・戦中・戦後と一定の視点で人間というものを見ていると、どうも人間というのは、なかなか向上しない、
立派になりにくい宿命を背負った存在ではないかと思うことがあります。戦争のような大きな悪の中では、
個人個人は倫理的で善良になり、平和の中では個人個人が凶悪になっていくという矛盾があります。
かえって人間としては時代を経るにつれて低下していくような気がしないでもありません。戦争中から比べると、
現在はご飯を満足に食べられ、家柄や男女にかかわらず行きたい大学に行け、やりたい仕事に就ける夢のような時代になったはずです。
しかし、欲望がすべて満たされたら満たされたで、人間はまた悩み始めているのかもしれません。
あれほど未来性を持ったマルクスのような人でさえ、人類がこのような時代に直面するとは予期していませんでした。
世界の現状や個々人の考え方や生き方がこうまで問題の多いものになるとは思っていなかったと思います。
いまの状態は、社会主義国だと言っている国も、資本主義国だと言っている国も
そう変わりばえのあるようなことをしているわけではありません。ひと昔前に声高に論争しあった思想や政治システムといったものよりも、
人間性や人間の本質のようなものが生み出すものや、人間性そのものが問われる時代になっているのではないでしょうか。
そういうことを考えていくと、現代は人類がかつて体験したことのないまったく新しい状態まできているということになります。
もしかすると、これから先、歴史の繰り返し以上に人類はだめになる危険性もあります。
残念ながら誰の考えをたどっていっても、こうまでは考えていなかったろうと思います。これから先のことは、
自分たちで新しく考えていくより仕方ありません。
よさそうでかつ害のなさそうなことをやる、小規模でもやっていくということ以外にこの新しい時代に対処する方法はないように思います。
これは、科学的に社会のことを考えてきた人も想像していなかったろうと思います。そこが現在の一番の問題かもしれません。
一つはっきり言えるのは、いいことをいいと言ったところで無駄だということです。それは歴史が何回も証明してきました。
いいか悪いかではなく、考え方の筋道を深く追わなければ、問題の本質が見えてきません。考え方の微細な筋道をたどっていかないと、
解決の糸口を見失ってしまうでしょう。
何はともあれ、いまは考えなければならない時代です。考えなければどうしようもないところまで人間がきてしまったということは
吉本隆明「真贋」より
金さえ儲かれば何でもいいとか
これは実はギャンブルみたいなものです。とか運営が『公共の場で』言ったらアウト。裏でいう文にはセーフ。
という線引きはどうですか?
http://d.hatena.ne.jp/renewal49/20120203/1328276390
この記事面白いなー。
しかしどっちかというと逆の問い「どうやって金払わせるか」のほうが面白いと思うのでこっちも考える。
「価値のラインが出来てしまえば、そのラインまでは払ってしまう」ってことでもあるよね。
んで、グリーたんとかDeNAきゅんはとってもこのラインを引き上げるのが上手。
価値はそれぞれの人の心の中にあるんだよ=心理操作しだいでゼロからでも作り上げられるんだよって
シレっと答えられる人が今の勝ち組さんなわけですね。
で、具体的にどうやってるんだろうとおもって興味は出てきたんだけど、
自分ではソーシャルゲームをやったこともないしなんか怖いのでやるつもりもない。
というわけで、いろいろ参考記事まとめてみた。
とりあえずこのあたりのテーマで、おすすめの記事があったらトラバとかブクマで教えてくださると嬉しいです。
他にこのあたりも考えろボケっていうのがあれば是非教えていただけると助かります。
これについては
http://alfalfalfa.com/archives/5117421.html
http://blog.livedoor.jp/borisgoto/archives/52070071.html
という記事がめちゃくちゃ詳しい。これについてはもう完全にパチンコで培った技術の有効活用。
何回説明されてもゲームシステムが理解出来ないのだが、
まぁ取引あるところではレアカードの価値が上がっていくのは当然だろう。
http://siusiu.blog.shinobi.jp/Entry/517/
カードの価値を維持するために、経済学的(笑)な知識もフル稼働する必要があるとあって
私がかんがえているよりずっと高度な商売をやってることがわかる。
んで、二次元のキャラを愛するって気持ちが全然私にはわからんと思ってたら
http://d.hatena.ne.jp/makaronisan/20120203/1328284471
http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1694107.html
こういう記事が上がっていて参考になる。
そろそろ「モバゲーがエロすぎ」って記事もどっかがまとめると思うが、このあたり見てると
しかし大前提として、上記のような仕掛けができるようになるためには、
まずそのゲームに入り込んでもらわなければいけないわけで、
http://live.nicovideo.jp/watch/lv77506187
50分から70分までの内容。
文字書き起こしではありません、主観を混ぜて恣意的に編集してます。ニュアンスも微妙に違っていると思います。
(カッコ部分は岡田さんは言ってない部分です。私が勝手に付け足しました。明確に私の意見であるとわかるようにしてます。)
「勝利のイメージを持たず、勝算を考えず、勝算が低いとわかってもその活動にこだわろうとするのは、運動自体がやりたいからだよ」
経団連と交渉して就活のルール変えていきたいっていってるけど、
そもそも今の就活のルールは経団連の責任なの?経団連さえ変われば就活は変わるの?
それを受け入れてる学生側の意識に問題はないの? 変えていくのは学生の意識が先じゃないの?
経団連がどんだけ強いのか知らないけど、経団連に関係ない企業が95%以上あるよね。
経団連がアホなことばっかり言ってるならそっちには行かないって
みんなが言うようになればいいんじゃないの?
「経団連に左右されてるだの影響力が多いだの」っていうのは主語が消えてるよね。「学生が、影響されている」だよね。
まずそれを取り違えてない?
別の話で例えよう。
ジャニーズみたいなイケメンが5%、それ以外の男が95%として
「女が、自分はイケメンに選ばれないから不満だ。自分がイケメンに評価されるようにルールを変えてください」って
女が交渉したらうまくいくと思う?
それって個人だから聞いてもらえないけど団体交渉にしたらうまくいくって類の話だと思う?
この場合だったら変えるべきなのは、女の意識じゃない?イケメンにこだわらなくてもいいって考えを押し出すべきでしょ?
・・・ほらそこですぐ「イケメンに訴えかけつつ、女性側の意識も変えていきたい」って言わない。
(今は両面選べないって前提で話をしてるんだ。わかりやすい例えまで出して選択を求めているのにそうやって問から逃げるのは卑怯だよ?)
戦い方として考えた時にも、単に団結して交渉しようってのはおかしい。
労働組合に意味があるのは、運動しているのがいなくなったら困る人だからだよ。
たとえきみたちが頑張って10万人集めたところで、
交渉したいんだったら、まず相手をよわめて自分たちを強めないと。
経団連の影響が弱くなる状況を作らないと。
「経団連の影響が強いから直接経団連に訴えかける」っていっても
向こうとしたら交渉のテーブルに座る必要すらないよね。
君たちがやるべきなのはまず
「相手は間違ってるから私たちのいうことを聞くべきだ」なんて
真正面から突撃することじゃなくて(というかこれただの自己満足玉砕だよね)
ハッピーになれる人たちといった現実的なイメージを数多く作って
というルートを作っていくことだよね。
(あととにかく「学生が」「親が」って言うのは一旦やめろ。
まずキミはどうなの?キミは95%に興味がないの?大企業に就職したいってことでしょ?
社会運動って言ってるのにその中心であるキミ自身の考えをいろんなもので代弁してごまかしてるようにしか見えないよ?)
君たちの活動が盛り上がらないのは、他の学生が参加できる、したくなるような明確なサクセスストーリーがないからだよ。
「就活活動をしないで多様な幸せ像」を提示していく必要がある。お金がないとか広報する手段がない、っていうよりまず中身を詰めなさいよ。
厳しいこと言ったけれど、僕(岡田)は今の就活、特にリクルートのやり方が正しいとかは全く思ってないよ。
リクルートが学生や就活を対象としたプアビジネスに目をつけてそれを続けた結果として、洗脳が完了してるってのが今の状況だろうくらいに思ってる。
パ○ンコとか就活産業は社会的正義ないと思うし、日本の恥だとおもうんだよね。
社会にあるものは誰かに必要とされてるのは認めるけど、そろそろやめようよって言いたい気持があるよ。
でも潰れろっていっても潰れないでしょ?デモしても受け入れてもらえないでしょ。
それよりは「就活リテラシー」がない人が食い物にされてるって問題に注目して
この人達の就活リテラシーを上げて、支援するためのサービスやんなよ。
今はリクルートが用意した呪いの剣と呪いの鎧しかないわけじゃない?
鎧は重くて体力奪われるし、剣も切れ味悪いよね。しかも高い、と。
呪いを解く教会と、適切な価格でちゃんとした武器防具を提供してあげればいいよ。
すごく話が盛り上がっていたんだけれど、このあたりでいきなり生放送が切れてしまって復帰しなかったため(リクルートの妨害?)
残念ながらここまで。「就職肉食系をやめて草食系スタイルで行こうよ」ってテーマでかなり興味深かったんだけどなー。
ここから感想。就活ぶっ壊せデモの学生側の言葉は全く響かなかった。迷走ってレベルじゃないわこれ。同じ年の私から観ても子供のお遊戯。
私も大学3年生で就活を控えており、彼らがそれなりのビジョンを持ってるのかな、と期待して話を聞いてみたんだけれど
とにかくピントがぼけまくりな上に、唯一明確な行動方針が「人数集めてデモしたい&経団連とルール交渉していこう」ばっかり。
現実性が全くなかったうえに、代替案があんまり考えられておらず、岡田さんの問題指摘についての反応が鈍いなど柔軟性にも疑問があった。
あと、リーダー?が宮内という人2ちゃんねるでよく見かけるバーチャルな人格がそのまんまリアルに出てきたみたいでかなり気持ち悪かった。
妙に上から目線だし、岡田さんがアドバイスしたら「じゃあ岡田さんが協力してくださいよ」とか「それは岡田さんのビジネスになりますね」とか返す。
それでいて、主張にしてもいちいち「マクロ的にこうだから」「みんなそうしてるから」「経団連がー」というのが多くて
彼自身が、彼自身の責任で、自分の主張をするのを避けているのが、ものすごく不愉快だった。
我が強くて自分の意見をゴリ押ししたがるくせに、自分の意見について責任を取らないって最悪じゃね?この人と一緒に仕事したくないな、と思った。
それでも・・・空気読めないにしても、岡田さんにさんざんダメだしされてもひるまずにしゃべり続けたって度胸はほんとすごいと思う。
こういう感じで怯まずにいろんな人達から色々話を聞いているうちにちゃんと目標が定まって、何かやラかしてくれるかもしれない。
※ツイッターからの流れで書きました。偶然ご覧になった場合は意味不明だと思いますのでスルーしてください。
では、昼間の河野さんの記事について、思うところを申し上げます。
「どっちが正しいか勝負しましょう」なんて気はありませんので、ひとつの意見としてお読みいただければと。
まず前提をいくつか。
1 ご承知とは思いますが、当該記事 marketingis.jp/archives/1594 の内容にのみ異議があり、河野さんご自身の人格や存在を否定する意図はありません。もしそう取れる発言があればお詫びします。特に河野さんが気にされたツイートは、確かに非難のニュアンスがこもったものになっており、あらかじめお詫びいたします。
2 ツイッター上では実際の知人友人もいらっしゃいますが、好き勝手なことを書きたいので、一応は匿名でやっております。「いや、直接連絡を取って口頭で」ということであれば、別途ご連絡申し上げます。
3 私は企業のサービス企画の人間で、以前はネット広告を担当していました。物書きではありませんので、文章の質についてはご勘弁を。また、ダイレクトマーケティングの経験しかありませんので、産業全体については私見を超える言及はできません。
以下、本文です。
まず、お気に障ったと思われる「終わった教」についてですが、もちろん、タイトルの「4Pの時代は終わった」についての言及です。
ここは批判というよりも反射的な嫌悪感がありました。
「○○は終わった」「これからは○○だ」「201X年は○○が来る」という言葉で危機感を煽ってコンサルだのセミナーだので稼ぐ方がいますが、反射的に「またか」と思ってしまったための言葉です。私は河野さんをネット上の断片的な上方しか存じ上げないにも関わらず、勝手にそうした類だと分類してしまったことは軽率で、たいへん失礼いたしました。
本文について。
私には4Pが終わったという意見(表現?)には同意できません。記事を拝読しても、終わる終わらないの問題ではないのではないかと考えます。
少し具体的に。
記事中で“ひとつは「バランスが崩れた」こと、そしてもうひとつは「Pが増えた」ことです。”と書かれていますが、この2つには違和感を感じます。
まずバランスについて。元々、4Pの要素間のバランスは均等ではないと考えています。
ダイレクトマーケティングでは商品が売れるための要素として「市場4:商品の良さ4:広告2」の比率であるいう考え方があります。ダイレクトマーケティングに長年従事してきた者としては、これは数値的にも実感的にも、実際にそうであると考えています。
通販的には、広告というのはあくまで受注を目指すものですから、4Pに置き換えれば、概ねプロダクトの方がプロモーションの2倍重要である、と考えられます。
他の業態を見ても、4Pがそれぞれ比較的等価に扱われてきたと思えませんし、業種や手法によって比重は異なるのではないでしょうか。
ならば、その比重の変化を4Pという考え方が終わる終わらないという話につなげるのは、少し無理がありませんか?
プライスの比重が高くなっているというご意見には異存ありませんが、安売り競争とは別の次元で成功する企業も少なくありません。
4つの要素の比重の変化そのものが当然であるならば、プライスの重要性の向上という現象は、4Pという考え方そのものの有効性には無関係であると考えます。
次に、セス・ゴーディンの引用に河野さんが加えられた「P」のリストですが、「Philosophy」以外は、従来の4Pを構成する要素のひとつ、あるいは4Pとは元々異なる切り口で語られていること、ではないでしょうか?
前者であれば4Pを深掘りしたことになりますし、後者であればそもそも4Pでは除外された考え方ですから、これらも4Pそのものの否定には繋がらないと考えます。
ただ、「こういう要素が重要だよね」という意見表明であれば、なるほどほとんど同意です。あ、ほとんどと言ったのは、全部について熟慮していない程度の意味で、一部同意できないことは意味しません。
ご存知でしょうが、マーケティングは色々な構成要素が複雑に絡み合っていますから、1つの切り口で都合よくすべてを考えることのできる方法はありませんよね? 4Pもそれらのひとつに過ぎず、終わった終わらないという意見は適当ではないと思ったわけです。
で、最近の「終わった」「来る」に辟易していたところに、河野さんの記事を拝読し、反射的に軽い気持ちで陰口を叩いてしまった、という次第です。
最後に。ツイートで言いたかったこととは離れますが、糸井さんの件も気になりました。
糸井さんの広告観ですが、「この広告でどれだけ売れたかとか、そういうことじゃない。俺と組んだら一回遊べるぜ、ってこと」(要約)という、広告そのものに価値を置いた考え方でした。これはなぜか10年以上前にプロレス雑誌に掲載されていた糸井さんのインタビューでの発言なので、ご存知かどうかわかりませんが。
こうした広告観に立てば、いま売れてます、というコピーは確かに広告の“文化的”な意味での衰退とも取れます。少なくとも糸井さんは楽しくはないことでしょう。
が、これがプロモーションの相対的低下を意味するとは思えません。だったら「いま売れてます」的なコピーでプロモーションすればいいし。嘘や違法は論外ですが、これまでのメジャーな広告手法が仮に力を失っても、他の方法はあります。企業の担当者や意欲ある広告会社の方は、そこに真剣に取り組んでいますよ。
【株式会社KNDとの癒着認める】はちま起稿が特定され黒い関係が明らかに★98【閉鎖するまで許さない】
http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/poverty/1326774714/
306 名前:番組の途中ですがアフィサイトへの転載は禁止です[sage] 投稿日:2012/01/17(火) 20:26:19.67 ID:5lvh7Q8A0
今回の騒動に関して、俺も予想外に面白い事態になってきたので
金の亡者にならずに済んだ立場の俺が知ってる限りのことを吐いてみようと思う
ただし、詳しく言い過ぎると俺自身が怖い目にあうかもしれないのでフェイクはあるけど
とりあえず参考程度に聞いてもらえると助かる
今起きていることをこっそりネタばらしすると
大手アニメ・ゲーム・その他娯楽産業といった広告に力を入れている企業が2009年頃から目をつけたのが、”口コミによるなりすまし宣伝”。
この手法自体は昔からあるもので、別に珍しいものではなかったんだけどね。ただ、2chっていう匿名で誰でも書きこめて、しかもテレビCMや評価サイトよりも辛口で率直な意見が多く、表というよりは裏の”信頼あるサイト”であることは間違いなかった。
そこで、この効果を更に高めるためにある方法が提案された。この時期から急激にコピペブログというものが増えだしたのはこれが理由。
それまでも面白コピペやちょっとした抽出レスを紹介するブログはあったけどスレタイを乗せて、まるまる流れを紹介するっていうのが急激に増えたのは
それ自体が”世論操作の為にテレビで流されるニュース”と同じ役割を担うことが出来ると期待されたから。
で、この時に企業の息のかかったコピペブログと、個人で趣味でやってるコピペブログが混在してカオスな時期があった。そこで、そういうブログを一掃したことがあった。
あまり表立った話題にはならなかったけどね。傍から見ればどれがそうなのか分からないし。
後に残ったブログが次に始めたのが、最初に述べた企業の関連商品の宣伝。1年近くかけて、やっと準備が整ったという訳。
これと同時進行で、ゲハ・ニュー速を中心に対立スレ・アンケスレ・煽りスレ、そういったものを中小のIT広告系の企業がこっそりレスを増やすようになった。多分割合は2割ぐらいがサクラ、8割が住人。
これはすごく効果が高くて、あっという間につい最近までのν速の流れを作る礎になったのは事実だと思う。
長いから次に続く
308 名前:番組の途中ですがアフィサイトへの転載は禁止です [sage] 投稿日:2012/01/17(火) 20:32:51.46 ID:5lvh7Q8A0
ちょっと興奮気味で書いてるからそこは容赦してほしい。で、続き
そして最近の嫌儲移転騒動や、他サイトのステマ発覚っていうのは、企業にとって数年がかりの準備や積み上げてきたものが全て台無しになろうとしている緊急事態。
長年作り続けたネット上の意見の流れみたいなものが、現実の身近な生活にまで影響し始めようとして、良い感じだったところに、ほんとに偶然この騒動が始まったから本当に慌ててる。
今までの祭りと違うのは、企業としては3~4年、下手したら5年ぐらいかけて作ってきた構造が、たかだか一介の祭りと同じように壊されようとしていること。
・何も疑うことなく話題に乗ってくれる多数の利用者
この2つが、まぁ今流行りの効いてる効いてるw煽りとかアドクリ頼むわーといった
によって、決定的な打撃となっている。それを解消するには
・転載可の板へ戻すこと
・利用者vs利用者の対立構造にシフトチェンジさせ、目眩ましすること
これが早急な問題解決策になっている。
少なくともこの祭りで職を失う奴も、路頭に迷う奴も出てくる。
高見の見物と言っちゃあなんだが、俺は知らんこっちゃ無い。もっと盛り上がってくれればそれで多いに結構
長文すまん
・8世紀前半には北海道沿岸まで遠征
・その後は安倍氏による支配下で、中央政権から遠いので影響も及ばず半独立国家的統治。(※)
※東北地方が半ば独立していくという姿は、古代大和朝廷の中央集権国家の一角が崩れたことを意味し、これがモデルケースとなって日本は小さな国の集合体へと変貌していく。日本は明治維新まで、中央集権による統一国家とは言えない。(江戸時代も、あくまで連邦国家である)
→明治維新は政治体制的には「大昔の古代集権国家に再び日本を戻そうという復古運動」であり、決して新しい近代国家をつくろうという思想ではない
・長い間安倍家のもと安定していたが、1052年末法思想のあたりから政局が不安定化し、貴族の摂関政治の衰え、武士の台頭にあわせて朝廷に反発を始める(cf 939年 平将門の乱)
・1051年~ 前九年の役。源頼義および出羽清原氏により安倍家滅亡。出羽清原氏が奥羽の覇者に。
・1083年~ 後三年の役。清平家のお家争いで清衡が勝利し、奥州藤原家として奥州を統治することになる。
・1185年~ 奥州合戦。鎌倉幕府により奥州藤原家滅亡。東北を蝦夷と呼ぶ時代は終わり、このあとは安東氏による統治。安東氏は拠点を津軽に置き、奥羽と北海道南端の蝦夷地を支配する。北海道が蝦夷と呼ばれ始める。
・1325年~ 蝦夷大乱。お家争いが幕府への反乱につながるが和睦。
・14世紀後半~
・若狭出身の武士武田信広が、陸奥の守護南部氏・安東氏との争いを経由して北海道に上陸。
侵略され、搾取され、屈従し、たまりかねて反乱を起こしては弾圧される。
ひたすらこの5つの繰り返し。
それでも何とかアイヌ側の忍耐によりそれなりに共存してきたが我慢の限界!
・1591年 南部に大反乱。豊臣秀吉の命で徳川家康を総大将とする討伐軍。蠣崎家も参戦。
その間アイヌの生活水準も上昇し、集落もまとまるようになった。
各部族をまとめる大酋長も現れ、独立国家らしきものが5つもできた。
・100年あまりの日本人との交易を経て、アイヌの生活水準は向上したが
同時に自給自足でなくなり松前藩との交易がないと生きていけなくなった。
苦境に陥った松前藩は
アイヌはまたも敗北し、絶対服従を誓わされるが、理不尽な交易レートは引き下げられた。
松前商人は利益を追求してアイヌを低賃金でこきつかい、奴隷扱い。
・そのままアイヌの悲劇が黙殺されたままおよそ100年ほど経過。
・地引き網漁の発達により、肥料用の鰯が大量に取れるようになり、
・田沼意次の命で、幕府からの調査団が蝦夷地に踏み込んでくる。
占領下における兵士のレイプ問題への対策として慰安所を設けるという考え方。
レイプは軍規違反だが、(所属した隊の気風にもよるが)多発していた。
戦闘活動などで、危機にさらされる状態が続くと、人によっては性欲が高まるのだろう。
日本側も敗戦後、大陸に居た日本人はロシア兵から、 国内ではアメリカ兵から、
広範な規模でレイプ被害をうけている。
・身内に売れらた人間(当時の時代背景においてはめずらしくない)
・ブローカーに騙された者
・完全に占領下におかれた際に、兵士にみつくろわれ、ブローカーに引き渡された例
強制性を訴える者においても、親による児童売買、ブローカによる騙しがその大半。
完全に占領下におかれた地で、村の娘を連れて行くような行為はあった。
兵士が関与している例は、軍全体の規模ではなく、あくまで兵士個人の腐敗だったと言える。
悪質な業者の取締りは一部に留まり、このように、手段を問わず女をかき集めて成り立っていた
慰安所の実態は黙認されていた。
(袖の下を受け取って見逃す図式は 現代の性産業と警察の関係と一緒)
余談ですが、
性行為に不適切な生理前の小学生程度の子供を使っている慰安所を黙認し
(原発やくざがピンはねするように)当然、給与のピンはねもありました。
酷い事例だと12才で連れて行かれて昼夜を問わないレイプ下におかれた上に
ブローカーに中抜きされて、手元にお金は届いていなかったという例もあります。
そのように占領側としての立場を使って、幼女に性行為を働き、悪質なブローカーから
リベートを受け取って見逃してきた人間は糾弾されるべきでしょう。
占領下のレイプを防ぐために慰安所を半公認で許すというアイディアは間違ってないと思います。
ですが悪質なブローカーをコントロールできず、プロの大人の女性による淫売業だけにできず
結果として、“性奴隷=慰安所=日本軍”という最悪のイメージを流布することに
なってしまったのです。
その質を管理できないのであれば、慰安所を認可するべきではなかった。
管理面における政策的失敗なのです。(戦争中という危機下で手が回らなかったとも言えますが…)
韓国、中国の方々は、自国のブローカーが果たした役割を認識し、そのような経路で財を獲得した人間を、
徹底して糾弾すべきですし、ひいては現在の国内がかかえる人身売買の問題撲滅の契機とするべきです。
日本国内でも、<軍規にそむいたレイプ>や、幼女の慰安婦の黙認、袖の下をうけとり悪質業者を黙認した等
慰安所のうまみをなめた人間を裁いてほしいと思います。(もうほとんど死んでるでしょうが)
問題の所在をあいまいにしたまま、なあなあでごまかそうとしてきたために、
当時を知っており、責任の一端を担う人々がほとんど生き残っていないということが
もはや解決を限りなく不可能にしてきたのですね。
「売春婦に自発的になりたいと思う人間はいない。それは貧しさや女性差別を背景にしたもので本人の責任ではないのだから、元売春業の女も、占領下の村で兵士によってブローカーにひきわたされた幼ない少女も、平等な補償をうけるべきだ。」などという詭弁を弄してきたことだと思います。
厚生労働省は22日、9月時点の全国の生活保護受給者は206万5896人となり、過去最多を更新したと発表した。8月時点から6025人増え、初めて206万人を突破。60年ぶりに過去最多となった7月以降、連続して過去最多を更新している。高齢化や不況で増加傾向は今後も続きそうだ。
受給世帯も過去最多を更新し、149万7329世帯。世帯類型別では、高齢者世帯が63万3393世帯で最多。傷病者世帯は32万1230世帯。働ける年齢層を含むその他の世帯は25万3932世帯だった。東日本大震災の被災地での失業給付が切れる来年1月以降は、さらに増える可能性がある。【石川隆宣】
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20111222-00000052-mai-soci
厚生労働省が22日発表した2011年の労働組合基礎調査(6月末時点)によると、全国の組合員数は前年比9万3033人減の996万591人と2年連続マイナスだった。1000万人を下回るのは組合員数が増加途上だった高度経済成長期の1964年以来、47年ぶり。東日本大震災の影響に加え、近年の「労組離れ」が背景にあるとみられる。
組合員数はピークだった94年の1269万8847人から2割以上も減少したことになる。また、労働組合数も2001年から毎年減少し、11年は2万6051組合となった。
厚労省は「製造業から非製造業への産業構造の転換や、フルタイム労働からパートタイムなどへの移行がある」と指摘。非製造業や非正規労働者は組合の組織率が低いことが、減少の要因とみている。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20111222-00000142-jij-soci
全般的に「なんだかなぁ」なんだが、ここ
必ずしも安くて便利にすればいいというものではないのだ。
のが言語化できるぞ。
昔むかし、洋楽は輸入したものと日本のレコード会社を通したものとで価格差が大きくて、
「ブックレットとか解説とか日本語で“便利”だろ?その手間賃を考えたらこの値段でも“安い”ぞ」
その騒動が一段落して、外国語が出来る人は輸入CD買って、外国語が出来ない人は日本仕様のを買って一段落。
そしたらその後に
「東南アジアで作られて売られている日本の歌のCDを日本に持ってきて売ったら儲かるんじゃね?」
ちなみにこの法律に最後の最後まで反対していたのがテニアン川内な。
だった。
結局この法律が成立したところで、音楽産業の凋落自体はどうしようもなかったわけだ。
CCCDなんてあだ花もあったが。
紙の束としての書籍も、録音された情報が入っている媒体も、世に溢れて値崩れならぬ価値崩れしてるんだよ。
内容に関係なく。というかこの二業界、内容で価格が決められてるんじゃなくて、
また両方とも小売店より流通業のほうが力を持っていて(配本数という権力)、
流通業は直接の顧客が小売店で、文句や意見なんて聞きやしない。
それがどれだけ小売店を廃業に追い込んでいることか。
クリエイターが思い上がってるのではないか、という増田の意見には同意。
俺が異業種から出版業界に転職した時に猛烈に感じたのがその種の「思い上がり」。
「俺たちは雑貨を作ってるんじゃないぞ。文化を創造してるんだ。 舐めるなよ」
20代、30代はそこまでバカじゃないけど、やっぱりその手の根拠のないプライドがやたらと高い。
ただ、エントリの後半で、増田が今話題の自炊代行業者への提訴まで、思い上がりのなせる業だと判断したのには同意できない。
昨今の書物の電子化を求めるネット利用者からの声は、確かに大きい。
音楽のダウンロードが安易に出来るようになった結果、人々が音楽にお金を払うことをバカバカしく感じるようになった。
音楽業界にお金が落ちなくなり、業界人が食えなくなり、業界に余裕がなくなり、面白い新人が育たなくなり、大手の寡占化が進み。業界自体が衰退して、愛好家以外が音楽を聞かなくなった。
必ずしも安くて便利にすればいいというものではないのだ。
という理由で電子化が進み、出版業界にお金が回らなくなれば、良質な活字文化は崩壊する。
それは文化の繁栄に、結局は繋がらない。
なくて困る類のものではない。
市場の短期的なスパンと文化育成のために必要なスパンはあまりに周期が異なるからだ。
デ・ビアスという会社が世界のダイヤモンド市場を牛耳り、価格統制を敷いている。
しかしそのために、価格の値崩れが起こらず、業界全体は繁栄を謳歌している。
出版物を電子化から守ろうとするのは、業界にカネを還流させるために必要な行為であって、出版業界関係者の思い上がりとは分けて考える必要がある。
ただ作家達も、書籍の電子化自体に反対すればいいのに、そこに反対すると、頭が古いとか利己的だとか思われるのを嫌ってか、自炊代行行為にのみ反対し、その根拠を「書籍への愛」などという感情論に持っていくから、下心を隠しているようで、人々の支持を得られていない。
残念でならない。
なんか、違和感を覚えたというか、ミーハーで何が悪いの?独り善がりでなにが?気取ってジャンキーで消費して、だから世の中まわってるんじゃない?
と思いつつよくよく見てやっと気が付いた。
これ、エンターテイメント、娯楽の話だよね?でもアートとか言ってる。アートとエンタメがごっちゃになってるのかな?
エンタメはお客あっての商売、産業だから、お客を悪く言うのは違うと思った。確かにアートにはお客がいない。しかしだからこそお客もなにも関係ない。
アートになりたいエンターテイメント、アートを語りたいエンターテイメント、アートを売りたいエンターテイメント、なのにそれに無自覚、そんな感じがする。
でもそれってアートにすごく失礼だと思うんだよね。お客にも。
一度虐殺器官を読んだ人(=自分)が内容を思い出すためのもの。
第一部
1
死者の国の夢と、そこに現れる死んだ母さん。
2
僕は「濡れ仕事屋(ウェットワークス)」として、二〇一〇年代後半に頻発する内戦をおさめるため、「レイヤーワン」を殺してきた。レイヤーワン――罪の多寡とは無関係に、それを殺すことでもっとも効率的に争いを終結させられる標的。
仕事で殺してきた数多くの(時に罪のない)標的のことは少しも心に留まらないのに、プライベートでの、母に対する医療行為の打ち切りを決断したことで、僕は気を病んでいる。
3
仕事で、二人の標的AとBを殺すように命じられ、異国に入る。標的Bについての情報は、上司から与えられているはずなのだが、それが上司の意図により隠されている。
4
標的Aはその国で虐殺行為を率いていた為に、ぼくの手により暗殺される。
ぼくは標的Aに、なぜそのようなことをしたのかをきくが、彼はしきりに「わからない」と繰り返す。
標的Bはすでにそこにはいなかった。
第二部
1
彼はしばしば「地獄は頭の中にある」と言っていた。
ぼくの父も、かつて自殺したのだった。
標的B――ジョン・ポールを追って、僕らは殺しを繰り返してきた。彼は内戦から内戦へ渡り歩いているようだった。
だが、ぼくらが暮らすアメリカは、「ドミノ・ピザやペイムービーのリピートの平和」か支配し、戦火とは無縁だったのだ。
2
ペンタゴンに召集される。
そこで「ジョン・ポールは軍とは無縁の文人、学者でいる」、「しかし、彼が関わった国は決まって内戦が起こる」と聞かされる。
彼は今度、ヨーロッパに入ったらしい。
ぼくの新たな任務は、チェコで彼を追跡すること。
3
死者の国の夢――「死体は物質にすぎない、生きた人間も」と母さん。
幼少時、僕は家の中で母さんの視線を感じ続けて育った。その視線から逃れるために、「濡れ仕事屋」を始めたのだった。
4
ジョン・ポールと関係を持つらしい女、ルツィアと接触する。チェコ語の講師をしている彼女の生徒として。
ルツィアに、「言語は進化によって獲得された『器官』である」という話を聞かされる。
5
チェコ・プラハで行方をくらませた人間(ジョン・ポールもそうかもしれない)のIDの追跡可能性はゼロらしい。
9・11のテロとの戦い以後、認証を繰り返さなければ買い物も交通機関を利用することもでしないのに。
ルツィア曰く、「ジョン・ポールはもともとMITの学者だったが、いつからかDARPAの研究(ぼくが使う武装、SOPMODを作ったのもDARPA)をするようになった」
6
ルツィアの部屋からの帰り、若者におそわれるが返り討ちにする。おそらくは、ジョン・ポールの協力者。
IDトレースによれば、かつてジョン・ポールとルツィアが密会していたとき、彼の妻子はサラエボで核に吹き飛ばされた。
第三部
1
死者の国の夢――夢の中のプラハでは、例の虐殺が発生していた。
その夢でも、母さんが現れる。
「母さんは意識はなかったけど、内蔵は動いていた。そして、ぼくが医療行為の中断を認証した。
……母さんが死んだのは、ぼくが認証でイエスと言ったときだったんだろうか?」
「あなたは、任務での殺しでは「それは政策が決めたことだ、自分が決めたことじゃない」と、責任の重みから逃れられた。
でも、医療の中断の責任からは逃れられない。あなた自身の決断だから。
……そう思っている。もしくは、中断をする前から私は死んでいたと信じたがっている。
けれど、本当は、私だけじゃなく、あなたがころしてきたすべての人々が、あなたの決断によって死んだ。
私を殺した罪を背負い込めば、あらゆることが帳消しになると思っているの?」
2
夢の虐殺後の静けさとは裏腹に、プラハのあるクラブには、生き生きとした騒々しさが満ちている。
そのクラブでは、IDを認証せずに支払いできる紙幣(みなくなって久しい!)を使うことができる。
「プライヴァシー(認証されない)自由と、テロの自由からの恐怖はトレードオフ。自由の選択の問題」
3
ジョン・ポールの妻子がサラエボで核の熱で蒸発したとき、彼女はジョン・ポールと不倫し、セックスを楽しんでいたという罪の告白。
罪悪感の対象が死んでしまうということは、いつか償うことができるという希望を剥奪されること。
死者は誰も許すことはできない。
4
「濡れ仕事」で数々の骸を見、中央アジアからワシントンに帰ってくると、母さんは事故で死んでいた。が、彼女の心臓は再び動き出した。――危険な軍隊へ行ってしまったぼくへの復讐として、ぼくに生き死にを決断させたかったから?
決断の材料を探す為に、母さんのいえ――ぼくの生家でもある――に行く。
かつてそこでも母さんの視線を絶え間なく感じながら、ぼくは育った。
見つめられることの安堵は、(認証され続けることの安堵は、)息苦しさの表面にすぎない。
結局、母さんの残したログは見ずに(ロックがかかっていて、他人が見ることはそもそもできなかった)、ぼくは母さんの「死」を決断する。
――母さんの視線の「気圧」から逃れたくて、ぼくは母さんを「殺した」んじゃないのか。
5
僕の告白に対してルツィアは、
「人間は生得的に善ね利他行動を行える。あなたの、お母さんを「殺した」決断も、本能による利他の行動。だから、あなたは許されるべき」
ルツィアとの帰り道、気を失う。
ジョン・ポールによる電撃を食らって。
6
とらえられた僕は、ジョン・ポールと会話をする機会を得る。
虐殺の言語は、僕の装備を作ったDARPAが協力した研究により生まれ、僕の殺す対象を選ぶのと同じシステムを利用してる。
7
ルーシャスは、〈計数されざる者〉という、ポールの協力者集団の一人だったのだ。
〈計数されざる者〉は認証を嫌う。プライバシーと平和はトレードオフの関係にあるはずなのに、実際は、認証をすればするほどテロが増加している。
それは、世界の人々が、自分のことにしか興味がないから。ドミノ・ピザとビデオクリップの平和に浸っているから。すぐに手にできるはずの現実に手を伸ばそうとしない奴らばかりだから。
ジョンとルツィアは去る。
僕はルーシャスに殺されかかる。その寸前のところで、ウィリアムズに助けられる。
第四部
1
旧印パ国境地区。そこにいるらしいジョンをとらえるように命じられる。
2
痛いと「感じる」ことはなくても、痛いと「知覚する」ことはできる。人をためらうことなく殺せても、その殺意を自分のことのようには感じない――僕は「濡れ仕事」をこなせるように、DARPAによって、そのように調整されている。
――「殺される」前の母さんと同じ、希薄な意識だ。僕が「濡れ仕事」をするために必要な、意識の希薄さ。
この殺意は、本当に僕のものなのか、僕が「殺す」前、母さんが本当に「死んで」いたのか、僕にはわからない。
3
4
ジョンを文化顧問として雇った、ヒンドゥー原理主義国、ヒンドゥーインディア。
その少年・少女の兵を、「他人の殺意」で殺しながら、ジョンのもとにたどり着き、彼をとらえる。
5
ジョンは、
「私が行っている「虐殺の言語」と、きみが施されている「「他人の殺意」による殺人」は同じだ。どちらも、良心を抑制する」と。
ぼくは、
「あんたには内通者がいるな。政府部内に。僕らの面子か、もっと上のほうだ」
ぼくらアメリカと同等の技術を持った敵によって、列車が襲われる。ジョンは僕たちによる拘束から逃れる。
僕たちも敵も、痛みを「知覚」するが、感じない。体の部分が吹き飛ばされても、戦闘は続く。お互い、「ハンバーガーになるまで弾と火薬をたたき込むしかない」。
リーランドはミンチになりながら、死の間際まで、冷静で希薄な意識で戦い続けた。
第五部
1
インドでミンチになったリーランドは、商品と違ってメタヒストリーを持たないから、つなぎ併せて一つにして、棺に納めるだけでも一苦労だった。
それでも、ミンチにさえならなければ、認証によるメタヒストリーを僕らは持つ。母さんもそうだった。
母さんのメタヒストリーがプロテクトされていなければ、僕は母さんを「殺す」か否かの決断を、認証の蓄積によるライフログを手がかりに探すことができた。
リーランドがミンチになった戦いがきっかけで、ジョンとの内通者が発覚する。
2
発覚した情報を手がかりに、ヴィクトリア湖へとジョンを追う。そこは、誰も追おうとしない人工筋肉のメタヒストリーの行き着く先。
〈ヴィクトリア湖沿岸産業者同盟〉は、人工筋肉の利権を得るために、独立しようとしている。
3
ジョンがいるはずのゲストハウスにルツィアを見つける。
ルツィアを探してゲストハウスに入ると、ジョンが待ちかまえていた。
4(物語のコア)
ジョンは、
「虐殺も利他も、進化によって得たモジュールという点で同じ。むしろ両立すらできる。生存のための大量虐殺というのもありうる。たとえば、食料を多部族から奪って自部族の仲間を生きながらえさせるためだったり」
ルツィアは、
「あなたは、サラエボの奥さんや子供を失って絶望しているから虐殺の言語をばらまいているのね?」
ジョンは、
「いや、愛する人々を守るためだ」
――そうだ。ジョンがいたどの国も虐殺に見回れていたはずなのに、彼の過ごしたアメリカとチェコでは、それが起きていない!
5(物語のコア)
ジョンは、
「人々はみたいものしか見ない。だから、いくら認証しても、テロはなくならない。
ならば、テロで爆発するはずの憎しみがこちら、アメリカやチェコといった先進国に向く前に、彼ら同士で憎しみあってもらおう。――そのために、虐殺の言語をふりまいた」
ジョンは、ぼくらの世界へのテロを未然に防ぐため、虐殺の旅を重ねた。
ルツィアは僕に、ジョンを殺さずに逮捕するように言う。僕らの世界の平和は、ジョンによる無数の死者の上に成り立っているのだと、みんなが知るべきだと。
と、ルツィアがヘッドショットを決められて死ぬ。
ウィリアムズによって。
「なぜ殺した」と僕。
「妻と子のためだ。彼女らは、この世界が虐殺の上に成り立っていることを知らなくていい。
ドミノ・ピザを認証で受け取る世界、くそったれの平和な世界を、俺は彼女らのために守る」
ウィリアムズはジョンを殺したがっているが、僕はルツィアの最後の言葉の通りに、ジョンを生きてアメリカにつれていき、証言の場に立たせたい。
ジョンとともに、逃げる。
「おまえを逃がせばまた、虐殺の言語を振りまくのだろう?」と僕。
「いや、死んだルツィアの望んだ通り、世界に真実を知らせよう」
タンザニア兵と合流しようとするが、それはタンザニア兵になりすました、僕の「濡れ仕事」の仲間だった。
彼がジョンを射殺し、僕の任務は(アメリカからすれば)成功裡に終わる。
〈エピローグ〉
……僕は、プロテクトがあるためにライフログを見られなかったのではない。ただ、漠然とした恐怖があって、ライフログの閲覧を申請しなかっただけだ。
僕は幼いころ、常に母さんに監視(ID)されているような気でいたが、母さんのログを読んでみると、必要最低限にしか、僕の存在が記述されていない。
母さんの記録の中に生きていたのは、圧倒的に父、自殺したはずの父だった。
僕は、ジョンからもらった手帳を元に、虐殺の言語を語る。虐殺の言語でもって、ルツィアの願い通り、真実を世に知らせるのだ。
そして、世界にとって危険な、アメリカという火種を、虐殺に突き落とす。
僕はこの決断を背負う。ジョンがアメリカ以外の命を背負おうと決めたように。
☆改変版
ジョンは、
「いや、私は米国内の後ろ盾を失った。深層構造の原理を知られれば、たかが言葉だ。応用されるのも時間の問題だろう。マスコミや政府公報で、いくらでも虐殺の言語を打ち消せるさ。
だが、私は〈計数されざる者〉という新たなバックアップを得られた。認証に対して憎悪を抱く、世界的な組織だ。この力を使えば、私たちのすむ「こちら側」を静寂に保つことができる」
「なにをするつもりだ?」
僕の「濡れ仕事」の仲間が、僕がジョンの答えを聞く前にジョンを射殺し、僕の任務は(アメリカからすれば)成功裡に終わる。
〈エピローグ〉
僕はジョンに、「真実」が書かれたテキストファイルを渡されていた。
それを世界に知らしめ、僕たちが虐殺の上にたっていることをみんなが理解することがルツィアの願いなら、僕はそうするべきなのだろう。
公聴会で、ぼくはジョンの件で見聞きしたものを語る機会を得る。
ジョンから渡された「真実」をオルタナに浮かべて話そうとする。
すると、僕が見ずにいた、母さんのライフログをオルタナに突きつけられる。――これが、〈計数されざる者〉、ジョンが最後に得た力か。
幼少の僕は、母さんに監視(ID)され続けていたと思っていた。しかし、母さんのライフログには、あまりにも父ばかりがいる。彼の死語ですら。
それを皮切りに、次々に、アメリカの全議員、いや、オルタナをつけているすべての人々の視界に突きつけられる、真実のログ。世界からアメリカに憎悪の数々が向けられているという真実。〈計数されざる者〉のルーシャスは言っていた。プライバシーの提供と、テロとのトレードオフの不均衡は、みたいものばかりを見ることによって起こると。認証の中に閉じこもり、ドミノ・ピザとビデオクリップの平和の外を知ろうとしないことで起こると。
ふと、アメリカはもう死んでいるのだと思った。母さんに視線を返せない、父さんのように。憎悪を浴び続け、しかしそれを無視しているアメリカは、死んだ父さんと同じだ。
……だが、アメリカに憎悪を向ける小国とて、自分の窮状をしらしめようと騒ぐばかりで、他の小国を知ろうとすらしていないのだ。僕が母さんのログを見ようとしなかったように。
ジョンが行った、〈計数されざる者〉の力の改変。それは、小国の内部で争いを起こす虐殺の言語よりも規模が大きなものだった。互いに無視しあっていたずの、小国と小国の視線をぶつけ合わせる。そして、小国同士で戦争を起こすことで、「こちら側」の平和を保とうとするものだった。
ジョンの考えと僕の考えは違う。
母さんが僕を見ないのは、父さんというすでに存在しない項があるからだ。アメリカからの存在しない視線を小国が期待するように。
存在しないものを、存在しないと意識させること。僕にはそれができる。ジョンから得た「真実」の欠片、虐殺の言語と、僕のマザータン、アメリカで語られる英語によった。
スラックティビズム(英: slacktivism)は、「怠け者(slacker)」と「社会運動(activism)」とを掛け合わせた合成語である。努力や負担を負わずに、社会運動めいたことをする行為を指す。
この用語は、社会に意味のある影響を与えていないのに、社会にとって良い活動をしたつもりになる自己満足的行為について、軽蔑を込めて使われている。こうしたスラックティビスト(スラックティビズムにあたる行為をする人)たちの行為は、多くの場合、個人の努力や負担を必要としない。
勝間さんの「まじめの罠」よりこのキーワード1つのほうがインパクトもあるしわかりやすいな。
「まじめの罠」は今年の買って後悔した本ベスト3。勝間さんどうしちゃったんやろうなぁ・・・。
これ、大人向けの本なんですか。
「まじめの罠」というキーフレーズの下、世の中のさまざまな失敗例が語られます。ですが、その「まじめ」が定義されていません。
最初にユダヤ人を大量に処刑したアイヒマンの例が出てきます。アイヒマンはまじめだから残虐な行為を行った、と著者は思いたいようです。ですが、違います。ミルグラムの本を著者は紹介していますが、ミルグラムは誰もが簡単に他人に「服従」することを心理学の実験で示しました。アイヒマンがまじめだったとしても、それが原因ではありません。二つのことが同時に起こったり、一つのものの中にあっりしても、一方が原因で一方が結果とは言えません。「まじめの罠」という著者の結論は著者が紹介したミルグラムの実験結果と矛盾します。読まずに想像で判断したのか。ネットの安直な解説を真に受けたのか。読んだけど理解できなかったのか。とにかく、自分で紹介した本の中身を理解していません。これはかなり恥ずかしいと思います。
クリステンセンの『イノベーションのジレンマ』も「まじめの罠」の例に紹介されています。クリステンセンの主張はまじめにやると失敗する、ではありません。長くなるので詳細は省きますが、その産業に属する企業群を支配する経済的な力学が働き、まじめに努力したとしても、やがて新興のベンチャーに負けてしまうというのがクリステンセンの考えです。まじめに努力しなかったらもっと早く負けてしまうのは言うまでもありません。ラーメン店の競争が激しい中、自分の味を求め新規開業する。これはまじめですか。いいえ、「わがまま」です。自分の好きなことをして儲けたい。そんなに世の中は甘くありません。意図的か無意識か、「まじめ」の定義が変わります。このやり方ならどんなものでも「まじめ」と言えてしまいます。
著者は「まじめの罠」というキーフレーズで、あれも説明できるよ、これも説明できるよ、と言いたいのですが、現実は著者の考えるほど単純ではありません。テレビの水戸黄門のファンは多いと思います。代官と越後屋は徹底して悪い人、搾取される百姓や町人は徹底して良い人。単純だから良いのです。仕事で疲れて帰ってきて、複雑な心理ドラマを観たいと思いますか。この本は普段活字を読まない人には読みやすいと思います。論理が単純だからです。ですが、現実の世界は水戸黄門とは異なります。単純で分かりやすいことと、正確であるということが一致することは稀です。だからこそ、物事を複雑なまま捉えて分析しないといけないのです。でなければ、どんな難しい理論もたとえ話で説明できてしまいます。著者に望むことは引用する文献をしっかり読むこと。著者にオリジナリティがなかったとしても、忙しくて専門書を読む時間がない人のために、原著を原語で(経営学や心理学の本は誤訳が非常に多い)精読して、読者に噛み砕いて説明してくれるなら価値はあると思います。逆に、いい加減な理解で読者に間違った知識を与えてしまうなら、読者は修正に時間が掛かります。その意味でこの本は星一つにせざるを得ません。買うお金、読む時間、間違いを修正する更に長い時間。大変な出費です。
この本には「私(著者)を嫌う人」の紹介とその批判がありますが、その定義も著者に都合の良い、やたら感情的で、論理性に欠如するような議論をする人たちに描かれています。自分が論破しやすい「私を嫌う人」像を作り、それを批判し、結果として自分の正当性を主張する。読者はその定義がそもそも正しいかを自分で検証してほしいと思います。
この本でたった一つ良かった点。自分の間違いを認めるのに躊躇してはいけないということ。人間は自分の間違いを認めたくありません。とくに高いお金を出した場合は価値があると思いたいものです。今までの投資が無駄になりますから。ですが、例えば今まで毒を薬だと信じて高いお金を出して買って飲んでいた人たちも、毒だと知ったらすぐに飲むのを止めるでしょう。正しいことを知ろうと思っても、間違ったことを覚えるなら、毒と変わりません。
「ヘビーなネットユーザー男子の不愉快なところ」というのがあるのでそれの女版を書いてみた
フェミクラスターたちは男性差別は女性差別によって生まれたと考えている
どうやらこのクラスターの人たちは男社会によって女性差別が生まれ、派生的に男性差別が生まれたのだから、女性差別に吸収されてしまうと考えているらしい
女性はさまざまな圧力があるが、男性は外見を整えなさい、○○らしくしないさいという圧力はないと考えている
でも、現実は違う
恋タメに代表されるように男性に対しても外見を整えろという圧力は存在しているし、
オタクっぽい趣味は持つなよとメンズナックルなどの雑誌ではさんざん言われている
でも、なぜかはしらないが、ホモソーシャル社会で上位を占めている男性の行動を非難することはない
その理由は至極単純で下位の男性はオタクやブサメンなどフェミクラスターたちにとって興味のない存在ばかりで占められているけど、
上位の男性はイケメン、金持ち、やさしいなどのこのクラスターにとって好意を感じる存在で占められているからだ
あるフェミクラスターがDVにあっているとtwitterで行っていた
だが、さらにタイムラインを追いかけると、夫はこのフェミクラスターに対して不満を抱いており、このフェミクラスターのプロフィールそのものが自己中心的な内容だった
別のフェミクラスターも女性差別を撤廃すれば、男性も幸せになれると喧伝していた
だが、現実は逆で女性差別が減れば減るほど男性と女性の自殺率の差が開いている
しかも、その上、フェミクラスターの活動によって利益を得るはずの女性たちですら、つらい思いをしている
(http://www.shisokan.jp/hansei-joseigaku/jisatsu-kakusa/)
本当にフェミクラスターたちは周りの幸せを考えているのだろうか
この一連の流れを考えると疑問に思わざる負えない
フェミクラスターやその他の女性たちはホモソーシャル社会の上位層と恋におち、セックスなるものをしている
その行いを通じて下位層に対してはセックスしたければ、上位層まで上り詰めなさいと無言の圧力をかけている
結果としてホモソーシャル社会は維持され、フェミクラスターやその他の女性は上位層の男性と恋をするという利益を獲得し続けている
でも、twitterでは男性社会があるから私たちは成功することができないのですと盛んに喧伝し続けている
でも、男性の性欲の発散が優先され、それらの現実が顧みられることはない
障害者の性でも同じだと盛んに喧伝している
でも、女性は男性と違い、見ず知らずの人とセックスしたいとは考えていない
それゆえに女性向けのポルノ産業は成立しづらいのだが、その点は無視している
そんなに女性の性欲が無視されていることが問題なら女性の嗜好にあった店を自分たちの手で作ばいいんだが…
フェミクラスターたちはそういうことを一切しようとしない
いっぱいがんばって、いっぱい疲れた。もう、若いという年でもない。
どこかの政治家が、IT産業は体力勝負だから、若くないとと言っていて、いつから、ITが知識労働から体力労働になったのかは知らないけれど
「新作を読みたいかどうか」
その一点にかかっている。今の出版の仕組みが根底から覆り、紙媒体のコンテンツを作っても、作者にも出版社にも一銭も入らなくなったら、産業として成り立たなくなる。すると「好きな作家の新作が読めない」という事態に陥る。
出版社は「データコンテンツの管理業務」に移行することが出来るかも知れないが、ネットにタダで転がっているものを「買う」人間がはたしているかどうかは、読者の飢えにかかっている。
「新作が読みたいのであれば、作者および仲買業者の生活を保障するために、コンテンツに相応の支払いをしなければならない」んだよ。
そこさえ、きちんと、みんなが押さえていて、「新作読みたい」と思っている人が多ければ、細々とでも、出版業界は続いていくだろう。
でもなあ。本当に「新作」必要か? まったくの実験作は「同人誌」でしか見られないし、要は自分の好みに合った作品と出会えればいいわけで。「旧作」のほうが評価が確定している分だけ、間違いがないような気がするんだよなあ。
もう、新しい物なんかいらないよ。古い物をきちんと分類整理して、「私の好み」にぴったりのを探し出してくれればいいよ。ってのが、今後の出版業界の進む方向かも知れないなあ。