はてなキーワード: 生理学とは
リマインドしようにも、これを書いた人(=自分)の学力だと読めない本だったから無理。無理ゲーだった。
第一章
1
意味論的に透明なシステムと結びついた心の概念および計算機モデルを意味する。
この主義の限界を
2
チューリングの形式化が持っている特徴
(1)物理的組織によってではなく、記号操作の形式的特性によるメカニズムの集合全体を包括
(2)そのメカニズムがいかにすれば十分に明確化された問題すべてに取り組むことができるか示している
(3)万能チューリングマシンを定義する方法を示している
⇒ 素材は重要ではなく、形式的特性が能力を原理的に保証している
フォン・ノイマンがコンピュータを設計し、1960s、ジョン・マッカーシーがLISP(プログラム言語)を開発。
⇒ 研究開発が可能に
A・ニューウェルとH・サイモンが物理記号システムという概念を提出
⇒理論的に自覚化・明確化される
3
・物理記号システム
①適切に操作可能なトークンに対して任意に意味を割り当てることができるシステムであり、
②正確にプログラミングすればこの割り当てられた意味論的内容と細かい点においても一致した仕方で行動すると信じられるようなシステム
by 1976 ニューウェル & サイモン
・強い物理記号システムの仮説
SPSS strong-physical-symbol-system
「標準的な記号アトムのフォン・ノイマン型の操作を行っている仮想機械は、一般的な知的行為を実現するための直接的かつ十分な手段を持っている」
①仮想機械
そのプログラムに我々が命令を与える機械を模倣させるような「機械」
・記号を割り当てる
・変数を束縛する
・記号列の複写、読みとり、修正
等々
③標準的な記号アトム
④一般的な知的行為を実現するための直接的で必要かつ十分な手段
そうした機械は、それを支えている特定のアーキテクチュア(その基盤になっている他の現実的もしくは仮想的機械から)まったく独立に真に知的でありうるのであり、逆に言えば他のアーキテクチュアや機械をシュミレートすることなく真に知的でありうる
4
このような主張(標準的なLISPのアトムのごちゃごちゃした操作が、知能や思考の本質を構成しうるという見解)が、ニューウェルとサイモンのものだとできる動かぬ証拠は、彼ら自身の実践。
彼らの仕事の特徴(例:BACON)
・規則あるいはヒューリスティックス(発見的手法)の直列的(経験則を用いたも多少は運が左右する⇔体系的)適用に依存している
・そうしたヒューリステイックスの大部分が、かなり高いレベルで意識的に内省可能
・選ばれた課題領域を扱う
BACON:一連のデータから科学的法則を帰納する(ケプラーの第三法則、オームの法則)
・BACONが取り組んだデータをフォーマット化下のは、人間の労苦
・BACONは十分に構造化された課題にしか取り組めない。
ケプラーの第三法則は見つけられても、ペトリシャーレのカビとバクテリアの関係からペニシリンを発見する事はできない
・BACONが展開する知識とヒューリスティックスは、人間のプロトコルや実験記録に大いに頼り、われわれが自分自身の思考について内省する思考のレベルからかなり直接的にコード化されたもの
⇒この種の思考は原初的で瞬間的なプロセスの上に後から被せられたもの。理解するということを具体的な例で説明する事には役に立たないであろう
サイモン等は、人間の思考のすべてがただ一つの種類の計算アーキテクチュアに依存すると信じている。
しかし、筆者は違う考えを持つ。サイモンとラングレイの仕事では、洞察のひらめきといったタイプの認識を表現できない。
心は、多くの仮想的アーキテクチュアからなる複雑なシステムであると考える
知的課題や、感覚運動的な課題のような、なめらかに無意識的に行われるものは無視されている
5
古典的システムは記号アトムの使用に頼り、コネクショニズムはこれを避ける。
古典主義者:意味論的に透明なシステムの構築に対して、方法論的にコミットしている人々
STS semanttically transparent system
「システムの振る舞いについての記号的な(概念レベルでの)意味論的記述と、システムの形式的な計算活動の内的に表現された対象についての投影可能な意味論的解釈との間にきちんとした写像関係の記述が可能な場合にのみ、そのシステムは意味論的に透明であるといえる」
きわめて大ざっぱにいえば、あるシステムかSTSと見なされるのは、そのアルゴリズムの記述(レベル2)における計算の対象が、概念的レベルの用語で表現されたその課題の分析の記述(レベル1)と同型である場合である。
(レベル1:計算理論:(高い抽象レベルにおいて)どのような関数が計算されるかについての考え
レベル2:表現とアルゴリズム:それを計算する(具体的な)方法
レベル3:インプリメンテーション:現実の機械において計算がいかにして肉体あるいはシリコンなどで実現されるか)
(1)古典的理論は――コネクショニズムはそうではないが――統語論と意味論を組み合わせた記号システムを仮定している
(2)もし何らかの種類の構造化された表現が利用可能であれば、それらの表現についての計算操作を、その構造に鋭敏に反応するかのような形で規定できる。
もしそのような構造が存在していなければ、(すなわち、どんな記号表現も存在していなければ、)計算操作を規定することはできない
◎要するに、古典的システムは、統語論的に構造化された記号的表現を仮定し、そうした表現の構造によって、それに適用される計算操作を規定するものである
第二章
1
ドレイファス:古典的認知主義の問題は、人間の常識的な知識を表象として再現し表現しようとする形式主義の妥当性
サール:形式的なものと志向的なものとの間に、あるいは統語論と意味論との間にギャップが認められる
この二つの種類の懸念について検討する。
2
「あなたの持っているのはそんなにいいボールじゃないわ。それを私にちょうだい。そしたら私、このキャンディーをあなたにあげるわ」
この言葉を理解するために、ミンスキーちとパペートは膨大な概念のリストをあげる。
ウィノブラードのSHRDLUでは不十分。
・フレームは、常識がうまく対処している偶発的出来事のすべてをカバーしているとは思えない(バースデーケーキに立つ黒いローソクに、フレームは対処できるか?)
・フレームからフレームへの移行を促す規則(メタフレーム?)をいつ適用すべきか、システムはどうやって知るのだろう?
ドレイファス:互いに関連しあった特徴や可能性のすべてを、文脈に依存しない事実や規則によって形式的に把握するという課題には際限がないのではないか
3
・ドレイファスの二つの主張
(1)身体問題
「このシャンプーが目に入らないようにご注意ください。もし入った場合は、ぬるま湯でよく洗ってください」
コンピュータは、身体、欲求、感情、共通言語や社会習慣も持たない。だからコンピュータは、この文章が何を洗うように言っているのか理解できない
(2)コード化
人間は自分たちを取り巻く状況がどんなものかを絶えず感じ取ることができる。
このノウハウは、何らかの知識表現言語によって、一種の知識として表現できるものなのだろうか?
AIプログラム(=言語)が知識を表現する仕方が、現実の課題に対して根本的に不適合だと懸念する。
4
「強いAI仮説」を、サールは批判する
強いAI仮説:適切にプログラムされたコンピュータは、文字通り認知的な状態をとり、その際プログラムは人間の認知を説明するものとなる
Schank and Abelson 1977の、「ストーリーを理解するという志向的活動をシミュレートしているかに見える特別なプログラム」に対して、「中国語の部屋」を使うことで批判する。
サール:形式的に区別される要素に対する計算操作を行っているだけでは、どんなコンピュータも〈理解する〉ことはできない。したがって、そのような計算操作を規定するプログラムが、心の固有の性質について何かを示すこともあり得ない。
具体例:英語話者が英語を理解することと、中国語の部屋の操作者が中国語を「理解すること」の比較
「人間は何も理解していなくても形式的な原理に従うことができる」
以下、サールの誤りについて論じる
5
サールに対する仮想反論「脳シュミレーター説」
脳シュミレータ説:あるりプログラムが中国語を理解する実際の中国人の形式的な構造をモデル化したと仮定すると、そのときそのプログラムは間違いなく真の中国語の理解を構成したことになる
↑(サールの再反論)
(1)脳の形式的な性質は志向性を構成しない(三章にて説明)
(2)脳の形式的な性質が志向性を構成しないのは、ある種の素材だけが思考を支えることができるからである
↑(アナロジー)
光合成:光合成の形式的な記述を手に入れても、素材が違えば光合成は再現できない
では、思考をもたらすような脳の物理的性質とは?
:外因的および内因的な刺戟に対して脳に大規模な変動が引き起こされること
↑(コメント)
『中国語の部屋』が大規模な構造的変動を必要としないシステムなら、中国語の部屋による反論は無効
6
微視的機能主義
機能主義は、心的状態の本質を、
入力、内的状態の変換、出力からなるプロフィールと同一視した。
(適切なプロフィールを持つシステムはどんなものであれ、その規模や性質や構成要素にかかわれなく、当の心的状態を実現するであろう)
↑(批判)
(中国国家脳のような)心的状態を実現する見込みがないようなシステムも、「入力、内的状態の変換、出力」のプロフィールを持つシステムへと組織することは可能であるよように思われる。
こうした極端な寛大さは、機能主義の立場を掘り崩してしまいそう
・問題は、「入力、内的状態の変換、出力」の系列をどこに位置づけるか
×大まかなレベルに位置づけ
⇒感覚質の欠如、極端な寛大さ
△ライカンの「小人機能主義」
○微視的機能主義
・機能主義の批判はゲシュタルト盲に陥っているのでは Lycan 1981
:機能的な構成要素があまりにも大きい、極度に小さい、それらしくない等であるために、そうしたものからなるシステムに志向性を帰属させるという考えに抵抗するということ
(ライカン「小人機能主義」
:機能的な下位システムは、それがエージェントのために何をしているかということによって同定される)
微視的機能主義
内容や目的に関連づけからはかけ離れた用語で
記述しようとするもの
・諸関係が得られたとき、システムには大規模で柔軟な構造的変動が引き起こされ、またそれによってさまざまな創発敵的性質が得られるようになる
第三章
1
2
「民間心理学」
:自分や他人が、信じたり、希望したり、恐れたり、欲求したりしているということについての日常の理解
民間心理学は、行為・運動を説明するときに、信念や欲求という表現を用いる
「民間心理学は、人間の行動に先立つ内的原因についての素朴で原初的な科学」
3
(1)民間心理学は、偏狭な、特定の人々に限定されたような理解しか与えない。
民間心理学は、子供や狂人や外国人を前にすると、まごついてしまう
(2)民間心理学は停滞したまま、なにも生み出さず、長い間ほとんど変化も進化も発展もしていないところが他の諸科学と異なる
(3)民間心理学は、これまでのところ科学の主要部分にうまく統合されていくような徴候をまったく示していない。残念なことに民間心理学は自然を神経生理学的ないみで妥当な要素にまで分割することには関心がないようである
最近の分析哲学
:頭の状態に関する科学理論というゲームと、民間心理学というゲームを比較することが、そもそも不適当なのではないか
4
Daredevil believes that Electra is dead.
Mary hopes that Fermat's last theorem is true.
のthat以下を、心的状態の内容と言う。
心的状態が考えられる傾向
:われわれの心理学的状態が、本質的に、周囲の世界がどのような状態にあるのかということによって決まるのではなく、
われわれにとってどのように見えているかによって決まる
↓(言い換え)
我々の意識や無意識に何らかの形で影響を与えられないものはどんなものであれ、
本質的に我々の心的状態の正確な限定に関わることはあり得ない
⇒我々の心的状態が現に持っているような内容を持つものは、われわれ自身のあり方ゆえであって、
知られていないかもしれないような周囲世界の事実とは関わりがない……☆
・双生地球……☆に対して疑いを投げかける
双生地球で、「海に水がある」と発話される。
地球A:海にH2Oがある
地球B:海にXYZがある
この違い以外は同質だとする。
すると、
地球上の発話と双生地球の発話は、それぞれH2OがあるかXYZがあるかによってその真偽が決まる
(たとえば、地球Aの海にH2Oがなくて代わりにXYZがあるとしたら、地球Aでの発話は偽になる)
⇒
もし意味が真理条件を確定するのだとすれば、
自然種に関する表現(水、金、空気など)を含む陳述の意味は、
単に主体の限定的に規定可能な状態に言及するだけでは十分に説明できない……☆に反して
二つの選択肢
(1)心理学的な内的要素(地球の話し手と双生地球の話し手に共通)と、
世界関与的な外的要因(仮定上、二つの地球を越えて不変ではない(H2OとXYZ))の両方によって内容が決まるとする、意味と信念に関する合成説
(2)そういったケース(地球と双生地球のケース)は
〈心的状態の純粋に内的でまったく心理学的な要素(☆のこと)〉という観念にさえも疑いを抱かせるものであると考えることもできるだろう
プティ と マクダウェル
「頭の中にあるものが、心の状態と因果関係を持っていることは疑いがない。
しかし、
〈頭の中〉にあるものが心の状態に対して構成的関係にあると考え必要があるのだろうか?」
筆者
:あらゆる内容が根本的に世界に関与している(選択肢(2))ということが判明したとしても、
そのこと自体は必ずしも〈認知科学は心の理解に深く(ことによると構成的にではないかもしれないが)関わる研究である〉という主張を覆すものではない
その主張に対する仮想反論と、それに対する再反論をHornsbyは行った。
仮想反論
:「「行動傾向(心性はこれに随伴して生じるとされる)が二者の間で異なるためには、
内的構成に違いがなければならない。」
という考えを保持すべきである」とするならば、
心的内容は限定的に規定されねばならない(自然種を指示しない)
(「「行動傾向(心性はこれに随伴して生じるとされる)が二者の間で異なるためには、
内的構成に違いがなければならない。」
という考えを保持すべきである」までが、プティとマグダウェルの、「頭の中にあるものが、心の状態と因果関係を持っていることは疑いがない」に対応する。)
仮想反論の詳細
:仮定①:
二人の動作主の心的状態は、彼らの行動傾向に何らかの違いがある場合にのみ異なる
(そこに赤いボールがある、と信じなければ、ボールを投げようとは思わない)
仮定②:
行動が異なる(すなわち、行動が異なる)ためには、内的な物理的状態に何らかの違いかなければならない
結論:それゆえ、心的状態に対応する内的な物理的状態に何らかの違いがなければ、心的状態が異なるということはありえない
「(民間心理学的な心的状態を帰属させることは、限定的内容のみに関わることであるという)結論は、深刻な疑義にさらされることになる。
限定的内容といっても、それを妥当な概念として了解できるかは明らかではない」
なぜなら、
「民間心理学的な内容を(物理的状態に?)帰属させることは、身体的な動きを規定するような頭の状態についての独我論的な研究から引き出すことができるような切り口とは
まったく違った切り口で現実を切り取ることであるように思われる。
その具体的理由として、
ボールをひろうことは、「そこにボールがあると私は知っている」という心的状態と関連するが、そのときの細かな指の動きはそのような心的状態と関連するものではない。
5
筆者
:広域的内容を伴うによ伴わないにせよ、
頭の中で起こっていることに関することに関する科学的カテゴリーや分類に
きちんと還元されるなどということは
とてもあり得ないように思われる。
・民間心理学は、科学的心理学と同じゲームを行ってはいないかもしれない
→
世界を記述しない信念であり、なおかつ
ある人が同じ考えを抱いているといえるような別のケースに投影可能な述語が(科学的記述の上には)存在しないことも可能
6
民間心理学の道具立て(信念と欲求という概念によって、命題的態度を帰属せさるという道具立て)を用いて、心的状態を二者が互いに帰属させあうという日常の慣習(傍点)の目的は?
:
他人の頭の内的状態を追跡しようと試みることによって、
その人の身体の動きを予測し説明するための手段
民間心理学の主要な目的
:
世界の中で活動している仲間たちの行動を、(傍点開始)我々が(傍点終わり)理解できるようにすること
(予測したい対象であり主体である)われわれの仲間たちの四つの特徴
①世界に対する感受性、すなわち感覚や生得的な原書的概念の道具立てをわれわれと共有している
②世界をわれわれと共有している
③彼らは我々自身のもっとも根本的な関心と必要の大部分を共有している
④彼らの思考の有用性は、
(我々自身の思考と同様に、)
彼らが世界の実際の有様をたどっていることと関わっており、
彼らの思考作用が、世界の実際の有様に十分適応していると我々が(進化論的な理由から)考えるような目的と関わっている
この特徴があるので、
「~したい」という欲求さえ同じであれば、
・民間心理学は、脳の状態の違い(that かなり目の粗い、行動上の違いとしては現れてこないような)に対しては、敏感に対応しないように設計されている
・民間心理学は、個人の間の差異を覆い隠し、
さらには種の間の差異さえも覆い隠してしまう(長所であっても短所ではない)
7
筆者の見解
:私の見解では、われわれが信念を帰属させるのは、
行動の全体に一種の解釈の網をかぶせることによってである。
……関連する行動を可能にするものとしての、
根底にある物理的あるいは計算論的な構造がどのようなものであれ、
そうした構造における自然な区分に、網の結び目(すなわち信念と、欲求の特定の帰属)が
対応している必要はない。
――
ということは、Davidson(全体論者)に対するFordorの批判は、筆者の意見にも当てはまるのではないか?
<Fordor>
意識の全体論というのは、
「命題的態度の同一性――特に志向的内容――が、その認知的連関の全体によって決定される」
という考え方。
これに、Fordorは懐疑的。
(命題pの認知的連関というのは、主体がpの意味論的評価、すなわちその真偽の決定に関係するすべての命題のこと)
われわれは、信念や志向的状態を共有している。が、そのとき、すべての命題(認知的連関)を共有しているとは思えない。
信念は、その内容をそれぞれ別に持つ。
:信念がその状態を獲得するのは、脳の状態が逐一、世界と因果関係を結ぶことによってである。
「ある生物が『牛』という概念を持とうと持つまいと、その生物は『馬』という概念を持ちうる」
</Fordor>
筆者
:Fordorの間違い
全体論は、もしそうであれば、人間の心の理解が芋蔓式に進んでくれるのにという、いわば願望。
Fordorが軽蔑したものの通りに進んでくれるかは別問題。
Fordor:バラバラになったブロックを一つの全体に組み合わせるやり方が、全員同じになるはずがない。
筆者:一つのブロックの組み合わせ全体を理解するために、各人が別々のやり方でバラバラにしている
全体論という言葉の使い方が違うから、Fordorの批判は筆者には当てはまらない(という、批判をかわすための節)
7
一章3節での、チャーチランドによる民間心理学批判に、今では応答できる。
(3)に対して、
民間心理学の関心事は、他の主体の顕著の行動パターンだけを可能な限り効率的に分離することである。神経科学とつながることを目的とはしていない
(1)に対して、
民間心理学の道具としての適用範囲は、仲間。狂人の理解は、そもそも目標としていない
(2)に対して、
なので、その中核部分が時間的および地理的な次元を越えて相対的に恒常的であり続けてきたことは驚くべきことではない。
整理。
民間心理学には、きちんとした定義がある。
これまで「民間心理学」として使われてきた言葉の、新たな用語法:「素朴心理学」、「メンタリズム的な理解」
8
因果関係と、構成的関係の区別
構成的関係
:
研究の主題と何らかの形で密接に結びついているということ
因果的に関係
:
因果的に関係している様々な要素は、それほど密接に思考と結びついているわけではないので、
それらの要素を差し引いてもそれによって思考という観念そのものが存続しえなくなる
ということはない。
(チェス盤がなくなっても、チェスの続きは打てる。石を駒に見立てたり、口頭で)
9
・消去主義的唯物論:民間心理学が、心に関する科学に対して歪んだ影響を及ぼすのではないか。民間人は自分自身の心を知らないと、消去主義的唯物論は思っている
↑
(構成的関係)
↓
心
科学と心とを結びつける構成的関係。その得難さが二つのスタンスの対立を生んでいる。が、どちらの立場も同じく、認知という地形に同じ隆起とくぼみを見ている。
では、構成的関係とは何か。
構成的関係←→因果関係
構成的関係:研究の主題(この場合は心)と、何らかの形で概念上密接に結びついていること
因果的関係:因果的に関係している様々な要素は、それほど密接に思考と結びついているわけではないので、それらの要素を差し引いても、それによって思考という観念そのものが存続しえなくなるというひとはない
(駒はなくてもチェスは打てる)
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言語学とかあの辺は、昔のポストモダンとかの中心だったみたいだからねえ、よく知らんけど。
で、そういうものの結論として、「世の中の色んなものは色んな形で交わっている」みたいな(リゾーム?)こと言い出して、
「だから学問ごとのジャンルの壁を取っ払っちゃおう」みたいなことで、日本なら80年代にニューアカデミズムとか始めたんだけど、
けっきょく下火になってなあなあで終わっちゃってるしねえ。リベラルアーツとか。ソーカルさんに「とは言ってもお前ら専門外のことに首つっこんでわかった気になってるけどそれ全然理解できてないよ」って文系の学者が無理して理系の学者の使う方法で一生懸命作ったもののバカさを指摘されて、「やっぱだめかあ、、、」ってなっちゃったのもあるんだろうけどね。
とは言え、これからまだまだジャンルの違うとされてた学問が関連付けられていく余地はあるんだろうけどね。解剖学と大脳生理学と精神医学と心理学とかさ。
虚しいだけに同意。
過去の事象の説明には役立つけど、現在の経済状況を適格に捉えられているかは微妙じゃん。
誰の目から見てもどんづまってる状況をあえて数字や数式で説明できるくらいだと思う。
でも、数式なんか使うまでもなくどんづまってることが丸解りの状態を、数式で説明できるようになったってさ、それ意味はどれほどあるんだ?
商才がつくかっていったら、経済より経営学だろうけど、それも疑問。
経営学を学べば(アメリカでMBAをとれば)失敗しない、なんでもうまくいくなんてのは幻想だったし。
五十歩百歩だけど、五十歩分だけ楽しい。
例えばだ。
ジムに通って汗を流し、ジムでの運動を思い出しながら寝る前に運動生理学と解剖学を独習してみる。
基本は医学書、看護学科で使う本が門外漢の俺でも読みやすくて好きだ。安いし。
英語力もつくし。
アマゾンで星座早見盤を買って、ときどき星空を眺めに遠出する。
あと、ペットボトルロケット製作、竹とんぼ製作、干物製作、まあそんなところかな。
http://anond.hatelabo.jp/20100127001517
数学と物理学を省略したければ,数学を『理学を志す人のための数学入門』とAdvanced Engineering Mathematicsとに,物理を小教程(熱・統計は適当に補う)にしたらよい.
http://b.hatena.ne.jp/entry/anond.hatelabo.jp/20091111152629
ものすごい数のブクマ&ブコメがついて、ちょっとびっくりしました。
ブクマ先のエントリを書いた本人です。そのことを証明する術がまったく思いつきませんけれど。
いくつかレスポンスしておきます。
1.おれの性別が女性ではないかという疑義に対して
いいえ、おれは男性です。
2.男性ならば義務感で勃起しないはずだという指摘に対して
おれは大脳生理学には詳しくないので、この指摘の学術的な正当性についてはわかりません。しかしおれの個人的な意見を言わせてもらえば、その指摘のもとづく考えは幻想ではないかとおれは思います。少なくともおれの経験にもとづいていえば、おれの男性器は恐怖や軽蔑の対象でない相手から刺激されたり愛撫されたりすれば勃起します。もちろん、それだけでは最大にはなりません。
3.自慰でイッたりしたことはあるかという質問に対して
それは数えきれないくらいあります。
自慰には他人の肉体が欠けているためか、セックスの際に(かつて)抱いていた義務感や(かつてもいまも)配慮しているリスクを、自慰の際にはほとんど感じません。
4.文体の特徴に関する誤解に対して
前回、おれは自分の苦しんだ経験について実感を込めて語ろうとしたので、自分自身にとって生々しいと感じられることばをつかって書きました。結果的にやわらかい文体になりました。今回比較的かたい文体をとっているのは、おれがいま、広範囲ながら特定のひとびとに向けて比較的かたい話をしているからです。
なお、読者の一部の方に言っておきますが、あなたが自己投影できるかどうかという基準にもとづいておれの文章からおれの性別を判断することをこれからもやめないのなら、おれのような男性がこの世に存在することについてあなたは一生気づかないでしょうね。あなたの自閉的なおめでたさのおかげで、きっとこれからもあなたの世界は安泰です。そのようなあなたの平安をおれは心底祝福します。どうかこれからも自分の世界に引きこもったままで、決して何も知らずにいてください、決しておれに関わらないでください。
これについては弁解しません。すみませんでした。ただし削除はしません。
・なぜ精神科に何年も通っているのに治らない(改善しない)のか
・なぜ「これを飲めば治る」という薬がないのか。にも関わらず投薬を続けさせようとするのか
とりあえず「治らない例がある」ことと「治らない」ことは違うわけでな。薬というものは、偽薬よりも治りがよいことが治験で証明されてるから承認されてるわけで、つまりは最低限「改善される」ことは科学的に示されてるんだよ。
あーそれと、糖尿病その他の慢性病には「治らない」ものだってあるだろうが、治療は無意味かい?
それと、風邪だって「これを飲めば治る」薬なんてないけど、君は風邪薬を飲まないのかい?
とりあえずそういう素朴すぎる心身二元論はよした方がいい。人間の脳だって結局は有機物なわけで、化学的に影響を受けることは確か。腹が減ると機嫌が悪くなるなんてのはその典型だ。
精神疾患には生理学的な原因があるってのはもうわかってきてるわけでな。それを治そうとするのに薬を使うのは自然。そうだろ?
http://plaza.rakuten.co.jp/kinkou070707/diary/200908260003/
http://kentapb.blog27.fc2.com/blog-entry-1745.html
とりあえずこの辺読んどけ。上の方はソース消滅してるから孫引きですまんが。
専門家でもなく、ぐぐってわかる程度の知識もないのに精神医学全部を否定しようとする君の無謀ぶりには、進化論否定の創造論者もびっくりだろうね。
http://anond.hatelabo.jp/20091005002132
そっから生物多様性、進化論、五界説、超三界説、すこし分子進化における中立説と自然選択説の対立の話を紹介して、「君はどっちを信じる?」って宿題を出してその日はそれまで。
で、次は会食でもしながら進化論の話から育種学の話。
集団遺伝から近交化の話につなげて遺伝病の話にもってく。
遺伝病の話からセントラルドグマの紹介。
んで、そっからタンパク質の話にいくんだけど、代謝マップにいくよりは生理学につなげたほうがいいかなっと。
で、ひとしきり畑違いにも楽しめる医学生理学のおもしろそうな話を紹介したところで、PCRとシーケンスの原理とかを説明したり。
あんま化学にこだわらないほうがいいと思った。
鳩山首相がCO2を25%削減する「鳩山イニシアティブ」を高らかに宣言し、世界各国がそれを賞賛するのをみて、経済学者ってどこの国でも無視されてるんだなと思った。Mankiw blogの読者ならご存じのように、世界の主要な経済学者は、排出権取引よりも環境税のようなピグー税のほうが効率的で公正だと主張しているのだが、政治家にはまったく理解されない。それどころか、この二つが代替的な政策手段だということさえ認識してない人が多い。民主党のマニフェストに至っては、
* キャップ&トレード方式による実効ある国内排出量取引市場を創設する。
* 地球温暖化対策税の導入を検討する。
と併記する支離滅裂なものだ。この両方を同時に実施することは不可能である。たとえば、あるCO2排出企業が、その排出権を他の企業から買って排出量をまったく削減しなかったら、どうするのだろうか。その企業に環境税を課税したら二重負担になるから、企業は購入した排出権を政府に買い取れと要求するだろう(つまり排出権取引は無意味だ)。もし課税しなかったら税の公平に反するので、税務署は許さないだろう。
恒例のThomson-Reutersの予想によれば、今年の医学・生理学賞の候補に小川誠二氏(濱野生命科学研究財団小川脳機能研究所)があげられている。張出のスウェーデン銀行賞の候補は
* Ernst Fehr & Matthew J. Rabin(行動経済学)
* William D. Nordhaus & Martin L. Weitzman(環境経済学)
ここで挙げられているMartin L. Weitzman先生によると、環境税によって環境負荷を減らすよりも、排出権取引によって環境負荷を減らすよりも、両方使った方が効率がいいよって言うのが結論なんですけど・・・・・・(論文はここを参照: http://www.jstor.org/pss/2296698)。
ノーベル経済学賞を取ろうとしている先生の経済学は無視して、自分の意味不明な論理で主流の経済学を馬鹿にするのはもうやめた方がいいんじゃないですか。
俯瞰的な視点で言わせてもらうと、
挫折を知っている人と挫折を知らない人がいるとするなら、挫折を知っていることがプラスにはたらくケースも長い人生の中では出てくる。
だから、今は打ちのめされている感覚で心がいっぱいなのだろうけど、まずその心の持ち様を何とかしていかないと自分に自分で落伍者の印鑑を押し続けることになっちゃうと思う。
次。例えばだけど、半年間運動してなかった人がいきなり1時間マラソンしたとしたらどうなると思う?30分でバテるとするよね。でもそれはある意味運動生理学的に当然な肉体反応なのかも知れないよ。ただそれでへこまずに2ヶ月トレーニングしたら(ここでの時間の長さはかなり適当だけど)1時間バテずに走れるようになるとする。これ仮定ね。
でもこの仮定で話を進めると、半年ぶりの勉強が思うように行かないのって落ち込む事じゃないかも知れない。当然の結果、個々人の能力差とは別に、だいたい普通そうなるわけで、ならない方が異常なのかも知れない。じゃあ落ち込む事じゃないのかも知れない。落ち込む事じゃないのに落ち込んでいるとしたら、なぜ落ち込んでしまったんだろう、落ち込まないためにはどうすれば良いんだろうと考えざるを得なくなってくると思うな。今はそういう気分にはなれないのかも知れないけど。
あと君の考えと私の考えの違う点を一つ書きます。友だちは自分を弱い人間と自覚している人ほどつくるべきです。(でも自分と合わない人を友だちにしちゃダメだよ)傷のなめ合いをしていてはダメかも知れませんが、強い人間はそれこそ自分だけで生きていくこともできるでしょう。でも自分に能力がない人間が社会で生きていくときに友だちはものすごい武器になります。自分の精神を安定させる意味で。だから、「友達が居てもいい身分じゃない」のは君のような普通の公立校出の人ではなくて、親のスネで一生安泰のお坊ちゃまの様な人の方だと思う。
あとおまけ的なことというか、反則というか、そんな感じのこと。
君にとって受験は、「たかが受験、されど受験」だとする。(我ながら超身勝手な推測だな)これを「されど受験、だが、たかが受験」と順番を変えることのススメ。
今は差し迫っているから中々そうは思えないのは分かる。受験のシステムそのものがおかしいというのも負け犬の遠吠えになりやすいのも分かる。分かるけど、「たかが受験」は別の面からは正しい指摘でもあるということ。(例えば、私は大卒で、私の従兄は専門卒だけど、私の親には、従兄の方が人生幸せに生きられていると言われたりもする。幸せの形はそんなに単純なものじゃないという意味ね。)かつそう考える方が前向きになれるのだとしたら、そう考えた方が良いと思う。
えらそうに書いたけど、それは私も君ぐらいの年には似たようなことで悩んだし、精神的にも不安定になった。たぶん君より不真面目だったけどw。できないことを君ほど自分のせいにしなかった。環境のせいにした。
一般化は出来ないけど、高校出て数年くらいの年齢だったら、悩みが色々あるのは普通だと思うな。決していけない事じゃないし、自分を否定する必要はないと思う。
現実の子供を守るために漫画・アニメを規制する意味なんて無いと思う。
なにをしても憂鬱でやる気が起きなかったのだが、一週間ほど経って気晴らしにオナニーをしようと思い、
下半身に血が集まる様子がない。明らかにインポテンツだった。今ならEDの方が一般的だろうか。
男性諸氏ならわかると思うが、勃たないというのは完全に自信を喪失するものだ。
ましてそれが思春期真っ盛りの高校生の頃に起きたら、どうなるか考えてもらいたい。
恥ずかしい話だ。失恋した話な上、下の話だ。
親に相談することもできず、保険証からばれてしまうから医者にいくこともできない。
友達に相談して解決するようなことでもない。
結局自分一人で抱え込むことになった。
失った自信を取り戻すため、また純粋に溜まっているのに出せないという不快感からオナニーの訓練をした。
思いつくものはとにかく挑戦してみた。
洋モノやコスプレといったライトなものから獣姦やら同性愛(女×女、男×男)やらといった高校生から考えたらディープなものまで
さまざまな世界を試してみたが一向に勃つ様子がない。
その中でも特にレイプものには全く反応しない、どころかか途中で気分が悪くなってしまった。
そうして訓練したりしなかったりで一ヶ月くらい過ぎて、
普通の、三次元のエロ本で勃つようになるまでさらに一ヶ月を要した。
この話のキモは、二次元で勃ってからと三次元で勃つまでにあるタイムラグである。
両方とも脳はエロいものであると認識していた。ドキドキしながらオカズを見ていた記憶がある。
だが、下半身を司る脳の一部は三次元では勃たせず、二次元では勃たせるという命令を送っていたのだ。
もちろんこれは一般化できることではないし、この時の心理状況を解析できるほど大脳生理学も進歩していないだろう。
つまりは科学的根拠すら希薄で、さらに言えば失恋という特殊な精神状態だったというおまけ付きだ。
いろんな反応あるの分かってて、説明するの面倒だから増田に投下したが、
ほっておくのが気持ち悪いから、ちょっとは回答しておく。
まず、これは、授業後の雑談で出てきた話だから、
一応顔学の知識に基づいてたりするけど、
先生にとってはこれが「顔学」だ!って言われたら嫌だと思う。
マスコミ的に雑誌的に、分かりやすくてインパクトがあるから投下したの。
16時間の授業を纏めて投下するほど暇じゃないし、そんなことしても殆ど読まれない、でしょ?
気の持ち方が大事、ってことか。そうはいってもなかなかねえ。
そうですねぇ。僕もまあ、頭の隅においておくといいかも程度に考えてます、この13カ条自体は。
「気の持ち方が大事」ってのは、そんなかんじ。
写真ボックスで撮るのと、本当にプロのカメラマンに撮られるのと、後者のほうがいい写真になるけど、これはコミュニケーションの中でそういう顔を引き出すってことですね。
顔のつくりは変わってなくても、そういう変化は起こるので、顔はかなり内面とインタラクティブに存在するものなんですね。
どう考えてもいくつかムリな項目がある。
というわけで、目と目の間を離そうってのは、そういう意識をすればという意味だと思うよ。
ちなみに物理的に離れている場合、
離れすぎてると間が抜けて見え、狭くなるにつれて、
間抜け→おだやか→理知的→神経質
と印象が変わるということを単純図形で構成した顔で説明されました。
これも雑談の中でだけど、まぁなるほどですね。
ちなみに、人相学自体は対象として顔学でも扱うけど、顔学≠人相学だし顔学⊃人相学ですらないとのこと。
コンプレックスに持ってるかは知らないけど、お年なので生え際は後退してらっしゃいます。ロンパリは気づかなかったけど。さあ。
もともと、シワの件を言ったら女性から「じゃあこの項目には”ハゲ”も入れないと公平じゃないですわ」と言われたとのこと。
原則だけじゃなくて、ある程度の原理まで書いてくれないと、非常にキナ臭く思える
だから、メンドイ(笑)!!ゴメン!!
笑うと表情筋が鍛えあがるからしわになっても型崩れしないとかさ
そうそう、自分で考えるか顔学の本でもさらっと立ち読みして考えてください、学問として気になる人は。
シワの件は前述の通りだけど、それもあるんかもね。
複雑系と捉えた上でマクロ側からのアプローチが中心の話だったので、生理学的知識については具体的な話はそんなに出てきてなかったっす。
(そして本当の話の中心は工学や科学や学問の在り方創り方についてでした。)
やることが溜まってきてますので、これにて失礼。
おじろく・おばさ、ヒドス。名前の響きがコワス。おじろくとはおじさん。おばさとはおばさんということだが。長男が家督を継ぐから、(おじろく・おばさが育てることになる)その子供から見ての名称なんだろう。
制度的なものは実在してることもあるってこったなあ。
そうするってぇと、やっぱり出方のあり方は制度的なものではなく、生理学的なものがいいな。
http://anond.hatelabo.jp/20070724133040
読みにくい文章読んでくれてありがとう
はてな初めて使ったからテキスト整形わからなくて、読みにくくしてしまってすみません
ちょとだけ直してみました
あと"。"を使わないのは仕様です
1センテンスを一行以内に抑えて携帯世代でも読めるように心がけてます
コピペなのかどうかは知らないけど
こんなむちゃくちゃなこと信じちゃうゆとり脳がいるかもしれないので
一応論理的に否定する
神経伝達物質にはメジャーな四つでアドレナリン・ノルアドレナリン・セロトニン・ドーパミンがあるけど
http://www.naoru.com/noruadorenarin.htm
これは副交感神経系に働き、交感神経系に働くアドレナリンとは逆の働きをする
多分アドレナリンに対する負のフィードバックとして打ち消す何かが分泌されると妄想してるんだろうけど
そういうのはセロトニンの役割、受容体の鍵穴にセロトニンが阻害剤として取り付く
パニックだったけどそのあと現実感がなくなったりしてなんか醒めた感じになるとき
セロトニンが分泌されて危機状況に慣れさせようとする
ドーパミンはご飯おいしかったり、幸せとかを感じたときに分泌される
大脳生理学は学んでないけど、信頼とかがないと分泌されないんじゃないの?
普通に怖い人と一緒につり橋わたっても怖さの二乗だし
で、弁護士の人から聞いたとかも言ってるけど
書いた人が、自分の異常な性癖を正当化したくて言ってるんじゃなくて
本当に弁護士の人から聞いたと仮定した場合
それとも被害者から?
被害者の表情云々といってるし、弁護士は犯人から聞いたんだろうね
その犯人の証言は自己を正当化させる目的で歪められている可能性はきわめて高いし
というより、人の感情を慮るような神経の持ち主がそんな犯罪せんでしょ
勝手に思い込んでるだけ
んでそれを鵜呑みにした弁護士乙
その弁護士の話で自己を正当化しようとしてる犯罪予備軍(もう犯人かも知れんが)
しかも被害者が亡くなってることをその証拠みたいに言ってるし
まさに死人にくちなし、二重に冒涜してる
趣旨から外れるので感情的になるのは止めておくが
ネットで実際のが流れてるのを見たことがあるけど
ただただ可哀想だったよ、悲惨だった
全然感じてなんかない
最後に
アルファルファモザイクってまとめサイトのコメント欄で必死に強姦魔擁護してたやつはこいつだろ
コメント欄の1060で同じこと書いてる
http://alfalfa.livedoor.biz/archives/50861884.html
>1023
亀だけどさ
裁判官が最も守らなければならない原則ってのがあるんだよ。
「10人の真犯人を見逃したとしても、1人の無辜の人間を裁いてはならない」
冤罪は、ただ間違えただけみたいに思ってるやついるかもしれんが、日本国が
日本国憲法の3本柱に上げている「平和主義」「基本的人権の尊重」「国民主義」の
冤罪を軽視しすぎだろ※見てる限りじゃ。
んで、あれだレイプ被害者が自殺する理由の多くはレイプされたことよりも
「レイプされてるのにもかかわらず感じてしまった自分への嫌悪」のほうが多いそうだ。これは弁護士のあんちゃんから聞いた話だから真偽はわからんけど
http://anond.hatelabo.jp/20070724133040
読みにくい文章読んでくれてありがとう
はてな初めて使ったからテキスト整形わからなくて、読みにくくしてしまってすみません
ちょとだけ直してみました
あと"。"を使わないのは仕様です
1センテンスを一行以内に抑えて携帯世代でも読めるように心がけてます
コピペなのかどうかは知らないけど
こんなむちゃくちゃなこと信じちゃうゆとり脳がいるかもしれないので
一応論理的に否定する
神経伝達物質にはメジャーな四つでアドレナリン・ノルアドレナリン・セロトニン・ドーパミンがあるけど
http://www.naoru.com/noruadorenarin.htm
これは副交感神経系に働き、交感神経系に働くアドレナリンとは逆の働きをする
多分アドレナリンに対する負のフィードバックとして打ち消す何かが分泌されると妄想してるんだろうけど
そういうのはセロトニンの役割、受容体の鍵穴にセロトニンが阻害剤として取り付く
パニックだったけどそのあと現実感がなくなったりしてなんか醒めた感じになるとき
セロトニンが分泌されて危機状況に慣れさせようとする
ドーパミンはご飯おいしかったり、幸せとかを感じたときに分泌される
大脳生理学は学んでないけど、信頼とかがないと分泌されないんじゃないの?
普通に怖い人と一緒につり橋わたっても怖さの二乗だし
で、弁護士の人から聞いたとかも言ってるけど
書いた人が、自分の異常な性癖を正当化したくて言ってるんじゃなくて
本当に弁護士の人から聞いたと仮定した場合
それとも被害者から?
被害者の表情云々といってるし、弁護士は犯人から聞いたんだろうね
その犯人の証言は自己を正当化させる目的で歪められている可能性はきわめて高いし
というより、人の感情を慮るような神経の持ち主がそんな犯罪せんでしょ
勝手に思い込んでるだけ
んでそれを鵜呑みにした弁護士乙
その弁護士の話で自己を正当化しようとしてる犯罪予備軍(もう犯人かも知れんが)
しかも被害者が亡くなってることをその証拠みたいに言ってるし
まさに死人にくちなし、二重に冒涜してる
趣旨から外れるので感情的になるのは止めておくが
ネットで実際のが流れてるのを見たことがあるけど
ただただ可哀想だったよ、悲惨だった
全然感じてなんかない
最後に
アルファルファモザイクってまとめサイトのコメント欄で必死に強姦魔擁護してたやつはこいつだろ
コメント欄の1060で同じこと書いてる
http://alfalfa.livedoor.biz/archives/50861884.html
>1023
亀だけどさ
裁判官が最も守らなければならない原則ってのがあるんだよ。
「10人の真犯人を見逃したとしても、1人の無辜の人間を裁いてはならない」
冤罪は、ただ間違えただけみたいに思ってるやついるかもしれんが、日本国が
日本国憲法の3本柱に上げている「平和主義」「基本的人権の尊重」「国民主義」の
冤罪を軽視しすぎだろ※見てる限りじゃ。
んで、あれだレイプ被害者が自殺する理由の多くはレイプされたことよりも
「レイプされてるのにもかかわらず感じてしまった自分への嫌悪」のほうが多いそうだ。これは弁護士のあんちゃんから聞いた話だから真偽はわからんけど
http://anond.hatelabo.jp/20070724133040
読みにくい文章読んでくれてありがとう
はてな初めて使ったからテキスト整形わからなくて、読みにくくしてしまってすみません
ちょとだけ直してみました
あと"。"を使わないのは仕様です
1センテンスを一行以内に抑えて携帯世代でも読めるように心がけてます
コピペなのかどうかは知らないけど
こんなむちゃくちゃなこと信じちゃうゆとり脳がいるかもしれないので
一応論理的に否定する
神経伝達物質にはメジャーな四つでアドレナリン・ノルアドレナリン・セロトニン・ドーパミンがあるけど
http://www.naoru.com/noruadorenarin.htm
これは副交感神経系に働き、交感神経系に働くアドレナリンとは逆の働きをする
多分アドレナリンに対する負のフィードバックとして打ち消す何かが分泌されると妄想してるんだろうけど
そういうのはセロトニンの役割、受容体の鍵穴にセロトニンが阻害剤として取り付く
パニックだったけどそのあと現実感がなくなったりしてなんか醒めた感じになるとき
セロトニンが分泌されて危機状況に慣れさせようとする
ドーパミンはご飯おいしかったり、幸せとかを感じたときに分泌される
大脳生理学は学んでないけど、信頼とかがないと分泌されないんじゃないの?
普通に怖い人と一緒につり橋わたっても怖さの二乗だし
で、弁護士の人から聞いたとかも言ってるけど
書いた人が、自分の異常な性癖を正当化したくて言ってるんじゃなくて
本当に弁護士の人から聞いたと仮定した場合
それとも被害者から?
被害者の表情云々といってるし、弁護士は犯人から聞いたんだろうね
その犯人の証言は自己を正当化させる目的で歪められている可能性はきわめて高いし
というより、人の感情を慮るような神経の持ち主がそんな犯罪せんでしょ
勝手に思い込んでるだけ
んでそれを鵜呑みにした弁護士乙
その弁護士の話で自己を正当化しようとしてる犯罪予備軍(もう犯人かも知れんが)
しかも被害者が亡くなってることをその証拠みたいに言ってるし
まさに死人にくちなし、二重に冒涜してる
趣旨から外れるので感情的になるのは止めておくが
ネットで実際のが流れてるのを見たことがあるけど
ただただ可哀想だったよ、悲惨だった
全然感じてなんかない
最後に
アルファルファモザイクってまとめサイトのコメント欄で必死に強姦魔擁護してたやつはこいつだろ
コメント欄の1060で同じこと書いてる
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亀だけどさ
裁判官が最も守らなければならない原則ってのがあるんだよ。
「10人の真犯人を見逃したとしても、1人の無辜の人間を裁いてはならない」
冤罪は、ただ間違えただけみたいに思ってるやついるかもしれんが、日本国が
日本国憲法の3本柱に上げている「平和主義」「基本的人権の尊重」「国民主義」の
冤罪を軽視しすぎだろ※見てる限りじゃ。
んで、あれだレイプ被害者が自殺する理由の多くはレイプされたことよりも
「レイプされてるのにもかかわらず感じてしまった自分への嫌悪」のほうが多いそうだ。これは弁護士のあんちゃんから聞いた話だから真偽はわからんけど