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2012-01-27

村上春樹の猛々しい想像力 (3/3)

Sam Anderson

2011年10月21日

1 - 2 - 3

翻訳は、村上の作品を組み立てる原理だとさえ言えるかもしれない。

彼の作品は翻訳されているだけでなく、翻訳についてのものだと考えられるのである

村上ストーリーにおける至上の愉しみは、とても普通の状況(エレベータに乗っている、スパゲッティを茹でている、シャツアイロンがけしている、など)が

突然非日常不思議電話を受ける、魔法の井戸に落ちる、羊男と会話する、など)へ変貌するのを見ることだ。

言い換えるならそれは、登場人物が存在論的に盤石な立場から完全な異世界へと投げ込まれ、

たどたどしくも二つの世界の間をとりもつことを余儀なくされる瞬間だ。

村上作品の登場人物はある意味でいつも、根底から異なるいくつかの世界あいだで翻訳をしている。

平凡と奇妙、自然超自然田舎と都会、男と女、地上と地下。

言い換えれば、彼の全作品は翻訳の作業を劇に仕立てたものなのだ



村上の車の後部座席に戻ろう。

私たちは東京を離れ、ベッドタウンに入った。

多くの企業本社や、巨大な船のかたちをしたラブホテルを通り越していく。

およそ1時間後、風景は急峻な山道になり、私たちは村上の家に到着した。

木の生い茂る丘の上、山と海の間にある、こぎれいだが平凡な外観の二階建てだ。



靴をスリッパに履き替え、村上に連れられて彼のオフィスへと入る。

自らデザインした小部屋であり、『1Q84』のほとんどはここで書かれた。

同時にそこは彼の膨大なレコードコレクションの住処でもある。

(10000枚くらいだろうが、怖くて実際に数えてはいない、と彼は言う)

オフィスの幅広い壁二つは、床から天井までアルバムで覆いつくされている。

山々に向けて突き出している窓の下、部屋の端には巨大なステレオスピーカーが君臨している。

室内のもう一つの棚には村上人生と作品にまつわる思い出の品々がある。

彼が『海辺のカフカ』で殺人者として想像したジョニーウォーカーを描いたマグカップ

はじめてマラソンを完走したときの、くたくたの彼を写した写真1991年ニューヨーク市にて、3時間31分27秒)。

壁にはレイモンド・カーヴァー写真、グレン・グードのポスタージャズ巨匠の肖像がいくつか。

村上もっとも好きなミュージシャンテノールサキソフォンスタン・ゲッツ写真もある。



私はレコードをかけてもらえないかと頼んでみた。

村上はヤナチェクの「シンフォニエッタ」を取り出した。

1Q84』の始まりを告げ、その物語のなかで繰り返し鳴り響く曲である

作品で示唆されるとおり、渋滞で聞くにはまさに最悪の音楽だ。

それは速く、アップビートで、劇的──まるで普通の曲が5つ、ペンキの缶のなかで決闘しているかのようだ。

同時にそれは熱狂し、ねちねちとした、暴力的な『1Q84』の冒険の主題曲として、もっともふさわしい。

村上はその奇妙さを買って「シンフォニエッタ」を選んだという。

「一度だけそれをコンサートホールで聴いたことがある」

オーケストラの後ろにトランペットが15人いた。変だった。すごく変だった……その奇妙さがこの本によく合う。この物語にこれ以上よく合う音楽は思いつかない」

彼は何度も何度もその曲を聴いて、そして開幕のシーンを書いたという。

シンフォニエッタを選んだのはまったく人気がない音楽だったからだった。でも本を出版してから日本では人気が出た。小澤征爾さんに感謝されたよ。彼のレコードがよく売れたからね」



シンフォニエッタ」が終わると、私は最初に買ったレコードは何か覚えているかと尋ねてみた。

彼は立ち上がり、棚をごそごそと探して、一枚のレコードを手渡してくれた。

「The Many Sides of Gene Pitney」。

カバーを飾るのは、華やかな姿の Pitney。60年代前半のアメリカクルーナー歌手である。はまだらのアスコットタイに艶のある赤いジャケットを着て、髪型は崩れ落ちる波を凍らせたようにみえる。

村上は13歳の時、このレコード神戸で買ったという(当初のものは擦り切れたため、何十年か前に買い直している)。

針を下ろすと、流れ出す Pitney の最初ヒット曲「Town Without Pity」。

劇的な、ホルン即興とともに Piteny の歌声が黙示録的な叫びを歌う。

若者にはつらいことがある、たくさんある/分かってくれる人がほしい/助けてくれよ/土と石でできたこの星が壊れるまえに」



終わると村上は針を上げ、「バカな歌だ」と言った。



1Q84』というタイトルダジャレである

言語をまたいでオーウェル引用したものだ。

日本語では、9は英語のQのように発音される)



1Q84』を書いているあいだ、『1984年』を読み直したかと尋ねてみた。

彼は読み直したといい、それは退屈だったという。

(これが悪い評価だとは限らない。野球のどこが好きかと尋ねた際、彼は「退屈だから」と答えた。)



近未来小説は退屈なものばかりだ」と彼は言う。

「始まりはいつも暗く、雨で、人々が不幸せそうにしている。コルマックマッカーシーの『The Road』は好きだし、よく書けているけれど、でも退屈だ。暗いし、人間人間を食べるし……ジョージ・オーウェルの『1984年』は近未来小説だけど、この本は近過去小説だ」

1Q84』について「我々は同じ年を反対側から見ている。近過去なら退屈じゃない」



オーウェルに親近感を覚えたかと尋ねた。



オーウェルと僕はシステムについて同じ感じを受けていると思う」と村上は言う。

ジョージ・オーウェルは半分ジャーナリストで半分小説家だ。僕は100パーセント小説家だ……メッセージを書くことはない。よい物語を書きたい。自分政治好きな人間だと思うけれど、政治メッセージを誰かに向けることはない。」



はい村上はここ数年、彼にしては珍しく、政治メッセージを大々的に言明している。

2009年、批判のなか彼はイスラエルエルサレム賞を受賞しに行き、そこでイスラエルパレスチナについて語った。

この夏、彼はバルセロナでの受賞式典の機会を利用して日本原子力行政を批判した。

彼は、福島第一は二度目の核災害だとした。

一度目はまったくの被害者としてだったが。



バルセロナの演説について尋ねると、彼はパーセンテージを少し修正した。



「僕は99パーセント小説家で1パーセント市民だ」と言う。

市民として言いたいことはあるし、求められればはっきりと言う。あのときまで原発について明確に反対する人はいなかった。だから自分がやるべきだと思った。自分にはその責任がある」

演説に対する日本の反応は概ね好意的だったという。

人々は津波の恐怖が改革への媒介となってくれることを、彼と同じように、期待していたのだ、と。

「これは日本にとって転機になると、日本人ほとんどが考えていると思う」

悪夢だけれど、変化のチャンスでもある。1945年以来、僕たちは豊かになるために働いてきた。けれどそれはもう続かない。価値観を変えなければならない。どうやって幸せになるかを考えなければならない。お金でもなく、効率でもなく、それは人格目的だ。いま言いたいことは1968年から僕がずっと言っていることなんだけれども、システムを変えなければならないということ。今は、僕たちがまた理想主義者になるべきときなんだと思っている」



その理想主義はどんなものか、アメリカ合衆国モデルケースとして見ているのか、と尋ねた。



アメリカはもはやモデルケースだとは思われていないと思う」

「いま、僕たちにはモデルケースがない。モデルケースを作り上げなければならないんだ」



地下鉄サリン事件阪神大震災、そして今回の津波……現代日本の数々の災害は、驚くほどにまで村上的だ。

地下での暴力的な衝動、深く隠されたトラウマが大量破壊を引き起こすものとして現れ、地上の日常を襲う。

彼は深さのメタファーを多用することで知られる。

登場人物たちはカラの井戸に降りていき、東京の地下トンネルに生きる闇の生き物に出会う。

(彼は別のインタビューで、井戸のイメージをあまりに何度も使って恥ずかしくなったため、8作目以降、できるだけ使わないように心がけたと話している)。

彼は自分創造性も、深さとしてイメージするという。

毎日机に向かい集中力に満たされたトランス状態の中で、村上村上キャラクターになる。

それは、自らの無意識洞窟たる創造性を探検し、見つけたものを忠実に報告する、普通の人物である



「僕は東京に住んでいる。ニューヨークロサンジェルスロンドンパリのように文明的といっていい世界だ。

 魔法じみた状況、魔法じみた物事に出会いたければ、自分の中に深く潜るしかない。だから僕はそうしている。

 魔法リアリズムとも呼ばれるけれども、自分の魂の深みのなかでは、それは単なるリアリズムだ。魔法ではなく。

 書くときには、非常に自然で、論理的で、リアリスティックで、合理的に感じる。」



執筆しないとき自分はどこまでも普通の人だと村上は強調する。

彼の創造性は「ブラックボックス」であり、意識的にアクセスすることはできないという。

彼はシャイであり、メディアにあまり登場したがらない。道端で読者から握手を求められた時にはいつも驚く。

人が話すのを聞くほうが好みだと彼は言う。

実際に、Studs Terkel の日本版のようなものとして彼は知られている。

1995年サリンガス事件があったとき村上被害者65人と被疑者らを1年かけてインタビューし、

その結果を分厚い2冊組の本として出版した。

のちにそれは『Underground』として、大幅な簡略化をしたうえで英語翻訳された。



この会話が終わったとき村上ランニングに誘ってくれた。(「僕が書くことについて知っていることのほとんどは、毎日ランニングを通して学んだ」と彼は書いている)

彼のランニングスタイル個性の延長のようだ。

身軽で、安定していて、実践的だ。

たがいの走り幅がつかめて1、2分たつと、村上自分が単に「丘」と呼ぶところに行ってみないかと尋ねてきた。

それは試合の申し込みか警告のように聞こえた。

そんな言い方をした理由はすぐに分かった。

というのもまもなく「丘」を登り始めることになったからだ。

もはや走るというよりは、急な坂にさしかかって足をとられているというほうが近く、

地面が傾いたランニングマシーンのように感じられた。

道の終わりに向けて一足踏み込むと同時に私は村上に向けて「大きい丘でしたね」と言った。

そこで彼は指をさして、先にジグザグ道が続いており、私たちはまだほんのひと曲がり目を終えたにすぎないということを教えてくれた。しばらくして、二人の息が切れ切れになってくると、このジグザグ道には終わりがないのではないかと心配になってきた。

まるでどこかの村上世界にある無限階段のように。

上へ、上へ、上へ。

しかし、やっとのことで、私たちは頂上に着いた。

海ははるか下に見えた。

それは秘められた巨大な水世界日本アメリカあいだの、人が住まない世界だ。

その日見たかぎり、水面は静かだった。



そして私たちは下りを走り始めた。村上は村を通る道に誘ってくれた。

大通りのサーフショップ漁師の家がならぶ界隈を通り過ぎた(彼はそのあたりの庭に古くからの「漁師神社」があるのを指差して教えてくれた)。

空気は湿っていて塩のにおいがした。

私たちは並んで浜まで走った。

村上がかつて名もない翻訳者だったころセントラルパークでジョギングをともにしたジョン・アーヴィングについて話をした。

セミについても話をした。

何年も土のなかで生き、地表にぽっと出て、わめき、最後の数ヶ月を木の上で過ごすのは、どんなに変だろうかと。

私がおもに覚えているのは、村上の安定した脚のリズムだ。



走り終えて家にもどると、私は村上の来客用バスルームで着替えた。階下で彼を待つ間、食堂エアコンの風を受けて立ち、大きな窓からハーブと低い木のある小さな裏庭を見ていた。



数分後、庭から迷い出た変な生物が私の視界に入ってきた。

最初それは鳥 – おそらくはその飛び方からして変な毛をしたハチドリのようにみえた。

が、すぐに2羽の鳥がくっついているようにみえだした。

飛ぶというよりはふらついているといった感じで、体の一部がそこかしこから垂れ下がっているようだった。

最終的に、それは大きな黒い蝶だと私は結論づけた。

見たことがないほど変な蝶だった。

浮かびながら、異星の魚のようにひらひらしつづけるその姿に幻惑させられ、

私はそれを既知の何かに分類したくなりかけたが、成功することはなかった。

それはひらひらと、およそ村上と私が走った道を引き返す形で、山から海に向けて飛び去った。



蝶が去ってまもなく、村上階段を降りてきて、食堂のテーブルに静かに腰を下ろした。

見たこともない奇妙な蝶に遭遇したことを伝えると、彼は自分ボトルから水を飲み、私を見上げて言った。

日本には色々な蝶がいる。蝶に会うのは変なことじゃない」

2011年10月21日

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2012-01-07

http://anond.hatelabo.jp/20120107191557

理想主義って題にしてるって事はお前自身理想しか見てないバカだって事は理解してるのか

理想主義

僕は"すべての人間が"というのを意識するのだけど、多くの人にとっては違うらしい。

矛盾するような会話を毎日求められるが何が楽しいのか

生きる価値がない

2011-10-06

Steve Jobsスタンフォード大でのスピーチ

もうたくさんの人に訳されてるけど,じぶんにはあまりしっくりこないのでまた訳してみた。

--

ありがとう

今日世界最高の大学ひとつでみなさんの卒業式に同席できることを名誉に思う。本当のことをいえば,私は大学卒業したことがない。これが大学卒業式にもっとも近づいた瞬間だ。今日,私の人生からつの話をしたい。それだけだ。大したことはない。たったの三つだ。

最初の話は点を結ぶことだ。

私はリードカレッジ最初の6ヶ月で退学した。でも本当に辞めるまでさらに18ヶ月かそこらモグリとして出入りしていた。じゃあなぜ退学したんだ?

話は私が生まれる前に遡る。私の生物学的な母は若い未婚の大学院生で,彼女は私を養子に出すことに決めた。彼女はどうしても大学卒に養子に出したいと考えていたので,誕生と同時に弁護士夫妻に受け入れられるようすべて準備済みだった。でも私が生まれて,土壇場になって彼らは本当は女の子が欲しいと決めた。それで順番待ちリストの次にいた私の両親に夜中に電話がかかってきた。「予想外の男の子だったんです。欲しいですか?」「もちろんです生物学的な母はあとで,母が大学も出てなくて父が高校も出てないことを知った。彼女は最終合意書に署名するのを拒んだ。数カ月後に私の両親がいつか私を大学にやると約束して彼女はやっと態度を変えた。これが私の人生の始まりだ。

17年後私はたしか大学に行った。だが私は世間知らずにもスタンフォード並に高価な大学を選択し,労働階級の両親の蓄えは全て学費に費やされていた。6ヶ月経って,私はその価値が感じられなかった。これから人生で何をしたいのかわからなかったし,大学がすべきことを発見する助けになるとは思えなかった。なのに私はここで両親がこれまで貯めた金をすべて使おうとしている。だから私は退学して,みんなきっとうまくいくって信じることにした。あの時はとても怖かったけど,振り返ってみればあれが私のこれまでで最良の決断だった。退学した瞬間,もう興味の持てない必須科目を取らなくてよくなったし,ずっと面白そうなクラスに入り込むことができるようになった。

ちっともロマンティックじゃなかった。寮に部屋もなかったか友達の部屋の床で寝た。コーラの瓶を返却してもらった5セントで食料を買った。日曜の夜には街の向こうまで7マイル歩いてハレークリシュナ教の寺院で週に一度のまともなご飯を食べた。最高に楽しかった。そして興味と本能に従って迷い込んだいろんなものが後に大きな意味を持つことになった。一つ例をあげよう。

リードカレッジは当時国内最高のカリグラフィー講座を持っていた。キャンパスのあらゆるポスター,引き出しのラベル,みんな美しい手書きカリグラフィーだった。退学して普通クラスを取らなくてよくなったので,カリグラフィー講座に参加してやり方を学ぶことにした。セリフ書体サンセリフ書体,文字の組み合わせで変化する文字間のスペースの量,すばらしいタイポグラフィがどうしてすばらしいのかを学んだ。カリグラフィーは美しく,歴史的で,科学では捉えられない繊細な芸術だ。そしてそれを私は面白いと思った。

これらの何一つ人生現実的に役立つ見込みなんてなかった。でも10年後,みんなで最初Macintosh設計してる時に全部思い出したんだ。そして私たちはそれをみんなMacに詰め込んだ。Macは美しいタイポグラフィを備えた最初コンピュータだった。私が大学のあのコースに潜りこまなければ,Macが複数の書体プロポーショナルフォントを備えることは絶対になかった。そしてWindowsはただMacコピーしたので,おそらくパーソナルコンピュータ今日のようなすばらしいタイポグラフィを備えることがなかっただろう。もし退学していなければ,絶対にカリグラフィー講座に参加しなかったし,パーソナルコンピュータ今日のようなすばらしいタイポグラフィを備えていなかったかもしれない。もちろん大学にいた時に点がつながるのを見通すことはできなかった。でも10年後振り返ってみればとてもとても明らかだ。

もう一度言う。将来点がつながるのを見通すことはできない。振り返ってつなげることしかできない。だからあなたは将来なんらかの形で点がつながると信じなければならない。ガッツ運命人生カルマ,なんでもいい,なにかを信じなければならない。いつかこの道を進めば点がつながると信じれば,たとえ人と違う道に向かうことになってもハートに従う自信を持つことができる。それが違いを生むのだ。

二つ目の話は愛と喪失についてだ。

私は幸運だった。人生の早いうちに好きなものを見つけられた。ウォズと私は20歳の時に両親のガレージAppleを始めた。一所懸命働いて,ガレージにたった二人だったのが,10年で従業員4000人の20ドル企業にまで成長した。30歳になる一年前に最高の作品,Macintoshを発売した。そして首になった。いや,自分の始めた会社からどうやって首になるっていうんだ? 私たちはAppleが大きくなったので一緒に経営するのにとても才能あると思えた人物を雇った。最初一年かそこらはうまくいった。でも将来のビジョンが食い違い始めて,最終的に喧嘩になった。そしてその時,取締役会は彼の側についた。それで30歳の時,首になった。世間の誰もがそれを知っていた。大人になってから人生すべての中心が失われて,本当に最悪だった。

数ヶ月は何をしていいのか本当にわからなかった。前の世代の起業家たちから渡されたバトンを落としてしまって,彼らを失望させたと思った。デビッド・パッカードボブ・ノイスに会って,このひどい失敗を謝罪しようとした。本当に誰もが私の失敗を知っていた。シリコンバレーから逃げ出そうとさえ考えた。でもなにかがゆっくりとわかり始めた。私はそれまでの仕事をまだ愛していた。Appleでの出来事は私の気持ちをすこしも変えなかった。ふられたけどまだ愛していた。だからやり直すことに決めた。

当時はわからなかったけど,Appleから解雇されたことは私にとってこれまでで最良の出来事になった。成功者の重圧は,またなにもあまりからない初心者の軽やかさに入れ替わった。おかげで私は人生で最も創造的な時期の一つへと解き放たれた。

次の5年間に,NeXTという会社と,Pixarという会社を興し,後に妻になるすばらしい女性と恋に落ちた。Pixarは後に世界初コンピュータグラフィック劇場映画トイ・ストーリー制作し,今では世界で最も成功したアニメーションスタジオだ。びっくりするような出来事があってAppleNeXTを買収して私はAppleに戻り,NeXTで私たちが開発した技術は今のApple復活の基盤になった。そしてローレンスと私は共にすばらしい家族を築いた。

Appleから解雇されなかったらこれらは全部起こらなかったとはっきり確信している。ひどく苦い薬だったけど,患者にはそれが必要だったのだ。時として人生はレンガで頭を殴ってくる。信念を失うな。私が進み続けられたのは自分のしていることを愛していたからだと確信している。あなたは愛するものを見つけなければならない。恋人を見つけるのと同じくらい仕事でもそれは真実だ。仕事人生の大きな割合を占める。本当に満たされる唯一の方法は,すばらしいと信じる仕事をすることだ。すばらしい仕事をする唯一の方法は,それを愛することだ。まだ見つけていないなら,探し続けなさい。腰を落ち着けるな。見つけたら,あなたハートが教えてくれる。恋人との関係のように,それは歳を重ねるにつれてもっとすばらしいものになる。だから見つけるまで探し続けなさい。腰を落ち着けるな。

三つ目の話は死についてだ。

17歳の時,こんな感じの引用文を読んだ。「毎日人生最後の日のように生きれば,いつか間違いなくうまくいく」印象づけられた。それからこれまで33年間,毎朝鏡を見ながら自分に問い続けてる。「もし今日人生最後の日だったら,今日これからしようとしていることを本当にしたいかい?」そして答えが何日も続けて「ノー」だった時,何かを変えなければと気づくんだ。

もうすぐ死ぬと思い出すのは,人生の大きな選択を助けてくれる私の遭遇した最もいい方法だ。外野の期待,プライド,恥や失敗への怖れ,そんなものは死に直面すればほとんどみんな本当に大事ものを残してどこかへ行ってしまからだ。いつか死ぬと思うことは,何かを失うという考えに陥るのを避ける私の知る最良の方法だ。あなたはもう裸なのだ。ハートに従わない理由なんてない。

1年くらい前に癌と診断された。朝7時半に検査を受けたら明らかにすい臓に腫瘍があった。私はすい臓がなにかすら知らなかった。医者はほぼ間違いなく治療不可能なタイプの癌で,3ヶ月から6ヶ月以上生きることは期待すべきでないと言った。先生は帰ってやりたいことを順にやりなさいと言った。死を迎える人への医者のお決まり対応だ。つまりそれは伝える時間があと10年あると思っていたことをたった数カ月で子供たちに伝えるということだ。つまりそれは全部手はずを整えて家族が出来るだけ苦労せずにすむようにするということだ。それはつまりさよならを言うということだ。

一日腫瘍と過ごした。その日の夜生検を受けた。内視鏡を喉から胃を通して腸に入れて,すい臓に針を刺し,少し腫瘍細胞を採取した。私は鎮静剤を投与されていたのだけど,顕微鏡細胞を調べた結果,手術で治療できるめずらしい種類のすい臓がんだとわかって先生たちが大騒ぎしていると付き添っていた妻が教えてくれた。手術を受けて,ありがたいことにいまはなんともない。

これが私が死に最も近づいた瞬間で,あと数十年はそうであってほしい。この経験があったから,死が有用だけどただの知的概念だったころよりもう少しだけはっきりと言える。

誰一人として,死にたくはない。天国に行きたい人ですら死にたくはない。だが死は我々全員が共有する終着点だ。これまで死を逃れた人はいない。そしてそうあるべきだ。なぜなら死は生命の最良の発明に思えるからだ。死は生命の変革担当係だ。古いものを追い出し,新しいもののための道をつくる。たった今,新しいものとはあなた方だ。でも遠くない将来みなさんもだんだんと古いものになって追い出される。ドラマティックになって申し訳ない。でもこれは真実だ。

あなた時間は限られている。だから誰か他人の人生を生きて時間無駄にするな。誰か他人の結論を生きるというドグマに捕らわれるな。他人の意見自分の内なる声をかき消されないようにしろ。そして最も大事なこと。自分の心と本能に従う勇気を持て。あなたの心と本能はもうあなたが本当になりたいものを知っているのだ。他のことはみんな後回しだ。

私が若いころ,全地球カタログというすばらしい出版物があった。私たちの世代のバイブルの一つだ。ここからそう遠くないメンローパークスチュアート・ブランドという人物によってつくられ,詩的な感覚人生にもたらした。まだ1960年代パーソナルコンピュータデスクトップパブリッシングもなかったから,全部タイプライターと鋏とポラロイドカメラ制作された。まるで35年早くやってきたペーパーバックGoogleみたいだった。理想主義で,整然としたアイデアとすばらしい思想で満ち溢れていた。

スチュアートと彼のチームは数号のあと,すべての活動を終えて最後の号を出した。1970年代中頃で,私はみなさんくらいの歳だった。最終号の裏表紙には,あなた冒険好きだったらヒッチハイクをしようかと思ってしまうような早朝の田舎道の写真があった。その下に「ハングリーであり続けろ。愚かであり続けろ」の言葉があった。それは終刊にあたっての別れのメッセージだった。ハングリーであり続けろ。愚かであり続けろ。私はいつも自分にそう願い続けてきた。今,みなさんが新たに卒業するにあたって,あなたにもそう願う。

ハングリーであり続けろ。愚かであり続けろ。

本当にありがとう

2011-08-21

宇野常寛批評用語の名前空間リソースを浪費しすぎ

最後に、宇野は「〈いま・ここ〉だけが無限に広がるこのリトル・ピープルの時代の新しい世界においては、私たちは〈いま・ここ〉に「潜る」こと、徹底して内在的であることが逆説的に超越に接近してしまう」と語るけど、このレトリックって、大澤真幸麻原彰晃に対して指摘した、

徹底した俗物性、過剰なまでの〈内在性〉が、逆に、麻原の〈超越性〉の根拠になっているのではないか。(大澤真幸『虚構時代の果て』)

とまったく同じなのだけど、これは本人的には大丈夫なのかしら。

ttp://blog.livedoor.jp/toshihirock_n_roll/archives/51653048.html

たとえば『完全自殺マニュアル』の鶴見済氏やオウム真理教麻原彰晃は、「革命」を失った今、世界を変えるのではなく自分を変えようとしたわけですよね。ドラッグや「修行」によって。麻原は鶴見さんほど徹底できなかったヘタレから革命のでき損ないに走っちゃったわけですしかし、彼らのやったことはまさに「内在」的なアプローチだったと思う。だって世界変革を「諦めて」自分チューニングするんだから

でも、ぼくがこの本で書いた「拡張現実の時代」においては、先ほどのゲームの例が代表するようにネットワーク的なものに支援されて超越―内在といった図式自体が崩壊していて、徹底的に内在することが超越に近づくというモチーフが頻出する。「ここではない、どこか」ではなく「いま、ここ」に留まったままゲームルールを書き換えるための想像力の行使に焦点を合わせているわけ。それはそのまま「虚構の時代」(鶴見・麻原)と「拡張現実の時代」の違いでもある。ここもポイントで、「外部」を断念するというとすぐに鶴見・麻原的なものを年長世代自体は想像しちゃうけれど、それは90年代時間が止まっている思考ですね。21世紀的な現実は「徹底して内在することによる超越」が、自意識チューニングではなく現実コミュニケーションとして創作物の生成や社会変革の可能性の方向に向かっている。これがまさに「仮想現実から拡張現実へ」ということ。

ttp://synodos.livedoor.biz/archives/1813624.html

いやいやいや。。。ちょっとウノさん、何言ってるんです・・・・。「内在」っていうこれまで批評用語としては、「超越-内在」っていう二項対立の一項として使われてきた用語を、かなり強引に自分タームの「内在」(これってむしろ「組織インサイダー=内在者」っていう意味に近いと思うんだけど)に引きつけて使ってて、不要名前空間コンフリクトを起こしてる気がする。まさに、

文系評論はすぐに一般名詞専門用語化する傾向がある。しかも、その本だけでしか通用しない専門用語をすぐにつくっちゃうのだ。”壁_temp”とか、”想像力_temp”とかい名前にしてくれればわかりやすいのだが、我慢して慣れてみよう。

http://d.hatena.ne.jp/kawango/20110818

っていう奴。今まで現代思想界にはCritique.naizaiっていう広く使われてる変数なり関数なりがあったのに、そこにまた紛らわしいUno.naizaiっていう変数なり関数なりを持ってきてて、そこでCritique.naizaiをUno.naizaiと間違えてコンパイルした人に、「お前はUnoパッケージインポートしてないから俺の本が読めてない」って文句言うのはちょっと無理筋過ぎないか


まあ、用語の問題を脇に置けば宇野常寛の言いたいことも分からなくはない。現代思想社会理論がこれまで、超越(トップダウン理想主義的な社会モデル)か、内在(個々人の内面インナースペースからの改革)か、という二項対立に拘泥したきたのに対して、組織の内在者=インサイダーが、組織へのハッキング的なコミュニケーションによるアプローチをかけることによって、ゆるやかに社会を変えていきましょう、ってのが彼の言いたいことなんだろうなあ、と思う。だけどそこで、現代思想のこれまで数十年の歴史のある用語体系に土足で踏み込んで、「内在」なんていう一般名詞を無理やり自分タームで使うのは無理筋だし、これまでその用語体系を使ってきた人の名前空間を不必要に混乱させる振る舞いだと思う。せめて「内在者(インサイダー)的アプローチ」くらいの用語にしておいてくれれば分かりやすいのにねえ・・・

2011-07-03

香山リカコラム

理想主義に酔っ払ってる連中の醜さを炙り出す

目的で書かれた釣りのように思えてくるから不思議

山川健一あたりはそれなりにキャリアがある物書きの筈なのに

自分の都合のいいようにあえて誤読してるのかと思えるほど。

レベルロッカー気取りもたいがいにしろと思う。

2011-07-02

http://anond.hatelabo.jp/20110702080527

その人たちって、“知的レベルが高く、情報収集に熱心で、いまの世の中の趨勢を注意深く見ている人たち”“純粋理想主義者”云々に該当するの?

香山リカ原発問題で騒いでるのは適応障害ニート引きこもり

その一方で、ネット世界を中心に、原発事故にのめり込んでいる人たちがいます

 彼らの多くは、知的レベルが高く、情報収集に熱心で、いまの世の中の趨勢を注意深く見ている人たちです

 特に、これまで一般社会にうまく適応できなかった、引きこもりニートといった人たちがその中心層の多くを占め

ているように見えます

 彼らは、企業社会アルバイト先で、会社人間としての振る舞いや低俗オヤジギャグに会話を合わせることに耐え

られません。薄汚いごますりや打算、好きでもない商品を売ることに対して、強い欺瞞を感じている人たちです

「食っていくためには、嘘もつかなければいけないときもある」

 大人が発するそんな言い訳めいた言葉に、かえって嫌悪感を強めています

 彼らには生活能力がなく、結局は親がかりです

 しかしながら、自分がやりたくもないことを、社会をまるでわかっていないような頭の悪い人たちと一緒にやりた

くない。劣等感と優越感がない交ぜになったような、一面では純粋理想主義者たちなのです

原発事故を喜ばしいと思う人は誰もいません。ただ、これまで大学の中で「冷や飯を食わされていた」小出さんが脚光を浴び、時代のヒーローになっていく姿は、彼らにとって理想イメージ希望の星、自分の願いを投影する存在になっているのでしょう。

惹きつけたのは、登場するキャラクターの魅力やファンタジーとしての世界観だけではありません。このアニメには、精神分析神学など多様な学問領域があり、様々な専門用語が散りばめられています

 彼らは、精神分析の分野で未知なるものが登場すると、先を争って精神分析の本を読み漁りました。宗教的な用語の背景を知ろうと、こぞって宗教学の本と格闘したのです

 そんな彼らが、いま原発問題に向かっています

彼らが原発問題に熱狂して、彼らが何かを変えられるとしても、ネットの中の一つの小さなトレンドに過ぎません。現実に動いている体制には、大きな影響を与えることはできないのです現実社会との接点こそ、ネット全盛の時代にあっても、ないがしろにできない大切なことではないでしょうか。

http://diamond.jp/articles/-/12955




http://anond.hatelabo.jp/20110702233116

http://anond.hatelabo.jp/20110703103111

差別左翼レイシストというのは、ニータパンおじさん専門用語です。笑




http://anond.hatelabo.jp/20110706124246




http://anond.hatelabo.jp/20110707085245

http://anond.hatelabo.jp/20110707083514

いつもどおり連続トラバは二つまでの法則。ニータパンおじさんの法則どおり。




http://anond.hatelabo.jp/20110707110411

ニータパンおじさんお得意の弱肉強食




http://anond.hatelabo.jp/20110707213712

ニーダーパンおじさんの復帰時間てわかりやすい。なんたってニートから



http://anond.hatelabo.jp/20110708065830

おじさん早起き?ではなくて生活時間帯がずれてしまっただけ。

2011-07-01

震災原発事故を「まるでなかったかのように」して、3.11以前の生活に戻ってしまおうとする人が増えています

そして前回お話ししたように、現代社会は「被災者支援を持続させられない」社会になっています

その一方で、ネット世界を中心に、原発事故にのめり込んでいる人たちがいます

彼らの多くは、知的レベルが高く、情報収集に熱心で、いまの世の中の趨勢を注意深く見ている人たちです

特に、これまで一般社会にうまく適応できなかった、引きこもりニートといった人たちがその中心層の多くを占めているように見えます

彼らは、企業社会アルバイト先で、会社人間としての振る舞いや低俗オヤジギャグに会話を合わせることに耐えられません。

薄汚いごますりや打算、好きでもない商品を売ることに対して、強い欺瞞を感じている人たちです

食っていくためには、嘘もつかなければいけないときもある」

大人が発するそんな言い訳めいた言葉に、かえって嫌悪感を強めています

彼らには生活能力がなく、結局は親がかりです

しかしながら、自分がやりたくもないことを、社会をまるでわかっていないような頭の悪い人たちと一緒にやりたくない。

劣等感と優越感がない交ぜになったような、一面では純粋理想主義者たちなのです

そんな彼らが原発問題にのめり込んでいます。そして、「神」として崇拝しているのが、

いま反原発で最も注目されているAKBです

2011-06-10

http://2kune.blog94.fc2.com/blog-entry-977.html

男も女も関係なく、「結婚したら、子供が産まれたら、仕事をどうする?」と夫婦が本当に対等になって話して決められる感覚が当たり前のようになるんだろう。

イクメン」なんつー言葉死語になるのはまだ先なのか。

この状況がベストだと疑いようもなく思い込んでる人が多くて困る・・・。

理不尽でも今まで役割分担というか女性犠牲にするような形にしないと成り立たなかったものを

理想主義でむりやりこの状況に持って行かれても共倒れになるんじゃないのかね。

共倒れになってから、二人で一緒に決めたことだからいいんだってのは、もう完全に社会無視して個人だけのセカイに入ってるよね。

むしろ10年前ならそういう議論が出ても大丈夫だったと思うんだけど、どうして今なんだろうって考えたことあるのかな

2011-06-07

二次元恋人は必ず三次元を駆逐する。

恋愛ロマンチック感情イベントエンタメ性や理想主義を求めれば求めるほど

三次元の立場は不利になる。

だって二次元は作り放題の進化し放題だもの。

生身の人間があれに太刀打ちできるわけが無い。

今まだ太刀打ちできるとしても、技術進歩と同じぐらいの速度で生物進化出来ない以上

必ず未来には三次元二次元に敗北する。




二次元彼女彼氏と言うものは

そもそも別にオタクと不可分のものではない。

技術進歩したときには、外装からオタク的な特徴が廃された二次元というものが出来てくる。

そうなると、これから逃れられるのは恋愛自体と折り合わない人間だけだ。




そもそもラブプラス等にはまり込む男性というのは

異性とのロマンチックな関係を夢見まくりと言う点で女性スイーツ族に近い。

恋愛にドはまりする用意の出来た精神構造の人」というのは

オタクとか腐とかリア充とかDQNなどという表層的カテゴリを横断して存在する。

今はオタクカルチャーに近い人間以外は二次元ナントカカントカと距離があるが

恋愛妄想が好きな種の男女は未来では軒並み二次元からめとられて行くだろう。




遠くない未来

個人主義ロマンチック主義の個体達は恋愛ソフトにずっぱまりで終生大変幸せ独身で生きる。

一方で恋愛に興味ないとか没入できないタイプ個体達が、まあ「現実」の中に生きて子供を産み育てる。




後者はやがて断片的に「イエ」的価値観などを復活させるだろう。

時代が下り、前者が絶滅したころに、伝承としてこう伝わる。




”昔、人類には「恋愛」っていう性病蔓延してね。

 たくさんの人が子供を作れなくなった。幸せそうだったけどね。

 今いる人類は全部「恋愛」に免疫があった人間の子孫なんだよ。”

 

2011-05-22

赤・・・いやデマ狩りがはっじまーるよー

いやあなんかすごいこと言われた。

デマを流すような奴をフォローしている時点あなたも同罪」

なんでやねん


ちょw、別にRTもしてないし、この人こまった人だァって目で見てるだけなのに、それもだめっすか。

そのうち「デマを流してる奴に石を投げない人間も同罪」「デマを流してる奴を同じ国に住まわせている時点で罪だ」とかなるのかなー。

twitter怖いなー。今のところは怖いのはこの人だけなんだけど、この人の言い分が真実になったらtwitterこわくなるなー。

私はtwitterが正しくなっても、使うのが怖くなったら意味ないと思うけどなー。

なんだろう、この清くしすぎて生態系破壊とか、理想主義行きすぎて住民虐殺みたいな阿呆な発想は。

オタク界隈で同質的人間しかいない空間でないと息ができない馬鹿か?こう言うことを言い出すのは。

こういう人たちて、人間には一面しかないとでも思ってるんやろうか。思ってるんだろうな。



もうちょっと人間はいろんな面があるって事を信じてくれやしませんかな

信じられないなら、人間なんて相当怖いものだろうからフォロワーとだけ仲良くしてればいいのに

2011-01-17

http://anond.hatelabo.jp/20110117091048

読者の反応が第一だというなら、商業目指せばいいんじゃないの?

読者の反応を期待するなら商業媒体で、自分趣味を優先するならインディーズ媒体で、棲み分け理想だと思うけど

皆、例えカネは絡んでなくても読者の反応は欲しがるもんだし

あまりに反応が無ければ気力が失せて止めてしまうか、人気が得られるよう宣伝したりウケ狙いししたりするもんだ。

これはどっちで受け取ればいいんだろう

  1. 十分なクオリティweb漫画を描いている作者に必要な注目が当たっていない、だからよりスポットライトを当てるべきだ
  2. クオリティとして劣っていてもweb漫画の草の根を絶やさないために、読者が流れ込むような仕組み作りをすべきだ

1.について言えば、俺は現状でも十分人気web漫画には相応の注目が集まってると思う。2chなんかでもいい漫画は何度も紹介されるしね。「いやそんなことない、埋もれている名作が多い」というなら、まず自分が作者に反応し、応援し、宣伝するべき。

2.について言えば論外。商業として成り立つクオリティ漫画ですらこれだけ溢れかえってる中で、他にも娯楽が沢山ある中で、クオリティの低いweb漫画が淘汰されるのは悲しいけどしょうがないことだと思う。それを救済すべきだという方が理想主義

2010-10-05

anond:20101005211002

そんな場所はどこにもないってのは言いすぎじゃないか。

少なくとも俺はそういう場所を知っている。ここには書かないが…

だから俺の頭の中は半分以上お花畑だ。

人生理想主義精神論で生きて、それにのめりこんじゃえば、案外幸せに暮らせるんじゃね、と思ったりする

2010-10-02

夢を見せる仕事

テレビの中から、夢を見せたり、語ったり、そういうことやる人が居なくなったよね。

大衆』の立場では、そういうものを信じられない世の中になったと思う。

だからなのか、今の20代より下の子たちは現実主義的で刹那主義的。その場が楽しければいい。


で、テレビの中の世界とか政治家とかの「スゴイ人たち」は、夢を見せるのが一番の仕事なのに、

不景気やら業界規模の縮小やらで、影響力を持ちにくい、理想主義者や若者はどんどん切り捨てられた。

巧く馬鹿を踊らせて巧く稼ぐのがお仕事

利己的で扇動力のある人間、上手く立ち回れる人間、彼らに扱いやすい人間ばかりが生き残る。

この時代、「プロ」を志向したり、業界経験のある人は知っていると思うけど、

今から叩き上げで入ろうとしても、既にポジション確立した一部の人間以外は搾取される宿命だ。

働けど楽にならざりき。


魅力的なコンテンツを生み出す人間が新しく出てきても基本は使い捨て。「育てる」余裕なんてない。

そして人材業界外に流出する。その結果が今の有り様。

粋を集めた資本力技術力を注ぎ込むための業界システムは機能せず、内外のコンテンツの質は揃って落ちていく。

2010-07-19

http://anond.hatelabo.jp/20100719125957

実家売って再度母親老人ホームに入れる手もあったはず。

元増田じゃないけど

この妻自身の「夫母を大切にしなければ」的信念に反するから

誰に提案されてもむしろ妻がそれを承諾しなかったと思う。

夫が無理にでもホームに入れたら入れたで妻は自分を責めるだろうし。

言っちゃなんだけどこの妻は理想主義者すぎて、

現実とのズレを一人で抱えこんでしまうタイプの人だったんだろう。

もともとうつ病になりやすい、生真面目な。

2010-07-14

アナタの言うもてない男は、かなり違う気が

http://anond.hatelabo.jp/20100712222607

まぁ、その通りの社会不適合レベルで、女性への付き合い方がてんで間違っている人はいるだろうけど・・・

二次元好きだからって、それと単純に比較するようなこととかないだろw



唯一自分イメージするもてない男にあてはまるかなと思ったのは、

『心が繊細だ。』ぐらい。

傷つきやすくて、相手の些細な対応でも不安や不満や疑心暗鬼を募らせるってところかな。

だから、価値観や基準のすりあわせに繋がるはずのケンカや話し合いが行われる前に、

自分の方で思いこんで、傷ついて、ぶつかる前に逃亡する。

それはいうならば、非モテ理想主義が強いというところも関係すると思う。



持てない男と付き合うな。とか

持てない男はいい男じゃない。とかそんなことは言いたくないよ。

好きになったり、なにかビビッときたなら、その人で良いんじゃない?

ただ、相手の異性経験が少なかったら 不安や不満をもっていないかどうか

持っていたら話して貰えるような、思いやりや広い心を持っておくようにすればいいと思う。

2010-07-02

http://anond.hatelabo.jp/20100702032630

考えるべきなのは、

好きな女性タイプ(こういう人がいたらいいな)じゃない。

そういう自分理想はなんだっけ・・・みたいに考えると、自分の足りないところを補ってくれる女性像にしかならず、

高望みや理想主義になって、釣り合わずに付き合えないで終わるパターンだ。




本当に考えるべきは、自分と相手の相性に尽きるよ。

どんな部分の相性があえば、二人は上手くやっていけるのかってこと。

言い換えるなら、自分が生きていく上で、ゆずれないところを共有できるか?ってこと。

きれい好きじゃなくてあんま掃除しないから、相手も掃除自分と同じレベル掃除をしない人の方が相性が良いわけだし。

SEXの頻度だって、片方がしたいしたいばっかいってても、やりたくなる頻度が違えばどっちかが疲れるし。




参考までに、自分は3つの基準をおいてる。他は、多少の違いでも我慢できるからな。

コミュニケーション=会話してて楽しいか。疲れないか。興味や、話したがり聞きたがりの相性。

性コミュニケーション=男・女の距離感恋愛距離感。1人でいる時間と2人の時間を選ぶ割合。あとはSEXの頻度とか。電話の頻度とか。

・金銭感覚=何にどれぐらい使おうと思うか。無駄にしか思えないものに月何万とか使うのを見てると耐えられなくなる。

2010-06-10

http://anond.hatelabo.jp/20100610132317

元増田はそんなこと言ってる?

女の権利の主張≒「自分は女だから優遇しろー」ってゆう解釈です。たとえば議員の男女比率を半々にしようぜとか主張することとか。


これじゃまるで「カルテル作ってゴネ集団化して『ただの我侭』通そうぜ」みたいなんだけど

まさにその通り。女性差別を主張して権利を得ようなんて考えてる連中は一部の理想主義者を除いてほとんどがそれが目的でしょう。女性問題にかぎらず、差別をことさら問題化して声を張り上げる連中も同じです。

2010-06-02

プライドのないブロガーかとおもったら知識も無いブロガーだった件について

http://ralf-halfmoon.jugem.jp/?eid=559

この人本当に阿呆だな。マジメに語ってこの程度か。どうせならつり宣言して終わってれば良かったのに。



コストから計算してんじゃネーヨ」という指摘は正しいように見えるよ。

あの記事に対する批判のみで言えば正しい。

でもあの記事は、何も知らない説明のために「コストの説明」というお題を設定して説明したからお題にそった流れになっただけだろう。

製作現場の発想が「コストがこれだけかかるからこれだけ売らないと、こんだけの価格にしないと」

であると判断するのは、あまりに想像力が欠けすぎじゃないだろうか。



まじめに仕事している人ならわかると思うけれど、コスト管理マーケティングはにわたまの関係になっている。 

最初そういう考え方でやっていても、売り上げ数が足りずに制約条件になってしまった場合

コストから考えざるを得ないタイミングは出てくる。

次の製品を世に出すためには、マーケティングの前に踏ん張る算段は必須である。

踏ん張った上でまたマーケティング(=商品作り)の話ができるのだ。

まさかこんなことも理解していないのだろうか。多分そうなんだろう。


基本中の基本であるが、

こうした事情を飲み込んで、それでもなお理想論を語っているなら、こんなに断定的な物言いが出来るわけは無い。

うちの会社でもたまに外からやってくるコンサルさんの若手にこういうお気楽理想主義者がいらっしゃるが

即お引取りを願っていただいている。 あんまりバカ晒してると仕事なくなると思うよ?

2010-05-08

http://anond.hatelabo.jp/20100508003335

顔色悪くなってきてる。安倍さんのときと雰囲気似てきてる。

思想的には真逆でも、どちらもまっすぐな理想主義者過ぎたと言うことか。

2010-05-07

http://anond.hatelabo.jp/20100507173751

ひろゆき場合だと、単なるディベート上の技術というよりも、本心から現状を変える必要性を感じていないから、

変える必要性は感じてるけど、現実問題変わる気配がないから、だろ。

幸せ回路満開の理想主義者に合わせるより、現実適応する方向に重点を置いている気がする。

こう考えると、ひろゆきが時折見せる悲観的な言動が理解できる。

2010-02-27

優等生発言がウザいっていうのは

理想主義は止めて、現実と折り合いをつけろって意味ですよね。

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