「現代史」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 現代史とは

2012-01-29

[]風雲児たちから

職業武装解除 - 瀬谷ルミ子

国をつくるという仕事 - 西水 美恵子

女の一生〈1部〉キクの場合 (新潮文庫) - 遠藤 周作

自由への長い道―ネルソン・マンデラ自伝〈上〉 - ネルソン マンデラ;

生きる技法 - 安冨 歩

ビューティフル・マインド 天才数学者絶望奇跡 - シルヴィア ナサー

意志力革命 目的達成への行動プログラム (Harvard business school press) - ハイケ・ブルック

高橋和巳作品集〈第4〉邪宗門,私の文学を語る(インタヴュアー:秋山駿) (1970年) - 高橋 和巳;

リーダーシップの旅 見えないものを見る (光文社新書) - 野田 智義

世に棲む日日〈1〉 (文春文庫) - 司馬 遼太郎

円周率計算した男 (新人文庫) - 鳴海

ある明治人の記録―会津人柴五郎遺書 (中公新書 (252)) - 石光 真人

日本を大切にする仕事――身のまわりから社会を変える10人の生きざま、働きざま - 山岡 淳一郎;

世界を動かした21の演説――あなたにとって「正しいこと」とは何か - クリス アボット

こうして僕は世界を変えるために一歩を踏み出した - 鬼丸昌也

所有せざる人々 (ハヤカワ文庫SF) - アーシュラ・K・ル・グィン

人間の測りまちがい〈上〉―差別科学史 (河出文庫) - スティーヴン・J. グールド

一〇〇年前の女の子 - 船曳 由美;


快感回路---なぜ気持ちいいのか なぜやめられないのか - デイヴィッド・J・リンデン

製造業現場バイヤーが教える だったら、世界一購買部をつくってみろ! - 坂口 孝則

経済論戦は甦る - 竹森 俊平

サクサク現代史! (ナレッジエンタ読本 6) - 青木裕司

キャプテン・アメリカはなぜ死んだか (文春文庫)

2011-06-12

http://anond.hatelabo.jp/20110612014828

まあ、そうだろうな。古代史はやたら詳しくやるのに、そのうち台風近付いてくるみたいに受験が近づいてきて、現代史まで行かなかったりする。

http://anond.hatelabo.jp/20110612013745

毛沢東については彼の思想より行状のほうが面白い

気まぐれな文人にして策士、抑えきれない狂気、そしてなにより盗賊の荒っぽい魂を持っている。

とても現代史の人物とは思えないワイルドさ。

三国志の時代でも活躍できるだけの力量がある。

だがもちろん登場する時代が遅すぎた。彼のモラルは現代では通用しない。

そもそもモラルなんて邪魔なものを彼は持っていないように見える。

ものすごく利口な野獣。

http://anond.hatelabo.jp/20110611232237

“「モウタクトウ」と言えば「シセン」と言えば通じると思っている日本人”は相当のアレだと思うが。

赤ん坊の臍の緒が、母親の臍と繋がっていると思っている人の数くらいはいるかもしれない。)

元増田が言うように、毛沢東=Mao Zedongくらいは知っておいても損はないと思う。逆に知らないと英語の文献読む時に困るだろう。

からといって、カタカナ表記は微妙ではある。マオツートンという表記は、いまいち間抜けな感じがして好きではない。

そもそも、中国語は、四声、Uウムラウトの発音、ケンゼツ音、有気音・無気音など日本語では表現できないので、モノによっては原音と乖離すること甚だしく、人民乖離するよりタチが悪い。原音表記したところでウソになってしまう。こういうところはハングルの表音力がうらやましいところだ。

先生ルーシュンじゃなくて、Lu Xunです。Lu Xun。いえ違います。Lu Xunです。いややっぱり違います

Luも、Xunもちゃんと言えてません。発音も声調も違います先生怒らないで下さいよ。

はい。わかりました。先生。もう無理に中国語話すことないです。ロジンっていえば私ちゃんとわかりますから

発音もさることながら、まず中国についてもっと教えるべきだと思う。お隣さんなのに知らなさすぎだ。お互い様ではあるが。

毛沢東選集4巻全部読めとは言わないが、老三編くらいは読んでも悪くあるまい。

中国の偉大な作家魯迅だけじゃない。老舎、巴金、丁玲、茅盾、いくらでもいる。中国の懐は深い。中国を知ること其楽無窮!

英語マオザドーン!(英語圏の人はけっこうそういう風に発音する)と言われて、毛沢東のことだと分かるのは出発点としては大事であろう。

しかし、中国人が、Mao Zedongと発音するのを聞いて、天安門にかかっている肖像画だとか、百元札とか、一切の反動派は張り子の虎だとか、女性は天の半分を支えるとか、戦争は血を流す政治だとか、あの書法とか、あの「雪」という詩とか、東方紅メロディーとか、タバコのヤニで真っ黒な歯とか、胸の皮膚に直接刺して止めるバッチとか、さまざまな記憶が一気に思い出されるような日本人がもっと増えてほしいと思う。

こんなのは中国語勉強すれば済む話であるが、日本義務教育化するのは大人の事情もあってすぐには難しかろう。

たった一つの冴えたやり方は、英語教科書に、中国現代史文学史を掲載することではなかろうか。

Mao Zedongが、Hongjunを率いて、Long March やりました的な話にして。べチューンとか、スノー、スメドレーあたりを絡ませると面白かろう。ちょっとさかのぼってパールバックあたりを出してもいいかもしれない。北京は、Beijingということが分かるだろうし、アヘン戦争あたりから始めて、ついでに動詞shanghai意味とか教えとくと教育上なお良かろう。歴史教科書でこういうことを教えようとするから、余計な奴らが口出ししてくる全部駄目にしてしまって、我が国にバカ者を大量生産してしまう。いきなり都市を攻めようとしてはならない。農村から都市を包囲すべし。味方を保存し敵を消滅すべし。遊撃戦を展開すべし。畢竟、英語教科書でコソッとやればよい。

余談だが、マルクスなんかも英語で読んだ方がいいらしい。あれはマルクスじゃなくて、マークスって感じになるんだそうだ。

2011-02-12

歴史教育に関する提案

日本教科書第二次世界大戦記述が少ないって中韓は言うけれど、そもそも歴史の授業って中学も高校も、世界史日本史も、古代史でちんたらしすぎて一番理解が困難で時間をかけるべき、かつ現代社会常識ともいえる近代史現代史について割く時間が少なすぎる。

高校生歴史知識、社会科知識はムバラクムシャラフを混同するくらいのレベル

ナセルもサダトも知らない人が多い。

中東戦争が第何次まであるかもわかってないと思う。

から高校進学率が95%を超えていて義務教育化しつつあったけど、無償化したこの際、中高で一貫したカリキュラムにしよう。

現在カリキュラムだと、中学校中学校古代からやって中世近代で力尽きる。

高校は高校で世界史日本史古代からやって近代手前で力尽きる。

それをやめて、中学校世界史日本史でもいいけど)、高校は日本史ってふうにして、とにかく現代史までは世界史から日本史からかどちらか一方からでもいいから通して触れるようにしたほうがいいと思うんだ。

2010-11-18

世界史教科書通読せよ」などという教師は

Togetter - 「高校世界史レベルの知識を即成でインストールする方法」 http://togetter.com/li/69858

ここに書かれた学習法が絶賛を受けているが、ちょっと待てよと言いたい。

まず、総論。「高校レベル世界史に通暁するとはどういうことか?」という問いに応えましょう。教材研究した結果から言えば、これは三段階の学習を行ったかどうか、になります。レベル1:〈通史〉。レベル2:〈テーマ史〉。レベル3:〈論述〉。この段階で世界史を頭にインストールすればよい。

とあるが、このレベル1からしてすごいものだ。

課題その1】「『山川世界史B』を通読する。回数は最低二周。」これができれば、Lv1〈通史〉は難なくクリアできます。

教科書を最低二周通読するって、どれだけの人間ができるのか。

「善くできた新書のように」読めというが、実際の山川教科書はこのような感じだ。

ナイル下流域のメンフィスを中心に栄えた古王国では、クフ王らが自分の墓として巨大なピラミッドを築かせた。これは神である王の絶対な権力を示している。中王国時代には、中心は上エジプトのテーベに移ったが、その末期にシリアから遊牧民ヒクソスが侵入し、国は一時混乱した。しかし前16世紀に新王国がおこってヒクソスを追放し、さらにシリアへと進出した。(P.25「エジプトの統一国家」)

これを「善くできた新書のように」興味を持って読めるのか?

このあたりは元から興味がある人も多いのでまだ読める方だろう。

イスラム世界での国家の興亡など、教科書のあの記述で興味を持って読めるというのか。

教科書は350ページ以上ある。

大半が「~した。~した。~した。」の羅列でできた文章だ。

「私も実践しよう」と言っている方も多いが、断言しよう、一周さえ読み切る人間はその1割もいない。


なお、あの学習法には、通読が厳しいという人のためのヒントも添えられている。

読むのがしんどい、なぜだろう? と思ったら、山川世界史リンク誘導を適当ネットサーフィン感覚で飛んでみてください。そのうち、「なぜ山川世界史電子教科書ではないのだろう?」と疑問に思うほどの学習効果を得られるはずです。そして、現代史まで辿り着けばよいです。

これは実にいい意見だと思う。リンクをつなげるようにして歴史をつかむのは非常に重要だ。

現役の高校生には「別ページのリンク誘導」に意識をして読むことを強く勧める。


しかし、そのリンク誘導が「読むしんどさ」をどのように解消するのか?

歴史的な事柄の羅列を読み、リンクがあって、飛んだ先も羅列。

ネットサーフィン感覚があれば、読むのが楽になると本当に思っているのか?

この「別ページのリンク誘導」は何も山川教科書だけの専売特許ではない。

多くの参考書にこういったリンク誘導はある。

リンク誘導を意識する」という指摘は大切だが、それは決して教科書がよいことにはつながらない。


あと、第2のテーマ史の実践だが、

さて、通史を終えたら、好きな世界史用の演習問題本を一冊、買ってきましょう。これはなんでもいいです。たとえば山川の『私大・二次対策世界史B問題集』http://amzn.to/9vBJI7 とかは、僕が今言っている話に応用しやすいものになっています。

入試対策の問題集を解き続けられる社会人はどれだけいるのか。

自分立場を他者に当てはめすぎていないか?

高校教師家庭教師塾講師なら仕事にもつながるが、他の社会人には非常に厳しい行為だと容易に想像つくだろう。

これを「素晴らしい方法だ、やってみよう」と書いている多くの人たちは、どこまで本気なのだろうか。



と、ここまで文句を書いてきたが、この学習法を書いた人を批判したいわけではない。

書き手は家庭教師をされているようで、これは実践の伴った学習法なのだろう。

論述」までも視野に入れていることから、国公立クラス受験生を指導されているのが分かる。

東大京大クラス頭脳を持つ人たちになら、

教科書を最低二回は通読しろ。それが第1レベルだ」

と言っても、善し悪しは別として納得はできる。

偏差値35から70までの高校生の相手をしてきた自分の目では、この勉強法偏差値55以上の実力が必要だと感じられる。


ここで強調すべきなのは、「実力の足りない人間が安易な気持ちでやれば確実に挫折する方法論」だということだ。


で、どうしてそのことを誰も指摘しないのだろうか?

それどころか、どうして「すばらしい」「私もやろう」と絶賛できるのか?

教科書を最低二周通読するなどわけもない意欲の高い人たちだらけなのだろうか。

てかさ、「賢く見える意見」にうなずいてるだけじゃねえのか?


腹が立つのは、学習法の書き手さんではなく、周囲の「教科書礼賛」の姿勢だ。

教科書礼賛。教科書万歳。「教科書を読めばいい」という教師とその指導法を安易に認める人たちだ。

教科書を読むだけで理解できる人に、「教科書を読め」というのは構わない。

けれど、教科書は万能なんかじゃない。


教科書歴史的事柄が簡潔に述べられたいい教材だとは思う。

だが、そこには絶対に「指導者の解説」が必要だ。

「なぜそれが起きて、どのようになったのか」の流れの説明を加える必要がある。

なのに、「教科書を読めば分かるはずだ」と工夫のない授業をする指導者が多すぎる。

それを助長しているのは、「教科書があれば大丈夫」という安易な考えだ。

そう、これを深く考えず絶賛している人たちの考えだ。


教科書を音読するだけ。

黒板に事実の羅列を書くだけ。

用語に線を引かせて覚えさせるだけ。


そんな授業でどれだけの世界史嫌いを産んできたのか分かってんのか?

「高校世界史をやり直したい人は、まず教科書通読しましょう」

そんな学習法で本当に世界史をやり直せる大人がいったいどれだけ生まれるんだ?

教科書を買ったはいいが、待っているのは事柄の羅列だ。

それを前にすれば、「世界史は難しい。無理だ」と思う人間を増やすだけじゃないのか?


教科書を読めばいい」なんて発言が出る人は、きっとすごく賢いんだろう。

俺にはその気持ちが分からん

工夫のない指導で世界史苦痛としか思えなくなった生徒たちを俺は何人も見てきた。

解説なしで教科書を読める人間は、上位の限られた層だけなんだ。


教科書通読する、それで本当にいいのか?



じゃあ、どうやって世界史勉強すればいいのか?

えー、あまり自信のない方向けに、簡単な学習法を書きます。

まず大型書店学習参考書売り場に出かけてください。

そこで買うのは、あの学習法の方も書かれていましたが、まず「用語集」と「資料集」です。

あの学習法は、「教科書を利用する」という点以外は、非常に参考になる学習法だと思います。

地図を手書きで書いてみるとか、ものすごい大切なことだと思いますよ。

あ、レベル2とレベル3は不必要です。

あの「論述理論受験テクニックで重要なだけです。

社会人なら、通読が終わった後は興味のある個別の歴史をどんどんのぞいてみましょう。

そっちの方が楽しくて身につきます。


で、あとは通読用の教材を買いましょう。

まずは実際に山川教科書をじっくり見て、読めるかどうかを確かめてください。

教科書だけですむのであれば、本当にそれが手っ取り早いです。

無理だなと思ったら、高校生用の学習参考書を眺めてみましょう。

そこには生徒に理解してもらうための工夫であふれた書籍が多くあります。

その中から、「背伸びせずに吸収できそうなもの」を自分の目で選んでください。


簡単にできそうなところから一歩ずつ。

歴史最初から最後まで眺めた――それだけでも大きな財産になるはずです。



追記

書いてもらったコメントを見て思いましたが、

教科書じゃなく参考書を読め」という自分意見も、たいして変わりませんね。

漫画でも新書でもゲームでも、何でもいいから歴史に親しめる入り口をまず作る方が大切。

それで興味を深めてから、教科書参考書で通史の知識をつかむのがいいですね。


通読だって「漫画世界歴史シリーズ」から始めて、教科書につなげてもいい。何だってありなんですよ。

自分参考書が大好きなので楽しめますが、あれでも無理って人はいっぱいいますし。

とにかく、「教科書通読ベスト」って意見が気にくわないだけで、親しめるところからまず始めるべきなんでしょう。


と、「背伸びをせず吸収できる」とか「親しめるところ」とか、具体的な意見を言わずすみません

人それぞれいろんな形があると思って、言いづらくなってしまうですよね。ごめんなさい……。

なので、トラックバックブクマコメントで、「勉強をこうやりゃ俺は面白いと思う」という意見を書いてもらえれば幸いです。

2010-10-08

クズクズでない人間を見分けるリトマス試験紙

http://b.hatena.ne.jp/entry/http://sankei.jp.msn.com/culture/academic/101007/acd1010070904010-n1.htm

すばらしいコメントの数々

motowota 考えるためには、知識をアプリオリに詰め込むことも大事、という当たり前のことを言っているだけなのに、反発するのはなぜ?

tobitaQ 詰め込み教育を受けて、それなりの偉業を果たした人が言っているのだから説得力がある。詰め込めずドロップアウトしてブチブチ文句垂れるやつと比較にすらならんぐらい。

aaa555 根岸さんの意見を支持。日本受験システムは悪くは無い。本当に悪いのは日本大学研究教育システム根岸さんの批判も分かるわ

ruby86 さしたる受験地獄経験していない人の「詰め込み教育批判」が蔓延する中、その数百倍は説得力があると思う。

hiroyuki1983 詰め込みとか暗記とかってとっても大事だよな 2010/10/08

mellowmellowmellow 否が応でも知識を蓄えることになる。脳みそを使う。18ぐらいの時期に受験勉強経験することは悪いことではないと思います。やってる最中はとんでもなく辛いんだけどな!

hisamura75 ずいぶん批判的なブコメが多いんだな。日本高等教育はぬるすぎると思うぞ。/こういう件に関してはむしろ、教育が専門の人に何が分かるか、という気がする。

uchisaiwaicho かっちょいい

Dursan 発想の数と質は知識の数に比例するからねぇ・・・

kairusyu タイトルセンセーショナルだなぁ。私も研究してたから、対象がどんな基礎的なことの上に立つかを考えないと失敗すること多かった。/apjさんの博士取るときのページにもそれっぽいこと書いてあるから見ればいいよ。

helmsman470 先生。私もまったく同じ意見です。さすがよくわかってらっしゃる。

unaken 逆に考えよう。日本受験戦争が無かったらどうなるか?受験競争の激化を反省して生まれたのが「ゆとり教育」なんだぜ。

napsucks 「私は受験地獄の勝利者だ」と空目した。基礎は本当に大切。みんな高卒馬鹿にするけど、ちゃんと勉強してれば高校で得られる知識でも水で走る車に騙されたりしないよ、ベンゼン環を知らないとかもないよ。

subAccount 本旨とは関係ない上にあえて煽り気味に書くけど「受験無味乾燥な暗記」と思い込んでる人は健全中等教育を受ける機会がなかったんだな、と少し可哀想な気分になる。

@qyouzoom とっても同意。RT @tomute: 最後の三行は凄く同意。

gtsubota 人生 どっちかというと私もこっち派。

katamachi 半世紀前の受験状況と今とは違うけど、「基本が大事」という文脈なら彼の言う通り。海外に来てみろよ、という挑発も理解できる。日本社会に閉塞感を抱いているならそこに動機や目的見出してもいいとは思うけどな

syoh11 受験地獄て。本当に地獄だったんかな?受験って、自分の成長を簡単に実感できるすばらしい機会だと思うよ。

POPOT これは格好良すぎるw 75歳にしてはお洒落だし若いね。

Outfielder また「日本教育ダメだ」「ノーベル賞が出たからといって思い上がるな」論がたくさん・・・。

georgew 共感するところ大。

ks1234_1234「基本が大事になるから」理系なんで、理科系はそのとおりだと思う。出版社に入ったので、国語は、足りてないけど必要だと思う。社会科だけ、もっと現代史やりたいと今でも思う。国際情勢のみこめない

what_a_dude 詰め込み教育は俺も賛成派です。若い頃に基礎を叩き込まれるのは、全く悪いことじゃない。学問創造性はゆるぎない基礎から生まれる。

hiruhikoando 若いころの弛まぬ努力海外経験は大事だなとも思う。あと文系理系をもっと勉強すべきだなと昨日の古舘を見て思う。

AtsushiKawahara 頭脳は身体能力と同じで、鍛えると強くなる。こんな当たり前の事を僕は疎かにしていた。だから、これからの未来を担う世代が受験地獄で鍛えられるのは、実は必要で大事だと思っている。

geophysics 米国でPhD取得後帰国してきた自分としては、非常に考えさせられる話。詰め込みの暗記がとても大事という点についてはとても同感。一定量詰め込まないとアウトプットもできない気がする。

Sigma ツマンナイことを覚えて試験でいい点を取るスキルは、一生役に立つ。試験を受けることは大学受験で終わりじゃないから。だから、「学校勉強は役に立たないから、大学受験しないから、勉強しなくていい」は間違い

Keysrapid 正しい受験地獄と間違った受験地獄があって、根岸さんの場合は前者だったというだけの話。そうじゃないと、韓国なんか日本以上の受験地獄なのに一人もノーベル賞科学者が出ない理由が説明できない。

mori-yoshiro ↓ねえ、みんなこういうのはスルーしようよ。Ca足りてる?もうちょっと大人になろうよ…。


一方、クズコメントも数々(クズが多すぎるので抜粋)

Kou_RYU でも受験地獄で得られる学力って受験で多く得点を取るスキルであって、基礎学力や応用力と得る事とは別な気もしないでもない…。

suzuchu 18歳人口のうちの高卒者/大卒者の比率がこの人たちの時代と今では全く違うからなあ…。順当に学歴インフレしてれば大学院がそういう扱いになったのかもしらんけど。

sugimo2 ゆとりでも詰め込みでもいいけれど、こぼれた層と物足りない層に選択肢が欲しい。

fromdusktildawn 詰め込み教育はいいんだが、詰め込み方が下手くそで効率が悪すぎな気がするが。受験地獄も、地獄と言えるようなハードもんじゃなく、たいていの学生はだらだらとぬるかったと思うけど。

aiaki みんなと同じ事やって、何が楽しいんだろ。何事にせよ苦行だとしか感じないのならそんなところに飛び込む必要はない。

ko_bayashi 大学受験なんて、あんな横一線のスタートラインで開始される公正な競争は、世の中では珍しい方だと思いますよ。社会競争は実力以外の要素(コネとか)が重要になるので大変です

yoshi1207 いや、ずっと海外におられた方に単純に、進学率25%時代の受験戦争センター試験最適化された”効率の良い”現代の受験とを比べられても困ります、多分。かなり複雑/産経の取り上げ方に乗せられたかな…

hal9009 ま、優秀な研究者学習者が優秀な教育者とは限らないって事でw。一律にこういう教育方法がいいは有り得ない、はわかりきってる訳でw

welpherd 言葉あやのような気がする。「受験地獄」というより「詰め込み教育」であれば同意。詰め込んだ後で整理する、というのが学習の最短コース。優秀な学習者が優秀な研究者とは限らないが、逆は正しい

y_ryuzan ゆとり教育反対論者が勘違いして大喜びする様が目に見える。きちんとビジョンを持っている人間なら受験地獄なんて足かせにしかならんことは明らか。実際はおれのような人間が多いから、その方がマシ、という話

tappyon 受験なんて意味の無い目的の無い暗記するだけで考える要素なんて何も無いもの。それが閉鎖的である原因だと何故思わないのか?

amamiya1224 基礎を叩き込むといえば聞こえはいいが、本質に目を向けることのできない者は、誰かの都合のいい犬になる。 RT 【ノーベル化学賞】「私は受験地獄の支持者だ」「若者よ、海外に出よ」根岸さんが会見 - MSN産経ニュース

temtex 受験地獄は今もあり,若者努力をしないわけでもない。だが、嘗ての経済状況はとうの昔に過ぎ去り,奨学金も無い、新聞奨学生地獄を見ても大学すら行けぬ。さて、これでどうやって海外に行く?

satidama 意外と古い考え方の人だな 理系のやつなんてそんなもんか

ripple_zzz 日本は敗者復活制度に欠けるからなぁ。

tropical_sorbet 勇気づけられるが、骨を拾ってくれるわけでもなく。

guldeen 何でも記憶できる・筋力がつく時期に基礎トレーニングをやれ、というのはその通り。だが日本の『受験地獄ユルユル大学内』はいただけない。そら、意欲・能力の有る者は“頭脳流出”するわ。

asap7 受験地獄は結構だが、今の教育制度は改革して欲しい。英語教育とかどうにかならないのかな

tdam 海外生活の長い根岸氏が日本受験事情をどこまで知っているのか。日本高等教育の閉鎖性は同意するが、専門外のことは割り引いて考える必要がある。

te2u 研究に必要な基礎は、受験地獄でしか身につけることができないのか?/受賞者が日本人である、ということで浮かれてていいのか?

neogratche 基本を習得するという「目的」は確かに大事だけど、その「手段」としての受験勉強が様々な社会悪を生み出している事は事実。本当に受験地獄が最善だと言い切れるのか?

go-ya-juice 教育システムではなく、研究環境に問題があるってことなのかな

runeharst ただし、研究職の人には受験なんたらがry とか思ったりした。

electrolite 基礎を効率よく理解させることはおそらく教育で一番重要なことだが、英語の多様性を無視した「発音記号」なるものを「読んで」、正しいかどうか答えさせるような問題がセンター試験にでているようじゃね。

xzglrete 詰め込むというか、基礎を念入りに教えることはとても重要なことだが、それで受験地獄」の正当化をするのは反対。必要なのは、加えて知的好奇心とそれによる刺激で、淘汰圧かければいいってもんじゃない。

kokutou_gareria こういうノーベル賞を取った人間が、その権威を盾にして主義・主張を行うのはやめて欲しい。IT長者の自分語りと同等か、それ以上にウザい。

rAdio 教育課程は複線であるべき。受験地獄でも何でもあっていいと思うけど、「それしかない」という単線状態だけはあかんやろ、と。

vid 義務教育レベルの「基礎」となると、それを身につけるには詰め込みと徹底した反復しか無いんだよね。独自の研究はいいが、独自を支える基礎が重要なのはその通りです。それが近年では……

彼らに足りないのはカルシウムじゃありません。知能と知性です。

2010-08-27

Google ScholarAmazon Marketplace と JSTOR と CiNii を使ってて思うこと

後進の者には、過去の学説は、提唱者の時代を無視して、全部が一つの袋に入って、一挙に与えられる。もちろん同時代に属する諸業績は、フローとして順次現われるが、それらもまたストックの袋に入れられると、出現の順序は重要でなくなる。———森嶋通夫


なんか2009年頃の邦楽カバー曲ブームも同じことのような気がしていた。なんかもう現代史を生きるという感覚もなく、煤払いに主張があるわけでもなく、いまがいつなのかもよくわからない。ただ、古い本の「自炊」は archive.org とかがやってくれてるから、思いもかけないところでばったりと学術的非実在高齢者に出会う。


追記:こんな(スコラ的な人には)面白い時代にドイツ語フランス語イタリア語も読めない自分が心底かなしいです。

2010-08-19

団塊オヤジ戦争について語るときにオレが思うこと

なんかテレビでお偉方が言ってるもっとらしい理由考えるよりは

戦後になってもまるで成長してない軍隊みたいな日本企業で働いてる経験を生かして

考えたらいかがガでしょうか?とか思ってしまうのね。



戦前の人が「なぜ上層部自分たちの誤りを認められなかったのか」とか

について知ったかで語ったりするくらいなら自分上司とか社長とかをいさめる方法考えたら?

普段今の日本は間違ってるとか、会社のおかしな点について「俺には」散々文句言ってるよね。

で、実際に会社でなにかアクション起こしたことあるの?

天皇の変わりに社長現人神くらいの感覚仕事してるんじゃないの?

とにかく、今の私らに当時の戦争についてうえから目線で語る権利があるの?

私はまったくないと思うんだけれどね。



うちのオヤジに限らずなんだけれどさ、日本があの戦争からなにか学んだことってあったっけ?

話を聞くに、マスコミ戦前からまるで成長してないようだし、

オヤジを見る限り、軍隊意味わからん具合は企業に受け継がれちゃってるし、

単純に「戦争イクナイ!」ってスローガンだけが広まっただけとちゃうん。

で、こういうスローガンって、民主党マニフェストと同じくらい軽いイメージなの。

いざとなったらまた同じことしそうな気がする。

私らが戦争をしないのは、戦争を悪いことと思ってるからじゃなくて、

単純にもう生まれたときから戦争が身近になくて戦争のことを知らないから

「なんとなく面倒」「考えたこともない」暗いのレベルだと思ってるけど違うのかな?

本音では自衛隊みたいに自分に関係ない人たちが国内じゃなくて海外に行くのは別にいいんでしょ?

個人的には北朝鮮拉致被害者なんて、自衛隊どうするかに比べたら全然軽い問題だと思うけどなぁ。




ちなみに戦争の話をするといつもうんざりするのは

オヤジが「戦争でなくなった先祖様に申し訳ないと思わないのか」とか

「俺たちは戦争でぼろぼろになったところを立て直して」とかドヤ顔でおっしゃるんんだよね。

そういうオヤジはじいちゃんに申し訳ないことしてないの?とか

ぼろぼろにしたのはそもそもじいちゃんかその上の世代であって、まずそれについて文句を言ったらどうなの?

って言ったら小学生のときはガチ殴りされたのね。

なんかすごく理不尽だと思うのよ。

私から見たら親父が戦争について語るときって、

死んだ虎の皮をかぶってる狐というか、オバケ話で子供を脅かしてしつける手法と変わらんというか

子供に「わがままいうな」って言うときに

まともに責任できないとか、自分自身が立派じゃないから

苦し紛れに使ってるみたいなイメージがしてむしろじいちゃんとかに失礼な気がするのよね。



よくこの時期になると戦争についてテレビがえらそうなこと言ってる。

それに便乗してオヤジもえらそうなことを言ってる。

でも、子供たちが戦争の話に興味なかったり嫌がったりするのは

ひとえに「お前らがつまらん話しかしない」「戦争の話を持ち出すと必ずお説教になる」

といった全然間違ったイメージを持って、間違った使い方をしてるからじゃないかと思ってるの。



最近自発的に戦争に関する本とか読んでる。

学ぶべきことがいっぱいあると思う。

オヤジたちが言うような「オバケ話」とまったく違う、いろんな教訓がある。

ここで語られてる日本軍の失敗とか、今もあんまり変わらないと思うところもある。

戦争から学べとかいってるオヤジがいかに信用できないかもわかる。

そういえば、プレジデントって雑誌でえらい経営者

お勧め本を紹介してたけど、みんな戦国時代武将とか坂之上の雲みたいな本ばっかり薦めて

戦争時について語った本を薦める人がいない。読んでないのかな?

だから日本企業って同じ失敗を繰り返してるのかな?とかいらんこととか考えてしまう。




ごめんね、現代史とかまじめに勉強してないからよくわからずに言ってるけど

要するに日本人戦争してもろくに成長しないように思ってるんだ。

確かに戦争する意味もないし、戦争やっても何にも得しないなら

戦争するのはめんどくさいし、反対かな、くらいにしか考えられないの。

こんなバカについて「このくらい読んでからモノをいえバカ!」みたいにののしってくれるとうれしい。

2010-03-11

http://anond.hatelabo.jp/20100311182556

女性団体のひとではまったくないけれど、いちおうFYIということで。

1.「女性学」を勉強しているひとは、ふつう、「性別というカテゴリーにかかわる差別」の一種として女性差別の問題を意識しているので、男性差別、のことを知らないわけはありません。(知らないのだとしたら、よっぽど不勉強な人でしょう。)

2.「男性差別」「男性らしさ」問題については研究者もいるし、本も出ています。たとえば、

男性史〈3〉「男らしさ」の現代史 (単行本)

阿部 恒久 (編集), 天野 正子 (編集), 大日方 純夫 (編集)

http://www.amazon.co.jp/gp/product/4818818860/ref=pd_lpo_k2_dp_sr_1?pf_rd_p=466449256&pf_rd_s=lpo-top-stripe&pf_rd_t=201&pf_rd_i=4326653477&pf_rd_m=AN1VRQENFRJN5&pf_rd_r=16RHCSRY0B3RVTAQB9A0


知っていたらすまん。

2008-11-05

日本は侵略国家であったのか」を読む 補遺

http://anond.hatelabo.jp/20081101232814

 こんにちは元増田です。

 その後、台湾外交部からも抗議声明が出されたようです。

http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20081102-OYT1T00492.htm

 しかし、田母神氏ご本人は、「誤っているとは思わない」「(論文の内容について)今でも間違っていない」、

http://www.asahi.com/national/update/1103/TKY200811030159.html

http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20081103-OYT1T00526.htm

とおっしゃっておられるようであり、

近現代史の一面的な見方を見直そうという動きが各方面から起きていたが、その象徴的論文

http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/081103/plc0811031834005-n1.htm

という新聞もあるので、ネット上にある反論ソースをあげておくのも意味ないことではないと思い、対中外交について落ち穂拾いをしてみます。今回もネット上にあるものだけを参照しており、私はこの時代の一次史料を読んでいませんので、「ちらしのうら」であることに変わりはないですが、根拠を何も示さない所論よりはましだと思っています。


日本は・・・(中略)・・・相手国の了承を得ないで一方的に軍を進めたことはない」のか

見出し引用の出所は、田母神俊雄日本は侵略国家であったのか」2008年

http://www.apa.co.jp/book_report/images/2008jyusyou_saiyuusyu.pdf



それでは、公開されている次の論文を紹介する形で反論します。

古屋哲夫「対中国政策の構造をめぐって」『近代日本における東アジア問題』古屋哲夫山室信一編、吉川弘文館2001年、をPDFHTML化したもの(単行本にはあたっていないことをおことわりしておきます)。

http://www.furuyatetuo.com/bunken/pdf/75.PDF

http://www.furuyatetuo.com/bunken/b/75_taichugoku.html



 まず、日露戦争後の日本中国権益についてみてみましょう。そもそも初期条件は清の関与できない日露両国の話し合いで設定されました。

日露講和条約によって日本が獲得した在満権益とは、ロシア権益の残りの期間を、「清国政府ノ承諾」を条件として、譲り受けたものであり、具体的には 1923年大正12)に満期となる(露清原条約の期限が25年)遼東半島租借権と、運転開始から36年後の1939年昭和14)年に中国側に買戻権が生ずる南満洲鉄道経営権を中心とするものであった。

http://www.furuyatetuo.com/bunken/b/75_taichugoku.html

 清の事後的同意が必要とされたこと、租借権と経営権には期限が設けられていたことは留意されるべきでしょう。

 後の関東軍へとつながる駐兵権の話も、この段階で出てきます。

それは清国の了解なしに、その主権を侵害する鉄道守備兵駐兵権を設定したものであった。それは現に軍隊存在しているという既成事実を権益に転化させようとするものであり、日露両国は清国の主権侵害の共犯者となったことを意味し、また、以後の満洲支配についての日露共同行動の可能性をしめしたものでもあった。ところで講和条約ロシアから日本への権益の移転譲渡は、「清国政府ノ承諾」を条件とするとしており、それにもとづいて、1905年11??12月にそのための北京交渉が開かれたが、そこで清国側がもっとも強い反発をしめしたのは、この鉄道守備隊の問題であった。・・・(中略)・・・結局この問題は日本側が、ロシアが撤兵を承諾したときには、日本も同様に撤兵するという条件を付けただけで押し切ってしまうが、小村寿太郎全権は、ロシアの撤兵など起こりえず、したがって日本の撤兵もありえないものと考えていた(5)。この鉄道守備兵が、租借地守備兵とともに、後の関東軍を構成することとなる。

http://www.furuyatetuo.com/bunken/b/75_taichugoku.html

 先に既成事実があって後に法的に問題を確定させようとしていることは留意されるべきでしょう。

このようなやり方が、相手側に不満を生じさせ、後の紛争の種となるのも当然でしょう。

日露講和後の清国に対する交渉において、もっとも紛糾したのは、前述の駐兵権問題についで鉄道権益をめぐる問題であった。・・・(中略)・・・その結果、1905年12月に調印された、「満洲ニ関スル日清条約」(実質的内容は附属協定)では、吉長線も新奉線も協定附属の取極に譲らざるをえず、前者は清国の自主建設により、資金の不足分を日本からの借款による、後者日本から清国に売渡し、その改築のための費用を日本より借り入れる、という譲歩をよぎなくされている。結局協定本文には、安奉線が残されただけとなったが、これも軍用軽便鉄道商工業用に改良することは認めるが、18年後には清国に売り渡すべきことが規定されていた。それは安奉線についての日本の権利が、長春旅順間の鉄道とは全く異なるものとして協定されたことを意味していたが、日本側、とくに現地の実権を握る陸軍は、条約には目もくれず、安奉線を駐兵権や附属地を持つ満鉄の支線とすることを 実力で押し切ろうとしていた。

 実際に、満洲よりの日露両軍の撤兵期限である1907年明治40)4月になると、遂に、安奉線上の本渓湖の市街に新たに日本軍が進出し、同時に日本警察官出張所が設置されたとして、清国側からの抗議が提出された。これは前年8月陸軍が主導して在満権益を管轄するために設立された関東都督府(都督は陸軍大将または中将、初代は 大島義昌大将)が、既成事実を作り出しはじめたことを意味した。そして外務当局もこれを追認する態度を示している。日本側のやり方を条約違反とする清国の抗議に対して、同年5月18日林董外相は、安奉線は満鉄の支線であり、守備隊の駐屯や警察官派遣の権利も満鉄と同様だとの態度をとるよう奉天総領事に指示している(7)。それは条約よりも既成事実押し通せ、ということであり、対満洲政策の一つの性格が早くも形作られつつあったことを示している。

http://www.furuyatetuo.com/bunken/b/75_taichugoku.html

 上記のような「条約よりも既成事実押し通せ」という態度は、国際法にのっとった正当なものと言えるでしょうか。

軍と外務当局との関係については、一致することも異なることもあったでしょうが、ここでは両者ともに既成事実化をはかっています。

軍だけに責任を負わせることはできません。

安奉線が朝鮮半島満洲を直結するものとして重視されたことはいうまでもないが、日本側は他面では、韓国北東部に隣接し多数の韓国人が居住する間島地方に、領事館及分館を設立して、韓国人に対する領事裁判権を行使することで、日本の勢力を浸透させることを企図していた。そして清国側が容易に実行しないことを予期しながらも、日本希望を記録しておく意味で、前記「間島ニ関スル協約」に、清国が吉林から間島を経て韓国北部の会寧に達する鉄道建設する際には、吉長線と同一の弁法によることという一項を押し込んでいる。しかし中国側は辛亥革命後も、一貫してこの吉会線構想を拒否しており、満洲事変以前には交渉が成立する見込みさえも立たなかった。

 つまり、日露戦後の対中国政策は、その基礎に、「交渉」によっては解決しえない部分を抱えこむ形で出発しているのであり、この時点においてすでに、中国との平穏な交渉によって、利権拡張を図ることは不可能になっていたと言える。

http://www.furuyatetuo.com/bunken/b/75_taichugoku.html

 ここまであげてきた行為から、相手国の了承などどこ吹く風といった態度があったことは明らかではないでしょうか。


 つづいて、中華民国期に入ります。

ところで日本が主導しえなかったこうした〔引用者注辛亥革命以後の〕経過の中でも、日本の対中国政策のなかに、様々な特徴が蓄積されてくる点に注目しておかなくてはならない。その第一は、中国全体の情勢を制しえないならば、むしろ分裂を促進して日本が操作しうる地域を造りだそうという発想が生まれてきたという点である。たとえば、在清国公使伊集院彦吉は、1911年10月18日の時点で、清朝にもはや中国全土を統治する力はないとして、「中清ト南清ニ尠クトモ独立ノ二ケ国ヲ起シ、而シテ北清ハ現朝廷ヲ以テ之カ統治ヲ継続セシムヘシ」「何レノ途北清ノー角二清朝ヲ存シ、永ク漢人ト対峙セシムルハ帝国ノ為得策ナリト思考ス(10)」 との意見外相におくり、さらに11月19日になると、清朝の情勢がより困難となりこの三分案の見込みもうすれたとし、第二案として清朝をして「十八省以外満蒙等ノ地域」に国を保持させる、それも駄目で清朝滅亡の際には第三策として新共和国首都を武昌など中国中央に置かしめ「満蒙ノ地域ヲ遠ク辺外二置キ漸ク閑却セシムル(11)」との意見を具申している。それは親日地域の確保のための中国分割という発想に行き着くことになろう。さらに翌12年2月になると、いわゆる大陸浪人川島浪速らが、参謀本部関東都督府と連絡しつつ、北京より脱出させた清朝親王を擁し、蒙古の王公らをも参加させて、満蒙独立国を造り出そうとする画策が実際に行われるに至っている。

http://www.furuyatetuo.com/bunken/b/75_taichugoku.html

ここでは、一外交官、一大陸浪人の例しかあげられていませんが、後にみるように、国の分裂を促進させようというのは国の政策となっていくのであり、その萌芽がみられることは留意しておくべきでしょう。また、ここでも軍のかかわりがみられるようです。もちろん、他国を分裂させようというのは、相手の了承を得た、国家間の条約を尊重する態度とは言えないでしょう。


この間〔引用者注革命後、1910年代前半の中国情勢の混乱〕に付加された対中国政策における第二の特徴として、中国現地において日本軍人が侮辱されたと日本側が解釈した場合には、「原因の如何にかかわらず」、中国側に責任者の処罰と謝罪を行わせて、日本軍威信を守るという方式が打ち出されてきたことに注目しておかなくてはならない。いわゆる第二革命の 時期に、日本人が被害を受けたとする、漢口・エン州・南京の三事件がおこっている・・・(後略)・・・

http://www.furuyatetuo.com/bunken/b/75_taichugoku.html

 漢口事件について、古屋論文に基づき、要約します。

 まず、陸軍少尉中国軍の制止を無視して戒厳地区に進入し、一時抑留されました。

 軍からの報告は、「無抵抗の西村少尉らが、理由もなく暴行を受け、軍服をぬがされるなどの侮辱を受けた」というものでしたが、日本の総領事は「これを信用せず、自ら調査して西村らの横暴と暴行について牧野伸顯外相(第一次山本内閣)に報告」しました。しかし、「陸軍中央部は、現地の調査も行わずに、「日本将校凌辱事件」として」、謝罪と賠償利権を要求し、結果として中国側に処罰・謝罪させたものです。

 古屋論文は、このような事例が満洲では蓄積されていたであろうことを指摘し、「このような先例の蓄積は、「日本軍威信」の確保を第一義とするという条件によって、日本の対中国政策が実質的に拘束されるようになってゆくことを意味していた。そしてその翌年の第一次大戦への参戦は、対中国政策にさらに決定的な影響を及ぼすこととなった」と評価しています。

 交渉ごとにおいて、譲歩できないものを必要以上に多くすることは、カードの手札を事前に少なくしているのと同じではないでしょうか。


 つづいて、第一次大戦下の部分をみていきましょう。

第一次大戦下で目に付くのは、前述した鉄道付属経営権や、軍の威信を確保する事件解決方式など、条約面に現れない既得権の高圧的行使や、軍を背景とし、あるいは軍に依拠した陰謀的行動の横行であった。とくに袁世凱が自派による帝政運動組織し、1916年1月1日帝位について洪憲元年と称したのに対して、反対派が第三革命に立ち上がるという事態に対応して、大隈内閣が反袁運動支援の方針を決定したことは、こうした傾向を著しく促進することになった・・・(中略)・・・この〔引用者注内閣の〕方針は具体的には「適当ナル機会ヲ俟テ南軍ヲ交戦団体ト承認スルコト」などをあげているが、実際には山東に居座った日本軍(侵攻以来ワシントン会議後 まで7年以上駐留)や、満鉄守備隊を含む関東都督府の現地軍が関与あるいは支援したことが、最も重要であったと見られる・・・(中略)・・・大隈内閣の反袁政策は、結局のところ、現地日本軍と其の周辺の日本人の横暴への反感を広めただけに終わったようにおもわれる・・・(中略)・・・第一次大戦下の日本の対中国政策は、侵略性の膨張として特徴づけることができるが、列強のすべてが参戦し、中国に手を出すいとまがないという条件のもとで、初めて実現したものであり、従って戦争の終結とともに転換を迫られることは必至であった・・・(中略)・・・日本軍は、青島を攻撃・占領する以前に、ドイツ兵に守られているわけでもない中独合弁の私立会社経営する山東鉄道を占領(26)しているのであり、日本の参戦がたんにドイツ軍事力の打破のみでなく、新たな権益の獲得を目指していることは明らかと見られた。

http://www.furuyatetuo.com/bunken/b/75_taichugoku.html

 ここでは、中国の内部分裂を促進させる政策を内閣採用しています。政治が、権謀術数やパワーゲームというのはその通りなのかも知れませんが、これに対する中国の、その民衆の反発は至極まっとうなものでしょう。ベルサイユ講和会議における中国の要求が退けられたことから、五四運動へとつながります(中国ベルサイユ条約への調印を拒否しました)。周りにいくら根回しをしても、当事者同士に納得が得られなければ物事は進みません。


 そして、アジアの国際秩序について話しあわれたワシントン会議では九か国条約が結ばれます。

中国政策全体は、領土保全・門戸開放・機会均等というアメリカの主張を柱とする九か国条約規制されることになり、そこには勢力範囲政策を排除することも明文化されていた。

http://www.furuyatetuo.com/bunken/b/75_taichugoku.html


 このような流れのなか、詳細は省きますが、古屋論文では、「国際的に通用しなくなって」きた「特殊権益」、「勢力範囲」にかわり、「満蒙治安維持」という、関東軍の謀略による満洲事変につながっていく「政策理念」が出てくるとされます。

しかしそれ〔引用者注:満蒙治安維持〕は、他国の一部を自国の利益に従属させるという点では、勢力範囲と同じことであり、中国との対等の関係確立するためには、破棄しなければならない要求であった。しかしそのことは、幣原外交においても、ほとんど意識されることはなかったように思われる。

 それは幣原外交もまた、国民の対中国意識のあり方に規制されていたということであろうか。第一次大戦中に強められ広められた中国に対する侮蔑を基礎とする優越感は、大正デモクラシーによっても解体されることはなかったし、さらにその基底では、満蒙を20万の将兵の血と20億の巨費であがなわれた明治天皇の遺産とみる天皇制意識が形成され、大衆呪縛していたことであろう。現地軍における統帥権独立と、国内における大衆中国侮蔑感とは、対中国政策の構造的改造を困難にするものであった。そしてその大衆意識は、満洲事変への共鳴板として鳴りはじめ、状況を一挙に転換させることになるのであった。

http://www.furuyatetuo.com/bunken/b/75_taichugoku.html

 ここまでみてきたような、日露戦争から満洲事変にいたる流れをおさえてなお、「相手国の了承を得」た、「条約に基づいた」と表現することが妥当なのでしょうか。ご覧の通り、日本大陸政策に対する軍の関与は明白ですが、まさか防衛大を卒業された方がこの程度の知識をご存知ないとは思いませんので、あの「論文」の内容とどのように整合性をとられているのか興味深いところです。



 さて、このように、一つの論文をみて、「論文」の一部の所説を検討するだけでも結構な手間がかかります。歴史勉強はそれほど甘くはありません。粗雑な「論」を示して誤りはないと言われても困ります。また、「事実小説より奇なり」ということもありますし、歴史学においては、「神は細部に宿る」こともあるので、個人の感覚からおかしいと言うだけでは有効な批判にはなりません。また、学問においては、勉強が足りずに事実認識が間違っているのは、明らかに勉強が足りないことに非があります。今は勉強不足で根拠が示せないというのであれば、その主張は根拠がないゆえに認めれらないのです。いつか証明されるのかもしれませんが、そのときが来るまでその主張に強度はありません。



 ところで、古屋論文の最後に、「国内における大衆中国侮蔑感」の問題が出てきました。今もまた、中国に対する偏見百害あって一利なしであり、中国の実態を虚心にみつめ、評価しなければならない、と私は考えています。

 その意味で、中国の民衆運動について、興味深い論文をみつけたので最後に紹介します。

しかし,中国民衆のナショナリズムとは,つねにそうした「暴力」をともなうものとしてしか実現されなかったのであろうか。そこには多くの場合,「暴力」の受け手の側からするバイアスがかかってはいないだろうか。一昨年の,「反日デモ」についての日本マスコミ報道が,デモの「被害」を強調し,一面的な批判に終始したことも想起される。「歴史」と「現在」を同時に射程に入れねばならない現代史研究者にとって,そして,民衆の運動対象であったわれわれ外国研究者にとって,必要なのはこうしたバイアスを克服し,実証的に中国の民衆のナショナリズムの実態を注視することではないか

江田憲治「民衆運動ナショナリズム1925年の五・三〇事件を手がかりとして―」『現代中国研究』21、2007年、27-28ページ。http://modernchina.rwx.jp/magazine/21/eda.pdf


 私はこの問題意識に全面的に賛同し、実証的な近現代史の議論が進められることを希望するものです。

またしても、このような長文をお読みになってくださった方に感謝します。

2008-11-01

日本は侵略国家であったのか」を読む

 田母神俊雄氏の「論文」が問題になっています。原文は↓からDLできます。

http://www.apa.co.jp/book_report/images/2008jyusyou_saiyuusyu.pdf

親切に英訳までしたようです↓。そのおかげか、さっそく海外でも反響を読んでいます↓↓。

http://www.apa.co.jp/book_report/02.html

http://news.bbc.co.uk/2/hi/asia-pacific/7702374.stm

http://www.independent.co.uk/news/world/asia/japan-to-sack-air-force-chief-over-wwii-views-981051.html

http://www.guardian.co.uk/world/2008/oct/31/japan-secondworldwar

http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2008/10/31/AR2008103101475.html

http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2008/10/31/AR2008103100989.html

http://www.nytimes.com/2008/11/01/world/asia/01tokyo.html?_r=1&ref=world&oref=slogin

http://www.thestandard.com.hk/breaking_news_detail.asp?id=8886&icid=4&d_str=20081031

http://www.straitstimes.com/Breaking%2BNews/Asia/Story/STIStory_297008.html

http://www.straitstimes.com/Breaking%2BNews/Asia/Story/STIStory_297257.html

http://timesofindia.indiatimes.com/World/Rest_of_World/Japans_air_force_chief_sacked_over_WWII_comments/articleshow/3659583.cms

 ローズベル陰謀論が結構とりあげられています。どれだけ「国益」を損ねているのだろう。やれやれと、日本報道に対するブコメ日記を見てみたら、田母神氏の「論文」の内容に肯定的な人もそれなりにいらっしゃるようです。

http://b.hatena.ne.jp/entry/http://www.apa.co.jp/book_report/images/2008jyusyou_saiyuusyu.pdf

http://b.hatena.ne.jp/entry/http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20081031-00000123-jij-soci

http://b.hatena.ne.jp/entry/http://www.asahi.com/politics/update/1031/TKY200810310298.html

http://b.hatena.ne.jp/entry/http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2008110102000087.html

 私も別に現代史に詳しいわけではないです(気の向いたときに、中身が増えてきたCiNiiGoogle Scholar、各研究機関の学術リポジトリを漁ってみる程度)。しかし、その限られた知識から見ても、問題の「論文」はその形を為してすらいないと思いました。そこで、現在パラパラと集めている関連文献の整理をかねて、「論文」原文に逐一つっこみをいれてみようと思い、エントリを書いてみることにしました。はてな記法引用した部分は、断りのない限り田母神氏の「論文」からです。原文の全角数字は全て半角に直したことをおことわりしておきます。

 アメリカ合衆国軍隊は日米安全保障条約により日本国内に駐留している。これをアメリカによる日本侵略とは言わない。二国間で合意された条約に基づいているからである。我が国は戦前中国大陸朝鮮半島を侵略したと言われるが、実は日本軍のこれらの国に対する駐留も条約に基づいたものであることは意外に知られていない。日本は19世紀の後半以降、朝鮮半島中国大陸に軍を進めることになるが相手国の了承を得ないで一方的に軍を進めたことはない。現在中国政府から「日本の侵略」を執拗に追求されるが、我が国は日清戦争日露戦争などによって国際法上合法的に中国大陸に権益を得て、これを守るために条約等に基づいて軍を配置したのである。これに対し、圧力をかけて条約を無理矢理締結させたのだから条約そのものが無効だという人もいるが、昔も今も多少の圧力を伴わない条約など存在したことがない。

 駐留を認めることと、「(被害をこうむる方にとっては)侵略(といわれているが田母神氏はそうではないとされる行為)」を認めることは違うでしょう。軍隊に攻めこまれることに了承を与えていたというのは、どのような根拠に基づいているのでしょうか?

 「知られていない」ことを明らかにするのが行論の目的ならば、「新事実」(この場合は具体的な条約の内容や運用)を具体的に提示し、典拠となる史料を明らかにするのが論文の作法です。主張の根拠を示すのは、論文イロハのイです。しかし、残念なことに、この「論文」では全体的に守られていません。関連して、「・・・・・・という人」とありますが、論文で先行研究に言及するときは、注をつけて批判対象を明らかにするルールも守られていません。

 この日本軍に対し蒋介石国民党は頻繁にテロ行為を繰り返す。邦人に対する大規模な暴行、惨殺事件も繰り返し発生する。これは現在日本存在する米軍横田基地横須賀基地などに自衛隊が攻撃を仕掛け、米国軍人及びその家族などを暴行、惨殺するようものであり、とても許容できるものではない。これに対し日本政府は辛抱強く和平を追求するが、その都度蒋介石裏切られるのである。実は蒋介石コミンテルンに動かされていた。1936年の第2次国共合作によりコミンテルンの手先である毛沢東共産党ゲリラ国民党内に多数入り込んでいた。コミンテルン目的日本軍国民党を戦わせ、両者を疲弊させ、最終的に毛沢東共産党中国大陸を支配させることであった。我が国は国民党の度重なる挑発に遂に我慢しきれなくなって1937年8月15日日本近衛文麿内閣は「支那軍の暴戻を膺懲し以って南京政府反省促す為、今や断乎たる措置をとる」と言う声明を発表した。我が国は蒋介石により日中戦争に引きずり込まれた被害者なのである。

 スターリン毛沢東がそれほど仲が良かったとは知りませんでした。コミンテルンにそれほどの影響力があることも知りませんでした。繰り返しますが、オリジナルな主張には、その土台となる史料の裏づけが必要です(「実は??」と書いているのですから、普通は知らない新しいことなのですよね?)。大事なことなので強調します。「新しいことを主張するためには、根拠を示さなければならない」、これは学問の基本です。

 1928 年の張作霖列車爆破事件も関東軍の仕業であると長い間言われてきたが、近年ではソ連情報機関の資料が発掘され、少なくとも日本軍がやったとは断定できなくなった。「マオ(誰も知らなかった毛沢東)(ユン・チアン講談社)」、「黄文雄大東亜戦争肯定論( 黄文雄、ワック出版)」及び「日本よ、「歴史力」を磨け(櫻井よしこ編、文藝春秋)」などによると、最近ではコミンテルンの仕業という説が極めて有力になってきている。日中戦争の開始直前の1937年7月7日の廬溝橋事件についても、これまで日本中国侵略の証みたいに言われてきた。しかし今では、東京裁判最中中国共産党の劉少奇が西側の記者との記者会見で「廬溝橋の仕掛け人中国共産党で、現地指揮官はこの俺だった」と証言していたことがわかっている「大東亜解放戦争岩間弘、岩間書店)」。もし日本が侵略国家であったというのならば、当時の列強といわれる国で侵略国家でなかった国はどこかと問いたい。よその国がやったから日本もやっていいということにはならないが、日本だけが侵略国家だといわれる筋合いもない。

 ようやく文献をあげられましたが、刊行年と該当ページも明示するのが一般的な論文ルールですよね。それは百歩譲るとしても、示された著者のなかに査読つき学術雑誌に報告された方が一人もいらっしゃらない。これは信憑性をさらに落とすものではないでしょうか。また、人の発言を引くのであれば、それが掲載された媒体を明示するのもきほんのきですよね。

 張作霖爆殺をコミンテルンの仕業とする説に対しては、特に『マオ』について、中国現代史研究者から根拠に疑義が出されています。

 「関東軍高級参謀河本大作らがこの事件を企画し実行した固い事実を、この程度の「スパイ情報」で覆せるものか」(矢吹晋「書評『マオ―誰も知らなかった毛沢東』」『中国情報源』21世紀中国総研編、蒼蒼社、2006年、225ページ。http://www25.big.jp/~yabuki/2006/mao-rev.pdf)。

 盧溝橋事件についても、「計画」説に対する批判的研究が出ているようです。

 「日本の一部の論者が唱える「中国共産党計画」説と,中国側の唱える「日本軍計画」説がともに誤りであり,盧溝橋事件が日中双方にとって「偶発」的なものであったとする」(加藤陽子「書評 安井三吉著『柳条湖事件から盧溝橋事件へ―1930年華北をめぐる日中の対抗―』」『アジア経済』45(9)、2004年、65ページ。http://repository.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/dspace/bitstream/2261/7473/1/kato45_09.pdf)。

 最後に、既にたくさんのつっこみがブコメで入っていますが、みんながやっていることだからといって、行為に対する責任がなくなることはないでしょう。

 我が国は満州朝鮮半島台湾日本本土と同じように開発しようとした。当時列強といわれる国の中で植民地内地化を図ろうとした国は日本のみである。我が国は他国との比較で言えば極めて穏健な植民地統治をしたのである。満州帝國は、成立当初の1932 年1 月には3 千万人の人口であったが、毎年100 万人以上も人口が増え続け、1945 年の終戦時には5 千万人に増加していたのである。満州人口は何故爆発的に増えたのか。それは満州が豊かで治安が良かったからである。侵略といわれるような行為が行われるところに人が集まるわけがない。農業以外にほとんど産業がなかった満州の荒野は、わずか15年の間に日本政府によって活力ある工業国家に生まれ変わった。朝鮮半島日本統治下の35年間で1千3百万人の人口が2千5百万人と約2倍に増えている「朝鮮総督府統計年鑑」。日本統治下の朝鮮も豊かで治安が良かった証拠である。戦後日本においては、満州朝鮮

半島平和な暮らしが、日本軍によって破壊されたかのように言われている。しかし実際には日本政府日本軍努力によって、現地の人々はそれまでの圧政から解放され、また生活水準も格段に向上したのである。

 「同じように開発」と主張するには、開発の指標を定め、比較する必要があります。共通の比較の基準が示されていません。データもです。内地、満洲、朝鮮台湾、他の植民地宗主国本国、その国の植民地それぞれについて、共通の尺度ではからないと比較にならないのではないでしょうか。それをせずに外形が拡大したと言うだけでは、中国の「共産党政権チベットを・・・・・・」に反論できなくなってしまいます。

 「内地化」も定義を明確にして使うべき用語ですね。

 また、現実にも、「帝国日本植民地支配の歴史には,「外地」を法制的・政治的には明白に異域に置きながら、イデオロギー的には「内地化」を標榜するという,理念現実の「二重性」がその当初からつきまとっていた」(山本有造「植民地統治における「同化主義」の構造」『人文学報(京都大学人文科学研究所)』83、2000年、70ページ。http://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/48550/1/83_57.pdf)、「「満洲国」の掲げた「五族協和」にしろ「王道楽土」にしろ,関東軍による露骨な軍事支配を隠蔽するイデオロギーという以上の意味を持ちえなくなる」(山室信一「「満洲国」の法と政治―序説」『人文学報(京都大学人文科学研究所)』68、1991年、150ページ。http://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/48355/1/68_129.pdf)といわれる植民地統治を、「極めて穏健」と評価するにもまた、基準とデータの比較が必要です。

 また、人口の増加は支配の善さを担保しません(チベット・・・・・・)。

 我が国は満州朝鮮半島台湾学校を多く造り現地人の教育に力を入れた。道路発電所水道など生活のインフラも数多く残している。また1924年には朝鮮京城帝国大学1928年には台湾台北帝国大学を設立した。日本政府明治維新以降9つの帝国大学を設立したが、京城帝国大学は6番目、台北帝国大学は7番目に造られた。その後8番目が1931年大阪帝国大学、9番目が1939 年の名古屋帝国大学という順である。なんと日本政府大阪名古屋よりも先に朝鮮台湾帝国大学を造っているのだ。また日本政府朝鮮人中国人陸軍士官学校への入校を認めた。戦後マニラの軍事裁判死刑になった朝鮮出身の洪思翊という陸軍中将がいる。この人は陸軍士官学校26期生で、硫黄島で勇名をはせた栗林忠道中将と同期生である。朝鮮名のままで帝国陸軍中将に栄進した人である。またその1期後輩には金錫源大佐がいる。日中戦争の時、中国大隊長であった。日本兵約1千名を率いて何百年も虐められ続けた元宗主国中国軍を蹴散らした。その軍功著しいことにより天皇陛下の金賜勲章を頂いている。もちろん創氏改名などしていない。中国では蒋介石日本陸軍士官学校卒業新潟高田連隊で隊付き教育を受けている。1期後輩で蒋介石の参謀で何応欽もいる。

 前の段落と同様に、「多く」の中身が不明確に過ぎ、検証のしようがありません。また、植民地宗主国の支配の下で「植民地近代」化したのはその通りだと思います(松本武祝「’’朝鮮における「植民地近代」’’に関する近年の研究動向」『アジア経済』43(9)、2002年、31-45ページ。http://www.ide.go.jp/Japanese/Publish/Ajia/pdf/2002_09/note.pdf)。私はこの辺り特に勉強不足です。各国の軍制についても同じくよく知らないので飛ばします。

 孫文をはじめ、アジア各地の革命家日本に集まったことは特に新しい論点ではないでしょう。ファン・ボイ・チャウの失望も有名な話ですね(白石昌也「ファン・ボイ・チャウと日本」『東南アジア学会会報』25、1975年、1-3ページ。http://ci.nii.ac.jp/cinii/servlet/CiNiiLog_Navi?name=nels&type=pdf&lang=jp&id=ART0004923536)。

 李王朝の最後の殿下である李垠殿下陸軍士官学校の29期の卒業生である。李垠殿下日本に対する人質のような形で10歳の時に日本に来られることになった。しかし日本政府殿下王族として丁重に遇し、殿下学習院で学んだあと陸軍士官学校をご卒業になった。陸軍では陸軍中将に栄進されご活躍された。この李垠殿下のお妃となられたのが日本の梨本宮方子妃殿下である。この方は昭和天皇のお妃候補であった高貴なお方である。もし日本政府が李王朝を潰すつもりならこのような高貴な方を李垠殿下のもとに嫁がせることはなかったであろう。因みに宮内省はお二人のために1930年に新居を建設した。現在赤坂プリンスホテル別館である。また清朝最後の皇帝また満州帝国皇帝であった溥儀殿下弟君である溥傑殿下のもとに嫁がれたのは、日本華族嵯峨家の嵯峨浩妃殿下である。

 旧領主の家系の存続という意味であれば、インドの藩王たちも手厚く身分を保証されていましたね。ベトナムバオ・ダイフランスグランゼコール教育を受けていましたね(英国人とインド人の婚姻には宗教問題がありますし、バオ・ダイ渡仏時のフランス共和制だから王室はないですし、この段落については適切な比較が可能な問題設定なのか疑問です。個人的にはそもそも宗主国の王室を嫁がせることが恩恵という考え方がどうなんだろうと思います)。

 これを当時の列強といわれる国々との比較で考えてみると日本満州朝鮮台湾に対する思い入れは、列強植民地統治とは全く違っていることに気がつくであろう。イギリスインドを占領したがインド人のために教育を与えることはなかった。インド人をイギリス士官学校に入れることもなかった。もちろんイギリスの王室からインドに嫁がせることなど考えられない。これはオランダフランスアメリカなどの国々でも同じことである。一方日本は第2次大戦前から5族協和を唱え、大和朝鮮、漢、満州蒙古の各民族が入り交じって仲良く暮らすことを夢に描いていた。人種差別が当然と考えられていた当時にあって画期的なことである。第1次大戦後のパリ講和会議において、日本人種差別撤廃を条約に書き込むことを主張した際、イギリスアメリカから一笑に付されたのである。現在世界を見れば当時日本が主張していたとおりの世界になっている。

 ロイヤルファミリー婚姻の件で共和制アメリカを並べているのは不適切でしょう。既に述べましたがフランスも時代によって共和制です。

 エルフィンストーンカレッジ(1856年設立、現在ムンバイ大に)、カルカッタ大学マドラス大学(1857年設立)というように、大英帝国植民地支配の拠点に大学その他の教育機関を設立していますね。

http://en.wikipedia.org/wiki/Elphinstone_College

http://en.wikipedia.org/wiki/University_of_Calcutta

http://en.wikipedia.org/wiki/University_of_Madras

 「五族協和」が実態をともなわなかったことについては、前掲山本論文および山室論文を参照。

 人種差別撤廃についてはよい提案をしたということに同意いたします。ただし、繰り返しますが、現実施策がともなわなかったことについては残念です。

 時間は遡るが、清国は1900 年の義和団事件の事後処理を迫られ1901 年に我が国を含む11ヵ国との間で義和団最終議定書を締結した。その結果として我が国は清国に駐兵権を獲得し当初2600名の兵を置いた「廬溝橋事件の研究(秦郁彦東京大学出版会) 」。また1915 年には袁世凱政府との4ヶ月にわたる交渉の末、中国の言い分も入れて、いわゆる対華21箇条の要求について合意した。これを日本中国侵略の始まりとか言う人がいるが、この要求が、列強植民地支配が一般的な当時の国際常識に照らして、それほどおかしなものとは思わない。中国も一度は完全に承諾し批准した。しかし4 年後の1919年パリ講和会議に列席を許された中国が、アメリカの後押しで対華21箇条の要求に対する不満を述べることになる。それでもイギリスフランスなどは日本の言い分を支持してくれたのである「日本史から見た日本人昭和編( 渡部昇一祥伝社)」。また我が国は蒋介石国民党

との間でも合意を得ずして軍を進めたことはない。常に中国側の承認の下に軍を進めている。1901年から置かれることになった北京日本軍は、36 年後の廬溝橋事件の時でさえ5600 名にしかなっていない「廬溝橋事件の研究(秦郁彦東京大学出版会) 」。このとき北京周辺には数十万の国民党軍が展開しており、形の上でも侵略にはほど遠い。幣原喜重郎外務大臣に象徴される対中融和外交こそが我が国の基本方針であり、それは今も昔も変わらない。

 今回は表現からつっこんでみます。「完全に承諾」というように形容詞修飾をするときには、それが表す具体的な内容を補足して、互いの印象の差を埋める努力をすべきというのが、私の受けた指導です。どうしたら「完全に承諾」したことになるのでしょうか。一番肝心な相手に過大な要求をつきつけ、排日運動を燃えあがらせて宥和に失敗したのは外交の失敗であり、恨み言をつぶやいてもごまかすことはできません。

 日中戦争については、派兵前の人員の少なさを根拠に「形の上でも侵略にはほど遠い」と主張するのは無理筋にみえます。


(再々追記)また字数超過?で切れたので、つづきへ (さらに追記)補足エントリをTBしました。 (また追記)補遺エントリをTBしました(11/5)。

2008-07-24

エホバの証人と、いわゆる二世と、背教者と。 まとめ+ブクマコメントにちょっと回答してみる

##追記;

##当ブログの後半に、自分なりのまとめも書いておきましたので、良かったらどうぞ。

##昨日書きたかったけど眠たくて落ちてしまい、書けなかったことを書いたので。。。

##これを読む人達に、一番伝えたいコトだったんで。


を書いた増田だけど。


ブクマが沢山ついてびっくりした。


でも、良く考えれば、エホバの証人って自分を語る人は少ないはず。だって、自分が書いたように、宗教討論なんて避けるからね。

「あなたの信条を聞きたい」って人には喜んで話すけど、「俺の信条を聞いてよ、君はどう思う?」って言ってくる異教徒には警戒モード、防衛モードに入り、あわよくばその場で心の中で「神よ、試練に耐える力を私に下さい」と祈り始める(※本当です。二世なら解るよな?な?)人達なので。




それを、変とも思わないし、当然って思ってる。そういう概念なんだから、しょうがない。


だから、おいらみたいに、ドロップアウトしようとしてる人、もしくはした人しか、こうした場で話すことはないだろうと思う。

もし、現役でこうした場で話す人がいるとしたら、かなりの幹部とか、そういうバリバリの人で、あなたの家の近所にいるかも知れない身近な人は出てこないよ。

特に女性は公の場で語るのは非とされとるんで、女性なら尚更。まず聞けないだろう。


まぁ、それはさておき、ブクマコメントに自分なりにちょっとコメント返ししてみたい。

コメ返し対象ブクマコメントは下記の二つに寄せられたコメント


「討論すること自体が、JWアイデンティティー違反」というのが、実に日本的で面白い。アメリカ発祥なのに。

討論ではなく説得(証言と言う。証言?なぜ?それは、エホバの証人=エホバの証言ってこと)はOKというスタンスなので、言い方によっては結果的に討論に応じるってことはあると思う。

例えば、「あなたが何を信じているか聞きたい」と言えばきっと証言にやってきます。

で、一通り話を聞いた後に「自分はこう思うんだけど・・・どうかな?」と言えば答えると思う。


ただ、その場合でもエホバの証人は「回答できない時は、調べてきますので今は答えれないと言って沈黙せよ」と教えられてるので、やっぱり突っ込んだ話はできないかもだけどね。

目的が「エホバの証人の話を聞く」ではなく「エホバの証人と議論したい」と判断されれば、来なくなっちゃうし。


彼が典型的かどうかはともかくとして、資料として。追記:速攻でお返事が来ていてビックリした

追記:公開後に読み直しで修正している中、たまたまついているのを見つけたので、ついでにお返事書かせて頂きましたw

JWって結構明確に、リーダー(幹部)系と一般信者に分けられた扱いがある。

で、自分は幹部系で一時期はエリートか?みたいな勢いがあった。


自分みたいに若いうちから幹部系に持って行かれそうなタイプは、自分みたいに考える人も結構いるようです。

ただ、そう考えながらも慣れたら苦痛じゃないしって淡々宗教やめない人も多いです。


自分の場合、好きな子がおかしくなったとか、そういうのなければやはり淡々とやっていたかもとは思います。

10年もやってりゃ、何でも習慣化して無意識にできちゃいますからね(家々に訪問する奉仕活動=布教活動とか)

ただ、習慣化するってのもある意味自我が死んでると自分は考え始め、そう思った時から急激に多大な精神的苦痛を感じるようになりましたけど(自分と同じ経験は時々聞きます)


今の時代にそれで信者は増えるのだろうか/あのパンフの絵はいつもすごいと思うが、組織としては係わりたくないなぁ。

神の組織である以上、減るはずがない。減るとしたらサタンによる試練がはじまったという証拠である。つまり、聖書にある終わりの日が近いという予言成就しようとしている!って解釈するんで、どう転んでも良い教理になっとる。



面白い。頭ええなぁ。 / 宗教ってコミュニティの媒介的役割が大きいから、居心地の良さで内政が変わるのよね。JWがだんだんと居心地のいい場所に変質していくのであれば、それはそれで、、、うーん、どうなんだろう。

二世で脱退ではなく残るが側を選ぶ人は、一般人より組織に友達が多いってのが大きな理由の人も実際いる。ただ、そうなればそうなるほど、友達のために宗教辞めたくても続けないとあかん。

一旦信者になった後、辞めますと脱退届け(断絶と言う)を出すと、宇宙論争を知らないゆえに悪魔の側にいる一般の人より、宇宙論争を知りながら悪魔の側を自らの意思で選んだ一番最悪な奴、という解釈に基づき、徹底的な排他を受けます。

それがどれぐらい厳しいかっていうと、断絶した人と、信者は一緒にご飯を食べに行くというのも許されない。それが発覚すればその信者も警告もしくは追い出される。


で、これは親子の場合でも、可能な限り、断絶した子とは接触を避けるようにといった教理なので、二世の社会人でもない子供は恐ろしくて脱退など絶対にできないのです。

社会人になっても、幼い頃から仲良くしてた人、みんなが自分をシカトするかと思うと恐ろしいという、人間関係の恐怖心から残っている人も結構います(ソースは自分調べ)


ちなみに、組織のほうからクビにされることを排斥といいます。

行われる制裁は全く同じです。つまり、みんなで一斉にシカト攻撃。


断絶や排斥者は数年すると、「戻ってこない?私が悪かったですと認めれば復帰認めるよ」と、声をかけにいく仕組みも設けられています。

信者だけど心はJWという人は結構多いです。あと、優しい性格の人が多いのでみんなからの一斉に拒絶されることに本気で参る人もいます。

信者だけど心はJWという人は、何かにつけて不安定になっています。毎日毎日が罪悪感。

普段は意識してないけど、911テロ事件をハルマゲドンの到来だと確信して、慌てて、神の側につくので助けて下さい!みたいな問い合わせが組織本部にあった・・・というのも有名な話。


ちなみに、排斥になるよーな人は3割ぐらいは、この宗教は嫌いだけど、宗教の中にいる人達はみんないい人なんだよなーって浮ついた心で居る時に、出来心で・・・とか、

うっかりミス☆(いや真意は知らんが)みたいなので、いきなり翌日に排斥措置とられて真っ青って人もいます。


そういう半端者は排斥システムで本当に参るので、以後は真面目に・・・ってこともなく、二回目する人も結構居る。

多分、不倫するようなタイプの人は何度もやっちゃうと思う。知らんけど。ごめん、この行はテキトーに書いた。




がんばってこの試練を乗り越えればみんな楽になって幸せになれる、っていう論法はありとあらゆる組織に共通だよなあ。

いや、その理解はちょっと誤解がある。これは自分の書き方がまずかった。面白く読ますためにちょっと歪曲してた。

「がんばってこの試練を乗り越えれば」ってのは結果であって、目的ではないんです。


詳しくは、http://anond.hatelabo.jp/20080723230708 の 回答03を参照してください。

最も、それでも結局はそゆことだろ?って言われたら、そうだねぇとしか言いようないけどさ。


現役でも目的と結果を勘違いして、マゾになる変態がいるのも一言付け加えときます。あれは見ていて最悪だった。

苦しいのは当然だ!アハハ!ってのはさすがにJWでもいかれた奴にしかいないよ。



比較的フラットな二世視点がいい。これがJW現実だとか思い込むのは危険かも知らんが、もっとこういうこと書く人が増えてくれるとうれしい。

残念ながらJWの教理上、増えることはないです。カミングアウトしはじめてる時点でそいつはもはやJWではない。形だけの奴ですよ。よってこれも、読書感想文みたいなもので、リアルタイムではないということを付け加えておきます。



「こだわっているのって、それほど深いダメージを与えているからなんだろうなぁと。」認知してもらう事によって、正しさの確証を得たいのか。/刷り込みによる葛藤、とかについて。

そう、それをテーマにしたかったんだけど、歴史とかがテーマじゃないけど比率的に多くなってしまって・・・こうした考察を得てもらったのは当初の目的だったので嬉しい限り。結局、自分自身、その一人と言えますしね。



教団批判はサタンしわざとされ耳を閉じることを強制される。洗脳を解く行為を防止してるんだな。思考停止っていうのが宗教の一番のマイナス面だと思う。

知らない方が幸せという言葉もあるので、プラスであるとも言えるのではないかと。実際、脱退したために一般社会の厳しさ、複雑さ、面倒さについていけず、エホバの証人にも一般の社会人にもなれない元二世も結構いる。ああ、こう書くとやっぱりマイナス面ばかりかなあ。

でも、どうして今の世は不条理なんだろうって鬱な人が希望を持つのが宗教の役割の一つではあると思うので、こういう仕組みは(宗教という性質上)しょうがないようには思います。

デメリット問題点は同意だけど、プラスマイナスだけで簡単に片付けれない所が宗教にはあると思う。


中にいる人の証言は貴重。 / 「素直な人とのみ話しなさい」衝撃を受けた。過激に聞こえないが効果的に信仰(妄信?)を続けさせる方法。怖い

他の具体例が、当ブログの上記で述べてる「断絶」というシステムです。

脱退自体は自由にできるようになってるんだけど、その場合の心理的制裁が半端ない。自由意志は尊重してますよ、責任は求めますがという側面は一番二世を悩ませてる性質です。自分もこれにはほんとうに克服するのに苦労した。

合わせてお読みあれ。



エホバの証人2世の方による内部事情お話 / 同級生にも二人ほどいたな。この話によると一番スパルタな時期に育てられた子だったんだなぁ…。

今度、見かけたら優しい言葉をかけてあげてください。



宗教組織末期症状について。リベラリズムの懐柔性がうかがえる。

補足というか寝ぼけて中途半端に書きました。「リベラリズム」自体は初期より歪んだ形で持ってます。詳細は 当ブログの「断絶」の話とか、http://anond.hatelabo.jp/20080723230708 の 回答03とか。

具体的に言うと、以前より開放的に見えるけど、一方でますます抜けたくても抜けれない二世が増えているというほうが正確だったのかも、です。詳細は上記の通り。



エホバの証人現代史日本人って宗教に関しては現世救済主義だから、来世の話をされても感があるんだろうな。

現世救済主義は一時的に信者を増やすのには有効ですが、質の悪い信者ばかり集まります。

それで、今の世に救いはないと明言し、天国希望持てと言ってしまう宗教もあるのかなと。個人的感想ですが。



2世への指導が親の愛から来るものってところが悲劇的だなぁ。のびのびと育ててくれた俺のとうちゃんかあちゃんに感謝だ。ちょっと実家電話してくる。

幸せな家庭に嫉妬した。ウラヤマシス



JWじゃなくて、創価学会の2世会員だが、新興宗教の「二世会員」の悲しさというのが伝わってくる。

自分の親友だった学会員も二世ですた。JWとは違う形で葛藤しとったのは印象的でした。そっちはそっちでいろいろおありのようで。



W2人と宗教論争したこともあるよ?/聖書を知らない方が選択肢も多くて幸せで、知ったら伝道しないと破滅…JW呪いビデオを見た人なのか。/ナチ云々は怪しい→http://d.hatena.ne.jp/keyword/%a5%a8%a5%db%a5%d0%a4%ce%be%da%bf%

そうやね!「リング」に出てくる呪いビデオって例えはいいね。書いたのは全体的な傾向とか、自分なりの考察感想なんで、全てのJWがそうだとは言いませんよ→宗教論争。

ナチの件は自分はどうでもいいので検証してません。事実であるかどうかも興味ない。テキトーですんません。

勉強になった。信仰はあっても欲望は普通の人と同じなんだね。理屈では通じないってのも勉強になった。

法律とかだって理屈で通じないもん、けっこーあるでしょう。

ましてや宗教なんて屁理屈の固まりだと思う。

そしてそれを自分の精神基盤としている人間には当然、理論で話し合うのは難しいのです。

相手の話を聞いて、相手の価値観(もはや異国の異文化同士の交流と同じ)を理解しないと、話が全く噛み合ないと思う。

常識と思っている概念が、概念の外だったりするので。


あと、別に宗教やってる人間が、サイボーグな訳じゃないっすよw

人間誰だって中身は同じです。欲望を自己否定したり抑圧する人と認める人、その行為を平気な人と苦しむ人、そのあたりの個人差じゃないかな。



自分の意志とは無関係に自分の表情が形成されてしまうのって、怖いよなぁ。口の両脇をつり上げる笑顔ってのは、本来威嚇の表情だった、って何かで読んだ気がする。…鎌やんだっけかなぁ(汗

表情だけならいい、感情(罪悪感、恐怖心、不安感、多幸感)までプログラミングされるのは経験してほしくはないけど、経験した者にとっては本当、恐ろしい体験です。二度と味わいたくない。


出た人なのね。

正確には現在進行形過去形はまだ早いかも。



「新しい世界を見せてあげたらいい」。書き手には,彼女がそういう役割をしてくれたのだろうか。彼女を大事にしてあげて,幸せになってください。


彼女は結果として得た世界の一つであって、役割ってもんではないかも。勿論、新しい世界は見せてもらってるけど。

自分の場合は、医者に薬もらって休職するぐらいまで自分の精神構造を一回バラバラにした。一ヶ月寝たきりになった中で自分の精神を再構築して、客観的に見れるようになった。

役割という言葉を与えるべきなら、その時、自分が壊れそうになっても自分と向き合った、あの時の自分だと認識してるよ。


最も、二度とあんな精神崩壊寸前の経験なんてしたくないけどね。


小さい頃から、この生き方が「真理」ですと言われた場合、そうではないと考えると今迄の自分は何?という自我崩壊になる。


神か悪魔かの二択しか世界にはありません。

と言われて悪魔主義になる奴なんてのは、なかなかいない。普通に生活して幸せに生きたいって思う人間ならね。


でも、そもそも、神か悪魔か?っていう概念、何よりも二択しかない?二択?何の?この世界って何?

そのレベルまで自分の人格を分解しない限り、幼少から育てられたエホバの証人子供は、無意味な罪悪感から脱却できない。

増田トラバくれた、元二世のお二人(http://anond.hatelabo.jp/20080723123951 と http://anond.hatelabo.jp/20080723111359)はどちらかというと軽症だっただけと言える。


ただ、http://anond.hatelabo.jp/20080723123951 は、役に立ったと思ったり(いや、本当に役立ってるのでしょう。良かった良かった)

オフ会開いて共有してみたいと思うあたり、まだ完全には脱却できていないと推察します。

何かのきっかけで、完全復帰はしなくとも、気持ちが囚われることはあるはず。


あと、http://anond.hatelabo.jp/20080723123951が文中で書かれた「高校でグレちゃった子」の話。

こういう子は、しばらくすると懺悔して復帰する可能性が高いです。

行動すればするほど、心に埋め込まれた精神の規定を成す概念が自分自身を締め上げていくはずだから。

遅かれ早かれ、何らかの行動起こすんじゃないかな。

それか、それを否定したくてもっと自虐に走るかも。



ちなみに、俺はJWの中で好きな子つうか、仲良くお互いにしてた子もいたよ。

男でも本当にいい友達とかおった。


でも、自分の育つ時代が一番、最悪なあのスパルタ時期でさ、みんなおかしくなっちまった

頭良くて学校でも成績優秀な子が、どうしていきなり停学になるような不良行為を起こすんだい?


俺は、俺の好きだった子や、可愛がってた子、遊んでくれた年上のお兄さん達、が否定したいけど否定もできず、

そして自分を責めるという行動にしか走れずに混乱していく様を何度も見たよ。


自分の場合は、あまりに親が厳しくしたせいか、叱られる時に、叱られる自分と、叱られる自分を見つめる自分を作るようになった。

教理にも納得する自分と、納得できない自分、色んな所で自分が体の中に二人いるそんな精神構造になった。

これ、二世ではけっこう「自分もー」って言う人、いるんだけどね。


ただ、大抵の人は、客観的な自分を肯定しないんだよね。

それを何とか殺そうと努めて、結局、自己否定になり(そりゃそうだ、その精神だって自分だもお)おかしくなったり

それは私が不完全で救いを必要する人間だからなんだわとかいう変な自己解釈(俺の両親とかキモいから解らんがきっとそうだと思う)しちゃったり。


自分の場合は、その二つなっている自分は結局、どちらも自分であり認めなければならない。

おかしいのは俺か?違うんじゃないか?と、考え始め、しかし二人の自分を一緒にしようとすると、この考えは教理に違反している!という罪悪感と、俺はこう思っているんだ!と叫ぶ自分が脳内で騒ぎ立て、まともにまっすぐ歩けなくなるぐらい苦しんだりもした。


つらいから、酒とか女の子に逃げた時もあったし、家出もした。

もっとも、学校卒業しなきゃ負け、と思い、10日でノコノコ返ったけど。そんなヘタレさ、どうせ。



自分はおかしくない、俺が思うことを俺がその通りに行動するのはおかしくない。これが人間

それをいちいち、正しいか、正しくないか?と考えて誰も見ていないのに、勝手にビクビクしたり、これは聖書ではNOとあることだ・・・と脂汗が出るのは、俺が信じているからではなく、そのように作られてるからだ。


そうやって、自分で自分にカウンセリングリハビリして、死ね!クソ宗教!とようやく言えるレベルにまでなった。長い苦労だったよ。


だからって、必死になって幸せになりたいと思わない。

俺の仲良しだった良い奴ら、同じ宗教というきっかけで知り合えたいい奴らは、本当、みんな社会的にドロップアウトしたり、「僕も信じてないけどさ・・・行く所ないじゃん」とかいいながら、今日宗教活動してる。


俺をこんな目に合わせたのは・・・誰だ?


とか、思って叫んだ日もあったよ。親を蹴り上げて、会衆を燃やしてしまえとか本気で考えた時もある。

でも、そんなことをしたって、何か変わるか?変わらない。


失われた時間、失われた人間関係、無くした友達、好きだった子はもう目の前にはいないんだ。

俺はもうこんな歳だ。社会的にも働き盛りであるべき年齢。


俺がここで止まっても、世界は崩壊しないし、誰も困らない。

明日は淡々とやってくる。


だから、俺はだだっ子のようにぐちぐち言わず、自分で考えて自分で行動して、自分で生きていきたい。


だが、俺は一生、親の愛情としてあなたにああいう教育したのよと言う両親を、憎む事も否定することもできず、振り上げた拳をどこにも持っていけないまま、生きていかなければならない。



俺は、ここでみんなに知って欲しい、知って欲しかったんだ。

あの家にピンポンしてくる変な宗教団体の陰で、俺みたいな奴が一人、世界中に何百万人もいる教団のたった一人の小さな存在だけど.


こうやって、静かに戦ってた奴がいたんだぜ?ってことをさ。。。

ただ、すごく疲れる人生だった。


正式に脱退できたら、彼女と祝いたい。

そして、しばらくゆっくりしたい。。。


俺は、彼女がどういう選択するかも兼ねて、彼女にも教理を他の信者を通して学んでみてもらったんだよ。

彼女は「納得できる部分というか精神的に高い志をもとうしてるのはいいんだけど、自分の望まない話になるとシャットアウトするね」とさらっと言ってくれた。

それで、俺の心の最後のつっかえはとれた。


彼女が入信していれば俺はまた苦悩してただろう。

賭けには勝った。もう俺は大丈夫だ。そうさ、俺だってね俺は一人じゃない、俺を認めてくれる人は欲しかったんだよ。

でも、JWの複雑で独特な背景を好奇心で見てはくれても、俺自身を見て、俺の背負ってきた人生の一部がどんなもんか?みたいな視点から見てくれる奴は、彼女だけだった。

貴重なかけがえのない存在なんで大事にしたい。



俺はこの決断、こういう道を葛藤なしですんなり選べるようになるまで本当に苦労したんだ。


その自分の中に埋め込まれた変な宗教精神構造のせいで、それを取り除くのが精一杯で、友達を作るのも途中で辞めていた。

恋愛するぐらい余裕ができたのもほんの数年前だ。それまで、自分は生きてるのか死んでるのか、俺は何?俺は誰?俺の本当の気持ちはどこ?って自問自答してたよ。


宗教は否定しない。

でも、誰もそれを強要してはいかん。

何より、子供に必要なのは自分で考え人生を選んで行くための能力と機会を与えるべきだ。


籠の中に突っ込んでも死ぬだけだ。



まぁ、そんな感じ。

言いたい事言えてすっきりした。

これが多くの人の目にとまると思うとすっきりする。


いい時代になったよ。

ネットなければこんな声、絶対に残せなかったから。

2008-03-22

これってソースあんの?

http://alfalfa.livedoor.biz/archives/51261997.html

太平洋戦争戦前

チベット

日本経済封鎖されて可哀想。羊毛送るよ。

気にすんな。同じ仏教国じゃないか。見過ごせないよ」

戦時中

アメリカ

「おい、中国日本ブッ叩くための補給路確保に、お前らも協力しろ。」

チベット

日本とも国交のある我々は、最後まで中立を貫く。協力はしない。」

戦後

チベット日本と国交があった為「敗戦国扱い」→中国チベット介入→今に至る

恩を返すときが今来たな

http://namidame.2ch.net/test/read.cgi/news/1205769926/

かつて日本大東亜戦争中、「同じ仏教国だから」という理由だけで羊毛を

送ってくれたのがチベットです。

チベットは一貫して「中立」を守り、日本との国交は変わらず続けられていました。

当時の日支戦線において、支那アメリカから武器弾薬等をビルマ経由で輸入

していましたが、このルート日本軍によって絶たれた後、連合軍側はヒマラヤ

越えのチベットルートを開こうとたしました。

しかし、先代のダライ・ラマ13世はあくまでも「中立」を貫き、アメリカ大統領特使の

強硬な度重なる要求にも断じて応じませんでした。

日本との国交を継続していたチベットは、なんと国際舞台で「敗戦国扱い」をされる

ようになってしまいました。

それが支那共産党につけこまれ、皆さんもよくご存知の現在チベットの状況に

つながっています。

あれから日本は魂を抜かれた国家と成り果てました。

少なくとも、第二次世界大戦までにチベット独立国として承認していたのはモンゴルくらいしかないはず。当然、日本チベットに国交はなかったし、「敗戦国扱い」もされてない。

チベットは国際的に承認されていたわけではないが「実質的に独立」という状態だった。

ただし、中国国民政府)は「チベット中国の一地域」だとして国民党員を置いていた。

チベット支配のきっかけは1949年7月にチベット政府国民党員を追放したことで、人民共和国建国目前の共産党はこれを英米など帝国主義勢力が背景にあると見なして、「祖国解放」「祖国防衛」の決意を強くしたことにある。

人民解放軍チベット進駐が1951年と、朝鮮戦争と同時期に行われたのは、この両方を帝国主義勢力の中国侵略からの防衛であると中国が位置付けていたからだ。

第二次世界大戦チベットが「敗戦国扱い」されたことが、現在チベットの状況につながっている、というのは二重の意味で間違いといえる。

「敗戦国扱い」につけこまれるというなら、国民政府の方が早くチベットを「解放」していただろう。


こちらはソースというか参考文献を挙げておく。

毛里和子『周辺からの中国東京大学出版会1998年

奥村哲『中国現代史青木書店1999年

2008-01-05

http://anond.hatelabo.jp/20080105102533

歴史ってそもそも政治的決着しか着かないんじゃないの。

科学的な手続きに従った史料批判ということは可能だけれども、その史料に基づいて事実を再構成して意味付けしていく枠組みというのは政治的にしか決まらないと思う。

特にそれが近現代史であれば、現在の状況を正当化するまたは批判するという価値観から自由ではありえない。なぜなら、歴史には普遍的な根本原理というものがないから。普遍的な原理がなければ、現在のなんらかの社会思想にしたがって枠付けするしかない。

2007-12-12

ニコニコ動画歴史動画をまとめてみた

ニコニコ動画一周年ということで。

というか、「歴史動画は多くてもニコニコそのものの歴史をまとめた動画ってそんなに多くない・・・

通しでまとめた「年表」的なもの

組曲ニコニコ動画歴史」【ニコニコ動画一周年記念】

http://www.nicovideo.jp/watch/sm1742472

ニコニコ動画歴史(簡易版)

http://www.nicovideo.jp/watch/sm1628867

【βから】ニコニコテスターの歴史RCまで】

http://www.nicovideo.jp/watch/sm688295

個々の出来事をまとめたいわゆる「嘘字幕」もの

ニコニコ現代史動画共有サイト未来“滅びゆく共有王国”』

http://www.nicovideo.jp/watch/sm1569697

組曲削除事件レポート トータル・ジップズ ニコニコ放送版

http://www.nicovideo.jp/watch/sm1743943

ニコニコ動画歴史現代編 ZIP厨の台頭

http://www.nicovideo.jp/watch/sm1446451

らき☆すたVS陰陽師戦争

http://www.nicovideo.jp/watch/sm368314

小沢一郎騒動 あなたはコメントを禁止されています。

http://www.nicovideo.jp/watch/sm896262

タグ検索 - ニコニコ歴史P

http://www.nicovideo.jp/tag/%E3%83%8B%E3%82%B3%E3%83%8B%E3%82%B3%E6%AD%B4%E5%8F%B2P

おまけ

ニコニコ動画歴史カオスに振り返ってみた

http://www.nicovideo.jp/watch/sm1218952

2007-07-03

http://anond.hatelabo.jp/20070703084549

それ言うならせめて本土決戦を避けられたとかにしようよ。

「勝ち戦と分かっている時に原爆まで使う必要があったのかどうか」という風に、

彼もアンビバレントな思いを抱いていたんだろうなとは思うが。

秦郁彦日本大講師(現代史)は

米国原爆投下が旧ソ連の参戦を食い止めるためだった側面があるとの指摘は、歴史事実とは違う。

旧ソ連長崎への原爆投下と同じ日に参戦しているし、終戦後北海道を占領して米国に拒否された。

何かの思い違いがあるのでは」と指摘している。

- 転職ならen
- 派遣ならen
 
1ページ中1ページ目を表示(合計:18件)