はてなキーワード: 物理学者とは
一体何Bq食べたらアウトなの!? と私は思ったので、もろもろネットで得られる情報をもとに、今現在の放射能汚染の主役セシウムについて計算してみます。 (といってもかけ算割り算だけですけどね)
(→本文下の計算1を参照)
つまり、
で毎日クリアすれば安全だと厚労省は言っている。結構高いよね。
子供の場合はセシウム137に対して大人の1.6倍感受性があるということなので、
に納めれば毎日同じものを食べても健康上の問題は出ない(と言っている)。
毎日毎日660Bqを越える食事が続くようなら注意が必要……でもそんな汚染されまくった食事しか手に入らない毎日はきっと来ないので、普段はそんなに神経質にならずに食事をしても大丈夫だと思う。
皆さんが気を使っている、塩分や中性脂肪やカロリーを気をつけるのと同じ要領でいいと思うのです。普段からそこそこ気をつけて、ちょっとカロリーオーバーしたっぽい日があったら、何日か粗食を続けてみて、普段通りの生活に戻す。そんな感じでベクレルもなんとなく年間38万Bq越えてなければいいんです(まず越えないと思う)。毎日毎日気にする必要は無いと思う。
ってのはどう? 多分基準値ギリギリの汚染食品が1品混ざったらオーバーするかもという値(500Bq/kgの牛肉100gが50Bq)。たまに失敗して基準値オーバーの食品を食べたとしても後日数日気をつけてならせば平均50Bqは結構達成できるんじゃないかな? 仮に最悪この平均50Bqの食事が20年間(0歳が成人するまで)毎日繰り返されたとしても36万Bq(約5mSv以下)。これなら子供に何か起きることも無い。安全なラインだと思うな。うるさい某T先生も納得してくれるはず(いやしないだろうな)。
たまには数百Bqくらいオーバーしても大丈夫なんですよ(そもそも1日1000Bq毎日摂取しても安全だと言っている人(厚労省)がいるんですから)。少し長い期間で総Bq数を調節すればいいのです。どうですか。少しは安心材料になりましたかね?ならんですか。
========== おまけと計算(読まなくても良い)==========
※おまけ1
長期的な低線量の被曝を考慮する時は1食のBqを気にするより、何年間とか一生のようなある程度長い期間で、延べ何Bqくらい摂取したかの方を重要視します。昨日○○万Bq食べちゃったから即アウトとは、現状なり得ません。頭に置いておいてください。
※おまけ2
物理学者が「1週間分でもまとめて毎日全ての給食を全品ミキサーにかけてできるだけ精密に放射能測定を」と呼びかけています。もし実現すれば我々の食事がどれだけ汚染されているのかいないのか目安にはなると思います。1週間で検出せずとか○○Bq検出とかわかれば、我々の食事ももっと気をつけた方が良いとか、いやいや気にする必要ないじゃんとかがわかると思うんだよね。実現に期待しましょう。
計算1)
暫定基準値の計算の元になっている放射性セシウムの上限値は年間5mSv(←これは一生=70年間の被曝量)。セシウム137の1Bqあたりの実行線量0.000013mSv/Bq(これも70年の被曝量)で年間上限被曝量を割ると年間385,000Bq。1日当り1050Bq。これがセシウムのベクレル換算した被曝上限基準値。
年間の被曝目標が一生=70年間の被曝量というのがちょっとややこしいかな? 今回のセシウムの場合、仮にある日385,000Bq一気に経口摂取して70年経ったらその70年の間にこれだけ被曝していると予想できますよ。という値。もちろん70年の間にセシウムは半減期のペースで減少するし体からも少しずつ排出される。それも見込んだ被曝量です。……難しいか。
厚労省は1日当たり摂取してよい放射性セシウムを食品項目別に分けていて
飲料水は330Bqまで
野菜類は300Bqまで
肉魚卵などは250Bqまで
=計920Bq(<1050Bq=年間5mSv以内)
と言っている(これが基準で暫定基準値ができている)
なのでこの中から1品暫定基準値を上回る食品を毎日食べたとしても、年間の目標の上限値5mSvには、はるか届きません。基準値ってそうやってできているんです。基準値を超えたからアウトというわけじゃないんですよね。
口にする食品が全部基準値を超えて毎日食べたら抑えたい目標の被爆を超える心配がある。と、こういうことなんですね。
オマケが長くなりました。失礼。
引用もと
http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r9852000001558e-img/2r98520000015cfn.pdf
この話に触発されて考えてみました。
「歴史上、権力者が権利を自発的に分け与えた試しはない。革命でも起きない限りは。
そう、地方は“分権”を要求するのではなく“独立”を宣言すべきだろう。」
/ 地方分権は出来ない - 賢太郎の物書き修行 http://htn.to/qA3HkP
無理すぎる。
島根若者いなくなる→全員都会へ移住→原子力発電所密集地帯化→過疎化問題解決&電力問題解決
他県に電力輸出&低価格な電力で企業誘致w。と思ったけど、お年寄りほど原子力には反対なのでは?
ダムと一緒で強制移住という方向で…(^^;
県全域自然保護区というか原子力保護区みたいな。煙の出ないプラントが海岸沿いに立ち並ぶ異様な光景が目に浮かんだ。
江津の風力発電とかあるし、浜田周辺は電力特区でいいんじゃないかと。税金も沢山落ちるしw
「平成19年度の中国地方の域内総生産は29兆8596億円である。これはアラブ首長国連邦の国内総生産よりも大きく、世界で30位前後の「国」に相当する経済規模を有している。」おおおおー / 中国地方 - Wikipedia http://htn.to/RjoXiy
さて、取り敢えず島根と鳥取が合併するか。鳥取の左が島根→山陽の上が山陰にしてみよう、結局まぎらわしい。
ちなみに中国地方の中国は中国に近いからではなく「古代、畿内を中心に令制国を「近国」「中国」「遠国」に区別したとき、この地方のほとんどが「中国」に相当したからだとされている説、畿内と大宰府の中間に位置する地方だからだとされている説などがある。」という意味だとさ。
中国地方と言えば農業。TTP参加で関税廃止されたら、JAもろとも農家は破産するので、最後に補償金たっぷり貰って、オーストラリアで農場つくれば良いと思う。
瀬戸内側には工業地帯があるけど、どっかの東南アジアにデカイ港を中国あたりに作ってもらって、現地の人を雇えば、元日本企業も生き残れる可能性が見えてくるな。ブルネイあたりに移れば石油資源も真下にあるし。「2010年のブルネイのGDPは約1兆円であり、鳥取県の半分程度の経済規模である。」ブルネイ - Wikipedia http://htn.to/S6Ty1B
ブルネイ乗っ取るなんて余裕。
オーストラリアに農業を移転させて、東南アジアに工業を移転出来たら、そこと自由貿易して安い製品を輸入し、日本に流通させる。浜田港は商港として大発展する。
どっちかといえば、瀬戸内側の港を発展させたほうが良いか。浜田港オワタ。
地方と言えば、公共事業で作った無駄なインフラ。島根県には空港が2つあったりします。そして、みんなだいたい米子空港(鳥取)から飛行機に乗ったりする。過疎化で人口が減れば、需要も減って採算割れ必至。一畑電鉄は何で潰れてないん?
余分なインフラはどこかに売却できないもんか、買う価値ないですかそうですか。廃墟になって廃墟マニアが訪れる観光スポットとして再スタートですね。
んー、結局グローバリズムで産業は衰退して、公共インフラは過剰で、人口は減少するとなると、中国地方が国として独立する意味がないよなー。いままで通り、国からお金吸い取った方が合理的なのか。東京の人ごめんなさいって事になるなー。
ん!中国地方が独立して、原子力発電所をつくりまくれば、二酸化炭素の排出権取引で日本から正当性をもってお金を吸い取れる!今がチャンス!
なんかネタが苦しくなってきた。
地方分権を推し進めた、地方独立を目指すとろくな事がなさそう。東京圏と大阪圏だけ生き残って、あとは全部破綻するのが目に見えてる。
じゃあ、日本を西と東だけに分けて、関西国と関東国にしようか。ちょうど60Hzと50Hzの境界にすれば、周波数問題も解決。
正直国ってのが分からなくなってきた。
ナショナリズムでまとめとけば国になるん?
アラブの若い人達が闘ってるというのに、おれは。と思うけど、むしろ諦らめ感でどうでも良くなってるので、明日も好きなことしてたい。
この諦らめ感って、自分の将来予測と日本の将来予測がごっちゃになったりするけど、別に関係ないような気もする。
日本がどうなったところで個人には言うほど影響ないだろと。貧乏になるならなるで、何とかして生活すればいい。っても、それはやっぱり不幸を産むだろうから何か考える必要はあるよな。あれ、結局。
鳥取と島根の人口合わせても沖縄より少ないと言う事実。山陰さいこー / 都道府県の人口一覧 - Wikipedia http://htn.to/eoCbnw
そして1人あたりの公共事業費で島根県は東京に続く第2位! / 都道府県別統計とランキングで見る県民性 公共事業日本一:東京都 http://htn.to/sjUbJX
島根県と鳥取県はアイスランドよりはちょっと多いくらい。1人当りだと島根鳥取が230万円でアイスランドが320万円くらい? / 図録▽主要国と都道府県の経済規模(GDP)順位 http://htn.to/vuDrsp
一人当りの負債額だと、1位島根150万円、3位東京140万円で同じくらい。 / テツの日記 : 国の借金、地方の借金 - livedoor Blog(ブログ) http://htn.to/HXLt1r
島根目立ってんなー
とりあえず島根県が独立すんならGDPをアイスランド並にすれば良いんだな。アイスランドが1人あたり320万円くらいで島根県が230万円くらいだから1.4倍。40%の成長か。年率2%で17年くらい。人口が確実に減ることを考えると、人口増でGDPを増やすことは諦めて、逆に人口減でGDP増を考えるなら、発電特区のアイデアは結構いいせんいってるかもしれない。ガイア理論の提唱者で、極めて著名な地球物理学者のジェームズ・ラブロック氏も原子力発電に肯定的だってことを考えると。氏を島根県に招いて発電特区大臣になってもらうのもありかもしれない。
島根県の若者が都会に出て行って、お年寄りも自然に減っていくとすれば、島根県の人口構成は発電特区の関係者と趣味で農業を営む人達って事になる。(農産物関税は撤廃されるので、島根県では農業はなりたたない。)
それって国として意味あるんか?
忘れてたな、原子力発電推進の方たちを島根県に招かないといけなかった。
ラブロック氏も原子力発電推進の人達も、のんびりした島根の豊かな土地で原子力発電の電気を使いながら悠々自適に暮らせるとしたら喜んで来てくれそう!
ほんとかよ。
池田信夫氏@ikedanobと藤沢数希氏@kazu_fujisawaに経済担当と金融担当になってもらえば島根経済は合理的に発展しそう!
中国と韓国に近いという有利な地理を利用して、貿易を発展させて交流を活発にすれば中国の経済発展の波に乗れそう!竹島は独島に名称変更して、正式に韓国領と認めてしまおう。
島根県はアメリカと対して関係もないから、対米従属からアジア重視の外交戦略に転換するのも容易!勿論島根総理大臣の最初の訪問国は中国含めてアジア全域。
都道府県別GDP構成比で0.6%の島根県が独立したって、大した影響なんかないんだから右の人も左の人も無視してくれそう!出雲大社なんかは宗教的な問題が残るかも、でも今は観光地なだけだよね。
島根は自由の国になる!
【主張】福島レベル7 「最悪」評価はおかしい チェルノブイリとは全く違う - MSN産経ニュース
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110413/dst11041303140003-n1.htm
【福島原発「レベル7」】ロシア専門家は、引き上げに「行き過ぎ」
http://sankei.jp.msn.com/world/news/110413/erp11041307040003-n1.htm
↓
↓
東京電力 周辺地域を視野に入れた取り組み評価 地球環境大賞 2011.2.25 05:00 MSN産経ニュース
http://sankei.jp.msn.com/life/news/110225/trd11022505010002-n1.htm
↓
↓
産経「東電が叩かれると、賞を与えた私たち(産経)までも批判を受けかねない。
なんとか流れを変えるために、反対の主張を出そう。
追及されるとボロが出るから、無記名で出そう。
これで私たちの名誉は保たれる!
↓
↓(;´Д`)バレてますよ。ハァハァ
↓
(記事を消す)4/XX
【おまけ】
「有馬朗人」
現職:日本科学技術振興財団会長
原子核物理学の権威として、原子核構造論などでの研究を進める。
東京大学で研究を行い、のちに東京大学総長にくじ引きで選出される。
物理学に専念しなかったことを後悔している。
(2005年10月24日(月)日経朝刊内コラム「私の苦笑い」)。
<有馬朗人の他の役職>
有馬朗人 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%89%E9%A6%AC%E6%9C%97%E4%BA%BA
【主張】福島レベル7 「最悪」評価はおかしい チェルノブイリとは全く違う - MSN産経ニュース
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110413/dst11041303140003-n1.htm
【福島原発「レベル7」】ロシア専門家は、引き上げに「行き過ぎ」
http://sankei.jp.msn.com/world/news/110413/erp11041307040003-n1.htm
↓
↓
東京電力 周辺地域を視野に入れた取り組み評価 地球環境大賞 2011.2.25 05:00 MSN産経ニュース
http://sankei.jp.msn.com/life/news/110225/trd11022505010002-n1.htm
↓
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産経「東電が叩かれると、賞を与えた私たち(産経)までも批判を受けかねない。
なんとか流れを変えるために、反対の主張を出そう。
追及されるとボロが出るから、無記名で出そう。
これで私たちの名誉は保たれる!
↓
↓(;´Д`)バレてますよ。ハァハァ
↓
(記事を消す)4/XX
【おまけ】
「有馬朗人」
現職:日本科学技術振興財団会長
原子核物理学の権威として、原子核構造論などでの研究を進める。
東京大学で研究を行い、のちに東京大学総長にくじ引きで選出される。
物理学に専念しなかったことを後悔している。
(2005年10月24日(月)日経朝刊内コラム「私の苦笑い」)。
<有馬朗人の他の役職>
有馬朗人 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%89%E9%A6%AC%E6%9C%97%E4%BA%BA
http://anond.hatelabo.jp/20110102205812
良かったね。ストレートに元増田の「良いところ」をアピール出来る場があって。
「車椅子の物理学者」スティーブン・ホーキンス氏をご存じかな?
twitterのTL見てたらこんなやり取りがあった。
(50代物理学者)選挙に行かない限り、若い層が政治的力を持つことはできないね
というつぶやきに対して
この、「若者は数が少ないから選挙で負ける、だからずっと不遇」というのは世代格差なんかの議論の中でよく出てくるロジックだけど、なんか実感と違うんだよな。
そこで、世代格差について簡単に調べてみた。
*****
若者には「現在の年金負担」と「将来の税負担」という二重の負担が課せられ、老人は得する一方。
社会的に多数を占める「老人」は政党にとって大きな票田なので、政治も変わらない。
今の制度では「60代以上は生涯で5700万円の受益超過(税・年金)だが、20代は1300万円の負担超過」となる。<<
*****
なるほどなるほど、それなりに筋が通っているように見える。
だけど、実際のシチュエーションを考えると当てはまらないような気がする。
こんな家庭を考えてみよう。
厚生年金で豊かに暮らすじいちゃん、不況で給料は下がったけどもうすぐ定年逃げ切りのとうちゃん、派遣社員で食いつなぐぼく、この3世代の問題だとしたら?
ほっておいたら、じいちゃんととうちゃんは「なるべく今のままでいます」という政党に投票するだろうし、ぼくは「社会構造を変えます」っていう政党に投票するだろう。
でも、じいちゃんの一番の望みってなんだろう?
そりゃあ、「年金制度が続きますように」とか「老人医療費が上がりませんように」とか願うのは自然だろう。でもそれが一番の望みではないと思う。
きっと、孫のぼくにいい仕事が見つかって、お嫁さんももらって・・・・・・そんな社会を1番望んでくれると思う。
だから、必要以上にジジババ世代を憎んでる若者たちは、自分のおじいちゃんやおばあちゃんに訴えてみたらいいよ。
「おばあちゃん、ぼくもきちんとした仕事について、家庭を持ちたい、だから若者党に投票して!」って。
それで、
「ごめんね、お前の気持ちも分かるけど、わたしは自分の年金や医療費の方が大事なんだよ。だから年寄り党に投票させておくれ」
なんていうおばあちゃんは相当少数なんじゃないかな。
こんなふうに、本来は味方になってくれる人たちを敵にしか見えないとしたら、そりゃあキビシイ戦いになるよねっていう話。
まず先に結論を述べます
「過去の最適化をしたからって未来が最適化されるわけではない」
僕らはよく「あのときああしていればよか」って思うのだけれど
じゃあ「過去を変えることはできるのか?」と考えたとき、まあ最初に過去に行くにはどうするのっていう技術的な話になると思う。ワームホールを使うとかドラえもんに頼むとか。
で、まあそこの議論はめんどくさいからやらない.だからとりあえず今は過去を変えることは出来るとなったと仮定します。
また、過去を変えたことで自分の今の未来へも影響を与えることができるとして(過去を変えた時点で宇宙がもうひとつ生まれてしまうので現在の宇宙に影響を与えるわけではない、とかいう人がいるわけですから)。
「よっしゃ!いっちょ過去いって今まで起こったすべてのいやなことをなかったことにしてくるわ!」
このようにしてタイムマシンに乗った僕は過去の最適化を行うわけです.
テストで満点を取って,憧れのあの子と付き合って,ほしかったゲームを買って,誰からも怒られず,みんなからは賞賛を送られ…
最高の人生をやり直せてるわけですが,いつかはまたタイムマシンに乗り込んだ時点,つまり今に帰ってきます.
そこからが問題です.僕は今の時点においてこれからなにが起こるか何もわかりません.それまで最高の人生を送ってこれたのはこれから起こることを知っていて修正することが出来たからです.
僕は未来が自分に押し寄せてきたときに結局またいつもどおりに”あてずっぽ”で進むべき方向の選択をすることになります.もちろん一番いいことが起こるであろう方向を選ぼうとすることはできます.でも解空間が単峰性とは限りません!!結局はローカルミニマムに陥ることになるんです(ここらへん最適化の専門用語です,すいません).
だからベストの状態への最短ルートを過去から取得できない以上過去の最適化にはなんの意味もないことになります.
「過去を最適化したからといって未来を最適化できるわけではない」
そしてここで付け足しです.数学的帰納法の考えを導入します.上の命題が成立つと仮定すると両辺に「+未来」して(?
「未来を最適化したからといってさらに先の未来を最適化できるわけではない」
つまり
「過去の最適化から最適化された未来を得ることは金輪際ない!」
じゃあどおすればいいんだって思うわけですが,そもそも人間にはきっと後悔しない人生なんて送る権利がはじめからないんだと思うわけです.
失敗したという情報から離れるように進むことしか出来ない.つまり失敗しなければ今よりよい場所へ向かうことはできない.
できるだけ良い思われる今を過ごすこと.人間に出来るのはそれくらいなのだと思います.
なんで自分がこんなことを考えているのかというと、昨日TEDで見た物理学者のせいです.
http://www.ted.com/talks/lang/jpn/clifford_stoll_on_everything.html
僕が一番この人を魅力的だろ感じた一言.
「ワオ! タイムマシンだ! なんてことだろう,昔に引き戻されました」
このひとは写真を見てそれをタイムマシンといった(比喩表現を用いたとは思えない本気の口調で,まるで今本当にタイムマシンを発明したかのように).
このインスピレーションは自分にとってとても印象的でした.感動的ですらありました.
なんてこった思ったのはこっちなんです.そんな発想今までしたことなかった.
もし過去へいって人生をやり直すことのできるタイムマシンが見つかったとしても,僕はそんなものは絶対に使いません.
下手したら過去に戻ってやりなおしたい瞬間が過ぎた後未来に戻るのにまた全ての自分の人生をやり直さなければならないからです.
そんなタイムマシンは絶対嫌です.
でもこのへんてこな頭の物理学者が発明したタイムマシンなら僕はいつでも乗っていいと思う.
過去はやり直すものではなく,懐かしむものなんです.
地下猫ことid:tikani_nemuru_M氏をはじめとするはてなサヨクたちの原子力フォビアはまったく意味不明だ。
「現実に“絶対確実な安全性”なんて存在しないと思うけどなー」
然り! そんなことは話の前提だにゃ。ドヤ顔でいうような話ではにゃー。
「ドヤ顔」をしているのは自分の方だ。得意がってこんなものを引用しているが、
id:steel_eel
最悪の事態が-∞の値をとると感じられるので、それが発生する確率が微小でも関係なくヤバイと感じるのだよね。本質的なリスク計算が不可能な問題だと思われる
本当に「-∞」ならばチェルノブイリの時点で人類は滅亡している。していないのならばそれは「-∞」ではない。安易に無限大などを持ち出すものではない。
「じゃああなたは同じ「0リスク」を「火力」「石炭」「水力」に対して言える?」
ところが皮肉なもので、この人が信頼しているとおぼしきid:Dr-Seton(この人は物理学者だから一見専門家に見えるが、実は工学的には完全な素人。物理学者だから原子力発電のことがわかると考えるのは、化学者だったら火力発電のことがわかると考えるのと同じぐらいナイーブな誤り)はこんなことを言っている。
アメリカ南部、メキシコ湾における原油流出事故、日本ではどういうわけかあまり取り沙汰されませんね。なぜでしょう。アメリカでの報道は凄い規模で、検索してみるだけでも莫大な記事が引っ掛かってくるんですけど。
どう見ても「火力」が引き起こしうる最悪の事態は原子力と比べて限定的ではありません。本当にありがとうございました。
問題はB、最悪の事故が起きた場合の被害の大きさなんだにゃ。最悪の事故が起こった場合、日本社会に破局が訪れるかもしれませんにゃ。Bに「∞(無限大)」を代入すると、A×B=∞ になっちまいますにゃー。
日本が滅亡しても世界の他の部分が生き残っているならばどう見ても「∞(無限大)」などではない(それとも「日本」を絶対のものと考える国粋主義者ですかね?)が、それはともかくそんなことをいえばこの人の言っている「遺伝子組み換え作物」だろうが、極端な話LHCのブラックホール実験でさえ「人類滅亡」のリスクを0と見積もることはできないわけなのだが、だとすればそれだって原子力と質的には変わらないことになる。
要するに、この人達の原子力嫌いは単なる感情的以外のものではないのである。
環境問題は基本的にトレードオフ(=一方を追求すれば他方を犠牲にせざるを得ないという二律背反の状態)であり、ノーリスクなどということはありえにゃーことを豊富な事例で説得していますにゃ。例えば、遺伝子組み換え食品に対するわけのわかんにゃー恐怖感も、こうした言論活動で弱まっていけばいいと思いますにゃー。
その通り。そして原子力も同じことなのだ。
21世紀になったけど、空飛ぶ車も走ってないし、ロボットも歩いていない。
やっぱこんなもんかなって思ったりするけど、たぶんあと数十年するとすごいことになると思う。
ふと、街に出てそう思った。
それでもって、文字を手に入れて、世代を超えて、空間を超えて知識を保存できるようになった。
物理学に携わる人は、物理学の最先端をしっているが、豆腐職人の技をどれほど知っているだろうか?
豆腐作りにおけるたび重なる技術革新を物理学者が知りえることは稀であるし、その逆もあまりない。
あり得ないと断言はできない。
Googleは、蓄積された知を、全ての人間に手が届くようにしたいんだと思う。
検索ワードを打ち込んでワンクリック、そうするだけで世界中の情報が手に入る。
専門書の写しからツイッターの呟きにいたるまで、一瞬で情報がやってくる。
(膨大な情報をどう処理するかは個々の人間の情報処理能力がボトムネックになってくるわけだが、その問題を解決する発明もほどなく出来るだろう。)
知識と知識の出会いが、とんでもない発明、発見へとつながる時代がやってくるのかもしれない。
豆腐職人のワザに物理学者が閃いたり、新型エンジンの設計図から画期的な家具を思いついたりするとか。
21世紀は凝り固まった20世紀の脳みそでは、思いつきもしなかった凄い発明がもりだくさんだ。
21世紀的な凄いもの、たとえば、このお店
こくまろみるく
無機成因論
石油「無機」由来説は、1870年代、元素記号の周期律表で知られるロシアの化学者メンデレーエフが唱えたのが始まりで、旧東側諸国では従来から定説とされていた学説である。ただし、旧西側諸国では、定説とされてきた石油「有機」由来説に真っ向から反対するものであったため長く顧みられることがなく、その後トーマス・ゴールドが取り上げたことで、西側諸国でも脚光を浴びることとなった。 天文物理学者であるゴールドの説く石油無機由来説は、「惑星が誕生する際には必ず大量の炭化水素が含まれる」「この炭化水素が惑星内部の高圧・高熱を受けて変質することで石油が生まれる」「炭化水素は岩石よりも軽いので地上を目指して浮上してくる」というものである。
この無機由来説に基づけば、一度涸れた油井もしばらく放置すると再び原油産出が可能となる現象を説明することができる。 また、日本はもちろん超深度さえ掘削できれば、世界中どこでも石油を採掘できる可能性があるとされ、(掘削技術の問題さえ解決されれば)膨大な量の石油が消費されても、石油が枯渇する危険性はほぼ皆無であるとされている。
無機成因論の根拠としては「石油の分布が生物の分布と明らかに異なる(深い地層に埋蔵されている)」「石油の組成が多くの地域で概ね同一である」「ヘリウム、ウラン、水銀、ガリウム、ゲルマニウムなど、生物起源では説明できない成分が含まれている」などが挙げられる。 また、生物起源論が根拠としている、石油中に含まれる炭化水素の炭素同位体比を調べた結果、炭素数の少ない炭化水素ほど、質量の軽い炭素同位体を含む割合が多くなるという傾向は、地下から炭化水素が上昇する過程で、分子の熱運動により重い同位体が分離されたと説明することも可能だという。
最近、無機由来説の傍証が次々と見つかっているとされる。 例えば、ベトナム沖、メキシコ湾岸油田のユウジン・アイランド330の超深度油田から原油がみつかったとのことである。これらは化石燃料では考えられない深さである。
また、トーマス・ゴールドの新しい説が2003年の Scientific American誌で発表され、それによると炭化水素は地球の内核で放射線の作用により発生するとされている。
http://nekotetu.com/cgi-bin/nekotetu.cgi?cont=14&cono=2
さて石油とはいったい何なのか、どうして出来たものなのか、疑問に思ったことはないですか? 燃えるし、黒いし。自然界にある他の黒い液体なんて、イカのスミくらいなもんじゃないか? 私はとても不思議に思う。この物質、いったいどこからやってきたのだろうか。
このことは、本当は誰にもわからない。学説に従って石油を創り出した人がどこにもいないからだ。学者さんは、大昔に海洋生物の死体が海底に溜まり、やがて地層の高温高圧を受けて変化したものだという。しかしどんな生物の死体なのかはわからないし、そんな高温高圧を実験室でつくって石油ができるものなのかどうか、やってみた人がいないのでよくわからない。
それに、いま掘り出されているだけでみても、石油の量というのが半端なものじゃない。その原料となった生物の大量四肢累々となれば、いったいどんな量なのかはさらに想像できない。
だいたい海洋生物の死体というけれど、そんな有機物は別の生物がおいしくいただいてしまうのが自然の摂理である。じっさいに現代の深海探査映像を見てみると、降り積もる有機物は大小さまざまな植物、小動物、バクテリアなどが食べてしまい、海底は砂地が露出している。死体なんてどこにもない。映画『タイタニック』を観た人ならわかるでしょう。海底とはあんなもんです。
生物起源ではなく鉱物起源だという人も多くいる。意外なほど多いのだよ。特にヨーロッパでは大量の論文が書かれているけど、ほとんどの日本人は知らないのかな。
マグマの中には大量の炭素が含まれている。この炭素がマグマの超高温・高圧、しかも低酸素の環境下でメタンなどの気体に変化し、地中を上昇していく。上昇の過程で表層の地層に冷やされ、複雑な炭素化合物となって地層に溜まったのが石油である。ついでに、気体のままで安定したのが天然ガスである。
私は、こっちのほうに説得力を感じるけどなあ。
個人の能力や専攻とその人の心理とは無関係ではない。たとえば最先端の物理学者は
必然的に心気症なのかもしれない。ないしは、物理学に取り組むことで形成される心証は
少なくとも日本共通の心情にそぐわないかもしれない。にもかかわらず一方的に心気症を
治療することは最先端の物理学を否定することになる。心を綺麗さっぱりにして同じにして
しまったら物理学ができなくなるからである。
それにもかかわらず国家は広く国民一般の心を治療しようとしてくる。この点で国家は全体主義的
ですらある。どんな国民でも片っ端から心の悪性を治療し、同じ心情にしようとするのである。
まったくのジェノサイドというほかない。
国家がこんなことをしていては、日本の科学文化の未来は暗い。心気症を容認しなければ、
法律や教育で日本人の心情をひとしなみにする政策を止めなければ、独創的な科学文明は
成長しない。今日本にある科学は実用志向のものばかりで日本人が独自に打ち立てたものは
皆無である。
国家よ、いい加減にしろ。
未就職博士 (OD) の問題がついに新聞紙上に姿をあらわした。昨年秋の札幌の学会で、当地の若い人達がOD問題のビラを配っていたが、内容は”われわれをどうしてくれるのだ”ということであった。筆者の大学では、1967年物理系の学科ができたが、教官定員はアッという間に優秀な人達で埋められてしまい、もう空き定員はない。その後いろいろな方面から就職の照会があるが、ない袖は振れず、如何ともし難い。このようにして、われわれも事の重大さを数年来感じてきたが、何等の有効な対策も講ぜられぬまま今日に至ったのであろう。素粒子関係では未就職者の数は600名とか1000名とか聞く。この人達は本職ならざるアルバイトをしたり、周囲の庇護のもとに生活しているのであろう。現在のわが国は数千名のODを養う経済的余裕があるのかも知れない。しかし、たいていの人はODとなって何年か後には”おれをどうしてくれるのだ”という不満をもつにちがいない。いや既に各所でこの問題が表面化しておればこそ、新聞種にもなるのだ。
筆者の近所にはいわゆる教育ママがたくさんいて、小学校のうちから一流大学を目指して子供をしごく。愚妻もその1人であって、大学の非常勤講師手当を上回る額を月々進学塾に貢いでいる。このまま大学までずっと勉強を続けるのが母親の念願なのであろう。大学で勉学をするのは当然なことだが、最も熱心に勉学を続けた人のなれの果てがODではないか。筆者は時々愚妻に”子供をルンペンに仕立て上げるつもりか”と言う。しかし、大学入学以後のことまでは考えが及ばないようで、あまり効果がない。
たしかに物理学は若者の心を魅了するものをもっている。筆者の教壇からの経験をいうと、1年のクラスでは話が熱力学第2法則とか相対論のくだりになると、日頃ゴソゴソ私語を交わしている学生でもフト熱っぽい眼をする瞬間がある。”私は物理学にだけは強い幻想をもっている”と言ったある全共闘の学生を忘れることができない。”1次元振動子の理論はよくできすぎている”と溜息をついた学生もいた。同じ意味で、群論の量子力学への応用とか、Dirac方程式などには何者にも替え難いBeautyがある。ところで本講座『現代物理学の基礎』の各巻を執筆される方々は、物理学をいかに美しく展開するかに薀蓄を傾けておられるであろう。そして多くの学生を魅了することであろうが、彼等に対してわれわれは責任を感ずべきではないだろうか。少なくとも彼等が物理学への興味を失うことなく、正常な姿で生活できるようにと願うのは自然の感情であろう。筆者は博士課程、とくに理論方面に進む希望の学生に対しては、ODの現実を説き、物理学の汚い半面を強調して、その夢を醒ますことをまず試みる。それにもかかわらず、素粒子とか生物物理を志す学生はあとを絶たないのである。
しかし、思ってもみるがよい。なぜOD問題が生じたのか。講座増を希望したのはわれわれである。教官定員が増え、万年助手が昇格し、研究室が活気を帯びたのも束の間、学生は年々入ってくる。これらの学生は産業界には出てゆかない。そこで再び教官定員増を要求する。しかし政府はある学生数に対して教官を配置するという方針を墨守しているから、この悪循環は急速に発散して今日の事態となったのではないか。すなわち、非は数年先のことを考えずに(または考えていながら)教官の定員増を要求した大学側にある。
一昔前の話になるが、筆者が米国の某大学で、物理学科の学生1人1人に、学位を取ったらどこへ行くかを問うたところ、1人の例外もなく、"Industry" と答えたのに驚かされたことがある。学位を得て産業界に入れば指導的地位を約束されるそれに対して日本の産業界は、修士を受け容れる体制はできたが、博士となると”固まりすぎて融通性がない”という理由で敬遠する。わが国の産業界はまだ博士を必要とするほど発達していないというのは一面のいいわけで、これも大学側に責任があると思う。米国の大学では博士たるものは1つのテーマについて研究を仕上げると共に、年に何回か行われる試験によって物理学全般の知識についてチェックされる。また学部下級生の講義や実験指導をする "Teaching Assistantship" の制度もひろくゆきわたっていて、これがどのくらい彼等の学問と社会性を育てるのに役立っているかわからない。一方、日本の博士課程では3年なり4年なりの間自分の専門に閉じこもり、社会とは隔絶して研究をしていればよい。このようにして彼等は”固まって”しまい、物理学の極めて狭い分野の専門家となるのである。われわれの世代も実はこのような道をたどったので、あるいは、物理学者が社会に眼を奪われるのはもっての外、就職に頭を悩ますなど言語道断と言われる方もあるかもしれない。現に某大学で学生の就職に無関心であると非難された教授が、多分売り言葉に買い言葉であろうが、君達が大学院に入ったのは学問をするためか、就職をするためかと開きなおったそうである。たしかに就職など世俗のことにわずらわされることなく学問ができたらそれにこしたことはない。そこで筆者はこのような理想的な環境として、またOD問題の解決策として次のことを提案する。
それは宗教的教団に似たInstituteを作ることである。名づけて日本素粒子教団、生物物理教団等。この教団に属する人は、世間から僅かな喜捨を仰ぎ、粗衣粗食に甘んじ、妻帯の望みも絶ってひたすら学究生活をする。たまたま在家のわれわれも修業をしたければ年期を限り、なにがしかの費用を払って入団できる。このような教団は古代にもあったようだし、僧侶階級をみてもわかるように、比較的永続きし、しかもすばらしい業績を挙げうるものである。もしかするとOD問題は古代からあったのではあるまいか。
しかしODの中には一応の社会的なセンスをもち、このような教団に属するよりは、世間の人と混ざって生活し、積極的に世のため人のために尽したいと思っておられる人もいるにちがいない。その方々に筆者の日頃思っていることを述べて同憂の士をつのる。われわれは実は手がなくて困っている。現に筆者は、1年・3年・4年・大学院と週10時間の講義を持っているが、年々新たな講義をしようとすると並大抵のことではない。しかも、どの大学でもそうだが、1年生は大教室で講義を受けさせ、入学当初から大きな幻滅を与えている。この1年生への講義ほど、物理学者にとって大切なものはない。つまり受講生の大多数は、将来物理学を専攻しない学生であり、これらの学生の教育こそ物理学が社会全体に正しく理解される足がかりとなるはずである。物理学が正しい姿で社会に浸透すれば、物理学者の発言権も強まり、ひいてはわれわれの社会的地位の向上にもつながる。それなのにわれわれは、その教育に手を抜いている。少なくとも上級生の教育ほど力を入れていない。これは間違っていると思うが、人手が足りないから致し方ない。若しも教官の数が、学生数が現在のままで倍になり、昔のように少人数の講義ができたら、どんなに幸せであろう。さらに少数の学生が1人のTutorまたはAdviserの指導を受けるような制度でもよい(英国の大学またはモスクワ大学のように)。そしてODを全国の大学に吸収するのである。しかし、これを実現するには、学生数に対して教官数を算定する政府の基準を改めさせ、さらにはその根本にある考え方を変えさせなければならない。これを行うだけの政治力が物理学者(基礎科学者)にはないものだろうか。 OD問題をこのままで放置し、破局的状況に持ちこんで、政府をして嫌でも対策を講じざるをえないようにするのも1つの方法ではあろう。しかし筆者は歳のせいか、できるなら破局的状況は避けたいと思うのである。
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欧米メディアも日本のマスコミも、このニュース、きわめて静か。アメリカ人のスミス博士とリチャード・カオ博士ほかひとりの併せて三人がCCD技術と光ファイバーでノーベル物理学賞の受賞となった。
俄然、大騒ぎを演じているのは中国メディアばかりか、海外華僑の華字紙、台湾と香港のマスコミも大々的報道をしているのも、受賞者のなかのカオ博士が英国籍の中国人だからだ。本名は高昆。
高博士は1933年上海生まれ、76歳。49年に香港へのがれ、1954年にロンドン大学電気工学部へ留学し、光ファイバーの研究に没頭した。世界的に有名な物理学者として知れわたり、香港返還直前、中文大学に招かれて香港で教鞭を執った。その後、中国社会科学院の外国籍メンバーにも加えられた。
やはりフランス籍中国人の高健行がノーベル文学賞を貰ったときも大騒ぎをしたし、アメリカ籍だった台湾人の李遠哲がノーベル化学賞を貰ったときも大騒ぎをしたが、それぞれが共産党を批判したため、その後、中国大陸では彼らの礼賛は止んだ。
日本のマスコミ諸兄! ロンドンのカオ博士に直撃インタビューに出かけて中国批判をやらせては如何?
(注 高昆の「昆」は金偏)
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通巻第2733号
http://b.hatena.ne.jp/entry/anond.hatelabo.jp/20090222224732
の方も書かれているように、日本の生命科学の学生やポスドクがおかれた環境は悲惨な状況にある。
この分野では、ピペット土方とよばれる単純作業を繰り返すことが必要不可欠であり、教授は学生を労働力確保の手段として、修士や博士に進ませることが一般的なのだ。
その過程では、
もちろん研究職である大学教授にとってはそれは本音である場合も多いのだろう。しかし、実際にはテクニシャンを確保し金を落としながら作業を行ってくれるピペド確保の点は否めない。
「お前は博士に来るな」
と言う事は珍しくないという。それは物理などであれば数学力などの学力がない学生は何の役にも立たず、研究活動において足手まといになる可能性があり、また学生の将来のためにもならないからである。
だが、生物学科では奴隷確保のために博士進学を勧めているとしか思えないことが多々ある。研究能力がどれだけあるかも分からない学歴ロンダ生を積極的に入学させたり、生物に見切りをつけ文系就職を狙い就職活動をすると煙たがり、嫌味を言う教員も珍しくないのである。
その結果、職にあぶれポスドクが量産され、さらにはポスドクにさえなれないものも出てくる。
このような実態は、バイオポスドクの特集として産経新聞で記事にもなったので読んでいただきたい。
http://power2ch.blog85.fc2.com/blog-entry-537.html
以下のデータを見ていただきたい。
http://job.mynavi.jp/conts/saponet/release/needs/rikou/2008/03.html
これは、毎日ナビが企業にアンケートをとり、理系の専攻ごとの求人のニーズを表したものである。
求人数で見ると一位の電気・電子系の1/10程度の求人しかなく、少ない枠を奪い合っていることが分かっていただけるだろう。
生物系学生が主に目指す企業といえば、製薬会社の研究職と食品会社の研究職である。しかし、こちらがどちらも難関なのである。
まず、製薬会社の研究職については薬学部の出身者が主体である。それは製薬企業という点を考えれば同然であろう。しかし、薬学部出身者にとっても製薬研究への内定は容易ではなく、MRになる者が多々いるのが実態である。現在薬品は、生物による手法は一般的ではなく現在でも化学の有機合成によって作られている。そのため、化学出身者、薬学出身者以外の採用はなかなか難しいのが実態である。
農芸化学を専攻していれば若干優位ではあるが、数人の採用枠に農学部や化学やバイオなどが殺到する。そのため、こちらも非常に難関になっているのが現実である。
これらのプロセス職はというと、やはりそこは機械工学や電気工学の主役である。バイオの出番は無い。
もちろん一部には製薬につける人もいるのであるが、旧帝大クラスでも学科で数人というのも珍しくない。
その結果、独立系のSEなどに流れる学生がたくさんいる。こちらの世界も情報系が主体なのだ。
生命現象は地球上にある現象でもっとも難解な現象であると思うが、その教育がもっとも程度の低い生物学者が調べ、教育も行っているという実態である。
たとえば、光合成であればエネルギーの変換が絡む以上、厳密に考えればそこでは量子力学が必要なはずである。また、生体内の化学反応を考える上では有機化学や量子化学、熱化学なども必要になってくるだろう。
しかし現在の生物学科では、CELLに書かれた知識を天下り的に暗記させており、そこにはどのような物理的、化学的裏づけがあるのか教えない教育が行われている。
酷い大学においては、講義が教授の研究内容の紹介であったりする。
私は日本の高等教育の最大の問題点は副専攻制度がなく、ダブルメジャーを取るような人間がいないことだと思う。知識の幅が限られるから新しい発想が出ず重要なことを見逃す可能性があるし、弟子は師匠を超えず、劣化コピーだけが生産される。
それでも工学は良い。知識の幅は広いほうが良いが単一分野の知識の学生でも即戦力として企業が欲しがる。
また、物理学もよい。難解な数学や量子力学や古典力学、熱力学、電磁気学は現代の科学技術の基礎で、会社に入ってから工学の知識を上乗せするやつはたくさんいる。原理を知っている彼らは、10年選手になると工学部出身の奴を追い抜いたりする。
生物出身者にはプライドだけはあっても、このどちらも無いのだ。
物理的手法を駆使し、生物を研究する生物物理やコンピューターを生物の解析に生かす、バイオインフォマティクスなどの研究分野がある。
しかし、生物物理を研究している研究者は多くの場合は物理学出身である。また、バイオインフォマティクスも物理学者や情報工学出身の人が非常に多い。
考えてみれば当然だ。多くの場合生物学科は生物または化学で受検できる。高校時代から物理を選択していない生物の学生がいくら年を取ろうとも物理的手法など理解できるはずが無いのである。
最近では、バイオを生かした技術開発も進んである。2005年にNHKで「サイボーク技術が人類を変える」という番組が放送された。
http://www.nhk.or.jp/special/libraly/05/l0011/l1105.html
これは神経科学を神経工学として応用し、神経とLSIと接続するもので失明した人に対しイメージセンサー回路を利用し人工視覚を作ったり、腕の神経とつなぐことで機械的な義手を作ろうという試みである。
http://panasonic.co.jp/ism/koremo/02_ferritin/index.html
この研究ではのフェリチンを半導体のプロセスに利用しようというものだ。
http://www.sony.co.jp/SonyInfo/News/Press/200708/07-074/index.html
論文を調べていただければ分かるであろうが、これらの研究は工学や物理学出身の人によって進められているのである。
私自身は、生命科学の院進学をやめ大学院大学の半導体の研究室に進学した。
その中で量子化学、バンド理論、半導体、有機化学や熱化学などを勉強した。量子力学と光合成の関係を知ったときは目から鱗が落ちた思いだった。
結局、天下り的に知識のみ教える現在の生物学科の教育はダメだ。
原理を知るためには物理と数学が必要であるし、応用するには工学の知識が必要なのだ。
学生が金を払うのは労働力になるためではなく自分自身への投資のためであるべきだろう。
声を大にしていいたい。
中国からの刺客に無防備、米国はなぜ安全方面を考慮しなかったか
政治は風向きが変わると、その渦中にいた人間は、その運命が右から左へ、上から下へと突如翻弄されることになる。
台湾が国民党独裁の時代、中国大陸から逃げてきた亡命者を「投奔自由」と比喩し、国民党系のメディアは英雄扱いした。
私は中国からの亡命者のなかでもミグ・パイロット、京劇俳優、作家、医者(周恩来の主治医もいた)、物理学者(中国の核物理学者もいた)、通訳など八十数人にインタビューし、『中国の悲劇』という本にまとめたことがある。
ただし国民党の宣伝となってはいけないので米国へ逃げた人々も追いかけ、拙著の最後の場面は、台湾人作家で北京へ逆に亡命し、はては米国へ再亡命した奇異の存在、陳若儀をサンフランシスコに訪ねて「それでも中国に希望ありき」という談話で掉尾を飾った。
80年代前半まで、台湾には「同胞救済協会」のような支援組織もあり、亡命者が台湾にあらわれる度に、大きな記者会見を開催し、ミグ・パイロットには黄金数キロという懸賞もつけて賛美した。
第一に中国からの亡命者は台湾ではなく、欧米を目指し始めたこと。
第二に台湾は自由化を驀進しはじめ、とくに亡命者を賛美する風潮が掻き消えたこと。
どこかの国の状況と似ている。ベトナム戦争の英雄は、米国に帰ると邪魔者扱いされたように。
既報のようにグアンタナモ基地に八年間、「タリバン」の容疑者として拘束されていたウィグル人兵士13名は、パラオ諸島に移送される。
最初は17名と言われたが、すでにそのうち四名はバミューダで暮らし始めたことが分かった。
ウォールストリートジャーナル(09年6月23日)は、「はたしてこれらのウィグル人らはパラオ諸島で身の安全が保障されているのか」とする疑問を報道した。
まともな軍隊も警察もないパラオは人口わずか二万。二百数十の島嶼国家。台湾と外交関係があるため社会のインフラ建設と整備には台湾がおおきく貢献してきた。
その台湾が中国と接近している政治境遇の大変化も手伝い、中国の代理人や刺客の侵入はわけもないこととなる。
「南洋ののんびりした島で休養がとれることは彼らのメンタル回復に役に立つはず。なにがしか働き、貯金し、かれらの人生の夢は最後にメッカ巡礼なのだから」と。
パラオ諸島が、かれらタリバン兵士被疑者を受け入れたのは、米軍の二億ドルの援助であり、人道的理由は二の次だろう。
もしヒューマニズムが最大の動機というのなら三年前の米国の打診開始の時点で受け入れる筈だから。
▲両天秤外交も挫折の時代へ
さて中央アジアのイスラム国家、キルギス政府は「米軍の継続駐留を認める」と百八十度逆転の決定を『平然と』行った。
驚き桃の木山椒の木。
簡単に経過を振り返ると、アフガニスタン空爆の拠点としてキルギスのマナス空港を米軍の集荷流通センターのごとき兵站拠点としてきた。
昨年からキルギスでは「米軍は出て行け」という運動が(ロシアに支援されて)組織化され、ことし二月、キルギス議会は米軍の撤退を正式に決議した。
米軍は2010年8月をメドに撤兵する予定となった。背後にはプーチン政権の援助(水力発電プロジェクトなど20億ドル)があった。
この直後、或る米軍高官に聞いたことがある。すると、かれはにやりと嗤って「いずれ逆転がある」と意味深長に言った。『米軍の出費拡大がキィですよ』と。
両天秤外交は嘗てマレーシアなど新興アジア諸国でも顕著だった。当時は米国とソ連に援助合戦を競わせた。
▲政治とは不条理で成り立つ
キルギスは米ロに援助を競わせ、まんまと両国から援助拡大の約束を取り付け、米軍には空港使用料の値上げを認めさせた。
そこには倫理が介在する余地がない。私は嘗て高坂正堯氏が言ったことを鮮明に思いだした。
「宮崎くん、そうはいうてもやな。外交に道徳をいれたらややこしくなるで」。昭和四十三年春、セミナーが終わって大阪中之島から北新地の二次会場へ向かう電車のなかだった。私は外交と道徳について質問したのだった。
冒頭パラオのことに戻る。
南太平洋に存在する島嶼国家十二のうち、六カ国が中国に寝返り、六カ国が台湾との外交関係を続けている。
いずれも激しく両天秤外交で成果を味わい、とくにキルバスなどは、二転三転。援助の多寡で自由自在に外交関係を切ったり繋いだり。同様のことは中南米諸国とアフリカで顕著である。
変化の予兆は中台の「雪解け」「一中市場」「国共合作」からである。
政治的潮流の大変化とともに、中国も台湾も、援助合戦の無意味さを認識し始めた。
もとより札束により外交関係を維持するという外交戦術を選んだのは台湾国民党時代であり、その台湾が国民党の政権復活により、みずから始めた援助外交を終息させる。
不条理!
いや、政治とは不条理そのものではないか。
前々から「Aを批判するならBも批判すべきだ」という類の言説に対しては不快感があったのだけど、理由がわかった。「Aを批判するならBも批判すべきだ」という言葉は暗に「Aを批判するならBも批判すべきだ。それなのにBを批判しないのはおかしい。だからAを批判する人は信用ならない」という主張も含んでいるのだ。http://hatimaki.blog110.fc2.com/blog-entry-1117.htmlのエロゲ規制批判の画像を見てわかった。「Aを批判するならBも批判すべきだ」というのは一種の人格批判なのだ。だから不快感があったのか。納得。
しかしなんで「Aを批判するならBも批判すべきだ」みたいな低レベルな主張をするんだろう?「Aを批判するならBも批判すべきだ」みたいな主張は基本的に理想論だし、関連する分野を増やしていけば際限なく主張ができるからはっきり言って頭の悪い人がする主張だ。人間のリソースには限りがあるから、全ての面をカバーできるわけがない。「Aを批判するならBも批判すべきだ」というのは「物理には数学が必要だから、物理学者は数学を極めるべきだ」という主張と変わりない。「物理には数学が必要だから、物理学者は数学を極めるべきだ」という主張にはほとんどの人が理想論と考え、物理学者が数学を極めていないことを許容するだろう。理想論を根拠に批判しにくい。また「Aを批判するならBも批判すべきだ」という主張は際限なく主張できる。関連する分野の判断は「Aを批判するならBも批判すべきだ」と主張する側がする。そのため例えばエロゲ規制なら「性的暴行を問題にするなら家庭内の性的暴行や戦時下での性的暴行も批判しなければならない」という風に関連する分野を拡大させることで延々と主張できる。端的に言って卑怯な主張なのだ。だからまともな頭がある人ならこんな主張はしないだろう。それなのになぜ「Aを批判するならBも批判すべきだ」のような無理筋で卑怯な主張がなされるのだろうか?理解に苦しむ。
「可能性をぎりぎりにおしすすめて行く
ことこそが、私の存在理由を決定する。」
現状を維持しているだけじゃ成長もないし、つまらない。
「ひとは軽蔑されたと感じたとき最もよく怒る。
だから自信のある者はあまり怒らない。」
確かに私はそういう理由で怒ることが多いかも・・・
何に反発しているのかよくわからないけれど、
失恋して怒ったのも、相手が惜しくてじゃなくて、軽蔑されたと感じたのかもしれないね。
「人間には上・中・下の三種類がある。
上というのは、他人の良い分別を学んで、
自分の分別とすることである。
中というのは、他人から意見をされて、
その意見を自分の判断に変える人物である。
下というのは、他人から良いことを言われても、
ただ笑って聞き流す人間をいう。」
素直に、柔軟に生きていきたい。
「男は、そのすべてを捧げることを女に求める。
女がその通り生涯をかけて尽くすと、
男はその重みに苦しむ。」
あはは。まったくもってその通りw
・・・・orz (今度からは出し惜しもう)
男女は逆でも通じるけどねー!
「女の涙は、必ずしも今、口にしている事を
理由として流れているのではない。」
これもおもしろいな。女性って言っていることと思ってることも違うよね。
「やってみせ、言ってきかせて、させてみて、
ほめてやらねば人は動かじ。」
人をモチベートするのは、とても大変!
そういう仕事をしてみたいけどなぁ・・・
「傷つきやすい人間ほど、複雑な鎖帷子を身に
つけるものだ。そして往々この鎖帷子が、自分の
肌を傷つけてしまう。」
いつまでも傷ついてられないから、もう殻を脱ぎ捨てなければ。
1つは何も奇蹟なんてないと思って生きること。
もう1つは、すべてが奇蹟だと思って生きることだ。」
中途半端だから苦しいのかもしれないですね。
「知っていると思い込んでいる人が利口なのではなく、
自分が知らないということを自覚した人が賢いのである。」
『無知の知』、ですね。
できるできる!
やれるやれる!
(松岡修造ノリもちょっときついなぁ・・・)