「無宗教」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 無宗教とは

2011-04-23

葬儀ってなんのためにするの?

ここ5年ほどで、10人くらい知人をなくしている。

たぶん無宗教なのかだからと思うんだけど、葬式というのが理解出来ない。

結婚式はわかる。

これからの旅立ちを祝うのは意味があるような気がする。

葬儀というのは、だってもう生きてはいないじゃん。

死人のためにそんなに仰々しくいろんなことをしたってさ、なんて思う。

遺族のためなのかなと理解してる。

故人のために人が集まってくれる人が少ないよりは多いほうが嬉しいのではないのだろうかと。

はいえ、参列者が多いことにより、単に負担が増えるだけなんじゃなかろうかとも思う。

通夜葬儀告別式とバタバタ大忙しだし。

口にださないだけで密かにみんなそう思ってたりするんじゃないかな。

葬儀は身内だけでひっそり、後で「~を偲ぶ会」みたいな集まりを開いたりするのが増えてる気がするし。

戒名の値段とか祭壇の値段とかもあんまり理解出来ないんだけど、キリスト教徒イスラム教徒寄付喜捨やらチップやらでこまめに身銭をばら蒔いてるのを、日本人結婚式葬式で一括払いしてると思えばそんなもんかなと思う。

金は天下の回り物。

から宗教法人にも課税しろよとは思うんだが

2011-02-07

創価学会」を叩かれると非常に哀しい気持ちになる

物心ついた時から「勤行」「御本尊様」「座談会(俺の地域では学会員10人程度集まって、信心して良かった事を言い合ったり、お菓子を食べて世間話をしていた)」「勝利(「目標の達成」の意味しい)」というような言葉が溢れていた。
 北海道新聞に加えて聖教新聞公明新聞もとっていたし、それが普通だと思っていた。
 母親学会員、父親は無宗教。俺は「創価2世」だった。

小学校ぐらいで創価学会というものを理解し、宗教団体であること、池田先生がトップであること、戸田先生、牧口先生という人物がいたことも理解した
 俺は純粋だったので……というか「こういう環境」で育ったせいもあるが、創価学会というものに何の疑いも持たなかった。
 周囲の婦人部(おばさんの学会員を総じてこう呼ぶ)の人達青年部青年男女の学会員を総じてこう呼ぶ)のお兄さんたちはとっても親切で優しくて、母親にくっついて座談会に来ている俺を可愛がってくれた。
 ある時、俺が「俺は学会に入らなきゃだめなの?」と座談会で発言したことがあった。
 みんなは「それは〇〇ちゃんが決める事だよ、お母さんが学会員からって無理して入らなくてもいい」と言い、また、
 「入っても入らなくても、みんな〇〇ちゃんの事が大好きだよ」とも言った。
 俺は創価学会の人が大好きだった。

中学の頃、ネット創価学会の悪い噂を知った。それは多分、噂じゃなくて真実で、実際創価学会は悪い。
 被害者の書き込みを目にする度に、申し訳ない気分になったし、創価学会の親を持った事、創価学会の知り合いがいる事が恥ずかしくなった。
 思春期だったことも手伝って、座談会にも行かなくなったし、仏壇の前で手を合わせることも無くなった。もともと創価学会に入信してはいなかったので、フェードアウトは簡単だった。
 近所で学会員の知り合いにあっても無視をしたし、母親創価学会ダメだ、ネットにこう書いてあった、と力説し、「もう創価学会には関わりたくない」と告げた。母親は、〇〇が決めたことなら、とだけ言った。

今俺はフリーターをしている。専門を出た後会社に勤めたが、劣悪な労働環境精神を病んで退職した
 バイト先と実家の往復で、だらだらと日々を浪費していると死にたくなる。妹は東京に行き、それなりの大学勉強している。引け目はあるし、定職に就きたくないわけではない。ちょっと人生を休んでいるだけだ(と思いたい)。
 最近外に出て散歩をする事が多い。近所を歩くと馴染みの婦人部の人に会うことがある。
 「今日はお休みなの?」とか「仕事はどうしたの?」とか、そんなことは訊いてこない。世間話をするだけだ。それと、昔の話。

俺は今まで、ただの一度も、創価学会の勧誘を受けたことはない。嫌がらせも受けたことはないし学会員の息子だからかも知れないが)、周囲の学会員はいい人ばかりだ。
 青年部のお兄さんは飲みに連れて行ってくれて、病気の俺を「大丈夫だ、なんとかなる」と励ましてくれる。婦人部のおばさんは会うたびに手作りお菓子をくれたりする。
 「学会員じゃないのに」と俺が言うと、みんな「学会員じゃなくても〇〇くんが大切なんだよ」と言う。

創価学会」ってなんだ? 一部の学会員が迷惑な事をして、創価学会は叩かれる。
 俺は創価学会が嫌いだ。調べれば調べるほど最悪だし、正直自分がそんな目にあったらと思うとぞっとする。だけど、少なくとも俺の周りの創価学会員はそんな事をする人たちじゃない。
 気を配りあって、助けあって生きているし、彼らはそれを信じている。俺が環境に恵まれていたのかも知れない。もしくは、俺が洗脳されているのかも。
 創価学会を一纏めにして叩かれると哀しい気持ちになる。仕方ない事なのだと思うし彼らは実際迷惑なんだと思う。
 だけど俺は、小さい頃頭を撫でて遊んでくれたおばさんに、たとえネット越しでも「草加市ね」とは言えない。

別に、おいお前ら、創価学会員にはいい人もいるんだから叩くのはやめようぜ、とか言いたいわけでもないんだけど。うーん。なんだかなー。モヤモヤ

2010-08-26

http://anond.hatelabo.jp/20100826020539

かつての古き佳き日本神の国だった

臣民は天皇陛下の赤子として精神の安寧を得られた


それを無神論者サヨクがぶち壊したんだわ

無宗教で頼れる物がないからカルト宗教代替医療に走る


日本が救われる道は神道再生王政復古

2010-07-29

文化言葉に出来なければ異文化交流は出来ない

このエントリこのまとめブログに触発されてダラダラ書いてみる。

既に至る所で言われている事だが、日本人は自国を言葉で説明できない。

例えば「帰属している宗教は何だ?」と言われて何も考えずに「無宗教です」と答えて外国の人々から怪訝な表情をされる例は枚挙に暇がありません。

宗教はその人間の思考形式や価値観や、その人間が母国としている国の文化を基礎づけています。

キリスト教徒だから、こういう行動をする傾向があり、こういう話題をタブー視するんだな、と宗教を通じて外国人は異文化に属する人々とコミュニケーションを取ります。

無宗教と言われたら、その人間の何を信用していいのかわかりません。不審な動きをしたらすぐに射殺しないといけないかもしれない。



神道仏教日本文化に多分に影響している主要宗教ですが、日本に属さない人々と接した事が少ないせいか、

日本人は自らが何故このように考えて、このように行動することを望ましく思うのかを意識することがありません。

なぜ食事を終えたらご馳走様と言うのか。なぜ年長者を敬うのか。なぜ議論を嫌がるのか。

なぜお盆というものがあるのか。なぜ死者の死体墓地から掘り起こして晒し者にしてはいけないのか。



外国人は勿論わからない。日本人暗黙の了解としている事項が全くわからない人間にどうやって説明しますか?



このように日本社会言葉で説明しなくても理解して貰えるという甘えによってコミュニケーションを省力化しています。

だから、まったく異なる価値観を持った環境にいた人間が理解できず、コミュニケーションを取ることも覚束ない。

外交戦略を描けないのは諸外国価値観と自国の価値観の間にあるズレを理解できないために、相手の意図と思考が理解出来ないため。



このような日本になってしまったのは、個人的には歴史的にやむを得ないと考えていて

日本シルクロードの東端に位置する地理条件から、西(欧州中東中国インド朝鮮等)の文化が頼まなくても勝手日本に流入する環境下に置かれ、

かつ文化を伝播させる先が存在せず他者に文化を伝える必要がなかったため、

マニアック文化を掘り下げる事は出来ても文化を他者に言葉で説明する技能が身につかなかったからと私は考えています。



神仏が習合した多神教宗教意識によってあらゆる一神教文化と衝突せず、

平仮名片仮名漢字という複数の文字体系を持った日本語の持つ異文化摂取能力の突出した高さに助けられて

神道仏教に限らずゾロアスター教や他宗教の影響も日本文化に残りました。例えるならあらゆる具材を投入して長時間煮込んだシチューのようになっています。

具材が原型を留めないほどに煮込まれているため、日本人自身が過去にどんな具材を投入してシチューを作ったのか説明できません。



文化コミュニケーションとは、どんな具材を入れて日本文化というシチューが出来ているのかを説明することです。

世界で最も複雑で面倒な作業になりそうですが、それが出来ないうちは今後も外国人とのコミュニケーション齟齬を生じ続け、

もちろん移民政策も国内不安を増幅する結果に終わるでしょう。



このコミュニケーション不全は国家間のコミュニケーションに限らない。日本社会内でも暗い影を落としています。

例えば、学校を出て新卒就職しなかった人間企業内部にいる人は理解できません。



個人的な経験を語るなら、増田は「28歳ならこれくらいの仕事が出来ないといけないのに」と言われた事があります。

当時、就職が無かったので大学卒業後に資格試験受験生になった増田は、法科大学院への制度変更を機に資格試験を断念して

27歳なのに実務未経験という状態で就職活動を始めました。なぜこのような人間存在するのか、と複数の企業の人事担当者から好奇の目で見られたのを覚えています。

冷静に考えればそんな人間はどこにでも居て、発生し得るのですが、日本社会言葉で説明しなくても理解して貰えるという甘えがあるので、

20代後半で仕事に関する細かいことを説明しないと理解してもらえない人間企業に居てほしくないのです。



また、結婚をしないで仕事に生きる女性日本社会は理解できません(これは既卒に対する扱いよりマシになりましたが)。

デリカシーの無い人は女性に向かって「彼氏はいるのか」「この年齢で独身なんて将来どうするつもりなのか」と言います。

家事ができない女性は未だに望ましくない存在として見られます。喫煙する女性も同様です。

ここでも日本社会言葉で説明しなくても理解して貰えるという甘えがあるので、不遇な扱いを受けた女性クレームをつけても言葉で説明することができません。



なぜ老人は若者を理解出来ないのか、なぜ日本企業株式公開しているくせに外国機関投資家が株を買うのを嫌がるのか、などまだまだ例はありますが、

日本社会価値観を異にする他者を存在しないものとして扱う事で成立している事がわかります。異文化コミュニケーションなど不可能と言わざるを得ません。

外国から相手にされる国になりたければ、現在国内問題雇用問題、世代間格差出生率低下など)に対処したければ、

自らを知って語れる存在になるべきです。そうすれば自らの問題を直視できるし、他者の思考が理解できるようになるでしょう。



空気を読め」は、その言葉を発した人間・その言葉を重用する組織コミュニケーション能力が低レベルである事を証明する言葉であると考える事から始めるべきです。

2010-07-24

「正負の法則」という麻薬

不幸なことが続けばそのぶん幸せなことが待っている。だから、ここは我慢して頑張れ。

幸せなことが続けばそのぶん不幸なことが待っている。だから、気を抜くな。

だいぶ長いこと世話になってしまったが、最近ジャマになってきた。

要はこの考え方、頭を使って生きることを放棄しているんだ。

無宗教日本に生まれながら、こんな因果律ガン無視の公理を信じてきてしまった。

んなことあるわけねーだろバカ。

すべての行動の原因と結果は、つめたく、ただしく、つながってるんだ。

2010-07-16

http://anond.hatelabo.jp/20100716080226

スウェーデンは基本プロテスタントだし、ヨーロッパ主要国じゃ最も無宗教の人の比率が高い、宗教メンタリティでは比較日本に近い(宗教が行動に及ぼす影響が少ないという意味で)国なのに効果でてるんだから、日本でも効果がある可能性は高いと思うぜ?

2010-07-11

地元で生きて行くと決めたつもりだった…

地方在住34歳

 

地元高校卒業後、地元専門学校

就職活動らしい就職活動はしないままに、担当教員のすすめで地元中小企業に入社

(あとで知ったが、教員会社の人事が創価つながりだったらしい)

自分は全くの無宗教だが、そういや初めての彼女創価だったなぁ

正社員サビ残(月60~70時間)、ボーナス6年で3回(各10万程度)

年休消化すると怒られる、初任給手取り16万、退職手取り18万

若かったこともありガムシャラに働きほどほどに遊んだが、

東京大阪の友人に会いに行くたび、その生活を見ては羨ましく思った

同時にほとんど就職活動せず流されるままにここまできた自分を悔やんだ

都会生活は地方でしか生活をしたことがない自分にとって眩しすぎた

 

6年後、某大手企業の孫会社転職

面接では何年か都会(東京or大阪)勤務をしてもらうかもしれないとのこと

3年で正社員になれるとの話だった

『なんでもやるし、どこの勤務でもかまいません!!』と言ったが

結局、仕事派遣社員として親会社の支社(地元)へ派遣され、親会社正社員と同じ業務をした

契約社員(1年更新)、残業(月0~20時間)、ボーナス年2回(30万程度)

年休消化しないと怒られる、手取り19~21万、昇給なし、転勤なし

親会社社員はほぼ50代で、釣りゴルフの話かギャンブルの話にあけくれ

たまに電話を取ったかと思えば、めんどくさいのを理由に仕事を断ったりするので

ほとんどの仕事は少数の若い社員自分派遣社員で回していた

それでも以前の会社に比べたら、冗談かと思うほどに仕事は楽だった

 

3年後、グループ各社の統合やら分社やらで勤務していた会社そのものがなくなり

新しくできた会社(これも孫会社)の契約社員となる

新しい会社になったので当然正社員化の話はお流れ

ただ待遇面や業務内容は全く変わらず、変わったのは社名だけ

新しい会社は役員・管理職グループ親会社からの天下り)以外全員が契約社員だった

この会社再編のタイミングで優秀な先輩(同じく契約社員、親が親会社OB)が会社に愛想を尽かし辞めて地元を去った

現在東南アジア日本を行き来する日々だそうだ

それまでも優秀な同僚の離職はあったが、先輩には可愛がってもらったし、

上司親会社正社員にも、立場を気にせず物言う人だっただけににショックだった

自分もまた転職に本気で悩んだ時期だった

結局、自分会社に残った

会社は早期に契約社員正社員化を実施するなどと言っていたが、

自分よりずっと先からいる先輩の話では、数年で社名が変わるのは毎度のことらしい

 

期待していなかったが、1年後、優秀で在籍年数の長い数名が正社員になった

自分契約社員のままだったが、契約更新時に給料が1万円上がった

 

1年後、結婚

妻の実家神奈川東京で働いていた

ひょんなことから知り合い、2年の遠距離の末の決断だった

この時、地元東京かの決断を迫られたのだが

長びく不況の真っ只中で、転職も非常に厳しい状況

結局、妻には悪いがこちらに来てもらった

妻の仕事は少々特殊ではあるものの、アルバイトではあるが働き口が見つかったのでそれで我慢してもらった

結婚後しばらくは、東京に比べ圧倒的に娯楽が少ないこちらの生活に不満を募らせていたが

今では『週末にイオンに行くだけでも最高に嬉しい』と言い、ここの生活では必須の免許も取り地方生活に順応してくれている

 

この年、同窓会で久しぶりに大勢で集まった

ベンチャー企業して頑張っているヤツ(最近社長になったらしい)

転職して某超巨大ソフトメーカーで働いているヤツ

ガンダム大好きで、とうとうガンダム会社に入ったヤツ

結婚式には来てくれていたのだが、その時はあまり話せなかったので互いの近況を報告しあった

どれもこれも眩すぎる内容だった

ただ1つ、自分だけが結婚しているということが、くだらない自尊心を支えてくれた

 

2年後、長男が生まれた

元々こどもは好きなのだが、我が子は文句なしにかわいい

親バカだが、自分と妻のいいところを継いでくれていると思う

 

次の年(今年)、正社員になった

自分より両親、妻、妻の両親が喜んでくれた

福利厚生が若干良くなったが、それ以外はほとんど変化しなかった

業務も孫会社正社員ではあるが、職場親会社)では派遣社員いであ

会社の説明を聞く限りでは、給料はおそらく10年近く現状維持(手取り20~22万)だろう

それ以降も業績に応じて年¥5000程度のアップ(しない場合も当然ある)で、手取り27万程度で上限となる

※今までの昇給ペースを考えると、実際上限まで行くことはまずありえないだろう

 

そして家を建てることにした

こどもができアパートが手狭になってきたことや、その他諸々の条件から今年がベストと判断したからだ

同時に地元で今の会社で最後までやろうと決めた

給料は安いが生活に困るほどではないし、仕事はほぼ定時に終わる

地元家族とのんびり暮らすのも悪くないと思った

正直1度は都会へ出てみたかったし、自分の可能性を自ら放棄してしまうようで悩んだのだが

いままで現状に甘んじてきた自分が、これからリスクを犯してまで人生を変えていけるとは思えなかった

おもえば結婚の時、地元に残ると決めた時点ですでにあきらめていたのだろう

いや、もっと前から薄々は気が付いていた、ただ認めたくはなかった

このままずっと抑揚のない人生なんて

 

先日、これからの生活設計(主に資金)を決める上で退職金がどの程度になるが会社に聞いてみた

現状の賃金では、在勤年数26年(正社員期間、60歳定年)の試算で320万

多くはないとは思っていたが、予想をかなり下回る金額だった

実は正社員化のタイミングで一度退職金は出ているので、勤続7年で70万を合算すると33年で390万

いづれにせよ親会社正社員退職金(2000万以上・勤続37年)には遠く及ばない

※ちなみに親会社正社員40歳時の月給は非管理職手取り約40万

相談にのってもらっているFPの方も(親会社バリューに反し)予想以上に少ないので驚いていた


地元でのんびり暮らしていけたらそれでいいじゃないか!

格差社会なんて結局、金をものさしにして比べてるだけじゃないか!

贅沢はほどほどでも家族仲良くやっていけたら十分幸せじゃないか!

いや、消費するだけが贅沢じゃない!

仕事はいつも定時で終わり、自分の家に帰りこどもと遊ぶ

週末は家族と庭でBBQ・・・十分贅沢じゃないか!

お金以外のものさしで生きていこう!!

自分に言い聞かせた

 

 

昨日、東京で事業を起こし頑張っている友人(かなり成功している、先のベンチャーの友人とは別人)から電話があった

本業は磐石だし、新しい分野に挑戦するので一緒にやらないかとのこと

家の方は間取り仕様も決まってんだよ!

地元工務店契約もすんで、頭金ももう払い終わったじゃんよ!

来週は地鎮祭なんだよ!!

すげぇ面白そうじゃんかよ!!

よりによってなんでこのタイミングなんだよ!!バカ!!!

2010-03-29

スイーツ社畜無宗教

今日の話。新宿就活面接を終えた僕は、お昼ご飯を食べるためにセンタービルにあるカレー屋に入った。そのお店にはたまに行くのだけど、ランチタイムナンを何枚食べても許されるというシステムになっていて、手頃な値段で満足できる良いお店なのだ。入り口にあるレジで890円のセットを注文して席に案内されると、特にやる事もないので面接の出来についてボーッと考えることになった。後ろ方の席からいわゆるスイーツな会話が聞こえてきたのは、ちょうどカレーセットが運ばれてきた時だ。内容についての細かいことはあんまり覚えていないしここでは書かないけれど、「シアワセ」について20代か30代ぐらいの女性2人が語り合っていた。僕は、その種の女性特有のイントネーションで行われる何とも言えない会話を聞きながら、「薄っぺらい幸せだよなぁ」と無意識に考えたと思う。「スイーツ」という言葉には(笑)が必ず付いてくるものだけど、それはきっとそういった薄っぺらさに由来するもので、多くの人がなんとなく共感しているのだと思う。まったく傲慢な話ではあるのだけれど、僕は半ば無意識に、彼女たちをそんな薄っぺらい人間だと思ってしまったわけだ。

ところで、僕は海外ニートの人の話にとても共感を覚えるタイプ人間だ。つまり、仕事なんて生きるために適当にやればいいんじゃないか、と思っている。本音を言えば、働かなくて済むのなら1mmたりとも働きたくないぐらいなのだけど、とりあえず現実的な妥協案として、生活に困らないぐらいのお金自分で稼ごうかなと考えている。そんな僕にとって就活苦痛連続で、なにが辛いかと言えば、就活をしていると本当にひしひしと感じるんだけど、みんな驚くぐらい仕事が大好きなのだ。説明会では「やりがいがあるからこれぐらいの残業なんて気にならない」とかいう社員を500人は見てきたし(しかも「これぐらい」が100時間を平気で超えるんだよ)、「そういう経験自分の成長につながる」とかもよく聞く台詞だ。それが彼らの本心なのかどうかは僕には分からないけれど、少なくとも表面上は、みんな仕事が大好きで、しかも仕事を通してなにか人間的な高みに登っていくという事になっているようだ。まったく反吐が出る話だと思う。

そんな僕がスイーツな会話を聞きながら、彼女たちの事を「薄っぺらい」とか「くだらない」とか思ったのだ。言い換えれば、僕は女たちの価値観それ自体をくだらないものだと考えたんだと思う。僕がひどく傲慢な人間だと言うことはこの際認めるけれど、そのとき僕がむしろ驚いたのは、自分の中で重要ロジック破綻していることだった。だって、僕は仕事が大嫌いで余暇とか趣味とかを楽しむ人生を送りたいと考えていたはずなのに、実際に生活の端々で楽しみをみつけてシアワセを感じている彼女達の事を薄っぺらいと思ってしまったのだから。僕は彼女達のようになりたいと考えていたはずなのに、なんで彼女たちを見下しているんだろう。

この矛盾に気がついたとき、僕はなにか悟ったような気がした。どうやら僕も労道を信奉する人間の一人だったらしいと。つまり、僕の人生価値観、あるいは評価軸の中で「仕事で認められる」という項目は重要な役割を果たしていて、僕が彼女達をくだらないと考えたのは、彼女たちのシアワセの基準がそういった仕事に関係したものから著しく乖離していたからだったのだ。そして、これは本当に面白い話だと思うんだけれど、「仕事なんて糞だ」というのも偽らざる本音なのに、それと同時に「一人前の人間として認められるには仕事で成功を収める必要がある」とも考えているのだ。この2つの考えはどうやら両立するらしい。内心仕事なんて糞だと思いながら、仕事を二の次にしている(ように思われる)彼女たちを馬鹿にしたのは、そういう理由からなんだと思う。海外ニートの人の記事に隠れキリシタンの話があったけど、実は多いらしい反社畜の人が隠れたままなのも、もしかしたら同じ理由からなのかもしれない。みんな「仕事なんて出来ればしたくないけど、一人前として認めてもらうには仕事を頑張って成長しないと」って考えているのではないだろうか。ほんとに、修行みたいな話だ。スイーツには必ず(笑)が付くのも、説明会の社員はみんな仕事生き甲斐なのも、きっとそういう事なんだと思う。

ところで、ここで僕はもう1つ考えたのだけど、僕はいったい誰に一人前と認めてもらうのだろうか。家族? 友人? 社会? たぶん全部だろう。ただ、これってもしかすると世界的には珍しいのかもしれない。日本人にとっての評価というのはどこまで行っても人間にされるものだと思う。それに対して、もしかすると西洋では(西洋っていうのも曖昧な話だけど)、より重要な要素して神が入ってくるのではないだろうか。僕は宗教にも国外文化にも全然詳しくないので本当になんの根拠もなく適当なことを言っているのだけど、彼らは人生の意義を神に認定してもらっているように思える。それに対して僕たちは人生の意義を周りの人間にしか認定してもらえない。もちろん、「人生の意義を他人に委ねるな」という意見もあるかもしれないけど、そう簡単に割り切れるものでもないと思う。そして、自分人生の意義を高めること、つまりより多くの人間に認めてもらうという事を考えた場合、どしても社会に向かう必要が出てくる。家族を大事にしても、認めてくれるのはごく親しい周りの人だけだろう。僕たちは仕事にやり甲斐を見いだし、社会に対して何らかの影響を与えることによって、人生の意義を多くの人から認めてもらおうとしているのかもしれない。もしも僕たちにも強力な神がいて、家族を大切にさえすれば人生の意義を認めてくれるのであれば、ここまで労道に価値を見いださなかったのではないだろうか。とはいえ、他の無宗教国家比較したわけでもないので、本当に思いつきの仮説ではあるのだけれど。

そんな事を考えながらカレーを食べていたら、あっという間にナンが1枚無くなってしまったのでおかわりした。ナンおいしい。

2010-03-27

民主党】デーブ「ばかげてる」 フィフィ「まともな外国人ほど、申し訳ない気持ち」 「子ども手当」、外国人タレントから疑問続々

http://tsushima.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1269672527/

173 名前名無しさん@十周年[] 投稿日:2010/03/27(土) 16:07:04 ID:wBOIZhb10

>1



民主党という"政党"



●結党以来、綱領はありません。

在日外国人も党員になれます。

●"脱官僚"や"政治主導"という稚拙スローガンを用いて日本国民を騙し、中国共産党を手本にした"独裁体制"を日本で実現します。

●"地域主権"という"地方への甘言"を弄して中央集権破壊し、党の支持母体外国勢力を含めた"地方からの国家解体"を進めます。

●支持団体である韓国民団との約束で、日本の将来に全く責任を持たない在日外国人に、国民固有の権利である選挙権を付与します。

●支持母体である部落解放同盟要請で、"人権侵害救済機関"を創設し、"人権侵害"を恣意的に判断し、"自由な言論を封殺"します。

特定アジアや亡国メディアの要求に従い、靖国神社参拝は今後一切行わず、無宗教である"国立追悼施設"を建立し、定着させます。

●"東アジア共同体"の構築の支障にならぬよう、"従軍慰安婦"や"強制連行"、"南京大虐殺"等の"歴史的な懸案事項"を"解決"します。

●"国連至上主義"を掲げ、常任理事国である支那露西亜日本国防に参画させ、国連での意思決定を"金科玉条"として仰ぎます。

子供手当てや高校無償化高速道路無料化等、"次世代へのツケ"無しには実行不可能な恒久的バラマキ政策で財政を崩壊させます。



■あなたも民主党に参加しませんか?

ttp://www.dpj.or.jp/sub_link/volunteer/index.html



党員とは?

民主党の基本理念と政策に賛同する18歳以上の方なら、どなたでもなれます。

 (在外邦人または在日外国人の方でもOKです。)



サポーターとは?

民主党を応援したい18歳以上の方なら、どなたでもなれます。

 (在外邦人または在日外国人の方でもOKです。)



民主党の入党資格(国籍条項)

ttp://www.dpj.or.jp/governance/policy/index.html



民主党規約 第2章 党員等 (党員) 第3条



>本党の党員は、本党の基本理念および政策に賛同する18歳以上の個人(在外邦人および在日外国人を含む)で、入党手続きを経た者とする。

2010-03-16

宗教を信じたい

結局世の中金が全てだけど、金は無いし金を得る才覚も無い、孤独で頼る家族もいない。

もう宗教にでもすがるしか無い。だけど今さらキリスト教仏教も信じる気になれないよ。

生まれてからずっと無宗教だったし。なんか良い宗教無いかなあ。そんなに金がかからなくて、

信者常識人が多いようなの。

2010-02-17

今世紀に起こること(2)

2016年

2017年

2018年

2019年

2020年

2021年


2022年


2023年


2024年

その3 http://anond.hatelabo.jp/20100217133836 に続く

2009-12-30

http://anond.hatelabo.jp/20091230122348

日本人無宗教欧米のAtheistとは別物。たぶんJapanese Animismといった方が通じるよ。

神道もShintoと言うと国家神道勘違いされる。

2009-12-18

宗教って

私は海外在住なのですが、移民の手続きの書類に「宗教は?」という質問がありました。

日本にいたころそんな質問を受けたことも無く、考えたこともありませんでした。「無宗教」と答えてみたものの何だかしっくりきませんでした。

祖父母が亡くなった時の葬儀仏教でした(宗派など詳しくは分かりませんが)。やはり私も仏教

私はxxx教信者です。といえる決め手って何なのでしょう?

2009-11-27

ふたりぼっち(くらい)の宗教戦争

そんなことやこんなことで今話題のウィキペディア。投稿者が減るのはウィキペディアのためにもそんなに悪いことじゃないんじゃないか、とも思ったんだがどうやらそんなに減っているわけでもないのかな。投稿者の減少が何故いいことかっていうと、良くも悪くもノイズが減るんじゃないかと期待するからだ。内容の信頼性とか記事の質は相変わらずだろうけれど、同じ話題に関わる人間の数が減ればおかしな記事はおかしな記事なりに純度を上げて「おかしさ」のS/N比が上がるとすれば、それはいいことだと思うわけ。ザーザー言ってて何を言っているのかよく分からない放送よりはアホな芸人が喋りまくっている番組の方がまだマシなところがあるようにね。テレビを見たがる子供砂嵐を見せるか民放馬鹿騒ぎを見せるかというのは究極の選択っぽい気がするけど、幽霊の見えそうな砂嵐よりは民放を見せて「また馬鹿テレビを見てるのかい」って言った方がまともな子供に育ちそうなものだ。で、それは放送大学を見る幼児に向かって「難しい番組だねえ」と言っているのとあまり変わらない。どっちがいいかは最終的には価値観の問題かな。

だから「おかしさ」って書いたけど、何か特別な要素の純度が上がった状態とでも思ってほしい。で、たぶん、絶対的な投稿者数が減った後に相対的な比率で増えてくるのは、職業的な専門に対するストイックさとか、オタク的な過剰さとかを備えた「熱心な」人達だ。ハタから(つまり「世間樣」から見れば)見ると良くも悪くも常軌を逸して、つまりに真摯に追求している、あるいは配慮を欠いている、つまり常識を変革すべく頑張っている、そういう人達だ。まあ自分の学界の片隅に籍を置かせてもらってるけど、そういう人達のもつ情熱とか執拗さとか真剣さとかは、まさしく人生を賭けた壮絶なものだと感じる。

ちょっと話は逸れるけど、ウィキペディアはなぜ専門家に優しくないのか、という疑問を持っている人は結構いる。専門分野で執筆に参加したけれど、結局「専門家じゃない人たち」に気圧されて撤退してきた本当の専門家を、個人的にも何人か知っている。こうした不幸がどうして起こるかっていうと、おそらく上に書いたような「熱心な人達」と専門家が正面から鉢合わせしてしまった場合、専門家人達は「おっと、インターネットなんかでシロウト相手に喧嘩している場合じゃないや。今月中に論文仕上げないといけないしな」てな具合に本来の戦線に戻っちゃうからなんだな。研究者はそっちの方で人生を賭けているんだから当たり前のことだ。まあ仕方がないね。

で、宗教の話をしよう。結論からいうと、ウィキペディアにおける生命力という意味では宗教的な情熱を持って行動している人々も市井の「熱心な人達」と張り合ってるんじゃないかと思った、ってことだ。人には物事の「宗教性」に比較的敏感な人たちと、そうでもない人たちがいる。ご存知のようにな日本は圧倒的に「無宗教」な社会だけれども、注意深く暮していれば宗教的な空気というのは比較的よく遭遇するものになっているように思う。まあ創価学会とか明らかなものは置いておくとしても、クリスチャンの多い朝鮮半島からの留学生などが増えているといった事情もあるんじゃないかと思う。例えば東京都心カフェ小一時間耳をすませていると、その地元クリスチャンコミュニティが会合の場所にしていることが分かったりする。いきなり聖書を読み始めれば分かりやすいけど(そういうことも結構ある)、そうでなくともメンバーが出会ったときの挨拶言葉だとか、そのグループの顔付きだとかをしばらく見ていると「ああ、なるほど、そういうグループだったのか」って思うわけだ。これはたぶん信者さん自身がもつ「仲間意識」と同じようなものだろう。別に隠しているわけじゃないだろうけど、フリーメーソンの変な握手みたいな、ある種の言語化されない巧まざる符丁が作りあげられている。

それで、定期的にウィキペディアを眺めていると、上に書いたようなのと同じ体験をするんだ。つまり明らかに宗教的な関心で活動している投稿者というのを見付けることができる。僕の個人的な関心のせいもあるかも知れないけれど、クリスチャン、もっといえば福音派の方が以前から熱心な投稿を続けているのに気付くのはそう難しいことじゃない。だってほとんど毎日新しい記事を書いてるからね。その編集履歴を眺めていると、気がつくことは三つ。一つ目は、自分モチベーション、あるいはバックグラウンドを表明した上で編集活動を行っていること。二つ目は用語法に非常に敏感なこと。三つ目は(たぶん自覚しているはずだけど)自分の視点というものを相対化できている人もそうでない人も、よくも悪くも書きたいことしか書かないということ。二つ目と三つ目の点が悪しき融合を遂げてしまうと百科事典のはずなのに「キリスト教事典」みたいなちょっと文脈が他とズレた項目ができてしまう。内容的には正しいだろうから、まあ必ずしも悪いことではない。というか、文句をいう筋合いは全然ないからどうでもいいけど。

書いておきたいのは、そういった方々が福音派なのは偶然じゃないということ。福音派って何かしら、という人もいるかと思うが、ざっくり言えばプロテスタントの中で一番熱心に「聖書が絶対だわよ」って考えている人たちのことを日本語では福音派と呼んでるみたいだ。で、中学校くらいの知識を総動員して説明すると、プロテスタントってのはもともとのカトリックの人たちが「教会ってステキ。おフダをどんどん買えば天国に連れていってくれるんだから」とかちょっとアレな感じになっていると思って、「そんなアホな。聖書を読む方がよっぽど御利益があるに決まってる。金もかからんし」という感じで喧嘩別れした人たちの末裔のことだね。そんなわけだから貧しいながらもマジメにコツコツ働く人たちに圧倒的な人気を博したみたい。で、福音派ってのはその中でも「聖書が大事だね」っていうところで突っ走っている人のことだと思ってればいい。たぶん。「これ全部本当のことが書いてあるんだぜ」「だよね」「最後の審判くるよね」「ヤバいよね」「でも千年王国チョー楽しみ」みたいな。信じられないかも知れないけど、これ全部本当の話、ってやつ。念のため書いとくと福音派って中にも聖書の話と現実歴史の対応には諸説ある。というか複雑すぎよく分からん

福音派アメリカで多くて、ブッシュ共和党の支持母体になってることは有名だね。政治に熱心で極端になると共産主義悪魔の手先、イラク先制攻撃万歳、進化論教えるなら学校やめるし、中絶するなら病院焼いちゃうよ? (実際、焼いてるし、医者を殺してる)みたいな人が多いみたい。中絶反対、てのはカトリックの方が厳しいのかと思いきや、実は福音派の人たちもけっこう過激な人たちが多い。ヨーロッパの国がほとんど中絶を合法化しているのに比べて、アメリカで未だに喧喧諤諤の議論をしているのはそれが原因のひとつかな。福音派政治とか社会問題に積極的に関わりたがるのは全然不思議なことじゃない。つまり福音派であることと積極的なコミットメントには密接な関係がある。というのは、福音派の人たちは自分たちの考えを広めることをかなり大事に考えているからだ。つまり布教福音派だと伝道っていうのかな)がかなり大事。まあ宗教は何でもそうだけど福音派は特にそこが目立っていて、ちょっとゴリゴリした感じになっているんだね。みんな、生まれ変わって新しい自分ボーンアゲインしようぜ ! トゥギャザーだぜ ! みたいな。まあ、回心するのが大事だから回心させてあげよう、ていう感じかなのかな。とりあえず頑張れ、としか言えないけど、個人的には家を焼かれちゃたまらんし、できちゃったら産むしかない、ってのは穴があったら入れるしかない、てのと同じくらい野蛮だぜ、って思う。理性ってのは原理的に自然を抑圧するものなわけで。

最近アメリカ福音派政治的な人たち(キリスト教右派と呼んでる)は民主党オバマ政権取ったし、アフガンベトナムっぽくなりつつあるし、ゲイ結婚もちょこちょこ合法化されてるし、ちょっとヤバいんじゃない? とか考えてるみたいだけど、とりあえずどうでもいいや。うん。ウィキペディアの話だった。政治的・宗教荒し日本の数ケタ上の密度で起こっている英語版なんておぞましくて覗く気もしないけれど、書きたかったのは、日本語ウィキペディアでも熱心な福音派の人たちが(たぶん二人くらいで)頑張ってます、ってこと。ウィキペディア編集者の中で二人くらい、っていうのが意外と日本における福音派の「熱心な人」の比率としていい線をいってるのではないかと思ったが、調べてないので分からない。まあヘドが出るほど嫌いな人もいるだろうけど、オタクだと思えば貴重な存在かも知れない。で、オタク絶滅しないように、そういう彼ら(彼女ら)もきっとしぶとく生き残っていくだろうな、と思ったんだ。ある日突然「ウィキペディア悪魔の手先だから見ちゃダメ」ってことになるかも知れないけどね(英語圏には実際そういう趣旨でできた何とかペディアもあるし)。

2009-11-12

私の友人のジョンは敬虔なキリスト教徒だ。 ミサへの参加はもちろんのこと、教会主催するボランティア活動にも積極的に関わるし、日々の祈りもかかさない。 日本へ移住したのも布教活動のためだと言うし、日本語は実になめらかである。 このバイタリティが信仰心から生まれるものなら宗教も悪いものではなかろうかとさえ思えてくる。

私自身は典型的日本人がそうであるように無宗教に近い仏教徒だ。ジョンと友人になった経緯は既に延べた通りだが、思いおこせば奇跡的な出会いと思わざるを得ない。

さて、最近のジョンは日本サブカルチャー、とりわけアニメに感心をもったようで、日本では誰もが知っているアニメというと何だろうと私に質問してきた。

ポケモン」や「サザエさん」といった定番のものを紹介し、最後に「ドラえもん」を紹介した。するとジョンは「ドラえもん」に対して異常に怯えはじめた。 ドラエもんの中には悪魔がいるというのだ。

言われてみるとDORAEMONの中にはDEMONがある。 そして、ねこ大好きな純朴な人々に自分は猫型だと偽るなど実に悪魔的な諸行ではないか。そんなことにも気付かずに我々はドラえもんをほほえましい人間の味方と騙されきっていたとは自分馬鹿さ加減に呆れる。

未だ自分悪魔に騙されていると気付いていない愚かな悪魔崇拝者どもの目を醒させるために我々は活動を開始することにした。 この事実を広めていこうと思う。 皆にはこの文章をなるべく多くの目に触れるようにコピペしてもらいたい。

Kill DORAEMON, Kill DAEMON !!!

2009-11-11

http://anond.hatelabo.jp/20091111090728

森発言の場合はさらに続いて、

神でも仏でもいいけど、信仰というものに理解を深める教育が必要だ

みたいな話をしてるんだよね。これはとってもまっとうな気がするんだよな。

ま、左傾化教育の初歩は無宗教化だ、という向きには真っ向反する話ではあるけれど。

2009-10-23

http://anond.hatelabo.jp/20091023095419

消極的無宗教+面倒くさがりだとキリスト教式に落ち着くというわけだな。

なるほど多くの日本人がそこに行き着くわけだ。

http://anond.hatelabo.jp/20091023094955

消去法が成り立つのは神道/キリスト教の2択の場合だよね。

無宗教人前結婚式は選択肢になかったの?

2009-10-22

http://anond.hatelabo.jp/20091022225456

じゃあ神の意志を元増田の妻がそれなりに尊重してるということは妄想ではなく始めからの文脈だったと認めてくれるんだね?

その上でなら、言うが、俺も神の意志なんか知らん。そもそもなに教かも知らんし。

ただどこの教でも「赤ん坊騒ぐのやだ」って価値観はないんじゃないかと思うんだよなあ。予想だよ? 知らんよ実際は。

そういうのって無宗教的な基準じゃないかと思うんだよな。そこの辺に奥さんの矛盾があるんじゃないの?っていう。知らんけどさ。

結婚式自体が?

わかった!

そもそも俺は何かの信仰を普段から持ってるわけでもない連中が「厳粛な結婚式」なるものをしようとしてること、そういう世間の風潮自体に疑問があったんだ!

そういう状態で「厳粛」がまずありえない、基準がそもそもないのにマナーもクソもないだろうと。

世間が俺を嫌おうが、俺はそんな世間に対して断言できる。

「お前たちが間違っている! お前たちは軽薄だ!」

だから元増田の嫁の提案が逆だったら納得したかも知れない。

つまり神前式には子供アリで、披露宴には子供ダメなら納得する。

なぜなら神前式宗教的なルールがまず優先されるべきであり(もちろん事前に信者になっていることが前提)、披露宴無宗教的なルールが許されるからだ。

2009-09-29

先鋭化が止まらない

在特会  http://www.youtube.com/watch?v=Q8b2wivPsyE&

20090927西岡応援を邪魔し帰れコールされる応援団  http://www.youtube.com/watch?v=7wqtVmQtKqM



非常にヤバい。言ってしまえば、日本がもはやヤバいことになりつつあるのかもしれん。

この2つに共通することは、結局ある種の集団は先鋭化してヤバい方向に向かっていくってことだ。

(まぁ今回俺が本当にヤバいと思って書いてるのは前者のせいだが)

たぶん、両者とも「自分たちが正しいことを行っている」と考えているんだろう。

じゃなきゃこんなことやらないはずだ。もしかして単純に思考回路ブッとばしてるだけかもしれないが。

それに加えて「たぶん、みんなもそれを分かってくれるはずだ」とどこかで思ってるはずだと俺は思う。

なんせ、こういうのはある種の一体感承認を求めてやってるからね。



で、そこで「もしかしてみんな分かってくれない、分かってない」と考えたときに

(例えば今回の選挙の結果であったり、球場全体からのブーイングなどといった自分たちが少数派であると気づかざるを得ない状況だとそうなるよね)

他に拠り所がある人の場合、ある種の余裕があるし、それにそこまでいれこむ必要性はないが

他に拠り所がない人の場合、自分たちの正当性を主張することしか選択肢はない。

自己正当化であり、それは自己欺瞞を含む。そのことに気づくことはなく、そして必然的に先鋭化していく。

自分たちのアイデンティティを求めて。一体感を求めて。自分の正当性を求めて。

そして、それは意外にもたやすく満たされるのかも知れない。

とくに、ネット上の世界においては。

シナチョン」だとか言ってるやつが日本人の0.01%だとしても1万人はいることになる。

(2chでいえば、こういう奴らは一人10レスぐらいつけるから10万レス、あれ簡単に100スレ到達するなw)

そこでウジャウジャ集まってしまえばいくらでも一体感と正当性は調達できる。便利な世の中。



じゃあ、ネットがあるからこういう奴らは止められないのかっていえばそうじゃない。

問題はなぜそこまでして自分たちのアイデンティティ、正当性、一体感を求めてる人がいるのか、

ひらたく言えば、自分には価値があると思いたい人が(反対に言えば自分に不全感を持ってる人が)なんでこんなにいるのかってこと。

まぁそこら辺は言い古されてきたようなことがあるけど(核家族化とか、格差拡大とか、終身雇用の崩壊とか、クソ労働環境wとかとか)

まぁ、日本の成長が止まっちゃったってのはデカいよね。政治って結局資源をどう分配するかってことだからさ。

それプラス、今ってビジョンがないからね。日本自体の。日本ってどうなりたいのって感じ。

それプラス、ロールモデルになりうる人もあんまりいないしね。イチローはすげぇが俺のロールモデルになりえないw

まぁ見えないところにいるんだろうが、そういう人がロールモデルになりうるっていう掘り起こしがもっと必要だよね。

それプラス、神が承認してくれればいいんだけど、日本って無宗教だからね。仏教がんばれよw

(あと、どんどんマニュアル化されて交換可能な存在になっているからっていう論を俺は馬鹿にしていたんだけど、

最近それは意外に正しいのかも知れんと思いなおしてる。

家族とか、地域社会とか、友達とか恋人でも何でもいいが、交換不可能な関係性っていうのは意外に自分の存在意義を保っているから馬鹿にできん。

そういう関係性がSNSとかによって築けるのかどうかは知らないが)

俺論を総括すれば、「己の拠り所になるものがどんどん無くなってきてる」ってこと。それがないとやっぱきついよね。



つまり「自分の周りの環境はどんどん悪化していって、国自体にビジョンがなく、自分自身のロールモデルもない」奴らが、ネットによって容易く集まり

自分の"仲間"を見つけ、国自体に"ビジョン"を見つけ、自分自身の"ロールモデル"を見つけて(櫻井よしことか、チャンネル桜の誰々とか、多分w)」

体感であるとか、正当性であるとか、自分には価値があるという感情を見出そうとする。

で、"仲間"以外は分かってくれないという現実にぶつかると、その"仲間"をつなぐ教義(あらゆる意味でのイデオロギー)を強めていって、行動は先鋭化していく。

いくつかの集団がフラッシュバックする。



結局、未来が見えない日本っていうのがリアルになってきたってこと。

そして、それが個人の不全感をもたらす。

2010年代の課題として、この個人の不全感をどうするかというのが最重要課題に多分なる。今回はその萌芽。

中国を始めとした外国とやっていかざるをえない状況に加え、日本が多様性を認める国になるためにもこの課題は解決しなければならない。

不全感を抱いた個人は多様性を容認しない。

日本をどうしていくかというビジョンがほしい。

教育経済政治すべてがこの個人の不全感を満たすために機能しなければならない。先鋭化を防がなくてはならない。



文化?それは勝手に先鋭化していくでしょw


___________________________

<追記>

http://b.hatena.ne.jp/articles/200910/428

フランス少子化対策に成功しましたが、最初にまずフランス文化を後世に残したいか否かを決めたんです。

 残す、という意見でまとまったら、次に『フランス文化を残すためにはフランス語を話す人口を増やすべきである』と決めた。

 国全体で理念をはっきり掲げ、コンセンサスが取れているので、政策がぶれないんです」

例えば、こういうことだよな。

2009-09-11

神は人間の心にしかいな

キリスト教が嫌というより、「母に押し付けられたキリスト教」から逃れたいんじゃないかな。

自分の心の中のキリストさんを信じればいいような気がする。

宗教はさておいて、増田は「毒になる親」を読んでみてはどうだろう。


私も無宗教というより、八百万の神の存在を自然に教わってきたから、

神様はいっぱいいて、適材適所で働いて?いるんだと思ってる。

豊穣の神様とか、縁結びの神様とか、貧乏神wとか、担当制になってて、

あえて統括者がいるとすれば、天照大御神さんということになるのかな。

20年ごとに建て替えられるお宮のふもとで育ったので、

その辺は偏ってるかもしれないけど。

http://anond.hatelabo.jp/20090910171747

2009-09-10

http://anond.hatelabo.jp/20090910014230

信仰云々より親のほうが重大な問題な気がする。

子供に「よく」使用後ナプキン見せつけるなんて異常だよ。人間として、母親として、違うと思う。

子供にとって、血が出るのは怖いことだ。うんこは汚いものだ。

血まみれうんこまみれで生まれてきたという、自分嫌悪感を持つかもしれない言われようは、子供にはきつすぎる。増田、よく耐えた。

まあ、それが本当であれば、腸が破れて死ぬところだったんだろうから、語りたくなるのもわからなくもないが、やっぱりダメだと思うですよ。



幼児洗礼の人は信仰が生活の一部になってしまっていることが多いので、それから離れるということが非常に難しいと聞いたことがある。

しっかり見つめて、最終的には自分と対話していくしかないと思います。

がんばれ。




http://anond.hatelabo.jp/20090910042302

僕は幼児洗礼なので、いわば親から信仰を押しつけられた面があります。

だから、神の存在を「肯定」するか「否定」するかの二つしかない。だけど、もし、信者でなければ、特に日本にいれば、「神」を意識することすら無かったんじゃないかと思います。

こういうの見るとキリスト教信仰がもうこびりついちゃってるんだなぁと思う。いかにも一神教だなぁと。




日本にいる一般の人は、初詣神社に行ったり、受験でお守り持ったりします。

結婚式神様に愛を誓ったり、亡くなったらお弔いをしたり、困ったときに「神様仏様助けてください!」って思うこともある。

それはあなたの信じるところのキリスト教神様であったりなかったりするけれど、でも神様です。日本におわす八百万神様です。




日本人信仰を持たないと言われている。確かに、日々祈るという意味での信仰は持たない人が多い。

でも、たくさんの神様が同居している国です。……あなたが意識するかしないかにかかわらず。



という私はいわゆる日本人無宗教です。信仰する神はいないがその都度祈るし祝うし拝みます。

2009-08-19

http://anond.hatelabo.jp/20090814113128

それに、死者を弔うという行為そのものが「宗教」なんだから、それをやってる時点で「無宗教」って建前がしっくり来ない。

無宗教ってのは、「特定の宗教で無い」ってこと。

だから、宗教的に中立なの。

施設の方で特定の宗教様式を用意するのではなくて、訪れた人がそれぞれのやり方でできるようにするってこと。

2009-08-14

http://anond.hatelabo.jp/20090814091707

あれ、この問題って「戦犯を祀っているから」という理由で文句を言ってる一部の国じゃないの?

今まで参拝を自粛してきた歴代閣僚の大半がそういう口実だったじゃん。

それに、死者を弔うという行為そのものが「宗教」なんだから、それをやってる時点で「無宗教」って建前がしっくり来ない。

むしろ古くから続く既存の宗教よりも、「靖国」というそれ専用の宗教を設定しておいた方が都合が良い気がする。

これがたとえば仏教のどこぞの宗派とかに任されたりすると「どうして彼らは良くてうちの宗派はダメなんだ」と角が立つだろ。

そういう権威付けに利用されるのを回避するための「新宗教」設定だったんじゃないか?

- 転職ならen
- 派遣ならen
3ページ中1ページ目を表示(合計:65件)