はてなキーワード: 浴衣とは
相手とは、知り合って16年になる。
学生時代の、お互いの彼氏彼女の付き合いも別れた経緯も互いに全部知っているし
一緒に映画を見たことも食事したことも酒飲んだこともコンサートにいったことも
クリスマスの日に一日一緒に街をぶらぶらしたこともあって、
互いの部屋に泊まったことも一緒に深夜番組見ながら笑ったことも
互いを代わりばんこに腕枕しながら眠ったことも
服借りたことも風呂借りたことも
付き合わなかった。何も約束しなかった。
たぶんずっと好きだった。だから何も言えなかった。ヘタレだった、といえるのかも。
とくにこの8年、つかず離れずの付き合いをしていた。
たぶん向こうにも付き合う寸前の相手、みたいなのが他にもいたと思う。
私もそうだったからお互い様。それでもそちらには行かなかった。お互いに。
今度、ひさしぶりに一緒に旅行に行くことになった。
ただ、仮に旅行をしても、きっと今更何か約束したりしないだろうなと何となく思うし、
どうしてこの人は、他の女性と付き合ったり結婚したりしないんだろう。
どうして私はこの人と一回付き合って、そして別れておかなかったんだろうか。
心理的に吸引力が強すぎて、約束を迫れない。
有休消化期間に入った私は、毎日自分のの送別会で出かけていた。
家に帰ると、彼が待っていた。こんな日がずっと続いたらいいのになぁと思っていた。
同時に、続くわけないとも思っていた。終わらせないといけない。
私から別れを告げるつもりはなかった。別れなければいけないとは思っていたけど、別れたいとは思っていなかったから。
彼は見事に誘導に乗り、「無理なんでしょ?」わかった。荷物は近いうちに取りに行く」というメールを送ってきた。
これで終わる、と少しほっとしたが、最後にどうしてもあの疑惑を確認したかった。
私に隠れて元カノと会っていたことについて、本当のことを言って欲しかった。
別に、会っていたこと自体をどうこう言うつもりは全くなかった。
ただ、嘘をつかれている事が嫌だった。
でも彼の答えは、「隠れて会ったりなんてしていない」だった。
そして「こんな誤解で終わるなんて嫌だ」「お願いだからもう一度信じて欲しい」「必ずもう一度信じさせる」
そんな言葉を続けた。でも、私はもう信じられなかった。
どうして嘘をつき続けるのか、分からなかった。
付き合って間もない恋人が浮気した、とかならまだよかったかもしれない。
でも私にとって彼は恋人というよりも、ものすごく大事な友達だった。入社してから5年間、ずっと仲が良かった友達。
そして、一生一緒に生きていこうと思った人だった。この人となら絶対大丈夫だと思っていた。
そんな人に裏切られた。
私はそれまでの人生で、色んな人に助けられてきた。
本当に、周りに恵まれているなぁと実感することが多かった。
病気で大学に通えなくなった時、仕事を始めたばかりで何も分からず辛かった時、元彼を亡くした時。。。
一人ではどうすることもできない辛い状況に陥った時、周りの人が支えてくれた。彼も、その中の一人だった。
だから、どんな時でも自分の周りの人を裏切る事はしなかったし、逆に、裏切られる事なんて考えた事もなかった。
でも、彼に裏切られた。
大事な大事な友達の一人で、一生一緒に生きていこうと思った彼に。
もう、誰も信じたくなかった。誰とも関わりたくなかった。何も考えたくなかった。
そして同時に、元彼のところに行きたい、という気持ちが溢れてきた。
彼が亡くなって2年1ヶ月、一度も考えたこともなかった事だった。
ずっと抑えてきた気持ちは一度あふれ出したらもう、とめることはできなかった。
もしかしたら、会社を辞めて彼の名前を見る事ができなくなってしまったことで、
コップの水がすれすれまで入っていて、彼の裏切りが、最後の一滴だったのかもしれない。
生まれて初めて「死にたい」と思った。
その日1日、死ぬ事しか考えられなかった。
そしてその日の夜私は、これから死ぬつもりであるというメールを彼に送った。
もちろん、わざとだった。
私が死んだ後、彼に私と同じ思いをさせるのだけは嫌だった。
だから自分が嫌われるためには、わざと自殺を仄めかす発言をすればいいと思った。
それに、私が死ぬなんて言ったところで、彼は絶対に相手にしないだろうと確信していた。
そういうことを簡単に言うやつは嫌い、と言われるのを期待していた。
しばらくメールをやりとりを続け、最後にするつもりのメールを送信しようとした時、玄関ですごい音がした。
彼が合鍵を使って部屋に入ろうとしていた。私の目論見は、見事に外れた。
内側からロックをかけていたので入ってこられずに済んだものの、彼は開けろと玄関先で叫んでいた。
しまいには、開けなかったら窓ガラス割ってでも入ると言い出した。
これは脅迫だろう。。。と思いつつ、仕方なく部屋に入れた。
部屋には入れたものの、彼の話を聞く気は全くなかった。
一通り自分の言いたい事を言えば気が済んで帰るだろうと思っていた。
が、何時間経っても帰る気配はなく、そのうち言いたいことがなくなったのか、無言になった。
この時点で私の当初の計画は失敗だった。
この人は、私が死んだら悲しむ事になるのかな。。。
彼に私と同じ思いをさせるのだけは、どうしても嫌だった。
だからといって、「後を追いたい」という気持ちも、どうにもならなかった。
なんとなく思いつきで、彼に「生きているのが嫌なほど辛かったことってある?」と聞いてみた。
彼は「ある」と答えた。予想通りだった。
彼は自分が辛かった時期の事を話し始めた。
気付いたら私は、「これからも一緒にいて欲しい」と言っていた。
嫌われるためにした行動で、全く逆の結果になってしまった。
でもその時私は、この人となら一緒に生きていけると思っていた。
私はこの人の事が、男としてではなく、“一人の人間として”好きなんだなぁと思った。
そんな事件があってからしばらく経った日曜日、彼と浴衣を着てどこかに行こうという話になった。
候補にあがったのは、エプソン品川アクアスタジアム。浴衣を着ていくと、割引が受けられた。
でも私は3年前に、亡くなった元彼と一緒に行ったことがあった。
結果、悲しい気持ちには全くならなかったし、以前のように元彼の事を思い出して
私は自分の変化を感じていた。
元彼は体のラインが出る服が好きで、私は服を買うときいつも自分の好みよりも
元彼が喜んでくれそうな服を選んでいた。
ピンクと白がよく似合うと言ってくれていたので、買う服はピンクと白が増えた。
でも今シーズン、ピンクと白の服は1着も買っていなかった。
元彼と付き合っていた3年前、私はヒールのある靴が苦手だった。
でも元彼が高いヒールのある靴の方が綺麗だというので、どうにか努力して
6cm程度のヒールの靴で歩けるようになっていた。
ある時、たまたま通りがかったショップの店先に、ロングブーツがディスプレイしてあった。
ちょうど欲しいと思っていたニーハイブーツ。でも、ヒールがなくてぺったんこ。あー、だめだー。
そう思って通り過ぎようとした時、もう無理してヒールのある靴を履かなくていいんだ
ということを思い出した。
私は昔、パーカーが好きでよく着ていたが、元彼がパーカーがあんまり好きじゃないというので
全く着なくなってしまいこんだままになっていた。
久し振りに出して着てみると、彼は「パーカー好きなんだよねー」と喜んだ。
ゆったりした服も、ヒールのない靴も、パーカーも、慣れてしまえばそれが普通になった。
私が着たい服を着て彼が喜んでくれるのが嬉しかった。
でも、元彼が好きだった私が消えてしまうような気がしていた。
彼を確実に好きになっていたが、好きになってはいけないという気持ちもあって悩み続けた。
小学生:好きだった子はクラスで目立っていた奴にバレンタインにチョコを渡し、
ファーストキスをしていた。
中学生:好きだった子は高校合格後、家庭教師に処女をささげていたとき、
僕は親父に「そんな高校行っても二流止まりだな。」と怒られていた。
高校生:夏祭り、花火大会で浴衣姿のあの子が彼氏とセックスをしていたとき、
僕は夏期講習で必死だった。
大学生:気になっていた子が昼間からアパートでセックス、彼氏と汗だくで
抱きあっていたとき、僕はバイトで怒られて冷や汗を流していた。
大学院:やっと仲良くなった子が、連日のセックスと彼氏からの愛の囁き、
身も心も充実した生活を送っているとき、
連日の徹夜実験と教授の罵倒、学位論文の執筆で肉体的にも精神的にも限界だった。
そして僕は、弛みきった身体の三十路前の女と見合いをすることになった。
社会人2年目:やっと仲良くなった嫁が、連日の不倫と元彼氏からの愛の囁き、
身も心も充実した生活を送っているとき、僕は
連日の徹夜と上司の罵倒、営業接待で肉体的にも精神的にも限界だった。
浴衣着てておまわりさんにしょっぴかれるとか聞いたことないし。
Ifは、「世にも奇妙な物語」の流れで、たまに見たり見なかったりする程度だったんだが、この回は見てなかった。どうやらとても評判が高い内容らしいということだけを聞いていて、しかし、気になる一方で、あまりこの話について調べようとすると、オチがわかってしまうので、積極的には触れないようにしてたら、17年。岩井俊二の公式サイトで公開されたと知ったので見てみた。
中身は、俺が想像していたのとは全然違ってた。以下、俺が想像してた話。
全然、予想と違うじゃねーか。なんだこの甘酸っぱいの。北川昌弘が、べた褒めしていた時点で、どういう中身か気づくべきだった。
それに、14歳の奥菜恵に12歳の小学生役は無理がありすぎるだろ。せめて、13歳で中1くらいにしておこうぜ。学校でも私服なのもあって、子供とお姉さんって感じでなんかなぁ。あと、花火はどこからみても、丸く見えることを"既に知ってしまっていた"のが、残念だった原因かもしれない。
俺はそんなに在日外国人のことを理解してるとは思っていない。でもあなたの言う事には全面的に同感です。受け入れられるならそれなりのことは必要なのは当然だよ。俺の祖母も日本に来て結婚してからいろんな所に通ったりしたそうだ。和裁や本格的な料理やらなんやら日本的なことはその変の日本育ちの人よりもできる。近所の子供たちにタダで浴衣を縫ってあげたりしていたよ。それでも差別や村八分的なものがあったけど。
韓国人が偉そうなことをするのは許せない、とはっきり書いた。
でもネトウヨの攻撃性は過剰に感じるんだ。見てるのが辛いというか。近辺でちょっと口出ししたら、すごい炎上してしまって、俺の事を非国民だの愛国心がないだのと決め付けてくるから嫌になってきたんだ。俺は自分に本気で愛国心がないなんて思ってないけど、彼らの基準だと非国民ということになるらしい。
・ハロウィーンです。仮装・扮装しましたか。
・ハロウィーンは欧米のお盆、ではありません。確かに、死者がこの世に帰ってきて、教会ではミサがあります。しかし、日本のお盆は死んだ家族が帰ってくるだけです。一方ハロウィーンの扮装では魔女・骸骨の仮面などなど。つまり、10月31日には、この世とあの世の裂け目がぱっくり開いて、あの世のものがどっとやってくる。そういうことです。
・さて、近頃流行りたるもの。ハロウィーンで「ジャパニーズ・キモノ」を着ることがどうやらあるようです。もちろん、着物そのものずばりではなく、欧米人に着やすい、あるいは「それっぽい」ものに加工されてはいますが、しかしハロウィーンの扮装の一パターンとして「女が浴衣っぽいものを着る」があります。
・すなわち、欧米人にとって浴衣はオバケ。彼らにとっての日本文化の異質さはそういうものだということの、いい象徴です。
・ハロウィーンでは、グダグダの浴衣もどきを着る欧米人に対抗して、似合わないグダグダの帽子付タキシードを着る男子・ヨレヨレのドレスもどきを着る女子、が日本にいてもよろしいのでは。欧米人にとって「浴衣」が異形の象徴なら、日本人にとってタキシード・ドレスは立派な「異形」ですから。
静岡県の熱海といえば東京の奥座敷。その温泉町を、この暑さの中、携帯ゲーム機を手にした男性の1人客が行ったり来たり。2カ月ほど前に発売されたある恋愛ゲームのファンだという。作中で熱海がデートの舞台になっているのだ。
▼画面の中と同じ風景が目の前に広がるから、本当にデートをしている気分を楽しめる。作中でヒロインが着る老舗ホテルの浴衣はかなりの売れ行きだそうだ。地元の商店街なども協力している。各所に記念スタンプを置き、みやげも作った。ゲームを通じた新しいまちおこしの手法を編み出しつつあるとも言える。
▼映画などの撮影地を訪れることをロケ地巡りやシネマ観光などと呼ぶ。近年はマンガやアニメ、ゲームに描かれた場所を訪れる人も多い。映像作品や小説、歌などを英語でコンテンツと総称することから、各種作品の舞台を訪れる旅をコンテンツ観光と呼び、文化的意味や経済効果などを研究する大学も登場した。
▼昨年中国でヒットした映画の舞台、北海道には今も大陸から観光客が大勢訪れる。優れた映画監督やゲーム作家の手にかかると、ごく日常的な風景ですら突然、輝きを増す。ふつうの案内書などより、人を呼ぶことがあるのもうなずける。日常を逃れ、絵空事の中に入り込みたい。かなわぬ願いが財布を開かせる。
28歳。
エッチは色んなところでやってます。
性格はわりと屑です。
悩みを相談する相手がいないので、ここで書かせてもらいます。
mixiとか、実際の人間関係では、彼女いない暦等は嘘付いてます。
もう今更言い直せないかな、と思ってます。
相談内容は
「とりあえず付き合うってのは…その間に他の子と遊んでもいいのか?」
です。
前に、身近な友達に「色んな女の子と同時進行で遊んでる」って話をしたら、「酷い奴だな」といった風に言われました。
別に酷いことしてないよ?ただご飯食べて一緒に遊んでるだけじゃん?なんで?って言ったら
「だってそうじゃん。気持ちを弄んでるだろ」ってことらしいです。
よく分かりません。
だって、飲み会で知り合ったり、紹介された子と二人で遊んでみたりしないと…どんな子か分からないですし。
この人たちの認識が一般的なら、質問内容とか完全にアウトですよね。
わりと真面目な人たちだったので、他の人の価値観だとどうなのか?といった人の印象が気になります。
判断材料が少ないので、色んな人の価値観を聞いてみたいです。
それから、
前から誰かに言いたかったけど、誰にも言えなくて悶々としてました。
社会人になって、少し焦り始めて…去年ぐらいからコンパばっかり行ってました。
仲良くなった女の子も結構いて、そこそこ遊びに行ったりしてました。
遊んだ人数だけなら12人ほどになります。
最初は付き合えるならどんな子でもいいと思ってたけど、
何回もコンパ行って慣れてきたら、やっぱり可愛い子と付き合いたいと思うようになりました。
街行くカップル見てても、可愛い彼女と一緒にいる人が羨ましくて仕方ないです。
ここ一年間ぐらいの思い出です。
同時進行してる子もいたので、時期的に重なってたりします。
同時進行する場合は、知り合いに知られないように、完全に違うルートでの子と遊んでました。
多いときは、常に8人ぐらいメールしてて、残業があると帰ってメールするだけで1日が終わりました。
その生活を2ヶ月ぐらい続けてダウンしました。
今は4人ぐらいで落ち着いてます。
【失敗した子】
4回ぐらい遊んだら連絡取れなくなった。楽しそうにしてたから、何がダメだったかなーとよく思い返してた。
②紹介された女の子A:一度遊んでから距離を置いてたけど、向こうから連絡来て再度遊び出した。
誕生日祝ったり、クリスマスプレゼントとかもらったりして、正月に友達カップルと一緒にお泊り旅行とか行った。
そろそろ告白するかと思ってた直後に連絡とれなくなった。理由は未だによく分からない。
今でもまた会いたいと思ってる。
いつも予定がいっぱいで、全然遊べなかった。結局4回ぐらい遊んで終了。
3ヶ月ぐらいは毎日メールしてたけど、返事がだんだん遅くなってきて、色々めんどくさくなった。
④同期の女の子B:仲良かったら、仕事の相談とかすごいされた。
急に長文メールが来るようになって、毎日メールしてた。半年ぐらい。
隔週ぐらいでお出かけしてて、そろそろ言うかーと思って告白したら
「元彼と寄り戻すから…」って振られた。
半年後に向こうから連絡が来て、二人で飲みとか何回か行った。
ベロベロに酔って、すごいもたれかかって甘えて来た。
酔った勢いで色々聞いたけど、元彼とは寄り戻さなかったらしい。
以前より、距離感が近付いて、これはいける!と思って再度告白したら
「再度連絡取ったときは好きだったけど…もう今は…」
って言われた。
「私悪い女だよね…」
って泣かれたけど、泣きたいのはこっちだった。
なんか自分に酔っててすごい腹が立ったのを覚えている。
⑤コンパで知り合った子B:年上の綺麗なお姉さん。
ほんと毎日メールして、3回ぐらい遊んでそろそろ…って頃に返信来なくなった。
気持ち切り替えて告白してないけど、雰囲気で伝わって引かれるんだろうか?
ものすごい好きだった。
自分はモテないっていうアピールがすごかったので、期待されていると思ってたけど…違ったようで。
【進行中の子】
⑥紹介された女の子B:飲み会の時にすごいいい印象があったから、仲良くなった子。
裏情報で「ものすごい好かれてるよ!」って別の女の子から聞いたけど、
自分の中で、顔が許容範囲を超えるレベルで…自然に連絡取らなくなった。
昨年末に急に連絡とって二人で飲みに行った。先月末には、コンパ開いてもらったりした。
多分、今でも強く押せば付き合えると思う。かなりエロいらしい。
⑧コンパで知り合った子D:連休明けに遊ぶ予定の子。かなり可愛い。
一緒にコンパ行ったメンバーで、自分にだけ返事くれたので期待してる。
⑦コンパで知り合った子D:一度映画に誘ったら、ものすごい食いついてきた子。
顔が好みじゃないのと、ちょっと頭が悪い感じが引っかかる。
仲良い友達に「この顔はないわ…」って言われた。
今もよく遊んでる。今日も一緒にご飯行ってきた。身体つきが好み。
以上。
ここから追記です。
遊ぶのは、本当にご飯食べて旅行に行って…ぐらいの話で、身体の関係は持ってません。
身体の関係を持つと、自分の中でラインを超える気がしてます。
(8/9 追記)
最近処女の話題がブームなので、時流に乗ってなんで自分が処女を守るに至ったか経緯を書くか。
色々ばれるとやばいので大分ウソも混ぜてるからネタ半分で読めばいいよ。
私が処女に対して考えるようになったのは、祖母の存在が大きい。祖母は三人兄弟の長女で、大学に通っていたようなお嬢様だった。けど、祖母の妹が結構奔放な(当時としては)人間で、彼女は海外に留学してみたり、人の男を寝取ってみたり、なんか散々だったらしくって(祖母自身はこの話を断じて口にしなかった。聞いたのは祖母の弟からちょこっと)いつも祖母が尻拭いをさせられていたみたいだった。
それで、まあ妹にコンプを感じていたらしき祖母は時代の流れで祖父と結婚、そのまま一人息子の父を生み、育てて、父を母と結婚させた。
多分ここから始まった。母が私を産んだ時、祖母が言ったのは「○○さん(母の名前)、この子の世話は私がやるから」。母は勿論大反対したし、私を抱きしめて「何考えてるんですか、私の子供よ!」っていったらしいけど、祖母は頑なに聞かなかった。祖母と母は一緒に暮らしていたし、祖母は本当に私の世話をするようになった。母が私を抱いていたら怒り出す始末。
それで祖母が私を育てることになった。なんていうか、もう時代錯誤も甚だしいようなお嬢様教育の嵐。お茶とかお花とか着付け、踊りとか、浴衣縫えるように教えられたりとかさ。
乗馬はやってたけど、一つ上の女の子が落馬して肋骨折ったって話を聞いたら速攻やめさせられた。まあそれは自分の教養になったし、まあ経験して悪くは無いなって思ったけど、祖母が念仏のように呟いていたのは「処女でいなさい」だった。こんな直接じゃなかったな。なんか「清くいなさい」みたいな。あのババア。
なんというか、祖母は私を三島の「女神」の女みたいにしたてあげたいようだった。残念ながら、中身を持つ人間はそこまでお人形さんにないんだけど。
ほんでもって話は戻る。私が高校に上がる前に祖母は死んだけど、小学校中学校(私が通っていたのは小中高一環の女子校だった)までの六年間、まるで意味のわかっていなかったころから、ようやく意味がわかるようになるころまで、ずーっと「処女でいなさい」って言われた。まるでそれだけが私の価値みたいに言われた。
まあそれで私も処女であることはスペックであると考え出した。というか、トレードできる価値、財産みたいなものって考え出した。でもどこかでねじまがっちゃった気がする。
祖母が死んで、高校に入ってから結構私はモテた。学校は清楚とお嬢様と上の下偏差値でまかり通ってる女子校だったんだけど、中身はガリ勉かキモオタか派手か普通の子って感じの区分だった。それで私は普通の子と派手な子の中間層だったから、派手グループによく合コンにつれていかされた(医者とか、弁護士とか)し、普通に人気があった。道ばたでもナンパもよくされたし、まあ自分の顔立ちは悪くは無いなと思っている。まあ派手だしな。ていうか外見には自信があんだよ(毛深いのがコンプだったけど)。
そんなこんなで高校に入って速攻彼氏も出来た。高校一年のとき。ワセケイのお坊ちゃん。イケメン。そこそこチャラい。キスもしたし、まあ車もってたからデートは楽しかった。湘南行ったり。そんなこんなで、家に誘われた。家はでかい。ていうか、山の手の内側でここだけの土地かよ、と思った。家には普通にお坊ちゃんの両親がいたけど、部屋に通されて、あー、セックスするのか、と思ったとき、はたと気付いた。
「こんな男に私の処女、やっちゃっていいの?」
はっきり言っておくけど、私みたいな美女の処女は安くない。ぶっちゃけ5億円ぐらいの価値があるって思った。非処女はタダってわけじゃない。こんなチャラ男にタダマンさせるほど安くはねぇよ。って思った。
その後即効その男を振って、大学に入って、また何人か彼氏が出来た。でもいっぺんもやらせなかった。なぜなら私は価値がある女だから。処女=絶対無比の価値。なんか変な価値観が凝り固まっていた。その価値に見合う男が出るまでやらせねぇよ、と思った。サークルも飲みサーみたいな感じで、一時期穴なし女みたいにうわさされたけどニヤニヤしてた。
男は私にとって見せびらかすアクセサリーでしか感じられなくなった。本当に好きな男ができない。セックスして愛を確かめる行為も出来ない。男はすぐにセックスを求めてくる。
それに答えられないから嫌がる。分かれて新しいアクセサリーを探す。
セックスを求めてくる男がいる限り、女に処女であれって言うのはなんてナンセンスなことなんだろうね。だってあんたら付き合った女とセックスしたいって言い出すじゃん。結婚するまで我慢しろって女に言う前になんで男が我慢できないの。
大学を卒業した私は商社に勤め始めた。そんで、親友の紹介で来週結婚する医者と会った。
医者、イケメンだった。しかも、ものすごくいいやつ。誠実。親友の紹介だけあって、信頼できる。話も合う。なんでこんな奴に彼女がいないのか、と考えて回りに聞いたら、彼女は事故で死んでた。漫画だろ、セカチューかよ、と思ったけど、まあ、付き合った。楽しい。
それで医者と三ヶ月ほど付き合って(会ったのはそのうち6回ぐらい)くるまのなかで、今からホテル行ってセックスしようかみたいな雰囲気になったとき、私はいつも通りいやだ、って言った。「なんで?」って聞かれたから「結婚するまでセックスしない」って返した。そしたらしばらく考えて、「今日はしないから、結婚しましょう」みたいに言われた。ああ、うん、って答えて、それでなんかとんとん拍子で結婚が決まった。
でもここで一つ怖い話がある。はっきり言ってセックスを結婚してもしたくない自分がいる。私の価値が結婚した瞬間に損なわれてしまう気がする。こんなにいい男でさえ、処女を惜しいと思っている自分が馬鹿だとは思うけど、できれば一生セックスするのが怖いんだ。
処女が好きな男は処女を頑なに守る処女を、まるでユニコーンかなんかみたいに思ってるみたいだけど、ぶっちゃけ、処女は5億円の価値があると見込んだ男にしか処女はやらないと思ったほうがいいよ。だから、美しい処女がほしいと思う男はそれに見合う男でいるの? って思う。私は来週ダンナになる男にさえ、処女をあげるのを惜しんでいる。
私が一番今恐れているのは、自分に娘が出来たらということ。
「処女でいなさい」って発狂しそうなほどいやな祖母の言葉を私も言うかもしれない。
なんか結婚特有の雑務から帰還したらブクマ数が凄くてびっくりした。ある種マリッジブルー的な吐き出し文だからすぐ流れるかと思ってた。
言いたいことを吐き出してレスポンスがいっぱい返ってきて、矮小な自己顕示欲がちょっとだけ満たされて嬉しかったです。コメント? をちらって見て、おっさん扱いされていてなんか不思議な気分になったり、ネタだろ、という言葉に、私自信読み返したらこの文章がネタにしか見えなかったので、ああ、ごめんね、ってなりました。まあここで真実です!なんていったところで何の価値にもならん。だいたい内面の価値などどうでもいい(と教えられてきたしね)。
ただタイトルだけは真実です。まあ信じる信じないにしてもさ。私は処女で、まあ美人で(自分で書いていて結構笑える)、お嬢様だと思います。お嬢様っていう定義が、いわゆる、金持ちテンプレート的な習い事を受けていた経験があり、実家が裕福で、お嬢様学校に通っていたっていう条件ならね。
でも、この三つを満たしていても、私は醜いです。歪んでます。肉体的や経験的には処女で、きっと男性の幻想的な理想であるでしょうよ。私は経験からも「男の理想まんまだなあ」と感じています。正直、チヤホヤされなかったことなんてない。オッサンは特に優しかったし、誰に対しても私はしっとりしたお嬢様を完璧に演じることが出来ます。自慢だけどね。
「清く・正しく・美しく」こんな旧態然とした教育の中(それが悪いとは言わないし言えない)、私は「清くあること」を多大に押し付けられたせいで、内面がその抑圧で歪みきってしまった。
全くもって「みにくいおんな」になってしまったんじゃねーの、と思っています。古い思想は美しい。日本の心は好きだよ。大事だし、守るべきもの。でもさあ、それを現代に無理やり当てはめようとすると、絶対上手くやってけない。それを教育っていって子供に押し付けると、心がどっか変なふうになっちゃうよ。上手く適用するように柔らかくしなきゃ。
たかが処女膜。穴にあるもの。よくわかんない。それをここまで守ってこれても、私は祖母が理想とした幻想の処女でいられなかった。お人形さんになれなかった。
私は処女性を持つことと処女であることは、似て非なることすぎるんじゃないかと思う。マンコをいくら使わせても心の清い女がいる一方(罪と罰すぎて笑える)、こんなに醜くなってしまった私がいる。
「あなたはもう幻想の女しか抱けない 」じゃないけどさ、もう処女を幻想視されて押し付けられて、それを価値観で心の中でガチガチに塗り固めて、それで「私は清らかなんです」なんて外面さげてヘラヘラするのにいい加減疲れてしまった。大事にしていたものが今では重過ぎる。
本当の最後に私が大好きな本の一部を引用する
生きる時間がずっと長くなったおかげで古い価値観がもう使えなくなった。セックスの事を15歳で知り35歳で死んでいたときは明らかに問題は少なかったはずだよね。今は8歳とかそれぐらいで知り、たいがい80歳まで生きる。その間を1つの考えでやっていくのはちょっと長すぎるよ。
しかも同じ退屈な考えで。
「ぼくの哲学」アンディ・ウォーホル
嘗て日米貿易摩擦が熾烈だった頃、プレストウィッツが書いた『トレーディングプレイス』(邦題は何でしたっけ?)がベストセラーとなって、日本のマスコミが派手に騒いでいた。
未来学者のハーマン・カーン博士が「二十一世紀は日本の世紀」と激賛し、TIMEも日本の大特集、日本のGDPがやがて米国を抜くのは時間の問題だと言っていた。
覇者アメリカにとっての感覚は、いまも同じで「いずれ中国がアメリカをGDPでも超える」と危機意識を煽る。
1982年から85年頃、アメリカ人の学生や若者と話していると、日本に行きたい、景気が良いから米国で働くより実入りが良いんじゃないか。本気で相談を持ちかけられた。
80年代後半、米国の不動産事情をしらべに行った折、白人の業者が斡旋してくれた数件の物件を見学したあと、おもわず『安い』といったら、じつに不愉快そうな、複雑な表情で反応した。
ラジオ番組でロスのマネー局と二元中継を週一回持たされていた折、日本の失業率が上昇したと数字をあげると、相手のアメリカ人が「それは良いニュースだ」と言ったのにも驚かされた。
やがて日本のバブル経済が破裂し、株は往時の四分の一に暴落し、日本経済は沈没し、失業は恒常化し、新卒にまともな職場はすくなくなり、派遣社員とかアルバイトでしのぐ『負け組』が増えた。
中国人の観光客が増えると売り上げが伸びるといって期待したら、風呂に不潔なまま入って泳いだり、浴衣もポットも持ち帰り、廊下は痰で汚れ、ろくなことはなかったと嘆く温泉旅館が或る事態を象徴する。
日米関係は米国が政治力で捲土重来を期して、いまでは『日米関係は米中関係の従属関数』といわれ、日中関係はあからさまに中国優位関係、日本従属関係となった。つまり、トレーディングプレイスがおきたのだ。
さて同類のパターンとは言えないが、アフリカのルアンダでいまおきていること。アンゴラは奴隷貿易の時代、もっとも栄えた。新大陸へ奴隷として売られた黒人は数百万に達した。
いかなる具体例があるか。
旧宗主国のポルトガルへアンゴラから留学生が大量に行って、卒業するとアンゴラへ帰る。いやポルトガルの同級生が「ルアンダに職がないか。アンゴラで働きたい」と打診があるようになった。
2006年にポルトガルからアンゴラへ移住したポルトガル人は156人だった。
2009年にそれが23787人に増えた。すべては石油とダイアモンド算出によるアンゴラ景気の良さ、経済成長は8・5%。
アンゴラの企業が旧宗主国ポルトガルの企業を買い占め、逆にポルトガルの学生がアンゴラで職を求める時代へ突入していた。
ホセ・エドアルト・ドス・サントス(アンゴラ)大統領の娘イザベラは国有石油企業ソナンゴルの大株主であり、近年は盛んにポルトガルの銀行に大型投資をくりかえして次々と株主におさまり、なんとポルトガルの最大の投資家は旧植民地アンゴラからとなった。
大統領一族が政府要職をしめ、空港におさめるガソリンの流通から、はてはルアンダのホテルを経営し、ごったがえす国際ビジネスマンの弱みにつけ込んで一泊五百ドルをふんだくる。
だから中国人は安いビジネスホテルを建てて対応した。中国からしてみれば、内戦時代からゲリラ組織を支援してきたのであり、キューバが義勇兵をおくりこみ、中国は武器などで支援した。
いまアンゴラの不動産開発の一翼を担当するのも中国企業であり、大手「中信集団」が契約、全体で35億3500万ドル。中信集団はアンゴラで幼稚園、中・小学校、発電所、汚水処理工場、マンションなどのインフラ建設に従事している。
ルアンダのチャイナタウンは推定人口が四万人、華字新聞が二種類以上でている(キューバですら百年以上前の印刷機をつかって華字新聞が唯一許可されているが、キューバ在住の中国人はすくなく、かろうじて留学生が購読対象とか)。
しかしアンゴラの庶民は大統領一族と中国があらゆる事業、入札そのほかのビジネスに密接に繋がり、一族の汚職があると推定し中国人を嫌っている。
04年には「シナ人は帰れ、中国企業はされ」と叫んだ反中デモが発生した。
それが原因かどうか。自信に溢れだしたアンゴラは、これまで容認してきた中国企業のアンゴラにおける専横と、中国人エンジニアしか雇用せず、地元民の雇用がないままに建設してきたプロジェクトに横やりをいれはじめ、いくつかの中国が推進するプロジェクトは中断に追い込まれているという。
きゃとらんが言ってたけど、金なくなってくると「食事は味よりカロリーだ」「食事は娯楽じゃない、義務だ」って感じになってくるんだよな。
(1)
「時間を潰すための幾つかある選択肢のうちからあえてゲームを選ぶ意味がわからない」
って感じで、「いかに金をかけずに適度に時間を潰すか」って目的があるような気がするんだけどどうだろうか。
ゲームが生活の比重のそこそこを占めてる(実績月1000目標)立場から考えると「ゲームをしてると勝手に時間が潰れる」わけで、「今日どうやって時間潰そう、安いから映画のレンタルでいいか」とか考える暇もないんだよ。
「映画なら必ず2時間以内に終わる」とは言うけど、上にも書いたとおり「時間を潰す」こと自体が目的化してないか?5時間余ってる時に2時間だけ潰したってしょうがないわけじゃん、映画2本借りてきて4時間潰すのか?まあ、2本目をトランスフォーマーにしたら5時間潰れるけどな。
無理に時間潰したいだけなら寝てた方がいいと思うよ。
(2)
増田のやってる「オタク系趣味」の例示がないのでわからないんだけど、例えばアニメを1クール=13話観たら7.5時間持ってかれるじゃん。2クールなら15時間だ。
リアルタイム視聴なら週1で30分ではあるけど、アニメを趣味にする場合週1本ってのはちょっと少なすぎるしな。
増田はそんなに時間ないの?時間ないなら無理に潰さなくていいんだよ?
(3)
俺は映画は話題作を中心に毎週1本以上観てるんだけど、話題の共有に成功したためしがほとんどない
A「アバター観ようと思ってるんだけどどうだった?」
俺「結構面白かったよ。君も観に行くといい」
3ヵ月後
俺「アバターどうだった?」
A「結局観てないんだ、まだやってるかな」
俺「賞とったからまだやってるみたいだけど…」
アバターですらこんな感じになったりするからな。テレビでやってるタダ映画だと結構うまくいくけど。
まあ、話題を共有するために映画観てるわけでもゲームしてるわけでもなく、好きだからやってるから、話題が共有できなくてもいいと思ってる。趣味っていうか好きなものってそういうもんじゃない?
増田は好きでやってることないの?話題の共有がしたいだけならニュースみなよ。
(4)
例えばダンスをやってたら
「俺、ゲームしないんだ」
「えっ!?なんで?」
で「ゲームやってて当たり前」みたいな空気をいとも簡単にやり過ごせると思うんだけど、増田は何かフィードバックのあることしてんの?俺は趣味にフィードバックはいらないと思うけど。
「編み物やってて忙しいからさー」
でもいいしさ、自分の趣味の話にもっていけば話題逸らせるだろ。
ちなみに音ゲーはポップンだけはそこそこやりこんでる(頑張ってLv42だけど)けど、ゲームはゲームでそれに似た何かとは別物だから「DDRやるならダンスした方がいい」って発想はずれてると感じる。「FPSやるくらいなら傭兵部隊にでも入ったら?」とは思わんでしょ?RPGやるならドラゴン退治に行きたいけどな。
あとついでだけど就職面接で趣味について聞かれたときは和裁って答えといたわ。そんなに頻繁にやるわけではないが浴衣くらいなら一晩で縫えるし嘘はついてない。
何かに打ち込んでいたらゲームしてないくらいでそんなに突っ込まれない(突っ込まれても回避できる)と思うんだが。
元増田が
「時間が余ってるから趣味を持ちたいんだけど、何やっていいかわからない。ゲームはこういう理由で消去したので、何かいい趣味あったら教えてチョ」
って話だったら気持ちがわからないわけじゃない。オススメは和裁な。
そもそも増田はゲームする気ないんでしょ?反論させてどうしたいの?まともな反論があったとしても聞く耳持たないわけでしょ?それにもし反論に対して反論できなかったら増田の気分が害されるだけだし。「なんでゲームしないの?」って奴を論破する方法でも尋ねたほうがよかったんじゃないかな。
夏頃、片想いをしていた。
朝まで3人で飲んで、川の字で寝た。
また朝まで3人で飲んだ。
その次はエヴァを見に行った。
ご飯を食べて、おとなしく帰った。
その次はサマーウォーズを見に行った。
なんだか帰りたくなくて、朝までバカ話しながら飲んだ。
好きなのかもとか思い始めてた。
会えると思うと週末がとっても楽しみだった。
でも、彼が話す「理想の彼女像」は自分とはとてもかけ離れていた。
「かわいい子」「賢い子」「甘えさせてくれる子」
そして「○○ちゃんは、友達だから気がねなく飲みに誘える」と繰り返し言われた。
つまりは、やんわりと断られていたのである。
「好きなのかも」と思った瞬間に、だ。
そのうち彼の仕事が忙しくなり、疎遠となった。
その間に、ひょんなきっかけで恋人ができた。
なぜ付き合ったのかというと、自分を好いてくれるからだ。
自分から好きになることに、もう疲れてしまったのだ。
だから、「好き?」と問われるたびにちょっと胸が痛む。
===
ある日、二人で飲みに行こうという話になった。
俄然、テンションは上がった。
恋人にはもちろん言わなかった。
そして、彼にも恋人ができたという話は一切しなかった。
予約されていたのは、とても雰囲気のいいお店だった。
所謂カップルシートだったのは偶然なのかどうなのか。
「それっぽい雰囲気」にならないように、
ラストオーダーを告げられ、店を出た。
まだ飲みたい。話したい。
そう思ったので誘ってみたら、また乗ってくれた。
===
個室の居酒屋。
最初は向かい合って座っていたのに、
何かのきっかけで隣に座ってきた。
「彼氏早く見つけろよー」と言う。
恋人はすでにいるが、そんなことは言えない。
居心地の良いこの関係を壊したくない。そう思ってしまった。
「○○ちゃんは可愛いよ」
「○○ちゃんは賢い子だと思うよ」
やたら褒めてくる。今までそんなこと言ってなかったのに。
冗談なのか何なのか、「一人で寝るのさみしい。腕まくらしてよ。」と言われる。
もちろん恋人には言わない。
帰り道、私の肩に頭を乗せて「あー、いいなー」と呟いていた。
===
分かってる。
そんな中で、さみしい気持ちが出てきて、
そこに都合よくいるのが私だった、それだけだと思う。
私を好きになってるわけがない。
彼はただ「だれか」に甘えたいだけだ。と。
しかし。しかしだ。
私は彼が好きだ。
===
そこで激しく悩むわけだ。
「自分が好きになった人」を取るのか。
「自分を好きになってくれている人」を取るのか。
答は出ない。
時の流れに任せてみるか。