はてなキーワード: 洪水とは
ほかに気になるのがあったら、追加していただきたく思います。
21世紀の人類の課題、なんて大きく出たけど、僕らの叡智はこの1点に集中すべきと思う、とぼんやり考えている。
縮んでいく世界でどう楽しく生きるか。
ホント、これだけ。市場がどんどん拡大して、どんどん儲かる時代はもう終わった。
(ついでにタイの洪水でサプライヤさんが止まってしまってモノが作れない)
やる気なくなっちゃうよなあ。
実家に帰省するたびに過疎化が進んでいるなあと寂しい思いになる。
バスや電車の本数はどんどん減って、駅前には老人ホームが新設され、パチンコ屋くらいしか賑わっていない。
今、住んでいるのは両親と祖父の3人だ。きっと寂しい思いをしていると思う。
祖母は自殺をした。
体の不調を感じ、(または過度に思い込んでしまって)自分の介護をさせるくらいならと死を選んだ。
自分が介護に苦労したから、母にはそんな思いをさせたくなかったし、そんな姿を見せたくなかっただろう。
でもなんで……
遊びに来るときはケーキを持ってきてくれて、年末年始の親戚の集いでもよく参加する元気の良い人だった。
老体にむちうって、鉄道にメンテナンスをやっているといっていた。
「やっぱり俺は農家の人間だった。商売人には、なれなかったなあ」
親戚の集いでふと僕に言った言葉を思い出す。おじさんは営業畑で生きてきた人だった。
何を思ってこの言葉を言ったのだろうか……
社会や家族や共同体が小さくなって、吸収しきれない絶望だけが個人の中に膨らみ積もっていく。
家も古くなっていく。手入れされない田畑が増える。
自分の身体は老いて、頭もはっきりしなくなっていく。
僕らはどう楽しく生きるか。
局所的に拡大しているサークルに身をおくのか? でも外側の老いていく両親はどうするの?
悩ましい。
悩ましいけど、どんなところであれ明るく楽しく生きていくのは人の義務だと思う。
全く新しい考え方が求められている気がしてならない。
昨日あたり麻生元首相の予言が当たったとかいう記事が人気になってたけど、みんな「遊水池」って知らないんだろうか?川から水があふれたような画像があってそれを見て「麻生元首相の予言が当たった」とかいってる記事なんだけど、読んでいてよくわからなかった。遊水池なんだから水量が上がって洪水が起こりそうになったら、その土地にわざと水を流して被害を軽減しようとするのが遊水池。だからあの画像は多分遊水池がうまく機能しているところを写したものだろう。それなのにうまく機能していなかった例として出されてもピンとこない。しかしはてブも含め、麻生元首相の絶賛の嵐。意味が分からない。「遊水池」って常識じゃないんだろうか?
ふるさとが濁った水で浸しになっている。
夜、曇天、何か目的があったらしい僕は、その流れに身を任せたり、たまに抗ったりして、母校へ向かう。
その母校は小学校だった。しかし、中で待ち受けていたのは中学校時代の音楽教師だった。
3年生の時に僕の部活の顧問となった当時25歳のその若い女性は、僕が引退するかしないかというところで妊娠が発覚し、僕らの年代が引退するに併せて産休に入った。
卒業してから顔を合わせたことのないその女性は変わらぬ姿でそこにいて、僕と再開した。
ここでわかったことなのだが、どうやらこの水浸し、僕と100人ほどの学生のしわざだということで、反省文を書かされることとなった。
そして通された部屋が近所のマクドナルドの二階席。そこで僕らは談笑しながら反省文を綴った。
ちらほら帰る人も出てきたあたりで僕も仕上がり、反省文も受理されて帰宅の運びとなった。
外を出れば未だに急流は衰えず、その流れに身を任せて自宅へと戻った。
なんと、僕が反省文も書いている間に黙って一家揃って引っ越したという。待ってるから早くおいで、と、電車で一本で着くから、駅の近くだから、との文面。
どこだかわからない。とりあえず自宅(小学校時に借りていたアパート)に向かう。
そこももちろん水浸しだが、家は原型をとどめていた。宛もない旅が始まる。
==ここで一度目を覚ます。暑くて穿いだタオルケットがテーブルにまで届き、コップが床に転がった音で目が覚めた記憶はある。しかし、治す気もせず、また眠る。目が覚めたのはここではないかもしれない==
場所はどこともわからない部屋の一室。水浸しどころではなく、潜らないといけないところもある。なぜいるのかはわからない。ところどころでアメリカ人とすれ違う。
「オー、ニホンジンtie’ヘンネー。ミズbeatAシノヘヤデ Sayカツnounテ デキマセ’ーン」とアメリカ人は言い、黒のパジェロJr.に乗っていずこへと去りゆく。
それを幾人か見届けた後、僕も部屋を出、家族を探しに歩く。
隣町の離れた森、小学校のとき、クワガタを捕りによく父と車で通った道を歩く。木を蹴るだけで、ミヤマクワガタがごっそり取れた、森。
そこに、駅があった。正確には、森は現実にあるが、駅は夢のなかだけ、そこにあった。駅名は覚えていない。
中は、山手線に走っている車両と同型だと記憶している。見た目はとても清潔で、人は4,5人ほどしか乗車していない。とても空いている。
そこの、緑のシートの座席に腰掛ける。このとき、僕はまだ全身水浸しだ。床もシートも濡れる。
途中下車をする。というより、手がかりもないので、ひと駅ひと駅虱潰しに当たるほかない。
確か、この駅に降りたとき、誰か女性と一緒にいた気がする。しかし、外に出たときは、僕一人だったはずだ。
駅の外に出るまでは、改札を抜けてからもうひとつ噛ませてあって、レストランやら、蕎麦屋やら並ぶ通りを抜けなければならなかった。
ここで、確か昼ごはんを食べようとするが、結局やめたのだった。
ちなみにこの駅、この町は見覚えがない。
外に出ると、森にあった駅の隣なのに、人が集まっていた。道路も整備され、郵便局も駅前にあり、商店街があり、生鮮市場もあった。
その風貌はいわゆる都心とは違い、たとえば温泉街のようなところだったり、たとえば小さい町の駅周辺だったり、そんな感じだ。たしかヤマザキショップもあった気がする。
そこの駅名は、よく思い出せないし、夢のなかで見た時も初めて見たとか、この世ではないどこかのような印象を持ったことは、覚えている。
名前は、人偏に鬼のような漢字と、『離』という字とも『雑』という字とも取れるようなものを、もう少し難しくしたような漢字の、二字で表記されていたはずだ。
そこのマーケットに足を運んで、いろいろ物色していたのだけど、食べ物が面白い。
全部現実のものより食材だけが大きくて、背負ったり両手で持たないと運べないようなものばかりだった。
面白いのだけど、仕入れてる人が持ってきた手羽先のから揚げが、持ち運ぶときに何度も地面を擦ってるのを見てしまい、がっかりしてマーケットを出た。
そして駅に戻り、電車に乗る。いくつもの駅を通り過ぎ、気が付けば300km以上は進んでいたのではないか。
このメールは、目を覚まして数時間経った今でもはっきりと思い出せる。
こんな内容だ。
僕ははっきりおかしいと思った。ここには電車一本では付かないからだ。
そこで僕は以前の森の中にあった駅で降りて、歩くことにした。
歩いて、歩いて、報徳の駅にたどり着いた。
ここも寂れており、ちょうど富士急行に乗り継ぐあたりのような駅の風貌だ。
これもまた、はっきりと覚えている。僕はここで何かに絶望したのだ。絶望しながらも、満足したのだ。あとのことは覚えていない。
目を覚ます。
時刻は8時40分を過ぎようかというところだ。
うまくいかないというよりは、必ずしも賞賛されない理由といったところか。
まず、映像化するのはすばらしいことだという誤解がある。
小説という文字だけで表現された物語を映画のような大迫力の映像メディアにすると、なんだか「進化した」ような気がする。
これが実は違う。映像化は、どちらかといえば退化だ。
なぜ退化かと言えば、人間の想像力を阻害する度合いが大きくなってしまうから。
視覚による情報というのは、たとえどんなにそれが洗練されていったとしても、想像力によって表現される無限の表現と比べたらカスのようなものだ。
もちろん、文字から想起されるものというのも制限は多い。火と書けばそれだけで想像できる範囲は狭まってしまう。
しかし、実際に火の映像を見せられるのと火という文字から火を想像するのは大きな違いがある。
それは、火の映像は映像を作った人間の「火」を映像化したものであり、しかも不完全(完全には想像したものを変換できていない)であり、
火の想像は想像している本人にとって「完璧な」火の表現を完璧に受け取ることが出来るからだ。
しかし、多くの人が映像の洪水に飲み込まれた結果、想像する力が衰えていき、自分の想像力よりも他人の想像したものの不完全な具現化のほうをすばらしいと思い込むようになった。
ハリーポッターの映画が大成功したのは、ファンタジーという異質な世界観であることで想像力を働かせにくいことと、そもそも原作が売れていることの二点があると思う。
しかし、ハリーポッターが児童文学であることを考えれば、想像力を働かせにくいというよりそもそも文章がその点に重点を置いていない可能性が考えられる。
ハリーポッターはストーリーが面白いと言われるので、ストーリーさえしっかりしていれば魔法の表現などはある程度適当でもいいと作者は考えているのかもしれない。
そうすると、原作によってストーリーを熟知したファンが映画によって映像面を補強することが出来るようになったので「二度美味しく」楽しめるようになった。
だから、これほどまでにヒットしたのかもと考えられる。
最初に言いたいことは、これだけの雨が降ったにもかかわらず、これまでの治水の成果が出ていると思ったの。
NHKのヘリの中継で新潟の洪水の様子を目の当たりにした人も多いと思うが、アナウンサーの人と河川事務所の人の会話が咬み合っていなかったので、少し補足しておきたいんだよね。
100年に一度、200年に一度とだんだんと洪水の想定規模がおおきくなっていって、今は、3階建の建物くらいの高さがある。堤防の上の道路を走っていると2階建ての家の屋根よりも高いところを走る。
堤防の内側は、河川敷だ。堤防の内側の農地は、「何でそこに農地があるの」ってことになるのかもしれない。河川事務所の人も答えにくい質問だ。ちょっとおじさんがかわいそうだった。
低いところに駐車場をもっている人は、緊急時には、あらかじめ高いところ車を避難させるよね。よく水が上がる地域の人は何とかなる場所を知っています。
普段、河道となっている部分にしか橋がかかっていない橋が幾つかある。残念ながら、橋をかけたときに予算が足りなくて、堤防から堤防まで橋がかけられなかったところだ。この手の橋を渡るには、3階建ての高さの堤防を登って、一度、河川敷に降りて、橋の部分でもう一度、坂を登るような不思議な作りになっている。なので、洪水の時は、河川敷の部分があらかじめ水に浸かることになっている。
ここは自然堤防といって、その周りの土地よりも1から2メートルだけ高い。治水技術がなかったときの助かるための手段だけあって、安全性は高い。川沿いの昔からある家には、2階に避難用の小舟があったりする。
「新潟」という言葉が与える印象について。新潟県は北から南まで北陸3県分の規模がある。関東で言えば、小田原から宇都宮までくらいの広さがある。大きい範囲の一部分のことだということをまず捉えていただきたい。
で、次に新潟市も無駄にでかい。田園地帯を広域合併してしまったので、密度は薄いが面積だけはでかい。端っこから端っこまで車で2時間はかかる。そいう規模だ。なので、晴れて道路が乾いているところもあれば、水が溢れそうなところもある。
越後平野は、日本最大の干拓地だ。もともとは広大な潟湖で、いわば沼だ。強いて言えば、オランダと同じようなもので、海抜は極めて低く、各地の排水機場で必死に水を排水している。県内では柏崎刈羽原発の次にしっかりと警備をしないといけない場所だ。
もともと何の手も打たずに安全な場所は越後平野の中では少ないと認識しておく必要がある。
日本有数の信濃川と阿賀野川の2つの大河は、幾つかの工事によって、かなり治水された。これらの工事をしていなければ、今回の豪雨で新潟平野中が水浸しだっただろう。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E6%B2%B3%E6%B4%A5%E5%88%86%E6%B0%B4
http://www.hrr.mlit.go.jp/shinano/ohkouzu/
信濃川の長岡の先で、海に水を流して、下流を守る分水路がある。大正11年に完成。堰のデザインがクラシカルだ。日本のパナマ運河とも言われた大工事だった。
ここで、かなりの量の水は海へ排水される。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%96%A2%E5%B1%8B%E5%88%86%E6%B0%B4
新潟市の市街地をショートカットする分水路。市街地への水量を減らせるようになった。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%98%BF%E8%B3%80%E9%87%8E%E5%B7%9D
阿賀野川の流路も江戸時代の終わりには海へショートカットされるように直された。
この流路の変更の前は、信濃川と同じ地点に河口があった。
この2つの川は昔からのあばれ川だったので、大幅に人口河川化された。治水事業の実施後の洪水はない。
この2つは、運良く洪水にならなかった。そのため、派手な治水事業が行われず、7年前の大雨のときにはじめて問題が顕在化した。この7年の間に堤防は大幅にパワーアップしている。
「有事には役に立たない」だとか
「土壇場では度胸も知恵もない」だとか
そもそも平時から、いつだって、あいつらは役になんか立っていないのだ。
社会の平穏と余剰を食っているうちはいくらでも霞の奥に隠れられるが
一時的にでもそういうものがぶっ飛んだときには実体が丸出しになる。
別に大災害が起きずとも
実務能力を問われる場面に出て行ってしまったところを見たとき、
「あれ?なんかただの馬鹿じゃないの?」
「普通の人と変わらないし、不慣れなぶんただの無能じゃないの?」
と察知したことのある人も居るはずだ。
若い世代の思想家の親分は
だから子分がそれすら理解せずにモノポリーとか言ってりゃキレたくなるのは人情だ。
思想家達の立たされている今の状況は、遅かれ早かれ有り得た未来でしかない。
これは往時の日本のプロレスラーが、ガチ競技である総合格闘技に直面した時とよく似た状況だ。
だいたい、ファンとの距離が縮まったり、消費者の持つ情報が増えたりすれば、
虚像は見破られて熱は冷めてしまう。
ネットで四六時中所感や行動を報告して関心を引かなければならず、
また観衆にそれをまとめられちゃったりする時代に、
従来通りの思想ごっこ続けようって方が無理なのだ。
そこでまだなんとか活路を探して「我々はガチ」と言い張り続けるのが親分の道で
あっさりと「いやいや、ガチのリングで俺達に何か求めないでよw」と表明したのが子分Uの道。
後者も日常に戻ればもちろん「俺は最強だ!」「誰でもかかって来いぶっ殺してやるよ!」と吼えるけれども
それがどういう意味なのか、どう消費してほしいのか、を暗黙かつ雄弁に示したのがモノポリーではなかったか。
一直線の衰亡を脱する可能性があるのは子分Uの道だけだ。
今回メタ目配せとしてスマートな所作を見せることが出来たのは彼だけなのだが
「別の子分はチャリティーやると言えたのにおまえは!」なんてズレたこと言ってる。
弁舌の徒がチャリティーやりだしてどうすんねんと。
それは新日やノアのプロレスラーが総合のセコい大会のエキジビジョンに参戦するような迷走でしかない。
有事に臨んで日頃やってきたことと連続していない別の商売をやり始めちゃうのは
それまでやってきたことがお遊びだったと認めるに等しいうえ、
後悔にまみれたその記憶を自分の手で書き表すことで、私は二度とこうしたものに手を出さないことを自分自身で確認しようと思う。
独身の頃からそういうものに興味はあり、海外で日本では禁じられている薬物に手を出したこともあった。
ただ、同行者はそれを吸ってとても楽しそうにしていたが、私には一向に効き目がなく、その体験はただ、
私に「あちらの世界」への憧れをかきたてるだけのものだった。
それには依存性はほとんどなく、何年もの間、それを欲しいと思ったこともなかったし、
一生必要ないと思っていた。ただ、「あちらの世界」への好奇心だけは私の心に根深く残ったままだった。
私はたまたま合法ハーブという語をインターネットで見つけ、好奇心からそれを調べた。
現在に日本では禁じられていない成分のみを用い、幻覚作用や覚醒作用をもたらすものということだった。
建前としてはお香としての使用を前提にしており、その煙を吸引することは推奨していない。
もちろん、それはただの建前であり、それらのサイトや関連Wikiにはその吸引体験が
多く綴られていた。
私は甘く見ていたのだ。
過去にそれに類するものを服用してまったく効果があらわれなかったこと。
そして、アルコール程度の影響で終わるのではという根拠のない自信。
夜22時30分。私は近くの街にあるその店の門を開いた。
暗い照明。ガラスケースに収まり怪しい光をはなつ「合法ドラッグ」のパッケージ。
「なんにしますか」カウンターの奥にいたのは、Tシャツにキャップをかぶった
私は「あまり強くないものを」と頼み、Wikiである程度名前が知られていて評判のよいものを
選び、それを買った。喫煙具と合わせて5700円。高いけれど、もちろん無理な価格ではない。
店の奥にはソファとテーブルがあり、その場で吸えるようにもなっている。
どうしてその場で吸おうと思ったかは分からない。家よりも安全だと思ったのだろう。
大きな間違いだった。
慣れない手つきで買ったばかりのふわふわした葉(かすみ草の花のようなものもふくまれていた)を
紙に巻き、火をつけた。要領は海外でやったときに知っていた。深く煙を吸い込み、
30秒ほど息を止めてゆっくりと吐き出す。
もう一度同じように吸った。何度も、何度も。ジョイント一本分、草が燃え尽きるまで全て吸った。
好奇心がわき、それからの身体的な変化を記録しようと思い、iPhoneを取り出した。
文字をフリックで打つが、まず指にしびれを感じだし、すぐに視覚がおかしくなってきた。
指を動かすが、目に映る像がワンテンポ遅れている。徐々に体中にジーンという
しびれが広がり、耳に聞こえる音が暴力的なまでに大きくなってきた。
10:35
電気がくるかんじ。
パルスが短くなっていく。
ビーン
という音
目がよわくなっていく。
あ
電気のビーンという音が
してると思ったら。
ここの照明の響く音でした。
耳が良くなるって本当だったんだね。
音がすごい立体感を帯びてきた。
十分すぎる時間はあったが、私は怖くなった。
このままでは帰れなくなるほどに、自分の状態は
悪くなるのではないだろうか。
後悔。後悔。
私は光のあふれかえる街に飛び出した。
うるさい音を発しながら私の横を通り過ぎていく。
見知った道はまるで違う道のようで、私は駅に行くために
駅へと急いだ。
足が思うように動かず、気づくと外界からシャットアウトされるほどの
思考の大波が私を襲う。今ものをなくしても分からないぞ、やばいな、と
私は頭の片隅で思った。
今の私を外から見ると、とてもまともには見えないだろう。
妻にだってわかるに違いない。
電車に乗った。
電車の中は混んでいて、においがとてもひどかった。
ドアの脇に立っていたが、どうにも足がふらついてカクカクする。
そして、すぐに思考の大波。
乗り過ごしたら万が一にも帰ることはできないだろう。
自分の体が電気の粒に分解されて、寄りかかっている壁に吸い込まれるような感覚。
心細い、あまりにも心細い。何も支えるものがない。
もう涙があふれ出そうだった。
なんてことをしたんだろう。愚かだ。あまりにも愚かだ。
警察に保護されるようなことになったら妻はなんて顔をするだろう。
ずっとずっと妻のことだけを考え、かろうじて残った正常な感覚を
かきあつめるようにして、私は電車に揺られていた。
時間の感覚が遅い。ずっとずっと考え事をしていたように思ったが、
着かない。着かない。私は焦った。
鞄の中に吐いた。周囲の目が突き刺さるのを感じたが、
その時扉が開き、私は転げるように電車を出た。
帰らなければ。妻と子どものいる家に帰らなくては。
あと10分、私の足よ動いてくれ。私の脳よ導いてくれ。
引き出し、ゴミ箱に捨てた。こんなもの、二度とやるものか。
一歩、一歩、改札を出るのもやっとこさ、私は家への道を
ふらふらしながら歩いた。
家の手前でまた嘔吐感に襲われ、また吐いた。
そして。
妻は私を出迎えてくれた。ほっとした顔を覚えている。
私は謝った。
「ごめんなさい。ごめんなさい」
妻の顔が凍りついた。
妻は驚き、悲しみ、倒れている僕の横でワンワン泣いた。
「そんなに私と別れたかったのか」そういって泣いた。
なにも妻は悪くなかった。日常に不満もなかった。
ただ、好奇心だけでわたしはしてはいけないことをしてしまったのだ。
感じた。涙が出た。止まらなかった。
そのまま気を失うように眠った。
翌朝、私の思考は元に戻っていた。
少し頭が重いが、普通の状態だ。
寝室では妻と子どもが眠っていた。
私はこっそりと二人の横に身を横たえ、もう一度眠った。
それから、妻は長らく口をきかず、私はただただ、謝りつづけた。
もう二度とこのような愚かなことをしないこと、何度も何度も謝った。
妻は言った。「しかしこのことを許したわけではありません。絶対に許しません」
妻はつづけた。
「違法か、合法か、そんなことは関係ないの。こういうものは、あなたの何もかも、今まで積みあげてきたいろんなことを、
あなたが善良な人であったことさえも、一度に奪ってしまうかもしれないの。」
子どもが起き、私たちは三人で外に出た。
子どもがその日、はじめて私のことを「パパ」と口に出して呼んでくれた。
また涙が出そうになった。
妻はずっと泣きつづけ、泣きつづけて、
その間私は彼女がしなければと言っていた
家事をやった。戻ってきた私に妻はひとこと
「ありがとう」と言った。
私たちは寝息を立てている息子の横に、
いつもしているように枕を並べて寝そべった。
妻に許可を取り、そっと体を抱き寄せて眠った。
薬物が体を駆け巡り、蝕みだしてからずっと、私は自分が手にした幸せを全て手放してしまうことを恐れた。
そして事実、それは極めてリアリティのある話になってしまった。
実際のところは分からない。しかし私は絶対にもう手を出さない。
妻と子どもと暮らすこと。今の仕事。そして数十年後の、妻とのささやかな夢が、
何よりも大切なのだ。それが、一瞬にして水泡に帰す。そんなものには
二度と手を出さない。私は強く心に決めた。
これまでよりも、よい夫で、よい父でありたい。
私の誇れることだった。
戒めのために、わたしはこの記録を残す。
電車の中で吐き気と、思考の洪水に飲まれながら私が打ったEvernoteへの記録を結びに。
毒
だ。これは
毒だ。
捨てる。
捨てる。駅についたら。
現在の法に照らし合わせて問題はないはずだし、自分が快適に生きられる範囲でやればいいと思います。
私が不慣れで、しかもこういうことをやるのに適した環境にない、それだけのことです。
いくつかご意見をいただきました。セッティング、環境を作れてないのがよろしくない、と。
思えばそうした状況から一時的に逃避したかったのかもしれません。
だから外にしました。もちろん、それがド素人の甘い選択であったことはいうまでもありません。
トんでいる状態で徒歩計20分、電車に乗って10分という帰宅への道のりを辿らなければならない、
その焦り、帰れないのでは・ばれるのでは・様子がおかしくなって警察を呼ばれるのでは、という
ネガティブな思考が悪い方向に私をもっていたことは十分にありえることです。
そもそもバッドトリップだったのかもわかりません。ただ、私は自分の身体の変化がおそろしくなった。
やってくるものに抗い、平静を保とうとした。それが嘔吐感をもたらしたのかもしれません。
それに身を任せていたら楽しかったのかもしれませんね。
妻がそういう考えで、その妻を大切にしたい私にはできないものなのだ。
そういう気持ちでいます。
http://b.hatena.ne.jp/entry/okuzawats.com/archives/465
http://okuzawats.com/archives/465
http://twitter.com/fromdusktildawn/status/43614834679496704
ベーシックインカムの失敗例としてナウルが久々に話題になっている。この国がネットで話題になったのは今から8年ほど前、スラッシュドットジャパンで取り上げられてから。
その当時、こんな国があることに驚愕し、まとめを自分のサイトに置いておいたところ結構話題になった。その時にまとめたものに加筆して、ここに再び載せておく。更に調べたい方は日刊ベリタで調べていただければ、詳細なことが分かる。
燐鉱により南太平洋一の豊かな国であり、国民全員に年金が支給されていたが、それがたたって国民は生活力皆無。労働どころか家事すらしない。労働者もほとんど外国からの出稼ぎ。ナウル人はひがな遊んで暮らしている。 国民に就労の意志はありません。
燐鉱は露天掘りされており国土である島はクレータ状になっており荒廃している。
近年の燐枯渇により財政状態悪化。海外投資や航空会社運営、タックス・ヘイブン的な金融業、更に国籍売買などをするが、ことごとく失敗。折しもイラク戦争時で、テロリストのマネーロンダリングや、国籍売買をしていたためアメリカの怒りを買う。
オーストラリアに庇護を求めてきたイラク・アフガン難民約1100人をかわりに受け入れ(オーストラリアによる難民の横流し)、オーストラリアから経済支援を受けるも治安悪化。
アメリカの非公式な「制裁」により国際電話が不通となり(唯一の国際電話につながった電話機が壊れたという説もある)、国ごと音信不通に。隣国のオーストラリアが国際救助隊を派遣するも通信がうまくいかない情況に。
難民キャンプではデング熱の流行などもあり、政府の混乱に対して合を煮やした難民たちが反乱を起こし、自主管理となる。
混乱が始まった2003年当時大統領選挙が行われたが、ハリスとドウィヨゴの二人が互いに正当な大統領を主張し政府が分裂。しかも二人とも肥満が原因による腎疾患を患っており、一年の大半を海外で療養生活をして過ごしていた。大統領官邸が焼き討ちされる、洪水の発生など、国内は混乱状態に。後にドウィヨゴはアメリカに事実上の亡命、亡命先のワシントンで腎疾患により死亡。その後再び選挙が行われるも、議長が選出されず議会が麻痺状態に。3ヶ月の政治的空白の後、スコッティが新大統領として選出される。このスコッティ内閣も議会の混乱により半年で崩壊することとなる。
その後も国民全員のオーストラリアへの移住が検討されたり、カジノとの吸収合併案(一主権国家がカジノに吸収合併!)、難民キャンプの暴動など政治の混乱は続いているが、当のナウル人はどこ吹く風の状態。日本も2005年に1億円の援助を行なっている。これは日本の捕鯨への支持に対する見返りと言われている。
そもそもこの国、外交関係も適当で何回も「二つの中国(中華民国と中華人民共和国)」への承認を変えていて、その度に承認先から援助をうけている。その割に、ナショナリズムというものは、そこら辺のミクロネシアにある大国の属国(ニウエとか)よりも有るらしく、オーストラリアからのナウル人への市民権付与の申し出も断っている。
http://b.hatena.ne.jp/simulacre/20110304#bookmark-32547325
↑ブコメでベーシックインカムの失敗例としてあげたけど、失敗国家の典型例というべきもの。更にアメリカやオーストラリアなど大国の意思に翻弄されたり、イラク・アフガン戦争に関わったり、国内の事情だけでなく国際情勢にも翻弄されて駄目になった国だ。アフリカは資源の取り合いで内戦が起こったりして貧困状態だけど、ナウルはその逆。争いすら起こらない(争っているのは権力者と難民だけ)。豊かさによって滅ぶ国もあるんだなと思った。
ナウルはたしかにベーシックインカムの極端な失敗例であるけれども、ナウルが失敗したのはベーシックインカムの失敗だけではないということを示しておきたくて、このまとめを書いた。
「争いすら起こらない」なんて書いたけど、争いは起こっていたようだ。
http://tekigi.hiho.jp/blog/archives/2008/10/post_1595.html
さすがのナウル人も暴徒化したようだ。ただ自業自得な面が大きいので同情はしないけど。
人が作ったものではあるけど、人によってデザインされたものじゃない。いわば自然現象。
もちろん、世界各地に中央銀行があるようにある程度人によってコントロールの試みがなされてるけど、
それは海に防波堤を作ったり川に護岸を作ったりする程度のものに過ぎない。
だから、資本主義の失敗っていうのは「資本主義経済コントロールの失敗」であって、
別に洪水は川が失敗したわけじゃないし、津波は海が失敗したわけじゃない。資本主義は失敗しようがないよ。
資本「主義」って言い方がこういう誤解を生む元だよなぁ。
生活するには労働するのが不可欠なんですよね…。どの経済システムを取ったとしても。
3次産業にリソースが集中されていくだけであるとも言えなくなって来たのが最近の状況だよ。
今の日本は、目立つ所だと林業がリソース不足で大変な事になってるからね。
1次産業に穴が開くと、生存圏の確保が大変だと言う事になった。
だから、技術やインフラ、文明が発達して、生活は楽になるだろうが、労働は俄然必要な時代にしかならないよ。
俺達は働かなくてもいい時代になった時に、本当は働かなくてもいい事に対する解を持っていないんじゃないか
上述の理由から、働かなくてもいい時代は来ないので解を出してもあまり意味は無いと思う。
ちなみに、ニートと言っても消費はしているんだから、消費し尽くして大人しく死ぬだけなら産業的にはありがたい存在。
どの産業にも属して無いが消費だけはしてくれると言う実は魔法の箱みたいなもんよ?
ただ、国家資産や金融資産からこいつらの生活費を出してやる必要は無い(出してしまうと特に意味も無く通行料だけが高い金の通り道になってしまう)ってだけで。
働かなくても社会が回る
特に1次産業は生活圏と密接に関わっているので、日本では洪水時の治水、山林が無秩序化する、野生動物が生活圏に侵入する。などの現象となってるよね。
仕事として成立するバイがどんどん減っていく
3次産業が飽和してるってだけで、2次産業、さらに言えば1次産業は圧倒的に不足しているよ。
そもそも働かないのは生存の放棄に他ならないんだから、消費できる間はまだ価値があるけど、消費できなくなったら無価値だよ?
働かないから資本が手に入らない。それで貧しくなるのは当たり前。
本来、社会保障ってのは、今後の労働で税金収入が見込まれるから一時的に貸付しているわけで、今後の労働での税金収入が見込まれないニートに与えて良いものでも無いんだがな。
十分に働いているのに貧困状態と言うのなら問題になるんだがね。
そういったものの解決にだって、マイクロクレジットとかアイデアはいろいろ出てきている。
今後は、1次産業の価格の引き上げ、技術の投入。下請けと上位工程の賃金差の是正などが起きると思うよ。
資本主義にどんな思いを抱いてるのか知らないけど、「全てのリソースを資本と言う共通の物差しで計る試み」はこれからも続くよ。
ユニクロ柳井氏 「日本国民は自分に不都合な情報には耳をふさぎ、過去の栄光に自己満足している滑稽な国民」「驚くほど能天気」
http://raicho.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1291803726/
日本の労働者の人件費を新興国の労働者並みに下げる策(非正規社員の拡大)が格差社会というスローガンと共に批判されて頓挫、他国に企業拠点を移転する方向に変更されつつあるのが現在。
日本の宗教観は神道(多神教)と仏教(無神論)が神仏習合して築き上げられただけではない。
【日刊 アジアのエネルギー最前線】トルコは原子力で日本狙いか
http://my.reset.jp/adachihayao/index.htm
レアアースとトリュームの関係,先日のNHKの特集まで,よく知らなかった。レアアースの中には相当規模のトリュームが含まれてい
て放射能を発し,レアアース生産でこのトリュームを削除する工程が結構面倒くさいという。このために米国などは自国のレアアース生
産は行っていないと言う。トリュームというのは,ウランなどの核燃料の代替案として浮かび上がってきており,インドなどはその技術
開発に熱心であることは知っていた。
インドは核燃料で世界の制裁を受けているときに,核燃料不足に悩まされて,国内に豊富に埋蔵するトリュームを燃料とする原子力発電
を,大統領自ら喧伝していた。トリュームを燃やしてもプルトニュームが発生しないことから,安全なエネルギーが取り出される,この
面からも真剣にトリューム原子炉が世界的に議論されている。インドはレアアースが東西の沿岸部を中心に包蔵し,当然この中にト
リュームが含まれている。
そこで疑問が浮かぶのは,世界のレアアースの95%を生産してきた中国は,この取り除いたトリュームをどう処理しているのだろう
か。ネット上で調べても,中国のレアアースとトリュームの関係は,特に述べられていない。しかし,中国のレアアースにはトリューム
がない,ということはないでしょう。では中国はそのトリュームを廃棄したのだろうか,はたまた将来の利用価値を知った上で,密かに
備蓄しているのであろうか。
トルコのシノップ原子力開発について,トルコ政府が交渉に失敗し,トルコは日本の東芝プラントシステムに,協議に応ずるよう要請し
たと報道されている。裏側はよく分からないし,日本企業が長年に亘り根回しをしてきたであろうことは想像できるが,トルコ政府との
合弁方式による開発では,韓国の価格が合わなかったとされている。UAEのケースは,原発建設だから,基本的にビジネスが違うこと
になる。
しかし,果たしてトルコは,日本との交渉においてこの価格競争となったときに,日本企業に有利な展開になる,と言う見通しを持って
いるのだろうか,そうとは思えない,韓国が受けられなかった価格を日本なら受ける,ということはあり得ないだろう。勝手な想像だ
が,トルコの人は本当に日本人が好きだ,その様なことでビジネスが動くのかどうか,疑問ではあるが,恐らく親日の心がいくらかでも
影響しているなら,東芝に頑張って欲しい。
ミャンマーでスーチーさんが解放されたが,全体的な論調としては,世界で最も著名な政治犯であるにもかかわらず同氏の立場は近年弱
体化した,であり,事実,世界は彼女が捕らわれているために,どれだけのエネルギーの消費を強いられたであろうか。今度もなお活発
な活動が続くと,再逮捕の可能性は高く,それだけまた世界にエネルギー消費を要求することになる。エネルギーだけでなく,時間もど
んどん無駄に使われる。
勿論,自由の価値は命より尊いが,何年間も家に閉じこめられた状態ではどうしようもない,発信もままならず,西欧諸国も単に眺めて
いるだけで,手の打ちようがない。物事も,エネルギー資源も,ミャンマーの人心も,すべて中国に持って行かれるだけだから,この辺
りでけじめを付けて,日本も思い切った開発政策に乗るべきだろう。眞の民主化は4年後でも仕方がない。
日本政府が,横浜ビジョンの成案に一生懸命になっている頃,中国の武漢では,中ロ印の3カ国外相が集まって,新興国として共同歩調
を確認しあっている。横浜での駆け引きの間,中国領内でのこのような会話が進んでいるのだ。このニュースを見て,核保有がなけれ
ば,誰も真剣に相手にしてくれない,湖錦濤などは実際に菅さんと会ったことさへもう忘れ去っている。米国の核の傘の下,これをこの
まま使い続けるか。
インドネシアは原油生産の落ち込みが現実になって,国会は焦っているが,外国企業は別として,プルタミナは原油の生産増を真剣に
図ってくれるだろう,とプルタミナに発破を掛けている。プルタミナにその国威のすべてを賭けている感じだが,実際にプルタミナの努
力が原油生産増に結びつくのか,今日の記事では,2011年には,2010年の日19万バレルを5.26%上げ,20万バレルとする
目標を発表している。
インドのアルンチャルプラデシュ,北東地域の水力開発の先兵のような存在で,中国のチベット開発に対抗して,大規模ダムの建設を進
めているが,環境基準の一つである,喪失した森林に相当する植林を行うことを義務づけている。州政府は,81%が森林に覆われてい
るこの州では,]新たな植林というのは不可能だ,と異論を唱えている。この基準のために,環境承認が遅れている。
アルンチャルの水力開発で喪失した森林はアルンチャルで埋めなければならないのか。同じような基準はタイなどにもあるが,元々地球
温暖化は意識してないから,新たな植林は,プロジェクトの近傍か,少なくとも同じ流域内,という観念がある。でも,森林喪失の影響
は,近年,地球温暖化と共に論じられており,理屈から言えば,代替植林は他の州でも良い,極端なことを言えば,インドの森林喪失
ベトナム中部は,再三台風に襲われて洪水に見舞われ,多くの犠牲者を出している。近年盛んなダム開発のせいだ,と住民が騒いでい
る。フォーラムが持たれて,洪水被害はダムの影響ではない,その証拠にダムが出来る前も洪水被害が出ているではないか,とダムを操
作している側からの発言が続いている。ダムがその機能を果たしているかどうかもさることながら,少なくとも警報の出し方には問題が
ある,と議論が進む。http://bit.ly/adBJ6K
実際,ベトナム中部は日本列島と地形的に似ていて,急流だからダムの容量も大きくとれないし,洪水がダムに押し寄せてくる時間も短
時間で,洪水防御は大変に難しい。ベトナムのダム開発は荒っぽいから,放流方法や下流への警報との連携など,もう少しきめ細かく操
作規定を作らなければならないだろう。私も一度,我が家の上流で工事が進んでいる安威川ダムの計画をチェックしておきたいと思って
四年前、本気で好きになった人に捨てられました。
この四年間は、何をしてきたのかわからないくらいぼんやり過ごしました。
いい会社に入って、大きな仕事を担当するようになって、それなりに成功したキャンペーンも手掛けてきたのに、どこか抜け殻のようです。
どうすることもできない、もどかしさと想いだけが募り、今でも心の中に彼がいます。
今日、夢を見ました。
彼が部屋に遊びにきていました。
目が覚めて、まだ私は辛いんだな、と実感しました。
もう、会社では、後輩を育てていく年になってきている。
彼がいなくても大丈夫なように、ちゃんと地に足をつけたい。
ちゃんと明確なポリシーを持って仕事に取り組んで、彼を目標にすることはやめたい。
やれば終わるというだけで仕事をするのはよくない。
今、洪水のように流されるままに誰かに笑顔を振りまいたり煽てたりしている。
このままだときっと私は彼の幻想に勝てない。
その為に、彼がいなくても生きていける体になりたい。
「市民団体を黙らせた少女の言葉」というコピペを思い出して絶望した
http://d.hatena.ne.jp/hokke-ookami/20100902/1283437259
↑ id:hokke-ookami さんのこの記事についての感想です。
"イスラム武装勢力系の非合法組織が被災者支援"の記事から、阪神淡路大震災時の
指定暴力団の活動が想起されるのか、まずは自衛隊の活動を思い出すかは人によって
違うのだなぁと妙に感心してしまった。
パキスタン洪水で被災者支援している「イスラム武装勢力系の非合法組織」に近い組織はどれ?
さてあなたはどれを思い出しました?
僕は1.だったんだがなぁ
川内川激特詐欺事件についての記事で、ぶっちゃけ意味がわからなかった。
人に聞いてすっきり納得できたのでまとめておく。
詐欺事件が起きたのは、川内川の源流である大口市や伊佐市である。
川内川というのは割と大きな川で、その周辺は昔から治水に苦労している地域といえる。
最近も氾濫したので、国土交通省の川内川河川事務所が治水に向けて動いていた。
治水というのは、川周辺に堤防やダムなどを作って水害や土砂災害から地域を守ること。
そこに住んでいる地権者は工事のため新たな土地に移転しなくてはならない。
しかし、移転に必要な資金をだれもがもっているわけではない。
そこで、被告は地権者のための移転資金などをなんらかの手段で工面して治水工事を進める必要があった。
(川の氾濫というのは、梅雨や台風のように時期が決まっているため、工事が間に合わないと、大洪水を防ぐこともできなくなる。)
その工面方法は基本的に他の地権者や建設業者に借金するという方法だった。
地権者は、工事が進まないと自分の地域の洪水を防ぐことができないため、いくらでも進んで貸し出すし、
建設業者も、今後国から仕事が降りてくることを考えれば、断る理由は無い。
そんなわけで、借金して回る被告は地域のために走りまわってくれるありがたい国の役人であった。
国に対する水増し請求である。
土地代金を国に水増し請求して地権者に支払い、その水増し分を借り入れて、遊興費や借金返済などにあてていた。
http://news.ktstv.net/e18520.html
この事件には更に悲しいネジレが生じていた。
知らぬ間に水増しされて金は支払われるシステムではあるが、地権者は
被告と結託してその貸し借りでいくらかを享受していたのではないかという疑いがかけられていた。
なんとなく、数年前の志布志事件を思い出す。
結局この件については、事件が起きた約ひと月後に新聞にほんの数行だけ掲載され、
公にはなっているものの、ほとんど立ち消えてしまったと言える。(そのような取り調べはしていないという発表もされている。)
グーグルせんせには載っていないし、今日の新聞記事以外は伝え聞いただけで調べてはいない。
きっと彼らは貸してくれるが、ただ借りるよりも、余裕があった上で借りた方が貸し易いだろうと水増し請求する被告と、
地域のため、信頼して貸した金が、要らぬ疑いにつながってしまった地権者。
なんだかジレンマを感じるのだが、最適解はあったのだろうか。
結局治水工事はちゃんと終わったのかもちょっと気になる。
じゃないとなんのために、被告は走り回って、地権者や建設業者は金を貸して、ある人は精神的にまいって亡くなってしまったのか分からない。
空を貫くがごとく吃立した巨大な肉棒が、日の光を受けてビル群の一角に広大な影を投げ込んでいた。
人々は我先にと蜘蛛の子を散らすように逃げ惑い、悲鳴と怒号がこだまするその様子に冷静の二文字はなく、街は混乱の極みに陥りつつあった。
肩をぶつけ逃げ走る人々の流れに逆らい、肉棒と相対するように空を見上げていた少女が、こぼすようにつぶやく。
その言葉に感応するがごとく、巨大な肉棒がびくりと脈動した。
地が揺れ、空気が揺れ、悲鳴は増幅され、人々はさらに深く混乱へと誘われる。
どこかでビルが倒壊したのだろうか、少女が爆砕音のした方へ視線を向けると、積乱雲のような土煙の塊が膨らみ立ち昇っていた。
視線を肉棒へ戻すと、今にも張り裂けんばかりに怒張した肉棒、その丸く膨らんだ先に、玉のような我慢汁が浮かんでいた。
――まるで、宝石のよう。
少女は、この世の地獄ともいうべき忌まわしき状況において、こんな場違いな想像をした。
天を衝く巨大な肉棒の先にある、宝石のような玉。この非日常的な状況におけるからこそ、少女は混乱の渦中にある美しいものに気がついたのかもしれない。
今この場所この状況において、少女と肉棒は確かに美しかった。
肉棒がひときわ大きく反り立った。
瞬間、肉棒の先から練乳を思い出させる白濁液がほとばしり、太陽を覆い隠した。
まるで津波が襲来したかのようだった。あるいは神話で語られるノアの方舟の洪水か。
ごぷりごぷりと音を立てて街と人々を飲み込んでいく白濁液は、世界の終焉を思わせるほど、絶望的で創造的であった。
その光景を見つめ続けていた少女が最期に見た光景は、追い寄せる白濁液の波の後ろで、先ほどとは打って変わってしなびれた肉棒の姿だった。
視界に真っ白なとばりが落ちて、やがては思考も痛いほどの白さに飲み込まれていく。
さんざん話題になって、いろんな意見が出尽くした感もあるがちょっと書いておきたかったので増田で書く事にした。
「非モテSNS」などの運営会社を経営している永上裕之氏 id:hiroyukiegami がTwitter上でつぶやいた「自殺」に関しての一連のTweet。
とりあえず「自殺=悪」と定義づけている事に真っ先に違和感を覚えた。年間3万人ともいわれ日本が「自殺大国」となっているのは誰でも知っていることであり、身近に自殺を見聞きしたと言う人も少なくないだろう。長引く不況に、スローガンだけを掲げて遅々として進まない政府の自殺対策。3万人の自殺者にはそれぞれ3万人分の「死に至る経緯」があり、「葛藤」があり、そして遺された家族や友人、恋人がいる。
僕は父を自殺でなくした。よくある事業に失敗し資金繰りに困ってというやつだが、事業自体も家族全員が携わっており、従業員も20名ほどいた。父が一代で築いた事業は一時期は羽振りもよく、僕たちも結婚し子供が生まれ、あとは孫の成長を眺めながら余生を過ごしたいと言っていた矢先に経営が傾きはじめた。転げ落ちだすと早いものであれよあれよと言う間に切羽詰まった状況に陥った。もともと資産を持たずに裸一貫で始めた事業故に担保となる資産が無く、最後の取引先銀行との追加融資の交渉が決裂した帰り道、父は涙を浮かべて僕に向かって手を合わせ、「巻き込んでごめんな」と謝った。
2日後に父は命を絶った。「おまえらは心配するな」「儂が全責任を取る」「幕引きは自分でする」といった言葉が父の口から出ていたこともあって、イヤな予感がしていたのは事実だった。父が姿を消して山中で冷たくなって見つかってからは、ショックで倒れ入院した母に変わり、葬儀、押し寄せる債権者との話し合い、弁護士との交渉などで慌ただしく時間がすぎ、嵐のような日々が過ぎた後に初めて父を失った悲しみと、それを予感しながら救えなかった後悔の念が洪水のように胸を苛んだ。
暮らしていた街を離れ、僕たち兄弟と母はそれぞれ違う場所で父の死を引きずりながら、それでもお互い連絡を取り合い励ましあって暮らしていた。5年ほど経ったころ、今度は叔父が亡くなった。叔父は母のすぐ上の兄で、子供が3人おり、長男は僕と同い年と言う事もあり、学生の頃は泊まりがけで遊びに行くほど仲が良かった。しかし長男が高校を卒業し、東京へ就職したが夢破れ実家へ戻った頃から性格が豹変し、家族に暴力を振るうようになった。その話を聞いていた僕は折りにつけ連絡を取ろうと彼に電話をしたのだが全く取り合ってはくれなかった。そうこうするうちに乳ガンを患っていた叔母が他界し、彼の暴力は激しさを増した。周囲の勧めもあり精神科で診察を受けさせたところ「境界性人格障害」と診断された。「自分がこうなったのはお前の教育のせいだ」と日夜、自分の父を責め上げ暴力を振るった結果、叔父は首を吊って命を絶った。その後、従兄弟は入退院を繰り返していた。僕からの連絡を拒む彼に変わって、弟のように可愛がっていた次男と「何かあったら連絡を」「兄貴が落ち着いたらみんなで飯でも喰おうや」と頻繁に電話で話した。次男もいつもと変わらぬ明るい声で応えてくれていた。
叔父が死んでから一年ほどたったある日、長女から電話が入った。「K(次男)が今朝亡くなりました」と。
後で知った話だが叔父の死後、長男の暴力は更に激しさを増し、金の無心もするようになっていた。彼女との結婚を考えていた次男は次第に思い詰めるようになり、「あいつが憎い。全部あいつのせいで人生が、家族がめちゃくちゃになった」と遺書を遺し、マンションの8階から飛び降りた。しかし、その時点で彼は死ななかった。飛び降りたところに駐車していた4輪駆動車の屋根がクッションになり、致命傷にはならなかった。それから(たぶん)折れていたであろう手足を引きずり、現場まで乗ってきたスクーターを運転し近くの踏切で貨物列車に身を投げて死んだ。
通夜には親戚が集まり彼の死を悼んだ。一週間ほど前から行方がわからないという長男は結局、通夜にも葬式にも姿を現さなかった。すでに高齢である他の叔父、叔母はそのことでホッとしていた。親戚の間では長男はすでに「モンスター」のような存在になっていた。人としての形を留めていないお棺の中のKを直視する事が出来ず、まだ幼い頃の面影を残す遺影に向かっていると、頼りにしてもらえなかった悔しさがこみ上げてくると同時に、父の死の時から引きずってきた「人が自ら命を絶つ事」の重さ、今生きている自分にはどうしても理解できないKや叔父や父の、「死に向かって進む気持ち」の強さが重くのしかかってきて、どうにもやりきれない思いだった。
身近な存在を「自殺」という結果で失ったとき、言うまでもなく真っ先に迫りくるのは「悲しみ」である。そして次に僕が強く感じたのは「悔しさ」。決して自殺した相手を「憎む」事は出来なかった。「自殺した人を保護(擁護?)するな」とする永上氏の意見に違和感を覚えるのはそういったことからだ。確かに「自殺」を選択肢にすることは良くない。良くないが「悪」ではない。どこかに「悪」を見いだそうとするなら、それは未然に防げなかった「周囲」や「環境」ということになるだろう。しかし、遺された人々には自ら命を絶った人たちを思うとき、他人にはわからない逝った者の「言葉」や「体温」や「想い出」や「仕草」、ありとあらゆる「目に見えないもの」が遺されている。それを乗り越えて「その死」を咀嚼して受け入れるとき、それを「自らの落ち度=悪」とするのはどだい無理な話だ。そして自責の念というのは生きている以上一生重荷のようについてまわる。
僕は決して「お涙頂戴」でこれを書いたつもりは無い。これまでも周囲にこのことをあまり話せずにいた事も事実だ。もしかしたらそれは無意識に「自責の念=悪い事」と置き換えていたのからかもしれない。しかし「自殺=悪」と定義したところで自殺者が減るとは思わないし、「自殺」というものは「死を持って現状から逃れたい」人の主観が行き着くところまで行き着いた結果でしか無いかな、と今でも思う。そしてそれを止められなかった人は可能な限り考え尽くす事でそれぞれが答えを出していくしか無い。「自殺」という行為を「善悪」という「簡単な基準」で決めつけるのは、あまりにも無責任すぎると、僕は思う。
時々、いいな、と感じたものを脊髄反射的にRTし続けていて、
つぶやいてさえいない自分に気づいて驚く。
ただ、見たものに対して感情的に反応しているだけで、
分かったつもりになっているだけの、からっぽの脳ミソ。
コピペしたところで、一時的に保存されているのはあくまでPCのクリップボードであって、
自分の脳ミソをわずかたりとも通過したかどうかさえ、疑わしい。
一度目の前を通り過ぎただけで自分のものとして認識できるようになるのはかなり稀。
頭の処理量を遥かに超える情報の洪水にどっぷり漬かっていると、
とっくに思考停止していたことにさえなかなか気づかない。
少なくとも、ハッとさせられる新しいアイデアとの出会いの場になっているのは間違いないから