「洗礼」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 洗礼とは

2012-02-07

http://anond.hatelabo.jp/20120207142124

任天堂ソニーはある程度の歴史洗礼を経てるからいいんじゃね?

歴史をさかのぼれば金融からして賎業だったわけで、卑しいか卑しくないかというのは善悪とはまた少し違った、社会的コンセンサスによって生まれてくるものでしょ。

2012-01-30

http://anond.hatelabo.jp/20120130181922

彼らが最初共産主義者を攻撃したとき~じゃないけど、次に「敵」指名されるのが自分ではない保証はないしね。

それって橋下市政がこれからずーっと続く事が前提の話だよな。

そういう話をしてる時点で橋下市政の長期化を無意識に肯定してるようなもんだと思うが。

 当然内部で意見の統一のしようもないし、「代表者」の声は相対的にかき消される。

そもそも選挙洗礼を受けた市長と、公務員試験合格しただけの公務員(の代表者)が対等って前提からしておかしいよ。

橋下を追い落としたいのならば、反橋下派で結集して議会で多数派を形成するとかやればいい。

実際、橋下はそれを実行に移して今の地位に上り詰めたわけだし。

 冷静な検証と議論をする下地を「作らせない」ことで敵に対して優位に立つというのは、為政者としてはまずかろう。

そもそも「冷静な検証と議論」してる人って具体的に誰よ?まさか例の精神科医とかか?

2012-01-27

村上春樹の猛々しい想像力 (1/3)

Sam Anderson

2011年10月21日

訳注:長文注意。誤訳あったらごめんなさい。教えてもらえたらあとで直します)

1 - 2 - 3

この夏、私は初めての日本への旅行を企てた。

村上春樹の作品世界にほぼ浸りきってやろうというつもりだった。

ところがその目論見は外れることになる。

私は村上の作品の影響下にあるまま、東京に降り立った。

期待していたのは、バルセロナパリベルリンのような街だった。

そこでは、市民はみな英語が達者で、さらにはジャズ劇場文学シットコムフィルム・ノワールオペラロックといった、

西洋文化のあらゆる枝葉に通じている……そんなコスモポリタン世界都市を私は期待していた。

誰かに聞いておけば分かっていたはずなのだが、実際の日本はまったくそんな場所ではなかった。

実際に足を踏み入れることができる日本は、どこまでも頑固に、日本的だった。



そう思い知らされたのが地下だったというのは、我ながらよくできていたと思う。

東京での初めての朝、私は村上の事務所に向かっていた。

アイロン掛けたてのシャツに包まれ、なんの躊躇もなく地下鉄の駅へと降りて行くや否や、

私は迷子になり、助けを求めようにも英語話者を見つけることができなかった。

最終的には(電車を乗り間違え、馬鹿げた値段の切符を買ってしまい、必死のジェスチャーで通勤客を怖がらせたあと)、

どうにか地上に出てはみたものの、もはやインタビューの時刻はとうに過ぎている。

私は絶望して、目的もなくあちらこちらへとさまよい歩いた(東京にはほとんど標識がないのである)。

そして蜂の巣状のガラスピラミッドのような建物の前で途方に暮れていたとき

ついにユキという村上アシスタントに見つけてもらうことができた。



このようにして私は東京の地下の洗礼を受けたのである

まりにもうかつな、アメリカ人的な私は、村上のことを現代日本文化を忠実に代表する人物として考えていた。

実際には彼は私が思っていたような作家ではなく、日本は私が思っていたような場所ではなかった。

そして両者の関係の複雑さは、翻訳を介して遠くから眺めていたときには想像しえないものであることが明らかになっていった。



村上の新作『1Q84』の主人公の一人は、自らの人生最初記憶に苛まれており、誰に会ったときにも、あなた最初記憶はなにかと尋ねる。

やっと村上に会えたとき、私は彼の最初記憶について尋ねた。

それは3歳のとき、初めて家の門の外に歩き出したときのことだという。

彼は道をてくてくと渡り、溝に落ちた。

流されていく先にあるのは、暗く恐ろしいトンネル

そこに差し掛かろうかというとき、母が手を差し伸べ、彼は助かった。

「明確に覚えている」と彼は言う。

「水の冷たさ、トンネルの闇、その闇のかたち。怖かった。僕が闇に魅かれているのはそのせいだと思う」

村上がこの記憶を語るとき、私は既視感とともに心の中でくしゃみをするような気持ちを覚えた。

その記憶には聞いた覚えがある、いや、不思議なことにその記憶自分の中にある、と感じた。

ずっとあとになって分かったことだが、私は確かにその記憶を持っていた。

村上は『ねじまき鳥クロニクル』の冒頭の脇役に自分記憶を写し込んでいたのだ。



村上を初めて訪問したのは、日本にしてもありえない夏の厳しさの最中

週の真ん中、蒸し蒸しする午前中のことだった。

それは非現実的なまでの災害の余波を受けた夏だった。

4ヶ月前に北日本を襲った津波で2万人が命を落とし、

いくつもの街が破壊され、原子力発電所メルトダウンした。

その結果、電力、公衆衛生メディア政治にも危機が到来した(当時の首相の辞職によって、5年間に5人目の首相が生まれることになった)。

日本を代表する小説家である村上に会いに来たのは、

大作『1Q84』の英語訳(そしてフランス語訳、スペイン語訳、ヘブライ語訳、ラトビア語訳、トルコ語訳、ドイツ語訳、ポルトガル語訳、スウェーデン語訳、チェコ語訳、ロシア語訳、カタルーニャ語訳)について話すためだった。

この本はアジアで数百万部を売り上げ、

まだ翻訳が出ていない言語圏ですらノーベル文学賞の噂が囁かれていた。

62歳にして30年のキャリアを持つ村上は、日本文学最高峰としての地位を確かなものにしている。

疑いなく、彼は母国の表層とかたちを世界に伝える、想像世界大使となった。



そのことは、関係者には非常に大きな驚きだったと言われている。



村上は常に自分日本アウトサイダーだと考えている。

彼は不思議社会環境最中に生まれた。

アメリカによる戦後占領を受けた1949年京都日本の前首都である

「これ以上の文化混交の瞬間を見つけるのは難しい」と John W. Dower は1940年代後半の日本について書いている。

「これほど深く、予測不能で、曖昧で、混乱していて、刺激的なものは他にない」という。

「瞬間」を「フィクション」に置き換えてみれば、村上の作品を完璧に説明することができる。

彼の物語の基本構造は、互換性のない複数の世界に根を下ろした普通の人生であり、

それはそのまま彼の最初人生経験の基本構造でもある。



村上は成長するまでのほとんどを神戸郊外で過ごした。

そこは、さまざまな言語の喧騒に包まれた国際的な港湾都市である

彼はアメリカ文化、とくにハードボイルド探偵小説ジャズに没頭して十代を過ごした。

そうして反逆のクールさを自分ものにし、

二十代のはじめには大企業の序列に入り込む代わりに、髪を伸ばしヒゲを生やして、両親のすすめを押し切って結婚し、借金をして「ピーターキャット」というジャズクラブ東京で開いた。

掃除をして、音楽を聞いて、サンドイッチを作って、酒を注いで、

彼は約10年間をその仕事に費やした。



作家としての村上キャリアの始まり方は、彼のあの作品スタイルそのものだった。

どこまでも普通の設定で始まり、どこからともなく神秘的な真実が主人公に降りかかり、その人生根底から変えてしまう。

29歳の村上地元野球場の芝生でビールを飲みながら、デイヴヒルトンというアメリカ人助っ人バッター二塁打を打つのを見ていた。

平凡なヒットだったが、ボールが飛んでいくのを見て村上天啓に打たれた。

自分小説が書けると気づいたのである

そんな望みはそれまでなかったが、いまや圧倒的なまでだった。

そして彼は書いた。

試合が終わった後、書店に行きペンと紙を買って、

数ヶ月のちに『風の歌を聞け』を書き上げた。

それは名もなき21歳の話し手が語る小さく凝縮された作品だったが、冒頭から村上らしさが見えていた。

アンニュイとエキゾチシズムの奇妙な混合。

わずか130ページで、その本は西洋文化をぶつ切りにして引用してみせた。

名犬ラッシー』、『ミッキーマウスクラブ』、『熱いトタン屋根の猫』、『カリフォルニア・ガールズ』、ベートーベン第三ピアノ交響曲フランス映画監督ロジェ・ヴァディム、ボブ・ディランマーヴィン・ゲイエルヴィス・プレスリー、『ピーナッツ』のウッドストックサム・ペキンパーピーターポール&マリー。

以上はごく一部に過ぎない。

そしてその本には(少なくとも英語訳には)日本芸術引用がまったくない。

村上作品のこうした傾向は日本批評家をしばしば苛立たせている。



村上は『風の歌を聞け』を権威ある新人賞に応募し、受賞した。

そして一年後、ピンボール機を取り上げた次の小説を出したのち、執筆時間のすべてを費やすため、ジャズクラブを畳んだ。



時間のすべて」という言葉には、村上にとっては余人とは異なる意味がある。

30年を経て、彼は僧侶のように統制された生活を送っている。

すべてが作品を作り出すのを助けるように調整されている。

彼は毎日のように長距離を走り、泳ぎ、健康的な食生活を送り、夜9時には床につき、朝4時に起きる。

そして起床後5、6時間は机に向かい執筆に集中する(2時に起きることもあるという)。

彼は自分の事務所を監禁場所だとみなしている。

「ただし自発的な、幸せ監禁だけれど」



「集中は僕の人生もっと幸せものだ」という。

「集中できないとき、人はあまり幸せではない。僕は考えるのが速くないけれど、何かに興味を持てば、それを何年も続けられる。退屈することはない。僕はヤカンのようなものだ。沸かすのに時間はかかるけれど、いつまでも熱い」



そうした日々の湯沸かしが続いていって、世界でも類まれな作品群ができあがった。

30年の歳月を経て積み重ねられたそれには人を虜にする不思議さがあり、様々なジャンルSFファンタジーリアリズムハードボイルド)と様々な文化日本アメリカ)をつなぐ位置にある穴を埋めている。

どんな作家にも、少なくともこれほど深くまでは、埋められなかった穴だ。

時とともに村上小説は長くシリアスになる傾向が強くなった。

シットコム引用もその傾向に調和している。

そして今、とりわげ激しく長い湯沸かしの結実として、もっとも長く、奇妙で、シリアスな本が上梓された。



低く深い声で村上たくみ英語を操る。

彼は翻訳者を通して会話するのが嫌いだという。

なまりは強く、落ち着くべき箇所で動詞の活用が劇的に現れたり消えたりする。

はいえ相互の理解に支障を来たすことはまずない。

特定の熟語("I guess" 「ではないか」、 "like that"「というような」)が、ときたまおかしな位置で使われることがある。

安全言葉いから逸脱するのを楽しんでいる節が彼にはあった。

英語即興の遊びをしているように感じられたのである

私たちは東京にある彼の事務所で席を持った。

その事務所は半ば冗談ながら村上製作所と名付けられている。

数人のスタッフが靴を履かず他の部屋で作業をしている。

村上は青いハーフパンツと半袖のボタン付きシャツで現れた。

彼のキャラクターと同じように、アイロン掛けしたばかりのように見えるシャツだった(彼はアイロンけが好きだという)。

靴は履いていない。

彼はペンギンのある本の表紙を模したマグカップブラックコーヒーを飲んだ。

その本とはレイモンド・チャンドラーの『ビッグスリープ』、彼の昔からお気に入り小説であり、今日本語訳をしている小説でもある。



話を始めながら、私はあらかじめ用意していた『1Q84』をテーブルの上に置いた。

村上純粋にびくっとしたようだった。

その本は932ページあり、ほぼ30センチのその厚みは本格的な法律書を思わせるほどだ。



「大きいな」と村上は言った。

電話帳みたいだ」

1 - 2 - 3

2012-01-22

凍ったニシキヘビと凍えた番人

言語disりが流行ってるようなので一つ

Pythonをかれこれ5年ほど使っているけれど、いい加減頭にきた。

大体頭に来るような内容というのは限られていて大体は

http://www.aoky.net/articles/steve_yegge/tour_de_babel.htm

に書かれている事に近い。大事なところを引用すると

本当にPythonを殺し、メインのスクリプト言語となる望みを、あるいは何であれメインの言語となる望みを絶ったのは、永久凍土の問題なのだ。人々はいまだ埋め込みインタプリタにTclを使っている。どのような面から見てもTclよりPythonの方が遥かに優れているというのに——ただし永久凍土の問題を別にすれば。

これに尽きる。

よく言われるが、インデントに縛りがあるのもselfが付くのも慣れてしまえばさほど気にならないし、むしろ魅力的とも感じる。


しかし、Pythonを本当の意味で糞たらしめて居るのはその言語を使っているコミュニティがあまりにも思考停止しているからだ。

インデントやselfが気に入らないなんて些細な問題を他の言語使いから散々文句を言われたがために、本当の意味言語の弱点になっている部分が指摘された時にも「それは言語仕様が悪いんじゃない。言語仕様に沿って考えられないお前の頭が悪いだけだ」と言ってくる。

実際のところ、Python仕様には言い逃れのできない仕様の穴は幾つもある。もちろんよく引き合いに出されるRubyPerlにも仕様の落とし穴は山ほどある。仕様の穴そのものは実はそんなに深刻な問題ではない。

真に問題なのはPythonコミュニティはその仕様の穴を断じて穴と認めない事だ。

言語同士でdisり合いになったとき、何かその穴をつつかれた場合の各人の反応はおよそこんな感じだ。



仕様カオスになり続けるPerlだと

Perl使い「そうだよね、そこの仕様は頭悪いよね。でもPerl6のこの機能使えばこんなに短く綺麗に書けるんだぜ(と全く読めないコードを出す)」

比較的柔軟な仕様コミュニティのあるRuby

Ruby使い「うんうん、仕様の話題でもそこは殺人現場とか呼ばれてるね。コミュニティ的にはこっちの機能を使うことを推奨しててそっちはobsolatedだね」

酷い言語仕様調教されつくしたPHP

PHP使い「それ言い出したらこっちにこんなに大きな地雷あるし、この地雷なんてもっと大きいぜ。ほんとPHP地獄だぜ」

永久凍土Python

Python使い「お前の思考通りに言語が動くんじゃなくてお前の思考を言語に添わせるんだよ、言語挙動すら理解せずに使おうとするんじゃねえ」



こんな感じに、まず最初質問者人格攻撃を行う。インデント言語であることやselfの問題について未熟なプログラマからのどうでもいい指摘を散々受け流してきたPythonコミュニティは、言語仕様について文句を言われる事に慣れているためまず相手を攻撃する。初心者寒波洗礼するのだ。

言語仕様が汚くなっている事まではどの言語も一緒なのだけれど、Pythonコミュニティだけは欠点を認めず必死に(∩ ゚д゚)アーアーきこえないという態度を取る。

これこそがPythonを糞言語たらしめる最大の弱点である永久凍土の問題。コミュニティが凍れば言語進歩も凍る。


Pythonそのものは一人で使う分には手軽な言語なだけに、使用者思考停止しているが故の機会損失の多さが残念である

2011-12-30

http://anond.hatelabo.jp/20111230155231

いやだから、苦労しろってことなんでしょ。

英語のできないプログラマは、UI洗礼されて情報量の多い英語サイトは使えません。

英語のできるプログラマはそれらが使えます

その差がありますよ。

嫌なら、okwave2chで我慢するか英語をできるように勉強しなさい。ってことでしょ。

英語勉強はヤダ!でも英語のできるプログラマと差が開くのもヤダ!誰か何とかして!」じゃただの乞食だよ。

2011-12-16

告解の部屋

僕はクリスチャンだがフーゾクに通う習慣がある。ソープとかヘルスとかだ。3ヶ月も女の子に触れないと世界中の何もかもを憎むようになるので、それが嫌でフーゾクに行ってしまう。オナニーでは収まらない、というかオナニーするともっとひどく世界を憎むようになる。女の子からだが必要なのだ彼女を作って結婚すればいいのかもしれないが、昔恋愛に失敗してそれきりやり直せずにいる。

客としてお店に行き、女の子イエス・キリスト宣べ伝えたことが3度ある。こんな話は教会ではできないのでここに書く。

1度目は洗礼を受けて2年くらい。店で写真を見てずっと気になっていた女の子を指名して、遊んで帰ってきて、すごく不思議な気分になった。それまでにたぶん200人くらいの女の子と遊んできたけど、あんな女の子に会ったことがない。全く説明できないけど、不思議な気分になった。

それで、キリスト教書店で安い伝道聖書を買ってその女の子をもう一度指名し、服も脱がずに「イエス・キリストを貴女の救い主として受け入れますか?」と聞いた。すると彼女は言った。

「私のようなものでもよろしいのですか?」

僕は驚いた。そんな返事が返ってくると思わなかったのだ。聖母マリアというのはこんな人だったのかもしれないと思いながら「もちろんです」と答えて彼女に手を置いて祈った。彼女は喜んだ。それから半年くらい彼女は店を続けていたがクリスマスの前に辞めた。弟の学費のためにこの仕事をしている、と彼女は言っていた。彼女はぼくの好みだったが、ぼくはそれきり彼女とは遊ばなかった。

2度目はそれから5年くらい、出張先での話だ。適当に入ってついた女の子が良かったので、一月後だったか、指名で予約した。予定から2時間待たされて、遅れてきた女の子に謝られながら服を脱いで身体を洗ってもらったのだが、彼女が言うには「占いって信じますか?」

借金が少しあってこの仕事をしているそうだ。遠距離恋愛の年下の彼氏がいるのだが最近もうダメかと思っている。そんなところに客で来たのがクリスチャンカトリック)でバツイチで娘がひとりいる男性なのだという。お互いに気に入っていてつき合って、結婚しようかと考えているのだけれど迷っている、という。で占い師のところに行って相談していて、出勤が遅れたのだそうだ。

身体も洗ってもらったのだが、僕は言った。「それは、男に信仰があってちゃんと神さまに聞き従う気があれば、神さまが正しく導いて下さるだろう。ところでオレはクリスチャンだ。よかったら貴女と彼氏とのために祈ろう。イエス・キリストを貴女の救い主として受け入れますか?」もちろん彼女は信じると答えたので僕は手を置いて祈った。それで、時間もなくなったので、僕はそのまま帰ってきた。お金を払って待たされて、手を置いて祈ってきただけだ。仕方ない。それからしばらくして彼女はお店を辞めた(ことをお店のサイトで知った)。

3度目はそれから2年くらい。単位制高校卒業して大学入学金を稼いでいるという18歳の女の子だった。なんというか、前しか見えない、バカな子だった。僕は気に入った女の子はあまり変えない。その子が在籍している間はその子しか遊ばなかったが、クリスマスの頃に遊びに行って、「こういう店で働いたことが後の人生でわざわいにならないよう、オレが祈ってやろう。イエス・キリストを救い主として受け入れなさい。」と言った。素直な子なので(分かってなかっただけかもしれないが)彼女は受け入れた。それと、「貴女は下手すると一生この世界で暮らすことになりそうだから、もし3月の時点でお金が足りなかったら連絡してきなさい。出してやろう」と言って実名メールアドレスの入った、当時勤めていた会社名刺を渡した。

3月電話がかかってきて「ごめんなさい、足りないので出して下さい」と言う。いくら足りないときくと40万円と言う。あの仕事を5ヶ月やって60万円しか稼げなかったのか!?と思うが「身体を壊して病院で40万円使った」と言う。あとで知ったことだが、その子は本番禁止の店で本番をさせるといってネット上で有名だったのだ。子どもができておろしたのかもしれない。出すよというと「なんで他人の私にそこまでして下さるんですか?」ときくので「自分から言い出してしまたかです」と答える。神さまがこうしろと言っている、とは思わなかった。20万円程度で済むと思っていたのだ。僕がバカだったのだ。指定口座に40万円入金した。後悔はしたが、彼女に対しては悔しくなかった。一度神さまの名前を出しているのだから彼女が僕をだましたのであれば、彼女はそのせいで苦しんでいるだろう。今はちゃんと学校に行っていると信じたい、いやちゃんと学校に行っていたら、今頃卒業しているはずだけれど。ちなみにその店はつぶれて今はない。

こういうことは、やっているときには「火の中からつかみ出してでも救い、」という聖書のことばを思い浮かべるのだけれど、あとで考えると「自分クリスチャンであることを思い出して、自分のやっていることを恥ずかしく思え」という神さまのみこころだったのだろうか、とも思う。

2011-11-26

お節介参上

クリスマスというのはクリスマスだけで成り立っているのではなくて

アドベント(待降節)というものがあって、それが4週続くのですよ。

文化祭の準備に似てる、というのも正解。

アドベントクリスマス準備期間だからドイツとか行くと普通の家庭が本物の木を取り寄せて飾りつけとかやってる…

詳しくは教会暦について調べてみてね☆

アドベントカレンダーでググってみるとカウントダウンカレンダーになってるおもちゃが出てきますよ。



と大真面目にレスしてしまいましたが、別に商売に乗るだけが楽しいことでもないですよ。

社会見学的な意味で楽しめるプランを書いてみます

キリスト教がお嫌いでなければ近所の伝統教派

(派手さで言えばカトリック行くとビジュアル的に楽しいかもね)の教会に遊びに行けば

似たような人がいっぱいいます…暇してるからって近所の人もけっこう来てます

ウチの近所だと場所柄なのか、観光で来てる人もいる。礼拝中の写真は勘弁です

あ、礼拝中にワインクッキーorウエハースが出てくるかもだけど洗礼受けてなければ頂くべきでないので

順番が回ってきたら、軽くお辞儀すればいいよ!何も言わなくてもすぐわかってくれるから



と言いながら私はプロテスタントなんですけどね。

礼拝後にパーティあるし、お暇ならそのまま参加してみても。

パーティに参加するなら、献金は参加料程度の金額を出せばお互い気分悪くならんでしょう。

あと、面白いのが…世間話ができる(笑)。色んな人がいるから、本当に「社会見学」になる。

そういえば…礼拝堂は基本広いか暖房効きづらいし、行くならぜひ温かい格好してください。

この時期一人で風邪ひくとすごく寂しいしなんか今年は怖いウイルスも出てるし、マスクして行ってもいいかも。



では、お節介おばさんでした。

2011-11-12

http://www.asahi.com/politics/update/1112/TKY201111120192.html

TPP、首相さっそく厳しい洗礼 加盟国会合招かれず

 オバマ大統領が12日朝にホノルルで開く環太平洋経済連携協定(TPP)交渉9カ国の首脳会合に、野田佳彦首相が招待されない見通しであることが11日わかった。9カ国が積み上げた交渉の成果を大枠合意として演出する場に、交渉参加を表明したばかりの日本場違いとの判断が背景にあるものとみられ、TPP交渉の厳しい「洗礼」を受ける形だ。

 日本政府の一部には、野田首相アジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議前に「交渉への参加」を表明すれば、TPP首脳会合にも招待される可能性があると期待があっただけに、落胆が広がっている。TPP交渉を担当する日本政府高官は「日本(の出席)は少し違うということだろう」と語り、現時点では、出席できない見通しであることを認めた。

 昨年11月に横浜であったAPEC首脳会議の際にも、TPP関係国の首脳会合が開かれ、当時の菅直人首相オブザーバーとして招かれ参加していた。(ホノルル=尾形聡彦)

もう交渉に入れて貰えるまで日本に帰ってこなくていいよこいつ…。どの面下げて帰国するつもりなんだろ。

最初に譲歩すれば向こうも誠意を見せてくれるはずだと勝手に期待する発想って、典型的な古い日本人のそれだよな。

2011-10-30

大人しい若者について、その無力さ

若者が大人しい事について、世代間の話がよく言われている。

日本若者には力が無い。

まず第一に、若者の数が圧倒的に少ない。数は力だ。アラブの春も、若者の数が多いから成しえた。日本で例え、若者意見を反映した議員選挙に出たところで、そして全若者がその議員投票したところで、当選しないだろう。その事を知って、立候補する候補者はいない。初めから勝負の土台にすら立てない。

ウォール街デモは、若者の力があるから行われている。アメリカ若者の力で作られた国だ。大学生に力があり、権威がある。大人も手を貸す。皆が皆ではないが、才能を評価する。アイデアを評価する。情熱を評価する。世界的な企業家大学から生まれ、政治家も若い。

日本はどうか。

大人は誰も手を貸さない。耳を傾けようともしない。日本の大人が若者に行って来た事は、今も昔も自分たちの都合の良い道へ引きずり込もうとする事だけだ。善意もある。大人の世代の成功経験を踏んだ上での助言のつもりの人もいるだろう。しかし、それは今の時代に通用するだろうか。その時、あなたは上手くやれたかもしれない。しかし、今はどうだ。 今からそれが通用すると思うか。あなた会社では通用するかもしれない。では、あなた会社はこれから世界に通用するのか。内需日本の老人だけをマーケットにしていないか。そんな老人の戯言について行く若者はいるだろうか。いる。けれど、それは本心からでは無い。力のある老人の前に、手も足も出ずただついて行かざるを得ない奴隷のように覇気のない若者が跡を絶たない。

老人が求めている事と、若者が求めている事は違う。老人はいい。お山の大将を気取って年少者をバカにして、外圧に耳を塞いでいても高度成長期の蓄えであと数年は安泰だろう。そして数年後は死ぬだけだ。残された人間の事など当然知る由も無い。日本人の子孫繁栄なんて考えるわけもない。大和民族が滅ぶより、明日の我が身、死ぬまでの蓄えが大事だ。

若者の諦めは、自分たちの力の無さから来ている。同世代の数を増やす事は出来ない。頭の凝り固まった老人が明日未来に力を貸すこともない。突然大富豪になる事も出来なければ、先導者になる事も出来ない。

日本若者には無くて、外国にある物は、手に入らない物だ。

もともと若者は老人に力で劣る。経験の差、劣らなけらば、成長を重ねなければ年を重ねる意味が無い。

若者が老人に勝る物は、若さだけだ。

今の老人は若返ろうと必死だ。年相応を知らない。若かりし頃の幻影ばかりを追っている。 その姿は醜く、見るに堪えない。そしてその若さにも隔絶がある。彼らの若さとは、彼らの若かった頃であり、今の若者とは全く別物だ。理解はない。

知識で負け、経験で負け、人数で負け、さらに若さでもある意味負けている。団塊の老人の血気盛んさは、金と体力と自信の余裕があってのことか、今の若者に勝る。若者は、勝機の無い勝負を挑むような気が狂ったことはしない。

それは、大人が教えた「大人しさ」でもある。

かく言う自分若者の代表のような口ぶりをして、来年で30になる。もう若くはない。今の大学生はおろか、中高生文化や考えていることなど全く知らない。自分酒鬼薔薇と同い年だ。ネオむぎはいっこ下だ。そういう世代だったからよくわかるのは、この隔絶こそが問題の本質であり、無理解の原因である。大人は大人の世界を作る。分かる者どうしだけで心地良い世界をつくり、子どもが大人の仲間入りをしようとすれば洗礼を浴びせる。そして、昔はそれでも大人の世界に入らざるを得なかったのが、今は入る隙間すらなくなった。はみ出された若者は、力のない若者同士だけでやっているから、大きなことが出来ない。もう、この垣根は早いうちから崩さなければならない。

全然関係ないけど、ポーランド選挙活動ツイッターFacebookで行われているのを見て、これを思った。

http://jp.globalvoicesonline.org/2011/10/24/9574/

2011-08-11

モノポリーから考える資本主義モデル

モノポリーって何?

モノポリー遊んだことはありますか。ビルアパート経営を体験する4人くらいで遊ぶボードゲームです

8つの大通りをすごろくの要領で進み、物件を買ったり、カードを引いてイベントをこなしていきます

ボードを一周するとベーシックインカム的にお金がもらえます説明書にはサラリーと書かれていたと思います

このゲームが始まったばかりのときは、地主さんがいません。プレーヤーの誰かが土地を購入すると地主さんとして収益を上げられるようになります

まり、序盤は開拓地をウロウロしているようなものです

中盤になると、プレーヤーのそれぞれが地主化していきます

誰かが駐車場にとまったりアパートホテルをにとまってくれるのを待ちます

同じ通りの土地を買い占めることができると収益が倍になります

運良く、土地をまとめて所有するプレーヤーもいれば、点在する物件を所有するプレーヤーも出てきます地上げ屋風情の交渉力で土地をまとめ始めるプレーヤーは最強です

すべてのプレーヤーにある程度の収入があり、それなりにお金が動いているときが一番盛り上がります

たくさんの物件を所有したときに出ると困るカードがあります建物の修繕カードですマンション大規模修繕のように費用が一気に飛んでいきます。手持ちの物件が多いほど痛手になります

終盤は、残った二人の一騎打ち。それぞれのプレーヤー性格が露骨に出てきます

ルールにもよりますが、資金がショートしたプレーヤーから抜けていくと、最後に残ったプレーヤーがすべての通りの物件を独占して勝者となりゲームは終わります


リセットのない世界

ゲームなので、もう一回遊ぶときは、これまでの状況をリセットして、最初から始めれば、何の問題もありません。

このサイクルを現実に当てはめたとき資本主義問題点があきらかになってきます

ゲームを始めたときから地主がいたらどうでしょう。誰かが勝った状態からゲームを始めてみますプレーヤーは細々と得たベーシックインカムを貯めることもできずに、どんどん絞られていきます

独占した物件は、既得権ですから放出されることはありません。盛り上がるゲーム中盤にならずに終わってしまますね。ボードゲーム好きの友達といえども途中で帰ってしまうかもしれません。

現実経済では、ゲームが終盤に差しからないように、ずっと中盤のプレイを続けられるように政府が法的な規制をかけてバランスを取っています

バランスをうまく取れず終盤にさしかかると現実世界では、終盤の状態を終わらせて序盤に戻そうとする力が生まれてきます。内乱や暴動です江戸時代だと維新に向かう力です

そこまでいかなくても、自然災害きっかけにして、ほころびが顕在化するかもしれません。

過当競争

このゲームは8人くらいまでは遊べたと思いますが、プレーヤーの数を一気に20人に増やしたらどうなるでしょう。

脱落者が10人以上出て、モノポリーの作者が想定しているプレーヤー数に落ち着くまでは、過酷ゲームになります

20人を8人にするために先に面接をしたり、ゲームに参加するための条件をクリアしないとゲームをできないようにしたらどうでしょう

よほど恵まれた人しかモノポリーサイコロをふれなくなってしまます

ルール通りにプレイすれば、盤面を一周してもらえるベーシックインカムの量が多くなります。資金の供給が過多になって、バランスが崩れるかもしれません。

この状態のバランスを取るには、盤面の数を5つに増やして、プレーヤーを分散させたほうがいいでしょう。20人の中から一人の勝者を出すよりも、5人の勝者を出したほうがいいと思いませんか?

盤面を置く場所がなくなって、隣のおねえちゃんの部屋に侵略したら、反撃をくらうかもしれません。領土を増やすための戦争はそんなものです

少ない国土で、競争の場を増やすには、山や川や海峡で国土を区切って、盤面を増やしたほうがいいともいえます

現在日本でいうと、高速通信網、高速交通網によって仕切りが取り払われてしまって、盤面が限りなくひとつに統一されつつあります

世界的な視点で見てもそうなってるのかもしれません。

歩くルールブック

勝ち残った有利な人が、「建物の修繕カード」を引いて負けそうになったときに、「今のはなしね」といって、ルールの変更をせまってきたらどうなるでしょうか。

ゲームはずっと終盤のままになってしまます

「おごれるものしからずや」の「盛者必衰の理」にしたがって、序盤に戻すことができれば、循環型の繁栄が続くのではないでしょうか。

新規プレーヤーから搾取

最近、転校してきた子をこのゲームに誘って、このゲームを覚えさせたとしましょう。しかし、詳細なルール攻略法うまいタイミングみたいなものはわかりません。しばらくの間は、この子が最下位街道まっしぐらで、残りのみんなは楽しいかもしれません。

きっと欧米諸国植民地での覇権争いをしていたときは、笑いが止まらなかったでしょう。

談合

ゲームを始める前に仲間1人と喫茶店で作戦会議をして、誰がどの通りの物件を取るのかを決めておき、苦渋の判断で売却したかのように演技して、ゲームを進めてみたらどうなるでしょう。

残りのプレーヤーが嫌な思いをすることなく、ゲームの中盤が続くのであれば、案外悪い選択肢ではないのかもしれません。

終盤にいたっても、談合が続くのであれば、他のプレーヤーに疑念が生まれくるかもしれません。

資本主義洗礼を受けた人をどうするか

ゲームゲームなので、資金がショートしてしまった人は、ゲームが終わるまで残った人たちのプレイを見ていればいいのですが、現実ではそうもいきません。

資本主義ルールにしたがって、舞台から退場した人にとってみれば、ルールがきちんと守られているかどうかは、重要ですのび太といえども、資本主義洗礼を受けたあとでは、ジャイアンが負けそうになったときに盤面をひっくり返すのを見過ごすわけにはいきません。もう一度、ゲームの盤面に戻して、プレーヤーとして活躍できるようにして、偶発的な事象の発生を防がなくてはなりません。

2011-08-07

http://anond.hatelabo.jp/20110807190149

「今でもあるのか」とか言ってるけど、現在年齢五十代から上くらいの世代のスタンダードからね。

社会に出ればそういう年齢の人とかそういう年齢の人の洗礼を受けた人とかいくらでも居る。

むしろ今そういうのがまったくない場所なんて本ッ当に限られていると思いますよ。

自由闊達個を尊重が最大限許され得る大学キャンパスにさえあるからな。



服が似合わないとか遊びを覚えたってのは問題ではない。

金髪にしてクラブ通いするのとゆるふわパーマフランス語教室に行くのとに本質的な差はない。やりたくてやってるんなら同じこと。

前の友達と付き合いが浅くなったのも、その「前の友達」側の事情もあったりするし一概にどうこう言うことではない。

ただ外部というか周囲の価値観に振り回され過ぎてやしないか

「あれがイイこれがイイ」ではなく「あれできてないのはダメ、これやるのはダメ」で判断してないか

それで身体・精神ともに健康を害しつつあるのではないか

その辺だけお兄ちゃんは気にしてますよってほのめかすくらいでいいんじゃないの。どうこうしろと言うんでなくて、ただ気にかけてるよ、とそれが伝わる程度。

くだくだ説明すんじゃなくて「無理すんなよー」みたいなじゃれる感じの一言でいい。

或いは「あれできてないのはダメって言う奴いるけど、俺はそうは思わない」という風に、別の価値観があることを示してみるとか。本でも勧めるとか。



ちなみに周りを全部切って暮らす方法はとても楽。本当に楽ですこれは。何でも、なーんでも好きなようにしていい。

たった一点、「ぼっちってみじめ」的な価値観を乗り越えられさえすれば。

2011-06-24

http://anond.hatelabo.jp/20110624134026

読んだけど、

その「世間知らずの教師」だけでなく

社会洗礼を浴びて生きてる健常児父兄もその教師と同じ見解じゃない?

小学校教員なんだが、池沼の親がうぜぇ

http://b.hatena.ne.jp/entry/hamusoku.com/archives/5111763.html

ねえねえ、こういう小学校教員ってとっととクビにすべきだよね。

クビにして社会洗礼を浴びせて丸くさせないとだめだよね。

それでも治らないなら路上生活者でもなんでもなってもらって勝手に野垂れ死んでくださいってぐらい厳しく当たらないとだめだよね。

2011-06-19

「私はアンタの上司じゃない!2進数もわからないくせに!」

って叫んで泣きながら逃げてきた話。

小さな運送会社で事務員やってる30さいの喪人間です

普段はエクセルとにらめっこしてる筋肉弱者です

そして情弱を心の中で馬鹿にしてるいやなやつです

自分は頭がいいと、よく勘違いするところがあります

新しく倉庫を建てたんですが、現場がうまく回ってない。

ピッキングエラーがひどい。

そこで、私が実際に現場に行って業務を改善してこいと、そんな感じですた。

_____

現場から洗礼パートのAさんの一言からだった!

・「子供が熱を出したので帰りたいがいいか?」

 なぜ、現場今日入ってきたばかりの私に許可をもらおうとするのか?

 理由は簡単だった。現場監督が怖いからだ。

 そして、このパートさんは疲れると仕事をちょくちょく抜ける癖があったようだ。

 後ろめたさという感情や嘘はめんどくさいなーもう。

 現場監督は厳しい人だった。そして真面目な人だった。でも少し問題がありそうだ。

 ・作業が遅れると怒鳴って煽る。

 ・作業者が品物を落としたりミスをすると朝礼で10分くらいそのことについてミーティングする。

  監督改善しようとしてがんばってるんだろうけど、現場空気が重くなるしフォローが足りてないと思った。

  作業者のやる気をそいでいるし、作業者はミスを隠すようになる。

  ピッキングミスだけではなく汚損や破損が次の工程に流れてしまうのはここに問題がありそうだ。

 ・法令順守。パートさんを絶対に残業させないが時間内に作業を終わらせるように仕事を詰め込む傾向がある。

  タクトについて現場監督に指導する必要がある。

  作業が早く終わって時間が余った時はパートさんに時間まで掃除をするように指示していた。

  でも、この掃除は必要以上の作業に思えた。

_____

 昼休憩中にパートさんの休憩所から私への悪口が聞こえてきた。

 パテーションの外には私がいるのを分かっていて言ってるんだろうなぁ。。。怖ぇ

 学生以来の恐怖感に足がガクガク震えた。

_____


・「私たちより何倍も給料をもらっているくせに仕事が出来ないんじゃ困りますよねぇーあの人」

 だって労働時間が違うじゃないですくわぁぁぁ!

 毎日16時間会社にいて、土曜も日曜もないんだぜ?

 まぁ好きでやってるんだけどな!へへへ

 作業が上手く出来ないのはスマンコッテスたい。。

・「好きな時間に休憩できていいわよね」

 事務所の外でタバコすってるのをねたまれてる。。。

 もしかしてサンシャイン牧場やってるとこもみられてるのか?!

・「正社員のくせに、あんな簡単なことも事も知らないなんてねぇー」

 確かに私は作業手順書や行程表の作成に携わった人間だ。

 でも、現場で生まれた「方言」はわからない。

 この「方言」がエラーの原因のひとつになっていた。

 具体的には4ビットのチェック表。

1ケタ目■シールを貼る

2ケタ目■パッキンをつける

3ケタ目■塗装されている

4ケタ目■号試品

一番多く出る製品は「シールが貼って合って」「パッキンがついてる」「無塗装」「号試じゃない」

なので□□■■ってダンボールに印字してある。

現場では「白黒」と呼ばれていた。

保全課や品管では「3番」と呼んでいた。つまり進数

で、組み合わせによって16種類の製品が出来るわけで製品置き場も

□□□□00

□□□■01

□□■□02

□□■■03

□■□□04

□■□■05

□■■□06

□■■■07

□□□08

■□□■09

■□■□10

■□■■11

■■□□12

■■□■13

■■■□14

■■■■15

て、並んでる。


これが4ビットならいいけど、8ビットの行程では暗記しきれずに製品の並び方もぐちゃぐちゃになってる。

現場の人は2進数を10進数計算して変換してるのではなく暗記していた。

ここは改善しなきゃダメだよなぁー。実際に作業してみたら直感的でないのでやりにくい。

「ーーパシ」とか「試塗ーシ」にするだけじゃなくてなんか無いかなぁ。。。

_____

そんな事を考えていたらパートババア台車をわざとぶつけて来やがった!!

あーもぉ。。勘弁してくれよ。

作業がトロイやつはイジメラレル。つれー。

そこにパートのAがまた「子供が熱を出したので帰りたいがいいか?」って、おいおいおいーーー!

「それは、現場監督に聞いてくださいって行ったでしょうが!!」

だって社員さんでしょ?しっかりしてくださいよ、もう。使えないわねぇー」

久しぶりの現場で作業がきついのと、疲れとかストレスとか不安とか恐怖が破裂して

「私はアンタの上司じゃない!2進数もわからないくせに!」って変なこと叫んで泣きながら逃げてきた。

明日学校いきたくないなぁ。。。。あ。。。会社だった。

2011-06-10

http://anond.hatelabo.jp/20110610125942

元老院階級エリート層)が揃って優秀で、かつノブレスオブリージュの精神に満ち溢れていれば、の話だな…

選挙洗礼ないんだぜ。執政官その他の人材プールになるべき元老院議員には。いまこの国でやっても腐敗するだけ。

いま国会議員高級官僚連中を見てる限り、全然別のエリート層をイチから育てなきゃならんだろ。気が遠くなる。

(使えるヤツが全くいない、てこともないだろうけど(と思いたい))。

つーか、一番上に書いた前提が成り立ってたら、政治体制なんかどんなんでも割とうまくいっちゃうんじゃね、って気も。

2011-04-23

牛頭さんの中学時代

中学1年の7月のことだった。私が朝学校に行くと、仲良しだった子が近づいてきて唐突にこう言った。「もう、ごずっちと口きけないんだ」 意味が分からなかった。転校でもするのかと尋ねても違うと首を振る。「もう決まったことだから。じゃあ頑張って」 そう言って彼女は去っていった。

彼女言葉は少なくて詳しい事情はまるで分からなかったが、悪い予感のようなものがあった。これはもしかしてあれじゃないか。どうしようどうしよう。背中を冷たい汗が伝うのを感じていた。教室へ向かう階段を登りながら、もうこのままずっと教室に着かないでしいと思った。知るのが怖かったのだ。

教室のドアの前に立った私は蒼白だったと思う。頭の中に色んな想像が駆け巡り、手のひらはじっとりと汗ばんでいた。ひざも少し震えていた。私は意を決して教室のドアを開ける。いつもと変わらない教室。でも私が入った瞬間、少しだけ空気が変わるのが分かった。スタート悪魔がせせら笑った気がした

はいつも通り「おはよー」と声をかける。だが挨拶は返ってこない。私の存在を無視してみんなはおしゃべりを続ける。目さえ合わせようとしない。女子男子も私がいないかのように振る舞っている。私は深く息を吐いた。泣いて騒ぎ出しそうな気持ちを必死で鎮めようとしたのだ。

昨日まで楽しかった学校拷問のように感じられた。誰からも話しかけられない。こちらから話かけても無視されてしまう。なぜ私なのだろう。何遍も考えてみたけど思い当たる節はなかった。実際のところ大した理由もないのだろう。何となく選ばれ何となく無視されているのだ。

私はこの状況をできるだけ軽い感じで受け入れようとした。これは思春期少年少女ありがちな他愛のないお遊びなんだ。こういうときは慌てず騒がず嵐が過ぎるのを待てばいい。恐らく長くても半年がせいぜいだろう。2年になればクラス替えもある。ちょろいちょろい。当時の私はそんな風に考えていた。

無視は1年生の間ずっと続いた。正直少し長いなと感じていたが、無視はあくまでクラス内だけの話で、他のクラスの子や部活内では普通に話をしていたので、思ったより辛くはなかった。学校勉強をする場所だと割り切ればどうということもなく、そんな自分の強さに少し驚いてもいた。

2年生になる際にクラス替えがあった。掲示されたクラス割を見ると、1年の時同じクラスだった子は4人だった。それも大人しそうな子ばかり。私はほっと胸をなでおろした。慣れてきたとは言え、無視されるのはやはり心地良いものはない。私は解放感を胸に新しい教室へと向かった。

私は教室に入った瞬間、既視感を覚えた。空気の流れや重さが変わる感じ。暗黙の了解に支配された教室。それは9ヶ月前と同じだった。私は自分の席に着いて隣の子に話しかけた。「おはよー。私ごずって言います。よろしくね」 隣の子は目を逸らした。私は四方に話かけたが全員同じ反応だった。

血の気が一気に引くのが分かった。寒くもないのに体が震えていた。何なのこれ。怖い。怖いよ。早く教室から逃げ出したい。家に帰ってベッドに入って布団を頭からかぶって、世界から情報を一切遮断したい。そんな気分だった。でも私は動けなかった。覚悟?諦め?違うよ。怖くて悲しかったんだ。

無視は一体いつまで続くのだろうか。2年生は修学旅行をはじめ色んな行事がある。中学生活を謳歌し思い出を作るにはうってつけの学年だ。それなのに初日から無視の洗礼だ。私は肩を落としながら部室へと向かった。部活けが私のオアシスだ。もし部活が無ければ私は登校拒否を選んでいたかもしれない。

オアシスは見るも無残に踏み荒らされていた。3年生を除いた1-2年生部員が私を無視し始めたのだ。このとき絶望は筆舌に尽くしがたい。もう学校に私の居場所はなくなってしまった。その日を境に私は部活に行かなくなった。

家に帰ってから枕に顔をうずめオンオン泣いた。枕カバーが涙とよだれと鼻水でべちょべちょになっても泣き続けた。夕食のとき目を真っ赤に腫らしていたら、お母さんが心配して「目どうした?泣いたの?学校で何かあった?」と聞いてきた。実は1年生の頃から無視されているんだなんてとても言えない。

「泣く練習してたんだ。演劇部に転部しようと思って」と私は苦し紛れの嘘をついた。お母さんは「そう…何かあったら相談しなよ」と言ってそれ以上何も聞かなかった。これは私の問題だ。お母さんを巻き込むわけにはいかない。登校拒否だって絶対するもんか。私はそう固く決意した

私は1日も休まず学校に通った。行事があるたびに孤立していたので、担任から牛頭さん、クラスのみんなと仲良くやってる?」と探りを入れられたが、「大丈夫です」と突っぱねた。一方で私は毎日誰かしらに話しかけるようにしていた。どこかに突破口のきっかけがあるはずだと信じていたのだ。

突破口などなかった。私とクラスメイトの間にはマジックミラーがあるのではと思うほど無視は徹底していた。正直頭がおかしくなりそうだった。何度登校拒否を考えた。転校も考えた。でも私は何も悪いことはしていない。逃げるような真似はしたくない。無視する連中に人生を左右されたくないと思った。

恐らく3年生になってクラス替えがあっても無視は続くのだろう。そう確信した私は中学を見限り、進学する高校を考えることにした。担任に頼んでうちの中学からの進学者が少ない高校をリストアップしてもらった。どこも私の学力では難しい学校ばかりだったが、毎日目標ができて私は嬉しかった。

それからというもの、勉強を聞くために職員室に足を運ぶことが多くなった。どの教科の先生も私の質問に快く応じてくれた。時たま内緒だぞと言ってお菓子をくれる先生もいた。考えてみればそれはごく普通ことなのだけど、 1年半以上も普通の反応をもらえない私にはそれがとても新鮮に思えた。

3年生になってクラス替えがあった。半ば覚悟していたが予想どおり無視されたときは思わず笑ってしまった。ひとり笑う私をクラスメイト不思議そうな目で眺めている。だから私は大声で叫んでやった。「無視生活3年目!落ち込んだりもしたけれど私は元気です!」 最高に気持ち良かった。

3年生になると周りが受験モードに移るので、以前ほど孤立は気にならなくなった。休み時間勉強したり、図書室で勉強したりする人の姿も増えてきた。その頃、私は職員室の常連になっていて、放課後先生達とコーヒーを飲むことさえあった。先生はみんな私に優しかった。

年が明け受験シーズンに入った。滑り止めの私立高校は受かっていたが、そこはうちの中学からの進学者がそこそこ多い。絶対に行きたくはなかった。本命の公立高校は共学でレベルがやや高い。先生からは「ボーダーからランクを下げた方がいい」と言われていたが、私が受験校を変えることはなかった。

合格発表はお母さんと見に行った。高校は受験生報道陣で混み合っていた。私は人波の隙間から自分の番号を探した。するとお母さんが先に見つけて「あった!あったよ!」と騒ぎ始めた。私は「もー!自分で見つけたかったのにー」と言いながらも、お母さんに抱きついて一緒に喜びを分かち合った。

私もお母さんも笑顔で車に乗り込んだ。でも運転席のお母さんが「お祝いに何か食べて帰ろうか」と言った瞬間、私は感情が抑えきれなくなり、声を上げて泣き出してしまった。助手席で嗚咽を漏らす私の背中をお母さんが優しくさすってくれた。そこで私の感情ダムは決壊した

気づくと私は今までのことを洗いざらいお母さんに話し始めていた。話すにつれ、お母さんの顔は驚きから困惑に変わり、さらに悲哀を帯び、最後は私と同じ泣き顔になった。お母さんは何度も私にごめんねと侘び、私も同じようにお母さんにごめんねと言い続けた。お母さんは痛いくらい抱きしめてくれた。

その後、私は学校に行き担任に合格を伝えた。あと一番気になっていたことを聞いた。「私以外の合格者は何人ですか?」「男子が4人で女子牛頭も含めて3人だな」 念のため名前も聞いたが、同じクラスになったことがない人ばかりだった。もう大丈夫だ。これでもうお母さんを泣かせなくてすむ。

卒業式は何の感慨もわかなかった。私の卒業式合格発表の日、あの車内で終わっていたからだ。式が終わって教室に戻ると、クラスメイトアルバムに寄せ書きをした写真を撮り始めた。その様子を尻目に私はさっさと教室を後にした。私に声をかける人はいなかった。

下駄箱で靴を履いていると「牛頭さん」と声をかけられた。1年生のとき私に「もう、ごずっちと口きけないんだ」 と言った子だった。この期に及んで私に一体何の用だろうかと思っていると、彼女は「あのね…ごめんね」と言った。なぜかその言葉で、私とお母さんが流した涙が汚されたような気がした

「ごめんねってそれあんたの自己満足でしょ!自分が後腐れなく卒業したいからって今更ごめんねは無いでしょ!こっちはようやく解放されたのに最後最後味噌つけないでよ!」 私は思い切り啖呵を切って、走るようにその場を後にした

帰り際、校庭脇の焼却炉に卒業アルバムを投げ込んで、私の中学校生活は幕を閉じた。…なお、高校に入学してから10ヶ月近く経つが、無視されることもなく、バカな友達に囲まれ毎日楽しく過ごしている。おしまい

2011-01-23

http://anond.hatelabo.jp/20110123233257

就職する人間資本家の犬、知の探究こそ正しい生き方!」

理学は高尚で工学は卑しい!」

というのはいかがなものでしょう。

ささやかかもしれないけれど、なにか新しいものをつくるだとか、そうでなくても製造工程を見直して製造効率を高めるというだけでも、すごく立派なことだ。

事故なく発電所が稼働してくれてることで、こうして夜更かしだって出来る。

知の探究よりも、多くの人を幸せにすることが多い。

伝導性ポリマー青色LED発明が卑しいか?

ハーバーボッシュ法が卑しいか?

教育機関の中では、特に大学では、アカデミズム至上主義がある気がします。

現在教鞭をとっている人間ほとんどは、高等教育機関から高等教育機関教員になった人間で、アカデミズム至上主義から一歩も出ていないことがほとんどです

一方、民間企業に勤めると、利益至上主義の洗礼を受けたりします。

いったいなにが幸せへの切符なんでしょう?

金があれば幸せか?

知を探究していれば幸せか?

人望か?

よき伴侶か?

答えなんかないんです

自分は、金とも知とも関係ないところで、例えば早起きしてジョギングして汗を流しているときなんかに幸せを感じたりします。

あなたにも幸せが訪れますように。

2010-11-10

ある一家の話です。

ある一家の話です。

長野県出身の2人の兄弟がおりました。

双方とも進学を機に長野を離れ、都心大学に進学しました。

双方とも優秀で、兄の進学先は早稲田大、弟は東工大でした。

大学卒業後、兄は「長男だから」という理由で地元に帰らされました。

弟は兄が帰って家がなくならないとの理由から、東京に残りました。

何年か経ち、双方に子供ができました。

同い年の従兄妹です。

兄の子は長野県地元幼稚園小学校中学校(全て公立)に通いました。

一方弟の子は東京教育を受け、私立の幼稚園小学校と通い、中学受験の際学習院中等科慶応義塾中等部合格しました。(進学先は当然慶応。)

双方の子供は、今15歳(中学3年)になっています。

田舎中学校生活を送っている兄の子(女)はスイーツ(笑)街道一直線です。

幼稚園からの友達と手が切れず、DQNの影響をもろに受けています。髪を染めたり、学校携帯を持って行って先生に見つかったり(それも2カ月で7回程)、受験を控えているのに殆ど勉強しなかったり…。DQNの鑑のようです。

一方、東京に残っている弟の子供英検準一級を取得し、慶応義塾中等部の中でもかなり優秀な成績を修めています。慶応義塾大への進学はほぼ間違いありません。

田舎教育を受けさせるのと都会で教育を受けさせるのでは、非常に大きな違いがあります。DQN洗礼を受け易くなる分、田舎教育リスクが大きいと思います。

私はこの話を聞いて、「東京に帰るまで絶対子供はつくらない!!」と言う事を強く感じました。

2010-11-08

根っこのない人がアメリカ洗礼を受けると幻想国家にハマる典型

http://togetter.com/li/66686

アメリカ政治家の演説を聞けばわかるけど、家族だとか、故郷だとか、自分ルーツをしっかりと持った上で国家につなげていく。

でも日本のこういう人たちは、本当は土臭い日本は大嫌い、でも海外ではルーツを問われるから、脳内幻想の「国家」をつくりあげて怪気炎を上げる。

浅薄知識人のお家芸だよね。

漱石や鴎外クラスはもう少しマシだったろうけど。

2010-10-02

http://anond.hatelabo.jp/20101002164352

もしそういうことだとしたら、それは「理想生き方なんて存在しない」っていうことを若いうちから悟っちゃってる、ってことで、それは凄い変化だと思うけど。

これまでは、そういう悟りって「青春の蹉跌」とか「社会洗礼」とか言われてきた、ハイティーン~20歳前後あたりで得るものだったと思うんだけど。

2010-09-07

http://anond.hatelabo.jp/20100906005115

こちらこそ、ありがとう。

無神論だった人間宗教に傾倒していく課程の生の声って、すごく興味深い。

(大概もう倒れ臥しちゃった後の、いい事尽くめマンセー!って声しか出ないから)

どこの世界に属していても「同じ程度の悪」からは逃れられないし、逃れられていると思っていてもそれは気のせいで目をつむっているだけだと思うようになった。テロ行為そのものは何を信じていようがあるだろうし多分、水で水死する人がいるから水が悪いんだと言うようなものなのかなあ、と思うようになってきた。

個人的には現在日本が諸外国よりもそうした宗教がらみの悪業から逃れているのって

無神論者が多いからだと思っているので、

目をつぶっているだけで同じ程度の悪が存在している、という考えは面白かった。

具体的に何を持ってそう考えてるんだろう。

一神教という思想があるから人が死ぬんだ、一神教が悪い」というのが

「水で水死する人がいるから水が悪いんだ」に変化したのって、

宗教が(扱いによっては凶器だが)必要不可欠だという認識が生まれたからだよな。

けどその場合の死というのは自らの行為で水死という結果がでただけなんだから

水死しても自業自得だよ、という事でもあるよな。

そこまでの覚悟が生まれたのはすごいと思う。

「だから同じ水でも、水死するような水には近づかない」にはならず

むしろその水に突っ込んでいこうとしてるんだもんな。

それって自殺願望…じゃないよな?

(水死することもあれば、させる事もあるんだから、自殺とは限らないけど)


悲劇をもたらす思想は追い詰められた人や自然現象が厳しい世界の人たちに根ざしている気がする。目の前のつらいことから救いを求める際には厳しい内容が含まれざるを得ないのではないかと。そういうものにすがりたい気持ちなんだ

「悲劇をもたらす思想」の構造については全く持って同感なんだけど、

そこから「そういうものにすがりたい」ってどう繋がってるのかな。

例えば、貧困や、弾圧家族が殺される、ってのが「追い詰められた厳しい世界」で

「厳しい内容が含まれざるを得ない」ってのは、相手の思想の攻撃的な否定や報復の事だよな。

それらにすがりたいというのは…何を求めているんだろ?


仏教でも神教でもホメオパシーでもいいんだと思うよ。ただ、区切りとしてきっぱりとしたものを求めたいと思うと洗礼だとかの形がはっきりしているものがいいと思ってる

イニシエーションはいわば信者釣りと確保だから、これは納得できる。

会員様だけ10%割引でお得ですよ!って会員証みたいなモンだからな。

敷居の低さと間口の広さは、元増田にとってはイコール魅力の低さって事かぁ。

2010-08-15

CASSHERN~なぜキャシャーンは人を激怒させるのか?

 なぜキャシャーンは人を激怒させるのか?

 単に、紀里谷和明監督への嫉妬か、妬み・嫉み・恨みなのか。

 しかし、例えば僕などは日記をみてもらえれば判るようにキリキリ監督尋常ではないレベルの妬み・嫉み・恨みを抱いているが、それとこれとは別で、「CASSHERN」という映画じたいは素晴らしく面白い!と手放しで絶賛してるし、一発目でいきなりこんな凄い映画を作れてしまう紀里谷監督リアルに天才なのでこれからも凄い映画を作り続けてほしいです!と応援してしまうのである。

 つまり嫉妬の要素というのは、この際、さほど重要ではない。

  CASSHERNは、人間感情の、何かこうクリティカルな部分を直撃する映画なのだ。それゆえに、そのクリティカル・ヒットを受容できる人はハマるし、受容できない人は切れるのだろう。(受容はできるけど、もうこの手の話は飽きた、という人もいるだろう。しかしそのような人は、呆れ果てることはあっても、切れたりはしない)

 CASSHERNクリティカルさというのは、そう、ブライセリフに集約されている。

「つまり、憎しみとは、人間也!」

 さらに、キャシャーンキャシャーンで、「人間が生きていることじたいが、人を傷つけることになる」という意味モノローグを語っている。

人間の性は、悪だ(人間性悪説

人間は、生きていることそれじたいが罪悪だ(原罪論)

 これはキリスト教的な「罪」の論理であり、無神論が主流の日本では受け入れられる余地の少ないテーマといえる。性善説ベースとなっている日本でいきなり「お前の存在じたいが罪だ」といわれれば、切れる人が多いのも当然だろう。しかもこれ、漫画映画である。「敦煌」とか「砂の器」じゃないのである。アニメだよ、キャシャーンだよ。なんで漫画映画で、そんな説教されんといかんねん!という人もたくさんいるはずだ。

 しかも、紀里谷は、これらの作品のテーマを、役者にセリフとして語らせてしまうのである。これがまた、この類のテーマを受容したくない人にとっては、許しがたい行為なのである。セリフで語りさえしなければ、スルーできたはずだからだ。人間は、自分の見たいものしか認識しない。従って、通常、映画を観ていても自我を脅かすようなテーマが提出されても、その部分を認識せずにフィルターをかけて消してしまうことができる。しかし、「言葉」で投げつけられてしまうと、そうはいかない。紀里谷は確信犯的にこの映画を観た全ての人間

「憎しみとは、人間也!」

 というテーマを強制的に植えつけることによって、この映画テーマを曲解される可能性をふさいでいるわけだ。

 このテーマを容認できない人にとっては、監督独善、ということになるのだろう。

 

 さて、この映画は、キリスト教的な救世主の受難を描いている。

 伊勢谷友介が演じる東鉄也は、一度死ぬが、LCLのようでもあり命のワインのようでもある赤いプールに肉体を沈められることにより、再び復活する。この赤いプールの中で行われる復活劇は、あたかもパプテスマのヨハネによる洗礼儀式のようでもある。この復活により、鉄也は自らを救世主キャシャーンと名乗ることになる。もちろん、上月博士三橋達也演じる老医師、鉄也の母みどりの幻影などが、復活した鉄也に「君の復活には、何か意味があるはずだ」「この街を守れるのか」「人々の争いを止めるのです」と、鉄也を救世主の道へと導こうとアシストするわけである。

 しかし、鉄也は救世主キャシャーンとなっても、奇跡を起こすことはできず、人々はみな挫折して死ぬ。そして鉄也自身も傷つき、血まみれとなっていく。鋼鉄の扉の隙間からバラシンに刀で心臓あたりを抉られるシーンは、あたかも十字架にかけられたイエスのごとくだ。

 しかもキャシャーン抽象的に人類の業を贖罪するという存在ではない。鉄也自身が生前、殺人という罪悪を犯しているのだ。「反戦映画」ともうけとられがちなこ映画は、実は、戦争だけに反対している映画ではない。「人間存在そのものが罪だ」というテーマをもっとも端的に表現できる場こそが戦争という極限状態なので、戦場における戦闘の結果としての殺人という光景が何度も繰り返されるのだ。

 最後に鉄也は戦場で犯した自らの罪業を認識して、懺悔する。

 が、この映画の恐ろしいというか念入りなところは、懺悔したはずの鉄也がさらにダメ押しともいうべき父殺しという罪を背負うことである。母親を寝取り、父を殺すというのは、いうまでもなくエディプス・コンプレックスなのだが、鉄也は最終的に父殺しを達成することによって、人類の原罪をことごとく背負って自殺することになる。

 では、鉄也の懺悔無駄だったのか? そう、無駄だったのだ。この映画テーマは「憎しみとは、人間也!」なのだから。従って、鉄也は、キリストの如く原罪を背負って血に塗れ、死んでいくしかないのだ。キリストと違う点は、人類の原罪を肩代わりしたのではなく、自ら原罪を犯して死んでいくという点だけだろう。もちろん鉄也は単なる殺人犯というわけではなく、「戦争」や「愛する人を殺した殺人犯への復讐」といったどうしようもない事情がある。決して、悪意で殺人を犯したわけではない。人間存在そのものが悪なのだから、生きる限り、どうにもならない、どうしようもないのだ…したがって、救世主になるべくして復活させられた鉄也の地獄巡りは、ドアーズ「The End」の如く、母を寝取り、父を殺して完結する。「地獄の黙示録」を参照するまでもなく、フロイトの絶対的な影響下にある現代のキリストは、エディプス・コンプレックスの持ち主でなければならない。フロイトによれば、エディプス・コンプレックスこそが、人類の原罪意識の大本にあるのだから。

 さらに、鉄也の父親・東博士が下層階級の出身であったことも最後に明らかになる。東博士は下層階級出身でありながら、政府側について少数民族を抑圧する側にまわり、最終的には鉄也の最大の敵となる。このあたりも、なにやらイエスキリスト物語を髣髴とさせる。

 だから、キリスト教圏では、この映画日本からやってきた現代の救世主譚として評価されるかもしれない。

 過去に、日本アニメ映画では似たようなテーマが何度も描かれている。いうまでもなく「イデオン」と「エヴァ」がそれだが、エヴァでは、主人公のシンジ救世主となるべく人類の原罪を背負う……という流れの物語だったはずが、最後にシンジ人類の原罪を背負わずに話が途切れてしまった。「エヴァ」は、「人間の性は、悪だ」という自らのテーマに向き合うことができなかったのである。キャシャーンは、エヴァと非常に似た構造映画であるが、主人公の手を父親の血に染めさせることによって、エヴァが途中で放棄したテーマを完結させた作品であるといえる。

 もう一つ、近作で似たような映画がある。それは「マトリックス」だ。この作品は3部作だが、それぞれ救世主ネオ誕生・生・そして死を描いている。ネオもまたキリストの如く、一度死んで復活する。だが、最後には人類の原罪を背負って死ぬ道を選ぶのだ。終盤、ネオは目を焼かれて失明し、エディプス王の如く盲目となる。機械触手に支えられて死んでゆくシーンは、やはり十字架にかけられたイエスを髣髴とさせる。

 ただ、マトリックスは「何も語らない」「観客に考えさせる」というスタイルを貫いたのに対して、キャシャーンは「全てをセリフで語りつくす」「観客に議論の余地を与えない」というまったく逆のスタイルで作られている。このスタイルこそが、一種の押し付けがましさ・説教臭さ・青臭さ・傲慢さと受け取られ、反発される一因になっているのだろうと思う。だが、この説教臭さ、愚直なまでの必死さこそが、かつての邦画ひとつの魅力だったのではないだろうか。邦画黄金時代には、説教映画が多数製作されていた。「新幹線大爆破」の宇津井健のウェットな説教や、「ノストラダムスの大予言」や「人間革命」で丹波哲郎が繰り出す強引極まりないオレ流説教。かつて、日本人はこれらの説教映画で感動して泣いていたはずである。みんな、かつては馬鹿だったのだ。

 80年代以後、邦画から泥臭さが消えていくとともに、邦画の魅力は失われていった。特に、角川春樹逮捕ホイチョイ・プロダクション的なテレビ局誘導の企画映画のブーム化以後は、有能な監督には集客力が無く、大作はどれも質を伴わない、という状況が長らく続いていた。例えば、世界レベルで評価されている黒澤清三池崇史が、「デビルマン」を監督させてもらえないのである。宇多田ヒカルの夫であるということ以外、ほとんど映画界では実績が無く、世間にもあまり知られていなかったPV監督が従来の邦画システムとはまったく無関係なところで突然作り出した「CASSHERN」は、そういう硬直した邦画とりまく閉塞構造をいきなり破壊した作品といえるのだ。

 無論、システムの面だけではなく、愚直なまでに真剣かつ本気というそ姿勢もまた、古くて新しいスタイルではないかと思われる。むしろこちら(熱さ)のほうが重要で、80年代から長らく続いていたシラケ世代は2001年あたりを境に終息しつつあり、70年代を最後に滅んでいたはずの愚直な熱さが求められる時代が復活しているのだ。アントニオ猪木が「馬鹿になれ」というフレーズカリスマ化したのも単にジャイアント馬場がいなくなったからというだけではない(主にプロレスと関係ない人たちに猪木が評価されているのだから。むしろ保守的プロレスファンは旧来のプロレスシステム破壊する存在である猪木を嫌っている。このあたり、CASSHERNの評価とも重なってみえる)。「馬鹿になれ」という熱くて愚かで泥臭い姿勢こそが、閉塞しつつあった日本の気分にマッチしていたのではないか。

 従来なら「大人げのない幼稚な愚直さ」と嘲笑のネタにされるような熱いキャラクターカリスマ化していく作品としては、「最強伝説黒沢」というコミックもある。この漫画の主人公の黒沢は、中学生と本気で決闘するようなどうしようもない中年なのだが、その必死さ、熱さが、周囲の人間(主に、シラケきった若者世代)の心をわしづかみにしていく、というストーリーのようだ。

 すでに我々には、冷笑や嘲笑で生きていけるほどの余裕が無いのだろう。すべてから距離を置き、自我を脅かすものすべてを嘲笑して生きていくライフスタイルは、「勝ち組」「負け組」が明確化されてしまった現代日本ではもう限界なのだ。そうなれば、道は二つ。「感動など、無い」「自分には何の値打ちもない」という悲惨な現状に気づいて、馬鹿になり、泥にまみれて足掻く道。もう一つは、「自分がこうなったのは、すべて、外部に責任がある」と犯人探しの旅に出る道だ。

 僕がCASSHERNを支持するのは、紀里谷監督製作姿勢そのものが、前者の道を示しているからだ。紀里谷の才能を持ってすれば、もっとソツなく、映像美とアクションに徹した娯楽映画を作ることだって可能だったはずだ。だが、あえてこんな熱くて泥臭くて人に嫌がられる映画を作ってしまった。というより、作らざるを得なかったのだろう。その過剰ともいえる熱さが、CASSHERN賛否両論喧々諤々と騒がれる原動力となっていることは疑いない。こんな熱い邦画は、しばらく見なかった。いったい、いつ以来なのだろうか。

 そしてこの映画テーマもまた、後者の道…「犯人探しの旅に出る道」を遮断するべくして設定されている。そして紀里谷は、それでも「犯人探しの旅に出る道」への抜け道を探そうとする人間に、抜け道すら与えない。テーマをそのままセリフとして喋らせることによって。つまり紀里谷にとっては、作品の映画としての完成度よりも、テーマを訴えることのほうが重要だったわけで、紀里谷はここでも熱い。

 このCASSHERNがどうしようもなく発散させている愚直さ、熱さこそが、実は人々に求めらていたのではないか、と思われるのだ。この映画は、冷笑させることを観た人間に許さない出鱈目な熱さを持っている。いやまあ突っ込みどころはあまりにも満載なんですが…あちこち破綻しまくってるし。だが、それだけでは絶対に済まされない映画なのだ。だからこそ、嘲笑で片付けられる人間よりもマジ切れする人間のほうが圧倒的に多いわけなのだ。僕は紀里谷監督に、もっともっと熱い映画を作り倒してもらいたい。僕自身は、熱さは持っていても、作品を作る社会的能力が皆無なので……。

(04/5/1 本田

2010-08-02

グローバル嫌い、英語嫌いな連中って

ざっくりといえば文系、よりきっちりいうならまともに大学研究したり論文発表したことない連中なんだろうな

文系を批判する意図はないので。国際学会の割合がすくないという意味で)

国際学会に行くとか、海外論文誌に論文出すなら、英語以外には選択肢はまず無い。

グローバルがとか、英語化がどうのじゃなくて、共通の言語として英語以外の言語を選択する弊害が大きすぎるので。

社内英語化をすすめると、

英語はできるが、仕事が出来ないヤツが、社内で出世して

英語はできないが、仕事が出来るヤツが、会社を辞めてしまう

とかっていうやつが居るけど、馬鹿じゃなかろうかと思う。

おまえは、大学時代論文英語で書かなかったのかと。

国際学会には、英語が出来るが研究が出来ないヤツばっかりで、国内学会英語は出来ないがレベルの高いヤツの集まりになってたのかと。

どう考えても逆。

他人とコミュニケーションを取るために、手段として英語を使えるヤツの方が、英語が使えないヤツより総じてレベルは高かった。

英語が出来る出来ないとは別に、なんとかでっち上げたり発表して質疑応答しないと、何もやってないことになる世界なので)

博士号採るためには、海外論文誌に出してないとか、スタートラインにすら立ってない。

で、「英語論文を書くのが前提になってるとか、英語屋(または論文屋)を量産するだけで百害あって一利無し」とか言うヤツが居たら、

鼻で笑う以前に、みんな関わり合いになりたくない。

少なくともサイエンス数学自然科学人文科学社会科学問わず)の世界では、英語共通語だからだ。

その意味で、その洗礼を受けてる連中は「はいはい、仕事でこんどはしゃべる必要があるのね」となったら技術を身につけるために手を動かす。

死ぬほどユニークだったり、他の連中が喉から手が出るほど欲しい才能だったら、勝手に相手が英訳してくれる。

でも、こっちが売り込みに行く側だったら、相手の言葉で話しかけるのは技術以前の礼儀の問題。

礼儀もなって無くて、内側にこもりっぱなしで、「弊害がデメリットが」とか叫ぶだけのヤツには

後ろ向きに全力で歩き続けて抗ってる馬鹿なので、近づかないことをオススメする。

(そういや、携帯電話を持たないとか、パソコンを使わないってのも、似た感じだったね)

2010-05-21

私女だけど

ふと思った。



私女だけど結婚するときは婚約結納とかしなくていい。

結婚式披露宴も時と場合によってはしなくていい。

二次会とか勘弁。

新婚旅行も別にいい。そのうち何年かして旅行にいければすぐ行かなくても。



なんでこんなに形式ばってるんだろうね結婚て。

勿論強制じゃないだろうけど、シンプルに二人の中で一緒にやっていこうっていう決意がもてれば

それでいいと思うんだけどさ。

ある意味契りを結ぶっていう重要な節目だからこそ儀式や金をかけて、

早々誓いが破られないように縛るのかもしれないけど。

本人同士は良くても親だの親戚だののしがらみはあるし、

ある意味そういう社会からの拘束、洗礼の式なのかもね、結婚式って。



そう考えたら私なんかは結婚できなくて当たり前なのかも。

2010-05-20

哲学博士志望が金融マンになってから

いや、辛いな!

正直言って、毎朝泣きながら仕事行ったな!

「~の朝は早い」とかテレビで見ると、「金融マンの朝だってはええんだよ」とか悪態つくくらいには汚れたな。

そんな俺の独り語りがはーじまーるよー。死にたい

26歳で修士を出る一年前、金が続かなくなる。そういうわけで必死に就職活動開始。

英語喋れます。ドイツ語わりと喋れます。タイ語日常会話程度はいけます。ラテン語読めます」

武器商社とか受けまくるも華麗に全滅。しょうがないので金融を受け始めると、なんかわからんけど合格

某社のIB部門に。新人研修を越えた(まさに地獄だった、同期が二人辞めた)後ギャグだと思ってた

「前髪チャラチャラ垂らすな!」の洗礼を受けオールバックに。前髪でチャラチャラて。

IBって聞いたから入社したのに「営業を舐める奴はウチにはいらん」ということで、しばらく営業をやらされる。

ぶっちゃけ何の役にもたたない経験だった。同時並行で「外務員とFPアナリストやっとけ」という無茶振りを食らう。

アナリストっていうと、ケツにフリスクを突っ込むあれですか?レベルから必死で勉強開始。

仕事に行くと四季報が空を飛ぶ。年次上の先輩が詰められている。

「やるのかぁ!」

「やりますぅ!」

「ああ、この部署から逃げられなかったら転職しよう。予備校講師になるんだ・・・」と心に決める。

朝一の読み合わせが終わると先輩について営業へ。先輩の成績が悪いフラストレーションが全て俺へ向かう。

IBって聞いたのに・・・。ヘタに酒が強いことが災いし、家に帰れない。サウナカプセルホテルはお友達。

しかし、地方支店配属になった同期の話を聞くと俺は「とても恵まれている」らしくてびびる。

豪勢な社宅が与えられるが、家に帰れない。ぶっちゃけ1Kどころか三畳間でいいから会社近くにいたかった。

入社して四ヶ月、恋人に別れを告げられる。「あなたがわからない」とか言われる。俺だってわかんねーよ。

死んだ魚の目をして毎日職場へ。哲学書の山は引っ越した日の梱包現在でも解いてない。

文学部で磨いたお喋りクソ野郎スキルがフィーバーし、成績が同期の中ではトップクラスに。

太い客を二本掴み、とりあえず安泰の身分へ。この客を奪われない限りは暫く布団で寝れる…。

と思うも、直後にIB部門へ配置転換。「希望通りだな!」と言われるも、正直言って最悪だ。

この頃、金融危機が我が社を直撃する。職場は戦場に変化する。

「~が会社に来ないぞ!」

「もう辞めた!」

「~は?」

「こないだ入院した!」

凄まじい量の各国語文献を必死に翻訳する。向こうもテンパりまくってるようで間違いだらけ。

まずは「読めるナリ」に書類を清書することが仕事となる。金融理論で院を出た先輩とコンビを組むが、

ついに「この言語俺できませんて!」状態に。だがなんとか必死でこなすも、ある日先輩が

「行くぞーアンパンマンだぁ」とか言いながらキャスター椅子で滑って壁に直撃、即入院

ドイツ人英語で怒鳴りつけると中国語で返されたりとかそういう状態。

拓銀ってさ…1000万のコールが引っ張れなくて潰れたんだよな」とか

部長がシャレにならんことを言い出す。上層部は「リスクを取る時期」とか変に張り切ってるが

現場は書類処理すらままならない。死ね。だから、これは私に裁ける仕事じゃありません!

やれっていわれりゃ勉強しますが、同時進行はムリです。自分仕事だけで残業150逝ってるんです!

この時期、「うわぁ、東南アジアならしばらく暮らせるかなぁ」くらいの額へ貯金が溜まる。

オフィスは悪臭が漂う。靴下を三日以内に替えた人間は「おまえスゲーな」と評価された。

新人は救援物資の買出しが主な業務となる。「今Tを買い物に行かせた!服とメシが来るぞ!」

食いたいが食えない。粉末カフェインの飲みすぎで脈拍が常にうるさい。課長は一気にハゲが進行

「輝いてるだろ、俺!」と笑えないギャグを連発する。この時期、80キロあった俺の体重は62キロへ。

しかし、飲み会こそ我が社のエネルギー源と黄疸丸出しの目をして先輩方は飲みに行き、職場に戻る。

スマートドラッグ 覚醒

とか新人パソコンから笑えない履歴を発見人間は追い詰められると転職すら考えられなくなるらしい。

「おまえが死んだってどうにもならねえんだよォォォ!」

とかトレーディングルームから聞こえてくるが、誰も目線すら動かさず仕事へ向かう。いっそ殺せ。

その後、ヤバイ時期を逃げ切った後俺は立派な睡眠薬アルコール中毒へ。

先日、肝臓数字エライことになり、どんな医者も俺に薬を出してくれなくなった。

最近知ったけど、カルテって横のつながりあるのな。現在カティサークを飲みながらこれを書いている。

同期は半分近くいなくなった。俺も後を追うのは間違いない。

現在必死で転職模索中も、再び営業部署に戻される目算が強くなっている。もうだめかもしれない。

- 転職ならen
- 派遣ならen
2ページ中1ページ目を表示(合計:43件)