はてなキーワード: 法則性とは
オタク特に二次創作を嗜むオタクの間での「考察」って、どうしてこうも鬱陶しいのか
ただその内容かあまりにも定型的で、作品本編の内容を見てないっつーか
例えば、
表紙で一人だけ違う向きを向いているから死ぬ!キービジュアルで立っている奴は生き残って座っている奴は死ぬ!
表紙になった巻の背景が白のキャラは死ぬ!黒のキャラは生き残る!
誕生日にはこういう法則がある!法則に当てはまってないキャラAが死んだから同じく当てはまらないキャラBも死ぬ!
イラストで左目を隠していたキャラは左目を失明する!右手を隠していたキャラは右手を欠損する!
……こんなのばっかり
これって作品を作る側になってみれば分かると思うんだけどなあ…
普通はそんな事前にバレバレになるような書き方する訳ないでしょ
向きが違うのはその方が構図として格好が付くからであったり、その時点での人間関係を表していたりするからです
誕生日に法則性を持たせたりキャラの重要度によって設定の凝り具合を変えたりする事があっても
それが生死に直結する訳ないです
キャラの生死なんて究極的な情報が、本編を読まずにバレバレになったらつまらないじゃん
目や手を隠すのはキャラの心情の表現だったり描くのが面倒だったりするからです
この手の「考察」って何故か、絶対にこうなるに決まっているという断定口調で書いて
外れた後も考えを改めない人ばかりなのは何故なのか
「法則」が外れた後でもそれに固執して、当てはまってないんだから死ぬのはおかしい!絶対に復活する!と断定口調
考察が外れてた事の方を認めなよ
定型発達者同士の雑談的な会話って要するに「鳴き声」だからな。お互いに悪意が無いこと、味方であることなどを確認して関係性を保つことが目的であって、発話してる言葉の意味はどうでもいい、というか関係ない。
ぶっちゃけ、「最高?」「最高!」「最高最高〜!!」「最高最高〜!!」でも会話は成立しているし、これで成立している以上の意味の交換はそもそも無い。
そういう「会話」においては「正しく鳴く」ことだけが重要なんだけど、元増田はみんなが「ワンワン!」と鳴いてるところで「チュンチュン!」と鳴いてる感じ。周りは「なんだこいつ?」となって関係性の確認が成立しなくなる。
どうやったら正しく鳴けるようになるのかは分からん。パターン認識を頑張って大量の教師データから獲得するくらいしかないとは思う。基本的には生まれつき出来るかどうかの問題だからね。
「主語が”I”な発言は厳禁」みたいなノウハウは、本来生まれつき感覚で出来るからわざわざ言語化する必要のない法則性を、できない変な奴向けに仕方がなく無理矢理言語化したものに過ぎないので、記述として不正確で不完全になっていると言える。
反リベラル、反フェミニストのバカさにほんと呆れ果てるな。大学行ってからネットやった方いい
アイツら小卒しかおらんやろ
大体「私は100%の事実であるという自然科学的証明がなくてもほぼ全世界で疑いようがなく帰無仮説を棄却できるとして扱われること」の意味がわかりません。私には分からないので、批判します(?)
とか、
とか、
文字や出来事の解釈は完全に自由で、個人それぞれの考え方に依るだけのものであり、そこに妥当な解釈や法則性などは存在しません
もう倫理や哲学や社会学で議論され尽くしてる内容だとしても、私が知らないから、存在しません
そんなんしか言ってないんだよな
朝活書写とかSNSに上げるの流行ってるけど、下手くそな字を見るのが猛烈に不快でブロックしてしまう。
下手な字、本当に不快。
別に書写のお手本みたいな字でなくてもいいのだが。
一定の法則性を持った癖字ならそういうフォントとして見ることができるから、そこまで不快ではない。
苦手なのは、なんでそこで妙に曲がる? なんで字の大きさ揃えない? 筆の運びからいってそこでのとめ・はね・はらいはおかしいのでは? という感じのバランスの悪い字。
自分の心が狭いのはわかっている。
好きな筆記具で好きな言葉を書いてみんなにみてもらいたいという気持ちは大肯定したい。
ただ、とにかく苦手なので自分の目には入れたくない。
(何かの配慮を求めたいということではなく、こっちで自衛するから本当に気にしないでほしい。ただ苦手だということを言いたかった。)
バーガーキングたまに行くんだけど、何円か以上もしくは注文したらレシートにアンケートがついている
そのアンケートに今回の評価書けば番号が出て、レシートにその番号を書けば次回はドリンクが無料になる
なんだけど、その番号店員さん確認してるようには思えないんだよね。
アルファベット2桁数字5桁の照合しているようには見えず、いきなり注文受け取っているように感じるけど番号に法則性とかあるのか?
魔法に対して仮説を立て実験を行い観測し法則を見出し体系化する……とすればそれは科学的な魔法か
科学的手法が存在する世界では、観測できるものはすべて科学の対象となる、ってことか
別に魔法と科学が相反するものである必要はどこにもないのだろうけど
もし、魔法と科学が相反するものであるとするならば魔法はどのような性質を持つか
パルプンテとか
パルプンテの法則性を突き止めようと人生を捧げる魔法科学者がその世界にはきっといる
科学的手法とは別の魔法的手法とでもいうべき方法論がもしあって、それが科学とは相いれないのであれば対立するか
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『葬送のフリーレン』に「ゾルトラーク」という魔法が登場するが、この魔法は魔族によって「開発」され、人類によって80年間「研究」されたらしい
こういう言説をあちこちで見かけるようになった。
でもそもそも宗教と完全に切り離された状態って人類に存在したのだろうか?
サピエンス全史の暴論を鵜呑みにするのならば「そもそも宗教がなければ人類は知性を獲得していない」という前提が成り立つ。
だが世界の歴史の中には宗教と無縁のままに知性を獲得した民族がいるのではないだろうか?
または、宗教を完全に締め出すことに成功した国家は一度も存在しないのだろうか?
学校の授業ではこの辺を全く習ってない。
特定の宗教が強い国家が、他の宗教を弾圧するという、ヤクザの縄張り争いみたいな話は山程聞かされたが、そもそも何の宗教も存在しない状態については聞いたことがない。
古代文明の話においても土着の信仰についての話題が付きまとってきた。
宗教と完全に無縁な状態の人類とはどういう状態になるのだろうか?
コミュニティの全員が完全に宗教を切り捨ててた状態は存在したのだろうか?
死者を弔うことはあってもそこに冥界を信じる心は持たず、魂の実在も信じることがないコミュニティが成立した時代はあったのか?
学校で習った範囲でしか世界史を知らない俺は全くそういうのが思いつかない。
俺が習った範囲においては、人類は常に何らかの信仰やスピリチュアルな認識と共に生きてきている。
いや……だが……我々が現代科学という信仰を手にしたことでかつて科学と信じていたものを非科学的と切り捨て、それに宗教性を見出しているだけなのか?
じゃあ……幽霊の存在を信じるまではセーフだけど、神様がいてお祈りや捧げ物をするとボーナスタイムに突入するって考え方が存在しないコミュニティぐらいの感じで……。
これでもなさそうだね。
神の存在を科学として認識してそうな気がするんだよな……まともに実験とかやってなかった頃の人類……神がこの世界をプログラミングしたからこの世界はこういう法則で動いてるんだぜ?もしも誰もこの世界を作ってないんだったら再現性が担保されるような法則性が存在するはずがないじゃんだって世界はカオスなはずなんだもの!みたいな感じで無から神がボンボコ湧いてきてしまう気しかしねえ……
というわけで、これからラブライブの掲示板を覗こうと思っている人は、したらばのほうに来たほうが平和です。
https://jbbs.shitaraba.net/anime/11177/
5chのラブライブ板は魔境でした。ネームドの荒らしが少なくとも5人以上はいたでしょう。そして荒らしに構う荒らしは更に多くいました。
ネームドひとりひとりの詳細を書けば、その荒らしたちが認知してもらえて喜ぶだけなので、単にネームドの荒らしとひとくくりにまとめます。
まともな住人たちは専ブラのNG機能を駆使して無視したり、無害なクソスレを立てたりしてやり過ごしていました。
そんな中、余所で配布された5chの埋め立てスクリプトがラブライブ板に書き込まれました。そして使い方の優しい解説まで書き込まれました。
結果、ネームド荒らしの一人がそれを使って埋め立てを始めました。埋め立てるスレの傾向はよくわかっていません、前から手動埋め立てしたり正気ではない行動を繰り返している荒らしだったので、法則性を見出そうとすることは無理かもしれません。
すると、ラブライブ板が5chの書き込み数上位に躍り出ました。そして、それは他の板を荒らしていた更にヤバいスクリプトを呼び寄せました。
(ここまで推測です)
ヤバいスクリプトの埋め立ては、それまでいたネームド荒らしの埋め立てとは比べ物にならないほどの速度でした。5chのラブライブ板はほぼ崩壊し、ラブライブ避難所というしたらば掲示板に避難しました。
したらばのスレは上限が1000個、即死判定などはなく管理人が落とすしかありません。その避難所も長くもたないことは明白でした。
そこで有志が手を上げて、新しくラブライブのしたらばを開設しました。住人たちはそこへ移動し、少しずつ活気を取り戻しています。
したらばは基本的に手動でスレを落とす必要があったんですが、有志の管理人はある条件(最終レス時刻?)で自動的にスレを落とすプログラムを作ったり、NGワードを自動検出するプログラムを作ったり、管理の自動化に力を注いでいます。
管理人の負担が懸案でしたが、その辺りもだいぶ解消されていると思います。すごい。
世界大会だと思いたくない理由は、準備不足とコンプライアンス問題から。
世界大会だったはずなのに、アナウンス・表示がほぼ全部日本語。
いや、時々思い出したように片言の英語を話すこともあったけれど、本人が無自覚に日本語を混ぜているから、外国から来た選手がわかったかは謎。
競技会場の分け方も法則性が全く見いだせないので、うっかり聞き逃すとそれだけで競技に参加できなくなるという罠。
40回以上やっている大会のはずなのに毎回ありそうな問題に対処するために10分以上競技を停止。
開会式では会長の顔はばっちりアップで写せて会場の大画面に投影できているが、外国の代表を一人一人紹介した割に、最後の方とかちゃんと写せてない。
...いや、入場はぴったり停止位置が合うように意味不明なくらい長時間練習させてたな。その情熱があるなら開会式のリハーサルをすればいいのにって思う。
コンプライアンス的に危ないと思うのは、「日本人は〇〇」みたいなことを公式アナウンスで連呼する所。
今時外国人が社員としている会社は普通だと思うので、こういう発言、一般企業だとコンプライアンス的に完全にアウトだと思う。
会長の挨拶も全く準備せずに思い付きで話をしている感じがすごかったのだが、国際問題に発展しかねないことをいつ言うかのドキドキ感が半端なかった。
まあ、何の話をしているのかわかったあなたもご愁傷さまでした。参加人数のわりに会場狭すぎで、多頭崩壊の現場ですかって感じだったよね。