はてなキーワード: 水着とは
ルイーダの酒場で待機してる男戦士です。酒場送りにされて4年になりました。
パーティに加入したばかりのころは男勇者は謙虚で努力家で模範的な勇者だと思いましたが、長く一緒に旅をしているといやな所にも気がつきました。
(英雄色を好む的な意味で)いい部分もそれなりにあるけれど、みなさんに知ってほしくて書きます。
1.MP管理が厳しいのに、調子に乗って大魔法連発して計画性がない(女賢者の前でかっこつけすぎ)
2.仲間の気持ちを考えない。損得で行動する(急に新規加入してちやほやされた挙句、スーの村近辺に置いていかれた女商人がかわいそう。あと酒場に戻る仲間の装備は全部回収する)
3.自分が成功しないんじゃなくて、他人が成功するのが悔しい、のに他人が失敗するとキレる(俺がはぐれメタルを仕留めると「たまたま当たってよかったな」っていうのに、俺がミスするとキレる)
4.仲間を他の勇者パーティと比べる、見た目的な基準でしか戦力を計れない(どいつを仲間にするか決めるときに、さんざん悩んで、結局、おっぱいの大きさで決めた)
5.モンスターは基本的に退治すべきだけど、無害なモンスターもいじめたりする(怯える目で見るはぐれメタルがかわいそうでわざとミスを連発したら俺は干された。俺は今でも怒っている。)
6.会心の一撃で仕留めても文句を言う(なんで?早く戦闘終わったのに。男勇者はとにかく他の男メンバーが目立つのが嫌い)
7.性癖が変(女好きなくせに、おっさんの「ぱふぱふ」にはまったり、あぶない水着を男僧侶に着させたりする)
8.性別で装備品購入を優遇する(女賢者最優先。そういうことをいうと「酒場行きだぞ」と怒る。でも装備品の影響が大きいのは戦士職でしょ?)
9.正面向かないと話せない(足元調べすぎ)
10.元気になるのは夜になってから(カザーブ村のおじいさん、勝手に「どくばり」持って行ってごめんなさい。かわりに謝ります)
確かに見た目はちっちゃくて可愛いのよ。
でも事あるごとに、「◯◯(私のこと)と付き合う前に彼くんは私に気のある態度してた」
とかいちいち毎度毎度ウザいくらい私に言ってくる。
しかも私の彼氏に対して上目遣いで体の距離を近づけて話す。これ見てて本当にハラハラする。
これに対して文句言うのは、共通の友人からの話で彼女が彼氏がいながら浮気しているのを知っているから。
彼女は相当のイケメン好きで、私の彼氏もイケメンといえばイケメンかもしれない(銀杏の峯田に似てる)
私の彼氏に対しては彼女が浮気性だという事はまだ話してない。無意味かもしれないけど私の矜持に関わるから。
彼女と私の異性関係の経験量は5倍は違う。彼女は25人以上と関係を持ったことがあるのだから。
いつか彼氏を寝取られてしまうんではないかと恐々としている。もういっそ彼女がヤリマンだと言うことを言った方がいいのだろうか。
声優ストーカーブログが盛り上がっているけど、ああいうのはwebでは許容されるべきではないと思う。
週刊誌は許されているといっても、出版社が責任を担保していて、実際に名誉毀損で何度も訴えられている。訴訟覚悟でスキャンダルを報道して本を売って稼ぎ、利益の一部を賠償金に当てるというビジネスモデルになっている。もちろん司法はそういう現状を善く思っていないので、名誉毀損の賠償額が右肩上がりになり、最近ではパパラッチ報道は割に合わなくなりつつあるらしいけど。
一方の声優ストーカーブログはバナー広告もなく何を目的で運営しているか分からないし、本であれば発行部数などで影響が分かりそこから被害額を算出しやすいが、ブログに出した情報がソーシャルネットワークなどで拡散されていく際にどこに責任の所在があるのか算出することが難しい。「営利目的でない」「影響を算出できない」という個人ブログの特性から訴訟に持ち込むことは難しく、被害者は盗撮に怯えながら泣き寝入りするしかない、という点で大きく異なる。
ストーカーまがいの取材は犯罪ではないのか?という点については、まずストーカー規制法については「特定の者に対する恋愛感情その他の好意の感情又はそれが満たされなかったことに対する怨恨の感情を充足する目的としたつきまとい」のみを対象としているため、スキャンダル目的のつきまといは除外されている。ストーカー規制法が成立したのが2000年で、1998年の和歌山砒素カレー事件のメディアスクラムが強く問題視されていたことからメディアもストーカー規正法の範囲に及ばないよう働きかけた結果だったような記憶があるけど、割と曖昧。
盗撮の時点で犯罪だと思うけど、実はそうでもない。なぜなら盗撮を法で規制してしまうと、監視カメラを設置できなくなるから。軽犯罪法や迷惑防止条例など適用されるのは、施設内にカメラを勝手に設置した場合や、下着や水着を盗み撮りした場合に限定されると思う。肖像権は著名人は保護されにくい。この辺は専門家の解説を聞いてみたい。
個人ブログがパパラッチ技術を持つことが社会通念上許されると、プロと違って食い止める手段がないように思う。
処女性をウリにして恋愛に疎いオタクから金を巻き上げるアイドル声優のビジネスモデルにも問題があると思うけど、市民がネタを求めて相互監視するような社会よりは夢があってマシだと思う。
個人的にストーカーブログが問題だと思うのは、「誰が運営しているか?」というのが見えない点。
週刊誌は出版社がスキャンダルの報道で利益を上げるために販売している。これはまだ分かりやすい。でも個人がセミプロの情報収集能力を持ってスキャンダルを拡散するのは、何を狙っているのかが分からなくて怖すぎる。注目を浴びたいだけの人間かもしれない。ライバル声優の事務所やファン、その声優のアンチが興信所を雇ってやっているかもしれない。ストーカーブログが発表したネタをダシに稼いでるコピペブログ管理人が本当の仕掛け人かもしれない。この「得体の知れない不気味さ」が週刊誌とストーカーブログとの間で脅威の評価を変える決定的な違いだと思う。
ずっとBカップだった私だけど彼氏が出来たらたった半年でEカップにまで成長した。
アンダー小さいから普通乳だけど自分では何となく巨乳な気分になった。
私には努力して巨乳になろうという気概はなかったけどぼんやりとした巨乳願望があった。
服の上からでもおっぱいがハッキリわかるようなラインが出る人を見かけるといいなーと思ってた。
そんな感じだったから胸が成長するのは良い事と思い込んでいたけどそうでもなかった。
可愛い下着を買うのが好きだったのに下着買うことが憂鬱なイベントになった。
ブラの値段が全体的に高くなった。デザインもごついものばかりで可愛いものが選べなくなった。
売り場に並んでるブラ見るとDカップ以上は防具みたいで本当に嫌だ。
元々微乳だったせいか乳が垂れることに対する恐怖感が激増した。
ブラしてても運動するのが怖い。(運動するにしても何か邪魔だったりする。)
以前はそんなこと滅多になかったのに胸に視線を向けてくる男性が増えた。
姿勢が悪く猫背気味なのもあって服着たらあまり胸目立たないのに確実に増えた。
普通乳でこれなら巨乳な人々はきっと毎日不快な思いしてるんだろうなと思う。
今は胸がこれ以上成長するのが怖くて出来ればBカップに戻りたい。
爆乳レベルの巨乳でコンプレックス持ってる友人がいるけど彼女の苦労が少しだけわかった気がした。
口に出さなかったけど贅沢な悩みだなーとか思ってて本当にごめん。
男女逆にしたら、タンポンだのナプキンだの生理用品で盛り上がってる感じか。最低でも、同じ性別同士のなかでやるべきだよな。
で、カウンターパンチ目的で書くわけじゃなくて、だいぶマジな話、生理用品のCMとかって、マジでセクハラなんだけど。こっちが美味しく飯を食ってる時に、なんで女の股を想像させられなきゃならないんだよ。すげー迷惑。生理用品のCMは、職場に水着のグラビアがおいてあるのと同じ程度(言われる側からすると、疑問に感じるだろう点を含めて)にセクハラだと思う。
結構、話がそれるが、デパートとか大型スーパーって、1F:化粧品、2F,3F,4F:婦人服、5F:紳士服…以下略ってなってるところが多いじゃん。で、エスカレーターで登ったり下ったりしていくと、昇ったor降りた真正面に、女性下着のマネキンとかがどかーんとおいてあったりするんだけど、あれもマジ迷惑。
普通にエスカレーターに乗っていれば、どうしても真正面に見えてしまうので、あえて視線を落としたり、早足にしたりしなきゃいけない。別に、セクスィーな下着をつけただけのマネキンに欲情はしないけど、自分からブラ紐とか胸の谷間をちらちらさせておいて、目線が行った"ように見える"とセクハラ認定されるこのご時世においては、そういうことさえもセクハラ認定されそうだし。世の中どんな目があるかわからないからね。
あと、幼児水着とかも同様。ロリペド認定されたら、マジ人生終了しちゃうよ。
どこに線を引くかの問題だけど、すべての人が一切セクハラを感じ無い社会をつくるとしたら、いろいろ息苦しいだろうなと思うよ。
・自称ひとり上手(ぼっちにあらず)としてはひとり海水浴くらい経験しておきたい。厳島まで泳ぎに行くか。牡蠣も食べれるしな。
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・厳島神社が有名な厳島だが、包ケ浦海水浴場ってところで泳げるんよ
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・男女のペアばかり。まあ海難事故は怖いし、ツーマンセルかなんかだろう。
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・脱ぐ。とりあえず記念撮影。セルフタイマーに失敗してアップで移った脚がセクシーだ
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・セルフタイマーという言葉を反芻して、なんとなくこれが本当の使い方なのではないかと思う
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・泳ぐのに飽きたのでブイを集め浮島みたいにしているところで寝る。4メートル×4メートルくらいのサイズ。少しだけ遠慮した端のほうへ
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・白人の男女がブイに上がってくる。女性がよくわからない言語で爆笑している。なにがそんなに可笑しいのだろうか。
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・ずっと寝てたらカップルは去っていった。ごめんね、邪魔者で。でも私はここで寝たいのです。
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・しばらく泳ぐが疲れたので着替え。
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・温泉入って穴子食べて山登って牡蠣食べて帰る。穴子の肝マジうまい
ひとりだと、泳ぐ寝る砂遊びくらいしかやることがありません。なので結構暇です。目的をはっきりもって行った方がよいと思いました。
荷物番がいないのは困り者です。対策は考えて行きましょう。
http://anond.hatelabo.jp/20110712002250
どうやら
がいるようだ。 いずれにせよ、こういう対立がある限りはマミさんネタは消えない。
このネタでいいかどうかはともかくとしてマミさん人気はしばらく続きそうだ。
話ややこしくなりそうでやだけど個人的な感想としては
全く別物だという認識。
どんなクラスにもいたでしょ、
誰とも関係もたないけど、いじめられるわけでもなく放置されてる人。
存在しないかのように扱われてる人。あるいは腫れ物のように扱われる人。
「孤高」と呼ばれるような、敬遠されつつも一目おかれる、みたいな格好いいあり方ではない。
いてもいなくてもいい、むしろ居ないほうが場にとって良い、そんな感じの人。
あれがぼっち。
一方で、一見ぼっちと同じように見えるが、
ちょっとズレたキャラとして、仲間内にしっかり入り込んでる人もいる。
主にちょっとデブい人とか、どもりクセがあるような、
学生の単純かつ幼稚なものさしにおいては「劣っている」とみなされる特徴を持ってる奴が
いじられキャラとして仲間内に入ってる。いじめとはちょっと違うし、ちょっと浮いてる感じだけどぼっちではない。
少なくとも他者との関係性は維持されている状態。
本当にぼっちを経験すると、「ぼっちキャラ」でもいいから人とつながり持ちたいと思う。
よって同人のマミさんの扱いを「ぼっち」と評するシロクマさんはリア充なんだろうな、まぁ考えなくても当たり前か。
で、マミさんはぼっちキャラ以外のキャラ付けになぜならないのか、だけれども、
もしあのまま生きていれば、他のエピソードも追加されていれば、ぼっちキャラ以外の道もあっただろう。
でも、残念ながらそういった記憶を積み重ねる前に彼女は死んでしまった。
このままでは語るエピソードのない、十分に個性が示されたとは言えない彼女は忘却の理に従って消滅してしまう。
そんでも彼女について何か語りたい、彼女と関係を保ちたいと思ったとき、
いってみれば緊急避難的な手段として「とりあえずぼっちキャラでもいいからキャラづけ」して蘇生させたというわけだ。
鉄腕バーディーじゃないけど、瀕死の状態の人間を助けるためならやむを得ない。
人としてのパーツが足りなければなんらかで補って外形を取り繕わないといけない。しょうがないんだよ。
(だってそれ以外のパーツって死の直前の高貴さか、豆腐メンタルとかなんだぜ。まだぼっちキャラの方が愛があるよね)
というわけで。
ある種のポエムは、書き手が何かを隠蔽したいと考えている時に立ち現れる。書きにくいことを書かねばならない時や、書くべきことを書かずに済ませようとする時、散文は、詩の似姿をとることで、その場をしのぎにかかるのだ。卑近な例では、グラビアのキャプションがそうだ。アイドル水着写真には、必ず編集部のオヤジが書いた似非ポエムが添えられる。「ク・ミ・コ。声に出して言ってみる。ボクの心の日記帳はキミの名前でいっぱいなのさ」こんな詩は単独ではもちろん成立しない。が、グラビアがポエム抜きで成立しないこともまた事実で、結局、グラビアを見ている少年の恥ずかしさは、添えられたキャプションのこっ恥ずかしさで中和しないと解毒できない。そういことなのだ。
格闘技のイベントでも、リングアナウンサーの語りはいつしかポエムになる。「孤独な求道者の鉄の意志とぉー、血に飢えたプレデターの魂がぁー いまぁーリングに連なる獣道でひとつになったぁーーー。宿命と呼ぶにはあまりにもうつくしいー、バーリトゥードの旋律がぁ、いまぁー幕を切って落とされたぁああああ」こういう時、「旋律に幕なんてあるか?」 と突っ込む者はいない。ポエムは、殺伐とした空気を撹拌するための風だ。意味なんか要らない。むしろ、意味は有害。リングサイドの男たちは、あまりにも興奮していて、ポエム以外の日本語が理解できない。それだけのことなのだ。
神様のメモ帳とかまさにそんな感じ。読んでてイライラするのだな。
だから 前の時のように墓を暴いてまで自体を追求する義務はない。
「・・・証拠が見つからなかったら、適当に決めつけろってこと?」
「きみはどうしようもなく散文的な男だな」
終始こんな感じ。めんどくさい。アメリカドラマ好きな人が見たら発狂するレベル。
ポエミィや電波なヒロインと、どこまでも散文的な主人公。奇想天外なヒロインの行動を主人公がちくいち解釈する。
あるいはその反対の中二病の主人公と、現実的な幼なじみ。突飛な主人公の行動をちくいちたたきつぶすヒロインを見せる。
こういった組み合わせによって
人生経験も感性も乏しい読者に対して彼らにでもわかるような卑近な物事を、
電波なヒロインをドラッカーにかえたら200万部オーバーの作品ができることもあるわけでこういうものに対するニーズは根強くあるんだろうな。
もちろんそれ「だけ」と言いたいわけじゃない。ラノベ大好きだし。当てはまらない例のほうが多い。
30過ぎて既婚なんだけど、、、
もうすぐ夏じゃない?
で、夏と言うと、海じゃない?
青い海とか白い雲とか、水着のお姉ちゃんとか、キレイなお姉さんとか、そーいうのを想像するとワクワクドキドキするんですよ。
海なんかはさ、女子と2人で行くよりも、できれば男女同数の、しかもそこそこ慣れてないメンバーのグループでワイワイ行きたいじゃない?
んで、海の家とか、うきわ借りて波間に浮かぶとか、ちょっと海の上のボートで2人きりになったりだとか、2人で買い出しに行っちゃったりだとか、、、、
そーいうのを考えると、楽しくて切なくてたまらなくなるわけです。
っていう感情って、いつまで続くんだろう?
自分の子供ができれば、そーいう感情ってもう生まれなくなるの?
歳を重ねれば、自然にそーいうこと感じなくなるもんなの?だとしたら、幾つくらい?
そりゃ今だってやろうと思ったらできなくはないけど、そうとう大変な無理を重ねないと、実現しないと思うんです。
そして、切なくなるのです。
やれSFだとかそれファンタジーだとかいけ魔法少女モノだとかまたゼロ年代だとかいう文脈で語られるまどか☆マギカ。
だけど私は思う、まどか☆マギカは徹底的なリアリズムだ、第三話以前と最終回を除いて。
もっとも、その除かれた物も、現実の只中にある視聴者が希求してやまないものだった。
一部の人間は日常の延長としての水着回を、あるいは美化された青春に永く留まっていたかった。
現実を突きつけられた視聴者は少女たちの救済を願って止まなかったし、事実それは達成された(視聴者の意図とはずれようとも)
少女たちは友人の死、避けられない宿命、隠されてきた歴史、対価と代償、資源枯渇の様々な現実を見せつけられ、翻弄された。
そしてそれは「よりよい終末」という政治的な解決(そしてそれは因果律を書き換えるほどの困難)によって救われる。
さて、なぜこれがリアリズムなのか。
数年前、蟹工船がブームになったのは、まだ記憶に新しいだろうか。
内容や当時の潮流などはさておいて、平成の世にまたブームが巻き起こるのは当然理由がある。
もちろんそれは今でも色褪せぬ現実がそこに描かれていたからにほかならない。まさに共感による再燃である。
つまり、文学的、思想的な背景は無視され、そこに描かれた現実のみが人を動かしたのである。
むろん、そこからの解釈は薄いと言わざるを得ない。表層的な一致が、ブームにつながったのだから。
しかしながら、それは今となっては関係がない。理解の程度はブームとは無縁なのは、バナナダイエットが示したとおりである。
さて、リバイバルヒットというのは、ときに悲しい事実さえも教えてくれる。現実は変わっていないということだ。
悪く言えば、成長していないということでもある。
いつか働かなくても生きていける社会が来ると、望んでは嘆き、を繰り返す。
そしてまた時が経って再評価されるのである。
いつか、まどか☆マギカが忘れられたときに再評価されるだろうか?
それはわからない。
報われない彼女らと、報われない私を重ねて。
☆1~5で個人的に評価
1章 まず全体について ☆
2章 ラフと構図 ☆☆☆
3章 線画上達 ☆☆☆
4章 かわいい顔を描く ☆
正直4章が私には全く役立たなかった。
5章 レイヤー分けのコツと色 ☆☆
6章 肌と髪の塗り ☆☆☆☆
7章 布地のしわと陰 ☆☆☆☆☆
8章 衣服の描き方 ☆☆☆☆☆
7章と8章は非常に良い内容で、わかりやすい。
作例もステキ(尻とか)
9章 オリキャラ作ろう ☆☆☆
12章 質問コーナー ☆☆☆
refeia先生の絵がとても好きなので買ってよかった。
内容で役に立ったのは服と肌のとこでした。
顔の描き方は、骨格からやるのが私は好きなので4章はいらなかった。
7章は、完成絵は机で女の子の尻が隠れてるんだけど