はてなキーワード: 歯医者とは
眠れないので、誰にも話したことのない話をする。それは僕の人生についての話だ。
僕の一番古い記憶は、二歳のときのものである。祖父に手を引かれた幼い自分が、夏の祭ばやしの中でぼうっと立っている。そんなはっきりとしない風景のような記憶。
その夏祭りと同じ年、祖父はまだ50代という若さで死んだ。大の酒飲みでもあった祖父が居酒屋からの帰り道に道路のど真ん中で泥酔して寝ていたところ、通りかかった車にひき逃げされたのだそうだ。犯人は結局見つからず、警察の役人的な処理の仕方に家族は憤りを感じたらしい。そういうこともあり、僕の一番古い記憶は、僕がもっている祖父に関する唯一の記憶でもある。
ただ、この祖父との夏祭りの記憶はおそらく後から作られた記憶なんじゃないかと、僕自身は思っている。なぜなら、祖父に手をひかれている記憶のなかの「幼い僕」は、記憶の観察者である「僕」のほうを見ているからである。ふつう自分自身の記憶であれば、自分の顔がその記憶の風景の中にあるはずがない。僕が一番古い記憶だと思っているその祖父との思い出は、一人称の記憶ではなく、三人称の写真的な風景なのだ。多分、祖父が死んでずっと後、僕が物心ついた頃に祖父との夏祭りの写真をみせられたか、もしくは親類が思い出を語ってくれたことで自分の中で作られた記憶なのではないかと思っている。
祖父に関するもう一つ記憶に残っている話がある。それは僕の父が語ってくれた父の記憶だ。祖父がひき逃げされた数ヵ月後、御巣鷹山の日航機墜落事故がおきた。日本中の人々の関心を呼んだその事故の報道を見ながら僕の父は一人の目撃者や証言者もなく数ヶ月で忘れさられてしまった祖父の事故を思い、命の価値は同じはずなのにどこか不公平だと感じたそうだ。その話を父から聞いたのは僕が中学生くらいのときだったと思う。多くの人の命が失われた大きな事件なのだからそんな田舎のひき逃げ事件より注目を集めるのは当たり前じゃないかと、思ったのを覚えている。
僕の話に戻ろう。祖父との夏祭りの記憶の次に覚えているのは、幼稚園の庭のすみで幼なじみの男の子と二人、もくもくと遊んでいる僕の姿だ。これも記憶というより、印象といったほうがちかいかもしれない。幼稚園では他にも友だちがいたはずなのだが、僕はいつもその幼なじみとばかり遊んでいた。他のこどもたちは幼稚園の庭の真ん中でみんなで仲良く遊んでいる。ただ、僕とその幼なじみだけが庭のすみっこで別のことをして過ごしている。そういう記憶だ。
僕は自分がマイノリティであるという漠然とした自意識をもっている。そういう自意識はおそらくこの幼稚園時代からもっていたのではないかと、特に理由もないのだが、なんとなくそう思う。はっきりとは覚えていないのだが、そんな幼稚園時代を過ごしたという印象だけ残っている。
その後僕は幼なじみと同じ小学校にあがった。幼なじみをKと呼ぼう。小学生になった僕はKのほかに、新しくJという友達ができた。Jは別の幼稚園に通っていたのだが、帰り道がKと僕と同じなので自然と仲良くなったのだと思う。なにをして遊んでいたのかはあまり具体的に記憶にないが、学校の帰り道やお互いの家、近所の公園などで過ごしていた記憶がある。たぶん、他のこどもたちも同じように過ごしていたんじゃないだろうか。幼稚園のころよりかは幾分交友関係が広り、幾分マイノリティでもなくなった。
だが、マジョリティではなかった事だけは確かだ。小学生だったことがある人はわかるかと思うが、子供のなかでは子供なりのカースト的な階層があるものだ。上位階層に所属しているのはもちろんスポーツが得意な子供達である。野球やサッカーではエースで、なおかつ顔がカッコイイというWという同級生がそのカーストの頂点で君臨していた。僕は早生まれということもあってか運動がまるきりダメで、そのためカーストの中では下位に位置している存在だったが、意識して階層の外にいるように、つまり上位のやつらやその友人たちとはあまり接触しないように過ごしていた。交友関係が広がったとはいえ、マジョリティだとは言えない存在だった。要するに僕の自意識はマイノリティのままだったのである。
スポーツがまるでダメと書いたが、そのおかげでマジョリティになれなかった僕はスポーツというものに対してどこかしら卑屈な感情をもっている。マジョリティへの嫉妬が、スポーツができないという事に転嫁され、それがスポーツそのものへの憎悪に近い感情になり、その結果スポーツは僕にとって禁忌になった。自分がどこからしら劣っているのはスポーツができないからであり、その元凶であるスポーツには近寄ってもいけないという発想である。運動ができない子供はみな同じような感情を抱くものなのだろうか? スポーツが僕の中で禁忌であるというこは特に誰にも話したことはないので、他の似たような子供はどう感じているのか正直よくわかない。
これは成人した後、それも社会人になってからの話だが、会社の同僚と学生時代の部活の話をしているとき、僕はおどけた調子で「運動したら負けだと思っている」と当時ネット上で流行していた言葉をもじってスポーツに対しての卑屈な感情を冗談めかして言ってみたことがある。だが、その時話をしていた元サッカー部という同僚がそれを素直に受け取ってしまい、おそらく彼には僕と同じようなスポーツに対してのコンプレックスがないのであろう、結果、彼の気分を害してしまった。その人自身は運動会系というより文化系の人間だったので、僕の原体験を共有できるものと勝手に思ってしまった自分が悪いのである。スポーツに対して当たり前のようにコンプレックスをもたない人間を目の前にし、自分はやはりマイノリティなのだと再認識をした。
僕達の育った町は自然あふれる田舎でもなく、かといってビルが屹立する都会でもなく、よそから引っ越してきた人達がつくったマイホームが国道や鉄道沿いに立ち並ぶ、いわゆる郊外と呼ばれる場所だった。「だった」と過去形で書いたが、現在でもその風景は変わっていない。駅の前には商店街や、小さな個人書店や、同級生の親がやっている歯医者。国道沿いにはファミリーレストランや大きめのおもちゃやさん、そして西洋の城を中途半端に模したラブホテル。この国のどこででも見られるような平凡な風景だが、誰にでもそうであるように子供の頃の僕にとってはそこは唯一の場所であった。
他の小学校のことはよくわからないが、僕の通っていた小学校には他の町に遊びに行ってはいけないという「きまりごと」があった。僕の家は隣町との堺がちかく、同じ町の友達の家に遊びに行くのにも隣の町を一部横切っていったほうが近いといったようなところに僕は住んでいた。「きまりごと」はまもらないといけないと素朴に信じていた小学生の僕は、友達の家に行く途中隣町をちょこっと横切るだけでも、ちょっとした罪悪感を感じていたものだ。まして電車にのって別の町まで買い物に行くなどどいうのは親同伴でなければ許されない事だと、そう固く信じこんでいた。
(断章)
これから書くことは全て個人の想像なので興味のない方はスルーして下さい。それは何かというと、度々報道されている大分県日出町で起きた2件の行方不明事件があるが、同じ町内で発生した1件の未解決殺人事件も実は行方不明事件と繋がっているということ。
・9/13 2歳女児がスーパーで駐車中の車内から行方不明となる
わかっている事実。
3. 9/12に36歳主婦は娘を歯科医院に連れていった後、スーパーにも行っている
4. 36歳主婦に失踪する理由はない
5. 2歳児が一人で遠くに行くとは考えにくい
6/24
36歳主婦が歯科医院を訪れた際、犯人Aは老夫婦宅から出てくるところを主婦に目撃されたと思った
ただし36歳主婦は気にも留めていなかった
6/24~
9/12
犯人Aは娘を連れてきた主婦を歯科医院で見つける(歯医者ってのは1回行けば治療が終わることはほとんどないため、また来ると思い犯人Aは歯科医院付近で待ち伏せを繰り返していた)
9/13
スーパー駐車場に2歳女児が一人でいるのを見つけ、36歳主婦が女児を連れて失踪したように見せかけられないかと考え、拉致する。
以上。
36歳主婦が通っていた歯科医院が殺害された80代老夫婦の自宅の向かいにあるのはただの偶然ではないと思うんだが・・・・・・。
きっと警察は犯人の目星をつけているが、証拠が無いので逮捕できないでいる状態だと思う。犯人は現在も日出町内か近隣に住んでいる人間だと思われる。
23区内在住32歳 妻は産休中 復帰するかどうかは未定だが、会社から産休手当てをもらってる。
産休手当ては過去半年に遡って貰った給料総額(残業代含む)を6で割った額の50%を産前2ヶ月、産後12ヶ月毎月。
自分は残業手当も出てるが今は子供の顔が見たいからほとんど残業してない。
酒、タバコ、ギャンブル、風俗はやらない。付き合いでしか飲まない。
賃貸マンション、車無し、金のかかる趣味無し(読書とか映画鑑賞くらい)。
因みにボーナス年2回(当然業績により額は変動)
そんなおれのある月の給料。
振込額 298,371円
ばっくり30万円あるとする。そこから引くことの
生命保険1万円
奨学金返済1万3千円
残り14万2千円。
家の貯金2万円
電話代5千円
ん?(つд⊂)ゴシゴシ
マイナス3,000円
おれはどうやって生きているのか。
美容室も行けない。歯医者にホワイトニングにも行けない。計算上は。
みんなどうやって家族支えていってるんだ?これから養育費出して、たまには家族で旅行したり、車買ったり、夢のまた夢。
まず都内は家賃が高すぎる。
いや、生活費で10万抜かれてさらに貯金費用まで抜かれてのがおかしいのか。
みんないくらぐらい年貢納てるんだ?貯金とかその年貢に含まれてるの?
不安で夜も眠れなくなる。
ホントの話。
実際はもっと楽です。
嫁の給料もあるし、実は今は海外に単身赴任していて家賃まるまる浮いてる。
実はこの額面は日本に住んでた一人暮らしの頃の額。といっても今も額面はほとんど変わってない。
上の30万円から10万円日本に仕送りして終わり。光熱費もこの国は易い。
日本にいる嫁と子供は嫁の実家にいるので余計な家賃や生活費も発生してない。
だがこれから日本に帰国することを考えると不安になるのは確か。
首吊り2回した
死に損なったけどな
方法により、痛みはないよ
首吊りは、呼吸が苦しくなる前に意識がぼんやりしてくるから苦しくない
段々目の前が暗くなってきて、何も考えられなくなる
ここらへんで止めたから、それ以上そのままだとどうなるのかは知らない
けどきっと
スッと意識が消えて、何も思う間もなく死ぬんだと思うよ
本当に死ぬ奴の理由なんて、大体同じようなものだ
生きていたくないから死ぬ
それ以外はあるものか
どいつもこいつも、生きてる事に精神が耐えられないから自殺するんだ
歯医者が嫌で逃げるのと、基本は一緒なんだよ
最後の逃げ場まで来てしまって、(主観的にせよ客観的にせよ)他に行く場所がなくなってしまっただけだ
人は健康的で文化的な生活を送る権利、生命の奪われない権利を持ってる
それを他人が止めるのは自分勝手だし、いい迷惑だ
死にたがってる人に「生きていたら」の仮定がどれだけ意味のないものか分かって無い
あんたがどうしてそんな事を知りたいのか、俺は知らないが
知った所で、納得以外の物は得られないと思うが?
お金がないと安全が確保されないから、多くの利益を得ようとする。
ただ、無意識にお金を憎んでいる人は乱暴に使ってしまう傾向があるので、
お金持ちはお金持ちで、生きていても優越感にひたるくらいしか楽しみがない。
しかし、お金を手放せば危険になるし、多くのお金を所有している事が優越感につながるので手に入れようとする。
結局、世の中は金だという事になるし、自分の存在意義が否定されないためにも有力者は現状が維持されてほしい。
そして、他人の責任を自分が受け持てば権力が発生する。それは権力を行使して服従させられるということだ。
結局、どこかに逃げる場所が用意されていないと対応出来ない人間は自殺者としてこれから増えていく。
それは人生というゲームの歯医者である。あ、間違えた。敗者である。
マリオカートのように勝っても負けても楽しめるゲームではないのだ。
敗者への救援策として、イナズマの使用で他人に負担を分配する事で前に進めるようにしたり
スターで障害が無い状態でひたすら前に進めるようなシステムの用意が必要だろう。
そして、何度でも対戦出来るように再チャレンジの権利を与えるべきだ。
そうする事によって、負けるのもそれはそれで面白いと知った好奇心旺盛な人達が
あえて失敗をして状況を確認したり、逆走をするといった愚行を犯す事によって新しい可能性を探ったりするだろう。
それが社会の多様性を広げ、安定していく事にもつながる。
でも、最近はマリオカートにも飽きてきたので、もっと良い方法があるとも思う。
仮説を含めているので、間違っていたらごめんなさい。
できるだけ端的に書いても、こんだけ注意しないとダメとかどうなのよ。
デブ?痩せてください。
髪型?美容院行ってください(ハゲてるキミは「竹中直人風に」とオーダーしてください)。
ヒゲ?剃ってください。
ガサガサ唇?皮膚科行ってください。
鼻水?耳鼻科行ってください。
痰?呼吸器内科行ってください。
ゲップ?屁?消化器内科行ってください。
姿勢?カイロプラクティック行ってください。
服?シンプルなディテールと適正なフィッティングを覚えるまで試着してください。
靴?定番ローテクスニーカーでいいので3足以上買ってください。
靴下?ユニクロでいいのでボトムか靴の色に合わせた濃色系無地を買ってください。
ちなみに俺は重度のコミュ障なので、こんだけやっても「ちょっと変わった人」にしか見られない。
しかし外見で差別された場合、そのポジションすら危うくなるので手は抜けない。
例えば料理だって食べる人の「わあ美味しそう!」が無ければ実質負けでしょ?
一応「この程度のことは苦にならない」と思えるようになったけど、正直くだらねーって感じ。
ただ人間扱いしてもらうだけで、まず見た目のハードルがあり、次にコミュ力()のハードルが待っている。
そこまで行ってやっと中身で勝負になるわけで。
住みにくいよほんと。
今日やったこと。
歯医者に行った。ここの歯医者は流行っているのかそうでないのかよくわからない。
財布に金が少ししかなかったので、間に合うかどうか不安だったが間に合った。
健康保険ありがとう。
ネットで振り込むよりも自分で振り込むほうが安いってどういうことなの。
食材を買い込んだ。牛肉の色が気に入らなかったのだが、まあ仕方ない。
牛肉、豚肉、しょうが、ぶり、レンコン、しいたけ、牛乳、こんにゃく、オレンジ
洗濯を3回した。うちは干す場所がないので3回するともうこれ以上はできない。
残りの時間はネットするかゲームをしよう。ゲームするならヨーロッパユニバーサリスか。
もしくは映画を見る。
これで今週の休日は終了だ。
ふうむ。
元増田。もちろん、小学校の頃は毎日ちゃんと磨いてた。が、いつもB+で、Aをとれたことは一回もなかったので、どれぐらい磨けばAが取れるか試した、ということ。
大人になった今ならわかるが、どれだけ丁寧に歯を磨いても、デンタルフロス(歯間ブラシ)を使わないと絶対取れないプラークがある。丁寧な歯磨きをすることも重要だが、デンタルフロスを使用するだけで、丁寧な歯磨きを毎回心がける以上の効果が得られる。親が子供にもデンタルフロスを使わせるかどうかで全然違うと思う。うちは、ひたすら、「磨けー磨けー」というわけで、フロス使ってなかった。親も虫歯だらけ。
それから、統計的には、丁寧な歯磨きよりも、フッ素の方が確実な効果がある。歯医者によっては、ちゃんと、ミラノールっていうフッ素洗口液売ってる。
繰り返すけど、丁寧な歯磨きは有効だが、それ以上に、デンタルフロスの使用とフッ素洗口液の使用の方が虫歯予防にはずっと効果がある、論文も出ていて証明されている、ということが言いたい。そういう基本的なことを教えないで、歯学の教育を受けたわけでもない小学校教師が、歯磨きに時間をかけないのが悪い、とかいうガンバリズムを子供に教えるのは、害悪極まりない。
20代後半で、虫歯で歯がボロボロになった東大卒。小学校の歯の検診で表彰とかするのやめて欲しい。競争の道具にしないで欲しい。
小学校では、何もしなくても殆どのテストで100点だった。一方、毎年一回ある歯科検診の日は、ちゃんと朝磨いて行っているのに、B+「もうちょっと頑張りましょう」以外、取ったことがなかった。歯の検診でもAを取りたかった。テストや成績は、一人ひとり返されるだけだけど、歯の検診でAを取るとクラスの前で褒められるから。
そこで、小3の時に、俺は一計を案じた。歯科検診の当日、30分早く起きて、30分間、これでもかという程歯を磨き続いた後、自信満々で小学校に行った。
…やっぱり、B+「もうちょっと頑張りましょう」だった。ショックだった。
もう、やる気がしなくなって、小4の時は、反動で、朝、全く歯を磨かずに小学校に行った。
…やっぱり、B+「もうちょっと頑張りましょう」だった。
この実験の結果、歯を磨く事に虚しさを覚え、中学~高校の6年間、マジメに歯を磨かなかった。一旦、歯をマジメに磨かない癖が出来ると、大学に入ってからも、その調子が続いてしまって、大学時代もあんまり歯を磨かなかった。
24になって、一念発起して、2年間歯医者に通い続けて直した。結果:大臼歯と小臼歯のうち、4本金属クラウン。大臼歯一本喪失。奥歯と前歯は大体神経抜いてる。前歯は差し歯。他、インレーたくさん。
まー、自業自得っちゃ自業自得なんだが…小学生の時は分からなかったが、今考えてみると、小学校の時に「歯を磨けば歯の検診でいい評点が取れる!」みたいなガンバリズムを醸し出していた小学校教師(男)なんて、当然、歯学については素人だし、歯が磨けているかどうか実際にチェックしていたのは、今の俺よりずっと若い歯科衛生士の姉ちゃんなんだよな…そんな奴らが作ったくだらない評価のせいで、自分の歯がボロボロになっのかと思うと、悔しいわ。
法務省は30日、在留に関する省令を改正、日本の歯科医、看護師、助産師・保健師の国家資格を持つ外国人の就労年数や活動地域の制限を撤廃した。
法務省は、少子高齢化が進む中で医療関係の人材を確保するには、専門技術を持つ外国人を幅広く受け入れる必要があると判断。永住資格を持たない外国人の看護師や保健師が国内の医療機関で働き続けられるほか、歯科医は都市部での開業や民間診療所勤務といった道も開かれた。
これまでの省令では、「医療」の資格で働く外国人の就労年数は、歯科医が免許取得後6年、看護師が7年、助産師・保健師が4年と規定。さらに歯科医には(1)大学病院などでの研修による就労(2)法相が定めたへき地に限り制限年数を超えた就労が可能―という制限もあった。
制限撤廃は3月に政府が策定した「第4次出入国管理基本計画」で検討項目になっていた。同じ「医療」の在留資格の医師は2006年に6年の制限を撤廃した。
優秀な人材の確保。人員の確保。その目的がある。外圧を和らげるポーズでもある?
そこまではわかる。
でも歯医者って余っていて潰れるところ続出なんじゃないの?
どうしてこういうことするの?
歯医者行って治してもらえばいいのに。殿堂ブラシなんて焼け石に水。
周囲からは「かわいそうに」なんて思われたけれど、
ぶっちゃけ私自身は、悲しいとか思ったことが無い。
というか、父親が死んだおかげで得したことが多い。
1.保険金が入ってくる。
書類見たら膨大な額が支払われててびっくりした。
しかも業務上過失致死(?)だから、違うところからもお金入ってきてた。
2.家のローン無し。
世帯主が死んだら払わなくてもいいんだってね。
3.治療費(ほぼ)タダ。
悪くもないのに歯医者行きまくった。
4.学資保険とやらの返済いらず
・・・よくわからないけれど、100万円返済しなくていいらしい。
5.市から補助金が出る
6.特別視される。
苛めにもなり得るのだろうけど、上手く変えていけば武器にもなるし。
7.香典の金額がわかる
もし次に誰かが死んだときの目安になる。
あの人何円くれたからうちもこれでいっか、みたいな。
父親がいないおかげで、こんなに良い思いできてる。
有難いね、ほんと。