はてなキーワード: 歓迎会とは
父に厳しく躾けられ、「酒を飲む女はみっともない、新人歓迎会でもお前は酒を断りなさい」と言われその通りにして
酒のむわタバコ吸うわの同僚女を「女の人なのにあんなに飲むなんて・・・」とドン引きし、
イケメン社員も「お前飲み過ぎ、◯◯さんを見習いなよ」などと言うのだが
はじめて読んだ時は主人公にシンクロしてビッチ臭い方を選ぶとかおい~と思ったものだが
大人になってから読むと、飲み会でガンガン飲んで盛り上げる女の方がそりゃ面白いし、
当たり前の注意されただけでビクビク傷ついて半泣きになる主人公は職場にいたらめんどくさいし
「君の出すお茶いつもぬるすぎw」と言われただけで「でも煎茶は70度で煎れなきゃって…」と半泣きになる主人公に
「気にすんなってw文句言うならおっさんが自分で煎れればいいのよwお茶くみなんかあたしいつも適当よw」
と言う酒女は優しいいい奴だったのだと気づく
あとイケメンは、確かにイケメンだし仕事もできるようだが、「俺は大卒だぞ」「俺は男らしいぞ」みたいなマウントを随所でやってて性格に若干難ありだ(当時は大卒が稀少な時代)
万が一主人公がイケメンをGETできたところで、びくびくおどおどしてイケメンの難を増大させモラハラ夫に育て上げてしまうだろう
酒女は主人公のびくびくも、イケメンのマウントも上手いことくるんで場を和やかにする働きを見せているので、彼女ならイケメンの舵を取れそうだ
「さっきまでゴキブリでも死んでたの?」って思うほど陰キャの両脇の席は誰も座りたがらないからぽっかり空く。
それでも無理して心優しい人が座ってくれて、気をつかって話題を振っても、大人と話せる話のタネを持ってないから十数秒で会話が終わってなんか気まずくなる。
誰も幸せにならないよね。
歓迎会シーズンの週末のこの時間にこんな場所でこんなクソみたいなこと垂れ流してる程度には陰キャな俺が言うから間違いない。
「いやぁ~ほんとは参加したいんですけどこう見えていろいろと立て込んでてww スィヤセンッッ デュフフフwww」とニチャとした笑顔で断ること。
わざわざ「行く意義がない」 「コスパが悪い」とか言わない。
強く生きようと心に誓ったあの日。そのおかげでスキルを蓄積して上手いこと立ち回って今に至るので、この時の経験には感謝している
この増田 https://anond.hatelabo.jp/20240328145307 を読んでいて、新人歓迎会のトラウマを思い出したので書く。
新卒で就職したのは、大手電機からリストラ分社され投資ファンドに売却された地方製造業…に、グループ内人材派遣を行う人材派遣会社だった。
当時はリストラ分社化された直後で、まだ元グループ本社からの出向社員も残っていたし、元グループ会社の看板も、営業網も使えていた。
それにに加えて、リストラ分社化された後で「これで迅速な意思決定ができて伸びるぞー」と言うお題目が信じられている頃でもあったと思う。
だからか、当時入社するプロパーの入社式はそれはそれは華々しく行われていた。
いや、華々しく行われていたのを、私たち派遣会社経由組は、敷地の隅にある人材派遣会社事務所のちっぽけか打合せ室の窓から見ていた。
プロパー新人が記念写真撮影をしているのをみて、私たちはあっちいじゃないの?と少しは思うが、当時ピッチピチの新卒で疑問に思うこともなく。
派遣会社の事務所長から何かしら訓示を受けた覚えがあるが良く覚えていない。
簡単で事務的な話だけだったので、そのまま配属先となる職場から主任が迎えに来て、職場へと向かった。大部屋式の事務室である。
課長の所で軽く挨拶した後、課員に特に紹介されたりもせず、大部屋の端にガラス張りのパーティションで囲まれた「OA室」と呼ばれる部屋に連れて行かれ、ここがお前の席だと座らされた。
周りには同じく派遣できている人たちが数人いるが、みな黙々と仕事をしている。一応会釈はしてくれるが特に会話もない。部屋の中にはサーバと古めかしいブラウン管モニタがついたCAD端末がうなり声を上げている。
15インチスクエア液晶とDELLの型落ちデスクトップを渡され、いきなり赤が入った原稿に従ってWord文書を直していくと言う仕事を振られた。
当時ピッチピチの新卒で今のようにくたびれていなかった私は、緊張して違和感を感じる暇も無かったというか、違和感を感じるような知識も無かった。
それから数日して、プロパー新入社員が挨拶にやってきた。「全員集まれ」と声がかかって大部屋の中心にみんなで集まり、彼らが新人だと紹介される。実際に配属されるのは8月のお盆明けからだが、と聞かされた。
何で8月なんですか?と、少しは話をするようになっていた主任に聞いたところ、彼らにはみっちり新人研修があるのだとのこと。
すごいね。
元グループ会社から分離したけど新入社員教育は合同で行って、元グループ会社本社にて集中的に研修するんだって。
すごいね。
そうして彼らプロパーの新人が新入社員教育を受けて、定時退社している間に、自分はみんなにシェアされる雑用便利人としての立場を明確にしていった。
忙しくなると投入され、ろくにスキルも身につかない雑用をやる。どの課に所属しているのかと言うことも曖昧だった。業務調整をする上司というものが存在しなかった上に、ひとヤマを超えると別の社員の忙しい案件に投入されるため常に長時間労働であった。OJTと言う言葉すら無かったが、仕事の特性上、割り当てられた仕事が終わらなければ終わらない。やらずに放置しても誰か別の人がやってくれるわけではない。溺れながら仕事を覚えていくことになる。
このように同じ職場のメンバーとしての一体感が生まれる事も無かったが、一つだけ一帯運用してもらえていたものがあった。それが「タイムカード押し」である。だいたい19時30分を回ると係がタイムカードを回収しに来る。彼にタイムカードを渡すと、私が自分で押さなくてもかわりにタイムカードを押してくれるというサービスである。
いや、サービスしているのはこちらか。当時ピチピチの新卒であった私は、それが当たり前だと思って、深く考えなかった。いや、考えようとしなかった。
さて、この内容を何故標記の増田から思い出すに至ったのかというと、積み重なった違和感が爆発したのが、新人歓迎会だったからである。
時は流れて8月。プロパー社員の新人が正式に職場に配属された。配属されて行われるのが、新人歓迎会である。
今までも全体の飲み会らしきものは行われているのを知ってはいたが、私がいる「OA室」の人間は誘われることは無かった。しかし、新人歓迎会と忘年会だけは別らしく、出欠席の紙が回ってきた。
私は、これを自分も歓迎してくれる会であると疑わず、出席と記入した。会費は7000円であった。高い。正直、月給額面残業代込み174,000円からその金を出すのはかなり痛かった。痛かったが、仕方が無いと思った。
そうして、久々にリクルートスーツに身を包んで、会場に着いたところ、以下の様な事が分かった。
なお、記念品として贈呈されたそのハンドブックは「仕事で必要だから」と言われたので私は自分で買っていた。彼らの初任給は、私が当時付けられる限度まで残業を付けてもらうのよりも、一切残業せず3万円は高かったはずである。
偉い人のよくわからない話を聞いて、乾杯して。新人代表のよくわからない決意表明を聞いて。なんか意味のわからない余興が行われていたのはぼんやりと覚えているが、途中でなんか気持ち悪くなり、料理も食わずに会場を抜けて家に帰った。
今なら、7000円も払ったのだからせめて夕飯代ぐらいは浮かしてやるぐらいの図太さは身につけたが、当時ピチピチの新卒だった私にはそんなものはなかった。
ちなみに、頭の中をぐるぐる回っているぐちゃぐちゃを吐き出して落ち着けたのはインターネットである。もっと具体的に言うとこの増田、はてなAnonymousDiaryのおかげである。ここで無茶苦茶愚痴を書いて、みんなにそんな会社やめちまえよって同情してもらって、やっぱりおかしいよね?おかしいよね?、と整理ができた。
そうして、スキルを磨いて、勉強して、戦略的に行動する事を心がけるようになった。
みなさんのおかげです。どうもありがとう。当時の増田がどれぐらい残っているかは、まぁ、わかんないくらい昔の話ですが。
さて、その後だが、元グループ本社のブランドが使えなくなり、営業網から外され、元グループ会社が格安で担っていた間接機能を自分でやらなければならなくなり赤字に転落。
元グループ本社から出向で在席していた人々…つまり売却に至っても本社が転籍させなかった優秀な人々…が徐々に去って、さらに買収した投資ファンドからクビ切り役人みたいな連中が送り込まれ、プロパー社員のボーナスが年3ヶ月分吹っ飛ぶ、労働組合が元グループ会社の組織から外されて見捨てられる、福利厚生が自社独自に切り替わる、など労働条件の改悪、激変が続く事になる。
当然元グループ本社と共同で半年以上かけてじっくり行われる新入社員教育なんてものは翌年以降は蒸発しなくなった。新人は極簡単なビジネスマナー講座と図面の読み方みたいな軽い教育を受けて入社後数週間で職場配置されてくるようになった。
同時に、派遣社員が増える事になった。それも元グループ本社の系列のグループ内向けの派遣会社(つまり私の所属会社)からではなく、他の派遣会社からの人材が投入される。金は無いが、今までグループ本社の機能に依存していた部分を自社化しなければ行けなかったからだろう。
さらに賃金が高い社員を中心に退職推奨と言う名のリストラが行われ、その代わりに派遣社員が加わるという事が特に現場系で進行する。更にラインまるごと海外のEMSに出されるようになっていった。
しかし、プロパー社員と派遣社員を切り分けて考えると言う企業体質や文化はそう簡単に変わるわけもなかった。妙な壁がずっとある。お給料から命令系統、食堂の食券価格や給茶機の掃除当番まで妙な区別が残り続け、それが原因でか、不合理で業務効率が上がらないことおびただしい形だった。
ただ、そうして、会社は一応は黒字になった。筋肉質になったと宣伝しているがリストラは黒字になるまでやるからリストラなのであって、黒字になるのは当たり前である。
そのタイミングで、元グループ会社本社が最後まで持っていた20%程度の株式を完全に売却する事になった。完全に手切れである。私が入社して6年ほどが立っていた。
そこで、私が所属している派遣会社も完全に撤退する事になった。元グループ本社のグループ内向け派遣会社であるからである。
かつて敷地内にあった派遣会社の事務所はとっくになくなっていた。同期もみんないなくなっていた。
そして、私に提示されたのは、派遣会社から派遣元の会社に正社員として転籍しないか、今と同じ仕事を続けられるよ、という誘いだった。
もちろん、断った。
会社側は、まさか正社員になれるのに断ってくるとは思ってもみなかったようである。それはそうだ。特に人事部門などは、痩せても枯れても元大手企業の工場で地元で最も安定した職場で誰もが就職したがる、と言う御山の大将であったからだ。
だから自分たちの仲間に迎えてあげることが最高の報酬だと思っていた節があった。だからせっかく人事に交渉して入社できるようにしてやったのに恩知らずが、みたいなことを言われたこともあった。
さて、断った結果どうなったかとと言うと、派遣会社としてはもう派遣業を拡大していないこともあり同じ地域では仕事がないといわれた。そのため別の地域に転勤になるがよいか、と。もちろんOKと言った。願ったり叶ったりだ。
そうして新しい派遣先を探るからと言うことで、改めて所有している資格などを申告せよという事になった。コツコツと勉強してとりためた資格などを開示した結果、ちょうど人手不足のタイミングと重なり元グループ本社のR&Dに派遣が決まる。
引継ぎ屋マニュアル作成をこなしながら異動の待機している間に、こんどはなんと所属派遣会社がグループ本社に吸収合併される事が決まった。
本社のR&Dに派遣ではなく異動という形で、あっと間にグループ本社の正社員になることができた。神風が吹いたと言える。
そうして今ではそれなりに暮らしているのだが、そんな今でも「新人歓迎会」と言われると、あの悪夢の新入社員一年目が、悪夢のホテルでの夜が頭をよぎるのである。
だからみなさん、相手の所属がどこだとか考えずに新人には優しくしてあげてほしい。あなたにとっては毎年来る新人かもしれないけれど、新人にとってはたった一度の新人時代なのだから。
また、新人の皆さんも、なんかおかしな事があっても人生何事も塞翁が馬である。よいこともあれば悪い事もあるが、前向きに、やってきたチャンスを掴んで離さない程度の握力を常に鍛えておく事ができれば、道は開いていくのである。
頑張ってほしい。
初出社の週の金曜に当人の都合も聞かず部署一同で歓迎会を近くの居酒屋でやったらしい
都合も聞かずに歓迎会をしたことにドン引きして退職代行を使って次の週には出社してこなかった
判断が早い👺
11月下旬に自分とこのチームに離任・現場を移るメンバーがおり、短い期間に何度も…と感じたのを覚えているから
新人は基本的にお客さんからお金はとってないはずで、歓迎会をしたことから考えてもこんなすぐ手離す予定ではなかったはず
ということは
何かやらかして切られた
のどちらかだろうな
現場から離脱した新人の事情はしらんがあれこれ想像しつつ考えてる
自分のとこと違って、忙しいチームではあった
歓迎会にも新人の所属するチームより合同参加の他2チームが圧倒的に多かった
普段、新人が作業を一緒にしているであろうベテラン社員は来てたが、ちょっと離れてた
新人はおそらくその時に初見だったであろう他チームの先輩社員たちに話を振られる感じ
しかしその先輩社員たちにとっても新人は初対面で仕事も関わりがなく、絡みづらかった 自分も例に漏れず
同じ仕事をしていればどうでもいい・中身のない仕事関連の話で下手なりにも話はできる、けどそれすら関わってないのでできない
新人のいる位置は席の中央だったが、ちょうど2つの話題グループの谷間の位置だった
その先輩は同じ会社の二個上。
「(嫌われ先輩を指さしながら)あの気持ち悪いのいるじゃん?あれ殴っていいからな」
「殴っちゃダメだって(笑)でもあれには敬語は使わんでいいよ(笑)」
という露悪ジョークをいきなり投げかけられてショックを受けたことがある。
と勝手に警戒し始めた。
一次会が終わったあと、嫌われ先輩は皆から巻かれてとうとう二次会には現れなかった。
1ヶ月の研修の後、私は本配属となり嫌われ先輩と同じフロアで働くことになった。
そして現在まで嫌われ先輩の振る舞いや言動を見ていて気づいた特徴がある。
例えば、語尾が「~なんよ」だったり、「いや、めちゃめちゃ食うやん」みたいな言い方のツッコミをしたり、他の20代の同僚がそういう感じに言葉を繰り出すのとは対照的に、嫌われ先輩は流行り廃りのない日本語しか使わなかった。
もしも「いや、めちゃめちゃ食うやん」を嫌われ先輩の言い回しに変換するとしたら
「いやぁ、たくさん食べるんだね!
僕も〇〇が好きでさあ、スーパーとかで見かけるとついつい買っちゃうんだよね( ˶ ᷇ 𖥦 ᷆ ˵ )
だから家の冷蔵庫にはいつでも〇〇がたくさんあるんだよ(*•̀ᴗ•́*)و ̑̑」
みたいになる。
同年代の同僚は露骨に項垂れながら「よかったね……」と疲れ切ったように絞り出すとか、
後ろを振り向いて背後の同期に「(こいつぶっ飛ばしてえええええ)」とでも言いたげに握り拳を見せつけたりとかしてる。
・怒らない
・無表情にならない
・悲しまない(落ち込まない)
・同僚の接し方や問いかけに含まれる悪意に対する感度が嫌われ先輩はゼロに近いほど鈍いので、嫌われ先輩の反応で場がめちゃくちゃ変な空気になることがある。
例えば、モロの童貞探りを入れる同僚の質問に対して嫌われ先輩は
「いやあ、情けない話ですがそういうのがないんですよねえ~(´×ω×`)
この間、お盆で田舎に帰ったときも父方の祖母を心配させてしまいました!( ˊᵕˋก;)」
みたいな感じで返すとか。
なので嫌われ先輩は同年代のヘイトを一身に受けているのにも関わらず職場でパワハラは食らっていない。
いつもの調子で繰り出される嫌われ先輩の言葉に、重役が「可愛くて仕方がない」という感じでニコニコと耳を傾けて雑談している光景をたまに目にするのだが、
20代30代の同僚たちはめちゃくちゃ冷ややかな視線を送ったり、お互い目配せして蔑みの微笑みを浮かべ合ったりしている。
ここまで書いてて分かったわ。
軽く30歳以上歳が離れた重役たちが定年退職して会社からいなくなったら、嫌われ先輩の居場所マジでなくなるっていうか普通に中学校みたいな露骨ないじめが始める未来しか想像できない。
うちの会社は都会で生まれ育って裕福で高学歴でしかも美男美女という何不自由無く生きてきた若手がうじゃうじゃいるのに、そんな人たちまで嫌われ先輩に対してクソ意地悪で好戦的に豹変するんだから、嫌われ先輩はもう同世代にとっては異星人なんだよ。
ていうか嫌われ先輩、なんでこんな華やかイメージのミーハーな業界選んだんだよ、全然そういうのとキャラ違うじゃん。
お爺さんお婆さんばっかりがのんびり朗らかに仕事してるような会社行ったほうが絶対良いよ。
正直、私は嫌われ先輩のことは嫌いでも好きでもどっちでもないけど、なんかもう本当に居た堪れない。
CORE30の某社に新卒で入って数年経つけど幸い飲み会はほぼ無く、それで業務も問題なく回ってる
本社で主力事業に関わってるので特に窓際の職場ってわけでもない
私は飲み会にはなるべく出たくない派
体質的にアルコール分解酵素がかなり乏しいらしく、一滴も飲まずに飲み会の場にただ居るだけでも気分が悪くなるし、その日の夜~翌日1日くらいは徹夜明け2日目の夜くらいまで脳のパフォーマンスが落ちる
それでも就活時のOBOG訪問と入社時の自分の新人歓迎会にだけは我慢して出たけどね
>>参加するだけで必ず得るものは誰にでもある<<
「飲み会に出る」or「なにもしない」の二択で考えてるってことは、
増田は飲み会に参加していないプライベートの時間は常に自宅で体育座りで何時間も壁でも眺めてるのかな?
私は会社業務とは別で余暇の時間に個人事業も回しててそっちのほうが収入多いし個人的には楽しくもあるので、その時間を削ってまで職場の飲み会に出たいとは思わない
平日の夜も土日も年末年始も盆休みも基本ずっと個人事業に時間を割いてて、20代だけど個人事業だけで手取り1000万は超えてる
飲み会が業務上必要な時間なのであればそこにも給与を支払えよ、と私は思うし、
(といってもどこに配属されるかわからんから結局は運なんだけどw)
でも職場の全員が業務時間外の飲み会参加に納得してるのであれば、
第三者の私が口出しすることじゃないとも思うし、世の中の飲み会をぜんぶ廃止すべきとは全く思わない
飲み会に出たい人は出ればいいし、飲み会ありきで回ってる職場も世の中にはあるんだろうけど、