はてなキーワード: 歌い手とは
Geroさんとかいうニコ動で活動してたりするボカロ曲を主に歌う歌い手がいる
正直何度か聞いたことがあり、上手いと思ったこともあった。
だけどそれほど儲けてるとは思っていなかった。
けれどふと、ニコ生有料配信ページってのがあったので覗いてみると
http://live.nicovideo.jp/watch/lv63105488?ref=top
来場者数:72847人
となっていた。
どうやらチケットを購入しないと観覧できない?らしい
【ネットチケット:1,500pt】(ニコ動の生放送見るための料金)
1ポイント = 1円 のレートで500ポイントから購入可能。
との事
来場者ってのがどういう計算かしらないからなんとも言えないけど全員がチケット購入者なら
1億927万0500円の利益
多分なにかの計算間違いなんだろうけど、マジだったらすげぇ
まぁ個人的にはどうでもいいんだけど、デビューアルバムがフィンランドとベルギーのiTunesエレクトロチャートで1位になるという快挙を成し遂げてしまって今やここぞとばかりにバラエティ番組にまで引っ張りだこのきゃりーぱみゅぱみゅさんだが、歌い手がPerfumeでもMEGでも鈴木亜美でもあくまで歌を素材として扱う相変わらずブレない中田ヤスタカサウンドであるとか、彼女のキャラクターを十二分に表現した奇怪なPVだとか、子供の頃の黒歴史のイメージビデオであるとか、色々と成功の要因は挙げられると思うのだが、この件に関して思うのは、紛れもなく「日本でおそらく初めてYouTubeから火がついたアーティスト」ということだ。海外だとOK GOとかYouTubeのPVからブレイクするケースはあったけど、YouTubeから無名の国産アーティストが世界的に一気にブレイクしたケースは彼女が初めてといっていいんじゃないだろうか。どういう経緯を経て海外にまでぽんぽんぽんぽん浸食していったのかは定かではないが、有名どころではLimp BizkitのFredがツイートしたあたりで加速したんだろうか。
ここで改めて思うのは、もうレコード会社はいつまでもPVや音楽の違法アップロードを躍起になって消している場合じゃないよな、ということで、公式に YouTubeなりにPVをアップするのはマーケティングとしてもはや必然なんだということを、改めて終わりかけている音楽業界に伝えておきたい。というか、目先の音楽で儲けようと考えずに、とにかく世界規模で多くの人間の目に触れられるチャンスが確実にあるわけで、当たればその先でいくらでも儲ける手段はあるんだぜ、という考えに4~5年前からシフトしていかなければいけなかったんですよ。SMEのアーティストとかもうまったく聞かないんだけど、未だに何やってんの。
あと、関係ないところでもうひとつ思うのは、こういう「ブレイク」の感覚っていうんだろうか。今や小さい規模でなら、芸能事務所やらメジャーレーベルに属さなくとも良くも悪くも似たような感覚は味わえちゃう時代になりまして、そう考えると、これからの芸能界はそれこそ世界レベルで受ける人材が求められるわけで、「ただ目立ちたかっただけ」の中途半端な芸能人やアーティストにとってはこれからますますしんどい時代になるよなぁと思うわけです。
(追記)
一応、成功例が少ないだとか偶発的な事例だとか反応があるので書いておくけど、デビューしたばかりのアーティストでいうと、¡MAYDAY!というアーティストはまだYouTubeができて間もない頃にYouTubeのPVがきっかけでブレイクしたと言えると思う。順序が違うけど、Justin BieberだってYouTubeからデビューして今や億単位の再生回数を誇っているわけで、世界的に見れば別に特別な事例でも何でもない。ただ、はっきりと「YouTubeでブレイクした」と言えるアーティストは少ないだけで、Perfumeなんかもそうだけど、確実にYouTubeがきっかけで海外のファンが増えたアーティストはいくらでもいるだろう。これは別に音楽に限った話じゃなく、今のところ全世界にコンテンツをプロモーションしかけようと思ったら、コストを考えれば、ツールはYouTubeとFacebookぐらいしか考えられないだろう、という話をしているのであって、「youtube以外のプロモーション活動無視かよ」とかいうツッコミはまったく論点が違うので、あしからず。
というようなことを最近思う。
90年代の匿名掲示板文化は「ネットはリアルでは語れない本音で語れる場」として受け手側からは重宝される一方で、作り手側からは「自分のスレは絶対に見れない」という声が多数派だったように思う。
00年代、10年代に入ると個人の発信手段は発達し、作り手側がtwitterで呟くことはもはや珍しくもないし、素人が作り手側に回りセミプロ化することも増えた。
匿名掲示板の存在がメジャーになったり、まとめブログで当たり前のように参照されるようになると、「ネットの本音」もマイルド化してかつてほど刺々しい論評は見なくなった。
それでも匿名掲示板文化が生み出したメンタリティは今もネットに染み付いていて、ゲハ論争に苦言を呈す開発者がいたり、一方でニコニコ動画はまさにクリエイターと2ch的論評を結びつける場でありながら、バブリーな成長を遂げている。
かつては動画で多数のファンを相手にしていた歌い手が、生放送で同じ歌い手や限られたユーザーと深く交流するようになり閉じていく光景。
セミプロクラスの実力で大勢のファンを獲得しながら、傍から見ればどうでもいいことで動画が炎上し、吹き上がるユーザーに傷つき作品を消して去っていく光景。
ニコニコでブレイクしてメジャーデビューしたヒャダインですら「なので,最近はなるべくそういうものを目に入れないようにしています。」と語り、匿名の批評を受け入れられきれない。
人の精神は匿名の批評に耐えられるほど強くないのかもしれない。
そしてネットは作り手の技術・発表の場を躍進させる一方で、受け手を成長させることはなかった。全員が作り手側という建前で動いていたコミケに、「ネットのお客様」である歌い手ファンが乱入し混乱を引き起こしたのは必然のように思える。
「歌い手クラスタがコミケットを潰すのか」 http://togetter.com/li/173853
これに出てくる「歌い手サークル目当ての参加者のマナーが悪い」と注意勧告を受けた
「社長(R45)@r45shachou」という人物が誰なのか?よく知らなかったのでこの人のサイトやブログを見て確認してみた。
どうやらこの人物(株)創作工房というドラマCDなどを作っている会社の社長らしい。
ブログによると「ちょっと賞味期限が切れて発酵している女子の部類に入りまして
非常に個人的なコミックマーケットの歴でいうと今年で21年目の猛者レベル」の人なんだそう。
この創作工房は、ニコニコ動画で人気の男性歌い手を複数人集めてきて
キャラと声を振り分けて学園ものやホストクラブという舞台設定のドラマCDシリーズ「smily」を作っている。
で、そのドラマCDに参加した男性歌い手たちの中から数人がコミケにもサークル参加していた。
以下そのリスト。これを見た限りではほとんどが壁やシャッター前サークルだ。
「羊川くんこと らむだーじゃん」 東A 54b
「市形くんこと けったろ」 東A 62a
「御影&天知ことYU&vip店長こと テキサスからきた2人組テリー&ジョン」 東A 87b
「犬飼くんこと コゲ犬くん」東Z 23b
「波尾先生&根元先生こと clear&nero」 東A 85a
この社長氏は、『「どこのサークル」という話ではなく「ニコニコの歌い手のサークル全般」』に対する注意勧告だと
何度も強調して言っているけれど、これって本当は「この社長が関わってるニコニコ動画の歌い手のサークル」に対しての
極めて個別な注意勧告だったんじゃないの?という気がしてならない。
事実、社長氏の「(警告は)シャッター前のうたいてサークルさんすべてにですー」という発言に対して、
社長氏とは関わりのない別のシャッター前の歌い手サークルに「そんな通達は来ていない」と言われて
初めて「東3ホールの83-85のスペースに言われました。」と訂正をしている。
なぜ最初に「 東3の83-85 」といわずに「 歌い手全体 」を強調したのか?
おそらくの話。スペース番号を限定することで社長氏が抱えている・関わっている歌い手に対して名指しで非難が来るのを避けたい、
という心理がどこかにあったのだろう。だから、準備会が言ったとされる「歌い手サークル全般に困っている」という言葉を
「そうか、自分達だけが悪いんじゃないんだ!全体が悪いんだ!」とある種の免罪符的に受け取ったんじゃないだろうか。
そして本来はある一部のサークルの問題だったものを、それ以上に全体の問題ですよと強調して置き換えて喧伝した。
歌ってみたクラスタって中高生や若い人が多くて無知なものだから、
マナーが悪い「お客様」(参加者ではなくあえてお客様という表現です。皮肉です。)が全体的に多いのは事実だと思う。
でもそういう人達を大量に抱えていて何か問題となりそうな大手歌い手サークルって、大体この社長氏が関わってますよね。
ジャンル全体の問題と主張していたそのほとんどは、実はこの人とその周辺のせいなんじゃないの?
今回、社長氏がtwitterで提唱していたことはマナーを守ろうってことなのでそれは決して間違いではないし、
コミケ参加者全員がもう一度帯を締めなおすべき事柄である。だが正論であるがゆえに非難し辛くて尚更たちが悪い。
それお前んとこの問題じゃねーの?と言えない。つっこめない。
案の定こうして、歌い手クラスタ全体が問題であるとされたまま広まっていき、
日ごろからあまりニコ動の歌ってみたに対して良いイメージを持っていない層に
「また歌ってみたの奴らか!」とジャンル全体が非難されネガキャンされるという結末になった。
http://togetter.com/li/173853 を読んで。
結論から先に言う。彼らがCDを売るのは、コミケに自分のスペースを確保する名目である。本当の頒布物は、「偶像化された自分自身」である。要は「アイドル」になりたくて来ているのだ。
よって、サークルの周りに溜まったり、写真撮影したり、握手会をしたりといった、アイドル化に必要な行為を画一的に禁止しては、サークル参加者本人の最大の目的が果たされない。コミケは彼らの承認欲求を満たし、「すべてを受け入れるコミケ」でありつづけるか、古い秩序を強制し、従わない者を排除するかの岐路に立たされている。
コミケの伝統である「大手もピコ手も買専もみんな同じ。例のアレが好きな同志」という意識が、歌い手クラスタには存在し得ない。もちろんサークルと一般参加者の意識に格差がある状況はよくある話だ。が、このジャンルに於いてはそもそも構造的に「同志」になり得ないのだ。
サークル参加者が好きなのは自分自身であり、一般参加者が好きなのはサークル参加者本人である。すなわち、サークル参加者は一般参加者の欲求を一身に背負った「神」であり、一般参加者はひたすらおこぼれをもらうだけの、只のしがない取り巻きに過ぎない。
こんな構造では同じ意識を共有しろというほうが無茶である。サークル参加者は「施しをする者」として振る舞うのが自然であり、当然のごとく一般参加者は「お客さん」化していく。
こういう構造を理解せず、あるいは無視し、単純にみんなの問題として黙殺しようとするのは、今あるコミケを守るための最善手であるのかもしれない。が、あまりに保守的ではなかろうか。見なかったことにしたい範囲が大きすぎはしないだろうか。現在進行形の問題として、あるいは将来再びあり得る危機へのたたき台として、議論すべきだと考える。
http://anond.hatelabo.jp/20110707195830
以下に紹介するのは海外のblogに載っていたクリプトンの伊藤社長と佐々木氏のインタビューだ。ミクノポリスの3日後、ホテルで2人をつかまえて話を聞いたものらしいが、単なるボーカロイドファンの視点にとどまらずエンターテインメント・ビジネスの有り様まで踏み込んだ、なかなか面白いインタビューである。ボーカロイド現象が単なる一部音楽ファンの世界にとどまらなくなっている現状を示していると看做すこともできそうだ。
urlは以下の通り。
http://lorenz-myanime-reviews.blogspot.com/2011/07/interview-creators-of-hatsune-miku.html
初音ミク、及びヴォーカロイド現象がどんなものであるかについて説明する必要はあるまい。ファン、コスプレイヤー、さらに未来の創造者たちは必要なことを既に知っているだろう。だがもう少し深く踏み込みたいのなら、このインタビューも役に立つ。
7月5日、ヴァーチャル・アイドル初音ミクがアニメ・エキスポ2011でアメリカでのデビュー・コンサートを行った3日後、クリプトン・フューチャー・メディアの伊藤博之と佐々木渉はサンフランシスコを通りかかった。
・伊藤博之はクリプトン・フューチャ・メディアのCEOであり、冗談交じりに「初音ミクのお父さん」と呼ばれている。
・佐々木渉はキャラクター・ボーカル・シリーズ01初音ミクの開発者であり、ボーカロイド・ソフトの開発を続けている。
ホテルのロビーに潜入したところ、彼らは寛大にもいくつかの質問に答えてくれた。まず……
問:ロサンゼルスのミクノポリス・コンサートはいかがでしたか? 思ったとおりでしたか?
伊藤博之:思ったとおりだったかですって? そんなことはないでしょうね。コンサートは[思った以上に]上手くいきました。
佐々木渉:ファンの期待に添うものを提供できたと思います。何より、あまり「アメリカナイズ」されず、アメリカ風のエンターテインメントとして提供されなかったと思います。それほど洗練されていなかったのがかえってよかったんじゃないでしょうか。
問:コンサートで使われている技術を改良する何らかの形の試みをしていますか?
伊藤博之:コンサートは「完成」していません。まだ理想的なフォーマットは存在していません。あれは手の内の一部に過ぎません。それに観客がどう反応するかについても予想できません。ミクに関連するあらゆるもの同様、実験的な側面があります。
問:初音ミクを使ったトヨタの降って湧いたような広告キャンペーンに、多くのファンが驚かされました。あのコラボレーションは何がきっかけですか?
伊藤博之:計画自体はトヨタから持ち込まれました。私たちは彼らの申し出を受け入れ、いくつかの忠告を返しました。そうやって広告が始まりました。
問:アニメ・エキスポで米国のミクファンと話す機会はありましたか? どんな印象を受けました?
伊藤博之:AX[アニメ・エキスポ]では多くのファンに会いました。彼らはアニメの大ファンだったので、全体的な反応は好意的でした。多くの人が「凄かった、またやってほしい」と言ってました。
問:ボーカロイド・ソフト関連の仕事をする前のクリプトンはどんな会社でしたか? その時からどう変わってきたのですか?
伊藤博之:クリプトンは音に関連したソフトを制作しており、日本国外で製造された音楽ソフトの代理店の仕事もしていました。これらの製品を日本市場のために輸入し、販売し、日本語化していました。ボーカロイドを始めてからはより広範囲なサービスも追加しています。今では大半は初音ミクに関連した音楽の販売、出版、そしてイラストやキャラクター、動画の製作者に対するサービス提供を手がけています。ミク以降、音楽以外の製作者へのサービス提供も始めたことになります。
問:初音ミクの最終版が販売される前に放棄された面白いアイデアや構想はありましたか?
伊藤博之:ええ、衣装や音楽など最初のころには多くのバリエーションがありました。ですが単に充分な時間がなかったため、いくつかの音楽については諦めざるを得ませんでした。
問:初音ミクの声にユーザーがどう反応するかについて何らかのリサーチをしましたか?
佐々木渉:とても特殊な嗜好を持つ人、ロボット風の声を好む人が間違いなくいることは確信していました。ボーカロイドはロボット風の声を持っていますが、普通の人は「この不自然な声は何だ?」と思うに違いありません。声優の声――それ自体が「普通じゃない」声ですが――を使い、ロボット風の声とミキシングすれば、もちろん最終的にとてもユニークな音になります。逆に優れた歌い手の声にロボットの声を加えれば、それはもっと普通に近い声に聞こえます。私が狙ったのは可愛い、でもロボット風であり、それでも仕上がりはなお可愛い声でした。
問:ボーカロイドのアニメを本当に見たいというファンの声がある一方、他のファンは特にストーリーがなくてもキャラクターは充分にいいと考えています。キャラやその世界を広げるうえでどんなアイデアに立脚していますか?
佐々木渉:アニメはおじさんが作るものです。ミクファンのイマジネーションやミクの様々な歌やスタイルを考える人々の方が、アニメよりずっとクリエーティブだと私は思っています。私は若い世代に多くの期待を抱いていますし、彼らのエネルギーを注ぐ容器にミクがなってほしいと望んでいます。アニメより、ファンの創造性のレベルの方が高いと思っているので、アニメは必要ありません。ファンにもその事実を承知していてほしいと思います。
問:多くの人が英語を含む他の言語でのボーカロイド販売を待ち望んでいます。そうしたものを作り出すうえでの課題は何ですか?
佐々木渉:異なる言語に変換する際に、文脈と意味が簡単に変わることがあり得ます。他の言語であっても、その意味が日本語と同じである限りは大丈夫でしょう。ですが意味が根本的に変わり、結果として「可愛らしく」なくなってしまうのなら、違う言語に無理やり変換しようとは望みません。それが課題です。
伊藤博之:人々がインターネットを使い始めてたった10年ほどです。そして私たちはまだそれを使って何ができるかを見つけ出す途上にあると思います。人々にインターネットが行き渡る間、多くのものと産業が新たな形態に取って代わられるでしょう。例えば音楽、電子商取引、あるいはフェイスブックのようなソーシャルネットワーキングサイト。おそらく電話のような古い設備はいずれ近いうちに完全に新しい産業にシフトするのでしょう。初音ミクが音楽産業を破壊するのかどうかは分かりませんが……ある種のインパクトをもたらすであろうとは予想しています。どうやら私たちはとても新しい何かに巻き込まれているのでしょう。ミクが産業の変化を示すある種の象徴またはイコンになってもらえればと望んでいます。輝かしい未来のため、ミクがそう評価されるようになればいいですね。
問:あなたがたは以前、「初音ミクがなぜ世界中の若者に人気があるのかを理解することは、エンターテインメント・ビジネスの未来に対する理解も与えてくれる」と話していました。エンターテインメント・ビジネスの将来はどんなものになると思っていますか?
伊藤博之:難しい質問です。そもそも「エンターテインメント・ビジネスって何だ?」と問うべきでしょう。それはエンターテインメントに関する仕事でしょうか? おそらくエンターテインメント・ビジネスの未来はもはやビジネスではなくなっているでしょう。例えばすでに今、多くの人がユーチューブを楽しんでいます。そのコンテンツは利用者が作っています。供給者は仕事だからそうしているんじゃありません。コンテンツを作るという作業自体が既にエンターテインメントです。そんなに多くの金がかかわらないだけです。ですが消費者は、コメントを返し「好き」ボタンを押すことで製作者に反応を示しています。最終的に製作者や提供者はある種の評価または価値を得て、最終的にはそこからビジネスをすることもできるでしょう。コメントを残し、交流することで、消費者は単に消費するだけではなくなります。彼らも今やエンターテインメント・ビジネスを形作っています。つまりエンターテインメントを消費することはエンターテインメントを作り出すのに等しいのです。ですから私たちはエンターテインメント・ビジネスとは何かについて意味を再定義する必要があります。それこそがエンターテインメント・ビジネスの未来です。そして初音ミクはその実験体の一つです。
佐々木渉:今や多くの若者が栄養ドリンクを消費しネットゲームをプレイしていします。ですが彼らがプレイしているゲームを作っているのは誰でしょう? ゲーム・プロデューサーです。では最終的に儲けるのは? おそらく企業オーナーです。より多くの子供たちがゲームを楽しみ、そのために金を使えば、彼らのエンターテインメントを作るのに何も寄与しなかった年寄りのところにそれだけの金が積み上がるのです。こいつは単純にクールじゃない話です。あなたの知らない誰か、ゲームユーザーが何の関係も持っていない誰か、あなたが金を使えば使うだけ、彼らがあなたの金を手に入れるんです。それが事実です。その結果クリエーターが生計を立てるのがどんどん難しくなる状況が生まれます。従って、クリエーターとプロデューサーにとっていい状態を生み出すことは、多くの若者が楽しめるよきエンターテインメントを提供することを意味します。今「エンターテインメント・ビジネス」の意味を再定義する必要があるのは、それが理由です。それは世界を変える必要性の一部です。
http://anond.hatelabo.jp/20110707195830
初音ミクLAライブ、外国人感想その2「再生の約束」フリーダム訳
http://anond.hatelabo.jp/20110708223459
初音ミクLAライブ、外国人感想その3「ミクノポリスのボカレタリアートたちよ、団結せよ!」
http://anond.hatelabo.jp/20110709211718
初音ミクLAライブ、外国人感想その4「仮想の歌姫:初音ミクの人気と未来の音色」
http://anond.hatelabo.jp/20110710234300
初音ミクLAライブ、外国人感想その5「オレはAXには行ってないけど、まあとにかく……」
http://anond.hatelabo.jp/20110711212701
初音ミクLAライブ、外国人感想その6「ミクノポリス:7月のクリスマスと世界征服」
http://anond.hatelabo.jp/20110712205546
初音ミクLAライブ、外国人感想その7「AX11:ミクノポリスの印象」
http://anond.hatelabo.jp/20110713211501
初音ミクLAライブ、外国人感想その8「ミクノポリス:コンサート・リポート」
http://anond.hatelabo.jp/20110714210122
初音ミクLAライブ、外国人感想その9「アニメ・エキスポ:初音ミク」
http://anond.hatelabo.jp/20110715222900
初音ミクLAライブ、外国人感想その10「アニメ・エキスポ2011(抄訳)」
http://anond.hatelabo.jp/20110716194029
初音ミクLAライブ、外国人感想その11「世界は彼女のもの:初音ミクはいかにして全てを変えたのか」
http://anond.hatelabo.jp/20110717201147
初音ミクLAライブ、外国人感想その12「アニメ・エキスポ2011でのボーカロイド体験」
http://anond.hatelabo.jp/20110719031316
ヤバいな。なんというか、見続けたらまずいものに感じた。
ああやって誰になのかわからないが語りかけてる人間が大量にいる、それがすごくヤバい。
それしか娯楽のなさそうな奴もいるし、なんというかあの空間のもつ奇妙さは危険だ。
ただ、やってみたいと思う自分もいる。怖い。
だいたいニコ生という閉鎖空間の外まで話題になるのって一部のイカれた連中なんだろうけど、
先日のボーマスの待機列で隣にいたJKくらいの子がえんえんケータイでニコ生やら歌い手やらの
話をしてて、よく飽きないなと思ったがアレは飽きることなどないだろう。
見ず知らずの人間の(ある程度限定された)プライベートという最も面白いコンテンツが
毎日毎日24時間やってるなら飽きないよ。PCとWebカメラさえあれば(いや、内蔵タイプならPCだけでいいのか)
ここ1年ぐらいかな?ニコニコ動画関連商品のものがレンタルでも取り扱われるようになった。
以前は、せいせいウマウマできるトランスをつくってみた。だったかな?
あれが置いてある程度だったんだけど、ここ最近はボーカロイドだとか歌い手だとか。まぁ、そういったものがレンタルCDとして置かれるようになった。
中にはニコニコ動画でよく使われている効果音集だったかなぁ?なんかそんなものまである。
これ、需要あるのかなーと苦笑しながら商品整理をしていたんだけども……いや、よく商品が回りますね。
統計とかとっていないから詳しくはわからないけど、歌い手のCDを借りる人は圧倒的に女性が多いと思う。
女性が多いので、歌い手でよく回るのはいわいる男性歌い手。女性歌い手のものは男性に比べれば回らない。
いや、回っている方なんだけどね。商品としては。
ボーカロイドはやや女性が多い。くらいかなぁ。男性も結構借りている気がする。
借りる年代はやはり10代後半から20代後半くらいまで。30代になってくるととたんに減る。
んで、借りる女性の容姿なんだけど、驚くほど普通。えっ?あなたがこれ借りるの?って思っちゃうくらい普通。
男性は、なんとなーく「あぁこれを借りるのわかるなー」って感じなんだけど、女性はそうでもない。
ふつーにaikoやら、宇多田に混じって、ボーカロイドとかが借りられていたりする。
あと、意外かどうかはわからないけども、アニメCDとニコニコ動画関連商品を一緒に借りる客は実はあんまりいない。
これは、アニメの音源は全部ニコニコ動画から落としたりしているのかなぁ……とかいう邪推が入るんだけど、まぁ、推測にすぎないし、統計とってないから本当かどうかはわかんない。
ただ、ニコニコ動画関連商品をレンタルするお客さんは、女性の方が圧倒的に多い。
ニコニコ動画のあのコメントなどは女性の手によって生み出されてるのかーなんて考えるとちょっと面白い。
ちなみにレンタルコミックも取り扱っていて、その中にはBL商品もあるんだけど、これを借りるお客さんは20代後半から30代女性が多い気がする。一度、18禁の商品を15歳の子が借りようとしてて「ごめんなさいこちらの商品はお客様ではレンタルすることはできないんです。」みたいなことを言ったら、顔がぼっと赤く燃え上がってた。可愛かった。
あ、あと最初に謝っておく。
俺は男なので、意識的に女性の方に集中してしまい、結果として女性がよく借りている!と頭に強く印象づけられている可能性とかもあるから。
まぁ、こういうのは統計があったら一番なんだけどねー。と、いうわけで根拠とかは特に無いのでまぁ話半分に聞いてください。
まさか、koizukaとかnojiri_hとかmyrmecoleonとかkawangoとかに見られるとは思ってなかったんで……
あーなるほど。その考えは無かった。確かにその可能性あるね。だとすると、本当の本当に邪推だな。あれは。
今度販売担当の人に聞いてみるかなー。
>CDレンタルはしないな。レンタルするよりP2Pで落としたほうが早いしなぁ。
>男性は音楽に対して批評・批判的な場面が多い。自分が普段聴いているものをやたらと披露できない。
あー、そんな気もするなぁ。あと、異性から見られたときの見栄とかも気にする気がするなー。男は。
上にも書いたけどこれはあくまでも俺の印象っていうだけなんで。
これを裏付けるソースとかは俺の知っている限りでは無いのでそこらへん気をつけてー。
>isaisstillalive:15歳のおにゃのこかわいい
>Desperado:面白す。
ありがと。
>mongrelP:むしろコメントせずに視聴だけする層(というか案外コメントって敷居が高い)なんじゃないかなあ→女性 あ、妹がカラオケで普通に歌うとか聞いての雑感なんだけどね
あーそうだねー。ここらへんは、ニコニコ動画を見る=コメントをしているという短絡的な考えをしてしまった俺の間違いだわ。
そりゃそうだわー、そうとは限らないよねぇ。見ているからコメントをしているかどうかなんて。
>natukusa:ニコ動主催の音楽系イベントは女性をターゲットにした演出多いなーとは思ってた。男性ユーザーはより土壌が豊かな女性声優方面に流れてるんじゃないか説を提唱したい。
なるほど。でも、女性声優のCDも置いてはいるんだけど、借りられるのはほぼ水樹奈々なんだよなー。しかも、割と女性多目。いや、男性の方が借りるけどね。割合としては7:3くらいかな。ここらへんは、それこそ上で書かれているように借りられるよりも買う層のほうが多い気がしている。気がするだけで根拠は何も無い!ごめんね。
>aitanisan:冷静に考えたらレンタル屋で「アニメCD」を借りる層と、「ボカロや歌い手などのCD」を借りる層は被らないなあと。後者は増田の言うとおり若い女性が借りるけど、前者は2、30代前後の男が借りるイメージがある。
あーうん。大体そんな感じかなー。そもそも、女性はアニメCDよりかドラマCDを借りていくっていうのもあるとは思うんだけどね。コードギアスとか一時期すごかった。
>ululun:こういうのがポロっと聞けるのは面白いんだけど、店舗の立地状況などによっても若干左右されるかなあ、とも思ってしまう私の心はきっと歪んでいる
立地としては、中学校とか高校だとかが割と近めにある街中の店舗だねー。うちは。そういうのも関係しているのかもしれない。
>fukken:素材集はこれの事かな http://ichiba.nicovideo.jp/item/azB003LJ3E78 // 広く普及させる一般音楽と違い、アニメCDは借りる層を少なく、買う層を増やす方にマーケティングしてるから、なような
あー、それだそれ。-ニコニコ動画公認-「ニコニコサウンドマーケットvol.1」 それ絶対に借りる人いねーだろうなーって思っていたら、借りる人いるんだもんなぁ。びっくりしたよ。
そこらへんの販売からめた話は俺は専門外になるのでわからんなぁ。ごめん……レンタルならそれなりにはできるんだけどね。
>mori-tahyoue:私も、コメントする人とレンタルする人はあまり一致してないと思います。完全に憶測ですが。
だよねー。俺の勘違いだわ。そこらへんのデータとかあるのかな。コメントしている人の性別だとか。
そういうデータがあったら面白い気がする。ネカマだとかネナベが増えるだけかな。
>lifespiel:「顔がぼっと赤く燃え上がってた。可愛かった。」 役得すぎるぞっ☆
さぁ、いますぐ履歴書をレンタルショップに送るんだ!店員が忙しそうに走り回っているレンタルショップはだいたい人員が足りていないから。
>chroju:近所のTSUTAYAにもいつの間にか「ニコニココーナー」が出来てた。それなりに需要あるのかね。
へー、コーナー作ったりするとこもあるんだ。知らなかったなぁ。それなりに需要があるのは間違いないよ。今の所は。だけどもね。
今後、どうなるかはわかんない。
>ripple_zzz:役得やのう。
>memoclip:ふむふむ 買ってる層も似たようなものなのかな。アニメCDはそもそも存在が認知されてるのだろうか。。
うーん。アニソンとしてはコーナー作っているから、そこに入れば一発でわかるようにはなっているんだけどね。けいおん!の認知度は高いかも。他のお店に行った時、ガールズバンドの1つとして普通に混じって入れられてたりしたから。
>nzai:女性のほうがよく借りていくとは/
アルバイトするまでは思いもしていなかったのでこれを書いてみた。
>neko73:コメントで買うから借りないって人がいるね。20代が多いというのはそういう面もあるか。
なのかもねー。ここらへんはまったく考えてなかった。そういわれればそうだもんなぁ。買う人もいるもんなー。
>男の方はレンタルじゃなくて買ってるのではないかという予想も。
http://twitter.com/kanai_fx/statuses/44575451695427584
うん。そうだy(以下、同じことの繰り返し
>20代じゃない私も先日借りてきた。こちらとしても、ニコ動関連商品の棚が作ってあってびっくりした。
http://twitter.com/ikotto/statuses/44594556297154560
棚を作っているところは作っているんだなぁ……
>30代ここにいるぞっ!30代はレンタルより購入かも?私もジミーサムPや40mPは、応援の意味からも購入してます。
http://twitter.com/y__yuuki/statuses/44648346949922816
ふむ、なるほどなー。一応レンタルでも著作権者にお金は行くようになっているのでみんなもどんどん借りてね!そして、俺の時給もっとあがれ。
>男はキモオタが多いと。俺ら乙。
http://twitter.com/amasnad/statuses/44684596897513473
いや、キモイっていうかなんとなくわかるなーって感じなんだよね。決してキモくは無いよ。ここらへん書き方悪かったなぁ。ごめん。
http://twitter.com/majority4869/status/44759355635142657
いや、そういうお客がいないってわけではないんだよね。ただ、俺が思っていたよりも少ないなぁっていう。
http://twitter.com/akaishimamorudo/status/44731987847675905
そうなのかもねー。イナズマイレブンとか、ちょっと古いけど韓流とかすごかったよね。
http://twitter.com/L_eLL83/status/44694120962330624
お、同意はありがたいなー。やっぱり、他のお店でもそうなんだなー。
Togetter - 「ニコニコの歌ってみたは『ハイエナに近い』とボカロPが発言。その発言への反応から見えてくる歌ってみた界隈の問題点」
http://b.hatena.ne.jp/entry/togetter.com/li/82444
Ohnuma Sound Lab. blog 年の瀬・歌い手・ボカロ界隈・これからの活動
http://komonodfkdfk.blog19.fc2.com/blog-entry-16.html
http://b.hatena.ne.jp/entry/komonodfkdfk.blog19.fc2.com/blog-entry-16.html
Ohnuma Sound Lab. blog 【追記1】前回の日記についての補足・お詫び・コメント返信など
http://komonodfkdfk.blog19.fc2.com/blog-entry-17.html
http://b.hatena.ne.jp/entry/komonodfkdfk.blog19.fc2.com/blog-entry-17.html
発言者である大福Pは著作権等法律の問題を主張しているわけではないので、今回の増田では法律面に関する発言は一切しない。
彼の主張は
ボーカロイドを用いて作曲したものをニコニコ動画に投稿している人の総称。立場上は作曲者
ニコニコ動画の一ジャンルを形成する、言ってしまえばカラオケを投稿したようなもの。立場上は演奏者。JASRACとの包括契約により、二次創作は認可されているため、歌ってみた界隈は著作権問題をある程度回避している。
投稿者が作品の中身を1ミリも知らない作品に初見で声をアフレコするというもの。立場上は演奏者であり、ミリしらをする人をミリしらーと呼ぶ。アニメや音楽などのアフレコに使われていたが、今ではもっぱら「歌ってみた(特にボカロ曲)」ジャンルで使われる。
分かる人は分かると思うが、「ミリしら」とは方便である。最低でも一度以上、作品を鑑賞することは間違いない。初見で声を音楽に合わせて入れるというのは並大抵の人間ができることではなく、事前に何度も聞き、メロディーラインの重なりを避け、コード進行に合わせた新しいメロディーラインを構築し、リズムにある程度合わせた歌詞の選出、推敲をしているのは疑いない。
元の曲の歌詞を変えたアレンジで、ミリしらよりは原曲に近い。(私の観測範囲内の話)主に「あにま」という歌い手がしているようである。
Togetterまとめからいくつか抜粋する。(大福P=dfk_ohnuma)
ピアプロで改変不可って書いてあった曲でミリしらやった馬鹿がいたのか。正直ミリしらなんて作詞・作曲者への冒涜だから無くなるべき風潮なんだよね。「おまえの歌詞・メロディなんてイラネ 曲の知名度だけもらってくわ」って事なんだから。ゴミ屑の発想。dfk_ohnuma
曲データでモラル低下というと、ミリしらとか新しい歌ってみたを新曲と言ってしまう等のマナーがなっていないという話のことですか?znc
来年はボカロと歌ってみたがきっちり区別されるようになるといいな。あと、界隈の人数が減ってもいいからもうちょっとまともな人の割合が増えるといいな。「ボカロが盛り上がるのは歌い手のおかげ!」とか言ってるような奴が全員死んだらいいな。dfk_ohnuma
これ以降ブログに主張が移る。
「改変不可」の曲でミリしらを行った人がいたという事実は問題外だが、ここでは割愛する。
要は「マナーがなってない」ということである。それを人数が多いことと結びつけ、質の向上を図るために界隈の人数が減ればいいのに、というなんとも大学生はバカが増えすぎたからFラン潰せよというどっかで聞いたことのあるような主張である。ただし、今回は「マナーが悪いやつ」という偏差値以上に曖昧な基準ではあるが。
話がそれるが、当然「マナー(が悪い|がなってない|を違反している)」というのは誤用である。マナーというのは言い換えれば主体的な配慮であり、それを他者に「守れよ」と押し付けるのは間違いである。この場合はルール(相互が有利になるような取り決め)が望ましい。
話を戻して、歌ってみた界隈の聞き手は、彼のブログから引用すれば
「ボカロが栄えているのは歌ってみたのおかげ!もっと歌い手に感謝するべき!」
「ボカロ曲は人が歌って初めて完成すると思っている」
などという主張をしているようである。こういう盲目な信徒というのはクローズドなコミュニティであればどこにでも沸いてくるウジのようなもので、潰しても潰してもキリがない。
彼らは「歌い手に感謝するべき」というように作曲者に敬意を求めていることがわかる。一方大福Pもマナーを求めていることからわかるように、これは「敬意が足りないvs敬意が足りない」という、宗教戦争である。
大福Pにとって、「敬意ある行動」とは、「歌ってみたりする場合、本当にいい歌詞、いいメロディだと思うなら、それを尊重するはず」というスタンスで、芸術的に見れば保守的な位置にあり、ミリしら、アナザーは作曲者を冒涜したもので「ハイエナシリーズ」にすればいいんじゃないの、というこのようだ。
先の都条例でも同様だが、創作者は「自由」の名のもとで表現をする。ここに留意する必要がある。
たとえ「そんな懐で大丈夫か」と金を積まれようと、「一番いい○○みたいな作品を頼む」と制限をつけられようと、すべての表現は常に解放されているのが原則。
「こんなの○○じゃない」とか「金積んだんだから俺の望むモノ作れよ」とかいう主張も、自由が担保されていなければできない旨の発言である。
一次創作物から二次創作物へは、原材料を加工し、加工物を作る工程に似ている。その二次創作から三次、n次と派生するケースもある。これらは基本的にもとの創作物のカタチを「ある一定」は保持しており、影響がないということはまずない。それは音楽、思想、文章、すべてにおいてで。
ニコニコ動画は視聴者、コメント、マイリストの数がつくため、価値が付加される。歌ってみたという二次創作から歌われた一次創作の動画が評価されるケースもままある(今回の火種の原因の一つ)
また、作曲者と演奏者、聞き手は持ちつ持たれつの間柄であり、どれが一番偉いというものではない。「作ってやってる」「見てやってる」「演奏してやってる」「ホールを貸してやってる」というのは他者を従属的に捉えた主体的な意見であり、それは表現、立場の優劣に寄与することもない。芸術とはそこに参加するすべての構成員に平等な立場を与え、すべてをフラットにする。指揮者は演奏団体を纏めるから、演奏家より偉いというわけではない。誤解されがちだが、経営者と労働者の関係がイーブンであるように、指揮者と演奏家もまた、イーブンな関係にある。そこに作曲者が加わっても、聴衆が加わっても、地主が加わっても、その関係は崩れない。
そして表現されたすべての芸術品も平等である。真贋を、洋の東西を、場を問わず。優劣を感じるのは、表現の埒外である。評論家が何かの作品を優劣付けて評定しようともだ。そしてすべての芸術家もまた、その優劣をつける本能に苦しめられるのである。大概、中身が薄い、質が低下したなどと主張する。
とにかく、一次創作と二次創作の間に、表現上の優劣はないということである。創作者の間でも、もちろんのこと。
ここで、敬意を払うということは、その作品を大事に扱う、ということとする。「大事に」とは、もとの表現者の意向に従う、ということにしよう。極めて主観的だが、敬意とはそういうものだ。
敬意を払うということは、それに肯定的な評価をくだす、正の価値があるということでもある。ありがたやありがたや、ということで、「有難み」というように、めったにないこと、価値の高い、ということである。
正の価値がある、大事に扱うということは、人間の所産であるが、芸術以前の行動である。価値、敬意というのは芸術に含まれない。それらはたとえ定量的に計られようと芸術に寄与することはない。「リスペクト」して創られようとその作品に敬意があるというのは「思い込み」である。
創作以前に、二次創作者は一次創作者の創作物を引用する。引用することに優劣はない。しかし、ここに敬意が入ると話が違ってくる。
敬意が入る場合、往々にして一次創作者>二次創作者という大小関係が生まれる。芸術では対等関係にあろうと、人間の間に序列が生まれる。創作物との間柄にもそれは用いられ、もっぱら二次創作者は立場が下になる。だから、芸術内でも引用したものは上になり、引用して創られたものは下と「見做される」
「配慮」は、自分の立場があなたより下だという意思表示である。あなたに敬意があります、という意思表示である。有難い機会ですということだ。
だから、「マナーを守れ」「配慮しろ」というのは「大事に扱え」というのと同義であり、大事に扱ったとしても、そう見えなければ「大事に扱ってない」と思われる。
そしてそれはけして守る必要がないものの、ときに強制されるものだ。
だからこそ、撤回こそしたものの、大福Pはいっとき「音痴」にまで言及し、「大事に扱ってない」という判断を下したのである。
だからこそ、今も「メロディーラインや歌詞を変えること」は「作品を大事にしていない=敬意を払ってない」という解釈をしているのだ。
推敲後、追加予定。
しかし、大福Pは表現の枠内に押しこみ、自分基準のマナーを創作物の中身まで相手に強いている。
品位ある行動は各人努めたいものだ。
ここ最近のニコニコのイケメン風歌い手への過度な傾倒はどうなんだろう?
ボカロPが魂を込めて作った曲を、カラオケ感覚で曲の解釈もロクにしないで自分の好き勝手に歌って、腐女子にキャーキャー言われてライブなんかもしちゃって、ガッポリ金稼ぎしてやんの
「オレが歌ったから曲の人気が出たんだろう?」とか言っちゃってる歌い手!、表向きにはありがと~なんてボカロPも切り返すけどさ、ホンネを言えば、お前の人気アップや金儲けの道具としてオレの曲を使うんじゃねーよって思っているんだよ
運営も腐女子人気にすがりたい気持ちもわかるけどさ、イケメン風歌い手ばっかりフィーチャーし過ぎだろ・・・ニコニコ大会議は歌ってみたのイベントじゃなくて、ニコニコ動画のイベントだろ!
ボカロや東方やアイマスや実況やMADやMMDやニコニコ技術部、兄貴も含めて、もっとすげー動画あるだろ!・・・歌ってたカテゴリ以外にもスポットライトを当てないと、マジで他のジャンルのうp主が逃げるぞ
でさ、こっちはマジメに音楽をやって、それを発表したいだけなんだから、ニコニコではいいけど、ボーマスやM3ではあんまし俺らのシマを荒らさないで欲しいワケ
ボーマスに歌ってたみたも少し違和感あるのに、M3にまで進出してくんなよ!ボーイズ
お前らに会うのだけが目的で、他のCDには全く興味のないジャニヲタ同然の腐女子で会場が一杯になっちゃって、ホントに音楽を求めてやってきた俺らの仲間が窮屈な思いをするのは、何かこっちも申し訳なくてサ
っつーわけで、節度を持って共存共栄してきましょうや!お前らだって雰囲気先行でぶっちゃけリアルにはイケメンじゃないんだしさwwww
あー、すっきりすっきり
私には今年25になるのと20になるの、二人の弟がいる。この弟たち、上はアニゲーオタク気味で下はリア充。話題も合わないし仲も悪い。けれども、共通点が服の趣味とすでに実家を出て自立していることともう一つある。ケータイ依存だということだ。
下の弟は音楽CDは買わず、すべてケータイのダウンロードで済ませてしまう。パソコンも持っていないため、音楽はiPodなどは使わず当然ケータイで聴く。友達とのやりとりもちょっと聞いてみたところ、メールでのやりとりだけでなくケータイのホムペやブログを持って、そこのコメントでやり取りすることが多いらしい。ケータイのホムペなんて私が高校生だった10年前が最盛期で、その後は衰退する一途だと思っていた。
上の弟はある意味下の弟よりもひどい。ケータイのみのニコ厨なのだ。なんかボカロオタクらしく、ケータイでボカロ曲を山ほどダウンロードしていた。歌ってみたの歌い手さんもしっかり抑えているらしい。ネットブックとモバイルWi-Fiを思わず衝動買いしてしまうような私からすると信じられないの一言に尽きる。上の弟は一応古いノートパソコンも持っているがネットにはつないでいないというのだ。弟曰く、「必要ない」とのこと。しかし、ケータイでダウンロードしたボカロ曲を車で聴くためにケータイのFMトランスミッタ…は使わず、わざわざパソコンに転送してCDに焼き車載HDDに放りこむ、そんなめまいのするような手間をかけている弟にパソコンネットが必要ないとはどうしても思えないのだ。弟のケータイはかなり新しく高性能なようなので、下手したらWiMAXのWi-Fiルータ機能を備えていることも考えられる。当然パソコン用のネット環境を揃える事によって得られる利便性とその導入の簡単さを訴えたが、弟の返事は明らかにはなっから話を聴く気のない生返事だった。
なんかもう、色々疲れてしまう。下の弟はまだしも、上にはもう付ける薬がないかもしれん。
同じ部の女の子の後輩がえらい美人だわ、頭が切れるわ、性格さっぱりしてるわ、話しが合うわ、ですっかり虜だったんだけども。
本日、人づてで、会社の別の部署の方と今度結婚することが判明しまして、深く傷つきました。
愚痴ります。
いやー、なんか俺もうだめだわ。恋愛できないわ。もう。どうなってるんだこれは。
おいおい。オラオラ系って。くずじゃねーか、アホか。
あのね、全国の女性の皆さんね、耳かっ穿じってよく聞きやがれ。
オラオラ系ってのはね、女でいうとぶりっ子系なんだよ、わかってるそのこと?
オラオラ系ってのはさ、能力が低いか、能力が低いと思われるんじゃないかっておびえてる人たちなんだよ。
で、その不安がくだらねーことでオラオラアピールするようになってしまうだけなのよ。
俺様のように真に優秀で頭のいいすばらしい人間は、オラオラいう必要ないんだよ、だって結果が段違いだから。天才が隠していてもほどばしるから。
なぜそれが理解できないんだね、君たちは。
いやー、きつい。嫌だねヒトを好きになるのって。なんすかね、この糞システム。人生にいらない機能じゃねーか?この恋愛ってシステム。いやな気分になるだけじゃねーか、これ。
俺、恋愛できるのか、この先。
あの子と比較してよい女なんていない気がするのだが・・・。
そんな訳ないじゃん、みんな失恋のときはそういってるよとお前はいうかもしれんがさ。
いや、違うんですよ、みなさん。あの子まじ良い子なんだって。
人間の人生は高々80年な訳で、有限であるからには、どこかに最大の出会いが存在するのです。そして僕にとってそれはあの子なんじゃないかと思うのです。
この先俺が恋愛できることがあったとして、彼女を超える相手だと確信に至り恋愛できるのか。
もう逆に、何で俺のこと好きじゃないんだよ。好きであれよ。そうでなければならんだろ。
あとさ。
結構、ダメージあったので、カラオケで失恋ソングでも歌ってやろうと思っていってきたんだけども。
歌ってて思ったんだけど、たいていの失恋ソングってつきあってた人たちが破局する歌なんだよね。
つきあったなら、まだいーじゃねーか!!!おれもあの子とつきあいたかったよ!スタートラインにも立てねえじゃねえか。
なんなの?なんで、俺の歌がないんだ!能無しか、歌い手どもめ。
まだまだいいたいことはあるが、とりあえず寝る!さらばだ!
海外のblogで初音ミクについて熱い(長い)文章を書き込んでいるのを見かけたので試しに翻訳してみた。無断翻訳なので匿名で。urlは以下の通り。
http://deliciouscakeproject.wordpress.com/2010/09/20/hatsune-miku-and-the-magic-of-make-believe/
=====以下翻訳=====
そこにはバルトロメオ・クリストフォリって名前のすげえヤツがいた。こいつの得意技は楽器を作ることだった。何でも作ったわけじゃない。当時はひどく弱々しいちっこいもので、しょぼい羽柄が並んだ弦を引っかいて金属的なチャリチャリした音を出すもの、つまり鍵盤楽器を作っていた。いわゆる「バロック・ミュージック」ってヤツだ。クリストフォリが音楽技師として、また機械技師としてやったのは、弦を異なる強さで叩くハンマーを使った仕組みづくりで、それによって演奏家は小さい音(ピアノ)や大きな音(フォルテ)で演奏できるようになった。だもんで皆それをイタリア語でピアノフォルテと呼んだ。もちろん、今ではお前も俺もそして誰もがクリストフォリの発明品をピアノと呼んでいる。
イタリアはピアノを発明することによって、日本が初音ミクを発明するための扉を開いた。
***
俺は今、ここサン・フランシスコの150席しかない小さな映画館で、秋のアイドル公演を待っている。チケットが完売した「39[ミク][[Sankyu!]] Giving Day」コンサートの上演を見るために、愚かな時間の無駄遣いをする連中が集まっている。コンサートじゃ電子的に創造されたポップアイドルつまり緑の髪をした女神が、ゼップ東京のコンサート会場で生演奏するバンドにあわせて踊り歌っている様子がスクリーンに映し出されている。それはまるで、一部はライブなんだが、本当はそうではなく、「本物」のボーカロイド・コンサートでお目にかかれるのに近いものだった。言ってみればゴリラズを見に行くのとそれほど違いはない。伴奏は本物のミュージシャンが作り出しているが、客が見ているのはいわば巧妙なごまかしの表層であり、音楽に命を持たせるために使われる動くペルソナだ。これがミクの魔法である。それは見せかけの魔法だ。
***
クリストフォリがピアノを発明した頃、J・S・バッハは平均律クラヴィーア曲集を書いた。そこでは要するに鍵盤楽器の各音程間で一通り数学的な調整をすれば、突然どのような調号でも十分演奏できるようになるということが言われている。言い換えれば、何か妙なことをしようとした際にいつも調子はずれの音を出すのではなく、初心者から中級までのピアノの生徒がやらかす糞を抑えるような5フラットとか7シャープとかそういったことが完全にできるようになる。これによって18世紀の鍵盤楽器は初めて、いちいちくそったれな調律をしなおすことなく新しい楽想を試すことができる原始的なワークステーションとなった。
数十年後、ようやくピアノの価格が下がり十分なほど生産できるようになったことで、それは非常識なほどの大金持ちだけの特別な楽器ではなくなった。代わりにそれは有名な王族たちのような常識的な程度の金持ちが購入できるものとなり、彼らは好んで地元の作曲家を雇い自分たち(とその客)を楽しませるために音楽を書かせた。こうした作曲家の一人があのヴォルフガング・A・モーツァルトであり、彼の特別な才能は主に下ネタと女性の音楽生徒に対する性欲の面で発揮された。もちろん鍵盤楽器からふざけた音を引き出す才能もあり、その短い人生の間にモーツァルトは最も好きな楽器をピアノに決定した。彼が書いた27のピアノ協奏曲(本当に素晴らしいのは最後の10曲ほど。アニメのシリーズのようにモーツァルトのレパートリーは後半になるほど良くなった)は、単に協奏曲の形態にとって画期的な礎石となっただけでなく、ピアノ音楽の基礎を築いた。モーツァルトの協奏曲はこう言っているようなものだ。「これこそピアノにできることだ! ピアノだけでなく、オーケストラと一緒でもいい! まさか今更ハープシコードに戻ろうってんじゃなかろうな?!」
モーツァルトより後の時代の人間は皆彼に同意した。ひとたび音量の大小を調整できる鍵盤楽器を手に入れてしまえば、弱々しいチャリチャリした機械になぞ戻れっこない。これが230年ほど前の出来事だ。ミクへの道は一日にして成らず。
***
ミクの公演にやって来たファンの男女はいろんな連中の寄せ集めだ。彼らの5分の1ほどは当然ながらボーカロイドのコスプレをしている。何人かはケミカルライトまで持ち込んでいる。コンサートは全長1080ピクセルの巨大なスクリーンで始まり、全劇場用サウンド・システムが炸裂し、観衆は最初はためらいがちに見ていたが、最初のいくつかの歌の後は雰囲気が盛り上がってきた。彼らはスクリーンの中の群衆と一緒にリズムに合わせてケミカルライトを振り、曲が変わると歓声を上げ、各ナンバーが終わると拍手をした。単なる録音と録画じゃねえか、などというたわ言は知ったこっちゃない。理論的にはゼップ東京の群衆だって同じように録画を見ていたんだ。本当に「ライブ」で演奏される音楽など、現代においてはクラシックのオーケストラと民族音楽の演奏くらいしかないし、それにシンフォニー・ホールですら今日ではマイクが使われている。誰もが電子的な助けを借りて音楽を聴いている。ひとたび電子機器を楽器として受け入れることを覚えてしまえば、ミクを愛するのは簡単だ。彼女がモーツァルトの魔笛のアリアを歌っている動画を聞いてみよう。
http://www.youtube.com/watch?v=gr9fbQzNpqA
***
19世紀欧州で、もしお前がピアノの演奏ができない作曲家だったとしたら、お前は存在していなかっただろう。それはもはや単に大小の音量で演奏できる楽器にとどまらず、巨大な和音構造物であり、多音パッセージワークであり、一人の演奏家の手で「あらゆる音符を見ることができる」ものとなっていた。もしピアノがなければきっと「2人のバイオリニストとビオラ及びチェロ奏者各1人をかき集めて旋律が上手く行くかどうか調べにゃならん」てなことが起きていただろう。そしてもちろんチェリストは、ある音符について「どぅんどぅんどぅんどぅんどぅんどぅんどぅんどぅん」と演奏するようお前が何度も何度も何度もお願いするのにうんざりして1時間後にはそこを立ち去ったことだろう。
少なくともピアノがあれば、お前の小さな指以外に迷惑をかけることなく「どぅんどぅんどぅんどぅんどぅんどぅんどぅんどぅん」とやることができる。
かくして1800年代においてピアノは中心的な作曲道具となった。そして同時に社会の中産階級が暇と屑な時間を持つところまで進化し、そしてもし彼らがスポーツやゲームを発明しなければ、彼らは音楽その他を演奏したいと望み、そんでもって家に持ち込むためピアノを注文できるようになった。欧州だけでなく日本でも、少なくともウィリアム・ペリーが彼らを開国して西洋化が始まった後には、同じことが生じた。基本的にピアノは文明化の証と見なされ、そして有名な山葉寅楠ってヤツがイケてる連中のため日本製ピアノを作り始めた。
19世紀末と20世紀は音楽制作にとって黄金時代だった。楽譜を買って他人の歌を演奏する方法で「音楽を作る」こともできたし、あるいは作曲と理論について十分に学び自分の曲を創造するというやり方で「音楽を作る」こともできた。そうした取り組みの多くはピアノの周辺で起きた。ピアニストが力を得た。鍵盤があれば、お前はスターになることができた。
そして、とんでもないことが起きた。
***
ミクだけじゃない。巡音ルカとリンとレンも公演に出てきたぜ! 全ボーカロイドのパーティだ。彼らの異なる声質と、ミクと組む様々なやり方は、見事な音の見本集になっている。他のキャラクターが登場するのを見た観客たちは熱狂している。異なるシンセサイザー・プログラムのマスコットに過ぎないにもかかわらず、彼らはまるで我々の友であり家族であるかのようだ。ようつべとニコ動を使って彼らを我が家へ招待しよう。彼らの声を我らの生活のサントラにしよう。電子的に作られたアニメキャラが本当のミュージシャンになれるのかって? おk、ならお前に聞いてみよう。魂のない箱がお前の周囲の空気を震わせているけど、それは本当の音楽なのかい?
***
それこそが実際に起きたとんでもないことだ。録音された音楽。録音された音楽こそ、音楽史の中で起きた最悪の出来事だ。
ひとたび蓄音機を、ラジオを、レコードプレイヤーを、カセットプレイヤーを、CDプレイヤーを持ってしまえば、音楽を楽しむのに「音楽を作る」必要はない。コンサートホールのチケットを手に入れる必要もない。単に座って、電気を使った箱にお前を楽しませればいい。ピアノは専門家のための道具に成り下がった。それは淑女が結婚に必要な才能を覚えるためのものに、あるいは子供が(1)それを憎んでいることに気づく(2)両親が子供に才能があることに気づいてプレッシャーを積み上げ始める――まで稽古を受けるものとなった。もし(2)の現象が起きたなら、最後にはピアノを本当の演奏楽器あるいは作曲用の道具として使うようになるだろう。しかしそれはもはや「音楽制作」の中心にはない。
さらに悪いことにロックがギターをポピュラーにしてしまった。ギターが人気になり、ピアノは役立たずとなった。お前が鍵盤楽器を学ぶのは、ビートルズにしてくれるものを持てずバッハやベートーベンにしがみつくしかないある種の意気地なしだからだ。誰が決めたルールか知らねえが最低だ。10代のころ、俺はピアノを使ってランキング上位40の曲を弾けたおかげで女の子たちに「いくらか」いい印象を与えられた。けど、結局はクラスの野郎どものうちその曲をギターで弾けるヤツがいつも勝ちやがった。くそったれ。
だがここで思い出してくれ。俺は、イタリアがピアノを発明したことが日本の初音ミク発明への扉を開いたと言ってきただろ? ピアノは21世紀に飛び込むときに今一度変革に見舞われたんだ。
http://www.youtube.com/watch?v=-7EAQJStWso
***
もし音楽を生み出す小さな電気の箱が「本物」であるなら、録音済みのコンサートに向かって「アンコール! アンコール! アンコール!」と叫ぶのは極めて正常だ。その音楽はお前を感動させたんじゃないのか? もっと聞きたいと思わないのか? というわけで映画館の観衆はもっともっとと叫び、そして彼らはアンコールを聞けることが分かっていた。なぜならそういう風に録音されていたから。ミクが公演を終わらせるため最後の舞台に出てきた時、もう一度鑑賞力のある人々から歓声が上がった。それは人工的なものだが、とことん楽しむため我々はそれを本物だと見なした。まるでドン・コッブが[ネタバレ注意!!]インセプションのラストで回転するコマから歩み去るかのように。ミクは夢のような存在だ。サウンド・エンジニアとCGアーティストと音楽家が作り上げた美しい夢であり、決して卒業することも年を取ることもスキャンダルを起こすことも業界から追放されることも惑星上から姿を消すこともない完璧なアイドルだ。彼女は実際、いくつもの「映像」を持っている。我々は皆、この音楽的見せかけの共犯者だ。過去の聴衆がモーツァルトのオペラを、ガーシュウィンのミュージカルを、あるいはかのすさまじいレ・ミゼラブルを本物であると信じたように。我々は十分深く信じられるようになるまで偽りの世界を本物だと信じるふりをする。その世界を感じるまで、見せかけの魔法を感じられるようになるまで。
***
真空管からトランジスタを経て迷宮のような電子回路まで。もしピアノの鍵盤が「あらゆる音符を見る」ことのできるインターフェイスだとしたら、それは作曲家に最も未来を感じさせるインターフェイスだ。そして我々にはシンセサイザー・キーボードとMIDIコントローラーとワークステーションの世界が与えられており、そこでは遂にピアノが単なる「楽想を試す場所」から超越した。ちょっとした波形の調整によって、ハンマーと弦の機構に制限されることなくこれらの楽想を正確に響かせることができる。新しい音を作り上げることもできる。楽想の断片を記録し、他の楽想をその上に並べて電子キーボードを個人的な架空のオーケストラに仕立てることもできる。ピアノはピアノを超えた。それは作曲家の手の延長どころか、作曲家の心の延長となったのだ。
一つだけ欠けているものがあった。声だ。
そして、ご存知の通り、日本は日本であり、彼らはやってのけた。彼らは人工物を誰よりも巧みに操った。彼らは本物の料理だと見栄えが悪くなるからという理由でプラスチック製の小さな食品サンプルを作った。本物の労働者は間違いを犯しがちだから製造ライン用のロボットを作った。本物の音楽家を家に入れるのは大変だから編曲家のために電子キーボードを作った。そして、人間の声を合成する技術が十分に発達した時、そしてそれが人工音声のためのペルソナを創造するというアイデアと衝突した時、ミクが見せかけの音楽における21世紀のスーパースターになるのは当然のことだった。
中にはボーカロイドというアイデアが音楽家の全てを破壊するという人もいるだろう。全ての仕事をソフトウエアがやってくれるのに、誰が人間を必要とするんだ? 俺が思うに、ボーカロイドってのは偉大なる民主化の旗手であり、音楽家のために沢山の扉を開いてくれるカギなんだ。過去において、もしお前が作曲家、編曲家あるいはプロデューサーになりたければ、まず自分の曲を書いてそれから演奏家を探し見つけ出すしかなかった。何しろお前の傑作に生命を吹き込みたければ、5人編成のバンド、20人編成のオーケストラ、そして3オクターブ半の音域を持つ歌い手がいないとどうしようもなかったのだから。マジ悲惨。だがミクがいれば誰もが作曲家になれる。誰もが自宅のスタジオで曲を作り、正しい機材があれば、電子機器を使った完全なポピュラーソングを生み出せる。ボーカロイドは音楽家の仕事を奪うわけじゃない。それまでミュージシャンには決してなれないと思っていた人々の中からミュージシャンを作り出すんだ。動画投稿サイトで毎日そうしたことが起こっているし、こうしたコンサートではそれまで決して聞いたことのないような人々が突然電子王国の宮廷音楽家になれる。非常識なほどの大金持ちだった王家の人々の手にあった手製の楽器から、平民たちの手に握られた緑の髪の女神へ。それがこの大きな3世紀の違いだ。
何であれ多くの人々が音楽を作ることは、単に大人しく聞いているだけよりもいいことだと俺は信じる。俺は魔法を、ボーカロイドを、ミクを信じている。
=====以上翻訳終了=====
誤訳は当然あると思う。でも面倒なので修正はしない。
話聞いてくれる友達いないのでここに書きます。
舞台って会場借りるのとかセットとか作るのとか初期投資にお金がかかって、それを回収するには公演日数をある程度かけて、観客呼ばなきゃいけないけど、最近のプチ演劇ブームで人は分散して集まりづらい。
だからニコ動で有料中継すれば、遠方の人でもみれるし、ニコ動の名前とテニミュの創設者が関わってるといえば、みんな財布の紐が緩くなるだろう、そんなコンセプトの舞台です
この舞台については色々とお話したいことがあって、例えばファーストフードショップかどこかで繰り広げられた「あの子ニコミュの声かけられてるらしいよ。」「マジで、じゃあ当分連絡するのはやめようぜ」という会話から妄想できる、どこにでもある嫉妬と足のひっぱりあいの話や、ニコニコの歌い手を応援してる人達って、応援している人がプロになったらきっとあなた達のこと忘れてあなた達の財布のことしか思い出せなくなるのにどうして応援できるんだろう、という話や、オーディションって最初は清廉潔白だけど、5年もすると人間は理想忘れて、枕やコネが出るよねっていう話とかもしたいんだけど、それはまた別の機会で、今日はプロデューサーの話をしたいです。
このニコミュのプロデューサーが自分のブログで色んな舞台のことをdisってます。
別にそれは良いんだ。わたしも大人だ。大人になっても他人を貶めたて自分を飾り立てたい人間の気持ち、わからないでもないです。
でも、数ヵ月後ニコミュが成功して、ほらっ、他のやつは無能で、俺は有能っていう気持ちをいう光景を勝手に妄想したら、なんか駄目だと思っちゃいました。
プロデューサーの仕事はいくつもあるけど、大事な仕事のひとつは金を稼ぐことで。
最終的に赤字しか出せないやつは、どんなに面白いものを作っても評価されるべきではないし、アマチュア学生劇団の制作でもやってろ、とか思ってしまいます。
ニコミュについて、色んな情報を総合すると、この赤字の分岐点が他の舞台と違いかなり甘い気がするんです。私は単なるスーパーのレジ打ちなので、詳しい数字なんてわからないんだけど、どう考えても、本来他の舞台では負担している本社固定費用が費用計上されないで計画されているような気がするんです。
これはIT企業によくある初期投資は手厚くするとか色んな特殊要因が絡んでいるのもわかってますし。そういう環境を作るのも大人のいう実力なんでしょうし。
でも、もし、他の人とそもそものスタートラインが違う、勝利条件が緩いってことにはかわりがないっていうのなら、そういうのを誰も知らないことをいいことに口を噤んで、俺は成功した他の奴等は無能っていうのはちょっと違う気がするんです。
だって、そもそも成功条件が他より簡単なら成功して当然でしょ。
どうせなら、金をもってるバックをつけられない奴が悪い、無能と言って欲しい。要領がいいことも実力のうちって言って欲しい。色んな人間騙せるのも実力って言って欲しいです。
もうひとつ納得がいかなくて、ずるいと思ってしまうことをひとつ。
ニコミュで現在発表されている3つの舞台のうち、2つはこのプロデューサーが元役員をやっていた会社で作られてものをもとに作られてます。
その会社では、ちょっと前まで自社のコンテンツの派生商品で儲けると株主総会で言ってたにも関わらず、いつのまにかニコミュという他の会社で儲けられているということになっていて。
なんか、変。でも、大人の世界ってそんなものかもしれないと思ってました。
でも、元の会社を辞めたにも関わらず、いまだに元の会社の人気舞台のプロデューサーの役職にはついていて、その人気舞台で生まれている目にはみえない色んな財産や特権をニコミュに活かしているのは、なんかずるすぎます。
元の会社からみれば、財産の流出であり、会社法でいえば利益相反行為にあたるおそれがあります。元会社は株主総会の質疑応答で弾劾されてもおかしくないですし、そのあたりは日の光のもとで問題ないか議論されるべきです。
でも、誰もそんなことしませんし。調べないとわかんないし、そんなことをしてもお金にならないし、みんな余裕ないですしね。
きっと法律違反の恐れがあることをやるのも、大人の実力なんでしょう。だったら、きちんと言えばいいのに。客は面白いものさえ作れば、法律違反とか気にしない豚だ。グレーゾーンが一番儲かる。それがわからない他のプロデューサは馬鹿だ、くらいに自信満々に開き直ればいいのに。
まあ、きっと株主総会で問題になっても株主全員の同意がある自信があるんでしょう、それだったら問題ないみたいですし。
わたしは何を書いているんだろう。
わたしは何を言いたいんだろう。
きっと今の世の中のキラキラしているもの全てが嫌で
友達です、僕らは仲間です的なCMを流して財布から金を掠め取ってく企業が嫌で
きっとこの文章を書いても、どこにも届かずロゴの底に沈んでいくのがわかっていて
それでも書いた自分が嫌なんだと思います
読んでくださってありがとうございました
絵が描きたいのに、ヘタなのでどうしよう、って悩んでる人へのアドバイスだけど、見方を変えると、これって例えば「カラオケで歌いたいけどヘタ」っていうのと一緒だと思った。
ありがちな悩みとしては「音痴・音が外れる」・「自分の歌い方がなんかキモい」ってのがあると思うけど、つまり「歌のエッセンスを吸収・理解してない」って事だから、そこをまず、自分の自意識というか潜在意識の中に刷り込む、という作業が必要になってくる。
よく言われるのは「バケツをかぶって歌う」という方法で、つまり『自分の喋る・歌う声を、自分の意識で「ちゃんと」認識する』ための回路を、自分の脳味噌の中に作りあげるための作業だ。バケツをかぶるのはさすがに恥ずかしい、という人は、右でも左でもいいから、自分のしゃべった声を片方の耳でよく聞こえるように、片手で『耳を大きくするような』感じで覆うといい。お勧めは、左耳(感情をつかさどる右脳と直結してるから、というのがその理由らしいけど)。
それができたら今度は、「自分の歌った声をまず録音し、再生して自分の耳で聞いてみる」というプロセスを経験してみる。『自分の行動を客観的に捉える』という作業で、大概の人はここで「自分の声のキモさ」というものに悶絶するようだ。つまりそれだけ、普段は自分の声や喋り方について、無頓着というか、意識して発声している人が少ない、ということ。
そこで目(?)をそむけず、どこがどうおかしいのかって事を、きっちり意識する。上手くなりたいのなら、一連の歌声の中で、自分で気づいた点について、ノートを付けてみるといい。
本当はここで、楽譜が読める(音階を視覚的に認識・置き換える)だけの知識があればいいんだけど、それは特に無くてもかまわないと思う。歌詞カードの部分に「ここで一瞬、タメを作る」とかメモを書く程度でも、とにかく「歌う際に、歌詞で気をつけるべき部分」を自覚的に理解しておく。
あと、「俺、滑舌が悪くて、何言ってるのか分からないってよく言われるんだよね」って人もいると思うけど、そこらへんは「お年寄りの人に、大声で、ハッキリ・ゆっくり語りかける」つもりで、歌詞を読み上げる練習をやってみると、あんがいと解消が早い、と思う...
あと、カラオケがうまくなるには、歌手の歌い方のモノマネをするのが有効だ、っていうのはよく言われる話だけど、声のトーンをたんに真似るだけじゃなく、例えば「歌手の表情や姿勢」まで真似てみるというのは、本当に有効。だから歌を聴くだけじゃなく、できればPVとかで歌手の細かいしぐさの格好まで徹底的に真似るのも、いいと思う。
それから、たまには目をつぶって「耳に神経を集中させて歌声を聞いて」みて、歌ってる人がどういうアクションをしてるのかを、想像してみる。なーんとなく曲を聞くんじゃなくて、「歌い手の表情を想像」できるように、意識を高めて聞いてみる。そうすると、真似る対象のイメージがすっと頭に浮かぶ→あとはそれを真似て歌う、というプロセスが自然に出来るから、そうなれば歌う事はぜんぜん苦じゃ無くなる。
それができたら、今度は筋トレに相当する「ボイストレーニング」も、簡単なものでいいから並行してやってみるべき。歌う際に腹筋を使える(腹式呼吸)のと使わないのとでは、それこそ雲泥の差がつくし。
ここで高音や低音の部分の声が出ない、という悩みについてなら、高音部分はファルセットというか裏声を使えるならそれで誤魔化す方法もある。低音の場合だと、多少は体格の問題が出てくるけど、秋川雅史(「千の風になって」の人)のような感じで、腕を広げたりして姿勢を変えると出易くなる、気がする。ま、このあたりは、興味があるなら専門家にちゃんとした指導を受けたほうが早いよ。
もちろん、絵が上手く描けなくて悩む人よりは、歌が上手く歌えなくて苦に思う人って、タイプとしては少ないとは予想する(絵が下手なのは見てすぐ分かる事だし)けど、苦痛に思ったりしながら歌の練習をするっていうのは、やっぱり間違ってると思う。だって、気持ちよく歌うことって、単純に楽しいじゃん。上手く歌えたら、かっこいいじゃん。
でもよく、芸能人カラオケ大会とかの番組で、ブサイク芸人が酷評されたりする場面もあるけど、あんなのは無視していいと思う。ジャイアンリサイタルじゃない限り、誰かが歌う事が他人から非難される事って、あまり無いはず、だし。
それと、英語の歌を歌いたいなら、もちろん原曲を何度も聞き込むのは大事なことだけど、簡単な英会話や文法も勉強するとさらにいい。もっともここらへんは、歌える人にとっては「何を今さら」な事かもしれないけど、歌詞の内容を熟知したうえで歌うのと、そうでないのとで、これまた曲の深みがぜんぜん違ってくるのは、言うまでも無いよね。
健闘を祈る。
オフした相手に、そういえばお疲れ様~って DM 送ってないなーと思い
時間がだいぶ過ぎたけれども、履歴を戻ってアカウントを確認しに行って来ました。
・・・と思い、下記の方法で確認して、ブロックで外されたと確認
http://masuda.livedoor.biz/archives/51362664.html
(元ははてなのようですが、先に見つけてたので。
(もちろん、それ以上の何かをする価値もないからしていないという可能性もあり)
もともと、こちらはフォロー者数をたくさん増やした状態でどうなるかって報告で利用
相手は bot や歌い手などを追っかけたり妄想垂れ流しをしたりという少数フォロー利用
単に、嫌悪や合わないと判断しただけかもしれません。
どちらにせよ、こちらから何か反応を出しても迷惑だろうと思うので
やり取りしていた DM を削除。@は多すぎるので、
TL の海に消えていったと言う事で勘弁願おうかと。
読んだ人を不快にするだけなのでこちらで吐き出させて頂きました。
ちなみに、よく確かめると7人以上の方にもブロックによるリムーブを実施されてる模様
(切りの良い数字になるまでフォローしてたので、気づいた)
フォロー可能人数の限界も近いので、
後は@をやり取りして続く人を中心にフォローすることにします。
以上、チラシの裏な内容でした。
国内アーチスト(歌い手)でメディアに顔出ししない商法とってるケースがあるけど、
かといってうたばんやHEY*3ではめはずすとかはやり過ぎですが。
(と言ってもこれもなぁ、本人出てても本来の歌声じゃない(いわゆる口パクとか)可能性もあるだろうな最近じゃ)
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昔、ビーイング系の音楽流行った頃から思ってたんですわ、これ。
最近は大黒摩季さんがよくメディアに出てるけど「食っていくのに大変なんだな」としか思えない。
ZARDの中の人が亡くなった時もお気の毒に・・・とは思ったが、それ以上の感情はおこらなかったなぁ。
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曲、で思い出したけど
今もニコニコ動画じゃ「神曲」「もうこれ国歌にしちまおうぜ」ってやりとりはあるの?
今年に入って辞めちゃったのでよく分かりませんが。
■今や一部で「新海誠」「秒速5センチメートル」「戻れない過去と今」な曲になってしまった?曲ですが
■これが「月とキャベツ」っつう山崎本人が出演した、彼女が死んだ男の話の映画だという事があまり知られていないようで残念。
■どちらかというと、自分の隠しNO1曲が十数年後に発掘ではなく新出の如く騒がれスタンダード曲になったのがアレなだけですがw
有線で流れたのを初めて聞いた時、忌野清志郎が歌ってるのかと思った。
(忌野清志郎がこんなバラード歌うのか!と変な感心をしたが、すぐに違うと知る。)
本屋で噂の男の子(女の子と別れた後も女の子が好きで趣味もその子と同じになってしまった子)が
元カノの好きなアーティストのCDを手にとっているのを横目で見ながら、
特徴的な声の放つフレーズにふと耳が傾き、即座に歌詞に惚れてしまった。
当時はネットなんて手段はないからCD屋行ってCD屋で掛かっているCDリリースラジオ?を聞き必死で歌い手を探した。
売れ出したスマップにセロリという曲を提供したこともあって、当時彼のアルバムを買った人は少なからずいると思う。
ちなみに当時のシングルジャケは見た目爽やか風味(当時曲如何係わらずアーティストの顔ジャケ多かった記憶が)
■一緒に過ごした子は死んでた訳で、もう今となっては二度と戻らない物になってしまった―
■という上にこの曲が生まれたことを考えると、秒速5センチメートルがああいう結末になったのも
■もう二度と戻らない人に対する想いを歌っているからこそあんなにも未練たらたらで
■何度も何度も振り返らずには居られないと。
■成就してしまったらこの歌は存在できなくなってしまうからね。
■・・・勿論現実であったならハッピーエンドで終わって欲しい話だが。
素直になりゃあよかったんですが、それが出来ないせいでこじらせて悪化させ
十数年後秒速5センチメートルが来たもんだから因縁ある歌です。
そんな当時勘違いした忌野清志郎さんも亡くなり、記憶にある駅のホームも高架線化され、踏み切りも無くなって、
それでも想いは残ると当時考えていたかどうか?
自分なりに見つけた答えは陳腐な代物で、
「とりあえず同じ空の下にいる訳だから、別れたって空みれば繋がれるぜ」
・・・笑われてもいいわ。
そうやって考えることで20代はまだ心を慰めてもいいと思うんだ。
好きあっても結ばれないっていう現実からほんのちょっとだけまだ夢を見てたい若者なのよさ。
■カラオケ合コンで熱唱されると引く歌NO1だと思う。普通に職場の飲み会でも空気氷点下にする公算大。
■しかも未練たらたらでキモイわと女に言われる可能性高し。
■逆に同窓会で歌うといいかもしれない。※ただし狙った子が居るに限る
どうして創作物は二次的なものの方が見てもらいやすいんだろう。手にとってもらえるんだろう。評価を得やすいんだろう。
ニコ動とか、ピクシブとかいろんな文章とかの創作サイトがあるけれど、どうにも二次的な創作のほうが閲覧されているような気がしてならない。
例えばボカロ。同じ製作者だったとしても、オリジナルのものだとか、歌い手とのコラボで造られた一次的なものよりも、ボカロというキャラクターを通した二次的なものの方が見られている。
あるいは東方やアイマスの創作物。とりわけ物語動画のことだけれど、あれは東方やアイマスのキャラクターを登場させているからたくさんの人に見られている。
同じ内容を、オリジナルのキャラクターでやっても伸びないのだろう。個人的に、オリジナルでも楽しめる作品はあるような気がするから複雑だ。
製作者の側から見れば、作るのが簡単というのが多く出回っている理由のひとつにあげられるのだと思う。世界観を一から作り出すのは大変なことだから。
あるいは好きになったキャラクターを自由に動かせる魅力がある。手に取ってもらいやすくなる。
ただ、どうして消費者がそれを好むのかが分からない。というのは、本当は嘘だけれど、なんだかなあって思う。
要は、キャラクター至上主義なわけでしょう? キャラクターが何かするから面白いのであって、本質(言いすぎだけど)に最初に目がいかない。
二次創作にしても種類がいろいろあるから一概には言えないのだけれど、なんか違うような気がする。違うというよりかは、やっぱりもやもやする。
二次創作を否定する気は毛頭ないけれど、消費者はもっとオリジナルにも目を向けていいんじゃないかな。オリジナルいいじゃん。面白いのとかすごいの一杯あるよ。
マッタリとした休日の午後にiTunes Storeで適当にGeniusお勧め楽曲を覗いていたら・・・
とか変な感想しか出てこない。つーか全くレビューとして役立って無い。
・・・まぁ、情報元がコンピュータを扱える大前提のiTunes Storeだから必然的にアニソンに高い評価が下されるだけかも知れないが。
J-POP楽曲の中で「同じような曲しか出さないから完全にJ-POPは死滅した!」見たいな意見もあったりなかったりするけど、それはアニソンだって同じじゃ無いか?特に深夜アニメ系の楽曲は主要登場キャラクターの合唱とか十中八九決まり切ったお約束の同じような曲ばかりだろ?(ちなみに残り1割くらいが特定のアニソンの歌い手さん楽曲かな)
確かに中にはJ-POP並みに良くてFMラジオで普通に流れてもアニソンって気付かないくらい楽曲はあるけどさ、だからと言ってほぼ全てのJ-POP楽曲に対して無条件的に批判的意見書くのってどうよ?
(リスナー的な立場の意味での)音楽好きな身からしたらくだんねぇ事をレビューで書いてんじゃねーよと。そんなくだんねぇ低能な事書いてるから「これだからヲタクは」とか見下されるんだよ。
批評書く事自体は他の人が購入するか否かの判断基準の一つになるから良いんだが、自己満足の表現の場じゃねーんだよ。自己満足書きたきゃ増田にでも書いとけって(あるいはチラシの裏でも可)
誰だか知らんが世間的にJ-POPって言われる気になった楽曲買おうとしたらアニソンヲタと思われる事実無根の批判的レビューが大量に書かれててゲンナリしたさ!
批評書くなとは言わないが、せめてサンプルでも聴いて、お茶の1杯でも飲んで少し落ち着いてからレビュー書こうよ!今のままじゃキモヲタの独り善がりなチラシの裏コーナー状態だよ!
・・・と思った事を書き出して見たテスト。
「音」を「楽」しむって書いて「音楽」なんだから、まけぇこたぁいいんだよ!
アニソン含め同じような楽曲が多い世の中だけど、少なくとも誰かが楽しめてるんだからカッカしなさんな。
・・・時に、タイトルとは全く関係無いどうでも良い話だが、最近の気になるアニソンを数曲買っただけでGeniusのお勧め楽曲にアニソンが大量に表示されるようになったのは誰の陰謀だwしかもJ-POPにジャンル固定してもアニソン出るってどう言う事だよwww