はてなキーワード: 格闘ゲームとは
この度行定勲監督・吹石一恵主演で映画化が決定した『ゲーセンで出会った不思議な子の話』。だが、書籍化・映画化が決定しても、このストーリーの書き手は決して名乗り出ることなく、ネット上ではこのストーリーに対し、様々な点から疑いが提出され、果ては低迷するアーケードゲーム業界によるステルスマーケティングではないかという説まで浮上している。
私は、ある裏情報筋から、このストーリーの書き手のIPアドレスを入手した。そして、エヌ県エフ市というある郊外の市から書きこまれた、という所まで書き手の所在を特定し、早速現地に向かった。
まず私はその街にゲームセンターがないかを探した。すると、今はもうないが、かつて「UTOPIA」というゲームセンターがその地にあったことが、分かり、そのゲームセンターに昔よく行っていた男性に話を聞くことが出来た。彼に、いつも帽子を被り、格闘ゲームをやっていた女性に心当たりはないか聞くと、彼はこう言った。
「あーあの女か!あいつはひどい女だったよ。なんだい、お前もあの女に騙された口なのかい?」
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その男性によれば、帽子をかぶり、奇妙な振る舞いをする女性は確かにいたという。だが、そのような女性を男性が放っておくはずもなく、彼女の周りは常に男性で囲まれていたという。
「あなたも囲んでいた一人だったんですか?」
その女性は機会があればあらゆる男性にアプローチをかけていた。例えばふたりきりで居る時に急に泣き出して見せ、理由を聞くと、自分は家庭で居場所がなく、そのためこのゲーセンに入り浸っているのだと言ってみたり、あるいは「あなただけに打ち明ける秘密」として、自分は不治の病であり、もう長くはないのだと言ったり。そのようなアプローチに非モテ童貞が転ばないわけがなく、彼女がゲーセンで囲んでいた男性の一人を連れてラブホテルに行く姿も、度々目撃されていた。
当然、そんなことをしていれば人間関係はめちゃくちゃになる。その女性をめぐってのいざこざがそのゲームセンターでは日常茶飯事のこととなり、ゲームセンターの治安は悪化、客足は遠のいた。そのゲームセンターが潰れた理由の一端は、あの女にあるんだよ!と、男性は語気を強めて言った。
だが、ゲームセンターが潰れたことにより、そのただれた人間関係も自然に瓦解した。そして、時間の経過により、いつしか囲んでいた男同士の間で、「同じ女を追いかけた者同士」という仲間感が生まれ、今では良い飲み友達になっているという。
「まぁこんな郊外の狭い人間関係の中じゃあ、いつまでもいがみ合っていても仕方ないからな!同じ穴を共有した者どうし、まぁ兄弟みたいな関係なのよ。がはははは!」
正直、このようなホモソーシャルは私にとってはとても気持ち悪かったが、それはともかく、私はその「兄弟」にも話を聞いた。しかし話を聞けば聞くほどに、その女性は、掲示板で語られたような可憐で無垢なキャラクターとは異なる存在に思えた。しかし一方で、その容姿や、外から見た雰囲気は、驚くほどあの掲示板で語られた内容と一致しており、そのことが私を困惑させた。
その女性は、今どこでどうしているのかを、なにか情報を持っていないか聞くと、彼らは口を揃えてこう言った。
「いや、全然知らねぇ。そういやあいつはどこ行ったんだろうなぁ……」
調査はここで行き詰まった。
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あの「不思議な子」は今どこで、何をしているのか。手がかりを知るために、私はその街で聞きこみを開始した。すると、ある女性教諭が、彼女の行方を知っているかもしれないというので、私はその女性教諭に話を聞きに行った。
その女性教諭は、今は教師を辞めていた。彼女に、帽子をかぶった、「不思議な子」の行方を知りませんかと聞くと、彼女はこう言った。
「あいつは、死んだよ」
その女性は、元々彼女の教え子であった。そして、卒業後も頻繁に会っていたそうだ。その関係が、教え子と教師の関係どころか、友情を超えた親密なものであったことは、その女性について語る言葉の端々から見て取れた。
女性はとても不安定な人間だった。とても自己中心的であるように見えて、実はとても繊細で、誰かから嫌われていることが分かると半狂乱になり、彼女に怒鳴り散らしたという。「あの子はね、誰にも同じように好かれたかったんだよ。とっても、弱い子だったからさ。」そう彼女は言った。
そして、ある日、女性はある男にこう言われた。「お前みたいなビッチ!死んでしまえ!」と。
「次の日、この街の外れの崖から、あいつは飛び降りたんだよ。」
女性は飛び降りる前に、彼女にだけ電話を掛けた。その内容は、自分を悪しざまに罵った男性の罵詈雑言であった。いつものことだったので、彼女が受け流していると、彼女は最後にこう言った。
『結局、セカイは、あたしのことが嫌いなんだよ』
「私は、あの子の『セカイ』にはなれなかったのさ、結局。」
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私は、彼女から、その女性が飛び降りた場所を聞き出し、そこに出かけた。掲示板に書かれたストーリーの書き手がどんな奴なのか、それはもう、私の関心からは外れていた。どうせ、最初に話を聞いたような連中が、面白がって掲示板に投稿した話なんだろうと、そんなふうに思っていた。
そして、市の外れの崖に行こうとした時、私は一人の青年が、私の前を歩いていることに気づいた。その青年の手には、あの、トルコキキョウがあった。
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「ええ、私があのお話を書いたんです。この下で眠るあの子に、何か物語を捧げようとね……」
青年もまた、あのゲームセンターの常連の一人だった。ただ、青年は、女性を取り囲む男どもの輪の中には入れなかった。遠くから、その女性を見つめていたけれど、声をかける度胸はなかったのだ。
ただ、一回だけ青年と女性は、会話をした。喫煙所で、その女性に話しかけられたのだ。にっこり笑いながら、「君は、格ゲーはやらないの?」と。
「今思えば、ずーっと見つめられていたことに、気づいてたんでしょうね(笑)」
青年が「格ゲーはやらない」と答えると、彼女は格闘ゲームのことを沢山語った。ストリートファイター4というゲームのさくらというキャラクターが可愛いとか、そんな話を。
「ただ自分は、正直憧れの子に話しかけられたことで頭がいっぱいで、彼女が話す内容は全然頭の中に入ってこなかったんですがね」
そして、一方的に色々なことを話しかけられて、最後に彼女はこう言った。「一回で知りたいこと全部知れるほど、簡単じゃないよ~」と。
「でも結局、私が彼女と話せたのはその一回きり。そのあとすぐ、そのゲームセンターは潰れてしまって……」
そして青年は、その女性の思い出を抱えたまま暮らしていたある日、ある女性が、崖から飛び降りたということを耳にする。そして調べていくと、その女性は、あの憧れの子であったことを知った。
「それが分かると、居ても立っても居られなくなって、そして、気づいたらあの物語を書き上げ、掲示板に投稿していたんです。」
そしてその物語によって、青年は彼女をこの汚れたセカイから救い出し、自分との、「永遠の愛」の中に、匿ったのだ。
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気づけば、話すこともなくなり、私と青年は無言のまま海の向こうを見つめていた。
この話を発表すれば、この青年の「永遠の愛」は破壊され、セカイにあふれる汚らしいゴシップネタとして消費されるだろう。だが、私はそういうことをしなければならない職業だ。だからしょうがないんだ……と、私は一人自己憐憫に浸っていた。
そんな時だった。海の向こうから、「ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ」という音が聞こえてきたのは。
「一体なんだ!?」と思い、私と青年が海の向こうを眺めると、そこには
クジラの上に、キャスケット帽をかぶった、ショートヘアーの、吹石一恵によく似た女性が、立っていた。
クジラは猛スピードでこっちに向かい、崖に突っ込んだ。あの子は空に向かって羽ばたき、そして、青年の胸に飛び込んだ。そして、彼女はこう言った。
彼女「ずっと待ってたんだよ、あなたが、私のことを呼んでくれるのを」
青年「え、それっとどういう……」
彼女「鈍感だなぁ君は。」
彼女「わたしは、ずっと君が、わたしを好きだって言ってくれるの、待ってたんだよ。」
彼女「でもひどいなぁ、私のこと、物語の中とは言え、殺しちゃうなんて。そんなに薄幸美少女が萌えなのかい?この~」
青年は呆気に取られたようだったが、しばらくすると、何が起きているのかに気づき、そして、まるでこどものようにわんわんと泣き出した。そう、悔し涙ではなく、嬉し涙を。
彼女「君は、絵を描くのが好きとかいう風に書いてたけど、それは本当?」
青年「いや、絵は全然描けないwコピックマルチライナーっていうのを見かけて、その言葉の響きが良くて、つい使っちゃったw」
彼女「そっかー。わたしも絵は全然描けないよw格ゲーはどうだい!」
彼女「よーし、私が特訓してやろー。お姉さんに任せなさーい! 」
もう、私がここに居ることはお邪魔だろう。そう、物語の結末はいつだってこうあるべきなんだ。
あ、そういえば一つ言い忘れたことがあったことがあったっけ。それを言っておかなきゃ。
俺「トルコキキョウの花言葉はね、永遠の愛なんかじゃないんだよ。
希望 さ。」
2chやTwitterを見てると、あのブログがソニーの回し者であるかのような流れになってるんだけど、何だか違和感を覚えるんだよな。
なので、とりあえず最近のあのブログのPSVITAタグの中からネガティブっぽい記事をピックアップしてみた。
1月だけでこれだけあるわけだが。
PS3の初期もこのブログはこんな感じだったし、ほんとにこいつソニーからカネ貰ってんのか?その辺はどういう解釈でみんな納得してんの?
12月も…と思ったけど多すぎて後半だけで力尽きた。
あー書こうと思ってたことを先越された。
http://d.hatena.ne.jp/si-no/20111124/1322144982
「ゲームセンターでは、上級者が初心者を駆逐するような空気を作ったせいで、格闘ゲームというジャンルそのものが縮小した」と聞きましたが、今のインターネットも上級者しかいないゲームセンターみたいな窮屈さを感じるんだ。
まぁそういうことです。
真性さんに端を欲する「俺達のインターネットの終末と最後の希望」だけれど、もうこの手の話は食傷気味だ。
みんな、インターネットにかんする窮屈さや空気の停滞は感じてた。
でも、今まではこの話しを直接するのを避けて、
「俺たちの」ゲームセンターやら「俺たちの」アニメの衰退という少し狭い範囲で代理戦争をやってた。
でも、内容は上で言われている「俺たちのインターネット論」は所詮ゲームセンターについて語るのとほとんど同じなんだ。
それが、ついに真性さんというカリスマの記事によって、インターネット全体の話として持ち上がった。そーいうことだ。
とはいえ、結局は「俺たちの遊び場」の興隆と衰退の話をしているに過ぎない。
同じような問題は、違った場所で、すでに何度も繰り返されている。
ただそれぞれの当事者が、別々のものだと考えて、別々に騒いでいるいるに過ぎない。
何度もくりされる、避けようのない道なのに。
今のインターネットは自分にとって最適ではなくなった。ただそれだけだ。
それに対して、自分たちで自分たちの望む場を作ったり、場を再び盛り上げようという程の気概はない。
所詮そういう奴らは内田樹のいうところの「下流志向」、つまり、「消費者意識」から抜け出せないのだ。
ただ要求するだけなのに建設的な意見を言ったつもりになって満足し、
結局それを作り、与えてくれるものがなければ自分たちには何も出来ない。今度は批判して憂さを晴らすだけだ。
やってることは自分たちにとって最適であった過去を嘆くばかりである。
新しい動きをただ自分にとって最適でないという理由だけでこき下ろし、批判する。若くして老害の出来上がりだ。
老害とは過去にしがみつく亡霊のことであるが、なぜそれが生まれるかというと、
消費者意識から一歩も脱却せず、自分の狭い目線から一歩も離れず、過去を望みつつも過去から何も学ばぼうとしないからだ。
「俺たちが○○を作った」「俺たちが○○だった」
勘違いしてはいけない。自分たちは、たまたま興隆期、全盛期に運良く立ち会っただけに過ぎない。運が良かっただけだ。
自分たちはただのネット団塊世代にすぎないのだ。最初だから無茶が聞いただけだ。それが許されただけだ。
そんなものはインターネットの本来の姿でも何でもない。インターネットでできることはそれだけではない。
嫌ならさっさと逃げ出せばいい。別の対象を見つければ良い。
とにかく、自分が望んでいるものだけは既に無い。自分を肯定してくれる「俺達のインターネット」はない。それだけだ。
っていうかさ。ネット団塊世代として、十分すぎるくらい貯蓄貰ったべ。財産築いただろ?まずその棚卸しようぜ。
もう社会やら世の中が自分を肯定してくれなくたって、十分老後を自活していけるだけの蓄えはあるだろ?
ネットで作った友達とか、そこで得たやり取りが経験になってんだろ?
その財産を元でに、自分たちの遊び場くらい作れるだろ? 自分で何とかしろよ。
なってなかったらそりゃお前のせいだ。 インターネットに生活保護はない。神様もいない。
幸運なネット団塊世代に生まれていながら、何一つ築いて来なかったなら、それはただの怠慢だろ?
サボってた奴が、偉そうになにかいう資格までは「俺たちのインターネット」でさえ許してないと思うぜ。
自分たちより若い世代は、ネット興隆期も全盛期もしらない。そういう幸運な環境を与えられなかった。
その中で、必死に自分たちの生きる道を探そうとしてんだ。俺らよりずっと立派にやってるよ。
ソーシャルゲームやらニコニコなんぞというもので満足しようと自己暗示かけてんだ。
自分たちの欲求を極限まで制限したり変形させたりしてなんとか適応しようとやってんだ。
蓄えがないところから、自分たちの生きる場所をつくろうとやってる連中に対して、邪魔はすんな。
それなりに理解しようと努力するか、それができないならクチをつぐんでただ見てろ。
そいつらのやってることがダメだとか間違いだとか言うなら、自分たちが示してやれよ。
過去の回想とかいう非現実的で、企画力ゼロの妄想垂れ流すんじゃなくてよ。
別に今からでも自分たちに最適な潮流を生み出しても構わないんだぜ?
ただそれは、今までみたいにクレクレ君としてじゃなく、自分らで作り出すべきだろ。
もう俺たちは、社会やインターネットに何かを期待してるだけの幼年期を卒業させられてんだよ。
とっとと与える側、期待させる側、なにか作る側にとりかかれ。いつまでブヒブヒやってんだ。
追記。私もこれについて全く理解できてない。この部分理解してもう一回「俺たちのインターネットの終わり」について考えてみたい。
私も「どうせ終わりなんだから深く考えるな」「全体が終わっても俺は生き残れるからどうでもいい」って乱暴に考えてた。
でもこの衰退はどういう形だったのかってのはもうちょっとまじめに考えたほうがいいのかもしれない。
ttp://dain.cocolog-nifty.com/myblog/2011/11/post-474d.html
わたしは「危機」について分かっていない。本書では、「危機(crisis)」「暴落(slump)」「バブル崩壊(collapse)」が同じ意味で使われている(ように読めた)。景気循環の下降局面なら「危機」、資本の限界効率が急落し、みんなが現金を欲しがっている状態を「暴落」、さらに過剰投資(=バブル?)が行過ぎて、期待収益がゼロ以下になることを「バブル崩壊」と呼んでるみたい。いわゆる「バブル崩壊」は、そんな景気循環から外れた、日本だけの極端な現象だと思っていたが、ケインズも指摘しているくらい「予見されたこと」なのだろうか
前者はどちらにも全く同じラインナップが揃っている事が前提じゃないと成り立たない。スマートフォンでスーパーマリオやポケモンが遊べるわけでもなし。
複雑なコマンド入力が求められる格闘ゲームも無理。精緻な入力が求められるFPSも無理。
スマートフォン版はどんなに頑張っても、ゲーム機版のサブセット的な位置づけから抜け出せない。ハード、ソフトどちらの性能もゲーム機の方が遥かに制約が少ないんだから。
後者だって、そもそも携帯ゲーム機ですらプレイ時間の大半は自宅内なんだから大した影響は無い。わざわざ外に持ち出して遊ぶ層は専ら子供なわけで。
これだって、操作性やらスペックやら何やらがゲーム機と同等じゃないと成り立たないよね。
現行のゲーム機用ソフトだと10人対10人のオンライン同時対戦可能、一度スタートしたらたっぷり30分かかるとか当たり前のようにあるわけだけど、スマートフォンではそういった需要を取り込めない。「さっと遊べて、すぐに終わらせられる」というのは利点のようにも見えるけど、ゲーム機を食う上では制約でしかない。
僕の今の趣味って言えるのが、ゲームセンター通いなんだ。今時ね。
んでね、格闘ゲームやってるわけだよ。今では家でも対戦出来るよね。やってないけど。
これがつまんねーんだ、本当に。
つまらない一番の原因は「何度やっても勝てない」ことなのかな。一方的に何度も何度も殴られて、何もできないうちに負けて。
自分もわりと格ゲー歴は長いほうだと思ってるけど、ちょっと上手い子とやると自分の攻撃が全然当たらないんだ。
そのうちには舐めプレイまでされてきてさ。台を蹴飛ばしてやろうと思ったことは数知れない。
そもそも勝ち負け以前に、ゲーム自体も面白いと感じてないんだ。
一度攻撃が当たったらダメージを与えるために、丸暗記しないといけない長々とした操作の反復を要求されて、窮屈なんだ。器用じゃなくて、ミスったらツケも大きい。
こんなだったらやめたのが良いのかもしれないけど、そうはしたくないという思いがあって。これが愚痴る原因なんだけど、
この格闘ゲームにわりとお金と時間をかけすぎた部分があって。二年近く続けて、何百戦もした。
なのに負けたまま・・・何十連勝もしてゲーセン無双したいとは思ってない。ただ、やるからにはそれなりに勝っていたい。
そのために最近は強キャラと言われてるキャラを選んでみたけど、上手く行かない。
でもそもそも絶対的につまんねーんだ、このゲーム。勝ちたい、だけどゲームを楽しめる気はしない。
昔にやった格ゲーをたまに今、対戦すると、何回も何十回も大負け食らっても、楽しめてるのに。思い出補正かもしれないけど。
もう答えは出てるんだ。負けたままじゃ悔しいから、今いるゲームセンターで勝てるようになるまで続けたい。
だけど、自分が下手でセンスないのは分かりきってるから勝てるようになるとは思わないし、勝ったところで何も得られないと思う。
なのでこの気持ちにどう整理をつければいいのかわからない所があって。誰か何か言って。
例えば2D格闘ゲームなどは、今後かつてのようなものは生まれないと思っている。
スプライト全盛期の頃とくらべて、今のハードウェアは遅延がデカイ。液晶TVも遅延がデカイ。目で見て入力して間に合わないというのはゲームとして致命的だ。
メストの名誉のためにいっておくと
ライターがゲーマーで文章書きではなかったため不慣れから起きた誤植であったり
情報の鮮度が大事なため、ぎりぎりまで原稿を弄っていたりしたための誤植だと思う
メストはアーケードゲーム攻略情報雑誌としては質が高かった(文章や誤植はともかく情報の質は悪くなかった)
まだネットもあまり普及しておらず、メストのような雑誌がなければ攻略情報の地域格差が大きくなっていたことは想像に難くない
19時7分 追記
私の記事内容への反応より、語尾云々のトラバ話題がとても興味深い。
自意識云々は意味がわからん絡みだから無視するとして、そういう理屈抜きに、不快に思う人ってどのくらいの割合でいるんだろう。
書き言葉だったから不快になっただけで日常会話では問題ないんだろうか。とかいろいろ気になった。
私の記事はもうどうでもいいからこっちの話題はもっと伸びろ。
ちなみに私は何人かの人が指摘されていたように千葉の人間ですわ。そこんとこよろしく。 > http://anond.hatelabo.jp/20110722112821
http://lovelove.rabi-en-rose.net/blog.php?n=317
記述内容に否定するべき要素は全くない。過不足なく書かれていると思う。
だから記事タイトルは補足と書いたけど、付け加える要素はない。あえて付け足すとすると「代替物としての他のゲームの存在」くらいか。
ただ、これだけ読むと格闘ゲームやってる人しかわからんと思う。
また、ゲームシステムの話だけだと、
「全くの格闘ゲーム初心者が北斗の拳という世紀末ゲーを稼働してから2年以上たって初めて、今かなり上級までいった」例
を知ってるからちょっと引っ掛かりを覚えるというのもある。
前々からの持論だが、
レイプされてやめていくを観察して、そいつらを保護しても大して効果ないと思う。
世紀末の環境でも種籾を育てて稲実らせる奴を観察することの方が大事だと思うんだ。
対戦において、システムの前提が了解されて、自分の意思表示が出来て、相手の行動も理解できて、と
コミュニケーションが成立する限りにおいては面白いが、そうじゃないなら面白くない。
で、そいつはどうしてうまくなったかというと、そりゃ友達がいたからだ。
下手だからレイプされるのは当然。あのゲームレイプなしだと面白くもなんともないしね。初心者相手でもバスケとか当たり前。
でも、とりあえず見ながら観察。分からんかったら教えて貰う。負けてもフォローあり。
いやもうゲームさておいて、とりあえずゲームやる友達がいるんだからコミュニケーション保証されてる。これ大きいよね。
どんなゲームでも、その人が成長する過程ってこんな感じだと思う。だから
例えて言えば、昔は普通に将棋をしていたのが、今は駒の重さが500kgぐらいになったので、マジックハンド付きロボットを操縦できないと将棋以前に駒を動かす事すらできません、といったような状態
こういう状態になろうが、マジックハンド付きロボットの操縦方法を覚える環境さえあればなんの問題もないはず。
それがないのが今の問題なんだわな。
じゃあなんでこういう操縦方法を身につけられなくなってるかというと、
「みっちり教えてもらわないと自分でできるようにならないから」であり、
「わざわざ初心者に教える」役割を引き受けたいと思う人はそうそう居ないし、
「操作方法を覚えるまでは楽しくならない」ものを辛抱できる人もそうそう居ないから。
師弟関係とか、レベルが違う友達関係ってなかなか成立しないのだよなー。
しかも後者にいたっては「練習中にレイプされる危険がある」わけだから、楽しくないどころか恐怖だ。
というわけで「教えてくれる人を見つけられないとそもそも上達できない」「あるレベルまで上達しないと楽しくならない」「上達までの道のりにはオオカミさんがいっぱい」という三重苦を乗り越えられる人は極端に少なく、まず他のゲームに逃げる。逃げ先はだいたいこんな感じ。
・少なくともレイプされない音ゲーやダンジョンアクションゲー、CAVE以外のシューティングゲーなどの一人プレイものに避難する
(※まぁ音ゲーでもギャラリーの視線レイプがあったり上級者が初心者に大してものすごく不寛容だったりしてダメダメなんだが)
・自分のレベルに応じた対戦相手を見繕ってくれるカードゲーやクイズゲーに移行する。
・直感でもプレイできる旧作などに戻る。
・とりあえず元ネタが楽しめるゲームでコミュニケーションだけは確保する
・もうモバゲーでいいや
ただ、本質的に求めていたのはガチ対戦であり、他のものは代替物にしかなれない、これらはあくまで腰掛けだ。(音ゲー、シューティングはガチの人も多い)いつまでもサブでは満足し続けることも出来ないので、そのうちゲーセンから去っていく。こういう二段階で人が減っていく。
昔は成長するのに環境の力を必要としなかった。
他の人の動きを見ながら覚えるとかできた。
自分で適当に触って試行錯誤していたらそのうちあるレベルまでは行けた。
今はもう無理。
自然に放置しているだけでは人は参入障壁が高すぎて成長するところまで行けないし、
『ボーダーブレイク』という10人:10人のネットワーク型の対人ロボットゲームをしているのですが、このプレイ料金が高い。
GPという単位を消費しきるまでゲームをやり続けることが出来るのですが、
1GP=1秒=1円、1550GP=1550秒(約26分)=500円。
1回の試合(約10分)終了時に少しの素材が得られ、その素材とGPを消費して新しい装備を買う。
今月の13日辺りから始めまして、既に2万円ほど突っ込んでいます。
1ヶ月辺り数千円で済むネットゲームをやってる方が遥かにマシと言えます。
僕の給料が手取り額にすると20万いっていませんので、死活問題です。
『使うこと無いから、いっか…』とか言ってボーナス削ってやってて馬鹿の極みです。
税金とか高すぎじゃないですか?
30万支給されたとしても、手取り額は約20万になるという現実は、社会人になってから知りました。
将来、これでどうやって家族を養えと言うのか。共働き以外に生きる道は無い。
地元に専業主婦希望の友達がいるのですが、一生独り身で過ごせば良いと思います。
暇な時間が出来ると、そのゲームのこととかを考えたりして過ごしています。
500円だけ。今日は、500円だけやってきます。
※追記
他にも、『鉄拳』という格闘ゲームには、総額にして約60~70万は突っ込んでると思います。
実用性のある趣味が欲しい。
僕もいつかは、ゲームをやらなくなるようになるのかしら。
そう、俺も今なんだか思えてきたことがあるんだけど、
みんなゲームから離れつつあるような気がするんだよ。
ゲームじゃなくて遊びっていうか、ゲームは高度なものだけど、遊びはより敷居が低いでしょ。ボール蹴るだけで遊びになるんだから。
そういうところにいってる気がするんだよね。
ゲームってスポーツと同義だと思う。いや、スポーツがゲームと同義か。
全て身体性に行きつくんだよ。たとえば格闘ゲームとかだと、これは予想だけどおそらく相手の出方を予測する力だとか、技を出された時にとっさにどういう行動をするかみたいな反射神経とか、全部スポーツに必要な能力なんだよね。
つまりゲームはスポーツ。よりゲームらしいゲームほどスポーツに近づいて行く。
で、近づいて行くとどうなるかといえば、訓練が必要になる。訓練が必要になれば、そこでギブアップする人が出てくる。すると、マニアック化というのはスポーツに近づいて行くことで、いわば高度になっていくってことなのか。
それを、高度になっていたのを単純化してより幅広い層がプレイ出来るようにしたのが好きま時間でプレイ出来るソーシャルゲームというわけか。
確かにゲームとは違う。
ゲームというよりは、遊び。数字遊び?いや、もっと単純なところまで行きそうな気はする。おそらく感情を動かす遊びというか。
確かにゲームではないね。でも、原点回帰と呼びたくないは違うと思うよ。
ゲームの原点は遊びでしょ?遊びは極めて単純なものだし、ゲームが原点回帰するとすればそれは遊び以外にないじゃん。
だからゲームから遊びへと変化していってると考えればソーシャルゲームもゲームと同じ軸線上にあるんじゃないかな。というか、「ゲーム」の意味するところがどんどん遊びよりになっていってるんじゃないかと。ソーシャルゲームのおかげで。ソーシャルゲームをソーシャルゲームと呼ばなければ、あるいは登場しなければ、ゲームはもっと遊びから遠ざかったままだったと思う。
意味不明になってきたからここでやめる
トクラって人にあこがれてスト3やってるけど、かなり前の作品だしプレイしてる人は少数(格ゲー自体マイナーゲーだし)
田舎だが一応対戦台はある事はあるけどワンプレイ100円って高すぎじゃね?
なので貧乏な俺はコンシューマー機で黙々とキャンセル技特訓してるけど飽きた
格ゲーが廃れた理由って難しい操作性よりも気軽に対戦できない事のほうが大きいんじゃないかな
しかもぼこぼこにされるは当たり前の世界
そこから這い上がるのは並大抵の努力じゃ無理なうえ大金つぎ込まないと上位プレイヤーとは渡り合えない
一日10回アーケードで対人して 千円
これを一ヶ月(30日)続けて3万円
それでどれくらい勝てるようになるだろうか
だから、web日記文化にとってblogという文化が衝撃的で(以下略)にとってtwitterが(以下略)だったように、古き文明に所属していた人類にとって新しいものがなんか素晴らしいものに見えるのはいつものことなわけでござろうよ。
今ソーシャルアプリで流行ってるのって大昔にPBWって呼ばれていたゲームの末裔だぜ? そして、ケータイ世代は2010年の今になっても大半がそのゲーム(または亜種)を知らなかったからこそおもすれーおもすれー言ってるんだべさ。
そう言った意味でもまだまだソーシャルアプリには付け入る余地があるとみてもいい。90年代以降の格闘ゲーム/シューティングゲームみたいに進化のドツボにはまる可能性もあるけどな。
なんだこれ、疑問がいくつもある。
スト2をやった「幼いころ」っていつだ。初代アーケードなら19年前、ドリームキャスト版スパ2Xでも10年前だ。その後のタイトルならハイパーだから、進化中の各タイトルがひとまとめに詰めあわされているし、いまさら「難しくなった」もない。10~20年前にでき、そのあと触ってもいないことが衰えるのは仕方ないと思うが。どうにかしようがあるのか。
CPUがめちゃ強いし
家でやって難度を下げたら? 「rxやウメハラに憧れ」たんならそんくらいやれ。
スマブラみたいに簡略化することってできないの?
やってることはスマブラと変わんないんでしょ?なんでこんな難しくする必要あんだよ
レバーとボタンの単純組み合わせで技を出させろということか? それはバーチャとかとさほど違わない気がするが、あれ簡単か?
というか、スト2を既にやってたんだよね? コマンド入力知ってるんだよね? あのころは簡易コマンドなんかないのに。
スト2の6ボタンから、格ゲーのボタン数が増えたことはほとんどないんだが。スト2やってたんだよね?
技の選択に困るってことか? でもそれはスマブラならそもそも技の種類がそんなにない、というだけのことだろ? 本来の技数がいくつでも、自分で反撃に使う技を決めておけばいいだけだと思うんだが。確かにスト3のシステムは2よりも多いし、相応に難しいものもある。が、「CPU戦もこれがないとどうにもならない」と言えそうなものはそんなにはない。では、ひとまずわかる範囲でのシステムでゲームを楽しめばいいのでは?
個人的に言わせてもらえば、少なくともカプコン格ゲーで年々コマンドが難しくなったという実感はない。むしろコマンドは基本的にどんどん簡略化された。スト3のコマンド表に「クソ難しいコマンドを要求する必殺技」は無い、と言っていい。「なぜもっとシンプルな操作で作らないのか」というが、スト2をこなした上で、スト3にあるシンプルな操作でないものってどれだろうか。レバーを一瞬入れる、レバーを2回入れる、ボタン2つ同時押し…。今でも十分にシンプルではある。では問題はシステム=できることの多さ、コンボの多さ、そしてそれらから適切な行動を選ぶ難しさ、なのだろうか? それが素人を寄せ付けない原因なのだろうか?
ではできることを減らそう。コンボは廃止しよう。行動を選ぶ難しさは減るはずだ。それは同時に「rxやウメハラに憧れ」る理由がなくなることを意味する。相手が仕掛けてくる行動を読み当てることは簡単になったのだから。ここぞというところで確実に最大級の反撃を叩き込む職人芸はもうないのだから。足払い合戦は? 判定の強さでの駆け引きは? そんな難しいものには素人がついてこないのだ、とっくになくなっている。
スマブラは面白く格ゲーはつまらない、というのはいいだろう。それは個人の感性だ。しかしその凄さを嫌いなのに、なぜか「rxやウメハラに憧れ」て、嫌いな点を挙げながら格ゲーはつまらないと言われてもどうしようもない。スマブラがそんなに面白いなら、そこにもRXやウメハラのようなやつがいるのだろ? なぜそいつらに憧れないのだ?
それ、パフォーマンスのためだと思うんだよね。
自演乙が「突き抜けたヲタク」かつ「ファイター」であるための観客向けのパフォーマンス。
自演乙がそういう分かり易い男性のアイコンをまとわずに、美少女の衣装を着用するのは、突き抜けるためじゃないかってこと。誰でも知ってる強い男性のドラゴンボールや格闘ゲームのキャラクターだと、彼はそれこそただそれに憧れて一体となりたくてコスプレをしているように見える。それってものすごく当たり前な行為に人の目に映る。けど、美少女の衣装をまとうことで、それは人の目を引く一種異様な飛び抜けたパフォーマンス足りえる。
悟空のコスプレじゃイタさもたかが知れてるけど、ハルヒなら一周回ってそれでもものすごく痛い、しかしそれゆえにさらに強い印象を与える。ちなみにこれがコスプレでもなんでもない異性装だとまたパフォーマンスとしては意味が変わってくると思うよ。
こういう屈折したものを自演乙に見る時、彼に服装倒錯の気がないとは思わないけれど、それが、コスプレイヤーと格闘家と一体になったパフォーマンスである以上、服装倒錯とコスプレを明確に分けることに意義があるようには思えなかったわけ。
ところで自分、http://anond.hatelabo.jp/20100331150055これ書いた増田なんだけど、ツリーの直下から自分でも元増田でもない人の意味不明な言い争いが起こってて驚いた。さすが増田、混沌としてる。
波動拳は確定的に出せるが、昇龍コマンドで3回に1回はつまずいてしまう。っていうか真空波動拳が出ちゃうんだよ。
SF3を自分も諦めた。CPUにも勝てる気がせず、セービングも使いこなせない。
KOFⅫも無理だったしカプエス2も続けられない。まず技が出ないんだ!無理!
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なんで格ゲーにはそんなクソ難しいコマンドを要求する必殺技とかタイミングがめっちゃシビアなコンボとかあるんだよってことなんですが
それはたぶん「達成感」とか「奥深さ」みたいなものがあるから。
やればやるほど多種多様な技を使いこなせる、できることが増えていって強くなれる。対戦相手との行動の読み合いが楽しくなる。ゲームを極めるところに楽しさがある。
そういうのがあるから、ウメハラが相手の攻撃を全てセービングし、さらに最高のコンボを相手に叩き込んでまさかの逆転!
というすごい状況の興奮が生まれるわけで。
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でも近頃は格ゲーはシステムを複雑にし過ぎてしまった。SF3なんか玄人にはけっこうウケが良いみたいなんですが
どーしてもかなり取っつきにくいゲームみたい。
互いに切磋琢磨することができる友達が側にいればとっても楽しくメキメキ上達できるんだけど、そう都合良くいるわけない…
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ストリートファイター4は3と比べると技がバンバン出る。
同人ゲームの話題も含めちゃうと
メルティブラッドは一番簡単な技が昇竜拳コマンド。東方緋想天は超必殺技がボタン一個で出せる。
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とりあえずストリートファイター4は面白いから!SF3にくらべりゃ操作性が良いし、ネットワークで同じ腕前の相手も見つかるんで、
格ゲーに興味があるっていうなら気が向いたらやってみて欲しい。
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rxやウメハラに憧れてストリートファイター3をはじめたんだが全然面白くない。
格闘ゲームはSF2を幼いころプレイしたぐらいでそれ以来触ったことすらなかった。
こんなに難しかったっけ?CPUがめちゃ強いしコンボがうぜええええええええ 中P昇竜すら焦ってろくに出せない始末。
そのうえダメージが全然はいんねースマブラみたいに簡略化することってできないの?
やってることはスマブラと変わんないんでしょ?なんでこんな難しくする必要あんだよ
スマブラ(64)はCPU戦がすんごい楽しいのにSF3は楽しむ余裕すらないよ
何より悔しいのは出したい技をぽんと出せないのがどうしようもなく困る
完璧にガードして、ヨッシャ読みあたったコンボだぜってときにボタンが多すぎてオドオドしてしまう
今日世界で一番「クソ」って言ったの間違いなく俺だろうねアメリカ人ですら俺の足元には及ばないだろう()笑
負け犬の遠吠えですがこりゃ格ゲー廃れて当然だわ素人の俺には無理ですおとなしくスマブラやることにしました。終わり
追記
俺が言いたいのは勝ち負けじゃなくて思うように操作できないのがイラツクって事です。
それが格ゲーなんだよって言われればそうなんでしょうがSF2の場合は直感的に技が出せたのでSF3との違いに驚いてまして
(1)値段が高い
新作とレンタルを比べるのがおかしい。
映画なら、新作で比べれば7-9000円代と3-6000円台。
そこまでかわらん。むしろレンタル300円と比べるなら中古で1980円とを比べるべき。
これが1と合わせて、選択の領域。ゲームのプレイ時間は60時間分。つまりコストパフォーマンスにすると
1980/60= 1時間 33円で遊べる。
300/2 = 1時間150円かかっている 映画とは時間単価がちがう。
手早く終わらせたいなら、格闘ゲームか、パズルゲームを選べば良い5分で終わる。
でも、総プレ時間としてはやりこめばやはり60時間とかは遊べる。
結局、選択の問題で、ゲームと言うものは、時間単価が安く遊ぶもの。
(3)話題を共有できる範囲が狭い
(4)実生活へのフィードバックが少ない
今まで、映画を引き合いに出してきて、ここでいきなり、ポイントになるのはなぜですが?
映画も同じでしょ?映画を認めてきたのだから、ゲームも認めて下さい。
「やってて当然」みたいな風潮があるのはほんとに残念。
ありません。所詮、暇つぶしです。
また、一部の人はプロゲーマーのようにお金を稼いで生活していますが、それは別の話です。
そもそも1日16時間仕事して、寝る前に30分息抜きで、休日に2時間 好きなことをする時間にゲーム仕様が、映画みようが、自由です。
着眼点が変です。
http://anond.hatelabo.jp/20100305113023
電車の揺れとは違うおかしな動きをしているあなたは迷惑。
格闘ゲームとかする人って指以外も動くよね。自覚ないんだろうけど。
本当にカチカチ音だけが問題なのですか?