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2011-08-17

あえて「イギリス暴動の裏にある鬱屈絶望について」に否定的な反応だけ集めてみた

http://anond.hatelabo.jp/20110816094649

http://b.hatena.ne.jp/entry/anond.hatelabo.jp/20110816094649

私はこの記事の正しさを判断するだけのリソースを持っていません。

ただ、うのみにするのもちょっと危険かと思います

なにより、2ちゃん同様、反応が一定の数を超えると「流れ」ができてしまいう。特にあんまり考えないで、この記事はすごい、と言ってみたりBIや生活保護を否定する意見が「数だけは多い」ことによってなんとなくそういう雰囲気が気持ち悪いと感じました。たぶん私の他にもそういう人いるでしょう。

今更「本当にこれって正しいのかなー」とか「セカンドオピニオンが読みたい」と思ってもそういうコメントだけ探すのも大変だろうから自分ピックアップしてみた。

これはこれで偏っているので、読み手の人は上手にバランスを取ってください。




読むのが面倒なひとにはとりあえずコレだけ読んでください。

所得制限をかける生活保護は必ずこの落とし穴に落ちる。むしろただちにベーシックインカムを導入すべき事例

この意見が正しいとは言わない。ただ、直接ベーシックインカムの否定に繋がる話ではないってことだけは理解しよう。



まとまった批判をされている人がいるのでまずここから取り上げる。

・"イギリスにはホームレスが少ない"の段は一般化しすぎ。キャッシュマシンの脇に布団巻きつけた若い兄ちゃんがという状態が改善されたのは90年代後半の好況、ブレアの政策、ハウジングNGOの活動の賜物

・それと、ここで終わらせずに、昨日のエド・ミリバンドスピーチを加えてほしい。

・それと、子供たちが「鬱屈した」理由を具体的に検討していないのは、それこそ片手落ち。昨年の政権交代後の緊縮財政で、「部活」的な活動を運営していた組織予算が75%もカットされた http://t.co/ksQqiUV この現実をどう見るか

・さらに、ハックニーのペンバリーエステートのようなところでは自分の住んでる街を歩いているだけで警察に呼び止められ所持品検査を受ける。警官殆ど白人」、止められる側は白人でないことが多い。その制度的不十分さにも「納税者」の憤りは向かうべき

・必読: 月曜の両党主スピーチ: http://t.co/okbhvh8

シングルマザーの公団優先話でいつも不思議なんですが、彼氏はどこに住んでるんでしょう?実家ウソついて同居?私が普段見てるメディアBBC, Gdn)ではほぼ無視されている説で、統計数値も見たことないのです

・「パートナーがいても敢えて結婚せず、シングルマザーになる母親が多い(当然の結果として、その後別れて本当のシングルマザーになる確率は高まる)」 "離婚率"の高さはスルーですかそうですか。「パートナーがいても敢えて結婚せずシングルマザーになる母親が多い」論、エド・ミリバンドパートナー http://t.co/zBtBoeY に言えるほどの裏づけがあるのなら、それはそれでひとつ意見。ないのなら某メディア鵜呑みか個人的妄想

この意見を読むとかなり元記事の意見が相対化されるのではないかと。

元記事の人が、必ずしも正しく問題を理解しているとは考えないほうが良いみたい。

イギリスメディアの方が日本のそれよりは少しレベルが高く、そのメディア報道を見ているというだけという可能性もありえます



その他の意見

社会保障暴動の原因があるとしたら、制度の影響でなく、不況等の理由で、依存していた制度が切られる不安と恐怖の方がなんだかしっくり来るし、それを「甘やかし」と簡単にまとめてしまうのも問題がある

・なんで同じように高福祉高負担スウェーデンとかではこういった暴動が起こらないのだろう?

本田勝一アメリカ合衆国黒人ルポルタージュかいてあることがさして変わらない気がする

・(1)〜(3)に託児所の充実がないのはなぜだ

・一見、教育無策だったようにも思えるけど、元首相ブレアは、教育こそ政策の最重要課題として理解し実行していた。それでも結局イギリスを立て直すことが出来なかった

・この分析からは「階級」という社会的な鎖が抜け落ちている。前提として、英国には絶対的階級社会があり、しか労働者階級貧困層ではない点を理解しておくことが重要かと。同じような福祉社会である北欧やら日本との違いはそこにある

・よく読むと手厚い福祉が引き起こす矛盾というよりは、育児教育公的支援の不足の問題

インセンティブを無視して福祉制度を構築した結果

・この文章の性格。それは向き合うか(与えるか)、さもなければ処遇する(奪う)というものだ。殺伐とした現状といいたいのかもしれないがそれに飲み込まれている感。分析から導き出される結論が歪みすぎ。吐き気がする。「暴徒達は何者なのか」「イギリス人はどう思っているのか」という見出しのつけ方からもクサい

・「中流社会を捨てた国」http://d.hatena.ne.jp/takahiro_kihara/20091121 の話と違うなぁ

・思想や状況が違いすぎるので日本と対比すべきではない。自分としてはhttp://blog.livedoor.jp/mikako0607jp/lite/archives/51802870.html共感

元記事において、階級意識の問題、差別の問題、教育の問題、むしろ福祉が最近激減しているという問題、などがスルーされていることが指摘されています

これらの問題のウエイトをどの程度評価するかによりますが、無視して良い問題ではないように感じますね。



あと、シートン俗物記というブログでは、元記事の書き手を「名誉白人」と呼び、痛烈な批判を行っています。こちらも参考に。

http://d.hatena.ne.jp/Dr-Seton/20110816/1313499796

2009-10-06

へたくそな文章だと思わせないための、たったひとつ法則

これから書くことは、あまりにもシンプルで、誰かがもうすでに書いてるんじゃないかと思う。

けど、今朝こんなの(※1)がホッテントリ入りしてるのを見て、なんでこんな誰も使えないようなくだらないテクニックがもてはやされるんだろうと疑問に思ったことだし、一つ書いてみることにした。



へたくそな文章だと思わせないための法則は、

  • 繰り返しを避ける

これ一つだけだ。

あらゆる文章について、この「繰り返しを避ける」という言説を当てはめて、文章をより良いものにすることが出来る。それは何も難しい事じゃないし、誰でも、今からすぐにできることだと思う。



ひとつの文の中で同じ言葉を何度も使わないことはもちろんだが、もう少しこの法則について吟味してみよう。

まず、へたくそな文章を書く人の大半は、

  • 語尾がいつも同じ

なのである。よく見かける、「~だ。~だ。」の一本調子では、読んでいる方が疲れる。もちろん、新聞のように厳しく字数制限がある場合は節約の必要もあるだろうが、特に字数を気にしない場合、「~だ。」をアレンジし、「~であった」「~なのだ」などといろいろ使い分けることで、簡単に同じ言葉の反復を抜け出すことができる。もちろん、慣れてきたら、体言止めや時制などにも気を遣ってアレンジしていくと良い(※2)。


次に、へたくそな文章の特徴として、

  • 短い文の反復がやたら多い

ということも挙げられよう。

森博嗣大先生なんかこれがひどくて、いま手元にあった「カクレカラクリ」をひもといてみると、

「○○○○」○○は言った。

「○○○○」○○は言った。

「○○」

「○○○○」○○は叫んだ。

とこんな表現がいくらでも出てくる。いくら量産が必要な人気作家でも、これはひどすぎやしないだろうか? 異常ですらあると思う。いくらストーリーが良くてもこれでは興ざめだ。だから、短い文はできるだけ目立たないように、それでいて、自分の主張を特に強めたいときだけに使うとよい。基本的に短い文は強い印象を与え、なおかつ文中でよく目立ち、一方で長い文はその内容の印象を薄める効果があるからだ。それゆえ、長い文を書いた上で、短い文でダメ押しすると強い。Yes, we can.

あとそれから

  • 使い古された表現はやめておく

のが吉だ。とくに故事成語はヤバイ。こういう言葉は、日本人なら何度も何度も小さい頃から聞かされているから、たとえその文章全体の中で初めて使われたとしても、一気になんか古くさい、繰り返しがまた来たという印象を与えてしまう。これも「繰り返しを避ける」原則の発展としてとらえることができるだろう。



まあ考察は面倒だしそれくらいにしておいて、あとはTips的なものとか、個人的好みの話とか。

  • 読点を適切に入れる

ことも大事だよ、ってことを忘れないで欲しい。読点はダテについているものじゃないのだ。本田勝一が「日本語の作文技術」で読点の付け方について、章を一個割いてクドクド説いているのも、当たり前のことだが、理由がなくてやっているわけではない。へたくそな人は、読点をどこに入れるかを全く意識しないから、結果として文章は読みづらく、陳腐に見えてしまう。

  • 書いてみたら音読してみる

ってのもやっぱり大事だ。頭の中で良い。実際に読むスピードで、自分の書いた文章をもう一度読み直すこと。向田邦子自分小説だか台本だかを執筆しながら朗読して、それをテープに残していたらしい。そこまでする必要はないと思うけれど、そういう姿勢が大事なのは確かだ。音読してひっかかるような文章を書いているのはよろしくない。

さらに主張しておきたいのは、

ということだ。よく「自分言葉で書きましょう」なんて事をいけしゃあしゃあと抜かすヤツがいるが、自分言葉なんて、そんなもの元からありはしない。どんな大作家だって、誰かに影響されて、それが少なからず現れながら文章を書いている。「作文は借文」、この原理原則を忘れずに、出来るだけ素直に、努めてわかりやすく、相手に「自分の心のイメージを、相手のわかる形で伝える」こと。オリジナリティなんて言葉にだまされて変な表現を使ったら一気に興が冷めてしまう。ましてや自分が「これは名文が書けたぜウッシッシ」と考えたりしたことがあるなら、猛省して欲しい。もちろんこれは自戒も込めて。オナニーした後の紙は、ゴミ箱へ捨てるのが常道だ。こびりついた精液を他人様に見せてはいけない。何も、肩を張らなくてもいいのだ。あなたが語った時点で、その言葉は「あなたのもの」なのだから。

最終的に、

  • 文章は、いつでも苦しんで生まれるものだ

ということも忘れないでおくと、相手に自分の心が伝わる、良い文章が書けることだろう。いつでも文章は「書き飛ばせる」ようなものではなくて、努力と苦悩の果てに成り立っている。良い文章が書けなくて苦しんでいるのはあなただけではないし、苦しまなくなったときが、まさに文章を書く人間としての終わりなのだ。どうやったら自分イメージを、誤解なく、ありのまま伝えることが出来るだろうか? そのひたすらの煩悶が、文章を成長させてくれる。だから、へたくそでも、伝えようという意志を必死で込めることで、相手にその熱意は伝わることだろう(もちろんその熱意を期待してはいけない! 文章を書くことは常に「伝わらない」恐怖との戦いだ)。


(そういえば、読点が多いという指摘があったが、全くその通りだと思う。どうも自分は読点が好きすぎる)

※1:http://www.lifehacker.jp/2009/10/091005writingtips5.html

※2:ただし、よくちまたで言われているように、体言止めはなるべく避けた方がよいのは確かで、その理由は、強く言い切る形になり、語調に与える影響が大きいからだ。従って、原則として使わないという指針は間違ってはいない。間違ってはいないが、体言止めという手法がなぜ存在しているかと言うことも考えると、どうしても必要と信念が訴えるならば使うことになるだろう。もちろんそうやって、みんな失敗するのだ。

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