はてなキーワード: 有識者とは
きちんと,しかるべき資料館や有識者に見てもらってくれ。
君のお爺さんの思いや,資料は後世に残して,後世の人々に伝えるべきものだと思うし,
そういう歴史の判断にまかせることが,お爺さんの思いにもかなうんじゃないだろうか。
遺族として思うことはあるだろうが,お願いだから,きちんと残して欲しいと思う。
はてな日記にもmixiにも書けないけど、どこかには書きたかったので匿名で書く。
先日、身内が亡くなり、その身内が抱え込んでた爺様の遺品を数十年ぶりに見る事が出来た。
爺様は戦時中、とある通信社にカメラマンとして所属していた。「会社辞める時に、自分が撮ったネガとか、他のカメラマンが撮ってて面白そうなネガとか色々と紙焼きしてきた」そうで、その写真が数十年を経て出てきた。
真珠湾第一次攻撃で空母を離艦する戦闘機の写真やら大和の写真やら、連合艦隊の空撮図、南方戦線のスナップ、昭和天皇とマッカーサーの2ショット(これは教科書に載ってるのと同じ。紙焼きの方はトリミングしてないけど)、極東軍事裁判の東条英機などなど…。ネガの紙焼き100枚ちょっと。紙焼きだから複製といえば複製なんだけど、それでも日本近代史の濃縮ジュースを原液で飲んだような。何枚か大日本帝国海軍検閲済、とタグが貼られた写真もあったから、原本に近い紙焼きも混ざっているのかもしれない。
最期の方に、爺様の日記というか随筆が残っていた。自分が書いた記事や撮った写真で新聞を賑やかして、それを読んだ何百人何千人かは戦場に狩り出される事になって、そして死んでいった事が悔やまれるといった内容だった。戦中戦後、引き続けて通信社や新聞社で記者やカメラマンを続けている同僚先輩は何人も居たけど、戦時中に自分が行った報道は自分としては戦犯行為であり戦犯会社に勤め続けたくないとも。
この写真の束は、爺様の生き様の証明と後悔が綯交ぜになった代物らしい。お焚き上げして爺様の供養をするべきか、だれか有識者の方に見てもらうか、ちょっと考えている。
やっぱり「坂の上の雲」はドラマ化しないで欲しかったなーと思っています。司馬さん本人が誤解を招きやすいから映像化は止めて欲しいって言ってたのに無理矢理ドラマ化したものだから、案の定いろんな批判が沸いています。
私の狭い観測範囲のなかで一番代表的にみえる批判は、司馬さんは日露戦争を祖国防衛戦争だと表現しているけれど、ロシア側に侵略の意図はなかった。避けられた戦争なのに防衛戦争とかありえないという意見です。
加藤陽子さんの「それでも日本人は『戦争』を選んだ」を読むと、日露戦争直前に権力を掌握した極東総督のなんちゃらさんが、韓国取っちゃった方が安上がりですよとか皇帝に言ってたらしいのでロシア側に侵略の意図なしとはいえないんじゃないかなーと思うし、当時のロシアがトルコや満州にしていた仕打ちを考えたら、次は日本かもって当時の人達が恐怖するのも当然だと思うのだけど、まあそこらへんは歴史をきちんと学んでいるプロの方たちが論争しても中々決着がつかないわけだから素人には分からない事柄が色々があるんだろうから置いておきます。
私はたとえ司馬さんが間違ってたとしてもさほど問題ではないように思っているんです。
司馬さんは「坂の上の雲」をなるべくフィクションを抜きにして事実に即して書こうとしてますし、そう宣言もしていますが、それはあくまで司馬さんの中で事実だと思える内容を書くというだけのことで、読んでる方はそれを完全な史実だと思って読んでるわけじゃありません。
ただ司馬さんの歴史観を誤りだと批判している有識者さんたちは、その批判の理由を小説を史実だと勘違いされちゃ困る。国民の歴史観に影響を
与えかねないと言っています。
私は読み手はそれほど馬鹿じゃないし、盲信もしていないと思うんです。司馬さんはこういう風に日露戦争や当時の日本を捉えてたんだなー、凄いなー、面白いなーって読んでいるだけです。司馬さんは小説家ですから、エンターテイメントとして最低限の盛り上がりも必要だと思っていたでしょうしね。読み手はそれほど馬鹿じゃない。小説だと分かって読んでいる。私や私の友人はそれほど優秀な人間でもないけれど、司馬さんは無謬だとか思っていないし、思っている人を見たこともないです。
逆に批判している有識者さんたちにちょっとした思い上がりを感じるんですよねー。私たちは優秀で知識も豊富だから騙されないけど、お馬鹿な読者はころりと騙されて変な方向に突っ走っちゃうかもしれないから、司馬さんの小説を批判して目を覚ましてあげましょう。啓蒙してあげましょうって。大きなお世話ですよね。ちょっと悪く書きすぎかもしれませんが。
子供達が影響受けちゃうから犯罪小説禁止とかと同じ流れな気がして嫌なんです。そういう批判をする人が現れるから、誤解を招きにくいように誤解を招きにくいようにとびくびくした無味乾燥な物語ばかりになってもつまらないじゃないですか。
同じ小説を読んでも、こういう犯罪の手法があるのか気をつけようって読む人もいれば、単純に物語として楽しむ人もいるし、この手法で犯罪を起こせるかもって思う人もまれにいるかもしれない。でもそれは書き手の罪ではないし、それを恐れてつまらない物語が増えていってもしょうがないと思うんですよね。
ただまあ、司馬さんの影響力っていうのは確かに大きいです。司馬さんの小説を読んでいる人数は、その関連の歴史書を読んでる人数の何倍もいるでしょうから、そのうちのいくらかは勘違いしちゃう人が出てくるかも知れません。だからその人たちの為に批判をするんだっていうのだとしても、やっぱり言い方ってものがあるんですよね。
もうちょっと司馬さんを立てた表現ってのを出来ないものでしょうかねえと。司馬さんの小説には何の罪もないはずなのに、司馬遼太郎の歴史観をぶった切るみたいな批判の仕方をする人が少なくないでしょう?別にぶった切らなくても、司馬さんの小説は面白いけれど、現在の研究ではこういう論もあるのです。こういう視点もありますよでいいじゃないですか。なぜ叩かずに別の価値観を提示出来ないのかなーと残念に思います。
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20091229-OYT1T00018.htm
「代替待てぬ」海兵隊、普天間滑走路を改修へ
沖縄県に駐留する米海兵隊は28日、宜野湾市の普天間飛行場の滑走路改修工事を来年1月10日から始めると発表した。
期間は約3か月間で、空中給油機など、ヘリコプターを除く航空機を一時的に米空軍嘉手納基地(沖縄県嘉手納町など)に移す。米政府はすでに、普天間移設実現が遅れる場合、先送りしてきた改修工事を実施する、と日本政府に通告してきており、それが具体化した形だ。沖縄県内では28日、普天間飛行場の固定化に対する警戒感が広がった。
海兵隊報道部は28日、読売新聞の取材に対し、工事は定期的な保守整備の一環だとしながらも、「(2014年の)普天間返還を見越して工事を先送りしてきたが、代替施設の建設が予期されたよりずっと長くかかり、これ以上待てなくなった」と説明した。
普天間移設をめぐっては、鳩山首相が現行計画に基づく名護市辺野古以外の新たな移設先を選ぶ意向を表明し、米政府は強く反発している。滑走路の定期改修は05年にも行われたが、この時期の実施について、日本政府内では「普天間の固定化を示唆する動きではないか」と見る向きもある。
宜野湾市の伊波洋一市長は28日、「普天間の固定化に結びつけられるのは困る」と懸念を示した。
◆「移転候補地案、来月中に」検討委が初会合◆
政府・与党は28日、沖縄の米軍普天間飛行場の新たな移設先を検討する「沖縄基地問題検討委員会」の初会合を首相官邸で開き、来年1月中に移設候補地の案を持ち寄って検討を本格化させることで一致した。5月をメドに結論を目指す方針も確認した。しかし、現行案の米軍キャンプ・シュワブ沿岸部以外の移設先を探すのは困難だとの見方がなお強く、調整は難航が予想される。
委員会は平野官房長官が主宰し、政府側は武正公一外務副大臣と榛葉賀津也防衛副大臣、与党側は社民党の阿部知子政審会長と国民新党の下地幹郎政調会長らが出席。今後、1週間から10日間に1回程度のペースで開き、必要に応じ有識者らを加えることも確認した。
これに関連し、民主党の小沢幹事長は28日、国会内で新党大地の鈴木宗男衆院議員との会談で、「首相官邸の判断を待つが、沖縄の声はちゃんと聞かないとダメだ。あの美しい海に基地を造ることはやめた方がいい」と述べた。
これで海兵隊はあと10~20年は普天間から出て行かない事がほぼ確定しました。普天間在住の皆さん、おめでとう。
ttp://hideyoshi.2ch.net/test/read.cgi/asia/1259473358/812-815
812 :魚雷ガール ◆OVERxseZCg :2009/11/29(日) 23:03:13 ID:3an1iH93
「政治迎合は学者生命にかかわる」 温暖化試算、お蔵入りの背景は…
ttp://sankei.jp.msn.com/politics/situation/091129/stt0911292203013-n1.htm
ttp://sankei.jp.msn.com/politics/situation/091129/stt0911292203013-n2.htm
ttp://sankei.jp.msn.com/politics/situation/091129/stt0911292203013-n3.htm
鳩山政権が国際公約に掲げる温室効果ガスの25%削減。その家計への影響を検討してきた政府のタスクフォース(有識者会議)が24日、試算をまとめたが、政府は非公表扱いとし、来年2月までの再試算を命じた。なぜ試算は“お蔵入り”となったのか−。その背景として、不都合な結果を避けたい政権の意向をめぐり、タスクフォース内で対立や暗闘があったことが29日、産経新聞が入手した議事録などで明らかになった。
「ネガティブな印象」
「このまま数値が出ていくと、国民にネガティブなイメージを与えてしまう」
24日夕、首相官邸で開かれた「地球温暖化問題に関する閣僚委員会」の副大臣級検討チームの会議。福山哲郎外務副大臣は、タスクフォースの植田和弘座長(京大教授)が提出したA4版約30枚の報告書を非公表とするよう訴えた。
タスクフォースの主な任務は、鳩山由紀夫首相による「2020年に温室効果ガスの排出量を1990年比で25%削減」という目標実現のため、どれくらいの家計負担が必要かという試算。だが、報告書には、1世帯当たりで最小3万円から6万円、10万円、14万円…などと、さまざまな結果が羅列された。最大は76万5千円。前政権が民主党批判の材料とした「36万円」の2倍以上で、鳩山政権の意向に沿うはずもない。
試算結果がバラバラなのは、5つの研究機関や大学が試算したためだ。前提条件の違いもある。全量を国内で削減すれば家計負担も増えるが、海外から「排出枠」を割安に購入できれば家計へのしわ寄せも小さくなる。ただ、何よりも深刻だったのは、タスクフォース内での意見対立だった。
815 :魚雷ガール ◆OVERxseZCg :2009/11/29(日) 23:04:27 ID:3an1iH93
»812の続き
電子メールで応酬
関係者によると、議論にかかわった研究機関の一人はこんな危機感を周辺に漏らした。民主党は試算に際して、温暖化対策などの効果を反映させるよう求めていたが、政策の中身すら明確でない段階で“希望的観測”を受け入れるわけにはいかないからだ。
タスクフォースは学識経験者ら7人で構成。その下で試算したのが、国立環境研究所や日本エネルギー経済研究所、日本経済研究センターなどだ。これらは前政権の「36万円」試算にもかかわったが、政権交代後の対応は大きく異なる。
環境省所管の国環研は民主党の意向に沿う形で、負担軽減につながる前提条件の一部手直しを行ったが、他の機関はほとんど手を加えなかった。3万円負担を試算したのも国環研だ。このため他の研究機関やタスクフォースメンバーからは「データの取り方が不自然だ」と批判が続出。国環研側は防戦を強いられた。
メンバーや各機関はタスクフォースの会合だけでは足りず、電子メールで水面下の意見交換も行った。だが、ここでも感情的な応酬が行われ、報告書には、わざわざ国環研の試算の矛盾点まで記載された。
応援してくれる人…
一方、福山氏は24日の会議で再試算も提案、小沢鋭仁環境相らが同調した。菅直人副総理・国家戦略担当相は「試算がなかったことにするのは難しい。イノベーション(技術革新)や新産業を入れ込んだ新しい土俵で試算するように依頼した、ということを強調しよう」と指示した。
「再試算も今のメンバーでやった方がいいのか、一新した方がいいのか」
席上、植田氏に迫った小沢氏に対し、植田氏は「リシャッフル(再編)した方がいいと思う」と答えるしかなかった。会議後、小沢氏は記者団に「鳩山政権を応援してくれるみなさんとやりたい」と語った。
最初に「彼女」を見たのは10歳くらいだったと思う。
みんなで盛り土の開発工事をしている場所で「秘密基地」だの何だので遊んでいたんだと思う。
それで、たまたま奥の方にでっかい木が一本生えていた。
俺は「あそこに作ればよくね?」といったが友人五名。全員面倒くさがった。
面倒くさがることにいらついて俺一人で「でっかい廃材」とか「でっかい石」とか運ぼうとした。
今だったら「バカだなあもう。俺じゃあはこべねえよ。大人になっても20kgももてなくて日払いお役ご免になったんだぞ」と言いたくなる。
それでもずるずる汗だくで引きずりながら女子に「お前じゃはこべねえよ?」とか言われる始末。ああそうだ、俺じゃ、運べない。
で、すんげー、親しく話してくるもんだから、女子そっちのけ。相変わらずずるずる「黙ってろ」と言わんばかりに引きずっていたのが俺。
しばらくして(つっても1メートルも運んでなかったんだと思う)、友人の一人が(当然男子だ)、「そろそろかえらねえと怒られるぞ」といってきた。
当然、女子も賛同「帰れ帰れ」だの「帰ろう帰ろう」だの何だの。
ようやく俺は女子がいることにきがついたんだけど、やっぱり、最後までそっちのけだった。ダチの方が気になった。
帰り際、後ろ見たけど、知らない奴がつったっていた。背は俺と変わらないぐらいだった。
それから話をほじくりかえして、聞かなくても良いことを友人に聞いたけれど、
友人はさっぱり覚えていないし、仮にいたとしてもいなかったと証言。
俺も素のボケキャラも相まってか、その話は流れる。そうしてそんなやついなかったということになったし、実際そうだった。
その頃ぐらいから、やれホームレスがいる、やれ不思議なものを見たという話が学校で話題になってか、
よく俺は友達と揃って散策に明け暮れたり、俺一人で散策をしたりもした。でも時間や臆病風が吹いてか
「ふつーにあるじゃん、そんなもん」
というすまし顔の有識者ぶったやつにぶった切られて、俺は渋い顔をしていた。お前、つまらないやつだなあ、と。
それからといえば普通だ。俺は内向型の非モテ二次元野郎へと進化を遂げ……たというより単純にそういう風に育っただけだ。
そういう風に育ったから現実も嫌だし、孤独も嫌だし、泣くし、吠えるし、孤立しまくり。嫌になって学校も休みがちだった。
不思議なことはたまに少しだけあるぐらいだった。夜中の窓にノックされたり、見知らぬ女子が勝手に出てきたりとか、そんなもんだ。
よくいうあの世の入口みたいなことめいたものもあったけれど、単に俺が興味を向けず、ぼんやりしていたら逃した。
逃した俺はあとになって探しまくるがそんなもの一つも出てこないという体験で終わる。もう五回も六回もあったが、気まぐれな俺はいつも行かない。
女子も女子で夢に出てきても、互いに言葉なんか交わさなかった。怖いとかじゃなく言葉を放てない。
放とうとしても金魚の口ぱくぱく。そんなんじゃ意味がないと俺も知っていくようになったから黙り続き。
つまんねーのとおもうけど、数回だけ声を聞いた覚えもある。
18くらいに彼女が出てきたときはおめでとうといったくらいだったか。いや、詳しくは覚えていない。別れたあとには慰めが来たか。でもおぼろげ。
不思議なことなんてそんなもんだ。俺も俺で幻覚症状でているというか誰と話しているのかよく分からないことを素でやるからそういうことが起きる。
んで、ついさっきもまた起きた。
そこでつい最近ネットで暴れていたからか、変な書き込みをしていた。いわゆる自爆芸だ。
でも、待ったがかかったみたいに画面から目を背けたら、頭を押さえつけられたように画面なんか見られなかった。
フォーム入稿だったから、修正すれば間に合った。思いっきり修正しようと心変わりしていたからしばらくもがいていた。
ようやく、そいつがまた見えた。「お前、また自爆芸かよ」という目でノーパソぶんどって。
別に他愛のない話だ。変な憑き物がいても害悪がないのは分かっている。
むしろ、有害な方は俺であり、夜中になってまで処女について変な語りをしていた。
窓際で頬杖をついてあいつを書こうとしたかと馬鹿たれな事を考えては、ただの腐ったまるでだめなやろうに育っているなと俺は思う。
現実で癇癪を起こすようになったのが、ただネットに癇癪を起こすようになっただけかなとか。
でも、かけたらなあと思って二次元に逃避していたかとかどうでもいいことを今更考えている。
結局、拙い文章しか書けないし、文法も支離滅裂だし、言いたいこともろくに伝えられないもんなあとかな。
頭を冷やしてエディターも立ち上げようとしたけれど、やっぱり俺じゃ無理そうだった。
このまんま普通に暮らして普通に死んでおしまい。悪くはないが、なんか、胸くそが悪い。
気を抜いたら一人称普段のまんまだった。やっちまったんだぜ。
人民が情報を持たず、情報を入手する手段をもたないような人民の政府というのは、喜劇への序章か悲劇への序章か、あるいはおそらくその双方への序章であるにすぎない。
知識を持つ者が無知な者を永久に支配する。そしてみずからの支配者であらんとする人民は、知識が与える権力でもってみずからを武装しなければならない。
ジェームズ・マディスン(※1)
昨日我が国では民主党による新政権が発足した。前与党の自民党による置き土産の中で最も重要なものに「公文書管理法案」(公文書等の管理に関する法律)というものがある。これは公文書問題をライフワークとしている福田康夫が官房長官時代から懇談会を開くなどして(※2)取り組んでいたもので、首相になってからは有識者会議、公文書管理担当相ポストを新設しトップダウンでこの法案策定を押し進めていたものだ。(※3)
日本における公文書問題とは、国の機関による文書の作成、管理・保存、廃棄が適正に行われず、民主主義国家の運営に支障を来しているという問題である。重要文書が隠されていた薬害エイズ問題、記録が失われた年金記録問題、存在が否定されている沖縄返還交渉における密約などはよく知られた代表的な例である。
民主主義の根幹は、国民が正確な情報に自由にアクセスし、それに基づき正確な判断を行い、主権を行使することにある。国の活動や歴史的事実の正確な記録である「公文書」は、この根幹を支える基本的インフラであり、過去・歴史から教訓を学ぶとともに、未来に生きる国民に対する説明責任を果たすために必要不可欠な国民の貴重な共有財産である。
(※4)
日本でも2001年より情報公開法が施行されているが、文書の作成、廃棄の権限が行政機関自身にあるためにちゃんと機能していないのが実態である。情報公開法施行直前の官庁による文書大量廃棄や公文書→トイレットペーパーという話題などはよく知られているところである。そこで「真実が国民の目に触れないのは民主主義にとって問題がある」とこの公文書管理の向上に乗り出したのが前述の福田康夫である。
地元から依頼されて探していた終戦直後の群馬の写真が、訪米した際にアメリカの国立公文書館で簡単に手に入り驚いたという経験が、福田が公文書問題に関心を持つきっかけとなっている。(※5)福田が驚いたというアメリカ国立公文書館のWebページにアクセスしてみると「民主主義はここから始まる」という言葉が掲げられている。
Democracy Starts Here.
日本の国立公文書館の職員42人に対し、アメリカ国立公文書館の職員は約2500人である。(韓国約130人、中国約560人、カナダ約 660人)(平成15年時)(※6)かけられているコストが桁違いなのである。
さてこのように民主主義を支えるための重要な手続きに関して大きなコストがかかるという話が出ると、決まってそれを嫌う下記のような意見が出てくる。
(しかし文書管理にコストをかけていないため、年金記録問題や質問主意書残業問題などで他の余計なコストがかかっている事、逆に、文書を適切に作成・管理する事で業務の効率が上がる面もあるという事も忘れてはならない。)
これらは全て、住民が行政に対して「もっと正確に」「もっと公平に」「もっと透明に」を求めた結果なのだ。確かに正確も公平も透明も大事だけど、これじゃ「正確な仕事」ではなく「正確“が”仕事」だ。「仕事」の部分はもはやサブである。
ひょっとすると、人件費を減らすためには、住民がガミガミ言うのをやめるのが一番の策なんじゃないだろうか。
この方は役所でバイトをし、さらには公務員を目指しているらしいが、すでに我が国の行政において正確さ、公平さ、透明さが十分に確保されているとお考えのようだ。
はてなブックマークでの反応の一例。
- activecute アカウンタビリティ(笑)とでも書いておこう。日本に限った話でもないから[日本的なるもの]タグや[もうすぐこの国は滅ぶ]タグはつけない。でも、これで、世界の生産性は無駄に落ちている。 2009/09/16
- FTTH # |ω・)…… 適当なことを云ってみると、金融・証券系、一部上場、等の会社はみんなそうだと思うよ。それがコンプライアンス(笑)って奴。 2009/09/16
http://b.hatena.ne.jp/entry/anond.hatelabo.jp/20090916185052
このような人たちだけではなくマスコミの認識も似たようなレベルである。民主党が政策策定過程などを全面文書化し情報をオープンにしていこうと提案した事に対して。
「閣僚の指示すべて文書化します」民主党方針 公文書管理法先取り
民主党が、平成23年施行の公文書管理法を先取りし、閣僚や副大臣らの政策判断や指示などを原則として全面文書化し、公開する方針を固めたことが1日、分かった。
(略)
各省庁は文書化や文書管理などにより事務作業が増大し、「行政のスリム化」と矛盾が生じる可能性もある。
http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/090802/plc0908020101000-n2.htm
やはりコストがかかる事を嫌うようだ。はてなブックマークでの反応の一例。
http://b.hatena.ne.jp/entry/sankei.jp.msn.com/politics/policy/090802/plc0908020101000-n1.htm
日本の民主主義(この人たちにとっては民主主義(笑)なのかもしれないが)を最低限機能させるためには記者クラブだけではなく、情報公開にコストをかける事を極端に嫌うこのような人たちとも根気強く戦っていかなくてはならない。
※2.http://www8.cao.go.jp/chosei/koubun/index_k.html
※3.http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/080229/plc0802291213003-n1.htm
※4.http://www.cas.go.jp/jp/seisaku/koubun/hokoku.pdf
※5.http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/080302/plc0803021842003-n1.htm
※6.http://www8.cao.go.jp/chosei/koubun/kenkyukai/tyousahoukoku/houkokusho0.pdf
象牙の塔にこもって頭の固くなった自称有識者どもが全然解けないでいる問題を、門外漢で素人の俺がシンプル&フレッシュな発想でズバッと解決! みたいなドリー夢って、なんと呼べばいいんでしょうかね。
象牙の塔にこもって頭の固くなった自称有識者どもが全然解けないでいる問題を、門外漢で素人の俺がシンプル&フレッシュな発想でズバッと解決! みたいなドリー夢って、なんと呼べばいいんでしょうかね。
それでひどい目に遭うところまでセットなら「生兵法は怪我の元」なんですが。たいがい口だけ野郎は実践しませんからね。
賢い俺がコミケの問題を解決する方法を授けてやるの人とかまるっきりそうだし、そもそもハリウッド映画なんかもそんなのばっかしで、はてブにも「違う。単に○○なだけ」のようなコメントがしばしば現れる。
表層的な部分しか見ないなら、そりゃ問題の根深さにも気づきませんわね。
靖国に代わる国立追悼施設建設へ 民主政権発足後に有識者懇を設置
http://sankei.jp.msn.com/politics/election/090813/elc0908132359017-n1.htm
なぜ「追悼施設」というものが必要なのか?
と感じる私は別に「靖国神社があるからそこに参拝するべき」だなんてことをいいたいわけではない。どうして追悼するために新しい「追悼施設」というものが必要なのか、ということに疑問を感じるのだ。
そもそも「追悼施設」とはなんのための施設なのか。
「国家として死者の霊を祭祀する」ための施設だとすれば、そのような「国家的祭祀」が現代において必要だとは思われない。「死者の祭祀」ではなくて「追悼のための儀式祭典」を行なうためならば、千鳥が淵だっていいし、あるいは武道館みたいな別の広い施設でもいい。既存の施設を儀式祭典ごとに使えばいい話で、専用の施設を作る必要性はあまりない。
靖国神社のように個人が集って参拝するような施設を作るのならば、そのような施設を国家が用意する意味が分らない。個人としての「追悼」をするのならば、神社でも教会でも心の中ででも、個々人の好きなところで好きな形で追悼すればいいわけだから。
そうだとすれば、どうして特別な「追悼施設」というものが必要なのだろう。
新しい追悼施設の話がいつも出てくるけれども、私にはどうしてそれが必要なのかよく分らない。
靖国神社だっていまでは国営でもない一宗教法人にすぎない。どうして国家がいまさら国立の特別の追悼施設を作る必要があるのだろう?
自民党女性局が、子供たちを守るために立ち上がりました。
いま世の中では、目を覆いたくなるような内容のDVDが平然と流通しております。特に女性や子供に性的な暴力を与えることで性的興奮を満たすようなひどい内容のものが、インターネット等を利用して簡単に手に入るのが日本の現状なのです。
先般、インターネット上で性暴力を描写したゲームが出品され、製造・販売が日本のメーカーによって行われていたため、イギリス議会やアメリカの人権団体から、日本に対する非難が寄せられ、現在でもその声は日に日に大きくなっております。
そこで私たち女性局ではこの問題を取り上げ、調査に乗り出しました。
こういうのに直接乗り込んで文句言いたいんだけど、どこに申し込めばいいんだろ。
民主党の長妻がやたらと質問主意書を連発し、不興を買っている問題がある。
http://sankei.jp.msn.com/politics/situation/090529/stt0905291747005-n1.htm
質問主意書を出す事自体は法律で認められているから、私はそれについて文句は無い。突き詰めれば「民主主義はコストがかかるのでやめましょう」という事になってしまうしね。
また質問の内容についてもここで価値を問うことはしない。
しかし答弁書の作成が、担当職員の過酷な残業につながるなどの問題もあり、改善すべき問題である事は事実だ。
諸悪の根源は省庁に限らず日本のほとんどの役所が文書をまともに保存してない、そもそもまともな文書を作ってない、という事実にある。
我が国も遅ればせながら2001年に情報公開法が施行されたのだが、行政文書の作成・廃棄の権限が当の行政機関に委ねられているので、理想とはほど遠い状態にある。
覚えてる人もいるかと思うが、情報公開どころか捨ててしまえというのが実態だったである↓
http://web.archive.org/web/20041210024359/http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20041208it05.htm
そういった状況を打ち破り、日本に真の民主主義をもたらそうとした一人の男がいた。
首相就任前の内閣官房長官時代から「公文書等の適切な管理、保存及び利用に関する懇談会」を設立させて公文書管理の整備に取り組んでおり、首相就任後にはすぐに国立公文書館を視察し、「真実が国民の目に触れないのは民主主義にとって問題がある」と公文書管理の重要性を強調、いわば公文書管理の整備は福田の議員としてのライフワークとなっていたのである。
http://www8.cao.go.jp/chosei/koubun/index_k.html
http://www.nichibenren.or.jp/ja/opinion/statement/071121.html
http://blog.dai2ntv.jp/diary/2008/02/
福田は過去に訪米した際、地元から依頼されて探していた終戦直後の群馬の写真が、米国立公文書館で簡単に手に入り驚いたという経験を持つ。その経験が福田首相の公文書管理整備に意欲的に取り組むきっかけとなっている。
http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/080302/plc0803021842003-n1.htm
福田が驚いたという米国立公文書館のWebページにアクセスしてみると
Democracy Starts Here.
「民主主義はここから始まる」と掲げられている。
日本の国立公文書館の職員42人に対し、アメリカ国立公文書館の職員は約2500人である。(韓国約130人、中国約560人、カナダ約 660人)(平成15年時)
http://www8.cao.go.jp/chosei/koubun/kenkyukai/tyousahoukoku/houkokusho0.pdf
福田は首相になると「公文書管理の在り方に関する有識者会議」を設置、公文書管理担当相というポストも新設し、いよいよ公文書管理の整備に向けての動きを活発化させた。
公文書問題に関心のある私のような人間は首相である福田がトップダウンで強くこの改革を押し進めていく事を期待していた。
が、皆さんご存知のとおり、彼は首相を辞任してしまった。
公文書管理法案は現内閣に引き継がれたが、恐れていたとおり当初の理想から大きく後退した内容が閣議決定されてしまった。
http://h-sebata.blog.so-net.ne.jp/2009-03-09
現在この内容について国会で修正協議が行われているが、予断を許さない状況である。
ちゃんとした公文書管理には膨大な人材と金(要するに金)が必要であり、そのコストを支払う事を拒否し続けてきた我々国民に対する罰の一部として、担当職員が答弁書作成に苦しめられているのだ。
と、言ってもこの公文書問題は地味と考えられているのか、あまりマスコミも理解してないようであり、きちんと取り上げられない事もあって、何が問題なのかピンと来ない方もおられるかと思います。
私が下手な説明をするより、上記「公文書管理の在り方に関する有識者会議」が作成した分かりやすい資料がありますので、興味を持った方はそれを読んでみて下さい。↓
元の日記を書いたものです。
まず指摘されている点についてコメントしておこう。
アメリカのように民間企業出身者が政府の重要ポスト入りするということも殆ど無いというのは意味がある話なのだろうか。確かに民間企業の出身者が閣僚入りすることは殆ど無いが、学者、有識者レベルでは閣僚入りしている頻度が高い。そもそも民間企業出身者云々で区分けすることに意味があるとは思えない。政策担当能力がある人間かどうかが問題だからだ。
政党シンクタンクは自民党、民主党には少なくとも存在している。これらのシンクタンクは政党がカネを出して事業を行っている。勿論その事業の中身が不十分であることは事実であり問題だが。
かろうじて本来のシンクタンクっぽい活動をやっているのは三菱総研だけというのも正しくない。大手シンクタンクなら大差はなく、皆本来のシンクタンクの体を為していない。調査内容については指摘されているとおりだ。
そして、「最近はシンクタンク業務だけでは会社が立ち行かないからシステム事業に力を入れている」のではなくて、システム事業の収益を前提としてシンクタンク業務を行っているということだ。シンクタンクを知らない人が誤解するようなことを言うべきではない。君が属していたシンクタンクがどのような形で成立して現在に至るのかを調べれば分かることだ。例外を持ってこられても困るが(笑。
後は、学部卒の人材を採用することは稀だ。尤も大学院卒よりも優秀な学部卒の人材もたまには存在する。そういった人材は学部卒でも採用される。博士号取得者の採用を躊躇するというのは、同じ年次・年齢の研究員と博士号取得者を比較して、博士号取得者がその社員よりも劣っていると判断される場合についてである。採用を躊躇する理由が他にあるという可能性については本題と外れるのでふれない。
官僚も学部卒ばかりだというとこれも違う。修士号、博士号を有している官僚も少なからず存在する。これは顧客として誰と付き合うか、仕事の領域の違い・内容の違いにより差があると思うので一概には言えない。
親のせいにするのではなく、
自分の子供に愛情も抱けない人は自分と親の関係を自分自身で問うてみるべき。
統計はとっていないが、犯罪者の多くは親からの愛情が少ないだろう
犯罪を犯してしまった当人がもちろん悪いのだが、その原因をつきつめていくと親から教育問題が非常に
大きな割合を持っているかもしれないという以下の意見に賛成
http://anond.hatelabo.jp/20090428113540
子供の教育について親たちは本気でグループディスカッションをすべきじゃないのか?
社会全体の問題や派遣社員やダガーナイフやオタクの問題ではないはずだ・・・・
秋葉原での殺人事件が起こり、当然のように動機分析が行われ、それはオタク論であったり、非正規雇用の問題であったり、彼女がいなかったり・・・ついにはダガーナイフの規制とまでなった。
動機分析には必ずしも正解はないわけで、また分析してわかったところで、こういう衝動的でありながら冷静さもある無差別殺人は防げないものだけども、過去の類似犯罪との共通部分を探しデーターベースを構築していくことに意味がある。
メル友にも嫌われ職場も転々としていじめられ、彼女がいないから2次元に走り(時にむなしさも感じただろう)、携帯掲示板でも相手されず、家族も嫌い、くそーーーーーー誰も相手にしてくれない!!!、そして自分が注目をあびる方法としてあのような凶行に及んでしまった。
悩んだ時に皆さんはどういった行動をするだろう?思い起こして欲しい。
1.友達
3.友達までもいかないが職場の人
4.ネット
5.親兄弟
加藤容疑者には上記の全てがあてはまらない。どこにも悩みをはき出せなくてストレスがたまると脳内で変な化学反応みたいなのが起こって倫理観が崩れていくのではないだろうか?
友達ってたくさんいてる人がいてるけれども本心でしゃべれる人は1人か2人だったりする。
元々コミュニケーション能力が少ない人は、本心がいえるような本物の友達を作れる可能性は確率的に見ても低い。
そもそも4,5以外はコミュニケーション能力がある程度必要になってくる。
コミュニケーションが苦手な人が、最終的に寄り掛かれるところは家族じゃないだろうか?(ここでは元々親兄弟がいない人は対象外とします。そういう人はそういう環境で育っているので自分一人で解決したりその他の能力が高いとみなす)
本気で想っている人がいると、その人の微妙な表情を読み取ることができる、本気で好きな異性の事を思い出して欲しい、ちょっとの変化もすぐ気づかないだろうか?家族ってその最たるものだと思う。
仮面夫婦ってよくできた言葉で、愛情がないので仮面をかぶるから相手の表情からお互いの心情が全く読み取れないのだ。
名門・青森県立青森高校を卒業後、中日本自動車短大(岐阜県)に進学。地元の国立大への編入を希望したが、かなわずにそのまま短大を卒業した。
短大に進学するしかない時に、家族は加藤容疑者になんと言ったのだろうか?
なぜ男は顔じゃないぞって教えてあげられなかった?
やりたいことがなければなんでもいいよ、とりあえずやってみろよ!
なに悩んでるんだ?父さんにいってみろ?
彼女がいなくてもいずれできるよ、女性は星の数ほどいる、気にするな!!
子供の教育について親たちは本気でグループディスカッションをすべきじゃないのか?
社会全体の問題や派遣社員やダガーナイフやオタクの問題ではないはずだ・・・・
だいぶ収束した感のあるマジコン問題だけど、論争を追っかけて関連エントリをブックマークしていった中で気付いた事がある。
やっぱりというかなんと言うか、エントリにブコメでマジコン擁護なコメントを書く人のブックマークページを見てみると、大抵「p2p」とか「winny」とかのタグが並んでるんだよなーコレが。ブクマ先も殆どその手の“無料で○○を手に入れる方法”関係。
その中にはTips以外のp2p絡みの話題(例えば誰かがwinny使って情報漏えいしただとか、有識者の人がwinnyイクナイ!って言っただとか)もあるんだけど、その時のその人のブコメがまた判で押したような違法利用者の居直りテンプレ文章の嵐。
『だいたいアニメDVDやゲームは高すぎる。p2pを使った新しい流通と価格云々』
『俺は作者にだけ金を払いたいんだ。その仕組みさえ整えば云々』
…さも自分達が“日本のIT技術の未来を憂う憂国の士”気取りなんだけど、実態は自分の刹那的な欲求のままに価値あるものを盗んで貪るただの豚だよねえ。いや豚さんに失礼か。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E4%B8%AD%E5%A4%AE%E9%83%B5%E4%BE%BF%E5%B1%80
建築史的には、モダニズムのデザインが「文化財」として理解されにくいとされる。この建物は当時シンプルで斬新なデザインとして高く評価され、時代が進んだ現代でも、そのシンプルさは専門家からは高い評価を受けているが、メンテナンスが万全でないことなどから、単なる古臭いビルとしてみられがちである現状となっている。
http://jun.typepad.jp/junhara/2009/03/post-71e7.html
ところで中央郵便局ってそんなに立派な建物なのだろうか。有識者の検討会議が保存を求めたらしいが、素人目にはどこに価値があるのかよく分からない。局舎には何度か入ったことがある。カウンターの奥にも入ったことがある。確かに重々しい作りではある。中で働く人はさぞ使いにくいだろうなと想像する。概観はそれほど立派でもない。どちらかといえば薄汚い感じがする。東京駅前にふさわしいかどうか議論があるところだ。
人権擁護法案がほぼ葬り去られた状態にあり、国籍法改正案も阻止できないまでも
審議時間の延長と、採決の先送りなどといったある程度の成果を出している。
だから、児ポ法(この略称を使った方がレスが付きやすそうなので、そうする)も
人権擁護法案などと同じように「この法案が通ったら日本が乗っ取られる!!!」という論調を作り、
一部の保守系の有識者や国会議員を動員することができれば、阻止できる可能性があるのではないかと思う。
半年ちょっと前話題になった http://anond.hatelabo.jp/20080410222602 のエントリーの前半部と同様の考えです。
しかし、その増田さんがbewaadさんの記事に残した「多数派を取りに行く」ということは不可能だと思っています。
だからこそ、保守派をヒステリックに反応させて阻止できないものかと考えてしまうのです。好ましくないのは承知の上。
規制推進派にどんなに正論で反論したって、彼ら彼女らの意見を変えさせることなど不可能ですから、
いっそのこと、イデオロギー的立場を利用することによって、ヒステリックな反応を起こさせることができる
人間を利用した方がいいのかもしれません。