はてなキーワード: 暗黙の了解とは
広告業界人がどうであれ、佐々木俊尚さんは言論人としてはたいしたことはない、という一般人としての評価だけどね。
一般人というか「ITジャーナリスト」をみるギーク目線だね。彼が「キュレート」する元ネタ書いてる人らは知の巨人だけど、リーグが違う。
日本の偉大なキュレーターって誰がいるかな?まあ政治経済、安全保障の世界では、青山繁晴さんだろうな、間違いない。
しかし我が国のコメンテーター(佐々木さん含む)の「売れ方」っていうのも歪だね。
やっぱ強いのは、その道の実務をやっていた人で、政治経済のコメントでも元官僚の人らはさすがにいろいろ的確。
佐々木俊尚さんで言えば、あの人ITのキュレーターとして売ってるみたいだけど、その世界の実務経験がないのが徹底的に弱い。
キュレーションっていうのは、自分は空っぽだけど、情報収集はしていてパッケージングして商品化する能力はあるんですよ、って事じゃないんだよ。
元々その人がもってる知見のすごさに基づいて、混沌としてみえる世の各種事象を関連づけて、必要ならば新しい概念化さえしてまとめあげる事なの。
日本人が自己主張しないのは、和の美徳と相まって往々にして出る杭は打たれると云う悪習にもよる。
さっきの広告業界の人らと佐々木氏のやりとりでも思ったが、なんと自己主張のしにくいことよ。
僕なんかはさしてシガラミがない立場なので(もともとそういう方向性を指向してきた一方で社会的に無責任であると言い換えることもできる)
こうやってTwitterで好き放題言えるんだけど、ああやって社名を出してケンカするぞ!と恫喝するのは、そうやれば黙るという暗黙の了解があるからだろう。
佐々木さんはさ、言論人のつもりならば(僕はすでにTLで書いたようにまったくその専門性を評価していない)なんかやるならば言論でやれよ、って思う。
君がやってるのは、そういうシガラミで自己主張できないのを悪用した恫喝だろ?”
森さんが最後に書いておられるように、個人の見解と会社員としての見解は異なる。
言論の自由とは前者のことを指し、佐々木さんはそれをXX社のだれだれと会社員の属性を強調する形で、言論の自由を抑えこむ喧嘩の仕方をした
失礼なのはお互い様。その失礼を踏まえてドンパチやるんなら最後まで筋通せと。
それも含めて言論であって、「自分と相手の立場」を利用して黙らせようとするのは言論人として恥ずべきこと。
丸山をひっぱたきたいとか言ってた人
「言論でやれよ」っていっても、その言論に上げるまでもないわけですよ。失礼なメンション返してくる奴って。本当に上から目線で「お前バカか、ちげーよクソwww」程度しか書いてこないんだから。で、そういう人に応答してあげると、待ってましたとばかりに俺論理を振りかざす。時にはまっとうな人もいるけど、なら最初っからソレをちゃんと書いてこいよと。そんなに個人であることが重要なら、匿名のアカウント取って、それで対話を促せばよかったじゃん。個人情報が分かるアカウントでクソのようなツイートして謝るハメになったのは、完全に自爆でしょ。
だってこのまとめ見てたら、個人と個人の言論のぶつかり合いじゃなくて、
「立場があるから」「守るべきものがあるから」最後に頭を下げました、ってそういう風に見えるのは万人が追認するだろうし、
佐々木さんはそういうふうに持っていったよね?
「相手の社名や実名は判明すればどんどん暴露していくよ。」と晒し姿勢を明確にして
「こっちも容赦しないからね。自分の身に振りかぶってこないことを神に祈ってなよ。」
と言いながら「反論できないなら今後ずっと黙っててくれ」って何だろうこれ??
あくまで言論で反論できないんじゃなくて、佐々木さんが反論させないように立場を利用して、その口を封じたんだろう?
これやったら言論人として終わり。まあ僕は彼は最初からまったく評価していないけれど。
相手がうんざりして退いたら相手が退くように自分が仕向けたのだと言いはる人
「佐々木さんはそういうふうに持っていった」っていうのは「立場を言い訳に逃げるように仕向けられて」って意味じゃないんですか?
「立場を言い訳に逃げるように仕向けられて」なんてどこから見たらそうなるのかな?
「立場があるから謝らざるを得なかった」というのが普通でしょう。
逃げたのは言論のぶつかりあいで逃げたのではない。
そんな形跡はこのまとめのどこにあるんですか? 社名云々、恫喝されはじめて逃げざるを得なかったんでしょ?
そんなに個人であることが重要なら、匿名のアカウント取って、それで対話を促せばよかったじゃん。
個人情報が分かるアカウントでクソのようなツイートして謝るハメになったのは、完全に自爆でしょ。
だからこんな風に個人としての文責を取るという健全な言論を、会社員としての責任に転嫁させようとし、
挙げ句の果てに貴方のように「だったら匿名でいいじゃん」とか言わせる帰結が言論人として「腐ってる」んじゃないですかね?
「こっちも容赦しないからね。自分の身に振りかぶってこないことを神に祈ってなよ。」ってのは、普通恫喝として解釈されるが、
「立場を言い訳に逃げるように仕向ける」的に逃げ道用意してあげる、みたいな親切心だ、ってことですか?意味分かんないな。
街角で突然挑発してくるチンピラに構わないことを「腐ってる」というなら、腐っている方が正しいですよね。そんな暇ないし
だから、佐々木俊尚が相手の個人情報が丸見えだったから、それを使って恫喝して勝ったんでしょ。
広告業界の人はヘタレ逃げしたんでしょ。佐々木俊尚は正しいし、広告業界の人は情けない姿を晒した。
ソレの何が不満なんですかね? いいじゃないですかそれで。
私もサラリーマンだから、佐々木俊尚さんのいわば反則技に対してまともに戦えと言う気にはなれない。
佐々木さんも、孫さん以外で、まともな対戦してないわけだし、実力がよくわかりません。そろそろちゃんとガチンコで喧嘩してほしいな。
基本的にその論理は既に実装されている。
ソープランドなどはセックスに至る独自の理屈をこねて暗黙の了解を得ている。
・結婚詐欺との類似性
ちょっとこれは無理だ。
といより大間違いだこれ。
「将来これこれのものを渡す」を匂わせてカネをとる騙しだけど、
キャバクラなんか市中引き回しの上獄門が必要になる。
前者の方が圧倒的に態度が悪いしネット上で客を馬鹿にするのも前者だが、
詐欺的商売をやってる商人・真面目な量り売り商売をやってる商人、と考えれば
この自分の商売への態度の差は説明が容易だ。)
この辺のことを適当にデータ集めてロジカルな文章にまとめられたらいいと思うんだけど、
頭が働かないので誰かよろしく。
こうやって考えるのはとても面白いよね。
レスや追加のお題が合ったら是非。
パソコンと向かい合っていて、作業の合間に行き詰まったりするとついちんこをモミモミする癖があった。
どこぞの芸人だったか忘れたけど、ヘソをほじってなんたらかんたらみたいな感じだった。
始めはヘソの周りに生えていた毛を剃った。そして、次に乳首の周りに生えていた毛も剃った。
とにかく、むだ毛が生えていると、それを無意識に引っこ抜いてしまうのだ。
で、ちん毛にいたってはもう片手でがしっと握って、何本かよく引き抜いていた。
ちんこをもみもみするのもこれに近い。
ただ、最近股間周辺の毛があまりにも毛深くなりすぎて困っていた。
なぜなら尻はもちろん、玉袋、果てには太ももの裏側にまではびこっていたのだ。
まるで真っ黒なビキニだ。嬉しくない。
そして、暑くてイライラしていたのか、作業が捗らなくてイライラしていたのか、ついカッとなって剃った。
まずはちんこの周辺が円形になるように剃った。
なんだか恐ろしくなったというか、今までタブーとして触れずにいた部分に手をかけてしまった恐ろしさがあって。
少し雑だけれど、まだ割と剃り残しがある。
そして一日経った。
なんか剃った瞬間からすごいチクチクしてた。当たり前か。普段こんなところカミソリ慣れしていたらおかしい。
剃ってスッキリしたはずだったが、それでも剃り残した部分を(無意識に)引っこ抜こうとしていた。
もうこうなったら覚悟を決めるしかなかった。
剃った。あまりにもあっけなかった。今度はもう妥協なく全部剃った。パイパンである。病気の人はごめんさい。Wikipediaみたら実写あって驚いた。
今も若干チクチクしているが、なんだか新鮮だった。
心も体もおっさんのはずなのに、体の一部分だけ9歳の少年に戻っている。
ただ、なんかもうここまでくるとすごくスッキリしている。が、やっぱりなんとなく情けなくもある。
無理を承知で剃ったのだが、なんだか今まで生きてきて蓄積されてきた叡智すらごっそり抜け落ちた気分だ。
普段は髪も切れば、髭も剃らなければならない。ただ、局部は残しておかなければならない。
電通のコンペで燃やすために残しておくため?
まあ、こんなところは滅多に人様に見せることもないのだし、無駄な癖が治るのだとしたら、これは英断だったと信じたい。
ちなみにまだ唯一残している部分がある。意図的ではないが、それは腋だ。
ここは人によっては剃れと推す人も多い。女性に至ってはもはや必須。
ただ、ここも暇なときによく引っ張っているのだが、これはうまく剃れるか心配である。
なんか腋のことを思ってこんなことを書いているからか、腋から汗が湿ってきた。
でもトイレも最近は座って用を足す人の件があるし、案外これも知らないだけで、意外と周りも剃っているのかもしれないな。
ただどんなに暗黙の了解だとしても母にだけは言えない。
そんな気がする。
日本で格闘技で食えている人口が多いのは、相撲が1番で、次にプロレス。
あれは格闘技ではないと言う人が居るかも知れないが、体操で食うためにサーカスをやるような物だと思えば良い。
ボクシングも総合格闘技も日本チャンピオンになっても他に仕事を持っていないと生活できない。
格闘技が金を稼ぐには客を呼ぶ必要があり、
客を呼んで金を稼ぐ業種が安定的に金を稼ぐには定期的な興行が必要で。
定期的な興行に選手が安定して出場している必要がある。
選手側も安定的に金を稼ぐにはには、定期的に興行があって、定期的に出場しないといけない。
そのためには、怪我をすることも怪我をさせることも御法度になる。
誰かが怪我をしたら選手は金が稼げないし、興行主も困る。
それは本来、相手を痛めつけるのをもって目的をなす格闘技では無理という話。
だから、ボクシングなどは一人の選手が試合をする間隔は長いし、一試合で引退という話もある。
格闘技で安定して食うためにはどうしたら良いかって、本気でやらないことが前提条件。
八百長という手法もある。
ただ八百長をしなくても、それ以外にも寸止め決着という方法もある。
伝統派空手の試合は怪我を防ぐため八百長はないが寸止めで決着がつく。
プロレスは暗黙の了解で寸止めを使っていて、当てられた側も当てられたと言う了解で当てられたように振る舞う。
当てた当てられたの了解の結果、どっちが勝ちかということで決まることもある。
相撲も安定的な興行をするならば、全部が真剣な勝負というのは無理だ。
八百長は一部だけで他に八百長はやっていないと言うが、あれだけ試合をやっていれば真剣勝負の方が無理だ。
八百長をなくすと息巻いているが、それならばもう少しルールを安全な物に変えなくてはさらに怪我が多くなってしまう。
ボクシングが1ラウンド勝負とは言え15回連続試合を年間6回出来るだろうか、無理だろう。
正直言えば、八百長や手抜きはむしろやって欲しい。
それよりも安定的で定期的な興行で、それに安定して選手が出るようにして欲しい。
そんなの当たり前だろ。
「〇〇社からテレアポを委託されて電話している△△社の□□と申します」と全部言えってか?
「〇〇社(からテレアポを委託されて電話している△△社)の□□と申します」の
勿論込み入った話をする時は全部言ってもいいが
そんなことを聞きたいか?
て言うかボンクラのお前が気付いてないだけで
代行受託者が委託者の社名を名乗って仕事を進めるなんてごまんとあるぞ。
そいつが嘘ついてるとかじゃなくてボンクラのお前が暗黙の了解すらわきまえてなかっただけだ。
たとえば「朝日新聞です~」って言いながら勧誘や集金に来る奴は
何歳でそんなボンクラなこといってるんだ。
学生だとしても成人してそんなこと言ってるなら
いや、友達と言っていいのか。
彼は僕を見下していたと思います。
音楽の道を志していた彼は
僕のことを格下かつ、何の志もない奴と見ていたと思います。
僕は自分が目指しているものについて彼に語ったことはありませんでした。
話をしながら帰る暗黙の了解があり
自分より格下かつ自分の交友とかかわらない無害な人間にだけ出来る話です。
彼のとんでもなく長い妄想の話、
そして彼が、音楽で身を立てる目がないとなったら自殺する心構えであること、
色々聞かされました。
自殺の構えについては「すごいね!いよいよとなったら最後に電話で心境などを聞かせて」と予約しました。
彼は出くわすたびにだんだんと情緒不安定になり、僕と話す時はいよいよ躁状態でした。
またしばらくしたある日、ニヤニヤした彼が「いい自殺の仕方知らないか」と尋ねてきたので
更に半年ぐらいして
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「夢破れたなら死ぬしかない」という死の動機は、これは止めても仕方ないとわかっていました。
それともたまたま車にでも轢かれたでしょうか。
命日は覚えていませんが
http://sankei.jp.msn.com/life/news/110427/trd11042723000025-n1.htm
ぞっとした。しかしこれは(2年後には政権を取っているであろう)保守論壇の偽らざる現状認識なのだろうな。
JCOから全く何の教訓も得なかったように、我々は福島から全く何の教訓も得ないのだろう。現在の日本の原発行政はLV4事故にも即応できない仕組みになっているが、日本の原発行政は「重大事故を起こりにくくする」ことはしても「重大事故が起こってからどうする」というのは想定すらしてはならぬというのが暗黙の了解になっている。そして保守論壇の口ぶりからして今後もここが改善される見込みはほぼ絶無と言って良いだろう。
JCO当時、あまりの反省のなさに日本の原発行政はJCOを「またやらかす」と言われていた。福島事故が起こり「格納容器からの水素漏れに対する手当は無い」(水素漏れの可能性は想定すらされていない)という保安院の発言は世界を震撼させたが、JCO事故の後始末を知っている人からすれば「そんなの日本の原発行政が想定してるわけねーだろ」だ。
福島の教訓を生かした体制を作らない限り、そして恐らく作らないであろうから、日本は「またやらかす」だろう。そして今回の事後対応が何だかんだでそう悪くなかったことを考えると、福島のような初期条件の事故が起こると次はもっと悪くなる可能性が高い。
中学1年の7月のことだった。私が朝学校に行くと、仲良しだった子が近づいてきて唐突にこう言った。「もう、ごずっちと口きけないんだ」 意味が分からなかった。転校でもするのかと尋ねても違うと首を振る。「もう決まったことだから。じゃあ頑張って」 そう言って彼女は去っていった。
彼女の言葉は少なくて詳しい事情はまるで分からなかったが、悪い予感のようなものがあった。これはもしかしてあれじゃないか。どうしようどうしよう。背中を冷たい汗が伝うのを感じていた。教室へ向かう階段を登りながら、もうこのままずっと教室に着かないで欲しいと思った。知るのが怖かったのだ。
教室のドアの前に立った私は蒼白だったと思う。頭の中に色んな想像が駆け巡り、手のひらはじっとりと汗ばんでいた。ひざも少し震えていた。私は意を決して教室のドアを開ける。いつもと変わらない教室。でも私が入った瞬間、少しだけ空気が変わるのが分かった。スタートと悪魔がせせら笑った気がした。
私はいつも通り「おはよー」と声をかける。だが挨拶は返ってこない。私の存在を無視してみんなはおしゃべりを続ける。目さえ合わせようとしない。女子も男子も私がいないかのように振る舞っている。私は深く息を吐いた。泣いて騒ぎ出しそうな気持ちを必死で鎮めようとしたのだ。
昨日まで楽しかった学校が拷問のように感じられた。誰からも話しかけられない。こちらから話かけても無視されてしまう。なぜ私なのだろう。何遍も考えてみたけど思い当たる節はなかった。実際のところ大した理由もないのだろう。何となく選ばれ何となく無視されているのだ。
私はこの状況をできるだけ軽い感じで受け入れようとした。これは思春期の少年少女にありがちな他愛のないお遊びなんだ。こういうときは慌てず騒がず嵐が過ぎるのを待てばいい。恐らく長くても半年がせいぜいだろう。2年になればクラス替えもある。ちょろいちょろい。当時の私はそんな風に考えていた。
無視は1年生の間ずっと続いた。正直少し長いなと感じていたが、無視はあくまでクラス内だけの話で、他のクラスの子や部活内では普通に話をしていたので、思ったより辛くはなかった。学校は勉強をする場所だと割り切ればどうということもなく、そんな自分の強さに少し驚いてもいた。
2年生になる際にクラス替えがあった。掲示されたクラス割を見ると、1年の時同じクラスだった子は4人だった。それも大人しそうな子ばかり。私はほっと胸をなでおろした。慣れてきたとは言え、無視されるのはやはり心地良いものではない。私は解放感を胸に新しい教室へと向かった。
私は教室に入った瞬間、既視感を覚えた。空気の流れや重さが変わる感じ。暗黙の了解に支配された教室。それは9ヶ月前と同じだった。私は自分の席に着いて隣の子に話しかけた。「おはよー。私ごずって言います。よろしくね」 隣の子は目を逸らした。私は四方に話かけたが全員同じ反応だった。
血の気が一気に引くのが分かった。寒くもないのに体が震えていた。何なのこれ。怖い。怖いよ。早く教室から逃げ出したい。家に帰ってベッドに入って布団を頭からかぶって、世界からの情報を一切遮断したい。そんな気分だった。でも私は動けなかった。覚悟?諦め?違うよ。怖くて悲しかったんだ。
無視は一体いつまで続くのだろうか。2年生は修学旅行をはじめ色んな行事がある。中学生活を謳歌し思い出を作るにはうってつけの学年だ。それなのに初日から無視の洗礼だ。私は肩を落としながら部室へと向かった。部活だけが私のオアシスだ。もし部活が無ければ私は登校拒否を選んでいたかもしれない。
オアシスは見るも無残に踏み荒らされていた。3年生を除いた1-2年生部員が私を無視し始めたのだ。このときの絶望は筆舌に尽くしがたい。もう学校に私の居場所はなくなってしまった。その日を境に私は部活に行かなくなった。
家に帰ってから枕に顔をうずめオンオン泣いた。枕カバーが涙とよだれと鼻水でべちょべちょになっても泣き続けた。夕食のとき目を真っ赤に腫らしていたら、お母さんが心配して「目どうした?泣いたの?学校で何かあった?」と聞いてきた。実は1年生の頃から無視されているんだなんてとても言えない。
「泣く練習してたんだ。演劇部に転部しようと思って」と私は苦し紛れの嘘をついた。お母さんは「そう…何かあったら相談しなよ」と言ってそれ以上何も聞かなかった。これは私の問題だ。お母さんを巻き込むわけにはいかない。登校拒否だって絶対するもんか。私はそう固く決意した。
私は1日も休まず学校に通った。行事があるたびに孤立していたので、担任から「牛頭さん、クラスのみんなと仲良くやってる?」と探りを入れられたが、「大丈夫です」と突っぱねた。一方で私は毎日誰かしらに話しかけるようにしていた。どこかに突破口のきっかけがあるはずだと信じていたのだ。
突破口などなかった。私とクラスメイトの間にはマジックミラーがあるのではと思うほど無視は徹底していた。正直頭がおかしくなりそうだった。何度も登校拒否を考えた。転校も考えた。でも私は何も悪いことはしていない。逃げるような真似はしたくない。無視する連中に人生を左右されたくないと思った。
恐らく3年生になってクラス替えがあっても無視は続くのだろう。そう確信した私は中学を見限り、進学する高校を考えることにした。担任に頼んでうちの中学からの進学者が少ない高校をリストアップしてもらった。どこも私の学力では難しい学校ばかりだったが、毎日の目標ができて私は嬉しかった。
それからというもの、勉強を聞くために職員室に足を運ぶことが多くなった。どの教科の先生も私の質問に快く応じてくれた。時たま内緒だぞと言ってお菓子をくれる先生もいた。考えてみればそれはごく普通のことなのだけど、 1年半以上も普通の反応をもらえない私にはそれがとても新鮮に思えた。
3年生になってクラス替えがあった。半ば覚悟していたが予想どおり無視されたときは思わず笑ってしまった。ひとり笑う私をクラスメイトは不思議そうな目で眺めている。だから私は大声で叫んでやった。「無視生活3年目!落ち込んだりもしたけれど私は元気です!」 最高に気持ち良かった。
3年生になると周りが受験モードに移るので、以前ほど孤立は気にならなくなった。休み時間に勉強したり、図書室で勉強したりする人の姿も増えてきた。その頃、私は職員室の常連になっていて、放課後は先生達とコーヒーを飲むことさえあった。先生はみんな私に優しかった。
年が明け受験シーズンに入った。滑り止めの私立高校は受かっていたが、そこはうちの中学からの進学者がそこそこ多い。絶対に行きたくはなかった。本命の公立高校は共学でレベルがやや高い。先生からは「ボーダーだからランクを下げた方がいい」と言われていたが、私が受験校を変えることはなかった。
合格発表はお母さんと見に行った。高校は受験生と報道陣で混み合っていた。私は人波の隙間から自分の番号を探した。するとお母さんが先に見つけて「あった!あったよ!」と騒ぎ始めた。私は「もー!自分で見つけたかったのにー」と言いながらも、お母さんに抱きついて一緒に喜びを分かち合った。
私もお母さんも笑顔で車に乗り込んだ。でも運転席のお母さんが「お祝いに何か食べて帰ろうか」と言った瞬間、私は感情が抑えきれなくなり、声を上げて泣き出してしまった。助手席で嗚咽を漏らす私の背中をお母さんが優しくさすってくれた。そこで私の感情のダムは決壊した。
気づくと私は今までのことを洗いざらいお母さんに話し始めていた。話すにつれ、お母さんの顔は驚きから困惑に変わり、さらに悲哀を帯び、最後は私と同じ泣き顔になった。お母さんは何度も私にごめんねと侘び、私も同じようにお母さんにごめんねと言い続けた。お母さんは痛いくらい抱きしめてくれた。
その後、私は学校に行き担任に合格を伝えた。あと一番気になっていたことを聞いた。「私以外の合格者は何人ですか?」「男子が4人で女子が牛頭も含めて3人だな」 念のため名前も聞いたが、同じクラスになったことがない人ばかりだった。もう大丈夫だ。これでもうお母さんを泣かせなくてすむ。
卒業式は何の感慨もわかなかった。私の卒業式は合格発表の日、あの車内で終わっていたからだ。式が終わって教室に戻ると、クラスメイトはアルバムに寄せ書きをしたり写真を撮り始めた。その様子を尻目に私はさっさと教室を後にした。私に声をかける人はいなかった。
下駄箱で靴を履いていると「牛頭さん」と声をかけられた。1年生のとき私に「もう、ごずっちと口きけないんだ」 と言った子だった。この期に及んで私に一体何の用だろうかと思っていると、彼女は「あのね…ごめんね」と言った。なぜかその言葉で、私とお母さんが流した涙が汚されたような気がした。
「ごめんねってそれあんたの自己満足でしょ!自分が後腐れなく卒業したいからって今更ごめんねは無いでしょ!こっちはようやく解放されたのに最後の最後で味噌つけないでよ!」 私は思い切り啖呵を切って、走るようにその場を後にした。
帰り際、校庭脇の焼却炉に卒業アルバムを投げ込んで、私の中学校生活は幕を閉じた。…なお、高校に入学してから10ヶ月近く経つが、無視されることもなく、バカな友達に囲まれ毎日楽しく過ごしている。おしまい。
特にチームKが好きだ。
去年だから、チームの発足からはかなり時間が経っている。AKBといえば劇場だぐらいの知識はあったので、とりあえずYoutubeやニコニコあたりでライブ映像を見まくった。CDやDVDを買うにしても、曲が多すぎてどれから手を付けていいかさっぱり分からなかったからだ。
で、「生歌」とタグがついている動画を見て、ああやっぱこれだけ踊ってたら生歌じゃないよな、と思って、生歌を聴いてみたいと思うようになった。
普段はあるバンド(全員男)を聴いていてライブに行くのが楽しみ、ライブのアレンジが楽しみでしょうがない、という感じなので、録音音源=その場のアレンジがなくて残念だと思ったのだ。ライブならやっぱ、一言のかけ声みたいなやつでもいいからその場で出してる声を聴きたいから。
Youtubeで生歌で探した結果、右におすすめとか関連動画って出るじゃん?あれにモーニング娘。が出てきたのだ。今現在のモーニング娘。
すごい!と思った。特に高橋愛と田中れいな。ファンが作った動画だったしコメントもファンが書いてたから、それ読んでテンション上がって余計すげえな!と思った。
AKBは生歌あんまりない、ということを知って残念だった。ものすごくものすごく残念だった。
俺はライブ=そこで歌ってる、だから、ダンスしてる姿も見たいけど、やっぱり自分がいる場所で同じ瞬間に、その場で出してる声が聴きたいから。
酷なことを求めてるなとは思う。
スケジュールは詰めまくりで、あれだけ人数がいて、あれだけ踊りまくって、なおかつうまく歌えというのは、惨いと言ってもいいと思う。なんか、ごめんなと思う。
AKBとモー娘。の動画をランダムに見ながら、色んな思いがわき上がってきた。アイドルに触れるのはほぼ初めてなので、ちょっと距離を置いた視点だったかもしれないけど、まだ十代〜二十代半ばぐらいまでのこの子達の将来が幸せであってほしい、というようなものに総括される思いだった。
AKBにはある種の痛ましさがある。今しかないのだ、今だけなのだというような、女性アイドルなら仕方のない刹那感。そして背後の操作が非常にうまい。楽屋裏も込みで売っている、そしてそれを皆暗黙の了解で呑んで今を追いかけている。
モー娘。にはそれがあまり感じられない。戦略上それを見せないということかもしれないが、タフでストレートなパフォーマンスだ。その場で見せられるもののみで勝負しているように見える。
また、モー娘。にはやはり「世間一般の目線は全盛期は過去であった」がつきまとう。あまりそこに悲しみがないのが不思議だが、世間の目やメディアの目はそうだろう。斜陽ながらも戦う王者だ。いや本当に、シングル曲のタイトルとかはマジでかわいそうになるぐらい酷いけど、ライブの彼女らは本当にかっこいい。乱れることもちょっと外すこともある、生の声の力はすごい。
AKBは今もまだ「これから」だ。後発が先発よりも優れているのは常に大前提(だと個人的には思っている)なので、もっと伸してくるだろう。まだ彼女らは挑戦者だ。展開も先発の成功/失敗に学んでがんがん行ける。バラエティや冠番組で見る彼女らは、側面をもっと見たい知りたいと好奇心をかきたてるし。
AKB vs モー娘。のバトルを見られたらすごくいいんだけどなと思っている。
楽曲面だけを見ればAKBがかなり勝っていると思うので、モー娘。のプロデュースをもっと頑張ってほしい、その上でアイドルの二強状態をものすごく見たい。
モー娘。というかハロプロ全体をざっと見ていて思ったが、本当に、本当に、残念なのである。つんくもうちょい考えろ。なぜだ、なぜお前は同じ男なのに分からない?
直接的すぎるんだ、モー娘。の歌は。いくらメロディーラインが美しくてもタイトルや歌詞で萎える。ど真ん中っていうのとそのままっていうのは違うんだよ…そしてなぜかやや古い。古典や青春の輝きぐらいまで古くなくて、絶妙に「思い出すと恥ずかしい」レベルの古さをなぜかずっと保っている。いくつなんだよお前は。
秋元康はそのあたりめちゃくちゃにうまい。ストレートなテーマを、その単語を使わずに思わせる、そういうのが本当にうまい。青春時代を鬱屈して過ごしました、かわいい女の子に憧れてしょうがなかったけどそれだけでした、そういう思いをワンクッション置いてぶち当てましたみたいな、まあ共感するのだ。有り体に言うと。
それが意図的なものだったとしても、気持ちよく乗っかってしまえるなら関係ないし。曲に乗らないでも詩として成り立っているというか。
俺は勝ち負けを笑いたいんじゃない。弱肉強食の世界だって言うのは分かるけど、ファン同士でワナに引っ掛けてライバルのアイドルを落とすようなのは嫌だ。
いい曲が聴きたい。アイドルにしか歌えないいい曲っていうのは確実にあるから、アイドルが歌うその姿に見惚れたい。歌に入れ込みたい。プロデューサーにはこっちの心をくすぐってほしいし、その歌にどっぷりハマらせてほしい。仕事の疲れいやしたい。
いつまで彼女達のことを、このアイドルグループの中で見られるのかなと思うと、涙が出そうになることがある。女性アイドルは後から後から幼い後釜が出てきて、活躍できる期間は大体短くて、そのことを思うと悲しくて仕方がない。
人を知ることに安心や気持よさを覚えるのは、怖いからだよ
こういう状況だとこの人はどういう行動をするのか
この人は今どういう事を考えてるのか
集団で生きなければならない世界では、自分を守る為に必要な事だ
誰しもが多かれ少なかれ、積極的であれ消極的であれやってることだ
けど、誰もがそれをやってるという事は暗黙の了解だ
知られるという事は、予測されることに繋がる
予測されれば干渉できて、干渉が進めば支配に繋がる
それは生存に不利だ
人に知られたくない事が多くて、誰もが心に壁を作りたがる今の世界では嫌がる人が多い
相手がお前に対して「こいつにだったら破滅させられても構わない」に近い信頼と覚悟を持ってない限り
もしお前が友人からナイフを突きつけられて「俺には悪意はないよ、嘘なんか吐かん」と言われて
それに対して何も感じないなら、お前が言ってしまったことはしょうがないことだ
逆に、もし少しでも嫌な気持ちになったのなら、お前はその友人に謝ってちゃんと説明したほうが良い
試験で高得点取れるだけじゃ仕事はうんぬんかんぬんという空気が充満し切った現在、いかがお過ごしでしょうか。
僕にはそのコミュニケーションスキルが一体何者なのか、今だに理解できないのです。そして、そんなことでお茶を濁している企業への疑問と不信感は日々増すばかり。
そんな訳で今宵は、コミュニケーションスキル(笑)をいじくりまわしてみたいと思います。
求人をみると本当に猫も杓子もコミュニケーションスキルを熱望している有様。そんなにコミュニケーションスキルが欲しいのか。というか、そんなに社内に不足しているのか。不足してるならまずそっちから手を付けなきゃいかんのではないのか?
そもそも、コミュニケーションスキルがどんな能力か、ちゃんと定義付けはできているのか。そこが具体的になってないとただのおしゃべり人間しか集まらない気がするんだが。。。
色々な求人を見た感じだと、結局企業が、多くを語らずとも自分たちのことを理解してくれよ、という状態なんじゃなかろうかという気がする。
自ら理解される努力を放棄して、理解してよと望んでるとしたらどんだけかまってちゃんなんだか。
そもそもコミュニケーションを図る、会社を理解するためには材料が欠かせない。
なんせコミュニケーションは手段であってそれ自身が目的ではないから。
情報を共有して始めてコミュニケーションが成り立つのだから、そもそも情報が確定していなければコミュニケーションスキルの高い人間が入ってきても手持ち無沙汰になるだけだろう。
コミュニケーションスキルを求める側がコミュニケーションされるスキルがないんだからこりゃもう笑い話でしかない。
今までいくつか会社を渡り歩いてきた印象だと、そもそも企業で情報基盤が整備されてないんじゃないかと感じる。つまり、コミュニケーションの素がグダグダなんじゃないかと。
で、一番何がダメかっていうと前提条件の共有の部分が決定的に弱い。少なくとも今まで務めた10社くらいの企業では。
ほんとに少ないな。。。
とにかく今だに暗黙の了解を求める傾向があるのよね、日本の企業には。外資系だとその辺どうなのかな。務めてみたいんですけど誰か紹介してくれませんか?
で、企業がコミュニケーションスキルにこだわることなく仕事を円滑に進めるためにどうしたら良いかっていったらそらもう、情報のフォーマットを整備することでしょう。使っている用語の定義とか、資料の書式、さらにはスケジュールの書き方まで、とにかく方式を統一して誰が見ても同じように理解する基盤を作ること。
これをめんどくさがって何とか都合良く解釈してくれる人を探すために「必須条件:コミュニケーションスキルの高い方」とかわけのわかんない条件をつけちゃうんでしょ。
この条件を提示している企業はだいたい内部のコミュニケーションが破綻していると思って良さそうだ。なんせ、コミュニケートを個人に依存して組織で努力しようとしないんだから。
そういや最近勤めた会社では一つのプロジェクト内で使うサーバー設定書類がサーバーごとに違うフォーマットで作られてて驚いた。こんなこと普通にあるのかよ。もう日本の伝統ある大企業は死んでるよ。
よくわからん。
どういう問題が起きても、指示する側が責任を取る。つまり、指示するほうにも責任がある。というのは、アタリマエのことだよね?わざわざ言うことか?
そもそもなんで元増田を書いたと思っているんだ?
問題が起きたら水平展開というのが原則で
事例として、すでにあるものを、調査不足から書きなおしてしまう事がある。という事例が出てきたわけで、なるほど、そういうことも起きるのか。
これからは、ちゃんとそれも含めて指示をしないといけないな。という話だよね。
だから、水平展開として、増田にも戯言的に(増田では指示的にかけないから)書いてるんじゃないか。
これを指示する側が読めば、なるほど、そういう事も起きるのか自分も気おつけようというネタになるし
指事される側が読めば、なるほど、すでにあるものがないか調べてから書かなければいけないのかというネタになる。
ようするに未来に起きる自称の再発防止として、ネタとして書いているものに、俺がオシイといわれても
じゃぁ、何をどうすればいいのか?という未来が全く見えてこない。
なぜならば、指示するほうが悪いから次回から指示しなおしをしなければいけないというのは、自明の理であり、わざわざ指摘することではないから。
自明の理ではない、次回から指示しなおしをする以上の何かを求めて、レスを続けているんだよねぇ?
具体的な工業的な判断が変とか? 散々話しをしたけど、具体的な判断としては可笑しいところはない。可笑しいのは、事前に調査してから書くようにと指示しなかった点だが
コレについては、指示する方としては、事前に調査するものと思っていたが、そうではなかった。
という事で。反省してるから、同じことが起きないように書いてるわけで・・・ なんなんだ?なにを指摘されてるんだ?
ちなみに、状況によっては、指示しないで相手の様子をみることもあると思うが、それはそで、狙ってやっているんだから問題はない。
大切な事は、今後、どういう指示出しをしていくか?という事でしか無い。というのは、レビューする側としては当たり前すぎて、言うようなことじゃない。
そもそも、問題が起きて自分に非はない。という上司は会社で生き残れないと思うが?
まさか、ここまで読んで、元増田が、コンナバカがいるよプギャーなネタだとでも思うのか?だとしたらそらちょっと。
事象の増田での水平展開を重くならないでする方法を書いて欲しい。
ちょっと聞いてくれ、指示を出さなかったら、勝手に書かれて俺反省している。次回からはちゃんと指示出しするよ・・・。
自分のミスじゃない場合は、となりのチームがなど、自分の責任じゃない範囲のこととしていうし
自分のレビュー範囲だった といった場合は、上司で責任者なんだから 暗黙的に自分の責任である。という意味は含む。
あたりまえだが、これは本人が 自分のせいだと思っていなくてもだ。周囲は当然、お前のせいだろと思っている。し、そういうもんだ。