はてなキーワード: 昼ドラとは
こないだ行った精神科で初診の問診表に「家族に以下の方はみえますか」的な質問があったんだけど、
家族って言うかひいじいさんなんだけど。
死因を知ったのはつい二、三年前のことだったのでインパクトにかけてすっかり忘れてた。
母方の実家は自営の会社が倒産しておじ夫婦が夜逃げ同然で引っ越して、
そういえばその設定は忘れてたよ、いやはや。
そういえば倒産した会社の方のおじは転んだのが原因で血栓が出来て頭を手術したそうだけど、
それが原因でバイトをやめることになって、嫁さんに「もうお前なんかいらんから出てけ」って言われた、と、
母のおじ(じいさんの弟で自殺した人の息子)がわざわざ触れ回りに来たそうな。
花咲くいろはの聖地となった湯涌温泉に先日行ってきた。個人的には非常に印象が良い温泉街であったが、この温泉街が抱え持つんじゃないだろうかという悩みも分かったような気がしたため、あくまで一観光客の暴論ではあるが書き留めることにした。
まず、湯涌温泉街に入ってすぐ抱いた印象は、ここが上品な「静かさ」を持つ温泉街であり、こうした選好を持つ個人客向けにぴったりな温泉街だろうなというものだった(一例とすれば、温泉街にありがちな射的や場末的バーがない)。これは私個人とすれば、この温泉街に希少な強みのように思え、この「静かさ」を壊しかねないアニメファンの流入をなぜ許そうと思ったのか?ということが非常に気がかりであった。
詳しく言えば、うらぶれていない「静かさ」というものを湯涌はブランド価値として認識しているのだろうか?そもそもそれを、ブランドとして認識しているのか?次に認識しているとしたらなぜいろは招致を行ったのか?そのリスク管理をきちんと計算しているのか?というのが気がかりであった。
さて、観光業もまた普通の産業と同じように、投資のリターンを得る産業である。簡単に言えば、高山鉄道を作ったり、そこに歴史ロマンがあるのだというアピールをしないアルプスは単なる険しい山だ。観光地のPRの宣伝文句自体が、宣伝文句と同じブランド意識を作るのであり、ブランドイメージは絶え間ないPR戦略によって形作られる。では、湯涌が長年投資してきたブランドイメージとは何か?
湯涌温泉観光協会によれば、湯涌温泉のブランドというのは、「名湯がある静かな温泉街」であろう。湯涌温泉は、このブランドイメージのために投資を続けてきたのであり、それは後述するように恐らく成功しているといっていい。
問題は、こうしたブランドを花いろ招致が傷つけるのだろうか?という点にある。しかし、これは表層的な次元の話なのでもう少し深い次元についての話をしてから述べたい。つまり、そもそもなぜ、「名湯がある静かな温泉街」というブランドイメージから通常、広告を打つべき20代以上女性層、30代以上男性層ではない層に宣伝したのかという話である。「名湯がある静かな温泉街」というブランド自体に湯涌温泉側が価値を見いだせなくなっているのではないか?これが極めて重大な深い次元での問題である。
湯涌温泉の経済状況ははっきり言って分からない。以下、本項では一般的な温泉街へのイメージであるやや経済的に苦境に立っている温泉街というイメージを湯涌に勝手ながら当てはめる(潤ってたらすいません)。つまり、「名湯がある静かな温泉街」では競合他社が数多く存在し、このため他にもう一つアピール材料が欲しいともがく湯涌温泉、そもそも「名湯がある静かな温泉街」というブランドに魅力があるのか怪しんでいる湯涌温泉というイメージである。
繰り返しになるが、一観光客として湯涌温泉の魅力として感じたのは、「静か」であることであり、団体旅行客向けと一瞬で分かるような老朽化した大型ホテルがないという2点だった。湯についてはその効能が他の温泉と何が違うのかよく分からなかった。ただし、白鷺の湯の盛況ぶりを考えれば地元の人々に非常に愛されていることが分かり良いお湯なのだろうということは分かった。「名湯がある静かな温泉街」というのは、概ね成功しているようである※1。
であるが、やはり「名湯がある静かな温泉街」のみではメインターゲットである宿泊客は集客できないという判断があったのだろう。そこで、湯涌には「名湯がある静かな温泉街」以外のアピール材料として、それは夢二館と江戸村を設定しているようである。しかし、夢二のアピールはそれが単独で温泉街を支えられるほどの魅力かはあやふやなものであろう(東京に美術館があり、生まれ故郷も宣伝し、他の温泉街でも夢二アピールする場所があり、そのなかでなぜ湯涌が選好されるのかは分からない)。江戸村は総花的な江戸時代博物館となってしまっており、金沢の奥座敷というブランド宣伝と違ったファミリー向けの平凡な教育施設となっている。夢二館と江戸村も既存宿泊客(リピーター)に害をなすような施設ではないため加点要素は少ないが減点要素はないのは幸いとはいえる。とはいえ、とどめをさすようで気が引けるが、web上にある湯涌温泉街MAP(事前の予習に非常にお世話になった)を見ていただきたい。右端には大正ロマンの街散策と書いてある一方、左端には武家・街やゾーンがアピールされている。これでは何を見ればいいのか分からない。湯涌の自己意識の分裂ぶりが明瞭に映し出されていると言っていい(もちろん、江戸時代から明治・大正につながる構成になっていれば文句ないのだが、江戸の住宅と夢二に大した関係はない)。
結局のところ、現在、湯涌温泉の獲得している資源とは、「静か」であることと「うらぶれていないこと」である。「名湯がある静かな温泉街」というブランドイメージは一応確保していると思われるが、メインターゲットである宿泊客をひきつけることに成功していないのではないだろうか。白鷺の湯目的で来るような人間の訪問時間を増やそうという目的があるだろう夢二館、江戸村は、しかし、一泊させることにはつながっていない。どっちとも見ても温泉に入って日帰りで帰れてしまう。いろは聖地巡礼も同じである(それでも、日帰りでくるような客層はファミリーであるため、「名湯がある静かな温泉街」というブランドは大して傷つくことがなく、メインターゲットである宿泊客に不快感を与えることはおこらなかったはずである)。
勝手な憶測だが、湯涌温泉とは、メインターゲットである宿泊客が減少する中、これを「名湯がある静かな温泉街」というブランドイメージのみでは防げないとして、新たなアピール材料を探しているが既存の施設(夢二館、江戸村)では十分に成功していないという温泉街なのではないだろうか?そこにアピール材料としての新候補としてやってきたのが花咲くいろはである。
では、ようやく元に戻る。さて、この「名湯がある静かな温泉街」というブランドを花いろ招致は傷つけるのだろうか?はっきり言うが、現状のままならば傷つけるに決まっている。4月9日の配布イベントだが、あれを宿泊客が目撃したらどう思うだろうか?あるいは爆音をならしながらバイクで聖地巡礼をする人間について宿泊客はどう思うのか?しかし、これは湯涌温泉としては当然予想できたことである。問題なのはブランド価値を傷つけるリスクを負ってまで花いろを招致したことに、どのような意図があるのかということである。
1つは、メインターゲット自体を変えたいということが考えられる。つまり、宿泊客から日帰り客に客層をシフトさせたいという意図が考えられる。「静か」というブランドに価値がもうないと判断しているという可能性がある。もう1つは、花いろ招致は、今までと同じような単なるPRの一つに過ぎないと湯涌温泉が考えており、それがブランド価値を減ずるものと分かっていないという可能性がある。あるいは、ブランド価値を減ずることは分かっていも、新規客層の増加のメリットの方が大きい(騒ぎも半年もすれば収まる)と判断している可能性がある。
第一の可能性の場合、今のところ湯涌温泉に落としそうなお金は個人につき1000円以内だろうということが予想され、この単価引き上げが急務だろう。サイダーは温泉側にとっては最悪な商品になりかねないことを肝に銘ずるべきである。1本200円のあれ(店だと189円でした)は瓶そのものもお土産としての価値があるため、食べ物+グッズという選択肢を見事に消してしまえている。いろはにおいてはグッズ問題は解決するはずだが、日帰り客にシフトさせたいのならば単価引き上げは急務だ。白鷺の湯の規模的に日帰り客を狙うことはあまり考えていないように思える(あたらしや、やました、戸田屋では日帰り客を狙った展開を考えているようである。このアピールはもっと強調してもいいだろうが、現時点では諸刃の刃と認識されているのか扱いがいまいち見えない)
第二の可能性の場合はかなり末期的であるとしか言いようがないので考えないことにする。
最も考えられそうなのは、第三の可能性、一時的にブランド価値を減ずることは分かっていも、新規客層の増加のメリットの方が大きいという判断である。花いろの良いところは視聴層が10代、20代と非常に若いため潜在的顧客を長く保てるという点にある。このため長期的に見ても、花いろ招致はプラス面を強く持つだろうことは予想できる。しかし、それでもだ。既存客にダメージを与えるマイナス面にはやはり注目すべきであり、この管理もまた重要ではないだろうか。マイナス面についてはもっと慎重に考えるべきではないだろうか。長年投資してきた「名湯がある静かな温泉街」というのは意外に貴重である可能性が十分あり、現状のリピーターを奪ってしまう可能性は深刻なものと受け止めるべきである。
では、湯涌温泉は花いろについてどう対処すべきなのだろうか。答えはシンプルであり、少しでも不快な事態が起これば、PAワークスにすぐ苦情を申し立てたり、出来ればファン向けに何らかの注意を呼びかけるべきである。バイクについては深いところまで入れるべきではないだろう。イベントについては他箇所に譲る、あるいは、逆に大々的なものにしてしまいファンではない他の客を一笑に付させてしまうのが良いと思われる。湯涌温泉に分かっていただきたいのは、作品を愛するアニオタの敵は、その作品世界観を壊そうとするアニオタであり、激しい同族嫌悪が我々の特徴であるということである。そして、このアニメは作品を愛するファンを数多く生み出すことが予想できるのだから、過剰反応と思われない程度には警告を発し続けるべきである(出来るだけマナーを守るファンとそうでないファンを分断させるような方法で)。
さて、長くなったが、まとめると、
①花咲くいろはは朝ドラ・昼ドラ的なものをアニメに移植させ新しい科学反応を試すという冒険作であり、いわゆるアニメとは違ったアニメになるだろう(信者的目線では)。しかし、それはアニメを見ればの話であり、アニメを見ない層からはいわゆる深夜アニメでしかない。
②湯涌温泉が長年投資してきたブランドとは、「名湯がある静かな温泉街」であるが、名湯はアピールしきれておらず、「静かな」は花いろ信者の来訪によって傷つけられる可能性がある。
③花いろ効果は②のマイナス面を打ち消して余りあるものになると思われるが、それでもマイナス面については慎重に考慮すべきである。苦情を言ったところで、それはファン間の内ゲバになるだけで、ついてくるファンは数多くいる。
④そもそもこうしたブランド価値を傷つけかねないPR誘致を行った原因についてはきちんと整理するべきであり、湯涌温泉はブランド戦略について徹底的な議論を重ねるべきである。
⑤とりあえず、日帰り客は大してお金を落としていないので、客単価を引き上げる行動をするべきである。
以上の事を、先日感じました。物事にはプラス面とマイナス面があるのは当然なことですが、今回の場合、そのマイナス面が湯涌温泉が投資し続けてきた資源を傷つけかねない(元々観光地で生計を立てていたというところが鷲宮等と決定的に違う)のが気がかりです。花いろ誘致は大正解だと思いますが、慎重に取り扱ってほしいなと。ま、アニオタ専用温泉とかに開き直るのもいいのかもしれないけど、個人的にはそうなったら行きたくないので。
※1
個人的には、この路線の徹底的な深化が議論に上がったかどうかが非常に気になってしまう。先ほど述べたように、湯がどれほど良い湯なのか一見でも分かるようにアピールし尽くせていないのは問題である。本当にいいお湯ならば、どういう比較優位があるのか等アピールし尽くすべきであろう。湯が本当に良く静かならば、高価格路線(現在の湯涌は中価格)でも全く問題ないはずだが、この可能性はなかったのだろうか。あるいは、金沢駅から立地が近く、それでいて静かな温泉というのは相当貴重なはずであり、立地の優位を生かして個別・ファミリー別に送迎するなど中価格ながら高品質なサービスを提供するのも手であったはずである。
以下の増田と同一人物です。
http://anond.hatelabo.jp/20090615221632
標準的な、ある一面で理想的な「日本の」大学生生活の第一歩をうまく描いているな−と思う。
自分も多くの人と同様、とらドラ!のような輝かしい高校生活も、ゴールデンタイムのようなリア充的大学生活(これからどうなるかわかんないけど)も送ったわけではないが、かといって全くなかったというわけではない。
そういうちょっとしたところで心に引っかかるというのも、作品にひきつけられる一因なのだと思う。
今後の予想をしてみようかな。増田だし何でもありで。
だれがみのりん化するかと言ってもいいけど。
大本命は千波だよな。多分2,3巻あたりで人畜無害っぷりを散々振りまいといて、中盤あたりから急変しそう。詳細は後述。
次点は光央。このあたりは次項で書く。
いわゆるギャルゲー(あんまやったことないけど)でいうと、香子視点から見た光央シナリオって中盤超えたあたりぐらいの位置になると思う。
この話の場合だと、光央は今の香子に嫌気が差して千波に走るけど、色々乗り越えて雰囲気が変わった香子と、千波の嫌な一面とかを見てしまって、最終的に香子の元に戻るみたいな展開。
「光央シナリオ」で通せばそれでハッピーエンドでいいのだが、残念ながらこの話の主人公は光央ではないのでそうは問屋が下ろさない。
で、心変わりした香子に対して黒化するリスクというのを光央は持ってるんじゃないかなと思うわけ。
百歩譲って香子と仲良くなれたとしよう。
これが光央主人公のギャルゲーであれば「香子シナリオ」ハッピーエンドでいいのだろうが、残念ながらこの話はギャルゲーではない。
自分が好意を寄せている男性の前に、突如現れる不快な女。初対面でいきなり足を踏みつけて、昼ドラマニアも真っ青の脇役っぽいセリフで自分を罵った女。そして目の前の男性は明らかにその女のことを嫌っている。これでこの女に対する印象が悪くならない女性がいたら見てみたいものだ。
一般に男性が浮気をしたとき、女性は相手の女性に対して敵意を抱くという。ましてや、印象最悪の女に奪われたとしたら普通は怒り狂うだろう。
現時点では千波の内面について全く描かれていない。ゆえに、今後千波の黒い内面が表面化してきても全くおかしくないのだ。
もし光央が香子と寄りを戻したくなった場合、光央の振る舞い次第では破滅的な結末に向かってもおかしくないかもしれない。
さすがに刺されたり目の前で自殺されることはないだろうが。
きっと次巻かその次ぐらいでフォーカスが当てられるであろう、リンダと万里、そして香子との関係。
といっても、今のところこっちの展開はあんまり興味がない。
どうみてもリンダが気を遣ってるのは明らかだから(でなきゃ知らないフリなんてしない)、そのうち香子と仲良くしてる万里を見てるのが耐えられなくなるだろう。
で、万里の方は香子といい関係になってきたあたりで記憶復活。三角関係に苦しむ。
っていう展開が想像できるので、この予想を裏切ってくれることを願うばかりだ。
リンダが万里のことすっぱり諦めて、他に彼氏作ってたりしたら面白そうなんだけど。
万里って空気だよね。
話に(直接)絡んでこないのでなんともかんとも。今後に期待。
あーたくさん書いたらすっきりした。
仕事しよ。
喪男がたまたま女性とうっすらとした関係を持つことが多くなり、当然喪男だからやる気がなかったり、やる気があってもうまくいかなかったりして、女性に説教される話だと聞いた。
やる気がないんじゃなくて、ヘタレ。自意識過剰。自虐的。ウジウジ。面倒くさい事になったら逃げ出したり引きこもったり(←この辺りを女性に叱咤される)。
「なんでテメーそこで逃げんだよ!wwwヘタレすぎんだろwww」ってのを楽しむ感じじゃないかなあ。
で、今ふと気付いたんだけど
少女漫画や昼ドラでよくある「ヒロインが複数のイケメンとイイ感じになって、誰を選ぶか迷ったり、あっちいったりこっちいったり揺れたりする話」の性別を逆転した感じかな…。
やきもきさせて引っ張る商法みたいな?
父親が苦手だ。
彼の娘として生まれて30年近いけれど、まともに話した記憶も無い。
学校行事に来てくれたことも無いし、旅行に一緒に行った事も記憶の限り無い。
そう言えば名前を呼ばれた事もほとんど無い。
目も合わせてくれない。
ただ時折二人きりになると、私の人生がいかに間違っているかを一方的に短く言い放って、あとは新聞に目を落とす。
彼が一体何を考えているのか、私の事をどう思っているのか、さっぱり分からなかったけれど、今日ようやくスッキリした。
母が耐えきれず私に零したのだ。
ごめんなさいね、本当にごめんなさい。
そんな謝罪から突然始まった告白は、ちょっと私には重すぎた。
母は元々父と結婚する気などさらさら無かったらしい。
なにせ父と出会った時、母は別の人と結婚していたし、なにより父自身が別の女性と結婚していた。
なのに、父は母に迫った。
そうして無理やり関係に及び、その一回で運悪く私が宿ってしまった。
母を手に入れる為に、父は私を植えつけたのだ。
母はなんと言うか、間違った方向に情にもろい人間で、前妻がどれほど恐ろしいか泣きながら語る父を見ていたらどうしても放っておけなくなってしまったのだと言う。
無理やり既成事実作った男に同情するなんて、ありえない。
ありえないはずなのに、こうして私はここに今生きていて、父は相変わらず私に興味がない素振りをしている。
はっきり言って末期の馬鹿だ。
そんな昼ドラみたいな安っぽい人生劇場、今更言われたってどうしたらいいの。
謝るくらいなら、墓まで持って行って欲しかった。
私はそんな事、これっぽっちも知りたくなかった。
茫然自失状態の私を見て、母は慌ててこう付け加えた。
「でもね、おとうさん、最初こそアレだったけど、今は昔よりはあなたのこと、可愛いと思っているのよ」
ねぇお母さん、知ってる?
その言葉、最強のとどめだってこと。
死にたいなんてことは思わないけれど、父に対して今まで必死だった私が可哀想すぎる。
きっかけは、暇でやる事無いから楽器始めた。
当時家は遺産で揉めてて、リアル昼ドラみたいな骨肉の争いだったのだけれど、それは大したコトじゃなかった。
そっちの揉め事より、自分の鬱屈した感情・憂鬱としてるコトの方がなんとかしたかった。
ゲーム、漫画、映画etc・・・。インドア系ばかり好きだった自分にとって、当時音楽は憂鬱を解消する救いであり、向上心、心の拠り所だった。
誰かが言ってた「宗教」みたいなもの、それに近かった。
でもかなりの下手糞。だから、思いっきり練習した。カッコ悪いし。
「演奏技術を高めよう」「もっと音楽として聴けるものに近付こう」「オレは不細工だしコレしかない」
そんなコト思いながら、学校から帰って22時ぐらいまで練習の日々だった。
良く聞く、一晩寝ずに練習とは自分は違った。
血豆の数が嬉しかった。血豆が破れた時の風呂は痛いけど楽しかった。
あぁオレバカだったんだなって思えて笑ってた。ここで初めて心から人生って楽しそうと思えた。
要領がいいヤツなら、これと並行して学生生活もエンジョイするのだろうけど、バカだから練習漬けだった。
脳内も音楽漬けで、通学時ウォークマンの電池が切れたらイライラしてた。替えの電池パックに感動してた。
でも幸い彼女は出来た。バイトもやった。今思えばアレはアレで良かった。
当時、闇雲に色んな曲をコピーした。自分の技量に見合った曲、見合わない曲。見合わなかったら練習した。
好きと思えたらなんでもやった。ジャンルも良く分からなかったので本屋行ったりして、子供の発想で色々調べた。
その過程で音楽から色々な考え方、テーマ、歴史、感情を学んだ。今でもアレは良い経験だと思う。
Alternativeからは追求する精神を。
PoPからは聴きやすさの基準を。
Glindcore,ska,GAME…(略)
上みたいに、あくまで自分の目安で色々なジャンルを漁っていった。
そのままコレで飯を食うと決め卒業し、現実の壁を実感しながらも、バイトしたり派遣したり、会社に入ったり色々バカやって歳をとった。
だが歳をとるにつれて練習量も減っていき、音楽に対する探究心が薄れていった。所詮若気の至りかと。見苦しいけど続けた。
そういう人脈もか細いが増えた。
そして今、また転機に差し掛かっているが正直なところ疲れた。
贅沢なコトを・・・という自覚はある。
でも疲れた。
飲み会の帰りに、異性の友達を部屋に呼んで二人で飲んでいた。
学校でもサークルでも、友達は男女問わずにいる方で(多くはないけど)、普段から分け隔てなく付き合ってたから、別にその状況自体はおかしくもなんともないし、普通だった。わりと仲いい方だったから、二人でご飯とかもよくある感じの関係。
好意はあるけど彼氏彼女じゃないのは、もちろんそれが恋愛の意味での好意ではなかったからだし、そのうえお互い別に相手も居る。自分は遠距離で3年以上続いていた彼氏が、友達は付き合って1年以上たつ彼女がいる。自分の場合、自分がこんなに自由な交友関係を続けていられるのは遠距離のせいもあるかもしれない。もちろん、彼氏はそういう性格を知ったうえで付き合っていたけど。
ちなみに、友達の彼女は自分の親友でもある。友達も親友も、自分は本当に好きだ。それは間違いない。
好きな友達同士が仲良く付き合ってくれていたら、それにこしたことはないんだけど、この2人は仲がいいのか悪いのか、客観的には中々判別できない関係だった。彼氏の方はツンツン過ぎて他人の目のあるところでは彼女と口も聞かないくらいだし、でも彼女は彼氏のこと好きすぎて何でもいいみたいだし、そんなのだから本当は人の居ないところではデレデレしてるのか、本当に駄目なのか、イマイチよく分からなかった。二人が仲いいのがいいんだけれど、でも自分は二人とも個別に好きだから、駄目なら駄目で二人がそれぞれ幸せになれればいいと思っていた。
そんな感じの友達と、ほどよくいい気分でいろいろ話した。コンビニケーキをつつきつつ、いろんな話を。基本ツンだから彼女の話は振らずにいたけれど。
そんな折に、なんというか、なんだったのだろうなあ。今考えても不思議だが、どこをどう間違ったのか、気づいたら友達の腕の中にいた。
前後に何の話をしていたのか、あまりよく覚えていない。一瞬のすきをつかれた気はする。腕の中は、人肌で暖かくて、気持ちよかった。遠距離が染み付いていたものだから、それが懐かしくて、身にしみて、振り払うことが出来なかった。
振り払わなかったのだから、同罪である。友達は優しい子な上に小心者だから、一言いやだと言えばすぐに止めてくれただろう。けれど言わなかった。彼女の方の、友達のことを考えなかったわけではないが、しかしそれ以上に久しぶりに触れた人間は暖かくて気持ちよかったのだ(ずっと目をつぶっていたから、本当に暖かさしかわからなかった)。
どれくらいそうしていただろう?夜も明け方に近くなり、とりあえず寝たいということで一旦離れた。さっきまでただの普通の友達だったものだから、そんな人にくっついていたかと思うと恥ずかしくて顔が見れなかった。そこで止めておけばよかったものを、眠たいから寝ようということになり、だからベッドで一緒に寝た。こたつで寝ればよかった。
この「寝た」は深い意味があるわけでもなく、そのまま寝ただけだ。彼氏が泊まりに来た経験があったから、二人でも問題なく寝れるのは分かっていた。狭いからずっとくっついてはいたし、キスもされたし胸もさわられたが。男って本当に誰とでもできるんだな!朝になると起きて帰った。
それだけだった。あれは一体なんだったのか?翌日もサークルで顔を合わせたが、恥ずかしくて直視できなかった。なんなんだ、これは。成人したばかりだというのにこんな昼ドラ的な展開は期待していない。
あれ以来、その友達と接するときは以前と同じでまったく変わりない。彼女とも変わらず続いているようで。相手が何を思っているのか分からない。本気で分からない。自分はとりあえず嫌われてやしないかとひやひやしている。寝相があまりいい方じゃないもので。
ちなみに、つい最近自分は3年続いた彼氏と別れた。理由は、まったく別のところにあるもので、これらの出来事はこれっぽっちも関係ない。これのあった後一週間も経たないうちだろうか。自分から切り出したが、原因はやはり「遠い」の一言につきる。新幹線で往復は、学生には辛い。生活リズムもずれてきていたし、他にやりたいこともできたから。
自分はフリーになっても、その子とはきっと何も変わらず今までどおりの関係で仲良く友達でいるんだろうけれど、なんだかとっても腹が立つのでこぼしてみた。
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- リトバスは友情
- Rewriteは嘘
- Rewriteは日本が諸外国に誇る文化
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キャラ作ったりする立場から一言だけでも書かせてもらうとすれば、
処女と非処女はそんなに簡単に決められないってこと。この前もナヨっぽい主人公多いよなーって話を見かけたけどさ
たとえば十代ヒロインは18よりも若いなら非処女ではまずい。この建前はわかるはず
倫理観や常識から外れないように年齢や容姿を考えていくから簡単にっていうのは難しいんだ
彼氏・彼女がいるとかまではいいんだけどね。スイーツのあり方にはちょっとどうかなって思うよ
ほとんどの場合は明言しないけど「たぶん、知らないんだろうなー」くらいににおわせておきたい
逆に二十歳過ぎだと今度は処女にしておくとまずい場合といい場合がある。こっちは状況に応じて使い分け
処女厨の感情は別として、十代主人公たちがすでに経験済みっていうのはいいイメージを与えない場合がある
スイーツはこの逆だけれど、普通は処女童貞にして性体験は書き連ねないのが普通でしょ
後、恋愛経験者の話はあまり面白くならない。初心者が何も知らないことにてんやわんやくらいがちょうどいい
ありえない話なんだから読みたいわけでどこにでもあるような話は読みたくないでしょ
ここから個人的な感想
そういうわけでエロ・萌え主体の作品に主要な女性キャラのうち何人かは非処女、
という作品がもっと増えたほうがいいのではという気はします。
どろどろの肉体関係だらけの話は昼ドラとおじさん漫画とポルノでいいわけだけどオタ系でそれだったらイロモノという感じが
http://www.simple-talk.com/author/robyn-page/
イギリスの昼ドラにでている女優((もっともセクシーな新人にノミネートされたこともあるそうな))がSQL絡みの専門的な記事を書いていてgeekが小躍りしているようだ。
http://www.reddit.com/r/programming/comments/7hvn8/is_this_real_a_hot_tv_actress_that_writes_sql/
ソーシャルブックマークでは「マジかよ!ホットなTV女優がSQL Serverの記事を書いたぜ!」という記事が。
Not real. There are no girls on the Internet.
So who shops at victoriasecret.com?
(じゃあヴィクトリアの秘密ドットコムで買いものしてるのはだれなんだよ)
Dyslexic men.
(読字障害の男さ)
Technology sponsorships...
I'm Barack Obama, and when I need to analyze my log files, I use ______.
Sounds like an idea.
「私はオバマ、ログファイルを分析するときは「 」を使ってるよ。」
いいアイデアじゃない?)
The S in SQL stands for sexy right?
INSERT ==> INTO \|/
---
日本だと、技術につよい女優やアイドル(芸能人全般でもいいけど)って誰がいますか?
(男性だとZEEBRAがAppleScript書いてましたね。アイドルではないですが。)
http://anond.hatelabo.jp/20081205004633
これを読んで、大学時代のサークル仲間を思い出したので書く。A子とする。
A子は大学時代、もてていた。芸能人になるような美人ではないが、サークル内の男子はみんな
A子にすかれるべく一生懸命だったし、彼女はそれを気づかぬふりをしていた。
A子は、だいたい3ヶ月から半年ペースで、サークル内外で彼氏をくるくると切り替えていた。
もちろん、必ずつきあうのは彼女持ちの男子。サークル内で昼ドラが見れる、というくらいの惨劇がよく起きていた。
卒業後、34歳になるまでA子と連絡を取り合うことはなかったのだけど、mixi のコミュで再会。
相談がある、というので、私が実家に帰った際に会って飲むことに。
お互いの近況を言い合う。
私:27で結婚、29で出産、仕事は東京で企画の仕事。夫はIT系営業。
A子曰く、地方都市の男はお金を持っていないので、是非私のダンナ主催で会社の人とのコンパを
やってくれないか、との事だった。東京の男と知り合いたい、と。
あれ?昔は彼女こんながっついてなかったよな・・・?
コンパって、周りの人がセッティングしてくれてた感あるけど、自分から動くのって珍しいなあ。
と思っていたのだが、彼女と話しているうち、気づいた。
何となく、幸が薄いのだ。
というか今までもそうだったのかもしれない。幸の薄さ+若さで、男を引き寄せていたのかもしれない。
こいつを一人にしておいたらだめだ、とかね。小さくてかわいいとか。守ってあげたいとか。
でも、30半ばで幸が薄いって、はっきり言って男は避けると思う。女の私でもちょっとぎょっとする。
しかも、20代でさんざん、「男にモテる」ということだけで自信を持って生きていたA子が、男にモテ無くなったことで、
よりいっそう、幸が薄く、自信なさげな女に成り下がっていた。派遣社員で収入が心許ないというのも、
幸の薄さに拍車をかけていた。持っているブランドバックはきれいだったがずいぶん前のデザインだった。
私はユニクロで買ったアトムのTシャツとGパンだったけど、こっちの格好の方がまだマシだと思えた。
私は、「うちのダンナはコンパとか苦手なんだよね〓営業のくせに。子供が出来たら日和っちゃって」と言って逃げた。
うまいこと断ったつもりでいたのだが、よく考えるとこれってフルボッコの言葉だったかも・・・。
A子は「そっかー。」と言ってカルアミルクを飲んだ。私は横で芋焼酎飲んでたけど、こっちの方がマシだと思えた。
どうして女ってこういうしょーもないこと好きなんだろ。
浮気してそうなら、話し合えばいいのに。
昼ドラの見過ぎじゃね?お前、夫のこと愛してないだろ。
キモいと感じるかどうかなんて人それぞれでは?あなたが好きかもしれないお笑い番組、韓流ドラマ、ジャニーズ、昼ドラ、どれを取ってもキモいと感じる人にとってはキモい。
ポケモンが好きだからって誰かに迷惑をかけていますか?もしそうなら、ポケモン好きを否定するのではなく生じている何がしかの「迷惑」についてだけ息子さんと話せばいいと思う。そうでないなら、否定される理由がない。
あなたとあなたの息子さんは別個の人格であり、家族ではあっても他人です。高校生にもなる息子さんをあなたが管理できる/すべきと考えているのなら、あなたは子離れを真剣に考えるべき。偉そうにごめんなさい。
このくらいかなあ?
上から順に具体的な訓練をあげていく。アホみたいな内容だけど、本を読むよりは体を動かす方が有効じゃないかと思うw でも根拠は特にない。
これを読んで思ったこと。
という風に分かれるのだけれど、正直どっちも違うんだよなあとその度に思う。
作品の質が、メインカルチャーだからよいとかサブカルチャーだから悪い、あるいはその逆だとかいうけれど、そもそもそれって関係のあることなのかどうか、と、クラヲタ(クラシックオタク)の俺としては思ってしまう。
音楽の世界でよく持ち出されるのが、音楽家なんて昔は貴族の召使いで、オペラなんて町人の娯楽じゃないかという話。確かに、モーツァルトのオペラの粗筋は昼ドラやらハリポタ並みだし、ベートーヴェンの交響曲はチンドン屋節、そしてシューベルトの歌だってオーストリア民謡だ。そしてそれを根拠に、「難解なだけの音楽は音楽ではない、だからクラシックはもう文化として死んでいる」なんていうことを言う人も、世間レベルではまだまだいる。
だけれども、クラヲタの俺に言わせれば、彼らの良さは別に素材の俗っぽさが原因ではない。あの時代には、高尚な素材を使って下らない音楽を書いた奴も沢山いたが、低俗な素材を使って下らない音楽を書いた奴も同様に沢山いたのだ。
要するに、素材が高尚だの低俗だの、あるいは作品が難解だの明解だの、それらのことが作品の質とは必然的には関係しないということだ。
それだけのことがわかっていない奴が20世紀にはまだ力を持っていて、たとえば大指揮者のバーンスタインという人はミュージカルの作曲家でもあったのだけど、彼の代表作「ウェストサイド物語」なんかは最も成功した現代音楽作品でありながら、コアなクラシックファン、特に現代音楽ファンからは軽視されたりもしていた。
だが、そんなことはもはや昔の話だ。たとえばビートルズの作品の質の高さは誰の目にも明らかで、クラシック以外から音楽の傑作が生まれないことは明白に事実に反していることは誰もが認めている。その結果、現代ではジャズピアニストがクラシックを弾いたり、あるいは民族楽器奏者がオーケストラと競演したり、クラシックの声楽家がロックのスタンダードナンバーをアレンジして歌ったりということが、部分的にではあれ、普通に行われている。そんなことをしたからといってファンから見放されるなんてことはあり得まい。
そういう目で見ると、文学やらその他の世界で言われている話ってのは今更に思えてならない。純文学が漫画やゲームやケータイ小説より優越していたり、あるいは劣っていたりしなきゃいけない理由なんてどこかにあるのか?誰が見ても手塚漫画は平均的な芥川賞作品より圧倒的に作品のレベルが高いし、逆にエロゲーの凡作は村上春樹作品に人気でも質でも及ばないというのが、世の大半が一致する見解だろう(個人的には村上もエロゲーも大嫌いだから客観的な判断はできない、すまぬ)。
カルチャーのメインとかサブってのは単にメディアだけの問題だろう。使っている楽器とか雑誌とかが違うことが、作品の質に必ず影響すると考えるのは根拠がないことじゃないのか。この手の議論を聞くと「理系の人間は哲学がわかってないからだめだ」とか「文系の人間は熱力学の第二法則も理解していない」みたいな低俗な論争を思い出してげんなりしてしまうのですよ。
追記 題名が誤解を招くと思ったので修正しました。