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2010-11-30

少子化の原因は「機会均等法で自活できるようになった女性意識変化」による未婚率の増加と晩婚化

出生率には未婚女性も含む

 平成17年出生率は1.26。しかし「1夫婦あたり平均1.26人の子供しか産んでいない」は間違い。

 この調査の対象者は「15歳から49歳の女子全体の平均出生児数」。

 つまり、『未婚女性も調査対象とされている』。



■《1夫婦当たりの平均出生児数》は?

 昭和47年の調査では2.20、そこからほぼ横ばいで平成9年は2.21。

 つまり、『1夫婦あたりの子供の数は変わっていない』。



■では、なぜ出生率が下がるのか?

 一番の原因は未婚にある。

 30代女性の未婚率の推移を見ると「昭和45年は7.2%」だったが「平成17年は32%」まで増えている。

 つまり、『30代女性のうち3人に1人が結婚していない』。



政府が取るべき対策

 1夫婦当たりの平均出生児数がほぼ変わっていないことから、育児環境改善は解決策ではない。

 1番の問題は、明らかに結婚しない女性が増えていていること』。それは男性の未婚率の増加も招く。

 →「独身女性税」の創設が、最も有効な対策。

 →★25歳以上の独身女性は、所得の有無に関わらず「年額100万円」の納税を義務とする。



■参考資料

 ◇出生数及び合計特殊出生率の推移(厚生省調べ)

 ◇平均出生児数・平均理想子ども数の推移(厚生省調べ)

 ◇年齢別未婚率の推移(総務省調べ)

2010-03-31

ODA・情けは他人のためならず

ttp://www.mofa.go.jp/mofaj/press/enzetsu/18/easo_0119.html

実は私、西アフリカのそのまた西の端にあるシエラレオネという国で、昭和45年から2年生活したことがあります。

年齢で言うと、30歳になった年に行き、32歳までおりました。

実家会社からの派遣でした。ご存知なくても一向構いませんが、私の実家というのは元は石炭の山を掘っておりました。シエラレオネでは、ダイヤモンドを掘れという命令です。

日本大使館や領事館が何もない時代でした。青年海外協力隊も来ていない。

自分で水を汲んで風呂を炊き、発電機を動かして電気を起こすという、協力隊の諸君がしているような生活を送りました。それなのに、アメーバ赤痢マラリアに、私の会社から行った中では私だけがかからなかった。まあこれは、余談であります。



 ダイヤモンドを掘る現場ですから、マシンガンで襲われたりする事件に、いちいち驚いてはいられない。けれども我々のところは、全く襲撃されませんでした。部族の長老にきちんと挨拶をしてあるし、電気を起こしてあげたり薬を譲ったり。指導者たちの信頼を勝ち得ていたから、命を狙われるというような心配は何もなかったわけです。



 この時期以来、私はいつしか、「日本の常識世界非常識などと言うが、日本人アフリカでもっと働くようになると、日本の常識は素晴らしいと言われるようになるのじゃないか」と思い、口にもするようになったのです。



 というのは2年というもの、我々日本から行った者と同じようにして、現地の人たちと一緒に汗を流しているヨーロッパ人や、アメリカ人の姿というものに、あまりお目にかかることがなかったからです。一般化しすぎるのは慎まないといけないが、少なくとも我々日本人だけでした、現地の人々とまったく同じ目線で、共同して働くという姿勢を持ち合わせていたのは。



 同じ姿勢が、途上国ODAの実行に携わるJICA協力隊NGOの人々に、昔も今も変わらず明確に見て取れることは言うまでもありません。

2010-01-16

大阪大学基礎工学部情報科学科について

大学教育について話題になっているようですので、私が卒業した、大阪大学基礎工学部情報科学科について書いてみたいと思います。



大阪大学基礎工学部情報科学科は、昭和45年に最初に国立大学に設立された情報工学関連学科のうちの一つで、コンピュータサイエンスの分野では日本で最も古い歴史を持っている学科、ということになります。



情報科学科の特徴は、そのプログラミング実習の充実ぶりです。入学すると、まずPascalというプログラミング言語構造プログラミング勉強することになります。次にアセンブリ言語であるCASL勉強し、Pascalアセンブリ言語を応用してC言語勉強します。またその後、スクリプト言語であるPerl関数型言語MLオブジェクト指向言語としてJava学習します。

また、言語だけではなく、コンピュータサイエンスの基本であるアルゴリズムデータ構造についても幅広く学ぶことができます。



全ての実習は課題が出され、実際にコードを書かなければいけません。例えばC言語の授業の最終的な課題は、「shのようなシェルプログラムを作成すること」でした。最終的には、「Pascal風の言語CASLに変換するコンパイラを作成する」という課題に取り組むことになります。

大阪大学は全体的に単位の取得が厳しいことで知られていますが、情報科学科も例外ではありません。もしプログラミングをあまりしたことがないのであれば、遅くまで実習室にこもることになると思います。だけど、それは情報工学世界で生きていくためには必要な知識なのです。

実習で勉強する言語は、Javaを除くとあまり現在使われている主流の言語とは言えないのですが、様々な言語を学ぶのは「プログラミング言語はそれぞれに違いがあり、それぞれに適した用途がある」ことを理解することに繋がります。また大学卒業してから、新しい言語を学ぶ必要が出てきたとき、それに対応する能力を磨くことができます。

日本大学で、ここまで実戦的なコンピュータに関する教育を行っている場所はあまりないのではないか、と思います。コンピュータがどのように動いているのか、内部原理までしっかり教えてくれます。卒業生の進路は、研究者というよりは、エンジニアとして開発の現場で働くことが多いようです。

大阪大学入試問題は、東大京大と違って特殊な問題はそれほど出ません。努力でなんとかなるレベルだと思います。



情報工学は新しい分野なので、大学院研究するために必要な知識は他の分野ほど多くありません。このため情報工学科では、3年生の夏に大学院試験を受けて合格すれば、学部を卒業しなくても4年目から大学院に進むことができます。この仕組みを活用すれば、5年で大学院卒業できます。実際、学部生の1/4くらいはこの仕組みを活用しています。



もちろん、ここに書いたのは情報科学科の全てではありません。ネットにも他に情報がありますし、もし興味があったら、大学オープンキャンパスに行ってみるのもよいと思います。

コンピュータ世界は変化が激しくて、エンジニアとして生きていくのはとても大変ですが、それでもいい、プログラマとして将来何かを作りたいんだという人であれば、ここはそのための力を与えてくれるはずです。進学先として検討してもらえたら幸いです。

2008-12-12

http://anond.hatelabo.jp/20081212030314

銭湯は不当に高すぎる。いや、需要を考えれば致し方ないが

昭和25年葉書一枚、昭和45年ラーメンの1/3強、昭和55年にかけそばの2/3

http://homepage2.nifty.com/NG/sento/sento02.htm

かといって葉書一枚の料金で風呂に入るのは、自分だけじゃないもんなあ

2008-07-06

anond:20080706211916

右派左派親米反米リンクしてるのが問題なんだろうねー

経済的な右派左派歴史観的な右派左派は別の概念であるべきなんだろうけど、

それが固定されて成長してきたのが問題なんだろう。


戦後の米ソ対立のなか、日本は基本的に経済成長を続けていった。

年功序列終身雇用で、適度にがんばってりゃ適度にいい給料が貰えて、

手前の食い扶持の心配なんてほとんどしなくてよかった。

(ちなみに昭和45年失業率は1.3%だってさ!)

http://www.hrr.mlit.go.jp/library/hokuriku2006/s1/1-10/01situgyou/situgyou.xls

だからみんな基本的には経済のことになんか関心はなくて、

戦争とか核ミサイルとかそういうのでイデオロギーが対立してた。

日本が豊かだったせいで、増田が言ってるようなグループが育つ余地がなかったんだろうね。


むしろ経済左派歴史観右派ってのは戦争前に流行った形態で、

ヒトラーなんかは結構近いこと言ってる。

それに対する反感なんかがごく初期にはあったのかもね。

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