はてなキーワード: 星座とは
飲み会での話された内容と敗因と今後の課題について以下のようにまとめてみた。
家政婦のミタがかなり流行っているようで、全くチェックしていなかった為頷くだけしか出来なかった。
テレビ無いからって言った時のみんなの哀れみの目が忘れられない。
要テレビジョン。
星座に絡めて性格や伝説を覚えておくことで相乗効果が生まれ記憶に定着しやすくなる可能性が高い。
要天文ガイド。
星座と絡めて一発で当たった時にかなりの盛り上がりを感じた。
対処法がよくわからないが、星座と同じように性格等を絡めて覚える必要あり。
動物占い。
釣りとか、鉄道とか、とにかく何か一つ強い奴はモテると言うのがわかった。
話し振られて特に趣味がなく、しばらく沈黙した挙句に、思いつきで古いファミコンゲームの話を切り出してしまい完全に無視された。
よく考えれば読書と絵があったが、ラノベと漫画じゃちょっと恥ずかしい。
テレビが無いと言ってそれほど経っていないのに嫌がらせ??なのかと思った。
思い出せる限りの女子アナの中ではチノパンとか好きだったと思う。
もう相当古いと思うけど。
今はカトパンと言うらしいが、見た目は全然好みではないし、イマイチ。
高橋真麻は正確がよさそうで良い。
石原さとみの唇最高とか言って、なぜかかなりの盛り上がり。
そう言う話で良いのだろうか。
最近の若くて可愛い子で言うと大橋のぞみちゃんとか…さすがにこの年ではキツイだろう。
昔ファンだった貫地谷しほりちゃん。
以上、次回飲み会に向けて頑張ろう。
http://anond.hatelabo.jp/20110906150347
読んだけれども全部は内容を把握できてないかもしれません。アダルトチルドレンというのは、ずっと前にも自分の今は使ってないgreeの中にも書いたのですが、アダルトチルドレン オブ アルコーリック の前の部分だけを取り出したもので、アルコール依存症患者とともに子供時代を過ごした人(今は大人)について、を指す言葉で、その人たちが大人になった時に同じような精神症状を示し、それがどうも過去に起因するのではないかと、精神医学の分野の人たちではなく、アメリカで心理療法家や臨床で精神的な問題を抱えた人に心理的なアプローチをする実際に身近にいる治療者たちから、言われ始めそのような研究や論文も(英語の論文サイトで見た事もある)少しはできたりしてたらしいです。(少しはと書いたのはアメリカが元だけど、そんなにアメリカで持て囃された理論でもなかったと思うから)
しかし、虐待の連鎖については、調べてみたら有意な差は認められなかったという結果が出た事もあったと、日本の精神科医のサイトで見たこともありました。(この元の論文は探してるけどまだ見つけてない)
日本では、虐待の連鎖も理屈や理由や統計は求めらずに一部専門家が言ったら、確定事項みたいに流布してしまっています。ACの流行の盛りは過ぎたと思ったのに、質問サイトではいまだに虐待の連鎖を心配して、被虐待者が自分が将来虐待するのではないかと相談しています。被虐待者に不安を与えて信者にして儲けようとしている人もいるかもしれないと思ってしまいます。日本の精神医学の学会ではACというものには懐疑的らしいです。なぜかというと、アダルトチルドレン オブ アルコーリックの人の症例や理論を拡大解釈し過ぎだし、誰にでもあるような事や、大して問題とも言えない事まで問題視する本をAC理論を唱える関係者がを出したりしてたからです。
虐待により精神的な問題を抱えるようになった人たちがいるのは事実だと思います。その人たち(自分もかもしれませんが)に適切な治療の場やサポートが与えられる必要はあると思います。AC本批判の医者の中にも極端な考え方をしている人も居ると思います。 精神症状の原因を外部に求めるのがいけないという書き方の本もありますから。どちらとも決め付けられない事だと思います。
こんなふうに意見が別れるのも、抽象的でどちらとも言えないもの決め付けられないものを、AC本は決め付けてしまっているからだと思います。
極端な考え方のものはともかくとしても、精神医学系の学会が、ACという考え方に関して疑問視していたと知って、書かれた疑問も読んで、ほっとはしたものの、なんだ、自分が思ってた事と同じではないか!もっと早く言ってよ!!と思ったことはありました。
認識の問題とか、自分の回復のために、そのような問題を書き綴って確認作業のような事をするのは、本人にとって害はないからよいと思いますが、お金を払って治療を受けに行くと、信者にされる可能性もあると思います。
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昼間に書き始め、途中でやめて、また書いているので、最初言いたかった事とずれてしまったかも。
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こういう問題について書こうとするとよくわからなくなってくる。
ただ、アダルトチルドレン オブ アルコーリックは、アルコール依存症患者とともに育った子供時代を持つ大人を指すので、例えてみれば、中国残留日本人孤児の人たちが今は大人なのに孤児と呼ばれているので、中国残留孤児だった大人と正確に呼び、その後半部の「孤児だった大人」の部分だけで呼んで「孤児だった大人」「孤児だった大人」と呼んでいるようなものだと思うから、何だかこっけいな感じがしてしまうのですが・・・
今自分が書いたものでも、つい「アダルトチルドレン」と繋げて書いてしまいました。 これを言うなら「アダルト チルドレン オブ アルコーリック」とすべきでした。その方がわかりやすかった。子供だった大人、どんな子供? アルコール依存症の人と一緒に居た、ということだと思うんで、そこから、心は子供体は大人、とか 見た目は大人なのに中身は子供で、そうなってるのは本人のせいではない、みたいな理論とか、大人になれない子供とか(これは批判のように捉えて嫌がる自分はACだと思ってる人もいるみたいだけど)、子供時代を失った子供とか(これはある意味そうなんでしょうけど、それを指摘して何になる?当事者でもない専門家が親切にもあなたは子供時代を失ってますよ~と言ってくるというこっけいさ。それって親切なの?かわいそう攻撃じゃないの?) 子供時代に大人の役割をさせられた子供とか(これもそうかもしれないけど、それをACと称する事に、関係者がお布施を募る事ができる以外、何の意味があるかわからない) ...etc
これらの状態を アルコール依存症の人と一緒の子供時代を送って育った大人、とどう結び付けていけるのかわからない。
アダルト・チルドレン という響きが、聞こえが良かったのではないか? 自己愛的傾向を持つ人々の心を掴むのに、格好のネーミングだったからではないか?
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子供時代に受けたトラウマが、精神症状を引き起こす事はあると思います。それを否定するものではありません。それに対しては個別にそれぞれの現在の状態に合わせて対応するべきだし、親に限らず他人から受けたトラウマで精神症状が引き起こされる事はあるでしょう。親と言う人と接するのは、自意識や自我が発達してなくて判断力がない時期からだから、混乱させられやすいという事は言えるかもしれません。
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アダルト・チルドレンというものを考える上で、こういう事も念頭に置いた方が良いのでは無いかと思ったので書いてみました。
心に傷を持つ人、空虚なものを持つ人、家庭に問題があった人、孤独な人、こういう人は都会に出たら、何とか商法や、壷や絵を買わされやすい傾向にあると思います。怪しい宗教なんかも付け入ろうとするかもしれません。(孤独なお年寄りが布団売りつけられるようなものです。)
それよりはマシかもしれませんが、本買ったり心理療法に通わされたりするのも、同じような面もあるのではないかと思います。
手を変え品を変え、有名人を引き込んだり、NHKで有名作家にカウンセリング体験を語らせたり・・・
これで得をするのは誰でしょう?
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追記
アダルト・チルドレンがキーワードになってたので、読んでみたら
今はACは、機能不全家庭で子供時代を過ごした子供たちの総称になっているそうです。
機能不全という言葉で用いられている機能というものが、そもそも抽象的なものでしか無いので、そのあたりが問題ではないかと思います。
自助団体 (自助という言葉が適当かどうかわかりませんが、そう自身で名乗られているので) からも、AC本の人には抗議文が送られていると、はてなキーワードで見ました。やっぱりねw
わかるとは思いますが アダルトチルドレンではなく、キーワードがACなので、リンク貼っときます。 http://d.hatena.ne.jp/keyword/AC
追追記
837 : 没個性化されたレス↓ : 2010/04/20(火) 00:09:36
ACを商売にしてる人はACに根拠が無い事がばれてくると今度は
「負の連鎖」とか「虐待の連鎖」というこれまたまっったく根拠の無い概念で
新たなお店を開いているようです
838 : 没個性化されたレス↓ : 2010/05/01(土) 18:57:32
根拠あるでしょ。十分に。
839 : 没個性化されたレス↓ : 2010/05/02(日) 13:58:54
ACに根拠があるかどうかに関わらず、
(傷付きやすく騙されやすい)ACをターゲットに商売をする人たちは
距離の近い親の本質を暴くことは、世の中の危険な人の本質を見抜くよりも簡単。
世の中、表面的にはイイ顔をしてても、中身は毒親みたいな搾取的な
結果として騙されたり、時間を無駄にすることだって多いのかもしれない。
840 : 没個性化されたレス↓ : 2010/05/08(土) 19:27:01
それに騙されて身動き出来ない人がいるということ。
>ACが自身の主体性を取り戻し、社会性を得ることの難しさに、
ウソ概念で騙されているんだから主体性を取り戻せるわけがない。
カネを搾り取ったがもうカネも出て来なくなったら主体性を取り戻せという。
AC業者の糞なやり方には本当に腹が煮えくり返る。
986 : 没個性化されたレス↓ : 2010/06/29(火) 22:37:15
アメリカのソーシャルワーカー達がアダルトチルドレンという無根拠なレッテル貼りを始めてから
もう40年という月日がたってしまった。
それを利用したAC業者やマスコミが被害を拡大させて、日本でも30年近くこの無根拠な概念が暴威をふるった。
このAC概念は無根拠なくせに極めて専横的で疑いを許さなかった。マスコミとAC業者がそうさせなかったのだが。
AC概念は人々を苦しめ、裁き、断罪し、この概念のくびきのもとで生きる事を強い、いささかの救いの道をも与えなかった。
ACは無根拠であるが故に疑いを許さなかった。ヒットラーのように。北朝鮮のように。
AC収容所の人間は小石のようなあきらめをしゃぶり乾きを癒すしか無かった。
ACに根拠は無いのに。
そして強制収容所の人々が「ここにいるから私は友と知り合えて生きていること許される」と心理的な合理化をするように
「ACを知ったからこそ私の人生がある」と合理化をするようになる。
商業主義の暴虐に痛めつけられ囚われの身となった人の心が、最後の誇りを失わないようにするために
強制収容所に30年幽閉された人が解放されてもとまどうように。
30年と言う月日をAC商業主義の暴虐に晒された心に「ACには何の根拠も無い」
と言われてもすぐには受け入れらないのはもっとなことだ。
このスレも次スレもこうしたAC被害者のリハビリをどうするかという問題も検討されるべきだろう。
http://logsoku.com/thread/academy6.2ch.net/psycho/1035617398/
某巨大掲示板のログですが、学問板なので、それなりにそれなりのモノの見方をする人も出てきてますが、残念ながらACと言われる人を責めるレスも時々あります。しかし、それに反論レスもあります。反論するのはAC理論が正しいとは思ってない人たちの場合も多いです。AC理論は否定するけどACと言われる人たちの中には精神的な症状がある人がいるのも事実だろうという認識です。
AC理論を唱えて儲ける専門家たちは、自分たちにとって一番楽な状態の人しか相手にしません。具体的な事をしなくて良くて、心理的なものの具合だけを診ていれば良い状態の人、過去の事で精神的に問題がある人、これらの人たちなら過去の事だから、今現在具体的に人権救済しなくてよいわけだし、ただでさえ、親の事で肉体的な暴力でもない精神的心理的抑圧なんて、そんな昔の事で・・・と言われるのが落ちで、グチや不満ではなく本当にわからなくなったり混乱したりして話したとしても、親の変な話をするというふうにしか受け取られなかったりする傾向にあるから、そういう専門の心理の療法家しか、自分たちの事をわかってくれない!と思いつめさせそこに依存させたり、信仰させたりする事もできる。
自分たちのところに来ない人たちの事はサバイバーと呼び、さも来ないのが変みたいに思わせる。
成人後も困った親から逃げている人たちもいる。そういう人は助けないのだから、おかしい。
413 : 没個性化されたレス↓ : 2007/11/22(木) 10:43:37
おばさんになってからの自認でしたから、既に生き辛さへの改善は進んでいたのですが、
嗜癖と自責の負のループに陥っていたのですがACと自認した途端、解放されました。
2. 思考の偏りの起因を知り、改善が進む。その際自己嫌悪から解放される。
AC論が正しいとしても、正しくないとしても、また自称だとしてもそれが役に立てば良いのではないかと思います。
極論、機能不全家族が原因で無いとしても、その考えに辛さを預けて進めれば良いのでないかと。
ただ、ACが免罪符であってはならないのでしょう。自己の努力が不可欠であり、その時こそ、AC自認が有効に働くと思います。
(意外にこの特効薬を求めてACを知りたがっている人が多いような気がする)
今抱えている問題は過去に起因していても、今の自分の問題であるという事ですよね。
414 : 没個性化されたレス↓ : 2007/11/26(月) 09:00:50
>413
誤った疑似科学的概念が人に仮の安定をもたらすというのはよくあることだ。
ここは学問板なので出て行ってもらいたい。
またそうした方が幸せは長続きするだろう。
それに耐えうる概念のみが生き残る。
事に気づいているからこそ、
415 : 没個性化されたレス↓ : 2007/11/26(月) 09:52:07
仮の安定ですか。
仮の概念により得た安定の方が私にはしっくりきます。勘違いなのかな?
そういう意味でも学問板に書く資格が無いのは確かでした。本当にそうですね。
申し訳ありませんでした。
416 : 没個性化されたレス↓ : 2007/11/26(月) 11:59:34
>415
例えば「全ては神の思し召し」ということで安定する人もいる一方、
そこと格闘しなんら安寧を獲得せずこの世を去る人もいるわけです。
AC概念は控えめに言って「視点を固定した時そう見えるだけという誤認」にすぎません。
それでもよければどうぞ。
親に対して、細かい指摘ができる(細かく正当な指摘ができると言う意味)はてなブログの方でも、心理療法家についてはあまり疑ってないみたいだったけど
この方の親程度に自分に都合が良い事をするその手の専門家はくさるほどいると思う。
精神科医でも、ACとはまた別の話で、NHKでもうつ病の薬について、医者がわかっていて儲けのために依存させる事もあるかのような特集も前やっていたのを見た。わかっててやったかどうかはわからないが、今は規制されてると思うけど、リタリンで依存症を起こし、離脱症状などでわけがわからなくなりまだ若くて健康だったのに、自殺されてしまった方の遺族が訴訟を起こしていたのもニュースで見たことある。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1271342947 目を通すだけでも通してほしいのですが、(タイトル)
抜粋
>心療内科、精神科に行ったら、もっと惨めな気分にさせられ実際泣いて帰ってきた…
>これはあくまで私の私見ですが、
>精神科医の半分強、カウンセラーのほとんどが、ほんとうはその本人がケアを求めていると私は思っています。
>「あなたは甘えている」
>という言葉の裏には、
>「私はあなたより苦しいのに、なんであなただけ治療を受けられるんだ!私だって甘えたいんだ!」
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1425822034 うつ病の診察中に精神科医からの言葉に精神的ショックを与えられました。
はてな日記の親の心理的搾取を理性的に指摘されている方も、機能不全という言葉は信じて使ってらっしゃるようでしたし、自分が精神科医にかかった時に、医者に言われた事で、微妙な事でカチンと来た事や無駄なアドバイスだと思ったと言うような指摘は書いてありましたが、精神医療の構造的な欠陥 (昔 医師会の当時の会長に「家畜経営」と言われた精神病院の経営の仕方など、自分たちの利益のためなら人を壊す事も構わない、人間を獲物にしてる) までは、関係ないからという事もあるでしょうけど、全然言及されてません。
弱みがある人間が行けば、いい餌食にされる可能性は、弱みの無い人より高いと思います。 悪い医者ばかりではないと思いますが、精神医療はいろいろと矛盾を内包して闇の部分が多すぎます。
ACというものについては、学問板といっても、2chなのでスレ内では、自称とか言って責めるような意見も煽りとして存在してました。しかし、アダルト チルドレン オブ アルコーリック でも アダルト チルドレン オブ アビューシブ ペアレンツ でも アダルト チルドレン オブ ディスファンクショナルファミリー でも アルコール依存症の人と一緒に子供時代を過ごし大人になった人 という意味や、虐待する両親の元で子供時代を過ごした大人 という意味や、機能不全家庭で子供時代を過ごした大人 という意味なら、ACは居る、存在している、と言えると思います。
しかし、AC専門家?サイトで13の特徴とか、非科学的な啓蒙活動をするのは、間違っているのではないかと思うし、そこに挙げられているようなACというものについてなら、居ない と言えるのではないかと思います。
(メーカー名は当時のものと、現在のものが入り混じって表記されています。ご了承ください。)
■92~94年 黎明期
それまで、液晶を搭載した台はなかったので、登場するとしても、
パチンコの盤面に描かれる
スロットの台パネルに描かれる 例:「バニーガール(オリンピア/1988)」※1
パチンコの役モノとして、動きがある部分に小物として取り入れられる 例:「ニューモンロー(西陣)」 ※2 「ビンビンバラエティ(西陣)」※3
程度でしかなかった。
もちろん、これらで登場した場合でも、実写調であったり劇画調であったりするのが普通だった。
萌え市場というものは、80年代にソコソコ形成されていたことを考えると、パチンコ/パチスロの萌えの取り入れはやや遅かったのかもしれない。
1991年、初カラー液晶搭載パチンコ「麻雀物語」(平和)※4 が登場。
この初カラー液晶において、大当たり直後に女性の1枚絵が出てくるが、この時の女性のタッチが、既にアニメ調であった。
そして、この「麻雀物語」の大ヒットを受けて、パチンコメーカー各社は、一気にカラー液晶搭載に突き進む事になる。
しかし、データ保持領域が大量にある訳でもない当時においては、荒い画素数で数カットの女性が登場する程度のものばかりであった。
そんな中でも、大手メーカーは、それなりに「頑張った」萌えモチーフを投入してきている。
平和が、初出の麻雀物語以降、「プリンセス物語(平和)/1993」※5 「弾丸物語(平和)/199?」※6 等、「物語シリーズ」として、この手の台を出し続けた中、
これに対抗し、爆発的ヒットを飛ばしたのが、「フィーバーパワフル(三共)/1992」※7 となる。
今でも三共のマスコットキャラクタとして、ここの出す台のあちこちに顔を出したり、主役となったりしている「夢夢ちゃん」の最初の作品。
そしてもう1つ特筆すべきは、この台の姉妹機として、「フィーバーガールズ(三共)/1993」があること。
パワフルに比べて台数は出なかったが、
「版権と組み合わせた」「オタクを直接ターゲットとした」「萌え女性そのものを完全と主役としていた」「物語性を持たせた」
という意味で、「萌えパチ」として挙げられるべき、初めての台は、この台が一番相応しいかもしれない。
「おたくの星座(FC用)」の版権を使い、キャラクターデザインが江口寿史…という辺り、実に80年代溢れるテイストがタマラナイ台。
(またこの声優陣が、千葉麗子とか高田由美とか井上喜久子とかね…)
http://ameblo.jp/hi-up-turbo/entry-10006810607.html
※2■「ニューモンロー(西陣)/1991」
http://ameblo.jp/hi-up/entry-10005413668.html
http://blogs.yahoo.co.jp/newmitsuborn2008/13239836.html
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%BA%BB%E9%9B%80%E7%89%A9%E8%AA%9E
http://retropachi.blog18.fc2.com/blog-entry-55.html
http://ameblo.jp/hi-up/entry-10044450859.html
※7■「フィーバーパワフル(三共)/1992」
http://ameblo.jp/hi-up/entry-10005687824.html
http://www.geocities.jp/pachinko_palor_teruteru_777/newpage31.html
【パチスロ】
この頃はまだ動き無し。
■95~99年 普及期
【パチンコ】
連続大当たり規制&カード化、台の設置許認可ルールの変更など、業界として大きな事件が続いた。
そんな中で、液晶搭載機が普通となり、データ量も格段に増えていく中で、萌えモチーフの台も、それなりに受け入れられていった。
いわゆる「萌え」が、たった3年程度で、あっという間にパチンコを侵食していったのは、かなり面白い事と思う。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%80%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%83%80%E3%83%B3%E3%82%B9
http://www.nicovideo.jp/watch/sm6455634
「ミルキーバー(ニューギン)/1995」
http://ameblo.jp/hi-up/entry-10110632872.html
http://www.nicovideo.jp/watch/sm4852532
96年には、(版権としてはちょっとしょぼいが)既にゲームメーカーとの開発連携は始まっていた。
当時爆発的に導入された「CR大工の源さん(三洋)/1996」も、アイレムとの連携/版権モノである。(打ってる人は全く知らなかっただろうけどw)
http://ja.wikipedia.org/wiki/CR%E5%A4%A7%E5%B7%A5%E3%81%AE%E6%BA%90%E3%81%95%E3%82%93
http://www.youtube.com/watch?v=WFOU4Cp4OKg
しかし、今のように「まず版権を取って、その版権の人気にあやかる」という動きが出てくるまでには、もう少し先にすすまないといけない。
※個人的にはこの辺りも結構衝撃だった。
絵的に十分なレベルに達したと、初めて思わされた台
「CR乙姫(メーシー)/1998」
http://www.nicovideo.jp/watch/sm9814525
及び、バカだなと笑いつつ、「絵柄が揃うだけ」から1歩踏み出した(踏み出しすぎた?w)台
http://ameblo.jp/hi-up/entry-10009539191.html
http://www.nicovideo.jp/watch/sm6300433
【パチスロ】
なぜか、パチンコへのカラー液晶搭載とは背を向けたかのごとく、2000年まで、パチスロ台へのカラー液晶搭載は無い。
但し、萌えモチーフは欲しかったようで、パネルやモチーフとしての進出は、少しずつ始まっていた。
http://777.nifty.com/cs/kuchikomi/777_777/freeList/n3_1/n3_2/aid_onsentengoku/1.htm
(この後しばらく、テクノコーシンは、この女性キャラクタを用いて台をリリースし続ける)
■00年~ 氾濫期
【パチンコ】
既にこの頃には、「液晶は当然として、どのような絵を使うか」という面で、コンテンツ不足が目立ち始めてきた。
完全オリジナルな路線に走るケースよりも、有名人/アニメ/ゲームなどの版権を持ってきた方が楽で、客が付きやすいという流れも出来つつある。
但し、オリジナルキャラで一発当てて…という夢は捨てがたいらしく、今でも各メーカーは様々な手法を試しているというのが実情かもしれない。
パチンコオリジナル版権で、オタクファンがそれなりに付いた台として幾つか。
※完全に趣味の為、偏りがあるのはご容赦を。
「CR 超絶合体SRD(サンセイR&D)/2007」
「CR 上にまいりま~す(エース電研)/2009」
【パチスロ】
2000年に、初のカラー液晶搭載機「ゲゲゲの鬼太郎(サミー)/2000」が登場以降、萌えの侵略が一気に進むか…と思われた。
しかし、実際にあからさまにそれをターゲットとした台は、「賞金首(NET)/2003」まで見当らない。
NETとテクモが提携して、オリジナルキャラで液晶演出を作り上げて、何作かリリースしている台は、どれも「あざとい」といわれつつも、オタク層を掴んだのだけは間違いない。
「賞金首(NET)/2003」
「SuperBlackJack(NET)/2003」※Rio初登場
以降、NETは全面的にオタク層をターゲットとし、オリジナル版権の確立に突き進んでいる。
また、2004年にパチスロの性能許認可の方針が変わり、ギャンブル性を抑えられた台しかリリースできなくなった事をきっかけに、他のメーカーからも、新規顧客層を狙ってか、萌えを用いた台のリリースが出てくる。
とはいえ、パチンコ同様、オリジナル版権で戦っているのは一部であり、アニメやゲームで既に知名度のある版権を引っ張って作り上げるケースが殆どである。
パチスロオリジナル版権で、オタクファンがそれなりに付いた台として幾つか。
※完全に趣味の為、偏りがあるのはご容赦を。
「快盗天使ツインエンジェル(トリビー)/2006」
「がんばれ満月姫!(トリビー)/2009」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%82%BA_%28%E4%BC%81%E6%A5%AD%29
パチンコ、パチスロに関して、既存の版権(アニメ/ゲーム/漫画/芸能人等)を片っ端から抑え、メーカーへ販売。
また、メーカーが作った台の、店への卸販売など。
この会社が各種版権を抑えに出る前に取得した、幾つかの版権は、繰り返しリニューアルされてリリースされたり。特定の版権の噂が出たり出なかったり。ドマイナーな版権でしか勝負してこない小さなメーカーが有ったり。
今や、パチンコ、パチスロにおいて、台を売るセールスポイントとなった版権について、ここの会社抜きにして語れない事が非常に多い。
業務の前に書店に寄ることが、半ば習慣化していた。
人の声の重なりのような、妙なざわつきを感じる。
地面が揺れていることに気づいたのは、その後だった。
一昨日の余震だろうか?それならばすぐに収まるだろう。
生まれて初めて体験する激震が、我が身を、そして店全体を揺らしたのは、そんな甘い考えが脳裏をよぎった瞬間のことだった。
本を買うより、身の安全の確保が第一だ。
店を出る瞬間に、視界の片隅だけに見えていたものだけど、その光景は良く覚えている。
激しく揺れ動く地面と同様に、あまりにも落ち着きのない思考が私を動かしていた。
だけど私は運が良かった。ガラスが割れる軽やかな音に気づけたから。
目の前で、ガラス造りの街灯が落ちて地面に砕け散った。
あと数秒、私の走りが早かったら、危なかったかもしれない。
まずは身の安全の確保だ。最優先事項にやっと気づいた私は、元々いた書店の入り口近くにある金属の柱にしがみつく。
建物の近くにいては倒壊に巻き込まれるのではないか、という考えもあったが、倒れそうには見えない外見のビルであったし、何よりも、屋根があった。
何かが落ちてきても、屋根があれば最悪の事態を免れることが出来るだろう。
一息ついて油断した、その瞬間を見逃さずに追撃するかのように、それはやってきた。
もっとも、どんな覚悟も、あれの前には無意味だったと思う。
視界に入るもの全てが揺れ動いていた。地面が左右に揺れる、というのを視認したのは初めてだったと思う。
地鳴りと悲鳴が重なる。震度表には「立っていられないほどの揺れ」という表現があるが、まさにそれであった。
銀色の柱にしがみつき、身体を支えること以外、何も出来なかった。
勇気ある人は、危険な位置にいた女の子たちを比較的安全な場所へと誘導していた。
その後、ガラスの街灯がまたひとつ落ちた。ガラスの破片が散らばったけれど、気にしている余裕はない。
私は死ぬのか、この世は終わるのか。本当にそう思った。
長い、長い、私の体感では3分ほど、実際はもっと短いだろう(これを書いている時点では正確なデータがないのです)、
だけど長い地震が終わって、私の思考はまた落ち着きのないものへ切り替わっていた。
そうだ、職場に行かなければならない。
揺れが収まり、身動きが取れることを確認すると、私は職場のビルへと向かった。
エレベーターは動かない。12階立建てのビルの3階に職場はある。
階段の壁は一部が崩れ、破片がそこらに落ちていた。非常灯がなかったので、昼と言えど薄暗かった。
それは階段だけではく、各階でも同様のようであった。日の光が差し込むだけ、階段よりは明るかった。
ドアを押しあけ、オフィスへ入るとほぼ同時に、余震が襲いかかった。あの本震の直後の余震である。実際にどれほどの震度の余震だったのか、これも現時点ではわからないけれど、本震と同じくらい強いものに感じた。
「危ないから入ってきちゃ駄目!」と悲鳴に近い声が私に掛けられたけれど、入ってきてしまったものは仕方ない。
オフィスの中にいた他の方々とともに、私は机の下に身を隠した。
自ら飛び込んできた私はともかく、朝から働いていたオフィス内の人々は、突然の、しかも未曾有の大きさの地震を受け、憔悴しているようだった。
それから、階段を降ってビルを出て、一度は近くの小学校へ避難した。しかし、地域の方々の避難が最優先であるため、解散の命令が出るまで、私たちは歩道で待機していた。
その間も余震はまるで容赦しない。地面が揺れる、街灯や電線が揺れる。大きな看板が地震で壊れていて、たくさんの人が携帯電話で写真を撮っていた。
本震の最大震度が7と聞き、やっぱりね、とか、宮城県沖地震かな、などという話題が上がった。少量ながら雪が降り始めて、とても寒かった。
地震保険の話があった。我が家には適用されるのだろうか。いや、それよりも我が家は無事か。
携帯電話を操作して、自宅に電話をかけるも、繋がらない。当たり前のことだった。
それからしばらくして、今日のところは解散、ということが上司から伝えられた。私は家まで歩いて帰ろうとしていたけれど、同じ方向に住まいがある同僚がいたので、家の近くまで送っていただくことになった。
車道は当然のように渋滞していた。加えて、一部を除いて、信号も動いていない。
仙台市中心部から郊外へ移動しようというのだから、渋滞に巻き込まれるのは致し方ないことだ。30分で100メートル移動出来たかどうか、ということもあった。
正直に言えば、自宅まで徒歩で戻った方が、早く家についたかもしれない。しかし、車で送って頂いて本当に良かったと思う。
そう思う理由はいくつかある。ひとつは、複数の人とともに移動することによって、不安や恐怖と言ったものを少しは紛らわせたということ。また、車にはラジオが搭載されているから、最新情報を確認することが出来たのも大きい。外気を遮断し、暖をとりつつ移動出来たというのもある。被災直後から、仙台市内には断続的に雪が降り、吹雪くことさえあったから。
最終的なマグニチュードが8.8であるという報道を聞き、私たちは笑うしかなかった。この地震で亡くなった方が出るかもしれない、という話題にもなった。これを書いている今現在、確認されている死者は1000人以上であると聞いている。ここまで多くの方が亡くなってしまうとは、あの時、思いもしなかった。
移動中、私は家族が心配でならなかった。特に、自宅にいるであろう、母。我が家は築25年の木造住宅である。自宅が倒壊してしまったのではなかろうか、それに母が巻き込まれてしまったのではないか、心配で心配で溜まらなかった。
同乗している同僚は、2歳のお嬢さんを心配していた。夫の実家に預けているのだが、連絡が取れないのだという。
私も母との連絡は取れない。「頼りがないのは良い証拠」であるという、この場にはまるでふさわしくない故事を信じるしかなかった。
被災直後であるから、携帯電話は全く役に立たない。それはとうに承知していても、家族の安否を確かめたいというのは当然のことだ。電話はとても繋がりにくかったが、幸い兄との連絡はついた。それから、機械に疎い家族が見るかどうか分からないが、災害伝言板に書き込みをしておいた。
車に乗っていても、余震は我が身に伝わる。窓から見える外では、多くの人が歩いていた。結婚式の最中だったのか、よそ行きの格好のまま避難する人、スーパーのビニール袋を被る人、クリーム色のカーテンを纏う人、様々いた。
1、2時間も経つと、日が傾き、徐々に日の光が失われていった。明かりがあるのは車ばかりで、どの店、どのビル、どの建物も真っ暗なままだった。唯一、警察署だけは明るかったけれど、自家発電装置はいつまで持つのだろうか。
これだけの巨大な地震であるにも関わらず、高層ビルの倒壊がなかった、このことはすごいことだと思う。
しかし、それは外見の話だ。どこも大なり小なりの被害を受けていて、壁が崩れたり、窓ガラスが割れたりするのは当たり前、水道管が壊れて、水が溢れだしている家もあった。
3時間半ほどの時間を掛けて、自宅の近くまで送って頂いた。ここからは、歩いて帰ることになる。
外はやはり寒かった。実際の気温だけではない。街のどこにも光がない。駅の近くにある大きな交差点、そこの信号は機能していたけれど、他の信号は依然光を失ったまま。これまで車で通り過ぎてきた光景と同じく、街のどこにも灯りはなかった。
この夜の空は、山中で見るもののようだった。星座が確認出来るくらい、綺麗な星空。あまたの星がいつもと同じように、黒のキャンパスの上で煌めき、瞬く。暗い街並みといつにも増して美しい夜空を、私は生涯、忘れないと思う。
さて、この地震では、かなり多くの方が避難所での生活を余儀なくされている。
我が家はかなりましな状況であるということを、ここで記しておく(こうやって被災最中に手記らしきものを書いている時点でお察しの方も多いだろう)。
何せ、不自由なことは多いものの、自宅で生活が出来ているのだ。現在、これを書いている3日目の朝も、白いご飯を食べ、暖かな野菜のスープを飲み、ゆで卵まで頂くことが出来ているのだから。
4時間かけて自宅まで戻ってきたが、電気はついているはずもない。もしかしたらみんな、避難所にいるのかもしれない。あるいは……。
最悪の事態を思い浮かべながら、玄関を開ける。ただいまと誰もいないかもしれない家に声をかける。返事はすぐに戻ってきた。
家族は全員、茶の間にいた。みんな、無事だった。そのことに安堵の息を漏らしつつ、私は茶の間に入った。
意外なことに、茶の間は暖かだった。捨てるつもりでいた石油ストーブを物置から持ってきて動かしていたのだ。停電していても暖が取れるのはありがたかった。さらに、ストーブの上にやかんを置けば、時間はかがるがお湯が湧く。パンを置けばカリカリに焼ける。外は氷点下にまで冷え込む中、石油ストーブで外から身体を暖め、お茶で内からも暖める。とても幸せなことだった。これを呼んでいらっしゃる皆様には、是非一家に一台、石油ストーブの購入をお勧めする。
家の中には、父、母、兄、それに近くに住む親戚の小母さんがいた。小母さんは、この地震で誰とも連絡が取れず、また誰も帰ってこないという。家の中は地震で家具が散乱しており、中にはとても入れない。一人でいるのも不安である。そのため我が家に来たのだという。
自宅へ帰って来た頃、時刻はもうすぐで8時を迎えようとしているところだった。こたつの上には大きな蝋燭が立てられていて、その脇にラジオが置かれていた。懐中電灯もあるにはあるが、あまり明るくないので、部屋全体は照らせない。そのため、トイレに行く時等、移動する際に使われていた。
そういえば、自室に小さなライトがあるのを私は思いだした。いつだかに、ゲームセンターのUFOキャッチャーで取ったものだ。おもちゃに近いが、電球ではなくLEDなので、大きさの割には強い光を出す。
本棚が倒れたため、本で埋め尽くされ、足の踏み場がない部屋へ行く(自室の荒れ方がまた素晴らしかったので、出来ればお見せしたいところであるが、この時既に携帯電話の電池が切れていた。残念である)。机の引き出しの中にライトはあった。スイッチを入れると、白い光が散乱した部屋を照らした。
また、その時の私は、黒いタイツにストッキングと随分冷える格好をしていた。荒れ果てた部屋からジーンズを引っ張りだして着替えた。ついでに、タオルケットと毛布を茶の間へ持ち出した。
茶の間に戻り、ライトで辺りを照らしてみせると、蝋燭や懐中電灯よりも広い範囲をより明るく照らせたので、当座はこのライトで部屋を照らすことになった。裸火がなくなり、火事の可能性が低くなったのでひとまず安心した。
余震は断続的に続いていた。これを書いている今もそうだが、大小の関係なしに、何度も何度も地震に遭っていると、いつも地面が揺れているような感覚に襲われる。恐怖が完全に拭われることはなく、むしろ大きい余震があるたびに増大していった。
母は、少し昼寝をしようとしていた時に地震に見舞われたそうだ。これほど大きな地震であれば、逃げることをまず第一に考えそうなものだが、母は42型の液晶テレビが倒れないか心配だったらしい。テレビを支えつつ、近くの柱にしがみついて、本震を耐えきったそうだ。
兄は仕事をしていた。オフィスの中にあったパソコンは全て倒れて使えなくなったそうで、しばらくは仕事にならないだろう、それどころか解雇されるのではないか、と心配していた。
父もまた、仕事をしていた。スーパーでカゴ集めのパートをしている父は、地震の瞬間に店内にいた。これは危ない、と思い、しかし出口からは遠い場所にいた父は、普段は閉じられたままのガラス張りのドアをこじ開けて外に出たという。後から聞いた話によると、父の勤務地のスーパーは、天井が落ちてしまったそうだ。
ラジオから聞こえてくる男性の声が、この地震による被害の状況を伝える。泉区で家がひとつ倒壊した、壁に挟まれて死んだ人がいる、火災が発生した、津波で何もかも飲み込まれた……。いつもの夜のラジオなら、軽やかな音楽や楽しげに話すDJの声が漏れてくるのに、今宵は厳しい現実と、それを乗り越える手段が、無機質に流れ出ているだけだった。
私が自宅に帰宅して、1時間ほどして、親戚の小母さんの娘さんが帰ってきた。
この時、電話はまともに使えなかったが、メールやインターネットならば使用可能な状態にあった。
機械音痴らしい小母さんは、メールを打てない。私が代わって、娘さんに「小母さんは我が家にいる」との内容を打ち、送信したところ、娘さんはすぐに我が家に駆けつけた。それまでは近くの避難所を当たっていたらしい。
娘さんの勤め先は、長町にある。我が家は仙台市泉区に位置しており、長町とはかなりの距離がある。娘さんは同僚の方から自転車を借り、ここまで帰ってきたのだった。それまでに1時間半の時間を要したそうだ。
午後の10時頃に、小母さんの旦那さん、つまり小父さんが帰ってきた。小父さんは地震発生直後に車に乗ったのだけど、ひどい渋滞に巻き込まれて、この時間に帰ってきたのだという。実に7時間もの時間をかけての帰宅だった。
先にも述べたが、被災はしたものの、我が家はかなりましな方だった。屋根瓦が吹っ飛んだり、壁に多少のひびがはいったりはしたけれど、とりあえず住める状態にはあったのだから。停電していて茶の間以外は真っ暗だし、ガスも当然止まってはいるけれど、この時点で水道は使用できた。トイレも流せる。これだけで、精神に随分と余裕ができた。とは言っても、時間が経つにつれて水圧は低下していき、2日目の昼には断水になってしまうのだけど。
しかし、断水前に風呂に水を貯めておけたのは良かったと思う。おかげで、今のところ、トイレの水には困っていない。流石に大しか流せないので、そこらへんの節約は必要だ。
とにかく、電気とガスが使えないのが痛い。そうは言っても、ライフラインが回復するまでは今ある環境で耐えるしかない。母に菓子パンを食べるように勧められたが、遠慮して、お茶だけ飲んでいた。……皮下脂肪が厚いので、少しの間飲まず食わずでも耐えられる。
夜の11時を迎えたところで、両親に就寝するように言われた。どうせ、余震が続いて眠れないので、次の日の夜明け、6時50分頃まで起きているつもりだったが、せめて横になるように、と言われたので、茶の間の畳の上に体を横たえた。今夜は座布団が枕の代わりだ。寝転がり、目をつぶるだけで、少しは休むことができる。
形だけの就寝をし始めて1時間。日付が変わった後、ふと母の携帯電話を見てみると、2、3時間前まであった電波がなくなっていた。メールやネットならば使えたのに、それすら出来ない。ラジオ以外の情報獲得手段がない。ニコニコ動画やユーストリームでNHKの放送をしている、とラジオは伝えていたけれど、そんなもの役に立たない、と思った(もちろん、まだ電池のある携帯電話等を持っている人には重要なのだと思うけど)。ちなみに、家に帰ってきた時点で、私の電話の電池は切れてしまった。
日の出まであと6時間。ラジオは伝える。どうか日の出まで、希望を持ってと。ラジオは伝える。現実を。荒浜に、200から300の遺体が流れ着いたとの報を聞き、涙が頬を伝った。
3時か4時になった頃、NHKのラジオが音楽を流した。2曲流れて、1曲は確か「カノン」だったと思う。そのおかげがどうかは分からないが、私は少し、眠ることが出来た。余震がある度に起こされはしたものの……。
長い、長い夜を過ごしているうち、私はひとつ思いついた。
被災している最中から、忘れないうちに、体験談を記しておこうと。
携帯電話は使えない。iPadは不向きだ。だから今、pomeraを使って書いている。我が家にて、単4電池を使う懐中電灯等もなかったから、こうやって書いている。
これは被災してから2日目に書き始めた。現在荒削りながら、被災当日のことを書き終えて、5日目である。出来れば電気が繋がった3日目のことまで書いて、増田に上げられれば、と思う。私なんか、とてもとてもましな方だったけれど、千年に一度とも言われる天災の体験談は書いておかなければならないと思った。……エゴイストで申し訳ない。
また、普段は趣味で小説のようなものを書いているので、そのような表現があり、読みにくい箇所も多々あったかと思う。このことについてもここでお詫びする。
私が住んでいる仙台市泉区のとあるところでは、3日目で電気が繋がり、4日目で携帯電話の通話及びメールが使用可能に、そして現在、5日目の朝にネットが復旧した。
これが、あの事件になんの関係があるの?
説明して下さいな。
事件となんら因果関係は無い事柄を関連づけている。
結びつけることすらできないのに、結びつけている所に問題がある。
例えば、ここに逮捕された人の血液型や逮捕された日の七曜、検察や警察関係者の星座なんかが書かれていたらどんな気持ちになる?
そこらのアホじゃなくて、高木さんがそう書いている所に怖さがあるんだよ。
この記述が支持されるということは、逆に「ロクな教育を受けておらず、片親であった」りしていないので、たぶん大丈夫な人間であるだろうという意味を持つ。
俺は、冗談をいう場所ではないのに、血液型や七曜の話をする人間を信用しない。根拠もないことを真面目に引用する人間と判断するから。科学的じゃ無いし、なんせ英語に直した場合に意味が通らない。日本ではこのような迷信があり.....って説明が必要になる。
ちなみに僕は学歴もちゃんとしてますし、一流企業に務めていますし、両親は社会的ステータスもしっかりあるという事を伝えておきます。
これが、あの事件になんの関係があるの?
説明して下さいな。
事件となんら因果関係は無い事柄を関連づけている。
結びつけることすらできないのに、結びつけている所に問題がある。
例えば、ここに逮捕された人の血液型や逮捕された日の七曜、検察や警察関係者の星座なんかが書かれていたらどんな気持ちになる?
そこらのアホじゃなくて、高木さんがそう書いている所に怖さがあるんだよ。
この記述が支持されるということは、逆に「ロクな教育を受けておらず、片親であった」りしていないので、たぶん大丈夫な人間であるだろうという意味を持つ。
俺は、冗談をいう場所ではないのに、血液型や七曜の話をする人間を信用しない。根拠もないことを真面目に引用する人間と判断するから。科学的じゃ無いし、なんせ英語に直した場合に意味が通らない。日本ではこのような迷信があり.....って説明が必要になる。
ちなみに僕は学歴もちゃんとしてますし、一流企業に務めていますし、両親は社会的ステータスもしっかりあるという事を伝えておきます。
虚しいだけに同意。
過去の事象の説明には役立つけど、現在の経済状況を適格に捉えられているかは微妙じゃん。
誰の目から見てもどんづまってる状況をあえて数字や数式で説明できるくらいだと思う。
でも、数式なんか使うまでもなくどんづまってることが丸解りの状態を、数式で説明できるようになったってさ、それ意味はどれほどあるんだ?
商才がつくかっていったら、経済より経営学だろうけど、それも疑問。
経営学を学べば(アメリカでMBAをとれば)失敗しない、なんでもうまくいくなんてのは幻想だったし。
五十歩百歩だけど、五十歩分だけ楽しい。
例えばだ。
ジムに通って汗を流し、ジムでの運動を思い出しながら寝る前に運動生理学と解剖学を独習してみる。
基本は医学書、看護学科で使う本が門外漢の俺でも読みやすくて好きだ。安いし。
英語力もつくし。
アマゾンで星座早見盤を買って、ときどき星空を眺めに遠出する。
あと、ペットボトルロケット製作、竹とんぼ製作、干物製作、まあそんなところかな。
ゴメンメモ用紙がなかったから一時的にコピペさせてもらう。後で消す。
ttp://bipblog.com/archives/1006525.html
「navrasa(9つの情緒)」という文学的価値観に基づいてるんだよ。
だから登場人物の生い立ちや、人間関係の細やかな変化とか、
ーーー
カースト制度については
カーストは決して古いものではなく、ヴェーダの時代も、イスラームが侵入してきた時も、
英国統治時代でも、その時代時代で常に変容し新しくなってたし、現在でもなってる。
「カースト」が無くなれば、また新しい言葉や概念を引っ張り出して新種の差別を生むだけ。
今のインドでは留保制度という被差別層の逆差別問題が事をややこしくしてる。
あと日本の世界史の授業での「カースト」の扱い方にはかなり問題がある。
限られた授業時間で扱うには複雑過ぎることは理解できるけど、
そもそも教員自身の理解が浅くて、それがインドに対するステレオタイプを助長させてる。
ーーーーーー
ガンジーさんに関する評価は、日本とインドでは正反対と言っていい。
独立後から主流な評価は、
「建国の父という功績は揺ぎ無いが、工業化を阻んだ時代錯誤の石頭で、
パキスタンの分離独立を許し国家の安全保障を半世紀以上脅かす契機を作った大馬鹿野郎」
という扱い。
ネルー:
五カ年計画の頓挫、農地改革後回し、
ヒンディー語なり英語なり統一共通語をゴリ押ししなかった言語政策での失敗、
駄目な点は色々あるけど独立後インドでは最も評価されてる政治家。
個人的に一番の功績はインドの文系トップ大学のJNU作ったことだと思う。
獄中で書いた「インドの発見」を読んで、ネルーさんの民主主義への情熱がひしひしと伝わってきた。
ーーーーーー
違和感のあるディテールが積み重なって、インド人的にはあまりにも不自然過ぎるし、
「いかにも外国人がインドに持ってそうなイメージに合わせました」臭がプンプン。
ーーーーーー
サリー巻き込みガードがついてるのを見たときは感動した。
インド人もみんなあれを褒めてる。
ーーーーーー
日本のインド料理屋で本当に美味しいと思ったのはこの一軒だけ。
ーーーーーー
遠藤周作 深い河について
インド人として脳味噌空にして読めば「いつものステレオタイプだなー」という感想しか出ないけど、
登場人物の心情を投影するためにたまたま題材として選ばれた一装置と割りって考えると、いい作品
ーーーーーーーーー
パキスタンからのバングラデシュ独立に絡んだ第三次印パ戦争(1971)になるんだけど、
でも近代史上インド人の意識の上で重要体験は、第二次印パ戦争(1965)と独立直後の印パ分離独立。
朝鮮半島は政治イデオロギーで国家が分断されたけど、印パは宗教。
ーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーーー
その際、魚介類エキスが原材料に入ってる事だけは絶対事前に説明していたけたら
ーーーーーーーー
「ガタガタ抜かすパキスタンさえいなければ、バングラデシュはインドに再編入して
貧困の痛み分けして助けてやれるのに」と考えてる。
ーーーーーーー
それに対する悲観論と、その裏返しとしてエンジニアリングに対する過剰な地震と両極端。
自分は純粋に技術的な話題に言及する知識を持ちあわせてないけど、ナノに関しても同じ議論。
「走る棺桶」と声高に罵る人と、枯れた技術を応用し高コストパフォーマンスを生み出す能力は
世界随一と賞賛して反論を許さない人たちとの罵り合い。
ーーーーーーーー
蛇のとぐろっぽい形のターバン巻いてる人は宗教とは無関係で、ラージャスターンの人。
1980年代にハリヤーナー州がパンジャーブ州から独立しようとして、
パンジャーブの治安が著しく悪化した時期に、米国に移住したパンジャービーがすごく多い。
ーーーーーーーー
インドではゴロゴロ宝石採れるから、本物の石が日本円で数百円~という信じがたい値段。
で、家族の健康とか金運等の目的とその人の星座の位置との兼ね合いで切な石が決まる。
それを指輪やネックレスに加工して男女を問わず身につけてお守りにする。
宝石屋店内に星占いのソフトがインスコされたPCが置いてあったりする。
ーーーーーー
インド人からみた日本の宗教は日本は土着のアニミズムと仏教の習合。
儒教は科挙制度が無かったから儒教と権力が結びつかずに、知識人の一教養の枠を出なかった。
ーーーーーーーーーーー
『「欝は誰でもなる」「虐待だめ」「イジメ駄目」そういった標語を
全部「家族仲良くする方法考えよう」に一本化すればウザイぐらいの効果を発揮する。
犯罪、虐待、すべてはパパとママが互いを尊敬する気持ちを忘れ、
罵り合ってる姿を見た子供が大人になり引き起こす』
ーーーーーーーーーーーーー
時代の分析で一番重要な前提は、インドにとっての独立=パキスタンの分離独立、
それと数千万人単位で発生した難民の扱いが最重要課題だったので、英国や大戦云々どころでは無かったこと。
日本人が韓国ほかアジア各国への賠償問題と印パ英国比較する際に、これを見落としてる人が恐らく相当いるんではないかと。
ーーーーーーーーー
一貫してオンリーワンさせてもらってます。
日本に対しては、プッっていうか「あ~……」という落胆
インドの望みは当時も今も一貫して、米国&西欧の側でもない、共産主義でもない、
それに一番近いのが日本だった。
ーーーーーーーーー
日本はリーダーを選ぶのが下手だし、選ばれたリーダーはシステムを劇的に改革するだけのパワがー無い。
しかし逆説的に言えば、ショボショボなリーダーでも驚くほど安定して機能するシステムの堅牢さは奇跡。
トップの采配如きでシステムが劇的に変わってしまうようでは、法治国家としてどうなのか?
と考えた時に、笑うどころか、日本のシステムからはまだまだ大いに学ぶ所はある。
ーーーーーーーーーー
昨日まではシャンカルと名乗ってた人が今日からはトーマスといったように、
[外見]と[中身]を結ぶ思考経路の距離がべらぼうに短いので、
肌色、服装、靴といった外見で人をするのはごく自然な行為であると同時に、
例え身につけた外見が背伸びの結果の付け焼刃であっても、
一度身につけたからにはその外見にふさわしい中身を身につける為に途方も無いエネルギーを費やし、
その為の努力を惜しまない。
つまり、先に高い目標を設定→急ピッチで追いつき、というパターン
ーーーーーーーー
宗教と生活の兼ね合い、食事習慣(料理そのものではなくて)、オタ文化への理解
この3つ。
ーーーーーーーーー
イギリスがインドに謝罪した事はありません。そして謝罪や賠償を求めるような教育も行ってません。
その理由は、法に照らした結果インド支配のプロセスに違法な点は無く、英国支配によってインドの資産が失われたことを
立証できず、賠償を請求できないというのがひとつ。
同様に、インド帝国として英国の戦争に付き合わされインドの資産が失われたプロセスにも、何ら違法な点がなく、
これもまた賠償を請求できないというのがひとつ。
つまり要求する権利が無いのに賠償よこせ!と促す教育をは、そもそも無意味
理由2つ目。インドは英国から独立するために、英国の保護が無くても民主主義と法の適正手続を守り抜くと
国際社会に約束する必要がありました。すなわち法的根拠をもたない賠償請求を行う=法の適正手続に反することは
悲願であった独立と、インド人の目指す民主主義国家としての理念と矛盾する行為であったのです。
勿論インドも道義的責任を追求したり、言いたいことは色々あったでしょうが、法をねじ曲げて頂戴する賠償と、
恥じることのない民主主義国家として、国際社会から敬意をもって受け入れられる事を天秤にかけた結果、
ここのはてなー(エセ科学排除原理主義)にとっては、こういう教育もNGかな?
http://www.geocities.jp/ino_hideki55/020602-kokugonoheya-hatugenkiroku.htm#02060202
から引用。
~~
道北サークルページ http://homepage1.nifty.com/dohoku/index.htm
に載っています。
《引用開始》…………………………………………………………………
野 村 智 明 e-mail:EZB07655@nifty.com
--------------------------------------------------------------------------------
ユーモアのある表現が生まれ、楽しい授業となる。原実践は石川晋氏。
サークルの仲間・小野敦司氏のレポートをもとに追試したものである。
<準備>北海道新聞日曜版 日曜版「アリアドーネ・ユウコの星占い」(人数分)
星占い作文用紙(人数分)
北海道新聞の日曜版を提示する。どのような記事があるか、大まかに見せる。
この中に、星占いがあります。今週のみなさんの運勢が出ています。
「アリアドーネ・ユウコの星占い」の部分をあらかじめ印刷しておき、それを配布する。
他の星座のところも読んでみましょう。
『今週一番の運勢は何か』『今週あまり運勢のよくないのは何座か』をきく。
こうしてみていくうちに、星占いの中に書いてある◎○△×などの記号の意味が分かる。
星占い作文用紙を配布する。
4種類の運勢がたった74文字の中におさまっています。
74文字の中に入れる書き方の秘密を「アリアドーネ・ユウコの星占い」の中から見つけましょう。
3分間1人調べをして、その後グループで話し合いをする。子どもたちが見つけた、書き方の秘密は次の通り。
・句読点を多く使う。
・一文を短く。
・「です」「ます」「でしょう」などを省く
・助詞を減らす
・なるべく漢字を使う
・大事なことだけ書く・・・・
それでは、アリャドーナッテンネ・○○の星占いを書いてください。
10分後、読み方の例として教師の作品を紹介する。出来上がった作品を、グループ頃発表し合う。
各グループよく書けている作品を1点ずつ選出し、学級全体の場で発表する。
<児童の作品>
健康運上昇。今欲しいものが手に入る。人助けをして、金運&勉強運アップ。
ストレスがたまっているなら、ペットと遊ぶこと。来週からあなたの人生はゆず色に。愛情△健康◎金運◎勉強◎
スポーツで、スノーボードの大会でみごと優勝するかも。優勝すると家ですし5人前特上だ。
健康では体ばっちり。勉強では、たぶん中学ではよいと思う。(英語)愛情×健康◎金運◎勉強○
柝の音は街の胸壁に沿つて夜どほし規則ただしく響いてゐた。それは幾回となく人人の周囲を廻り、遠い地平に夜明けを呼びながら、ますます冴えて鳴り、さまざまの方向に谺をかへしてゐた。
その夜、年若い邏卒は草の間に落ちて眠つてゐるひとつの青い星を拾つた。それはひいやりと手のひらに沁み、あたりを蛍光に染めて闇の中に彼の姿を浮ばせた。あやしんで彼が空を仰いだとき、とある星座の鍵がひとところ青い蕾を喪つてほのかに白く霞んでゐた。そこで彼はいそいで睡つてゐる星を深い麻酔から呼びさまし、蛍を放すときのやうな軽い指さきの力でそれを空へと還してやつた。星は眩ゆい光を放ち、初めは大きく揺れながら、やがては一直線に、束の間の夢のやうにもとの座に帰つてしまつた。
やがて百年が経ち、まもなく千年が経つだらう。そしてこの、この上もない正しい行ひのあとに、しかし、二度とは地上に下りてはこないだらうあの星へまで、彼は、悔恨にも似た一条の水脈のやうなものを、あとかたもない虚空の中に永く見まもつてゐた。
Inspired by これ→ http://d.hatena.ne.jp/DocSeri/20100807/1281152204 ね。
ホメオが根拠無いだとかナンセンスだとか、科学の力で否定するのができるとかできないとかは、まぁどうでもいい。
オレ自身は信じちゃいないが、上のリンク先にあるような話を真に受けて信じちゃってるオツムの不自由な人々が日本だけでも数十万とか、グローバルに世界展開したら、たぶん数億人レベルで存在するに違いない。そこにカネモウケの匂いがするから、とりあえずビジネスにしてみようぜ、みたいな。
なんたって、そのレメディとやらは、物質的に有効成分が一分子も入ってなくても、なにやら記憶というかパターンというか波動というか、得体は知れないけどなんらかの「情報」が転写されてれば「効果がある」そうじゃないか!
しかも、その情報はネットの回線を経由して転送できることが証明されてるそうだし。
すなわち、音楽ビジネスと同じなのだよ。ビニールやポリカーボネートの円盤を買ってこなくても、ネット配信で入手すればOKだし、ちょっと法的にアレなことに目をつむれば、タダで共有することも可能ってわけだ。
イマドキ流行のクラウドでバーチャルなウェブのサービスで、モバイルでユビキタスに対応するフリーミアムなビジネスモデルを構築すれば、受けること間違い無し!
では、どうやってマネタイズするか。
ニコニコ動画と同様に「プレミアム会員」には毎月500円くらい払ってもらう。すると、あなたの生年月日や血液型や星座や十干十二支や生理周期や姓名の画数や手の平のシワの具合や鼻や耳やヘソの形や、あるいは生まれたときの水星と冥王星の角度とかまでモロモロの要素を計算して盛り込んだ「あなただけにピッタリのオーダーメードなレメディ(の情報)」を生成してダウンロードできるようになるのさ。
だれか、はまちちゃんだか、えがいひとだか、どこぞのおもしろ法人だか、スーパーハカーなひとがやってくんねーかなー?彼らなら、とりあえず無料部分までなら2〜3日もありゃ構築できるんじゃねーのか。
そんでもって、そういうWebサービスを始めちゃったら、元祖本家のホメオな人たちがどういう文句を付けてくるのか、楽しみで仕方がないなぁ...
音楽だったら著作権法違反がどーたら〜で取り締まれるけどさ、レメディの情報ってヤツらが主張する「客観的な(?)物質の波動だかなんだかをそのまま写したもの」だと思うんで、著作物には当たらないよなー。マトモな科学的根拠も無いわけなので特許権も登録できないだろうし、商標登録になってるようなら、そこだけ少し配慮しとけば、法的にはアレなことって無さそうに思えるんだけど。
ヤツらが「そんな画像で情報が転写できるなんてインチキだ。根拠がない!」とか言ってきても、そこはもうhogeでfugaでpiyoな方法はオレらが開発した独自の計算式で量子力学に基づく超弦理論の波動関数で明らかに証明できてるから間違いないってあくまで言い張ればいいし。
あなたは新しく引っ越してきた街“夏色市”で、いい男との運命的な出会いを体験します。
そこで「ともだち」として、2人だけの思い出を積み重ねていきます。
しかし、あなたといい男の物語は、これで終わりではありません。
ここからは、「恋人」としての2人のストーリーが続いていきます。
主人公の上級生で、
今年になって夏色高校に転校してきた。
インキン持ち。
殴り応えのある金玉をもっているせいか、
周りから過剰に頼られてしまうことも…
学年:高校3年生
沢木ひかる (ハレンチ教師)
主人公の下級生で、同じ図書委員。
本と音楽が好きで、一人でいることが多い。
男とかかわろうとしないのには、
何かわけがありそう…
学年:高校1年生
名言:俺、男好きなんかじゃない!!
周りから注目される半面、
少し距離をおかれていて…
学年:高校2生
名言:男は度胸!何でもためしてみるのさ!
俺は、26歳の彼女いない暦=年齢の男だ。
顔は子供っぽい童顔で今でも20歳くらいに間違えられる。
小学校、中学校と自分は女の子に苛められていた。もともと、社交性があまりなく重要な場面で空気が読めないのが災いしたらしい。
「○○はきもい」「死ね」
などと、頻繁に言われていた。
それは、中学になっても続いた。
こんな自分が、コンプレックスを拭う事ができるのはアニメや漫画、小説などの内向的な趣味でありそれを語ることができる男のオタク友達だった。
このころから、電子工作や自作PCやプログラムに嵌ることになる。
幸い、自分は勉強だけはできたので県下の公立進学校に進学した。
高校に進んでも、付き合うのはオタクタイプの友達ばかりだった。
同級生の中には付き合っているという話も聞くようになったが、はっきり言って興味がそれほどなかった。
好きな女の子とタイプを聞かれたら、あずまんがの大阪と答えるような高校生だった。
好きな勉強ができるというのは辛いながらもそれなりに楽しい。ギャル女やギャル男が大嫌いな自分にとって、基本的に真面目な男しかいないこの環境というは非常に心地いい。
でも、20歳を越えたころから周りの友人に彼女ができ始めた。サークルや合コンで知り合っているらしい。
自分も女の子は好きだ。だが子供のころのトラウマから特に同年代の女の子が怖いのだ。
自分も合コンに参加してみた。私立の女子大生との合コンだった。
だが、そもそも何を話して良いのかわからない。彼女がいたことがないと言うと驚かれた。そんな風には見えないと。
子供っぽい顔も、年齢が高くなってくると悪くない顔に見えるらしい。
だが、共通の話題が一切見つからず、隅でじっと一人で酒を飲んでいた。
このような合コンには何度か参加した。
中にはアプローチと思われる行動をしてくる人もいて
血液型や星座が同じだと「運命感じる」などと言ってくる人もいたり
だが自分はそれに対してどんなリアクションをとったら良いかわからないし、子供のころのコンプレックスからか恐怖を感じてしまう。
決して、女の子が嫌いなわけではないのだが。。。。。
そのうち、研究室配属後はこのようなイベントにも参加しなくなった。
就職は、誰でも名前を知ってる大手の自動車メーカーに決まった。
就職後は忙しい日々を送りながらも、同窓会や合コンに参加してみる。
自分の勤務先を知るやいなや、甘い目線で話しかけてくる元同級生の女の子。はっきり言って気味が悪い。
合コンでも、似たような感触を受ける。
彼女らは自分自身ではなく、自分の年収とボーナスに興味があるのだ。
そんなこんなで、26年たった今でも彼女いない暦=年齢だ。
今晩は。まだ十月四日になっていませんが、明日は家庭サービスのために
占いをしている暇がないと思われますので、はやめに占っておきたいと思
います。鮮度が落ちるような気がするかもしれませんが、私の占いの場合
そういうご心配は無用です。
• おうし座 吉
• ふたご座 吉
• かに座 吉
• おとめ座 吉
• てんびん座 吉
• さそり座 吉
• いて座 吉
• やぎ座 吉
• うお座 吉
せっかくの日曜日ですので、基本的に良い運勢にしておきました。
しかし、実際には悪い運勢の星座もありますので、決して油断な
さらないようにお願いします。
浴するというその根性を買いたいというようなニュアンスで、占
いとは直接関係ありません。
それでは楽しい一日をお過ごし下さい。