「星一」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 星一とは

2011-12-24

「まじめの罠」より「スラックティビズムの罠」のほうがいいな

スラックティビズム(英: slacktivism)は、「怠け者(slacker)」と「社会運動(activism)」とを掛け合わせた合成語である努力負担を負わずに、社会運動めいたことをする行為を指す。

この用語は、社会意味のある影響を与えていないのに、社会にとって良い活動をしたつもりになる自己満足行為について、軽蔑を込めて使われている。こうしたスラックティビスト(スラックティビズムにあたる行為をする人)たちの行為は、多くの場合、個人の努力負担を必要としない。

勝間さんの「まじめの罠」よりこのキーワード1つのほうがインパクトもあるしわかりやすいな。




「まじめの罠」は今年の買って後悔した本ベスト3。勝間さんどうしちゃったんやろうなぁ・・・

http://www.amazon.co.jp/review/RMBB6WAL98ESK/ref=cm_cr_dp_perm?ie=UTF8&ASIN=4334036465&nodeID=465392&tag=&linkCode=

これ、大人向けの本なんですか

「まじめの罠」というキーフレーズの下、世の中のさまざまな失敗例が語られます。ですが、その「まじめ」が定義されていません。

最初ユダヤ人を大量に処刑したアイヒマンの例が出てきますアイヒマンはまじめだから残虐な行為を行った、と著者は思いたいようです。ですが、違いますミルグラムの本を著者は紹介していますが、ミルグラムは誰もが簡単に他人に「服従」することを心理学実験で示しました。アイヒマンがまじめだったとしても、それが原因ではありません。二つのことが同時に起こったり、一つのものの中にあっりしても、一方が原因で一方が結果とは言えません。「まじめの罠」という著者の結論は著者が紹介したミルグラム実験結果と矛盾します。読まずに想像で判断したのか。ネット安直な解説を真に受けたのか。読んだけど理解できなかったのか。とにかく、自分で紹介した本の中身を理解していません。これはかなり恥ずかしいと思います

クリステンセンの『イノベーションのジレンマ』も「まじめの罠」の例に紹介されていますクリステンセンの主張はまじめにやると失敗する、ではありません。長くなるので詳細は省きますが、その産業に属する企業群を支配する経済的な力学が働き、まじめに努力したとしても、やがて新興のベンチャーに負けてしまうというのがクリステンセンの考えです。まじめに努力しなかったらもっと早く負けてしまうのは言うまでもありません。ラーメン店競争が激しい中、自分の味を求め新規開業する。これはまじめですか。いいえ、「わがまま」です。自分の好きなことをして儲けたい。そんなに世の中は甘くありません。意図的か無意識か、「まじめ」の定義が変わります。このやり方ならどんなものでも「まじめ」と言えてしまます



著者は「まじめの罠」というキーフレーズで、あれも説明できるよ、これも説明できるよ、と言いたいのですが、現実は著者の考えるほど単純ではありません。テレビ水戸黄門のファンは多いと思います代官越後屋は徹底して悪い人、搾取される百姓町人は徹底して良い人。単純だから良いのです。仕事で疲れて帰ってきて、複雑な心理ドラマを観たいと思いますか。この本は普段活字を読まない人には読みやすいと思います論理が単純だからです。ですが、現実世界水戸黄門とは異なります。単純で分かりやすいことと、正確であるということが一致することは稀です。だからこそ、物事を複雑なまま捉えて分析しないといけないのです。でなければ、どんな難しい理論もたとえ話で説明できてしまます著者に望むことは引用する文献をしっかり読むこと。著者にオリジナリティがなかったとしても、忙しくて専門書を読む時間がない人のために、原著を原語で(経営学心理学の本は誤訳が非常に多い)精読して、読者に噛み砕いて説明してくれるなら価値はあると思います。逆に、いい加減な理解で読者に間違った知識を与えてしまうなら、読者は修正に時間が掛かります。その意味でこの本は星一つにせざるを得ません。買うお金、読む時間、間違いを修正する更に長い時間。大変な出費です。

この本には「私(著者)を嫌う人」の紹介とその批判がありますが、その定義も著者に都合の良い、やたら感情的で、論理性に欠如するような議論をする人たちに描かれています自分論破しやすい「私を嫌う人」像を作り、それを批判し、結果として自分正当性を主張する。読者はその定義がそもそも正しいか自分検証してほしいと思います

この本でたった一つ良かった点。自分の間違いを認めるのに躊躇してはいけないということ。人間自分の間違いを認めたくありません。とくに高いお金を出した場合価値があると思いたいものです。今までの投資無駄になりますから。ですが、例えば今まで毒を薬だと信じて高いお金を出して買って飲んでいた人たちも、毒だと知ったらすぐに飲むのを止めるでしょう。正しいことを知ろうと思っても、間違ったことを覚えるなら、毒と変わりません。

2008-08-02

http://anond.hatelabo.jp/20080802014426

えーとね、こういうのは経験しないとわからないことがあるから余り俺の意見を言っても仕方ないと思うんだよね。むしろ、人の意見を下手に聞くと間違って鵜呑みにして余計変なことになるのがオチだから、結局は自分で考えるしかないんだけどね。

仮説というほど根拠のあることとは思えない、論理的に飛躍がある、というなら是非、その部分を指摘して、僕の仮説なんかコテンパンにのしてしまって欲しいのですが……僕が一番望んでるのは、それです。僕自身一番認めたくない考えだから。

じゃあちょっとやってみようか。

しかし、既に「問題が解ける」ならば、その問題はあまりやる必要がなくて、寧ろ、解けないものこそ解けるようにすべきなわけだろ。

とすると、勉強をしていて「楽しい」と思う瞬間ってのは、イコール受験資格勉強的には無駄時間であって、受験資格勉強的に有意義な勉強というとどうしたって苦しくならざるを得ないのだろうか?

http://anond.hatelabo.jp/20080801233145

ここの第一文と第二文が飛躍じゃないかなと思うんだ。なぜかというと、

  • 解けることだけが楽しいのか?解けないことに苦しんでいる時間の中に楽しみはないのか?
  • 解けそうだという感触が持てることと、実際に解けることは同一視してよいのか?

この辺の話がすっ飛ばされてる気がするからなんだ。

わかりにくいから、ゲームでたとえてみようか。

まず前者は、神竜でもダークドレアムでも何でもいいんだけど、反則的に強い裏ボスを倒すために必死こいてレベル上げしたりするわけだけど、そのレベル上げ自体が苦痛な作業なのかな、ってこと。好きでもないゲームレベル上げなら苦痛だろうけど、「裏ボスを倒す」という目標を持ってのレベル上げなら苦痛ばかりとは言えないんじゃないの?

後者については、そのレベル上げが終わった後の話ね。裏ボスでも瞬殺できるようなレベルまで上がったとして、君はその裏ボスを倒さずにゲームをやめてしまう?そんなことはないよね。実際は裏ボスを実際に倒してみる。そして、そうしないとわからないこともあったりする。実はレベル上げが足りなかったとか、レベルをそこまで上げなくても勝てたんだとか、いくらレベルを上げても戦術が下手だったら無理なんだとかね。そういうことを繰り返していってはじめて、ゲームの腕も上がるってもんじゃないの。

それを受験勉強に当てはめてみるとどうなるか、ってことだよ。

楽しいと感じる勉強意味があるのか」の「意味があるのか」は、精神論的な意味ではなく、「無駄ではないのか」の意味です。「意味があるのか」と書きますと、精神論的なそれと間違いそうになるので、できれば「無駄ではないのか」に変えて欲しいです。

いや、精神論馬鹿ってのはね、「苦しんでやらない努力無駄」というような迷信を根拠もなく信じてたりするもんなんだよ。

まあ、それはおいといて、俺が言いたかったのは、自分で考えて結論を出せそうもないことを延々と考える方がよっぽど時間無駄じゃないかな、と思ったわけ。たとえば、星一つない真っ暗な山の中で道に迷ったとき、「方角がわかれば迷わずに出られる」と発想するのは間違ってはいないんだけれど、そこで「北はどちら向きか」と考えても、手がかりがなければ結論だせないでしょ。だったら、一か八かでもどっちかに歩き出すか、あるいは日が昇るまでじっとしているか、何かそういうことをしたほうがいい。

そもそも、自分の勉強のやり方に意味があるかないかを自分で判断できないようなら、まだまだ経験の蓄積が足りないんじゃないかな。失敗も成功も含めてもっと経験を蓄積した方がいい。そうやって体で覚えないとなかなかものの考え方って身に付かないからね。

うーん。こういう体育会的なノリは少し僕は苦手です。というかそれこそ精神論的では、と思うのですが……

実を言うと、受験勉強自体が体育会的なんだよね。「これを勉強してなんか意味があるの」と聞かれても、たぶん答えは出ない。正直「勉強したらわかる、それを信じるかどうかは君次第だ」としかいいようがない。なんでかっていうと、学校で教えてることは、今までの人類の長い歴史での知識の蓄積を圧縮して詰め込んだものでしょ。昔の大天才が一生費やしても解けなかった問題を君は練習問題としてこなしていたりする。それが味気ないのは当然だよ。でも、その辺を一度は通過しておかないと、人類の現段階の到達点にはとても追いつけないでしょ。

そういうわけで残念ながら、現代では知の最先端に到達するためには「知識を詰め込む技術」というのもどうしても必須になる。そして、受験勉強をやるということは、その技術を習得するための過程でもあるんだ。むしろ教科書の中身よりも大事なのはそっちかもしれないね。教科書の中身を忘れることはあっても、勉強のやり方を忘れることはないからね。

2007-12-20

見上げた空に星一つ。

橙色をバックに影に飲まれる町並みはいずこ。

足元が見えなくなるような暗闇を見たのはいつ?

浅い眠りの中で叫んだのは何?

僕に語りかけてくるのは誰?


見上げた空に満点の星。

黒い青。

機械の音が鳴り響く。

誰も眠らない。


見上げた空はビルに囲まれた。

壁にへばりついた窓には人が住んでいるか?

投げたのはボール?預金通帳?

拾ったのは100円?それとも、家庭教師のチラシ?


見上げた空は答えない。

だんだんと視界が暗くなる。

さようなら、今日

こんにちは、新しい、今日

2007-12-01

amazonで評判の良いものに星一つつけてるレビューって

自分は他の奴とは違うんだぜ!わかってるんだぜ!的な自意識を強く感じるものばかりだ。

評判の良いものに星一つつけることにそう言ってるんじゃないからね。

2007-07-01

星の名前がわからん

天文年鑑とかには星一個一個の名前が載ってたりするのか


稲垣足穂の本には、天文学者が星の座標調べて、その一個一個に名前を付けていったとか

最初は300程度で、次の代で2000追加されたとか

そんな事が書いてあった気がする


宮沢賢治ポラーノの広場に登場する光る花の数字もその星の名前に対応してるとか

そんな事が書いてある本もあったが


どうも調べてみると普通の名称の一覧しかない

単なる数字で書かれた星の名称を調べたい

2007-03-17

かちぼし(笑

コメント欄降臨した某シナリオライターはご本人だったんだろうか。

ネタの切り口がいい感じのサイトだったので、閉鎖だけはしないで欲しいなぁ。


http://anond.hatelabo.jp/2007031702285

今見たらプライベートモードになってたね。

それにしてもまたやっちゃったのかあの人。前のサイト潰したときも某エロゲライターがらみでなんかあったみたいだし。

まぁでも

(前略)自らの身勝手な行動によって多大なご迷惑をおかけしましたことを深くお詫び申し上げるとともに、この事態を厳粛に受け止め、今回の更新をもって「勝星一家」および「田中ロミオ山田一wiki」の更新を終了することにいたしました。

とか書いた一週間後にはてダで再開(しかも更新終了したはずの旧サイトに新サイトへの誘導リンク掲載)とかやってた人なので、ほっときゃそこらで復活するんじゃないの?

前述のはてダ移行の顛末を見る限り、一から無名の存在に戻ってやり直すなんてのをやるとは思えないので心配することないよ。

- 転職ならen
- 派遣ならen
 
1ページ中1ページ目を表示(合計:7件)