はてなキーワード: 新築とは
社会保険庁本庁の幹部用公用車、出張費、事務所備品など(180億円)
社会保険庁公用車247台(4億円) 職員の外国出張費(1億6500万円)
千葉の社会保険大学校内にあるゴルフ練習場の建設・維持費(1200万円)
東京の社会保険業務センター内のテニスコート建設費(422万円)
全国の社会保険事務所に導入した利用ゼロの印刷機(921台,1億5030万円)
年金資金運用基金へグリーンピア建設や住宅融資資金の名目で出資金(1兆800億円)
職員の事務費充当(5300億円)
職員の健康診断費(3億7000万円)
勤労者福祉施設維持費(100億円)
社会保険庁が新築した職員宿舎(10億円) ※家賃は東京都心3DKで2万円
年金関連施設の職員向け宿舎(28億800万円)※家賃は東京新宿区3LDKで月6万956円
社保庁職員宿舎の整備・維持費(42億円)
保養基地運営法人への支出(2兆円、総額5兆6000億円の使途判明)
年金資金運用基金や厚生年金事業振興団総裁の退職金(各4000万円)
大規模年金保養基地(グリーンピア)の職員向け宿舎建設費(15億2600万円)
年金資金運用基金(旧・年金福祉事業団)の職員向け宿舎建設費(2億6500万円)
※年金流用の累計は6兆7878億円。
ラックスマン来航(大黒屋光太夫が同行)時に、幕府は慌てて直接蝦夷の国境警備を行おうとする。
さらに最上徳内・近藤重蔵らの調査により、北方警備の怠慢・アイヌ人虐待などの不祥事が明らかになり
松前藩は直轄領にされ、さらに翌年函館奉行の預りとなり、20年あまり藩を召し上げられることになった
※とはいっても、この間にアイヌ人は人口が2割以上減少するなど、それ以上に悲惨な境遇だった)
※今まで騒乱が起こったレザーノフ時も、ゴローニン事件(この時高田屋嘉兵衛がロシアに行く)も、どちらも幕府直轄時代の騒動。
その後返還がかなって34年経ち、去年ようやく松前城の新築が完成したばかりだったが
この松前城はいきなり時代遅れだったりしてどうしようもないので幕府が直接統治して国防拠点としようとする。
「樺太が日露雑居となり函館開港となれば待つ前には荷が重い」という理由で松前藩から土地没収)
(松前藩の言い分としては、幕府にしたって外国船上陸のさいにろくな対応ができていなかったし
そもそも松前藩が十分に対応出来なかったのは、対応の権限が松前藩にない上、情報すらよこさなかった幕府の怠慢が原因であるし、
今まで騒乱が起こったレザーノフ時も、ゴローニン事件(高田屋嘉兵衛)も、どちらも幕府直轄時代の騒動なのだが、そんな道理が通じる幕府ではない)
実際は、函館開港が大きな利権になること、その他蝦夷地に寄港する船舶からの租税徴収権などに目を付けられた形。
松前藩は領土返還、通行税回復を幕府に願い続けたがかなわず明治維新を迎える。
勤勉実直な父と、陽気な母の性格、さらにとびきりの好奇心を受け継ぐ?
(福沢諭吉の命名の所以は清国の法律書「上諭条例」から一文字とっている)
下士身分であったゆえ、身分の壁に悩む。諭吉も父を見て封建社会を憎むようになる。
父は諭吉が2歳になる前に病死。その後福沢一家は中津藩に戻るも福沢一家は言語・風習の違いから疎外されたりもする。
(父の死後も母が常に父の偉さを子供たちに話し続けたため、父の教えは強く受け継がれる)
幼い頃は、家事手伝いや内職をして過ごし、内職名人として有名に。
少年になってから親戚の中村家の養子に(跡継ぎが耐えないための保険にすぎず中村家に養ってもらったわけではない)
中津藩では儒学のみならず「鉄砲とそろばん」の教育にも力を入れていたため諭吉も儒学のみならず算術に大いに才能を発揮する。
子供の頃の諭吉の夢は「日本一のお金持ちになって好きなだけお金を使いたい」であった。
諭吉は西洋文明に出会う前からかなりの合理精神の持ち主であった。
14~15まで一切本を読んだことがなく、当時としては勉強を始めるのが非常に遅かったが
白石塾に入門した時身分制度の障害にぶちあたり、なにくそと死に物狂いで勉強。あっという間にトップに。
しかし能力で抜きん出ても認めぬ身分制度になおさら嫌気が刺していたところで、中津藩にも黒船来襲。
18の時に砲術訓練の名目で長崎行きを志願し、中津を離れ、長崎ではじめて蘭学に出会う。
クリミア戦争は兵站補給、爆薬、衛生学の3つで革命をもたらしたとされる。
ロシアはノーベルの父エマニエル=ノーベルにより機雷を発明したり戦力的には奮闘したが、
産業革命により鉄道輸送を実現したイギリス・フランスとくらべて長期戦において不利を取り敗れる。
アレクサンドル2世は、国家の経済を中世以来の農奴制に依存してきたため産業革命が遅れ
クリミア戦争の敗北を招いたことを大反省し、農奴解放例を打ち出す。
大改革の過渡期には様々な矛盾が一気に吹き出すもので、逆に一揆・反乱・独立運動が続々と起こり
それらの打開策のため皇帝は軍事力を強め、国外戦を起こすにいたり、大改革は、大混乱へと突入していく・・・。
(日本も時間の余裕さえあれば、こういうことを経験できただろうということもできるし
逆に時間の余裕がなかったために、ロシアのような悲惨な流血時間や長い内乱をある程度避けれたと考えるべきか)
現代の愛国心というのが観念的な薄っぺらいものであるのに対し、
間宮林蔵は、この時代の誰よりも日本全土を自分の目と足で実際に把握し抜いた。
さらにロシア船が日本沿岸を海賊のように荒らし回った時に、択捉島で直接砲火を浴びつつ応戦するという経験までした。
ここまでくると、日本という領土に敬意を示さず土足で日本に上がりこむ外国人に激しい怒りを燃やすようになった
(しかし、土地のありがたさを知らず軽んじる人たちにはそう感じなかったのかな?そこまで考えてたらきりないか)
#その他#
昔生きていた人たちが、この本の中では今も生きてる。そう感じられる。これはスゴイことですよ!(安彦良和)
子供の頃から「こういう漫画を誰か描いてくれないかなあ」と、本気でずっと思っていました。そうしたら、ズバリみなもと先生が描き始めて下さいました。「よし!」とばかりに読み始め、「こりゃなかなか終わらないだろうな嬉しいな読みでがあるなあ」と思っていたら、本当に終わらなくて、もうずっと読み続けられて嬉しいことこの上なしです。いつまでも描き続けてください。ちなみに、小学生の頃みなもと先生のキャラをソラで描けるのは、クラスで僕だけでした(京極夏彦)
欠陥住宅とか、過労死告発とか、告発系サイト(ブログ)、というのがある。
「単なる被害妄想じゃないの?」とか「言いがかりつけようとしてるんじゃないの?」と、
本来なら、新聞社なりテレビ局なりが、ちゃんと取材に来てニュースにしてくれれば
「大マスコミのお墨付きが付いた」となって、人々も信頼するようになるが、
この手の告発リークに、いちいち付き合っている余裕はない。
(例えば尖閣ユーチューブ事件、あのデータをマスコミに送り付けても、それをまともに
相手する余裕は、マスコミにはない。
この手のリークが、1日に数百件数千件もあるから)
ではどうするか?
ここで提案だが、企業会計に対して監査法人が会計監査して「お墨付き」を出す、
あるいは新築建築に対して第三者機関が施工チェックして「お墨付き」を出す、
「ここに記載されている内容に、相当の蓋然性があります」という「お墨付き」を
有料で出すサービスをしてはどうか?
お墨付きを出す機関としては、マスコミ子会社、弁護士などが考えられる。
東北が「米どころ」の地位を確立したのは戦後だという歴史は、意外と知られていない。熱帯原産の商品作物であるコメは、東北では大正期まで収量が低かった。それが変わった背景は、農業技術の進歩もあるが、東京市場の膨張、戦中と敗戦後の食糧増産政策、戦前のコメ供給地だった朝鮮と台湾の分離などである。こうして東北は、米・野菜・水産物などの東京への供給地となった。
また東北は、東京への低廉な労働力の供給地だった。高度成長期の集団就職や出稼ぎだけでなく、高卒農村女性を始めとした低賃金の非正規労働者の存在が、下請け部品工場などを東北に誘致する力となった。
さらに東北は、東京への電力の供給地だった。コメが減反に転じ、過疎化が進んだ高度成長末期から、原発と交付金が誘致された。沖縄に基地が集中したように、福島と福井には東京と大阪に電力を供給する原発が集中し、他に産業のない地元の人びとが働いた。こうして穀倉地帯に原発が集中するリスクが生じた。
1990年代以後のグローバリゼーションの中で、一次産品と労働力の供給地としての東北は、アジアとの競争にさらされた。いっそうの過疎化と高齢化、小商店や公共交通機関の衰退が進んだ。点在する小集落から生活物資を買いに行くのも自動車に頼らざるをえなくなり、地域の命綱となったガソリンスタンドも過疎化による経営難で減少している。
今回の震災では、原発事故と電力危機、放射能による農水産物汚染、ガソリン不足と物流停滞、高齢被災者の多さ、部品工場の被災による部品供給網の寸断などが重なった。これらは上記のような地域で震災がおきれば、必然的に発生しうる事態である。これを想定外の複合災害のように東京のメディアが論じるなら、それは地震といえば関東大震災や阪神大震災のような都市型災害しか想定していなかった、無意識の東京中心主義の限界というほかない。
復興も、関東大震災や阪神大震災とは条件が違う。消費地である都市の復興と異なり、生産地の復興は、都市計画や防災を中心に論じても限界がある。また神戸は大阪に隣接して雇用もあり、経済活動の一時移転もできた。だが今回は、2030年までに人口3割減さえ予測されていた過疎地が生産基盤を失った。
復興に水をさしたくはないが、懸念されるのはいっそうの過疎化だ。グローバル資本とグローバルシティーにとって、食料と労働力の供給地は東北である必要はない。20世紀の国内分業で位置を定められてきた東北は、21世紀の国際分業競争の渦中で打撃をうけた。地震と電力供給のリスクがある東北から工場を海外へ移す動向も予想されている。町をまるごと失い、放射能におびえ、仕事と安全の未来もみえない状態が続けば、若者から先に東北を離れてゆく。この現実を直視し、日本の構造と東北の位置を変える意志を東京側も含めて共有せずには、防災都市やエコタウンの構想も新築の過疎地と財政赤字を残すだけに終わりかねず、原発に頼らない地域社会も作れない。
復興の前提は、原発事故の大局的対策だ。放射能漏れを伴う綱渡りの冷却が数ヶ月は続く。放射能の放出は3月より減ったが、再度の大放出の恐れは残っている。政府は矛盾だらけの暫定措置(飲料水の放射能基準値が原発の排水の7倍など)のつぎはぎを超え、さらなる避難拡大や経済的・国際的影響など、あらゆる事態を想定した長期戦略を公表して国民を納得させてほしい。何もしらされずに非常事態になれば、かえってパニックがおきる。「最悪の事態になれば東日本がつぶれる」と発言した菅首相なら、そうした戦略を立てる意志はお持ちと思う。少なくとも「想定外だった」という言葉だけは、世界中の誰も聞きたがってはいない。
震災後には、「がんばれニッポン」という言葉が躍った。だが震災が浮き彫りにしたのは、「ニッポン」の一語で形容するにはあまりに分断されている、近代日本の姿である。
朝日新聞4月28日 あすを探る 思想・歴史 ( via http://twitpic.com/4u59mv )
直接想いを告げることはできませんでしたが、いつも一緒に遊んでいました。
時を経て、高校生となり、一丁前に恋人ができ、すっかり忘れていたつもりでした。
ところがどっこい、ある日突然私の前に現れて、楽しかったこと、
私が楽しくなれるようなことを次々としては去っていきました。
そう、夢の中で。
あれ?なんでこの人の夢を見るのだろう?
とっくに忘れていたつもりだったのに。
その後も何度か、突然夢の中に顔をだしては
心がポワンと温かくなるようなことを次々としでかして去っていきます。
学生から社会人となり、大人の階段を徐々にのぼり始めていました。
その後私は
いろんな人と出会い、いろんな人に恋をし、
その時その時を全力で
楽しんだり苦しんだり泣いたり笑ったりしながら過ごしてきました。
そしてある日、
その代わり、今後は別の人が現れるようになりました。
その頃私は、ブログを立ち上げ始めた時期でネットという世界に興味津々。
その日は普通に会話をし、
気にせず帰ってきました。
その後、メッセンジャーを通して文字で会話をするようになり、
この時も私には、付き合い始めたばかりの彼氏もいて、
ただただ、会話するのが楽しくて
それどころかいつも怒られてばかりで
というか怒らせるようなことをしでかしている私が悪いのですが
その人が突然夢の中にでてくるようになったことは
本人には口が裂けても言えません。
言ったら「きめえよ、ふざけんな」と怒られること確定だし。
また、言ってしまうことで大事な何かが壊れてしまうような気がして
ところがそんなことに気を遣うなら、もっと別のことに気を遣えよ
と、自分で自分を責めてあげたいことをやらかしてしまったのです。
平身低頭で謝ったのですが、許してくれる気配がまったく感じられず
なのに夢の中には相変わらずちゃっかり現れてくれちゃって
目頭が熱くなるようなうれしいことをジャンジャンやらかしていくのです。
夢から目覚めると、指先までほわっと温かくなっていて
定期的に夢の中にはでてきてくれますが、
実際には二度と話すことができなくなってから2.3年の月日が流れていました。
ベッドに横になり漫画を読み始めた時にそれはやってきたのです。
ひとりぼっちだった寂しさと、6階という高所にいた為、
「私、淘汰されるかも・・・今度は私の番だったんだ」
という諦めと恐怖が入り混じった感情がドクドクと体中を駆け巡りました。
棚という棚から物が飛び出し、食器や鏡が割れる音が響き渡ります。
ニュージーランドで起きた震災の家屋倒壊をニュース映像で見ていたので
あの映像が頭の中でシンクロしていきます。このマンションは突貫工事で建てたっぽく
新築なのにあちこちに不具合がでていて、やばそうな気配を醸し出していたからです。
揺れが若干収まったあたりで、外の様子を見てみることにしました。
そして子どもの泣き声が。
2つ先の部屋に住んでいる子でした。
ドアが開いていたので様子を見に行くと、お母さんが放心状態で立っています。
小学生の女の子がワンワン泣いている2.3歳くらいの妹を抱きかかえるようにして立っています。
とりあえず避難だ!
幸いにもここは避難所である学校の近くです。その親子と一緒に避難所に向かいました。
一人じゃないっていうことで、私自身がすごく救われた気分になりました。
避難解除がなされ、深夜頃、自宅に戻ることができました。
「私まだ、生かされてる」
再びベッドにごろんと横になり、ここで私の走馬灯はまわりはじめました。
私がかかわってきたいろいろな人が頭の中をめぐりはじめました。
真っ先にあの人のことが浮かんできました。
今更連絡なんてできないしなー
なんて思いながら、幸い停電することもなかったので
なんと、あの人からのメッセージが地震直後に入っていたのです。
「だいじょうぶだったか?」
たった一言、
たったその一言だけなのに
まだオンラインっぽかったので、
なんと返事が返ってきました。
2.3年ぶりの会話です。
お互いに地震直後の状況を軽く報告しつつ
最後に
「生き残れたら、また一緒に遊ぼうね」
「絶対やだ」
と帰ってきました。
うんそう、いつも通り。昔と変わらない反応です。
夢の中でいつも助けてもらっていること、
すごくごめんなさいってずっと思っていたこと
言いたいことはたくさんあったけど、
あえて言う必要はありません。
あの人にとっては、ほんの軽い気持ちで声をかけてくれたのでしょう。
全てを伝えてしまうにはあまりにも重過ぎて、
というか
ほどけかけていた紐が、またかろうじて繋がったのに
でもだけど
心って結構通じるんじゃね?
って思えたことは事実だし、
「災い転じて福となす」って結構本当のことなのかもしれません。
知らず知らずのうちに、誰かを救っているかもしれない。
人は誰もがどこかで誰かの救世主になっているのかもしれません。
今日もどこかでまた別の人を救っていることでしょう。
やはり潜在的に想いがあるのかもしれない。
ということで、このお話は一生自分の中にしまっておくつもりでしたが、
今回の大震災で心を病み
あれこれ考えすぎて思い悩んでしまっている人に送りたいと思います。
人と人は繋がっていて
自分の意思とは裏腹に、人を救ったり、時に人を傷つけている。
ということを。
で、結局、私はその救世主にいつかその話をするのかって?
これ以上嫌われると本当に口も聞いてくれなくなりそうなので
・原子力利用には賛成
・CO2地球温暖化には懐疑的
・私は新エネルギーについても懐疑的
と言う立場ですので割り引いて読んでください
なお私は機械系エンジニアでありますがエネルギー問題そのものについては素人です。一緒に考えていただければと思います。
http://www.enecho.meti.go.jp/topics/hakusho/2010energyhtml/index.html
を見てみましょう。
発電電力量は9915億kWhでそのうちの2581億kWhが原子力です。
原子力設備容量は4279億kWhですので60%の原子炉が稼働していることになります。
これは特に2008年は稼働していない原子炉が多かったからで、2009年は65%が稼働しています。
よって良く引き合いに出される電力の30%は原子力という数字はあんがい流動的なことがわかります。
この30%を化石燃料に置き換えるには化石燃料が現状より40%多く必要になります。
これをもって原子力廃止することはあまり現実的では無いとされてきました。
ところで、電気以外のエネルギー消費にも目を向けてみますと、車のガソリンを始め非常に多くのエネルギーを消費していることがわかり、そのほとんどは化石燃料です。
エネルギー全体でみると
・化石燃料83.4%
となります。
となると原子力10.4%を火力10.4%に置き換えるには化石燃料が現状より12%多く必要になります。
もしくはたんに10%消費エネルギーを削減、するだけでも十分です。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
石油と国際動向
日本は世界最高峰の省エネ技術を持っているので、原油の枯渇はむしろ日本に有利に働くのでは無いのでしょうか。
自力で石油が生産できる米露はともかく、中印は石油資源を有しておらず。エネルギー効率の悪い彼らと競争関係にある日本にとっては原油が高くなれば高くなるほど有利です。
また、新しい油田がどんどん開発され石油無機成因説が徐々に信憑性を持ち始めているので、本当に油田が枯渇することは向こう100年では無さそうな見込みであります。CO2による地球温暖化も当初言われていたよりははるかに影響が少ないことが多数説になりつつありますので、こちらも実のところあまり気にしなくて良さそうです。
ただ、石油確保に関してはアラ石の権限を失ったり、イランとのパイプを切られたりと日本は失策続きで悲観的です。ここは軍事力の拡大を含めて国際的な存在感を増す必要があると思います。とは言え、国際覇権ネタは脱線しますのでこの程度にしておきます。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
新エネルギーについて
白書によると新エネルギーの発電設備は53万kWで全体の0.2%です。
そのうちの多くは太陽光発電であるかと思います。ここでJPEA(http://www.jpea.gr.jp/04doc01.html)の資料を見ると太陽光発電パネルの国内出荷は2009年単年で62万kWとあり白書と矛盾します。ベストエフォートと推定実効値の差であると推察されます。
太陽光発電は夏の電力需要のピークに最大出力を出すのは大きな利点です。課題は価格で設備投資に安くても50万円/kWh(新築時に導入)もします。
実用レベルの22円/kWhはどうにかぎりぎり達成していますが、これは色々な付随するコストの無視や20年という非現実的な償却期間を元にしていますので実体としての数字は未知数です。また価格もこの5年間は下げ止まっている(http://www.solar.nef.or.jp/josei/kakakusuii.htm 及び現在の平均価格60万円/kWhより)ので、むこう10年で日本の電気需要の5%以上を占めるには何らかの価格破壊が必要です。
なお、太陽光の利用は太陽光給湯がエネルギー変換効率約60%と太陽光発電の20%と3倍であり、こちらは積極的に進めるべきであると考えられます。
個人的にはいわゆる藻油などの水生系バイオマスやセルロース系バイオマス(藁など)に大いに期待しています。これを石炭火力発電に利用するのは比較的現実的だと思います。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
省エネについて、
・製造業
再び白書を見ますと製造業のエネルギー消費は1973年以降むしろ減っていることがわかります。製造業はすでに相当に効率化されているのでさらなるエネルギーの削減は簡単では無さそうですが、単に工場の国外移転で今後もじわじわ減っていくものと思われます。
・運輸
運輸部門の消費は2002年をピークに減少をしています。不況、ハイブリッド車の普及、ダウンサイジングによるものと思われます。このトレンドはしばらく続くでしょう。
詳しく見ますと貨物部門が1996年をピークを迎えたのに対して、旅客部門は2001年がピークです。なお、国内の国内自動車販売数は1990年がピークですが保有台数はその後も上がり続け2004年にようやく以降横ばいになります。車は2004年に必要な国民に行き渡りそれ以降は買い換えの需要しか無いとも考えられます。
技術的に燃費はロープレッシャーターボやアイドリングストップの前者への導入などまだまだ改善の余地が有り、さらにはダウンサイジングで大きく燃費は削減できるので一回の買い換えサイクルの7年程度でさらに10%削減は大いに可能でしょう。
なお電気自動車(によるCO2削減)は原子力による無尽蔵のエネルギー供給を前提にしていますので諦めることになるでしょう。
・民生
民生部門の消費は2005年をピークに減少傾向にありますが、家庭業務の双方を含み判断が難しいです。近年では電力消費はOA機器とエアコンが大きなウェイトを占めていると白書は分析されています。
ただ数字を見ると家庭業務の双方で冷房は2.1%,12%と非常に小さい数字であることがわかる一方で暖房給湯が半分を占めています。また特に業務部門ではOAの消費電力が大きく、PCやサーバの消費電力がバカにならないことがわかります。つまりウォームビズで大きく消費エネルギーは削減できます。ただしこの数字は試算であるので正確性に欠けるおそれが大きいです。
IT業界は2008年(ATOMの発売)頃からパフォーマンス競争は一段落し、iPad以降は特に小型低消費電力の流れが強くなっているので今後も電力消費は減る方向に向かうものと思われます。
なおITについてはサーバを海外に置くことによって実質的に電力の輸入が行えると附しておきます。
・冷房について補足
冷房の消費エネルギーはせいぜい国内全エネルギー消費の3%ではあるのだが、よく取りざたされるのは夏場の昼にのみ発生するからです。
これにより、7月ピークは11月の1.5倍電力を消費するなどと言われています。
「1年間の電気の使われ方の推移」
http://www.fepc.or.jp/present/jigyou/japan/sw_index_06/index.html
「最大電力発生日における1日の電気の使われ方の推移」
http://www.fepc.or.jp/present/jigyou/japan/sw_index_05/index.html
しかし、色々調べてみましたがクールビズが定着した2005年以降の資料が見つかりませんでした。また夏場のピーク時にも電力を大きく消費するオール電化住宅が2008年以降急速に普及している事実があります。
これから推察される事実は夏場の電力不足は(今年はともかく)既に解決しているのでは無いのかということです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・人口推移
どちらにしろ、日本の人口は減少トレンドに入りましたので、これ以降はなにもしなくても必要なエネルギーは減る一方です。
↓によると日本の人口は20年後には1割減ることになっていますのでその頃には無理なく原子力とおさらばできるでしょう。
「総人口の推移」
スーパー堤防をわかりやすく説明すると、「進撃の巨人」の壁を厚さ1kmくらいにして、その上に住んじゃおうぜって感じ。
それだけ厚ければ超大型巨人がきても壁は破られないし、その上は安全ってこと。
ただ、そのペースが異様に遅い。
現在計画されてる範囲をカバーするのに400年かかるって試算もあるけど、実際に有効にするためには現在の計画じゃダメ。
進撃の巨人の世界と同じように、巨人の驚異があるところ(=都内のすべての川岸)を1kmくらいの厚さにしなきゃいけない。
だって、弱いところを一箇所でも破壊されたら、巨人(=水)は中に入って蹂躙してしまうから。
川岸から1km以内の街をすべて更地にして、そこに盛土をして、再度街を造り直さなきゃいけない。
住んでる街の人々の立ち退き料もかかるし、盛土にも金がかかるし、もちろん新しく造り直す街もすべて国の予算。
いまあるインフラすべてを一から作るんだから、もう想像もつかないお金がかかる。
しかも、それがすべて完成するまで治水効果が薄い。
効果があるのは盛土された新しい街の上に住んでる人たちだけ。
その人達は立ち退き料ももらえるし、家はすべて新築になるし、地震にも強いしハッピーだろうけど。
地元の同級生と比べてくる。
誰それは課長になった。とか
誰それは休日に親の手伝いをする。とか
でも、出来ちゃった結婚した挙句、生活できなくて実家に寄生するほど恥知らずじゃない。
それに俺はまだ課長になってない。普通の会社で言うところの係長だ。
でも、うちの会社で課長=マネージャっていうと、上場企業の部長級~取締役クラスになる。
それを縁故採用で入った地元の小さい会社で、課長になった奴より格下だっていうのか?
あと、俺は休日に親の手伝いがあまり出来ない。
そりゃ大学出てから一度も定職につかずにフリーターやってる奴は時間が有り余ってるんだろう。
でもその代わりに去年、家立て直すときのローン、俺が払ってるじゃないか。月に30万も!
息子が建てた新築に住んでてまだ親孝行が足りないって言うのか?
それなのに、たまにプロジェクトの合間の休みで毎回disられてたら何もする気なくなるよ。
俺が間違ってるのかな。
プロジェクトリーダーも任されるようになって、会社でも一人前扱いを受けられるようになった。
それなのに母さんは、俺に地元の連中みたいに、出来ちゃった結婚して、資格浪人とは名ばかりのフリーターやって、地元の会社に縁故採用で入社して、一生世間にうだつの上がらない生活をすべきだとでも言うの?
すでに問題は進行していて各地で大きな問題になってきているんだけど、一般的には表沙汰になっていない話を1つ。
全国各地で、ウンコの配管が詰まりまくってる。いやまあ、便器や配管がウンコ詰まりするという現象は別に目新しい話ではないんだけれど、ここ数年、その件数が飛躍的にアップしているのだ。
何故、そうなるのかというと、便器洗浄の節水競争で、ウンコと共に配管に流れ出る水の量が減っている為に、ウンコが途中で止まってしまったりする事が増えたからだ。
便器は進化しているのかもしれないが、便器から流れ出た、ウンコと水が配管を通って、浄化槽や下水道まで流れ着くまでの技術はほとんど進化してしないのだ。
何故、進化しないのかというと、単純に、配管内を重力によって、一定方向に導くのが原則なので、せいぜいが配管抵抗を減らす事くらいしか出来ない。ウンコ用の配管なんて、汎用の塩ビ管やせいぜい鉄管の内側に塩ビをライニングした程度のものしかないので、そんなにコストをかけられない。
そしてその配管設計のガイドラインは何十年も前から全く変化していないのだ。
(ウンコが途中で止まるなら、配管の勾配をもっときつくすればいいじゃん。って感じがするんだけど、それをやるとウンコより先に水が流れちゃってウンコが停止してしまう。ウンコは水と共にプカプカと一緒に流れていくものなのだ。ウンコは粘土があるのでひっかかりやすい)
実務者の間では、節水便器をつける場合は、配管ルートや距離、勾配に細心の注意を払え、マジでやべえぞ。という話にはなっているんだが、建築設計の先生方はそんな事は何も知らんでエコエコ節水をわめいている。それらの便器メーカーも節水を叫ぶばかりで、便器から先のことは知らんとばかりになんの注意も促さない。
恐ろしい事に節水を叫ぶメーカー(某2社)は、某社にシェアや売り上げで追い詰められており、もはや逆転は時間の問題と言う事になっている。逆転されない為に、逆転されても死なない程度に頑張る為には、節水を叫び続けるしかない。研究開発も節水に対して突っ込んでいる為に、どうやら方向転換は出来ない様子。
そういう状態なので、これからしばらくの間は、配管のウンコ詰まりのリスクは高まり続ける。設計事務所もメーカーも知らんぷりを続けるでしょう。そのツケはユーザーに降りかかります。
自宅の便器を新しいものにしたいと考えているあなた。恐らく、今使っているものよりも節水型を選ぼうとしていると思います。節水のタイプもいろいろあります。水の使用量が最小のものは避けましょう。便器から先の配管や設備が、最新節水型便器に対応していない可能性が高いです。地元工務店や水道工事店としっかり打ち合わせして決めて下さい。節水の機能のみアピールしたり、エコエコアピールするような業者には要注意。
楽天あたりで、安く買って自分で付けようとしている人もいるでしょう。工事はそう難しくは無いので取り付けは楽ですが、便器の先の配管のことをよく考えてください。
新築住宅を考えている人、建売ならしょうがないですが、細かい注文ができるのなら、節水便器についてよく確認して下さい。特に敷地が広くて、浄化槽や下水本管までの距離がある場合は特に注意です。
某2社はこれからさらに節水競争を突き進めます。某社が最近、さらに一歩リードして公式サイトもリニューアル。TV-CMも始まります。もう関係者からしたら断末魔にしか聞こえません。ぶっ倒れるまで走り続けるのでしょう。目の前の危機は解っているのに走りは止められない。ウンコ詰まりリスクは上がっても、節水にすがりつくしかない。
まあ実際には倒れる訳にはいかないので、いつかは負けを認めて、なにがしかの転向を行うはずですが、やばい製品を世の中に出し続けた責任ってどうなるんだろうなあ。
なんかの用事で2週間家を留守にした後、帰宅初日に便器が詰まってさあ大変という事で呼ばれて行った事がある。何をやってもどうにもならない。ついには便器を取り外すハメに。便器を取り外したら、便器との接続部にティッシュが大量に詰まっていた。いや固着していた。明らかに精子。そこのご主人とこれは・・・と呆然としていると、奥様がそれを見て顔を引きつらせて、息子の名前を叫んで、何度も平手打ちをしていた。XXちゃん、いったいこれはなんなの!キー!って感じで。もう可哀想過ぎる。中学生の坊主が両親が2週間もいなかったらそうなっても不思議じゃない。俺はよくあることだから気にしないで大丈夫です。と言ったんだけど、もう性格が変わっちゃうほどなじられて叩かれてた。
その少年と駅前で偶然、合った事がある。俺が、あ、あの時の・・・と思ったら、少年は下を向いて足早に遠ざかっていった。なんかもう可哀想過ぎる。多感な時期につらい目に合わせてしまった。後で笑い話になってくれれば良いのだけど、あれをきっかけにおかしくなってしまったとしたら・・・
去年の11月くらいにに某所で書いたものなのだけど、人の目に当たる事が殆ど無かった。
さっき風呂入ってぼんやりしてたら何となくこれの事を思い出したのでここに投げ込んでみる。
文体がやや気持ち悪いのはその時の精神状態と投下した場所でのキャラこんなだから。
--
なんだかんだでもう10年は病んでて最近調子良くなってきたから社会復帰できるかな、と思いきや転落してまたニートもどきな日々を過ごしています。
数年前に某富士の麓に研究所がある自動車会社に派遣で行くことがありました。長期という話だったので御殿場の駅前の新築アパート借りてさぁ心機一転がんばるぞー、と働き始めました。
ところがこれがまた劣悪な職場な訳で…。
なんとか方式とかいう効率的な職場方針の大本だけあっていろいろと効率的です。工場じゃなくて研究所だから少しはマシかな、と思っていたらそうでもなかった。
なんていうか怖い。
期日がタイトなのはデフォルトとして、結果も求められる。失敗は許されない。
実験するんですよ。私は派遣の丁稚だからプロパー(自動車会社の正社員)さんにアゴで使われて実験のセッティングをして実験をしました。赴任一週間目だったと思います。
や、プロパーさんに「これくらいできるよね?」みたいな感じで早口でメモ取る余裕もなくあれこれ一方的に言われて「じゃ、忙しいから後は任せた」みたいな感じでさっさとどっか行っちゃうのです。
どうしろと?
実験と言ってもここでの実験は所謂物理学的な実験で私がバックグラウンドに持っている化学の実験の知識なんかクソほどに役に立ちません。
でもやらないと、ということで役に立たないメモと記憶を頼りに実験したら見事失敗。
部長(昭和の悪しき風習を未だに引きずってる感じのするオヤジ)と面談になってプロパーさんは胃に穴が開いてそうな顔をして
で、その部長さん、プロパーさんだけじゃなく私にも面談だと呼び出してきました。
実験を失敗させた「戦犯」だしガミガミ言われるのかな…と思いきやこう言ったのですよ。
「オマエ○○にいたんだろ?使えない奴だな。そんなだから半年でクビになるんだよ」
○○というのは栃木と埼玉に研究所を持つ自動車会社です。栃木の方に半年勤めていました。これも派遣なんですけど。
しかしそれは面倒くさい事に巻き込まれてそれに対して正論言ったらさらに面倒くさいことになってそれにカチンときたので更に言ったらパワハラまがいのこと喰らって、それが元でメンヘラが悪化してノックダウン、派遣元判断で強制退去と言う経緯があります。
面倒くさいことがなかったら多分長く続けることができたと思います。職場環境は今まで勤めた中でもずば抜けて良かったですし、今でももし機会があればまたそこで働きたいと思うほどです。
話を戻しましょう。
部長はその○○に何か執着があるのかそれ以降ことあるごとにそれを引き合いに出すようになりました。一番酷かったのは私の歓迎会という席で無理矢理酒飲まされそうになって断ったら「だから○○辞めさせられたんだよ!」と曰った事でしょうか。
それが切っ掛けという訳じゃないのですがそれから仕事場に行くたびにMP(メンタルポイント)が削られていくのがわかりました。実験は相変わらず上手く行かないし、新卒の小五月蠅いガキっぽいのがゴミを見るような目で無茶なことやらせたりでMPはどんどん減っていきます。
そして…某月某日、MPが尽きました。
朝起きても動けない。恐怖と不安で押しつぶされて身動きができない。今でも仕事決まって行こうとするとこの恐怖と不安の発作が出ます。それの始まりでした。
三日間全く動けず。
何して何食べてどうやって生きてたかは正直覚えてないです。寝て起きると汗びっしょりでクタクタで、それでもインターネットはやっていたらしいです。どんだけ好きなんだよインターネット。
三日目の夜携帯電話が鳴る。相手は派遣元の研究所担当の営業さん。
「完全にお怒りで…」
「明日何が何でも出社でき・・・」
「そうでなければ解雇wldajkfdhafasfa」
覚えているのは薬入れにあった向精神薬,睡眠薬全てを出して、冷蔵庫からスクリュードライバーの缶をだしてビーカーに注いで薬を全部飲んで布団敷いてメモに走り書き的な遺書書いて寝ていた。
…らしい。
発見されたときの状況がそうだったらしいのでそうだったのかもしれない。
電話の途中で思考がシャットダウンされた後の記憶は本当に無く、次に気がついたときには病院らしき場所でやたらでかい注射が打たれる瞬間だった。それを見た数秒後また意識が暗転。
次に気がついたときは当時所有してた車の助手席に座っていて、父が車を運転していた。何十年ぶりのマニュアル車でしかも外車なのに…申し訳ないと思ってまた意識が暗転。
次に気がついたのは実家の目の前。父が「降りろ」と言うので車から降りようとしたら足に全く力が入らず顔面からダイレクトに着地。まぶたが切れて血がどくどく出るわ眼鏡に傷がつくわ背伸びして買ったオサレ服屋のシャツに血がつくわで散々だった。
それから記憶がはっきりするのに一週間以上かかった気がします。
記憶がはっきりしないときに派遣元のコンプライアンス部長とかいう人が来たらしく、お金沢山あげるからもう金輪際関係はありませんさようならみたいな念書を書かされたようです。
実際体験して思ったことは「死は自動的」であるということ。行うときは本当に無意識に自動的に執り行われます。
死ぬ死ぬ喚いているうちは死にません。だって死ぬって宣言する時点でリミッターが働いているから。私も死ぬ死ぬ詐欺よくやるから解るけど、実際喚いている時は本当に苦しい。辛い。誰かに(辛さ、苦しみを)わかって欲しい。そうやってレスポンス貰ってようやく自分の中に空いた穴が満たされるのです。
少し前にUstreamで自殺実況して本当に死んじゃったって事件あるけどあれも本当に自分の苦しみをわかって欲しかったんでしょうね。でも場所とオーディエンスが悪かった。
煽られ罵られ貶された末に彼がとった行動は「本当に」死ぬことだった。
多分怒りからきた衝動だと思う。そりゃ怒るよ。こっちは真剣に苦しいのに「早く死ね」とかナチュラルに匿名掲示板のノリで煽っちゃ。
基本的にメンヘラの人は怒りを自分自信に向ける。自罰的な人が多いって言うのだろうか。この場合だと
「死ねなかった」→煽られる→「くそ!死ねなかった俺が悪いんだくそ!くそ!くそ!」→衝動的に「行動」に移す→運悪く「成功」
怒りで死んじゃったら救われないよ…。
匿名掲示板という特殊環境と群集心理というのもあったのかもしれないけれど、あの場にいたオーディエンスは本当に悪質だと思う。正直、IP調べて書き込んだ奴らを自殺示唆で立件してもよかったんじゃないかとすら思っています。
自殺願望者にとって死は救いです。ギャグでも何でもなくて本気で死ぬことによって苦しみから解放されると思っています。
でも基本的に人間っていうのは自死に対してはリミッターが働いてしまう。だから苦しみから解放されず辛くて苦しい時を過ごさざるを得ない。で、その苦しみや辛さを知って欲しいからある人はリスカ写真あげるかもしれないし、死ぬ死ぬ詐欺する人もいるかもしれない。
最近パチンコが良いとか悪いとか言う話を見かけるので書いてみる。
意志の弱い人間がパチと借金にハマったら人生終わったよという、よくある話。
俺が生まれた街は、パチンコと飲み屋くらいしか遊び場のない田舎で、父もパチンコが好きだった。
同級生の友達や建築職人仲間、パチ友達、時には祖母とも一緒にいた。日曜は昼飯ができたらパチ屋へ迎えに行って連れて帰るのが小学生の俺の仕事で、パチ屋でガキがうろうろしていても誰にも不審がられることはない雰囲気だった。父親の膝でボーナス止めて遊んだ記憶があるから、スロット打ちだったんだろう。
仕事で稼げなかったのかパチンコで負けが込んだのか、浮気でもして女に使ったのかは知らないが、一度数百万の借金を作って離婚寸前まで行った。母方の祖父から譲られた家も抵当に入っていたらしい。子供も小さいし、心を入れ替えてやり直すなら生前贈与と思って使え、と祖父が精算してくれたそうだ。
酒もタバコもパチンコもやめて、父は真面目に生きることにした。仕事、テレビ、週刊マンガ誌、ファミコン、時々友達から本やマンガを借りてくるのが俺の覚えている父の生活。たまたま仕事も順調にあってそれなりに稼げていて、酒やタバコは許され、見習いを取ることもあるくらいにはなった。
でもあれは恐らくバブルの時期だったんだな。会社が抱えてる職人じゃ足りないからフリー職人にも仕事が回ってくる訳で、景気が悪くなって新築や改装案件が減ると、仕事は激減した。折悪く母が入院してパートもできなくなった。生活が困窮し、パチンコで稼いで何とかしようと思い、再開。仕事が無い日は朝から晩まで打って、研究して、あろうことかそこそこ稼いでしまった。生活費と入院費を払って窮地を乗り切り、へそくりの隠し貯金も作っていた。
たぶん父は、それでもう、オレはパチで生きていける、仕事もないし真面目に働いてもソンだ、と思ったんじゃないだろうか。
その後、俺は就職して田舎を離れてしまったので、全てが終わったあとで聞かされた話。
すごく分かりやすい破滅。
仕事をする振りをしてパチで稼いだ金を母に渡していた父だが、途中から勝てなくなっていた。物入りも重なり、以前作った貯金もすっからかん。
返済が滞り、雪だるま。友達親戚仲間に頭下げれば借りられる程度のカネは全て借りて、俺も「発注主に逃げられてカネが入らず困っている」などと無心されて、嫁に相談していくらかの金を渡した。
いつしかヤミ金に借りて利息も返せなくなり、取立てが来るようになって発覚。
弁護士を入れて清算して、ヤミ金の分は白紙。消費者金融から過払い金が返ってきて弁護士料払っても手元にいくらかカネが戻って自己破産を免れたが、本当はまだ隠していた借金があったらしく、ブラックなのでヤミ金に借りてまた首が回らなくなった。
祖母の年金を抵当にカネを借り、母の少ない持ちアクセサリを結婚指輪にいたるまで売り飛ばし、気の弱い友人の名義を借りて消費者金融で限度額まで借り、最後に見知らぬ婆さんからカネを取り上げようとして捕まった。
そのやり口はあまりにも適当で、もう、借金に追われ疲れて破滅したかったんじゃないかと思う。
さすがの母も離婚して、父を叩き出して実家に帰らせた。たまに父の姿を見かけたと伝え聞くそうだから、生きてはいるみたいだ。
俺のケータイの番号も住所もずっと変えていないが、あれから父からの連絡はないし、俺も父に電話してみようとは思わない。
パチンコは楽しめる範囲ならいいけど、ATMであと一万借りて入れたら大当たりしそうな気がしちゃうタイプの人、借りる前にちょっと考えてみてね。と言うお話。
うちにもそういうくそガキくるよ。
自分で頼めない上に、やっちゃだめだといったことも聞かないんだな、これが。
うち、新築なのにこのガキがコマとかで遊び始めて、つれてきた親がやめなさい、
といっているのにやめないんだ。
おかげでうちの床もうぼこぼこ。
二度と呼ばない。
以前、
「大家が『孤独死リスクを恐れ』単身者に賃貸しなくなるリスクを考えると、
ちきりん女史のいうような『賃貸が分譲よりベター』理論は成り立たない」と投稿した。
http://anond.hatelabo.jp/20101202202019
これに対して2つの批判を頂いた。
①ちきりん女史は「多額の住宅ローンのリスク」を主張しているのであり、
「賃貸が分譲より勝っている」とは主張していない。
少額のローンで済むように、
年収相応な安価な家、つまり「狭い家」「古い家」「遠い家」を選べばいい。
②今後人口・世帯数が減少するので「借家需要」が減少するので、
「借家需給バランス」は「借り手市場になる」から、大家のワガママは通らない。
①については、確かにもっともな反論であり、分相応な家に住めばいい、と思う。
しかし、②については、一見もっともらしいが、実はカンタンに言い切れない点がある。
世の中には多量のアパートが存在しているが、これらアパートが建設された主目的、というのを
一般人はあまり理解していない。
確かに「借家ニーズがあるだろうから、そこそこ儲かるんじゃないか」という理由で、
つまり「純粋に借家需給バランスを勘案した上で建設された借家」も、それなりにある。
しかし、特にバブル期に建設されたアパートの類は、「借家需給バランス」以外の要因を
それは「相続税対策のために、アパート建設自体が自己目的になっているアパート」である。
そういうアパートは、必ずしも借家ニーズが強いから、という理由で建ったものではなく、
「相続税課税評価額が下がる」という政治的理由で建設されたのである。
恐らく、アパートを建てた大家=地主は、2010年までに「寿命」を迎えたので、
問題は、その次の代、旧大家の子供の代が、アパート経営を本気で行うか否か、である。
現時点ではまだ築20年だから、あまり老朽化することもないので、そのまま経営を続けるだろう。
しかし、これが2020年になり、2030年になり、相当老朽化した場合に、
「もともと自分の意思で始めた訳ではないアパート経営」を、そのまま続けるだろうか?
「旧大家の子供の代」も相続税対策に悩んでいるのであれば、彼らも本気になってアパート経営をし、
しかし、「旧大家の子供の代」が相続税対策するインセンティブは、2つの理由で希薄になっていると
考えられる。
①地価がじわじわ下がっているので、相続税そのものに頭を悩ませる必要がない。
②未婚率が上昇し、直系卑属(子・孫)を持たない大家が増えているので、
「相続人の心配」をしてやる必要性がない。
・・・となると、相続税対策意欲が乏しい「旧大家の子供の代」は、経年劣化が顕在化する前は
「消極的なアパート経営を続ける」が、いよいよもってアパートが老朽化した場合に
「高いリフォーム費用を掛けてアパートを新装」せずに、「入居者募集せずそのまま放置」、
もしくは「取り壊して更地化」するケースが、結構出てくるのでは?
「アパートといえどもカーボンニュートラルにしろ」と社会的要求が増してくれば、
ますます「消極的アパート経営を続けることのコスト」は増大する。
特に首都圏に多いアパートの相当数が「相続対策目的を主目的としたアパート」であるのであれば、
その「主目的使命を終えたアパート」は、経年すると「御役御免」となるのでは?
「アパート経営による経済的便益」を「アパート経営によるコスト」が逆転する日に、
一気に老朽アパートが賃貸市場から去って、需給バランスがタイトになる可能性は、ゼロとはいえない。
勿論、需給バランスがタイトになれば、それに対して一定の供給はあるから、
需給バランスは緩むのかもしれない。
あとは、これから環境が劇的に悪くなるとわかっているところ。近隣に産廃処理場が来るとか、斎場が来るとか。
でも、10年で1500万の頭金をためる+10年間の家賃+中古住宅買ってそのあと10年で1500万のローンを返すのと、
頭金0で新築住宅買って3000万借りて20年でローンを返すのと、どっちもどっちな気がするなぁ。
(試算)借金も貯蓄も年利2.5%固定とする。
10年で1500万返す=総返済額は約1700万円
総額:1700万円+1200万円+1200万円=4100万円(最初の10年:月20万円、あとの10年:月14万円)
20年で3000万返す=総返済額は約3830万円(月16万円)
特筆すべきは、賃貸の場合は「最初の10年間で」2400万円を用意しなきゃいけないということだ。
むむむ、本当に途中まで賃貸はお得なのか?