はてなキーワード: 文学部とは
あれ・・・。あれおかしいな。職場ってこんなんだったか。俺の知ってる職場ってこういうものじゃなかったけど。
泣きながらテーラールールやら利子率計算やら、いやこんな高度じゃなくてもそれこそイールドカーブ辺りから
死ぬ気で勉強した記憶があるんだけど。いや、同じことを二回教えてくれない職場はおかしいと思うよ。
俺も何度も質問したことはあるし。でも、こんな和やかな文章が書けるような状態じゃなかったな。15回て。
「微分積分とか忘れたよ!俺死ねよ!」とか思いながら会社行った日々を思い出したよ。
いや、他人のことをどーこー言うのはどうかと思うけど。ほんとなんかもう、
人生ってツライな。でも、こんな風に生きられる人はもしかしたら、選ばれたとても幸福な人なのかもしれない。
ある意味特権的な能力や才覚があるからこそ、これが許されているのかもしれない。
羨ま死ね。
連日ごくごく限られた範囲でもめている「ゲーセン少女」問題です。
http://blog.livedoor.jp/nwknews/archives/4077578.html
私はこの「ゲーセン少女」をみて、はじめて「まおゆう」にたいして憤っていた人が何に腹を立てていたのかと実感した。
フィクションだからではない、実話をフィクションだといったからじゃない、そこに「タチの悪いウソ」を感じた人がいたという話なのだ。
ただ、私は彼らの指摘を呼んだ上で、まおゆうは素晴らしいと思ってる。
彼らの指摘は間違いではないが、些細なこと、後で考えればいいや、という程度に受け止めた。その問題は私にとっては作品の是非を損なうほど重要度が高くなかった。
私にとって重要な部分については許容範囲内、しきい値内に入ってたということだ。
ところが、「ゲーセン少女」に対しては、私はただのウソじゃなくて、「タチの悪い嘘」を感じたわけだ。
ところが、まおゆうにおいては私がそうだったように、「感動したんだからいいじゃん」とその部分を許容出来る人もいるのだ。
このあたり、人によって、作品によって立場が変わる、完全に相対的な話なのだ。だから、肯定する側も否定する側もお互い好きにすればいい。
その前提に経つと、こういう記事は非常に遺憾である。ああもちろん島国大和の記事はこれに輪をかけて不快だけど、不快すぎるので引用しない。
http://d.hatena.ne.jp/fujipon/20120122#p1
こういうのをハックル的行為と呼ぼう。読みの独占を主張したり、優劣をつけようとする行為のことだ。自分のブログで自著のアフィリエイトまですると芸として昇華されます。
自己の読みを、主張を正当化しようとするあまり、絶対化しようとするあまり、他者に攻撃的になる、他者をバカにしたり憐れむようになる。
僕は最近、「よくできたフィクションを消化し、必要な栄養分だけを自分に取り込む力」が、どんどん失われてきているのではないか、と感じているのです。
fujiponさんは、ハックルさん公認のハックルさん嫌いである。
そのfujiponさんが、よりにもよって自分が散々批判していたハックル的行為をするというところに、読みというものの相対性が伺える。
他人が自分の気に入らないよみをしている。しょうがないじゃないか。相対的なものなんだから。
自分の読みのほうが良いと思うなら、自分の読みを相手に提示してどや、でいいんです。
空中戦はやめよう。直接のよみじゃなくて、こういう「・・・はいかがなものか」ってメタな領域で戦うのはNOTHANKYOU。
そういうのは文学部の人間が文学部の中だけでやってればいいんです。それを極めると内田樹のような人間になるということを覚悟した上でね。
あかん、この話については語ると必ず争いに入り込む仕組みになってる。ブラックホールだ。話切り上げよう
よーするに何がいいたかというと、自分はこういうふうに読みました、だけ書いてりゃいいんです。
結局そのナマの部分の蓄積がモノを言う。最初からメタメタするのはつまらんからやめてくれ、と。
読みに対する批判合戦はやめて、作品と向きあえ、と。
最後にこれ聞いて終わり。「ゲーセン少女」は、その周りの感想記事に向きあうより魅力的な作品だったか?
作品周りの方が面白いのだと思ったら、まぁそういうことだ。
商学部やら文学部の学生が、卒業論文とかサークルの出し物でワンピースを取り上げればそのまんま本になるくらいの勢い。
この手の本を買うときは「書き手のプロフィール」をよく確認してから読むようにしたい。
逆に言えば、一生に一度くらいは本を出したいと思っている人は今がチャンスです。ワンピースとコラボしてなにか本を出せないか企画を考えてみよう。
個人的に最も面白かったのは・・・「モンキー・D・ルフィの「D」はドラッカーだった」 阿部美穂 <ドラッカー学会会員
次点の高校球児が仲間のことで悩んだときは「ワンピース」を読みなさい!! (野球指導書編集委員会) といい、
ドラッカーバブルに乗り遅れた方々が必死に次の寄s・・・コラボ相手を求めてさまよっている様がとても微笑ましいですね。
漫画ワンピースは、これからの時代のビジネスバイブルだ! 徳永 秦 <Amaozn書評が全員身内褒めでかなり気持ち悪い
ルフィの仲間力 『ONE PIECE』流、周りの人を味方に変える法 安田雪 <「社会ネットワーク分析」が専門の教授
「ワンピース」はなぜ人の心をつかむのか―「ONE PIECE」はなぜ売れるのか (ベストセレクト) 富田 英太 <ワンピース=新世代の司馬遼太郎とかねーわ
『ワンピース』に生きる力を学ぼう! 平居謙 <2冊目。この人どんだけワンピース好きやねん
<1万冊を超える読書によって培われた膨大な知識をもとに、独自の研究を重ね、難解とされる古典を現代漫画をもとに読み解いていく手法を確立って・・・。ブログとかあるのかな?
ワンピースの言葉が教えてくれること (ルフィと仲間たちに学ぶ「生き方」の教科書) 方喰 正彰 <プロフィールなし
ONE PIECE STRONG WORDS 上下巻 尾田 栄一郎、 内田 樹 <内田樹のワンピース論は結構面白かった
<ワンピース「世代」>
「ワンピース世代」の反乱、「ガンダム世代」の憂鬱 鈴木貴博 :注目株。そういえば「ガンダム」程読者の顔が見えないのだよね。不思議!
<なぞのコラボ>
高校球児が仲間のことで悩んだときは「ワンピース」を読みなさい!! 野球指導書編集委員会
ONE PIECE 海賊キャラ弁当BOOK (FLOWER&BEE BOOK)
ワンピース最強読解 (ワンピース最強シリーズ) ワンピわくわく研究会
超読解 ワンピースが教えてくれた人生で大切なこと―自分の“宝”を守るために必要なもの 海賊行動学研究会
ワンピース最終研究―海賊王の血脈と古代文明の謎 (サクラ新書) ワンピ考古学研究会
<やおい系の本が出てるけどこれどういう仕組み?>
海賊ゲーム外伝「ゾロ×サンジ ラブディスカバリー」 (POE BACKS)
同人作家コレクション114 光葉 (POE BACKS) 光葉
同人作家コレクション103早乙女神楽 (POE BACKS) 早乙女 神楽
今田まことおまめ (K-Book Comics) 今田 まこと
同人作家コレクション99ケチャップ (POE BACKS) ケチャップ
しかし、考察系が無駄に多いのを除けば、もっともっとたくさん出てもいいのにまだまだ少ないと思う。(ドラッカー関連本はこの3倍くらいある) http://uwasano3.web.fc2.com/druckertyo.html
いえいえ、反応してくれてありがとう。
その先生は文学部(英文科)の教授で、理系の必修の英語の講義を受け持つこと自体が珍しかったのだけど、
(他のクラスは講師とか非常勤講師とかもっと若くてフットワークが軽い感じの役職だった)
同じ大学っていっても小さな大学で学部間の教授の交流はないのもあり、
「理系=シコシコお勉強するばっかりのつまんないやつ」って意識が講義の合間の人生訓にでてきて
それがむかつくんだわ。
講義自体は真面目な英語の授業で短いながらも文学作品を選んできて一年間かけてやってくれたから、
問題無いんだけどね。
Fランかはさておき「勉強に逃避せざるを得ない状況」ってあるけど、
大学の世間からの締め付け(学生の質が下がったとの突き上げ)や対応する大学(IC学生証リーダーで出欠確認、就職支援)を考えると
「学問に逃避する」というのは悪いことではないと思う。実際問題、学問できるのは正味3年間(1,2年と3年前期と4年後期の正味3年間)だから。
更に非常勤が担当と言うことは専門性が高い(その大学に該当分野の研究者がいない)or一般教養ぽい内容で、
後者の一般教養だったら学生生活に慣れていなくて真面目に講義に出席しているだけかもしれない。
(あとパンキョウなら落とすのが面倒でしっかり出席しているものあると思う)
必死にリア充(コミュニケーション強者)になろうとサークル所属、ボランティア、ベンチャーでのインターンシップ、TOEICスコアアップと
やり始めるときりないし、それこそ「大学は知名度で決めた、あとは学士号をとると思って割り切っている」人の方が健全なのだろうか?
大学時代というのは身分保障されたモラトリアムではあるけど、以前と違うのは授業料を始め学費が高騰しており
さらにモラトリアムを楽しむ時間があるほど割のよいバイトも少なくなっている。
そのなかでもっと遊べというのは時間的に体力的にもつらいのではない。
あと、蛇足ながら必修の英語の担当(文学部教授)は理系の学生にこういったそうだ。
「君たち、勉強や実験ばっかりしてないで学生街にぷらっと遊びに行ったらいいのに。だから余裕がないんだよ」
学生側は必修なので口には出さなかったが、
「こっちは好きでやってるんだ。そういう遊びなら趣味がある人は行くだろうしあわなきゃいけない。決めつけるのもいい加減にしろ」と
ネット黎明期だったからいいけどSNSあったら間違いなく炎上している内容。
確かに実験系には「奴隷」とか「ソルジャー」とかブラックな一面もあるけど、職業に結びつくかは別としてやりたいからやっている、
証アナはTACの過去問集だけやってれば余裕で取れるwただし証アナ協会にお布施(10万くらい?)しないといけないのがきついよね。
まぁでも実務経験に比べたら資格なんて関係ないと思うよ(弁護士と会計士は別)。証アナなんてうんこだって皆知ってるし。
ダメ元で色々履歴書出して地頭アピればいけなくもない気がする。リクルートはちょっと方向性が違う気がするw
なんにせよ地頭は俺よりずっと良さそうだからコンピュータは勉強しとくと何かと役に立つと思う。
文学部出身の異様に出来るプログラマーとかいるしな。金融系ならExcelVBAを極める必要があるけど、今ならC#と適当な動的言語(Pythonとか)やるといいかも。
わからんけどね。
普通高校には行ってないけれど、高専卒で大学理学部数学科編入、大学一般入試も経験したので、迷った人へのアドバイスを。
このテーマはネットで検索してみると出つくしているようにも思うけれど、できるだけ具体的な物になるようにしました。
僕自身は高専時代反省点も多いながら充実した生活をした一方、今のキャリアを考えればあんまり意味がなかったので、
あと、高専からの大学編入については自分からはあんまり扱いません。
高専に入る前からこういった考え方の人は自分の進路の合理性について考え直した方がいいと思います。
但し、長岡や豊橋技科大学とかなら編入生が多く、それ用のカリキュラムがあるかもしれないので、話は変わるかもしれません。
※以下「普通高校」と言った場合、「普通高校で学ぶ学習内容」を指します。
1.1 一般科目に大差はない?
高専に行っても現代文、古文、漢文、地理、歴史、倫理、経済、英語、第2外国語、芸術、体育、法学…など
一通り勉強します。授業時間は少なめなんでしょうが、こうやって書くと多いでしょう?
大学入試と言う超絶重要な節目のための勉強をしなくてよいだけましですが、試験もあります。
1.2 専門科目に見えても…
機械や電気、建築で学ぶ専門科目には、低学年では工業(構造)力学、電気回路、流体力学、材料力学等がありますが、
これらの大部分(エッセンス的な意味で)は普通高校の物理でも学ぶことができます。
化学工学についても普通高校の生物、化学で学ぶこととかぶってる部分があるでしょう。
したがって3年までの勉強内容はみなさんが思っているほど普通高校(の特に理系)との間に大きな違いはないと思います。
2.違い
2.1 機会費用を考えよう。
これは本人よりも親御さんにとって重要なことかもしれませんが、
高専から働きだすのと、大学からとでは最短で2年。浪人や院に進学するなどすればそれ以上の間、
年収400万として2年で800万の収入、国立の学費で100万(私立なら200万?)、
就職先の福利厚生(飯付き独身寮など)が充実してたらさらに200万位の差がつきます。
もちろん大学進学でそれ以上の収入が得られれば良いのですが、家庭の経済環境が厳しい人は
2.2 数学は進度が早いけれど…
やはり大学受験がないだけあって演習量は少なめです。僕は教科書の例題を解いただけでしたが定期試験はほぼ満点でした。
また、確率や数列、図形分野はあんまり力を入れません。微積分も一般入試向けの解法をやるわけじゃなく、
専門分野に必要な計算力を養えばいいわけです。もちろん大変ですけどね。
個人的には高専で学ぶ数学についていくよりも、黄チャート(大学受験の為の基本問題集)をマスターする方がずっと大変です。
2.3 ちゃんと統一してほしい。
電気回路を専門科目として学ぼうとすると、早い段階で微分が出てきます。
したがって「この式はこういうもんだと思って」(実際に先生に言われた言葉)学ぶ必要があります。
くさび型のカリキュラムにはこういう弊害もあると言うことです。
もっとも、段階をちゃんと踏む普通高校では物理の加速度、速度、距離の概念を積分を使わずに学びます。
直観的で分かりやすいですが、これはこれで気持ち悪い人もいるかもしれません。
3.その他
3.1 いまどき英語は必須
私たちの時代から言われてきていましたが、今はそれ以上に語学力を売りにする必要がある時代です。
実際私の高専の同級生や同僚にも海外出張や、英語で仕事をする人はひとりずついます。
私もベトナム人に試験のやり直しなどの指示を英文ですることがあります。
3人とも別に英語が得意だったわけではありません。僕は学生時代TOEIC300ぐらいでしたし、
他は僕以下の英語成績でした。
エンジニアとして、英語ができないのは数学ができないくらい不自由なことになると思います。
今はTOEICに力を入れている高専も多いようですので、そういった学校の実績をオープンキャンパスで聞いてみてもいいかもしれません。
3.2 シラバスをゲットしよう
高専に限らず、大学の文学部に行くにしても、まず志望学校名とシラバスでググってその学校で使われている専門書を数冊手に入れましょう。
田舎の人はamazonで買えると思います。数日都会の大型書店(ジュンク堂、紀伊国屋など)に入り浸ったり、その分野に関するライトな本を読むのもいいでしょう。
そしてその本を理解するのではなく、ざっと読んでテンションが上がるかどうかを確認します。微分方程式や、精密な図面を見て、こんなことを学べるんだ!と思えればいいんです。
テンションが上がればその学科に進んでも後悔する確率は下がります。
専門書は高いですが、入学して後悔する事に比べたら数100分の1の損失(進学できればそのまま使用可能)で済みます。
ちなみにもし僕の子供が機械、電気系に行きたいと言ったら、まず製図の本を同様に読ませて、それでテンションが上がらなかったら
とりあえずこのくらい。思いつくところがあったらまた書きます。
7/10追記
いまだにこんな↓独りよがりなレポートを課している教員がいるのか。やっぱり高専はおすすめじゃないかも。
title:高専1年生です。情報処理1のレポートで授業で習ってないし教科書にも載ってなくて困っています。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1366034508
余談だけど
「文学部へ行くのは社会的な犯罪に近い、か?」ってフォーマットはなかなか汎用性高そうだな。
ダイエット頑張ってるのに彼氏を作らないのは犯罪に近いか?とか
アニメファンでもないのに転売のため買い占めを行うのは犯罪に近いか?とか。
相手に立証責任を負わせた上で議論に引き込むのにとっても便利だな。
犯罪って言葉を曖昧にして、さらに犯罪である、ではなくてあくまで犯罪に近いって言い方をすることで
いくらでも言い逃れはできる。それでいて犯罪って言葉の強烈さだけは借用できるわけだから
こういう言葉を空気のように吐き出せる池田氏や有村氏はさすが歴戦の喧嘩師や。要チェックやでぇ。
この話には二つの異なる問題がある。
一つは
「何が問題なんだ?」と思うものも居るかもしれないが、スキル、知識、人脈において代えがたい人と言うのはいるもので、これが抜けることに対するフォローの問題。
もちろん、これらの人が転職する事態も同じ問題を発生させるし、問題の程度に男女差はない。
転職は福利厚生の向上などである程度の対応が可能だが、「育児をしたい」や「結婚して家庭」と言う欲求はフォローが効かない。
女性に批判が集まりやすいのは、実際少なからず寿退社が存在するからで、数年にわたる長期プロジェクトなどを任せにくい状況に一役買っている。
もちろん、結婚した相手の都合(転職など)が理由であったりもするが、会社からしてみれば、それで救われるわけでもなしと言ったところ。
二つ目は
こちらは、すでにある仕事というよりも、将来を見越して投資したリソースの問題。
会社の新人育成も似たようなものだが、女性は上記で挙げたような理由により、このリソースをつぎ込みにくい側面を持つ。
投資するリソースが大きければ大きいほど、それを無駄にされるダメージが大きくなるので、通常は契約で縛ることになる。
自治医大などがあるが、「職業選択の自由」を掲げる一派からは、これすらも憲法に抵触するという主張も有り、これらの話で譲歩はあり得ないと思える。
思考実験として、市井の人はどのレベルでなら、それを問題だと思うだろうかを考えてみるのも面白い。
このケースなら、システムに批判が集まるだろう。
「無駄な投資を止めろ」であるとか、「契約で縛れ」とかである。
(これは言い換えればリソースの浪費に対する批判であるが、おそらくここでは作った「箱」に批判が向くはず)
政治家二世が参加者であれば、「金を返せ、犯罪だ」とまで行くかもしれぬ。
おそらくではあるが、政治家二世の「職業選択の自由」は左側の人間からも忘れ去られるのではないか?
仮に金額の多寡が問題であるとするなら、さて幾らなら許容範囲か。
このケースはどうであろう。
もちろん、発生頻度のとてつもなく低い仮定ではあるが、やってしまったらニュースにはなりそうだ。
育成するための設備や関わった人たちのコスト、組織としての面子、とんでもないダメージだろう。
もちろん、余剰育成はしているだろうから、プロジェクトへの損害は軽微になるとしても、だ。
こうした、多大なリソースを使う極小枠で、そこへ志願しておいての辞退は、さてどのレベルなら「職業選択の自由」だと言えるだろう。
「職業選択の自由」を絶対不可侵とするなら、どれだけのレベルでリソースが使われようが、個人が非難されてはいけないはず。
けれど、市井の判断として、おそらくそこまでの絶対視はないだろう。
今回のケース「学生の育成程度」の話題ならば、ほとんどの人は「職業選択の自由」を優先するのは確か。
だから、「医学部」の話を「文学部」などと比較するのだよね、必要なリソース(お金だけじゃないよ?臨床の現場とか含めて)が違いすぎるのに。
と、ここまで書いておいてなんだが、おそらくその主婦が事故の現場などで人を助ければ、市井は大絶賛だろう。
家庭が安定したら、どこかで医学知識を活用してくれるかもしれず、ずっと死蔵するのが「社会的損失」程度の話でもある。
「犯罪」といったから皆が議論してるともいえ、これで学生が一人でも自身の身の振り方を真剣に考えたなら、むしろ御大は上手くやったのではなかろか。
雑多に。
・(全般)論文の書き方:すべての基本。高校生までは起承転結(四段階)だが、大学生以降は序破急(三段階)が普通になっていくので慣れていくこと。
・(全般)プログラミング:すべての基本。言語学や論理学と密接な関係があるので、体得すれば実は論文の書き方に強力に役立つ。
・(全般)健康管理:健康を壊すと普通は勉強ができなくなる。体力と相談してがんばれるだけがんばる。
・(教養学部)教養:東大の特殊なところは、1、2年は教養学部というところに所属するところ。
ここで、広く、できるだけ深く、何でも雑食にガリガリ吸収して、自分なりの知の体系を、藁葺き小屋でもいいから作ることが求められている。多分。
・(文1・法学部)政治学:集団的意思決定に関すること。生臭いが、体得すると選挙や住民運動の時に、偏見に凝り固まった勢力から自由になって、自分の意見を持てるようになる。
・(文1・法学部)行政学:公務員はどう働くか。知らなきゃ公務員になった時にしぬ。公務員になりたいわけではなくとも、学者になったら役所と取引することになるので、彼らの行動様式を弁えておくのも大事。
・(文1・法学部)法学:公務員は何を守って働くか、倫理とはどう違うかなど。知らなきゃ公務員になる以前に試験の段階でしぬ。以下略。
・(文2・経済学部)経済学:財・サービスの一般的な流れに関すること。何で自民党が無駄な公共事業をやったかというと、彼らも決して馬鹿だったわけではなく、ケインズ経済学という思想的根拠があったことが分かる。これだけでも日本では重要。
・(文2・経済学部)経営学:お仕事の要素が入った組織をどう正確に効率よく運営するか。どこの組織に行くにも絶大な力になる。個人で生きていくなら別だが、事業を起こすなら必須。
・(文3・文学部)心理学:記憶と連想が切り離せないこと、情動(感情)や動機付け(欲求)のあり方をわきまえておくと、勉強のときに障害を取り除ける。
すなわち、沢山勉強して沢山思い出して連想することが知識になること、感情や欲求を適切に駆動し、不必要なら安定させること。
ついでに、生命反応や身体や神経や脳から、どのように心が生じるか学ぶのも悪い経験ではない(先に言っとくけど、心と身体の関係について論じる、いわゆる心身問題はまだ結論が出ていないので、深入りは禁物)。
・(文3・文学部)言語学:教養学部でやる外国語と文学部でやる言語学がある(正確には違うけど)。
外国でバリバリ働くビジネス目的と、論文を発表する・資料を原著で読む目的とがある。
長期的にどっちをやりたいかということと合致させた方がいいが、計画的に東大に入った入学者でなければ、よく分からないまま選択して二年間ババ引く可能性が高い。東大のシステムの疑問点だが、何か意味があるのかも知れない。何でこうなってるんだろう。
・(文3・文学部)社会心理学、社会学:人が集まるとどう振舞うかを理解するのは、ミクロ(個人)とマクロ(社会・集団)の関係をわきまえておくときに有意義。
・(文3・文学部)文化人類学、歴史学:昔の人の好みとトラウマ、成功と失敗を学んでおくことが大事。民族的歴史というものもあるので、「あー、日本人は災害時はこう振舞うのか、ではこうすればいいのか?」みたいなことができる。
・(文3・文学部)倫理学:いわゆる道徳・倫理を扱う倫理学にはいろんな学派があるが、それほど倫理学のフォローする領域は広い。
要するに集団のルールというのはどうやって決まるかということを、いろんな出発点(個人主義、生活、健康、生殖やエロス、プライバシー、コミュニケーション、権威、助け合い、暴力などなど)から積み上げているからだろう。
どれも集団生活を可能・不可能にする大事な本質には違いないので、広く浅く吸収していくとよい。(集団主義的なことを言うとあそこでは嫌がられるだろうけど、俺はそういう結論になっちゃった)
・(文3・文学部)哲学など:人間の脳の構造でいろんなものを筋立てして考える。倫理学もそうだが、哲学となると広すぎてちょっと大変。しいて言えば科学哲学とかやってみるといい経験になりそう。
・(文3・教育学部)教育学:教育学部に行く人以外関係なさそうだが、親になりたきゃちょっとかじっておくと後々いい感じになる。
・(理全般、特に理1・理学部)数学物理化学地学生物:文系でも「物質から生命反応が生じる」ということを了解しておくのは悪い体験ではない。
・(理1・工学部)工学:「社会のためにどう計画する?」ということは常に考えておいた方がよい。
・(理2・農学部)農学:別に農学部行く人以外は関係なさそうだが、安く安全に飯が食えるということは大事ですよ。TPP問題とかやりたくなったらどうぞ。
・(理2・薬学部)薬学:農薬や医薬をやりたい人以外には関係なさそうだが、有害物質問題とかやりたくなったらどうぞ。
・(理3・医学部)医学:普通の学生は「ものみんた(誰だ)の野郎! 健康について適当なこと言いやがって! 俺は気をつけよう」というときにのみ有意義。
理3の学生がまじめにやる分にはすごくハードなのでがんばって。
そうでなくても理3は超頭のいい人が入るところだから、超人的な世界で超人的に頑張ることを余儀なくされる。
(2011.03.27 18:37 追記)
twitterで指摘がありましたが、私は文3・文学部卒でして、文3・文学部についてながながと書きすぎました。確かに今読み返すと配分がおかしいね。
お勤め先はド安定組織。まぁ、学歴から見ると中々上手いことやった感じの場所に就職できた。
職場環境は悪くないが、適性とはマッチしていない職種でどこかで転職しなければならないと思う。
でもとりあえずこの組織で働いたという経歴は欲しかった、そんな風にして就職した。
専攻は人文科学系マイナー分野。学部は文学部。持っている資格はTOEIC800のみ。普通自動車免許すらない。
それで、学部時代に一度起業を志した時期があって、その時期に描いていたビジネスプランに
何故か、三年の間を置いてスポンサーがついた。かつて一緒に動き回った大学の同期が、卒業後も
こつこつとスポンサー探しを続けた成果なんだけれど。さて、どうしたものか。
とはいえ、今のお仕事に面白みを感じられずにいた今の状況で、乗らないという手はあまり考えられない。
しかし、当然恐怖感が強い。もう25歳。文学部出。碌な資格もない。学歴は低くはないが、それほどでもない。
もし、このステップに失敗した場合、俺は30近い歳になっている。
かといって、出資を受けて自分でリスクを負わない形の起業なんてこの先するチャンスはまず無いというのも明らか。
さて、どういう形でこの先のプランを考えていけばいいだろうか。
もちろん、起業に成功するというのが一番よい話だし、他人の出資を受ける以上失敗した時のことなんか考えるべきでは
下半分の負け組になった。
さらに下半分の負け組になった。
さらに下半分の負け組になった。
免許もない。
さらに下半分の負け組になった。
文学部だった。
さらに下半分の負け組になった。
働くことが嫌いだ。
さらに下半分の負け組になった。
さらに下半分の負け組になった。
面白いものもない。
さらに下半分の負け組になった。
バイトをする気も起きない。
さらに下半分の負け組になった。
親はそろそろ定年だ。
さらに下半分の負け組になった。
さらに下半分の負け組になった。
さらに下半分の負け組になった。
さらに下半分の負け組になった。
さらに下半分の負け組になった。
どうやって死のうか。
さらに下半分の負け組になった。
でもその一歩が踏み出せない。
置いていかれた。
殺す価値もなかった。
土曜日も日曜日も出勤だった。毎日終電まで働かされて、それより遅くまで働いている人もたくさんいて、「つらくないですか?」と訊いたら、「つらいかどうかもあんまり考えなくなった」といわれた。「お給料いいし」という人もいた。もらったって使う時間もないのに。寝る時間もなくて身体をこわして仕事をやめた。みんなきちがいだと思った。
わたしは読書が好きだ。音楽が好きだ。コストの低い趣味だから、文庫本を一冊買って、コーヒーを水筒にいれて、公園でぼんやり読んでいるだけで充分幸せだ。いい家や高い服を得ることで自意識を救おうとする種類の人たちが存在することは知っているけれど、わたしには関係ない。だから、わたしに、必要以上のお金はいらない。
仕事をやめたあとはとても豊かな日々だった。すきな時間に起きて、本を読んで、ときどきイベントやライブに行って、ゆっくり食事をつくる。幸いなことに、わたしは女で、彼氏は普通にサラリーマンをしているから、このまま結婚すればいいか、とも思った。落ち着いたら書店とかカフェとか、気持ちのいい場所ですこしだけアルバイトをする。彼氏もそれを望んでくれた。そんなとき、地震がおきた。
うちは被害の少ない地域だったけれど、大学時代の先輩や、友人が、何人か被災した。みんな無事ではあったけど、家が流されたり、実家と連絡がとれなくなった人もいる。毎日ニュースをみるだけで涙が出てきて悲しくて、余震のたびに不安になって、自分に何かできることはないかと、他の多くの人と同じように、ずっと考えていた。でも、何もない。
ネットには素人のボランティアに対する批判が溢れている。それはおそらく事実だろう。父は建設業だ。被災地に橋をかけることができる。母は看護師で、救護チームとしてすでに活動している。弟は介護士だから、このあと、どこかできっと必要とされるだろう。わたしが働いてきたのは、マスコミや、広告業界の末端だ。情報を伝えてきたのはあくまで所属する組織であり、わたし個人には、なんの技能もない。「芸能人にインタビューしたことあるよ★」「いいレストラン知ってるよ★」なんて、いまどき合コンでも使えない。文学部卒の知識は今後復興に活かせる予定もない。わたしはいま、かろうじて繋がれた貴重な電気を消費しながら、なんの生産もせず生きている。
生命の危機を乗り越えたら、こんどは復興のための莫大なお金が必要になる。既に指摘されつづけているように、なんの能力もない素人が貢献できる唯一のことは、募金であり、この経済活動の維持だ。そのために、東京23区は(一部を除いて)計画停電の枠組みから外されているのだから。
そこで、初めて思った。わたしがきちがいだと罵った人たちは、寧ろ、その人たちこそ、被災地を救う力を持っているのだと。今のわたしには多くの消費をできる力も、募金できる力もない。ここにある100%天然コットンのシャツや、オーガニックのコーヒーは、何ひとつも地球を救わない。それが悪いことだとは今も思わないけれど、しかし、文化はパトロンがいて初めて成り立つものだ。日常の危機に対して、わたしが大事にしてきたものたちはあまりにも無力だ。
働きたいと思った。自己実現や、キャリアアップ云々ではなく、初めて純粋に、お金を得たいと思った。「家族のために」とボロボロになりながら意味のない労働に励む人たちを、なんて非効率な、とバカにしてきたけれど、ほんとうはわたしにも守りたい人たちがいる。そのためには思想や知識だけではない、現実的な力がいる。わたしはそれを、なんとしても、両立させたい。
ちょっと、世の中とかさ、もうだいぶしんどいし嫌になるし朝起きたくないし組織に所属するなんてまっぴらだし自由に生きていきたいし毎日フジロックだとイイヨネー、とか思ってんだけど、まあ、もっぺん、頑張ってみるよ。こんなにみじめな思いはもうしたくない。