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はてなキーワード: 文学作品とは

2011-10-09

http://anond.hatelabo.jp/20111009052901

元増田の「ときめく」は、自分の中では「戦慄」に似てる。高ストレス下におけるアドレナリンの興奮作用?とか。

一方、自分の「ときめく」は、もっと微少な感覚で、温かい感じ。感心、感動したことによるエンドルフィン放出みたいな。



ただし、ホルモンやそれによる身体的反応と同じく、それ(その反応)をどう本人が自分の中で意味づけているか重要、とする学説もある(シャクターシンガー実験等を参照)ので、元増田がそれを「ときめき」だと捉えていたとしたら、それはそれで構わないんじゃないかな。



ただ、他人の書いた文章や文学作品を読んで共感しづらい、ということは起こってくるかもしれないので、それはまあ弊害っちゃ弊害ですね。

2011-09-28

父と息子

父と息子で近親相姦ってあんまり聞かないのだけど、

文学作品モチーフにしたものはありますか?



あるいは、事件や逸話とかでも結構です

2011-08-25

http://anond.hatelabo.jp/20110825193144

外国人著者が書いた本は、日本語訳の本を読むのではなく、原書で読まなければ意味はありませんよ」

意味が無いとは言わないけど、結構別物だと思う。

文学作品なんかがそうなのはみんな異論ないよね。文体なんて言語が変われば変わってしまう。

そうでないものでも、著者の世界観というか、そういうもの言葉の端々に出るもので、訳者が著者と全く同じ世界観を持っていない限り訳者が理解した世界観表現されてしまう。

2011-08-11

最近は「受け取り手が必ず一意にしか認識できないもの」を表現する傾向が強く、実に説明的な文章や映像が増えており、実につまらないなぁ、と思っています

からラノベは読むマンガだと何度言ったら・・・

そして、ハックルさんは自分の作品をラノベじゃなくて文学作品だと思ってるんだから、彼がああいうふうに主張するのは当たり前。

もしドララノベとして読むのはハックルさんにとって最大の侮辱

2011-07-28

http://anond.hatelabo.jp/20110725104615

いえいえ、反応してくれてありがとう


その先生文学部(英文科)の教授で、理系の必修の英語講義を受け持つこと自体が珍しかったのだけど、

(他のクラス講師とか非常勤講師とかもっと若くてフットワークが軽い感じの役職だった)

同じ大学っていっても小さな大学学部間の教授交流はないのもあり、

理系=シコシコお勉強するばっかりのつまんないやつ」って意識講義の合間の人生訓にでてきて

それがむかつくんだわ。

講義自体は真面目な英語の授業で短いながらも文学作品を選んできて一年間かけてやってくれたから、

問題無いんだけどね。

既に邦訳されている作品で誤訳があるとか、3人位の訳や解釈を聞いて教えてくれたから、

単位をとるって意味ではきつかったけど授業料のモトは確実にとったなって内容だった。

2011-05-17

http://anond.hatelabo.jp/20110517174816

元増田です



あんまり、僕個人の意見を通したいとも思わないし、議論になってしまうの好きじゃないから、簡潔に僕の感想だけ書くよ。

ふーん、この元増田はこんな意見なんだー、と軽く流してくれたらおkです

「熱狂の本質」って言葉は「熱狂した原因」って意味じゃないってことにも留意して読んでくれたらうれしいです

論破しようとかしないでね。

おねがい。




盛り上がる場が存在したこととして、それを産み出したのは周囲なのか、作品なのかどっち?

どっちなんだろうね?

文学作品とかで言われるように、読者がいて初めて作品であって、ただのテキストでは盛り上がりってないと思うのです

そういう意味で、両者があって初めて盛り上がったんだと思ってる。

我々ファンがいなかったら、時間の共有がなかったら、絶対にこんな熱狂は起きなかったし、作品がしょうもなくても起きなかった。

相互作用じゃないかしら。

からライブっぽいなって思ったのです


盛り上がり具合と、作品の質のバランスがとれてるか? って点に疑問をはさむ人が多いかアンチ信者が争うのだろうけど、

それは置いておいて、どちらもよかったから盛り上がったのだと思うよ。




結局元益田の考えている熱狂の本質って何なんだ?

これはねー。

増田さんがおっしゃってることに内包されてるけど、

""俺は大半の熱狂には「本質」なんてのはないと思うけどな。ただその時の流行にがっついた結果生まれる共通体験の虚像みたいなもん。""

まさにこの辺がポイントだと思うよ。

「その時の流行にがっついた体験の共有」みたいなものこそが、僕が考える熱狂の本質であって、

それは虚像であって本質はない、とするなら、その熱狂に本質なんてないんだと思う。



ただ、あの時間を共有したものにとっては、「あの時間」そのものがまさしく、熱狂の本質だったと思うよ。




時間そのものが本質であり虚像であるものって、青春とか、文化祭とか、阪神の優勝とか、(一部の)恋愛とか、似たようなものがあるかもね。

それが虚像だからって、あとから大事じゃなくなるわけじゃない、って点でも。

「違うね。夜中に一人でDVDを観ていたらいてもたってもいられなくなり外に出て走り出す。これが熱狂。増田のはただの思い出づくり。宗教が足りない。僕はシムーンがあればいつだってあと10年戦える。」

ってブクマがついてるけど、これには正直、謝るしかないと思ってる。

まどかは俺の、思い出作りだったかもしれない。

から本質であり、虚像であり、虚像であっても大事なんだよ。

わかりにくいことばっか言って、お目汚しすいません。

あんま簡潔に書けんかった。

2011-03-19

・成績がいい

・寡黙

眼鏡

インドア

・痩せ型

理系

・繊細な文学作品を好む

クラシックを聴く

ピアノが弾ける

・色白で肌がきれい

・黒髪ですっきりした髪型

私服も襟付き

っていう男子が居るんだけど

エロ本とか持ってたら嫌だなあ

データとして持ってるだけでも嫌だなあ

実写でも二次元でも嫌だなあ

興味持ってても嫌だなあ

勝手理想化してしまってるんだというのは自覚ある

小5のときクラスバク転のできる男子がいて

本当に格好良くてマジで好きだったんだけど

話しながら歩いているときに3cmぐらいの段差でつまづいて

転びそうになって「おっふ」みたいな変な声をあげた

たったそれだけで激烈に冷めてしまって心底悲しくなったのを思い出す

小5の頃の好きな人運動神経理想化しすぎてドンくさい姿が受け入れられなくて

今のその男子には繊細さとか上品さの理想押し付けしまっている気がする

たいていは中学生でもう目覚めているらしいけど

彼だけは例外なんじゃないかと願ってしま

だって性的なものや大衆的なものが彼にはあまりにも似合わないんだ

2011-02-26

こんにちは藤沢Kazuです

かに僕は白人女も全く気負うことなく口説けます

って言うか、僕の中では美人日本人女と美人白人女だったら少なくとも話しかけると言うハードルにおいて後者の方が圧倒的に楽です

アメ女やユーロ女は会話するだけならとりあえずフレンドリーで僕とセックルする気が全くなくても楽しく話してくれることが非常に多いかです

ところが、美人な(不美人も!)日本人女は時として「私みたいな高めの女にあんたみたいな下衆野郎が気安く話しかけるな」と言わんばかりの完全な無視とかを公衆の面前で平気やってくれるので凹みます

まあ、そんなとき自分の中で、

 Failure is just a part of the game.

と100回ほど呟いて何とかテンションを上げます(wara.


ところで、女性を口説くために必要な英語力と言うのは相当に高度です

僕的には恋愛映画DVDを片っ端から借りてきて英語字幕にして見まくると言うのが最も良い勉強法だと思います。

そこで出てきた使えそうなフレーズとかをノートに取ったりして覚えていくのです

この方法を続ければものすごい英語力がつくことを保障しますが、如何せん莫大な時間がかかるのが難点です

暇な学生は挑戦してみてください。

しい社会人映画が好きじゃない人はもっと手っ取り早く勉強するのも良いでしょう。

僕としては西森マリー氏の「愛の殺し文句」は秀逸です

映画文学作品の中の珠玉の名台詞がおしゃれな解説とともに集められています。

何回、読んでも勉強させられます

しかし、「愛の殺し文句」は読み物としては秀逸ですが、如何せん映画の中のかっこいい場面でのかっこいい俳優女優が言う台詞ですから実用性が乏しいと言う欠点があります

そういった方には後者お勧めです

こっちの本は実践的で僕は結構好きです

恋愛のあらゆる場面を想定した簡潔な例文が詰まっています。

CDもついているので通勤時間等を利用してどんどん覚えていきましょう。


最後一言

一般に日本人男にとって、米国欧州先進国白人女はもっとも難易度の高い部類に属します。

(ちなみに同じ先進国白人女でも通常ブロンドは別格扱いです。同じ顔ならブロンドの方が2ランクは上と理解してください。)

僕たちのようなグローバル恋愛市場プレイヤーの間でも欧州先進国の水準以上の女をゲットした時にはかなり高い評価を受けるのが普通です

この辺の人種的、文化的な話題に関してはまた、今度じっくり議論するとしましょう。

最初は、映画や僕が紹介した本でじっくりと愛の英会話勉強して、フィリピンパブあたりの新興市場(Emerging Market)から投資を始めるのが良いかと思います。

語学に関しては本当に王道がなく地道な努力しかありません。

しかし、あるレベルまでがんばって駆け上がれば後は自然と楽しみながら英語力が高まって行くものです

それでは、みなさん、

 Good Luck!

http://blog.livedoor.jp/kazu_fujisawa/archives/50078539.html


今の金融日記って昔と雰囲気全然違うね。

2011-02-09

高校時代

地方の、あるトップの公立高校にいた僕は、ドストエフスキーの「地下室の手記」の主人公よろしく病んでいた。周りの同級生達は、とりあえず旧帝大医学部、ってノリだけで生きている連中だった。教師は学歴の崇高さをアジることしかしない。全く、憎いほどに均一的、よく出来た社会と成員。「ディシプリン?あぁ、discipline? シス単第何章だっけ?」ってね。僕だけは違った。僕は彼らにはない、「教養」を持っていた。文学作品はおそらくそ学校の誰よりも読み込んでいただろうし、人文学社会学古典もなるだけ消化使用としていた。古典芸術に思いを馳せながら、少女漫画や古いアニメ作品は必ず手の届くところに置いておく。つまり僕は「崇高な」悩める17才だった。ま、それだって、今からしたら、ばからしいことでしかない。周囲との何となく縮められない距離感に対する幼稚な当てつけだったんだ。周りの愛すべき同級生達、教師も、それぞれの現実を生きようと必死だったのだから。僕は虚しい観念論者だった。


反省しているようで、まだ相変らずだけれど。

2010-11-01

星のカービィ (アニメ) - Wikipedia

世界観および内容 [編集]

本作の世界観ゲーム版のそれとは大きく異なる。

初期の話こそ魔獣とのバトルや星の戦士の秘密に関する話が多くを占めていたが、中期以降で前述の社会風刺やパロディが主体の、ナイトメアとの対決という番組の本筋は直接関係ない話が増え始める。

作中のプププランドにはコンビニ自動車テレビなどが存在し、これらが作品の世界観現実世界に近づけている。

また、話によっては社会風刺を活かすために食糧不足、温暖化オゾン層破壊教育への不安テレビ番組情報捏造、捨てられたペットの野生化、 箱物行政など様々な問題がプププランドでも起こっているという設定になっている。



作中で取り扱うパロディジャンルは多岐にわたり、映画サイコ」「モダンタイムス」「生きる」文学作品ドン・キホーテ」「1984年」といった有名どころの作品は余すところ無くカバーされている。



また、社会風刺と共にメタフィクション要素が非常に多いのも特徴である。

中にはアニメ制作を題材として現在アニメ業界に対する批判を行う回もあり、「好きで(アニメーターを)やっている連中は給料が安くて済む」「こう言う(しゃべっているだけで絵が動かない)アニメは安く作れるね」(第49話)や「(3DCG技術の発達により)セルアニメーターは大量絶滅。アホ監督はのたれ死に」「夢より利益を上げなくては」(第89話)などの台詞がある。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%98%9F%E3%81%AE%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%83%93%E3%82%A3_%28%E3%82%A2%E3%83%8B%E3%83%A1%29

な、なんか深いアニメだったんだな、カービィって。

http://anond.hatelabo.jp/20101101204646

2010-10-11

http://anond.hatelabo.jp/20101011021147

それはつまり、通じりゃ何でもいいんだよ! ってことだろう。

確かに、そういう人はいる。だけどそれは、かなりみっともないことだよ。

あなた英語で失敗したとか、笑われた経験がないんだろうか?

あるよ。でも、みっともないと思ってないし、笑うなら笑う奴が悪いというだけの話。

俺は別にハリウッド映画に出ようというわけじゃない。言語文化依存しない科学技術を語ろうとしているんだ。その場で使われる言語が「英語」であるというのは単なる英語話者の既得権にすぎない。それ自体が本来は不公平なことなのは明らかだろう。原則論を言うならば、他人に英語を話すことを要求するならば、奴らは質の高い英語教師を自腹で派遣してさらに報奨金を払うぐらいのことはすべきだ、ぐらいのことは言えるんだぜ。

だからこそ、ちょっともののわかった人間なら、他人の英語馬鹿にすることなんてしない。

当たり前だろうそれは。もし、中国人韓国人がやってる中華料理店焼肉屋に行って、店の人間のカタコト日本語馬鹿にする日本人がいたら、そんな奴は軽蔑されるだけだ。料理店は飯がうまけりゃいいんだよ。それに対してこちらは金を払う。それ以上のことはおまけに過ぎない。

商売という「郷に入れば郷に従え」的な状況でもそうだ。まして学問世界には「郷」はないんだよ。

だからね、英語なんてバカでもできるよ! という意見は、

よほどの天才か、よほどのお人好しか、どちらかでないか言えないと思う。

そりゃあんたの言ってる英語は「英米豪あたりの現地語としての英語」だからだろう。俺が言ってるのは「大人の事情世界語の代用扱いされてしまっている英語」なんだから要求されるレベル全然違う。

それに、「通じてる」レベル英語で、論文とか公文書とかつくってOKという神経は、

俺には理解できない。日本に来て数年の外国人に、同じ事まかせられますかと。

論文公文書を一緒にする神経が理解できない。公文書というのは揚げ足を取る/取られないために書く文書だが、論文本質的なところがわかれば細かいところはどうでもいいという文書だ。

むしろ公文書なら国際教養大だろうがどこの出身だろうが日本人には余程のことがない限り書かせたくないよ。まあ俺の書く公文書なんて特許ぐらいだが、日本人が訳したとおぼしきひどい翻訳が回ってきて往生することがあるんだよ。まあ、大抵の場合英語の問題というよりも内容を誤解されているという問題だがね。いずれにせよ、本当のことを言えば日本語がわかる英語ネイティブに多少の金を払ってでも書かせた方がいい。その方が、後で校正する手間が省けて、結局は総額でのコストは減るはずだからね。

まあ、公文書であっても、日常会話や文学作品に比べれば圧倒的に簡単で、本質的には論文と五十歩百歩の世界なのは確かだけどね。所詮、論文やら公文書やらの言語は、用途が限定された「人工言語」みたいなものだと思った方がいいよ。日本語でもそうだろ。「ゆえに」だとか「~は、これを~する」とか、日常生活で絶対使わんだろ。

ところで、用途が限定された人工言語といえばプログラミング言語がその最たるものだ。あれって英語ベースにできているものが多いわけだが、まさか「英語ができない奴がプログラムコードを書くなんて神経は俺には理解できない」とか言わないよね?

なんだか話がずれちゃったけど、英語を学ぶ、ということも、高度な「専門知識」を要するのです。

完全を期すなら、片手間にはとてもできないことだ。

だから、それを専門にする学校があってもいいじゃないの、と俺はいいたいんだけど、

だから外大が既にあるじゃないの、と書いてるんだけど。あなた俺の書いたこと読んでる?

2010-10-09

青少年読書感想文コンクールに入選して県代表になるための選書

審査員やった。審査員普通、各学校国語先生。(俺は違う。)方式は出された作品約300を10組*4人くらいで30作づつ読んで各組上位4作品くらいを今度は40人の教員全員が読んで1-10の点数をつけて平均点の高いのが入賞。ちなみに原稿5枚が制限でもし2枚しか書いていなかったらその時点で落とされる。

 で入選するためには

1。昔の課題図書はえらばない。特に数年前のとかは、もう選ぶ側の審査員が飽き飽きしている。「一瞬の風になれ」とか「夏の庭」とか、課題図書は単純な話が多いので似たような感想になり審査員はあきあきしているので感想文自体の出来が良くてもこれは昨年も同じような感想があったとなる。

2、「人間失格」はやめておけ、あれもとにかく毎年毎年読むひとが多いので、審査している方は辟易している。

3、難病、不治の病になって回復する(もしくは回復しない)本はやめろ。ただでさえ暗い話が多い文学感想の中さらに暗い話の感想審査員をして(もういいよ!)となる。

4、奇を衒った本(タレント本、やハウツー本)はやめろ。単純に国語先生はそういう本にいい印象を持っていない。

5、誰も知らない様な本はやめておけ、これは上記よりはましだが、どんなに感想文自体がうまくても、その本を誰もしらないのでなんとなく入選には推しにくい。

6、結論的には、「今年の課題図書」で書け。話が単純なものが多い課題図書なので素直な感想がかきやすく、審査員も飽き飽きしてない上に、「課題図書から入選作を出さなければならない」という縛りまである。今年だったら「「ハサウェイ・ジョウンズの恋」なんか話も面白感想も書きやすい。今回の例を出すと課題図書感想文を書いた人は全県で10人くらいしかいなかった、その中から入選3人のうち2人が課題図書だった。これは偶然ではなく必然。こんかいは課題図書自然に入選したが、もし点数が入選に達していなくても、強引に下位からいれかえて1人入選させなければいけない。

 俺は読書感想文とくに、学校教育の中で書かされる感想文なんてなんの益にもならないと思っている。国語教育でなぜ文学作品感想なんて求めるのかが謎。

 好きな本を好きなように読むのがいいし、こういう読書って必ず文系に偏るので小さい頃図鑑ブルーバックスばかり読んでいた俺にとっては無用の存在でしかなかった。こういうノウハウが広まればこういうコンクールはなくなるか縮小の方向になるかもしれないのでアノニマスで書いてみた。読書感想コンクール面白いと思うのだが・・。

2010-08-13

大韓民国文化水準

現代の韓国で、いわゆる連中の言うところの「従軍慰安婦問題」とか「被占領」をテーマにした“優れた”文学作品って存在するの?

テレビドラマとか映画は、そういうシーンがある程度のことは聞いたような気がするけど、全編そのテーマの奴って。

日本では村山由佳という作家加害者視点で従軍慰安婦を扱った話しを書いていた。他にもあるんだろうと思う。

2010-05-18

http://anond.hatelabo.jp/20100518164132

才能のある人間ってのは凄いぞ。

話を聞いていても読書量が決定的に少ない。

文学作品なんて、タイトルは知ってるようだったが、聞くもの全て読んだ事がないと言われた。

そんな人間に信じられないほど鮮明な描写の文章を書く様を見せられたら、なんとも言えない気持ちになる。

本人は本を読むのが面倒だから読んでない、向上心のない凡人だと思ってるようだがな。

プロプロであるために相応の努力や活動をしてる。

それをせずに同じかそれ以上の場所に立ってるんだから、変態の域だよ。

まぁ、そんなのは超がつく特殊ケースだけども。

2010-03-18

「毒」と言うなら

文学作品にはたくさん「毒」があるわけだけど、人類は「毒」も「薬」も併せ呑んで文化は発展してきたわけだよね。

倫理的観点を捨てて考えても、1000年後に「毒」が残っていたときの文化価値は図り知れないよね。

少なくとも「薬」しか残っていないよりはマシだ。

2009-12-16

http://anond.hatelabo.jp/20091216134522

心理学独立した科目として絶対に入れるべきだと思う。

国語が抜けてるけど。

文学作品はそんなにやらなくていいから(個人的にはちょっと悲しいけど)、思考の方法を習得させるべきだと思う。



全体として重要なのは、勉強から日常生活、もっと言うと人生に必要な何が得られるのかを事前にわからせることじゃないの?

メタ勉強とでも言えばいいのか。

これがないと、例えば歴史はただ年表を覚えて終わりみたいなことになりかねない。

2009-10-29

http://anond.hatelabo.jp/20091029172334

あのね、増田、極端に話題をずらしたら、それは主題がずれていると言われても仕方がないんだよ

例えば文学作家名前pixiv検索すれば、そこそこヒットするんだよ。その作家さん自身の肖像や、その作家さんの作品をテーマにした絵もね。

まあBLに関したらそりゃ知らんが

文学作品テーマにした絵があるからといってそれがBLの発展に寄与するのかな?文学作品BLも1ジャンルとしてあるけど、それが何かチボー家の人々を持ち出す正当性になるのかな?

そして何故BLに関しては知らない、とくくってしまったのかな?そこの話をしてたんだよね?

http://anond.hatelabo.jp/20091027203555

BLは次のステップに進むべきである

このテの作品に明るい作風のものが割と増えてきたように思うのですよ、pixivなんかを見てるとね。

と一番最初に言い出してBLの話をしはじめたのは増田で、この時点で「pixivなどで発表されているBL」に話題が絞られたと通常の人は判断するよね

http://anond.hatelabo.jp/20091029033855

腐女子が楽しんでるBLファンタジーだってなんでわかんないのかなぁ。

オタクが楽しんでる2次元女の子たちがファンタジーな様にさ。ファンタジー妄想

というか、現実に即したなんちゃらとか救いのないなんちゃらってのはただの1ジャンルにしかすぎないでしょ。

高度も何もないっての。ただのエンターテイメントだよ?

と、彼女増田問題提起に即してBLの1ジャンル現実に即したなんちゃらとか救いのないなんちゃらについて言及したわけだ。それは次のステップではなく、1ジャンルでしかないのだと。たとえ現実に即した救いのない暗いBLテーマにしたとしても、それだけでは次のステップだとは呼べないのだと。

なのに増田の返しはひどい。ほんとうにひどい。

フランスマルタン・デュ・ガールって作家が書いた『チボー家の人々』っていう小説は、同性愛テーマになっていながらも高度な精神性を世界に認められたエンターティメントなんだけど。

まあ貴方が言ってることも割と極端だよね、って話。

馬鹿。もうほんものの馬鹿。何かを言い返したいが為だけに別にチボー家の人々はpixivBLの人たちと同じ観点で描かれたものではないのに持ち出してきた。

しかも的を綺麗にはずしている。単にチボー家の人々が高いステップにいる作品であると増田は言ったに過ぎない。そのジャンルそのものが次のステップだなんてことを証明してない。

しかもほんきでpixivを代表するBL創作の流れに関係ない

で、それを端的に指摘された返しがこう。

まあ私も同じように極端だ、という話。

という話って君、そんな話じゃなかったよ。増田が極端なアレのはそりゃまあそうだろうけど、そんな話じゃなかったよ。

「まあ」とか「という話」「って話」という言葉を使ったって、くくれてないものはくくれてないっていう当たり前のことには気づこうね。

そしてくくれてないものをくくれてる顔をしてる時点で、その文章には増田自身の判子が押されているも同然なんだ。



http://anond.hatelabo.jp/20091028202023

でも昨日このツリーで散々色々言われておいてまだうにゃうにゃ言っているのはすごい。頑張れ。

ちなみにチボー家の人々を持ち出したのは明らかに失敗だ。改めて見てみたら増田よ、プロタゴラスで同じこと言われてんじゃねーか!ばかばか!学べ!

2009-10-17

http://anond.hatelabo.jp/20091017013059

わけがわからないなwww

元増田の文章の中で、「彼女」は非常に印象的に描写されている。

だからどうした? じゃあたとえば、印象を残さないように描写すればいいとでも?

この文章の中の「彼女」は美しい。まるで文学作品の主人公が恋する女性のように。でも「彼女」は本当はそんなに美しくないかもしれないし、

描写された「彼女」の美しさは、ひとしきり泣いた後にまた進みだすときの「凛とした顔つき」の美しさだ。それは「僕」が感動して見出した美しさなのだから、ほかの人間が「美しくないかもしれない」といっても意味はない。

少なくとも人並みに汚く臭い面を持っているはずだ。にもかかわらず、この文章はそれを感じさせない。

「汚く臭い面を持っている」からといって、それをたやすく他人に見せているようではただのバカだ。他人である「僕」がそれを描写しないのは当たり前である。もちろん長く付き合えば汚い面を垣間見ることもあったろうが、文章の本題に絡むのでなければそれをここで書く必要はない。

作者はペンを置けば自分の生活に戻るが、作者が描かない限り「彼女」の生活は存在しない。そんな印象を受ける文章ではあった。

「作者が描かない『彼女』の生活」が想定できるからこそ、生活の中で「変わりたい」「自分が不甲斐ない」ともがいてそこから立ち直る美しさが存在できる。また「作者が描かない『彼女』の生活」が想定できるからこそ、それとは違う性質を持つ「僕」と「彼女」の関係が際立った印象を生むのだ。それらを感じないのに「非常に印象的に描写されている」だの「この文章の中の『彼女』は美しい」だのとなぜ言っていたのか。なーんにも考えずに言っているのかね?

そのことが、元増田が「彼女」の人間性を無視しているように感じさせるんだろう。

でもそれは元増田が「彼女」の人間性と向き合っていないというよりは、単に自己陶酔的な人間だというだけのことだろう。

要は「存在するはずの汚い面を描かないのなら、それは人間性を無視することだ」「対象の私的な生活をリアルに描けないのなら、それは自己陶酔だ」と言っているわけだが、そんな物言いは「人間性」を「汚く臭い面」からしか感じることができず(くだらない話をしたりテレビを見たりゲームをしたりする「人間性」はないのかよ)、人間関係に「私生活まで把握するような理解」か「自己陶酔」の2択しか設定できないからこそ出てくるのだ。つまり「人間性」と「人間関係」の定義が異様なのである。全くもって理解しがたい。

【追記】あ、消しやがった。http://anond.hatelabo.jp/20091016211552のツリーの中にはまだいるんだけど。

2009-10-03

http://anond.hatelabo.jp/20091002081424#tb

あくまで物語をつくるための一方法ということで紹介されてますが、

最終兵器彼女とかブギーポップとかで知られる、

いわゆるセカイ系には通用しにくい形式ですね。

あるいはは娯楽を主たる目的としない文学作品物語においても。

目的をもつ主人公が困難を乗り越えていくというパターン王道であり

非常にわかりやすいおもしろさをもつ一方で、

搭乗するロボットが違うだけ、戦う相手が違うだけというような袋小路に陥りやすく、

他との差別化をどこらへんで実現してみせるかってところが知恵や才能を要求されるところかなと。

商業ベースに乗ることを考えないのならどうでもいいことかもしれませんが。

2009-09-06

物書きの才能があるのかしら

笑いたければ笑え的なタイトルにしてみた。

マンガしか読まない典型的活字離れ世代の俺だが、それでもどうにか自分の気持ちを人に伝える程度の文章ぐらいは書けるようになったようだ。

夏目漱石とか芥川龍之介とか、ああいう文豪と呼ばれる人たちの長ったらしい小説を読まないと文章なんて書けないと思っていた。

これはどういうことだろう。

増田で投稿する俺のエントリーがよく当たるのだ。文学作品に触れる機会なんて無かったわけだから、難しい比喩表現のストックも無ければ四字熟語や諺に強いわけでもない。

それなのに、100ブクマ以上ついたエントリーの方が、それ以下のものよりも多い。

断っておくが、「○○するためのたった一つの方法」といった、無能御用達の3流ビジネス啓発本(サンマーク出版とかが出してるようなやつ)のようなTIPSブクマ数を稼いだわけではない。

自分の失敗談や、価値観人生観をつたないながらも実直に表現してきたつもりだ。

あれ? 俺ってなんか凄くね? そんな俺が今から本を読みまくって、賢くなったらもっと凄い文章が書けるんじゃね? とふと思ったの。

まぁ、はてブユーザーから共感得られたってそれが読み物としての面白さのバロメータってことにはならないんだろうけどさ。

ただ、一つだけわかったことは、本は一切読まなくても他人から共感を得られる文章は書けるようになるってこと。ブクマは、やっぱり沢山付く方が嬉しい。


読書入門者におすすめの本があったら教えてください

2009-08-23

文学とは、何やねん。

文学作品なんてロクに読まない俺だが、ふと読みたくなって村上春樹の「ノルウェイの森」を読んだ。

(特に大きなネタバレはしているつもりがないが、まだ読んでいなくて、これから読むつもりって人は、以下の文章をよまない方がいいかもしれない)



どうも納得がいかない。全体として、一体何が言いたかったんだ? 生と死がうんたらかんたら~、と作中に書いてあった。それが全体のテーマになってるってのはなんとなく分かったが、ただそれだけ? 終わり方も、結局どうなったのか分からないし、回想と現在の間がすっぽり抜けているし、伏線らしきもの(永沢さんが「いずれ会う気がする」みたいに言ってたとことか)も、回収できていない気がする。なんか、途中で打ちきられた漫画のような無理矢理な終わり方に見えた。面白かったことには面白かったが、非常に面白かったかというと、そうでもない。表現方法や文章などは非常に上手で、ちゃんとした文章に降れておかないと、そこらへんのブログ技術書籍じゃお目に掛かれないような表現で、面白い。文章がうまく、読むのが苦にならない。けど、前述の通り、全体として結局何が言いたいのか分からないし、そんなのなので、読後の感想といったものも「よく分からない」の他に特にない。



現代文は、どうしようもなく苦手ってわけではなかったが、そこまで得意ではなく小説よりも論述文の方が得意だった。人の気持ちを考える能力には自信がないが、それでも文章を読む能力自体はそこまで低いとは思っていない。少なくとも、自分では「それなりに頭はいいつもりの人間」であるだけに、自分の脳が日本人の平均以下だとは思いたくない。



文学作品ってのは、読み慣れていない人が読んでも、何も分からないのではないか。読み終わって何らかのそれらしい感想を述べる人は、そういうのを読み慣れているか、なんとなく分かったふりをしているかどっちかなのではないか。

ノルウェイの森」は、結構ヒットしているらしいが、読んだ人の多くが何らかの感想を持ったのだろうか。ほとんどの人には分からなかったのではないか。

……そういうことにしたいのです。

2009-06-24

これから物心つく人たちへ贈る”空気”への補稿(趣味編)

http://anond.hatelabo.jp/20081106233020

への補稿(趣味編)です。あくまでの私が感じる世間の”空気”であり、私自身の嗜好ではないことに御留意ください。

これまで同様、「世間はそんな空気ではないだろう」というような御指摘があればお願いします。



2009-06-02

古典

日本文学作品で、1冊だけ挙げるなら、

私は、谷崎の「細雪」というでしょう。

みなさんはなんですか?

2009-05-16

http://anond.hatelabo.jp/20090515231411

文学作品力はともかく、何かを主張する文章は訓練しだいで身につくとおもうけどね。

とりあえずこの辺り読んだら?

http://staff.aist.go.jp/toru-nakata/sotsuron.html

  • 10年後も通用する文章術(1) 「駄目でない」文章を書くための9カ条

http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/Watcher/20090203/324140/

  • 10年後も通用する文章術(2)論点絞り論理的・構造的に表現する

http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/Watcher/20090217/324957/

  • 10年後も通用する文章術(3)平易に,正確に,短く表現する

http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/Watcher/20090310/326250/

  • 10年後も通用する文章術(4)「6力」を使って文章を直す

http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/Watcher/20090330/327475/


  • [私信]俺なりの「文章うまくなる方法」

http://d.hatena.ne.jp/nakamurabashi/20090425/1240669223

http://bizmakoto.jp/bizid/articles/0903/23/news053.html

  • ほんのすこし書き方に注意すれば、あなたのドキュメントはさらに分かりやすくなる!

http://enterprisezine.jp/article/detail/963?p=1


http://www.nikkeibp.co.jp/article/nba/20090204/185050/

http://hac.cside.com/bunsho/1shou/index1.html

  • 正確な文章の書き方

http://www.mew.org/~kazu/doc/japanese.html

  • 基本的な文章作法

http://www.raitonoveru.jp/howto/c1.html

http://jibun.atmarkit.co.jp/lskill01/rensai/pgenba23/pgenba01.html

2009-05-05

http://anond.hatelabo.jp/20090505041056

あのリストのほとんどは文学作品だろう。文学作品なんてしかつめらしい顔して読んだって結局は娯楽だ。娯楽に実用性を求めるなよ。

あと、元記事のリストには孫子が入ってるな。あれは文学ではなくて戦争政治経営の分野のもっとも実用的な古典の1つだ。

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