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はてなキーワード: 故郷とは

2024-04-23

若者が都会へ出て行って高齢化人口減少が続く地方はどうなっていくのだろう

緩やかな衰退、緩やかな貧困、緩やかな経済縮小が続いた先には一対何が待っているのか。

誰も住んでいない原野へと変わるだけなら、まだマシなのかもしれない。

中国などの外国企業土地を買われて、有事の際に面倒なことが起こる可能性もある。

地方選出の国会議員は、東京から自分地元交付金を分けてもらうだけの存在に成り下がっている。

今年1月の能登半島地震被災地を見ていても、復興のものの是非が問われるって、かなり異常な状況だと思う。

地方から都会に出てきた人達に聞いてみたいけど、自分故郷が「どうなる」ことを望んでいるの?

地方に良い思い出がないだろうと思うけど、それでも自分故郷のもの消滅することまで望んでいたりするの?

2024-04-20

anond:20240420102051

日本人先祖紀元前1500年ごろに朝鮮半島で栄えた無紋土器文化の人々だ

これらの人々が紀元前1000年頃に列島移住して弥生時代が始まった

本来朝鮮半島日本集団が先住していた土地だった

しか古墳時代ごろには朝鮮系集団に圧迫され、百済滅亡と白村江の戦いでの敗北で半島での影響力を完全に失ってしまった

民族故郷を失いアイデンティティ危機に晒されたからこそ記紀編纂日本を名乗るようになったのだ

まり朝鮮半島はパクられたのだ

2024-04-16

イスラエルって本当に酷い国だよな

金で英米の協力取付けて中東が把握してないうちにいきなりイスラエルって国を立ち上げて元々住んでたパレスチナ住民追い出したり隔離して生殺しにしたりしてんだぜ

なんでそんなことしたのかっていうとシオニズムっていうユダヤ人故郷にいつか帰るって宗教上の目的を達成するためだよ

ユダヤ人はかなり変わってて民族上の混血が進んでも一族宗教を変えないで、いつか約束の地に我々は帰ると信じ続けた

普通民族上の混血が進んだらその国で流行ってる宗教と馴染んで一体化すると思うんだが、ユダヤ人はしつこくユダヤ教1800年以上も信じて守り続けた

こんなしつこい民族ユダヤ人ぐらいしかいない

元々のきっかけとしてユダヤ人流浪の民族になったのは古代ローマ帝国戦争で負けて国がなくなったからだ

本来ならユダヤ人にとって一番憎い相手古代ローマ帝国末裔になるのだが、現在やっていることは元々いたパレスチナの人々迫害して追い出す、絶滅させることだ

憎む相手迫害する相手も間違えてると思うのだが

イスラエルという国を建国するのに周辺国理解も経ていない

ただ英米ゴリ押しイスラエルという国を認めちゃった

その責任や負い目があるから今も英米イスラエルを庇ってる

2024-04-13

昔は良かった

俺は増田原住民だが、昔は良かったとよくよく思う。

というか最近増田にはマジョリティが多すぎる。

そもそも増田という場所フリーレンより漫☆画太郎の方が面白いよねと本気で語り合う場所だったのに、

それがいつの間にかフリーレンのことしか話題に上らないような場所となり、「石鹸はどれが良い?」みたいなどうでもいいライフハックできゃっきゃっ盛り上がる場所に成り下がっている。

そういうのは別の場所でやってくれ。いくらでもあるだろ、そういうことを楽しく語り合う場所というのは。

ここはそういった場所じゃない。それはホームレスが屯する高架下でネイルアートを自慢し合うようなもんだ。ティーピーオーをわきまえてくれ。

そういったマジョリティが我が物顔で跋扈するので俺みたいな原住民土地を追われ、数多のエグザイルを生み出し、彼らは罪悪感を覚えないどころか気にも留めない。

そして俺らの増田をせせら笑い、同情するのでもなく共感するのでもなくブクマをつける。その感情を表すのに適切な言葉は「侮蔑」ということにも気づかぬままに。

別に見下されることに腹を立てているわけじゃない。そんなことには慣れているからな。俺が憤るのは、それに対して無自覚からだ。

なんて、こんなこと書いてもスルーされるのがオチだろう。

それでもいい。もういいよ。こんなことしたって無駄だ。そんなこと、分かってるよ。

それでも言わせてほしい…ああ、昔は良かった…ほんとうに良かったんだ。

俺はもう立派なロートルで、老兵は死なずただ消え去るのみというやつかもしれない。

それでもさ、思い出すんだよ。昔のことを。あの殺伐とした、それでいて心地の良かったあの頃を。

拠り所を求めて、初めて増田に来た頃のことを。

だがその故郷は、もうどこにもない。

2024-04-12

弘前のいがめんち食べたら故郷のヒラヤーチーにかなり近い味がして思わぬところで郷愁に浸ってる

みんな訛ってるのも沖縄っぽくてめっちゃテンション上がる

2024-04-11

anond:20240411080152

ほんと寒かったなその人。

故郷中国に帰ったようだが

2024-04-08

anond:20240408212059

( ・`д・´)高倉健さんなんか中高年になってから親の居る故郷を離れるのに汽車の中で俯いて涙こらえる中学男児の役やったんだぜ!

2024-04-06

vampyr(ゲーム)、今後の展開を大きく変える選択肢がいくつかあって、攻略サイトなど避けて体当たりプレイして最悪の展開を引いた時はショッキングだったな

舞台第一世界対戦が終わった直後のイギリス

従軍医だった主人公帰国してすぐに吸血鬼に襲われ自身吸血鬼化、吸血衝動抗うか従うかはプレイヤー次第

主人公は理性ある上級吸血鬼だが、半分ゾンビみたいなもんである下級吸血鬼スペイン風邪の大流行の影で密かに蔓延している

ショックを受けたのはある看護師さんについてのエピソード

その看護師さんは主人公が務める病院の人だが、実は医薬品などを盗んだり、病院の偉い人の弱みを握って匿名脅迫して金をせしめたりしていた

それらは彼女の私腹を肥やすためではなく、病院にかかれないほどに貧しい貧民窟の人たちを看るためだった

看護師東欧から移民で、医療を学んでいたため職を選べたが、同胞貧困の中で町に立ち体を壊しており放置できなかった

その他にも貧民は多種多様に病んでおり、公認を得ていない違法診療所を開いて貧者たちの治療をしていた

彼女事情を知った主人公が取れる選択肢は3つ

1.彼女を吸血して殺害する 2.盗みは罪だから病院は辞めろと命じる 3.吸血鬼催眠能力で、犯罪行為を忘れさせる

犯罪をしてはいるが動機が善なるものである看護師殺害するのは可哀想なので1はなし

病院辞めたらもう会えなくなって退場しそうなので2はなし

貧者治療自体慈善といえども横領を伴うので、記憶操作で足を洗わせ普通看護師にさせる3がいいのではと選択

その後しばらく他のところのシナリオをこなした後、そういえばあの看護師どうしてるのかな結局退場かな、と彼女の貧者診療所へ行く

するとそこには、下級吸血鬼と化してグロテスクな姿になっている看護師の姿が

仕方なく殺害

看護師が渡英したのは、故郷苛烈反戦運動をして追われる立場になったか

彼女イギリスに来るよりもずっと前から自分良心に従うためなら法律には抗うこともする信念の人だった

催眠は軽いものなら可能だが、対象の信念をねじまげるようなことをすれば強い抵抗が生まれ相手精神パンクして廃人と化してしま

看護師にとって貧者治療は強い信念のもとに行われ、治療のための盗みや脅迫もそうであった

信念を捨て貧者を捨てて普通看護師として生きることなどできず、抗ったため彼女廃人化した

無防備な抜け殻になった彼女は下級吸血鬼に襲われて自らもそうなった

違法診療所吸血鬼らの巣となったことで、そこを頼っていた貧者らもまた犠牲になり、そこら一帯はボロクソに

すまぬ・・すまぬ・・・

平和路線を望むなら「病院辞めろ」が正解だった

「盗みや脅迫はもうだめだよ。不義理を働いた病院からは去りなさい。代わりに金持ち医者の俺が医療品を提供するよ。君は違法診療所での業務に専念してね。看護師だけじゃ難しいことはたまに来た時に俺が診るよ」

丸く収まる

主人公には別に恋愛相手となる女がいるが、このルートだと看護師フランクに話すようになり、こっちもアリだ

看護師美人キャラとしては描かれてないけど、まあブスではないし、犯罪してるけど義賊的なものだし、看護師もいい女だ

他の場面では催眠で上手くいことあったので、一周目で看護師あんなことになったのは本当にショックだった

2024-03-27

anond:20240327060556

グーグル検索すれば10年以上前から使われているのが一目瞭然なんですが、、、

いか質問に答えろよ

おめーらネトウヨが入信している統一教会教祖である文鮮明故郷北朝鮮が「拉致問題解決済み!」って言ってるんだけど、そうなの?

2024-03-23

日米で大谷翔平に対する温度差が違いすぎる件

同じXのポストをあさってみたが、日本人ポストは総じて「大谷可哀想なのだが、米国だと「ピート・ローズの再来」とか、犯罪者による野球チームを作ろうとか、いくつかの試合八百長の疑いがあるとか(例えば2022年7月22日大谷翔平が先発6失点で負けた試合に対して、大谷故郷からエンゼルス大敗に100万ドルのベッティングがあったという話)のポストがバズっていて、かなり強い疑いの目をかけられている。

もちろん「大谷可哀想」系のポストもあるが、比率的には日本では大谷可哀想系∶大谷怪しい系が50:1くらいなのに対して、米国では4:6くらいになってる印象。

大谷側はあまり米国内ではイメージ向上戦略やってなかったのかな。日本に対してはかなり露骨にやってたけど。スポンサーの金で小学校グローブ配給した件とかな。

2024-03-21

映画FLY!/フライ!

・つまんねえ!ってほどではないけど

 秀才が頑張って作った以上のものではないという

 感じ

・ソアリン的な映像を期待してたけどそこまでではなかった 「普通」によかった

でも雲の層から都会に以降するシーンのコーラスブツ切りにしたようなあの曲はカッケェ〜!ってなった

夫婦仲がいいので子供達が各自分のパートナーみつけて家族を作る際にすごくいいプラスイメージ(ロールモデル)になるやろなあと思った

・鳥可愛い映画でなく「各鳥種のここが不気味!」がキャラデザの礎となってる感じ 不快ではない

サギに対して「この世のものとは思えない気の狂い方」と感じるのは万国共通なんやな…と思った

ちょっとジブリ魔女老婆みあった

アジアン渡り鳥一家、「アジア人目が細い描写はないが確実にアジア人韓国系)や」とわかるのなぜ

名前「キム」ちゃんとか「エキゾチックミステリアス」と聞いていたせいかアジア人の一重メイク(二重じゃないから目尻を盛る)的な感じ+おでこ出してるから

アヒル集団ヨガとかやるスピ的新興宗教的に描写するのは「今まで見たことないな…」ってなった なぜかちょっとヒヤヒヤした リーダー?の肩にクリーム色のリネン?的な生地羽織とか前髪の感じとか色々絶妙というか的確に捉えすぎている…と思った

アヒル養場でウォーリー人類的な(与えられるままに受動的一片だと肥えて自立心失うぞ)教訓くるか?と思ったけど無かった 一応その後モーテルに飛ぶまででアヒル達だけ目茶苦茶息切れしてたからそこでちょろっと描写してくれた感じか…?考えすぎや

ダンおじさんも同行するぞ!の時の「おじさんが んで外の世界過酷さを実感するやつか…?」と思ったら違った 元気なおいたん

手放しでええやん!なキャラではないが親戚の子可愛いと思ってるのは行動の端々で感じられてGoodだった 背中で寝かせてあげたり良かれと風船ごと押し込んだり

・あとルリコンゴウインコが出てくると思ってなかったから う、嬉しい〜ってなった

やはり色といい陽気な性格といい画面映えバード

ルリコンゴウインコ×東北弁、斬新だな…!ってなったけど都会を出るとあんまり方弁でない?故郷に帰った時に若干でてた?田舎の人が上京(強制)して故郷方言漏れ出る位恋しがる的な…

・おいたんとルリコンゴウインコギャグムーブ好き

檻の「こう動け!」のダンスとかおいたんがソウルイーター武器みたくなるとことかよかった

・敵の初登場シーンのカッコよさよ

背中がバチクソ格好良すぎるので前から見ると「…ウン!」ってなる ほんま黒×金はカッコいい黄金組合せだしかバキバキの虎+あの髪型入れ墨とかカッコよすぎる このスタジオさんは悪役のキャラ造形か得意なんやなあグルー見たことないけど

・野生バード自由幸せと思わんでください論争とかこのアヒル達を逃がしたところで次のアヒルが食べられるだけとかちらついたがまあキッズ向け作品なのでヨシ!

キッズ向け作品から子連れ多めかなと思ったが映画好きそうな一人大人が4〜5人+1〜2組親子

・2,3組くらい上映中出入りして前を通り過ぎていったが「まあええわ」的な温度感だった

グルー番外編やると知ってなかった+未視聴なので

「俺は鳥映画を見に来たのであってキャラムービーを見に来たのでは無いのだが??」となった でも漫画集中線みたいなやつが白黒の明滅で表現されるのカッコええなあ入口ピカチュウフラッシュ注意喚起立て看板あったけど 上映時間90分と短めやなあと思ったがグル外伝10分位とすると本編は実質80分くらいか

エンディングロール(日本スタッフ)の取ってつけたような日本タイアップ曲 大人の事情を感じる…

・お願〜い!プィ〜!は面白くないし可愛くないしどういう顔で見ればいいのかわかんねえよ…とはなった

追記

脚本スクール・オブ・ロックの人、でしたか

これは失礼いたした

スクール・オブ・ロックといわれたら何も言えねえ

14:03ニュース始めてみた

グルーの時に若干揺れてる?

でも誰も逃げてないし気のせい?って一瞬思ったけどバチクソ正常化バイアスしとった

映画館いるとき地震という体験

2024-03-20

anond:20240320093951

海外旅行好きの女性って何か特徴ってあるのかな。

そういえば旅行好きにしばしばみられる行動として、訪問場所の事前チェックがある、とふと思った。

国内海外わずだし、男女問わずだけど。

旅行に行く前の準備行為として、絶対に逃すべきではない場所食べ物を入念にチェックする。

現地でセルフィを撮って、インスタなどSNSで送る、という行動がみられる。

最近では、インバウンド来日する外国人にとてもよくみられる光景だ。

映え写真をとっては、憧れのいかにもNIPPON!な光景に興奮して即座にSNSで送る。

旅行好きの人たちにみられるこれらの行動は、スタンプラリーとほぼ同じ意味を持つ。

日常との差異体験やよその世界ちょっとだけ繋がったりできたことの証明自己顕示が欲しいのだ。

その意味で、他の人のインスタと同じ構図で撮影することが現地に到達したこと証明するうえでとても重要

このような形で消費される、「日常では手に入らない新しい体験」は、要するに、「ごっこ」であり、エコツアーにしてもアグリツーリズムにしても何しても、

現地との関係性を一瞬だけ体感できる、という意味で、旅行者が憧れていた「日常との差異」や「関係性」を消費する行動なんだろうな。

さて、それが近年の傾向なのか?というと恐らくそうではなく、これは、かつての絵葉書を送るというスタイルから変化した形で、

東海道五十三次時代からそうであっただろうし、男女にも差がなく、古今東西それほど大きな違いはなさそうだ。

日常との差異を消費し、疑似的な関係性に癒されるというのは、昔からあったのだろう。

ところで、僕は男性で、わりと旅行好きというか、仕事柄、年がら年中、スーツケースをころがしている。

そんな男性立場からみて、女性のほうが傾向として強く、逆に男性に弱いことでひとつだけ思い当たることがある。

それは、旅先で一時的体験する関係性を、その後も持続させようとする傾向だ。

旅先で知り合った人とその後も連絡を取り合ったりとする傾向は女性のほうが強い気がする。


「おもいでぽろぽろ」というジブリ高畑勲監督映画(1991)がある。

都会育ちのOL女性田舎暮らしに憧れる、というところからスタートするこの物語は、農家体験をしてゆくうちに気持ちが変化し、

最終的に田舎暮らし決断するところで終わる。

この映画場合、旅先の地に女性を迎え入れる男性やその家族という存在があるが、

いろいろふりかえってみると、必ずしも現地にそのような迎え入れるひとや団体がなくとも、旅先で憧れた現地に、そのまま飛び込んでいく女性というのをしばしばきてきた。

アジアアフリカ中南米で。かつて、「なんでこんなところに日本人」という世界の片隅で暮らす日本人を紹介するテレビ番組があったが、その番組で紹介しているのも、若い女性の活動が目立っていたように思う。

「男女差」という視点で、いろいろ参考情報をみていくと、例えば

海外留学の男女比も女性のほうが10ポイントくらい高いのだそうだ。

また、男女管理職別で見ると、男性は自社内のキャリアアップ意向が高いのに対し、女性男性よりも転職でのキャリアアップ意向が高いのだという。

男性女性よりも保守的で、外に関心がない、という傾向はそこから見て取れるのだが、

だが!しかし、、、、

果たして、そんなふうに男女差を単純に断じていいのか?とも思う。

それでも確証はないけれども、これらの数字が出ている以上は、それにむすびつく何かしら男女差のような背景はありそうだ。

まずは、男女共同が叫ばれつつも今をもって日本男性社会であるという事実から出発してちょっと考えてみる。

突飛な発想かもしれないけど、1970年代初めごろの歌謡曲で「瀬戸の花嫁」という歌を思い出した。

瀬戸内海小島へ嫁が嫁ぐ様・心情と、新生活への決意が歌われている。

あなたの島へ お嫁にゆくの 若いと誰もが 心配するけれど 愛があるから 大丈夫なの」

当時、女性が他の家に嫁ぐということは、程度の差こそあれ、この歌が表現しているように、

ホームからアウェイに飛び出してゆくことであり、その後一生アウェイで暮らす覚悟必要だった。

ドラマおしん」(1983年)も思い出す。朝の連ドラとしては異例の一年間の長編ドラマとなった「おしん」。

そこでは、さらもっと幼少のころから嫁ぎ先へとひたすらアウェイ過酷人生が描かれ、しまいには終戦時に夫が自殺し、どん底な半生が半年くらい描かれている。物語の後半では、敗戦後、残された子供を抱えて女手ひとつ小売店を立ちあげ、自立してゆき、やがて息子へ引き継いでゆく姿が描かれ、多くの女性共感を呼んだ作品だった。

孫までいるおばあちゃんとなったおしんだったが、おしんドラマは、事業を引き継いだ息子が無謀な事業拡大を始めたことで経営リスクに直面し、育て方を間違えたと自信を喪失したおしん過去を振り返るために旅に出るというシーンから始まっている。一年近いドラマの終盤300話くらいから、その伏線を回収し始めるという、息の長いドラマで、橋田壽賀子、すげえという感じしかない。

アウェイ世界でたくましく生き抜くおしんとは対照的に、登場する男性はどいつもこいつもダメな男ばかり、というのも印象に残った。

「嫁ぎ」に象徴されるように、簡単に引き返せないような事柄に身を投じるエネルギー、勇敢さ、芯の強さは、男性社会のなかで女性文化的に育まれものなのかもしれない。

昨今では、結婚就職になぞらえる向きもあるけれど、かつての日本社会はいったん他の家、姑の支配下に入ったら最後、そんなに生易しい現実ではなかったはずだ。

男性は芯がないくせに保守的で臆病だからこそ外の世界渡り歩いていて、仮に失敗してもギリギリホームにもどってこれる、みたいに何か安全弁のようなもの男性社会のものがもっていた。ふるさと家業を継ぐなんて選択肢が30代くらいの人生の岐路に用意されているとかね。

一方、女性は嫁ぐにしても出戻るにしても自分の居場所を確保するには厳しい世界

「嫁ぐ」という習慣、因習宿命からまれた、抑圧される女性の生きるエネルギーが、むしろ社会を変える力になってゆく。

これはなかなかパラドックスだと思った。

翻って、旅行好きの女性について思うことは、ホームグラウンドからアウェイ世界に飛び込むという意味

かつての日本によくみられた嫁ぐという宿命と旅は似たところがある。嫁ぐ行為が違うのは、それが片道切符であり、二度と戻れない覚悟必要だということだ。

若い女性にとって、日常空間から飛び出す、という旅行体験は、やがては「嫁ぐ」という運命現実世界で待ち構えていた時代には、疑似的に自分覚悟能力を試す場としてより大きな意味があったかもしれない。

嫁ぎ先である日本社会日本人男性漠然失望している場合

希望がもてなければ、いずれにしてもアウェイ世界で生きる宿命ならば、

いっそのこと、旅先の現地でとどまって残りの人生を過ごすことも選択肢としてはあり、くらいの感覚深層心理にあるのではないか妄想する。

一方で、男性のほうは、ホームグラウンドである故郷というもの概念として存在していた時代都市に何世代も定着した人口が急増したここ四半世紀より前の20世紀)は、旅というのは、違った意味を持っていたと思う。

かまやつひろしの歌で「どうにかなるさ」というフォークソングがある。

「見慣れた街の明り 行くなと呼ぶ」

この世界観は、瀬戸の花嫁のようなアウェイ世界で生きる覚悟は感じられない。アウェイでもどうにかなると思っているのだ。

なおかつ、ホームグラウンドを出て行ってもなお、温かい視線旅人である自分に向けてくれていると信じているのであり、「男はつらいよ」のフーテン寅さんとほぼ同じ世界観だ。

そういえば、寅さん映画も、旅先での関係性を持続できないということがひとつの大きなテーマになっていることに気がついた。


民俗学者宮本常一は、故郷を捨てて放浪する旅人考察した文章のなかで、そうした旅人

地元を去って放浪した末に、やがてひょっこりと故郷に戻ってきて、旅先で得た経験や新しい知識を広め、地域活性化寄与する機能果たしていたことを、

世間師という言葉表現した。そんなことも思い出した。

世間師というのは、故郷側の人間が出戻りの人間に対して名付けた呼び名で、一種の敬意が込められている。

嫁ぐということが待ち構えておらず、ゆくゆくは地域社会リーダーシップをとっていかなければならない男性潜在的意識として、旅は武者修行であったり、広く見聞を広め、世の中の解像度を上げるための行為だったのかもしれない。会社組織が全国各地の赴任経験を重視しているのも同じ価値観といえる。

かつて東南アジアへのセックスツアーなどがあったように、赴任先、旅先で恥をかき捨てるのも主に男性だ。

男の旅というのは、ちまちましたもの火遊びのようなもの。家から離れて外の空気を吸いたいというものだ。近所のスナックだったり、家庭が壊れないようにという不安があるからまり大きなことはできないが、脇が甘いから夫が捨てたラブホテルマッチを妻がゴミ箱から発見してしまう。やまだ紫の「しんきらり」という漫画では、そんな情景が描かれていたのを思い出した。

しかし、この四半世紀、女性社会進出や、結婚観は大きく様変わりし、嫁ぐということを前提としない将来像を女性模索する時代になった。

テレビドラマも、90年代以降、女性社会進出を反映して、トレンディドラマ代表されるように、キャリアウーマンがオシャレなレストラン食事する、みたいなシーンが増えた。

東京ラブストリーとか。憧れのロールモデルが描かれるようになったということだ。ドラマ世界にあこがれる、ということが90年代まではあり得た。

しかし、現実女性社会的地位はどうだったかというと、総合職課長以上に登れるのは一握りで、相変わらず賃金格差があり、お茶くみやらと男性社会における旧態依然とした女性役割押し付けられていたのが現実だ。その現実90年代ドラマショムニ」でよく表現されていたように思う。

しかし、時代は変わって、憧れの東京に向かって、急速に人が流入しつづける時代は終わりつつあり、受け入れるキャパもなくなってきた。

中長期的には東京一極集中トレンドは変わらないものの、それは不動産価格トレンドに連動したもので近隣県から流入が中心。一方で、田舎というベースをもち帰省必要な人というのは減っているのではないか首都圏の人は首都圏世代を重ねるし、地方の人は地方価値見出し仕事をみつけ、結婚し、次世代を育てる、という人口流動の安定期になってきたようにも思う。帰省という形でつながっていた地方ふるさとホーム)との関係が途切れてきているといってもいい。

そうなると、都会の人間地方に見出す価値というのものというのは、失われた関係性そのものに重きがおかれるようになるのは自然なことだ。

その結果、その後に続くドラマの傾向としてみても、女性理想像ではなく、もっと実態に即した現実を映し出す、自分探しのようなドラマが増えていったように思う。

一昨年のドラマファーストペンギン」とか「ユニコーンに乗って」なども、スタートアップ企業テーマ女性自画像模索した作品で、近年の傾向を象徴しているように思えた。

ファーストペンギン」のように地方移住テーマにした作品は、アウェイ環境女性ポテンシャルを試そうとするという意味では、「嫁ぎモデル」の延長線上にあるような気もするが、都会との関係性が交錯しながら物語が進むところに、考えるヒントを与えてくれるドラマではあった。


そんなことをおもった。そもそも旅行の話からはかなりズレてしまったけれど、女性が旅に何を見出しているのか、というのは女性人生観ということと絡めて考えてみると、興味深いテーマだとは思う。

とりとめもないメモです。

2024-03-18

札幌関係していると思われる曲

Virtual Insanity ジャミロクワイ

未来は俺等の手の中 THA BLUE HERB

ママさんそう言った 竹原ピストル

時計台の鐘 eastern youth

12月/December Bloodthirsty butchers (故郷札幌とすれば。留萌かもしれない)

虹と雪のバラード トワ・エ・モア

他にもいっぱいありそう(特にピロウズ方面)なんだけど、なんだったかなー。

「惚れてまうやろー!」で一世を風靡したWエンジンえとう窓口の今。故郷大分移住し、収入は3倍に

「惚れてまうやろー!」で一世を風靡したのはえとう窓口じゃなくてチャンカワイだろ……

 

「惚れてまうやろー!」で一世を風靡したWエンジン

の(チャンカワイじゃないほうの)

えとう窓口

って意味だろうけど、逆にかわいそうだわ

2024-03-14

サルベージした日記

 私の故郷は、海抜六〇〇メートル丘陵地に佇む半農半漁の村で、後方は形のよい峯が三つ並び、前方には大きな入江があって多島海に伸び、子供の頃は、その入江で魚つりに興じました。

竹の棒に糸を張った粗末な釣具で、餌もミミズでしたが、満潮の時などは入れたら釣れ、入れたら釣れで、一時間もすれば小鯛などバケツいっぱいになりました。

腹が立つのフグで、五回に一度はかかり、フグに毒があることは子供にも分かることでしたから、腹立ちまぎれフグの白い腹を石にこすりつけるとみるみる大きくなり、このガキッとばかりに思い切り石に叩きつけと、パーンという音がして腹が裂け、溜飲を下げました。

 私は五人兄弟次男として畑仕事や魚釣りに勤しんでいましたが、田舎の貧しい暮らしから豊かな生活を夢見て、一足先に日本へ行った八歳年上の兄祥雨を追いかけて◇◇へ来ました。

その時十七歳で、一九三九年でした。兄は布施(東◇◇市)でセルロイド工場経営し、腕輪やクシを作っていました。

その兄の元へ身を寄せ、普通学校四年を卒業したものの、価値ある社会活動をしていくためにはさらに学が必要だと感じ、向学心に燃えて◇◇・東成区夜間学校(◇◇商工実務学校)へ通うことにしました。

工場住込の私の仕事はまず、朝五時に起きて無煙炭をおこし、六時半に出勤する職人さんの仕事に間に合うように湯を湧かしておくことでした。

そして、仕事が終わるのは夕方の六時。急いで自転車を走らせ学校へ行き、帰りは一〇時で、それから夕食をとり、深夜の一時過ぎ、二時過ぎまで勉強して、寝るのが連日三、四時間でした。

休日は一日と一五日でしたが、それも畑仕事に追われました。

 その死にものぐるいの努力が効を奏して、成績はトップとなり、幸か不幸か、級長をやらされました。

戦時中でしたから、訓練ばかりで、「前へ進め」「全体とまれ」と号令をかけるのが級長の役目でした。

ところが、私は強度の「どもり」でしたから、その号令の文句がなかなか言えず、落ち込んでしまって、《死んでしまおう》と何度線路に寝込んだかわかりません。

星の光が目に入るたびに、《ちょっと待て、死ぬんだったら、もういっぺん努力してみよう》という気持になり、「どもり」の矯正学校を五つも修了して、死ぬほどの努力を重ね、矯正しました。

こうして、《ヤレバデキル、ダメナコトハナイ・・・》の信念を貫いて苦節の日々を克服したことが、大きな自信となりました。

 終戦後の一九四八年のことですが、体を悪くして、マイシン注射を打ったところ、耳に障害が発生し、聞こえなくなってしまいました。

これまた、苦節の日々で、断食をしたり、いろんなことをやってみましたが、完治するまでには至らず、補聴器の世話になる毎日となりました。

ところで、戦争は激しくなり、私も協和会の勤労報国隊に徴用されて、九州炭坑で二ヶ月ほど働かされました。

石炭を掘って出てきたら顔は真っ黒で、目が辛うじて見え、つらい日々でした。

そうこうするうちに戦争が終わり、兄はそのまま日本に残りましたが、私は里心がついて故郷へ帰りました。

ところが、祖国はとても住める状態ではありませんでした。

日本兵が釜山の港からどんどん引き揚げて行くさなか、私も小さな船で玄界灘の荒波を掻き分け、決死覚悟日本へ戻ってきました。

一九四八年に兄と、資本金二〇万円の◇◇グリップ化工株式会社設立し、自転車ハンドルグリップセルロイド製造し、販売しました。

以来、資材をセルロイドからプラスチックに変え、◆◆◆グリップの普及に努力しました。

その途上、兄を交通事故で失い、私が会社を引き継ぐことになりましたが、中小企業信用保証協会や育成協会から資金融資韓国人業者としては第一号だと思います

 一九九〇年に◇◇グリップ化工から◆◆◆技研に社名を変え、現在では日本全国の占有率九〇パーセントを獲得し、一億人以上の人に◆◆◆グリップを握ってもらっています

私は、金属木材等で作られている従来の物をプラスチックに代えて作るという物づくりを企業の基本理念の一つにしてきましたから、事業の発展に伴い、グリップの他にも車輪、カゴ、チェインケース、泥除け等、タイヤ以外のものは全てプラスチック化し、その間の特許も数百にのぼって、◆◆◆製品世界ブランドとなりました。《継続は力なり》の精神で、より精度の高い関連商品の開発に努めています

 一九六〇年頃、日本韓国との間にはまだ国交はなく公式には往来できない時で、金融機関祖国産業視察団の一員として、初めて祖国訪問しました。

公式の日程を終えて、私の生まれ故郷に帰りました。

懐かしい山河景色幼なじみの顔、感激の涙に浸るばかりでした。

その感激もさめやらぬ時、町からキロも離れていず、一六〇戸もあるわが懐かしい村には電気水道設備もないことに気づき、昔と変わらぬ貧しい古い部落がそこにありました。

故郷のために何かしてやりたい》という衝動かられ、その後、回を重ねて訪問する毎に藁葺きの集会所を二階建の近代的な建物にして

事務所や老人らの憩いの場に使用できるようにし、また、電気架設の資金協力や子供たちの遊び場等も寄贈し、植木スピーカー等も添えて故郷の人の心を癒やすことに努めました。

 人間は誰しも食うがため、生活するがために働き、事業するものだと思いますが、私もご多分に漏れ世間並みの生活を夢見て渡日し、口では言えない苦労と努力を重ね、一応の目的は達したと、自分を顧みています

これまで、通産大臣府知事税務署長などの表彰を受け、韓国政府から国民勲章冬柏章を受章しましたが、私の企業活動に対� =キる評価だと喜んでいます

現在、◆◆◆ー技研のグループ企業として◆◆◆販売韓国◆◆◆があり、◆◆◆技研は私の長男に任せています

◆◆◆販売は兄の息子が取りしきり、ヘルメットを中心としたオートバイスポーツ用品製造販売し、韓国◆◆◆は弟の息子が社長を務め、スキー水泳用品を主力としたスポーツ製品製造販売し、輸出による外貨を稼いで祖国経済発展寄与しています最近中国青島にも進出し、六〇〇人ほど雇用しています

 兄の処世訓は《まず、自分自身が立派になり、次に家族の支えなり、その次に身近な社会に貢献する》ということでした。

私は、兄の遺志も引き継いで、家族会を設け、年一回会合を開いて、十親等以内の全学徒に、成績に応じて奨学金支給しています

その家族会の会長は私ですが、弟の息子がすべて代行してやってくれています

いわば、祖国故郷で私の夢を実現してくれる代理人のような存在です。後は、全家門の子孫たちが末永く仲良くしてくれればいいと願うばかりです。

振りかえってみれば、私の人生は苦しいことのみの連続で、喜びや楽しみというものがあっただろうかと思う時がありますが、◆◆◆販売の新社屋落成式(一九八四年)に、私が挨拶をし、息子夫婦、兄の子夫婦韓国の甥夫婦を紹介し、その三人を後継者として披露しました。

三人はそれぞれに立派に成長してくれ、私の夢を実現してくれる後継者になってくれたことが人生最大の喜びです。それに子孫たちが、私の喜寿(七十七歳)をニューオオタニホテルで祝ってくれたことも忘れられない喜びです。

 外孫まで入れると四十五、六人になりますが、アメリカに行っている七、八人の子孫たちもその日(一九九八年九月一八日)にはみな帰っ� =トきて祝ってくれました。

私たち韓国人は、税金人一倍納め、社会に貢献しているにもかかわらず、後ろ指をさされる傾向が強いのですが、人間というもの生存競争なかにあってライバル意識を持ち、自分より事業を大きくやっていたり変わったことを大きくやっていたりすると、ねたみの心が出てきて、あらぬ中傷に走るのではないでしょうか。

私たち韓国人の側にも虐げられたひがみ根性というものが抜けきれないのではないかと思いますが、真面目に生き、社会に貢献していくことが肝心で、価値ある社会人になるためには自分自身が努力し、そのためには人の話を聞くことです。

何か疑問を感じたら、聞くのが一番の近道で、その疑問を解いてくれる人が見つかるまで聞きつづけたらいいのではないでしょうか。聞くことにお金はかかりませんし、それが私の処世訓の一つです。

2024-03-12

ジェンダー平等桃太郎

むかしむかし、ある所におじいさんと70歳の妙齢女性がいました。

おじいさんは山へ芝刈りに、70歳の妙齢女性は川で洗濯をすることになっていましたが、女性家事押し付けるような前時代行為ジェンダー平等に反するので、おじいさんは山で芝刈りを行った後に川で洗濯を行い、70歳の妙齢女性は家でせんべいを食べていました。

おじいさんが芝を背負ったまま川で洗濯をしていると、大きな桃がどんぶらこ、どんぶらこと流れてきます

その桃を家に持ち帰り、おじいさんが包丁で割ると、中から元気な生物学男性が出てきました。

おじいさんはそれに「桃太郎」と名付けようとしましたが、70歳の妙齢女性ジェンダー平等観点から「桃ヒューマン」と訂正しました。

また、女性育児押し付け行為ジェンダー平等理念に反する、と70歳の妙齢女性が指摘したため、おじいさんが全面的に桃ヒューマンを育てることとなり、桃ヒューマンはすくすくと育ちました。

ヒューマンはその恩に感激し、「僕はおじいさんのために、悪い鬼を退治してきます」と述べましたが、女性活躍と貢献を無視することは深刻なジェンダーバイアスであり女性差別であると70歳の妙齢女性激怒しながら指摘したため、桃ヒューマンは「僕はおじいさんと一人の自立した女性のために鬼を退治してきます」と発言を訂正し、地面に膝をついて不適切表現謝罪することになりました。

その後、桃ヒューマンは3匹の動物と、男女比を均等にするために4名の女性を引き連れて鬼を倒し、金銀財宝を手に入れます

実際に鬼と戦ったのは桃太郎と3匹の動物ですが、ジェンダー学者による分析ではその評価ジェンダーバイアスによるものであり、本当は全員の手柄であり、むしろ女性の貢献の方が大きいということが世間定説になっています

故郷に帰った桃ヒューマンは「おじいさんにこの財宝を差し上げます」と深刻な女性差別的な意見を主張しましたが、ジェンダー平等観点から70歳の妙齢女性と4名の女性が数時間に渡って抗議したため、おじいさんと女性たちの間で、均等に1:5で財宝を分けることとなりました。

その後、70歳の妙齢女性と4名の女性は、末永く幸せに過ごしましたとさ。

めでたしめでたし

2024-03-07

オオイヌノフグリって最悪な名前だなと思う

春を知らせる小さく可憐青い花に何で大きな犬の金玉って名前をつけたんだ。

理由を調べたら、完全に貰い事故だ。

なんかもっとマシな良い名前があったろうが。

故郷ヨーロッパでの名前はヴェロニカペルシカ、可愛さに似合う可憐呼び名だ。

日本に入ってきた時に名付けた明治人のセンス最悪だな!

和名イヌノフグリに似てそれより大きいために付けられた。フグリとは陰嚢のことで、イヌノフグリ果実の形が雄犬の陰嚢に似ていることからこの名前が付いた。オオイヌノフグリ果実ハート型で、フグリに似てはいない[4][5]。

2024-03-03

父がぼけてしまった

父がボケてしまった。最後にあったのは1/1だった。急に足元がおぼつかなくなって、歩くのも大変そうだった。外出先で転んで立ち上がれなくなり、救急車を呼ばれたが乗車拒否したと言っていた。スマホ保険証もなかったから、と。故郷地酒を私に飲ませてくれた。あと私が持ってきたビールをずっと飲んでいた。

先月の終わり、連絡があって、また外出先で転んで骨折して入院したと聞いた。それで、面会に先に行っていた母から「なんか様子が変」と聞いてはいたけど、お見舞いに行っておったまげた。どこのおじいちゃんあなた?ってくらいボロボロで、言ってること意味不明で、酒の幻覚を見てるようだった。

脳外科および脳神経外科はないので、検査とかないんだけど、ボケてるとリハビリも難しいらしい。

一時的ものなのかなあ。それともずっとこうなのかなあ。脳神経外科には今の病院から退院してから行くんでいいのかなあ。

面会も週1だし、なんか落ち着かないんだよな。どうしたらいいの?何ができるの?

そもそも心配するって選択肢でいいのかどうかも、よくわからない。

なぜなら父とはずっと関係が最悪で、結婚して子どもが生まれてなんとか盆暮れ正月に会うくらいの仲に回復した。

子どもの頃、寝てる私にスチールのゴミ箱投げつけたの一生忘れないからな(めっちゃ鼻血出た)。

でも、あんボロボロになった姿を見ると、さすがに胸が痛む。あと、母へ介護のしわ寄せがいくから、それも不安だし心配

とりあえず刺激になることを願って、しばらく面会には行こうかと思う。

2024-03-02

かに反出生思想ヤバいかも

子供がらみのブコメみてると、言ってる事ガキなんだもんビビるよ。引くわ。

でもそんなガキみてえな戯言流行っちゃってるんだ、それは元は大人が、子供継承をしなかった時期があるからなんだよ。就職氷河期団塊の事だよ。

いまや後期高齢者になった彼らにしたら、親世代戦争して貧乏から、何もして貰ってない。でも自分達の努力日本は成長した(と思い込んでる。ただの人口ボーナスなのに)だから下の世代に冷たい、自分で何としろと思ってるわけ。これが経済的な断裂。

あと、団塊の1番の特徴は宗教的伝統を捨てた事なんだよね。GHQ政策共産主義の両面から日本人は戦後急速度に宗教故郷を捨てた。こっちが精神的な断裂。

世代間の経済精神継承が断裂してたら、生に祝福を感じられない。自分がどこからきてどこへいくかわからない。伝えていく財産文化土地がなければ、社会から寿がれなければ、子供を作ろうとはならない。故郷もなく替わりの効く労働者として能力だけを問われる日々では、自分人生意味けができない、生命価値を感じられないから。反出生にハマってる人ってそういう、生き物として自分を繋ぐ色んな糸が切れてしまったように見える。能力主義と金は、残念ながらその糸にはならない、絶対に、だ。

土地宗教文化人間と切り離され、能力と金や外見だけが人の価値になり、それがない者は、いても居なくてもいいと自分自分を捉える人間になっていく。「カムイが消えればアイヌも消えるのに」だ。反出生主義はグローバリズム関係があると思ってるよ。

「朝起きたら、太陽の光と、おまえの命と、おまえの力とに、感謝することだ。どうして感謝するのか、その理由がわからないとしたら、それはおまえ自身の中に、罪がとぐろを巻いている証拠だ。」【テクムセ・ショウニー族の首長

2024-02-28

中国人違法伐採とか、クルド人日本人死ねとか

日本人の方が、居住選択の自由度が高いんだから日本人が出ていけばいいんじゃないですかね?としか思えない。

金もなく、選挙権行使する訳でもなく、労働力としても底辺日本人なんか日本にいらんだろ。

もっと外国人配慮して生きやすくして行く方が社会がいい方向に回るに決まってる。

心の故郷韓国にでも帰れよ、壺ウヨカルト自民脳死儲。

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