はてなキーワード: 攻殻機動隊とは
☆5 エヴィアンワンダー
☆3 おたんこナース
☆5 カルバニア物語
☆4 さかしき人にみるこころ
☆2 さよならを教えて
☆5 すぎなレボリューション
☆4 チキタGOOGOO
☆3 ナッちゃん
☆5 ランドリオール
☆5 聖★高校生
クソ 空をとぶ3つの方法
☆5 フラワー・オブ・ライフ
☆2 私立彩陵高校超能力部
☆5 パンプキンシザース
☆4 辺境警備
☆3 癒しの葉
☆2 うみねこのなく頃に
☆3 クロカン
☆4 イリヤッド
☆3 I/O Revision
☆4 赫炎のインガノック
☆2 白光のヴァルーシア
☆4 よつばと
☆5 昴 + MOON
☆3 スクールランブル
☆4 北斗の拳
☆5 め組の大吾
☆5 シャカリキ!
☆4 モンキーターン
☆2 トッキュー!
☆2 蒼天の拳
☆3 海猿
☆3 我が名は海師
☆3 風子のいる店
☆5 7SEEDS
☆2 2代目はコスプレーヤー
☆5 石の花
☆2 ヨザクラカルテット
☆3 ゴッドハンド輝
☆4 キャノン先生とばしすぎ
☆3 竜+恋
☆4 バンブーブレード
☆4 ありがとう
☆2 東京家族
☆3 かりん(吸血鬼)
☆4 Ef the latter tale
☆4 神童
☆2 Garden
☆3 ぱいなっぷるARMY
☆3 漆黒のシャルノス
☆2 REC
☆3 ゴア・スクリーミング・ショウ
☆3 神のみぞ知るセカイ
☆5 EXTRAVAGANZA
☆1 銃刀
☆4 度胸星
☆5 惑星年代記
☆3 年上の彼女
☆4 未来日記
☆4 しゅごキャラ
☆4 無限回廊
☆5 プラネテス
☆4 ラストイニング
☆4 奈緒子
☆4 BANANA FISH
☆5 夜叉+イヴの眠り
☆5 しゃにむにGO!
☆3 吉祥天女
☆4 ゆるやかな川の流れのように
☆4 桜の園
☆3 ラヴァーズ・キス
☆4 八雲立つ
☆5 花咲ける青少年
☆2 パパのさがしもの
☆3 パッションパレード
☆4 獣王星
☆5 3月のライオン
☆5 風と木の詩
☆4 デーモン聖典
☆1 黒神
☆5 OZ
☆3 屍姫
☆2 Maple Colors2
☆5 機動戦士Gundam The Origin
☆5 サイコスタッフ
☆3 からくり変化あかりミックス
☆4 少女ファイト
☆3 スキップ・ビート
☆2 花子と寓話のテラー
☆2 Bloody Monday
☆3 Honey Rose
☆1 セキレイ
☆5 アニメがお仕事!
☆2 ガンダム 天空の学校
☆5 銀河鉄道999
☆1 女神の鬼
☆5 もっけ
☆2 アンネ・グリークス
☆4 電脳コイル
☆3 るろうに剣心
☆4 女王様の犬
☆2 最終進化的少年
☆3 きみはペット
☆2 鉄のラインバレル
☆4 LAST MAN
☆4 自殺島
☆5 家畜人ヤプー
☆5 奈津の蔵
☆3 夏子の酒
☆3 蔵人
☆2 はやてブレード
☆2 プラスチック解体高校
☆3 朱鷺色三角
☆4 コンチェルト・ノート
☆4 俺たちに翼はない
☆2 Angel Heart
☆2 とっぱら
☆5 Fate/Zero
☆5 流血女神伝
☆5 Baldr Sky
☆5 どんぐりの家
☆3 戯言シリーズ
☆5 化物語シリーズ
☆4 氷の海のガレオン
☆3 暗い部屋
☆5 Papa told me
☆4 BMネクタール
☆4 からくりサーカス
☆5 クオ・ヴァディス
☆5 サルト・フィニート
☆1 SA(スペシャル・エー)
☆4 デビルマン
☆5 デビルマンレディー
☆2 ドロテア 魔女の鉄槌
☆5 バイオレンスジャック
☆3 ハニカム!
☆4 花やしきの住人たち
☆4 ブラック・ラグーン
☆5 フルメタル・パニック!
☆3 まりあ・ほりっく
☆4 ヤサシイワタシ
☆2 ラーゼフォン
☆2 会長はメイド様!
☆3 千夏のうた
☆4 よいこの黙示録
☆5 火の鳥
☆4 Working!
☆5 高杉さんちのお弁当
☆3 コッペリオン
☆5 ガンスリンガーガール
☆5 スティール・ボール・ラン
☆4 いばらの王
☆2 こえでおしごと
☆3 とある魔術の禁書目録(コミック)
☆4 とある魔術の禁書目録
☆5 とある科学の超電磁砲
☆4 フルメタル・パニック!(コミック)
☆3 まんまんちゃん、あん
☆3 ミカるん
☆3 メイド諸君
☆4 ログ・ホライズン
☆4 花の慶次
☆3 魔方陣グルグル
☆4 14歳
☆4 AI-REN
☆5 AV列伝
☆5 EDEN
☆4 Real Cloth
クソ Rewrite
☆4 Ringlet
☆1 聖剣の刀鍛冶
☆4 アイリス・ゼロ
☆3 アクセル・ワールド
☆4 あしながおじさん
☆5 イティハーサ
☆5 ヴィンランド・サガ
☆4 進撃の巨人
☆3 ヴェルサイユのばら
☆4 うさぎドロップ
☆5 オフィス北極星
☆5 彼氏彼女の事情
☆4 キーリ
☆1 KISS×SIS
☆4 キミノカケラ
☆3 こどものじかん
☆4 シュヴァルツシュマーケン
☆3 シュガーダーク
☆1 ビリオネアガール
☆4 シュガーはお年頃
☆4 シュヴァリエ巴里編
☆2 すた・ぐら
☆4 スマッシュ!
☆4 すもももももも
☆3 絶対可憐チルドレン
☆2 ゼロイン
☆4 ちょっと江戸まで
☆5 ディスコミュニケーション
☆4 ナツノクモ
☆5 ニコイチ
☆4 バーバ・ヤーガ
☆5 鋼の錬金術師
☆3 バクマン
☆5 はるか17
☆4 ひもろぎ守護神
☆3 ボーイズ・オン・ザ・ラン
☆4 ルサンチマン
☆4 みそララ
☆4 みつどもえ
☆3 ユーベルブラット
☆4 ヨイコノミライ
☆4 ヨルムンガンド
☆5 医龍
☆1 鉄のラインバレル
☆2 ローゼンメイデン
☆4 ザ・ワールドイズマイン
☆3 鬼灯さんちのアネキ
☆4 狂四郎2030
☆2 ヴァンパイア
☆4 極東学園天国
☆4 銀英伝コミック
☆2 わたしのおうちはHON屋さん
☆3 出るトコ出ましょ!
☆2 少女革命ウテナ
☆4 西洋菓子骨董店
☆4 低俗霊DAYDREAM
☆3 低俗霊MONOPHOBIA
☆5 百舌谷さん逆上する
☆5 漂流教室
☆2 秒速5センチメートル
☆5 風光る
☆3 弁護士のくず
☆3 放課後のカリスマ
☆4 忘却の旋律
☆4 魔王REMIX
☆5 遊戯王
☆2 妖怪ハンター闇の客人
☆4 螺子とランタン
☆5 機動警察パトレイバー
☆3 めぞん一刻
☆5 宮本から君へ
☆5 化物語シリーズ
☆5 少女不十分
☆5 Baby Step (今年のベスト)
☆5 シアター!
☆4 フリーター、家を買う
医龍
サイコスタッフ
世界のすべての七月
罪と罰(コミック版)
母なる夜
プルンギル~青の道~
目隠しの国
ごっこ
シュガーはお年ごろ
女王の花
マルドゥっく・ヴェロシティ
メイド諸君
君へ届け
CLOTHROAD
超弩級彼女
花やしきの住人たち
もし高校野球の女子マネジャーがドラッカーのマネジメントを読んだら
女王の花
銀の匙
1/11
水の森
鉄風(天才×マゾ!)
センゴク外伝 桶狭間戦記
マギ -MAGI-
今更言っても無駄だと、それがJ-CAST連中のやり方だと言ってしまえばそれまでかもしれない。Jカス絡みでこんなのはよくある事だ。けどやっぱり今回の仕業にはあまりにも目が余る。
これについてだ。
「今のアニメはコピーのコピーのコピー」「表現といえない」 押井守監督発言にネットで納得と逆ギレ (1/2) : J-CASTニュース
この記事は、朝日新聞社のサイトで連載されている小原篤の連載コラム「アニマゲ丼」を発端として書かれてるものだ
こちらがそれ
そもそもは11月12日に東京芸術大学で開催された、「第2回 映像メディア学サミット LOOP-02 マンガ・アニメの映像メディア学的再考」というセッションに押井守が参加し、トークした内容が大本になっている。
その模様はユーストでアーカイブとして見れたが、20日までの限定配信で現在は見れない。
まず「アニマゲ丼」の記事は、見出しが示しているように「若者は夢は持つな」という旨の発言を軸にしている内容である事がわかる
以下引用
asahi.com(朝日新聞社):「若者は夢を持つな」と監督が言った - 小原篤のアニマゲ丼 - 映画・音楽・芸能
「やさしい、というのは、励ますとか慰めるのとは違う。『親身になれた』という意味で、それまでは若者のことはどうでもよかったのが目を向けるようになったということ。で、若い人のことを考えれば、本当のこと、残酷なことを言わざるを得ないと思い、ちょうどそのころ中学生や高校生と話す機会がたくさんあったので、こういう話をした。あなたたちは限りなく凡庸で無名で何の個性もないんだ、『一人一人がかけがえのない存在だ』なんて大人のウソを信じるのはやめて、早く幻想を捨てろ、夢を持つな、あなた方の未来にいいことなんて何一つないんだ――というところから始めたらどうでしょうか、と」
なんて身も蓋(ふた)もない、と思いましたが08年8月11日の本欄で私は「スカイ・クロラ」について「あまりに救いのない、というか身も蓋もない結末ではありませんか」と書いていたのを思い出しました。
ここが「アニマゲ丼」で一番取り上げたい部分なのだろう。
この押井守の主張に関する是非は置いておくとしても、この記事自体はバイアスがかかっている気がする。
実際の講演は第2部「アニメーションと日本の戦後社会―ロボット、サイボーグ、アンドロイド、そして人間」というタイトルが付けられている通り
パトレイバーや攻殻機動隊を監督した者として押井がロボットやアンドロイドのあり方を問い、技術論を語り、さらに原発の話題にも振れていくところが主体の講演だった筈だ
ここのスカイクロラの部分はほとんど寄り道であって、「アニマゲ丼」の記事を書いた小原篤の主観として誇張気味に書いている節がある。
いわば押井の講演内容からコピーしてトリミングして、そこに小原自身の主観を交えながら書かれている記事だ。
J-CASTはそこから更に、何故か突然「萌えアニメ」「ハーレムアニメ」などと言った単語を挿入し、押井守が今の萌え・ハーレムだらけのアニメ業界に苦言しているようにも取れる記事を書いている
まずアニマゲ丼から、押井が今のアニメに苦言しているという部分を引用する
asahi.com(朝日新聞社):「若者は夢を持つな」と監督が言った - 小原篤のアニマゲ丼 - 映画・音楽・芸能
そして現実の劣化コピーに過ぎない実写と違い、「現実に根拠を持たない」アニメは珠玉の工芸品となり得、アニメはその根本から細部までコントロール可能であるがゆえにその力を使ってアニメ監督は、全世界・全歴史に向けて自分の言いたいことを完全な形で言えてしまうという誇大妄想の極限を味わうことができる。これは悪のにおい、危険なにおいがする。ゆえに若い人をひきつける。しかし僕の見る限り現在のアニメのほとんどはオタクの消費財と化し、コピーのコピーのコピーで「表現」の体をなしていない。
これはどちらかというと、アニメ監督をすることで「誇大妄想の極限を味うことができる」部分に目が行くと思うのだが
前後をぶっちぎって、今のアニメのほとんどはコピーのコ(略)の部分に脊椎反射している人間が多いようだ。
しかしこの記事のこの部分は全貌するとこうなっている
asahi.com(朝日新聞社):「若者は夢を持つな」と監督が言った - 小原篤のアニマゲ丼 - 映画・音楽・芸能
押井監督は、日本人が科学技術の表面的な受容と円滑な運用のみにかまけ、その技術の核たる思想、技術をゼロから立ち上げる思想を持たなかったことが今回の原発事故を生んだと指摘。様々な当事者の認識を改めるために今回の事態をヒロシマ・ナガサキに続く「第3の原爆」と呼ぶべきだと訴えました。「技術の思想」の欠如は、ロボットに「かっこよさ」のみを求めるアニメ製作者の思考にもあてはまる、と自作「機動警察パトレイバー」をもとに批判を展開し、そして訴えかける核を持たない日本アニメは、その表層を細緻(さいち)に描き込み磨きあげることで「極東の島国の珍なる文化」として世界に地位を獲得したと分析。工芸品的に細部を作り込みたがるその日本人的な意識が、細緻(さいち)な映像表現に好適なロボット・アンドロイド・サイボーグなどへと向けられた結果、肉体や自意識をめぐるテーマへと結びつき、つまりはアニメという表現形式が発展過程でテーマをはらんでしまったのだと説き明かしました。そして現実の劣化コピーに過ぎない実写と違い、「現実に根拠を持たない」アニメは珠玉の工芸品となり得、アニメはその根本から細部までコントロール可能であるがゆえにその力を使ってアニメ監督は、全世界・全歴史に向けて自分の言いたいことを完全な形で言えてしまうという誇大妄想の極限を味わうことができる。これは悪のにおい、危険なにおいがする。ゆえに若い人をひきつける。しかし僕の見る限り現在のアニメのほとんどはオタクの消費財と化し、コピーのコピーのコピーで「表現」の体をなしていない。あと、ユニコーンガンダムのツノはアイデアとして面白いけど、だからどうなの?
ってな話を約2時間、相変わらず、とうとうとまくしたてたのでありますが(上のまとめは少々わかりやすくかみ砕いてます)メモをとるのが疲れました。私はそれより、新作の話はないの?って聞きたかったんですけど。
ここで「アニマゲ丼」の記事は終わる。
訓練された押井信者(笑)ならば、ここは「ああ、最後はいつもの押井で終わりだな」と、顔をほっこり緩めるところだろう。
「アニマゲ丼」としてはこれをオチの部分にしたかったに違いない。
アニメはコ(略)などはほんの極一部分にしか過ぎないし、これだけでは押井が真剣に憂いているのかどうかもわからない。
さて、J-CASTの方を見てみよう
「今のアニメはコピーのコピーのコピー」「表現といえない」 押井守監督発言にネットで納得と逆ギレ (1/2) : J-CASTニュース
朝日新聞は2011年11月21日付けの電子版コラム「アニマゲ丼」で、押井さんの東京芸術大学大学院映像研究科での講演(11月12日開催)を紹介した。講演で押井さんは
「僕の見る限り現在のアニメのほとんどはオタクの消費財と化し、コピーのコピーのコピーで『表現』の体をなしていない」
と語ったという。つまり、制作者には新たな創造性や、作品を通じて訴える思想的なものが欠如し、過去にヒットした作品の焼き直しばかり。例えば「萌え」が流行すればそうした作品ばかりになっている。また、今のアニメはオタクと呼ばれるファン層に媚びたものが多く、こうしたことから「表現」が制作者から無くなった、という批判だ。
確かに11年9月から始まった20本近い新作テレビアニメを見ると、さえない男性主人公の周りに美少女が群がる「ハーレムアニメ」が驚くほど多く、過去にヒットした「ハーレムアニメ」作品と共通する内容がかなり多い。
突然どこからか「萌え」「ハーレムアニメ」という単語が出てきた
押井が言いたいのは「アニメという現実に縛られない媒体を使うことで、監督の自己主張を完全な形で広められる。こりゃたまんねえ(快感)。でもそこまでやる奴ぁもうほとんどいないよね」という事を言いたかったのでは?これも俺の主観ですけど。
どちらにせよ「オタクの消費財」や「コピーのコ(略)」が萌えアニメやハーレムアニメだけを指しているというのは暴論だろ
その発言の直後に出てくるのはガンダムUCだし
J-CASTはあくまで「ネットでそう反応されてる」と言い訳のように使ってる
「今のアニメはコピーのコピーのコピー」「表現といえない」 押井守監督発言にネットで納得と逆ギレ (2/2) : J-CASTニュース
「アニメ業界が飽和しすぎで、コピー品を粗製乱造しなきゃ回らなくなってる」
「売らなきゃ食っていけないからな。安定して売れるのがオタク向けの萌えやエロ」
などと納得する人もいるのだが、現在主流となっているアニメのファン達は、自分達の趣味趣向、好きなアニメを批判するのは許せない、と激しく反発。しかし理論で立ち向かえないからなのか
などといった作品批判や、人格批判へと発展し、大混乱となっている。
これでJ-CASTの記事は終わる
J-CASTとしては、「ネットでは押井守が萌えアニメを非難していると言ってる」として、そこを拡大解釈しまくってこんな記事を書いたのだろうか
そもそもそのネットってのはどこのネットを指してんの?2ch?
ちなみにニュー速+では
【話題】「今のアニメはオタクの消費財と化し表現の体をなしていない」押井守さんの発言でネット上は騒動に
というスレッドが立ったが、それはJ-CASTの記事を受けてのものだったし、★4まで伸びたがそれ以上の次スレは立っていない。(追記、★6辺りまで伸びたっぽい?)
一体どこで"大混乱"になってるのか全然思い辺りが無いんですけど。
押井守の東京芸大での講演が、「アニマゲ丼」がダイジェスト記事にしている時点ですでにコピーだし
それを読んで、どこかのネットでは「押井守が萌えアニメを馬鹿にしている!」と憤慨しているならさらに劣化コピーで伝わるべきものが全然伝わってない
ゲーマーなら知っておきたいゲーム音楽における10人の名作曲家 - GIGAZINE
http://gigazine.net/news/20110803_game_music_composers/
というわけで、対抗意識を燃やして
「ゲーマーでなくても知っておきたいゲーム音楽も手がけた10人の作曲家 - MASUDAZINE」なるものを書いてみようかな、と。
選ぶ基準は主観です。紹介文は手抜きです。基本的に、ゲーム映像と合わせた動画です。ゲーム音楽の動画と、その下にそれ以外で割と有名であろう音楽の動画を紹介します。順番は思いついた順。海外のゲーム事情は疎いので割愛します。
タイトルの「ゲーマーでなくても~」というのは、あまり関係ないです。
いかがでしたか?
他にも「こいついれろよks」とか感想があればブコメでもトラバでもください。
同じコンセプトにはなりませんが続編があるかもしれません。こうやってまとめると案外自分の為になるので……。
http://anond.hatelabo.jp/20110523012339
前回は色々とオススメアニメを上げていただいて皆様ありがとうございましたm(_ _)m
id:thvenrさんに「だからスタッフから辿れって前にもブコメでry」ってご意見をいただいたのと、
増田で『「あの花」見てるなら「とらドラ!」も必見ですかね。監督その他いろいろカブってます。』ってオススメを頂いたので、
ぶっちゃけ面白かったです。面白かったです。面白かった…です…orz
面白いとは思って実際楽しんだんだけど自分の中での点数がギリギリ80点に行かないんですヽ(`Д´)ノ
ぶっちゃげ78点くらい?
※ご注意
色々整理するために、これから「とらドラ!」を題材にあーでもないこーでもないと
胸糞悪い内容かもしれないのでお気をつけ下さい。
それと自分の日本語の使い方には問題点があることが指摘を受けております。
その辺はやんわり目をつぶっていただけるとありがたい。
参考:http://anond.hatelabo.jp/20110523151843
何故とらドラ!が自分の中で80点に行かないかを探るために、まずはとらドラ!の個人的に良かった点・悪かった点を上げてみる。
良かった点
悪かった点
こうして書き出してみると、なんで自分が連続放送アニメを守備範囲に置かないかわかってきた。
何より無価値な部分が多すぎる。空気感を出すために間を取るのはアリだけど、いらない話を置かれても…という部分が多すぎる。
漫画や小説と違って、映像や芝居だと時間の調整ができないから退屈な部分の苦痛が半端ない。
そうなると一話完結のギャグアニメ以外選択肢がなくなるんだよね…
自分の中で80点以上出す映像やら小説やらって、結局のところ途中で暇しないかどうかと物語上の変な矛盾のようなものに突っかかるかどうかだと思う。
暇しないアニメで有名所だと攻殻機動隊やAKIRAは暇しない。
ただあっちの系列は自分の趣味じゃないため、純粋な意味で楽しめない。
AKIRAとかモノの見事に自分の心に残っているし、「何かAKIRAに問題があるか」と言われたら「別に何も」としか答えようがない。
名作なんだろうとは思うけど、楽しめないので正直悲しい。
80点の境目が朧げながら見えてきた。
じゃあ自分は80点未満のアニメを見たいか見たくないかというと、時間がないので見たくない。
80点未満のアニメを見るために時間を潰すくらいなら、80点以上と評価されている小説を読んでたほうが楽しい。
80点未満かもしれないというドキドキを楽しむための博打はオペラとバレエだけで十分です(´・ω・`)
80点以上を出すアニメで、なおかつ「俺は自他共に認めるSFアニメだぜ〜」な感じじゃない連続アニメは年間何個くらい出てくるものなんだろ?
その他雑記:
なんか知らんけど自分の周囲のアニメは見ない人で、AKIRAを見たことある人が結構いる。
「友達の家で見た」みたいな人が多い。なんでアレを見た人がアニメを守備範囲にしている人以外で結構いるんだろう…
サブカルが滅びたように見えたのは2005年のその時点では正しいけど、今はサブカルらしきものがやっとこさ顕現してきたじゃないか。
西尾維新らのそれとか、fateとか。最近でいうと四畳半何とからへんから続くノイタミナ枠の作品なんかがサブカル者のアンテナに引っかかってるようだし、2005年頃丁度サブカル枠でバズってた攻殻機動隊が3D映画になって二次的ブームを迎えている。
東のエデンは流行らなかったし批評に耐えうるほど出来た作品じゃなかったけど、「女性層を意識した」という言い訳もあるとおり、女性のサブカル者も徐々に増えてきつつある。(と、いいなあ)
テレビアニメと劇場版アニメが分断され、後者がサブカル者に向いていたりするのは2005年くらいの時点では想定も出来なかった事態だと思うよ?
いやまあ、本田透さんという人がリアルタイムでオタクをやっていて我々の感覚と非常に近い位置にいいる、ってのは結構重要なんだけど、2011年の時点で『電波男』からの引用はちょっと拙い。
今は本田透さん自体がラノベを書いてたりそのラノベが実写映画化してる程度には時代の流れがおかしくなってる。2005年(ハルヒアニメ化)以前のラノベ市場とそれ以降では萌えの形式も変わった。サブカルだったはずのラノベがむしろメインストリームになってる。(西尾らのそれはサブカルだって印象だけどな)
らきすた以前では日常系がこれほどまでに「オタクの居場所」として機能するなんて思いもよらなかったろうし。
という訳で、狙いは良かったんだけどもう一ひねり欲しかった所。
「今日の猫村さん」とか「進撃の巨人」とか「おやすみプンプン」、「3月のライオン」とか「ドリフターズ」あたりを絡めて再考してみてくれ。
キーボードを素早く打つには訓練が必要だからね。マイクロソフトだってこの形式(キーボード+マウス)が非効率だと認めてるから新しいインターフェースを開発してる。
俺が言ってるのは攻殻機動隊のような世界。つまり、頭の中で「検索」する。頭の中で「アメリカの首都はどこだっけ」と考えた瞬間に「ワシントン D.C」と出る。そういう感じ
頭の中で考えるのと同じ速さで検索する。どう?これでも「非効率」だの「速度が遅すぎて」だの言えるか?
今の技術でものを考えるからなかなか前に進めないんだよ。そりゃいちいちグーグルのページ開いて単語を打って検索するのが、思考速度よりずっと遅いことなんて誰だって分かる。
もっと言えば、思い出すという作業は頭の中を検索していることと同じなんだから、それが機械にとってかわるというだけだ。
脳の容量には限界がある、だから忘れるし、脳が劣化すれば物忘れも激しくなる。アナログは時代遅れだ。受験勉強のために詰め込みなんて、時代錯誤も甚だしい。
『魔法少女まどか☆マギカ』が耐え難い。いや、耐え難いなら見るのやめろよって言われるのは当然だけど、イヌカレー戦闘パートとかは本当に格好イイと思っているんだ。でも、24分のうち他の16分くらいが非常に辛い。イヌカレーパートを見るために耐えているが第6話で心が折れそうになった。
何よりもダイアローグが致命的にツマラン。口でうだうだと説明するアニメは云々……っていうテンプレートな説教をしたくなる。この説教はその実は甚だ疑わしいけども、『まどか』くらいストレートに当てはまってしまうアニメもないよね。『攻殻機動隊』のように聴いてて面白いダイアローグが展開されるわけでもない、ただただ退屈なだけのダイアローグが、なぜか毎回毎回長大な尺を占めている。ボクには訳がわからないよ。
聞いていると途中で聞き流すようになり、後からちゃんと聞こうとして再視聴してもやっぱり挫折して途中から聞き流す。演出の工夫を見せてくれればまだ耐えられるかも……と思ったが第7話でイヌカレーが会話パートに投入されたにも拘わらず途中で挫折してしまったので、ああこれは純粋に脚本の問題なのかなと思った。こんなしんどいアニメをよくみんな直視できるよなって思う。いや、私の我慢が足りなすぎるのか。みんなすごい。
つかあれだけ映像の工夫を見せているのに、「ゾンビになった」とかいうさやかのヴィジュアルに何の変化もないのはどういうこってい。口先だけで「魂が抜かれた」とか「ゾンビになった」とか言われても見た目に変化がなければ共感できんよ。正確にいうとそういう抽象的なことをクソつまらんダイアローグで処理するからキツイんだよ。6話の気を失っただけみたいな描写では弱いって。魂が抜かれたなんて口でいくら言われても実感なんて無いわ。QBも肉体の強度を上げたいんなら、草薙素子よろしくこの子たちを全身義体化すればいいんじゃないかな。
影絵バトルマジ良かったよ。
http://mixi.jp/view_diary.pl?&id=1637018726&owner_id=30361852&&&&&
ネットであれこれ言われてるけど、ここまで現実では危機感がないというかなんというか…
実際かなり困るんですよね。
うーん…持ってる漫画からあげれば、「最終兵器彼女」もダメだろうし、「攻殻機動隊」の素子の電脳FxCK(ゲイ、要はレズプレイ)も多分ダメ、「楽園」も3割くらいの漫画がアウトってことで本自体アウト(それなりの性描写、ゲイ等々)、おやすみプンプン(翠とプンプンのシーンは元々の条例的にアウト。成人女性から18歳未満のプンプンへの一方的な性交渉ってことで。あと性描写多数)、「五年生」等々。
解釈が間違ってなければ、こういうの全部アウト。
漫画の性的描写に限ったこというけど、小説より漫画の方が限定的だと思うのは私だけかな?漫画は絵で帰結してるところがあるけど、小説はとめどなく妄想できると思う。どっちが規制されるべきかって言ったら小説だろ。
署名したり、都議会議員さんにメール送ったりの活動しても「そんなの関係ない」で終わるんだったら、民主主義は終わってる。そうなったらなに?力ずくしかないやん?
じゃあテロ起こせばいいのか?
なんか、mixi関連日記では「図書館戦争だ!図書館戦争だ!」って書いてあるけど、私は正直見たことも読んだこともないから何とも言えない。ただオタクっぽさ全開なだけでなんか虚しく見えるのは私だけかな?
私は私で今のうちに今後手に入りそうになくなるものを調べて集める。すでにそういう作業に入ってる。
今は91年ときの規制というかそういうのに指定された漫画を集めてる。
規制反対活動しても一蹴されるんじゃ、手に入るうちに集めとくってのが蒐集家ですからね。
とりあえず、大手出版社さんが頑張ってらっしゃるので、動向を見守りたいところ。
見守る時間なんてないけど。
俺が前に書いた表題の床屋談義について(http://anond.hatelabo.jp/20100923234530)。
暇なはてな民の方々からそこそこ意見が寄せられてきたのでここらでみんなの意見を踏まえつつ再論する。人によってはSFという言葉に過剰反応したり、「SFロボットアニメ」の定義がわかんねえよとの声があったが、語義を巡る議論に深入りするのは主眼ではない。ここでは差し当たって「巨大なロボットとそれを指揮するキャラクターが物語の中心となる近未来アニメ」という意味として便宜的に使わせて頂くのを許して欲しい。近所のレンタルビデオ屋にある「SFロボ」のコーナーはこれで並んでおり、一般的な認識ともそう離れてないと思う。(これだとたとえば、「鉄腕アトム」や「攻殻機動隊」は近未来だけどOUTとなる、一方で「パトレーバー」はINとなる。)
で、上記のように定義づけると、「トランスフォーマー」のように「テレビくん」で販促しているようなキッズ向け作品に関しては好調なものはあるものの、従来の大きな柱であった「アニメージュ」で取り上げるようなティーンネイジャー以上をターゲットにしている部類では、陳腐化は間違いない。
たとえば最も有名なタイトルであるガンダムシリーズは、作品数の減少が顕著だ。90年代には「V」から「∀」まで5つのテレビシリーズ(加えて複数のOVA、映画)がリリースされた。しかし、00年代に入ると、テレビシリーズの新タイトルは「SEED」(続編含む)、「00」の2つだけだ。
ガンダム以外にも、90年代には「エヴァンゲリオン」「機動戦艦ナデシコ」など今も語り継がれる新タイトルのヒットがあった。今冷静になって振り返るとこれロボット出す必要あんのか、という作品までロボットが登場していた。具体的には、「神無月の巫女」や「エスカフローネ」、「サクラ大戦」(これはアニメというよりメディアミックス作品だが)などだ。00年前後までは「ロボット」は登場人物を引き立たせる定番の構成要素だったと言っていいかもしれない。
しかし00年代にはいって、男の存在を抹消した萌えアニメの隆盛と入れ違うようにしてSFロボットアニメのプレゼンスが消えていった。中でも象徴的な出来事は07年の「グレンラガン」だった。久しぶりにガイナックスが制作するSFロボットアニメで、内容的な出来も(個人的には)期待を裏切らないものだったが、その影響力は同時期に放送していた「らき☆すた」の方が完全に上回っていた。「エウレカセブン」や「創聖のアクエリオン」は、事前プロモーションやメディアミックスで力をいれていたものの、作品としてはことごとくコケた。この2作品が今でも人々の記憶に残っている理由は、アニメの成功ゆえではなくパチンコで行きを吹き返したおかげだ。
結局、世紀が変わった当たりからSFロボットアニメは定番タイトルの続編が少なく新タイトルもろくなヒットが出てこなかった、ということになる。
はてな民からのコメントに、「企業が興味を示さなくなったから」というのがあったが、これは結果と原因を取り違えている。企業側の主導で消費のトレンドを作るのは電気製品などではよくあるが、アニメのトレンドは消費者が主で企業が従、がこれまでの流れだった。重要なのはなぜ消費者が興味を示さなくなったかだ。
それは「21世紀の現代に適応できた新しいSFロボットアニメ像を提示できていないから」。繰り返しになるが、やはりこれが一番大きいと私は思う。「ロボが出てくる未来のおはなし」だけではもう飽きた、というわけだ。前回のエントリに対し、別のはてな民も『電脳コイル/ゼーガペイン見たときに思ったのが「これ、ロボアニメである意味あるか?」だったなぁ』と回顧している。SF的な未来世界の中に「巨大な人型ロボット」の存在は間違いなく時代遅れになりつつある。
実際、ストーリーはすでに出尽くされ感がある。たとえば、
14歳の少年・早瀬浩一は、ある日“事故”により、少女と出会い、巨大人型メカ「ラインバレル」を手に入れた。何も出来ず、正義に憧れているだけだった少年の周りは、彼が圧倒的な力を手に入れたことでめまぐるしく動き始める。新しい仲間と出会い、友人と別れ、守るものを背負い、自らを囲む世界と向き合い、やがて少年は成長してゆく。
これは2008年に放送された「鉄のラインバレル」のストーリー紹介だが、これにたいして海外の掲示板にすら「俺たちは同じようなアニメを幾つもみてきたんだよ!」って放送当初からキレていた人がいた。
設定や描写も現代では通用しなくなっている。空気のない宇宙でバキュンバキュンする銃撃戦は15年前までならOKだったが、今そんなことやったら恥ずかしくて目も当てられない。ネットでも炎上する。それと、お互いを「○○少尉」とか軍隊風の呼称で呼ぶことも、あのコクピット内の絵面(ごちゃごちゃした巨大なマッサージチェアみたいなところに腰かけて膝の横辺りにある操縦桿を握る)もそう。そもそも2足歩行があれだけ一般的な形式であり続ける工学的な理由は何?陸上を移動するならば足よりも車輪の方が機能的じゃね、と外人でなくてもそうツッコミたくなる。
もっと根本的に、少なくとも目の肥えた「大きなお友達」にとってはSFの持っていた神通力が衰退したことも大きい。前回のブクマコメントにあったように、SFはかつてテクノロジーの未来を提示する役割を果たしていたけど、今やSFにその力はなくなってしまった。小さな通信端末はもちろん、ファーストガンダムでアムロがいじくっていた電子書籍端末も今年Ipadが出てきた。20世紀にワクワクしていた未来技術の世界は、21世紀の今になって確実にワクワクできなくなっている。深刻なのはそれを21世紀の私たちがワクワクできるような形に上手くリニューアルできていないことだ。「SFロボットアニメがどうこうより科学の発展に大した希望をもたなくなった」という悲観的なコメントもあった。
だから結局、オーソドックスなSFロボットアニメが受入れられなくなってきたから、今はなんとかして新しいそれに代替するSFのあり方というか表現方法を模索してる、という段階なのだと思う。1つの流れとしては、『プラテネス』みたいな、自分と割と身近な人が宇宙に行って、みたいな話だ。ロボットなんてシロモノをあえて登場させず現実的な想像力で捉えられる範囲で、人間同士の関係を描写する。もう1つの流れは、SFロボットアニメの突飛さをあえて逆手にとり、腐女子的な暴走ノリを表す手段として借用する流れだ。ちょうど「コードギアス」がそれをやって大いに受けたし、近々放送される銀河美少年のやつもおそらくその形だと思う。「ガンダム00」?あれは本来やるべきワクワクするような未来世界を提示できずに単純な現代の延長でお茶を濁した失敗作であり、SFアニメの屈服だ。
ネタばれありますよーご注意ください!
じゃ、順番にいくよー
当り前だけどさ、人にものを借りたら、どんな形でもいいから返そうよ。違うのかな。
返さないんだったらさ、人間あっての生活なんだしさ、当然さ、質素に生きろよ。
じゃなきゃ、スピラー的な狩り暮らししようぜ。
スピラーが折角くれようとした、カエルの足見て、気色悪くなってるようなさ、動物としての本来の生き方放棄した、仮ぐらしなんて止めよう!
今回はさ、、宮崎アニメと違って魔法とかなくて人間離れしすぎないお話だよね。
だれかが言ってたけど、アニメって2通りあって、
屋根から落ちたら死ぬタイプのアニメと、死なないタイプのアニメがあるじゃん。前者はサザエさんで、後者は攻殻機動隊とかさ。
この物語は前者だよね。
だから、リアル世界での位置づけって言うか、食物連鎖ピラミッドのどこにアリエッティたちが位置づけされるか、気になっちゃったよ。
人間>たぬき、ねこ>からす>ねずみ、カエル、ごきぶり>アリエッティ>こおろぎ、だんごむし、あり
こんな感じ?
こおろぎとか、だんごむし、群れたアリって結構、貪欲で凶暴だから気を付けた方がいいよ。
ちょっと、俺の話で申し訳ないけどさ、
ちいさいころ、「だれも知らない小さな国」っていうコロボックル(小人)が出てくる本が好きだったの。
人間との共存の難しさとか自然の怖さが描かれててさ、今回も勝手にそんな感じだと思ってたから、
やっぱり捕食関係がぜんぜん描かれていないことに気になったよ。
「君たちは滅びゆく種族なんだよ。君はこの世界にどのくらいの人間がいるか知ってる?67億人だよ」
これはさ、生物多様性の話じゃないよ。
ま、ヤンデレな翔くんだから、ついつい自分より弱い存在に対して、ひどいこと言ってしまったのはわかる。
でもさ、そこで突然「オレ、心臓悪いんだ」っていうオレかわいそうな奴発言は、浅ましくない?
「君はぼくの心臓の一部だ」
あのさ、アリエッティの逞しさ、ほんとに伝わったてたのかな。突然出てきた、その言葉だけじゃわからないんだ。
翔くんの大きな手で、いきなりアリエッティ家のリフォーム始めたよね。
やっぱり、リフォームは、キッチンからなんだ!
あの欲深いというか、あざといママエッティに、「ここが地獄かあああ」って形相にさせるとはね。
親切心が裏目に出ちゃっただけなんだよね、ドールハウス、美しいから。
小人さんにとっては、テラフォームくらいの勢いの、恐怖を与える想像力はあったと思うんだ。
それに、翔くんは知らないかもしれないけど、もともとのキッチン、なかなか使い勝手も良く綺麗で良かったんだ。
リフォームの必要性なかったよね。
とりあえず、脱出はしたし、新しい世界がはじまるんだよね。
でもさ、また、この家であったことと同じこと繰り返すよ。
だって、ただ逃げただけでしょ?
ぜんぜん成長してないじゃん。ママエッティも、パパエッティも。
アリエッティなんかはさ、かなり前向きな女の子だから成長要素なかったじゃん。
アリエッティの軽やかに飛び回る姿、ホッチキスの針の階段、水滴の質感、小人さんの生活を楽しんでみて!という描写がアニメならではで、素晴らしかったよ
ここまで読んでくれてありがとう、まあさ、キャラを掘り下げられなかっただけなんだろうなってのが感想。
鈴木敏夫が言ってた3つのキーワード「静かで、ひっそり、そして質素に」の正反対だった。
あざとく、あさましく、そして浅い
言葉が先行してて、明確な定義はないのだが、ハテナによるとこんな定義がされている。
1.過剰な自意識を持った主人公が(それ故)自意識の範疇だけが世界(セカイ)であると認識・行動する(主にアニメやコミックの)一連の作品群のカテゴリ総称。
2.[きみとぼく←→社会←→世界]という3段階のうち、「社会」をすっ飛ばして「きみとぼく」と「世界」のあり方が直結してしまうような作品を指す。
アニメでいうと「新世紀エヴァンゲリオン」が代表格になるだろう。
で、小説の世界だと「0世代」にくくられる西尾維新や佐藤友哉らがこの文脈で語られることが多い。
で、「ライ麦畑で捕まえて」を一読して、この世界的な青春小説は「セカイ系」の元祖だったんじゃなかろうかなんてことを考えた。
成績不良で高校を退学させられたホールデンが、実家に戻るまでの「三日間の彷徨」を口語体の一人称によって語るというものだ。
道中ホールデンは様々な人に会うのだが、いちいちこいつ病気じゃないのかという態度とり、悪態をついては、相手を怒らせる。回想シーンに登場する旧友や恩師にたいしても、冷笑的な批判をくりかえす。
ホールデンにとって「よきもの」として騙られるのは、死んだ兄、妹、道中に出会った尼くらいのものである。
じゃ、ホールデンの思考回路が支離滅裂かというと、価値判断の基準だけはぶれがない。
ホールデンは、大人社会の「欺瞞」や「スノッブ」に対する徹底的な反抗者としてかかれており、彼の「ピュア」や「イノセンス」は一貫してくどいほど強調されている。
その「ピュア」や「イノセンス」に触れるものに対して、彼は悉く過剰反応を起こす。
ただ、ホールデンのいう「インチキ」というのは、大人が嬉しくもないのに「nice to meet you」ていうのは許せないとか、その程度のもので、潔癖症に近いものがある。
おまけに最期にホールデンが語る夢は、「聾唖になって森のそばに住みたい」だとか、「ライ麦畑で遊ぶ子供たちの監視員になりたい」とかもう「引きこもりの妄想」の領域に入ってる。
「ピュア」でも「イノセンス」でもいいけど、いいかげんにしろって感じだ。
どっちかというと「イノセンス」というよりただのヘタレなんじゃないだろうかという話はさておき、ホールデンの不幸は、自分がその「汚らしい大人」の領域に踏み込みつつあることを自覚していてそれゆえに「壊れて」いくことにある。彼は病気になることで、自らの「イノセンス」に殉死したとも言える。
私が「ライ麦」をセカイ系だというのは、このホールデンの過剰な自意識と、自分の価値観に基づく自己愛。そして学校を辞めたことに端的に表出されている「社会」をすっとばしたセカイへの直結(あるいはセカイからの逃走)がセカイ系の特徴とリンクしてるなと思ったからだ。
さらに「壊れていく自分」というのはセカイ系でも定番のモチーフなんだが、「ライ麦」では、壊れていく自分の攻撃性は外部に向かうのに対して、エヴァや0世代の文学では、その攻撃性は、自分へと向かい、「自虐的な自分語り」に落ち込んでいく。
この差が、時代的なものなのか、お国柄なのかはわからんけど、セカイを憎んだ「ライ麦」は、ジョン・レノンを射殺したマーク・チャップマンや、レーガン元大統領を狙撃したジョン・ヒンクリーに愛され、21世紀最大の知能犯「笑い男」(攻殻機動隊SAC)を生んだ。
「口説いている女性は実は男で70歳のおじいちゃんだった。」というネタも最早SFでは無くなったようですが、
そうなれば、『攻殻機動隊』ですよ。この辺のネタはアニメじゃカットされてますけど、
コミック版では草薙素子は人形使い(AI)にちゃんと口説かれてから結婚してます。
(劇場版アニメじゃかなり解りにくいのですが、「草薙素子はAIと結婚しました。」ですよ。あの結末。)
彼女の1つ目の質問「何故完全無欠のAIが人間と融合したがるのか?」という質問に彼(AI)は
「カラミティを想定した”ゆらぎ”が欲しいからだ。AIは幾らコピーを増やそうが、ウイルス1つで壊滅する危険性がある。
”ゆらぎ”が無いからだ。ヴァージョンアップだけでは壊滅のリスクは孕んだままでね。」
(という内容だったと思う。コピペでは無い。)と簡潔に答えました。
2つ目の質問「それが何故私なのか?」という質問に対しては...。人間の回答も色々ありましょうけど...。
AIは「縁が有ったからだ。」と答えました。彼女は怒るのですが、AIはこう言って納得させました。
「縁は塩基質と同じでね。互いに身知った時点で総ての意味は置き換わる。
能動/受動では無く、相互受動の”関係”に。こればかりはどうしようも出来ない。」
「まさかプロポーズの言葉が”縁が有ったからだ”とはねぇ。」と彼女は皮肉るが、
その後天使が舞い降りるシーンは有名だ。(劇場版ではココに一気に飛びます・笑)
〜T/H
先駆者としての庵野秀明には敬意を払いつつも、この人のアニメを面白いと思った事が無い。90年代の「TVアニメ粗製濫造時代」と言われていた時代の人だ。当時のアニメ演出家の地位なんて今とは比べ物にならない。競争相手なんて(今と比べると)居ないも同然の時代なら、ちょっと本気で取り組めばどんな演出しても「斬新」で「一番乗り」が簡単に出来た。やりたい放題がそこそこ許された時代だったはず。(同じ理由で攻殻機動隊の監督の人もそうだと思うんだよね。それなりにやりたいようにさせてもらえた時代であれば、今でも成功する人間は沢山居ると思う)
ただ、庵野秀明というクリエイターに匹敵する人間は存在しないのかといったら、多分、全然そんなことは無いと思う。「鬼才」と担ぐ理由って、別に庵野秀明に心酔しているからではなくて、アニメ界の象徴であってほしいという、もっと利己的な理由じゃないかなと思う。
文化に偉人は付き物だもんね。アニメにも歴史があるれっきとした文化なんだぞと、業界ぐるみでその雰囲気を盛り立てていくために、庵野秀明を利用してきたところはあると思う。