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はてなキーワード: 推理小説とは

2012-02-07

スイート10ダイアモンド

長文注意



四月からプログラム系の学校に行こうか、

結婚10周年の指輪を妻に買おうか、

迷ってました。



ネット相談して

http://anond.hatelabo.jp/20120131004052

後者に決めました。



もちろんサプライズにしたい。

でも指輪サイズがわからない。



指輪サイズを探りたいんだけど、ここで問題が起きました。



以前お話しましたが、夜になると記憶を失くすときがある…

と思ったら、昼間も約束を平気で忘れたりする昨今。



指輪サイズうまいこと聞きださなきゃ」という記憶

忘れちゃ思いだし、忘れちゃ…を繰り返してる。




ついに、忘れてしまう恐怖が勝ってしまい、

さっき、この件を思い出した時、

意を決して、ストレートサイズを聞いてしまいました。



ここでもう一つ問題が…。




うちの妻は「空気を読まずネタバレ」してしまう癖があります

ドラマ推理小説も、感動すればするほど、

まだ見てない俺にネタバレをして、怒らせてくれます

何度カーネーションを観る楽しみを奪われたことか。




そんな妻にサイズを聞いたら、

「ん?

………スイートテンならいらないよ(笑」




(笑ですよ、(笑 !!



もう頭にきて、

「絶対贈んない!」

って言ってやりました。

ええ、言ってやりましたともっ。




くだらない相談にバカにせずコメントをくれた方々、ごめんなさい。

我が家結婚10周年は、何も形に残るものはなく、終わりそうです。



ちなみに4/29は「晴れの特異日」です。結婚式にはもってこいだよ。

2011-10-11

[] 書評 岩崎夏海小説の読み方の教科書

はっきり言って非常に面白かった。というか岩崎さんがすごい萌えキャラに見えてきた。ラノベヒロインとしてみればA級クラスの完成度だよマジで





全体を一言でまとめると「読書術の本だと思った?残念、ハックルちゃんでした!」という感じ

タイトル通り読書術を期待して読むとかなり肩透かしを食らうが、むしろ小利口な読書本を期待するはてな民は最初からおるまい。

この本は、どちらかと言うと「岩崎夏海版 小説を書くことについて語るときに僕の語ること」と名付けたほうが良い。

小説とは何か、小説はなんのために読むのか、小説面白さとは何か、という彼流の思索を綴ったものである

岩崎さんがどのようなことを考えて小説を書いているかがわかるので「もしドラ」について語りたい人は必読であると思われる。




まえがきだけで本の半分消費 

しょっぱなからイノベーション(笑)があり、100ページ読んでも小説の読み方についての話が始まらない「小説の読み方」の本になっている。

「いいから早く小説の読み方の話をしろ」などと野暮なことを言い出す人はそもそもこの本を読む必要はない、という彼の強気姿勢が伺える。


ではそのまえがきで何を書いてるかというと、上で書いたとおり。

岩崎さん自身の読書遍歴とか、小説歴史と称して実際はドン・キホーテハックルベリー冒険いかに素晴らしいかという話を彼自身の語りで延々と説明するのだけれど、論理性を欠いているせいか、はたまたまた繰り返しの多い冗長な構成のせいか情熱が空回って言いたいことは全くこちらに伝わらないのが実に岩崎さんらしい。

どちらかというと、彼が推理小説および推理小説的な読み方に偏った日本の読者批判をするところの方が面白い

ところどころに、Amazonレビューやねうらおさんによるもしドラの「誤読」に対しての嫌味が入っており、ニヤニヤが止まらない。




読書術のところはありきたり

(ありきたりというのは決して悪い意味ではなく、基本をしっかり押さえているという意味でいいことではあるのだが)

正直言ってこの部分だけが目的なら「未来形読書術」「打たれ強くなるための読書術」という本を読むことをおすすめする。



まず「どうやって読むか」は目的によって変わる。

「なぜ小説を読むのか」について岩崎さんがどう考えているかだが、彼ははっきりと成長のため=「自分人生を豊かにするため」「器を広げるため」と言い切っている。つまり、もともとラノベ的な消費のされ方をする作品群は彼の考える小説に含まれていないように思われる。じゃあもしドラには使えないんじゃ・・・


一応「成長するための読書」を目的としたとき意識するべきことは以下のとおり

・「正しい読み方」はドン・キホーテとか百年の孤独ハックルベリー冒険など、読者を鍛えてくれる本を読めばを読めば自然と身につく。

・できる限り長い作品に挑戦して小説世界に浸ることで現実道徳などの柵を取り外す。

・結末や筋書きを意識したり、物事の善悪、登場人物の正否などを勝手に判断せず、素直に作品で描かれていることを体験する。

・二度読み、三度読みによって、物語をいろんな視点から眺め、登場人物や世界にに奥行き立体性をもたせたり、行間に気づくようになる。

・作品が発する問いに自ら向き合うことで自分を成長させる

そのあとに実践編が続く。

ただ、この部分はハックルベリーを読んだことがある人なら、まぁ普通にそう読むよな、ということが書いてあるだけなので興味があるなら、程度でよい。

どちらかというと、説明の内容よりも、説明をしているとき表現の端々に感じる「読者を子供扱いする彼の意識」の方が読んでて面白かった。

ここで彼が言いたいのは、あくまでハックルベリー冒険という小説いかにすごいか、ということだ。

私もこの小説は、いろんなことを考えさせられる素晴らしい作品だと思うので私からもぜひお勧めしたい。

大人こそ読むべき。続あしながおじさんとあわせて読むとなお良いです




岩崎さんの見所である鼻息のあらs「よくわからないけど強い使命感がある」点は今回も発揮されている

立ち読みするなら150p以降がオススメ

彼がこの本で最も主張したかったことはこの部分で、「今の小説家と読者との関係を問い直す」ことであると思われる。

彼はよりよい小説を世に送り出し、世の中を変えるため、「俺が今の小説界を世直ししてやる」くらいの意気込みを語ってるんですよ。


「読者は小説の読み方も知らずに偉そうなことを言うな」と言って、読み方を教えると共に、ある程度の責任を課す。行間読めとかいろいろね。

一方で小説家に対しても「論理的な整合性とか読者の顔色気にしたりして一番大事面白さを追求できていない」と言って批判する。

そうすることによって「小説面白さって何だった?お前らもう一度考えなおしてみようぜ!」と熱血教師のノリで問いかけるわけです

この部分が最高に面白い。「お前が言うな」って野暮なツッコミ無用だ。昂ったっていいじゃないかハックルもの

というか私は個々の部分を読んで、2年前に竜騎士07という人が、

うみねこのなく頃に」という作品でミステリーケンカ売ってた時のドタバタを思い出した。

あの時のスッタモンダがまた見られるのかと思うとワクワクせざるを得ない。

個人的な意見をいうなら、私はめちゃくちゃ好意的だ。応援したいとすら思う。岩崎さんの人気の秘密は、この熱さを持続し続けることが出来る部分にあるのだろう。

こんな人ばっかりだと困るけど、他の作家さんも意気込みとしては時々このくらい熱い思いでやってほしい。





しかし、彼の主張の正しさを示すには、彼がその主張を裏付けるだけの作品を世に出すことが求められる。

そうでなければせいぜいラストイニング鶴ヶ島という人物のように「ブレないところがチャームポイントの頑固キャラ」止まりになってしまう。

萌えキャラならこれでもいいけど、作家としてそれいいのかハックル!?といいたいところだけれど・・・



ファンには吉報 どうやら岩崎さんは次回作を予定して意欲を燃やしているぞ!

コレについては本を読んで確かめてみて欲しい。

自分マーク・トウェインに重ねて、次回作を「ハックルベリー冒険」なみの傑作になると確信している彼の語りの部分は生で読まないともったいない

というわけで、彼の使命感がどういう形で次の作品に反映されるのか、今から楽しみでしょうがないです





ちゅいき♪

すんません、この記事読んで、初めてこの本のタイトルが「小説の読み方の教科書」で在ることに気づいたので直しました。

http://d.hatena.ne.jp/the-world-is-yours/20111018/p1

理由は、この本の内容で「教科書」を名乗る精神性が、自分の頭の中でまったく理解できなかったかですハックルさんの偉大さにまた一つ気づきました。

2011-08-02

テレビ局を叩いているのはテレビ局という穿った意見

フジテレビ韓流スポンサー不買運動」を読んでいて。

推理小説の「一番利益を得る奴が犯人だ」を適応すると、言い出したのは他局の関係者だったりしてw

そうだったとしても仕方がないほど、テレビ局貧乏になっているんだと思う。

2011-07-13

http://anond.hatelabo.jp/20110713110009

増田女性)だけど、付き合う前に風俗行ったと告白されたとしても「それがどうかしたの?」という感じ。

現時点で性病にかかってなきゃ別にいい。

素人童貞」とは「推理小説ネタばれ知ってから、その推理小説読む人」ぐらいの感覚しかない。

2011-07-07

http://anond.hatelabo.jp/20110707052834

推理小説wwww

登場人物の誰が屑なのか?

2011-05-20

本を勧められた 推理小説だそうだ

が、読まない

2011-03-06

http://anond.hatelabo.jp/20110305192851

まぁ、あれだ。話をしてから自分の話が矛盾することに気がついたら・・・

待った、するか、ごめんなさい、するか、それを包括した理論を作るしか無いと思う。

はいえ、推理小説とかで、待った!とか、連載中に言ったら、前代未聞の珍事として歴史に残るとは思うけど、まぁ、それはそれで、前代未聞だから面白いからいんじゃね?

西尾維新あたりは、平気でやりそう。

2011-03-05

http://anond.hatelabo.jp/20110305144312

ウソには 能動的な嘘と受動的な嘘の2つがあります

いままで、QBは受動的な嘘 = 相手のミスリードを誘う に終始してきたと見られていますが

今回の9話では総合するに、能動的な嘘=事実と異なることを言える=ウソを言える。 が発生している。という事だと思います。

 

コレにより何が起きるかというと、ようするに、QBの言っていることは、いままではミスリードだったので推理小説のように読者が推理可能な物。

論理的な作品かと思っていたのです

QB事実と異なることを言う。という事実によって。

推理可能なもの=単なるノリだった。という事だったと。

 

という事になり、小説カテゴライズ的に言うなら、推理魔法少女ライトノベルだとおもっていたら、魔法少女ライトノベルだった。

という事になるなぁ、というおはなです

根元に戻れば、ワケワカンナイヨではなく、まったく君たち人間は、非合理的だね。というべきでした

であれば、合理的に全世界のために、たかだか人間一人は犠牲にすることができるいきものである。という結論が導き出されます

ただしこの事は、大のために小を殺すということであり、スケールの問題として、人間が(大)のために、それ以外の小をどうにかする。つまり、人間の種の保存を、すくなくとも、人類の危機がない限りは優先するという事は理解できる。という事を言っています。そして9話では具体的に、そのように死ぬ気になったらと、自己生命保全が、主の保存よりも優先する可能性があることも発言しています。

越生であるなら、なぜ、種の保存を優先しない?と不思議に思うはずです。ここでも、ワケワカンナイヨと混乱しないとおかしいしかし、混乱しなかった。よく理解しているじゃないですか。そう、そして、その事を理解していいないとQBの一連の能動的行為は導き出せない。(矛盾する)

ワケワカンナイヨというセリフでは、死を回避しない生物。超越した生物ということが導きだされるので、たかだか宇宙崩壊のために、能動的に行動する。という事は導き出せないので、それこそ、ワケワカンナイヨという感想だと。

2011-01-05

http://anond.hatelabo.jp/20110102082753

とりあえず、新聞屋が端折ったのか、本人の知恵がそこまで回らなかったのかしらんが、

仮に日本中国に侵略されて国がなくなっても

現状で丸腰戦略を取った場合、真っ先に日本を占領するのはアメリカ合衆国だと言う事を失念している。

既に国内米軍は展開済みなんだから、そそくさと占領して、「丸腰戦略は間違いでした」という政権樹立させるだけ。

後世の教科書に『昔、日本という心の美しい民族いました』と書かれればそれはそれでいいんじゃないかと

基本的に歴史ってのは勝者しか書けない。

中国の歴史書なんて、それこそ過去為政者は徹底的に咎る伝統がある。



国際政治学者でもなんでもない庶民派経済学者が夢想するファンタジー面白いじゃないか

アーティストファンタジーを売るのは商売だが

学者ファンタジーを売るのは詐欺以外の何物でも無いんだよ。



山口瞳

作家から別に良いじゃないか

というか、作家学者を同列に考えてるお前さんのほうがおかしいだろ。



その代わりにその軍事費を丸ごと世界のために使う。

あえて突っ込むが、

その資金を安全に海外まで運んで、きちんと運用されているのか監視し、場合によっては提案をしなければならないのだが

それらを行うためのバックボーンはどうするのかね?

普通なら、軍事力をもってそれを行うんだけど。



ファンタジー突っ込みを入れるようなもんだ

アニメエロゲーでも、シナリオに不備があったり辻褄が合わなかったら突っ込むのは当然だろ。

SFとか、推理小説なら叩かれて潰されても文句は言えないだろ。

2010-11-06

25過ぎての友達作り

ってどうすればいいんだ。やっぱり趣味絡み?

でも自分場合趣味が少ないし幅が狭い。

読書

読むのは推理小説とか児童書とかたまに恋愛小説

好きな作家はいないので、タイトル最後のページを読んで興味が出たら読む。

漫画とかラノベには興味が沸かない。

映画

映画館映画を見ながら食べるポップコーンが好き。

監督名前俳優名前全然分からない。好きな映画も特にない。

海外ドラマ

犯罪捜査モノが好き。ただし一話完結型限定。

でもケーブルテレビとかで最新話を追うほどの熱意はない。

監督演出家も分からないし、俳優名前も覚えていない。

・・・これって本当に趣味なのかな。心配になってきた。

2010-09-14

http://anond.hatelabo.jp/20100913144552

作品の中から読者がいわゆる萌え系的な要素を見つけ出すんじゃなくって、最初から萌え系として萌えキャラが用意されてる

横から今更突っ込むの遅いんだが。

そりゃオマエ、本格推理小説に「作品の中から読者がいわゆる推理的な要素を見つけ出すんじゃなくって、最初から推理系として謎が用意されてる」とか言うようなもんだぞ。

そこに文句言ってどうすんのよ。

そりゃ、そういうジャンルの本なんだから、自然とそうなるだろう。

逆に、「萌え系」という括りで出すなら、徹底すべきなんだよ。

話を書く奴は、対象の顧客の事だけ考えてくれりゃいい。

それ以外の声「萌えだけとかツマラナイ」「萌えとかキモイ」が気になるなら、最初からこのジャンルで書くなと言いたい。

2010-09-09

http://anond.hatelabo.jp/20100909163028

日本語が難しいんじゃなく

http://anond.hatelabo.jp/20100909144553増田が頭悪いだけ

そうですね、「別のものが書きたくなる」というき、それが「本格推理小説」だけを指すとか、普通に考えてオカシイですよねw

「別のものが書きたくなる(本格推理小説を書くのが夢だった)」とか書く奴、頭悪いですよねw

http://anond.hatelabo.jp/20100909160335

日本語では、それを(本格推理小説を書くのが夢だった)とは言わねえな

そうですね、「別のものが書きたくなる」というき、それが「本格推理小説」だけを指すとか、普通に考えてオカシイですよねw

それだと、「別もの」=「本格推理小説」ですもんね。

だったら、最初から括弧なんか使わずに、ベタ書きしろと言う話ですねw

http://anond.hatelabo.jp/20100909155908

日本語では、それを(本格推理小説を書くのが夢だった)とは言わねえな

http://anond.hatelabo.jp/20100909140456

摩耗しないクリエイターなんて幻想だ。

このあたり。

・書きたいものが書けなくなる(ラノベを続けたいが、ラノベ読者に受けなくなった)

・別のものが書きたくなる(本格推理小説を書くのが夢だった)

ラノベを辞める理由として、上の二つには雲泥の差があって、一緒に語ってるから変になるんじゃないかね?

とか思ったり、思わなかったり。

http://anond.hatelabo.jp/20100909140625

手塚さんの時代で「テンプレ」が出来て、それが形を変えつつ継承されてる感じだからねぇ。

今は、漫画そのものが「バトルもの」とか「ラブコメ」とか類型化されてて、どのジャンルで描くか?みたいな感じになってるし。

楽しむポイントも決まってて、そのどれを使うかで顧客も想定できる、みたいな。

SF推理小説でも、テンプレ的な物(お約束)あるしね。


だから、たまに毛色が違うのが出ると話題になるよね。

将棋漫画とか、自転車漫画とか。

すぐにテンプレ化しちゃうけれど。

2010-08-19

2004年ミニ図書館戦争

http://anond.hatelabo.jp/20100818231642

2004年に解決済み。今図書館に歯向かうような身の程知らず、恩知らずな作家はいない。

最初2000年頃、新古書店問題に絡んで貸与権の問題が出て来た物。日本ペンクラブ書籍にも貸与権を認めるよう求めていた。

ところが、推理作家教会図書館にまで難癖を付け始めた。2002年から2003年にかけて推理小説作家が大挙して図書館への抗議声明を発表する異常事態に陥った。

これを2004年の春に日本図書館協会が一喝。推理作家の主張に何らの法的根拠がない事を示し、図書館業務へのいわれなき誹謗中傷に手厳しく反論した。作家からの再反論はなく(論争が続くと思われたのに、拍子抜けだ!)、攻撃がぱたりとやんだ。

図書館教育文化の発展の為のアーカイヴとして存在するのであり、作家の生活の為にある物ではない。推理作家の要求は正当性のない物で、図書館業務の崇高な使命を理解せず、私利私欲の為に図書館独立性を侵害しようとする試みだった。文化の火を護れるかのたたかいであったと言える。もっとも数々の圧力に晒されながら文化を護り通して来た図書館に負けは最初からなかった。

2009-11-21

小説を書くことを挫折した。

 色々と自分が嫌になったので、やけくそになって増田で思考を垂れ流すことにした。

 小説を書くことを挫折した。

 前々からそうなる傾向には気付いていた。書くことを全く楽しんでいなかったのだ。やれプロットの辻褄だの、やれ目を引くテーマだの、そういうことばかりを考えていて、シーンやキャラクターを生み出す楽しさを全く感じていなかった。

 短編は何作かつまらないものを完成させられた。

 しかし、長編は結局一作も完成させられなかった。次々に浮かんだ素晴らしき長編アイディアは、執筆に入った途端思いついた当初の美しさが嘘のように無くなり、小説として書いていくにつれただの醜い駄文の山になった。矛盾満載、キャラが不自然、文章の流れがド下手、何よりつまらない。その時点で、もう嫌になった。

 俺はそれを、「このジャンルは向いていなかったんだ」と現実逃避することにより自分を納得させ、諦める度に別のジャンル転向した。推理小説SF、風刺小説メタフィクション、現代物、官能小説ライトノベル。少しでも興味のあるジャンルなら、あれこれと挑戦した。だけど、全部駄目。結局完成させられなかった。

 最後の頼みだった自分の半生を元にした恋愛小説。それも駄目だった。書く途中で破綻している部分が何箇所も見つかり、もうそれで嫌になった。これなら書けそうと思っていたモノすら書けなかった。最後の頼みの綱だったが、書けなかった。

 思えば、俺は何がしたいのだろう。何か、作ることに憧れている。

 高校生の頃、ある作家に憧れ作品を作り出そうと思ったのは良いが、結局は駄目だった。色んな小説を読んで勉強をしたは良いが、全力を出し切れた、書き終わっただけで満足だと思った作品は、一つもない。

 書いていて楽しくない。面白さの定義を考えている内に、何が面白いのかすらわからなくなった。従って、進むべき道筋が見えず、どういう努力をすれば良いのか分からない。分からない。何も分からない。楽しくない。自分妄想を、ことごとく作り出せない。書き終わったとして、あまり達成感がない。自信がない。

 そもそも、俺は本当に小説が好きなのか。好きじゃないから、面白さの定義すらわからないのではないか。

 今分かった。俺は、ただ承認欲求が強いだけなのだ。褒められたい、ちやほやされたい、そういった類の欲望だけで創作を志し、更に言えば創作を続ける根本の理由もそれだけだから、自分の作品の不完全さに絶望し、最後まで書き上げることができない。これではとても絶賛されないからと、途中で諦めてしまう。

 それでいて、小説をやめて今度は絵の道に進もうかと無意識に逃避しているのだから馬鹿馬鹿しい。絵なら小説よりも作り終えた作品の自己評価がもっと客観的にやりやすく、だから成長していくうちに自信を付けていけられるのではないかとか、絵なら小説と違ってネット世界で受け入れられやすいのではないかとか、そういう甘えた考えばかりが頭を占めている。

 デジャブだ。思い起こせば、俺は小説世界にも作曲から半ば逃避して入ってきた。音楽理論ばかりに振り回され、作る楽しみを見いだせなくなり、挙げ句物語世界でなら楽しんでやれるんじゃないかと甘えて、小説を書き始めた。でも、結局は駄目だった。恐らく、絵の道に入っても同じことを繰り返すのだろう。

 それでも、何かの作品を作って賞賛されて、認められたいという欲望は、今現在全く枯れそうにない。

 俺はこれからどうすれば良いのだろう。

2009-10-06

今日の夢

今日の夢について誰か教えてほしい。

自分が部屋へ入ると、そこには二人の先生が居た。

一人は知っている人で、もう一人は採点のようなことをしていて、うつむいているから顔はわからない。

後から気づいたのだが、二人の間には黒板があった。

部屋に入った自分は、遅刻したような気がして、(部屋にはその二人の先生しかいない)急いで知っている先生の前に座った。

椅子についてはどうかわからない。

そこで先生は意外なことを行動をしたのだ。黒板を自分の前に移動させた。

自分はハッとした。黒板の前に座るべきだったのだ。・・・・・



ここまでで疑問なのだが、なぜ自分は座るべき場所がわからなかったのか?ということだ。

なぜなら、自分の夢であるのに。ということである。

これは、いつも見る、ビックリするたぐいの夢ではない。いつもは状況が付加、プラスされていって、喜怒哀楽があるのだが、

今回は単なる付加ではなく、一度時間を戻す、という感じである。

表現しにくいので例えるならば、推理小説自分が主人公であり、

トリックをしているのも自分(夢の背景をつくっている)ということだ。

このような夢は初めてみた気がする。

現実世界でもよくヘマをやる自分には、もしかしたら潜在的にそのトリックがわかっているのでは?潜在能力があるのでは?

なにか期待したいのである。というのも、今日誕生日なのだ。良い年にしたい。

2009-09-09

http://anond.hatelabo.jp/20090909164627

ああはいはい

官能小説の作者はレイプしたかもしれないよね

推理小説の作者は殺人したかもしれないよね

2009-08-04

ネタバレを嫌うバーチャル世代のお子様たち

聞くところによれば、最近のガキどもは「ネタバレ」をやたらと嫌うらしい。昔から推理小説犯人をバラすのは楽しみを奪うから良くないという認識はあった。

しかし、最近のガキどもは少し過剰に嫌いすぎていないだろうか?ネタバレを嫌うというのは、しょせんその程度の楽しみ方しかしていないという事である。

最近バーチャル世代のお子様たちは、リアルに物事をイマジネーションを働かせて感じる能力が欠落していると聞く。まさにその通りだと思う。

リアルに感じられないから、ネタバレというたかが伝聞ごときで、興を削がれるのであり、リアルに楽しめる人間は多少ネタバレした所でどうということはない。

最近では「ゆとり世代」という言葉もよく聞かれるが、私に言わせれば、ゆとり世代はもっと前の世代から始まっている。想像力の欠如している世代は、今37歳くらいまでの

人がそれにあたる。これは物の見事に、ヴィデオゲーム世代、そして野山で遊ばなくなった世代に該当する。想像力が欠如しているから、

沢山の情報を得ないとリアルな実感を得ることが出来ない。したがって、実感しようとすると大きなコストが必要になってしまうから、実感無しの理解に甘んじることになる。

断片だけの情報から勝手に理解することで満足してしまうようになる。人間関係も互いの心を感じ合うことが無いから、表面だけの薄っぺらい付き合いで、

簡単に人を欺いたり出来てしまう。また、マスコミの伝える断片的な情報から勝手真相を決めつけて「真の犯人はこいつだ」とか「この犯人許せない」とか言ってしまえたり

もするお目出度い脳も持ち合わせている。実感を重んじる人であれば、断片の情報で満足することはなく、自分情報収集したり自分の具体経験を想起したりして考察する

ものである。君らよ。きちんと実感してから判定を下しなさい。

2009-05-30

http://anond.hatelabo.jp/20090530150800

娯楽物は、推理小説とか、SF小説とか、戦記物とか、おしなべて“遊び”だよ。

2009-03-30

あれれー?

でもでも小五郎のおじさん、それって、匿名さん本人が本当にスターをつけてる、ってゆうのが前提だよね?

そもそもあの記事は、「やりかた」を書いただけだよ? 自分の記事がそうなったからといって、主張通りスターをつけるとは言ってないわけでしょ。あの記事がスター乱舞記事になったのも偶然だしさ。

だって推理小説じゃないんだよ。犯人は必ず登場人物の中にいるってルールがあるわけじゃないでしょ? おじさんの推理が、本当の匿名氏から目をそらす結果になってるんじゃないのかなあ?

そもそもさあ、匿名ダイアリーって、やろうと思えば、誰にでも変装できるわけでしょう? 「中の人」って、はてなの人でもないかぎり、絶対にわかんないじゃん。



そう、


つまり、


名探偵」に成りすますことだって、できるんだよね?

cv. http://anond.hatelabo.jp/20090330202920

2009-03-22

面白い推理小説を教えてください、でも日本人限定

といってもまつもとせいちょうみたいな社会ははだめなんです。

昔のミステリーみたいに犯人がわからないやつです。

来週からさ来週までリゾートに入り浸るのでそこで読む推理小説ミステリー)を

20冊くらい明日買いに行くので参考にしたいです。

クリスティーは全部読みました。

どうぞよろしくお願いします。

2009-02-22

昨日は大変な目にあったわ、と思ってみて、そもそも昨日がどんな日だったのか忘れていることに気がつきました。どうもこの頃もの忘れが激しいようで、夕方になると今日の朝のことまで忘れている始末で、例えば洗濯機に入れていた洗濯物のことを忘れて生乾きの服を夜に家の中に吊り下げて乾かさなくてはならなくなったり、昼にカレーライス社員食堂で食べてくるから、とお父さんが言っていたのを忘れてハヤシライスを作ってしまったり、同じ週刊誌を発売日に買って、違う日に「あ、これ買ったかしら。面白そう」ともう一度買ってしまったり。そういうことがよくあるのです。お前はボケてきたんじゃないか、とお父さんは言い出すのですが、反論できないのが悲しいです。自分自身、やっぱりとぼけ人間なんだなあと、今日買ってしまった三冊目の月刊誌の最新号を見ながら、つらつらと思ってしまうのです。

ところで、初春を迎えたからかどうか、ともかく暦通りに世界ではなべてこともなく時間が過ぎているようで、二月になったこのあたりでは既に河川敷や土手にたんぽぽ菜の花が咲いているのが目立つようになってきました。時折雪が舞い散ることがあるのですが、雪に半ば埋もれて凍ってしまったたんぽぽというのもなかなか趣深いものがあります。そう言えば昔、推理小説で夏なのに島に雪が降るという出来事の起きる作品を読んだことがありました。あれは何だったかしら……向日葵畑に降る雪のことを想像すると、なんだかとても素敵な風景に思われてきて、わたしは思わず自分の膝の上に乗せた美代子に万歳をさせて、雪が降ったらお前はやっぱり炬燵の中で丸くなるのかにゃ? と話しかけてみました。美代子は軽く欠伸をして、わたしの体から離れようとするので首根っこをがっちり掴んでやりました。ネコの分際で人間に逆らうとはふてえ奴。

あ、あらわたしったら。すみません。

ともあれ、美代子とわたしはそうして縁側に座って外の光景を眺めています。そうすると空から何かが降ってきたので、また雪が降ってきたのかなあ、お前はなんでそんなに寒いのが嫌なんだいねえ、と美代子に話しかけていると、それが雪ではないことに気がついたのです。それは家の裏山に生えているダイオウスギの花粉でした。ダイオウスギといってもわたしの家の裏山にしか生えていない突然変異種のスギですから皆さんは御存知ないかとは思います。ダイオウスギの花粉というのは普通花粉よりもずっと大きいのです。

なにしろダイオウスギ自体が普通のスギよりもずっと大きいのです。空に突き刺さるかと思うほど太くて鋭くて大きくて、わたしが五人いてやっと樹の幹を囲えるかどうかというくらいの樹です。近所の人からはダイオウスギが他のスギや木々栄養を奪い取っているんじゃないかと何度も伐採されそうになりましたが、わたしが必死に思いを敢えて何も言わないという形で伝えるべく無言電話町長の家に500回ほどかけたところ、やっとおとなしくなってくれました。そのことをそもそもダイオウスギを植えた死んだ祖先のことを考えると、誇らしくなります。美代子の体に生えている毛を毟り取りながらそんなことを思います。美代子はすっかりぐったりしてしまったようですが、毛を毟られるとびくん、と痙攣しギャン、と大きな声をあげます。可愛い子です。

スギから放たれる花粉が少しずつ積ってきます。そう言えば花粉症に悩まされる人がこの時期は多いとか。国民の一割の人が花粉症に悩まされていると聴くのですが、ダイオウスギの花粉はそれこそ手で摘めるほど大きい粒なのでそれが鼻の穴に入ることはあまりありません。あったとしてもマスクをして歩けばそれだけで十分防御できます。わたしは花粉症ニュースを見るにつけて、我が家先祖が植えた突然変異体のダイオウスギを世界中に植えれば花粉症は壊滅するのではないかと思います。もっとも花粉そのものを全身に被ってしまったことでアレルギー症状を起こして毎年死者が出ることもあるし、宙を舞う花粉が眼に入ってよく学校帰りの子供たちが自転車で転んで川に落ちたりしています。帯に短したすきに長し、というものなのでしょう。

こう思っていると何故か、とても裏山に行きたくなりました。子供の頃のようにダイオウスギの根元に行って、空から降ってくる花粉を浴びたいと思いました。わたしは別にダイオウスギの花粉アレルギーを起こすことはありません。もみ殻と同じで、ちょっと体が痒くなるくらいです。わたしは美代子の首根っこを掴んだまま、サンダルを履いて外に出ました。

外に出ると広場で何か火の手が上がっています。騒ぎになっています。火事? でも広場だから燃えるようなものなんかないと思うのですけど、一体なんなんでしょう。わたしは行ってみました。すると、広場で中学生たちが花粉が降りしきる中、暴れていました。中央に燃えるものがあって、それが子供たちに囲まれているという状態です。何かしら?

それはリムジンでした。中学生たちはリムジンを真ん中において、シートかどこかから火をつけて、そのリムジン燃える中を囲んで踊っているのです。ブランキー・ジェット・シティの歌そのままの光景です。あらあら、足元にいくつか瓶がありますわ。火炎瓶もあるのでしょうけれど、男の子たちが飲んだテキーラの瓶も幾つか見られます。テキーラの瓶の中にはトカゲが入っています。あの子たちったら、酒屋に強盗に入って上物の酒を奪い取った後、リムジンを盗んで広場で火をつけて遊んでいるのですね。若いというのは羨ましいものです。すっかりおばさんになってしまったわたしにはそのやんちゃさがとても好ましいもののように思います。

あの子たちったら若いわ。素敵。好き、大好き!

わたしはさっそくその広場に行って、おばさんも混ぜて頂戴、と彼らのひとりが持っているテキーラを手に取ろうとしました。すると男の子のひとりが、クソババアは縁側で玄米茶でも飲んでろ、と言ってテキーラをわたしから遠ざけました。なんて素敵な罵りの言葉なんでしょう。こうした言葉が吐けるのも若さならでは。だったらわたしは大人としてこの子たちを調教、いや矯正してあげなくてはなりません。

大人を舐めるんじゃねえぞこのションベンタレが! とわたしは絶叫して、広場の隅っこにあった金属バットを(その広場は子供たちがよく野球場として使っていたので、そうしたバットがたまたま置いてあったのです)降り回し彼らの脳天をジャストミートさせました。ひとりだけ逃げようとするヘタレ野郎がいたからそいつには特別に手足の四本の骨が折れる音がするまで痛めつけてやったぜ、けっ、大人を舐めるなこの糞ガキが。

あ、わたしったらやだ。すみません。

いったい何の話をしていたのでしょう。すっかり忘れてしまいました。私は手に持っていた美代子を火の中に放り投げると、悲鳴を背後に夕食のピザトーストを作るべくまた家に戻りました。振り向くと花粉は倒れた中学生たちの身を包み、そして覆い隠してしまいました。日に触れた花粉燃えて火の粉となって舞い散る光景が素敵です。お父さんのトースト睡眠薬を仕込んでくたばったあとにまた来てゆっくり眺めようと思って、私は家路につくのです。明日はどんな日になるのでしょうか。そうです忘れてしまった昨日ではなく明日のことを考えましょう。私のおじいちゃんの口癖でもありました。明日が楽しみである。

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