はてなキーワード: 捨てハンとは
荒らし。
一見まともなコメントを残すこともあるが、その意図するところは荒らしである。
a.k.a. うま、室井健亮、apj_yamagata(apj氏とは無関係) etc.
継続的に使用するハンドルネームがある一方、捨てハンドルも多用する。
また、名前欄にハンドルとはいえない文章・タイトルを入れたりする。
例の人、あの方、F、一人永劫回帰氏などと呼ばれることも。
社会学を標榜する自身のブログに於いて、ニセ科学批判批判エントリを書き続けている。
言及を始めたのは2007年夏。他サイトへの書き込みはしないようだ。
書き込み名はmercaだが、論宅と名乗る。
粘着さん。
kikulogのマイナスイオンドライヤー関連エントリで誕生。
「私が知りたいから貴方たちが調べろ」と言い続け、1000レスを消費したのち、コメント禁止になった。
ニセ科学批判について書かれたエントリにコメントすることも多い。
Yahoo!掲示板のIDはssfs2007。大先生と呼ばれることも。
参考: SSFS大先生が馬鹿な理由(追記あり) - 『digital ひえたろう』 編集長の日記★雑記★備忘録
血液型ファンサイト「ABO FAN」の中の人。サイト名と同じハンドルネームである。
kikulogに初めてコメントしたのは2007年5月だが、活動暦は長い。
論理破綻が激しく、論理が破綻しており、破綻した論理を展開する。
知っている単語を繰り返す。意図しているかは不明だが、クオート・マイニングを駆使する。
参考: ABO FAN Blog:王様は裸だ!Annex:So-net blog
他にいたっけ。
参考ページは結構てきとうです。
変なとこあったら教えてください。
http://mohican.g.hatena.ne.jp/ekken/20051206/p2
エッケンさん作。
考えをまとめずに書くものだから、細切れな連続投稿
言葉遣いが明らかにおかしい
または、主張内容に反して、やけに丁寧(ただ慇懃無礼なだけの場合が多い)
スルーすると「勝利宣言」
面倒だからレスしないことを、反論できなくなったと勘違い
反論に値しないからレスしない事を、都合が悪くなったから反論しないと勘違い
反論してこない事で、相手が「負け」を認めたと勘違い
そうして「勝った」回数を自慢
最後には「勝った形」で終了しないと気がすまない
議論に対する価値観は、「勝ち」と「負け」
議論と罵倒合戦を取り違えている
罵倒する事を批判と勘違いしている
相手の意見に自分から歩み寄る事は無い
自分にとって都合の良いように、相手の発言を曲解
自分の主張は常に正論
自分に間違いはありえない
自分の読解力の無さは、相手の文章力の無さに転嫁
自分の文章力の無さは、相手の読解力の無さに転嫁
自分が罵倒したことを、同じ様にされると、中傷誹謗扱い
相手の言動をフォローする者は、全て相手の「子分」
相手+「子分」で、○○教団、○○グループ、○○ファミリーという扱い
自分と異なる意見、自分を不快にさせる意見が、第三者の意見ということは考慮しない
「子分」が現れない場合、相手の主張が支持されていないと勘違い
覚えたてのカタカナ語を多用
多角的に物事を捉える能力が無い
相手の訂正を認めない
訂正すると、途端に「ダブルスタンダード」との指摘がある
が、自分は人知れず、何事もなかったかのように訂正する
自分の間違いは絶対に認めない
どんな些細な事でも、その間違いの責任を、他のものに押し付ける
必殺「脊髄反射」
自分のブログでもないのに、何故か仕切りたがる
自分と対等であるはずの他のコメンテーターに対し「引っ込んでろ」
自分の立場をわきまえず、「部外者は黙ってろ」
つまらない事しか書いていないんですね、と言いながら、かなり高頻度にチェックしている
「もう来ねぇよ」と言いながら、何度でも現れる
アテにならない「これが最後のコメントです」
「最後に一つだけ」が絶対に「一つ」じゃない
相手のブログがつまらない事を強調
しかし自分のブログを「つまらない」と評価されることは認めない
あるいは自分のブログの所在は明らかにしない
そもそもサイト主である事を認めない
自説を補強するソースが怪しげ
信用に値しない情報元
対象話題とは関連性の薄い他者のサイトが根拠
○○がそう言っていた(○○が、全然知らない人)
何故か、常にブログ主や他のコメンテーターよりも高い目線から物を言う
相手よりも上の立場である事に必死だが、それが出来ない場合、少なくとも相手と自分は対等である事を強調する
メンツに拘るあまり、支離滅裂な詭弁を繰り返す
決して一般的とは言い切れない「オレルール」を持ち込み、他人のブログでそのルールに則って話を進める
訊いてもいないのに自分語り
自説を主張することに拘り、相手の意見をきちんと読まない
自分が粘着である事の自覚が無い
わかっちゃいるのになかなか治らないのは、自分以外はみんな馬鹿ばかりというおかしな思いこみのせい?
おれもこういうのに絡まれたことあったな。どれもあるあるだよね。
でもさ、第三者的にレスを読み進めてると、粘着を相手にする方も粘着が移っちゃって「どっちも馬鹿。」に見えるんだよね。
「どっちもどっち」で切り捨てるやり方はあまり好きではないのだが、どっちが元粘着でどっちが感染粘着なのかが判断難しい。
エッケンさん、記事拝借すいません。
顕名・実名について。あえて匿名で。顕名って、http://www.kotono8.com/2005/05/30anonymous.html でいう仮名だよね。二つの軸というのは分かりやすいと思った。
実名(現実世界での名前、通名・芸名も)⇔非実名(それ以外)と、記名(実名・固定ハンドル)⇔非記名(捨てハン・名無し)の二つの溝があると。前者は現実世界(リアル)的な区切りで、後者は仮想世界(ネット)的な区切りだと思った。
ネットに不慣れで、リアルの価値観をネットに持ち込むやからを実名陣営とでも呼ぼうか。実名陣営は非実名は一緒くたにしてるけど、ネットでは記名・非記名で区切るべきだと思うんだよね。
第一さ、ネットで実名を書いたところで、実名かどうかの確認は困難だよね。銀行口座開示とか身分証明書うpでもするか?
それに改竄防止やなりすまし防止や否認防止ができるわけでもないよね。電子署名でもしないと。同姓同名だっているじゃん。意図しないなりすましだってあるわけだしさ。俺、実名だけ晒したところで同姓同名多すぎで意味ないんだけどさ、そこらへんどうよ?
それに、否認防止って大事だよ?削除してなかったことにして逃げるというのはマスコミがよくやる手口という印象があるけど、それを防げるわけだし。ネットで信頼されたいなら、それぐらいはやって欲しいな。
だから、実名だせば万事解決だとは思わないんだよなあ。
個別のidに5分くらい粘着してblogだのブックマークコメントだのを見ていくと、一年前には無難で迎合ばかりで八方美人なフィーリングを感じさせまくりな発言ばかりだったのに、自分に言及される回数が増えたりブログの被ブクマ数が増えたり大手ブロガーらしきものとの交流らしきものを経験したりするにつれて、だんだんと正体らしきものを現してくるもんで、モヒカンじみてきたり攻撃的になってきてたり皮肉屋さんになってたりしててちょっとショックうけたりしたよ。昔はいい子だったのに…。
というのが4人くらい居る気が(個人的には)。
ところでなんでこういうひとたちってブログ論ばかり書くんだろうね。もともと趣味のこと書いてたから楽しく読んだりもしてたんだけど、ブログだのコミュニケーションだのの話は(個人的には)一般書籍読んだり実際にいろんな人と交流したりリアルで議論したりする方がよっぽど身になる気が(個人的には)するので、プラスむなしくならずに(個人的には)すむので、わけわかんないブログにかんしてはひとつまたひとつと、(個人的には)読む気がしなくなってしまいました。しまいにはネガティブコメントに対して「自分は匿名だがネット上の人格は形成されたのでアナタのような捨てハンには云々」とか言い出した挙げ句に相手が別に捨てハンでもなんでもなくわりと有名なサイトを何年も運営してる人だったりしたら(しかもアフィリエイトで年に$2,000も稼げてたりしたら!)(個人的には)目もあてられない!ってこれ別に特定の誰かを想定してる話でもないんですよほんとに。うそでも$512って言うもんでしょ!
ご静聴ありがとうございました。
----------------------------追記23:10 (26 users)
ぜぜぜぜぜぜんぶ釣れたッ!!!!!1!!( ↑ )とかいってかくらんしてみる戦略かもかも???
あと迎合ってのは言いすぎだったかなぁ。あとそれなら自分のはてダでやればよかったかなぁ。でもずっと更新してないから誰の目にも触れなくなっちゃって悲しいの。(゜∀゜)テヘッ でもここでid言うのもちょっとあれだし(無粋で野暮で、博報堂というより電通っぽくなっちゃうし)、まぁ、匿名のままで。
匿名では無責任になりやすいっていうのは分かるんだけど、実名に拘って意見を書いていたって、くだらない意見はたくさん存在するわけだし、事実オーマイニュ
過去ログを読んでいないので、すでにある議論かも知れないが、一応。
ちょっと対比させると面白いと思ったのは、
と
(2)「匿名ダイアリー+はてブ(のコメント欄)」というシステム
である。
従来の(1)のシステムの場合、記事を書いた人間の匿名性は低く(少なくともハンドルで名乗る必要がある。捨てハンも可能だが、ネット人格的に一貫性が無くなり、リセットすることになる)、コメント欄にコメントする人間の匿名性は高い(誰が書いたか分からない。自作自演可能)。
対して、(2)のシステムの場合、記事を書いた人間の匿名性は高く(誰が書いたか分からない。自作自演可能(まあ、少なくともはてなユーザーではあるが))、はてブのコメント欄にコメントする人間の匿名性は低い(少なくともハンドルで名乗る必要がある。もちろん、捨てハン可能はだが)。
さらに、気がついた点を思いつくまま。
・(1)のシステムの場合、ブログ主にはネットコミュニケーション的に高度なスキルが求められる。ので、自分の器を知っている人間が一貫したネット人格を保ちたいならば、自分の手に余るような、賛否両論が予想される実験的な記事、過激な記事は避けた方が賢明である。一対多での戦いになりやすいシステムであり、しかも人格をリセットできる多の方が有利なシステムでもあるからだ。
・(2)のシステムにおいて、賛否両論が予想される実験的な記事、過激な記事を書いた場合どうなるか。記事の書き逃げは可能であり、逃げ道は保証されている。そして、逆にはてブでコメントする人間が一貫したネット人格を保ちたいならば、過激な挑発や罵詈雑言を書くのはその人間にとって不利な戦いになる。まあ、現状、そうした現象は見ていないのでどうなるかはよく分からないが。
・現在、はてブが日本のソーシャルブックマーク分野においてはトップシェアである。また、同じはてなということで、必然的に匿名ダイアリーの記事は、はてブされやすい。つまり、自分が責任を負わずに、賛否両論が予想される実験的な記事や過激な記事をなるべく多くの人に見てもらいたいならば、匿名ダイアリーで記事を書いてみるというのは、一つの手として有効ではないかと思われる。
・さらに蛇足的にいうならば、匿名で記事の場合、自分の敵対する陣営の人間が記事を書いているとしても、読者には分からないため、比較的、いろいろな立場から、客観的な意見が聞ける。(まあ、そこまではいかないでも、自分が普段、反感を持っている人間の書いた記事にはやはりフィルターがかかるのは当然である)