はてなキーワード: 押井守とは
今更言っても無駄だと、それがJ-CAST連中のやり方だと言ってしまえばそれまでかもしれない。Jカス絡みでこんなのはよくある事だ。けどやっぱり今回の仕業にはあまりにも目が余る。
これについてだ。
「今のアニメはコピーのコピーのコピー」「表現といえない」 押井守監督発言にネットで納得と逆ギレ (1/2) : J-CASTニュース
この記事は、朝日新聞社のサイトで連載されている小原篤の連載コラム「アニマゲ丼」を発端として書かれてるものだ
こちらがそれ
そもそもは11月12日に東京芸術大学で開催された、「第2回 映像メディア学サミット LOOP-02 マンガ・アニメの映像メディア学的再考」というセッションに押井守が参加し、トークした内容が大本になっている。
その模様はユーストでアーカイブとして見れたが、20日までの限定配信で現在は見れない。
まず「アニマゲ丼」の記事は、見出しが示しているように「若者は夢は持つな」という旨の発言を軸にしている内容である事がわかる
以下引用
asahi.com(朝日新聞社):「若者は夢を持つな」と監督が言った - 小原篤のアニマゲ丼 - 映画・音楽・芸能
「やさしい、というのは、励ますとか慰めるのとは違う。『親身になれた』という意味で、それまでは若者のことはどうでもよかったのが目を向けるようになったということ。で、若い人のことを考えれば、本当のこと、残酷なことを言わざるを得ないと思い、ちょうどそのころ中学生や高校生と話す機会がたくさんあったので、こういう話をした。あなたたちは限りなく凡庸で無名で何の個性もないんだ、『一人一人がかけがえのない存在だ』なんて大人のウソを信じるのはやめて、早く幻想を捨てろ、夢を持つな、あなた方の未来にいいことなんて何一つないんだ――というところから始めたらどうでしょうか、と」
なんて身も蓋(ふた)もない、と思いましたが08年8月11日の本欄で私は「スカイ・クロラ」について「あまりに救いのない、というか身も蓋もない結末ではありませんか」と書いていたのを思い出しました。
ここが「アニマゲ丼」で一番取り上げたい部分なのだろう。
この押井守の主張に関する是非は置いておくとしても、この記事自体はバイアスがかかっている気がする。
実際の講演は第2部「アニメーションと日本の戦後社会―ロボット、サイボーグ、アンドロイド、そして人間」というタイトルが付けられている通り
パトレイバーや攻殻機動隊を監督した者として押井がロボットやアンドロイドのあり方を問い、技術論を語り、さらに原発の話題にも振れていくところが主体の講演だった筈だ
ここのスカイクロラの部分はほとんど寄り道であって、「アニマゲ丼」の記事を書いた小原篤の主観として誇張気味に書いている節がある。
いわば押井の講演内容からコピーしてトリミングして、そこに小原自身の主観を交えながら書かれている記事だ。
J-CASTはそこから更に、何故か突然「萌えアニメ」「ハーレムアニメ」などと言った単語を挿入し、押井守が今の萌え・ハーレムだらけのアニメ業界に苦言しているようにも取れる記事を書いている
まずアニマゲ丼から、押井が今のアニメに苦言しているという部分を引用する
asahi.com(朝日新聞社):「若者は夢を持つな」と監督が言った - 小原篤のアニマゲ丼 - 映画・音楽・芸能
そして現実の劣化コピーに過ぎない実写と違い、「現実に根拠を持たない」アニメは珠玉の工芸品となり得、アニメはその根本から細部までコントロール可能であるがゆえにその力を使ってアニメ監督は、全世界・全歴史に向けて自分の言いたいことを完全な形で言えてしまうという誇大妄想の極限を味わうことができる。これは悪のにおい、危険なにおいがする。ゆえに若い人をひきつける。しかし僕の見る限り現在のアニメのほとんどはオタクの消費財と化し、コピーのコピーのコピーで「表現」の体をなしていない。
これはどちらかというと、アニメ監督をすることで「誇大妄想の極限を味うことができる」部分に目が行くと思うのだが
前後をぶっちぎって、今のアニメのほとんどはコピーのコ(略)の部分に脊椎反射している人間が多いようだ。
しかしこの記事のこの部分は全貌するとこうなっている
asahi.com(朝日新聞社):「若者は夢を持つな」と監督が言った - 小原篤のアニマゲ丼 - 映画・音楽・芸能
押井監督は、日本人が科学技術の表面的な受容と円滑な運用のみにかまけ、その技術の核たる思想、技術をゼロから立ち上げる思想を持たなかったことが今回の原発事故を生んだと指摘。様々な当事者の認識を改めるために今回の事態をヒロシマ・ナガサキに続く「第3の原爆」と呼ぶべきだと訴えました。「技術の思想」の欠如は、ロボットに「かっこよさ」のみを求めるアニメ製作者の思考にもあてはまる、と自作「機動警察パトレイバー」をもとに批判を展開し、そして訴えかける核を持たない日本アニメは、その表層を細緻(さいち)に描き込み磨きあげることで「極東の島国の珍なる文化」として世界に地位を獲得したと分析。工芸品的に細部を作り込みたがるその日本人的な意識が、細緻(さいち)な映像表現に好適なロボット・アンドロイド・サイボーグなどへと向けられた結果、肉体や自意識をめぐるテーマへと結びつき、つまりはアニメという表現形式が発展過程でテーマをはらんでしまったのだと説き明かしました。そして現実の劣化コピーに過ぎない実写と違い、「現実に根拠を持たない」アニメは珠玉の工芸品となり得、アニメはその根本から細部までコントロール可能であるがゆえにその力を使ってアニメ監督は、全世界・全歴史に向けて自分の言いたいことを完全な形で言えてしまうという誇大妄想の極限を味わうことができる。これは悪のにおい、危険なにおいがする。ゆえに若い人をひきつける。しかし僕の見る限り現在のアニメのほとんどはオタクの消費財と化し、コピーのコピーのコピーで「表現」の体をなしていない。あと、ユニコーンガンダムのツノはアイデアとして面白いけど、だからどうなの?
ってな話を約2時間、相変わらず、とうとうとまくしたてたのでありますが(上のまとめは少々わかりやすくかみ砕いてます)メモをとるのが疲れました。私はそれより、新作の話はないの?って聞きたかったんですけど。
ここで「アニマゲ丼」の記事は終わる。
訓練された押井信者(笑)ならば、ここは「ああ、最後はいつもの押井で終わりだな」と、顔をほっこり緩めるところだろう。
「アニマゲ丼」としてはこれをオチの部分にしたかったに違いない。
アニメはコ(略)などはほんの極一部分にしか過ぎないし、これだけでは押井が真剣に憂いているのかどうかもわからない。
さて、J-CASTの方を見てみよう
「今のアニメはコピーのコピーのコピー」「表現といえない」 押井守監督発言にネットで納得と逆ギレ (1/2) : J-CASTニュース
朝日新聞は2011年11月21日付けの電子版コラム「アニマゲ丼」で、押井さんの東京芸術大学大学院映像研究科での講演(11月12日開催)を紹介した。講演で押井さんは
「僕の見る限り現在のアニメのほとんどはオタクの消費財と化し、コピーのコピーのコピーで『表現』の体をなしていない」
と語ったという。つまり、制作者には新たな創造性や、作品を通じて訴える思想的なものが欠如し、過去にヒットした作品の焼き直しばかり。例えば「萌え」が流行すればそうした作品ばかりになっている。また、今のアニメはオタクと呼ばれるファン層に媚びたものが多く、こうしたことから「表現」が制作者から無くなった、という批判だ。
確かに11年9月から始まった20本近い新作テレビアニメを見ると、さえない男性主人公の周りに美少女が群がる「ハーレムアニメ」が驚くほど多く、過去にヒットした「ハーレムアニメ」作品と共通する内容がかなり多い。
突然どこからか「萌え」「ハーレムアニメ」という単語が出てきた
押井が言いたいのは「アニメという現実に縛られない媒体を使うことで、監督の自己主張を完全な形で広められる。こりゃたまんねえ(快感)。でもそこまでやる奴ぁもうほとんどいないよね」という事を言いたかったのでは?これも俺の主観ですけど。
どちらにせよ「オタクの消費財」や「コピーのコ(略)」が萌えアニメやハーレムアニメだけを指しているというのは暴論だろ
その発言の直後に出てくるのはガンダムUCだし
J-CASTはあくまで「ネットでそう反応されてる」と言い訳のように使ってる
「今のアニメはコピーのコピーのコピー」「表現といえない」 押井守監督発言にネットで納得と逆ギレ (2/2) : J-CASTニュース
「アニメ業界が飽和しすぎで、コピー品を粗製乱造しなきゃ回らなくなってる」
「売らなきゃ食っていけないからな。安定して売れるのがオタク向けの萌えやエロ」
などと納得する人もいるのだが、現在主流となっているアニメのファン達は、自分達の趣味趣向、好きなアニメを批判するのは許せない、と激しく反発。しかし理論で立ち向かえないからなのか
などといった作品批判や、人格批判へと発展し、大混乱となっている。
これでJ-CASTの記事は終わる
J-CASTとしては、「ネットでは押井守が萌えアニメを非難していると言ってる」として、そこを拡大解釈しまくってこんな記事を書いたのだろうか
そもそもそのネットってのはどこのネットを指してんの?2ch?
ちなみにニュー速+では
【話題】「今のアニメはオタクの消費財と化し表現の体をなしていない」押井守さんの発言でネット上は騒動に
というスレッドが立ったが、それはJ-CASTの記事を受けてのものだったし、★4まで伸びたがそれ以上の次スレは立っていない。(追記、★6辺りまで伸びたっぽい?)
一体どこで"大混乱"になってるのか全然思い辺りが無いんですけど。
押井守の東京芸大での講演が、「アニマゲ丼」がダイジェスト記事にしている時点ですでにコピーだし
それを読んで、どこかのネットでは「押井守が萌えアニメを馬鹿にしている!」と憤慨しているならさらに劣化コピーで伝わるべきものが全然伝わってない
吾郎ちゃんは押井守ファンらしいのでビューティフル・ドリーマーをやりたいんじゃないの。
「楽しんでもらえたら、自分の存在が許されるんではないかっていう、
無用なものではなくてというふうな抑圧が自分の中にあるから。」
「自分の好きなものを描いてるわけじゃない」
「"ありそうでなかった" 物、
実現してしまえば "なんだ普通じゃん" というものを創るのが極めて大切。」
「なまじ特技があるとそれを活かそうとするから、世間が狭くなる。
時代にあったことをいつもしていなさい。」
「僕らは"作品"ではなく"商品"を作っている」
「エヴァは哲学じゃなく衒学(げんがく)的、(知ったかぶり)なんです。」
「僕にとっては、それ(現実に引き戻すこと)も"サービス"なんですよ。
お客さんにとっては良い事だと思うんで。」
イノベーションとは
iPhoneのアプリ「支出管理」というソフトが便利で、非常に家計簿を付けやすい。
収入は毎日そんなに変わらないので、支出だけしか管理しなくて十分なのです。
突っ込まれる前に説明をしておくと…。
| 日付 | 大分類 | 小分類 | 金額 |
|---|---|---|---|
| 2010/2/1 | 医療費 | 病院 | ¥1,450 |
| 2010/2/1 | 医療費 | 病院の薬 | ¥1,580 |
| 2010/2/1 | 飲食費 | お菓子 | ¥118 |
| 2010/2/1 | 飲食費 | 昼飯 | ¥440 |
| 2010/2/1 | 飲食費 | 飲み物 | ¥110 |
| 2010/2/1 | 書籍 | ジャンプ | ¥240 |
| 2010/2/1 | 交通費 | 電車 | ¥160 |
| 2010/2/1 | 交通費 | 電車 | ¥150 |
| 2010/2/2 | 飲食費 | 昼飯 | ¥280 |
| 2010/2/2 | 交通費 | 電車 | ¥160 |
| 2010/2/2 | 交通費 | 電車 | ¥150 |
| 2010/2/2 | 飲食費 | お菓子 | ¥105 |
| 2010/2/2 | 飲食費 | お菓子 | ¥100 |
| 2010/2/2 | 書籍 | 漫画 | ¥1,617 |
| 2010/2/3 | 飲食費 | お菓子 | ¥105 |
| 2010/2/3 | 飲食費 | 昼飯 | ¥280 |
| 2010/2/3 | 飲食費 | お菓子 | ¥525 |
| 2010/2/3 | 飲食費 | お菓子 | ¥100 |
| 2010/2/3 | 書籍 | サンデー | ¥260 |
| 2010/2/3 | 食品日用品 | スーパー | ¥1,391 |
| 2010/2/4 | 飲食費 | お菓子 | ¥100 |
| 2010/2/4 | 飲食費 | お菓子 | ¥220 |
| 2010/2/4 | 飲食費 | お菓子 | ¥105 |
| 2010/2/4 | 飲み会 | 一次会 | ¥3,000 |
| 2010/2/5 | 飲食費 | 昼飯 | ¥280 |
| 2010/2/5 | 飲食費 | お菓子 | ¥100 |
| 2010/2/5 | その他 | iPhone アプリ | ¥230 |
| 2010/2/5 | 書籍 | 漫画 | ¥560 |
| 2010/2/6 | 飲食費 | 朝ご飯 | ¥98 |
| 2010/2/6 | 交通費 | ガソリン | ¥2,194 |
| 2010/2/6 | 飲食費 | お菓子 | ¥136 |
| 2010/2/6 | 飲食費 | 昼飯 | ¥900 |
| 2010/2/6 | 遊び | 温泉 | ¥700 |
| 2010/2/6 | 遊び | ペンション | ¥9,765 |
| 2010/2/7 | 飲食費 | 飲み物 | ¥150 |
| 2010/2/7 | 飲食費 | お菓子 | ¥150 |
| 2010/2/7 | 飲食費 | 昼飯 | ¥250 |
| 2010/2/7 | 遊び | 温泉 | ¥500 |
| 2010/2/7 | 遊び | お土産 | ¥630 |
| 2010/2/7 | 飲食費 | 夕飯 | ¥1,150 |
| 2010/2/7 | 交通費 | 洗車代 | ¥1,000 |
| 2010/2/7 | 交通費 | ゲレンデまでのガソリン+高速代 | ¥6,000 |
| 2010/2/8 | その他 | スノーボードのグローブ修理 | ¥525 |
| 2010/2/8 | 飲食費 | お菓子 | ¥100 |
| 2010/2/8 | 飲食費 | お菓子 | ¥105 |
| 2010/2/8 | 書籍 | ジャンプ | ¥250 |
| 2010/2/8 | 食品日用品 | ハンズ | ¥1,155 |
| 2010/2/8 | 食品日用品 | 無印 | ¥776 |
| 2010/2/9 | 飲食費 | 昼飯 | ¥450 |
| 2010/2/9 | 飲食費 | お菓子 | ¥160 |
| 2010/2/9 | 飲食費 | お菓子 | ¥100 |
| 2010/2/9 | 書籍 | イブニング | ¥330 |
| 2010/2/9 | 飲食費 | 夕飯 | ¥1,000 |
| 2010/2/10 | 飲食費 | お菓子 | ¥100 |
| 2010/2/10 | 飲食費 | 昼飯 | ¥280 |
| 2010/2/10 | 書籍 | サンデー | ¥260 |
| 2010/2/10 | 飲食費 | お菓子 | ¥130 |
| 2010/2/11 | 飲食費 | お菓子 | ¥105 |
| 2010/2/11 | 交通費 | 電車 | ¥160 |
| 2010/2/11 | 遊び | 映画 | ¥1,000 |
| 2010/2/11 | 飲食費 | 昼飯 | ¥1,130 |
| 2010/2/11 | 食品日用品 | 無印 | ¥262 |
| 2010/2/11 | 交通費 | 電車 | ¥160 |
| 2010/2/12 | 飲食費 | 昼飯 | ¥280 |
| 2010/2/12 | 飲食費 | お菓子 | ¥100 |
| 2010/2/12 | 飲食費 | 飲み物 | ¥120 |
| 2010/2/12 | 飲み会 | 一次会 | ¥4,000 |
| 2010/2/12 | 飲み会 | 二次会 | ¥2,000 |
| 2010/2/13 | 交通費 | 電車 | ¥300 |
| 2010/2/13 | 医療費 | 病院 | ¥1,020 |
| 2010/2/13 | 医療費 | 病院の薬 | ¥990 |
| 2010/2/13 | 交通費 | 電車 | ¥290 |
| 2010/2/13 | 飲食費 | 昼飯 | ¥740 |
| 2010/2/13 | 飲食費 | 夕飯 | ¥1,500 |
| 2010/2/15 | 交通費 | ガソリン | ¥616 |
| 2010/2/15 | 遊び | リフト | ¥3,500 |
| 2010/2/15 | 飲食費 | 昼飯 | ¥1,000 |
| 2010/2/15 | 飲食費 | 飲み物 | ¥200 |
| 2010/2/15 | 飲食費 | お菓子 | ¥138 |
| 2010/2/15 | 遊び | 温泉 | ¥1,000 |
| 2010/2/15 | 交通費 | ゲレンデまでのガソリン+高速代 | ¥4,000 |
| 2010/2/16 | 飲食費 | 昼飯 | ¥280 |
| 2010/2/16 | 書籍 | ジャンプ | ¥240 |
| 2010/2/16 | 飲食費 | お菓子 | ¥130 |
| 2010/2/16 | 飲食費 | 夕飯 | ¥238 |
| 2010/2/17 | 飲食費 | 昼飯 | ¥280 |
| 2010/2/17 | 飲食費 | お菓子 | ¥210 |
| 2010/2/17 | 交通費 | 電車 | ¥310 |
| 2010/2/18 | 交通費 | 電車 | ¥310 |
| 2010/2/18 | 飲食費 | 飲み物 | ¥120 |
| 2010/2/18 | 飲食費 | 昼飯 | ¥280 |
| 2010/2/18 | 飲食費 | お菓子 | ¥105 |
| 2010/2/18 | 食品日用品 | マツキヨ | ¥699 |
| 2010/2/18 | 飲食費 | 夕飯 | ¥1,100 |
| 2010/2/19 | 飲食費 | 朝ご飯 | ¥432 |
| 2010/2/19 | 飲食費 | 昼飯 | ¥1,000 |
| 2010/2/19 | 遊び | リフト | ¥7,400 |
| 2010/2/19 | 飲食費 | 夕飯 | ¥1,000 |
| 2010/2/20 | 飲食費 | 昼飯 | ¥820 |
| 2010/2/20 | 飲食費 | お菓子 | ¥350 |
| 2010/2/20 | 飲食費 | 朝ご飯 | ¥600 |
| 2010/2/20 | 飲食費 | 夕飯 | ¥1,000 |
| 2010/2/21 | 遊び | お土産 | ¥630 |
| 2010/2/21 | 飲食費 | お菓子 | ¥220 |
| 2010/2/21 | 飲食費 | 昼飯 | ¥880 |
| 2010/2/21 | 交通費 | 駐車場 | ¥200 |
| 2010/2/21 | 交通費 | ゲレンデまでのガソリン+高速代 | ¥2,300 |
| 2010/2/22 | 飲食費 | 昼飯 | ¥800 |
| 2010/2/22 | 飲食費 | お菓子 | ¥100 |
| 2010/2/22 | 飲食費 | お菓子 | ¥100 |
| 2010/2/22 | 飲食費 | お菓子 | ¥100 |
| 2010/2/22 | 書籍 | ジャンプ | ¥240 |
| 2010/2/22 | 飲食費 | 夕飯 | ¥1,000 |
| 2010/2/23 | 飲食費 | 昼飯 | ¥1,000 |
| 2010/2/23 | 飲食費 | 飲み物 | ¥110 |
| 2010/2/23 | 飲み会 | 一次会 | ¥4,200 |
| 2010/2/24 | 飲食費 | 飲み物 | ¥140 |
| 2010/2/24 | 飲食費 | 昼飯 | ¥600 |
| 2010/2/24 | 飲み会 | 一次会 | ¥3,000 |
| 2010/2/24 | 飲食費 | お菓子 | ¥700 |
| 2010/2/24 | 書籍 | サンデー | ¥260 |
| 2010/2/25 | 飲食費 | 昼飯 | ¥280 |
| 2010/2/25 | 飲み会 | 送別会 一次会 | ¥4,500 |
| 2010/2/25 | 飲み会 | 送別会 二次会 | ¥1,500 |
| 2010/2/26 | 飲食費 | 昼飯 | ¥618 |
| 2010/2/26 | 飲食費 | 飲み物 | ¥150 |
| 2010/2/26 | 遊び | Howling in the Night 2010 | ¥4,500 |
| 2010/2/26 | 書籍 | 押井守関連 | ¥4,000 |
| 2010/2/26 | 交通費 | 電車 | ¥640 |
| 2010/2/26 | 飲食費 | お菓子 | ¥105 |
| 2010/2/26 | 飲食費 | 夕飯 | ¥126 |
| 2010/2/27 | 食品日用品 | 無印 | ¥577 |
| 2010/2/27 | 交通費 | 駐車場 | ¥100 |
| 2010/2/27 | 食品日用品 | スーパー | ¥1,700 |
| 2010/2/27 | 食品日用品 | 100円ショップ | ¥210 |
| 2010/2/27 | 食品日用品 | スーパー | ¥158 |
| 2010/2/28 | 食品日用品 | 薬局 | ¥198 |
| 2010/2/28 | 飲食費 | 夕飯 | ¥480 |
| 2010/2/28 | 飲食費 | 飲み物 | ¥130 |
| 2010/2/28 | 交通費 | 電車 | ¥380 |
| 2010/2/28 | 固定費 | プロバイダ費用 | ¥5,708 |
| 2010/2/28 | 固定費 | mixi | ¥315 |
| 2010/2/28 | 固定費 | au携帯 | ¥3,105 |
| 2010/2/28 | 固定費 | ソフトバンク携帯 | ¥3,856 |
| 2010/2/28 | 固定費 | DMM | ¥1,890 |
| 2010/2/28 | 固定費 | 東京電力 | ¥4,187 |
| 2010/2/28 | 固定費 | 水道代 | ¥1,743 |
| 2010/2/28 | 固定費 | ガス代 | ¥3,570 |
| 2010/2/28 | 固定費 | 自動車保険 | ¥3,240 |
| 2010/2/28 | 固定費 | 家賃 | ¥73,350 |
¥222,671
| 大分類 | 金額 |
|---|---|
| 固定費 | ¥100,964 |
| 食品日用品 | ¥7,126 |
| 飲食費 | ¥29,124 |
| 飲み会 | ¥22,200 |
| 遊び | ¥29,625 |
| 交通費 | ¥19,580 |
| 書籍 | ¥8,257 |
| 医療費 | ¥5,040 |
| その他 | ¥755 |
明らかに支出が多すぎです。
実家に5万いれて実家暮らしをしても、飲食+固定費で5万以上は浮くんだな。
しかしながら、一人暮らしに一度慣れたら、もう実家暮らしなんてできないけど。
飯代わりにお菓子を食うくらいだったら、家で作った方が安上がりだ。
忌憚のないご意見をお願い致します!
でもさあ、キャバ嬢みたいな奴が出てきたら「うわあ、、」ってなるのはオタクかどうか関係なくわりと一般的なんじゃないかなあと思うんだけど。
相手が男の子でもさ、なんかどんどんチャラ男みたいになっていったら「うわあ、、」ってなると思うんだ。
別にキャバ嬢やチャラ男じゃなくてもソリ込みの田舎ヤンキーみたいになっちゃったとか、成長していくに従ってあのかわいらしかった男の子が押井守監督みたいになっていっちゃったとかさ。「おお!」ってなるよね。
もちろん人を見かけで判断しちゃいけないし、異質なものを排除するような日本的思考がどうかみたいなものはタテマエとしてはわかるんだけど、でもその最初の「うわあ、、」という初期衝動自体に嘘はつけないっていうかさ。人間の心の中なんてそんな正しくはできてないじゃん。
で、それをでも口にしちゃダメだってのもわかるんだけど、「言いてえ!」っていうのもわかるわけよ。もうこの衝動が涌いてきちゃったら相手がどうとか関係性がどうとか今後どうなるとかじゃなくて単に言いたい衝動の権化と化すっていう。なんていうかさ、絶妙に禿げた人がいたとして、頭の上にウンコみたいにチョボッと毛が乗っかってたらさ、やっぱり言いたいじゃない。いや俺は言わないけどさ、言ってしまった奴の気持ちは十分わかると言うか。言う/言わないって本当に紙一重だなっていう。あああいつは耐えきれずに言ってしまったんだな、俺は我慢してるけどいつ我慢しきれずにあっちの方へ行ってしまうか、、、っていうさ。
あと元のエントリの人のオタクくささみたいなものはわかる。言葉のチョイスとか。問題のエントリーの前記事のマサトの奴とか見るとああダメだなこいつとは思う。よくあるオタク的なベタさ(世界観の洗練のされてなさでもある。オタク的な世界観でももう少し洗練されればもっと違う見方、もっと違う言葉の使い方がある)がそれに気がつかないことによる自信と一緒にあるし。それこそ「うわあ」っていう感じ。
「東京人、おまえらははっきり言ってださいんだ。」(http://anond.hatelabo.jp/20090430103417)の続きだ
大阪人は優秀である。東京人はかっこつけですぐに超能力で相手に重圧かけたりする。
言葉にしろ、東京人!おまえらはかっこつけで本当はださいんだ!
っていうか、東京人のへんなところサイトつくろうかなだんだん腹たってきた。
東京人まじファック。
ちゃんと反応しろ、スルーするな。声張れ、思ったこと言え、タコが。
お前自身の性能がいいとはぜったいに思うな、猿がああああ
おっといかんいかん、あつくなってしまった・・・・
さてと嫁とアキレスと亀見ながらたこ焼き(こんにゃく、ベーコン、テンカスいり)ウマー。
ださいんだ。
はっ!アクションサイトで大阪人が東京ぶっつぶすストーリー展開しよう。
いいぞー、これ、いいぞー。
雨宮ねいさんがチラ見してくれたようなので脊椎反射してしまいました。
みなさん、よいお年を!
ニコラス・ルッカ(Nicolas Rucka)
様々な風景を見せるようになった日本アニメにおいて、押井守は彼独自の場所を築き上げるに至った。SFエンターテイメントという枠に捉えられる事もしばしばだが、彼の仕事はその要件を遙かに凌いでいる。押井はジャンルという括りに疑問を投げかけ、SFと現代の生活との間にまっさらなリンクを構築してみせた。彼のこうした姿勢は、アニメーションという体裁の境界を拡張するアプローチ・スタイルと結びついている。それは「攻殻機動隊」のすばらしい続編である「イノセンス」に見てとれよう。
ルッカ: あなたの作品は第二次世界大戦前後のヨーロッパの様式、とりわけ東側諸国の影響が大きいかと思います。それはどのように培われたのですか?そしてこれまでの作品で表現されてきたあなたの世界観にどのような位置を占めていますか?
押井: 若い頃からヨーロッパ映画を見て、楽しんできた。古典的で、古いスタイルの様式、雰囲気といった東ヨーロッパ的なものは静謐で美しく、そしてノスタルジックで、ひどくそそられたね。
ルッカ: もうちょっと続けますけど、あなたの映画で言及される70年代終わりから80年代にかけての欧米産サイバーパンク小説や映画、ウイリアム・ギブソンの「ニューロマンサー」やリドリー・スコットの「ブレードランナー」などは日本の街並み、風景、そしてテクノロジーの影響を強く受けています。で質問なんですけど、こうした話法を引き続き採用するのか、それともより高位のゴールでこれら要素を取り入れるかって事なんですけど?
押井: 僕の作品はサイバーパンクに分類される事が多いけど、個人的はそうじゃないと思う。「ブレードランナー」みたいに本当に楽しまされた映画があって、映画作りの上である程度役に立っている部分もあると思う。でも僕以外にもっと影響を受けている人ってたくさんいるんじゃないかな?人間とサイボーグを題材にした映画を作るなら、「ブレードランナー」にふれないわけにはいかない。このテーマに関する先駆けだからね。こうした話法を採用するか、それともしないのかなんだけど、僕のゴールは未だかつて誰も見た事のない新しい映画を作る事だからね。それは「イノセンス」で証明できたと思ってる。
ルッカ: あなたの作品、とりわけ「アヴァロン」なんですけど、タルコフスキーを偲ばせる要素が多く見受けられる。そうした影響は?
押井: 今はそうでもないけど、昔はすごい好きだった。でも「ストーカー」や「惑星ソラリス」、「鏡」は今でも好きだね。
ルッカ: 押井さん、これは私見なんですけど、犬との交わりを人間より優先させているかと。こうした傾向は主題的化身の選択、それとも人間という形態はもはや必要ではないという人間意識のあり方のどちらと結びついています?
押井: 僕個人的には犬との結びつきを優先させる。でもそれは人によってまちまちだと思う。人間が「主体」の一部を失い出すと、己が何者かを知るために他の何かと関わらざるを得ない。それは僕のように犬だったり、猫や他の動物かもしれない。生き物である必要はない。機械、車、コンピュータ、街、自分以外だったら何でもいい。それが失われた「主体」を見つけ出すって事です。
ルッカ: 人類というあり方は時代遅れのものですか?もしくはそうなると?
押井: おっしゃりたい事に確信はもてないけど、間違いなく人類というあり方は失われつつある。動物は常に同じであったし、これから先も変わらない。でもテクノロジーの発展によって人類は常に変化するし、変化せざるを得ない。でも、変化や進化を恐れてはいけないし、それを受けいれ、共存する事を学ぶ必要があると思う。
ルッカ: 映画作りの際には何から手をつけますか?印象的なイメージ、本、音楽から着想します?まずは脚本から?
押井: 僕の頭の中には違ったアイデアがたくさんある。それをどうやって映画で生かすか、って事なんだよね。企画が来る頃にはすでに何かが頭の中にあるんだ。発想の多くは小説や写真集に目を通したり、いろんなクリエイターと話す事によって生まれるけど、実際の具体的なアイデアや映画の基礎といったものは作品作りの前に決まってるんだ。
押井: いつもって訳じゃないけど、だいたいそうだね。実写か、アニメかによるけど、中核となるグループはたいてい同じ。彼らは本当に才能があって、辛抱強いと思うし、あ、でもわがままで頑固だけどね、ぼくは十全の信頼をおいている。彼らがいなかったら、映画は絶対に作れない。
ルッカ: 制作準備にはどのくらいの時間をかけます?そこでは何を?
ルッカ: 「イノセンス」では実際の制作、そして編集ははどれくらいかけました?
今って、クリエイティブな仕事に就こう!という風潮が強くて、誰でも学校とかに行けば「そうなれる」かのような幻想が満ちあふれている。恥ずかしながら、自分もそうだった。だから、以下に述べるようなことは自己責任の産物でもある。
押井守さんの『凡人として生きるということ』という新書で、「まず最初は自分には何の可能性もない人間なのだと実感すること」というような記述があったけど、この文には現実認識という意味でも、人生における処世術、という面でも、賛成する。
別に絵が描けなくたって、文章が書けなくたって、それが誰にも認められなくたって、死ぬ訳じゃあないけど、それを自分の心のよすがにしてきた人間には、自分にはその分野で活躍していくような技能も才覚(つまりは才能)がない、と気がつくことはとてつもないショックを伴う。
自尊心を保つために「これは趣味」なんだから、という風に納得してみせたような顔をするのも、何か自分とか、その他のものに負けたようで悔しいよね。芸術家志望者やその卵に自殺が多いのもそのせいなのかな。
いわゆる出版文筆、アニメーション制作、とかその辺りのクリエイティブな仕事をしている人を自分は心底羨ましいと思うけど、自分にとって、それはショーウィンドウの中の高価な服のようなもので、絶対に手に入らないんだよね。こんな心境をくすぶったままの自分は、時にもう死んだ方がいいかもなとか思ってしまう。死にたいっつーか消えたい。人生に思い入れがあんまりない。情熱も。多分、それが人生で自分のやりたかったこと、なのに、年齢とか、生活とか、いろいろな事であきらめざるを得ないから。なんというか、「これ以上悪くならないように」生きてるだけ。それでも、人生は続いていく。本当に、人生って、クソだよな。
自分の中でのアニメオタク(特に萌えオタ)に対する嫌悪感が一体何なのかきちんと考えてみた。
すると恐るべき結論に達してしまった。これから書くことは正直私も断言して良いものかどうか躊躇している。しかし、アニメ文化の発展のためにも、心を鬼にして書かなければいけないことだ。
今までも、そしておそらくこれからもずっとそうだ。これは岡田斗司夫のような豚野郎の言う「オタクは死んだ」でも、東浩紀のような豚野郎の言う「読者の質が悪い」でも、宇野常寛のような豚野郎が言う「萌えオタはクズ」でもない。もっと根幹に関わる重大なことだ。そして恐ろしい事実だ。
まず、オタクがオタク向けに作ったオタクアニメが大きな評価を得てきたことは今まで一度たりともない。
名作を作ったクリエイター側は言うまでもなく、『ガンダム』の富野由悠季は仕方なくアニメの現場に降りてきた人だし、『攻殻機動隊』の押井守は元々映画監督志望でジャン=リュック・ゴダールを敬愛していてたまたまタツノコプロの求人が目に入ってアニメ業界入りした人だ。
「でも、今は世界的にアニメブームが起きているじゃないか」と萌えオタがブヒブヒ言ってきそうだが、それは幻想である。まず90年代後半に盛んに言われた「ジャパニメーションブーム」を取り上げると、これは岡田斗司夫がオタクの地位向上のためにでっち上げたものだ。本人も後にそれを認めており、外からの圧力に弱い日本でオタクが市民権を得るにはそれしかなかったと言っている。この岡田斗司夫の苦肉の策に電通や村上隆が乗っかり、ジャパニメーションブームという虚構ができあがったのだ(元々別称だったジャパニメーションという言葉を良い意味として輸入したのが村上隆である)。
まずは、宮崎駿。アカデミー賞も受賞し、名実ともに日本を代表するアニメーション監督といった地位を得ているが、その作風はアニメ界ではむしろ異端である。スタジオジブリ的なもの、宮崎駿的なアニメは本人にしか作れず、その作風を引き継ぐような後継者は未だ誰一人いない(宮崎駿の後進育成が下手という話ではない。宮崎駿に影響を受けた人間が外で宮崎駿的なアニメを作ったっておかしくないのに、そんな人は日本にはいないのだ。海外ではどうか? そう、モンスターズインクを制作したピクサーが後継にふさわしいだろう。言うまでもなく彼らはアニメオタクではない)。
宮崎駿にはオタク的なるものを避けて避けてやっと今日の地位を築いたという歴史がある。オタク的なものを避けて世界的評価を得た、これは非常に重要なポイントだ。
押井守もその一人だ。『うる星やつら』を制作し、オタク向け監督の一人で終わるかもしれなかった彼は『機動警察パトレイバー2 the movie』や『攻殻機動隊』においてオタク向けアニメ的想像力を捨て去ることで作品の強度を確立した。『ビューティフル・ドリーマー』はどうなんだ、という声があるかもしれない。これには後に押井守がこう語っている。「劇場版第一作『オンリーユー』を作ったとき、原作者やファンが喜ぶことを全部詰め込んだ。上映されると当然原作者やファンは満足したようだが、作品的には酷い代物だった」。この諦観によって『ビューティフルドリーマー』は作られた。オタクから距離を取ることで傑作に仕上がったのだ。
他にも大友克洋の『AKIRA』だって一見すればわかるようにオタク的な想像力から離れたものであり、渡辺信一郎の『カウボーイビバップ』だってそうだ。
オタク監督だと言われるウォシャウスキーやタランティーノだって、ウォシャウスキーはSFの人で決してオタク的想像力に耽溺しているわけではないし、タランティーノは高校中退して一日中映画を見まくっていた怪物だ。
エヴァンゲリオンを無視しているじゃないか、と言われるかもしれない。確かにエヴァはオタクがオタク向けに作ったオタクアニメであり、社会的現象を起こすほど大ヒットしている。だが、これ一本でもってオタク的想像力の勝利にはなりえない。何故ならオタク外にも評価されたオタク監督は庵野ただ一人、例外中の例外なのだ。その庵野ですら、オタクの偏狭さに嫌気がなして反オタクに改宗した。その事実をオタクは裏切った、とこれまた偏狭さを見せて批判している。
このようにオタクがオタク向けに作ったオタクアニメで傑作が生まれたことは、一件の例外を除いて存在しない。オタクが喜ぶ想像力や「萌え」なんてものは全然強度を持ち合わせていない(十年前にオタク的想像力でオタクに受けていたクリエイターの今の地位を思い浮かべて欲しい、それが十年後の山本寛や新房昭之の姿だ)。
むしろ、オタクの好みに少しでも外れると烈火のごとく怒り、作画監督が少しでも個性を出すと作画崩壊と騒ぐその類まれなる偏狭さは害悪だと言ってもいい。
オタクはオタク的な想像力から外れるような、例えば『スーパーミルクチャン』や『TAMALA2010』のようなアート的アプローチから生まれた傑作を評価できない。どちらも発売時にはタワーレコードに平積みされ、オタク的想像力は一瞬で敗れ去った。
それどころか『フリクリ』をオサレだとかラベリングして嘲笑するほど、子供のような舌でもってクレームをつけて回っているのだ(『フリクリ』はガイナックスが作ったオタクアニメじゃないかという屁理屈が聞こえてきそうだ。ガイナックスは今や庵野の反オタクキャンペーンによってオタク的な人間は駆逐されており、鶴巻は反オタクの急先鋒である)。
そして、それは明らかにアニメの進化を阻害している。その理由を書こう。
まず、オタクが大好きな絵柄、要するに萌え絵はアニメーションに不向きなのである。あの頭と目が大きく、等身が低くて身体か華奢という構造は、見た目通り人間的に動かすというのは困難だ。だから、どのアニメにおいてもよく動くと言われるものは萌え絵から距離を取っている。萌え絵を選択すると自動的に紙芝居的な動きが縛られたものしか作れなくなる。ディズニーが萌え絵を選択せず、あのような絵柄なのは動かすことを念頭に考えているからだ。
しかし、アニメオタクは萌え絵以外の絵柄のアニメを「絵が変」と言って嘲笑し、批判する。ここがアニメオタクの一番の問題点であり、私が害悪と言い切る理由だ。
例えば近年稀に見る傑作である『鉄コン筋クリート』を例に出そう。この作品も「オサレ」「絵が変」といって批判されているが、この作品こそアニメーションの快感、動くことの快感を思い出させてくれるものはない。画面の中を縦横無尽に動き回るキャラクター達が見るものの心を掴んで離さない。そして、それはアニメオタクが「変」といって批判するその絵柄が貢献している。もし、この作品が萌え絵だったらここまで動くものになってはいない。現にそんな作品はない。
そして、アニメーションの快感を蘇らせたのがオタク外のマイケル・アリアスだったことは非常に重要だ。アニメオタクはアニメーションのことがわかっていない。だから、スタジオジブリ的なものをピクサーに取られ、アニメーションの快感をマイケル・アリアスに取られてしまうのだ。
もう一度言おう。オタク的想像力は強度を持っていないし、オタクが好むアニメ絵はアニメーションに向いていない。アニメーションに向いているオタク的じゃない絵を排除するその思考はアニメの進化を阻害している。
アニメオタクが本当に現実逃避ではなくアニメのことを愛しているのなら、今すぐアニメを見るのをやめて即刻退場することだ。それが一番の貢献だ。
ゼロ年代の想像力やPLANETSで最近になって惑星に興味を持ったけど旧サイトが見れないorいちいちURL直すのが面倒くさいという人のために。
旧惑星開発委員会は宇野常寛(善良な市民)さんが大学生のころ趣味で運営していたサイト(2002~2003年)です。
http://anond.hatelabo.jp/20071031195955
第1話 第2話 第3話 第4話 第5話 第6話第7話 第8話
第9話 第10話 第11話 第12話 第13話 番外編 ベンヤミン事件1 ベンヤミン事件2 ベンヤミン事件3
・善良な婦女子の不定期エッセイ
・月刊クロスレビュー
ガンダム 押井守 ガイナックス 宮崎駿 ジャパニメーション ジュニアノベル前編 ジュニアノベル後編 大月アニメ 角川マンガ 富野
・石原の野望
http://members.at.infoseek.co.jp/toumyoujisourin/isihara.htm
http://members.at.infoseek.co.jp/toumyoujisourin/saiban01.html
・亡国対談
・オタ向けアイドル小百科
東浩紀「動物化するポストモダン」 大塚英志「サブカルチャー反戦論」 滝本竜彦「NHKにようこそ」
僕は押井守の「攻殻機動隊」や「パトレイバー」、大友克洋の「アキラ」や機動戦士ガンダムシリーズが好きなんだ。どれも色んなことを考えさせてくれるいいアニメたちさ。それと、あんまり中身のないアニメは好きじゃなくてね。最近ネット上でやたらとい盛り上がってる萌えアニメみたいなやつさ。あんなののどこがいいっていうだい。キモいオタクたちがハァハァするためにデザインされた目がやたらデカくて、髪の毛の色がパステルカラーの美少女が乱舞してるあれさ。中身がなくて反吐が出るね。あんなゴミみたいなアニメがやってるから、いまだにアニメが一般人からキモいものだって認識がなくならないんだよ。ほんと死ねよ萌えオタ、ファッキン萌えオタ。
そんなゴミのような萌えアニメが氾濫し始めたのはいつのころからだろう。記憶が確かなら僕が中学生だったときあたりから繁栄していたはずだ。僕はこのころから萌えアニメを軽蔑していた。あんな中身のないアニメを楽しんでいる奴等は馬鹿だ。そう思っていた。たしかゲームでも「シスタープリンセス」だの「Kanon」だの、妹が12人いて好かれるだの、目のでかい女の子が頭の悪いしゃべり方するようなのがネット界隈じゃ人気らしくて、こんなのを支持してるやつらはよっぽど頭の中がおかしい連中なんだと思ったね。
ちなみに僕が好きだったゲームはテイルズシリーズだね。アクションRPGのなかでも格別の面白さだな。だからこそ、最近のシリーズの、変に萌えオタクに媚びたようなコンセプトにはがっかりしたね。
まあいい、こんなゴミクズのために貴重な紙を無駄にすることはないんだ。僕は萌えアニメを見てるような奴らはみんな女の子から相手にされていない恨みを美少女キャラにぶつけてるんだ、そう思った。でもその僕の考えは高校で否定されることになったんだ。
僕が入ったのは県内でもそれなりのレベルの共学校。僕は青雲の志を抱いて高校へ行った。そして、僕はここでなら彼女んもできると思っていた。
気づいた時には僕の高校ではギャルゲーや萌えアニメ、萌えマンガが大流行していた。発端は何だったろう。オタクの男子たちがそんな代物を恥ずかしげもなく教室に持ってきて、それを女子たちが興味深げに眺めている。たしか最初はそんな感じだったはずだ。
僕はそれを不快に思っていた。こんなクズがいるから、日本の誇りうるべき文化たるアニメやマンガが誤解されるんだよと。こんな屑萌えアニメなんかよりもすばらしい作品がこの世界にはたくさんあるんだよ、と。
しかし、彼ら萌えオタクどもが布教したのだろうか。女子も含めたクラス中の人たちが、そういった萌えアニメやギャルゲーを楽しむようになっていたんだ!そして、給食時間にはギャルゲーだかの主題歌らしい甘ったるい声の女の歌が流れたと思ったら、クラス中一斉に歓声が流れた。僕は内心こいつら全員死ねと思っていた。
気づいたときに萌えアニメブームに乗らなかったのは僕だけになっていた。僕は誰ともしゃべらなくなっていた。クラスの萌えオタクの男子たちは彼女を作ってデートをしているという情報が毎日耳に入ってきたが、僕は全部ウソに決まっていると言い聞かせた。
受験時代がやってきた。僕の目指すのは京都大学、最低でも旧帝大クラスには入りたいと思っていた。
そんな時、僕の高校ではもえたんとかいう英単語帳が大ブームだった。表紙には萌えオタクどもが喜びそうな目だけでかい萌えキャラが踊り、内容も僕は妹をギュッと抱きしめただのの、萌えオタクの醜い妄想を並べたような代物でヘドがでそうだったね。僕は心底軽蔑した。こんなゴミ単語帳使ってるやつなんてどこの大学にも行けるわけがない、そう思った。
しかし、もえたんを使っている連中は、もえたん発売と同時に英語の成績がぐんぐんと伸びていったんだ。
それだけじゃない。もえたんは男だけじゃなく女の子たちにも愛用されていた。キャラがかわいいんだそうな。絶対に間違ってるよ!
僕はもえたんなんて絶対使わなかった。あんなもの使うぐらいなら死んだほうがましだと思った。
そして、もえたんを使っていた連中のほとんどが東大や京大、早稲田や慶応といったトップクラスの大学に合格していた。あとで合格体験記を見たら、もえたんのおかげで英語の成績が伸びたと言っている奴がいっぱいいたとか。
2年目の受験、そこでも僕はセンター試験で信じられないような悪い成績だった。これではどんな大学も入れやしない。もうこれ以上予備校通いをできるような経済状況でもない。だから、今の僕でも入れるような場所、短大しかなかった。最後の最後で僕は短大に合格した。
短大での2年間もまた、高校のころと変わらない、惨めな生活だった。ここでも、萌えオタクたちが大手を振っていた。文化祭では萌えアニメの主題歌を歌ったバンドが大人気となり、あとで聞いた話では彼らはライブの後、ファンの女の子たちを全部喰ったらしい。
そして、僕は就職活動にも失敗した。萌えオタクたちはみんな成功していたというのに!
派遣先で僕は散々苛め抜かれた。きっかけは僕が、とある萌えアニメについて社員がしゃべってるときに話を振られて「そんな内容のないアニメなんて見る価値あるません!」と言ったところ、連中の逆鱗に触れたらしい。それからは靴に汚物を入れられたり、つなぎを隠されたり、落書きをされたりした。
でも、この苛めはある種僕に誇らしい気持も与えた。そうだ、萌えアニメのファンはこんな残忍なことを平気で出来る人間の屑なんだと。僕のような中味あるアニメを見て育った人間はこんな他人を傷つけるようなことはしないんだと。
それでも僕は度重なるいじめに疲弊していた。そんなとき、僕はインターネットであるサイトを見つけたんだ。それは「第二次惑星開発委員会」
僕はこのサイトを読んで目から鱗が出たね。こんなところに僕と同じ考えを持っていた人がいたなんて!
特に素晴らしかったのは最近萌えオタクの間でブームらしい涼宮ハルヒの憂鬱とかいうアニメの項目で
>この作品が好きなオタク男子たちも、「酸っぱい葡萄」状態にあるんですよ。 本当は
>「等身大の青春」に憧れているんです。でも、残酷な話だけどおそらくはスペック上の
>問題で、それが手に入らない。でも、そんな悔しさを素直に認めたくないんですね
と書かれていたことだ。やっぱり萌えオタクはもてない恨みを美少女キャラにぶつけていたんだ!でも実際にはモテるはずがない!ざまあみろ!どうせ職場の連中もモテないからハルヒとかに入れ込んでるんだろ!その恨みが爆発して僕のような人間のいじめるんだ。萌えオタクは人間の屑だ!
そして、一緒に旧惑星開発委員会も見た、そこは作品レビューが中心のページだったけれど、どれもこれも僕の考えとおんなじだった。Kanonは受け手も送り手も救いようのない作品だとかね。
それに主催の善良な市民さん(宇野常寛)の高校時代の話も面白かった。確かにこういう奴らは僕の高校にもいたと納得した。ただ、ちがっていたのは僕の高校ではギャルゲーマーだった連中にはみんな彼女がいたということだが、このことを思い出すと、市民さんの話が楽しめなくなるので思い出さないことにした。
そして僕は善良な市民さんの言葉に救われた気がした。勇気づけられた。
そうだ、僕はまちがってなんていない。間違っているのは萌えアニメ好きな連中のほうなんだと。やはり中身のあるアニメが一番なんだ・・・。
僕はこんな最低の萌えアニメ信者どもがたむろする職場にはさっさと見切りをつけて、また別の場所へと行こうとした。そして、僕は惑星開発委員会を読み倒し、次の職場では華々しくデビューしてやろうと思ったのだ。
次の職場じゃまたしても内容のないらき☆すたとかいう萌えアニメが大ブームだった。でも僕はこれまでの僕じゃない。惑星開発委員会の力を得たんだ。そして僕はその時やっていたアニメの中で最も大好きだった電脳コイルを薦めたんだ。電脳コイルは素晴らしい。これこそ僕がこれまで待ち望んでいたアニメだといっていい。
「そんなものよりも電脳コイルみようぜ!すごい面白いんだぜ」
僕は声を大きくして叫んだ。はっきりいうがらき☆すたなんていうくだらない萌アニメよりも電脳コイルは数百番倍面白いと断言できる。だからみんなも早く見て目を覚ますんだ。
「電脳コイルぅ??知らないなぁ。」
「ああ、ちょっとだけ聞いたがある。小学校の女の子が見るようなアニメだよね」
「えー加藤君って、小学校の女子が見るようなアニメ見て楽しんでるの?幼稚ぃ??、っていうかロリコン?」
「違う!確かに小学生の女の子向け作品だけど、大人もちゃんと楽しめるんだよぉ!」
「必死なところ図星のようだねぇ」
「違うんだ!一度見てみろよ、面白いから!」
「そもそも加藤君みたいな人間が面白がってるアニメってきっと気持ち悪いマニアックなアニメだよねぇ」
「ふざけるな!それなららき☆すたなんて萌えアニメのほうが気持ち悪いわ!」
・・・この通り僕のデビューは無残に失敗した。そのあともらき☆すたブームはとどまることを知らなかった。それに、みんなの話題はメイド喫茶とかアキバ系の文化の話ばかりだった。
カラオケで、らき☆すたのOPであるもってけ!セーラー服とかいう気持ち悪い歌をみんなで合唱しているのにも入らなかった。そして僕は電脳コイルのOP曲を歌ったが「キモい」と言われた。
もう僕は限界だった。僕が間違ってるはずがない。惑星開発委員会だってそう言っているはずだ。同時に僕は出会い系にはまっていた。彼女は僕の話をやさしく聴いてくれていた。僕が職場の萌えオタクどもへの悪口にも「うんうん」とうなづいてくれていた。彼女こそが僕の思い描いていた理想の人だと思っていた。
そのころ、惑星開発委員会の主催の宇野常寛さんがメールマガジンでコラムを発表していた.その名も“友達からはじめよう”
そうだ僕もそうやって彼女と新しい生活を始めよう。
「友達からはじめよう!」
「キモっ」
彼女は僕の顔を見るなりそう吐き捨てた。
「ずっと思ってたけど、あんたキモいのよ、何?アキバ系はキモいって?あんたのほうがよっぽどキモいわよ。金をもらってたから反論しなかったけどね、アキバにはあんたなんかより百万倍いい男がたくさんいるわよ!私ね、アキバでハルヒダンスしてた男と寝たことあるけどね、本当にすごいテクニックだったんだから。何度も逝かされたわ!あんたなんかには無理よ!メイド喫茶で働いている女の子たちも必死で仕事してるんだからね!あんたなんかに悪口言われる筋合いないわよ!それに萌えアニメのほうがあんたが楽しんでるらしい電脳コイルだのコードギアスだのよりも面白いし人気なの知らないの?もう近寄らないでくれる?」彼女は一気にまくしたてると去って行った。
僕は何もできなかった。でも、心の奥底で激しい憎悪の念が湧きあがってくるのを感じていた。秋葉原にいるような萌えオタクがいるからこんなことになるんだ。アキバにいる萌えオタクどもを皆殺しにしてやる。そうすれば世界は元に戻るんだ。僕のようなちゃんとしたアニメが好きな人間が心地よく生きられる世界ができるんだ。そのためにも地上にいる萌えオタクどもは抹殺しなければならない。手始めに、萌えオタクどもの聖地、秋葉原を崩壊させてやる。これで萌えオタクどもも終わりだ・・・。そう思うと、僕はコンビニでダガーナイフを買いに家を出た・・・。
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この手記を残したのは何を隠そう、秋葉原路上連続殺人事件の容疑者・加藤智大である。加藤はこの手記を書き終えた後に、秋葉原に向かったのである
加藤は「日曜日の夕方に秋葉原にいるということは奴らはコードギアスを見ていないということ、こいつらのせいでギアスが低視聴率なんだ。こんな奴らは殺してしまっても構わない」と供述し、また「もし、1年前だったら、電脳コイルやガンダム00がやってる土曜日の夕方に犯行を決行していた」とも語っている。
しかし、これらの証言と手記は、今回の事件は萌えオタクの犯行にしたくてやまないマスゴミどもの手によって闇に葬り去られている。
また、このような犯罪者を生み出しながらも、のうのうとした顔でデビュー評論「ゼロ年代の想像力」を刊行した宇野常寛はインタビューにてさも自分は関係ないといわんばかりのコメントを残している。
まとめエントリを作ってみました。
あわせてお読みいただければ幸いです。
まあ、どのくらいの数のアニオタがそういう彼女をゲットできるかは別にして、
「オタではまったくないんだが、しかし自分のオタ趣味を肯定的に黙認してくれて、
その上で全く知らないアニメの世界とはなんなのか、ちょっとだけ好奇心持ってる」
ような、ヲタの都合のいい妄想の中に出てきそうな彼女に、アニメのことを紹介するために
見せるべき10本を選んでみたいのだけれど。
(要は「脱オタクファッションガイド」の正反対版だな。彼女にアニメを布教するのではなく
相互のコミュニケーションの入口として)
あくまで「入口」なので、時間的に過大な負担を伴う3クール、4クールのアニメは避けたい。
あと、いくらアニメ的に基礎といっても古びを感じすぎるものは避けたい。
映画好きが『カリガリ博士』は外せないと言っても、それはちょっとさすがになあ、と思う。
そういう感じ。
彼女の設定は
アニメ知識はいわゆる「テレビまんが」的なものを除けば、ジブリ劇場用アニメ程度は見ている
サブカル度も低いが、頭はけっこう良い
という条件で。
まあ、いきなりここかよとも思うけれど、「エヴァ以前」を濃縮しきっていて、「エヴァ以後」を決定づけたという点では
外せないんだよなあ。長さも2クールだし。
ただ、ここでオタトーク全開にしてしまうと、彼女との関係が崩れるかも。
この情報過多な作品について、どれだけさらりと、嫌味にならず濃すぎず、それでいて必要最小限の情報を彼女に
伝えられるかということは、オタ側の「真のコミュニケーション能力」の試験としてはいいタスクだろうと思う。
アレって典型的な「オタクが考える一般人に受け入れられそうなアニメ(そうオタクが思い込んでいるだけ。実際は全然受け入れられない)」そのもの
という意見には半分賛成・半分反対なのだけれど、それを彼女にぶつけて確かめてみるには
一番よさそうな素材なんじゃないのかな。
「アニオタとしてはこの二つは“映画”としていいと思うんだけど、率直に言ってどう?」って。
ある種のSFアニメオタが持ってる宇宙への憧憬と、JAXA監修のオタ的な考証へのこだわりを
彼女に紹介するという意味ではいいなと思うのと、それに加えていかにも谷口悟朗な
「童貞的なださカッコよさ」を体現するハチマキ
の二人をはじめとして、オタ好きのするキャラを世界にちりばめているのが、紹介してみたい理由。
たぶんこれを見た彼女は「ルパンIII世だよね」と言ってくれるかもしれないが、そこが狙いといえば狙い。
この系譜の作品がその後続いていないこと、これがアメリカでは大人気になったこと、
アメリカなら実写テレビドラマになって、それが日本に輸入されてもおかしくはなさそうなのに、
日本国内でこういうのがつくられないこと、なんかを非オタ彼女と話してみたいかな、という妄想的願望。
「やっぱりアニメは子供のためのものだよね」という話になったときに、そこで選ぶのは「あらしのよるに」
でもいいのだけれど、そこでこっちを選んだのは、この作品にかける原の思いが好きだから。
断腸の思いで削りに削ってそれでも2時間20分、っていう尺が、どうしても俺の心をつかんでしまうのは、
その「捨てる」ということへの諦めきれなさがいかにもオタ的だなあと思えてしまうから。
クゥの長さを俺自身は冗長とは思わないし、もう削れないだろうとは思うけれど、一方でこれが
宮崎や富野だったらきっちり1時間40分にしてしまうだろうとも思う。
なのに、各所に頭下げて迷惑かけて2時間20分を作ってしまう、というあたり、どうしても
「自分の物語を形作ってきたものが捨てられないオタク」としては、たとえ原がそういうキャラでなかったとしても、
親近感を禁じ得ない。作品自体の高評価と合わせて、そんなことを彼女に話してみたい。
今の若年層でコナン見たことのある人はそんなにいないと思うのだけれど、だから紹介してみたい。
ナウシカよりも前の段階で、宮崎の哲学とかアニメ技法とかはこの作品で頂点に達していたとも言えて、
こういうクオリティの作品がテレビアニメでこの時代にかかっていたんだよ、というのは、
別に俺自身がなんらそこに貢献してなくとも、なんとなくアニメ好きとしては不思議に誇らしいし、
いわゆるジブリ劇場用アニメでしか宮崎を知らない彼女には見せてあげたいなと思う。
押井の「目」あるいは「絵づくり」をオタとして教えたい、というお節介焼きから見せる、ということではなくて。
「終わらない学校祭を毎日生きる」的な感覚がオタには共通してあるのかなということを感じていて、
だからこそアニメ版『らき☆すた』最終話はビューティフルドリーマー以外ではあり得なかったとも思う。
「祝祭化した日常を生きる」というオタの感覚が今日さらに強まっているとするなら、その「オタクの気分」の
源はビューティフルドリーマーにあったんじゃないか、という、そんな理屈はかけらも口にせずに、
単純に楽しんでもらえるかどうかを見てみたい。
これは地雷だよなあ。地雷が火を噴くか否か、そこのスリルを味わってみたいなあ。
こういうジュベナイル小説風味の恋愛をこういうかたちでアニメ化して、それが非オタに受け入れられるか
気持ち悪さを誘発するか、というのを見てみたい。
9本まではあっさり決まったんだけど10本目は空白でもいいかな、などと思いつつ、便宜的にハルヒを選んだ。
エヴァから始まってハルヒで終わるのもそれなりに収まりはいいだろうし、YouTube以降のアニメ時代の先駆けと
なった作品でもあるし、紹介する価値はあるのだろうけど、もっと他にいい作品がありそうな気もする。
というわけで、俺のこういう意図にそって、もっといい10本目はこんなのどうよ、というのがあったら
教えてください。
「駄目だこの増田は。俺がちゃんとしたリストを作ってやる」というのは大歓迎。
こういう試みそのものに関する意見も聞けたら嬉しい。
追記
私だったらタイトル選んで紹介されるより、一緒にツタヤ行って「どのへんいけそう?」とか聞いて自分で選ばせてほしいな。
何選んでもバカにしないで、内容解説してくれたら彼を尊敬する
最終的に狙うのは、まさにその状態ですね。
このセレクションのキモって、「エヴァンゲリオン」のところで書いているように、あくまで
「オタクが非オタのためにどこまでオタ臭を出さずにアニメを説明できるか」
『脱オタクファッションガイド』と方向性は真逆だけど、狙っていることは同じ。
それができそうなのが私の場合この10本ということであって、シチュエーションとしては彼女の方が
「ちょっとアニメのことが聞きたいんだけど、何を見たらいい」と聞いてきた場合を想定しています。
そこをディープさを感じさせずに見せられなかったら、なんのためのオタクだよと。
『千年女優』は頻繁な場面転換が人を選びそうなので、それよりは正統的なカット割りのゴッドファーザーズを。
女性原作者のファンタジーアニメはいいと思うんですね。守り人は最終候補に残しましたし、『彩雲国物語』も
チャングムとの比較という点で、長くなければぜひ入れてみたかった。
(10本目から守り人を外したのは、07年テレビアニメで一番非オタにとっても見応えのあるものだと思うがゆえに、
逆にここに入れなくてもいいかなという理由で)
あえて『ハルヒ』以外は原作のないアニメを並べたんですけどね。
プラネテスも時かけも押井うる星も、オリジナルの範疇でしょう。
だからハルヒに乗り気じゃなかったのかな俺は。
連続ものについては、なにも短期集中でなくともいいと思う。
興味がなくなれば自然と見なくなるし、逆に興味が出れば自分からみたがるもんだろうし、
そこそこなら忘れないうちに続きをゆっくり見ればいいんだし。
後段については、それ故に「彼女の方から言い出した」という設定にしているというのもありますね。
彼女が積極的に興味のないものを、いかにオタ的暑苦しさ鬱陶しさを抜きにして、かつ
オタ世界の魅力をあっさりと受け入れてもらうか、そのセールストーク的コミュニケーション訓練が主眼ですから。
基本は「脱オタ」方向なんですよこれ。
これってまさにその確認をするための作業なんですよね。
もしそこで「差がない」と思いこんでしゃべったら、たぶん破局一直線だろうし。
むしろ、差があることを認めてこそ、オタと非オタが相互に肯定しあってうまくやっていけるんじゃないかと
そういう期待はあるんですけどね。脱オタとは、オタをやめることではないと思ってます。
そいつは素敵すぎるぜベイベ。その狂気に触れ共感しつつ、あくまで正気を保ちたいぜ。
そんなパーフェクトジオングみたいな珍妙な生き物居るわけ無いでしょ?
10本程度では酒に慣れる程度で酒の味が分かるようになるかというとどうか?
普通に好奇心が強いだけなんだけどな。そして染まりはしないが理解しようという気はあると。それだけの話だよ。
それに、誰も10本で酒の味をわからせようなんて言ってはいない。だから「軽く紹介」なんだし、きっかけ、入口。
『美味しんぼ』で偏食を直したカツ丼みたいなもん。あるいは今の漫画なら『神の雫』。
基本目が細くて等身が細めのアニメが中心だな。
まあ、萌えに踏み込む必要はないしね。後半はそれこそ「おめでとう」だよな。
お勧めされると逆に引く
いや、レコメンドでは全然ないのだけれど。
「オタが考える非オタのためのアニメ十選」っていう企画じゃない。
……なんでハルヒ?
カリオストロの城くらいで。
つーかムリにアニメなぞ媒介にせんでもええやん。
だからハルヒじゃない10本目、いいものあったら教えてくださいと書いたわけで。
カリ城はどうしても「ルパン」という枠があるので、先入観のないものを。
別にアニメでなくとも、漫画でもなんでもいいと思います。今回はたまたまアニメだと。
…(^ω^;) ((((((^ω^)
そう言いたくなる気分はわかる。けど、ここで目指しているのはそこからの脱却。
可能か不可能かはこの際おく。できると思ってるから書いた。
b:id:fuldagap 愚の骨頂
オタ世界的読解を捨てるわけじゃない。けれどそれは俺個人のもので、彼女にそれを知ってもらったり
まして共有してもらう必要もないだろ。
けれど、彼女がそういう俺の存在を許容してくれるなら、彼女に理解できる範囲で、俺という人間を
彼女がオタじゃあ意味がない、けれどせっかく自分と違うものの見方をしてるのに見守ってくれてるだけじゃ勿体ない。
彼女の感性を汲み取り、俺のコミュニケーション能力を向上させたい。
それくらいの貪欲さは持っていたいものだなと思ってる。
結果として彼女によって俺のコミュニケーション能力が引き上げられたらいいな、という期待を
もつくらいには貪欲でありたいなと思っている。
(tekitousphere - wideangle Weblog 2008-07-23「コミュニケーションの目的は……!」ということ。
での御指摘を受けて、改めました)
むしろそういうほうがアリかも。ありがとうございます。
あと、http://anond.hatelabo.jp/20080723070944にお返事を書きました。
http://twitter.com/wideangle/statuses/865446462
うへー……。
http://twitter.com/wideangle/statuses/865447639
結局「俺の」「能力」なのか。
お気持ちはよくわかります。私の書き方が悪かったですね。
そこで期待しているのは所詮は反射的効果に過ぎません。
そこに期待してもいいだろう、程度のもので、それを得ようという強固な目的意識まではない。
そこであえて「これってSF読みが女の子に贈ってしまう地雷なんだよね」と前置きして贈るってのは
どういうもんなんだろうなと。
そこでそういう風俗を面白がることのできる人もいるだろうけど、それがどういう面白がり方かと
考えてみると、あんまりいい結果になりませんよね。
全部好きな作品からのチョイスですよー。
「勉強のため」だったら『天使のたまご』が確実に入るし、そんなリストはそもそも表に出せるものじゃないです。
種明かし……だよね?天然で書かれたものならあまりにも狂気。ネタ文なら種明かしなしの方が完成度高い。
この場合、どちらともとれるような書き方がいいのかなと思いまして。
そりゃそうです。だから「俺の10本」でしかあり得ないし、「他人の10本」が知りたいです。
そして、女の子が主人公のアニメで女の子が感情移入できるものって、かえって少ないような気がしています。
そこの議論こそ、大切ですよね。
全くです。返す言葉もありません。
だから、見せることなく脳内に入れたまま墓場まで持っていくアニメのリストに結果としてなってしまってもいいんです。
順番に意味はないって書いたじゃん/あんなもん「話せばわかる」なんて思ってるやつの方が希少でしょ。
あれこそ正に「見て感じてしゃべる」ためのアニメだし。だからここに入ってるんだし、話せそうもないなら打ち切ればいいだけ/
常々思ってるんだけど、そこまで言うなら押井守はノンフィクションをやればいいのに。
今回もそうだけど、僕が作っているものにあるのは、生きるということはどう考えたってつらいんだ。
正直、これをフィクションで語られても俺にはピンとこないのであって、
「こういう例を出して適切かどうか分からないけど、『耳をすませば』に出てくるような健康的な一家を見て、果たしてアニメーションを必要としている今の若い子たちが勇気づけられることがあるんだろうか。
僕は、ないと思う。『耳をすませば』を見て生きる希望がわいてきたり勇気づけられる子は、もともとアニメーションなんか必要としないんだと。
アニメでも映画でも小説でも何でもいいけど、フィクションを人並み以上に求めている子たちには、ああいう形で理想や情熱を語られても、むしろプレッシャーにしか感じられないはずだ。僕はそういうものは作らない。
今回もそうだけど、僕が作っているものにあるのは、生きるということはどう考えたってつらいんだ。
多分、あなた方を取り巻く現実もこれからの人生も、きっとつらいものに違いない。いろんなものを失っていく過程なんだということ。
生きていれば何かを獲得すると若い人は漠然と思っているんだろうけど、実際は失っていく過程なんだよって。 」