はてなキーワード: 択一とは
対策をちょっと考えてみたので、メモがわりにこそっと。
・司法試験合格者数は維持ないし減少。将来的に需要が追い付いてきたら徐々に増やす。
・法科大学院制度は維持、ただし、法科大学院合格者数(ひいては法科大学院数)は減らす。→当初の予定どおり、合格率7割~8割以上になるように。
・司法修習制度は廃止。ただし、従来司法修習で行っていた実務教育を法科大学院にもってくる(法科大学院は「専門職養成」のための機関なので、これが本来あるべき姿ではないかと)。
→たとえば、基礎的な最低限の法的知識を問うような統一の試験(択一みたいなもの。現行の司法試験よりは簡易な形の論文があってもよいかと)を法科大学院最終学年前に行う。これは絶対評価で、通らなかったら受け直し。
法科大学院最終学年前の教育については、各法科大学院の自主性を尊重しつつも、最低限の法的知識は必ず身につけるようなカリキュラムにする(2年で足りないなら年数増やす。法学は身につけるのに時間がかかるというのであれば仕方ないのではないか)。
こんにちは、法曹養成を専攻していた司法試験法第1嬢です。私は無駄な学歴と知識があるだけのただの法務博士ですが、恋愛に関してはプロフェッショナル。今回は、合格(モテ)る女子力を磨くための4つの心得を皆さんにお教えしたいと思います。
1. あえて2~3年前の法科大学院試験六法を教室に持っていく
あえて2~3年前の法科大学院試験六法を使うようにしましょう。そして教室で好みの男がいたら話しかけ、わざとらしく六法を出してめくってみましょう。そして「あ~ん! この六法本当にマジでチョームカつくんですけどぉぉお~!」と言って、男に「どうしたの?」と言わせましょう。言わせたらもう大成功。「ホーリツとか詳しくなくてぇ~! ずっとコレ使ってるんですけどぉ~! 警察官職務執行法も載ってなくて使いにくいんですぅ~! ぷんぷくり~ん(怒)」と言いましょう。だいたいの男は新しい六法を持ちたがる習性があるので、古かったとしても平成22年度版のポケット六法くらいは使っているはずです。
そこで男が「新しい六法にしないの?」と言ってくるはず(言ってこない空気が読めない男はその時点でガン無視OK)。そう言われたらあなたは「なんかなんかぁ~! 最近有斐閣判例六法が人気なんでしょー!? あれってどうなんですかぁ? 新しいの欲しいんですけどわかんなぁぁああい!! 私かわいそーなコ★」と返します。すると男は「有斐閣判例六法平成23年度版でしょ? 平成24年度版はまだ出てないよ。本当に良くわからないみたいだね。どんなのが欲しいの?」という話になって、次の休みの日にふたりで六法選びのデートに行けるというわけです。あなたの女子力が高ければ、男が判例六法professional買ってくれるかも!?
「キャー!」とか「悲しい!」などを表現する「><」を、答案用紙の最後に「以上」の代わりに入れると、添削を担当する男性司法試験考査委員は「なんかこの子カワイイなぁ」や「合格させてあげたいかも」と思ってくれます。文字のみの答案用紙上では、現実世界よりもイメージが増幅されて相手に伝わるので 「><」 を多用することによって、男性はあなたを可憐で女の子らしいと勘違いしてくれるのです。そういうキャラクターにすると、ほぼ絶対に同性の考査委員に嫌われますし、特定人の答案であると判断される記載があるとして無効答案になる可能性もありますが、気にしないようにしましょう。
3. とりあえず男には「えー! なにそれ!? 知りたい知りたーい♪」と言っておく
自主ゼミ後の飲み会などで男が女性に話すことといえば判例や過去問の話ばかり。デキる既修女性にとってどうでもいい話ばかりです。でもそこで適当に「へぇ~その事案が平成7年判例の射程距離内だと思ってるんですか~」とか「違憲審査基準論か三段階審査論か以前の問題なんですけどねぇ」と返してしまうと、さすがの男も「この女、俺より出来る?」と気がついてしまいます。新司法試験1000番以内の合格が確実と思われたら終わりです。そこは無意味にテンションをあげて、「えー! なにそれ!? 知りたい知りたーい♪」と言っておくのが正解。たとえ興味がない判例や過去問の話題でも、テンションと積極性でその場を乗り切りましょう。積極的に話を聞いてくれる女性に男は弱いのです。
いろいろと話を聞いたあと、「弁論主義は裁判の基礎となる訴訟資料の収集と提出を当事者の権能および責任とすることで、自由心証主義が事実認定・証拠評価について裁判官の自由な判断に委ねることなんですね! 覚えたぞぉ! メモメモ!」とコメントすればパーフェクト。続けて頭に指をさしてくるくる回しつつ「カリカリカリッ!カリカリカリッ!」と言って、「どうしたの?」と男に言わせるのもアリ。そこで「私の基本書(シケタイ)に書き込みしているのでありますっ☆」と言えば女子力アップ! そこでまた男は「この子おもしろくてカワイイかも!?」と思ってくれます。私は無駄に学歴と知識があるだけのただの法務博士ですが、こういうテクニックを使えば私のような頭の良い女でもモテたりするのです。男は優越感に浸りたいですからね。
男と試験場に入ったら、最終日の短答式試験に思いを巡らしていふりをして「あーん! 私、短答式試験が嫌いなんですよねぇ~(悲)」と言いましょう。するとほぼ100パーセント「どうして? 択一が苦手なの?」と聞かれるので、「苦手じゃないし模試では合推(合格推定点)とったけど、受験したくないんですっ><」と返答しましょう。ここでまた100パーセント「合推とってるに、どうして受験したくないの?」と聞かれるので、うつむいて3~5秒ほど間をおいてからボソッとこう言います。「……だって、……だって、私が短答式試験に合格したら、他の誰かが不合格になっちゃうじゃないですかぁっ! 特に未修かわいそうですぅ! せっかく借金背負って3年かけて修了できたのにぃぃ~(悲)。論文の採点すらされないんですよ……」と身を震わせて言うのです。
その瞬間、あなたの女子力がアップします。きっと男は「なんて優しい天使のようなコなんだろう! 絶対にゲットしてやるぞ! コイツは俺の女だ!」と心のなかで誓い、あなたに惚れ込むはずです。意中の男と付き合うことになったら、そんなことは忘れて短答式試験で7割(245点)以上とって大丈夫です。「受験したくないんじゃなかったっけ?」と言われたら「大丈夫になった」とか「慣れた」、「こちとら5年で3回の制約の中、生きるか死ぬかの戦争やってんだよ、ヌルいこと言ってんじゃねぇよタコ助が」と言っておけばOKです。
http://anond.hatelabo.jp/20110506180049
http://anond.hatelabo.jp/20110507110042
モテる機械系女子力を磨くための4つの心得: ΤΟU ΦΙΛΟΤΙΜΟ〜彼方にこそ栄え在り〜
http://baboon.way-nifty.com/tou_filotimo/2011/05/4-142f.html
http://anond.hatelabo.jp/20110508205059
モテる女子力を磨くための4つの心得「オムライスを食べられない女をアピールせよ」等 – Be Wise Be Happy Pouch[ポーチ]
http://youpouch.com/2011/04/26/162331/
理系憧れるわぁ。
http://b.hatena.ne.jp/entry/twitter.com/kmori58/status/57630143555977217
buhikun これはひどい
↓逆張りオヤジの暴論来たよ(怒)/透析や酸素吸入が充分に受けられない事態が正当防衛緊急避難と同視しうるって、現在の危難があるとでも?そっちの方が馬鹿丸出し(嘲
2011/04/12
letterdust
「トリアージは限られたリソースを優先的に…」みたいな主張してたけど、本当は黒タグが貼りたいだけなんでしょ?変態やな。
2011/04/13
tari-G
出し。2種類の危険が択一的に成立可能性がある場合、切迫性急迫性がある方が優先するんだよ。正当防衛緊急避難と考え方は同じ。少しは頭を使え。
「女はヤクザだと思っておけば間違いありません。メンツと金で生きる生き物です。
メンツさえ保ってやればそれほど怖くありませんが、メンツを傷つけることだけはいけません。
平和に暮らしたいなら女に逆らってはいけません。
土地柄もあるとは思うけど、最後の一行以外は男と女真逆で思うわ。
男って、「メンツ」って”自分”が思い出すと、(はたから見ると、馬鹿馬鹿しい以外のない物でもない事も多い)
これって自分が女だったら「女が男に勝てるのは忍耐だけです」になるのか…しょーもないよなぁ…
そういう男って、少なくないぞ?
(若いのも、歳取ったのも)
http://anond.hatelabo.jp/20091006210805
カメラ選びにかんして、家の兄が手紙を書いたからポストに出してくれって言うの。
でも、1年前にカメラを買った僕からも一言付け加えたい。
ちなみに僕は一眼カメラなので一眼カメラ中心の説明になってしまうかもしれません。
まず、自分はどんな用途にカメラを使用すのかを考えてみてください。
特に一眼レフの場合カメラボディの他にレンズ選びという要素もあるため
自分がどんな写真を撮りたいのかが明確になっているとカメラ・レンズ選びの方向が見えてくるでしょう。
この場合カメラ選びを難解にし、さらに具体的な被写体が定まっていないため、
カメラを購入してもあまり使わず放置または手放してしまうことになるかも。
逆からに考えてみることで目的にあったカメラ選びができると思います。
また、一眼レフの場合は撮りたい写真に応じて適切なレンズが異なるため、
まず被写体に適したレンズを選び、そのレンズが使用できるボディを選択するとよいでしょう。
一眼レフカメラは一眼レフ特有の写真を撮影するとこができます。
また、レンズを付け替えることでボケ味や画角の違った写真を撮影できることも一眼レフカメラの楽しみでしょう。
いくつか例を上げてみますが以下のような一眼レフカメラの利点が必要ない場合はコンパクトデジカメで十分だと思います。
写真撮影を目的として撮影を楽しみたいのであればコンパクト一眼レフカメラの入門機から選択してみるのもいいでしょう。
またこの際に使用するレンズですが、単焦点レンズがオススメです。コンパクトな入門機用一眼レフのボディにマッチするコンパクトなレンズで、各社から価格も安いものがそろっていますし、切れのある写真とボケを生かした写真を撮影することができます。
人や被写体が限定された写真を撮りたい場合、背景をぼかし被写体をクローズアップさせる撮影方法があります。
残念ながら彼女ができなかった場合でも、世の中には綺麗な衣装を集団で身にまとい写真を撮らせてくれる女の子がいるようです。
この場合も高い解像力と大きなボケを出せるよう、彼女が居ない分お金をつぎ込みフルサイズ型の一眼レフを購入してみてはどうでしょうか。
上記に似たシチュエーションですので一眼レフと単焦点レンズの組み合わせが最適です。
また、F値の低い明るい単焦点レンズは暗い室内での撮影にも適していますので、明かりの少ない室内でも手ブレの心配はありません。
機動力を生かすのであればコンデジになるかもしれませんが、高倍率ズームレンズのを使用することで一眼レフを活用することができます。
スポーツシーンではシャッタースピードが必要とされるためISO感度を高く設定できる物がいいでしょう。
各社同系統のラインナップのなかでキャノンの機種にシャッタースピードが早いものが目立ち、
風景写真を撮るためにはこれまで紹介してきたような単焦点では全体的にボヤボヤしたような写真になってしまいがちです。
したがってこの場合はシャープで解像力の強い広角レンズを選択するとよいでしょう。
夜景は風景と同じで抽象的な被写体がないため、全体をきちんと捕らえられる広角レンズがよいでしょう。
暗い場所での撮影だからといって絞りを開けて撮影するとボヤボヤした写真になってしまい
とくに建物の明かりが丸くボケてしまったりすのでISO感度を高く設定して撮影しましょう。
また、暗い場所でのISO感度を高く設定できてもシャッタースピードは遅くなりがちなので三脚も必要になるかと思います。
この機械を操作するには様々な設定項目をいじって撮影することになるのですが、
すぐに取り出して撮影して満足のいける写真が撮れるのはコンパクトデジカメです。
これはコンパクトデジカメはオート撮影を前提に使用されることを想定して
撮影モードが調整されているからではないかと思います。
ですからコンパクトデジカメはホワイトバランス等のミスがおこりずらいのです。
一方、一眼レフカメラはコンパクトデジカメのようにオート撮影、全てデフォルトのままでは
ホワイトバランスがおかしかったり、色の反映の仕方がおかしい場合もあり
絞り・シャッタースピードの設定ミスにより真っ白な写真や真っ黒な写真になることもありうるのです。
また、手ブレ補正機構も近年やっとレンズ内に搭載されるも、ボディ内に搭載された機種はまだ少ないのが現状です。
逆を言えば一眼レフカメラはシチュエーションに合わせた色造りや
水の流れを演出する手法、歩いているはずの歩行者を消す方法など
撮影者しだいで様々な写真を作り出すことができるのです。
撮影場所の環境によっては大きな三脚を持ち出したり、撮影者が寝そべって撮影をしたりと
自分の描く写真を現実化するためなら苦労を惜しまない人には一眼レフカメラはうってつけでしょう。
近年、デジカメ以外にも携帯端末などにもカメラを搭載した端末が増えてきていますね。
ここでよく画素数やメガピクセルなどと言うスペック値が出てきます。
この画素数は年々数値が大きくなってデジカメのセールスポイントとしても使われているのですが
このスペック値は大きければ優れているかと言うとそうとも限りません。
しかし、現在の携帯電話で撮影した写真は高解像度にはなっているが、
相変わらず虹色のノイズなど混じっていて、優れているかと言うとそうではないと思いませんか?
そうなんです。今も昔も携帯で撮った写真は携帯で撮った写真でしかないのです。
この画素というのは画像の最小単位で、イメージセンサに並べられた数を画素数といます。
イメージセンサというのは被写体を写しこむためのフィルムのような物で
カメラの大きさに比例して主に搭載されるサイズが決まっています。
画素は年々小型化され小さなイメージセンサに大量に敷き詰められるようになった結果
小さなイメージセンサを持つコンパクトデジカメでも1000万画素を持つスペックへと成長しました。
しかし、高感度設定が可能な一眼レフカメラに搭載されている画素と違い
小型化され、小さなイメージセンサに搭載可能となった画素は感度が悪く
今ではコンパクトデジカメでも1000万画素を下回る機種は珍しいかもしれませんが、
印刷目的であっても雑誌の表紙を飾るような写真を求めない限り、600万画素もあれば十分だと言われています。
くれぐれも有効画素だけでカメラ選びをしないほうがいいと思います。
読みづらい、わかりづらい点があるかと思いますが、参考にしていただければ幸い。
絶賛現実逃避中です。
さて、今日はリクエストのあった、新司法試験の出題趣旨についてコメントしたいと思います。
と思ったんですが、今年のは受けてないので、新司法試験について一般的なあたりを述べてみたいと思います。
旧試験は、大卒なら免除になる一次試験の後に、択一と論文からなる二次試験、最後に三次試験として口述試験がありました。
そして、択一の合格発表は論文試験前に出るので、択一対策と論文対策を分けて行うことが出来ました。
しかし、新制度では、一次試験と三次試験がなくなった代わりに、択一と論文を同日程で行うこととなりました。
そして、択一の出題範囲は、旧試験では上三法(憲法、民法、刑法)だったのに対して、上三法に加えて、商法、民事訴訟法、刑事訴訟法、行政法も出題範囲に加わっています。
論文科目についても、行政法が加わっていて、さらに、専門性のある科目が選択科目として追加されています。
論文では、公法系、民事系、刑事系、選択科目について、それぞれ3~4時間かけて、超長文の問題を扱っていきます。
そして、ロースクール卒業後5年以内に3回しか受けられません。
よく、新司法試験の合格者は、旧試験の合格者より質が劣る、という言説が聞かれます。
実際に、今の司法試験の合格率は非常に低く、合格者が少ないので、質が高いのは間違いありません。
もっとも、以下のような事情もあります。
つまり、新制度では受験回数の制限があるので、記念受験などあり得ないが、旧試験ではそういう受験生が多い。
また、上述のとおり、試験自体が過酷になっていて、法律知識以上に、高度な情報処理能力が要求されている。
そう考えると、言うほど質が粗悪というわけでもないような気がします。
そして、質が低いの一例としてあげられている、2回試験の合格率の低下ですが、これもおかしい。
というのも、質が低いと言われ出したのは、司法試験の合格者が増え始めた時期ですが、これは同時に、司法修習の期間が短くなった時期でもあるのです。
また、かつては司法修習は2年間でした。それが現在では1年です。身につけるべき事項は、新制度の施行とともにどんどん増えていきます。
もっといえば、「弁護士と1度酒を飲みに行ったら就職が決まった」というようなかつての牧歌的な就職状況とは違って、現在では、弁護士業界は超氷河期です。
出来なくなって当たり前のような気がします。
司法試験に落ちた。2回目。
だが、ある中堅弁護士の発言があまりに酷い。
2007年が40.18%
2008年が32.98%
2009年が27.64%
(三振者とは、司法試験に3回落ちて、受験資格を失った者をいう)
1-(1-0.4018)×(1-0.3298)×(1-0.2764)
= 1-0.5982×0.6702×0.7236≒ 71%
三振者が3回以内に新司法試験に合格する確率は70%を超えていた。
(旧制度では、三振制度がなかったためにこのような計算はできない)
結 論
三振者に同情の余地なし
http://legal-economic.blog.ocn.ne.jp/umemura/2009/09/post_820c.html
ところがこの先生、旧司法試験で択一式試験(要するにマークシート)に4回落ちてる。
最終合格したのは6回目。
http://legal-economic.blog.ocn.ne.jp/about.html
この人の時代は司法試験を何回でも受験できた。択一試験の科目だって今の半分だ。
現在の受験生は3回しか受験資格が無い。しかも大学院に数年通うことが必須とされている。
受験できるのは修了して5年以内。
この人のように働きながら受けることは事実上不可能となっている。
高い合格率、異業種から多様な人材を法曹に育成する、大学院の教育能力は充分、
そんな謳い文句で会社を辞めて来た人も大勢いる。
合格者数も当初3000人とアナウンスされていたのに2000名弱で停止。
発足わずか5年でこの波乱だ。
旧試験時代には、ここまで受験生が振り回される事態は無かった。
これほど昔と状況が違うのに、3回落ちるのは同情の余地が無い、とこの先生はおっしゃる。
司法試験で一定の技量を見せないと仕事に触れることが出来ない。
客に迷惑をかけるわけにはいかないからだ。
力が足りなかった以上、俺が撤退するのは仕方の無いことだと思う。制度をごちゃごちゃにした国に恨みは残るけどね。
まあ、↓のように、いい中年が弁護士資格を鼻にかけて大はしゃぎしてるような世界だし、入らないでよかったのかもしれない。
そう思いながら、新しい道を模索している増田26歳の秋。未来はどこだ。
キミが数学できないのはよく分かった w
(キミのアタマでは無理だとおもうが)
このコメントがバカをさらしていることを理解できないのは
シアワセなのか?
しかし、間違ったアホなことを堂々と書いて平気でいられるのは
匿名の良さだね。
三振制度の限定の下でなりたつと、ちゃんと括弧書きで注意書きまでしてるのに
( → 国語力もないってことか)
確率論を応用した実質合格率の概念も理解できんとは -----
こんなんが分からんということは
(実質概念を考えることができないクルクルパーじゃどうしようもない)
みんな、ゆとり世代?私大文系専願?洗顔?顔洗って出直してこいや。
最低合格点をどうしてもあげることができない答案ばかりで
よく分かる。
ここのコメントのような明らかにバカなことを答案に書いてるので
点のやりようがないってわけか www
はじめに
ログのすなどりに嫌気がさし、大半の人は「水伝」との係わりを渋ります。折りしも「●かな●さん(他称?のため)」のコメ欄で騒動が再開されました。予備知識がなく二の足を踏むのはもっともですが、人物が整理され、構図も実相も鮮明となっています。臆することなくフリーハンドで結び目を解く新人が参入して良い頃、読者にとっても良い機会ではないでしょうか。
人物(A・B・C・D)
!現在「共感派」を構成するのは、二年前の不用意な記事がやり玉となったブロガー同盟ではなく、Cを起点にはじけた「連座制が嫌で黙っていたけど、心中は穏やかではなかったです」タイプの中間層の繰り上げ。
四人には「蜜月時代が嘘のような」という紋切り型は相応しません。不即不離、木箱(親和的ではないサークルに向けるあなたの呼びかけは、共感、論理派以前の分岐点となります)に居心地良く収まった当時の様子はたやすく思い描くことができるでしょう。論理派(世間知を蔑ろにするトラブルメーカー!)が、数多のブログから応答が困難な共感派(反知性主義の擁護者!)の文章を今もこぞって俎上にのせるのは、私怨だけで説明がつくものではありません。
!水伝には「的確な人物評は罵倒と見分けがつかない」という魔法の言葉が存在する。
o A 「軽はずみな謝罪を行い、軽はずみに謝罪を求める」人物とされる。「怒りの表明と記事の削除、言明(反省)を促す行為は、謝罪要求にあたらない」といった理屈を受け止めることができるならば、あなたはこちらのグループ(論理派)に入る。
o B そのパートナー。踊り子の軽快なステップ、武道家の重厚なさばきを併せ持つ論客を自負する。まるで組み手上等の伊東富士子だが、場に響くのはきしみ、無理強いした関節の悲痛。
o C その友人。職業スキルに信頼を置く千の衆望を担った元メルマガ発行人。耳目をそばだてるフレーズを多用し、自身への火の粉を振り払うためでも、育成したスキルのネット社会での応用を頑なに拒む。
o D その崇拝者。コピペブロガーの上位にあたる引用ブロガー。三行を超えたコメントの通読が苦痛をもたらすのは、選択と長短が不適切だから。「違和感は読者を立ち止まらせるための文章術」という評判は拾えず。
人物(E・F)
先の四人とは趣が異なり、リアルで交流を楽しむ情景(たとえばBとEのテーブルを挟んでの談笑)は、どれほど想像をたくましくしても浮かびません。
左翼的言論を活発に展開していた四人は異質を迂回できず、受容か拒絶の択一を自身に課しました。Eグループが騎士団と呼ばれ、Fグループがカルト(信者)に喩えられたのは、EとFがシンボルに祭り上げられた(落とし込まれた)からです。二人への直接批判は無益と下部が了解している節があり、強い批判が引き受けた支持者らへ向きます(沈黙は肯定か逃亡とみなされます)。
E・Fにカリスマ性は露も認められませんが、サークルクラッシャーの資質は備えます。隙が多いのも特徴的で、Eはそれを「観測気球」、Fは「無頼」とする演出が見え隠れしますが、今に至るまでその効能は明らかになっていません。
背景
水伝一幕は、科学リテラシーを感情で語る者と品格を論理で語る者との争いでした。ネットの論争で前者に勝ち目はありません。その「論理」で科学を語り、ほころびが露になる前に敵失によりステージが一気に変動したのです(トラバ論争)。qed「水に脳はないから水伝はいんちき」は、外野の「理系」にも含みを招いたことでしょう(一人が対話を試みましたが、Eの「謝罪認定」で終了します。そのブロガーはようやく「事情」を悟り、取るに足りない汚名と引き換えに撤収できました)
前者が退いた後もネットリテラシー、主観論、運動論を引きずり、メンバーの参入と離合が劇的に行われます。グループ分け終了後の大きな対立軸としては、Eの「邪推が成り立つ」、Fの「ハラスメント」問題があります。語りつくされた疲弊感も漂いますが、「謝罪論争」直前のBの失言など踊る余地も残されています。
渦中へ
G(A)のコメ欄に向かう前に、読者は論点に対する見解を用意します。
o「双方論争」から引いた「卑怯者論争」は正当か?
o Gの回答(ハラスメント)はなぜ無効とされるのか?
o グループ内で発せられた嘲り、暴言に論理派が倫理の判定を「忌避」した理由は何か?(流れを読め、発言者本人に尋ねよ、罵倒芸だ、訴えればどうかと回答した人々の真意は何か?)
o 過去ログから相手側への謝罪が提出された場合、論理派は詰みではないか?
o 論理派の張った狭義(「双方」は頻度と深刻をデータ化し、等量である事を明示)、予防線(性的言辞は最大値、蔑称は最小値をとる)は妥当か?
o 一般認識、文脈大問題は「邪推が成り立つ」を問われた場合、詰みではないか?
o 「嘲笑」目的以外の、コメント削除を行いながら投稿禁止の処置をとらない理由は何か?
過去へ
ひと続きの古い結び目から解きたいと希望する読者は、出典をみずから発掘し、不明な部分の詳細を確認することが条件になります。引用を避けたのは、騒動の教訓に「人は埋め込まれたリンク先すら読まない」とあるからです。
関連を訪ね、水伝以前までログを遡ることで「神の視点」を体感し、デッドエンドの憂鬱な記録を「ハッピーな」団欒シーンで読み終えることができます。
「春樹受賞の弁」を踏み台にするのは良い考えではありません(デッドエンド)。会話はA・B・C・Dに限ること。他と応答する義務はなく、価値も認められません。四人は確かに傷を負い、自分に借りを作りました。伝言ゲームの応酬では勘定が合わないはずです。
おわりに
嘲笑や恫喝は慣れっこだが、家族への言及には耐えられない、尽力する保護事業に累が及ぶのは不当だと考えるなら、goo。
※劣勢の共感派への疑問を追加(しかしAE混成チームに痛み分け以上の戦績を残せる者が何人いることか)。
共感派は論理の不備を質されている訳ではなく、誰かのそれに乗じて済ました過去を見咎められている(みんなで笑ってやろう)。その「論理」が牙を向いたとき、なすすべもなく動転し、次に誰かの当てこすり、空騒ぎに乗った。以前の踊り場がどれだけ狭量なものであったかに目を背け、遥かに刺々しい場所を臨んだのではないか。
今日逮捕されたid:realiste0について、はてな民なら知っているかなとも思ったのだけれども、いちおう書いておく。
http://web.archive.org/web/*/http://d.hatena.ne.jp/fer-mat/
2005年頃には、結構人気があったので、当時はてな民だった人は記憶の片隅にはあると思う。
2004年当時の記事を読んでもらえれば分かると思うけれど、東大生にありがちな、斜に構えた感じの、それでも普通の学生だった。
一周完了ヽ(´ー`)ノ
確か10月17日に憲法が一周完了したから、二ヶ月弱で民法一周。ほとんど電車内で解いて500問。ちりも積もれば何とやら。民法一周終えた感想。難しいのは行為能力(保佐人だの成年被後見人だの)、担保物権法(根抵当だのなんだの)、不法行為に関する議論(共同不法行為における求償関係など)、取引安全(善意、善意無過失、善意無重過失などの要件が煩雑)。債権総論は思ったより難しくない。商法の有価証券法に比べれば指名債権譲渡の議論なんて屁みたいなもの。契約各論も択一に限って言えばかなり簡単。
つうか商法マジ意味不。大体学生に為替手形だの白地手形だの株式だの言われてもピンと来ない。その上、引くべき条文が膨大で、しかも改正が多すぎるから六法がすぐ骨董品になる。商法だけ差し替えられるならまだしも、商法が変わるだけなのに六法ごと買い換えるのは不合理極まりない。またせっかく六法が手になじんで愛着が湧いてきたのに新しいのに買い換えろとは人情というものを分かっていない。
http://web.archive.org/web/20041216010957/http://d.hatena.ne.jp/fer-mat/より引用。
あまり彼を追っていたわけではないのだが、壊れ始めたのは卒業後?留年決定後?司法試験不合格後?
http://web.archive.org/web/*/http://d.hatena.ne.jp/leibniz0/
http://web.archive.org/web/*/http://d.hatena.ne.jp/revolu/
ネット上に彼の4年間の思考の軌跡が残っている。
人が壊れていく過程というのをここまではっきりと見ることができるものも、あまりないと思う。
1 名前: エリート街道さん 投稿日: 2001/04/18(水) 00:15
これ実話なんだけど、今年の文一合格者に今年京大法を卒業した人が
いるんだって。
去年の後期から急に学校来なてふたを空けたら、いきなり文一受験してて
合格してたんだって。
司法試験の択一を去年受けたけど受からなくて、難しそうだから、ロースクール
狙いで東大文一を受けたんだって。もちろん、学歴ロンダの趣旨もあるだろうけど。
・
・
・・・・・・・京大法の東大コンプレックス、悲しい!・・・・・・・・・
・
・
お次は、京大法三年次に現役で司法試験に合格した人がいるんだけど、
研修所から研修所教官の推薦で文系最難関の東大法院を目指すそうだ。
・
・
・・・・・・・京大法の東大コンプレックス、悲しい!・・・・・・・・・
・
・
盲目的に地球温暖化を信じるのは悪くはないけど、あまりに二者択一的すぎる。
地球が温暖化していて二酸化炭素をへらすより他に道がないと思っている。
http://eow.alc.co.jp/alternative/UTF-8/?ref=wl
どちらか一方{いっぽう}を選ぶべき、??する以外{いがい}にない、??する他に道がない、??を余儀なくされる、二者択一{にしゃ たくいつ}の、択一的{たくいつてき}な、あれかこれか??せざるを得ない◆「どちらか一方を選べ」の意味
オルターナティブ?
ターって伸ばさないの?
カタカナ英語は難しい。
近隣住民が頑張ればもっと人が助かったのかもしれない。自衛隊ももうちょっと機敏に動けばもっと人が助かったのかもしれない。勿論両方頑張ってたらもっともっと多くの人が助かったかもしれない。それだけの話だろ。両者は択一の問題じゃない。両立できるし、するべきだ。
自衛隊が出動する事で救われる命がある。それなのに糞下らん政治的主張でそれを否定するのは、助かる命を切り捨てる事と同じで、人殺しも同然だ。
http://anond.hatelabo.jp/20070429020539
で書いたことの補足なんですが。
まず択一問題を立てている論者は誰なのか、というのが一点。
両立できないと考えている人はいませんよね。ここには。そこは少し冷静になっていただいて。
要は、トップダウンとボトムアップは両立する。別にそこに議論があるわけではないように思います。
http://anond.hatelabo.jp/20070429013850
は被災者として多少感情的になった一面はあるにせよ、大方正論といっていいと思います。
国家防災計画にあたって、自衛隊や消防隊の初動すなわち公助をいかにシステマティックに組み立てるかがきわめて重要であることはいうまでもありません。
しかし、いかに人命を救助しえたかを議論する場合、死亡との因果関係の分析を欠かすことはできません。
被災者の死因の分析から救助手段として防災計画を考えると、やはりキーになるのは、瓦礫の下にいるかもしれない人たちの発見、救出をどうするのかという問題です。
あなたがおっしゃるライフライン復旧の問題、それは確かに重要ですが、死因とのかかわりからいうと、優先順位としてはどうでしょうか。
さらにいえば、消防庁や自衛隊の災害派遣部隊の初動を迅速に進めるべきであるということに全く異議はありませんが、しかし、どうしてもスポット的にならざるを得ません。
都市型震災というのは航空機墜落などの人災や土砂災害などと違って、面的なハザードです。
広大な被災エリアに闇雲に点を投入する形にならざるを得ないわけです。
つまり、これが神戸の知事さんたちが問題にしている、公助には限界がある、という論点です。
彼らの主張は、自衛隊がもっと早く投入されていれば2000人助かったという分析は楽観的すぎるのではないか、ということですよね。自衛隊の役割の中心はおそらくそこではなく、ボトムアップの努力を前提としたうえでのインフラの復旧や食料住環境の提供を主体としたバックアップ体制なんじゃないでしょうか。
地域住民がここに社会的弱者がいるよと救助エキスパートに伝達できる体制、その連携といいますか。
そこで地域住民の防災意識とかいう話になってくる。
ただ、余談ですが、ボトムアップが重要だという教訓は、その阪神大震災以降、いろいろな防災関連の法整備のなかで多少ゆがんだ形でも現れてきたように私は感じていまして、例えば、先のリンクで紹介した毎日新聞の記事のなかで次のような結語があります。
人命救助は「自助」「共助」「公助」の順に進むものである。
これ自体は、近代法の原則からいって論理的に全くそのとおり、といいたいところなのですが、しかし、公助には限界がある→自助(自己責任)でお願いね、と強調されると困ったことになるのも事実。例えば、これまでハード面で提供してきた公助をやめようという話があるわけですよ。もう防災公共事業は沢山だ、と。これ以上日本の山河を鉄とコンクリートで固めてもしょうがない。リスクに関する情報を的確に住民に提供するからあとは自己責任でやってくれ、と。土砂災害防止法が典型なのですが、これは実務に関わっていて、疑問に感じるところがないわけではないですね。
要はタイトル通り「結局軍隊動かすのが好きなだけ、動かしたいだけでしょ?」って事だ。ここで「自衛隊は軍隊じゃない」って言い掛かりは無条件で頭悪い認定するので無視するとして、軍隊はあくまでも戦争のプロでしかなく、そうであらなければないとも考える。
念のために言っておくが、どこの国でも軍隊は災害出動をする。災害後の市街地というのは限りなく戦場と近い状態になる。だから
この前提は間違っている。災害の現場というのは「戦場」になるので、戦場での人命救助、戦場での一時的インフラ確保のプロである軍隊が出張るのは理に叶っている。仮に、レスキューか自衛隊、一方しか現場に来ないのならば、自衛隊が来る場合の方が助かる命は多い。レスキューは少数の人間を救う事に関してはプロだが、市街地全域の要救助者を救えるような組織デザインになっていない。
自衛隊にもその専門部隊があるって?そんな話じゃないだろ。消防隊員より迅速に駆け付けてくれるのか?年中ライフラインの復旧作業やってんのか?どう考えてもレスキュー隊員や専門技術者に太刀打ちできるとは思えないけどな。数の上でもスキルでもだ。
ちなみに、速攻でライフライン(というより、兵站と言った方が適切だが)を確保する訓練はやっている。やっていないわけがないだろう。補給線の重要さを舐める軍隊は負ける、なんてのはナポレオン時代から知られている事だ。
駆けつけるのは明らかに消防隊より遅いだろう。それがどうした?遅れたら来ちゃいけないのか?消防隊の人数と行動力、組織力では、全体の一割も救えない。
前述したように、レスキューは突然市外が壊滅するような極限状態を前提として組織されていない。装備的に限界がある。レスキュー隊は炊き出しマシンや飲料水大量確保マシンは保有していない。
結局もしもの災害の際に救助の手を差し伸べてくれるのは同居の家族だったり近所の隣人だったり、偶然居合わせた見知らぬどこかの誰かでしか無いわけだ。究極的には、周囲が皆絶体絶命の極限状態の際にはそこにいる全員の人間性・良心も試される事になる。火災で燃えている家屋、倒壊寸前のビルに自ら飛び込んで中にいる人間を救い出そうとするような人間の数、が問題になってくるわけ。自衛隊との連携、大いに結構。米軍への派遣要請、必然性があればOKでしょう。でも大元は社会全体の防災意識でしょう?都市の構造上危険な所は改修しましょうよ。消防署の数と隊員増やしましょうよ。訓練しましょうよ。避難場所、日頃の備蓄、チェックして管理しましょうよ。あと、ご近所さんとは顔なじみになっておきましょうよ。いろんな人となるべく親しくなっておきましょうよ。これらに比べたら自衛隊との連携なんてその次の次の話でしょう?
そうですね、次の次の話です。優先順位は低い。まあ、動作主体が違うのに優先順位も糞も無いんだが。同時にできる事に優先順位をつける必要はない。
んでだ、ここポイントなのだが「自衛隊の派遣要請が遅れたせいで犠牲者が増えたのだ!」「阪神淡路大震災は実際は阪神淡路大虐殺だ!」と騒いでいる人間にはその「人間ひとりひとりの良心に期待する」事を「何を馬鹿な」と否定もしかして、いやたぶん嘲笑する事が好きな連中ばっかりという事実がある。自分が筋金入りのエゴイストだから他人もみんなそうだと思うのか、良心的な人間が増えるという事は自分の同類が減る事と同義だから認められないのか、それとも結果自分の悪意が浮き出る事になるので許せない、と思うのかは知らないけれど。
ひとりひとりがどう動いたかは一切問題にしていない。自衛隊の出動が遅れたと言われている問題と、近隣住民の意識、何か関係があるのだろうか。
近隣住民が頑張ればもっと人が助かったのかもしれない。自衛隊ももうちょっと機敏に動けばもっと人が助かったのかもしれない。勿論両方頑張ってたらもっともっと多くの人が助かったかもしれない。それだけの話だろ。両者は択一の問題じゃない。両立できるし、するべきだ。
自衛隊が出動する事で救われる命がある。それなのに糞下らん政治的主張でそれを否定するのは、助かる命を切り捨てる事と同じで、人殺しも同然だ。