はてなキーワード: 戯画とは
優れたSFはいつも現実のデフォルメなんだって思う。つまり、現実の日常のある部分を取り出して、先鋭化して、戯画化して
そうしてできた空想の産物が、むしろ日常の異常性を自然に僕たちに理解させる。空想だから、リアルなんだ。そういうのがいいSFってもんだ。
『たった一つの冴えたやり方』は泣けるってことで有名なSFだ。でも僕はその本題より、むしろディテールの部分に感動した。
やった!これでようやく宇宙に行ける!16歳の誕生日に両親からプレゼントされた小型スペースクーペを改造し、連邦基地のチェックもすり抜けて、そばかす娘コーティーはあこがれの星空へ飛びたった。
イーアは彼らの星で、ドロンという非常に愚鈍な生き物の脳に寄生する。イーアは彼らに「罰」と「報酬」を与え、ドロンの行動をコントロールする…。
まあ一見すれば、SF的な突拍子もない設定だなって思うけど。よく考えれば、つまり、なんていうかな、これって僕たちじゃない?ってこと。それに気づく。気づきが大事だ。
僕たちは「体」からあらゆる信号を受け取る。痛みは「罰」だ。痛みを受けるようなことをしてはいけないのだと僕たちは僕たちの「体」に教育される。
快楽は「報酬」だ。セックスに快楽が伴わなければ、とうに僕らとの僕らの体は滅んでいるだろう。
まとめれば「精神が体を支配しているのではなく、むしろ逆なのだ」みたいな陳腐な結論に至るんだけど、それを自然に気づかせる力がSFにはあり、その気づきの瞬間を僕は愛してやまない。
あらすじとしては
主人公の夫が事故にあった。助かる見込みがないので夫のクローンを作り、その体に脳を移植することになった。しかしクローンを作るのにはちょっと時間がかかる。その間夫の脳を保存しなくてはいけないのだが、夫の元の体は殆ど機能していないので、これを維持するには莫大なお金がかかる。主人公はその経済的な事情から、夫の脳を自分の「子宮」に保存することにきめた。
まあこんな感じだったか。間違ってるかもしれない。大事なのは、「他人の脳を子宮で保存すること」この一点だ。
これは、随分ショッキングな想定だと思う。ショッキングであることは大事だ。だって、気持ち悪いでしょ。いくら愛する夫だからって、他人の、脳を、自分の腹に埋め込むなんて。ぶっちゃけキモイ。
でもさでもさ、それは大変素直な感想だけど、でも、考えてみてよ、これって僕たちじゃん。というか、彼女たちじゃない?
女の人は妊娠する。それって極自然で、すばらしいことなんだけど、でも「他人の脳を子宮で保存してる」のは上のことと変わりない。さっきショッキングであることは大事だといった。ショッキングであることがショッキングなんだ。だって、いえないよ。妊娠が気持ち悪いなんて。でも、でも、なんてったってそれは同じことで、だから、やっぱり気持ち悪いんだ。
これに「気づいた」とき俺はなんて非道徳的なんだろうて衝撃と、こんなものを書いたイーガンに尊敬を覚えた。僕の解釈が正しいとは思わないというか、多分間違ってる。つまりよくない解釈なんだけど、でもイーガンすげえって思った。
元増田もそうだろう
脱出する術は皆無だな。
そうなのかな
個人的にはそういう状況に遭遇すれば自分の内部の何かが変化する
とも思えない
これちょっと誤解のある言い方やめてほしいんだけどさあ
っていうだけだよ。
先鋭化したネタに走る奴等とそういうのばっかりとりあげる奴のせいで処女崇拝への誤解がひどくなってる。
カップルを忌み嫌ったり、
全然嫌ってないよお
嫉妬とかしたこともないよ
異常に被害妄想に囚われたり、
「俺は被害妄想なんかない」って言えないけど
適度で限定的で人に迷惑をかけない範囲で崇拝の気持ちはあるよ
若い頃女でいい目見れなかった男は、女に対して寛容な気持ちを持つことが出来ないんだよ。
寛容だと思うけどなあ
リアルでは穏やかだとか心が広いってよく言われるよ
学生時代に女と付き合えなかった男はやっぱり歪むよな。
歪んでるのは歪んでるのかも知れないけど
殺したくはならないけど
ずっと遊んでたけど将来に不安を覚える年になった女に捕まって
みたいな話は聞くだけでものすごく暗い気持ちになるな。
大学時代の親しい友人で
たったの2年でもううまく行ってないみたい。
まるごと自分には縁がなかったと考えたらどうかな。
俺はそうしてるけど。
最近やっと気付いたけど
十代の頃それらを強く望んでいたけど得られなかった、とかじゃないし
なんとなく仲間はずれになったようなぼんやりした嫌な気分があるだけだよ。
よくよく観察するとw
直近の投稿?何?スゴすぎ?会社で勉強大会しているのかなぁ~^^;
http://ameblo.jp/mystandardjp/entry-11018488804.html
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■ 9月15日の話題
9月15日(くがつじゅうごにち)はグレゴリオ暦で年始から258日目(閏年では259日目)にあたり、年末まであと107日ある。
1590年 - ウルバヌス7世 (ローマ教皇) ウルバヌス7世が教皇 ローマ教皇に選出される(在位13日で死去。在位期間史上最短の教皇)。
1821年 - コスタリカ、グアテマラ、ホンジュラス、ニカラグア、エルサルバドルがそれぞれスペインからの独立を宣言。
1830年 - イギリスで世界初の鉄道開通。開通式典で死亡事故。
1835年 - ビーグル (帆船) ビーグル号による世界探検を途上にあったチャールズ・ダーウィンがガラパゴス諸島に到達する。
1868年(慶応4年7月29日 (旧暦) 7月29日)- 戊辰戦争: 二本松城が落城する。
http://mystandardjp.cocolog-nifty.com/
旧暦9月15日は9月 (旧暦) 旧暦9月の15日目である。六曜は六曜#大安 大安である。
慶長5年(グレゴリオ暦1600年10月21日) - 関ヶ原の戦い
慶長18年(グレゴリオ暦1613年10月28日) - 支倉常長ら仙台藩の慶長遣欧使節が日本を出発
建炎4年(ユリウス暦1130年10月18日) - 朱子、朱子学の祖(+ 1200年)
貞享2年(グレゴリオ暦1685年10月12日) - 石田梅岩、思想家(+ 1744年)
文政8年(グレゴリオ暦1825年10月26日) - 岩倉具視、政治家・明治維新の元勲(+ 1883年)
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チャンピオンズリーグ | 今ホットな話題情報
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■ チャンピオンズリーグの話題
大会名
開始年 1955
終了年
参加チーム数 32
(3回目)
(9回)
備考
欧州クラブシーンにおける最も権威ある国際大会であり、各国リーグ戦の上位クラブが総登場することから世界的な注目を集める。勝ち上がるごとにクラブには莫大な収益がもたらされ、優勝クラブは名実共に欧州一の称号を得られることから、自国のリーグ戦よりもこちらで勝つことを優先しているクラブも数多い。
優勝クラブは「クラブ世界一」を決めるインターコンチネンタルカップ (サッカー) インターコンチネンタルカップやFIFAクラブワールドカップへの出場権を得られるが、世界の有力サッカー選手は軒並み欧州のクラブに集中しているため、この大会で優勝したクラブが実質的には世界一のクラブであるというのが衆目の一致するところである。
http://w.livedoor.jp/nihonerimo/
■ チャンピオンズリーグ (曖昧さ回避)の話題
チャンピオンズリーグ(Champions League)
EHFチャンピオンズリーグ(ハンドボールのヨーロッパクラブNo.1を決める大会)
FUTSAL地域チャンピオンズリーグ
チャンピオンズリーグ (麻雀)
cs:Liga mistr?
da:Champions League
Champions League
http://www.geocities.jp/nihonerimodel/
■ チャンピオンズリーグ (麻雀)の話題
チャンピオンズリーグは、日本プロ麻雀連盟が主催する麻雀のタイトル戦。
古くは内外タイムス杯。2001年度前期までは王座杯という名称。2001年度後期よりチャンピオンズリーグへ改称。
半荘4回戦×5節。1半荘は時間制限ありの50分+1局で打ち切り。準々決勝からは現チャンピオンズリーグの1名を加えた16名で行う。決勝は準決勝勝ち上がりの4名で半荘5回戦。その半荘5回戦合計総合計ポイントトップ者が今年度の優勝者となる。
http://d.hatena.ne.jp/miyakichi/20110810/p1
漫画の話で、しかも20年前の日本人サラリーマンを戯画化したものなんですが、
今でも「日本人の男」の中にはこういう感覚あるんじゃないかと思う。
男は銀行員で、ワーカホリック。めったに家に帰らず、子供が病気の時ですら仕事。
女はそれでも男のことを愛していて、男を支えようと努力し、孤独にも耐える。
このあたりまでは日本人だアメリカ人だってのはあんまり関係ないところらしい。
男は妻を愛しているのだが、それを言葉にしない。「言わなくても愛し合っていれば伝わるはずだ」というのが彼の主張。
女は一度も男から愛の言葉を投げかけてもらえず、男の愛を信じる事に困難を感じる。
それどころか、男は家に仕事仲間を招いたときに、日本人独特の「謙遜」を使う。
「きれいな奥さんが家で待っていてくれるなんて羨ましい」という仲間に対して
「いやぁ、妻はがさつなもんで、自分一人のほうが心が休まりますよ」と返す。もちろん本心ではない。
だが、日本人のしきたりを知らない女は「私は必要とされていないどころか邪魔者扱いされている」ととらえてしまう。
そして、夫に対して「私に悪い所があるなら直すから話して」と言っても「そんなものはない」と相手にしてもらえない。
妻は自分が、もはや夫に相手にしてもらえないほど愛情が薄いのか、と感じてしまう。尊厳の破壊。
また他の時には男は妻に対して「おまえは怒るとこわい」というのを表現するときに、鬼がツノを生やすポーズを取る。
妻はこれを「デーモン呼ばわりされた」と受け取る。
よくわからんけど、アメリカの上流階級では「虐待」とか「家庭内暴力」としてみられるらしい。
結果として、妻は夫の愛情を感じられないどころか悪魔呼ばわりされ、人格をズタズタにされて麻薬に走る。
そして、後に回復した妻は、夫に対して多額の慰謝料を要求し、裁判所がそれを認める。
男は一生かかっても払いきれない額を、コニュニケーションの不一致の代償として背負わされることに成る。
日本じゃ考えられないよね。
お互いの性別のことをあまりにも知らなさすぎ。
どっちが悪いってんじゃなくてとにかくどっちもわかってない。伝えもしない。
ただ自分は悪くない、相手はもっと自分を尊重し、理解すべきってそればっかり。
よく女は被害者だっていうけど、無責任という点では女のほうがひどいってことも指摘しておきたい。
理解するのめんどくさいからレズに走る女の人は実に賢いと思う。
そのかわり男女のめんどくさい点に関わることから遠ざかってる以上、わかった口きかないで欲しいけど。
いつもいつもいつも思う。
偉っそうに、はてなで男と女の問題語ってる奴ってのは所詮極東の島国の小さな常識の是非を語ってるに過ぎないって。
たまにアメリカの文献持ちだして日本の批判してる奴も、あれ絶対向こうの国の良い所しか見ないでいってるよね。馬鹿らしい。
だから、こういう意見を書いてるやつらはそんなに現状が不満ならアメリカにでもいけといいたい。
そんで男は訴えられて賠償金を背負い、女は旦那に撃ち殺されればいいよ。
ものごころつくかつかないかの頃にチェルノブイリ事故があった。恐ろしい事故だという話は聞いていた。何千人、何万人、ともかく想像もつかない数の人が命を落としたと聞いた。同じような事故が日本で起こればもう全土が壊滅だと聞いた。
とはいっても、日頃原発にそれほど関心があるわけではなかった。一応理系だし、チェルノブイリと日本の原発が構造が違うことぐらいはわかるつもりだった。だからチェルノブイリと同じような事故が日本で起こるとは思わなかった。自然放射線の存在ぐらいは当然のように知ってたし、放射能と放射線の区別ぐらいは当然ついてた。でまあ、「事故が起これば大変だけれど日本の技術力は高いんだから、冷汗をかくことぐらいはあっても最終的には大丈夫なんだろう」と漠然と信じていた。
そこで、福島の事故があった。最初はタカをくくっていた。安全装置が働いて核反応が止まったと聞いていたからだ。ところが翌日には水素爆発があり、気がついたらレベル7、メルトダウンなんて大騒ぎになっていた。東京に住んでいた自分も、一時は関西の実家に逃げ帰ろうかと考えたし、実際3月19日から21日の連休は帰省していたのだ。
そこまで酷い目に遭ってやっと気づいた。原発のことで、自分はずっとマスメディアの洗脳に騙されていたんだと。ずっとウソを教え込まれてきて、真実でないことを真実だと思いこまされていたんだと。
だって、おかしいじゃないか。今回の事故は「チェルノブイリより何倍もひどい」はずなのにIAEAはチェルノブイリの方が断然深刻だって言ってるし、みんなが恐怖してるプルトニウムやストロンチウムだってチェルノブイリと違って福島ではほとんど放出されてないし、なにより放射線被曝で誰一人死んでないよね。一番恐れられていたヨウ素の内部被曝だって「精密測定は必要ない」レベルでしかないんだもん。外部への健康被害はなかったわけだよね。関西の実家に逃げた俺ってどんだけバカだったのって感じだよね。何が「レベル7事故が日本で起これば日本終了」だよ。バカじゃないのか。理系の俺でも騙されてたんだもん。ひどい話だよね。
「原子力村の隠蔽体質」だってさ、確かに東電も保安院もめちゃくちゃだと思うけど、明らかなウソなんてついてないよね。むしろウソついてんのって反原発派とかマスコミじゃないか。たとえば事故の翌日には東電も保安院も「炉心溶融」の可能性を認めていてそれを国内メディアも報道していたのに「メルトダウンは隠蔽されていた」ってことがいつのまにか事実になってるし。あのさー、「メルトダウン」を日本語で言うとどうなるかわかってる?
そもそも「絶対安全」を喧伝されてきた、とか言われてるけど、そんな覚えなんて全然ないんだよね。原発見学に行ったこともあるけど、むしろ「絶対安全なんてことはあり得ないし、過信が最大の敵です」って向こうに言われたよ。あ、東電じゃなくて関電の原発だったけどね。逆に、事故前に原発に肯定的なことを言おうものなら顰蹙を買ってたんだけどなあ。事故前から反原発情報はあからさまなデマでも絶賛を集める一方で、それに対する反論は「苦情電話」などの圧力で圧殺されるなんてこともあった。
あげくの果ては下らない「もんじゅ」デマだよね。部品を炉内に落っことしたというだけの、外部にとってはなんの影響もない事故がなぜか異常な注目を集め、それを尊師じゃなかった孫氏が拡散するなんてこともあったよね。正直、何が騒がれてるのかまるでわからなかったし、特に担当者が自殺したなんて話について「本当だとすれば反対派に根拠のない誹謗中傷されて精神的に参ったんじゃないのか」と言いたくなるぐらいひどい言われようだったわけだけど、とにかく恐怖を煽れればなんでもよかったわけだよね。
そして、こんな世論のオピニオン・リーダーとなってる京大の先生たちは「迫害されて昇進できなかった」みたいに悲劇のヒーロー扱いされてるわけだけど、実は研究業績なにもないんだから昇進できる理由なんてなんにもなかったりするんだけど。研究室Webページ見ても査読付き論文の一覧がどこにもない。まるで製品・サービス紹介のない企業のWebページみたいな不条理な研究室。ここの人たちが昇進できたらむしろおかしいよね。実は俺も京大卒なんだけど(それで東京から逃げたのかとか、ええそうですよ、笑ってください。学力低下でもゆとりでもなんでも言って下さい。俺の周囲の人間も結構びびってました。名誉のために言うとその中に原子力とちょっとでも近い人間は全くいません)、正直、母校がこんな褒められ方しても全然嬉しくないねえ、の一言ですよ。
ほんと、「反原子力村」の政治宣伝にずっと騙され続けてましたよ。やりきれませんね。
その前にまず一言。このエントリが「皮肉」だってことが読み取れてない人はもう一度読み直して下さいとしか言いようがありません。これはあくまで、ナイーブ系にわか反原発派の言い分をそのままひっくり返して戯画化したものです。あなた達が悪の権化のごとく描き出す「敵」の姿はあなた達自身の姿ではないのですか?とね。言ってみれば「エア改変ネタ」ですね。改変元は存在しないわけですが、ナイーブ系にわか反原発派が言いそうなことを裏返しに書いてみただけです。
それと、私は別に「原発推進派」であるなどと名乗った覚えはありません。原発に関する立場はレッテルの張り合いになるのが嫌なので敢えて名乗ってません。
b:id:kumonopanya この人色々情報を集めているみたいだけど、今回の福島原発事故の恐ろしさを全くわかっていないようです。 ニュースサイトとか見て情報を収集しているようですが国会答弁等を全部聞いてみるべきです。人災という意味 2011/07/09
本文ではバカっぽく書いてますが、一応私はこれでも理系の人間なんで、科学技術の素人たちの議論なんか聞くより直接データを見たりそれを分析してる人(自ら脱原発派だと名乗っており、利害関係などまったくないにもかかわらず理不尽にも「御用学者」認定されている人たちとか)の議論とか読んだ方が早いです。それで世の中の九割方の人よりは事実を正しく理解しているつもりです。
これを「推進派の文章」と読むようなそういう被害妄想敵思考を批判しているんですけどね。ちなみにあなたが事故前から反原発派であることは把握してますが、あなた実際それで「迫害」されてましたか?それに、あなたが反原発派であり得たってことは「洗脳」が完璧だったなんてことはないってことですよね?
b:id:sionsuzukaze こういう見方をしている人も少なくない(とは思うが、恐らくは今言うとフルボッコなのであまり言わない人でもあると思う)。そもそも原発推進vs反原発の構図そのものが問題をややこしくしている側面は否めない。 2011/07/09
そうですね。そもそもエネルギーなんて原子力だろうが自然エネだろうが火力だろうがどれかに一元化されるものじゃないし、そもそも原子力と自然エネって必ずしも競合するものではないのに、そういう技術的な話がなぜか政治闘争に乗っ取られてしまっていることが不幸なわけです。
b:id:Gl17 直に死ななきゃ何兆損失も広域社会打撃も首括った被災者も無視て恒例パターン。手前味噌だが自分の→http://h.hatena.ne.jp/keyword/311%E3%81%AE%E5%89%8D%E3%82%82%E5%BE%8C%E3%82%82%E8%A8%80%E3%82%8F%E3%82%8C%E3%81%BE%E3%81%99%E3%82%88%E3%80%81%E3%81%A7%E3%82%82 2011/07/09
あなたの考えはわかりました。で、それはこの記事のどの部分への反論ですか?
b:id:xsinon この人関西帰ったことで見方が変わったんじゃないかな。関西ではまだ東京ほど切迫した空気じゃないからな。逆に関西から東京に行くと恐怖心煽られそうだ 2011/07/09
それはまあありますね。ただ「まだ」ってのが気にかかります。切迫することは今後ともないでしょうし、そもそも東京が「切迫」していたのがまあなんていうか異常というか、私のようなお上りさんを含めた東京人の自己中で醜悪なところなんだよなあと思います。
b:id:tikani_nemuru_M うーん、この文章が「推進派」のものとは思えない。なるべく精確な事実認識を大事にしようという観点と見える。ただし、事故前に【安全神話】の絶対安全刷り込みがあり、反原発派が疎外されてたのは事実だよ。 2011/07/09
では具体的にどういう場でそういうことがあったか教えて頂きましょうか。新聞でもテレビでも原発は「危険なのは前提、必要としても必要悪」以外として語られるのを見た記憶、ほとんどないですよ。特にインテリな人たちの間では「原発賛成」は「イラク戦争賛成」と同じぐらい危険視されてたというのが私の体感です。
b:id:tari-G 反原発風な反反原発文章を書いてみたんだろうが、論理構成の稚拙さと基礎的知識の不備は覆いようがなく、ただの出来損ない。時間の無駄。 2011/07/09
基礎的知識の不備?そりゃまあ素人であることは認めますが、あなたよりははるかに正確に理解してる自信ありますけどね。たとえばある特定の核種の1ベクレルあたりの原子核数ってあなた計算できます?こんなの高校生レベルですけど、あなたの日頃の言動を見る限り、この程度の計算もできないんじゃないですか?
b:id:ftype こういう俺は人と違う見方をしてますという学歴だけの馬鹿でも駄文をかける世界になったのがネットの汚点だと思う。面白くもないし、考えさせるわけでもない。無知を晒しているだけ。部品を落としただけ(笑) 2011/07/09
断じて「だけ」です。そもそも「工学的に無理」なはずの作業があっさり完了したのを見て、まだ自分がデマに乗せられてただけだって気づけないの?
b:id:letterdust 一応理系だし(笑)/いや、科学リテラシーではなくて‘科学リテラシーさえあればなんでもわかるみたいな’のがw 2011/07/09
あなたが理系音痴なのは普段からブクマをみてよく存じてますよ。ま、私より専門分野がずっと原子力に近いような本職の有能な研究者がECRRとかを真に受けてたりするわけで、理系といってもその程度ではあります。あと、「なんでもわかる」なんてどこに書かれてもいないことを読み取られても困ります。「文系」ならそのくらいちゃんと読解してください。
b:id:laislanopira トンデモ, 原発, こころ 最初のチェルノブイリのあたり数行でもう読まなくてもいいと思った 2011/07/09
b:id:enderuku 数年後どうなってるか分からんし今はヒステリックに警戒してもいいよ。安全か危険か、決断を下せない段階なら過剰に警戒していたほうがいいじゃん 2011/07/09
ガラパリの自然放射線量(10mSv/年のオーダー)とか見れば「決断」は十分下せると思いますよ。東京の場合、ガラパリなんて持ち出さなくても西日本で十分ですが。
b:id:okakao 真性キチガイ, さっさと死ね 理系(笑) 2011/07/09
私が「真性キチガイ」で関東がそれほど危険ならそのうち放射線被曝で死ぬはずでしょ。そう焦ってもいいことありませんよ。
b:id:yoko-hirom 君のご自慢の理系の知識で,福島第一を何とかして見せたまえよ。下手糞な皮肉で人を馬鹿にして見せても,ちっともお利巧そうには見えないよ。 2011/07/09
一部反原発派の嘘を批判したことに対してそういう反応が返ってくるという時点で、あなたの「文系」的能力つまり読解力をなんとかした方がよいと思いますよ。
b:id:ext3 安全厨, 福島原発事故 ずいぶん下らないなぁ。そこはチェルノブイリ原発事故はロシア以外のメディアの言うほどひどいものでは無かった。と言うべきだろう。現状見てて大丈夫とか言うのは頭がおかしい 2011/07/09
東京が大丈夫じゃないと思うことが「頭がおかしい」のなら、つまり東京に住んでいる人間ほぼ全員が「頭がおかしい」わけですね、なるほど。チェルノブイリで考えても東京の距離ならば大丈夫でしょうよ。いわんや福島をや。
b:id:kk789we あのさー、原子力に関連する理論には最先端のものが多いから仮説が多いんだよ。仮説がひっくりかえることがあることも考えないと議論にならんよ…。 2011/07/09
最先端?原子力発電所なんて枯れた技術が多いし、特に福島第一の一部原子炉なんてチェルノブイリよりもスリーマイルよりも古いですよ。というか社会インフラ一般に「最先端」の技術は使いませんよ。安全性で問題起こしたら大変ですからね。
b:id:sofa220 さしずめ増田の(仮想)敵は「メディアに流されやすい科学リテラシーのない愚民共」と言った所か。そりゃあ彼の言う技術的なナニカが政治的に弱いのはしょうがないよね。ちなみに僕も理系でした。 2011/07/09
いや「愚民共」ではなく、嘘をつく一部反原発派のデマゴーグですね。
b:id:MxHaltfors 本当の罪は嘘と無知、って主旨には賛同する。でも今回の騒動は「原発は安全です」って嘘と「原発はコントロールできる」って無知が発端。 2011/07/10
「飛行機は安全です」が嘘でないのと同様、「原発は安全です」は現在に至っても嘘ではあり得ない。また、今回の事故は技術的限界に至ったために起こった事故ではなく、必要な技術的対策を手抜きしてきたために起こった事故なのでそこは「無知」という話とは違います。今回の事故の原因は家政府・経営陣の「過信」と「愚昧」です。
b:id:tnishimu メルトダウンを隠してたとか安全神話が云々とか最近繰り返し言われるようになって違和感を感じてたんだが、それが自分だけじゃないと判ってよかった。 2011/07/10
こちらこそ同じ気持ちです。コメントありがとうございます。日本人がこれほど簡単に煽動されるというのは恐ろしいことですね。
b:id:Amw "今回の事故の原因は家政府・経営陣の「過信」と「愚昧」です"これには解決策がない。 2011/07/10
そう、原子力の最大の弱点はそこだと思ってます。もっとも、これは技術全般に言えることですが。良くも悪くも我々はこういう社会に生きてしまっているわけで、リスクの全てを回避することはできない覚悟は決めるべきでしょうね。その前提の元、どうすれば得られる恩恵を最大化しつつリスクを最小化できるか、でしょう。
b:id:CavalleriaRusticana CrisisManagement, idiot 『地層処分します』って、大きな予算でスポット大量に流しておいて、"地球上どこ行っても、地層処分してくれるところなんでありません"っていう現状同様。 放射性廃棄物をさ、どんどん増やせばいいさ、な。 2011/07/11
この記事となんの関係もないことを延々と書いた挙句"idiot"とは、そのタグはあなたご自身に向けて付けられたものですかね?
それにしてもゆかいなロジックではある。
これまでに数え切れないほどの牛や豚を殺してきた人たちが、今回だけは殺すことを「かわいそう」と言っているのが理解できないだけです。
彼女氏の中では、生き物をかわいそうだと思うことと殺すことが絶対に両立しない。今までゆわなかっただけでそう思ってました、というのは証明不可能なので彼女大勝利!故に今まではかわいそうだと思っていなかったというロジック。たとえ実際の農家の人が「かわいそうだと思っています」と証言しても、
「ウソだっ!あなたのはそう思っているだけで<かわいそうの定義(produced by 彼女)>によれば本当にかわいそうだと思うなら殺すことなどできない。殺す以上は農家の人間はみんな冷血動物なのだ。心の痛みなど感じないのだ。人間を殺すのがかわいそうだと思ったら誰も人を殺さないんだ。人類愛さえあれば、国防の必要なんてなかったんや!だって誰も人を殺さないんだから。たとえそれで飢えようが何しようが人が人を殺すことなんてありえないんや。殺すこと、にだけは動機がないのだ。その人が殺す人間だから殺すのだ。殺人犯は冷血動物で人間ではないから情状酌量の余地もない。有罪。有罪。有罪!」
一般人の頭の中ではまったくもって現実では成り立たないわけだが、
これが彼女氏の中ではなりたつのだ。
どういうことか、この「トンデモロジック」と「現実」との接合こそが彼女をオリジナルたらしめる能力であると私は考える。
それは同時に、彼女に常識を説くことの無意味さをも意味している。
私は「自分の手で殺せる生き物」しか食べないことにしています。釣った魚は自分で殺せるから食べます。でも猫や犬を殺せないように牛や豚や鶏も殺せないので食べません。「命を食べる」ということは「命を奪う」という現場にまで自分が責任を持つことだと思っています。動物を殺すのは専門の業者に任せて、自分はスライスされた肉を買ってきて食べるだけ。命を奪っているという認識はゼロ。わずかでも「情」というものを持ち合わせていたなら、大切に育てた命を殺して現金に換えるなどという残酷な生業などできるはずがないからです。
要するに「私がそうだからそうなのです」ということ。「なぜ私以外のことを考慮しなければいけないのか」でも可。
彼女の現実には彼女しかいない。彼女の思い描いた人間しかいない。彼女の思い通りにならない人間はいない。
ゆえに、彼女が是としたものは是なのです。他の人にとってそれが自然なことかどうかは最初から問題になってない。外の人などいない。
そおこでは彼女に逆らうものなどいない。たまに世界に紛れ込んでくる異物は殺処分!かわいそうじゃないから大丈夫だもん!
よってこれも全く問題なし。
殺される側の牛や豚にしてみたら、十分に太らされてから殺されようが、病気に感染して若いうちに殺されようが五十歩百歩。あたしが牛や豚なら、病気に感染して若いうちに殺されるほうが、人間に対して「ザマーミロ!」って思うよ。
彼女の世界の中では、牛はこのように考えるわけです。全く問題はない。
だって、彼女が脳内で作ってる世界なんだから動物だって彼女の思うとおりに思考する。
世界を自分好みに戯画化する(ただし有効範囲は脳内に限る)、それが彼女の能力。
どうせだったらマンガ家になればよかったのにと思う。才能の無駄遣いであろう。
・・・え?じゃあ彼女は誰と会話しているのか。
虫とかじゃない?虫は殺せるみたいだからね。
「社会的に成功した人間は、容姿に気を使っている」から始まり、部下の「いつも1000円カットで済ませてしまう」を、「その程度の店にいってるようじゃ将来性は無いね」と突っぱねた後、自分が使っているお気に入りの店、そして美容院に相応しい服装、帽子と腕時計と靴の関係について散々講釈を垂れ続け、合間には「お前の毛玉だらけの服」「その●●●みたいな染み」といった言葉が挟まれていた。
ぱっと見は二人の人間がにこやかに会話しているだけだが、ただの一方的ないびりである。
伊集院が戯画化する「おしゃれ人間」や、痛いニュースの書き込みをそのまま人格化したような人間は普通いないはずだが、100%存在しないわけではない。彼は常に差別的で無根拠な暴言を撒き散らすのだが、「それが正論」「世の中の真理」「社会人の義務」というフレーズと結び付けられ、正当化されている。新人の子もゆがんだ泣き笑いのようなつくり笑顔を続けているが、そのうち彼に洗脳され、思考や行動が完全に同一化され、彼らやあの人とおなじ一派になる。風物詩である。耐えられない。
http://anond.hatelabo.jp/20090219220621
上の記事では大槍が技巧派の例として挙げられている。俺もかつて大槍の絵に魅了された者の一人だ。2004年頃までの彼は神がかっていたと言ってもいい。だが2005年から彼は迷走し始めてしまった。姉歯偽装マンションで損失を被ったことの影響を云々するのは下種の勘ぐりでしかない。しかしその時期から「大衆」受けを狙った画風に意識的に手を出すようになる。2005年、ロマQでピンク髪を解禁。2006年、リトルウィッチファンディスクを発表。ここで白詰の追加シナリオを挿入したことにより、2003年時点(白詰オリジナル)との絵柄の差がファンの目に明らかになった。以後、少しずつだが確実に画風を修正しつづけ現在に至る。
変化はおよそ以下の4点にまとめることができよう。
かつて大槍の描く少女は物憂げな眼差しを特徴としたが、2005年以降は急速に明るくなっていく。グラビア写真のように屈託なく微笑む構図が多用され、また漫符に代表されるように「軽い」感情表現が増えていく。憎悪や嘲笑、虚無感といった振幅の大きい感情はネタとして戯画的に表現されるか、排除される傾向にある。
触れたら折れそうに細い手足と胴、手のひらに収まるほど小さい尻、というのが大槍の基本スタンスであった。このフレームを非ペド層にも受けようと成人女性への拡張を図った結果、俺が洋ナシと呼ぶところの肉体表現ができあがった。細い肩や胸囲は変わらないまま、骨盤を大きくし、それを起伏のないなめらかな曲線でつなげる。頭部は大きく、手足は細く小さく。四つんばいになったところはちょうど、盆に供える割り箸を刺したナスの馬に似ている。この肉体表現を少女に対しても逆輸入することで、古参ファンを絶望させたことで名高いメタボ透花が作られるに至った。
元々大槍絵は「脳勃起」と言われるほど、頭部に占める顔面の割合が小さい。頭部輪郭線の下半分に口から眉までが収まっている。これは幼児を描くときに多くの画家が利用する表現だが、大槍の場合は成人にも適用される。また横顔を描いたときに耳が中心ではなく前寄りになる(この結果、額から後頭部が顔に対して非常に大きくなる)。近年はこの傾向が進み、頭部のおよそ下五分の二に顔が描かれるようになりつつある。またこれと並行して目の巨大化がはかられた。耳や顎のラインにはあまり変化がないため、まなじりと耳が接し、もみあげは介在する余地がない。
少女の衣装に顕著に見られる変化である。従来の大槍は基本色に白無地を据え、そこに濃く暗い色をかぶせていくことを旨としていた。近年はピンクや水色、黄といった華やかな色を地にすえることが多い。桃白ボーダー、黒地水色水玉など派手な柄が登場することもある。ピンク髪は上述の通り2005年に解禁されたが、その後に青・赤・紫と何でもありになりつつある。このぶんだと近い将来には緑も加わることだろう。家具などの小道具大道具も、以前はアンティークを強く意識した陰影と重厚感の表現が見られたが、現在はむしろ清潔感・現代性を前面に出しているように思われる。総体として絵全体の彩度明度が高い。
以上のような変化のため、現在の大槍絵は残念ながらもはや俺の好みから外れつつある。もっとも当の大槍にしてみれば、総数としての支持者の数が増えれば成功であって、俺のような人間が去る代わりに同数以上の新規ファンが入ってくれば良い。この画風改革が間断なく続いているという事実は、新しい傾向を支持する者が多いことを示唆する。俺涙目。まあいいさ次行こう次。
わかってないなぁ。
「テロ待望論」の肥やしになってんのが解らないんだろうなあ。
http://b.hatena.ne.jp/imeanit/20090412#bookmark-12907230
「私はこう思う」ならおk。
こういう人は、何の権利があって「断言」するんだろ?
「法治国家」日本は、暴力による自力救済は一切許されておりません。
自分の都合に合う「警察国家」日本になったらいいなと言っているわけで。
嘲笑するとか晒し物にするとか戯画化するとか、方法は
いっくらでもいっくらでもいっくらでも
ありそうなんだけどね。
この右翼の行動を、方向はともかく肯定するんだろうなあ。
http://anond.hatelabo.jp/20081213141956
これにも関連しているけれども。
常野さん、こんなことばっかりしてたら、英語圏であろうが日本語圏であろうが「一流」になんかなれっこないよ。こんなことしてる暇があったら、論文書いて投稿するとか、知り合いの編集者さんに原稿読んでもらって、企画きちんと立てて売り込んで、とにかくちゃんとやろうよ。ちゃんとやろうと思えばやれる人なんでしょうあなたは。今だって語学教師としてはそれなりの自負があるんでしょう。だったら研究者として、あるいはライターとして、まともな仕事をしようよ。
ネットジャンキーでブログがやめられないんだったら、こんな下らない煽りじゃなくて、それ自体活字にできてお金を出して読んでもらえるようなコンテンツをきちんとあげようよ。
http://d.hatena.ne.jp/shinichiroinaba/20081214/p1
稲葉先生は確かに御親切で、常野氏にこう説かれているのだろうとは思うけれども、それはあまりにも相手に対して残酷だと思います。常野氏はもう31、分別がある年齢です。自分の能力も見えてきた年頃の人間が、精一杯考えて、自分がもっとも目立てる手法を選んだのがあの自爆テロだったのですよ。31ですよ、いい大人じゃないですか。そんな人間が、
「ブログを通して出てるんです、入っていいでしょう」
とまで幼稚な詭弁を口にしたんですよ。傍から見たらどうみても「みっともなさ」の極致です。でもそれは、常野雄次郎という人間が、現実に持っている存在感、レトリック能力、それを最大限駆使して、自分でもっとも適切な言動だと思って選び取ったものですよ。しかし、確かにこれが彼にできる精一杯のところでしょう。
常野氏の新しいエントリーで、
最後にあずまんへ個人的なメッセージ。
「煽る」っていうのはこういうことだよ。
井口先生じゃいい人すぎるから。
http://d.hatena.ne.jp/toled/20081215/p1
こう書いている。姜尚中ですよ。東さんと今回の件でなんの関係があるのか。要は、常野氏は論壇の有名人なら誰でもいいのか。次は黒柳徹子でも呼ぶのか。みのもんたか。これを読めばよくわかるように、常野氏はもう言論人として真面目に名を成そうとかそういう努力は、投げちゃった人なんですよ。彼がいま考えているのは、「論壇」の「顔役」と絡みたい、それで目立ちたい、しかしそのために自分の言葉を磨く、そういう努力は一切しない、そんなことです。なんでこうなるのか。彼がもう自分の能力を見切ったからですよ。本人がそうである以上、他人がどうこう言っても詮無いことです。稲葉先生のエントリーのコメント論で書いていますが、
私信よりもこうしてブログに書いてくれる方が百万倍うれしい。アクセスが増えるから。ただ、これはあずまんにも再三お願いしたことなんだけど、リンク貼ってくれませんか。Nさんの件で経験したんだけど、稲葉さんに紹介されるとアクセスすごいんだよ。できれば、↓にお願い。
なんというアクセス乞食の成れの果て。でも、もう常野氏には手段を選ぶ余裕はないのです。31ではもう、過去の彼のように、不登校ネタを売りにすることは無理がある。そもそも不登校なんて珍しくなくなってきている。彼は彼の売名欲的上昇志向を(敢えてここでは成功妄想とは言わないですが)支える手段が、齢31にしてなくなってしまって、難しいポジションなのですよ。
いや、こういうことはもう、稲葉先生は百も承知でしょうね。その稲葉先生に対して常野氏は叫び続ける。
僕は本気で「一流」になりたいと思ってる。しかもその素質があるような気がする。ただ努力を怠っている。勉強をサボっている。何かやっても、とんちんかんな方向に行ってしまって、進歩しない。それについて悩んでいる。
僕は「一流」になりたい。ちやほやされたい。500年後の図書館に本を残したい。強い願望です。
赤の他人からこんなこと言われても困りますよね、誰だって。常野氏のこの発言を目にしたら、大人なら誰でも思うでしょう。
「努力を怠っている。勉強をサボっている。」自分でもそうわかっているような人間が、なんで「一流」になれると思うのか、素質があると信じられるのか?
夢見る中学生じゃないんですから。いや、こういうことを言うと真面目に勉学やスポーツや芸術に励んでいる中学生に失礼だ。たとえ素質があっても、なにかの分野で「一流」とみなされる存在になることは簡単なことではない。つい易きに流れるのが人間でしょう。でもそれを省みて、また頑張ってみるのも人間で、多くの人はそうやって一流とまでは行かずとも準一流、二流くらいにはなる。常野氏は31にしてその入り口にさえ立っていない。立つことはできない。彼は立たないことを売りにして生きてきたからです。
「登校拒否系」の常野氏は、言論人である東さんに対して、言論人志望者としてまともに対することをしなかった。東さんの発言を批判したいなら、普通に一人で大岡山に行って、「東さん、あなたの発言にわたしは異論があります、それについてはこのような形でまとめてきました、この場は東さんが責任を持たれている講義の場ですからここですぐ対応をされるのは難しいでしょうから、自分のブログでもこの意見を発表しようと思います、よろしければご覧になって下さい」と言わなかったのか?代わりに常野氏はどう言ったか。
あずまんと波長が合いそうなネット右翼の諸君もたくさん来たらさらに楽しくなると思うよ。
糾弾会みたいなのは今回はやめとこうね。
こう言ったのです。誰がどう見てもこれは威嚇であり、脅迫です。東さんがこんなことを書いているのが来ると知らされて、友好的に対応するはずがない。学生になにかあったらどうするか、考えるのが当然です。それを見越して常野氏はこう書いたのです。後から言い訳はなんとでも言えるが、「そんなつもりはなかった」と後から言うのは脅迫者の常套手段です。
なぜこう言ったか?結局は常野氏が避けたのですよ、まともな議論を促すのを。彼は自ら望んで、「下らない煽り」に終始したのです。
それはなぜか。常野氏はもう、まともな言論人志望者であることさえかなぐり捨てているのですよ。彼はとにかくアジテーターとして目立って、名を売って、「ちやほやされたい」だけなのです。つまり、かつての不登校児が自分の無様なプライドを慰撫したいだけなのですよ。
言論のプロを目指すことは、悪いことではないでしょう。それならば、質の高い議論をする、そのことで少しずつ自分の存在感を高めることが王道でしょう。それをしたならば、図書館に五年なり五十年なり、その議論は痕跡を残すでしょう。その道を目指さない常野氏は、もう、負けたんですよ。そしてそれをいうならば彼は、これまで勝とうとしたことがない人生ですよ。それで「とんちんかんな方向に行ってしまって、進歩しない」でいないはずがない。それでなにか成果が上がれば、それは奇跡です。稲葉先生くらいのキャリアをお持ちの方なら、そんなことはもう、見えている。でも稲葉先生はこう呼びかける。
常野さん、こんなことばっかりしてたら、英語圏であろうが日本語圏であろうが「一流」になんかなれっこないよ。こんなことしてる暇があったら、論文書いて投稿するとか、知り合いの編集者さんに原稿読んでもらって、企画きちんと立てて売り込んで、とにかくちゃんとやろうよ。ちゃんとやろうと思えばやれる人なんでしょうあなたは。今だって語学教師としてはそれなりの自負があるんでしょう。だったら研究者として、あるいはライターとして、まともな仕事をしようよ。
ネットジャンキーでブログがやめられないんだったら、こんな下らない煽りじゃなくて、それ自体活字にできてお金を出して読んでもらえるようなコンテンツをきちんとあげようよ。
常野氏を擁護する人は、いろんなことを言う。例えば東さんだって、柄谷さんの法政の講義に潜り込んで、それでデビューのきっかけをつかんだという。でも東さんは、ちゃんと潜り学生なりの作法を踏んで、威儀を整えて、ソルジェニーツィンについての原稿を見て下さいと持って行ったわけでしょう。そのときの東さんは、柄谷さんに「彼の原稿なら読んでみよう」と思わせるだけのアピールをしたんでしょう。これは卑屈とか取り入るとか言うことではない。真っ当な手順を踏むと言うことです。
かたや、常野氏はなにをやったか。
あずまんと波長が合いそうなネット右翼の諸君もたくさん来たらさらに楽しくなると思うよ。
糾弾会みたいなのは今回はやめとこうね。
「ブログを通して出てるんです、入っていいでしょう」
といじましい嘘をついたのです。そして自分は最初、この経緯を隠して、常野氏の取り巻きは東さんを「ださい」だのなんだの罵った。「はてサ紅衛兵」は今回は東さんをリンチすることには失敗したようですが、その代わりにこういうかばい合いは発達しているのですね。でも、こういうデビューをする「言論人」なんてありえないでしょう。
あずまん、そうとう男を下げちゃったな。今回。
そこで僕から超ウルトラスーパーCの挽回策を提案します。
僕をゼロアカ優勝者にしてください。
知らない人のために言うと、講談社から10,000部の本が出せるというコンテストです。
そしたら、みんな思うと思う。あずまん、大人だなって。器として。これだけのいきさつがあった上でそうしたら。思わん?
常野氏のはなしは、なんでもやっぱりここに戻ってくる。目立ちたいよう、お金が欲しいよう、みんな僕のことをかまってよう(涙)。僕の話を聞いてくれよう、だからみんなで押しかけるよ。
どこまで虫がいいんだろう(呆)。教室を騒がせてここまで迷惑をかけた相手に、なお自分の売名への協力を呼びかける。もともとこれが言いたくって、東さんに絡んだんだろう。でもこれは、常野氏がもう他人が見えなくなっている、他者の心情を忖度できなくなっていることを実証しているだけですね。「これだけのいきさつがあった上で」「大人だなって」思わせるとかいうのは、正々堂々論陣を張って批判された場合であって、なんで「プンスカ、プンスカ、ピュー!」とか東さんをいかにも戯画化して書いていたアジテーターがその当の相手にまともな対応を期待できるのか、わからない。まして、SF大会なんかから何年も東さんに粘着しているストーカーまで同行して、これは嫌がらせ以外の何者でもない。まして常野氏はなおもこうも書いている。
糾弾っていうのは、たんに相手を傷つけるためにやるものではない。そうではなくて、相手に自分が間違っているということを自覚させることが重要とされる。だからそれは愛情と憎悪が複雑に絡み合った興奮から始まる。
けど、僕は歴史修正主義者に対して1%の希望も持っていない。必要なのは、対話でも説得でも論争でも、まして糾弾ではなく、暴力だ。
これはまたはっきりとした脅迫だなあ。「自分が間違っていると言うことを自覚させる」ために必要なのは「暴力だ」そうですが。常野氏にはもう、良心なんか残っていると期待はできないね。
稲葉先生はd:id:NakanishiB氏にも「まとまった原稿を書いて持ち込む」ことを勧めるけれども、自分が書きたいように書ける自費出版の同人誌に書いてなおパッとしない人に、いまさら広い土俵に連れ出してもなにもできないでしょう。かつてNakanishiB氏は小田島隆さんにもその悪文をたしなめられていましたが、残念なことだけれども、文章を書く力があまりにも独特な発達を遂げた人は、もう、まともな文章は書けない。
id:gerlingがこれもコメント欄に書いていたけれど、
> それ自体活字にできてお金を出して読んでもらえるようなコンテンツ
そんなものできないから東とかはあんな惨めな真似をしてるんですよ。
これは東さんではなく、常野氏やNakanishiB氏への当てつけに読めてしまう。人が悪いなあ。東氏の本はお金を出す人に読んでもらえているでしょう。それへの真っ当な批判なら、またそれにもお金を出す人がいるでしょうが、
「ブログを通して出てるんです、入っていいでしょう」
こういう人には誰もお金を出さない。常野氏は、この先、どうのたうち回って「一流」の夢を断念するまで足掻くのでしょうかね。それまで、いろんな人に迷惑をかけそうですが。
Aneken Staff and Vipper『姉は一級建築士 -イケない構造設計-』
アリスソフト『しまいま。』
きゃんでぃそふと『姉、ちゃんとしようよっ!』
エルフ『臭作』
エルフ『鬼作』
propeller『あやかしびと』
Leaf『雫』
Leaf『痕』
JAST『天使たちの午後』
ういんどみる『はぴねす!』
戯画『BALDR FORCE』
Leaf『フルアニ』
otherwise『Sense Off -a sacred story in the wind-』
CIRCUS FETISH『すくみず -フェチ☆になるもんっ!-』
ブラックサイク『EXTRAVAGANZA -蟲愛でる少女-』
Active『DISCIPLINE -The record of a Crusade-』
Littlewitch『白詰草話 -Episode of the Clovers』
エルフ『下級生』
エルフ『同級生』
アリスソフト『妻しぼり』
silkys『姫騎士アンジェリカ』
ivory『とらいあんぐるハート』
otherwise『未来にキスを -Kiss the Future-』
ニトロプラス『鬼哭街 -The Cyber Slayer-』
ニトロプラス『Phantom -PHANTOM OF INFERNO-』
Key『智代アフター -It's a Wonderful Life-』
ZyX『雷の戦士ライディ』
Purple software『秋色恋華』
F & C『こなたよりかなたまで』
130cm『彼女たちの流儀』
F & C『水月』
公爵『ジサツのための101の方法』
AUGUST『月は東に日は西に-Operation Sanctuary-』
みなとそふと『君が主で執事が俺で -They are My noble Masters-』
HERMIT『ままらぶ』
Cyc『夢幻廻廊』
同じようなこと考えてた。
二次ロリのエロが成立するのはそれが記号として三次ロリを指示してるからで、そこにあるのは間接的とは言え三次ロリへの劣情なんだよな。
反日戯画のたとえでいうなら、「それが個人的な妄想表現の域に留まってる限り何も言うべきではない」ってのが優等生的な答えなんだろうが、そんな反日表現があちらの国の街中に公然と溢れていたら、やはり日本人としてはちょっとなんとかしてくれ、といいたくなるな。いくら実際に手出ししてこないとしても、恐くてまともにつきあえんよ、と。
エロゲーのポスター溢れる秋葉原(が象徴する日本の状況)に対する規制派の意見も同じことだな。
あくまで個人的な妄想に留まっている間は良いけど、メディアに乗る作品を作ってしまうと、それは否応なく社会の風景の一部になってしまう。決して妄想の中だけで完結させることはできない。
ポルノの場合さらに難しいのは、ポルノは「悪」「反社会性」と切り離せないんだよな。多分。
差別とか暴力とか倫理の限界が露出するところと、人間の性ってのは関係がある。少なくとも自分はそうだと感じている。ポルノには絶対肯定できない部分があって、しかしその絶対肯定できない部分こそが絶対に必要でもある。自分の中にそういうヒドイものがあると認識することは、なんかこの、生きる実感に関わってる。
だから全肯定も全否定もできずに迷うんだよなあ。願わくば、社会の方もずっとずっと迷い続けてくれますように。優柔不断なのが日本のいいところだと思うヨ。
二次元ロリ絵は被害者が存在しないからOKという人は、例えば韓国や中国で日本人を模した戯画が焼かれたり
踏みつけられていることに抗議したときに、向こうから「この絵の日本人は実在しない。つまり被害者は存在しない
から問題ない」なんて返事をされたらそれを受け入れるんだろうか
別に抗議なんてしない。
好きにすればいいんじゃないの?
「想像上の何か」を「現実の何か」と混同してる人は、肯定的な妄想であれ否定的な妄想であれ他者から見れば変に見えるということは否定しないけど、そこから広げていえば、想像上の二次元美少女に萌えてる人もそういう人を想像してヒステリックになってる人もおかしいし、想像上の「にほんじん」にヒステリックになってる人や想像上の「ちゅうごくじん」にヒステリックになってる人もおかしい。そういう「妄想」で何を慰めているのかは分からないけど、どうしても妄想が無ければ生きていけない人がいることは理解できるよ。
http://gigazine.net/index.php?/news/comments/20080311_recycle_or_gotohell/
ちょっと真に受けよう。
を戯画時はあげているが。ふむふむ。
http://www.bloomberg.com/apps/news?pid=20601102&sid=aizloDFbRPRM
などを読むと
などとある。遺伝子改造はだめだろう。人体実験というか再生医療がだめみたい。人間の体を化学的に変化させるのがだめなのかな。環境汚染はだめ。あとドラッグもだめだってはっきり書いてある(ドラッグと薬とどう違うのか書いてないけど…かわいそうに、僕の友人は精神的な病で俗にいうドラッグを処方してもらっているけれど…)。
お金を追い求めることはだめだって書いてあって、貧困を作ること(戯画時の書き方だと、貧困でいることがだめのようにも見えて、それが変だと思ってこれを書いてる)もだめだって書いてある。でもなぁ、貧富の差を広げるようなこともだめだって?なんか 4, 5, 6 の云ってることが同じように見えるのだけど…社会的不公正ってのは、以下ページに出てくるね…
http://daveandthomas.blogspot.com/2008/03/new-seven-deadly-sins.html
http://newsfromrussia.com/world/europe/104451-0/
pollution, genetic engineering, obscene riches, addiction to drugs, abortion, pedophilia and social injustice.
http://d.hatena.ne.jp/dangerous1192/20071210/p1
酔拳の王 だんげの方さんの
エロマンガフユ10に応募します。
数年たっても面白く実用性が高い、古典となりうるようなものを選びました。
●うたたねひろゆき「COUNT DOWN」1992年5月発行 普通にエロス(富士美出版)
繊細な線で激しい動き表現し、鉛筆画でも鑑賞に堪えうる絵を描く作者。
10年以上前の作品だが、今でも十分に実用性に耐えうる。
最近は一般誌で活躍しており、げんしけん付録同人誌も描いていた。
●毛野楊太郎「正しい課外授業」1999年09月発行 調教(コスミックインターナショナル)
もともと矢野健太郎の漫画が好きだったので、この作品をはじめて見たときは衝撃でした。
両者は師弟関係にある別人だと長年思ってたのですが、同一人物らしいと知ったのは、ついさっき。
道を踏み外した一冊です。
調教ものですが、暗く痛く、結末も救いようがありません。
しかし、絵が好きなので買いました。
シリーズ物で「楽しい課外授業」「恥しい課外授業」「激しい課外授業」「アブナイ課外授業」「淫らな課外授業」と続きます。
●あーる・こが「つるつる」2000年12月発 ロリ(富士美出版)
なにが衝撃的だったかというと、この題名です。
一年後には「すべすべ」が出ました。
●きのした黎「平成にんふらばぁ弐」2001年5月発行 ロリ(桜桃書房)
作画表現が何度か変わっていますが、2000年前後が一番好きです。
他作品「Eden's Summer」「秘育幻想録」「妹館」もお勧めです。
●影乃いりす「まなざし」2003年1月発行 ロリ(フランス書院)
この本の中の学園乱交物が好き。
●どざむら「MARKING ALGOLAGNIA」2003年02月発行 ロリ(晋遊舎)
●ひぢりれい「UK(UNMORAL KIDs)」2003年10月発行 ロリ(茜新社)
線の細い少女が自分からやるというのが、良いです。
先日もたまごまごさんが絶賛してました。
http://d.hatena.ne.jp/makaronisan/20071209/1197101486
ヒヂリレイ☆DECOッパチ
●まぐろ帝國「放課後奴隷倶楽部」2005年02月発行 調教(茜新社)
おっぱい・筋肉ムキムキ女性をギャグ漫画で描くのが好きな作者。
編集部に、売れる本を描け、と言われてと描いた、学園調教物。
底にはギャグっぽい雰囲気が漂う。
●倶梨伽羅「淫縛女教師M」2005年07月発行 調教(富士美出版)
おっぱい、おっぱい、のムチムチ女性を描くのがうまい作者です。
元気でムチムチな女性を明るく、痛み表現もなく、喜ばせながら調教します。
唄飛鳥という名前を使うこともあります。
ロリと調教がほとんどになりました。
他にも色々ありますが、メジャーであったり、新しい作品なので他の人が紹介してくれるでしょう。
おがわ甘藍、板場広し、ほかまみつり、甘詰留太、水無月十三、さきうらら(痴女が恋しちゃダメですか)、さだこーじ、たまちゆき、春籠漸
マーシーラビット(InVision(淫Vision))、西安(制服戯画)、ここのき奈緒(Virgin)
MON-MON(愛奴真奈美、露出妻麗子)、草津てるにょ(よがり妻)
「あーる・こが」の「ー」は、本当は「から」なのですが、増田では表示されないので、このようになってます。
だんげの方さん、よろしくお願いします。
集計用一覧
うたたねひろゆき,COUNT DOWN,普通にエロス,富士美出版
毛野楊太郎,正しい課外授業,調教,コスミックインターナショナル
どざむら,MARKING ALGOLAGNIA,ロリ,晋遊舎
桐乃梵人,痙攣隷嬢,調教,オークス
この二種の区別には同意だが、はたしてモテの側の分割統治といえるのかどうか。
既存の「恋愛」言説のなかでの弱者という意味で両者はともに非モテであり、弱者であるが、これは支配的言説と比べての話であり、この結合はいまの民主党とどっこいどっこいの便宜的なものにすぎないと思う。支配的言説の存在が両者を同等視させているだけである。
ここでは仮に恋愛「からの」自由をもとめるものを「非恋愛主義者」、恋愛「への」自由をもとめるものを「反恋愛主義者」と呼ぼう。
非恋愛主義者は恋愛主義そのものを馬鹿にし、支配の存在そのものを戯画化しようともとめる。それは恋愛そのものへの軽蔑と、非恋愛領域の擁護(てっとりばやくいうとオタク趣味の公然化)、さらには非モテのネタ化や独身貴族への賛美として表れてくる。彼らは恋愛が人生にとって最も重大なものであるというテーゼを否定し、それ以外の生き方があることを示している。
一方、反恋愛主義者が求めるのは、自分が認められるような「よりよい」恋愛言説であって、けして恋愛主義が廃棄されることなどではない。たとえば「いい人が評価されない」とか、「こういうタイプがモテるべき」とか、「自分が差別されている」といった発言が意味するのは、恋愛主義の「純化」がなされ、適正化すべきだという意見であって、けっして恋愛主義そのものの否定にはなっていない。むしろこうした発言は、恋愛そのものへの信仰が一般人以上に強固なことを示している。
恋愛言説による格差付けそのものからの自由をもとめる非恋愛主義者にたいして、反恋愛主義者たちの求めるのは自分が恋愛言説のなかで適切な位置を得ることだ。しかし、それはかなわぬためにルサンチルマンは怨嗟の声として表れる。
こうした分裂は共通の敵があったからこそ見過ごされてきたに過ぎない。はてな村が非モテ言説に支配された今、モテ言説という共通敵を失った両者は分裂していくに違いない。具体的には、自分の趣味や生き方を恋愛以外の代替肢として提示するものと、恋愛に対する恨みつらみを共有することを望むものとにである。前者は後者のこだわりを理解できず、それゆえに後者は前者が同じ「非モテ」であることを疑い、空気を読むことを強要しだすのである。
この抗争は革命後のセクト争いに似ているが、セクト争いでは常に急進的な側が勝利していた。はてな村非モテ革命の結果はどうだろう。