はてなキーワード: 愚鈍とは
おハロー。
聖おにいさんはオサレというのよりサブカル臭。それも悪いタイプの。
http://anond.hatelabo.jp/20081210172325
とても根が深いサブカルミーハー問題。『このマンガがすごい2010』を読んで。
http://anond.hatelabo.jp/20091216230059
「このマンガがすごい!」は罪深い延命装置。もう犠牲者を増やすな!!
http://anond.hatelabo.jp/20111224192828
を書いたぼくだよ。みなさん自意識丸出しでごちゃごちゃ言ってくるんで、胸焼けするぐらい非常に切ない気持ちになりました。なんというかもう……。
「かわいそうだね?」
って言葉しかでてきません(おっと、つい芥川賞受賞作家ネタが飛び出しちゃったよ。やべー、まさかここで芸術に携われる人間だったら絶対にチェックしておくべき、芸術を理解できないやつは興味ないふりして精神防衛していることでお馴染みの芥川賞のネタが飛び出すとは、俺のセンスパねえ)。
はてなブックマーク、およびツイッターの皆様がたは心のホメオスタシス機能をフル稼働させて自分の殻に閉じこもっちゃっていますね。みなさん図星を突かれたことを必死に隠そうとしていますけど、何で等身大の自分を直視できないのかねえ。
「格好をつけないことで、格好をつけている」
「「ホメればセンスいいと思われる記号」を批判すればセンスいいと見られると思ってる人の典型的批判」
やれやれ。春の熊に全員屠殺してもらいたいよ(センスある村上春樹ネタ)。
ぼくはきみたちの断末魔の叫びで心が汚れちゃったんで、ストラヴィンスキーを聞いて洗い流していました。グッドなアートはエバーグリーンな輝きでディ・モールト・ベネだね。
ということで、本題。反応を見ていると、ぼくが批判したい対象がイマイチ伝わっていないようなんで、ここでまとめて表明してみようと思う。
これ以上、この惨状を放置しているとホント取り返しのつかないことになるからね。砂漠に水を与えるようなものだけど、何もやらないよりはマシ、かな……。
きみらの軽い脳みそでも理解できるように4つに大別してあげているから熟読してほしい。2010年代はこういう奴らをいかにカルチャーシーンから排除するかにかかっているので、宇野常寛さん、荻上チキさん辺りは参考にしてほしいね。東浩紀さんは河原で石でも積んでてください。
では、いきますよー。
「ボンクラ」なんていう安っぽい価値観で連帯して、「中学生マインド」なんていう恥ずかしい心性を至上価値にしちゃっている一派。やっていることはひよこのオスメスの仕分けみたいなもん。ライムスターの宇多丸や町山智浩辺りが「いい」といったものを「味方」と見なして手放しで褒め称えて、けなしたものを一緒になって叩けば、「センスあるポジション」にいられると思っている。
「売れてる邦画はテキトーに叩いておけばおk」みたいな頭からっぽな行動も平気でしちゃう。そんで周りも見てもいないのに賛同しだすから目も当てられない。
中身をまともに分析しないで「大沢たかおが出演しているから、これはクソ映画だ」みたいな論理で動いていて、そんで「バカな大衆」と「審美眼のあるセンス抜群の俺」という謎の対比をしだすんだよね。「なぜこういう内容の邦画がいま売れるのか」なんていう深遠なトピックに触れることは一切ないし、考える頭もない。
自分の物の見方だとか価値観だとかが一切抜け落ちた、ゾンビみたいな奴ら。サブカル年長者の金魚のフンをやることに、羞恥心の欠片もない。「独自な物の見方をする人間」についていけば、「独自な物の見方をする個性的なわたし」が出来上がると思っている。
彼らの反応は非常にわかりやすい。ちょっと宇多丸のラジオを聞いただけで、習性がまるわかりで、「ああ、この映画はこいつら叩くだろうな」ってことがすぐに判別可能になる。その分かりやすさが蔓延の原因だといえよう。映画リテラシーがないのに、センスいいと思われたいやつらの格好の逃げ場になっている。
そんで、こういう奴って美意識がないから恥ずかしげもなく部屋に映画のポスターをべたべた貼って、ダサいバンドTシャツを着ていたりするんだよね。それでいて、オシャレに過剰なコンプレックスを抱いているから、「無理してオシャレしているやつは上辺だけの中身のない単なるカッコつけで、ちょっとダサいくらいの自分が本当は一番センスいいんだ病」にかかっていて非常に厄介。自分のダサさまで理論武装しなきゃ生きていけないなんて、ほんとに可哀想だ。
この病気を完治させるには映画について語りだすたびに「それ、ウィークエンドシャッフルで宇多丸が言っていたことだね」って言い続けるしかないと思う。「あ、その映画、町山智浩がキラキラで紹介してたやつか」、「昔、みうらじゅんがその映画をネタにしているのを見たことあるよ」でも可。
「人生で大切なことは、すべて伊集院光のラジオから教わった」とか真顔で言っちゃう恥ずかしいやつら。
映画秘宝系との違いは、映画を見たりする気力も何もなくて、横になってラジオを聞くぐらいの体力しか残されていないのに、自分が第一線にいることを疑わずに最新のカルチャーを必死に否定してくる。「最近のアニメって萌えばっかりで中身がないよね」って見もしないくせにしたり顔で口を挟んでくるのがこいつら。
自分が中年化し、ついていけないことを認めることができなくて、漫画やアニメは伊集院が褒めるものだけが絶対だと思っている。『わたしは真悟』だとか『アストロ球団』だとかね。
映画秘宝系はまだ自分の足で作品を鑑賞しようっていう根性があるけど、こういう奴らにはそれすらない。平気でCMカットのMP3音源を違法ダウンロードして、「やっぱり伊集院さんって聡明だよなあ」なんてアホ面下げてる。その続きはもちろん「本当に頭が良い人って伊集院さんのことを言うんだよな。やっぱり人は学歴や職業じゃなくて、物の見方で頭の良さが決まるんだよな~」なんて考えいて、「ダメな自分は本当は感性が鋭くて、周りのくだらない奴らよりもずっとずっと頭がいいんだ!」って泣きながら自己肯定をしている。
もうなんでもあり。
こういう奴らのためにはっきり言ってあげるけど、「感性」っていうのは行動で示さなきゃ形にならない。布団のなかで自分を慰めるための感性だなんて、ありゃしないよ。ゴミクズよ、もうよせ、こんな不毛な自己肯定は。
「センスがいい」というタグを貼られた商品を必死に買い集めて、なんにもない空っぽな自分を必死にデコレートしようと頑張っている。ビレバンに下駄を履かせてもらわなきゃ、外を歩くことすらできない可哀想な人。自分がビレバンから与えられる餌を食べているだけの家畜だってことに気づけない。
こういう奴がセンスいいと思われたい一心でカルチャーシーンを引っ掻き回して、むちゃくちゃにしていく。「このマンガがすごい!」で上位に入る漫画が悲惨な犠牲者なのは、前の記事に書いた通り。
なんにも作り出せない、作ろうともしないくせに、必死に消費物で「ぼくちゃん、クリエイティブなんだじょ!」とアッピールしたい厚かましい愚鈍なマリオネットたち。
こういう奴には「お前、ひょっとして浅野いにお漫画の登場人物を気取ってない?」って聞いてみよう。ズレてない眼鏡を何度も押し上げながら、「き、きみぃ、いにお漫画はね、単なるセンチメンタルじゃなくて実験的な手法にも取り組んでいて云々」って聞いてもいない作品論を震えながら語りだすぞ。
さらに「そのボブ、もしかしてつぶやきシローをリスペクトしているの?」って言ったら卒倒しちゃうので注意。
もし友人にこの手合いがいたら適度に自意識を潰してあげて、「やっぱビートルズが一番だよな」ぐらいのレベルに留めさせてあげるのが吉。弾けもしないのに部屋に置いてあるギターは、親切心で河原で燃やそう。
そう、お前らだよ。お・ま・え・ら☆
はてブやツイッターなどの安全圏からお手軽に一言批判して、「ふふ~ん、ぼくちゃん、こいつらよりも頭がいいもんね~。見てみて! ぼくこの人否定しているよ!! こいつより頭いいんだよ!! ほら、見ろよ、もっと! 見ろっ、見ろぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!!!!」と汚い欲望を身体中の穴から漏らしている。
文字数制限を盾にして根拠もなにも示さずに、自分の頭で否定できる一文をなんとか見つけ出して、「やれやれ。きみはなんにもわかってないね」とただ否定するだけ。熟議に何の貢献もしない、耳を汚すだけのノイズ。
大抵のバカなネットユーザーは脳の大部分が「最新情報の暴飲暴食」でスカスカになっているため(俗に言う「グルーポンおせち状態」)、比較検証なんていう基本的なこともできない(本人は「できない」とすら気づいていない。そこを突かれると「時間がないから」「忙しいから」と言い訳して、何も届いていないメールボックスをチェックしだす)。だから、「最後に勝利宣言をした人間」に説得力があると思っちゃう。
このような「つぶやき批評家(気取り)」と「情報ジャンキー」はまとめてネット中毒矯正院にぶち込むべきですね! そこで『アルプスの少女ハイジ』でも見せて、少ない情報をいかに咀嚼するかを学ばせたほうがいい。こいつら、醜く太っていることが勲章だと思っているからさ。
以上、今すぐカルチャーシーンから撤退すべき害毒な消費者4タイプでした。こういう奴らが蔓延っちゃったのは「個性が大事」という間違った教育と、「作品の解釈は受け手が決める」なんていう甘やかしの成果だと思う。
確かにある程度の解釈は読者に任されるだろうけど、それを理由に笑っても怒っても何しても構わないなんてことはない。それだとスタンリー・キューブリックの『博士の異常な愛情』を見て、原子力礼賛だと思っちゃうようなことを許してしまう。
ぼくのような高い視座に立てているクリエイターって本当に少ない。名前を挙げるとしたら、映画監督の紀里谷和明か、小説家の岩崎夏海くらいか。
特に岩崎夏海の『「小説の読み方」の教科書』は上記であげた連帯のためだけや、センスいいと思われたいだけに消費する行為の解毒剤として最適なので、みんな読みなさい。早く読まないと、時代に取り残されちゃうよ。2010年代のクリエイターズ・バイブルだね、この本は。
みんなもうさ、中身のない自分を無理やり肯定するためにアートを利用するのはやめようよ。空っぽな自分を直視して、中身ある人間になるために努力するべきじゃない? ソクラテスもプラトンも、みんなそうやって大きくなっていったんだよ。
等である。
行く末は一人ぼっち。
そんな恐怖な妄想に囚われて一人悩み続けるしかないのかと死にそうになる。
とにかく全く誰にも相手にされない寂しい状態になってしまいそうで怖い。
その恐怖心から、
つまらない発言をして嫌われたくない。
↓
↓
焦るばかりで何をしたらいいのかわからないし、相談できる相手もいないし。
医者にでも行くべきだろうかと何度も考えた。
でもネットで探すとセラピーだの、なんだのと、的確な指示がもらえそうもない怪しげな場所ばかりあって、悶々とした日々を送るのが現状だ。
そこで2、3年前に購入した本を引っ張り出してきた。
どっちも同じ作者による本で、一冊は症例集、一冊は改善集である。
思えばここ二年間やってきたことが、原因になっていることは確かだと思う。
前職では二年間職場の人間関係で悩み、無言の日々を過ごしてきた。
安月給のため週末を家で過ごし、ネットのチャットだけが唯一の会話だった。
また、去年別れた彼女には、毎日元彼の話しから、その他大勢いろんな人の自慢話を聞かされた。
最後はこっちから切ったが、そこからしばらくモメてかなり憔悴しきっていた。
現在の仕事はまた暇で、指示が遅く、上の人間は愚鈍で、つまらないコードの解析ばかりを行なっている。
そのため一日中ぼーっとWebを見ていたり、青空文庫読んだり。
会合などでは大して興味が持てないので、うなずいて聞いているふりだけしている。
大体人と合うのは苦手だけれど。
でも以前はもっとユーモアがあった気がするのに、日々楽しく飲んで誰とでも交流できたし、会話中に色々イメージしながら話していた気がする。
少なくとも今よりはずっと社交的だったと…思う…思いたい。
今は話していても全くイメージが湧いてこない。
そんなわけで、2冊の本で改善を試みようと思う。
この本によると、前頭葉を鍛えることによって、上記の問題が改善するみたい。
効果はあるだろうか。
そしたら…死ぬしかない。
優れたSFはいつも現実のデフォルメなんだって思う。つまり、現実の日常のある部分を取り出して、先鋭化して、戯画化して
そうしてできた空想の産物が、むしろ日常の異常性を自然に僕たちに理解させる。空想だから、リアルなんだ。そういうのがいいSFってもんだ。
『たった一つの冴えたやり方』は泣けるってことで有名なSFだ。でも僕はその本題より、むしろディテールの部分に感動した。
やった!これでようやく宇宙に行ける!16歳の誕生日に両親からプレゼントされた小型スペースクーペを改造し、連邦基地のチェックもすり抜けて、そばかす娘コーティーはあこがれの星空へ飛びたった。
イーアは彼らの星で、ドロンという非常に愚鈍な生き物の脳に寄生する。イーアは彼らに「罰」と「報酬」を与え、ドロンの行動をコントロールする…。
まあ一見すれば、SF的な突拍子もない設定だなって思うけど。よく考えれば、つまり、なんていうかな、これって僕たちじゃない?ってこと。それに気づく。気づきが大事だ。
僕たちは「体」からあらゆる信号を受け取る。痛みは「罰」だ。痛みを受けるようなことをしてはいけないのだと僕たちは僕たちの「体」に教育される。
快楽は「報酬」だ。セックスに快楽が伴わなければ、とうに僕らとの僕らの体は滅んでいるだろう。
まとめれば「精神が体を支配しているのではなく、むしろ逆なのだ」みたいな陳腐な結論に至るんだけど、それを自然に気づかせる力がSFにはあり、その気づきの瞬間を僕は愛してやまない。
あらすじとしては
主人公の夫が事故にあった。助かる見込みがないので夫のクローンを作り、その体に脳を移植することになった。しかしクローンを作るのにはちょっと時間がかかる。その間夫の脳を保存しなくてはいけないのだが、夫の元の体は殆ど機能していないので、これを維持するには莫大なお金がかかる。主人公はその経済的な事情から、夫の脳を自分の「子宮」に保存することにきめた。
まあこんな感じだったか。間違ってるかもしれない。大事なのは、「他人の脳を子宮で保存すること」この一点だ。
これは、随分ショッキングな想定だと思う。ショッキングであることは大事だ。だって、気持ち悪いでしょ。いくら愛する夫だからって、他人の、脳を、自分の腹に埋め込むなんて。ぶっちゃけキモイ。
でもさでもさ、それは大変素直な感想だけど、でも、考えてみてよ、これって僕たちじゃん。というか、彼女たちじゃない?
女の人は妊娠する。それって極自然で、すばらしいことなんだけど、でも「他人の脳を子宮で保存してる」のは上のことと変わりない。さっきショッキングであることは大事だといった。ショッキングであることがショッキングなんだ。だって、いえないよ。妊娠が気持ち悪いなんて。でも、でも、なんてったってそれは同じことで、だから、やっぱり気持ち悪いんだ。
これに「気づいた」とき俺はなんて非道徳的なんだろうて衝撃と、こんなものを書いたイーガンに尊敬を覚えた。僕の解釈が正しいとは思わないというか、多分間違ってる。つまりよくない解釈なんだけど、でもイーガンすげえって思った。
いい物作ってれば売れる。
真面目にものを作る奴が偉い、いい加減この手の無骨で愚鈍なものづくり礼賛主義な老害どもにはうんざりだ。
これを読んでる奴の大半、日本人の大半は物作ってるわけじゃない。
作る奴が特別偉いわけじゃないんだよ。クソが!
作ったものをドレスアップして、地道に売って歩いて世に知らしめて初めて利益を生むしみんなが使うんだよ。
起業家がタレントで何が悪い?それで資金を引っ張り、製品のアピールが出きるなら結構じゃないか。
幾ら良いもの作ったってアピールできなきゃダメなんだよ、誰も使わないんだよ。
後からあれは俺の方が最初に作ったとか言ったって負け惜しみなんだよ。
タレントだろうが何だろうが、起業しない奴よりしてる奴の方がよっぽど頑張ってると思うよ?
こういう土壌が堀江を潰したし、アイデアとパワーだけは有る若い連中の意欲を潰してるんだよ。
あいつらはずるい、口先だけだ、適当にやって真面目にコツコツやってる連中を出し抜いてズルしてるなんてなぜわかる?
ちゃらちゃらしてたって資金繰りの苦労や誰にも負けない野望、数知れない程の挫折があったりするんじゃないか?
あれか?ビルゲイツはNTのコーディングも全部やらなきゃいけないのか?
彼がセッティングした飲み会に参加した時の話。
だからこちらも気を遣って「交通費くらい援助しようか?」と言った。
もちろん、一度向こうに断られてから「いやいやここは」「そんな受け取れないですよ」「いやいやいや……」とやるつもりだった。
そうしたら、「1500円ですね」と、即座に金額を言いのけた。
……正直なんだろうけど。
ネット上でのコミュニティ活動から知り合った相手なのだけど、今まではいつも素直な反応をする面白い人だと思っていた。
でも、ただ単に、バカみたいに正直で、愚鈍なんだと気づいた。
そうしたら、ものすごい勢いで色あせていく。色々な部分が。
同じコミュニティに付き合っている女性がいて、それまではほのぼのしているなぁと見ていたけれど……
きっと酷い別れ方をするんだろうな、と直感した。
これのどこがアートなのか愚鈍な私めにおしえていただけないでしょうか?
http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=20803071
その体型といい、集中力の低下や無気力な感じといい、睡眠時無呼吸症候群を患っているかもしれないから病院行きを勧めてやってくれ。
もし睡眠時無呼吸症候群だと、低酸素で心臓や血管に負担がかかるから、放置すると狭心症や心筋梗塞など命に関わる病気にかかりやすくなる。
ほぼ2年ぶりくらいに会った友人。
LLだったのが5~6Lくらい?ってくらい、誰がどう見ても豚。
そりゃびっくりはしたけど、ストレスとかだったのかなあ、大変だったのかなあ、とか
好意的に受け取ろうと思って最初は頑張ったけど、やっぱり豚は豚だった。
脂肪って脳にもつくの?ってくらい、会話が通じないし常にボーッとしてるし
さっき言ったことをもう忘れてるし(ほんとに記憶力が鈍ってるというか)
人間的な反応は薄いのに、食べ物には異様にガツガツしてまさに動物的。
会場を少し歩いただけで冗談抜きで「フゴー、フゴー」みたいな息をしてるし
巨デブなのに自分の車幅全く理解してなくて、いろんな人や物にドカドカぶつかる。
ぶつかって展示物を落としても「あ…」とか言うだけでそのまま行こうとしたり
とにかくボケーッとしてるだけ。(私が拾ったり謝ったりしててもボーッと立ってる)
避けても寄ってきて殴られ続け、どんどん斜めに歩く感じに。
しかもぶつかってることに気付いてもなさそう。
「手がぶつかるから」「真っ直ぐ歩いて」「距離空けて」と何度か言っても
「あ…」みたいな感じで理解してない。結局また振り回してぶたれる。
なんかもう無理かも、と思い始めた時に、正面にあったガラスかなにかに
自分と友人が映っていて、友人が絵に描いたような「デブ歩き」してたのを見て
もうダメだ、と諦めた。
太ったことが嫌なんじゃなくて、全てが愚鈍になったことがもう限界。
そのとおり。
そんな皆知ってるアタリマエのことにも気づかず6月になってもまだ説明会予約画面とにらめっこしてる愚鈍なやつは内定なくても仕方ない。
をするんだろうな
人の気持の痛みがわからない無敵な俺w
これみてちょっと思ったことを吐き捨てていこう。
まず一点、いじめ・レイプについては単純な暴力衝動(相手が嫌がる、痛がることが重要)であることがある。
この場合、人の痛みが判らないのではない、わかったうえでそれを楽しむのだ。
愚鈍な奴がいるために、おれが被害を被っているなどと考える人で、将来的に家庭を持てば間違いなくDVに発展する。
これは沢山いる。
いじめについて、擁護が絶えないのはそのためで、当人的には加害者ではないのだから、批判を受け入れられない。
あえて書くが、「耐性で麻痺したクズ」は、きっと人畜無害だよ。
他人に害を加える理由が発生しないからね。
そう?
俺は逆で、断じて小泉(親父のほう)信者とかじゃないけど進次郎にはちょっと感心してる。
民主党から出た同じぐらいの歳の横粂弁護士との激突だったんだけど
若くして司法試験を通っている横粂青年と、二代目(三代目だっけ?)七光りの小泉青年、
おつむの中身は圧倒的に横粂だろうと誰もが思ってた。
俺もそう思ってた。
つまり、進次郎については最初から「アホなんだろう」という目で見てた。
結局二人とも国会議員になるんだけど、
http://b.hatena.ne.jp/entry/www.nicovideo.jp/watch/sm8958295
これは両名の発言部分は全入れでありアンフェアな捏造編集は無いよ。
どっちの頭がキレてどっちがアホかは容易に判断がつく。
質問のまとめ方、語り口だけでなく、
総理の回答を受けての再ツッコミを見るにつけ、あれはたいしたもんだ。
ディベートのキレや頭の回転の速さは相当なもん。
それどころか同年代の青年平均と比べても飛びぬけて良い脳をしているといっていい。
実績が無いので政治家としての手腕は未知数だし
政策をどの程度勉強してるのかは俺も知らないが
頭の良さだけで言えば相当なもんだ。
と思うよ。
記者からの一言インタビューで密なやり取りする政治家なんかいないと思う。
記者のほうだって役職もない新米ヒラ議員に込み入った質問なんかしてないし。
元総理の息子ってことで、どうしても注目度は高いし、さわやかな好青年らしき外見に加え、
ペラペラと巧みな言葉を用いるから、何の成果もあげていない新人議員のわりには、
マスコミで気持ち悪いぐらい持ち上げられまくってきた。
しかし、それとは裏腹に、小泉進次郎はあまり頭が良さそうには見えないし、
パフォーマンスがうまいだけで、実はかなり勉強不足なのではないか。
私も実情を知っているわけじゃないんだけど
これは多分、
進次郎の自民のパンダとしての活動(選挙応援に駆り出されて喋ってる場面とか)しか見てないまま
昔の俺と同じ「世襲三代目?アホでしょどうせ」という先入観を持ち続けてるゆえの疑いだと思う。
他意が無いなら上の動画を見ればその疑いは掻き消えるだろう。
(頭が切れる人、ディベートに強い人、カリスマ的な人であることと、
政治家としての姿勢がどうかや良い政策を採ってくれるか否かは全然関係が無い訳で、
進次郎が俺にとっての「良い政治家」になるかはさっぱり不明であることを申し添えておきたい
わかってるだろうからくどいと思うけど念のため)
この言葉は主役キャラにやられたチンピラが逃げ際に発する捨て台詞と似た印象がある。
ただし、最近の主役が常に正義の側に立つわけではなくなってきたように
この捨て台詞を言う人が常に間違いというわけではなくなってきていると思う。
むしろ割合的には、この台詞を投げかけられてしまう人にはそれなりに問題がある場合が多いのではないか。
まず立場を無視して考えると、
発言者は、相手に対して
・人の話を受け入れる度量のない器の小ささ
を指摘したいのだと考えられる。
防御機制に基づいた態度を批判する姿勢であることは間違いない。
これだけであれば「初めてか?力抜けよ」のような表現で置き換えられるだろう。
お互いの関係性に対する相手の価値観の否定または修正を迫っている。
さらに言えば、相手の態度によって不快な気分にされた自分の感情のケアまで要求している。
はっきり言って日常会話で使うにはあまりにも踏み込み過ぎの言葉である。
「もう少しきちんと話を聞いてください」
「あなたは私の上位者ではありません。対等のものとして扱ってください」
これら3つの指摘すべてが正しかったとしても、それはすべて個別に行うべきであり、
というわけで、この言葉を使うときは、自分がその時本当は何を求めているのか
ちょっと立ち止まって考えてみると良いかも。
・・・のだが、この言葉を使う側の人間としては、上で述べたように相手を
「聞く耳持たない奴」と認識しているので、
「どうせ聞く耳持たない奴には丁寧に説明しても無駄だし説明させてもくれない。
故に捨て台詞用の言葉としてはできるだけ簡潔に相手の精神に反撃を加えられる表現が望ましい」
と考えるのは理にかなっている。
すでに自分は相手にコミュニケーションを拒絶されたということである。
手遅れの状態になってからこういう発言をした人を追いかけていって
「こういう言葉を使うべきじゃない」などと言っても火に油を注ぐだけであろう。
この言葉が気に入らないと思うなら、
この言葉を使う時の心理状態を考えて、そうならないように
コミュニケーションを継続する価値のある人間であり続けることが重要なんだろう。
ネットの、特にtwitterは人の話を簡単にシャットアウトできるので、
シャットアウトした奴された奴からいろんなところで「上から目線」なる捨て台詞が流行るんだろうなぁ。
http://www.cp.cmc.osaka-u.ac.jp/~kikuchi/weblog/index.php?UID=1250314323
ここで言うイスラム金融とは、してぃとかうおーる街とかの対比。
イスラム金融の主なポイントは金利。利息や利子を交えないところがポイント。他方、20世紀に猛威をふるった資本主義は利子、複利万歳の世界。リスクを計算して投資対利益比率だのなんだので利率は「%で」、だからサブプライムみたいのが売れる売れる。
お金でお金を稼ぐことができるのに、なんでお金のために労働するのか意味わかんないよ!
バカでお金がねえやつを働かせればいいじゃない。
大企業に就職するのがそんなに安定ならその大企業の株をかえばいいだけじゃないか。みたいな。
ひとにぎりだけどそういう傾向があった。ぐりーどだ。
世界で流通するお金は倍々で増えていき国家間でも制御できない事態に。で、資源高で先物市場が暴走して、あげくサブプライム爆弾。だけど、これも振り返ればびっくり水ぐらいの効果しかなかった。今でもお金は膨らみつづけている。
というのがここまでの流れ。
日本はここにきて、キムタケの銀行をつぶした。それもペイオフ発動という形で。
これは日本の近代史的にもとんでもないことだとおもうのだけど世間的には存外おちついていて社会不安に発展していない。ある意味でいいことだが、あるいみで悪いこと。民衆の愚鈍さをあらわしている。
せめてブログ界隈ぐらいでも盛り上がってよさそうだけど、みんなおっかないのか口をつぐんでる。おれもおっかない。
まだオールドメディアがある程度コントロールできるのだなと思った。
話しがそれた。
この銀行がやろうとしたのは一貫してリスクマネーの取り扱い。リスクがあるお金の貸出をやって、その分きちんと利息をつけようとした。実態はともかくポリシーは悪くない。今の日本の銀行は雨の日に傘をとりあげて、晴れの日に傘を貸しつけようとするとか揶揄されちゃうぐらいのやくたたず。そこに立ち向かおうとした。無茶しやがって。
政治だか官僚主導だかしらないけれども、消費者金融をしめだ作戦は順調にいっている。
消費者金融は現在ほとんど銀行に吸収されている。全てが低金利におさまろうとしている。
キムタケ銀行がああいう形でやられちゃったのをみるとなんかもうイスラム金融でも標榜しているのかなと思う。わるくはないが市場主義ではない。
この揺り戻しは違う形になってまたどこかで現れるとおもうのだど、それがどういう形であらわれるのかは今からハラハラドキドキ。いままでの既存の道を明確に否定したのだけど、じゃあどこにいくのかがいまだ見えない。
多分イスラム金融なのかなとおもうのだけどどうだろう?
だとすれば次に来るイベントはなんだろうね。
為替の介入はほとんどないとおもっていたので、正直おどろいた。
意味ないよね?あらがえないよね?
関係組織のために逃げ場をつくったのかなとかかんぐっちゃう。
会社から帰ってくるのがいつもより少し早かった俺はゆっくりと風呂に入りたいと思った。
普段は湯船にお湯なんぞ張らないのに「Todayは、ぬるい温泉気分だな」と鼻歌交じり。
上機嫌でツムラの効き湯(越冬1年もの)を準備していた。
風呂釜をのぞき込むと、なんだかちん毛のようなものは張り付いてるし、朝オナニーしたときの
精子が行き場をなくしてカンピンタンになってお亡くなりになった様子の物体も散見された。
『これは非常にまずい』
風呂場のサイドポケットから取り出した風呂洗剤Aのボトル残量がEmptyに近かったため
良好な清掃結果を得るためには追加の洗剤が必要だと判断。
種類は違ったがストックしていた風呂洗剤Bを使用し、風呂釜に追加注入して利用を開始した。
よもや頭をよぎる注意書き
『まぜるな危険!』
玄関先に転がり出る俺。
この時ばかりは秒速12kmの速度で移動していたと思う。
だらしなく台所のシンクにもたれかかっていた。
俺は叫んだ。
慌てて飛び出した勢いで、頭を打って背中も打った。
弱い頭がさらに弱くなったらどう生きるべきかと算段したが、そこまで期待される
人生でもないので、わりとすぐにあきらめがついた。
体と一緒に飛び出してきた風呂洗剤Aの成分表がふと目にとまった。
「液性:中性」
俺はしんしんと泣いた。
終
あいつらのいうように、経験重視の流れを推進することが日本の国益になるなんてことはどう考えてもあり得ないわけだが。
日本という環境は経験を積むためには最悪な環境であって、実際たいがいの人間はどんだけ苦労したって商事商船レベルにも到達できないわけだろ。それで「実務経験ができる」なんて言うつもりなんだろうか。第二新卒なんて、新卒市場をまともに受けるに値しないレベルの人間の価値を測る試験でしかないわけだが。
正直、「仕事とはコミュニケーションです(キリッ」とか言ってる奴がどれだけ仕事できるのか見てみたいものだよ。まあ「社畜で何が悪い(キリッ」とかいう意見が賛同を集める時点で聞くのも野暮なわけだがね。少なくとも、ちょっとでも「優良」な現場での経験の使われ方を観察していれば、ポン大程度しか入れなくて旧帝とと対等にやり合えるなんて妄想は絶対に出てこないはずなんだがね。
所詮、こいつら「学歴」ってものを舐めすぎだと思うんだよ。お前らのどんだけが大卒でまともに仕事をそつなくこなせるのだと。早慶の仕事のやりかたで失敗しなくなるまでは、旧帝のやりかたでそんなことなんてできるはずがない。早慶でも仕事の仕方に戸惑うのは学歴が価値を計るのに非論理的だからでもなんでもなく(つーか学歴が「非論理的」って意味不明すぎ)、低学歴という非常に愚鈍で低能なゴミに対応することが求められるからだ。要するに「高学歴」は早慶でも訓練しなければ難しいということだ。そして、低学歴にも価値は存在し、文法化されていないだけ余計に難しい(とりあえず日東駒専、大東亜帝国、Fラン使っておけばそれらしくなるという大雑把な原則はあるが)。決まり文句や礼儀作法、本音と建前、そういうものも全部存在する。そういうものが全部日本独自の因習だと思ってる奴は「日本人の国際的評価は世界一」とか言ってる資格厨ネトウヨ君たちの裏返しでしかない。
そんなことができるのか?できるわけがない。東工大一橋ならまだしも、低学歴にはほとんど望みがない。有名ゼミか帰国子女かでもない限りな。高学歴と低学歴は互いの人生に何の関係もなく、高学歴は低学歴と歴史的にも環境的にも関係が薄く、そして文化的なコードさえ全く一致していないのだ。何?東京外語大はコミュニケーションが得意だから低学歴にも通用するはず?あのねー、マーチ以外で低能とのコミュニケーションが得意な高学歴なんて見たことないけど?出身高校とかその辺のレベルの低い争いでは低学歴より上かもしれないが、その程度でしかないよ?
自慢じゃないが、俺は東大ぐらい余裕で入れて、国際学会とかなら英語のプレゼンに不自由せず、話す方も得意じゃないとはいえ質疑応答程度ならどうにかこなせるよ。周囲からは「高学歴」とぐらい思われてる。しかしこんなの、ヨーロッパ人の基準で見れば学歴の「中の下」でしかないんだよ?学歴に苦労した記憶のない圧倒的大多数のMITから見れば「物真似の上手い猿」レベルでしかない。どう考えても「視経験重視」で高学歴と対等に喧嘩するのは、のび太がジャイアン百人に喧嘩を売るのと同じぐらい無謀だ。
はっきり言って学歴のことを考えると絶望して泣き叫びたくなる。どうしても学歴をものにしたければ、受験の後、高学歴が家族や友人との余暇を楽しんでいる時間に俺は孤独に資格の勉強をするでもしなければ無理だ。それでやっと「類人猿」レベルの市場価値にしかならない。だがそんな生活の何が楽しいんだ?お前らの大嫌いな「社畜」ならぬ「学歴畜」になれというようなものじゃないか。自分で言うのもなんだが子供の頃から一貫して学業優秀だった俺でもこの程度でしかないのに、経験ルサンチマンを募らせたお前らにいったいどれだけのことができるんだ?できもせんくせにふざけるんじゃないよ。
学歴という風車にむかって「撃ちてしやまむ」とかほざいてバンザイ突撃をかけるのは勝手だが、お前らの下らない一億玉砕に巻き込まれたくなんかないんだよ。自爆するなら勝手にやってろってんだ。
お前ら分かるか? 分からんだろう?
俺に対してお前らは「他人の価値観を否定することはだめなのー」
とか間抜けヅラで口々に言ってるけどよ
お前らがやってることは、俺の発言なんかとは比べ物にならないくらい醜悪で残忍で無思慮で無理解で無節操なんだよ
しかも、大体のやつがそれを無意識のうちに行っているんだ
無意識のうちに美しさを踏みにじり、無意識のうちに素晴らしさを貶めるような真似をやってるんだ
その上で、平気な顔をして人の発言に説教を垂れてるワケだ
「そんなこと言っちゃだめ、人の価値観を頭ごなしに否定しちゃ、ダメなのよ」って具合にね
そんなお前らの愚鈍さは、実に嘲笑に値するものだった
そんなお前たちの醜悪さを、俺はずっと前から延々と嘲嗤って来たんだよ
(終始、オウガバトル風味でお読みください)
だが連中の発言力は今なお健在、なお堅強・強力だ。
なぜなら、本邦での最高権力者はこの愚民――民"主"、主権在民、だからだ。
愚劣な民が最高権力者であるところの国が、本邦我が国なのだ。
「被害者でいるほうが楽なのだ。弱者だから不平を言うのではない。
不満をこぼしたいからこそ弱者の立場に身を置くのだ。本当の自由とは誰かに与えてもらうものではない。
救世主の登場を今か、今かと待っているくせに、自分がその救世主になろうとはしない。
それが民だ」
愚鈍で愚劣で愚昧で暗愚、
それが民だ。
実現するための実行を自らの名と責に於いて成すことを決してせず
他者によって成されたことの全てをいちいち腐し、満足せず、不平不満を零してご立派な天下国家の愚論を開陳する。
そして―――自分こそが、平凡で、実直で、慎ましやかで、
満たされないことも多いが、それでも精一杯生きているという「善良な市民」であると思っている。
それが、民だ。
他者に靡き、「空気」に従い、空気が用意したシステムに凭れ掛かって「自分の人生」を歩む人たち。
所詮は、教導されているに過ぎん。
大いなる力―――支配者の意に染まり、動いているだけに過ぎない。
自分自身の人生を生きているつもりにさせられているだけなのだ。
それは支配者が、あの愚かな生き物たちの人生と思想とを決定づけているのだ。
だが、支配者もどうやら支配者たるの所以を喪い始めている様だ。
民は愚かだ。
そして、支配者の意に染まった振る舞いをしている分には害は無いのだが、
愚かが故、身持ちを崩し、転落し、破滅する。
犯罪を犯したり、無駄飯を食らうだけの、文字通りのゴミ、害虫に成り果てる。
こんなことは、とうの昔より当たり前すぎる摂理として支配者世界では共有されていたことではなかったのか。
今の支配者は、―――ゴミ処理への責務を、急速に見失い始めている。
ゴミを放置していたら、腐敗して、どれだけこの世界に害毒をもたらすことになるのか、分からんのか。
…どうも、今時の本邦の新参の支配者に、出自の卑しい人間が排出されすぎた。
ゴミ処理一つ、満足にできん。
生かさず殺さず、それは究極的にはバランスが取れ安定した愚民どもの安寧であった筈だ。
いきがらせず、飢えさせず。
…それを見失えば、
「愚昧な民はバラバラになる」のだ。
愚民から大いに「収穫」をするのなら、
そこから発生する腐敗物の「ゴミ処理」の負担も等しくせねばならぬものを。
或いは、あの愚かな新参者どもは、まだ理解できておらんのか。
社会保障というのが、「福」祉とでも思っておるのか。
あれがゴミ処理代だということが、理解できておらんのか。
愚昧な民を飢えさせないための必要最小限の費用は、全て「ゴミ処理代」なのだということを。
努力をしないから落ちぶれるとでも思っているのか。
努力をしないような人間を甘えさせ、つけあがらせるような社会保障など、縮小するべきだとでも思っているのか。
愚かな新参者ども。
愚昧な民は、努力などせんのだ。
愚昧な民が努力せずに適当に生きてても、それなりに最低限の生活ができるようにするのが支配者なのだ。
依らしむべし、報しむべからずの大原則を忘れてはならん。
愚昧な民には堕落したエサを頬張らせ続けることが肝要だ。
それこそが、ゴミ処理代だというに。
自分が努力をしたからといって、愚昧な民に同様のそれを要求する。
新参者ども、…愚かなのはお前たちの方だ…。
奴らを、罰したいのか―――――。
努力をしないから、と。愚劣で愚鈍で愚昧で暗愚だから、報いを受けろ、と。
だがな、その報いを受けて、それと知れようなら、もはやそやつは愚民ではないではないか………。
自らが愚かでないと思っているからこそ、そやつは愚かではないのか?
それが、愚か者の本質では、ないのか。
愚劣な民は、どこまでいっても愚劣なままだ。
愚か者どもは、生み出すべき畑を自らの手で腐らせる。
それをしないために、私達は、愚か者どもに耕させ、収穫物を私達の元へ吸い上げ、
そうした上で愚劣な民どもにふさわしいものを、私達の手で加工して渡す。
それこそが、ゴミ処理の要諦ではないか?
愚かな新参者ども、ようく聞けッ、
愚劣な民どもの耳に心地よい堕落したエサを与えねばならん。
さもなくば、収穫を得るべき私達の畑が、滅びる。
愚かで愚劣で愚昧な民どもの腐敗した毒によって、滅びる。
愚昧な民が腐敗する世界の現状を認めよッ!!
…今からでも遅くはないぞ。
それは愚昧な民のためのものではない。
私達の大切な畑を守るための廃棄物処理のための必要経費だ。
考えを改めよ。
愚昧な民どもへの、空しい執着の一切を断ち切れッ!!