はてなキーワード: 意識改革とは
http://anond.hatelabo.jp/20120106151331
http://anond.hatelabo.jp/20120106151349
「親の子育てに対する責任を無くせば産みやすくなるのか」というのは
子供を産まない理由に社会制度を上げているのが20%に過ぎない事からそれほど効果が無いとわかるし
その子育てに対する責任をなくす方法というのは革命的な人権意識改革と福祉リソースが必要だ
実質的に考えたら60%以上の人間が子供を産まない理由に挙げている家庭財政状況を立て直して
産みやすい環境をつくる方が「子供を育てる責任」に対する不安の解消に繋がるんじゃないかという方向性です
http://anond.hatelabo.jp/20120106151349
の云う
なにが日本人のいやな特徴、だ。いやならお前が日本から出て行けばいいだろう。
日本を受け入れて、日本人の特徴に染まりきってこそ、おまえ自身の国際交流だろう。おまえがいやだと感じるからといって、日本人の意識改革を望むなどとは、どこかかの偏狭ナショナリズムの押し付けだろう。いやなら出て行くか、受け入れろ。ここは日本であり、それがお前自身のグローバル化というものだ。
この得体の知れない外人さんの戯言にいちいち付き合って、日本の教育のあり方だのを持ち出して真剣に日本人とは・・とか考えている奴も同類だ。
一日本人が海外へ出てその国で生活する場合、その国の人のいやな特徴を挙げて「この国の人たちの意識改革を望む」のは道理に適っているだろうか?自分から望んで彼の地に赴いたくせに、自分に受け入れがたいいやな特徴を目にすると「直したほうがいい」と指摘するべきだろうか? 指摘は指摘として受け止める。だがこれからもこの国で生きていくつもりなら、お前自身がそれを受け入れろ。それが出来ないならば出て行け。 あと反対意見もいわず実直にイエスイエス言ってる日本人も日本の恥だ。一見まるで世界の常識を身につけている風に聞こえるが、そんなこといちいち真に受けるのはこのような日本人だけだ。恥ずかしいこと極まりない。
これは君が勘違いしている。
日本は、社会人>越えられない壁>学生というレイヤーが確立している。
大学生ってのは、遊んでばっかでケツの青いガキっていうのが社会通念であり、
そんな中のぽっと出な天才なんてのは、評価に値しない。
たとえ灘高卒東大院レゴのプロビルダーなんてのがいたとしても、社会人より格下。
最近じゃこういう考え方は古臭いものとして意識改革が進んでるけど、
宋文洲さんが「成功したけりゃ媚びて利用しろ」と言ったけど、
特に上に書いたような価値観を持っている人間には、そうしないとこっちが潰されるからね。
むしろ塩害で使い物にならない農地が再び生産可能になるのかどうか、壊滅した港、漁船がいつ復活するかの方が問題だろうよ。
問題ないって思う人は、バンバン買ってあげるといいと思うんだ。
買ってる。
お前らの風評被害のおかげで安いしな。
http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r9852000001a3pj-att/2r9852000001a3rg.pdf
お前みたいに線量計の実測値を読めずに、放射線怖いとありもしない不安で暮らしてる奴らの意識改革が完了しない限り無理だな。
いい加減安全基準値がどのように決定されているのか理解しろよ。
ちょっとでもミスをすれば馬鹿みたいに叩き、叩くところが無ければ何とかして
叩くネタを作り出して叩く。権力の監視とか、そんな大層なものでは決してない。
本当は有権者自身がもっと勉強して、マスコミに踊らされないようにしなければ
いけないけど、有権者の数は1億人も居る。残念ながら1億人の意識を変えるのは難しい。
それに比べて、投票行動に多大な影響を与える民放の社員はキー局合計で1万人以下。
1億人の意識を変えるよりも、数千人の意識を変える方が現実的。
しかも、その数千人は組織に属しているんだから、組織の長が意識改革を
決意すれば、1億人の群衆なんかよりよっぽど簡単に変えられるはず。
バラエティ化した方が視聴率が取れるのかもしれないけど、そんな事ばっかり
やってた結果が、この政治の大混乱を作り出している。
日本に漂う閉塞感を無くすには、今の民放を全て潰すか、民放の意識改革をしない限り
無理だと思う。
でも、民放を潰す権力を持っている政治家・官僚はマスコミと馴れ合い状態。
もう、詰んでるでしょ。
財政破綻するか、原発が爆発して東京を死の街にでもしない限り、この国は
弱者の数を増やし続けて転落して行くんだろう。
日本人は勤勉と言うけれど、ただ単に誰かに従うのが好きなだけなんだと思う。
会社の上司や国の言う事が間違っていると分かっていても、逆らわずに従うのが
好きなだけ。その結果、自分自身が被害を被ると分かっていても従い続ける。
日本は特殊、日本人は特殊、何か世界と違う国家・民族である事を誇りに思う
本や文章を見かける事があるけど、実は異常な国なんじゃないかと思う。
別に生活に困ってもいないし、サラリーマンとしてそれなりの収入と貯蓄もある。
恋人も居る。
だけど、何か閉塞感を感じていて、未来に対して明るい気持ちになれない。
なんなんだろうね・・・。
そもそも、キーアイテムである「マネジメント」自体がエッセンシャル版な時点で舐めてんだろとしか思えないですからな。
エッセンシャル版自体、通勤途中のサラリーマンが知ったかになるための超要約版なのに。
たとえ、3巻読んでも、ドラッガーのマネジメント論がわかるだけだし。
それを自分の経営に落とし込むとか、それこそ一時期はやった「かんばん方式 」みたいになるのがオチ。
正直、キヤノン電子の酒巻氏に影響されて、「うちの会社も椅子無くすぞー」とか言い出すのと同じレベル。
それを、単純に女子高生が読んだだけで野球部の意識改革がーとか。
馬鹿じゃね?
しかも、NHKはGIANTKILLINGでそのネタ消化したばっかりなのにな。同じネタ連続は駄目だろ。
・売り込もうとしている連中が商品の価値を分かっていない
・売り込むタイミングが悪すぎる
ちなみに、自分の商品の価値を知ることと売り込むタイミングを計るのが大事って事が、
彼らの売ろうとしている「ドラッガーのマネジメント」にもしっかり書いてあるってのが、
壮大なギャグだとしたら、これほど成功しているものも無いわな。
それもある程度はやむなしなんじゃない、まず10年計画位でエネルギーのダイエットと代価エネルギー発電の研究を
地熱、太陽、潮汐、あたりの自然エネルギー発電量を10年で1,000~5,000%位を目標に国を上げて研究、
設置を進めるスマートグリッド化とかは勿論、通勤や物流の生活スタイルの改善も進めてエネルギー消費削減をやる。
あと行政とかエネルギーインフラの制度改革とかも思いっきりやるとか、
エネルギーのテクノロジーを資本主義のもとの競争原理だけじゃなく
webの文化みたいな共有文化に意識改革を長期目標立ててやるとかしないと無理かな。
まあ、思い付いた夢みたいな事書いているだけだけど。
地震来たら一蓮托生で死ぬかもっていうのはやっぱり怖い。
なるほどなるほど。
しかし、金持ちが第二婦人以降の子弟に潤沢な金を注ぐとも限らんしなぁ。
よくある「妾の子が苦労して親を憎む」って話と同じ流れになる可能性も否定できない。
まぁ、イスラム法を導入して「どの夫人にも同じだけコスト使わなきゃダメ」で解決出来るか。
日本で「第二夫人」は相当の時間と意識改革を経ないと「妾」と同意語になるだろうし。
その状態の男に「子どもを作る」意思が、強く起こるか?
それだけのコストを払っても得たい女なら、ごく普通の所得層の男とマッチさせたほうが
期待値高いんじゃないか。法制度を変えて社会コストを支払うメリットがやはり見当たらない気がする。
結局「妾」でしょ、それ。
リンクを大量に貼っているので、選択的に読むのがいいと思います。
このエントリは、私自身が問題意識を持った上で数カ月かけて、雇用問題・解雇規制についての記事を読んで、本質的だと思われる部分を簡潔に書いたものです。そのため、主張の根拠だったりその理由だったりそれに付随する問題点が多々ありますが、(量が膨大になるため)あえて書いていません。そのかわりに、私の意見を代弁しているブログ等にリンクを貼っています。その主張について疑問があったり詳しく知りたい場合はリンク先の記事を読んでみると、このエントリについてもさらに理解が深まるかと思います。このエントリに関して全体的に納得行かないっていう人もいると思いますが(問題意識を持っていない人は特にそうかもしれません)、少しずつでも、一日数個リンク先の記事を読んでいけば、もしかしたら、一、二ヶ月後は意見が変わっているかもしれません。
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今、俺ができるだけ多くの人に知って貰いたいと思っていることは「世代間格差」★1だ。 →グラフ参照★2
え? 知ってるって? まぁ、今の年金制度が積立方式じゃなくて賦課方式であることと、将来の人口分布予測★3を知っていて、まともに考える能力があればわかることだよね。 実際、殆どの若者もそれに気が付いているみたい★4だしね。
世代間格差についてインターネットではたまに見たりするけど実際周りで話してるのなんか聞いたことない、って言われても若者は投票に行かない★5わけだし。 だったら世代別選挙区★6でも導入っていうのはかなり有効な手段だと思うのだけれども、残念ながら政治の世界も年功序列なわけで、老人たちがみすみす自分たちの首を締めるような真似はしないだろう。
この年功序列・シルバーデモクラシー★1-1を崩すのはかなり難しいよね。
法律を変えることのできる政治家も、世間に大きな影響力をもつ大企業の経営者や幹部も年功序列で決まっちゃう。 テレビ・新聞も高齢者に迎合して、ルールや世間の潮流を作る側、体制側も年功序列で出る杭はガンガン打ちのめしているし★1-2★1-3、すでに高齢者に有利な世の中になってしまっている。 そう考えると、現在の日本の社会構造を変えるのはかなり難しい。
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今の閉塞的な経済や景気に大きく左右される若者を中心とした雇用不安、サービス残業、ブラック企業が蔓延っている事などの原因を考えると行き着く先のうちの一つは厳しすぎる解雇規制★7★2-1があるだろう。 解雇規制が厳しすぎるので企業は簡単に正社員を首にできない。
また、年功序列型賃金であるため、ある程度年をとった職歴のない既卒者を雇い入れることが出来ない。 そうすると基本的に新卒からしか採用しようとしない。 新卒採用で正社員として採用され働くことが出来なかった人は将来、正社員に返り咲くということが極めて困難だ★2-2。
慣習として終身雇用であるために、新卒採用の時点でその人が生涯賃金(企業が支払う公的年金の分も含めれば3~4億以上)に見合うだけの価値があるかどうかの無茶な判断に企業は迫られるわけ★2-3。 当然、景気の良くない現在では特に企業は二の足を踏み新卒採用を絞る。 なので、生まれた年代と大学卒業時期の景気だけで、その世代の人は何も悪くないのに、特定の世代だけ格差が極端に大きくなり★1-4、組織の構成員の年齢分布も歪になる。 そしてそれが世代間格差をさらに広める。
これは、現代の奴隷制度・身分制度★8★9★2-4★2-5ではないだろうか。 驚いたことにカースト制度と酷似している★10くらいだ。 社会に適応できなかった人★1-5や新卒採用で漏れた人間は一生、ワーキングプアや派遣・フリーターの非正規雇用で暮らさなければならない★2-6。
正社員から非正規雇用者に成り下がることはあったとしてもその逆はありえない。 また、正社員職にあぶれて非正規雇用で働いている人だけでなく、新卒しか採用しないことによって、つまりは既卒者を締め出しオッサン達の雇用を守った上で若者世代に無職・ニートを作り出している。 正社員といえども一部の大企業以外では、ブラック企業★11、サービス残業つまり労働基準法違反が蔓延している。それは労働市場の需給バランスが異常で、恐ろしく買い手市場になってしまっているから。 終身雇用が前提で、どんなに酷い企業だとしても辞めたら他の仕事を見つけるのが難しくなる。 つまり、労働者が労働サービスを企業に不当に安く買い叩かれている★12からブラック企業なんかが存在し続けてしまう★2-7。
そういった問題に加え、人材流動性の硬直化によって、一企業内だけでなく社会全体として、新しい産業への人材移転が起きにくい。 太平洋の向こうでは、流動的な雇用のおかげで基幹産業を製造業からIT・金融へと変えて★13まだまだ成長し続けているバケモノもいる。
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こういったことを変えるために、革命的な変化が世の中に起こって欲しい、そういう意味で戦争を希求する気持ちもわかる★14。すごくわかる。
今、日本は危機的状況にあると思っている。アジア通貨危機みたいな極端な経済危機がおきて、2013年とか2020年くらいに日本が凋落するっていう見方もあるらしいけど★15、そうならないとしても“今”変わらなければ、じり貧になってじわじわと衰退していく。それはKOされずにずっとボディーブローを食らい続けるボクサーのように。
民主党に政権交代したのは日本が変わらなければならない、と国民が感じているからに他ならないと思っている。むしろ変わらないといけないという危機感がないと本当に日本は没落する★2-8。民主党がまともな政治をできているのか★16は別として。
俺が、戦争を望むという思想、つまりある種の革命に共鳴するのは、社会がリセットされるからだ。ガラガラポンでリセット、再出発。解雇規制緩和から始まり、終身雇用、年功序列型賃金、年功序列型人事、新卒採用主義などを根こそぎ変えないと、日本に未来はない。ただ衰退していくだけ。反対する人の多いこの状況★1-6でこれらを自発的に変わらなければいけない。自発的ではなく強制的に変えざるを得ない状況に陥った場合というのは、もう一回日本が焼け野原になっている状況だと思っている。
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今の日本人の目標ってなんだろう、日本人はどんな幸福を求めているんだろう、って考えると難しい。
二十数年前までは、所得倍増計画だ世界第二位の経済大国だジャパン・アズ・ナンバーワンだなんだ言ってたけど、今はそういう時代じゃないっていうのは誰の目にも明らかなわけで。そういった考えがバブルと一緒にポンとはじけて、目標を見失ってさまよい続けたのがここ20年なんじゃないの?もういっそのことイタリアみたいな国目指せばいいじゃん★1-7。 いやマジで。日本人がお互いに抜け駆けをを許さず無駄に拘束しあって★17疲れてんのが今の日本★18でしょ? ときには消費者★2-9として。 もしくは会社の同僚や上司や取引先として★19★20。 ゆっくりしていこうよ。 どうせ経済はこんな体たらく★21なんだし。
ただ、確実に不幸だと言えるのは、今まで父親は馬車馬のように働いて日本を経済成長させた代償として家族を大事にしてこなかったこと★22★23を“社会が”若い世代にも押し付けてくること★24★25と、 そして一昔前までは当たり前だったけど、今のこんな雇用環境では真っ当に働いて普通に結婚して普通に子供のを作って普通に暮らすということ★26が、ものすごく難しくなっていること★27★28だ。 え? 俺らが若い頃なんか終電まで働いて休日出勤も当たり前だったんだから、ちょっとやそっとのサービス残業くらい我慢しろって?ダメダメ! そんなこと言い出したら縄文人が勝っちゃう★1-8んだからw そんなことを言うくらいだったら、お互いの対立軸★1-9をハッキリさせましょうよ。 そうした上で建設的な議論をしましょうよ。
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日本的雇用 -終身雇用・年功序列・新卒採用- を撤廃させるには、つまり雇用が流動化されるには少なからず混乱が起きるだろし、 落ち着きを取り戻したとしても決して全員の給料が良かった時代には戻れないだろう。 雇用流動化によって損をするのは既得権をもった人★29だ。誰も損をしない革命★30なんかありえない。 彼ら、いやあなた自身が血を流さなければ状況は全く変わらない★1-10。
収入が減ってもふたりで働けばいいじゃない。 専業主婦なんて一世代くらいしか続いてないわけだし★31。 家も買う必要はない。 ていうか、こんな激しい時代でん家買うなんてこたぁ無理★1-11。 いい意味で人生を諦めたほうがいい★1-12。 別に借りればいいじゃん。 モノを買わなくったって。 所有することが目的★1-13じゃなくて、使うことが目的なんだから。 持ってるとお金かかるだけだし★1-14。
企業の方も終身雇用を求めている★1-15っていう意見もあるけど、床上手な処女を求める★32★33のも凄く矛盾してるよね。 確かに、明日から解雇し放題ですよ、なんてしだしたら混乱するだけってのは重々承知なわけです。 意識改革をして解雇規制を試験的にでも導入★2-10する、それを実行する為の議論の素地を作ること、それが大事なんです! 変わるっていっても一朝一夕で変わるわけないんだから、少しづつでも変わんなくちゃいけないの! 時間ない★34んだから!
今変えない限り、未来永劫変わらないんだよ?そんな社会がいつまで続くと思っているの?
どの時代に生まれようとも、今ある社会を持続可能な社会として子供たちに引き継いでいくのが大人の役目でしょ。
書いてて思ったけど、明治維新や第二次世界大戦後みたいに外圧がないと変われないのかもね。
日本社会は、ある意味でもうかなりヤバい★38★39★1-16のかもね。
実際、老害の糞ジジィどもは自己中★1-1★40だしね。それが良い方に向かうか悪い方に向かうか知らんけど。
ただ一つ救いがあると思えたのは、真っ当な感覚を持って、真実を語ることができる政治家が(少なくとも一人は)日本にいるということだ。それは自民党中川秀直★41だ。そういった政治家が普通にみられるようになるためには、どれくらい時間がかかるかは……考えたくもない。
http://www.nakagawahidenao.jp/archive_qa2009_01.html 参考→★2-11
Question
今の政治についてのお考えは?人を助けるという政治であってほしいですね。仕事が無くなる、住む場所が無くなると言う現状を見ると、今こそ政治の出番では ないでしょうか?国民のために少しでも灯りが灯る政治に決断が必要ではないでしょうか?きっと、神様は悪いことばかりを与えられることはないでしょう。し かし、国民も努力をすべきだと思いますが、少しでも明るい日本にするために、中川さんはどのようにお考えでしょうか?自民党は貧乏人を殺してしまうので しょうか?お答え下さい。(島根県、63歳、女性)
Answer
厳しいご指摘をしっかりと受け止めたいと思います。いまは世界中が新しい社会に向けた転換をめざして、「産みの苦しみ」の中にあります。それは、「まとも な社会」への転換なのだと思っています。助けあい、いたわり合い、分かち合いの社会にするための政治でなければなりません。非正規雇用の方についてのご指 摘と思います。非正規雇用の方を切り捨てて守ろうとしているのは、経営者の利益だけではなく、実は正規雇用の方の雇用であり賃金です。つまり、ひとつの家 庭の中で、お父さんの雇用と賃金を守るために、お母さんのパートが切られ、新卒の子供が正規雇用につけないという状況が生まれているのだと思います。こん なことで、お父さんが首切りにあったらこの一家はどうなってしまうでしょうか。私はここ数年、正規雇用と非正規雇用の差をなくして、全員が職務給をもとに 働くべきだと思っています。この制度への最大の抵抗は「自分は若いときに安月給で働いたのだから、仕事以上の給料をもらう権利が私にはある」と思っている 中高年齢の男性正規社員の一部のみなさんです。しかし、それが青年たちの雇用を脅かし、日本社会全体を弱体化していることに思いを寄せていただきたいと思 います。一家の家計は、家族全員で分かち合いをしていくべきではないでしょうか。政府も、経営者も、正規社員の労働組合も、非正規雇用のために「三方一両 損」の努力をすべきと思います。オランダでもそうした合意をしたことがあります。なお、政府・日銀はすべての人が安定した雇用が維持されるように政策運営 をする使命があります。そのことを絶対に忘れてはいけません。
それは、正社員と非正規雇用者では給与以上の断然たる格差があるということ。 言い換えると、正社員という既得権★42に対しては手厚く保護されているが、非正規雇用者に対するセーフティネット等があまりにも貧弱、というかないに等しい。
まぁそれはわかるとして、今、非正規で雇われてる人で反対してる人っているの?正社員の人が解雇規制緩和に反対というのは心情的にはわかるけど、結局正社員の人が反対することによって格差を助長させるだけ★1-10じゃないの? 仮に今後ずっと反対したとしても一緒に潰れるだけ★2-12なんじゃないの?もしかして、非正規雇用者だったりワープアなのに、雇用流動化反対!!なんて思っちゃってる人は、規制すること★2-13★1-17しか頭にないんじゃないの? 賃貸住宅しかり★2-14、保育★43しかり。
(mojixさんは兎も角としてchikirinさんもそうじゃないかと勝手に判断してるんだけど)それは俺の思想的立ち位置が小さな政府を支持していて、リバタリアン★44的な考えにかなり近いから。 ここまで読んでそれがわからなかったらただの馬鹿。 馬鹿は言い過ぎかもしれないけど、少なくとも自分自身の思想的立ち位置は自覚してないんだろうね。 それをはっきりさせてから自分の意見を表明してください→★2-15★2-16★2-17
んな訳ないwこんな糞なげぇ文章を増田なんかに書いて、ちまちまリンク貼っつけるような時間があるのは俺が暇人だからに決まってんだろjk。 言わせンな恥ずかしい。 なんで、そんなニートが偉そうに、解雇規制が~ とか終身雇用が~ とかのたまってるのかって? そりゃ、全体最適化=オレ様最適化★1-18だからに決まってんじゃねーかよw 二年半前はこんなこと★45書いたら非難轟々だったらしい★46けど、もし今も変わらないようだったら本当にお先真っ暗ですわ。 話す前から頭ごなしに否定して罵詈雑言を浴びせるんじゃなくて、せめて雇用流動化の何がどういうふうに問題なのか建設的な議論がしたいですよね。
そういう話がないなら、これから議論すればいいじゃない→★2-18★47
このエントリを書こうと思ったきっかけは、某便所の落書きで自分の考えを書いていったときに、ある程度まとまったカタチで発信したいと思ったから。 自分自身で考えを総括したかったからっていうのもある。俺はブログもやってなくて丁度いいから増田に書く事にした。
宝くじでも当たんねぇかなぁ…。
ついった→ ★
http://anond.hatelabo.jp/20110129073446
http://anond.hatelabo.jp/20110206190916
はてな村ではあっという間に収束したのですが、はてな村の皆様におかれましては一体いかがお過ごしなのでしょうか。説明を要求します。もうコンテンツとして消費し終わったのでしょうか。あれだけエロゲ叩きには熱心だったのに、皆様、実在児童の保護には全然関心がないんですかね?
おちゃらけブログが取り上げたから話題になったもので、次のエントリが上がったらホリエモンと人生の有限感について考えるんですか。ニュースに脊髄反射して、話題が流れたら終了。これまでの虐待死でもそうしてきたし、これからの虐待死もそうする。そういうことですか。
しかし、大上段に構えて偉そうに何か説いた方々は自分の発言に責任を持ちやがっていただけないでしょうか。つまり、自分が「こうしろ!」と叫んだ対策を実現するためにいかなる費用、手間、意識改革が必要か考えるぐらいの責務はあるんじゃないですかね?
http://kirik.tea-nifty.com/diary/2010/08/post-9158.html
コメント欄参照。耳に痛いだろ?
あと、「弱者を救おう」と言う人がいるなら
合わせて「それだけの負担を負います」とも言わないといけないと思う。
無責任に、思考停止状態で、その時の感情論だけで「弱者を救おう」って言う人が多すぎる気がする。
じゃ、あなたが救うの?って疑問がわくけど
「いいや、俺じゃなく国が」とかゆう論調だもんね。
社会のせいというならその社会を作った成員として反省と改善の決意を。責任を有耶無耶に拡散させたり、自分ではない漠然とした体制を責めて気が済んだりしちゃ駄目。
行政が悪いというのは、行政の体制を整えて、その追加費用も負担するし与えた強権が自分に振るわれても許容するという意味でなければならない。
都会の無関心が悪いというなら、自分も近所付き合いをちゃんとして、世話したり干渉されたりしなきゃいけない。今すぐ。
救え!って言った次の日には雁首揃えてホリエモンの本の話とかしてんの。アホじゃね?
大所高所から正論ぶってるつもりの奴って、自分は部外者気取りなんだよな。部外者でいられないはずの問題では無責任さだけが目立つ。
親クラスタはしてほしいこと望むことを実体験に基づいて絞ってるから上のような点では意外にまとも。無限に支援しろみたいなことは言わない印象。印象なんで分からんが。
代わりに、子なしをかなり無神経にDISってくれることが問題。子供を持たない権利を行使しているんだからお前らに社会福祉は与えてやらないだの、子育てを回避したんだからせめて他人の子育てを手伝えだの、子供を持ったこともない奴に発言権はないだの。何言っちゃってんの?
子供すら持てない貧しさは、好きで権利を行使している、と?最底辺に叩き落とされて喘いでいるのに、子供を持てるほど恵まれた奴のお子様にご奉仕しろ、と?
あの、これはあれだよね。若者は好きで何もしないから経済を失速させておりけしからんし自己責任だっておなじみの理論。若者の子供離れ。
子供を持って初めて分かった~子なしには分かんない~とか平気で言う。要するに自分の子なし時代には子を持つ親を支えようなんて発想のかけらもなかったわけ。どの口で子なしに放言浴びせられるんだ。
親です、親だからわかりますっつー部分はそりゃかなりあるだろうが、驕りが目立つ。いい加減にしろ。
横です。
連帯保証制度=悪ってわけじゃないけど、制度の利用のされ方に問題がある。
そもそも、連帯じゃない、保証人という制度があるんだから、基本はそっちを使うべきなのに、軽々に連帯保証が使われ過ぎなんじゃないかと。
■ありがちな問題
・濫用 - 単なる保証人ではなく連帯保証人を求められる契約が多い。アパートの賃貸契約まで連帯保証とかいらないだろと。
・一括請求 - 債務者が破綻し返済不能になった際、債権者が連帯保証人に一括請求を求めるケースが多い。応じなければ自己破産せざるを得ないなど、貸す側も考えろや。
・根抵当 - 連帯保証とはちと違うけど、担保以上の抵当を設定した債権が多く、借主がとんだら連帯保証人に一括請求が来る。その時に、根抵当とのコンボで、自分がサインした以上の借金を背負うはめになる。
・・・などなど、他にも色々と問題が多いと思う訳ですよ。
現行の連帯保証制度の廃止ってのはやるべきで、新しい保証人制度の構築(制度改革も、貸し手&借り手の意識改革も)をすべきだと思うですよね。契約に関する教育も含めて。
保証制度を理解しないまま、軽い気持ちで連帯保証人になっちゃうアホはしょうがないとは思うけど、それで不幸になる人をホットケとは言えない訳で。
性病のこととか考えると、「セックスはスポーツ!」とか言って簡単に多くの人とセックスするような男に嫌悪感を持ち敬遠するのは、意味のあることだと思うし。
女だけど、3年ぐらい前からセックス=スポーツという感覚が分かるようになった。
この場合のスポーツっていうのは、スポーツのペア競技では同じ人とペアを組んで協力して同じ目標に向かって練習を積み重ねると上達するというような意味合い。
バンド組むのとかとも同じかな。不特定多数と1回きりを繰り返したりとか、あるいは同じ相手であっても相手とろくに協力せずにやってるようじゃ上達は見込めなくて、特定の相手と回数を重ねて息を合わせてほんと阿吽の呼吸が形成されるようになって初めて到達できる境地があるというか。お互いの身体を(もしくは片方が片方を一方的に)オナニーに使ってるセックスとは全然違う。
今のパートナーの前に付き合ってた人たちってみんなこっちの反応をろくに気にしてないような、オナニーばっかしてるような人たちだったなあと思う。日本のAVってそんなのばっかりだから、参考にしてるとそうなっちゃうんだろうね。
今のパートナーはAVほとんど見たことがない人で、AV見る前に実地経験で試行錯誤して手法を学んだので初めてAV見た時はあまりに自分が普段やってるのと違ってショックだったといっていた。あれじゃあ気持ちよくないでしょ、と言ってる。
まだ洋ピンの方がマシだと思うけどそれでも実地で相手と培う呼吸は見ただけで分かるようなものじゃないと思うし、所詮オナニーのオカズ用で参考にはならんよねとのこと。
そしてその意味で「セックスはスポーツ!」と考えるような人なら多分簡単に多くの人とセックスしないと思う。
そんなことしたって上達(ってなにが上達に相当するのか説明しづらいんだけど)しないもん。
ちなみに今のパートナーとのセックスはあまりにも目から鱗なものでセックス観が180度変わったので、かつての自分みたいに「結局セックスなんて主に男側のオナニーよね。全然気持ちよくない」とか言ってる女性を見かけると思わずパートナーを貸し出したくなる。
自分の所有物なわけじゃないので貸し出すとかいう言い方はよくないけど。
こういうセックスできる男性は希少だと実感してるので、独占してたら申し訳ないと思う。
他の人とも同じようなセックスができる可能性はかなり低いと思うので他の人と積極的にしたいとは思わないけど、自分は既に充分恩恵を蒙ってるし。
パートナーの方は、私と研鑽を積んで(笑)やっとここまで上達したので特にわざわざ別の相手を探す必要もないから、しばらくは他の相手とする気はないという。私が飽きたとかなら別だけどと。そりゃフィギュアスケートとかでもペアをそんなにとっかえひっかえしないのと一緒なんだろうな。
上達はそういう風に意識すれば多分誰でもできると思う。双方の協力(というか特に男性側の意識改革)が必要だけど。みんな上達を目指すべきだ!とは別に思わないけど、せっかくならそういう感覚でやれた方が気持ちよくて得な気がする。
セックス=スポーツと考えるのは男性だけじゃないし、そういう感覚を持っているといって不特定多数とやりまくるという発想とは必ずしも結びつかないよ、ということが言いたかった。
現時点において処女厨に相手が見つかるのかって話だと思うけどな。
女性観だからそれはそれでいいと思うんだよ。
で、今ここで社会的な制度がどうのとか意識改革がどうのとか色々言ったところで、所詮妄想でしかない。
もしそれが実現できたとして、それが成る頃の年を考えれば結局現時点の処女厨の相手は見つからないだろうし。
今何ができて、何か変えることができるのか、処女厨に相手が見つかるのかってことだよな。
「処女募集。結婚前提にお付き合いお願いします。結婚前に膜破ったら絶対に責任とります」
それとも好みの女の子見つけたら
「処女ですか? もしそうなら結婚前提にお付き合いしてもらえませんか? 結婚前に膜破ったら絶対に責任とりますから」
って声かけまくる?
結局のところ
「可愛くて性格が良くてスタイルよくて一途な処女が自分に惚れてくれる」
っていう最大の願望が前提だからなぁ。
現状を大きく変えようとすれば、現状に満足している人たちから反発をくらうのは当り前。現状に満足している人から反発をくらうたびにやる気を無くしていたら、やる気はいくら有っても足りない。
組織の一体感を生み出すには、まず増田は上司との一体感を生み出すことから始める必要がある。
増田の第一のお客さんは上司で、上司にも夢やら、さらに上の上司から達成することを期待されている目標やらがある。まずはお客さんである上司の夢や目標を叶えることから始めると良い。組織の一体感を生むって、現実的にはそういうことの積み重ねだ。組織の最小単位は部下と上司のセットなので、上司と一体感を作れない人が組織全体の一体感を醸成するなんて出来っこない。
上司に限らず、人から信頼を得られれば、その人との間で、増田の裁量で動かせる物事が増えてくる。増田のお客さんは上司だけではなくて、他にも取引先や部下なんかもお客さん。上司から信頼を得たら、次は他のお客さん達からも信頼を得るように務めていく。取引先や部下やその他、増田に関わる色んな人たちの話を聞いて夢や目標を知る。そしてそれらを実現するお手伝いをしてやる。個別に対処するのも良いが、効率よくやるには、なるべく多くの人たちの夢や目標を同時に実現するアイデアをひねり出して実行できるかが鍵になる。
そういう作業を継続するほど、増田を中心に組織に一体感が生まれる。増田に組織図上には描かれていない権力が集まって、やがて増田無しで組織が回らなくなる。そうすると、増田は組織図上でもより権力のあるポジションに抜擢される。組織図上で、より権力のあるポジションにつければ、より大きな範囲で意識改革に乗り出せる。
[2009.11.6]
日本以外の中央銀行はみんな紙幣を刷っていて、中央銀行の資産はとんでもない比率で伸びている。日本だけが財政規律を唱え、日銀の資産を増やさないでいるのは異常であるという主張らしい。
日本以外の中央銀行が資産を増やす過程で、それらの国家の国債の金利は、一様に下げてきている。これに対し、日本の金利はバブル崩壊以後、ずうっと低金利に張り付いていて、下げる余地が無い状態が続いてきた。
つまり、比較の原点が、ずれているのである。
中央銀行が抱え込める資産というのは、ようするに、国土を切り売りして支払う事ができる限度額である。日本の場合、地下資源が無く、一億二千万人の高度な教育を受けた誠実な労働力(最近はそうではなくなって来ているが)だけで経済を回していた状態であり、国家破綻後の債権回収という場面において、担保価値があるのは国土だけ、労働力は当てにならないという常識から、中央銀行が抱え込める資産の規模としては、既に限界に達している。
この限界に達している国家と、数%の高金利で国債を発行できるだけの健全な財政を維持し、十分な担保価値のある地下資源を持っている国家との差を、考えなければならない。
日本以外の中央銀行が紙幣を刷り、資産を増やしていけるのは、経済的に維持できる限界に近づいただけで、既に限界状態を20年近く続けている日本とは、まだまだ体力的な差がある。
中央銀行の資産が増えたり、財政赤字が増加すると、金利を上げられなくなる。金利を上げると、国債の利払いだけで税収が吹っ飛ぶという状態になる為である。日本の場合、国と地方が抱えている財政赤字は合計で1000兆円を超えている。国税は直接・間接を全部合わせて約40兆円である。つまり、国債の平均金利が4%上昇したら、税収が利払いだけで消滅する事になる。3年で平均値が4%上昇するには12%、5年で平均値が4%上昇するには8%まで金利が上がらなければならないが、そういう危険性がいつ実現してもおかしくない状態にある。
このような状況は、金利を低くして、国民のお金が国債だけに集まるようにしなければ維持できない為に、株式投資等は、投資利回りの低い投資で無ければならず、国策として、不景気であってくれないと困るという状況が生まれてくる。他国の景気回復に依存して輸出産業の利益を求めるというのは、時間を稼ぐ手段であって、状況を改善する効果は無い。状況を改善するには、まずはプライマリーバランスの実現が必要であるし、少なくとも、税収以上の歳出を止めるという財政の健全化が無ければ、先の展望が無い。
国民の預貯金や年金の積み立てが十分にあって、国債を買う資金があるうちは、自転車操業は回っていくが、それらが輸出先の不景気やグローバリゼーションによる輸出産業の喪失や少子高齢化といった理由で減り始めると、国債を買うお金がなくなり、低金利が維持できなくなって破綻するのである。この破綻を、政府紙幣を発行して政府発行の国債を買い、国債を中央銀行に売り渡して、その売り上げとなった中央銀行発行のお金でばら撒きを行うというのが、おそらく、リフレ派の狙いであろう。中央銀行のバランスシート上は、国債と現金とが見合いになるが、国債の裏付けが税収ではなく政府発行の政府紙幣となる事から、貨幣の価値が毀損されるのである。
リフレ派は、貨幣の価値は中央銀行のバランスシートによって担保されていると考えているのであろう。中央銀行が力を持ちすぎると、中央銀行の首を縦に振らせさえすれば良いと短絡的な思考をする者が出てくるのである。中央銀行の役割は貨幣価値の番人であって、貨幣価値を勝手に変更できるわけではない。不換紙幣制度における通貨の信任は、生まれる前から存在していたからという理由で永久不滅なのではない。その価値を毀損しないように、一般受容性を維持する為に財政の健全性を維持する行為が続いているから、存続しているだけである。
周りの人がやってくれるなら、自分の選挙区ぐらいならばら撒いても大丈夫だろうという人が現れ、"あそこの先生は道路や公園や公民館や補助金を持ってきてくれるそうだが、オラが在所の先生はどうかね?"という、平等主義の選挙民達が集りまくったのが、自民党の長期安定政権の実体であり、その決算が、莫大な財政赤字であり、結果が、金利を上げられない国内事情となり、その将来が、国内産業の崩壊と失業者・無業者の増加となる。この末路を何とか変えなければならないのだが、今の政権では無理だろうし、未だにばら撒きを求めるリフレ派がのさばっているのでは、有権者の側からの意識改革も難しいようである。
ニートの海外就職日記をはじめとして、自称海外逃亡組や自営業組、自由業な人たちが
いろんなとこで上から目線で、いかに自分たちが自由で人間的な暮らしをしているかを熱弁したり
いきりたって社蓄批判して、労働環境を変えてやると息巻いているけど、実際リアルでの彼らは自由の身なのか?
社蓄批判には、主に
・表面上は社蓄として振る舞っているが、労働環境に疑問を感じながら働く労働者という立場から、哀愁を漂わせて現状を嘆くというタイプ
・脱社蓄して、ワークライフバランスの取れた生活をしてる人という立場から、上から目線・攻撃的な文体で社蓄を批判するタイプ
の2種類があると思う。(他に搾取する側の立場から、社蓄のお陰で俺が楽できるぜ、みたいな逆説的な社蓄批判もある)
しかし実際、ニートの海外就職日記の人みたいな、脱社蓄に成功し労働地獄からオサラバした人が、あんなにも熱心に啓蒙活動を続けるものか?
俺にはどうもそうは思えない。彼の書く皮肉めいた文章の行間からは、現在進行形の、日本の労働環境への憎しみや怒りがにじみ出ている。
こういった社蓄批判は、経営者だけでなく、社蓄自身の奴隷根性を批判して、意識改革を迫ることで労働環境を変えようという理屈なので
批判者自身が、リアルでは保身のために社蓄のフリをして日々を過ごす会社員だと、説得力がない。
さらに、日常生活で溜まった鬱憤を晴らせる、ネットでは理想の自分を演じることができるなどの理由で、
自分は脱社蓄組であると演じざるを得ない/演じたい のではないか?
http://www.enpitu.ne.jp/usr6/bin/day?id=60769&pg=20090808
http://blog.livedoor.jp/dankogai/archives/51271236.html
生活に根ざした話で、様々な意見が噴出するってすごくいい。
個人的には、活字中毒Rさんの「こりゃ悩ましい問題だねー」という感想に同意。
ばななのエッセイに関わる客とチェーンの店長という構図は様々な立場があって難しいなって思う。
「本当に下品だなあ。こういうオッサンとは出来るだけ関わりたくないな…」ということ。
だって、自分が居酒屋で飲んでる横で「お前らはいつから酒屋になったんだよ」とか
店員とやりあってる客とか居たら、確実に酒が不味くなるじゃん。
「今のデフレ時代に、5000円も払ってる客をルールのみでベルトコンベアのように扱って、やっていけると思うなよ?!」という圧力をかけることは大事だと思う。
エントリーの冒頭に、いきなり馬鹿野郎なんて語彙を繰り出せるのは、彼一流のしょうもなさなのでどうでもいいかなと。
■ばななのウザッたさ
ばななのエッセイは生活者としての立場から「なんだか世知辛くね?」みたいな話だと思うんだけど、
途中から「私たちスペシャルな存在なのに大事にされないのはおかしくね?」と斜め上の方向に
変わっていくところが読者の感覚からズレてしまってイラッとするんだと…。
僕がばななチームに居れば、そもそもお店に入る前に「ワインを持ち込んでよいか」との承認を取るし、
よしんば融通の利かないクソ店長と言い争いになっても【近所の馴染みの店】から
ワイングラスを全員分持ってきて移し替え移動する。
ばななチームに気が利く人が居なかったのが、ばななに歪んだ残尿感を残らせた敗因かと思う。
■店長のクソな感じ
確かに店長はすごく気分が悪い。なんかルール通り過ぎて、村上春樹の小説とかに出てきそうだよね。
ルール通りであることはどうでもいいが、店員がOKといってお店の立場として承認したものを、
店長が後から出てきて反故にするってのは「組織の論理から見ても」ナシでしょう。
頑なに持ち込みはルールに反していると、客にも守らせようとするのは
「外食チェーンの倫理」には正しいのかもしれないが「自分の店舗の売り上げを最大化する」というゴールから見ても筋違い。
とは言え、無条件に糾弾したい気分になるかと言うと
「店長は店長で自分の役割をクソ真面目にこなしてるだけなんだろうな」と理解出来るから何とも…。
■ルールが絶対のお店はアリかナシか。
個人的な感覚としては、ばななが行ったようなお店は嫌いだ。チェーンは嫌いだ。
行く場合には、どうせクソチェーンなんだから、個人個人へのフレキシブルな対応を求めるのは筋違い。
大切な会であれば、絶対にチェーンなんかに行かない。
行く時は、ある種の諦念がある。どうせ、○○さんと呼ばれる馴染みの客にはなれない。
どうせ、高校生・大学生・DQNたちが騒いでてゆっくり出来ない。
とはいえ、安価でルールを大事にする居酒屋は無くならないと思う。
そこにもっとフレキシブルさ、自主性を求めるのは客としては当然だと思うけれど、
「やりがいの搾取」という議題が浮かんで、何ともいえなくなる。
オリエンタルランドや、スターバックスは、素晴らしいなと思う一方で気持ち悪いもの。
■結論としておもったこと
35歳より下ぐらいの人には、飲食で働いている友達も多いと思う。
だからこそ、自分とは切り離された存在として、お店を一方的に叩くということが出来ない。
小飼弾さんは、チェーンの飲食の現場で働いている友達と飲んだ体験とかが無いのかなと思った。
世代論なのかもしれないし、小飼弾さんはシステムの話は横に置いておき「自分がどう思うか」「自分だったらどうするか」を
起点としてしか話をしないからかもしれないなと思った。
飲食に関しては、チェーンとはいえ、フランチャイズとはいえ、もう少し弾力的に動いてもいいでしょ?
暇な時は持ち込みなんかも大丈夫だよ。但し、忙しい時間帯は勘弁してね。というのを店側も客側も共有できればいいなと思う。
「友達はOKして貰ったのにどうして俺はダメなんだ?!」みたいなクレーマーが居たりして実現が難しいのかもわからんけど…。
ここまで読んでくれた人が居たらありがとう。
僕は都内に住んでいるIT系の仕事をしている25歳なんだけれど、一意見として
「ふーん」と思っていただければ幸甚です。
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追記 :
なんとなくモンテローザグループを想定して「チェーン」って使ってたけど、
グローバルダイニングもチェーンだし、松玄でお馴染みピューターも多店舗展開してるし、
「いわゆるチェーンの居酒屋」って、笑笑、白木や、魚民、和民、村さ来、
温野菜、養老の滝、東方見聞録、月の雫、権八とかを想定してればいいんだよね…。
あと「やりがいの搾取って何よ?!」って意見が多かったので補足。「感情労働」の次バージョンみたいなヤツ。
一般的に、素晴らしい客対応をする例として上げられることの多いオリエンタルランドや、スターバックスなんだけど
それを実現するにあたって、ある種宗教的な感じがあります。
例えば、スタバでいうと研修でグループを作ってニックネームを付けさせて…など
自己啓発系セミナーのような意識改革をさせて、仕事にやりがいを持たせるという。
それをバイク便やら、ワタミやらが【給料が安くても、納得して働いて貰うための方便】として使っているという議論があります。
ある種関係ない話ではあったのだけれど(フリーター問題でよく出されるワードだと思う)、
現状は、集団心理・集団圧力などが原因で個人の行動が制限を受け、それにより
個人の能力が最大限に活用できていない組織がほとんどだと思います。
貴方が仰るように、集団で仕事をすることの意味を見つめ直す意識改革を訴えることから始める必要もあるかとは思います。
ただ、その状況を変える仕組み・工夫・知識などについて、ビジョンを共有する以外に、何か思うところがありましたら、聞かせてくれませんか。
上記にも述べましたが、
いくつかの妨害要因の特定
それを排除する解決策を一緒に考えられたらと思いますが、
そもそも今回発言している集団とは、どういった集団を指しているのか(企業?あるいは国?)、又
その集団能力を最大限にするとは、どういうことだと捉えているのかも事前に教えていただければお互いの誤解がないかと。
米アップル製の携帯音楽プレーヤー「iPod」を使った授業を、埼玉県松伏町の町立松伏第二中学校(金沢勝幸校長、生徒数625人)が始めた。アップルジャパン(東京)から42台を無償で借り、教師が考えた教材を使って授業をする。デジタル世代の生徒には「集中できる」と評判は上々だという。
<中略>各教科の教諭が教材ソフトを作成。美術なら、水彩画の下書きから色塗りまで各パターンをナレーションで説明。数学の計算問題を解く場合は文字で解き方を解説し、英語では動画を見ながら聞き取りをする。保健体育を除く全教科のソフトを収め、全校17クラスが交代で使いながら学んでいる。
授業を見学した保護者の中には「集団で学ぶ本来の姿ではない」との声もあったが、大西教頭は「生徒に評判がいいだけでなく、どうやったら興味を持たせられるか、ソフトづくりを通して教師の意識改革にもつながる」と話す。 アップルジャパンによると、同中への無償の貸し出しは特別なケース。貸し出しは新年度の1学期までのため、同中によると、その後はPTAが約40台購入予定という。
http://www.asahi.com/national/update/0330/TKY200903300325.html?ref=rss
つっこみが興味深い.「集団で学ぶ本来の姿ではない」と.
本来の姿ではないにもかかわらず学習効率が上がっているとすると,
それはそもそも学んでいる内容が「集団で学ぶべき内容ではない」ということなんじゃなかろうか.
単に教科書の理解だけで済む内容ならば,レベルに合わせたケアがちゃんとできない教育体制で教えること自体が変な話なわけで.
(レベルの違いを利用して教え合いをする,といった感じで集団を活かした学習スタイルだってありうるとは思いますが)
ITが教育を劇的に変えてくれると個人的には期待してますます.
批評や批判というものは、創造的に生きる上では不可欠なものだが、広く一般的に批判されているもの、特に否定的に捉えられているものについては扱いに注意を要する。
誰もが否定するようなものは、悪であることがハッキリしていて、自分も否定しやすい。
このとき、尻馬に乗って同じ批判をより大きな声で、より徹底的に為そうとするのは愚かという他ない。
このような愚劣は、社会ネタを扱うワイドショーやバラエティ番組に多く発揮される。筆頭株はみのもんたの朝ズバだろう。報道番組ではないので基準が甘くて良いと考えているなら大きな間違いで、むしろ一定の属性にとっては、こちらのほうが大きな影響を持つのではないか。
もっとも、現状のマスメディアに公平中立を求めようとは思わない。これは当たり前の話だが、彼らが広告モデルで商売している以上、スポンサーの意向から逃れられるはずもない。
ただ、その現状をひた隠しにして、さも公平性を厳守しているかのように装うことに大きな問題があるのだ。そんなことをするから、甘ったれた視聴者が、番組内容に対して、主観的であるという理由で抗議してきたりするのだ。
マスメディアはスポンサーから金をもらってスポンサーの影響を受けて番組を作っていると言うことを、報道においても言明すべきだ。それは何も悪いことではない。自信を持って、取材を元にした独自の論評を展開してもらいたい。
それでも本当に公平中立な報道を望むのなら、広告モデルではない機関が必要になるが、ではNHKは本当に客観的中立的なのかというと、そうでもない。そもそも客観的に完全な中立性というのはあり得ない。これは言語の時点で矛盾している。中立性を観察するには常に視点が必要だ。これは主観的でしかあり得ない。
尤も、マスメディア内部にも良識ある人は少なからずいて、こんなことは先刻承知だ。しかし、まだまだ主流派とは言えないし、こんな意見が経営トップを動かすこともない。
なぜか。それは視聴者が気にしていないからだ。視聴者は「悪い奴」を徹底的に叩くショーを欲している。ならば、そういう番組を作って視聴者の喝采を煽り、その中で巧妙にスポンサー企業の利益になる情報を紛れ込ませる方法が一番賢いと言える。
これは政治が良くならないメカニズムと同じで、政治を変えるには有権者の意識改革、番組を変えるには視聴者の意識改革が必要なのだ。
我ながら青臭い。青臭くて良かったと思う。
2009年5月から施行される裁判員制度。重大な刑事事件の第一審を6人の裁判員と3人の裁判官で"事実の認定""法令の適応""量刑の判断"を決定しなければなりません。そんな裁判員制度、なぜ日本でしなければならないのか、誰が得をするのか、もしかして一定数の利権の為に国民が利用されるだけなのか、反対賛成という議論ではなく、施行する事で社会がどう変わるのかをドグマ的メモとして言及したいと思います。 (半分パラノイアです)
まぁ、一般的に知らないのが当たり前だと思います。「法律なんか分からない」「私には無理だよ」というのが大多数ではないでしょうか。しかも、マスコミ、特にTVや新聞で報道される過激な犯罪、無罪を主張する被告人、嘆き悲しむ被害者遺族の姿、少年犯罪などを見て勝手に、「最近では、変な犯罪が増えたよね~」などと思い込まされているし、悪いことをすれば、全員が逮捕され刑務所に入れられると思っていたりもする。
しかし、マクロ的に見ると全く違う。むしろ逆のロジックなのかもしれない。逮捕されたところで刑務所のキャパシティが決まっているので数パーセントしか入れられない。少年院を合わせても想像以上に少ないのが現状だろう。
それからマスコミで報道される事件というのは、万人受けする記事を書く上での選別をしているので、つまらない殺しとか、話題性のない強盗とかは一切取り扱わないし、教育上使えるものを選んでいる程度だと思われます。だから実際裁判員として法廷で担当する案件はもっとえげつない事件に当たる可能性は十分にあります。
例えば、4人で銀行強盗をして帰りに仲間3人を殺したなど、マスコミでは報道していない(できない)事件を目にすることになると思うし、事件現場の写真や、証拠写真、バラバラ遺体写真も見ることになるかもしれない。言うまでもないが、これもTVで見ることはできない。
そもそも日本というのは、犯罪率や再犯率が非常に少ない国であります。重大事件といっても年間で何百件程しかないですし、その内7割が全面自供をしているので、裁判員として法廷に参加しても、7割の確立でただ見ているだけという授業参観状態になると考えられます。国民が想像している「無罪を主張している被告人」などというのは1%にも満たないですし、それがマスコミで話題になり報道されるので、人々が誤解をし勝手なイメージで司法を捉えてしまっているのではないでしょうか。
刑事事件というのは、警察が逮捕して検察庁に送られます。そこの執務室で検事が起訴するかを判断します。起訴された被告人は裁判所で裁かれる流れなのですが、この時の裁判所での有罪率が99.9%と言われています。ということは、検事が起訴すれば有罪。逆にいうと、犯罪者でも起訴されなければ無罪になるということなのです。つまり、裁判所で白黒を決めているのではなく、検察で有罪か無罪かを決め、裁判所で量刑を決めているのです。
少し話が脱線しますが、被害者遺族が法廷で被告人に質問などができるようになりました。しかし、この制度も明らかに奇妙なのです。例えば、こんなシーンを見た事ないだろうか。自分の子供を殺された母親が被告人を恨んで殺してやると涙してる姿を。しかし、実際にはこんなケースは希有で、殆どの殺人は身内殺人や遺族殺人ですから意味がないのです。しかも、色々時間掛けて参加しても最終的に無罪になれば被害者遺族は無残な事になります。このことから被害者参加の意味というのは私には理解ができないのです。
ご存知だと思いますが、国民の殆どが裁判に興味がなく参加したがらないのが現状です。これは施行後も変わらないでしょう。なのに裁判員制度は走りだしています。検察も弁護士も判事も政治家かも、これといって得をする組織がありませんし、国民も得をするとは思いません。
今までの司法村のあり方にガタがきているからか?グローバル化によって日本が静寂してるからか?いくら考えても何の為に施行するか考えつきません。個人的には、裁判官と話ができるし、法廷の雰囲気を体感できるので前向きに参加するのでいいのですが、俯瞰的に見たときにこれといった理由が思い浮かばないのが結論です。
ここからは私の理想論なのですが、裁判員制度を施行するのであれば、もっと国民が司法に介入してもいいのではと思っています。今の裁判員制度だと一生に数回しか参加できないですが、国民一人ひとりが裁判員を年に1回参加する頻度にすればいいのではと考えます。確定申告みたいに。そして、取り扱う案件も幅広くし、裁判官の人事権も参加できるようにすれば良いのではないでしょうか。つまり、社会の当たり前として考える事により色々解決すると思う訳です。具体的に何が変化するのか考えて見ました。3つあります。
一つ目は、大企業は勿論の事、中小企業や個人で仕事している人でも裁判員制度で穴が開くことを前提で仕事を組み立てようとします。そのことで働きすぎの企業体系も、仕事のあり方すら変化するのでは考えます。
二つ目は、司法村の改革です。重大事件以外も裁判員制度にすることで保守的な司法をオープンにできればと願います。
三つ目はは、国民一人ひとりの意識改革です。日本人は極めて傍観者的であり、お任せ意識が強く、何事にも関わろうとしません。昨今では、グローバル化で日本は先進国と言われていますが新興国の追随で、このままでは淘汰の可能性もあります。裁判員制度をきっかけに、銘々が少しでも自立し国全体の温床になればと妄想します。
ショッキングな事に、裁判官は法律を調べて量刑を決めていません。判例と比較して量刑を決めているのが実態です。なぜかというと、司法村で個性的な事(判例を無視した量刑)をすると左遷やクビになるからです。冒頭で述べたように、基本的に検察が白黒を決めているようなものなので、裁判所ではセレモニーが行われているだけなのです。判事にとってノルマは絶対ですし、仕事を溜めるのはご法度、勾留を却下することもできない、そんなマニュアルを見ているが如く流れ作業をしている判事なので、裁判員制度くらいでは保守的な考えは直らないだろうと思う訳です。
何が言いたいかと申しますと、例え裁判員(素人)が参加したとしても、3人の裁判官の内一人でも無罪に入れないと過半数でも無罪にならないことから、判事は絶対の権限を持っていますし永山基準は変わらず、保守的な形態は緩和しないのではと懸念します。
先ほどでも述べましたが、私としては、判事の人事権や重大事件以外(勾留判断とか)でも国民の監視下に入れることにより、ブラックボックスの司法村の透明化、国民のインセンティブ、国の温床になると考えますので、やるのであれば徹底してやるべきだと私は思う訳です。
http://anond.hatelabo.jp/20090307173330
私も、自分の声には自身がない。話す機会があらかじめ与えられた場などではしっかり声が出せるが、いざ普通に話をするとなるとボソボソと話してしまう。
まずは改善のために、自分の話し声を常に気にして話すようにしたいと思っているのだが、どうもそこまで意識改革が出来ない。
某首相のように「私は自分自身を客観的に見ることが出来るんです」と言えるくらいの意識を持ちたい。
「脱オタしたら以前のオタ仲間と会話が盛り上がらなくなって関係が消滅した」というのはよく聞かれる現象だが、これは多くのオタがテキスト化可能な2ch的、blog的コミュニケーションに依存しているからだと思われる。この方法に依存しすぎるとテキストを共有していない人間と話すときに頭がフリーズして感情が生まれなくなり、ボソボソ喋るハメになってしまう。
自分の場合はもっとタチが悪くて、実際の会話でも「テキストを共有していない」ことを意識せずに話してしまう癖がある。
どうにか解消したいのだけどなあ。