「情報源」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 情報源とは

2012-01-30

http://bizmakoto.jp/makoto/articles/1201/26/news045_2.html

もし仮に、『娯楽や情報への主要な情報源としてのテレビ役割』が なくなり インターネットシフトする。

のならば、すくなくとも NHK は 規模縮小して 解体してもいいよね。

NHKのために国民がいるのではなく、国民のためにNHKがあるのだし、営利企業でもないのだから

民間がいらないといえば、テレビ分野の規模縮小も時代の流れ。 テレビの影響力を維持する必要性が唯一無いのがNHK

インターネットシフトすれば良かろう。

NHK-インターネットは 当面は別会社として同じNHK法の下でやっていけばいいんじゃない。とか思う。別会社化は必要だと思う。(NTT東西DoCoMoみたいに)

2012-01-29

今頃鏡音三大悲劇の一『悪ノ』シリーズ

または希望絶望連鎖について書き捨て。




『悪ノ』シリーズって何ですか

音声合成DTM製品VOCALOID2 CVシリーズ」の第二弾である鏡音リン鏡音レン」を用いて作られた一連の楽曲作品。詳しくは検索

小説とか漫画とか劇化もされてるようだけどそっちはノータッチなので除外。なんか詳細設定とか山のようにあるらしいけどあくまで元動画とその歌詞情報源を絞る。

核となっている曲は『悪ノ娘』と『悪ノ召使』の二曲。

前者はある国で暴政を敷いた愛らしい王女革命によって倒されるまでのことを歌った歌、後者はその王女に仕えた召使い視点から同じ一連の出来事を歌ったもの

YouTubeとかに死ぬほど転がっているのでこの文章を読む人にはできれば聞いといてほしい。ネタバレを含むので。『悪ノ娘から先に。

英語版ならEnnという人? が歌ってるやつの歌詞が好きだな。情報量が多くて。



なぜ『悪ノ』シリーズを取り上げるんですか

身も蓋もない言い方だけど「売れてる」から

ニコ文化中高生とかOTAKU中心に大人気とは知ってましたが劇って。コミカライズくらいまではわからんくもないが劇。

ファンとはいえそこまでのめり込むほどか。何がそんなに優れてるっつーかウケてるのだろう、という話です。

「優れてるからウケてるんじゃねーよ」というお話はあるでしょうがまあそこはおく。ぶっちゃけ「優れてない」点はいっぱい挙げられるし。

たとえば物語終盤の交代劇とかバレねーわけねーから常識的に考えて、とか。

・仮にも国のトップなんだから、立てるならもっとマシな影武者を立てるのが普通というもので、脱がした瞬間バレるようなのに気がつかないとか革命が総崩れしかねない。

  いや史上の狂乱というのは往々にしてそういう熱狂が高じてもはや狂気〜みたいな面があんだろうことは否定しないけど、そんなの後世には物好きな歴史家とかにケツの毛までひんむかれるレベルまで分析されるのが当然なんだからさ。恥ずかしい性癖が伝わっちゃってる為政者が今どんだけいると思ってんの。読んでないけど正直小説版にはクビ落としてから替え玉と判った革命軍の偉いさんとか偽史として押し通してきた『召使』側の話を証明しちゃったアマチュア研究家とかが裏で始末されるドロドロとかがきっとあった! と信じている。三次創作

・本物も見物に戻ってくんなよ。そこでバレたらすべてがガチで水の泡よ。危険すぎるだろ。

…とか、突っ込みどころはとってもたくさんあるわけなんですね。文化ルーツしっちゃかめっちゃかだとかそもそも歌詞ちょっと拙いとかね。

にも関わらず、絶賛者とかいっぱいいる作品でもあるわけで。合唱とか英語版とかあって再生数すごいし。

何がそんなに人を酔わせるのかしら。それがロマンスというものなのか。

いやねーだろ。これロマンスじゃないじゃん。中世騎士物語とかほんのちょっぴり読んだことあるけどコレジャナイ感すごいじゃん。

三大悲劇って言われてるけど悲劇ですらねーだろと言いたい。少なくともwikipedia曰くの古典主義的・新古典主義的「悲劇」では絶対ない。

それでは「これ」は何なのか?



ウケた要因の私的解釈

まあアレじゃん。ジェンダー界隈でいう性役割意識がどうこうとかあと男の娘ブームとかなんかそんな。

あとこれ国家の皮をかぶった家庭悲劇なんですよね。一種のセカイ系というか。

このお話は王家に生まれた男女の双子のうち女が王家に残されて(おそらくは凄い抑圧とか受けて)暴君になって、男はどっか養子とか?出されて召使いとして戻ってきたつーことになっていますが、男をイエに残して女はよそに嫁がせるつーのがどっちかというと鉄板ですよねこういうの。

「なんでそんなことになっちゃったの」というのはきっと小説版とかが政治派閥抗争がどうのとかに絡めて辻褄つけてると思うのでおいといて、「よくこれでウケたな」ってーのをですね。

この作品は基本的にすごいストレスを(受けたくないに決まってるけど)受けなくてはならない人間が見るとツボに来るようにできてるんスね。

よく何かこう、最近の若者は〜的な文脈で、男が女っぽくなっただの女が強いだのと言われますよね。いや印象だけど。自分の観測範囲内の話だけど。観測範囲内でもいい加減下火っていうか言い古されて説得力がアレな言説だけど。

少なくともこの作中ではまさに男がやるようなことを女がやっているわけで、そこんとこのギャップがウケてるっていうのはあると思うの。

鏡音リンってキャラクタ的には妹系ってんですか? 笑顔がかわいくてドジで〜みたいな感じだと思うんだけど、それが女故子ども故の残酷さみたいなのを全力発揮してるあたりのギャップもあると思う。

そう、彼女は良い為政者ではない。聖母聖女は齢14で「お金が足りなくなったなら〜、愚民から搾り取れ〜♪」なんて言わない。普通の女でも言わない。

彼女はむしろ聖女みたいな女に恋人取られたら相手の国ごと潰して復讐する程度にはやりたい放題の女のコ☆です。

しかもそのレベル人格破綻者まで「最初は無垢だった、ホント彼女は悪くない」的な補足が入るわけです。これもウケたツボだろう。

イエのあれこれとか人間関係でむっちゃ我慢とか強いられてるけど正直破裂したい、けど破裂したらあとが面倒だけど破裂したいけどあああああとか思ってる人間にはとてもツボ。

破裂したい人間がなぜ破裂しないかって、破裂すると崩壊するナニカがあるわけで、この王女の話は破裂してナニカを崩壊させてしまったってことなので「ああ、あんな風にならないためにも我慢がんばらなきゃなー」とか、「私がしてきた我慢は正しかった!我慢しなきゃああなってた!ざまあwww」とかいろいろと解釈できて美味しい。

それだけなら単なる破滅劇なんだけれども、これを悲劇にするのが王女と対になる召使い存在ですね。『悪ノ召使い』は『娘』よりもあとに発表された作品ですが、何千回単位だった再生回数を100万くらいまで押し上げたらしいっす。

「顔の良く似た」召使いは(内緒になってんのか知らんが)召使いってことになってるが王女双子です。これをまず物凄く突っ込みたい。王家の血縁が人に使われる側に回ることのあり得なさとか。でもまあそれはいい。

召使いは破裂しそうな王女のそばであれこれ世話を焼くわけです。王女の命令なら惚れた相手も暗殺してくる。それくらい自分を殺している。

ある意味王家という枷つけられてる王女と完全に同類なわけですが、召使いはそれほど人格破綻してないというか暴君的な方向に爆発しそうではない。

彼には「王女のため」という大義があるからです。彼が背負っても良かったモノを彼女に背負わしたら歪んでしまった、王女がこんななってるのは彼にも責任がある。

からその責任を果たすためなら、ほんのちょっぴりの「自分」も捨てられる。盲目的に尽くせる。

完全に「家庭なるもの」の中で板挟みになるガキそのものですね。あとほんのりとした近親愛。これがツボをつく。

オチはもうその最たるものですね。自分を殺して殺して殺して…の召使いは本当に自分を殺してしまう。王女はその代わりに助かる。

要は例えば機能不全気味家庭のお子様らには神話のように美しい物語だということですおわり。



鏡音リン・レンなるソフトは作中やファン間でも双子ってことになってますが公式的には「鏡に映るもうひとりの自分」的な感じではっきり双子ではないらしい。

というのもなんかこう、意味深ですね。

「破裂したい自分」と「尽くしたい自分」の両面のような感じ。



怖ェなーと思うのがこの作品が世界規模ですごい再生回数稼いでるという事実

機能不全家庭の子どもにばかりウケてるわけじゃねーとは思うが、でも例えば上で述べたような「この身代わりはあり得ねーだろ常考」みたいな意見はたぶん野暮としてブーイング浴びるだろうし、きっと小説版あたりで「そうするしかなかったんだよ…」みたいなことが切々と説かれていたりして要するに反論として封殺されることが明らかなわけです。

実際には例えば召使いの行動として「二人で一緒に逃げる、最後まで王女のそばにいて守り通す」みたいなのがあっても良かったはずだし一昔前なんてそれで逃げ切れなくて死んじゃってーみたいなのが悲劇テンプレ化してたような時代があった気がするんですが、そうならない。

何というか、すごい絶望的で、しかもその絶望絶望のまま肯定されて同類間で共有されてる感がする。

そういう方法絶望連鎖して伝播しているような感じがするのです。



何が気に入らないの?

漫画家とり・みき氏の言葉(の引用引用)だけど、こういうのがある。

人が涙を流すのは必ずしも作品の出来とは関係がないのだ、と。

 かつて自分が何かに感動した時にできた涙腺回路のようなものが頭の中にはあって、そこにピタリとはまるような場面だの言葉だのを見聞きしてしまうと、涙というのはどうやら自然に流れる仕組みになっているらしいのである。歳をとると涙もろくなるというのは、つまりそういう回路のパターンが増えているからではないか

個人的にこれは結構ガチだと思っているんだけど、一点だけズレてる部分がある。

ここで書かれてる涙腺回路の起動スイッチである「感動」っていうのが、自分個人に限っていえば何か崇高なものに触れて心を動かされたとかではなくて単純に傷つけられたときのことを指すようになってんのね。

まりこの文章に則って言うと、自分はある一定の場面とか言葉だのを見聞きしてしまうと自動的に繰り返し繰り返し傷つくようになってしまっている。

恐ろしいことなんだけれどこの「回路」が結構強固で、俺はこいつを潰しておかないと日常生活が送れないっていうレベルでいろいろと不便。具体的にいうとAED講習で実際の救命現場の録音(子どもが突然心停止して倒れたそばで手当てする人とか救急車呼ぶ人とかその子名前を狂ったみたいな大声で必死で呼び続ける母親の声)聞いたときとか、アレ本当は命が助かる感動的な場面のはず(「とりあえずはもう大丈夫です」まで録音されてたはず)なんだからすごくイイ話だと理屈では思うしわかってるんだけど生々しいやりとりそのものがあまりにもショッキングでしばらく「親子」みたいなキーワードで突然ぼろぼろ泣くようになって本当に困った。もうすぐ一年になる例の津波関連も未だにいろいろな場面でダメージ。直に被災したわけでもないのに。

閑話休題

から例えば映画とか小説なんかで「泣ける」みたいのを売りにしてるのは基本見ない。

そういう作品は大体が回路起動ツボを外していて(かつ、他の例えば大爆笑回路の起動とかには結びつかないので)白けるが故に、そしてごく少数の作品は客観化が十分でツボ自体から適切に距離を取れるが故に、涙腺回路起動までに結びつくことは滅多にないんだが、それでも見ない。

何が楽しくてそんな自傷行為をせねばならんねん。

でも例えばナイフは指を切るだろうとかわかるけど、この作品で泣くようになるだろうとか普通は読んだり聞いたりするまではわかんないわけじゃん。

で、『悪ノ』シリーズも回路の起動スイッチになってしまったので、困ったなー。と思っている。前述の録音ほどの威力はないしもうだいぶ整理して削いだんだけども未だに人前ではこの曲聞けねえ。

あの召使い台詞で泣かねー奴は人じゃねーみたいなコメント動画についていたりして、それを「気持ちはわかる」と思ってしまう。

気持ちはわかるけど、実際問題召使い馬鹿だし王女馬鹿でみんな馬鹿すぎて救いようがないと思う。「崇高なもの犠牲になる」みたいな楽しみ方は視点が狭すぎて阿呆だと思う。

いろんな人が感動してファンになって翻訳とかされてるのはわかるけど、作品としては全然優れてないと思うのです。

他の作品と比較してどうとかではなく、あの物語自体にもっと洗練の余地があるということ。

そして洗練されるとたぶんあれは悲劇オチ(と取ってつけたようなハッピーエンド後日談)じゃなくてちゃんと喜劇にもなれたはずだなー、悲劇にしてももっとレベルの高い悲劇になれたはずだなーと思うということです。



何を望むの

物語の洗練」を。

機能不全家庭の傷なめ的なものでなくて、もっとちゃんと救いとか絶望とかが欲しい。

あわよくば希望を手に入れて、それを連鎖させて伝播させたい。

具体的にいうとこのネタ小説でも書いてそれで旅行のためのおこずかいとか稼いでみたいんだけども、まあおこずかいにならなくてもいいから二度と回路起動スイッチにこのネタで手を触れられる奴がいなくなるように自分でパテを塗っておきたい、そのために小説を練ってみたい、ということでした。

すでにやってる人いるけどねそれ。舞城とかね。でも最近なんか舞城も振るわないっていうか、「その先が欲しいんだけど!」みたいなあたりで止まっちゃってる感するからね。ジョジョノベライズ期待してます

2011-12-06

BLOGOS_AWARD 金融部門受賞のブロガー匿名で経歴詐称疑惑がもたれていた。

BLOGOS_AWARD 金融部門受賞のブロガー匿名で経歴詐称疑惑がもたれていた。

経歴の胡散臭さを原因でwikipediaから削除抹消されていた。

経済金融賞】

金融日記 / 藤沢数希

http://news.livedoor.com/category/vender/kazu_fujisawa/

藤沢 数希(ふじさわ かずき、Kazuki Fujisawa)は、日本ブロガー。 本職はアメリカ投資銀行勤務であるとしているが、経歴はすべて架空の設定である[1]。

http://ceron.jp/url/ja.wikipedia.org/wiki/%E8%97%A4%E6%B2%A2%E6%95%B0%E5%B8%8C

削除 百科事典に記載するほどの著名性・特筆性は確認できない。自称する経歴が虚構で、その他の情報源からの言及もなければ、百科事典的な記事に成長する見込みもない。ケースEに該当。-

http://ja.wikipedia.org/wiki/Wikipedia:%E5%89%8A%E9%99%A4%E4%BE%9D%E9%A0%BC/%E8%97%A4%E6%B2%A2%E6%95%B0%E5%B8%8C

2011-11-28

http://anond.hatelabo.jp/20111128204316

東京在住だけど、なんていうんだろう、関東にいると情報源が少ない気がする。

 

例えばFNN系列場合東京では「フジ報道しか知ることが出来ないのに対して、

大阪にいると「フジ報道」と「関テレ報道」の両方を知ることが出来る。

名古屋であれば「フジ報道」と「東海テレビ報道」の両方を知ることが出来る。

 

同じFNN系列なのに、なんか違う印象があって、個人的にはこの差を強く意識する。

2011-11-15

http://anond.hatelabo.jp/20111115175207

そりゃ、人脈や情報源や味方や社会的信頼などなどの確保だよ

「周囲の人間とそれなりの関係を結んでおくこと」の意義ってのは、一般的にそういうもんでしょ

2011-11-14

http://anond.hatelabo.jp/20111114182608

そんな彼女だって練習台や情報源コネとして役立つんだよって説いてるのが元増田じゃないか

http://anond.hatelabo.jp/20111114182715

あえて少し嫌らしい言い方をすれば、親しい他者は、人脈であり、情報源であり、味方であり、自分社会的信頼を高めてくれるものであるから

個人的興味や魅力とはあんまり関係なく、身近な(=関係作りが簡単な距離にいる)人とは異性同性関係なく極力関わるようにしてるなあ

博愛主義というよりは、人から好意や信頼を得るのが好きなだけなんだと思う

2011-10-20

http://anond.hatelabo.jp/20111020182034

だめだこりゃ

俺としてはそもそもまとめブログ真実だなんだを求めるほうがどうかしてると思うけども

あいくそういうのに情報源として頼ってるアホはどこのメディアに流れようとアホなのは変わらんからほっとけ

俺にしてみりゃアンサイクロペディア虚構新聞まとめブログzakzak東スポも同列

ソースの質はゴミだがそれを無視してネタとしてみれば愛でようもある

それだけ

逆に言えば、ネット真実だのなんだのやってる奴らこそこういうのすべて糾弾すべきだと思うけど?w

あれらが滑稽なのはこういうのを拠り所にしてるからだし

2011-10-05

ウィキペディアイタリア語版 停止のお知らせ

http://it.wikipedia.org/ (http://it.wikipedia.org/wiki/Wikipedia:Comunicato_4_ottobre_2011) より

読者の皆様



ウィキペディアイタリア語版は長年に渡って有用サービス提供してきました。

皆様もそれを期待してここに来られたことと思いますが、

このたびウィキペディアイタリア語版は閉鎖を余儀なくされる可能性がでてきました。

現在のところは、お求めのページは隠蔽されているだけの状態にあります

しかしいずれ削除をしなければならなくなる可能性もあります



この10年間、ウィキペディアは中立的で自由で、そして独立した知識源として、

数百万人のインターネットユーザーの皆様の生活の一部となってきました。



本日、誠に残念ながら、ウィキペディアを支える柱である中立性・自由・検証可能性が大きく損なわれる懸念が強くなりました。

その原因はDDL intercettazioni通称通信傍受法」として知られる法案の第29段落にあります



この法案に関して、イタリア議会現在様々な観点から議論をしていますが、

なかでももっとも重要なのは当事者が自らの名誉を傷つけると判断したコンテンツについて、

どんなウェブサイト48時間以内に訂正を公表しなければならない、という事項です



法案では、当事者の主張を第三者が検証することは残念ながら求められておらず、

名誉が傷つけられるという意見さえあれば、訂正が強要されることになっています



したがって、ブログネットニュースウィキペディアで公表されたコンテンツから不快感を感じた人は誰でも、

問題のコンテンツおよびその情報源の内容が真実であったとしても

「訂正版」の公表を要求することができるようになります



ウィキペディアの利用者(ご存知のとおり、ウィキペディアには編集責任者はいません)たちは、長年に渡って、

コンテンツへの異論があったときプロジェクトの中立性と独立性を尊重しながらも、必要に応じて調査と修正を続けてきました。

ごくまれに、意見を踏まえて項目として成立させられなくなった場合にページそのものを削除することもありました。



訂正要求を議論と検証なしにそのままサイト上に掲載しなければならないという第29段落要請は、

ウィキペディアの自由と独立性にとって受け入れがたい制約となります

自由な百科事典としての基本原則を曲げることになり、

私たちが知る「水平」な編集の仕組みを停止させることになります



あらゆる当事者名誉と名声を守ることは私たちにとって言うまでもなく重要なことです

しかし、イタリア市民はすでに刑法595条によって名誉毀損から守られていることも事実です



今回の声明で、私たちは読者の皆様に対して、あらゆる当事者が自らの名誉についての性急な保護をみだりに強要できるようになることから生まれる危険について、注意を喚起したいと思います

そうした制約を受ければ、「面倒を回避する」ため、インターネットユーザーは特定の話題や人々に触れることを控えるようになるでしょう。



私たちは、自由で誰にでも開かれた百科事典提供し続けたいと思います

私たちの記事は皆さまの記事でもあり、だからこそウィキペディアは中立です

なぜそれを止めなければならないのでしょうか?



ウィキペディア利用者一同



関連リンク

2011-09-01

すげー同意

http://anond.hatelabo.jp/20110831194652

同じツリーにぶら下がってる 英語ってそんな限られた人にしか必要ないものだとは思えないんだけど を書いた増田だけど、すげー同意

偏向つーか、報道って絶対の中立なんてないんだよね。ありえない。

本当に邪悪なのは、偏向ではなく中立のフリしてる偏向なんだよ。まあこのへんは以前 http://anond.hatelabo.jp/20110307054102 を書いた。

じゃあ何が重要って、メディア立ち位置を明確にすることと、情報多様性日本メディアは偏向が強いというよりもそこが問題。日本語しか見てないとそのこと自体に気付けない状況になってしまってるけど。

色んな方向性、偏りの情報源を元に自分の頭で考えられるというのがすっげー幸せなこと。その多様性英語ちょっと読めるだけでアフォかってくらいいきなり広がる。ネット情報の収集コストが下がってるからなおのこと。

2011-08-26

http://anond.hatelabo.jp/20110826130917

地上波デジタル放送網+大型テレビという高性能な動画配信ハードウェアがしっかり行き渡ってるし、

一定以上の技術力や取材力を持って映像コンテンツコンスタント制作提供できる人たちは、ほとんどテレビ業界しかいない

シリアス情報源としての地位は低下し続けるんだろうけど(テレビ世代が上から順に天に召されていくという要因も含め)、

娯楽(ニュースショーも含め)としてのテレビポジションは当分揺るがないと思うよ

テレビの終わりの始まり

なんだかテレビに随分な逆風が吹きつけているように見受けられる。無理やり推し進めたデジタル化に世論は割合反発を強めているし、ネット世論ではフジテレビ騒動から業界が抱える根幹の問題としての電波利用のモラルハザードが周知されることになってしまった。そしてこの度の島田紳助の引退である。この件は政治的側面から語られることも多く、そこらの事情通はこの引退はまだ端緒に過ぎず、ここから続く一連の出来事を見守る気構えでいるようだ。そのあたりは情報の真偽を確かめる術を持たないので知らない、けれど彼の引退(ここでは敢えて「勇退」とでも言うべきか)は少なくとも「テレビに関わっている人達」に大きな影響を与えたし、そして今後与えていくことになるんだろうと思う。庇護のもとにあった芸能人は勿論、視聴率の稼ぎ頭として頼っていたテレビ局、そしてなにより様々な背後関係になど感心も向けずに、ただテレビスタートして彼をモニターの向こうから見守っていた何千万の無辜の市民芸能界の一時代を築いた彼の引き際をどう見守ったのだろう。


テレビを慈しむ人々というのはそれはもう絶対的になっていて、少しインターネットに触れるようになり物知り顔になってしまうと見落としがちな側面なのだけど、やはり依然として社会において支配的な行動様式というのは朝新聞を読んで、ご飯を食べながらテレビを観て、そして学校会社で話題の中心を占めるのは「昨日テレビで見たあの話」なんだ。これはWEB業界にいたり、ネットを主要な情報源にする仲間たちと群れ合うようになると薄れがちになる感覚なのだけれど、人々の中でそのような旧態依然とした行動様式を採る人々というのは未だ支配的なのは明らかなんだよね。


娯楽としてのテレビがこれまでかくも人々の関心の総量において支配的であった理由というのはそこまで明確ではない。戦後豊かになって時間ができはじめて、生得的に「惰性」という性質を持ち合わせたがゆえのに、ただ受動的に、そして非常に楽な形で情報を受け取ることができるメディアとして非常に便利な箱は家庭に頒布され、今日までアタリマエかのように人々の話題の中心で在り続けた。そしてテレビCMなんていう綺麗な俳優女優の顔でしか認識しないような広告に莫大な広告費がぶら下がることになってきた。


インターネットがこれらの流れを崩すことになるかもしれないよね、なんて話は梅田氏以来、ネット牧歌論的な肯定派の中で何度も云われ続けてきたことではある。しかしこれまではそれはただの業界人ポジショントークであり、楽観的すぎる夢物語として終始してきた。しかしいよいよ本当に人々の眼がひらかれる時が来ようとしているのかもしれないねテレビを「面白く」してきた、有能な大道芸人が辞世し、その箱を通して見る風景が相対的な魅力を失う、同時にスマートフォンはじめとするより開放的な情報体系としてのインターネットへのアクセシビリティが拡充されたときに人々は情報の扱い方を緩やかにでも変えていくのだろう。

大袈裟なのかもしれないよ。でも人々の考え方において大きな影響を与えてきたのは教育マスメディアの中で、そのうちの後者がいま大きく音を立てて崩れようとしているように少なくとも自分には見える。能動的に情報を得ることを覚えた人々は、ネットで調べたあの面白そうなお店に行ってみようということになるかもしれないし、新しい趣味を始めることになるかもしれない。結局これまでのテレビというものが多様な人間余暇生活の中で過大なシェアを占めていたのが、「その中の一部」へと収斂していく過程を僕らは見ているのだと思う。それは明らかに始まっているし、鼻息を荒げるには実はまだ早すぎるのかもしれない。でも僕はその崩壊彼岸にある景色は今より少し綺麗なものが見れるんじゃないかなあと、少しだけ期待をしているんだ。

2011-08-17

混乱

真実を知る、ということ

最近テレビを見なくなった。それと比例するようにネットを使う時間が増えた。



そして昨日怒られた。「ネット使いすぎ」と。



真実を知ろうとするためにネットを使っていた、そんな時に言われたのでさまざまな考えや思いが溢れ出てきてしま言葉にならなかった。



世の中で何が起きているか知るために1つのメディアに頼りすぎていたことに、この夏休みふと気がついた。

今までの自分が怖くなった。それと同時に真実を知らないことがいかに怖い事も。

どの情報源でも嘘の情報が入るのは仕方がない。

しかし、ただひとつ情報源だと偏った情報でも分からなくてその情報に流されてしまうことが分かってしまった。



ネットダメ

過去自分テレビを何時間も見ていた。しかし今はほとんど見ない。

それよりも少ない時間なのにどうして「ネットダメ」なのか。

真実を知ることに時間をかけてはいけないのか。



すでに気づいてしまった自分は何をするべきか。まだ気づいていない人に何をするべきか。





未熟な自分には考えることがありすぎて正直混乱している。

2011-08-16

    フジ騒動で「嫌なら見るな」という反論をよく見るが、
    この反論に耐えがたい違和感を覚える。

    そりゃ、見てて不愉快ものは言われるまでもなく見ない。
    でもこの問題の焦点は
    「嫌に感じない人(見続ける人)を無自覚のまま偏向放送の波にさらし続ける」
    という所にあるのではないか

    テレビが最も大きな情報源だという人はまだまだ多い。
    「嫌なら見るな」と言われ、はいそうですかと自分だけテレビチャンネルを変えても、
    今回の騒動を知らない人たちは相変わらず、気付かないうちに偏った情報をすり込まれていく。

    要するに反論として全く噛み合ってないのである
    催眠商法で荒稼ぎするセールスマンが周囲の抗議に対して
    「俺の行動が不愉快なら見なかったことにすればいい」というようなものだ。

    「嫌なら見るな」という言葉には、
    どうも「騙される方が悪い」「見極められない方が悪い」という意味が含まれている気がしてならない。
    百歩譲って第三者が言うならともかく、
    タレントしかり、芸人しかり、情報を発信する側がそれを言うのはどうなのか。
    騙す方が「騙される方が悪い」だなんて、詐欺師そのままではないか

    違うというのなら、業界の方々にはぜひとも
    「嫌なら見るな」以外の反論を展開してほしいものだ。

2011-07-21

父の日≠6月の第三土曜日

父の日って6月第3土曜じゃ… - その他(ライフ) - 教えて!goo

私も子供の頃からずっと「父の日=6月の第三土曜日」だと信じ込んでいた。

この人もただの思い違いじゃなくて、私と同じ情報源から間違った日付を覚えたんじゃないか

他に同じ勘違いをしていた人はいないだろうか。

情報源は1980年代子供向け雑誌あたりが怪しいと思うのだが。

2011-07-12

http://anond.hatelabo.jp/20110711021105

元増田です

それなら、政府東電が把握できていないのに、結局あなたが避難する上で採用した情報源は把握していたのですか。

????何をどう読めばそういう解釈になる?私はNHK朝日毎日読売Webサイトぐらいしか情報源に使ってなかったですよ。最初BBCCNNなどの外国メディアも見ていたが、国内メディアに比べて信頼性が落ちることに気づいて(外国メディアの方が信頼できるとか言ってた人たちは頭大丈夫かと正直思いますね)見るのをやめましたが。中でもダントツに信頼性が高かったのは速報性という意味ではNHK、分析という意味では毎日でした。

で、避難しようと思ったのは、私が単にリスクを2桁ぐらい過大評価していたというだけの話です。知り得た断片的な「事実」を過度に恐怖してしまったということです。それでも、最悪の事態に陥る可能性は1割以下だとは思ってましたけどね。

情報発信しなかったほうを責めず、情報発信した方を責めるのはよくないと思う。

政府東電にしても「情報空白」を作ったことは、「デマ」を垂れるのと同じくらい悪いと思います

情報空白」ってなんのことですか?政府は出せる情報は基本的に、多少もたつくことはあっても公開していたと思います。後になってから「だったら早く言え!」と思ったことは私は一度もないですよ。私は皆が「情報空白」だとか「隠蔽」だとかいうのが一体なんの話なのかまるでさっぱりわかりません。「メルトダウン隠蔽説なんてのはその最たるものです。全くもって意味不明です

あと、もうお忘れかもしれないけれど、3/19までは状況はどんどん悪化して、誰にも先が見えないムードだったでしょう。

あの状況で東京から脱出しても何ら異常な行動だと思いませんよ。

むしろ、あの状況で居残ってどや顔している人がいたら、そっちのほうが欺瞞だと思う。蛮勇かも知れないが、賢いとは到底思えない。

あのですね、悪化するとはいっても物理的な限界を超えて悪化することはできません。まして、チェルノブイリという、1つの原子炉について「起こしうる最悪の事故」の限界ほとんど等しい(何しろ原子炉の中身が全部剥き出しになって火事の煙と一緒に飛んでいった)例があるのだからチェルノブイリの被害がどの程度のものか大まかにでも理解していれば居残ることが正解なのは明らかでした。私はナイーブ系反原発派を以前から嫌っていたにもかかわらず、どういうわけかチェルノブイリ事故イメージだけは、ナイーブ系反原発派の描き出したおどろおどろしい地獄絵図そのままをナイーブに信じ込んでしまっていて、被害を実際より2桁ぐらい大袈裟見積もっていた。大気核実験のことを思い出せばそのイメージおかしいことは簡単に理解できたはずなのに、それに気づかなかったから私は馬鹿だと悔やんでいるわけです

原発推進派の「想定」するほど事故は軽く収まらなかった反面、

原発反対派が「想像」※するほど事故は大破局にならなかったということで、どちらに「だまされたか」といえば、原発推進ですけどね。

意味がわかりません。「騙す」というのは「意図的に嘘をつく」ことです。推進派が嘘をつきましたか?否。反対派が嘘をつきましたか?ついた。どちらが「騙した」のかは明らかです。そもそも推進派にしたって「絶対安全」なんて言っていないんだから「騙された」なんてのは自己欺瞞も甚だしいです。まして「絶対安全と言われた」なんてどの面下げて言うとんじゃと思いますね。

2011-07-11

http://anond.hatelabo.jp/20110710130157

それなら、政府東電が把握できていないのに、結局あなたが避難する上で採用した情報源は把握していたのですか。

政府東電よりも現場の状況にアクセスできた情報源などそう多くはないと思いますが。

その情報源にしたって、すでに公開されている情報などから、必死に知恵を絞って類推してある被害イメージを描いたのではないでしょうか。

情報発信しなかったほうを責めず、情報発信した方を責めるのはよくないと思う。

政府東電にしても「情報空白」を作ったことは、「デマ」を垂れるのと同じくらい悪いと思います

あと、もうお忘れかもしれないけれど、3/19までは状況はどんどん悪化して、誰にも先が見えないムードだったでしょう。

あの状況で東京から脱出しても何ら異常な行動だと思いませんよ。

むしろ、あの状況で居残ってどや顔している人がいたら、そっちのほうが欺瞞だと思う。蛮勇かも知れないが、賢いとは到底思えない。

まあ、きわめて理念型に単純化した話になるけれども、実際に起きたことは

原発推進派の「想定」するほど事故は軽く収まらなかった反面、

原発反対派が「想像」※するほど事故は大破局にならなかったということで、どちらに「だまされたか」といえば、原発推進ですけどね。

(※これは、震災前に書かれた広瀬隆の「原子炉時限爆弾」のなかの記述を言っています。)

2011-07-10

http://anond.hatelabo.jp/20110710000626

元増田へ。レスありがとう。言いたいことは十分に伝わってくる。怒りも伝わってくる。

以下、少し乱暴な物言いになるかもしれない。夜中で眠いので(暑くて眠れないのだが)、気に障る言い方をしてしまうかもしれないが、許してほしい。

 

そうか、2006年か……。不運なことだが、やはりこれを一般化してはいけない。むしろ、「自分に入ってくる情報が特殊だった」っていうことだ。ちなみに、俺は世間並み以上にニュースに接しているし、どちらかといえば「エコ志向で、原発はなければない方がいいのではないかとずっと考えてきたような人間だが、それでも、チェルノブイリについて、「最終的な死者の数は10万人から20万人くらい」なんていう話は、今はじめて聞いた。それは一部の、極端な、「反原発運動活動家」の、具体的根拠のない意見で、一般的ではない(ということは元増田はわかっていると思うが、俺の知り合いで鼻息を荒くしていた奴はわかっていなかったので……しつこくてごめんな)。「10万人から20万人」などという大雑把すぎる数値を聞かされて、真に受ける人がいるとは思えない。というより、そんな数値を鵜呑みにするのは、「絶対安全」と勝手解釈するのと同じくらい、バカなことだと思う。

 

ただ、チェルノブイリ事故から時間が経過するにつれて、一般のニュースで話題にならなくなった分、情報源として彼ら、極端な「反原発運動活動家」以外には何もなくなった時期があったことは確かだ。事故当時子供だった元増田のような人たちは、問題に関心が高ければ高いほど、彼らの歪んだ情報に接することにもなっただろう。それは気の毒だと思うし、申し訳ない。俺たちのように事故当時、ニュースを見て、ニュースの内容をだいたいは理解できていた者が、その後、チェルノブイリへの関心を失い、何がどうだったのかを伝える努力をしなかったことにも責任の一端があると思う。その点、済まなかった。もっと努力すべきだったし、根拠の薄い過激な主張にはもっとつっこみを入れるべきだったのだろう。

 

一方で、「原子力村」の「ウソ」は、彼ら活動家とは届く範囲が違っていたし、時間的な長さも違う。広く一般の人々が読む新聞で、前の投稿に例示したような「安全だという宣伝」を重ねてきた。それも、本当は地震対策が不十分なのにそれを認めなかったり、隠していたり、もっと悪いことには事故隠しやデータ捏造といったことまでやってきた。しかも彼らのバックには国家がついていた。

 

ウソだった」ことでは「原子力村」も「過激で根拠のない反原発活動家」も同じだ。しかし深刻さが違う。届く範囲が違う。今、問題とされているのは、そのことではないだろうか。

 

最後に、小バカにしているように聞こえたら済まないと思うが、

新幹線は安全です」「鉄道は安全です」「飛行機は安全です」これを「絶対安全」の主張だと思う人は「馬鹿」だといってよいでしょう。

そういう「馬鹿」を基準にしなければならないんだ。少し極端な言い方をするが、PL法製造物責任法)もそういう思想のもとにある。

 

騙された方が馬鹿からといって騙した方が免責されるかというと勿論そんなことはない。

これは本当にその通りだ。「反原発」だろうと、「原発推進」だろうと、どちらもだ。そこが、今、福島第一の事故経験した日本人が立ち帰るべき出発点ではないか、と俺は思っている。


それを改めて確認して、次の世代に「まともな国、日本」を残せるよう、努めていくのが俺たちの責任じゃないか

 

さて、そろそろ本当に眠くなってきた。蒸し暑くて寝苦しいが寝るよ。おやすみ

2011-06-23

http://anond.hatelabo.jp/20110623105413

「偏ってない音楽情報源」てじゃあ何よ?

何見れば偏ってないんだ?

既に死滅しきってるオリコンとか言うなよ

http://anond.hatelabo.jp/20110623004031

ひょっとして「カラオケ好きな学生が結果的に動画サイトを見てる」ってことじゃないかなあ。

ニコニコクラスタに属してしまうと音楽的な情報源はどうしても偏りがちだし。

2011-06-05

ヤンキー」の定義分からん

既に情報源が古い気もするが、「ヤンキー文化」について触れているような記事を何度か見たことがある。

地元志向」とか「身の丈にあった生活」とかをピックアップして触れたような内容である

で、自分と照らし合わせてみた。「地元志向」とか「身の丈にあった生活」とかいう考え方には当てはまると思う。

ではヤンキーかといわれると、自分学生時代はそのイメージとはかけ離れていた。

別に優等生はないが、そこそこの真面目キャラを演じ、校則は守るほうだったので、おそらく先生からも悪い印象はもたれてなかっただろう。どっちかというとオタクっぽく見えるが、実際はそこまでないというタイプともいえる。

自分長男で、地域の繋がりや家族も大事にするもんだと思って育ってきたので、ずっとここで暮らしていくというのが大前提だった。

大学は県外に進学したものの、運良く地元就職を決め、Uターンし現在に至る。

前述の通りいわゆるオタクとも違い、テレビネットで自宅での娯楽には困らないという感覚たま友達とも会うとき、昼なら中学高校の頃からの馴染みの店かファミレス、夜なら居酒屋仕事の関係で専門的な本が必要なとき都市部書店に行くかネットで買うかになるが、他の買い物は地元で十分という感覚。車は移動手段という感覚。基本趣味に金はかけないというより、趣味は何かと聞かれてもわからない。

さて、ちょっと前の同窓会でのこと。

いわゆる典型的ヤンキー上がりの奴を見ながら一人が「あいつ、一生この町から出ていけないタイプだろうな」という趣旨の発言。

非常に違和感があった。この発言の背景に、どういう前提があるのだろうかと、問い詰めたくて仕方なかった。(勿論やめておいたが)

ついでに、自分はどう見られているのかも気になった。

で、そのときに丁度、前述の「ヤンキー文化」の話を思い出して、こう思ったのである

「そもそも、ヤンキー定義って何ですか?」

2011-04-29

http://anond.hatelabo.jp/20110429181325

広告塔に使った人物に問題があるならば、その人物について主観でも信頼のある情報源を探し、リリースを出すのが企業の誠意です

主観」なのに「信頼ある」ってのは、あまり常識的な言い方ではないと思われ。

そして、人物が特定できる形で「問題がある」とリリースすれば、それは当該人物に対する名誉毀損になる。このようなリリースは出さないのが、企業の誠意どころか法的義務。

仮にそれが「公共の利害に関する事実」(刑法230条の2)に当たるとしても、客観的な証拠によって真実性を証明し、あるいは証明できると信じるにつき過失がないことが必要なので、「主観でも信頼のある情報源」如きで他人の名誉を毀損するわけにはいかない。

そして、そのような名誉毀損行為を要求する行為は、名誉毀損教唆罪になりうる。気をつけた方がいいと思うよ。

就職王が贈る、新入社員が覚えておくべき10の事柄

おっす、オラ就職王。辞職届は提出したので、再来月から起業王へジョブチェンジだ。

ちなみに、「まだ就職してない」という人は、http://anond.hatelabo.jp/20110107214632を読んでくれ。

以前この文章を投稿した直後は強烈な鬱に襲われて削除してしまったので、二度目の人は勘弁な!

ちなみに「辞職願」ではなく「辞職届」とするのがキーポイントだということは、君も社会人になればわかるさ!

いかい、こないだ入社式だった全ての新人達。先輩とは上手くやれそうかい?まぁ、これから理不尽地獄社畜生活が始まるわけだけど、俺の話を聞かないかい?この心得を守っておけばとりあえず、職場ゴミ扱いはされずに済むはずだ。

①二択だ、選べ。

いかい、君も社会人になって三日目。先輩社員から、様々なありがたいお言葉を賜ったかもしれない。中には「素晴らしい言葉だった、俺も甘えを捨てて頑張ろう、立派な社会人になろう」なんて思ってしまった人もいるかもしれない。しかし、君がまずやるべきなのは、そういう気持ちを1ミリ残らず綺麗に捨て去ること、あるいはその言葉完璧に一ミリの狂いもなく染まり切る、すなわち狂信者になることだ。このどちらかを選ぶかは趣味の問題だ、俺は前者を選んだが君は後者が向いているかもしれない。一応、念のため言っておくけれど、後者を選ぶことは決して間違いとは言えない。場合によってはこの先40年を戦う場所なのだから、立派な信者になり布教に努めるというのも一つの賢い選択だ。日本就職した多くの人々にとって「金こそが絶対」という信条を選ぶことは難しいから、結局はこの二つから選ぶしかない。ちなみに、うっかり投資銀行や外コンなんかに就職した人々は、例外なので俺の文章は役にたたない。君たちは、資本主義一神教の教義を読んでくれ。大丈夫、どこのホテルに備え付けられた机にも「資本論」は置いてある。さぁ、どっちにするか決めたかい?じゃあ読み進めてくれ。

コストとリターンの諸問題

馬鹿馬鹿しい、と思う。例えば、会社に一時間早く出勤すること。これは、本当に馬鹿げてる。くだらない、狂ってる、クソの群れだ。九時から五時までキッチリ働いて賃金をいただく、あるべき姿はこっちだ。しかし、コストを支払いリターンを最大化する、という面でこの行動は一概に間違いとは断定出来ない。そして、社会人にとって重要なのは払ったコストに見合ったリターンを得るということなのは、言うまでもないことだ。過程などどうでもいい、結果を出したものが勝ちだ。しかし、新人に与えられる業務の中で周囲を黙らせるほどの「結果」を出すのは、余程特殊な業種でない限り不可能だと思っていい。金融業界の法人営業マンですら、一年目は「結果」を数字で括られることはないだろう。では、ド新人である君に求められる「結果」とは何か。それは、周囲が「あいつは頑張ってるし好感の持てる奴だ」と思うこと、つまり就職活動の延長線上にあることだ。当面、君には責任のある仕事など与えられない、会社貢献するチャンスなどゼロに等しい。その境遇の中で、君はなんとかして周囲の信頼を勝ち取り、愛される人間にならねばならない。さもなければ、実に悲惨なハンデを背負ったまま数年を戦い抜かなければならない羽目になるだろう。この文章に食いついたということは、君はコミュニケーション能力にそれほど自信がないことだろうと思うし、では職務遂行能力に自負があるかと言えばそんなこともないだろう。だが、安心していい。そういうのは、新人にとってさほど問題にならない。コストとリターン、この観念を忘れるな。逆に言えば、それ以外は忘れろ。

③15分のアドバンテージ

君は「8時30分に出社するように」と申しつけられた。当然、君は弱気自分に自信もないから「8時15分には出ておこうかな」と思ったことだろうと思う。しかし、そこは敢えて8時に出社するのが今日のミソだ。いや、8時に出社し続けることこそがミソだと思っていい。何故なら、新人の職務遂行にはおよそ差は出ない。あるいは、差が出たとしても数年は評価に直截的に響くことはまずない。日本大企業は、およそ10年かけて評価を固める。最も数字に詰められる証券マンやMRですら、五年は様子を見てもらえる。(ただし、この様子を見てもらえる、というのは「詰められない」という意味はない。無論「詰め」られる)そこで仮に新人としての君の評価がクソミソであったとしても、俺が断言するが8時に出社している限り君の評価は「アウト」にはならない。日本人というのは、凡そにしてアホだ。それもたちの悪いアホだ。怠惰な俊才よりも勤勉なクソマヌケを高く評価する傾向がある。逆に言えば「勤勉なマヌケである限り、君は当分生きていられる。こういう部分を細かく守ることが、非常に重要だ。他にも、気遣いポイントは無数にある。例えば、君はドアを開けた。同じタイミングで先輩が向こうから出てきた、ドアノブ最初に回したのは君だった、しかしここで君は一歩下がって道を譲り、軽く会釈をする。これを、嫌味なく最適にやれている限り、君の立場は大丈夫だ。大きな声で挨拶をして、まるで先輩たちを心から敬愛しているかの如く振る舞い、機会のある限り尊敬言葉を口に出せ。「やりすぎかな・・・」くらいで丁度いい。この十五分のアドバンテージが、君を守る。誰かと話す時、必ず誰かを褒めるセンテンスを織り交ぜることを徹底しろ。実にくだらないが、得られるものと比較すれば実に安いコストだ。

マニュアルメイキング

世界を回しているのは何か?』と問われたら、色んな答えがあり得ると思う。しかし、社会人になって俺はこれに一つの答えを得た。世界を回しているものは、マニュアルだ。しかし、社会人になった君に一冊の完璧マニュアルが与えられる、という状況は余程恵まれた職場でない限りまずあり得ない。君に与えられる情報は常に断片的で、状況はいだって切迫している。複数のタスクを同時並行で回しながら、職場全体の状況にも気を配らなければならない。挙句の果てに、それは間違いだらけで全ての人間の言うことは矛盾している。だが安心して欲しい、それはデフォルトだ。例えば、君は「AをBしろ」と言われるかもしれない。しかし、君にはAをBすることの目的、あるいは工程A~Zの中で、AをBすることの役割がどのようなものなのか、それを知る機会はそう簡単には与えられない。君は完成像の見えないまま、どこのパーツかもわからないプラモデルと取っ組み合わなければいけない。さらにそれは、往々にして全体像さえ見えていればサルでも出来るような工程だったりする。しかし、君はやらなければいけない。メモ重要性について君は学ぶ必要がある。どんなにクソくだらない、と思ってもメモは取れ。しかし、世の中には「メモなんか取るな」と「なんでメモの一つもねーんだよ」を同じ口から発するゴミクズ野郎も大量にいる。ボウフラとどっちが多いかな?くらいの数がいる。しかし、君はクソボウフラ野郎からなんとか情報を吸出し、戦っていかなければいけない。コレに対する方法論は幾つかあるが、俺は「フレーズ凝縮式」を推薦する。例えば、この文章は一章ごとにその章を集約的に表象するワンフレーズで取りまとめてある。メモにもこの方式を採用するといい。人間記憶というのは、基本的にイモヅル方式で形成されている。メモは、その一文を取るだけでいい。夜にそれを見返せば、君は絶対におよそのことを思い出せる。それを記憶が新鮮なうちにノートに取れ。一年も経てば、君はマニュアルが書ける人材に育っている。いいかメモから吸い出した一冊のノート、それは宝だ。それが世界を回している。忘れるな。メモは詩の如く取れ。君の記憶を呼び覚ます、美しい一文を素早く書きとめろ。これに慣れればいずれメモも要らなくなる。

タスクは紙に書け、自分を信じろ

半年も経った頃、君には「もう限界です」くらいの作業量が与えられる筈だ。これは多くの職場でそういうことにしているフシがあって、そいつが食べきれるか食べきれないか、ギリッギリの量を口にねじこまれる。ブラック気味なところだと、「精神力で食えや!」方式になる可能性も否定出来ない。しかし、俺が断言するがそれは君なら絶対にこなせる量だ。人間はそういう状況になると、概して頭が回転しない。三つも作業が並行すれば、何がなんだかわからなくなる。ジャグリングしながらテトリスをしつつダンスダンスレボリューション、みたいな気分になるはずだ。しかし、君には便利な外部記憶媒体、すなわちノートというものがある。「やべー、いますぐ手をつけなきゃ絶対おわんねー」と思った時こそ、ノートに全てを書き出せ。作業のエンドが見えないまま手を動かすな。エライことになる。いいか、まず大事なことは「俺には出来る」という確信を、全くの無根拠であっても持ち続けることだ。そして、君は実際に出来るはずだ。これは実にシンプルな話で、設計図なしで機体は組み上がらない。しかし、大量のタスクに追い立てられるとこれが見えなくなる。ヤバイ時、君が真っ先にやることはエンドまでの工程図を組むことだ。焦るな、まずはこれをやれ。これが終われば、どんな仕事も五割は終わっている。それを忘れるな。いいか、君は絶対に無能なんかじゃない。信じろ、信じなければ予定なんか組めやしない。それでも出来なけりゃ、そんなタスクを振った上司がクソ無能なんだ。いいか、これを忘れるな。

⑥お局を殺せ

どの職場にも必ずいる悪性新生物、「OTUBONE」は骨の折れる相手だ。まるで癌のように転移し、害悪を放ち続ける。あんなに愛らしかった新人一般職も、十年経てば仲間入りだ。誰だ、新人ベヘリットを配布したのは。今すぐガッツ呼んでこい、義手大砲ブチこめ。なんにせよ、「この道20年」みたいなお局は男女職種全て問わず新人にとって最初の難関と見て間違いない。カンタダみたいなものだ。個人的に、一般職の定年は35歳にすべきだと俺は確信している。君の立ち居振る舞い、仕事のこなし方、日常生活趣味、果ては性生活や好みの体位まで奴らは干渉してくる。顔面に正拳突きをブチ込みたくなったのは君だけじゃない。これで、僕の燃料棒もブチこみたいです!みたいなヤツらならまだヤル気もみなぎってくるというものだが、あいつらは原発も一瞬で1ケルビンまで冷却するタイプの生き物だ。今すぐ福島に送り込めばみんなハッピーになれる。民主党は何をしてるんだ、今すぐやれ。しかし、大体の場合現場仕事の詳細はこの厄介な生き物から盗み取るしかない。就職王に続いて新人王を目指して戦った俺だが、この生き物の攻略だけは些か苦労した。ここだけはイケメン補正がかかるからだ。日常面での攻略は、「15分のアドバンテージ」に準ずるが、「マニュアル作成」作業が更に重要になる。早い話、現場仕事回しがクソお局より優秀になれば、君はお局をぶっ殺せる。とにかく、血を吐く思いをしてでもマニュアルを完成させろ。これだけは言っておく。クソお局が20年かけて学んだ内容は、君なら半年で絶対にやれる。ここまでいけば、お局の存在意義などゼロに等しい。そこまでは、耐えろ!大丈夫、君は独りじゃない。少なくとも、世界ほとんどの新人(除くクソイケメン)は君の味方だ!

上司の足を掬え

マニュアルが完成すると、君には見えて来るはずだ。職場の全体像が。必然的に、君には「足払い」をかけられるポイントも見えてくる。散々足を払われて得た教訓がここで生かされる。つまり、あれをこうした上司コレミスやらかすんじゃね?みたいな部分が、君には見えているはずだ。未必の故意、という言葉がある。これは社会人生活に於いて「無罪」の同義語だ。この辺りから、君は逆襲に転じなければならない。つまり、これまでは多くの人間にへつらい、腰をヒン曲げ、頭を下げ倒して来た君だが、そろそろそこから得られる実り、リターンは小さいものになって来ている。君は手柄を立てなければいけない。しかし、所詮三年目くらいである君に「手柄」を立てるチャンスはほぼない。少なくとも、業務が正常に回っている限りは。ここは一つ、コケていただかねばならない。そして、コケたところに君ははせ参じる「こうなる可能性は見越していました!」。これは、実のことを言えば正攻法で手柄を立てるよりは、よっぽどイージーなことだと言っていい。予測された失敗には、対処が出来る。しかし、予測もしていなかった上司パニックに陥る。もし、上司パニックに陥らなかったとしても、君は別段何も失わない。ただし、責任の遡及が及ばないことは入念にチェックしてから行うのは当然のことが。自分の足を払って流血するなんて馬鹿馬鹿しいことをするくらいなら、何もしないほうがよっぽどマシだ。しかし、チャンスは見逃すな。やれる時は、殺れ。

⑧グチニケーション

同期というものが、多分君にもいるだろう。実際のところ、同期というのは競争相手であり君が会社に残る気であるならぶっ殺すべき相手なのだが、実際は「デキない同期」こそ大事にした方が得られるものは大きい。君の同期にも、必ず一人は「どーしようもない」と評される奴が出てくる筈だ。これは、人間関係力学として必ずそうなる。しかし、君は常にそういう同期に優しく接し、かつ失敗談を綿密に聞き出すべきだ。「デキる同期」と仲良くするメリットは概して少ない。奴らは往々にして情報をこぼさないし、そもそもウザイ。奴らの「頑張ればいいんだよ!」論は、脳に悪い影響を与える。大脳新皮質がどんどん死んでいく。むしろ、「どーしようもない奴」から得られるネガティブ情報こそ、明日に生きる。彼のやらかした失敗は君もやらかし得る。ダメ同期から一つミス談を聞くたびに、君のリスクは一つずつ軽減される。そして、君と彼の友情は実に強固なものとなる。どんなダメな同期であっても、一応は毎日出社し、仕事はこなしている。噂に聞くほどの差は実はない。そこから得られる情報は、常に君を救い得る蜘蛛の糸だ。そして、君の存在ダメ同期を支え、助けるだろう。これほど素晴らしい情報源が他にあるだろうか?これは、職場の「ダメな先輩」にも言える。過度に職場で仲良くすることはデメリットが大きいが、それでも先輩は先輩だ。長いキャリアの分だけ多くの情報を持っている。それは、大事にしろ。デキる同期はコケるまで放置しとけ、無論デキ同期がコケた話を聞いた時は速攻で電話を鳴らすのは言うまでもない。

⑨体調

俺は社会人になって、人生最大の苦難にブチ当たったことをここに報告したい。俺は、ナルコレプシーだった。俺は学業もそれなりの成績で収めてきたし、自分無能だと思ったことはそれほどない。しかし、思い返せば俺はあらゆる授業を眠り倒して生きてきた。なまじ、独学が得意だったせいで、この歳まで気づけなかった。俺は、自分が救いのないブサイクで初対面の女性アメフラシを顔面に投げつけられたような嫌悪感を与える部類の生物だということは認めても、自分がそれほどのハンデを抱えていると認識したことはなかった。ちなみに、攻撃されても紫色の汁は出ない。入社直後、上司の談話を聞きながら俺は爆睡した現在は、お薬を飲みながら問題なく業務を進めているが、「居眠りクソ野郎」の汚名を被ったまま進めた社会人生活は、正直言って辛かった。俺の職場はそんな人間仕事を任せるように出来ていなかったので、必死に隠し通しながら検査入院時間をヒリ出すのにも相当の苦労をした。これほど特異な例ではないにせよ、体調というのは凄まじく大事なものだ。睡眠時間が十分でなかったり、体調が悪かったりした場合職務遂行能力は7割減だと思って間違いない。新入社員は、何はともあれ六時間寝ろ。他の何を犠牲にしても、寝ろ。そして食え。エスタロンモカはポケットに入れておけ。体調に不安を感じたら、何を差し置いても病院に行け。ワイパックスを一錠を持っているだけで、人生は随分楽になる。ソリッド・スネークだって狙撃の時には使っていた。使えるものは全部使え。薬は、偉大だ。いいか、おまえはそれほど強くない。頼れるものには頼れ。ヤバい時こそ精神論に逃げるな。現実的に対処しろ。死ぬ前にデパスを飲め、それで9割は生き残れる。

⑩生きろ

正直に言えば、社畜ライフに辛いことは山ほどある。精神論に逃げるな、と言った口でおれはやはりこれを言わなければならない。おまえは、生きてるだけで素晴らしい。生きてるだけで、人間合格だ。もし、どうしても耐えられない時が来たら、首を括るか仕事を辞めるかの二択を迫られた時は、迷わず辞めろ。やれることを全部やっても尚、どうしようもないシュチュエーションというのは起こりえる。地震が起きて津波がなにもかもを浚っていったり、飛行機ビルに突っ込んだりする世界なんだ。それは、仕方がない。そんな時、おまえが一番に考えることは「生き抜く」ということに他ならない。俺は再来月仕事を辞めて、新しい世界に挑んでいく。これは、とりもなおさず俺が組織人として適応不全であったことを示している。俺は、本当のことを言えば負けた。ここで勝ち抜いていくことに、どうしても意味や意義を見出せなかった、もっと正直に言えば同期の「とうだい」軍団にこの土俵で勝つ方法論を見出せなかった。そりゃあ、幾つかのハンデは喰らったにせよ、俺は同期の中で常に上位一割をキーした自負はある。しかし、結局のところを言えば、俺は負け組だった。「就職王」でも明白だったが、所詮俺はフェイクだった。ここには向いていなかった。でも、人生は続く。まだ生き抜かなきゃいけない。だから、こんな十カ条を完璧にこなす必要なんかハナっからないんだ。とにかく、君は生きていけ。社会生活理不尽の繰り返しだ、また自分自身がその理不尽を他人に振るわなければならないことも多々ある。そんな中で、君は生きていかなきゃならない。いいか、君は生きるべきだ。一切の留保や付帯条件なしに、君は生きていかなきゃならない。それだけは忘れないでくれ。

君の良き人生を、俺は心から祈っている。



  • 追記

どーでもいい話だが、ブコメ数に気を良くした俺は文章仕事が欲しいなぁ、とか思い始めた。

お米券とかビール券とかでも書くので、商業誌から学生同人雑誌までそういう界隈の人、なんか仕事ください。

基本、筆は早いです。実力はともかくとして、コレ書くのに大体20です。穴埋めが必要なら、是非。

syusyoku0@gmail.com

  • 追追記

うん、冷静に考えて7000字を20分は無いね!秒速3.5文字は流石にムリだね。

泥酔状態の感覚20分ってことで。素面ならもっと良いものが書けるかと言えばそうでもないから困る。

というわけで、やっぱり仕事ください。

  • 追追追記

アメーバニュースさん、仕事ください。

2011-04-20

http://anond.hatelabo.jp/20110420013823

今更になって「もんじゅ罵倒してるニワカ反原発は一体なんなんだ?

もんじゅ」は「余熱を利用してゴミから燃料を作る」という仕掛けだ。ウランを桁違いに効率よく利用できる。

実用化できれば有益なことはいうまでもなかろう。トンデモ扱いするのは明らかに誤りだ。

そしてあれは「試作品」だ。実用化までに技術的な課題を洗い出すためのものだからトラブル多発はまあ当然(それにしても多いと思うが)。

安全性に課題があるのも確かだが、今現在福島第一より危険なんていう「な、なんだってー!」な代物では当然ない。

はっきり言って「もんじゅ」については感情的な反対派の意見ばかりで、まともにメリットデメリット比較できる(あるいはそれぞれの意見の正しさを検証できる)情報源がないに等しい。そんな現状でああだこうだいうのはおかしいことだぜ。

もんじゅ粉砕!もんじゅ解体!なんて噴き上がる前にもうちょっと自分で調べたらどうなんだ?

2011-04-12

http://anond.hatelabo.jp/20110412141353

ある情報情報源)が「信頼できる」あるいは「信頼できない」というのは自明はないんであって、

政府情報は信頼に足る」というのあなたの「意見」を「自明の前提」であるかのように扱おうというなら、この議論はそもそも成り立たないでしょう

それだと単に「信頼に足るものは信頼すべきである」と言ってるだけであって、それこそ自明

(むしろ、信頼に足るものへの信頼を何故「一応」とするのかがよく分からないという話になる)



問題にすべきは、「情報の見極めが必要な状況でどのような態度を取るべきか」ということではないの?

- 転職ならen
- 派遣ならen
5ページ中1ページ目を表示(合計:110件)