はてなキーワード: 思想家とは
「君たちは何のために学問をするのか 何のためにこの松下村塾に来ているのか?
日本のため人々のためといいますが、具体的にはどういう人々ですか?
的を見ずに矢を放っても的には当たりません 目的のない学問はすべてが無駄になります
何のために学問をするのか、それは学問をしたくてもできない人のためにするのです!
人々のためとはそういうことです 諸君が松下村塾に来るのは 松下村塾にも来れない人々のために来ているのです
それがわかれば一分一秒もおろそかにはできないはずです みんな私の代わりに力のかぎり戦ってください」
吉田松陰の講義は平地にありながら最新の情報に溢れており、藩校である明倫館をしのいでいたとされる。
(松陰と京都で知り合った勤皇思想家梅田雲浜=安政の大獄第一の逮捕者もこの頃松下村塾を訪れ各藩の政治状況を伝えたりしている)
とはいえ罪人の開いた私塾であるから白い目で見られ、上士の子である高杉晋作や久坂義助などは親の目を盗んで通ってくることになる。
(その他の生徒は貧農の子伊藤俊助、足軽の子品川弥二郎、中間の子山県小助など。)
松陰は一方的に教えるのみではなく、様々なテーマを与えて生徒に調べさせ、
順番に教えあい、その時は松陰も生徒となって学ぶ。これは野山獄時代と同じ。
学問といっても磁極を論じたりしているのであるから、しょっちゅう凄まじい議論となり、
先生も生徒も一緒になって朝まで大激論を戦わせたりするのであった。
したがって、松下村塾には遅刻も早退もない。各自の都合で来れる時間に来て、時にはその場で働きながら学ぶといった様子であった。
働きながら学び、学びながら働く。松下村塾は常に熱気にあふれていた。
物置を改造した松下村塾はあまりにせまく、毎日入りきれない生徒が庭にあふれていた。
(桂小五郎はこの時江戸にいて、吉田松陰とは往復書簡による師弟関係)
#薩摩 精忠組#
斉彬復帰後も、改革が第一優先であり
お家争いを防ぐため、「高崎崩れ」の犠牲者救済は、政治的バランスを考慮して後回しにされ、
結局流罪にされた者は2年以上放置されることになる。
この当時は、お家の安定が個々人の身分より優先されるのは、むしろ武士であれば当たり前、という時代だった。
斉彬は参勤交代から帰国し、洋式の事業も見通しがつき、斉興・久光派も落ち着きを取り戻してから
ようやく高崎崩れの流罪者が赦免され流罪からかえってくることに。
斉彬に直訴状を書いた。
書いているうちに、まず百姓の上に胡坐をかき、私服を肥やす役人どもへの怒りにうつり
さらに元凶たるお由羅派をなぜ処罰しないのか、という批判に及び、
勢いはどんどんエスカレートしてついには蛮学に湯水のごとく金を使う斉彬への彈劾となった。
(基本的にこの当時の武士というのは全員無知である。何も知らされていないから当たり前だが。
特に薩摩武士は武芸や忠誠がやかましく、下級武士である西郷は狭い学問でも実力は下の下であった。
だから、目についた農村の貧しさについて、その歴史も理解できず、目の前のことがすべてになってしまう。
西郷はこのあとも、斉彬の意図を全く理解できず、そのくせ忠義と称して暴走を繰り返している
しかしこれでも農村の痛みに気づいただけまだましな方というから、どれだけ当時の武士が
ものを知らされず、また忠義と称して暴走しやすい困った気質の持ち主であったかよくわかる。
江戸時代に行われていた偏った儒学や忠孝の教えでは、基本的にこういう愚か者を作ることしかできない)
→しかし、島津斉彬は彼を用いた。そのくらい「手駒としては仕える」人物だった
「考えは180度違っているが、それは今後の教育でなんとでも変えられる
おいそれと変わらぬのが、そちが持って生まれた無私無欲の心 そこを見込んだ。今日からわしの片腕となってもらいたい」
水戸斉昭さえ制御しようとしていた斉彬は、自分が死んだ時や、動きを制御しきれなかった時の危険については一切考えていなかっただろう。
→私はこの頃の西郷のような直情径行ガ忠義という概念とセットに成った、視野が狭くすぐに他人に攻撃的になる人間が嫌いだ。
西郷に関しては当時のことだから納得はできるわけで、現代でもたまにこういう奴がいるのを見ると吐き気がする。
「これといった目的もなく、落ちているものを探すのでもなくただなんとなく歩いているのですか?
我が国でも風流人はそういうことをしますが、それは楽隠居の道楽です。
あるいは無法者、ゴロツキ、怠け者のたぐいです。
江戸で何もせずに歩いているだけの人間など、挙動不審とみなされしょっぴかれても文句は言えませんな」
「日本の役人は世界最悪と言える 犬が何も考えられないのと同じ」
とまぁこれはいいけど、やれ風呂はだめだの山菜は食えないだの、ヤンキーはほんとにwww
「この1年は何だったんだ…国際社会の常識を知らぬ無知な国が相手だ。
彼らには経緯を持った対話を重ねて教えていくしかない。そう思い私は之までずっと耐えてきた。
しかし彼らは頑として心を開かなかった それがどうだ たった一艘の軍艦を見た途端
向こうは大砲に動揺した 私も相手が怯えるように話した
ハリスよりペリーが正しいのなら、言葉はなんのためにあるのだーーーー!」
#攘夷志士の怖い習慣#
マジレスしてみよう。
仕事でもお金を増やしていたでしょうし、個人でも相当おありでしょうが、
会社で使える金額を大きくして、どうしたいのか。
個人でお金を貰って、どう生きたいのか。
人の意見じゃなくて自分の考えで決然と「これ」っていうものがあったのかどうか。
俺はこれで生きていく、っていう考え。
まあ普通は、別に無くても何となく生きていけるかもしれないけど、
貴方はそこんとこに気づいちゃったんじゃないですか?
気づいて無力になるだけならいいけど、死ぬのはまだ勿体ないと個人的には思う。
甘えだろうが何だろうが、働かなくていいよ。
で、そのうすーい気の抜け切ったサイダーみたいな人生が嫌で
おかしいぜ、助けてくれ誰か!って思うんだったら、心理療法家を探してください。
臨床心理士、カウンセラー、精神衛生保健士、精神分析的療法家、とか色々あるけど
まあ探して見てください。
取り敢えず臨床心理士がいる精神科クリニックなどいいのではと思います。
「仕事を止めて数カ月、全く気力が出ませんどうしたらいいのでしょう」
とか言って駆け込みでもしたらテストでも受けつつ面談が始まるはずです。
で、話してる人と話が合うか見極めて合いそうなら週1~でカウンセリングを受ける。完璧。
これからはそちらで貴方の思うことを吐き出してください。
精神分析療法やキチンと心理療法を学んできた臨床心理士にめぐり合うことができれば、
今の悩みや不安を受け止める人はいるはずなんです。というか、臨床心理士は本当はそういう人を相手に
一緒に考えてくれる専門の人です。
要は貴方が本気でどうにかしたいなら、多少お金はかかっても、話を聞いてくれる
怪しくないカウンセラーを見つけ出して、定期的にカウンセリングを受けた方がいいと思います。
カウンセリングは健康保険対象外なので、60分5000円が毎週とかでかかります。
そんだけかけても惜しくないと思うようにガッツリ話してやってみてください。
調度暇もあるのでしょうし、回復への道を探しているという世間体ももてます。
実際カウンセリングで何をするか、は貴方次第ですが、手ごたえのない生活から
脱出するためのきっかけは、探すのを手助けしてくれるはずです。
恐らく今の貴方には即物的に働けとかアレしろこうしろというのは
無意味だと思われます。本来的には内面を考える時だと思います。
どうやって生きて、どうやって死んでいくか、考え直す時。
既存の宗教に頼りたくないなら思想家でも哲学でも伝記でも精神分析でも心理学でもなんでもぶち込んで
日が暮れるまで考えればいいと思います。
よくよく観察するとw
直近の投稿?何?スゴすぎ?会社で勉強大会しているのかなぁ~^^;
http://ameblo.jp/mystandardjp/entry-11018488804.html
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■ 9月15日の話題
9月15日(くがつじゅうごにち)はグレゴリオ暦で年始から258日目(閏年では259日目)にあたり、年末まであと107日ある。
1590年 - ウルバヌス7世 (ローマ教皇) ウルバヌス7世が教皇 ローマ教皇に選出される(在位13日で死去。在位期間史上最短の教皇)。
1821年 - コスタリカ、グアテマラ、ホンジュラス、ニカラグア、エルサルバドルがそれぞれスペインからの独立を宣言。
1830年 - イギリスで世界初の鉄道開通。開通式典で死亡事故。
1835年 - ビーグル (帆船) ビーグル号による世界探検を途上にあったチャールズ・ダーウィンがガラパゴス諸島に到達する。
1868年(慶応4年7月29日 (旧暦) 7月29日)- 戊辰戦争: 二本松城が落城する。
http://mystandardjp.cocolog-nifty.com/
旧暦9月15日は9月 (旧暦) 旧暦9月の15日目である。六曜は六曜#大安 大安である。
慶長5年(グレゴリオ暦1600年10月21日) - 関ヶ原の戦い
慶長18年(グレゴリオ暦1613年10月28日) - 支倉常長ら仙台藩の慶長遣欧使節が日本を出発
建炎4年(ユリウス暦1130年10月18日) - 朱子、朱子学の祖(+ 1200年)
貞享2年(グレゴリオ暦1685年10月12日) - 石田梅岩、思想家(+ 1744年)
文政8年(グレゴリオ暦1825年10月26日) - 岩倉具視、政治家・明治維新の元勲(+ 1883年)
http://ameblo.jp/mystandardjp/entry-11017507873.html
チャンピオンズリーグ | 今ホットな話題情報
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■ チャンピオンズリーグの話題
大会名
開始年 1955
終了年
参加チーム数 32
(3回目)
(9回)
備考
欧州クラブシーンにおける最も権威ある国際大会であり、各国リーグ戦の上位クラブが総登場することから世界的な注目を集める。勝ち上がるごとにクラブには莫大な収益がもたらされ、優勝クラブは名実共に欧州一の称号を得られることから、自国のリーグ戦よりもこちらで勝つことを優先しているクラブも数多い。
優勝クラブは「クラブ世界一」を決めるインターコンチネンタルカップ (サッカー) インターコンチネンタルカップやFIFAクラブワールドカップへの出場権を得られるが、世界の有力サッカー選手は軒並み欧州のクラブに集中しているため、この大会で優勝したクラブが実質的には世界一のクラブであるというのが衆目の一致するところである。
http://w.livedoor.jp/nihonerimo/
■ チャンピオンズリーグ (曖昧さ回避)の話題
チャンピオンズリーグ(Champions League)
EHFチャンピオンズリーグ(ハンドボールのヨーロッパクラブNo.1を決める大会)
FUTSAL地域チャンピオンズリーグ
チャンピオンズリーグ (麻雀)
cs:Liga mistr?
da:Champions League
Champions League
http://www.geocities.jp/nihonerimodel/
■ チャンピオンズリーグ (麻雀)の話題
チャンピオンズリーグは、日本プロ麻雀連盟が主催する麻雀のタイトル戦。
古くは内外タイムス杯。2001年度前期までは王座杯という名称。2001年度後期よりチャンピオンズリーグへ改称。
半荘4回戦×5節。1半荘は時間制限ありの50分+1局で打ち切り。準々決勝からは現チャンピオンズリーグの1名を加えた16名で行う。決勝は準決勝勝ち上がりの4名で半荘5回戦。その半荘5回戦合計総合計ポイントトップ者が今年度の優勝者となる。
「有事には役に立たない」だとか
「土壇場では度胸も知恵もない」だとか
そもそも平時から、いつだって、あいつらは役になんか立っていないのだ。
社会の平穏と余剰を食っているうちはいくらでも霞の奥に隠れられるが
一時的にでもそういうものがぶっ飛んだときには実体が丸出しになる。
別に大災害が起きずとも
実務能力を問われる場面に出て行ってしまったところを見たとき、
「あれ?なんかただの馬鹿じゃないの?」
「普通の人と変わらないし、不慣れなぶんただの無能じゃないの?」
と察知したことのある人も居るはずだ。
若い世代の思想家の親分は
だから子分がそれすら理解せずにモノポリーとか言ってりゃキレたくなるのは人情だ。
思想家達の立たされている今の状況は、遅かれ早かれ有り得た未来でしかない。
これは往時の日本のプロレスラーが、ガチ競技である総合格闘技に直面した時とよく似た状況だ。
だいたい、ファンとの距離が縮まったり、消費者の持つ情報が増えたりすれば、
虚像は見破られて熱は冷めてしまう。
ネットで四六時中所感や行動を報告して関心を引かなければならず、
また観衆にそれをまとめられちゃったりする時代に、
従来通りの思想ごっこ続けようって方が無理なのだ。
そこでまだなんとか活路を探して「我々はガチ」と言い張り続けるのが親分の道で
あっさりと「いやいや、ガチのリングで俺達に何か求めないでよw」と表明したのが子分Uの道。
後者も日常に戻ればもちろん「俺は最強だ!」「誰でもかかって来いぶっ殺してやるよ!」と吼えるけれども
それがどういう意味なのか、どう消費してほしいのか、を暗黙かつ雄弁に示したのがモノポリーではなかったか。
一直線の衰亡を脱する可能性があるのは子分Uの道だけだ。
今回メタ目配せとしてスマートな所作を見せることが出来たのは彼だけなのだが
「別の子分はチャリティーやると言えたのにおまえは!」なんてズレたこと言ってる。
弁舌の徒がチャリティーやりだしてどうすんねんと。
それは新日やノアのプロレスラーが総合のセコい大会のエキジビジョンに参戦するような迷走でしかない。
有事に臨んで日頃やってきたことと連続していない別の商売をやり始めちゃうのは
それまでやってきたことがお遊びだったと認めるに等しいうえ、
デマを流してるだけで経済学についてろくに語らないから経済学者として無能だと言われている池田信夫(この人に関しては俺も経済学者としても怪しいとは思うけど)
静岡に東っただけで思想家、批評家として尊敬できないと言われた挙句にそこでフィリピンプレート境界の余震に見舞われてコメディアンの地位を確立した挙句、東った自己正当化に走って笑い者にされた東浩紀
とあるTogetterでまとめられ、記者会見では嘘もついてると指弾され、陰謀論に陥って今年末にジャーナリストを休止宣言すれば今日にもやめろと後ろ指差されまくりな上杉隆
宮台真司についてはツイッターの話なのでその通りだが、株はダダ下がりしたことは否めない。というか、この中ではまだマシなレベル。
http://anond.hatelabo.jp/20110321214229
おかげさまで最大で10人が使っているらしいIDからブクマされておりますが、いかがお過ごしでしょうか。寒いですね。
返事の順番は、下から上、つまりブクマが着いた順に書いていきます。
hokuto-hei ( ゚Д゚)ポカーン 『あれは東浩紀個人の思想であるかというのはわからないんだよね。』じゃあ、どなたの思想ということなんでしょう? 2011/03/22
思想、という言葉は誤解を招いたかもしれません。それはお詫びします
要は、何か主張をするにあたり、それが本人の意志に沿うものかどうかというのは別である、ということです。
つまり、「する」と「なる」、蓋然性まで踏まえれば「するかもしれない」と「なるかもしれない」ということです。
該当のツイートを再掲すれば
東京人は東京に留まる。水食糧からは放射性物質が検出それ続けるが、それにも慣れていく。数年後微妙に小児の癌発生率があがったという報道が出るが、それも誤差の範囲でなんとなく曖昧に。そうやって日常は回復されるが、西日本や海外から見たらそれそのものが異常。そんな感じになるのではないか。
ということであり、これは予測の範疇でしかありません。上の分類によれば「なるかもしれない」ということです。
何らかの考えを述べることそれ自体は糾弾されるものでもありませんし、無論嘲笑されるべきでもないというだけの話ですね。
ncc1701 ごめん、ちょっと何言ってるのかわからない。
それは申し訳ない。書き方が不味かった、と言えばそれまでですが、具体的にはどこがわからなかったか余った文字数で書いていただければよかったのですが。
Pz-4 馬鹿ガキ こんだけ文字数使っておいてオンリー仄めかしかい。せめて対象ぐらいはっきりさせろや。 /カッコつけるのはいいんだが、あさましくもそのためにすぐ誰かを踏むんだよ。 2011/03/22
カッコ付けた覚えはないのですがね。客観的、俯瞰的、あるいは逆張りをすることがカッコいいというわけではないでしょう。あなたのいうカッコつけの対象もよくわからないので、書き捨てなのかな、とさえ思えてしまいます。ああ、馬鹿ガキというのは正解ですね。きっとあなたのほうが賢いのでしょう。
馬鹿ガキまで包摂する多様性を望みでないなら、バカを排除なり淘汰なりする方向に動けばいいのではないでしょうか。バカだというのは必然的にこちらの落ち度ですから、それを理由に排除されるというのであれば何も言うことはありません。
Bifuteki 素直に「怖くて逃げた」って言えば誰もそれ以上追求しないのに、屁理屈こねて戦略的撤退の体をとろうとしたり、「臆病上等」とかかっこつけながらヘタレの矜持みたいなのをみせつけようとしてるのがカッコ悪いのよ 2011/03/22
焦点といいますか、ひとつの前提のズレがここにあるのではないかと考えています。つまり、「思想家、批評家としての東浩紀<仕事人>」と「一個人としての東浩紀<私人>」は重なるのだろうか、ということです。
これは彼自身の考えですから、馬鹿ガキな私が察するに余りあるのですけれども、ああいうTwitterのようなツールは、仕事上のつぶやきと私人としてのつぶやきの違いは無視されますね。つまり、何を言っても本職としての意見に捉えることもできるし、何を言ってもただのプライベートなつぶやきと見なすことができるわけです。
東京人は東京に留まる。水食糧からは放射性物質が検出それ続けるが、それにも慣れていく。数年後微妙に小児の癌発生率があがったという報道が出るが、それも誤差の範囲でなんとなく曖昧に。そうやって日常は回復されるが、西日本や海外から見たらそれそのものが異常。そんな感じになるのではないか。
これだけではどちらかはわかりません。震災を機に株価が急落した人として何人か取り上げられていますが、彼らは共通してTwitterを使っています。Twitterのつぶやきが可視化させたといえば聞こえはいいですが、それは受け手にとってもその都度解釈を要求されるということです。言ってしまえば、論理学者が日常非論理的なことを言っていることが許されるかどうかといえば許されますが、それは見る人にとっては「なんだこいつ、これで論理学者かよpgr」と見えてしまうわけですね。
繰り返しますが、これは東浩紀自身のスタンスによるものですから私がどうこう言えません。ですが、そこを踏まえずバカにするのは揚げ足を取る程度のものにしかなりえないということです。(それがいい、それでいいというなら、まあそれもいいんじゃないでしょうか。そうは見えなかったからこれ書いてるんですけどね)
ましてやカッコイイか悪いか、臆病かそうでないかなんてのは、言わずもがなですね。
これはBifuteki さんへの回答そのままです。彼のつぶやきすべてが言論人としての彼としてのつぶやきかどうかはわからないのですから。しかしながら、何かしたことに対して、それを説明する、これが日本ではたいてい言い訳として解釈されてしまうのは、あまりいいことではないと思います。
これ以降の方は気になったのだけ返事することにします。もっとも、馬鹿ガキの言うことなんか聞きたくねーよという人も多いでしょうが。
どっかのブコメに「逃げたのは合理的なのかもしれないけど、思想家としては尊敬しない」とか、「こいつはもともとこういう奴だ」とか書いてあったね。誰とは言わないけど。
物書きに対して、(たとえ今般のような非常時ですら)「自分の書いた物」と「言動」を一致させることを求める、よく分からない風潮って何なんだろうね。
最近、Twitter上で東浩紀が実に色々な人間と喧嘩しているのを見ると、「気の迷いで出版業界とかに行かなくて良かった」と心から思う。結局、論争で明確に決着を付けることなんてできないから、そういうどうでも良い揚げ足取りでお互いを蹴落としあうしかないんだろうな。
そうなると、勝敗を決するにはとにかく「相手をうんざりさせる」ということしかなく、結局勝つのは一番の暇人ということになる。はっきり言って、俺は絶対に関わりたくない。
まぁ、少なくとも東浩紀に関しては、「物事に対して異なる視点から光を当てる」という批評家としての本分を発揮している数少ない人間だと評価しているので、これからも彼の仕事はフォローし続けるけどね。
『ある「状況」でどう行動するのが正義に適うか』とか、ほんと、どうでもいいです。『「状況」を変えるための仕組みを作る』事を考える方がよっぽど生産的だ。勝手にやっててください。
昨年放送されていた、マイケル・サンデルのNHK白熱教室は非常に面白かった。そんな折、NHKの白熱教室番組で解説をされていた小林正弥氏が、「サンデルの政治哲学」という新書を出されていたことを知った。早速読んでみたところ、あまり理解が及ばなかったカントの部分であるとか、サンデルより他のコミュニタリアンと呼ばれる思想家たちのことも書いてあり、とても勉強になった。
そのうちにサンデルよりも氏がどのような研究をされているのか興味が出てきて、他に書かれているものを大学の図書館で調べてみた。小林氏はどうやら「公共哲学」というものを日本に根づかせようとされているらしい。堅苦しい哲学というよりも、実践を本分とする「公共哲学」にも興味を持った。そこで、昨年出版された「アクセス公共学」という本を図書館で借り、小林正弥氏の論文を読んでみた。「日本政治の公共学」という興味をそそるタイトルである。
だが読み進めていくと・・・
そこには驚くべきことが書いてあった。
少なくとも、以下に引用する文章(それは論文の最終節にあたる)が、サンデルのjusticeを解説されていた人の書くものとは到底私には思えなかった。私には以下の論文のjusticeがよくわからないし、これが日本の公共哲学なのであればそのようなものは・・・とも思わないでもない。少々長くなるが、はてなユーザーの賢明なるみなさんに、ご意見を賜りたい所存である。
この民主党中心の連立政権(社民党と国民新党との連立)は、脱官僚と政治主導、そして地方主権を主張し、対等な日米同盟を公約に掲げた。また、成立した鳩山政権は「友愛」と「新しい公共」を理念として掲げて、地球温暖化問題についてCO2排出量の25%削減(1990年比)という鳩山ビジョンを提起して世界の喝采を浴びるとともに、東アジア共同体のビジョンも提起した。
これらの政策公約の多くは、自民党政治、特に55年体制におけ二重十恩顧主義政治体制や家産官僚制の問題を摘出し、その抜本的改革を企てるものである。鳩山首相は「友愛」の理念を掲げていたから、それは「友愛公共革命」への期待を生んだ(小林2010)。そして、その所信表明演説や施政方針演説は、「友愛」と「新しい公共」の理念を掲げる拡張高いものであり、いわば政権の公共哲学を宣明したものだった。これは、理念が政治を動かすという可能性を示したという点において戦後日本政治においてほとんど初めての出来事であった。政治において、「善」に関わる理念が明示されたという点において、この公共哲学は、マイケル・サンデルが主張するような意味において、コミュニタリアニズム的な性格を持っていた。
(中略)
さらに、日米関係においても、新政権は総選挙のマニフェストで「緊密な日米関係」を掲げていた。鳩山政権は、普天間の基地移設問題について、自民党政権が合意していた沖縄県内の辺野古移設案を変更して、鳩山首相は可能な限り県外・国外移転の可能性を探った。これは、永年にわたる日米恩顧主義における対米追従外交に代わって、沖縄の負担を軽減するために主体性を持った政策を提起しようという試みだった。
(中略)
しかし、鳩山政権は首相自らが設定した2010年5月という期限までにそれを実現することができなかった。県外移設の可能性を追求したもののアメリカに拒まれて、結局は辺野古案に回帰して日米合意を行い、反発した社民党の連立離脱を契機にして、発足後8ヶ月余りという短期間で崩壊したのである。その主因は鳩山首相と小沢幹事長をめぐる「政治とカネ」の問題と、普天間基地問題をめぐる混迷だった。しかし、普天間問題において外務省や防衛省は、いわば米官連携に即して、県外移設案の追求に対して非協力的だった。ここにも現れているように、鳩山内閣においては「政治≒公共」に対する「国家≒官≒公」の反発や抵抗があったということができる。残念ながら、こうして「公共的公」は確立せず、「公共」的な政権は「官」の抵抗に遮られて崩解してしまったのである。
つまり、「ヤベェ性癖持った奴も、コッソリその性癖を持ち続ける自由がある」みたいな意味?
誰かに自分の性癖がバレたとしても、「あいつはアナルオナニーするぞー」と触れ回られない自由ってことか。
えーと、それって結局普通の法の範疇じゃないか?「内心の自由」だと思うわ。
その領域に辛うじて近い思想家といえば、ジュディス・バトラーかなぁと思うけど。
あれは「世界の色んなセクシャリティのみんな!自分で「変態」(クィア)という称号を名乗ることで
「変態」(クィア)の意味を無効化しちゃおうぜ!みんなクィアなのさ!」
って理論だし、そもそも性癖のようなものが内心の範疇っていうのは現代法ではむしろ常識の範囲だろうし。
その部分を今更理論付けてる思想家って、ちょっといないと思うなぁ。
そもそも、「プライバシー」って感覚が構造主義以降の思想とはあんまり馴染まないし。
むしろ、「内容が事実であっても名誉毀損が成立する」っていう辺りの普通の判例引っ張った方がいい気がする。
柳美里の判例は、「セクシャリティ」が表現の自由を打ち破ったわけじゃないしね。それはあんまり関係ない。
他人の話をそれが誰か特定できる形で出版して訴えられたら、そりゃ負けるよ。しっかし、柳美里はキチガイ過ぎてどうしようもない。
早稲田大学でございます。超一杯中国の人来るよ。留学生も研究者も。流石に研究室はさらせないけど。
まぁ「あの人の門下のあいつだな」と思った人いるかもしんないけどスルーな。ほっとけよ。
んで、中国人研究者が日本に多く来る理由はやっぱり文革が一番デカいんですよ。
あのときにやらかしまくったせいで資料が相当焼失してる。当事の歴史的資料なんてのもそうだけど、
中国って国家のアイデンティティになるような資料まで相当燃やしたからね。ついでに、当局の検閲が現在でもバリバリ入るので
マトモに勉強したければ海外に求めるしかないっていう悲しい事情もあるようだね。
具体的に言えば、「孔子」に関する資料とかあるいは文化風習ヤ宗教に関する資料、歴史的遺物なんてのは下手したら日本の方が資料が残ってるんじゃないかと思う。
「批彪批孔」の嵐が凄まじかっただけ、多くのものが失われた。でも、中国大好きな日本は結構保存してたわけですよ。経典や歴史書、思想書の類は全部まとめて焼いたからね。実際、「批彪批孔」とは言うものの焼く人間に色んな思想家の見分けがつくわけなく、墨子も荀子もなんもかんもサックサク大学ごと、っつーか学者ごと焼いたからね。更には孔子とその弟子たちの墓までぶっ壊す始末。だから日本にこそ残ってた。日本人にとって漢文ってのは「教養」だったからね。
んで、これはとりもなおさず「日本が中国の絶大な影響下にある国家である」っていうことを端的に示す事実だし、
同時に中国が「歴史的資料をやらかしちまった挙句、現在でも学問の自由に乏しい」っていうことを端的に示すよね。
って事になるだろ。
俺自身も二十歳で若者の部類だが、15歳くらいで既に国の情勢について調べ尽くしてたよ。
とんだ中二病だな。
ネットで見ただけ、新聞読んだだけで、「調べ尽くしてた。」かよ。
そのうち、「コミンテルの陰謀が」とか田母神見たいなこと言い出すの?
最近では新潟を中国領にすることをアホな市民の概が賛成してるとか何とか。
奴らもラストスパートを掛けてきた。もう如何することも出来ない。
既に言い出してたな。スマン。
ここと2chを見ていれば、自分の住んでる国に一切の興味が無いことが解るな。
「こうこうこうすれば国が良い方向に傾く」という発言に対して、若者は真逆の左翼発言ばかり。
どういう年齢層なのかは言動を見れば解る。
俺自身も二十歳で若者の部類だが、15歳くらいで既に国の情勢について調べ尽くしてたよ。
その上で政治問題を議論してたが、若者から一切まともな発言を受けたことが無い。
手当たり次第にネトウヨネトウヨとだけ言われて話にならなかった。
とりあえずそう言っておけば合理的な発言をしなくても論破になると思い込んでいたんだろう。
右翼の意味も知らないで、ネットで良く使われているからという理由で煽りに使い出したんだろう。
ゆとりという言葉に過剰反応する輩は自分が使う言葉の意味すら調べないからな。
そんなのが俺と同じ年代、俺よりも上の年代で凄く恥ずかしく思う。
初めは「この歳でこんなこと言ってるのか?」と愕然とした。
国の情勢なんか一切見ようとしないでネットで遊んで、合間に中傷活動をしてるだけだなんてな。
そりゃあ庶民アピールしてるだけのアホを支持しちゃうわけだ。
小沢(創価)がやってきたこと、やろうとしてることすら知らないで暢気に遊んでるんだろう。
国民も国造りに参加しているという自覚がまるで無い。
そんな若者ばかりで国が良い方向に傾くわけが無い。
言うのも恥ずかしいくらいの必然だろう。
俺達はいつまでも何も知らないガキのままじゃ居られないんだよ。
これから奴らが生み落としていった最悪の塊を背負って生きて行かなきゃならない。
俺らの世代が緩和して、次の世代にバトンタッチしなくちゃならない。
だがもう遅い。国の為に一切思考をしようとしない若者が概を占めている現状、既に手遅れだ。
ネット、アニメ、漫画、ゲームで楽しいものばかりを沢山見て、親に人生のレールに乗せてもらってる時点で現実なんか見られるわけがない。
最近では新潟を中国領にすることをアホな市民の概が賛成してるとか何とか。
奴らもラストスパートを掛けてきた。もう如何することも出来ない。
現を抜かしてないで全員が国の為に動いていたら日本を取り戻せていたかも知れないな。
それで自分の居場所を失えば理不尽な発言をまた繰り返すんだろう。
当然の報いだ。文句を垂れる資格は無い。
存在悪+理気妙合
まあ理気が混ざってるんだから理はほとんどない。要するに必死な存在悪。日本人でも年を取って社会に貢献する力がなくなると、たまに加藤みたいにものすごく理性のある奴が傑作論考を残すことがある。加藤が偉大な思想家と言われたのも、加藤が天才だからだろう。その加藤によれば、日本人の普遍的なあり方は、存在悪であり、技術的には理気妙合だというのだ。
多分学校で習ったようなことは気と合体させる為の嘘だろうし、日本人は、トップは超絶なクズで、下部は奴隷なのだと思う。もう結論が出ている。日本に生まれた時点で絶望しかない。まして最近のように存在悪が増長し、理が減ってくると、何の生き甲斐もない。
これを読むと『雄弁は銀、沈黙は金』という格言を連想させられる。
《 Speech is silver, silence is golden. 》
雄弁は大事だが、沈黙すべきときを心得ていることはもっと大事だということ。
http://kotobank.jp/word/%E9%9B%84%E5%BC%81%E3%81%AF%E9%8A%80%E6%B2%88%E9%BB%99%E3%81%AF%E9%87%91
この発言に「いちいち揚げ足取って騒ぐなよ」と言う意見は分からないでもないけれど、
一国の首相が状況のハッキリしない時点で他国の要人の生死に対して言っていい事じゃないだろ。
…状況が分かってたら良かったっていう事でもないが。