はてなキーワード: 忙殺とは
20代も後半に差し掛かり、好みが変わり、仕事のモチベーションや周囲の評価も変わり・・・
落ち込んだ時に聞きたい曲。
たまには十代の頃を思い出してみたり、懐かしみたい時に。
こんな年だし、親も年だし、・・・ねぇ?
結婚したい彼女、だけどぶっちゃけそんな気はあまりない今の男に送る曲。
日々忙殺され淡々と浮き沈みなく仕事をする、漠然と先が見えなくなった時に聞きたい曲。
未来が見えなくても、とりあえず光はきっと射す。
あの頃の差し迫った気持ちもこの年になるといい思い出。
ここまで聴いてどうも現実ばかりを感じて鬱々としたら、の息抜き曲。
あなたに幸あれ。
部下の不出来に苛立ったり、30を転機に起業したり、変化する環境のど真ん中を歩きたい時に。
旧知の仲間や会社の同僚とガヤガヤしたい気分を盛り上げる曲。
だいたい一年の2/3をバリバリと仕事し、のこり1/3を鬱状態で死にそうになるということをここ4,5年くりかえしてきたが、今年も6月の半ばから撃沈してしまった。
鬱の時に何がしんどいかというと、まずもって仕事ができなくなる。仕事がしたい、やりたいことや夢があっても、現実的に身体が、心が、動いてくれなくなる。僕の場合、メールが読めず、書けなくなる。メールの受信箱さえ開くのが怖くて指が震える。フリーランスで仕事をしているかたならどんな業態でもご存知のとおり、人のつながりがビジネスの基本。結果、日々メールや電話に追われるのが常態になりがち。今年はツアーとコラボレーションの制作・プロデュースがあって、アーティスト、会場、オーガニゼーション・パートナー、関連機関etcとコミュニケーションで忙殺。これで心がすりきれた。なんとかプログラムが無事いい形で終了できたのはもちろん良かったけど。
鬱というのはある意味ストレス耐性がゼロになってしまうと考えるのが分かりやすい。私たちは日々の生活でつねにストレスを浴びている。朝起きて、仕事いかなくちゃーと思ったり、ごはんたべよーかどーしよーかーと逡巡したり、買い物にいって店員にいらっとしたり、とか、そういう『どーでもいい普段は気にも留めないこと』からもストレスを実はもらっていて、健康な時は耐性があるからそれに立ち向いて(構えていないけど)、適当にやりすごしている。鬱になるとこれが全くできなくなる。
何も出来なくなってしまった自分を忘れよー忘れよーとしてアルコール中毒に沈んでいく人の感覚が痛いほど分かる… カフェインも危険!カフェインレス・コーヒー(チコリ)で逃げるのが良い。
別にこれといって言いたいことがあるというわけではないけど。
秀逸なプロットだったので星新一・筒井康隆っぽくショートショートにしてみた。元スレ見てからでも後から見てもおっけー。(一部設定変更)
「笑顔が素敵ね」
子どもの頃からよく言われていた。私がとびきり明るい性格だったわけではない。両親ががよく笑う人だった。両親の笑顔を見ると、私も幸せな気分だった。その幸せな気分に釣られて、私もよく笑っていたのかもしれない。
小学校から大学まで、学生時代は友人関係で悩むことはなかった。特別モテたわけでもないが、一応彼女と呼べる人もいた。就職活動も、社会情勢的には厳しい時期だったが、そこそこの企業に就職できた。
就職して、大学時代から付き合っていた智子と結婚した。就職して5年が経った頃、母親が亡くなった。乳がんだった。その半年後、父親も後を追うように旅立った。普段は亭主関白だったくせに、寂しがり屋だったのだろうか。私は悲しんだ。とても悲しんだ。そんな時も、いつもそばにいて優しく微笑みかけてくれたのは、智子だった。
しかし悪いことは重なるもので、ちょうど両親を亡くした頃、会社の業績が悪くなっていた。喪に服す暇もなく、仕事に忙殺される毎日。楽しいとか哀しいとか、そんな感情すら忘れてしまった。
もう日付も変わろうかという時間に晩ご飯を共に食べていた智子が心配そうに私に言う。
「最近忙しいみたいだけど、ちょっと休んだら?ここのところずっと、厳しい顔してるわよ。」
営業先に出向く前に、自分の財布が空っぽなのに気付いた。適当に車を走らせ、最初に見つけた銀行に入った。ATMを操作して出金しようとするも、全く動作しない。自分の口座が対応してない銀行なのかと思い銀行名を確認した。「笑顔銀行」と書いてあった。
とにかくATMが使えないでは話にならないので、行員を呼びつけた。
「お客様、当行のご利用は初めてでしょうか?当行はお金ではなく、笑顔の貯蓄を承っております。」
そういうと行員は、私に通帳とカードを渡してきた。中を開くと幾許かの残額があった。仕事のしすぎでついに狂ってしまったかと思ったが、毒を食らわば皿まで、とりあえずその口座から少しだけ下ろしてみた。
「ただいまー。」
「お帰りなさい、あなた。…あら、どうしたの?何か良いことでもあった?」
「え?別にそんなことないけど…。」
「ほんとに?ならどうしてそんなに嬉しそうな顔してるの?」
俺は智子に笑顔を向けることができた。
どうやら笑顔銀行は本物らしい。今までどう頑張っても笑えなかったのに、笑顔銀行で笑顔をおろしたら智子に笑顔を向けられた。
私は智子を愛していた。智子は私がどんなに硬い表情であっても、常に優しい笑顔だった。私は心苦しかった。そんな智子に微笑み返すことができない自分が、情けなくて悔しかった。
だから、笑顔銀行を見つけた日から毎日、少額ずつ笑顔銀行から笑顔をおろした。相変わらず仕事は楽になりそうもなかったが、帰宅が遅くなっても必ず待っている智子のために、せめて笑顔くらいはお土産にしたかった。
しかし、ついに笑顔銀行の残高が0になる日がきた。もう、笑顔を浮かべることはできなくなってしまった。
「智子…。本当にすまない…。いつまでもこんな生活で…。でもお前は、これまでずっと俺のために遅くまで起きて、飯作って、家事もしてくれて…。本当に感謝してる。ありがとう。」
私は泣いていた。本当は笑顔で伝えたかった。けど、今の自分に笑顔の残高はない。微笑むことができない。だからこれが、自分の精一杯だった。
「そんなこと気にしないで!あなたが頑張ってるの、私よーく知ってるわ。」
笑顔で返す智子も、ほんのりと涙を流していた。
長い間の努力も実ってか、会社もようやく持ち直してきた。ほとんど休みなく働いていた私は、有給を取って智子とデートをした。
「あ、プリクラだー。ねえねえ、久々に撮りましょうよー。」
「えー、嫌だよ学生じゃあるまいし…。」
私の言葉が耳に入らなかったのか、いつの間にか撮影ボックスの中にいた。もう何年ぶりかにプリクラを撮り終え、印刷された写真を見て気付いた。
「俺、笑ってる…。」
智子を待たせて、走って銀行へ向かった。残高が0になって以来、笑顔銀行には来ていなかった。久しぶりに記帳して驚いた。残高がかなりの高額になっていたのだ。
「す、すいません。なんでこんなにたくさん入ってるんですか?確かに前は0だったのに…。」
行員はにっこりと微笑み、
と問いかけてくる。智子の顔が浮かんだ。
「当行では、お客様が笑顔を向けた分だけ残高は減り、笑顔を向けられた分だけ増額いたします。きっと、奥様が貯蓄なさったのですね。」
http://anond.hatelabo.jp/20110422235719
ブコメで「エヴァに呪われている」とか「エヴァ脳の恐怖」とか「エヴァをアニメの物差しにしている」といったコメントを見て、なるほど的を得ているなと。
そして残念ながらid:kyo_ju、ネタじゃない。マジで書いた内容なんだ…orz
てか自分でもマジでエヴァ脳だと思う。じゃなきゃ増田で書かない。
俺がこんなコメントを普通のブログに投稿してる奴をみたら、とりあえず全力で叩く。
何でだ?
自分なりに考えてみたんだが、エヴァに前のめりで楽しんでた人達、というか後ろに引いて見ることが出来なかった人達は、
エヴァが終わった後の娯楽としてそれぞれ別個の道に進んで行ったかと思う。
まずアニメという枠に傾倒する道。
アニメは当時の世相を反映してか「自分探し」のような内容か、あるいは「萌え」に特化した内容ばかりだった。
自分探し的な部分は十分エヴァで堪能したし、萌えは視聴者が勝手に後付けするものであって主食として作者が提供するものじゃないものと考えているので無理だった。
SFは─漫画だろうと小説だろうと、作者の設定自慢ばかりで人の営みが希薄なのが多かった。「イカにSの面白さを最大化するか?」が最大の関心事になっている世界だった。
Fだけでいいから人間ドラマが欲しくてSFの道には進まなかった。
※その中で何故か『BLAME!』だけは面白いと思ってた。我ながらかなり謎。
「設定?誰がんなもん語るか。察しろ。」というスタンスがよかったのかも知れない。
あるいは設定の説明がない分、人間(と愉快なクリーチャー達)の営みに思考が集中できたせいかも知れない。
自分は娯楽なしで生きられるような人間ではない。おそらくは他の人もそうだと思う。
大人になって仕事や家事に忙殺されても、アウトドアや人付き合い以外の何かしらの娯楽を大なり小なり楽しんでるんじゃないか。
人によって、それが映画だったり、ドラマだったり、推理モノだったり、歴史モノだったりすると思う。
自分は「エヴァの次の娯楽」として、最終的に「古いモノ」を選んだ。
小説に手をだし、散々色々な誇大広告に騙された結果、最低10年以上「これは良い」と語られる小説は、少なくとも個人の趣味で好き嫌いはあっても外れはないことに気づいたからだ。
そしてこの単純な法則が、小説という枠だけでなく他の枠にも当てはまることを知った。
「古いモノ」を楽しむコツとして、「その当時の世相や時代背景を同時に知る」ということ。
今ではやや物足りない部分があったとしても、当時としては革新的な技術や手法、あるいは独自の視点が盛り込まれていたために長らく語り草になることが多い。
それと同時に他人の解釈をガン無視すること。例えるなら、どれだけ権威ある人が「このキャラはツンデレだから萌え」と言っても自分が「ツインテールだから萌えであってツンデレなのはどうでもいい」なら自分の直感に従って楽しむこと。
こんな風に古いモノ、かつ娯楽として時代の振り落としを生き抜いたモノを、自由気ままなオレオレ解釈で楽しみ、アニメを見なくなった結果、自分はアニメの物差しはエヴァとジブリと千年女優だけになったorz
敢えて弁明、というか開き直らせていただければ…
だって仕方ないじゃん!1年間で1割より少ない程度で面白いアニメは出てると思うよ?
けどその1割弱を探すためだけにアニメの世界に飛び込めば、まさに「渡る世間は萌えばかり」、あるいは「前門の厨二アニメ、後門の監督が厨二の自称芸術unkoアニメ」ばかりじゃん!
アニメの作り手にしても、ちょっと成功して有名になるとすぐ芸術気取りしたり宮崎駿の後継者気取りしてばっかじゃん!
そんな中途半端なことをするくらいなら、いっそワーグナーみたく「アニメはただの芸術じゃない。神聖な祭事だ!」ぐらい突き抜けつつ「よろしい!私に投資する権利をやろう!」的なノリで資金調達&製造とかやれるだけの実力と人間としてゲスな気概を持って挑めよ!>ヤマカン、細田
特に'00年代は酷かったよ!観客の声を聞かずに監督が見たいアニメか、大向うの観客の声しか聞いていないアニメばっかだったよ!
「そもそも今客席にいない人を、どうやって小屋に来てもらうか」を考えている人なんて皆無だったよ!
00年代はまだブロードウェイ- ミュージカルの方が観客を呼ぶためのモノ作りをしてるよ…
例えば「Wicked」はファンタジーで低年齢児を釣り、女の友情で少女を釣り、あげくに社会派的要素で親を釣り上げる万能釣り竿だよ。
「Next to Normal」なんて狂気の中から家族愛を導き出すーそれも母親が主役でーっていう化け物ミュージカルだよ。
ミュージカルってさ、親しみが無い人には「子供が見るモノ」あるいは「軽いモノ」ってイメージがあるんだ。
酷いと「演劇と歌が同居する必要性がないんじゃねーの?」って言われる始末www
まぁ当然だよね。舞台としては戯曲という枠が、歌劇としてはオペラという枠が、ダンスはバレエという枠が、技巧も歴史も名作も持ってる。
けどミュージカルが子供やミュージカル自体にマニアックな人ばかり相手にしてたってお金にならない。
彼らが飯を食っていくためにミュージカルという枠のファンを増やすしか無かった。
かと言って技巧だけで挑めば間違いなく他の枠に負ける。
だから彼らはあらゆるものを取り入れ名作を作り上げた。
例えば古典の悲劇の恋愛をベースに、彼らの身近にあるダンスや風俗、そして身近にありすぎるマイノリティへの差別問題を注入したWSSとかね。
そういったことを繰り返し繰り返し続けた結果、今のブロードウェイミュージカルの地位が出来上がった。
アニメを作ってる側の人からも、「売れない、売れない」という声ばかり聞こえた。
けど自分からしたら、なんでアニメを作ってる人は「今、テレビの前にいない人」を捕まえようとしないんだろうと思ってた。
筋を古いモノから流用し、装飾や人々を今の時代に合わせ、最後の結末に自分たちのメッセージを盛り込む。
これだけでも十分面白いモノが出きるのに。
「守破離」の全部が大事なのに、今のアニメは「守」だけ「破」だけ「離」だけみたいに、個別の実装しかないものが多い気がする。
「魔法少女」っていう小さな視野で見ても、かなり綺麗に守破離してる。もちろん違う角度から見たときにも様々な守破離があるのがまどまぎの魅力。
けど、きっともう後16年くらいは守破離をしっかり出来たアニメは出ないんだろうなぁ…
まどまぎの脚本の人は「ロボットものを書きたい」って言ってるらしいから、おそらくロボットを書くのに夢中になって客席を見なくなるか、大向うの客席しか見なくなる。
そうすると悲劇が好き過ぎる人みたいだし、シェイクスピアを消化しないままシェイクスピアの再発明を得意気にしちゃったりするんだろうなぁ…
かといって他のアニメの作り手は、まどまぎのパラメーターだけみてメソッドを見ず、もっと酷いものを作るんだろうし…
「処女厨がウザい・怖い」的な発言をよく作り手側のコメントで見かけるけど、
なら小デュマみたく処女厨を逆手にとって、ビッチであることが生きるために必然である椿姫を処女厨の目の前に置いて、
「それでもお前らこいつを罵れる?」といけしゃあしゃあと言ってのけるような人は今までいなかったし…
街は文字通りいつもより暗いとはいえ、徐々になんとなく落ち着きを取り戻してきている。
しかし、これから日本はどうなるのだろうと考えているのだけど、答えは出ない。
今回の原発の事故で思い描いていた日本の将来のシナリオの大半が変更せざるをえなくなったなという実感はある。
震災前には、俺も俺なりに日本は将来こうなるんだろうなというイメージと
じゃあ、それならこうしないといけないんだろうなというイメージがあったのだが
細々とした計算をして答えを出したら、そもそもの前提条件がすっかり間違っていたときのようだ。
しかし、トフラーやジャック・アタリとかの未来学っぽい本やら、山形浩生が褒めてたシェル石油の将来シナリオを読み返して
その予測が震災によってどの程度変更を迫られるか考える気力が今のところないので
はてなが誇るちきりんの日本の未来予測が震災後にはどうなるか考えてみる。
http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20100730
"「イタリアモデルが、日本が進む道」だと思うし、「それって結構よい道じゃん」"と
ちきりんは言っている。
そして、ありえそうな将来像とそのプラス面とマイナス面を列挙しているが
そのプラス面を見てみる。
(首都)世界の人が憧れる大都市。ユニークに熟れた都市文化が存在
(田舎)訪ねるのは不便だが、すばらしく美しい。地元ならではのおいしいモノもたくさんある
(国家ブランド)強い。“イタリア製”“日本製”という言葉には独特の付加価値がある
(観光産業)海外から、特に圏内(日本の場合はアジア)から多数の人が押し寄せる
(ファッション)食事と同様、独自のスタイルが世界の注目を集める
(文化)世界にはない(アメリカのエンターテイメント産業の真似ではない)ローカルカルチャーが花開いている。イタリアと日本は、あのフランスが文化面で憧れる世界で唯二の国。
このうち上の4つは今回の原発の事故で、もはや毀損された。どうしようもない気がしてくる。
では、どうするべきか。逆に考えてみよう。
イタリアで日本のような原発事故が起きたら、イタリアはどのように復活しようとするだろうかと。
思いつかない。
というわけで、移民も英語教育も無理だとすると、ギリシャモデルしかないけど、どうなの、ちきりん。
_______________________________________________
【追記】
読んでもらったのかわからないが、そのあとちきりんの新しいエントリー。
2011-04-05 2020年代を楽しみに生きていこう!
http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20110405
戦後初めての政権交代が実現し、民主党政権がスタートしましたが、すぐさま東北東日本大震災が起こります。
オレも同じようなこと考えた。
そして辞めた。
毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日どーでもいい施策と報告書作りと官庁対応。
土日もねー。
しかも泣きながらw
高い服を買っても、それを着てまた高い服を買いに行くだけ。
おいしい店にたくさん行ってもただの情報収集してるようにしか思えなくなってくる。
どいつもこいつも結婚するためだけに寄ってくるのがみえみえ。
闇金ウシジマ君じゃないけど、物干しロープにクビを掛けて泣いていたこともあった。
なんだか全てがネガティブになって、全てが楽しくなくなった。
家庭を持ったヤツはそれがあるから辞めることはできない。
脳梗塞で倒れてうまく歩けなくなっても辞められねー。
ヘルニアで腰を壊すやつも続出。
こんな企業ですら「入りたい企業」に毎年ランクインしてるしな。
入ったときはあんなに嬉しかったのに、2年で苦痛に変わったわww
オレが辞めるときにみんな
うらやましいけど辞められない。と言って辞めない。
でも、一度きりの人生。
日々のどーでもいいことに忙殺されて、朦朧とした意識の中で受身に仕事をこなし続ける。
そうやって日々が過ぎ去っていく。
命と時間が貯蓄の残高にすり替わっていく。
ボクは何のために生まれてきたのか。
苦痛を受けるために生まれてきたのか?
こんな目に遭い続けるために生まれてきたのか?
こんな目に遭い続けるために頑張ってきたのか?
「何が君の幸せ? 何をして喜ぶ? わからないまま終わる。そんなのはイヤだ!」
ってアンパンマンも言っているし。
今は不安定でも自分の能力を信じて、自分の思い描く人生を実現させようと頑張っている。
能動的に物事をこなしているためか頭はクリア。
でも、労働時間は前と変わらず、仕事も密度は前以上になってしまった。
この生活の中でだったら死んでもかまわない。
知っているということが
それが、すなわち、あらゆる生命なんだ
何かを残してくれただろうか
残してくれていただろうか?
おじいちゃんは、紛れもなくおじいちゃんだったのに
彼らがいなくなってしまったことで悼んだのかすら覚えてはいない
オレは決して、哀しみでは泣かない
涙は絶対に流れない
絶対に、いったいどれだけ哀しくても、決してない
くやしさや、いかり、この世の無情さ、また誰かのいたみに涙することはあっても
自身が哀しくて涙をながせることであれば、うらやましくすら思う
それで少しでも楽になれるのならな
命ってなんだ?
彼女や、おじいちゃんや、お世話になった友達のおかあさん
いまでも思い出のままだ
言葉を交わしながら、思い出の中にいるようなものだ
世の中には、無数の心があるが、その終わりは誰もわからない
あらゆるふれあいが、いったいいつ終わるのか、当人たちもわからないのだ
オレの周りには大切な人が何人かいて、大切ではない人ももちろんいて
そのいずれかは既に終わっているかもしれない
それが生命の終わりとは限らないが、
会いたいのに、会えないということは、数え切れぬほど転がっている
みえるだろ
まだまだたくさん、会いたかったのに、もう会えない、二度と
まだまだたくさん、話したかったのに、話すことはもうできない
いや、話すことはできた
できたにもかかわらず、しなかったことが続いていくうちに、
気づけば終わっているんだよ
終わるだなんて思っていないんだから、そういうこともある
責められやしないよ
でも考えてみろ
世の中には、会うことだってできるのに、会わないこともあるんだよ
まだ会えるのに、もう会わないこともある
まだ話せるのに、もう話さないことだってある
いつ、片方が死んでもわからないだろ、そうだとしても、
しない、だから哀しむことすらできない形もあるんだ
目の前にいても、いなくても、同じなんだよ
だから、じつは、死ぬためには準備が要る
考えれば当たり前のことだ、人間は生まれたときから死にはじめてる
充分な準備をおえて、さあ、死ぬぞとはいかない
大切にすること、いかに美しく生きるかというところにその準備があたり
彼は、その点、オレにとって美しかった
彼はしんでしまったのだ
ほんとうに
いってしまった
ほんとうに
知ったのは一週間とすこし前だが、
彼は本当に、オレにとって美しかった、ただの一度も
もし彼に準備をする余裕があり
オレがその準備に応えることができるとしたら?
頼むから
ありがとうと言わせてくれ
でもそれもできなかった
誰もできなかったのだ
でも、残されたものもある
卒業してから疎遠になってしまったことを悔やむのは、やめにしたい
言いきれなかった事を並べたてるのは、やめにしたい
後悔するのは失礼な気がするのだ
オレはなくなった心をむやみに肯定するようなことは
人の誇りを守るという意味で、なにより大切なことだと思っている
誠実さなしには何も誇れないのだから
それでもとにかく彼はいなくなり、
学生生活のように日々を共にしているわけでもなければ、
お互いがお互いの生活をもっているいまとなっても
かなしくて
かなしくてしょうがないのだ
彼がしななければいけない理由も、
どこにもないのだから
それなのにオレは、普通に笑いはするし
食事もすれば、お酒ものむ
誰かを笑わせることもできるし、他の誰かのために哀しむことだってできる
一体オレはどこまでおもしろくなれるのか、試したくらいだ
日々を越えて、お墓の前に立ち、目の前をくもらせながら
何を祈ればよいのかもわからない
彼のための思えばよいのであれば、それは日々だ
何故かなしいのに、笑えるんだろう
自然体って、なんだっけ?
これは書くべきではなかったのかもしれない
でもこれが、もし届くならば、もし未来のオレに示すことができるならば
彼女や、おじいちゃんのように、悼んだことすら思い返せなくなってしまったとき
何かがよみがえるならば、オレにはこうするしかない
帰り道、いよいよ現実感を失いながら、日常に戻るための努力をした
ユニクロで買い物をしながら、袋をもって、歩いて家に帰る
涙がながれていることをのぞいては
教えてはくれない
ただ、そこにあるのだ
いや、元々ないのかもしれないが、
それでも美しい思い出は残る
そして、これから先いつの日も、我々は誰かにとっての彼であるように生きるのだ
それがおそらく生命だろう
呼吸は関係ない
母は昔から精神病が原因で、何度も自殺しようとーバードーズやリストカットなんかを繰り返してきて、
そのたびに病院に連れ込んだり金を払ったり、母に気を遣ったりしてきた。
最初は同情やどうすれば母を救えるんだろうかみたいな考えがあったけど、
次第にそれが嫌悪や憎しみに変わって、最後にはただ疲労だけになっていた。
家族や親戚が母ひとりの為だけにみんな疲れきっていた。
つまり、母が死ねばみんなが救われる。
だから先日、母がいつものように薬をオーバードーズして庭先に倒れているのをみたとき、
そのままにしておくことにした。
今日は父も妹もそれぞれ用事があって家に帰ってこないはず。
私は隣県まで行って適当なホテルに泊まり、酒を大量に飲んでから眠った。
翌朝、携帯には父や妹からの連絡の跡がたくさん残されていた。
母は凍死だった。東北の冬の夜に、外に薄着で放置されれば死ぬ確立はかなり高い。
私はアルコールが抜けるのを待ってから家に戻った。
既に警察や医者は引き上げたあとで、葬式の準備が始まっていた。
父も妹も泣いてはいなかった。父は準備に忙殺されていて、妹は呆然としていた。
一番最初に母の死体を発見したのは妹らしく、このことだけは凄く後悔した。
親戚たちが集まってきて、口々にお悔やみの言葉なんかを言っていたが、
ある親戚の一人が事の経緯を聞いて、私に突っかかってきた。
「どうしてお母さんを一人にしたの? どうして一人でどっかに行ってたの?
あなたがしっかりしていれば・・・」
私は下を向いて、「そうですね、すみません、仕事だったんです」と言っておいた。
その私の存在の言い方が気に入らなかったのだろう、さらに何か言ってこようとしたが、
他の親戚がとめた。その親戚も、母に少なからずの迷惑をかけられた一人だった。
葬式は粛々と進み、あっさりと終わり、親戚たちは去り、後には父と私と妹が残った。
母がいなくなって、もう夜中に母の奇声や罵声で飛び起きることはなくなったし、
隣の家や他人に迷惑をかけて頭を下げることもなくなったし、包丁をもった母が
「死んでやる、殺してやる」と泣きながら喚くこともなくなったし、そんな母の
振る舞いのせいで妹が友達を失ったりしなくなったし、追い詰められた父が
酒の力にすがることもなくなったし、私たちはもう誰も母のことで悩んだり疲れたりしない。
母にとっても良かったのだ。母はずっと死にたがっていたし、ようやく死ねたのだから、
たぶんこれが母も含めたみんなが幸せになれるやり方だったはずなのです。
なのに、近ごろ父の酒量は異常なほど増えていて、妹は「あの日自分が家に戻っていれば・・・」と自分を酷く責めています。
妹はメンタルクリニックに通い始め、そして二日前、母と同じようにオーバードーズで自殺を図りました。
私はあのとき、庭に横たわる母を助ければよかったのでしょうか?
何をどこまで求めて家事をしているのか分からないけど、
育児をしているわけでもないのに、一年中家事に忙殺されて動けない、なんてことはありえない。
それじゃあなんで世の女どもは「家事が忙しい」などと嘯くのか?
ありていに言えば「かまってちゃん」なわけだが、これが根深い。
自分が世の中にいてよくて、誰かに大切にされている、ということを実感できていないわけだから、
そりゃ焦りもするし不安にもなる。
食欲だの性欲だのよりはるか上位にある欲求だし、最近の犯罪の多くも、結局これが原因だ。
パートに出たり、習い事を始めたりしてそれを解消しようとする主婦は多い。
旦那のほうも、その時間を作ってやっているのだから満足しろ、と言いたくなるはずだ。
でも結局、パートや習い事なんてものは「誰にでもできる簡単な作業」でしかない。
責任ある仕事やその人にしかできない専門職を担ってきた人なら、満たされない気持ちがかえって際立っていく。
自己承認欲に対する欲求不満は、主婦の職業病と言ってもいいかもしれない。
社会との唯一のつながりは旦那だけ、その旦那が評価するポイントが家事だけなのであれば、
家事がいかに大変な仕事で、自分はどれだけ頑張っているかをアピールしてしまうのはある意味必然。
しかも、家事というのはできていて当たり前、できていないと怒られる減点方式の評価しかされない。
どんなに頑張っても「普通」以上の評価は得られないのだ。
だから女は「愛してるなら手伝って」などと言う。
それ以外に表現方法が見つからないからだ。
かまってほしいけど、どうして欲しいのか自分でも分からない。
それが家事至上主義と呼ばれる現象の本質ではないかと私は思っている。
だから、バカ正直しぶしぶ手伝ったりしても無駄だ。
家事を奪えば奪うほど、女は逃げ場を失っていく。
今度はやり方がダメだと注文をつけたり、より無理難題を押し付けたりしてくるはずだ。
最近流行りの新型うつに感染する確率も、どんどん高まっていく。
世の旦那さんがたよ。
彼女や奥さんが自分で考え、実行したことを見つけてやっていますか?
成功にせよ失敗にせよ、それを評価していますか?
彼女が興味を示したものに、あなたも興味を持ってあげていますか?
たとえば愚痴でもいい、何かを話して、彼女にアドバイスを求めることは?
ペットではなく、メイドでもなく、デリヘル嬢でもなく、なぜ彼女と一緒に暮らしているのか、考えたことはありますか?
お互いの信頼やコミュニケーションに不備があるのでしょう。
「性格の不一致」としたほうが、丸いと思います。
ああ、でもこんな事もあるのか、って自己防衛しなくてはいけないって
意識が芽生えたのは充分世界変わったになるのかな。残念ながら。
そうか、同じ会社の人か。
身元ははっきりしてるのね。
じゃあ、そう簡単に逃げれないよ。
しかし、同じ社内の人間に対してセックス知ったら世界が変わるよとか気持ち悪いこと言って
さらに生でヤろうとするなんて、なんか、なんだかなぁ。
世の中、普段は普通でも恋愛上変な人って多いから。気をつけてね。
忙殺されていたなら、まさに体調が悪いがための不正出血かもしれんし、
気にしすぎてもどうしようもないんだから、取り敢えず生理予定日を待つことだ。
1.知らないひとが褒めてくれるようになる。
3.2ch以外のblogでも、「そんなこと、俺、一言も言ってないYO…!」ということを「言った」ことにされる。(それ、要約の読み替えの要約とかじゃね?)
4.mixiとか、twitterで、単に議論の立場を明瞭にするためにわざわざ言及してなかったことについて「あいつはこういう問題をわかってない」と陰口を叩かれる。(それ、言及しなかっただけ…)
5.自分が苦心して考えついたことを、他人がいつの間にか「考えたのはオレ」とか言われはじめる。(検証不可能話題になるので悲しい……)
6.なんでも引き受けていると、お金にならない仕事で忙殺されるようになることに気づく(断る力、重要…)
8.DQNな反論がわらわら増えるが「あいつはオレの言ったことにきちんと反論してない」とか言われ始める.(そんなこと言われても……)
9.もう誰に何を言われてもいい気分になってくる
10.有名な人と会えるようになる
11.有名な人と話しているほうが話も面白いし、それほど馬鹿なことを言われないのでラクだ、とか思えてくる。
12.ネットイナゴどもめ!ハハハッ、見ろ、人がゴミのようだ!とか夜中に呟く。
13.ムスカを好きになる。
アイデアはあって,間違いなく実現可能で,実現したらかならず面白いことになるって
わかっていることも,結局何だかんだで日々に忙殺され消えていくという光景を沢山目にする.
オープンソースみたいに,アイデア共有の場を作って,アイデアあるけど実現できない人と,
力はあるけどアイデアの無い人がお互い助け合うような場,って簡単に思いつくけど,
アイデアを持っている人は,それを誰かにやられて「持って行かれる」くらいなら,
このまま消えていくほうがマシだという心理に動きやすいのだろうし,
それは不発に終わるんだろうなぁ.
こうやって,最大のパフォーマンスを世の中に出せないで,現状の
最大公約数的なパフォーマンスしか出せずに終わっている人のなんと多いことか.
これは多分に個人のアイデアを個人が実現するという形式になりがちだからかと思う.
今のところ他の人がやっているところを見たことが無い.
こういう書き込みって,アイデアの99%は失敗するだとか,成功できる力も能力のうちだとか,
アイデアの事業仕分けなんだとか,そんな風に牙をむかれるのかな.
僕は低脳なので,10年くらい考えているけれどもうまいアイデアがでません.
皆さんの力をお借りできませんか?
そもそも論以外の反応をいただけたらうれしいです.
友人が暴力団の幹部になっているらしい。
そんな噂を聞いた時、驚きはしたものの大きな違和感は感じなかった。むしろ、友人らしい、とさえ思った事を覚えている。
友人は同じゼミ、同じ寮の仲間だった。
我々が四苦八苦する様を尻目に、どんな難問も常識という枠をするりと飛び越え、時にはテクストを凌駕する華麗な解を、その類まれなる才を見せ付けていた。
天才、その言葉は友人にこそ相応しい。誰もがそれを認め、尊敬の念を抱いた。
また友人は、一人のただの若者でもあった。
お気に入りのバンドの一つの曲の在り方について議論を戦わせ、貧乏に喘ぐ痩せっぽちの姿であり、失恋に苦しむ姿をさらす、一人の学生であった。
そして季節が過ぎ、研究を続ける事を薦める周囲の声とは裏腹に、友人は卒業と同時に単身日本を旅立った。
私は一般企業に就職し、初めて出会う社会の波をただ、無我夢中で漕いでいた。
季節の節目には、友人から時候の手紙と、その時に滞在している国の食材が少し、決まって送られてきた。
何年かが経ち仕事というものが分かり始め、周囲がようやく見えてきた頃、友人から旅先で出会った女性と結婚したという手紙が届いた。
友人が帰国したという噂を聞いた時、私は入れ違いに海外赴任となり、再会は少し先の話になってしまった。
私が日本に戻って数週間後、友人から連絡があった。食事に行かないかと。
暴力団の幹部になっているらしい。その時既に噂は聞いていた。しかしそんな事はどうでもよかった。ただ、友人に会いたかった。
場所は都内の高級インド料理店。
学生時代、我々が若者の好む高カロリー低品質な食事をしている姿を見て、よくもまあそんな物が食べられるな、とガリガリの体で毒づいていた事を思い出し、笑みがこぼれた。
友人は一人、部下を連れて来ていた。
「気が合うと思うよ。」
友人らしい素っ気無い紹介を受けた彼は、歳は恐らく我々と変わらないが一見して叩き上げらしく、その筋を思わせる風貌だったが、瞳の奥に朴訥とした光があり私を安心させた。
そして、友人の紹介通り、彼とは音楽の趣味が非常に近く、あっという間に打ち解けた。
友人は残念ながら独身に戻っていた。しかし、それもあってかこの日の3人は学生のようにはしゃぎ、笑い、酒に酔い、楽しんだ。
彼とは連絡先を交換し、私は次に何か良いイベントがある時に3人で行く所を想像していた。
一ヶ月後、友人から連絡があった。
彼が金を持ち逃げしたらしい。かなりの金額だった。万が一迷惑がかかるといけないから、もし彼から連絡があっても無視をするように、と。
少し驚いたが、今は大きなプロジェクトの渦中でプライベートのコール自体ほとんど無視をせざるを得ない状況にあり、恐らく問題ない、そう伝えた。そしてそれは事実だった。
友人の言葉にリアリティを感じられない程のスケジュールに忙殺されていた。
ようやく落ち着いた頃、友人の言葉を噛み締めていた。
やはり、私とは違う世界に生きているのか。
少し友人を裏切るような気持ちはあったが、私は彼の事が気になっていた。交換した連絡先に電話をかける。
その時、彼が話していた事を思い出した。
「携帯電話の番号を変えなければいけない時があるんです…この業界。たまにそれで怒られたりします。でも、友達だけは別です、変える時は必ず忘れずに連絡しますから!」
…彼はひょっとして…いや、恐らく…死んでいるのではないだろうか…
あれからまた時間が過ぎた。
友人からの連絡は途絶えた。
今では私にも部下がいる。部下というものは、可愛い。
出来は悪く、生意気な口を利き、時には尻拭いもしてやらなければならない。それでも、部下というものは、可愛い。
同じ戦場を戦う仲間、時には家族以上の絆がそこにはある。
若くして、部下を断罪しなくてはならなかった友人。それも、通常ではないやり方で。
そして、それは同時に私を含む「一般社会」を切り捨てる事を意味していた。
友人の職業は他人の苦しみの上に成り立っているものかもしれない。
それでも私はまだ、友人が生きていて、この町のどこかで出会える事を、強く望んでいる。
今年も一年が始まりましたが、景気がアレだったり政治がアレだったり色々です。
まあ個人レベルではそのへんはどうしようもないのでできることだけするわけですが。
社会人一年目を終えて、基本的には忙殺という感じでしたね。まあ抜くところは抜けてたんですけども、仕事は基本的に空いた端からヒデェとこに連れて行かれる感じで。まあ今大変なのが自明な時期(社会全体としてではなく新人という立ち位置として)なので、ここで苦労しておくのはいいんだろうなあとは思ってます。
ただ、地元の友達で集まって話したりして思うのは、やっぱり苦労が徒労になってしまうと思うとがんばりようがないということ。
俺たちの世代ってのはバブルの残り香と、どうしようもない不況で親の世代が諸手を上げてしまっている時代、2007年前後の、霞のような長期好景気とその後の不況なんかを、まだ世界を見る目が固まる前の若い時期見てきているので、戦後生まれの中では最も「諸行無常」という考え方が刷り込まれた世代だと思います。とにかくがむしゃらにがんばったところで報われないことがあることを知ってしまった以上、自分の身になると思えないことをやり続けるのは、精神的なコストが非常に大きいです。
今のところそれなりに身にはなっていると思うし、ボーナスは無かったけどお金はまあまあもらえている。この不景気で何贅沢なことを、とも思わないでもないが、最近単に自分が消耗されてしまっている感触がしてしまって、このままでいいのか感が大きい。
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以下今書いた文。
ほぼ丸一年たって変わったのは、自分で進むしかないということで逆に前向きになったこと。
政治の混乱も自民があのまま続くよりはよっぽど良くなったと思う。
ちなみに当時勤めてた会社は今はもう無い
転職後、給料はトータルでは低いが、モチベの高い現場で日々勉強してる感じ。
いつでも気に入らない状況になれば、辞めてやる、と言えるだけの自信は付いてきた
身になると思う気持ちが待遇を上回ってるうちは辞める気はないが
マインドが皆無だからだ。
例えばi-phoneをあの規模で展開しようとすると、
・携帯電話の部署
上記二つの部署と事業内容をマージすると共に
を整備する必要がある。
上級幹部にしか出来ないが、
現状の事業を回す業務に忙殺されていて、
とても考えている余裕は無い。
(こんな企画が上がってきても目を通している暇は無い)
また、上記のことが分かっているため、
社員個人として考えがあっても言い出さない。
以下、無限ループ。
だから、出来ないし出ない。という単純なお話。
誰が悪いのでも無く、それが出来ない事がシステム化されているから。
その状況を変えるために、何が出来るのか、日々考えている。