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2010-01-20

自分のための恋愛マニュアル備忘録も兼ねて)

最初に断っておくがこれは非モテの人用に書いたものではない。

ただ自分の中での暗黙知形式知にしたかったのと、他の人に対して何かしら参考になったり、他の人が同様のことを書いてくれればもっと個々人の例に落とし込めるのではと思ったからだ。


俺が何を意識しているかというと、次の3つだ。

自分を客観的に見ることを心がける、と相手を否定しない、そして常に相手の気持ちを考えようとすることだ。

すごく人と付き合う上での本質的なことだと思うけど、はてなでは小手先のこと書いてるやつばっかだし逆に新鮮かもしれない。


自分を客観的に見ることを心がける。

→これはまず自分スペックを客観的に見ることと相手と対面している時の自分を客観的に見ることを心がけることに別れる。

自分スペックを考えてみろ。お前は狙っている子を落とせるほどの経験を積んできているのか?世の中には二つのカテゴリ女の子しかいない。

自分が手を出せるレベルカテゴリの子と出せないレベルカテゴリの子だ。

相手と対面している時の自分を客観的に見ろ。キャラに似あわないことやってないか?お前にはお前のキャラが客観的に見たら印象づけられてるんだからそれを無理に無視するな。


・相手を否定しない。

→人と付き合うってのは「自分と違う他人を受け入れる」ことの積み重ねだ。相手は自分とは性別も環境もすべて違う赤の他人。それなのに数少ない自分経験を持ち出してしたり顔で否定してどうする?

本当に相手に興味があって、自分に対して謙虚なら、相手のする話に当然興味がわくし、遮って自分の話したりしないでもっと引き出すだろ?

相手の話遮ってでも自分の話しちゃったり、とりあえず否定するやつは相手から見たらただの我が身かわいい世間知らず。

こんな言葉の上でのコミュニケーションだけでも苦労してるなら、ちゃんと付き合うなんてもっと「自分と違う他人を受け入れる」の繰り返しなんだから先が思いやられるぞ。

・常に相手の気持ちを考えようとする

→こんなのエスパーでもないんだから普通に無理。でもこれを意識すると相手から自分がどう見えるかわかりだすし、その場において自分がどう振舞うべきかが見えてくる。これをレベルアップするには良質な映画や、小説の登場人物に自分の感情を置き換えて消化してみるとかかな。

相手の気持ちを考えようとすると相手の小さな変化にも気づくことができたり、自己中な自分から抜け出すきっかけにもなっていく。



最後に

恋愛って基本的に個人のスペック(顔や学歴年収)と実際の経験の積み重ねで総合的なレベルが判断されるモノだと思う。

あと、自分の到達しているレベル付近の子や、それ以下の子しか基本的には無理。

たまに何かの拍子で自分レベル以上の人と付き合えたらその出会いを大事にして、いろんなことを吸収するのがいいんじゃないかな。

2009-11-02

http://anond.hatelabo.jp/20091102224450

マジレスすると、学校教育で明示的に教えられるのが所謂「良い子」を高評価とする価値観だから。

普通の人は学校コミュニティを通して「社会では暗黙的に規定されるコミュニケーション能力重要である」ということを学ぶんだけど、

非モテ普通非コミュだから、暗黙知を学ぶことができず、形式知(良い子=善)が唯一絶対の価値観だと信じる他なくなるわけだ。

2008-12-22

作家言語

むしろ、文学の危機にあるのは英語です。標準ツール化され、微妙ニュアンスはどんどん失われていきます。NHKアナ標準語だけで小説を書けといわれたら困りますよね。

仕事において、形式知を伝達するためのツールとしての英語はどんどん重要になります。出来る限り勉強はすべきです。ただ、文学的な英語までマスターする必要はないでしょう。シンプルに、過不足なく伝える英語が大事になります。

日本語は亡びぬ、何度でもよみがえるさ!」

http://d.hatena.ne.jp/sivad/20081221#p1


これを読んでいて安部公房の事を思い出した。

安部公房は徹底して簡潔な表現で文章を削り込んで小説を書く事にかなりの労力を注いだ作家で、自身の執筆を「消しゴムで書く」などと表現していた。

語彙なども極力簡単なものを使おうと「小学校五年生ぐらいの言葉ですましたい(*1)」と言っているくらいだ。

「ぼくが問題にするのは、〈正確な文章〉だ。複雑なものをどれだけ正確に伝えられるかということ。文章に対しては、いい文章かわるい文章かであって、〈美しい文章〉というのはおかしい。フローベール六法全書のような文章を書きたいと言ったのはよくわかる。つまり表現の、内容と形式がどこまで一致するか、という問題だ。(*2)」

誤解を恐れずシンプルに言うと、まさに「NHKアナ標準語だけで小説を書」く事を目指していた作家だと思う。


さらに安部公房は徹底した「反伝統」指向の文化論の持ち主で、その辺りの思想も面白いのですが、それについてはまた稿を改めて。


出典

*1「構造主義的な思考形式」(1978.1.16)

*2「いま日本語は…」朝日新聞の談話記事(1984.8.20)

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