「弟子」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 弟子とは

2012-01-18

ポストステマ口コミ

不特定多数に紛れるからステマ効果を持つ。

これからは、何を言ったかよりも、誰が言ったか重要になるだろう。

ただし、それは権威によるものではなく、個人的な信頼度に基づく。

ある集団Gにおいて、発言者に対する信頼度をr、口コミの評価をvとしたときに、

Σ_{i∈G} (r_i * v_i)

自分にとっての正しい評価になる。

あとはソーシャルグラフの中からri計算すれば良い。

このくらいは誰でも思いつくか。

あとはこの計算式さえ適切なものを作れれば、口コミ界のgoogleになれる?

rは自分の友だちやリアルな知り合いが高くなる。

他にも、自分と同じものを好きになるような人が高く、自分と好みが逆の人はマイナスを与えても良い。

権威だけあるようなセンセイや、有名なだけのTVスターは0でいい。

自分がその人の弟子だったりファンだったら高くてもいいけど。

ステマをするような人間はどんどん信頼度rを失って影響力が減衰される仕組み。

2012-01-07

http://anond.hatelabo.jp/20120107003114

次はよく女の子に間違えられそうになる男の子視点でよろ。

キャラクターとして、番長系の漢!ってキャラに無理やり弟子入りさせたりすると、話が上手く動くと思うぞ。

主人公も一緒に弟子入りするのも忘れずにな。

2011-11-15

[]華麗なる食卓

週刊ヤングジャンプで長年にわたり

毒にも薬にもならない連載を続けてきた料理カレー漫画だが

ある時期から作者に変なスイッチが入ってしまった。




やたらえげつない展開が増え、流血や人死には当たり前。

文句言う客にシェフが応対して口論になったら

突然シェフの額に穴が開く。

目が「グギョ!」と飛び出て脳が破裂して即死する描写。

カレーの味ひとつ拳銃登場。




他にも同門の凄腕料理人同士の因縁

明かされてみれば料理と全く関係のないただの犯罪

兄弟子の婚約者レイプされて出産してたりする。

ほのめかしでも未遂でもないガッツリレイプ描写入り。




その兄弟弟子師匠は高名な料理人だったが

弟子婚約者レイプして子供を作りその子人肉カレーの具にしようというキチガイ

弟子の手によって殺害済み。




ログロな酷いシーンはまだまだあるが

未遂的なレイプシーンや暴力シーンぐらいなら更にその何倍もある。

中学生キャラすら脈絡も無くレイプされかかったりする。




最近ついにメインヒロインまでが大掛かりな舞台設定で10週ほどかけて輪姦されようとしたが

結局なんか主人公達に助け出されました。

茶番過ぎる。





増田マンガレビューは『ねじまきカギュー』を応援しています

2011-11-05

転載

なんかいい話だと思ったので転載しておくわ

スレは最低だけどな

----------------------------------------

961 名前: 955 Mail: sage 投稿日: 2011/11/04(金) 06:14:30.94 ID: dAmp84eb0

   >>956

   ほらwなんで頭からソレなのwあんた954か?www

   「そりゃ」の根拠はなんだつうの

   しかも何でそんな高圧的で上から目線で偉そうなの?wホントうけんだけど

  

   随分前のやつだけど、自分の書き込み読みたくなって、憶えてた差別化できるキーワード

   巨乳中学生交番券売機でググったら出てきたナツかった…

   (ちあみに時は平成前、淫行条例施行前の出来事だから法的に大丈夫だよー☆)

   http://bingtsept.blog98.fc2.com/blog-entry-479.html

   http://blog.livedoor.jp/moekopi/archives/50121110.html

  

   で期待に応えて書いてやるが、全部書いたら超長文になっちまうから、箇条書きで主なもんだけな

   ・中学時代、同級生への悪戯

   ・高校3年とき乱交しかしハメなし

   ・一人暮らしを始め、毎日路上ナンパ即ハメとツーショットダイヤル(まだケイタイネットもない時代

   ・・中学生2人、高校生数人、専門、大学生、店員やOL多数(この時期バツの女はあるが人妻経験はなし)

  

962 名前: 955 Mail: sage 投稿日: 2011/11/04(金) 06:24:27.77 ID: dAmp84eb0

   ・仕事辞めて専門時代路上ナンパに明け暮れる、パーティーライン(ポケベルPHS

   ・仕事辞めてナンパ弟子だった専門の友達のとこで居候ナンパに明け暮れる(ケイタイがほぼ普及)

   ・ナンパ仕事にしようと友人と決意、東スポ求人欄の「芸能スカウト募集」に応募、正体は宣伝材料詐欺の事務所

    知らずに毎日から終電までスカウト、数え切れない数の女と知り合う

   ・詐欺事務所であることに気が付きトブ、改めて東スポ求人欄でスカウト事務所に応募

   後輩の友人はキャバのボーイ兼キャッチになる

   ・どうせ東スポに一般芸能の事務所の求人なんてねえことは前回で身につまされたため、AVスカウトと振ってある正直な事務所に行く

   ・事務所の面接前に前もって数人ナンパしておき、面接後にどどっと女を連れていく

   ・最初、お前スカウトなんて出来んのか?って不審がってた専務の態度が豹変

    同時期に入ったスカウトのなかで自分だけナイショで日払いの行動費が支給される(ちょっと自慢話)

   ・1日の最高記録は路上の声かけで直節事務所へ面接直行13人、半数は面接時におっぱい露出まで行くつく

  

963 名前: 955 Mail: sage 投稿日: 2011/11/04(金) 06:26:01.67 ID: dAmp84eb0

   ・日々一日100人以上の声かけはノルマにし、そのうち10人はケイタイ番号を訊け、その10人のうち1人は脱ぎまで行く

    (稼動の数ヶ月間を平均化するとほぼこの確立収束する)すると月に30人は脱ぎの宣材撮影までこぎちけることになり

    その30人のうち数人がAV女優となる、キャッチと平行し女優管理も命じられる

   ・幸運にも始めて三日で単体が挙がり不労所得を得ることに成功(ただし現金化されたのは3ヶ月後であった)

   ・始めリードを許したキャバキャッチの友人の所得に圧差を付ける

   ・ナンパキャッチで知り合った女の子のとこ日替わりで泊まり歩く、数え切れない女のこと知り合った

   ・昼から終電までキャッチ電車のなかでもかわいい子がいれば途中下車をしても声を掛ける、ホームでもキャッチ帰宅中の徒歩でもキャッチ

    深夜のコンビニでも外でタバコを吸いながら店から出てくるのを待ってキャッチ(これは全部ナンパ時代と何も変わらない)

  

964 名前: 955 Mail: sage 投稿日: 2011/11/04(金) 06:26:51.68 ID: dAmp84eb0

   ・数年経つとスカウト仲間ができネットワークが築かれ、キャバ風俗AVそれぞれの得意分野で女の子を回し合う

   ・フリーになりスカウト事務所を設立設立というほど立派なものではないが)し、スカウトマンの管理と指導を数年

   ・風営法迷惑防止条例施行スカウト違法となり、これを契機に現場スカウトから足を洗う

   ・キャバ風俗AVスカウトが禁じられるなかで、何故か芸能だけは現在路上でのスカウトが許されている

   ・時代の変化に合わせざるをえず、着エログラビアスカウトを始める、なんとか超弱小規模ながら芸能の末端に席を置く今日

  

965 名前: 955 Mail: sage 投稿日: 2011/11/04(金) 06:27:20.93 ID: dAmp84eb0

   路上スカウトから足を洗ったのは、条例のためだけではない

   スカウト面白さが消え失せてしまった為だ、ネットの普及から女のこ自らが自主的にAV事務所に申し込み、その門をくぐることが珍しくなくなり、今やそれが主流と言える

   事務所の強さとは以前は、スカウト能力に長けた一人のスカウトマンの腕によって決するものだった

   それが今や広告をどれだけ投下できるか、その宣伝量の物量のみの勝負になってしまったのだ

  

   また情報が閉ざされていた時代、女のこの判断基準の全ては目の前のスカウトを信じられるか否かに掛かっていた

   お金や条件がどうのではなく、「あなたを信じるからその仕事をしてもいい」という判断があったのだ

   そして自分を信じてくれた女のこのため、好条件の仕事を得るため身を粉にし奔走しそれに応えるという矜持があった

  

966 名前: 955 Mail: sage 投稿日: 2011/11/04(金) 06:28:15.59 ID: dAmp84eb0

   末期に時代呼応するよう新人スカウトマンとの価値観の相違も顕わになる

   路上で止めた女のこと話をつなぐ為に彼らはケイタイを開くのだ、そしてネット上の情報を誇示し信用を勝ち取ろうとしてた

   まったくナンセンスに思えた、自身の態度、会話で女のこを止めることこそがスカウトマンの能力であったハズだ

   これなら誰がやっても一緒、ネット情報の優越なら女のこ自身で決められること、路上の遇機の出会いなど必要もなく

   部屋でケイタイをいじれば済む話ではないか

   もちろん若いスカウトマンは我々が通ってきた路上で凌ぎを削るナンパ経験もなく

   ケイタイNSNによって女のこと知り合ってきており、これが時代である観念するより他になかったのだ

  

   ※これ以前にもナンパにはケイタイの登場と普及という大きな転換期もあったのだが、これについては稿をあらためることとしよう

    軽く行こうと思ったのに、途中からマジメに書いちまったよ…

    全て落涙すほど懐かしい

  

968 名前: 955 Mail: sage 投稿日: 2011/11/04(金) 06:43:30.94 ID: dAmp84eb0

   ○末期には時代呼応するように新人スカウトマンとの価値観の相違も顕わになる

   ×末期に時代呼応するよう新人スカウトマンとの価値観の相違も顕わになる

  

969 名前: 955 Mail: sage 投稿日: 2011/11/04(金) 06:48:33.01 ID: dAmp84eb0

   ○・1日の最高記録は路上の声かけで直節事務所へ面接直行13人、半数は面接時におっぱい露出まで行きつく

   ×・1日の最高記録は路上の声かけで直節事務所へ面接直行13人、半数は面接時におっぱい露出まで行くつく

  

970 名前: 955 Mail: sage 投稿日: 2011/11/04(金) 06:59:41.59 ID: dAmp84eb0

   ○ケイタイSNSによって女のこと知り合ってきており、これが時代である観念するより他になかったのだ

   ×ケイタイNSNによって女のこと知り合ってきており、これが時代である観念するより他になかったのだ

  

   いっきに打ったんでタイプミスだらけだ、まだあるかもしれんがキリがない、スマ

2011-09-21

高岡英夫流行っているが

最近はてブ高岡英夫関係のエントリが上位に来ているのをよく目にする。

コメントを読んでいると、割とナイーヴに受け止めている人が多いようだ。

別に高岡英夫理論が間違っているとか、体操効果がない、とか言いたいわけではない。正しいかもしれないし、効くかもしれない。

ただ、ニセ科学批判の好きな人が多い一方で、高岡英夫(や、似たようなオッサンたち、さらに言えばスピリチュアルくさいライフハックやら)が割とすんなり受け入れられてしまうのがちょっと不気味なのだ。

最近はどうなのか知らないが、武道格闘技にやる側として関わっていた人なら、高岡英夫の名は小耳に挟んだことのある人は少なくないと思う。一時福昌堂系の格闘技雑誌などによく登場し、ディレクトシステムなる理論だか図面で、色々な達人の動きを分析してみせていた人だ。ヒクソンDSかいうのもあった。人体に色んな線を入れた図面なのだが、こうした図は高岡の特殊能力(?)で読み取られるものらしい。さらに、宮本武蔵DSと称するものを一億だか一千万だか、ものすごい値段で売っていた記憶もある(値段はよく覚えていないが、とにかく破格だった)。

高岡英夫の話は、一見もっともらしい。わたし自身も、一時期興味を持ち、「統一棒」なるすりこぎみたいな棒を買って練習していたことがあるくらいだ。

武道スポーツの話をするのに、東大出のオッサンがソシュールだの持ちだして理屈をつけて語る。しか結構説得力がある。割と賢い目のアスリートたちが魅了されたのにも訳はあるのかもしれない。

しかし、もっともらしい理屈を語るだけなら、この世界では珍しい話ではない。理屈の筋が通っていることと、実際にスポーツ理論として機能することの間には、かなりの溝がある。

格闘技ファンの中では伝説的な怪しいオッサン、堀辺正史(追記:名前間違えてました、スイマセン)だって、初期の頃の本はとても面白かった。多分中国拳法理論を色々継ぎ接ぎして組み立てたのだろう。特に伝統武術系をかじったオタクの心には、グッと掴む不思議な魅力があった。その後の堀辺氏の凋落ぶりは、格闘技ファンなら誰もが知るところである

吉丸慶雪なども、理論だけならかなり魅力的だ。理論書好きの武道オタクにはたまらないものがある。わたしも持っている。

この辺のおもしろさを全部認めた上でなお、この人達が実際にこの理論に基づいて強いのか、あるいは弟子たちがこの理論で強くなったのか、というのは、全然別問題だ。

武道スポーツ理論書というのは「ツボ」があって、そこをうまく押す文章を書けば、ある種のオタクアスリートをひっかけることは容易いのだ。

中国武術系などは、理論が非常に発達していて、とても面白いのだが、この理論通りにできるかというと、必ずしもそうではない。理論実践につなげる訓練がないと役に立たない(ただ分析の役には立つ)。この辺は「戦う編集長山田英司氏などがよく語っているところだ(山田氏には直接お目にかかったことがあるが、別に達人ではないものの、本当に強い。トリックと口ばっかりの中国武術家では全然ない。普通に喧嘩の強いオッサンだ)。

 

大分話がズレてしまったが、高岡英夫も似たような部類のインチキくさいオッサンだということは、よくよく認識しておいた方が良い。

繰り返すが、彼の理論体操が無効だと言いたいのではない。実際意味があるかもしれない。少なくとも読んでいる分には面白い面白いからこそ危ない。おまけに彼の商売は相当えげつない人間的にはまったく信用ならない人物だと思う。

ついでに言えば、堀辺氏も、本人は(若い頃は)本当に強かったのだと思う。動きのキレが確かに違う。しか別に彼は、彼の理論で強くなった訳ではないだろう。また、その後のコロコロ変わる態度や凋落ぶり、道場生に対する不埒な行いの噂を聞けば、人間的には信用ならない人物に見える。少なくともわたしなら近寄らない。ビデオは見たいが。

 

ゆる体操ビジネスに効く!とかノセられているライフハッカーたちは、その辺をどう受け止めているのだろうか。

ニセ科学は許せなくても、科学の名を冠したり、科学くさい言葉遣いをしていなければ、一転無防備なのだろうか。

科学者が一般書を書くと、せっかく面白いことを書いてきたのに、最後の章で哲学やら政治思想のようなものを書き始めて、これがびっくりするくらいナイーヴで幼稚なことがある。それと同じようなものなのだろうか。

 

全部わかって乗っているなら止めないし、実際個人的には、高岡のようなパチくさいオッサンが多少世の中にいるのはむしろ面白いと思ってはいるのだけれど、運動音痴科学好きのライフハッカーが、ナイーヴコロコロ転がされているのだったら、他人事ながらちょっと心配だ。

せめてニセ科学に対するのと同じ程度の警戒心は持った方が良いんじゃないか

あるいは、それくらいの寛容さとテキトーさを、ニセ科学にも適応してやってくれないかインチキくさいものが多少あった方が世の中面白いし、高岡にコロっとやられている人をこうして眺めるように、ニセ科学にまき上げられている人たちも「アホやなぁ」と「寛大」に眺めてやったらどうだろうか。

いやまぁ最後はイヤな言い方してごめんなさいだけれど。

 

2011-09-02

口下手なハックルさんに代わり内田先生が本の読み方について説明するよ

http://d.hatena.ne.jp/aureliano/20110812/1313128129

これを「まずい客対応」と解釈してしまうyaneuraoさんは、単にマイノリティというだけではなく、「ひねくれ者」のそしりも免れないだろう。それは、素直さや謙虚さの欠如に起因するもので、このままでは、今後も小説を楽しく読むことができないのはもちろん、人生を楽しく生きるということさえ阻害されてしまう。これについては、問答無用で直されることをお勧めしたい。


http://blog.tatsuru.com/2011/09/02_1151.php

学ぶ側の「無垢さ」、師の教えることはなんでも吸収しますという「開放性」、それが「師をその気にさせる」ための力であり、弟子の構えです。たとえ、書物の中の実際に会うことができない師に対しても、この関係は同様です。同じ本を読んでいても、教えてもらえる人と、もらえない人がいるのです

 「学ぶ(ことができる)力」に必要なのは、この三つです。繰り返します。

 第一に、「自分は学ばなければならない」という己の無知についての痛切な自覚があること。

 第二に、「あ、この人が私の師だ」と直感できること。

 第三に、その「師」を教える気にさせるひろびろとした開放性。

 この三つの条件をひとことで言い表すと、「わたしは学びたいのです先生、どうか教えてください」というセンテンスになります。数値で表せる成績や点数などの問題ではなく、たったこれだけの言葉。これがわたしの考える「学力です



言ってることは全く同じですハックルさんの記事にダメだしをしておきながら、内田先生コメントに熱烈なラブコールを送ってる○○さんは頭悪いなぁと思う。



つの記事に対する私の感想としては

消化力が強い"には、"腐りかけのものを食べても腹を壊さない"も入れてほしいなぁ。

です。この3つで学力定義とするならば、学力低いと言われても「学力の高いバカ」になるよりはマシな場合もあると思いますね。

2011-07-11

企業の年齢構成的な問題点

http://anond.hatelabo.jp/20110710190800

一行まとめ:「ゆとりが使えぬと嘆く前にゆとりへ知識継承しましょう」

  

人間は段階的にしか発達できない。って断言するほど発達について詳しい訳じゃないが日頃そう感じている。

人間は、いわば空っぽのコップみたいなものだ。

日々経験学習を経てコップの中身である液体を蓄えていく。

ある日そのコップから液体があふれるときがその人にとっての成長の1段階だ。

コップは1サイズ大きなものに取り替えられ再び液体を満たしていく作業に戻る。

  

さてこの液体を満たす作業だが、上記のとおり経験学習が主なのだが、先人たちの知識の口伝を受けるのも良い方法だ。

稽古ごとで言えば良い師匠も必要だが、ここでは兄弟子的な意味だ。

インターネットで答えをググってくるような方法だけだと、課題に対する複数の解決手法間の善し悪しを探る能力が育たない。あるいは複数の解決手法が存在することに気づかない。

兄弟子であれば、同じような問題に突き当たったときどのように考え、どのように悩み、どのように解決したか教えてもらえる。

解法を得るためのプロセスそのもの学習ができる。これは非常に効率的な学習方法だ。

  

ただ私の職場ではこの約20年間で全社員の4分の1にあたる100人が減員となった。「兄弟子」たちが大きく減っている。逆に「弟弟子」がプロセス学習する余裕もなくなっている。

社員の減少には業務の効率化によるものももちろんあるだろうが、効率化により失われたテクノロジーを本当になくしたままでいいのかという思いがある。効率化によって置換された元の知識(あるいは技術・規則・法律の理解等々なんでもいいけどスタートポイントになったもの)を知らずしてこの先の時代にどこに向かって進んでいくのか分からなくなりはしないか?私の勤め先は50年以上続いている企業なので過去の知識の蓄積も馬鹿にできない。あと書類も。

アメリカさんならこんな悩み一切ないんだろうね。

  

これらの「失われた知識」を一番持っているのは団塊の世代から下10年くらいの人たちか。

この人たちからしっかり技術継承していかないと企業によっては突然死する。

技術革新ももちろん重要なのだが、継承することもまた大事継承するのは人間なので人間を育てることもまた大事

30〜40代はあてにならない。上記の段階的発達理論wになぞらえて言えば、ゆとりの方達をもっとしっかり育てて早くコップの大きさを大きくしてもらいましょう。時間は限られている。

ゆとり使えねー」というのは、言ってる側の焦りの表れかもしれない。

2011-07-09

[][]七月七日展東京千疋屋ギャラリー

『七月七日展 ― 衣服造形/コンセプチュアル・クローズ』を見た。

 

七夕節句」をテーマとした針仕事アート展。

眞田岳彦氏の弟子(?)の作品が中心らしい。

それほど期待しないで行ったのだけど、なかなか良かった。

アート素人の私が、 

印象に残った作品の感想をいくつかメモ

 

宮園夕加さんの、ボタンボタンホールの距離を天の川見立てて、

その間をカササギが結んでいる作品がとっても面白かった。

伝説では、天の川の橋渡しをするのはカササギの役目なんだそうだ。

テーマの「針仕事」と「七夕」が無理なく融合されてて、それを一番うまく表現してる作品だったと思う。

単純に、見た目がかわいいのも良い。

今回のベスト

 

奥村絵美さんの作品も良かった。これも一見してとてもかわいい

人間を一本の「まち針」として捉えるというコンセプト。

粘土と針でつくられたたくさんの小さな人間が、それぞれに環境を仮止めしている。

「針を自分自身の比喩とする、っていうアイディアはありだな」って私自身展示を見る前に

考えていたのだけど、縫い物をやらない私にはそこで「まち針」という発想は出なかった。

でも言われてみれば納得、でした。

仮止めされる「環境」の部分を何かもっと表現できそうかも、とも思ったけど。

 

後藤有紀さんの作品。

良かったとストレートに言えるタイプの作品ではないけど、好きだ。「コンセプチュアル」。

麻紙に印刷した写真に写った人間女性)をぬりつぶすように、

糸が縫い付けられている。タイトルは『誰でもない肖像』。

写真の上から縫う技法は、有名な清川あさみさんを思い出させる。

けど、写真女性制作者の針仕事によって「誰でもなく」されてしまうことには一体

どういう意味があるのか。あるいは針仕事で加工される前から彼女は誰でもないのか。

 

写真に写る私は、そこに縫い付けられている限りでの人間であって、無限のあり方を

可能的にもつ自由な実存としての私ではない、だから「誰でもない」…?

 

制作者はこの展示のチラシで、針仕事について、「私たちの存在を露にし、生き生きとさせる」と書いてる。

こんなことを言われると、私としては、ハイデガー技術論を持ち出して、その中に「針仕事」の

ポジティブな位置づけを探して色々言いたくなってしまうけど、結局のところ、その言葉と、

制作者自身の作品との関連はよく見えない。

う~ん。

 

写真に写っているのは過去の私である。それは過去のその時点に縫い付けられている限りでの

私であって、現在の私とは異なっているし、通時的無限定の私とも異なっている。だから

過去において確かにそれは私だったが、いまや「誰でもない」…?

 

からないけど、こうして考えるのは楽しいのだ。

 

あと2つくらい気になる作品はあったけど、作者名も作品名も覚えてないので割愛。

帰りにブリジストン美術館に寄ろうと思ったら展示替え中で休館だった。

でも今日は楽しかった!

 

(エス)

 

===================

 

衣服造形/コンセプチュアル・クローズ

7月7日展  -針仕事に願いをこめた37名のデザインアート小作品展-

会期 7月4日(月)~7月9日(土) 10.:30~18:30(最終日のみ17:00まで)

入場無料

会場:千疋屋ギャラリー

104-0031 東京都中央区京橋1-1-9 2F

TEL 03-3281-0320 FAX 03-3281-0366

http://www.senbikiya.co.jp/

 

出展作家

大江よう 今村滋男 藤谷さやか 末延晋太郎 久保田玲奈 関美来 飯田亜希子 土井直也

永井俊平 山口真代 宮田明日鹿 山中周子 宮園夕加 佐藤綾 松田かや 三上司 加藤ゆき子

桑田麻弓 後藤有紀 奥村絵美 平尾菜美 アーヴィン=ヒバ=アリ 小平由実 西村洵子 平井幸恵

盧暎雅 島田彩子 池田のぞみ 山本佳那 長鶴司 林凡乃 大八木富士

二宮とみ 山本美穂子 小山田紀子 渡部和代 眞田岳彦

===================

Sanada Studio Inc. (サナダスタジオ)-眞田岳彦のデザイン事務所

PRISM STAFF BLOG: 七月七日展

京橋「千疋屋ギャラリー」で「七月七日展」を観る。 - マスヒロ食時記

のどか@暦 : 七月七日展 針仕事にこめるおもい

 

2011-06-27

BLと在日

注:加筆修正しました


最近商業BL作品ばっかり読んでるから、たまにはネット同人作品も読もうかなと思い立って、某ジャンルのサーチから二次創作サイト巡りをしていたときのこと。リンクを辿っていった先に、管理人韓国人であることを明記しているBL小説サイトがあった。日本語ネイティブじゃないとこれはムリだろと思わせる豊かな語彙の小説や日記・掲示板の内容から判断するに留学生やニューカマーなどではなくて、日本で生まれ育った在日韓国人の方であるようだった。



なんかね、これちょっとびっくりしたんですよ。在日の人もBL書くんだなぁって。

いや、こんなにもアニメ漫画の氾濫する日本社会で生きている以上、日本人だろうが外国人だろうがオタク趣味に染まる人は染まるのが当然だろうし、中にはヤオイ二次創作に興味を持って腐女子腐男子になる在日コリアンがいるってのも理性では理解しているんだけど。実際目にしてみると、なんかこう、感慨深いものがありましてね。



そうかー、在日のBL好きってのもやっぱりいるもんなんだなー、っていうか他にもいるけど明かしてないんだろうなー、としみじみしてたんですが、途中でふと思い出した。あれ、ちょっと待てよ?よく考えてみれば、数少ないながら今までにも在日韓国人が登場するBLがあったりするし、在日朝鮮人のBL作家というのもいたりするんじゃないの?そういえば私、そういうの読んだことあったような……、と。



というわけで、今回はBLと在日と私というテーマで今まで読んだ作品を振り返ってみようと思う。長いよー。私が以下で言及している作品には18禁のものもありますのでお気をつけください。






倉科るり=金蓮花   在日のBL小説家

倉科るりというペンネームで、商業誌からBLを出版している小説家がいる。正確にはいた、と言うべきかもしれない。著作の中には絶版になっているものも多く、また1996年の『王様夏休み』を最後に10年以上発刊はしていないようだから公式サイトにも「倉科るりの商業活動は諸々の事情から不可能だと思います時間がないのです。」と書いてあるので、今後も商業誌でBL作品を発表する可能性は限りなく低いと思う。



けれど、在日とBLというテーマを語るなら、彼女を外すことはできない。



実はこの作家さんは、コバルト文庫金蓮花という名義で少女小説も書いている。むしろ金蓮花(きんれんか)というペンネームの方が世間的には通りがいいだろう。私も残念ながら倉科るり名義の本は読んだことがないけれど、金蓮花名義の本は小中学生の頃にわりと読んでいる。『銀葉亭茶話』、『水の都物語』、『月の系譜』は何度も読み返すくらい好きだった。私が金蓮花=倉科るりというのを知ったのは大学生になってからだったけれど、BL読者やコバルト読者には結構有名な情報だったようで、ネット検索するとペンネームを使い分けるようになった経緯や、その他もろもろの噂が出てくる。それらの噂がどこまで本当かわからないのでここでは紹介しない。



さて、金蓮花は1962年生まれの在日朝鮮人3世である東京に生まれ育ち、大学も都内の小平市にある朝鮮大学師範教育学部美術科を卒業した。作家デビューは1994年、『銀葉亭茶話-金剛山綺譚-』で集英社の第23回コバルトノベル大賞を受賞したのがきっかけだった。この『銀葉亭茶話』シリーズは、朝鮮半島舞台仙人精霊、竜や虎、人間たちが織り成す恋愛を描いた朝鮮ファンタジー小説で、仙境にある一軒の茶屋銀葉亭にさまざまな客が訪れ、店主の李月流(り・うぉるりゅ)に身の上話を打ち明ける、という趣向になっている。



金剛山綺譚』の金剛山は、もちろん朝鮮半島に実在する景勝地金剛山をさす。韓国人外国人北朝鮮国内金剛山観光地区に観光をしに行くニュースを見たことのある人は多いはずだ。『銀葉亭茶話』シリーズ物語に登場する実在の固有名詞は地名だけではない。例えば『蕾姫綺譚』では重要なキャラクターとして李氏朝鮮建国の王李成桂が登場するし、『舞姫打鈴』のヒーロー新羅英雄金庚信である



ところで、学校で歴史を習う前に本シリーズを読んだ影響で、私は現在でも「新羅」という単語を見ると反射的に「しらぎ」ではなく「しるら」と読んでしまうし、「李成桂」を見ると「りせいけい」ではなく「りそんげ」と読んでしまう。私にとって、このシリーズこそが生まれて初めて触れた‘朝鮮文化’なのだった。馬鹿子供だったので現役読者だった小学生の頃は朝鮮半島というのがどこにあるのか知らなかったし(私は当時本気で外国=アメリカであり、世界には日本アメリカの二国しかないのだと思っていた)、儒教文化だとか在日朝鮮人だとかさっぱり理解できない上に興味もなかったので読み飛ばしていたけれど、雪華(そら)や明蘭(みょんらん)という美しい漢字と不思議な響きの名前、美味しそうなチヂミ、ふわりとチョゴリを広げて鞦韆をこぐ明朗な少女、霊山の天辺に位置する天池(ちょんじ)の聖水……どこか好奇心を刺激する異国のイメージの数々を私は大いに楽しんだのだった。特に金剛山の壮大な瀑布や峰々が鮮やかに染まる絢爛豪華な秋の描写などは、幼心にうっとりするような綺麗な文章だなぁとドキドキしながら読んでいた。金蓮花という作家のおかげで、私は隣国と幸福な出会い方をしたのではないかと思っている。そういう意味で、『銀葉亭茶話』は私にとって印象深いお話なのだった。



金蓮花自身にとっても、作家として第一歩を踏み出したシリーズであると同時に、祖国を舞台にしたロマンスであることを考えれば、『銀葉亭茶話』はやはり特別思い入れの深い作品なんじゃないだろうか。


彼女の著作のあとがきでは、自らのルーツを意識した話題が多い。北朝鮮に観光に行って金剛山の絶景に感動した話、伯母が北朝鮮に帰国した話、親戚が日本北朝鮮と中国に住んでいるという話、子どもたちの通う朝鮮学校お祭りのためPTAとして準備に奔走する話など。



そんな彼女がBL小説を書くときは、金蓮花ではなく倉科るりというペンネームを用いた。倉科るり名義の本では特に朝鮮半島と関連のある物語を書いたりはしていないようだ。少女小説コバルト作家としての自分とをきっちり分けたかったのかもしれないし、儒教を尊ぶ在日コミュニティ価値観からするとさすがにBLを在日朝鮮人と明かしている金蓮花名義で出すのは難しかったのかもしれない。少女小説家としてデビューする際も家族からかなり強硬に反対されたと聞く。少女小説を書いているのがバレて家族会議土下座までしたそうな。ましてやBLをや。

まぁ、BLを書くときと少女小説ラノベや一般漫画を書くときでペンネームを変えるのはbasso秋月こお榎田尤利もやっていることで、金蓮花に限った話ではないけれど、少女小説では在日ネタをふんだんに出していた人がBLではそれを一切出さないというのも興味深い話ではある。



ちなみに金蓮花名義の本に一切男性同士の恋愛や性愛が出てこないか、というとそういうわけでもない。



ここでちょっと萌え語りをさせてもらうと、『銀葉亭茶話』シリーズで私が一番好きなキャラクターは長白君(ちゃんべつくん)だった。彼は、朝鮮半島の付け根、北朝鮮と中国の国境にまたがる山(朝鮮語では白頭山中国語では長白山)の守護仙人精霊だったかもしれない)で、シリーズ通してのキーパーソンである李氏(注:男性)に想いを寄せている男性である。李氏に冷たく拒絶されたり、周囲の神仙たちに揶揄されたりしつつも、変わらず李氏に暖かい真心を捧げ続けている好漢なのだ。李氏には他に想い人がいるのでまず間違いなく長白君の恋が成就することはないのだろうが、私は彼の男らしい包容力にときめいたのでぜひ幸せになってもらいたいと思っている。別に相手は李氏じゃなくてもいいから。というか長白君には楓英とか緋鯉の精みたいな豪胆で誠実な男性とか似合うと思うんだよね。






高城響、鷹匠早紀    在日の攻め

studio may-beを結成して仕事をしている高城響と鷹匠早紀は、BLゲーム乙女ゲームシナリオライターとして活動している他に、連名でBL小説を書いて出版したり、漫画原作をしたりしている。音楽業界を舞台にしたBL小説『たぶん、きみが好き』『いつか、翼を広げて』『きっと、空も飛べる』という3冊がマイクロマガジン社から発行されたのは2004年のことだった。この3作は天才指揮者と男性アイドルカップルを描いたお話なのだが、実は高城響と鷹匠早紀がやっているサイトに長年連載していた大長編小説『KT』を手直しして発表したものだという。



そのサイト大長編(まだ完結していないらしい)には、脇役として若手の指揮者同士のカップルが登場する。彼らを主人公にした話もサイトには掲載されており、出会い恋人になるまでを描く『'O sole mio』、体の関係を持つまでに至る続編『hard day's night』、いちゃいちゃらぶらぶしてる『jealous guy』などがある。珍しいことにこのカップルの攻めは在日コリアンである



『'O sole mio』と『jealous guy』では、攻めが在日であることはストーリーの主軸にはほとんど絡んでこない。民族が違うということよりも同じ夢を抱く音楽家同士であることの方が、この物語の中では圧倒的に比重が大きいのだ。

しかし、『hard day's night』の中ではそれらしいエピソードが挿入されている。演奏会の予定が突如キャンセルされてしまった攻め。晴れがましい仕事を一つ失った原因を、受けに問われた攻めはしぶしぶこう語るのだった。「オレ、在日やん」。BLで、差別に直面する在日の姿が描かれているのは大変珍しい。そもそも在日としてのアイデンティティを持ったキャラクターが登場するBL自体ほとんど見かけないんだけどね。



ところで、この物語の攻めは、大阪出身関西弁を喋る陽気な男性だ。大らかで人懐っこい。阪神タイガースファン。長身ガタイが良くて、美男子ではないけれど、受けから見れば十分に魅力的な容貌をしている。そして新進気鋭の指揮者である。実際、読んでいて、彼は魅力的な人物として描かれているように思った。なんとなく関東生まれ関東育ちな自分からすると良い意味で典型的関西人という印象を受けた。


神経質で繊細、あまり感情表現が得意ではない日本人の受けは、自分と正反対の気質の攻めに惹かれていく。自分にないものを持っている相手を反発心を抱きながらも愛してしまパターンというのはわりと恋愛物の王道だが、受けが攻めの才能に嫉妬をして苦悩したり、振り切ってもついてくる攻めに苛立ったり、励まされたりと感情をぶつけ合ううちに自分の恋心を認めざるを得ない展開になるというのは微笑ましくて良かった。






檜原まり子   日韓ハーフの受け

BL小説家檜原まり子の作品の一つに『マリンブルーは密やかに』という小説がある。2008年、講談社X文庫ホワイトハートから発行された。舞台アジアオセアニアクルーズ中の豪華客船。そこに乗り込んだ保険会社から委託を受けた調査員の受けと、元自衛官の攻めのラブストーリーだ。



正直なところ、この物語の一番興味深いところは、ストーリーなどよりも受けの両親だと思う。

受けの母親日本人医師だった。そして父親は在日韓国人の寿司職人。両親が渡米して、一家がカリフォルニアにいたとき受けは生まれた。医師免許が認められなかった母親は畑違いの仕事をして受けを育ててくれたらしい。後に離婚したようだが、受けの両親の話こそ読んでみたいと思った。寿司職人と女医さん夫婦米国滞在記なんていろいろ波乱万丈なドラマがあって面白そうじゃん。



というわけで、本作の受けは間違いなく在日韓国人の血をひいているのだが、特に在日とか韓国に関するエピソードは出てこない。受けが韓国語を喋ったりキムチを食べるシーンがあるわけでもない。彼が民族的なコミュニティ朝鮮半島に思いを巡らすシーンがあるわけでもない。冒頭、地の文でさらりと受けの生い立ちが説明されているだけで、その後はとくに彼が韓国系であることには触れないまま物語は終わるのだ。



なら別に受けが在日の血を引くキャラクターである意味ってないのでは?と思わないでもないけれど、まぁ深い意味がなきゃ在日がBLに出てはいけないってこともないし、これはこれでいいのかもしれない。なんと言ってもこの作品の舞台はいろいろな国籍のクルーが働く豪華客船なのだから。南太平洋を悠々と航海する船上のキャラクターにちょっとしたマージナルな要素を付与したいと作者が思うのもわかる気がする。船長の喜屋武も、受けと同様にマージナルな人物である米軍勤務の軍人を父に持つ沖縄出身の男性で、金髪碧眼という日本人離れした容姿だが自らを日本人だと主張する。とても珍しい韓国系の受けや、沖縄と米軍というデリケートバックグラウンドを持つキャラクターが登場するという点において、このお話はなかなか印象深かった。






タカヒサ亨 渡来人カップル

『うつしみの花』は、幻冬舎リンクスロマンスから2008年に出版された全2巻のBL漫画である。作者はタカヒサ亨。舞台飛鳥時代日本で、有名どころでは葛城皇子中大兄皇子)、皇極天皇、間人皇女などが登場する歴史ロマンBLである。ちなみに中大兄皇子と受けがキスする場面もあったりする。



主人公(受け)は、百済から渡来人で金工職人である実父を持つ美少年。攻めは、受けの父親の弟弟子で、乃楽山(ならやま)の麓に住む百済系渡来人であり以前は都随一と呼ばれた腕を持つ金工職人だった。受けが攻めの弟子となるので職人師弟ものBLであると同時に、渡来人渡来人の子孫が出会って恋に落ちる物語なのである

職人の村で修行をする受けは、師匠であり恋人である攻め以外の渡来系の職人たちとも交流を持つようになり、技術を磨いていく。いつか攻めの故郷である百済に帰還することを夢見るようになるし、自分たちの存在は発展させ続けていく技術に拠って立つのだという強い自負心を持つに至る。彼らのアイデンティティは明確に百済系渡来人であることにあり、ヤマトにはないんだなーと読んでいて思った。



日本舞台なのにあえて渡来人カップルを描くなんて随分通好み(?)だなと思う。こういうのは珍しくて面白い試みだ。同時に、ちょっと私の中の日本人としての感覚が一抹の寂しさというか疎外感を感じなくもなかったような……。この記事のテーマである在日と古代日本渡来人はちょっと違う存在なのでこの作品には簡単に触れるだけにとどめるけれど、思いがけずヤオイを読んでいて自らのナショナリズムが浮上したという点で本作は印象深い作品だった。私が気にしすぎなだけだけなんだろうけれどさ。

もちろん、健気で頑張り屋な受けとクールで格好良い攻めは萌えたし楽しめた。



ところで、作者のタカヒサ亨は、角髪(みずら)に萌えてこのお話を描いたらしい。わかるわー私もみずら萌えです。特に青年の下げみずら姿は可愛くて良い。不評でなかなか描かせてもらえなかったとのことだが、残念だ。もっと見たかったよー。








コメント返し

ハテブやツイッター増田2ちゃんねるコメント下さった方ありがとう。せっかくだし嬉しかったので、いくつかのコメントにお返事します。




興味深い記事/勉強になった。/ほう。/おもしろい。

恐縮です。ありがとう



なんでこんな興味深い記事が増田なんかで書かれるんだ……いやまぁ理由は明確に推測できるんだけど。

自分のブログではこういう記事を出したことがないのでうまく書けるかわからなかったし、書いたとしてもこの記事だけ場違い感がぷんぷんして浮き上がってしまうだろうと考え増田しました。悲しいことですが、BLも在日も荒れやすい話題ですから



金蓮花くらいしか思いつかなかった。/金蓮花さんは有名だよね。/ 金蓮花は私がコバルトを熟読してた時代の後の人で懐かしい。/金蓮花の作品なら子供の頃読んだことあるな。/金蓮花さんなつかしい

私は金蓮花の初期の作品が好きでここ7~8年の著作は読んでないのですが、作品だけじゃなくて作家自身も本当に興味深いなと思ってその動向は注目していますラノベ界でも稀な在日外国人であることを明かしている作家さんですよね。まして日本と関係が良好でない国を祖国に持つ人ですから日本社会で生きる彼女自身、悲しみや自負心を含め複雑な感情はあったんじゃないかなと想像しています。日朝首脳会談が開かれ拉致問題が発覚した2002年、この年に発売された『伽椰琴打鈴』を最後に、彼女の著作の中で一番‘朝鮮’を押し出している銀葉亭茶話シリーズが発行されていないというのは、偶然かもしれないけれどなんとなく象徴的に見えたり……。



違う文化がベースから、私から見たらよく分からないのかもねと当時は思ってた。アメリカ人日本とか中国に感じてるオリエントな感じってこういうのを言うのかなーと中学生の私には興味深かった。/舞台設定もそうだけど、登場人物たちの価値観や倫理観が自分の知っているものと異なる面もあって、それはそれで興味深かった。

確かに文化が違う、価値観や倫理観が異なっている、と強く感じる点はいくつかありましたね。面白いなと好ましく思う相違もあれば、モヤモヤする思いを抱える相違もありました。私の場合女性の描かれ方や女性の置かれた立場というのが結構気になりました。『蝶々姫綺譚』で、女性が子を成さずに死ぬのは罪である、罰として死後の世界で償わなければならないという設定には、儒教ベースにしたファンタジーだとこうなっちゃうのか、とびっくりしたなぁ。日本日本よりフェミニズムの強い欧米発のファンタジーじゃそういう設定ってないでしょう。まぁ、当時の価値観を反映させた設定であることが良いという考えもあるとは思いますが、現代女性としてはファンタジーとはいえその世界の女性は生き辛そうだなという感じたのも事実でした。



「オレ、在日やん」。か。読んでみたい。/記事中の作品をどれも読んでみたい。

ネットで読める作品もるし書店図書館に置いてある作品もあります。個人的に、興味や関心の度合いが在日>BLという人よりは、BL>在日の人の方が楽しめるとは思いますが。



日本では掛け算、欧米では×ではなく/(スラッシュ)なので割り算。

全然関係ないけど、最近アメリカスラッシュ翻訳されて日本書店の店頭に並び始めましたよね。日本語海外スラッシュが読める日が来ようとは思わなかった。嬉しい。



「「新羅」という単語を見ると反射的に「しらぎ」ではなく「しるら」と読んでしまうし、「李成桂」を見ると「りせいけい」ではなく「りそんげ」」あるあるwww

お仲間発見。やっぱり他にも同じ経験のある方がいるんですね。



この語り口、既視感が。/この特徴的な文体Twitterのどこかでみたような?

皆さんがどなたをイメージしているのか興味あるなー。私は弱小ブログを書いてますが、Twitterはやっていないんですよ。



韓国人って恋愛もの入れ込むよね。日本人もだけど、なんかより情熱的っていうか

韓国人日本人よりも情熱的、確かにそういうイメージありますよね。こんな記事書いといて言うのもなんですが、家族友人知人に韓国人や在日の人っていないんで実際そうなのかはよく知らないけれど。



しかし、作者や登場人物が在日だろうとハーフだろうと、作品に影響なければ関係ないのでは?/BLを前にしたら作者が在日とかどうでもいいんだけど、気になる人もいるんだ

確かに作品が面白ければ作家は関係ないというのは仰る通り。私も普段は書き手には興味がないんですが、今回は冒頭で書いた某サイトにはなんだか妙に感慨深くなってしまいまして。



在日コリアンに限らずこういう風に創作の中に登場するマイノリティを振り返ってみるというのは興味深いよね。/こういう考察もあるのだねー。/いわゆる『キャラ属性』のフレーバー要素として、在日コリアン・その他を入れるか等。ただ、ふらっと使おうにも"実はよく知らない"事が多いのも、また事実。/彼も特にエスニシティ面で特筆されるような描写はないが、魅力的。

創作の中のマイノリティ、本当に興味深いですよね。読み専なので創作の苦しみは知らないのですが、創作物にマイノリティを登場させる際書き手さんはやっぱり慎重になるんだろうなぁ。セクシュアル・マイノリティが登場するBLは殊にそういう姿勢を求められているジャンルですし。常に政治的に正しいお行儀のよいBLである必要はないと思うけれど、読者が引くような差別的な描写が垂れ流しにされてるBLは読みたくないと思います。私はまだガチでがっつり民族問題を盛り込んだBLというのは読んだことがありません。今後もそんな作品は出ないんじゃないかなと思うし、たとえ出版されたとしても読みたいとは思わないかも、と考えています。娯楽作品には悲惨な差別とか貧困とかの要素は求めていない性質で、どちらかというとイチャイチャ、ドキドキ、ワクワク、エロエロアマアマラブラブって感じのノリの方が好きなんですよ。なのでフレーバー的な登場のさせ方や特筆されるような描写がなくても私はOKなんですが、作家がまったくその問題の背景に無知ではキャラクターの魅力的な属性にはできないわけですしね。作家は10調べたことのうち1を書く(100調べたことのうち1を書く、だったかもしれない)と聞いたことがあります。BLを愛する者の一人として、そういうBL作家さんが今まで以上にたくさん出てくれるといいなぁと願っています

2011-05-01

http://anond.hatelabo.jp/20110501150854

ってことは、痛い人だってことだね。

経歴に日本社長ってあるんだが、本当に責任ある立場についていたのか?

副島隆彦弟子かなとおもっていたらtwitterに"ユダヤ金融と人工地震"なんて言葉が出ている。

間違いない!

2011-04-25

お役所対応にはこれで行け!

お役所に嘆願書だしたり異議申立ての電話したりしてもたらい回しされるばかりで一向に相手にされないというのはよくある話。たらい回しにされたあげく前向きに善処しますというのがオチ。俺はこの前向きに善処しますという言葉が大嫌い。役人はいちいち固い言葉でのらりくらりとはぐらかす。あいつらに打ち勝つにはどうしたらいいのか?答えは簡単。しつこく行けばいいのだ。言っておくが無茶な要求がこれで通るとは思うな。無理なものは無理。だけど可能性があるものに可能性を開くことはできる。役所はしつこく何度も通ってくる人を嫌う。彼らは忙しいというのもあるし、テンプレ的な回答がだんだん通用しなくなってくるからだ。役人毎日似たような相手を相手してるから、こう言ってくる奴にはこう言うというふうにテンプレを持っている。別に明文化されてるわけじゃないがそういうテンプレを持ってることは1つの件で役所に通い詰めたことのある奴なら分かるだろ。そのテンプレを崩すことが大事。何度無駄に通うわけじゃないんだ。相手の弱点を見極める。テンプレには必ず穴がある。そこを突く。何度も通っているうちにこちら側にもテンプレができてくるのだ。役人がこう言い逃れした時にはこう言って追及するというふうに。とにかくしつこく通うことが一番大事。師匠弟子入りするのに門前払いくらっても何度何度も通ってるうちに師匠も根負けして門に入れてやるという話があるがそれと全く同じことが起きる。役人も繰り返し通ってくる奴にはめっぽう弱い。そこを突け。必ず活路は開けると信じよ!!

2011-02-23

facebookってどう?

今話題の「Facebook」やってる人いますか?

一応職業柄そのテのものはひと通り試さなきゃと思ってはいるのですが、

メルマガホームページメーリングリストブログと来てミクシィで腰が引けてしまいました

なんか合わなそうという理由だけでやってません。

なので、モバゲーや、グリーといった携帯ゲーム系も含めてSNSには手を出さなかったのですが・・・

ここに来て「Facebook」。IT革命どころか本当の革命起こしてしまっているではないですか!

これはやらねばならんのじゃないか!ここでやらねば男がすたるんじゃないか

ここでやらなければ明日からオカマになろう!

マツコに弟子入りしよう!

いやっ!マツコ厳しそうだからミッツにしよう!

いやっ!ミッツ細かそうだからしんごちゃんにしよう!

そうしようそうしよう!!

ちなみにうちの5歳児のドドスコダンスは世界一!!

などと鼻息ばかり荒くしているんですが、

「でもなー、実名ってところがなぁ」

などと生来の人見知りとめんどくさがりが今のところ勝ってしまっています。

どなたか「やってるよ!たのしいよ!べんりだよ!やらない奴は虫けら以下だよ!」って方はいらっしゃいませんか?

意見を拝聴させていただきたいと思います。

PS.ツイッターはやってみましたイマイチです

2011-02-13

http://anond.hatelabo.jp/20110213124517

坂本龍馬ってそんなイメージかな。

浪人なのにビックマウス

殺しに行った相手に弟子入りするような変節漢で、でもブレまくってもなぜかみんなに愛される。

利益至上主義みたいなことをいいつつも自社は経営赤字

船中八策は国是七条パクリ

そんな、革命家としても事業家としても思想家としても政治家としても中途半端で、でも愛すべき変人

孫正義よりは堀江貴文のほうが龍馬イメージなんだけどな。

2011-01-23

http://anond.hatelabo.jp/20110123233257

先生の嫌味なんか真に受けるな。

そりゃ先生した死活問題よ?自分日本最高の学校の教師だと思っているのに

その子弟が揃って部長クラスじゃねぇ。早稲田教授

「おや、貴方のお弟子さんは、うちの弟子会社管理職ですか」なんて言われたら凹むでしょよ。

そんな遣り取りしてるかどうかは知らないけど、内心思うところはあるでしょ。

 

けど、君の人生の善し悪しは、そんな事では決まらない。

君自身が決める事ですらない。

君が死んだ後に、泣いてくれる人たちが決める事。

 

はまぁアレだ。

先生が自慢したくなるようなスゲー人材はさ、大概若いうちに一回は挫折してる。

でも一回ではへこたれない。永久に挑戦して永久に苦しんだりもしないけど、

かと言って10代20代の内に、自分人生を決め打ちにしたりとか一流になれないとか言ったりしない。

2010-12-06

http://anond.hatelabo.jp/20101206210047

早稲田大学でございます。超一杯中国の人来るよ。留学生研究者も。流石に研究室はさらせないけど。

まぁ「あの人の門下のあいつだな」と思った人いるかもしんないけどスルーな。ほっとけよ。

んで、中国人研究者日本に多く来る理由はやっぱり文革が一番デカいんですよ。

あのときやらかしまくったせいで資料が相当焼失してる。当事の歴史的資料なんてのもそうだけど、

中国って国家アイデンティティになるような資料まで相当燃やしたからね。ついでに、当局の検閲現在でもバリバリ入るので

マトモに勉強したければ海外に求めるしかないっていう悲しい事情もあるようだね。

具体的に言えば、「孔子」に関する資料とかあるいは文化風習ヤ宗教に関する資料、歴史的遺物なんてのは下手した日本の方が資料が残ってるんじゃないかと思う。

「批彪批孔」の嵐が凄まじかっただけ、多くのものが失われた。でも、中国大好きな日本は結構保存してたわけですよ。経典歴史書、思想書の類は全部まとめて焼いたからね。実際、「批彪批孔」とは言うものの焼く人間に色んな思想家の見分けがつくわけなく、墨子荀子もなんもかんもサックサク大学ごと、っつーか学者ごと焼いたからね。更には孔子とその弟子たちの墓までぶっ壊す始末。だから日本にこそ残ってた。日本人にとって漢文ってのは「教養」だったからね。

んで、これはとりもなおさず「日本中国の絶大な影響下にある国家である」っていうことを端的に示す事実だし、

同時に中国が「歴史的資料をやらかしちまった挙句現在でも学問の自由に乏しい」っていうことを端的に示すよね。

そういうわけで、研究者同士は比較的仲良しなんだよ中国日本。母国に帰ると言いたいことも言えないらしいから、彼ら。

俺は中国研究してる人じゃないけど、師匠筋に当たる人が文革研究で有名な人なんで非常に接点があるんだ。向こうの研究者とは。

2010-11-04

私は、私のお弟子さんたちにも、お弟子さんの会社社員にも、こういってきました。

「恥をかいていいんだよ」「人間は恥をかきながら向上するんだよ」

といってきました。

そうしたら、みんなが、見違えるようによくなってきたんです。

2010-10-18

日本考古学協会が所蔵している遺跡発掘報告書など約5万6千冊の蔵書を海外に叩き売るという話だ。

http://sankei.jp.msn.com/culture/academic/101015/acd1010150146000-n1.htm

文系学問は、政治家企業家ブレインを勤めている人や猟官制で失職時期が必ず発生する高級官僚が表芸としてやるモノであって、専業でやるモノではないと思っていたのだが、どうも、日本文系学界では、そうではないらしい。

理工系ならば、特許が金になるから、専業で研究に邁進する事は不可能ではないが、文系学問の成果は、基本的に金にならない。金にならない研究で飯が食えるわけが無いと考えるのは普通であろう。

考古学協会の蔵書を引き取ったら、当然、公開できるようにしなければならないという事で、専門の職員を雇えとなる。金にならない上に、金食い虫となるので、どの大学も、引き取れない状態であった。これは、国内大学だと、専門の職員が押し付けられる上に、考古学協会の本部機能を持たされ、毎年の学会主催経費を押し付けられる事が、目に見えていた為である。

そこで、海外大学という話がでてきた。海外大学においても、当然、資料を管理・公開する為に専門の職員が必要になるが、その採用基準は、国際的な基準が適用される。最低でも、国際的な学会誌に掲載された英文の論文が必要となる。この基準を満たせる日本人考古学者が何人いるかは、考古学協会に参加している人が一番理解しているであろう。専門の職員を押し付けようにも、業績面で全員跳ねられる。また、海外にあるのだから、学会の本部機能も押し付けられないし、学会主催は不可能となり、経費負担を拒絶できる。

学会にとって蔵書が鬼子となってしまっている以上、蔵書の維持という点だけで見れば、海外に売り飛ばすのは、合理的である。

この話がとりあえず潰れたようであるが、かといって、金が作れるようになるわけではない。

官僚天下り先としてシンクタンクや協会や財団を作るよりも、大学に引き取らせた方が何ぼかマシであるのだが、肝心の大学教員の質や能力制度に問題がある。助教授准教授に言い換え、若手に任期制を導入して流動性を高めても、大学だけの制度改革では、ポストを求めて他の大学へと横滑りしていくしかないとなる。テュニアを持っている人同士でお弟子さんの貸し借りで循環させるとなるが、そうやって経歴を積ませても、研究成果が出てくるわけではないし、弟子の貸し借りの輪から外された時点で、大学に残れなくなるという点では、何ら変わらない。貸し借りの輪が維持できるのは、定数が現状維持か微増の状態である場合に限られているのは、論じるまでも無い。仕分けで経費や人員が削られている状態では、先細りとなる。

研究を通じて社会の役に立つというのは、理工系の発想であり、文系は、鍛えた知性や理性や洞察力や分析力、構成力といった能力社会の役に立つべきである。研究にしがみついているだけで食べていけるのは、大学お金を引張ってきてくるけど研究成果が今一という人が居る時に、その人よりも研究成果で上回っている人を蔑ろにできないからという理由だけでしかない。大学お金を引張ってきてくれる人が居なくなれば、どんなに研究成果を積み上げても、お金は回ってこなくなるのである。

この辺は、webコンテンツ業界においても同じで、どんなにコンテンツを積み上げても、お金を引張ってくる人が居なければ、お金にならない。言い換えれば、お金を引張ってくるルートを作った人は眠り口銭を取れる状態にあると言える。コストダウンアウトソーシング能力はあっても、ビジネスを育て上げる能力自体が、減衰しているのであろう。

2010-09-28

B級品

サミュエルソンソロー、ケネス・アロー、高田保馬森嶋通夫から直接に経済学を学んで

スキナーから心理学パーソンズ中根千枝から社会学丸山眞男から政治学

大塚久雄からウェーバー学を学んでも、出てくる著作はB級品。弟子たちもB級。

この現象って、なんなんだろう?

2010-09-19

http://anond.hatelabo.jp/20100917191635

これは、なんか違うかなーと思った。



まず、才能というものに関してはなんとも言いがたい。

私は美大の予備校デッサンなどを教えていますが、才能の無い子にあった事が無いので。

あえて言うなら、途中で辞める子は才能以前の問題だと思うけど。

正直、センス無いなーって感じる子はいる。

センスのある子と無い子の違いは、美大に受かるレベルに持っていくのにどれだけ手間や時間がかかるかです。

でも時間がかかってもみんな美大に受かるレベル以上にはなれる。

ちなみに、小さな予備校なので毎年ほぼ全員、専門学校含めどこかしら受かっています。20人中0〜3人は浪人と言う感じ。

時間がかかるなら才能ないね、って言い方もできるけど

いやいや、時間がかかっても最低限のレベルにはなれるんだから、やっぱり才能はあるでしょう、という言い方も出来る。



そんな先生をやっている立場からいうと、

このアニメーター志望の高校生は未熟なだけで、基礎を教えてあげれば確実に伸びる。

いや、確実かどうかは本人次第。本人がやりたいなら確実にうまくなる。

そして、本人がやりたいなら、何十社でも何百社でも就活をしてもらう。

本人がもう嫌と言うなら、それも受け入れる。

でも、本人がまた挑戦したいというならとことん付き合う。

先生の役目は、どんなに時間がかかっても、

本人がやりたいなら見捨てずにそのレベルまで導いてあげる事じゃないですかね。

もちろん、技術的な事だけでなく、あなたの言うような自分自身を客観視する姿勢なども教えて。



本人がやりたいというのを止めて、OLの道を歩ませるのはどれだけ幸福なのでしょうか?

ていうか、OLなめんなって思う。OLがいばらの道じゃないとでも?

富野さんって偉そうだよね。自分仕事OL仕事より大変だとでも思っているのかしら。やーね。下品で。

夢を諦めてOLになるのって、なりたくてOLになってる人に失礼だし。




大体、この番組NHKニュース?)は、未熟な志望者を時間かけて育てる余裕が今の企業には無いと言う事をいいたいわけで

世間知らずな高校生が無謀な夢を見てるよ、なんて事を伝えているわけではないのですし。

そうするとますます高校大学で、即戦力になる技術を教えなくてはいけない、伸びるのに時間がかかる子は容赦なく切られる

つまらない世の中になっちゃうよね、とニュースはいっているのでしょう。



あなたデザイナー志望の子と触れ合う時間は短いから、夢を諦めさせるのが責任あるなんて思っちゃうのかもしれないけど

触れ合う時間が長い先生という立場になると、あのひどい絵を描いていたこの子がここまで伸びたのだから

なんとしてでも希望を叶えてあげるのが先生責任だ、って思っちゃいますよ、やはり。



逆にそう思えないとなると、ちゃんと教えてこなかったということで先生失格ですよ。

ちなみに誰だって伸びます。前述した通りです。



試しに、あなたのところに来るデザイナー志望で飛び抜けて未熟だけど熱心そうな子を弟子にしてご覧なさいよ。

私の言ってる事が嘘じゃないと分かるから。

でもね、分かってますよ。あなたにだってそんな余裕は無いでしょう。

だから、あなたはこういうしか無い。

即戦力以外は、夢を諦めろ。

2010-09-17

小沢一郎ってさ

田中角栄弟子みたいな風に言われてるけど、俺には金丸信劣化コピーに見えるんだよな。何となく。

2010-09-10

頭の悪い皮肉り方について

個人的に死刑についてはどっちでもないんだけど

こういう皮肉り方は頭が悪いのね。

どうもはてな界隈はしばしばこれと同じような

出来損ないの皮肉が通用してるからこの際に指摘しておきたい。

http://anond.hatelabo.jp/20100910122005




江川紹子

考えてもみて下さい。死刑制度を廃止するということは、オウム松本智津夫のように、

自分を信じて集ってきた者たちを使って、自らの野望を満たすために多くの人々を殺傷し、

その後も弟子のせいにしたりして全く反省をする気もない人を、

国民税金で何十年もお世話して差し上げるということなんですよ

元増田

正しい世界をつくるため 徹底的にポアするぞ

ハードにポアするぞ

死刑制度万歳

この皮肉構造を簡潔にすると

「麻原を批判する江川紹子だが、麻原と同じことをしてるではないか」ね。

同じだとする為の共通点は

死刑という手段を用いる」だね。



かしこれは皮肉として全然ダメダメなわけ。何故か。

江川紹子による麻原批判の論点が「死刑を用いた」ではないから。



仮に例えば、

江川紹子「麻原さんのやった事は理解できるんだけど、手段に死刑を用いちゃった。だからダメ。」

江川紹子「じゃ、ダメな麻原さんを死刑にしましょう」

と言ってるんだったら

「お前もダメじゃねーか!」「ポアじゃねーか!」

というギャグ構造が出来るし、そこをイヤミで突くと「皮肉」が生まれる。



だけど江川紹子の麻原批判は

自分を信じて集ってきた者たちを使って、自らの野望を満たすために多くの人々を殺傷し、

その後も弟子のせいにしたりして全く反省をする気もない

であるから、

江川の発言に「ポアじゃねーか!」と言うには

江川の死刑推進、もしくは国家死刑執行に

自分を信じて集ってきた者たちを使って、自らの野望を満たすために多くの人々を殺傷し、

その後も弟子のせいにしたりして全く反省をする気もない

との共通点を示さなけりゃいけない。




人間同士のやることで重ならない部分が皆無と言うことなんかないから

どれだけ立場が違う人間同士であれ

批判者と被批判者であれ

必ずどこかは共通する。

死刑が同じだから江川と麻原は同じ」みたいな頭悪い皮肉がOKなら

あらゆる宗教は「宗教な時点でオウムと同じwww」だし

あらゆるデモは「デモな時点で在特会と同じwww」とか言える。




人の発言を皮肉る時は

その発言の中身をこそ正しく掴んで逆手に取らなければいけない。

いけないというより、それが出来てないなら皮肉が成立していない。

批判者に対して

「でもお前も服を着てるでねえかっ!」「お前だって鼻の穴が二つでねえか!」

(先鋭化させていくとなんか感動的なヒューマニズム台詞みたいだ)

というのは皮肉ではなくただの馬鹿だ。

出来てない皮肉は慎み、人がやってたら笑いましょう。

http://twitter.com/amneris84/status/23989169157

江川紹子さんの発言。

考えてもみて下さい。死刑制度を廃止するということは、オウム松本智津夫のように、自分を信じて集ってきた者たちを使って、自らの野望を満たすために多くの人々を殺傷し、その後も弟子のせいにしたりして全く反省をする気もない人を、国民税金で何十年もお世話して差し上げるということなんですよ

まったく同感だ。



ポアするぞ ポアするぞ

にっくきオウム松本智津夫をポアするぞ

徹底的にポアするぞ 徹底的にポアするぞ

むかつく奴はポアするぞ

税金で取られた金でお世話して差し上げるのは許せないからポアするぞ

正しい世界をつくるため 徹底的にポアするぞ

ハードにポアするぞ

死刑制度万歳

- 転職ならen
- 派遣ならen
5ページ中1ページ目を表示(合計:116件)