はてなキーワード: 年金生活とは
「所得が低い人ほど消費性向が高いから、消費税は逆進性がある」という話があるけど、
消費の中身を見ると、低所得者ほど非耐久消費財への支出が多くて、
非耐久消費財なんて今はほとんど中国とかからの輸入品が多いから、
耐久消費財(家電、自動車、住宅等)の方が国内産品の割合は高いし、
サービス業とかもほとんど国内だから、ここへの消費を下支えしたほうがいい。
日本国内の低所得者って、実際には年金生活者や生活保護受給者が大部分だから、
逆進性がある消費税の導入は、実質的には社会保障の減額と同じ意味がある。
この辺の階層への課税を抑えても、家電や車を買ったり、家を買ったりするようになるとは思えない。
逆に消費税が数%上がっても、飯は食うだろうし服も着るだろうから、ここらへんの層の消費が減ることはない。
むしろアッパーミドル辺りへの課税を抑えて、新車に乗り換えてもらった方が景気にはいい。
消費税増税と所得税減税を同時にやれば、年金生活者から給与所得者への所得移動と同じ効果がある。
私の夫は3人兄弟で夫の兄が二人いますが二人ともニートか引きこもりだかなんだかわかりませんが全く働かず夫の実家ですねかじり生活を送っています。
義父も年金生活でしたのでこれからは義理の兄たちの収入が無くなります。
今後は義理の兄二人は義父の残した財産を切り崩して生活をしていかねばなりません。
夫は財産を放棄するかわりに義理の兄二人とは縁を切ると言っています。
過去にも何回か義理の兄の借金の取り立てが我が家にもきたことがあり我が家の電話番号を変えたり、義理の兄からはとんでもない迷惑をかけられていたので夫の実家とも疎遠になっていましたがいくら財産を放棄したからといって兄弟の縁は切れるものではないと思います。
近い将来、義理の父が残した財産を使い果たしたとき必ず我が家にやってくるにきまっています。そのときに無視はできないと思います。でも私の家計も夫と私が働いてこども二人を育てていて義理の兄、しかも二人も面倒をみてあげる余裕がある状態ではありません。
夫は義理の兄たちとは縁を切るから野垂れ死にしてもほって置けばいいと言っていますがそんなこと実際にできるわけないです。そんなことはしてはいけないです…。だけどそうしたら一生懸命働いて子育てをして真面目に生きている者が馬鹿をみるというとても理不尽な状況に陥ってしまいます。理性と現実の狭間で苦しいです。
夫の実家の財産は家しかないため現金が全くないので早急に家を売らねばならず義理の兄たちはたちまち住むところも無くなります。
一人だけならまだしも二人もいたら実家が売れても次に住むところの家賃と生活費ですぐお金は使い果たされることと思います。
こんな境遇の相手と結婚したばかりに脅かされる生活を送らねばなりません。
しかも兄のうちの一人はアル中なのですよ…。せめてお酒をやめてくれたら義理の兄たちの食費に回せるのに…。
こちらにも二人の子供たちがいるというのにこんなことで我が家の家計まで脅かされることがあってはいけないと思います。
私たちが頑張ってなんとかなるならもっと頑張るけどこればかりはどうしようもなく頭が痛いです。あまりにも苦しいから書き込みさせていただきました。皆様はどのように思われますか?
http://d.hatena.ne.jp/dongfang99/20110212では「消費税増税が主要因で景気が急激に悪化したとか、あるいは自殺者や餓死者が激増したとかという実証的な議論を聞いたことがない」と言いつつ、
http://d.hatena.ne.jp/dongfang99/20101006では「仕事の激増に対して賃金上げや人員増が追いつかず、少なくとも短期的には過労死・過労自殺を増やす可能性が高いし、少ない年金と預金で暮らしている(まさにデフレだからなんとかもっている)独居老人などは、生活が成り立たなくなって自殺するしかなくなるだろう」と決めつけるのはダブルスタンダードな気がする。インフレに過剰反応して闇雲にバッシングしてるだけじゃなかろうか。90年代デフレに突入して自殺者が急増してる現実についてはどう思ってるのだろうか。
そもそも「福祉サービス受給の中心である年金生活の高齢者にも薄く広く負担できる」のは消費税でもインフレでも同じ(むしろ物価スライドを考慮すれば消費税のほうが多い)だし、貯蓄を取り崩して生活してる老人の負担が相対的に大きいのはどちらも同じなのに、なぜ消費税だけ実証的な根拠を出せと言ってインフレについてはそれを出さずに煽り立てるのだろうか。日頃高橋洋一的な論法を批判しておきながら自分も同じことをやるようでは説得力がないと思うのだが。
プロ野球で優勝すると、各球団は"ビールかけ"をしてドンチャン騒ぎをする。頑張った選手への褒美としてやるのだろうが、あくまで球団内のお祭り騒ぎであって、テレビで生中継までする必要はない。私は低収入の年金生活者なのでビールを飲むことさえままならず、"ビールかけ"の映像が流れるたびに悔しさがこみ上げてくる。どうか"ビールかけ"の映像をテレビで放送しないでほしい。
ドラマだが、出演者の女性の言葉遣いが悪い。「てめえ」「この野郎」などと発言している。この作品に限らず、全体的に女性の出演者が男言葉を使っているのでとても気になる。テレビを見た子どもがまねをして汚い言葉遣いをするので、各局とも番組制作の際には気をつけてもらいたい。
消臭剤のCMで、「夫のクローゼットは臭い」といった内容。実態以上に男性に対する侮辱だと思う。家庭内における父親の居場所をなくすうえ、子どもに対しても父親の地位低下をきたす恐れがある。また、食事時に流すのはいかがなものか。「臭い臭い」などと聞かされながらの食事は気持ちのいいものではない。
「サッカー国際親善試合韓国VS日本」だが、何故日本で放送するのに「日本VS韓国」ではなく「韓国VS日本」と韓国が先なのか。他のラジオ等で流れていたのはちゃんと「日本VS韓国」と日本冠だった。日本のテレビ局なのだろうか。何か特定の理由があるのか?
「尖閣諸島問題」に対するデモ行進があった。海外ではCNNやウォール・ストリート・ジャーナル、AFP通信社などが詳しく報道しているのに、日本のマスコミが全く報道しないのはどういうことなのか。国民の"知る権利"が脅かされている。きちんと報道するよう各放送局に伝えてもらいたい。
http://toriaezumitekitayo.blog88.fc2.com/blog-entry-230.html
地域社会が壊れてて若い男も若い女も子供の扱い方なんかわからないのに、
いきなりマンツーマンで子育てさせられる怖さと、問題が起こったら全部親の責任にさせられる怖さがあり
おまけに保育施設が少ないわ、男女どっちかがキャリアを断絶しないといけなくなるわじゃ誰も子供生む訳ない。
日本の人口多すぎるから少子化政策を手抜きにするように国際社会から圧力かけられてるのかと思うほどだ。
一方、年金生活で暇してる高齢者は何をしてるかというと、遊んでる。
つい最近まで子供だった若い親に子育てのリスクを背負わせすぎたら子供産みたくないとなるのは当たり前だから、
金に困ってないけど暇を持て余してる高齢者を企業に縛りつけて若年者の雇用を奪うより、
若年者の生活を後方支援させる形で高齢者を活用すればいいのに。
何で誰も声を上げないのか。余裕がないのか、頭が足りないかのどちらかなのか?
深刻で基本的には世代間の負担の問題である。
ことによってこの問題を改善することは不可能だろう。
一部を税方式にして徴収能力を強化したりといった
上げるための改革は一層難しくなる。
若年層が世代の利益を確保するには、
この利益配分争いにうまく付け入るしか方法がない。
仮にあなたが年金問題の世代間不公平を
「高齢世代は、将来世代のために応分の負担を」
といった記事ではインパクトが弱く失敗に終わるだろう。
もっと、個別の層にターゲットを絞るべきだ。
例えば、裕福な高齢者の生活を分析し、
こんなにたくさんの年金支給が必要なのだろうか?と問いかけ、
「厚生年金の報酬比例部分の支給は切り下げるべき」と議論を持っていく。
そうすれば、多くの若年層だけでなく
あるいは、70代で元気に働く高齢者を紹介し、
元気なお年寄りが多い今、65歳で引退する必要があるのか?と疑問を呈し、
生活保護の稼動年齢の基準は70歳にすべき、と持っていく。
仕事確保のため、役所の単純作業を割り振るのも一案だ。
多くの有権者の支持を受けられるだろう。
有権者の平均余命より後の部分について年金の段階的削減を提案するのも一案だ。
多くの人は「長生きの人はこれだけ得をしているのだから」
と納得する可能性が高い。
喫煙者の肺疾患は保険でカバーしないといった方法も考えられる。
こうした策略に満ちた社会は寛容性が低下しており
望ましい社会とは言えないだろう。
雨の通勤電車での一幕
席と吊革が埋まっているくらい混雑している電車に老夫婦が乗ってきた、見た目は70代くらい年金生活って感じ。
その夫婦は、まず座席を探し座席が空いてないと見るや、全力で通路の人を押しのけて、
吊革を目指す。そんなに急がなくてもいいのに・・・
そうしているうちに、彼らの少し離れた席が空いた。
さも座る権利があるように周りの人を押しのけ、つり革に捕まっている人の前を通り抜け座りに行った。
その後も奥さんが旦那に大声でしゃべって非常に迷惑。
それだけの元気があれば、立っていても大丈夫なんじゃないか?
みんな仕事や勉学で疲れて、電車に乗ってる数十分座って仮眠をとったり、本を読んだりしたいんだよ。
お前らみたいに時間が余ってるわけじや無いんだ。
高齢化が進んでいるから年寄りが増えるのは仕方が無いけど、こっちはお前らの社会保障費を払う為に汗水流して働いてるんだよ。
座りたいなら優先席に行け!
http://japan.cnet.com/blog/sasaki/2010/04/29/entry_27039510/
役所のIT化っていうことなんだけど。
役所の文書管理を完全に電子化されると、働く職員からするともうこれが完全に「詰ん」じゃうんだよね。
役所って、ただでさえアホみたいに文書が飛び交っている。
とうぜん法律やら通達やら定款やら規約やらいわゆる「法」で動く組織な訳だから、文書できっちり管理される。
文書で管理されるっていうのは、自分がやろうとしていること全てを言葉に表わして、
微に入り細を穿って、偏執狂なんじゃないかというくらいつまびらかに説明して、
そのやろうとしていることをこれまたアホみたいにいろんなお偉い方々からのご了解を得てから行う。
これを「決裁」と言います。
例えばUSBメモリ1個買うにも、
見積書、請書、納品書、請求書の書類を整備し、
支払条件を事細かに規定して(検収後起算30日以内(土日の場合は翌開庁日)、指定金融機関にて振込支払、手数料は先方持ち等々)、
これまたアホみたいに仰山ある支出科目から適当と認められるものを選び出して、
どのような用途に使われるのかを3行ほど作文して、
係長・課長・部長・出納長に決裁のハンコをもらって職員に供覧に回して、
めでたくUSBメモリ様をお一つご購入の栄に浴することができるというわけ。
買ったあとも関係各書類はしっかりと綴じ、
監査役様のご査問に耐えられるよう領収書は言うに及ばずありとあらゆる証拠をしっかりと残さなければならないのです。
まだ話の前段にも入っていないのに、これだけくだらない説明を延々としなければならない。
事ほど左様に役所というのは回りくどく証拠を固めるよう宿命づけられた存在なのでございます。
ってまあ悪ノリして猛烈に誇張したけれど、
タテマエとしては、これくらいのことをホンキでやれっていうのがいわゆる役所の「お仕事」です。
とーぜん、こんなこといちいち守ってたらよほどの気違いでない限り気違いになってしまいます。
だからね。
役所で出世するのは、「どれだけタテマエを最低限に抑えて業務を遂行するか」ってところにかかるわけ。
学生さんとかは昇任試験をどれだけ優秀な成績で合格するかが出世のカギって考えているだろうと思うけど、
実際はそうじゃない、
やらなくちゃいけない仕事を、いかにくだらない文書主義をブッちぎって軽やかに、鮮やかにこなせるか、
ってところに勘所がかかってくるわけ。
よく裏金って問題になるでしょ。
あれって、学生さんや専業主婦さんや年金生活者さんあたりは、ウンコ役人が私腹を肥やすために拵えているって思うでしょ。
役人ってそんなバカじゃないんですよ。
っていうのはね、そんなハイリスクなことして小銭稼ぐくらいなら、いみじく縮こまって退職待っている方がよほどカネになるし、
役人になるくらいのアタマの持ち主はそれくらいのことよーっく分かってるんですよ。
USBメモリを決裁文書作らずに買える手段をゲットするためだけなんですね。
例えが悪いか、USBメモリ一本だったらそりゃポケマネから出しゃ済む話ですけどね、
例えば成人式をやるとかなんちゃら周年事業とかのイベントを行う時に、
すぐに決着付けなくちゃいけない案件があるのに悠長に決裁待ってられないって時に、
仕事が出来る人は果たして何をするでしょうね?っていう話ですよ。
それでやっと初めの話に戻ります。
今までのが前段です、スミマセンでした、本当に申し訳ありません。
前置きが長くなった理由については別添付きの回覧を後日回します。
役所の文書をIT化するとね、
そういった「文書主義のブッチ切り」ができなくなるんですよ。
そうすると、
仕事が死にます。
徹底的に電子制御されると、
【現実に即した対応をするために犯したルール違反が、もみ消せなくなります】
例えが合っているかどうか分からないことを承知で言いますと、
そんな感じです。
だから。
だからね。
役所に導入されるシステムは、
完 璧 で あ っ て は 絶 対 に い け な い ん で す よ。
ご清潔な若人、専業主婦、年金生活者、或いは引きこもり、ニート。
皆様方からの非現実的でスターリンもかくやと思われるような素敵な「理想」のご批判をお待ちしております。
ええ私Mなもんで。粛正、大歓迎でございます。
こういうことが可能だと思いましたが、タイトルの通り、以下は脱税ですからやってはいけません。こういうことを考える人がいるといけないと思い、抑止力として書きました。参考にしないで下さい。お願いします。
<前提>
会社員であるAさん(35歳男性)は、WEBデザイン関係の会社に勤務しながら、個人でもデザインやライターの仕事を請け負っていたので、去年まで、雑所得として確定申告をしていた。
ところが、個人事業が順調で、収入も安定して200万超ぐらいになってきたので、開業届と青色申告の承認申請書を提出して、事業所得で、青色申告を行うことにした。
<考察>
Aさんが、青色申告について勉強してみると、青色事業専従者給与というのがあることがわかった。
月に5万円を支払うと、×12で60万円。給与所得控除65万円を差し引けば、給与所得はゼロ円になる。父が無収入なら、東京都で住民税の均等割がかからない100万円まで支払えばいいが、父は年金の雑所得があり、できれば基礎控除は使わない方が無難だし、65万円ギリギリまで支払うよりも、5万円というキリのいい数字の方が、給与として「それっぽい」感じであるので、5万円にした方がいいと思った。
税務署の人に「通帳を見せて下さい」と言われることもあると思い、手渡しではなく、記録が残っている方がいいと思い、銀行振込で支払うことにした。同一支店ならネット振り込みで手数料もかからないし。
父は、いつも使っている通帳とは別の通帳を持っているし、Aさんも事業用の通帳、いつも給与の口座として使っている通帳、さらに、ほとんど使っていない通帳の3つを持っていたので、父がほとんど使っていない通帳から、Aさんがほとんど使っていない通帳に、5万円をもらうことにした。
客観的に見ると、給料の5万円をバックしてもらっているように見えるが、父は「おこづかい」のつもりで、息子に支払っているだけであるし、Aさんも父から「おこづかい」をもらっているつもりだ。
ただし、税務署の人が、「給料が5万円支払われた後に、すぐに5万円バックがある通帳」を見たら100%、「これ、専従者給料払ったあとで、お父さんに5万円返してもらっているじゃないですか。」と言われると思うので、おそらく目に入らないであろう通帳を使うことにした。
青色の特別控除の65万円と青色専従者で60万円、合計で125万円の控除が、もれなくついてくることとなった。
(追記)
(※つながっているように読めて、紛らわしいですが、以下の<おまけ>は、上とは別のお話です。「やらないでね。」って書いてあるのでやる人はいないと思いますが、青色専従者になった人は、扶養控除の対象者になれませんので、注意して下さい。)
<おまけ>
父が退職し、年金生活者になったので、父と母を扶養に入れることにした。実家に生活費を支払う必要があるので、使っている通帳と使っていない通帳を使って、行って来いである。生活費は、5万円も入れておけばいいだろう。ボーナス月には、10万円ぐらい入れておくか。
38万円×二人で、合計76万円控除、所得税の税率が20%なので、15万2千円の節税だ。
さらに、父も母も国民健康保険を払う必要がなくなるので、父も母もお金が浮く。
日本の保険制度は素晴らしい仕組みだと思うと同時に、抜け道だらけだな、と思った。
<追記>
レスをつけてくれた人が、大事なことを書いていてくれましたので、上の文章のあいだにも「追記」を入れました。
書き忘れましたが、この<おまけ>と<専従者給与>は、同時に適用できないので、注意してください。大事なことを書き忘れてすみません・・・
と言っても、初めに、専従者給与については、「やらないで下さいね。」と書いているんで、やる人はいないと思いますがw
別々のお話として書いたつもりでしたが、確かに、自分でちゃんと読むと、両方つながっているように読めますね。。。
増田なんでと思って、適当に書いてましたが、ちゃんと読んでいる人がいたというのが、驚くと同時に、おもしろいなあって思いました。
◇最後まで世話を
団塊世代の定年退職シーズンを前に、引き受け手のないニートの相談がニート愛護団体に寄せられている。県ニート愛護センター(青森市)によると、引き取り手がなく殺処分されるニート・ひきこもりは昨年度は3481頭。同センターや団体はニート・ひきこもりの譲渡会を開くなどして里親探しを続けているが、身勝手な親や引き受け希望者からの要望に頭を悩ませている。
「大丈夫だろうか」。東北町の会社員、高田一仁さん(49)は2月21日、八戸市内のスーパーであった譲渡会で、中年ニートの「チビ」と出会って不安に駆られた。昨年末に引きこもりの弟を事故でなくした両親が「ペットがいなきゃ寂しい」と訴え、インターネットで譲渡会を知り予約していた。写真を見てはいたが、実際の「チビ」はツメが伸びて肉に食い込み、目は炎症を起こし、においもひどかった。引き取りをためらったが、家では両親が待っていた。「チビ」の訴えかける目を見て連れ帰ることにし、獣医に診てもらった。
ニート愛護支援の会八戸(八戸市)に事情を聴くと、前の飼い主は10匹以上を飼育し、餌やりや掃除が不十分だった。「飼ってあげなくては」と決め、「きなこ」と名付けて両親宅の牛舎で飼い始めた。
最初は元気がなく、鳴き声も上げなかったが、毎日残飯を食べて栄養を付け、生き生きとしてきた。高田さんは「事情のあるニートやひきこもりはたくさんいる。一匹でも何とかしてあげたい」と思っている。
会によると、里親を求めるニートの約7割に親がいる。しかし、飼育放棄や繁殖のしすぎなどで相談にくるケースが多い。ニートの相談は親が年金生活に入るの1~3月に集中し、毎回30匹以上が譲渡会に出される。相談する親の中には、引っ越しや病気を装ったり、無理やりニートを預ける人もいる。一方、譲り受ける側も、血統や年齢にこだわり、ペットショップのようにあれこれ要求する人もいる。会は、安易な繁殖を避ける去勢手術を受けさせ、譲り受ける人には正しい飼い方を約束させ、ニートが不幸にならないようアドバイスしている。
会の中村由佳代表(40)は「名前を付けられる時、大変な環境で生きてきたニートたちが『生きてていい』と認められたようで一番うれしい」と話す。親が最後までニートを飼えば、本来は必要のない会の活動。人とニートの幸せなつきあいが広がり、活動が収縮していくことを願っている。
http://mainichi.jp/area/aomori/news/20100310ddlk02100006000c.html
日本の借金はまともにやっていては返せない。増税でどうにかなるようなレベルではない。インプレかデフォルトしかない。これはもはや日本国民の共通認識だ。こんな借金、まともな方法では返せるはずがないって俺の94歳のひいばあさんもわかってる。
返せないことがわかっているが、できるだけ先延ばししよう。それが今の日本の政治家、官僚、マスコミの共通認識だ。だれも面倒なことを起こしたくないし、面倒に巻き込まれたくないんだ。それに、政治家も官僚もマスコミも、決定権を思っているのはみんな年寄りだ。自分は逃げ切れる、そう思ってるんだ。
若者の命が懸かっているんだ。さっさと破たん処理をすべきなんだ。ずるずる引き延ばして傷を深くしてはいけない。戦前のように、モラルが低下し、狂信的な団体が支持を受けるようになっては取り返しが付かない。大切なのは、短期的に処理すべき、ってことなんだ。仕事がないっていうのは、命の問題なんだ。仕事がなくなればモラルも低下する。こうしている間にも、貧困で命が失われ、モラルが低下していくんだ。
老人の面子のために若い人の仕事が失われているというのが今の状態なんだ。
普通、若者はほぼ丸裸の状態で社会に出る。若者には資本もないし経験もない。学校で勉強したことや職業訓練で勉強したことなんてほとんど使い物になんかならない。若者は仕事をしながら成長していくものなんだ。若者に生きていけるだけの糧を与え、仕事を与える。それは社会の、そして国の義務なんだ。そして、この義務は、バランスシート上の義務でしかない国債の支払いなんかよりも優先度が高いんだ。この国の憲法に、借金を返せとは書いていないが、働く権利は保障されていることを忘れないで欲しい。そして、丸裸の若者には責任なんてこれっぽっちもない。
国は、そして社会は、若者の仕事を作る義務がある。そしてこの義務は、どんな義務よりも優先される義務だ。まず、これを共通認識にすることから始めなければいけない。国や社会は節約してはいけない。どんどんお金を使って、どんどんお金を回さなければ、若者の仕事は生まれない。節約で生きていけるのはたっぷり溜め込んだ年寄りと年金生活できる年寄りだけだ。仕事のない若者は、引きこもるか、犯罪に走るか、身体を売るか、これくらいしかないんだ。
財政が破綻したって良いじゃないか。借金が返せないからって、社会に大混乱が起きると思っているのか。この国はジンバブエとは違うのだ。治安画悪化することはないし、生産活動だって維持できる。短期的な混乱はあっても、1年もすれば急激に回復する。この国の総合的な能力は、今でも世界一だ。
ちょっとジンバブエの話をしておこう。日本もジンバブエと同じ状態になると勘違いしている輩が多いんだが、それは間違いだ。ジンバブエと日本の状態は、まるで違う。ジンバブエにはそもそもまともな産業がなかった。治安も悪いし、統治機構が十分じゃなかった。教育レベルも低いし、そもそも無政府に近い状態だった。こんな状態だから、ジンバブエの財政が破綻しても、破綻する前と状況は大して変わっちゃいないんだ。まともに流通していなかったお金が紙切れになったってたいしたことはないんだ。最初から破産状態だったところにバランスシート状の財政状態が悪化したから本当に破産したってだけ。実生活上、そんなに大きな意味はない。
翻って日本だ。日本のバランスシートがかなり厳しい状態なのはご承知の通りだ。しかし、日本は破産状態かといわれればそうではない。世界に誇るべき優良企業が多数あり、世界最高の製造技術があり、高い教育を受けた人間がたくさんいる。底辺の人たちでさえ文字を読むことができるんだ。治安も極めて良好だし、この国ほど法を維持するコストが安い国はないくらいだ。そんな日本が仮に財政破綻しても、ジンバブエと同じ状態になんかなるはずがない。この国は、まだまだ富を生み出すことができるのだから短期的な再生は可能だ。
短かい間、我慢すればいいだけなんだ。年10%程度のインフレが起きればあっという間に借金は片付く。インフレが起きるとねずみ算式に借金は減るんだ。
このとき忘れちゃいけないのは、インフレの時は緊縮財政をするのはご法度ってことだ。国はじゃぶじゃぶとお金を使わないければならない。緊縮財政などしてしまうと、金がまったく回らない状態(いわゆるスタグフレーションってやつ)になる。スタグフレーションは悲惨だ。スーパーに食べ物があふれているのに餓死者がでるなんてことになる。スーパーは略奪の対象になる。治安が崩壊する。
やることは簡単だ。できるだけ早くインフレにして、同時に国は金をじゃぶじゃぶ使う。使い道は投資、開発だ。1に高速道路、2に北海道開発、3に自然エネルギー開発。いずれも、将来、必ず元が取れるものだ。
道路網はつながって初めて意味がある。寸断された状態ではまったく意味がないんだ。道路は「人」が移動するだけではない。「物」が流れるのだ。表には見えないが「物」がメインといってもいい。「物」を生産している田舎にこそトラックがガンガン走れる道が必要なんだ。交通量は、車の台数で計るものではない。物がどれほど流れているのかで計るものなんだ。
次に、この国にはフロンティアが必要だ。丸裸の若者には、頭が悪くてもなんとなかる拡大一辺倒になっている場所が必要なのだ。北海道にはまだまだ開発できる場所がたくさんある。平らな土地の面積や背後の農地面積を考えれば、最低でも札幌圏は500万人規模、旭川圏、帯広圏、函館圏は100万人規模まで成長するポテンシャルがある。北海道をそれぞれ、旭川県、札幌県、帯広県、函館県に4分割し、それぞれが競い合う形で成長させれば、新たな人と物の流が生まれ、経済は確実に拡大する。
たとえば、旭川で夏のオリンピックを、帯広で冬季オリンピックを開催する。函館では万国博覧会を開催する。帯広で旭川圏、帯広圏、函館圏がそれぞれ成長すれば、北海道内での生産活動や取引活動が増大し札幌圏はさらに成長する。北海道で新たに300万人規模の雇用を創出できるはずだ。ここでポイントなのは、北海道は「新しい土地」だっていうことだ。若い人がすぐに主役になれる土壌があるってことなんだ。
最後に自然エネルギー。風車とメガソーラー。電力の半分くらいは自然エネルギーで自給すべきだ。田舎の耕作放棄地なんかメガソーラーにぴったりだし、日本海側の風の強い地域は風車をどんどん立てればいい。大手電力会社のような半官企業の巨大資本でなくても建設できる。それこそ、市や県が計画的に作ればいいのだ。
この国に、やるべき公共事業はまだまだたくさんある。10%程度のインフレを起こしながら財政破綻するまでガンガン投資すればいい。きっと財政破綻する前に、失業率は劇的に改善し、借金は完済しているはずだ。でも、どうせできないだろうけど。
このままずるずる引っ張ればあと10年くらいは若者に仕事がないままだろうな。最後は国が制御不能に陥ってハイパーインフレとスタグフレーションになる。そしたら、暴動が起きて、治安崩壊。その後には、狂信的集団が台頭する。歴史は繰り返すか。
あーあ、なんだろうね、この閉塞感。
一般に、学生には時間が有り余っていますが、お金は足りていません。逆に、社会人はお金は持っていますが、時間が足りません。
学生にとっては、時間をふんだんに活かした戦略をとるのが有効で、対して社会人にとっては、経済力を活かした戦略をとるのが得策です。
また、「お金を持った学生」と「時間を持った社会人」の立場は、圧倒的に競争優位性を持ちます。
逆に、学生であれ、社会人であれ、「お金も時間もない(貧乏暇なし)」という事態は、何としてでも避けるべきです。これでは身動き一つとれません。
思うに、学生時代は、"ライバルとしての社会人"ということがあまり見えません。社会人になると、今度は学生のことが見えなくなります。
しかし、時代の突端をめぐる争いでは、学生も社会人も入り乱れることになります。
そのとき、自分の立ち位置の優位性と弱点を、把握しているかどうかは死活問題です。
もしあなたが学生ならば、時間をふんだんに投下して、社会人に立ち向かうべきです。
対して社会人であれば、経済力で学生を引き離しにかかるべきでしょう。
以上は、何も学生と社会人に限った話ではありません。自分の得意な土俵に引きずり込んで闘うのは、戦略の常套句といえるものでしょう
そのためには、常に自分の強みを意識しておくことが不可欠です。
もう1つの提言は
不断の問いとも言えるのですが、経済力がどれくらい大切かということは、なかなかに難しい問題です。
一般的に言って、手持ちのお金が少なくなればなるほど、お金のことがことが頭から離れなくなっていきます。
人間は弱いもので、本音で「お金は大した問題ではない」とか「お金よりも時間の方が大切だ」と言い切るためには、一定程度の収入が必要です。
お金はあって困るものではありませんが、なければ確実に困るものです。
ネットカフェに寝泊まりして、日雇い派遣の仕事をしている人たちにとっては、「お金がすべて」である可能性が高い。
彼らの心が豊かで、教養や芸術的感性に溢れているとは、考えにくいものがあります。
では、現代日本である程度まっとうな生活を営むためには、いったいどれくらいのお金が必要と言えるでしょうか。
独身男性が東京でひとりで暮らす場合、手取りで月に15万円(額面で20万円程度)くらいは必要です。
これくらいあれば、心がけ次第で、あまりお金のことを心配せずに、日々の生活を送ることができるでしょう。
月収が15万円あれば、"選択と集中"でデジタル機器や情報通信網をそれなりに充実されることも可能です。
手取りで月15万円を下回ると、"貧すれば鈍する"の言葉通り、どんどん気持ちが委縮していってしまいます。加速度的に"将来への不安"が膨らんでいきます。
手段は問わないので、毎月15万円以上の定収入は、確保しておくことです(学生であれ、社会人であれ、年金生活者であれ)。
「生活保護の支給額はもっと下だ」とか「節約すれば月に10万円の収入でも十分にやっているける」などの異論はあるかもしれませんが、それは別件です。
僕たちは、この人生において、何かを成し遂げるべく生きているのであって、「単に生存していればいい」という人たちに構っている暇はないのです。
生活保護対象者が、PCを何台も所有していたり、ipodやICレコーダーなどのガジェットを駆使した生活を送ることは、
おそらく許されない(金銭的にも倫理的にも)でしょう。
やはり、それでは困るのです。
この自由経済の世の中にあっては、一定以上の経済力があることは、前提条件です。
三流大学出身者が就職活動に際して"学歴フィルタ"にかかって、排除されるのと同じように、月収15万円(年収180万円)以下では、