はてなキーワード: 帳尻とは
彼らの独占の仕方の前では、ウォルマートさえ街角の個人商店にすぎず、
そのような候補者は限りなくあるだろうが、
科学や最先端研究を理解することが望ましいということには、誰もが賛意を惜しまない。
最新の知識を欠いては安定した民主的決定は不可能だ。
タイムズ紙やサンデー・タイムズ紙をアクセスするのに24時間あたり1ドルという、
マードック流の購読システムには飽き飽きしている人も多いだろう。
しかし、少なくともその期間内はいくつでも記事を読めるし、ダウンロードしておくこともできる。
エルゼビアの出版する学術雑誌では、1つの論文を読むのに31.50ドルかかる(原注1)。
シュプリンガーは34.95ユーロ(原注2)。ワイリー・ブラックウェルは42ドルだ(原注3)。
1981年に出版されたレターを読みたければ、やはり31.50ドルだ(原注4)。
もちろん、(まだそれがあるとして)図書館で読むという選択肢もあるが、
図書館も多額の購読料に苦しめられている。
化学分野の学術雑誌の場合、年間購読料は平均して3792ドルだ(原注5)。
私が見た範囲ではエルゼビアの Biochimica et Biophysica Acta の2万930ドル(原注6)が最高額だ。
大学図書館は購読を打ちきることで帳尻を合わせようとしているが、雑誌購読費は予算の65%を占めている(原注7)。
そのつけは学生に跳ね返ってくる。
一方、学術出版社は論文と論文の査読と編集作業の大半とをタダで手に入れている。
コンテンツの製作に当たって支払いをするのは出版社自身ではなく、
そしてそれを読むために、私たちはもう一度支払うのである。
上がりは天文学的だ。
前会計年度のエルゼビアの経常利益率営業利益率は 36% (20億ポンドの収入中7億2400万ポンド)(原注
8)。
エルゼビア、シュプリンガー、ワイリーはそれぞれ競合企業を買収した結果、
研究者は最新の情報に追いつくためそれを読まなければならない。
多くの場合、出版者はたくさんの学術雑誌をパッケージとしてまとめて購読するよう、図書館に強制している。
この国の人々を食い物にした極悪人の一人、
ロバート・マクスウェルが学術出版でその財の大半をなしたことは驚くに当たらない。
製作と配布の費用をまかなうためにこれらの購読料を課さざるをえない、と出版社は主張する。
また(シュプリンガーの言葉では)「雑誌のブランドを築き、学術情報流通を電子的基盤で支援する」という付加価値を提供もしているという(原注10)。
「出版社が出版プロセスに与える付加価値は相対的にはほとんどないと考えられる。
もし出版社の反論するように出版プロセスがそれほど複雑で高コストだとすれば、40%の利益率は不可能だ」(原注11)。
大出版社は、投稿から出版までに1年以上の長いプロセスをかけることによって、
研究を伝播させるどころか研究を隠してしまっている(原注12)。
ここに見られるのは、公共の資源を独占し不当な価格を課す、純粋なレンティエ資本主義である。
その製作に当たって自分たちがすでに支払っている知識を得たければ、
これが学術界に対して害をなすのはもちろんだが、
世俗に対してはさらにひどいことになっている。
私は主張をするときは根拠となる原典をたどれるようにしておくべき、
だがその主張を私が公正に要約しているかどうか、読者が検証しようと思っても、
その費用を支払えるとは限らない。
数千ポンドを支払わなければならない(原注12)。
「全ての人は自由に……科学の進展とその恩恵を享受する権利を有する」とする世界人権宣言に抵触する恐れすらある(原注13)。
Public Library of Science (PLoS) や物理の arxiv.org などの優れた事例もあるとはいえ、
オープンアクセス出版は独占資本家を駆逐するには至らなかった。
「利益率40%の時代はまもなくロバート・マクスウェルと同様に終わりを迎えるかもしれない」と予言した(原注14)。
しかし2010年のエルゼビアの利益率は1998年と変わらず36%のままだった(原注15)。
その理由は、大出版社がインパクトファクター上位に来る学術雑誌を手中にしているからだ。
こうした雑誌で出版することは、研究者にとって、研究費を獲得しキャリアを積むためにかかせない(原注16)。
とっかかりとしてオープンアクセスジャーナルを読むことはできるが、
クローズドな方もけっきょくは読まなければならない。
少数の例外を除いて、各国政府は彼らと対決することができていない。
米国 National Institutes of Health は、自らの研究費を獲得した研究者がオープンアクセスのアーカイブに論文を置くように求めている(原注17)が、
英国の Research Council の公共アクセスについての宣言は無意味の極致である。
それは「出版社が現在のポリシーの精神を維持しつづけるという仮定」に基づいている(原注18)。
政府の研究費に基づいて製作される論文がすべて無料の公共データベースにおかれるよう強制すべきだ(原注19)。
また長期的には、政府は研究者と協調して中間搾取者を追い出し、
ビョルン・ブレンブスの提案に沿い、学術論文とデータの世界単一アーカイブを作る取り組みを進めるべきだ(原注20)。
いまは略奪を受けている図書館の支出でそれを運営することもできるだろう。
George Monbiot
http://www.monbiot.com/2011/08/29/the-lairds-of-learning/
横だが
元気な老人を殺そうと言うのは本人からも家族からも抵抗が大きい
要介護老人を穏便かつ強制的に死なせていく。
重度な方から順に300万人は殺そう。
これで、クソするのにも人の手を借りるレベルの老人はほぼ一掃される。
次に柔整師だ。
あれがただの娯楽としてのマッサージと化してるのは接したことある人間はみんな知ってる。
「寝違え」だとか無理矢理傷害と言うことにして全ての手技を保険から金取ってる。
コレを全面的に潰す。
こちらは驚くだろうが、これも雑に言って1兆円が浮く。
生活保護受けてる奴なんか問題外だ。
これで雑に1兆円浮く。
そして独裁者が責任を持って矯正してくれる限り、国民もきっとそのうち感謝するようになる。
更に、これらの施策は全て単年度を埋蔵金で帳尻合わせるような姑息なものではなく
今では痩せているが、子供の頃は太っていた。
高校受験には失敗。滑り止めへ。
周りを見返そうと大学受験に挑むも、現役の時はこれまた失敗
一年間の浪人を経て、第一志望だった大学に入れたものの、現役で入った奴とか見ると「自分て・・・」とか考える。
地元の飲み会なんかではスゲー、スゲー、言われるんだけれど、自分としては全く喜べない。
つまり、何が言いたいかというと、
この慢性的な不満足感や劣等感を解消する方法はあるのだろうか。
例えば、コレから難関資格をとったとしても、それは帳尻合わせにすぎず、過去の失敗が消えるわけじゃないと思うんだ。
結局、人と比べるなってこと?分相応な目標を立てて生きるってこと?
どこにいても見かけますね。権限のある社員と派遣社員でもいいし
どこでも小さな力を見せ付ける人間の多いこと。
発注元が一番えらくて、元請次、その後は子請け孫請けと行くが、
下に行くにつれて、マージンを抜かれ糞みたいに、過労死寸前まで働かされている。
元請はことあるごとに、仕事をいただいている、やらせていただいているとか
卑屈な態度ばかり。馬鹿じゃねーの。仕事なんてお互い様だろ。でも
本気で発注元の顔色ばかり伺って、平社員だかなんだか知らない奴にも
なれない敬語つかったりして、アホくさい。
残念だけど、発注元はぶんぞりかえって、えらそうで、言葉も汚い。
特にうちの業界はそんな奴ばかりで、なれなれしく気安く名前を呼び捨てに
したりする。死ねと思う。そいつらに媚びへつらって、仕事をいただいて
ありがとうございます!とかニヤニヤすんなよ。
これ、童貞に対する素人童貞なみに絶妙なネーミングセンスだと思った。
「新しい言葉で差別が生まれる」というのは大袈裟かも知れないが、
いずれにせよ、そこまであえてカテゴライズして貶めてやりたくなる程度に
ウザがられる何かが彼らにあるということだろう。
こういうこと書くと「何その『いじめられる奴にも問題がある』メソッド」とか言われそうだが、
そもそも人の好感度なんて貯金の残高と同じで、相手を楽しませれば残高が増え、
ムカつかせれば減っていき、マイナスになったら相応の帳尻合わせに
なんつーか、仕方ないと思う。
ちなみにこの手のネーミングで個人的に気に入っているのは、
初めて目にしたときはVIP辺りで流行らそうという衝動に駆られたくらいだ。
そのいろんな意味で無駄にかっこいい響きに目下やられっぱなしである。
響きがかっこいい分、キョロ充や素人童貞よりも表面上は殺伐としていない。
そしてかっこいいけど彼らを微塵も称賛していない。
こういう単語は好きだ。
「潰れかけた店を再生した成功談」て話をする人が現れたとこに、
違うよ。
数回出してることもあり、ブースを豪華にしようってなった。
飾りとかを自作しようってなりそこまで負担じゃない金額を出しあった。
足りない部分は手作業して集まってやったんだが
まー、協調性ないメンツばっかり
こっちはやりくりしてんのに「○○がない買って来よう!」とか「○○があればなあ」とか言い出す
いや、今買いに行かれたらこれ完成しないんだが・・・
なんとか家にあるもので代用しても「これくらい出すのに」とか言い出す
全員金持ちでもないし、大切なお金預かって予算組んでるんだからそんくらい分かれよw
あとは時間配分ができない
だらだらお喋りやって勝手に帰っていく
あー割があわない
友達だから我慢しろって思うだろうけど
彼女達の作品がいいから一緒にやってるだけ
正直友達になるのは無理w全員勝手過ぎるし
人格を多少無視しても一緒にやってるから我慢しなきゃいけないんだろうけど
俺の場合だけど、一日のはじめに、
やることを全部メモに書き出すようにしている。
ヒゲを剃るとか、簡単なモノもいれて。
で、簡単な課題から片付けてしまう。
そうすると、少しずつ気分が上向きになる。
こういう時って、薬が効かなけりゃ(俺はそうだった)
休むか、無理をするしか、ないんだよな。
一年くらいボンヤリしたって、若いうちはそうそう変わらないって。
だけど、そういうわけにはいかないんだろ?
とにかくね、今の俺は、前の俺の20%くらいの力しかでないのだ、って
割り切るしかない。で、その20%のなかで、帳尻をつける。
周りにいくら迷惑かけたっていいよ。治ってから十分お返しすればいいんだ。
世の中ってのは、今はずいぶんキリキリしたご時世だけど、
グダグダでもなんとか渡っていけるものだよ。
とりあえず、最優先課題は専門家に話を聞いてもらうこと。今日か明日、やろうな。
大学の診療所とかに紹介してもらうのがいい。ふつうの病院だと、予約でいっぱいだったりする。
本当によくあることなんだよ。つらいけど、そのうち終わるから、そういうのは。
http://b.hatena.ne.jp/entry/d.hatena.ne.jp/bohemian_style/20101014/p1
ブコメみてて思ったんだが、まず正社員になれない若者が増えてるのが問題ってのはみんな意識が同じ。
でもそっから先が変。
世代間格差は是正されるべきとか言っちゃ駄目じゃね。どんどん広がってくれないと。
1980年で20代と50代の給与が1.5倍しか差がなかったのに対して、2010年では1.7倍に広がっている。
30年で少しだけ広がっている。つまり、1980年代に20代だった若者は、現在50代になって、あの頃の50代よりも多くもらえている。
世代間格差が縮小する(つまり、50代が20代の給与に近づく)傾向を示すということは、
つまり年を取っても貰えなくなると言っていることと同じ。
でも、未来は(つまり40代になったり50代になったら)沢山もらえると思うから帳尻があう。
それは維持しないと。
というのは、とりもなおさず、若者は年取ったら簡単に給料を減らされます(クビにされます)、と言っているのと同じ。
それじゃやる気も出ないだろう。職を奪った相手は未来の自分だ。
賃金カーブは変えない、年功序列は止めない、そういう保守的な会社が就活生に最近人気なのは、それを何となく感じてるからじゃないかな。
逆進性緩和措置付き消費税、というか最低限の生活で発生するであろう消費分の消費税相当額を還付する、というのは多分おまいさんが想像している付加価値税とは違う仕組みだけど目指すところは同じじゃないかな。
個別の品目ごとに税率を変えるのはそれはそれでありなんだけど、結構不正の温床になったりいびつになったりしやすい。どこまでが贅沢な食べ物でどこからは贅沢じゃない食べ物なのさ、とかね。この辺に細かい条項あると悪用出来ちゃって、今の日本でも益税ルールは脱税の温床になっていたりする。欧州でもこの辺色々問題もあってお役人が大変だったりお役人の目を盗み放題だったり。
で、「この品目は贅沢品、この品目は贅沢品じゃない」という決め方でもいいんだけど、全く逆の観点で、どんな用途であれ「必須な方から100万円分までの消費は贅沢品ではない」みたいな考え方でもいいんだよね。100万円までは最低限。それ以上は贅沢、みたいな。この100万って数字はとりあえず適当です。
では例えば消費税10%の時に「必須な方から100万円分に相当する消費に掛かった消費税」だけどうやって非課税にするんだって話なんだけど、これは実はすごく簡単なんだよね。ぶっちゃけてしまえば単に10万円配ればいいんだわ。そしたら「必須な方から100万円に相当する消費に掛かった消費税の10%を還付」できる。え、と思うかもしれないけどこれでちゃんと帳尻合うんだよね。爪に火をともして80万に抑えた人はちょっと得するけどそこは大した規模にはならないのでよく頑張りましたってことにして目をつぶる。
この還付というのは一昔前だと大変だった(定額給付金とか悪夢だったし、だからこそ欧州では当時無理だった)のだけど、納税者番号制度とコンピュータがあれば源泉徴収と相殺処理できるようになるのでものすごくシステム的に効率が良くなる。
上の100万という数字は結構適当で住宅費とかの非課税項目差し引いて最低限だと100万は高いだろうから、数字は統計(もしくは生活保護水準か何か)から真面目に計算する必要があるけど、イメージ的にはこういう感じ。
なもんだから、手順がトップダウンかボトムアップか的な違いはあるけど、目指してるところはおまいさんの望んでるところとそんなに変わらないと思うよ。
「消費税で取ってBIで緩和」というのが割と昔からあるネタで、この手法はその亜種というかライト版なわけだけど、なんかもー、あれだね。菅の説明が悪すぎる。いや上のようなことを言ってはいたんだが説明が長いからあっさりはしょられて変な話に。政局化するためにみんなが意図的に変に話を捻じ曲げたというのもそりゃあるけど、選挙直前の今言ったらそりゃ捻じ曲げられるだろうと小一時間……。
消費税10%だと多分5万もきつい。そもそも法人減税と財政再建であっぷあっぷだろう。
逆に言うと自民党の10%って真面目に計算したの?とも思う。まあ野党だからいいけどさ。
消費税15%だと消費税収30兆円。単純に子供とか扶養家族とか度外視して1人10万還付するとして13兆円。税収増7兆円。これなら税収的にはまぁまぁか。益税対策すればもう少し税収は上になりそうだけどその辺は分からん。
年収500万円の4人家族が年400万消費するとすると60万払って40万還付で実効5%相当。
年収300万の1人暮らしが年200万消費するとして30万払って10万還付で実効10%相当。
1人暮らしにはちと厳しめか?といっても家賃の非課税とかあるからそもそも課税対象の消費に200万も使わんかも。
自分に欠損している思考があるってことは理解できたし
「結婚」っていう観念の捉え方が人によって全く違って、俺はマイノリティなのかもしれない
ということはわかったけれど。
その価値観に阿るかどうかは別の問題としかやはり思えない。
ただ、自分に多くの物が見えてない
そういう意味で要領が悪いことは自覚して反省しなきゃならない気がする。
つかもー、こうやって理屈理屈理屈で生きてるからこーなるのか。
うまい事帳尻合わせるってのも大事だと思うんだが、「結婚」ってそれでいいのか。
帳尻合わなくなったとき破滅しか残らんのではないか、みんな適宜調整してがんばってんのか。
今のプロジェクトのプロデューサー(以下P)はやたらめったら義理人情に厚い。もちろん自称。
自称するだけであって、実際のところは自分の趣味の合う人は庇うが、既存の近しい人の欠点や問題点を言う人をやたらと遠ざける、という単純なもの。
さらにいうと、問題点を抱えたスタッフが先に述べた近しい人だったりすると、問題点として認識する事を止める、思考回路がかなりイカレている。
問題点として指摘すると、逆ギレしてくるので客観的な意見や、事実だとしても受け入られることは無い。
大変困った人間性の持ち主だ。
こういう人間がプロジェクトの最上位置に居るので実際に現場をまわすスタッフは大変だ。
なぜなら、そのPに近しいと思わせる行動をしておけば庇われる=仕事できなくても気が合うとクビにならない一生安泰終身雇用制度が出来ているから、セクションリーダーが無能でもPと気が合えば居座り続ける事ができる。そのおかげで仕事ができない上長に仕事を振ってもらわなきゃならないのだが、1週間振らないかと思えば今日中にやってくれって仕事を大量に投下する。途中成果物にも文句が多くて、最終的に帳尻合うモノも、合わない様に修正要望が入る。帳尻が合う事を説明しても理解できないから、思いつきを通そうとする。
もちろん現場の士気は下がる。士気だけならまだしも、無能が居るおかげで作業が進まない。
管理者が作業を止める。状況を聞くと「やっとくから~」と生返事。
プロジェクトマネージャーという肩書きが付いたスタッフが居るが、機能していないので、進行は滞ったまま。
止められた側がせっつき続ける事で、その糞リーダーはリーダーを降りたいと弱音を吐いたものの、Pは現場が滞ってると見抜け無いため、「おまえじゃないとリーダーは勤まらない!たのむ!やってくれ!」と言う始末。
結局、半年間もの間、何も進まない期間が生まれた。
新たに、「居座り続けてれば何も達成しなくても金貰える」ということに気づいたのだ。
だからのらりくらりと適当な事で遅れをごまかし続け、Pには聞こえの良い事を言って持ち上げて、自分への矛先を回避する。見上げたものだ。
そして、切れだした別セクションのリーダーが、「おたくのセクションが滞るとこちらはこれ以上作業できない」と切り出した。
おかげでPも気づき始めたらしく、糞リーダーが止めている作業を、糞リーダーが居るセクションの優秀なスタッフに振られることになった。
が、Pとの反りがいまいちで、糞リーダーよりもPと近しい存在になる事は望めない。
本当は彼がリーダーなればかなりの速度で進行するはずなのだが。周囲の人間はそれを望んでる。
作業を振られた彼も半ギレだったろう。
プロジェクト内で一番糞なスタッフが、期限も大幅に過ぎた状態で音を上げ、大量の作業を引き継ぐのだから。
Pの言う義理人情で一人の糞スタッフを守るものの、仕事ができる人に押し付ける現状はいかがなものか。
同様に問題を問題と認識できていないな。
それにしてもこのままではプロジェクトが泥舟のように沈み、全てのスタッフに不義理を行う事になるということにPは気づいていないのだろうな。
もうね、辞めなくていいから死んでくれ。
昔の彼女との燃え尽きる思い出がリフレインして、びくびくしてしまう。
なあ、増田どうしたらいい?
昔の彼女と出会ったのは会社の有志の勉強会で、仲のよい先輩に呼ばれて加わった。
勉強会といっても、いるのは僕と先輩と彼女だけで、おもにメーリングリストで先輩の出すお題にあれこれ答えて議論するというもの。話題は最近の売れ筋とか、キャンペーンを打つならどうするかとか、実際に役に立つ内容で、話し合っていたこと充実していたように思う。
彼女は論理的な発想よりも、感覚的なセンスが鋭い人でそれを言葉足らずのなんとか書き表そうとする。それを先輩と2人でフォローをしながら聞き出してくと、けっこう面白い方面から物事を見ていたり、繊細な捉え方をしていて感心してしまう。
この人はすごいな、あんまり社内で目立たないのは、うまくその感じを伝えられないだけなんだと、そのときは思っていたし、実際にそうだった。
3人の議論はとても前向きで、着実に成果が出ていたので、楽しんでいた。
先輩の問題設定の仕方がよかったのか、刺激的な、よい勉強会だったと思う。
勉強会は会社のメールアドレスでやりとりしていたのだけど、急用ができて私用のメールアドレスを伝えた。そうしたら彼女から携帯番号を教えて欲しいというメールがすぐさま飛んできて、伝えたらすぐ電話がかかってきた。すがるようだった。
「あの、助けてくれますか?」
返事もあやふやなうちに話を聞くと、その先輩からあらゆる方法で付き合えという圧力がかかってきていて、どうしたらいいのか分からないという内容。聞けば聞くほどこれまでなんかおかしいなと思っていたことが氷解していき、ああ、そういうことだったのかと愕然とする。
結局の所、その先輩は彼女をむりやりにでも自分のものにしたくてあらゆる手を使っていて、この勉強会に僕が呼ばれたのも、彼女とのコミュニケーションがうまくできないので、僕にフォローさせようとしていたのだと分かる。
さすがに憤慨する。
何件かの証拠を集めて、それでメールで先輩を問い詰めはじめる。
ああ、これは確定的だという証拠が出て、絶縁のメールを送る。
いや、たしか先輩が返事を返せなくなって、そのままになったという形だったか。
彼女とはその後付き合うようになったのだけど、まさか社内でそんな犯罪的なパワハラ&セクハラが行われていたとは思ってもいなかったから、しかも自分がそれに利用されていたのだから、もう社内が信じられなくなる。
全社中でそんな犯罪まがいなことが起こっているのではないかと疑心暗鬼になるし、なによりも彼女を守らなければと必死なる。当然僕の周りの人間関係も悪くなる。
会社の中でそういうモラルハザードが発生するとまずいのは社内秩序がずたずたになるところにあると思う。とくにはれたほれたの話はメガトン級のパワーをあらゆるところにばらまいてしまうわけで、しかもそれが連鎖的に発生していくので、とてもまずい。
罪のない上司に噛みつくわ、僕もあんまり冷静ではない時期があった。
まるで社内中がドラゴンの巣窟に見えるナイトのようなもので、そんなモラルハザードはぜったいに許さないという剣幕で社内を仕事で回っていたような気がする。ふたつ上の上司の取り計らいだったのだろうと思うのだけど、結局のところ僕はなにがあったのかを一切語ることもなく、社内でも不問という空気で徐々に沈静化していった。
彼女は、ちいさい頃に片親を亡くした、典型的な幸薄い印象の女の子で、それでしっぽを振るように惚れられた。
白馬の騎士とでも思ったのかとても熱烈で、僕に合わせるのがうまかった。
僕も彼女と付き合うようになって気付いたことがあって、それは、僕は一種の母性本能みたいなものがとてつもなく強いのではないかということだった。
母性本能というと母親が我が子に献身的に尽くしてしまうことを言うと思うのだけど、男の子が困った女の子を見て、突然ドラゴンに立ち向かう気になってしまうという、そういう男の子の本能のひとつが僕はとても強いのだと思う。
生々しい話をされ、どう思うと言われればそれは、おれの女に手を出すな、で当然あるわけで、彼女にとって世界中がそういう危険に満ちているように思えてきて、いてもたってもいられなくなる。
毎日のように電話をして安全を確かめるし、その電話は何時間も何時間も続く長い電話になっていく。彼女もそうやって尽くしてくれる僕に惚れ込んでいくし、僕と話しているときだけが安全で満ち足りた時間だと思うようになっていく。
そうして、彼女との電話を切るとたちまち不安になり、朝早く同じ電車に乗ろうなんて、そんな話なって、朝に会うようになる。彼女が夜遅いとなると、あわてて1時間も向こうの駅まで迎えに行ってしまう(そして彼女の家に泊まってしまう)。
そうやって、べったりと彼女に貼り付くようになり、彼女はなんて優しいんだろうとますます惚れ込んでいく。あっという間にふたりだけの世界へ直行してしまう。
たしかに、その時期はまるでドラマのような熱愛に身を任せていた。
書き始めたら、そんな馬鹿なと笑われるような思い出がいくらでもあったし、それはたしかに楽しいことであったとは思う。その当時はそんな恋愛が終わるだなんてみじんも疑わなかったし、それぐらいに輝いていたとは思う。
「心配している暇なんてない、もっと今の出会いに感動しようよ」
そうやってふたりではしゃぎあって、つきあい始めてからを指折り数えていた。
でも、世の中にいうように、燃えさかる炎は燃え尽きるのも早いもので、結局のところ4年続いた関係も最後はさんざんな結末となった。
ふたりだけの世界というのは、結局どこかで立ちゆかなくなると、いまでは思う。
君と僕だけの世界の終焉は、それに没頭しすぎて、ほかに歪みをもたらしすぎて、終わっていくのだと思う。
転職をして、仕事が忙しくなり始めて、やはりその歪みが出てくる。
彼女も僕もお互いにずぶずぶに甘えあっていて、お互いがなにかをしてくれないと立ちゆかないところまで来てしまっていた。その頃は同棲をしていて、毎日話し合っていたのだけど、どちらかに余裕がなくなってしまうと、昔のような甘い甘い甘い甘いそんな時間が保てなくなる。
この甘さというのは一種のインフレーションをしていくもので、一度ある一定量の甘さを甘受してしまうと、それよりも甘くないことが我慢できなくなる。恋愛感情依存症とでも名付けるべきなのかも知れないけれど、より強い甘さを求めはじめてしまうのだ。
それでやはり不満が出てきてしまう。
あの頃はあんなにしてくれたのに、好きでなくなっちゃったの?
それは仕事で鬱になり始めていたときで、それでも必死になって彼女に尽くしていたように思う。それでも、やはりひとりの人間には限界があって、お互いにお互いの求めることが負荷になっていってしまう。
だったら、これぐらいしてくれよ。
これは燃えさかる恋愛の罠で、繰り返すようだけど恋愛感情依存症の副作用だと思う。
お互いが生活の中で、それまで以上の甘さを提供できなくなり始めると、それがどんどんと物足りなくなっていき、不満としてたまっていってしまう。ある程度までは無限に甘さをむさぼり合えるのだけど、どこかで限界が来て、負荷となってしまう。
そうやって、甘さだけでなんとか回っていた生活が崩れはじめると、崩壊していくのは早い。
そこまで無理に無理を重ねていて、盲目的に恋愛だけを見ていただけに、それを固めるはずのあわゆるものが足りなすぎているのだ。現実的な部分の帳尻はついておらず、新しく持ち込まれる問題を解決する余力はなくなってしまっている。
結局のところ、崩壊の崩壊までいって、彼女は別れを切り出した。
僕は当時しがみついたけれど、今となっては彼女の判断は正しかったと思う。
あのまま行っても駄目だし、いま戻ってもやはり駄目だろうと、そうは思う。
それはおそらく、燃えさかっていたときの思い出が鮮明すぎて、やはり不満に思うことが出てきてしまうだろうと思うからだ。あの頃はなんのためらいもなく、無謀な火遊びに邁進していた。
お互いの余力なんて気にすることなく、お金だっていくらでも使っていた。
でもそれじゃあ、持たないんだよね、ってそう思う。
こんな話をするのは、4年ぶりに彼女ができたから。
仕事を手伝って貰ううちになんとなく惚れあって、もう彼女のことしか考えることができそうにない。
それでも、同じような結末になるのではないかと思うと、彼女になにか言われたらどこまででも尽くしてしまうのではないかと思うと、その結末を知っているだけに怖い。それは優しいのかも知れないけれど、破滅へ向かってしまう優しさで、自分など全部犠牲にしてしまって愛する彼女のために捧げてしまう優しいであることが怖い。
彼女と出会ったとき、もう彼女のことばかり考えてしまう自分がいて、仕事中にあれ彼女は目の前にいないと思ったときがあった。それで首を横に向けてみると、となりで、ふふーんと笑っている。あーそうか、隣にいたんだ、そう思ってちょっとほっとする。
よく、夫婦は向き合うよりも横並びで同じ方向を見る方がいい、という。
そのときの彼女は横並びで、前を向いてわたしはひとりで歩けると言っていた。
夫婦というのは長続きする男女関係の意味だと思うのだけど、最近向き合いはじめて火遊びをはじめてしまいそうで怖い。
一生がいいんだよな。
そこまで、嫌だ、一生じゃなくちゃ嫌だと思っているんだよなと、ずっと側にいるんだと思っているのだよなと思った。一生僕と一緒であって欲しいって。
この罠、どうしたらいいのだろう。