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2012-02-16

http://anond.hatelabo.jp/20120216100248

ははは

しか読んでない人はびっくりするよ

じゃあ基本原則を教える




「効いたなあ」と実感があるまで




んー良く分からないんだけど、「このあたりが適正な負荷だろう」という推定する理論

(どうしても帰納的なものになるけど)に基づいてトレーニングを組むもんじゃないの?

君はまだ「10回」っていう目安以外に何も材料が無いからそれに基づいてトレーニングするのは間違いじゃないけど

はっきりいってあたまでっかちさん状態な印象がぬぐえない

どんどんジムに行って試行錯誤経験を積むのがいいよ今は

http://anond.hatelabo.jp/20120216095044

んー良く分からないんだけど、「このあたりが適正な負荷だろう」という推定する理論(どうしても帰納的なものになるけど)に基づいてトレーニングを組むもんじゃないの?

それが正しいか間違っているかはともかく、君個人として採用している理論みたいなものはないの?

2011-12-24

認知の微視的構造 リマインダー

リマインドしようにも、これを書いた人(=自分)の学力だと読めない本だったから無理。無理ゲーだった。



第一章

1

認知主義、古典認知主義

意味論的に透明なシステムと結びついた心の概念および計算機モデル意味する。

 この主義の限界を

2

 ・チューリング

 チューリングの形式化が持っている特徴

(1)物理的組織によってではなく、記号操作の形式的特性によるメカニズムの集合全体を包括

(2)そのメカニズムいかにすれば十分に明確化された問題すべてに取り組むことができるか示している

(3)万能チューリングマシンを定義する方法を示している

⇒ 素材は重要ではなく、形式的特性が能力を原理的に保証している

フォン・ノイマンコンピュータを設計し、1960s、ジョン・マッカーシーLISPプログラム言語)を開発。

 ⇒ 研究開発が可能に

A・ニューウェルとH・サイモンが物理記号システムという概念を提出

 ⇒理論的に自覚化・明確化される

3

・物理記号システム

①適切に操作可能なトークンに対して任意に意味を割り当てることができるシステムであり、

②正確にプログラミングすればこの割り当てられた意味論的内容と細かい点においても一致した仕方で行動すると信じられるようなシステム

by 1976 ニューウェル & サイモン

・強い物理記号システムの仮説

SPSS strong-physical-symbol-system

「標準的な記号アトムフォン・ノイマン型の操作を行っている仮想機械は、一般的な知的行為を実現するための直接的かつ十分な手段を持っている」

①仮想機械

現実の物理機械上で実行されるプログラムのみによって存在し、

そのプログラムに我々が命令を与える機械を模倣させるような「機械」

 高級プログラムによって定義されるエミュレータ

フォン・ノイマン型の操作

コネクショニズムとは異なった操作

・記号を割り当てる

・変数を束縛する

・記号列の複写、読みとり、修正

・基本的な統語論パターンマッチング操作

等々

③標準的な記号アトム

「テーブル」「ボール」「愛する」「軌道」「電子」のような語

④一般的な知的行為を実現するための直接的で必要かつ十分な手段

そうした機械は、それを支えている特定のアーキテクチュア(その基盤になっている他の現実的もしくは仮想的機械から)まったく独立に真に知的でありうるのであり、逆に言えば他のアーキテクチュアや機械をシュミレートすることなく真に知的でありうる

 このような主張(標準的なLISPアトムのごちゃごちゃした操作が、知能や思考の本質を構成しうるという見解)が、ニューウェルとサイモンのものだとできる動かぬ証拠は、彼ら自身の実践

彼らの仕事の特徴(例:BACON

 ・規則あるいはヒューリスティックス(発見的手法)の直列的(経験則を用いたも多少は運が左右する⇔体系的)適用に依存している

 ・そうしたヒューリステイックスの大部分が、かなり高いレベルで意識的に内省可能

 ・選ばれた課題領域を扱う

BACON:一連のデータから科学的法則を帰納する(ケプラーの第三法則、オームの法則

BACONに対するいくつかのコメント

BACONが取り組んだデータフォーマット化下のは、人間の労苦

BACONは十分に構造化された課題にしか取り組めない。

 ケプラーの第三法則は見つけられても、ペトリシャーレのカビとバクテリアの関係からペニシリンを発見する事はできない

BACONが展開する知識とヒューリスティックスは、人間のプロトコルや実験記録に大いに頼り、われわれが自分自身の思考について内省する思考のレベルからかなり直接的にコード化されたもの

 ⇒この種の思考は原初的で瞬間的なプロセスの上に後から被せられたもの。理解するということを具体的な例で説明する事には役に立たないであろう

 サイモン等は、人間の思考のすべてがただ一つの種類の計算アーキテクチュアに依存すると信じている。

 しかし、筆者は違う考えを持つ。サイモンラングレイの仕事では、洞察のひらめきといったタイプの認識を表現できない。

 心は、多くの仮想的アーキテクチュアからなる複雑なシステムであると考える

 BACONは、人類の一部のモデル

 知的課題や、感覚運動的な課題のような、なめらかに無意識的に行われるものは無視されている

 古典システムは記号アトムの使用に頼り、コネクショニズムはこれを避ける。

 古典主義者:意味論的に透明なシステムの構築に対して、方法論的にコミットしている人々

意味論的に透明、意味論的な透明性

STS semanttically transparent system

システムの振る舞いについての記号的な(概念レベルでの)意味論記述と、システムの形式的な計算活動の内的に表現された対象についての投影可能な意味論的解釈との間にきちんとした写像関係の記述が可能な場合にのみ、そのシステム意味論的に透明であるといえる」

 きわめて大ざっぱにいえば、あるシステムかSTSと見なされるのは、そのアルゴリズム記述レベル2)における計算の対象が、概念レベルの用語で表現されたその課題の分析の記述レベル1)と同型である場合である

レベル1:計算理論:(高い抽象レベルにおいて)どのような関数が計算されるかについての考え

レベル2:表現とアルゴリズム:それを計算する(具体的な)方法

レベル3:インプリメンテーション:現実の機械において計算がいかにして肉体あるいはシリコンなどで実現されるか)

古典アプローチコネクショニズムの重要な違い

(1)古典理論は――コネクショニズムはそうではないが――統語論意味論を組み合わせた記号システムを仮定している

(2)もし何らかの種類の構造化された表現が利用可能であれば、それらの表現についての計算操作を、その構造に鋭敏に反応するかのような形で規定できる。

 もしそのような構造が存在していなければ、(すなわち、どんな記号表現も存在していなければ、)計算操作を規定することはできない

◎要するに、古典システムは、統語論的に構造化された記号的表現を仮定し、そうした表現の構造によって、それに適用される計算操作を規定するものである


第二章

 古典認知主義に対する懸念

 ドレイファス:古典認知主義の問題は、人間の常識的な知識を表象として再現し表現しようとする形式主義の妥当

 サール:形式的なものと志向的なものとの間に、あるいは統語論意味論との間にギャップが認められる

 この二つの種類の懸念について検討する。

あなたの持っているのはそんなにいいボールじゃないわ。それを私にちょうだい。そしたら私、このキャンディーをあなたにあげるわ」

 この言葉を理解するために、ミンスキーちとパペートは膨大な概念リストをあげる。

 ウィノブラードのSHRDLUでは不十分。

 ウィンストンの、フレームを使ったアプローチも不十分

 ・フレームは、常識がうまく対処している偶発的出来事のすべてをカバーしているとは思えない(バースデーケーキに立つ黒いローソクに、フレームは対処できるか?)

 ・フレームからフレームへの移行を促す規則(メタフレーム?)をいつ適用すべきか、システムはどうやって知るのだろう?

 ドレイファス:互いに関連しあった特徴や可能性のすべてを、文脈に依存しない事実や規則によって形式的に把握するという課題には際限がないのではないか

ドレイファスの二つの主張

(1)身体問題

「このシャンプーが目に入らないようにご注意ください。もし入った場合は、ぬるま湯でよく洗ってください」

 コンピュータは、身体、欲求、感情、共通言語や社会習慣も持たない。だからコンピュータは、この文章が何を洗うように言っているのか理解できない

(2)コード

 人間は自分たちを取り巻く状況がどんなものかを絶えず感じ取ることができる。

 このノウハウは、何らかの知識表現言語によって、一種の知識として表現できるものなのだろうか?

 

 AIプログラム(=言語)が知識を表現する仕方が、現実の課題に対して根本的に不適合だと懸念する。

「強いAI仮説」を、サールは批判する

強いAI仮説:適切にプログラムされたコンピュータは、文字通り認知的な状態をとり、その際プログラムは人間の認知を説明するものとなる

Schank and Abelson 1977の、「ストーリーを理解するという志向的活動をシミュレートしているかに見える特別なプログラム」に対して、「中国語の部屋」を使うことで批判する。

サール:形式的に区別される要素に対する計算操作を行っているだけでは、どんなコンピュータも〈理解する〉ことはできない。したがって、そのような計算操作を規定するプログラムが、心の固有の性質について何かを示すこともあり得ない。

具体例:英語話者が英語を理解することと、中国語の部屋操作者が中国語を「理解すること」の比較

「人間は何も理解していなくても形式的な原理に従うことができる」

 以下、サールの誤りについて論じる

 

 サールに対する仮想反論「脳シュミレーター説」

 脳シュミレータ説:あるりプログラム中国語を理解する実際の中国人の形式的な構造をモデル化したと仮定すると、そのときそのプログラムは間違いなく真の中国語の理解を構成したことになる

↑(サールの再反論)

(1)脳の形式的な性質は志向性を構成しない(三章にて説明)

(2)脳の形式的な性質が志向性を構成しないのは、ある種の素材だけが思考を支えることができるからである

 ↑(アナロジー

 光合成光合成の形式的な記述を手に入れても、素材が違えば光合成は再現できない

 では、思考をもたらすような脳の物理的性質とは?

  :外因的および内因的な刺戟に対して脳に大規模な変動が引き起こされること


↑(コメント

中国語の部屋』が大規模な構造的変動を必要としないシステムなら、中国語の部屋による反論は無効

 微視的機能主義

 機能主義は、心的状態の本質を、

 入力、内的状態の変換、出力からなるプロフィールと同一視した。

 (適切なプロフィールを持つシステムはどんなものであれ、その規模や性質や構成要素にかかわれなく、当の心的状態を実現するであろう)

↑(批判)

中国国家脳のような)心的状態を実現する見込みがないようなシステムも、「入力、内的状態の変換、出力」のプロフィールを持つシステムへと組織することは可能であるよように思われる。

 こうした極端な寛大さは、機能主義の立場を掘り崩してしまいそう

・問題は、「入力、内的状態の変換、出力」の系列をどこに位置づけるか

×大まかなレベルに位置づけ

  ⇒感覚質の欠如、極端な寛大さ

ライカンの「小人機能主義」

○微視的機能主義

・機能主義の批判はゲシュタルト盲に陥っているのでは Lycan 1981

ゲシュタルト

 :機能的な構成要素があまりにも大きい、極度に小さい、それらしくない等であるために、そうしたものからなるシステムに志向性を帰属させるという考えに抵抗するということ

ライカン「小人機能主義」

 :機能的な下位システムは、それがエージェントのために何をしているかということによって同定される)

 微視的機能主義

  :システムの内的な機能的プロフィール(内的状態の変換)を、

   内容や目的に関連づけからはかけ離れた用語で

   記述しようとするもの

   ・処理ユニット間の形式的な諸関係を記述する

   ・諸関係が得られたとき、システムには大規模で柔軟な構造的変動が引き起こされ、またそれによってさまざまな創発敵的性質が得られるようになる


第三章

 認知科学における民間心理学の役割はあるのかないのか

「民間心理学

 :自分や他人が、信じたり、希望したり、恐れたり、欲求したりしているということについての日常の理解

 民間心理学は、行為・運動を説明するときに、信念や欲求という表現を用いる

チャーチランド & スティック

「民間心理学は、人間の行動に先立つ内的原因についての素朴で原初的な科学

 民間心理学問題点

(1)民間心理学は、偏狭な、特定の人々に限定されたような理解しか与えない。

 民間心理学は、子供狂人外国人を前にすると、まごついてしま

(2)民間心理学は停滞したまま、なにも生み出さず、長い間ほとんど変化も進化も発展もしていないところが他の諸科学と異なる

(3)民間心理学は、これまでのところ科学の主要部分にうまく統合されていくような徴候をまったく示していない。残念なことに民間心理学は自然を神経生理学的ないみで妥当な要素にまで分割することには関心がないようである

 最近の分析哲学

  :頭の状態に関する科学理論というゲームと、民間心理学というゲームを比較することが、そもそも不適当なのではないか

Daredevil believes that Electra is dead.

Mary hopes that Fermat's last theorem is true.

 のthat以下を、心的状態の内容と言う。

 心的状態が考えられる傾向

  :われわれの心理学的状態が、本質的に、周囲の世界がどのような状態にあるのかということによって決まるのではなく、

  われわれにとってどのように見えているかによって決まる

 ↓(言い換え)

 我々の意識や無意識に何らかの形で影響を与えられないものはどんなものであれ、

 本質的に我々の心的状態の正確な限定に関わることはあり得ない

⇒我々の心的状態が現に持っているような内容を持つものは、われわれ自身のあり方ゆえであって、

 知られていないかもしれないような周囲世界の事実とは関わりがない……☆

・双生地球……☆に対して疑いを投げかける

双生地球で、「海に水がある」と発話される。

地球A:海にH2Oがある

地球B:海にXYZがある

 この違い以外は同質だとする。

 すると、

 地球上の発話と双生地球の発話は、それぞれH2OがあるかXYZがあるかによってその真偽が決まる

(たとえば、地球Aの海にH2Oがなくて代わりにXYZがあるとしたら、地球Aでの発話は偽になる)

 もし意味が真理条件を確定するのだとすれば、

 自然種に関する表現(水、金、空気など)を含む陳述の意味は、

 単に主体の限定的に規定可能な状態に言及するだけでは十分に説明できない……☆に反して

二つの選択肢

(1)心理学的な内的要素(地球の話し手と双生地球の話し手に共通)と、

 世界関与的な外的要因(仮定上、二つの地球を越えて不変ではない(H2OとXYZ))の両方によって内容が決まるとする、意味と信念に関する合成説

(2)そういったケース(地球と双生地球のケース)は

  〈心的状態の純粋に内的でまったく心理学的な要素(☆のこと)〉という観念にさえも疑いを抱かせるものであると考えることもできるだろう

プティ と マクダウェル

「頭の中にあるものが、心の状態と因果関係を持っていることは疑いがない。

 しかし、

〈頭の中〉にあるものが心の状態に対して構成的関係にあると考え必要があるのだろうか?」

 筆者

 :あらゆる内容が根本的に世界に関与している(選択肢(2))ということが判明したとしても、

 そのこと自体は必ずしも〈認知科学は心の理解に深く(ことによると構成的にではないかもしれないが)関わる研究である〉という主張を覆すものではない


 その主張に対する仮想反論と、それに対する再反論をHornsbyは行った。

 仮想反論

 :「「行動傾向(心性はこれに随伴して生じるとされる)が二者の間で異なるためには、

 内的構成に違いがなければならない。」

 という考えを保持すべきである」とするならば、

 心的内容は限定的に規定されねばならない(自然種を指示しない)

(「「行動傾向(心性はこれに随伴して生じるとされる)が二者の間で異なるためには、

 内的構成に違いがなければならない。」

 という考えを保持すべきである」までが、プティとマグダウェルの、「頭の中にあるものが、心の状態と因果関係を持っていることは疑いがない」に対応する。)

 仮想反論の詳細

:仮定①:

 二人の動作主の心的状態は、彼らの行動傾向に何らかの違いがある場合にのみ異なる

 (そこに赤いボールがある、と信じなければ、ボールを投げようとは思わない)

 仮定②:

 行動が異なる(すなわち、行動が異なる)ためには、内的な物理的状態に何らかの違いかなければならない

 結論:それゆえ、心的状態に対応する内的な物理的状態に何らかの違いがなければ、心的状態が異なるということはありえない

「(民間心理学的な心的状態を帰属させることは、限定的内容のみに関わることであるという)結論は、深刻な疑義にさらされることになる。

 限定的内容といっても、それを妥当概念として了解できるかは明らかではない」

 なぜなら、

「民間心理学的な内容を(物理的状態に?)帰属させることは、身体的な動きを規定するような頭の状態についての独我論的な研究から引き出すことができるような切り口とは

 まったく違った切り口で現実を切り取ることであるように思われる。

 その具体的理由として、

 ボールをひろうことは、「そこにボールがあると私は知っている」という心的状態と関連するが、そのときの細かな指の動きはそのような心的状態と関連するものではない。

筆者

 :広域的内容を伴うによ伴わないにせよ、

 民間心理学カテゴリーや分類が

 頭の中で起こっていることに関することに関する科学カテゴリーや分類に

 きちんと還元されるなどということは

 とてもあり得ないように思われる。

・民間心理学は、科学心理学と同じゲームを行ってはいないかもしれない

 世界を記述しない信念であり、なおかつ

 ある人が同じ考えを抱いているといえるような別のケースに投影可能な述語が(科学記述の上には)存在しないことも可能

 民間心理学の道具立て(信念と欲求という概念によって、命題的態度を帰属せさるという道具立て)を用いて、心的状態を二者が互いに帰属させあうという日常の慣習(傍点)の目的は?

 :

 他人の頭の内的状態を追跡しようと試みることによって、

 その人の身体の動きを予測し説明するための手段

民間心理学の主要な目的

 :

 世界の中で活動している仲間たちの行動を、(傍点開始)我々が(傍点終わり)理解できるようにすること

(予測したい対象であり主体である)われわれの仲間たちの四つの特徴

①世界に対する感受性、すなわち感覚生得的な原書的概念の道具立てをわれわれと共有している

②世界をわれわれと共有している

③彼らは我々自身のもっと根本的な関心と必要の大部分を共有している

④彼らの思考の有用性は、

(我々自身の思考と同様に、)

 彼らが世界の実際の有様をたどっていることと関わっており、

 彼らの思考作用が、世界の実際の有様に十分適応していると我々が(進化論的な理由から)考えるような目的と関わっている

 この特徴があるので、

「~したい」という欲求さえ同じであれば、

 神経生理学的な詳細は関係なく、地球人にも火星人にも有効。

・民間心理学は、脳の状態の違い(that かなり目の粗い、行動上の違いとしては現れてこないような)に対しては、敏感に対応しないように設計されている

・民間心理学は、個人の間の差異を覆い隠し、

 さらには種の間の差異さえも覆い隠してしまう(長所であっても短所ではない)

 筆者の見解

 :私の見解では、われわれが信念を帰属させるのは、

 行動の全体に一種の解釈の網をかぶせることによってである

 ……関連する行動を可能にするものとしての、

 根底にある物理的あるいは計算論的な構造がどのようなものであれ、

 そうした構造における自然な区分に、網の結び目(すなわち信念と、欲求の特定の帰属)が

 対応している必要はない。

――

 筆者の意見は全体論である。(行動全体に網をかけるから。)

 ということは、Davidson(全体論者)に対するFordorの批判は、筆者の意見にも当てはまるのではないか

<Fordor>

意識の全体論というのは、

命題的態度の同一性――特に志向的内容――が、その認知的連関の全体によって決定される」

 という考え方。

 これに、Fordorは懐疑的

命題pの認知的連関というのは、主体がpの意味論的評価、すなわちその真偽の決定に関係するすべての命題のこと)

われわれは、信念や志向的状態を共有している。が、そのとき、すべての命題認知的連関)を共有しているとは思えない。

 なので、意味全体論はありえない。

 →信念の内容が、その認知的連関に依存するということを否定。

 信念は、その内容をそれぞれ別に持つ。

 外延的意味論の一形態に賭ける

:信念がその状態を獲得するのは、脳の状態が逐一、世界と因果関係を結ぶことによってである

「ある生物が『牛』という概念を持とうと持つまいと、その生物は『馬』という概念を持ちうる」

</Fordor>

筆者

 :Fordorの間違い

 全体論は、もしそうであれば、人間の心の理解が芋蔓式に進んでくれるのにという、いわば願望。

 Fordorが軽蔑したものの通りに進んでくれるかは別問題。

Fordor:バラバラになったブロックを一つの全体に組み合わせるやり方が、全員同じになるはずがない。

筆者:一つのブロックの組み合わせ全体を理解するために、各人が別々のやり方でバラバラにしている

 全体論という言葉の使い方が違うから、Fordorの批判は筆者には当てはまらない(という、批判をかわすための節)


 一章3節での、チャーチランドによる民間心理学批判に、今では応答できる。


(1)民間心理学は、狂人や言葉の通じない相手には使えない

(2)民間心理学は、長い間停滞している不毛な学問である

(3)民間心理学は、神経科学ときちんとつながっていない

(3)に対して、

 民間心理学の関心事は、他の主体の顕著の行動パターンだけを可能な限り効率的に分離することである神経科学とつながることを目的とはしていない

(1)に対して、

 民間心理学の道具としての適用範囲は、仲間。狂人の理解は、そもそも目標としていない

(2)に対して、

 民間心理学の目的は限られたものである

 なので、その中核部分が時間的および地理的な次元を越えて相対的に恒常的であり続けてきたことは驚くべきことではない。

整理。

 心的状態に関するわれわれの常識的理解と民間心理学は、違う。

 民間心理学には、きちんとした定義がある。

 これまで「民間心理学」として使われてきた言葉の、新たな用語法:「素朴心理学」、「メンタリズム的な理解」

 因果関係と、構成的関係の区別

構成的関係

 :

 研究の主題と何らかの形で密接に結びついているということ

因果的に関係

 :

 因果的に関係している様々な要素は、それほど密接に思考と結びついているわけではないので、

 それらの要素を差し引いてもそれによって思考という観念そのものが存続しえなくなる

ということはない。

チェス盤がなくなっても、チェスの続きは打てる。石を駒に見立てたり、口頭で)


・広域的内容の理論認知科学は心を解明しえない

・消去主義的唯物論:民間心理学が、心に関する科学に対して歪んだ影響を及ぼすのではないか民間人は自分自身の心を知らないと、消去主義的唯物論は思っている


科学(物質、プログラム

(構成的関係)

科学と心とを結びつける構成的関係。その得難さが二つのスタンスの対立を生んでいる。が、どちらの立場も同じく、認知という地形に同じ隆起とくぼみを見ている。

では、構成的関係とは何か。


構成的関係←→因果関係

構成的関係:研究の主題(この場合は心)と、何らかの形で概念上密接に結びついていること

因果的関係:因果的に関係している様々な要素は、それほど密接に思考と結びついているわけではないので、それらの要素を差し引いても、それによって思考という観念そのものが存続しえなくなるというひとはない

(駒はなくてもチェスは打てる)

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2011-09-23

「新しいプログラミングパラダイム」の目次


第1章 新しいプログラミングパラダイムをめぐって (井田哲雄)
	1.1 はじめに
	1.2 プログラミングパラダイムの形成
	1.3 プログラミングパラダイムの展開
	1.4 パラダイム作法構造プログラミング
	1.5 構造プログラミングを超えて
	1.6 関数型プログラミング論理プログラミング,対象指向プログラミング
	1.7 新しいプログラミングパラダイム
	1.8 まとめ


第2章 ラムダ計算と高階プログラミング (横内寛文)
	2.1 はじめに
	2.2 ラムダ計算
	2.3 最左戦略
	2.4 コンビネータによる計算
	2.5 まとめ


第3章 マルセイユPrologProlog Ⅱ,Prolog Ⅲ
	3.1 はじめに
	3.2 準備
		3.2.1 述語
		3.2.2 項
		3.2.3 項の単一化
		3.2.4 節およびHorn節
		3.2.5 論理式の意味
		3.2.6 論理的帰結と導出
	3.3 マルセイユProlog
		3.3.1 Prolog記法
		3.3.2 Prolog計算規則
		3.3.3 Prologプログラムの例
		3.3.4 カットオペレータ
		3.3.5 DEC-10 Prologとの相違
	3.4 Prolog Ⅱ
		3.4.1 difオペレータ
		3.4.2 freeze
		3.4.3 ループ構造
		3.4.4 Prolog Ⅱのインプリメンテーション
	3.5 Prolog Ⅲ
		3.5.1 制約の枠組
		3.5.2 Prolog Ⅲのプログラム例
		3.5.3 束縛の領域と制約系
		3.5.4 Prolog Ⅲのインプリメンテーション
	3.6 まとめ


第4章 制約論理プログラム (相場 亮)
	4.1 はじめに
	4.2 制約プログラミング
	4.3 制約の分類
	4.4 プログラムの実行
	4.5 制約の評価
	4.6 まとめ


第5章 オブジェクト指向 (柴山悦哉)
	5.1 はじめに
	5.2 モジュラリティと抽象化
		5.2.1 抽象化
		5.2.2 手続抽象
		5.2.3 データ抽象
		5.2.4 オブジェクトによる抽象化
		5.2.5 並列オブジェクトによる抽象化
	5.3 共有
		5.3.1 多相型
		5.3.2 継承
		5.3.3 多重継承
		5.3.4 Self
		5.3.5 動的束縛の意義
	5.4 対話性
		5.4.1 クラスの再定義
		5.4.2 表示機能の一体化
	5.5 オブジェクト指向の弱点
	5.6 まとめ


第6章 型推論ML (横田一正)
	6.1 はじめに
	6.2 LCFの超言語からMLへ
	6.3 プログラミング言語と型
	6.4 ML表現と型宣言
	6.5 ML型推論
	6.6 LCFへの応用
	6.7 まとめ


第7章 Miranda (加藤和彦)
	7.1 はじめに
	7.2 Miranda概観
		7.2.1 等式による定義
		7.2.2 基本データ型と基本演算子
		7.2.3 ガード付き等式とスコープルール
		7.2.4 高階関数カリー化
		7.2.5 パターンマッチング
		7.2.6 ノンストリクト性と遅延評価
		7.2.7 ドット式とZF式
	7.3 型
		7.3.1 強い型付けと静的な型付け
		7.3.2 多相型
		7.3.3 型類義
		7.3.4 代数データ型
		7.3.5 抽象データ型
	7.4 処理系
	7.5 まとめ
	7.6 文献の紹介


第8章 項書換えシステムと完備化手続き (大須賀昭彦)
	8.1 はじめに
	8.2 項書換えシステム
	8.3 TRSの停止性
		8.3.1 意味順序
		8.3.2 構文順序
	8.4 TRSの合流性
		8.4.1 完備なTRS
		8.4.2 危険対
		8.4.3 危険対を用いたTRSの合流性判定
	8.5 Knuth-Bendixの完備化手続き
	8.6 KBの応用
		8.6.1 帰納的な定理証明への応用
		8.6.2 等号論理定理証明への応用
	8.7 まとめ


第9章 等式プログラミングから融合型プログラミングへ (富樫 敦)
	9.1 はじめに
	9.2 等式プログラミング
		9.2.1 等式プログラム
		9.2.2 代表的な等式プログラム
		9.2.3 プログラミング技法
		9.2.4 正則プログラム正規化戦略
	9.3 条件付き等式プログラム
		9.3.1 条件付き書換え規則
		9.3.2 条件の種類
		9.3.3 利点と問題点
	9.4 融合型プログラミング
		9.4.1 AMLOGシステム
		9.4.2 向付き等式
		9.4.3 実行戦略の変更
		9.4.4 代入操作
		9.4.5 合流するプログラムへの変換
	9.5 まとめ

2011-09-15

コンピュータ基礎理論ハンドブック2 形式的モデル意味論」の目次

第1章  有限オートマトン
	D.Perrin:橋口攻三郎
1. 序論
2. 有限オートマトン認識可能集合
3. 有理表現
4. Kleeneの定理
5. 星の高さ
6. 星自由集合
7. 特殊なオートマトン
8. 数の認識可能集合


第2章  文脈自由言語
	J.Berstel and L.Boasson:富田 悦次

1. 序論
2. 言語
	2.1 記法と例
	2.2 Hotz 群
	2.3 曖昧性と超越性
3. 反復
	3.1 反復補題
	3.2 交換補題
	3.3 退化
4. 非生成元の探求
	4.1 準備
	4.2 生成元
	4.3 非生成元と代入
	4.4 非生成元と決定性
	4.5 主錐の共通部分
5. 文脈自由群
	5.1 文脈自由群
	5.2 Cayleyグラフ
	5.3 終端


第3章  形式言語とべき級数
	A.Salomaa:河原 康雄

1. 序論
2. 準備
3. 書換え系と文法
4. Post正準系
5. Markov系
6. 並列書換え系
7. 射と言語
8. 有理べき級数
9. 代数的べき級数
10. べき級数の応用


第4章  無限の対象上のオートマトン
	W.Thomas:山崎 秀記

序論
Ⅰ部  無限語上のオートマトン
	記法
1. Buchiオートマトン
2. 合同関係と補集合演算
3. 列計算
4. 決定性とMcNaughtonの定理
5. 受理条件とBorelクラス
6. スター自由ω言語と時制論理
7. 文脈自由ω言語
Ⅱ部  無限木上のオートマトン
	記法
8. 木オートマトン
9. 空問題と正則木
10. 補集合演算ゲームの決定性
11. 木の単項理論と決定問題
12. Rabin認識可能な集合の分類
	12.1 制限された単項2階論理
	12.2 Rabin木オートマトンにおける制限
	12.3 不動点計算


第5章  グラフ書換え:代数的・論理アプローチ
	B.Courcelle:會澤 邦夫

1. 序論
2. 論理言語グラフの性質
	2.1 単純有向グラフの類S
	2.2 グラフの類D(A)
	2.3 グラフの性質
	2.4 1階のグラフの性質
	2.5 単項2階のグラフの性質
	2.6 2階のグラフの性質
	2.7 定理
3. グラフ演算グラフ表現
	3.1 源点付きグラフ
	3.2 源点付き超グラフ
	3.3 超グラフ上の演算
	3.4 超グラフの幅
	3.5 導来演算
	3.6 超辺置換
	3.7 圏における書換え規則
	3.8 超グラフ書換え規則
4. 超グラフの文脈自由集合
	4.1 超辺置換文法
	4.2 HR文法に伴う正規木文法
	4.3 超グラフの等式集合
	4.4 超グラフの文脈自由集合の性質
5. 超グラフの文脈自由集合の論理的性質
	5.1 述語の帰納的集合
	5.2 論理構造としての超グラフ
	5.3 有限超グラフの可認識集合
6. 禁止小グラフ定義される有限グラフの集合
	6.1 小グラフ包含
	6.2 木幅と木分解
	6.3 比較図
7. 計算量の問題
8. 無限グラフ
	8.1 無限グラフ表現
	8.2 無限グラフの単項性質
	8.3 超グラフにおける等式系
	8.4 関手の初期不動点
	8.5 超グラフにおける等式系の初期解
	8.6 等式的超グラフの単項性質


第6章  書換え系
	N.Dershowitz and J.-P.Jouannaud:稲垣 康善,直井 徹

1. 序論
2. 構文論
	2.1 項
	2.2 等式
	2.3 書換え規則
	2.4 決定手続き
	2.5 書換え系の拡張
3. 意味論
	3.1 代数
	3.2 始代数
	3.3 計算能代数
4. Church-Rosser性
	4.1 合流性
	4.2 調和性
5. 停止性
	5.1 簡約順序
	5.2 単純化順序
	5.3 経路順序
	5.4 書換え系の組合せ
6. 充足可能性
	6.1 構文論的単一化
	6.2 意味論的単一化
	6.3 ナローイング
7. 危険対
	7.1 項書換え
	7.2 直交書換え系
	7.3 類書換え
	7.4 順序付き書換え
	7.5 既約な書換え系
8. 完備化
	8.1 抽象完備化
	8.2 公平性
	8.3 完備化の拡張
	8.4 順序付き書換え
	8.5 機能定理証明
	8.6 1階述語論理定理証明
9. 書換え概念拡張
	9.1 順序ソート書換え
	9.2 条件付き書換え
	9.3 優先度付き書換え
	9.4 グラフ書換え


第7章  関数型プログラミングラムダ計算
	H.P.Barendregt:横内 寛文

1. 関数計算モデル
2. ラムダ計算
	2.1 変換
	2.2 計算可能関数表現
3. 意味論
	3.1 操作意味論:簡約と戦略
	3.2 表示的意味論ラムモデル
4. 言語拡張
	4.1 デルタ規則
	4.2 型
5. 組合せ子論理と実装手法
	5.1 組合せ子論理
	5.2 実装の問題


第8章  プログラミング言語における型理論
	J.C.Mitchell:林 晋

1. 序論
	1.1 概論
	1.2 純粋および応用ラムダ計算
2. 関数の型をもつ型付きラムダ計算
	2.1 型
	2.2 項
	2.3 証明系
	2.4 意味論健全性
	2.5 再帰関数論的モデル
	2.6 領域理論モデル
	2.7 カルテシアン閉圏
	2.8 Kripkeラムモデル
3. 論理的関係
	3.1 はじめに
	3.2 作用構造上の論理的関係
	3.3 論理的部分関数論理同値関係
	3.4 証明論的応用
	3.5 表現独立性
	3.6 論理的関係の変種
4. 多相型入門
	4.1 引数としての型
	4.2 可述的な多相的計算系
	4.3 非可述的な多相型
	4.4 データ抽象存在型
	4.5 型推論入門
	4.6 型変数をもつλ→の型推論
	4.7 多相的宣言の型推論
	4.8 他の型概念


第9章  帰納的な関数プログラム図式
	B.Courcelle:深澤 良彰

1. 序論
2. 準備としての例
3. 基本的な定義
	3.1 多ソート代数
	3.2 帰納的な関数プログラム図式
	3.3 同値な図式
4. 離散的解釈における操作意味論
	4.1 部分関数と平板な半順序
	4.2 離散的解釈
	4.3 書換えによる評価
	4.4 意味写像
	4.5 計算規則
5. 連続解釈における操作意味論
	5.1 連続代数としての解釈
	5.2 有限の極大要素と停止した計算
6. 解釈クラス
	6.1 汎用の解釈
	6.2 代表解釈
	6.3 解釈方程式クラス
	6.4 解釈代数クラス
7. 最小不動点意味論
	7.1 最小で唯一の解を得る不動点理論
	7.2 Scottの帰納原理
	7.3 Kleeneの列と打切り帰納法
8. プログラム図式の変換
	8.1 プログラム図式における同値性の推論
	8.2 畳込み,展開,書換え
	8.3 制限された畳込み展開
9. 研究歴史,他の形式のプログラム図式,文献ガイド
	9.1 流れ図
	9.2 固定された条件をもつ一様な帰納的関数プログラム図式
	9.3 多様な帰納的関数プログラム図式
	9.4 代数理論
	9.5 プログラムの生成と検証に対する応用


第10論理プログラミング
	K.R.Apt:筧 捷彦

1. 序論
	1.1 背景
	1.2 論文の構成
2. 構文と証明論
	2.1 1階言語
	2.2 論理プログラム
	2.3 代入
	2.4 単一化子
	2.5 計算過程―SLD溶融
	2.6 例
	2.7 SLD導出の特性
	2.8 反駁手続き―SLD木
3. 意味論
	3.1 1階論理意味論
	3.2 SLD溶融の安全性
	3.3 Herbrand模型
	3.4 直接帰結演算子
	3.5 演算子とその不動点
	3.6 最小Herbrand模型
	3.7 SLD溶融の完全性
	3.8 正解代入
	3.9 SLD溶融の強安全性
	3.10 手続き的解釈と宣言的解釈
4. 計算力
	4.1 計算力と定義力
	4.2 ULの枚挙可能性
	4.3 帰納的関数
	4.4 帰納的関数計算力
	4.5 TFの閉包順序数
5. 否定情報
	5.1 非単調推論
	5.2 閉世界仮説
	5.3 失敗即否定規則
	5.4 有限的失敗の特徴付け
	5.5 プログラムの完備化
	5.6 完備化の模型
	5.7 失敗即否定規則の安全性
	5.8 失敗即否定規則の完全性
	5.9 等号公理と恒等
	5.10 まとめ
6. 一般目標
	6.1 SLDNF-溶融
	6.2 SLDNF-導出の安全性
	6.3 はまり
	6.4 SLDNF-溶融の限定的な完全性
	6.5 許容性
7. 層状プログラム
	7.1 準備
	7.2 層別
	7.3 非単調演算子とその不動点
	7.4 層状プログラム意味論
	7.5 完全模型意味論
8. 関連事項
	8.1 一般プログラム
	8.2 他の方法
	8.3 演繹データベース
	8.4 PROLOG
	8.5 論理プログラミング関数プログラミング統合
	8.6 人工知能への応用


第11章  表示的意味論
	P.D.Mosses:山田 眞市

1. 序論
2. 構文論
	2.1 具象構文論
	2.2 抽象構文
	2.3 文脈依存構文
3. 意味論
	3.1 表示的意味論
	3.2 意味関数
	3.3 記法の慣例
4. 領域
	4.1 領域の構造
	4.2 領域の記法
	4.3 記法上の約束事
5. 意味記述法
	5.1 リテラル
	5.2 式
	5.3 定数宣言
	5.4 関数抽象
	5.5 変数宣言
	5.6 文
	5.7 手続抽象
	5.8 プログラム
	5.9 非決定性
	5.10 並行性
6. 文献ノート
	6.1 発展
	6.2 解説
	6.3 変形


第12意味領域
	C.A.Gunter and D.S.Scott:山田 眞市

1. 序論
2. 関数帰納定義
	2.1 cpoと不動点定理
	2.2 不動点定理の応用
	2.3 一様性
3. エフェクティブに表現した領域
	3.1 正規部分posetと射影
	3.2 エフェクティブに表現した領域
4. 作用素関数
	4.1 積
	4.2 Churchのラム記法
	4.3 破砕積
	4.4 和と引上げ
	4.5 同形と閉包性
5. べき領域
	5.1 直観的説明
	5.2 形式的定義
	5.3 普遍性と閉包性
6. 双有限領域
	6.1 Poltkin順序
	6.2 閉包性
7. 領域の帰納定義
	7.1 閉包を使う領域方程式の解法
	7.2 無型ラム記法モデル
	7.3 射影を使う領域方程式の解法
	7.4 双有限領域上の作用素表現


第13章  代数仕様
	M.Wirsing:稲垣 康善,坂部 俊樹

1. 序論
2. 抽象データ型
	2.1 シグニチャと項
	2.2 代数計算構造
	2.3 抽象データ型
	2.4 抽象データ型の計算可能性
3. 代数仕様
	3.1 論理式と理論
	3.2 代数仕様とその意味論
	3.3 他の意味論的理解
4. 単純仕様
	4.1 束と存在定理
	4.2 単純仕様表現能力
5. 隠蔽関数と構成子をもつ仕様
	5.1 構文と意味論
	5.2 束と存在定理
	5.3 隠蔽記号と構成子をもつ仕様表現能力
	5.4 階層仕様
6. 構造仕様
	6.1 構造仕様意味論
	6.2 隠蔽関数のない構造仕様
	6.3 構成演算
	6.4 拡張
	6.5 観測的抽象化
	6.6 構造仕様代数
7. パラメータ仕様
	7.1 型付きラムダ計算によるアプローチ
	7.2 プッシュアウトアプローチ
8. 実現
	8.1 詳細化による実現
	8.2 他の実現概念
	8.3 パラメータ化された構成子実現と抽象化子実現
	8.4 実行可能仕様
9. 仕様記述言語
	9.1 CLEAR
	9.2 OBJ2
	9.3 ASL
	9.4 Larch
	9.5 その他の仕様記述言語


第14章  プログラム論理
	D.Kozen and J.Tiuryn:西村 泰一,近藤 通朗

1. 序論
	1.1 状態,入出力関係,軌跡
	1.2 外的論理,内的論理
	1.3 歴史ノート
2. 命題動的論理
	2.1 基本的定義
	2.2 PDLに対する演繹体系
	2.3 基本的性質
	2.4 有限モデル特性
	2.5 演繹的完全性
	2.6 PDLの充足可能性問題の計算量
	2.7 PDLの変形種
3. 1階の動的論理
	3.1 構文論
	3.2 意味論
	3.3 計算量
	3.4 演繹体系
	3.5 表現力
	3.6 操作的vs.公理意味論
	3.7 他のプログラミング言語
4. 他のアプローチ
	4.1 超準動的論理
	4.2 アルゴリズム論理
	4.3 有効的定義論理
	4.4 時制論理


第15章  プログラム証明のための手法論理
	P.Cousot:細野 千春,富田 康治

1. 序論
	1.1 Hoareの萌芽的な論文の解説
	1.2 C.A.R.HoareによるHoare論理のその後の研究
	1.3 プログラムに関する推論を行うための手法に関するC.A.R.Hoareによるその後の研究
	1.4 Hoare論理概観
	1.5 要約
	1.6 この概観を読むためのヒント
2. 論理的,集合論的,順序論的記法
3. プログラミング言語の構文論と意味論
	3.1 構文論
	3.2 操作意味論
	3.3 関係的意味論
4. 命令の部分正当性
5. Floyd-Naurの部分正当性証明手法とその同値な変形
	5.1 Floyd-Naurの手法による部分正当性証明の例
	5.2 段階的なFloyd-Naurの部分正当性証明手法
	5.3 合成的なFloyd-Naurの部分正当性証明手法
	5.4 Floyd-Naurの部分正当性の段階的な証明と合成的な証明同値性
	5.5 Floyd-Naurの部分正当性証明手法の変形
6. ライブネス証明手法
	6.1 実行トレース
	6.2 全正当性
	6.3 整礎関係,整列集合,順序数
	6.4 Floydの整礎集合法による停止性の証明
	6.5 ライブネス
	6.6 Floydの全正当性証明手法からライブネスへの一般化
	6.7 Burstallの全正当性証明手法とその一般化
7. Hoare論理
	7.1 意味論的な観点から見たHoare論理
	7.2 構文論的な観点から見たHoare論理
	7.3 Hoare論理意味論
	7.4 構文論と意味論の間の関係:Hoare論理健全性と完全性の問題
8. Hoare論理の補足
	8.1 データ構造
	8.2 手続き
	8.3 未定義
	8.4 別名と副作用
	8.5 ブロック構造局所変数
	8.6 goto文
	8.7 (副作用のある)関数と式
	8.8 コルーチン
	8.9 並行プログラム
	8.10正当性
	8.11 プログラム検証の例
	8.12 プログラムに対して1階論理拡張した他の論理


第16章  様相論理時間論理
	E.A.Emerson:志村 立矢

1. 序論
2. 時間論理の分類
	2.1 命題論理 対 1階述語論理
	2.2 大域的と合成的
	2.3 分岐的 対 線形
	2.4 時点と時区間
	2.5 離散 対 連続
	2.6 過去時制 対 未来時制
3. 線形時間論理技術的基礎
	3.1 タイムライン
	3.2 命題線形時間論理
	3.3 1階の線形時間論理
4. 分岐的時間論理技術的基礎
	4.1 樹状構造
	4.2 命題分岐的時間論理
	4.3 1階の分岐的時間論理
5. 並行計算:その基礎
	5.1 非決定性と公平性による並列性のモデル化
	5.2 並列計算抽象モデル
	5.3 並列計算の具体的なモデル
	5.4 並列計算の枠組みと時間論理の結び付き
6. 理論見地から時間論理
	6.1 表現可能性
	6.2 命題時間論理の決定手続き
	6.3 演繹体系
	6.4 モデル性の判定
	6.5 無限の対象の上のオートマトン
7. 時間論理プログラム検証への応用
	7.1 並行プログラム正当性に関する性質
	7.2 並行プログラム検証証明論的方法
	7.3 時間論理による仕様からの並行プログラム機械合成
	7.4 有限状態並行システム自動検証
8. 計算機科学における他の様相論理時間論理
	8.1 古典様相論理
	8.2 命題動的論理
	8.3 確率論理
	8.4 不動点論理
	8.5 知識


第17章  関係データベース理論の構成要素
	P.C.Kanellakis:鈴木 晋

1. 序論
	1.1 動機と歴史
	1.2 内容についての案内
2. 関係データモデル
	2.1 関係代数と関係従属性
	2.2 なぜ関係代数か
	2.3 なぜ関係従属性か
	2.4 超グラフデータベーススキーマの構文について
	2.5 論理データベース意味について
3. 従属性データベーススキーマ設計
	3.1 従属性の分類
	3.2 データベーススキーマ設計
4. 問合わせデータベース論理プログラム
	4.1 問合わせの分類
	4.2 データベース論理プログラム
	4.3 問合わせ言語と複合オブジェクトデータモデル
5. 議論:関係データベース理論のその他の話題
	5.1 不完全情報の問題
	5.2 データベース更新の問題
6. 結論


第18章  分散計算モデル手法
	L.Lamport and N.Lynch:山下 雅史

1. 分散計算とは何か
2. 分散システムモデル
	2.1 メッセージ伝達モデル
	2.2 それ以外のモデル
	2.3 基礎的概念
3. 分散アルゴリズムの理解
	3.1 挙動の集合としてのシステム
	3.2 安全性と活性
	3.3 システム記述
	3.4 主張に基づく理解
	3.5 アルゴリズムの導出
	3.6 仕様記述
4. 典型的な分散アルゴリズム
	4.1 共有変数アルゴリズム
	4.2 分散合意
	4.3 ネットワークアルゴリズム
	4.4 データベースにおける並行性制御


第19章  並行プロセス操作的および代数意味論
	R.Milner:稲垣 康善,結縁 祥治

1. 序論
2. 基本言語
	2.1 構文および記法
	2.2 操作意味論
	2.3 導出木と遷移グラフ
	2.4 ソート
	2.5 フローグラフ
	2.6 拡張言語
	2.7 その他の動作式の構成
3. プロセスの強合同関係
	3.1 議論
	3.2 強双模倣関係
	3.3 等式による強合同関係の性質
	3.4 強合同関係における置換え可能性
	3.5 強等価関係上での不動点の唯一性
4. プロセスの観測合同関係
	4.1 観測等価性
	4.2 双模倣関係
	4.3 観測合同関係
	4.4 プロセス等価性上での不動点の唯一性
	4.5 等式規則の完全性
	4.6 プロセス等価性に対するその他の概念
5. 双模倣等価関係の解析
	5.1 等価性の階層構造
	5.2 階層構造論理的特性化
6. 合流性をもつプロセス
	6.1 決定性
	6.2 合流性
	6.3 合流性を保存する構成子
7. 関連する重要な文献

2011-08-14

依存契約

もしかして見てるかな

まぁ、それはいいや


知りあって数年の異性と約束をした

あちらには「居てくれること、傷付けない事、受け入れる事」を

こちらは「自身を相手の一部とすること、自我を与えること、依存を受け入れること」を

こうして文字にすると、その異常がより際立つ

エゴがは露出し、道徳倫理侮辱されている

未完成で未熟で脆弱自己

自己と他者の境界線の霧散

人に言わせれば「気持ち悪い」の一言で一蹴されるような、おそらく汚い関係

心理学の用語で言えば、共依存

依存を受け入れて世話をする事に自分存在意義を見出している

青年期におけるアイデンティティ確立拡散の発達課題に支障が出ている

ここで躓くということは、きっと以前の発達段階に積み残しがあるんだろう

せいぜいが、基本的信頼と不信の乳幼児期だろうが



話を一般の方に帰納する

今、恋人夫婦である組み合わせのうちで

相手の存在自分存在意義を委ねていない人がどれだけいるだろうか

あなたのために~~」とキャラクターに言わせれば美談になるくせに

いざ「依存」の一言がつくと醜聞に変わる

病的とさえ言われる

では極論として、自分存在意義を自前で用意するとして

その時の恋人や伴侶の必要性とは何だろうか

社会的ステータスか、生殖のための遺伝子供給装置か、共同育成者か

感情の含まれない、役割機能のみの道具の為が自然と思うのだろうか



依存」には負のイメージが付き纏っていると感じる

自立していない、人間として終わっている、理性持つ存在として堕落しきった姿勢

別に理性を廃せよと言いたいのではない

「否定するな」と行動の制限をしたいわけでもない

ただ単純に、誰もが発達課題をきちんと積めるわけではないと言いたい

隙間の開いたジェンガのように、まばらでふらふらと安定しない存在でも、不安になりながら生きている

積み残しを補完するには、その上に積んだものも積み直しを迫られる

それは、きっと苦痛

それが出来ないから、他のジェンガに寄りかかって、集まって、倒れにくくする

きっとそれは、恋人や伴侶の話に限ったことではないだろう

自分一人では不安定だから

きっと寄りかかり合って積んでいく

隙間一つ無いジャンガなら、そんな必要もないだろうが

から、あらゆる関係において「依存」という形容詞適応されるだろう

きっと本来は、依存は「良悪」で判断されるべきで「善悪」で判断されるべきでは無いんだろうな


演繹する

から言い訳をするわけじゃないが

自分と相手には、それが必要だった

大きな依存を結ぶ必要が

そうでなければ、ジャンガを全て崩す他なかったのだ

不安定を解消するたったひとつ方法がある

初めから積まなければいいのだ

積むから不安定だから、積まなければ崩れもしない

崩してしまえば、崩れることはない

それは、自殺

2011-08-11

http://anond.hatelabo.jp/20110811100710

27 :名無しさんお腹いっぱい。:2008/08/07(木) 07:34:16

素人童貞>>>>>童貞は間違いないと思う

童貞は認めたくないみたいだけど、やっぱ大分違うぜ

31 :名無しさんお腹いっぱい。:2008/08/08(金) 18:39:37

これ等式記号だろ。素人童貞の方が童貞より偉いって

意味なんだよな。その後で、大分違うってどんな演繹

だよ。違いを知ってるから偉いって意味なのか?

だったら、どう違うか相対的な整合性を仮定しなきゃ

まったく意味がないよな。

人間ゲシュタルト感覚にまで及ぶ言及をするわけだから

個人的な経験則は無効だぞ。

ハイゼンベルグの不確定性理論とか知らないんだろ。

まあ本格的なバカみたいだから簡単に設問すると、

風俗オナニーよりなぜ気持ち良いのか、

科学的に証明しろ。

但し、射精する時の感覚絶対値と仮定する。

32 :名無しさんお腹いっぱい。:2008/08/08(金) 20:21:41

偏差値40台な感じでお願いしま

33 :レッペリ ◆LiWT5qNyJI :2008/08/08(金) 21:39:53

&gt;&gt;31

僕はその問題に少しだけ詳しいので知っていることを説明しま

あなたもご存知の通り、

風俗オナニーよりなぜ気持ちいいのかという設問は長らく論争の的でした

いまだに決着していないといってもよいその議論は

とりもなおさず生命とは何かということの定義あるいは自己複製へのイデオロギー確信

ついての実在論的なアプローチ歴史でもあります

世界中科学者研究者がこの人類に残された究極にして最後の謎、

洞窟の奥底にひたすら隠し通されてきた輝くべき聖杯を目指して

暗い闇の中を手探り状態で開拓しはじめたのが今から70年程まえです

話は少し長くなりますがやはりこの辺りから始めることにしま

一見、簡単に見える真実こそ証明するのが難しいものです

34 :レッペリ ◆LiWT5qNyJI :2008/08/08(金) 22:25:11

今 私の手元には一つの論文があります

著者はサイモンプライマー、題名が「断片の創造性にかかる自己複製への影響の解釈」という

当時まだまったくの無名だった生物化学者が記したものです

この科学論文が英国科学研究機構に提出されたのが今から71年前のこと、

当時この論文にはさほど科学的に重大な発見が記されているとは思われていませんでした

そこに書かれていたのは、自己複製の連続性つまり人類生命誕生における

遺伝子決定に関してたんぱく質が影響をおよぼす断片的な創造性の思想的な解釈でした

それはDNAの2重螺旋構造セントラルドグマとした当時のある種流行とも呼べるテーマでした

この全体としていささかインパクトにかける無名の生物学者が書いた論文

たった一行それはあまりにもさりげなくしかし後の科学にとっては非常に重要示唆が挿入され

それをあくまで直感的に解釈するプライマー言葉が短くしるされていました

それが以下、

「  素人童貞>>>>>童貞

 私はこの等式記号がただちにオナニー快感を否定するものではないことを承知するが

  さしあたって風俗での射精との関連についての演算的なゴールであることを定義するものであること

  を証明するための帰納的な一歩であることをここに記す」

でした。

ここに風俗オナニーに関する科学史の始まりとそして同時に終末が同時に記されたのです

あるいは当時この示唆はあまりにも大胆な飛躍ととられたのかもしれない。

しかし、このほんの小さな一陣の風の前に

一人の研究者が現れることで科学史は大きなうねりを持ち始めるのでした

37 :レッペリ ◆LiWT5qNyJI :2008/08/08(金) 22:41:12

意味はわからいかもしれませんけど、まだ始まったばかりですから

最終的に風俗オナニーよりなぜ気持ち良いのか科学的に証明するところまで

行くのにあと300レスは必要なんだしその頃には分かるんじゃないかと思います

38 :名無しさんお腹いっぱい。:2008/08/08(金) 23:00:36

ごめん終わらせちゃっていい?

挿入の快感オナニーはないから、でFA

39 :レッペリ ◆LiWT5qNyJI :2008/08/08(金) 23:05:39

天才だなお前

46 :31:2008/08/08(金) 23:30:56

ちょっと待ってくれ。

確かに俺は科学的に証明することを求めた。

それはあくまでスレットのタイトルである

素人童貞が聴く音楽」をユニタリ同値的な公理

演算するためだ。人間オスが射精に至るまでの

線形方程式、例えばハミルトン方程式のようなもの

証明できれば、精子時間依存であり、勃起ベクトル

時間発展しないことの証明になると考えたからだ。

&gt;&gt;37がやろうとしていることは生命科学だよな。

まり精子たんぱく質合成から始まって、

大脳辺縁系の性中枢にあるA10神経が駆動してから

勃起射精に至るまでを、DNAのふるまいで解読

しようというわけか?それを300レスで?不可能だろ、常考

おまえがやろうとしているのは疑似科学だ。

風俗オナニーより気持ちがいいという公理

捏造することもできない。

せいぜい南京大虐殺のような物語を書くぐらいか

47 :レッペリ ◆LiWT5qNyJI :2008/08/08(金) 23:58:58

&gt;&gt;46

君が&gt;&gt;31で設問したんだよ

風俗オナニーよりなぜ気持ち良いのか、

科学的に証明しろ。

>但し、射精する時の感覚絶対値と仮定する。

僕はそれを証明しようとしてるだけだし

それを疑似科学だとか言うならそもそも君の設問がナンセンスだってことになるよ

それに僕はオナニーでの射精から得られた精液から得られた微量のゲノムDNAサンプルと

風俗での射精から得られた精液から得られたゲノムDNAサンプルのRCA解析の結果を2次元下で

モデル化することで余剰次元素粒子標準の不明点は切り離せると考えてるし

あくまで演算的に設問を証明しようとしてるわけだから可視化力学的性質だけで

検出できない微小なプロセス物理的な効果も無視されるのがふつうだ。

君の考えていることとはベクトルがまるっきり逆だと思う

射精メカニズムを解析するのではなく射精された精液に含まれるDNAのふるまいによる

観察結果がおのずと回答を導くんだ。だから300レスで十分に証明可能なんじゃないか

48 :レッペリ ◆LiWT5qNyJI :2008/08/09(土) 00:07:58

間違えたPCRでの解析だ。RCAじゃヒッグス機構階層性問題の内部対称性が示せない。

超対称性を取り入れた標準モデル拡張性の大きな強みは、粒子とスーパーパートナー

双方から仮想の寄与があるとき超対称性によって仮想フェルミオンと仮想ボソンそれぞれの量子補正

実現できるてことになるから。とにかくRCAじゃなくてPCRでの解析を比較します。

49 :名無しさんお腹いっぱい。:2008/08/09(土) 00:24:32

読んでて頭が割れそうだ。

2011-07-03

生きる意味?生きる目的人生のコンセプトって?

※おことわり

少し時間ができたので、最近ちょっと考えたことをまとめておこうと思う。

単なるメモでも良かったけれど、次の展開を期待してあえて発信してみる。

けれどこれは、自分の考えを誰かに押し付けものでもない。

ただ、自分意見への少しの共感が、ごくわずかな人からでも得られたら…

と、どこかで期待しているのも否定しない。


重たいタイトルだが、以下は要するにキャリアについてのまとめ。

自身はすでに就職先の決定など、人生における比較重要な選択を終え、

どうしても帰納的なキャリアの導き方となるが、そこは了承いただきたい。



--------------------------


俺は哲学者でも何でもないけれど、自分キャリアを考えているうちに、

進むべき道を定義するためには、自分の生きる意味なり目的なりを

ある程度はっきりさせておく必要があるのでは、と考えた。


いわゆる、人生の“コンセプト”というやつだ。

人生において全体を貫く統一的な概念

もちろんそれは人生の経過とともに変化して良いものだが、

それが定まっていると、なんとなくラクだろうな~と思う。


例えば就職活動など、人はどこかの段階で人生における重要な選択を迫られる。

この時、選択したものに対して論理的な説明ができなければならない。


とは言うものの、たとえ論理的な説明ができなくても、

特に大きな問題はないだろうというのが正直なところだ。

それでも論理的な説明を用意しておくべきだと考えるのは、

自分を納得させるためでもある。


さらに就職活動のみならず、この先まだ長い人生において、

自らのキャリアを選択するのに悩む場面が出てくる。

そんな時に、思考の上で帰る場所があれば、と思うのだ。

迷ったら帰る場所であり、それは同時に目的地、ゴールでもある。


一度そこに立ち返って、演繹的な思考を重ねれば正しい選択を導ける。

いや、正確に言うと正しいかどうかは判断できないが、

少なくとも自分を納得させられるだけの論理構成を組み立てることが可能だ。



キャリア」についての説明が不足していたので少し補足しておく。

キャリアイメージは、人生という名の線路のようなものだ。

線路は予め用意されている場合もあれば、自ら敷く場合もある。

自分自身は線路の上を走る車両

途中、いくつかの岐路があってどこに進むか選択しなければならない。

選択を誤ると、目的地まで遠回りすることになったり、

下手すると目的地が変わってしまったりする。


これは普段気づきにくいことだが、

そのうち手段が目的と化してしまうことが多々ある。

目的地を目指して進んでいるはずの車両が、

つの間にか周りの景色を楽しむだけのものになる。


…という話をするとどうしても抽象的になるが、

要するに「キャリア」は歩んでいく人生そのものだ。

働く、趣味に没頭する、結婚する、家庭を築く…

いずれも、ここで言うキャリアに含まれる。



少し脱線したが、そもそもなぜこういうことを考えるに至ったか

自分キャリアにおける選択はこれで正しかったのか、

改めて検討しようと考えたからだ。正しかったのか…というよりは、

間違っていなかったことを証明たかったという方が正確かもしれない。


自分が納得のいくための説明をするためには、

論理構成が正しく組み立っていることが大切だ。

論理的に正しいということはつまり、なぜ?に対して答えられるということ。


帰納的な論理思考は、なぜ?の繰り返しである

しかし、なぜ?を何度か繰り返すと必ず壁にぶつかる。

行き当たるのだ。それは時に、哲学的な問いである。



なぜ、生きるのか―。


千差万別の答えが得られそうだが、

俺の結論を先に言うと“子孫を繁栄させるため”だ。

生物学的にも進化論的にもきちんと説明できる。

そのために、男も女もモテようと努力する。

さらに子や孫、あるいはその世代が

よりよい生活を送られるように、環境を整えようとする。



では、どう生きるか―。


これもまた、十人十色の答えがあるだろう。

俺が導いたそれは“適応的に生きる”ということだった。


加速度的に複雑化する高度文明社会

情報をはじめモノやヒトの流通量は爆発的に増大し、

あらゆるものが高速度化、自動化、多様化、細分化している。


そんな変化の多い時代、

社会環境にうまく適応できた人間が生き残る。

子孫を繁栄させることができる。



少し横道に逸れるが、キリンの話を。

首の長いキリンは、進化過程でそうなった。

厳密に言うとキリン努力によってそうなったわけではなく、

遺伝の変異で首の長い種が誕生したのだが、それが環境適応した。


これまで地面に生える草木をエサとしていた草食動物

しかし、エサとなる草木にも限りがある。

そこにはエサの取り合い、熾烈な生存競争があった。

キリンはその長い首を生かして、

他の動物が手の(口の?)届かない高い樹木の葉を食べた。

これなら他の種と争うことも無く、エサに不自由することがない。

それで今日に至るまでキリンは子孫を繁栄させたのである


繰り返しになるがとどのつまり

環境適応できる者が生き残るということだ。



さて、首の長いキリン場合は長い長い生物進化過程

おそらく遺伝子突然変異によって生まれた。

それが、当時の環境にうまく適応していた。


しかし、今の人間が生きる環境は、自ら作りだしたものである

文明の進展によって、人は社会と呼ばれる環境を自ら作ったのだ。


すなわち、現代を生きる人にとっての適応とは、

単に自然環境に対する適応ではなく、

加速度的に変化するこの社会環境への適応ということになる。

すごく簡単な言葉に置き換えると、

時代の流れにうまく乗る、と言ったところか。



その社会環境への適応のためには、今を分析して未来を予想する必要がある。

現在自分が置かれている状況を整理した上で、

社会環境を分析、さらに今後の変化を想定しなくてはならない。


…ならないのだが、俺は識者でも学者でもなければただの一般人

ゆえに、ここからは完全に私見になるためやや省略ぎみに。

先にも触れたように加速度的に変化する複雑な高度文明社会

したがって「変化に適応(柔軟に対応)できる人」が、

現在社会環境適応しやすい人と思われる。

例えば、今やどんな大企業もいつ倒産するか分からない時代。

リストラされても自分で食っていけるかが大切だということ。

また、情報爆発の時代ではITリテラシーの有無が情報格差につながる。

情報取得、選別能力の高さがそのまま社会環境への適応力の高さに。

高度文明社会から少しずつ回帰する現象が始まるかも。

そんな中では、人としてのコミュニケーション能力重要

人の生命を支える農業などの一次産業にも焦点が集まる。

外へ外へと出ていく時代から地方が重視される時代に。


そんな時代の社会環境適応的に生きるには?

その答えはなんとなく、ぼんやりとあるけど、

これからもう少し時間をかけて詰めていきたいと思う。



さて、これまで長ーく書き連ねたけど、

つまるところ、幸せに生きたいなあと思うわけです

自分ももちろんだけど、自分の周りにいる人も、

もっと言うと子供や孫、さらにはその世代の人々も、

みんな幸せを実感しながら生きられたら、と。


それで、自分にとって何が幸せかを考えた。

結果、コンセプトのある生き方なのかな、と。

そこから導いたのが上のような考え。

今の社会環境適応的に生きられたら、それは幸せだと思う。

もっと欲を言えば、自らが適応できる社会環境をつくっていけたらと。


力のある人は、社会の仕組みそのものをつくる。

それはすなわち、自らが適応しやすい環境をつくるということ。

そうするために、自分が出来ることはなんだろう?

これからも考えながら歩んでいこうと思う。



--------------------------


※おわりに

最後の方、ちょっと時間がなくて雑なまとめになってしまった。

超個人的なことだが、適応的な人間になるために、

それなりにやることやってきたのかな?と思う。

器用な人間になりたい、と思う。何でもできるゼネラリストに。

そのためには色々なものを見て、たくさんの経験をすることが必要。

つのことを徹底的に深める人は本当にカッコイイと思うけど、

自分はそれよりも広さを追求しようと思う。

加速度的に変化する時代に、適応的な人間になるために。

2011-03-18

みんながもうよくよく知っていること

 よしなしごとだが今日18日午後、twitter唐突東浩紀氏が曰く、一昨日の晩から原発関連の報道が少なくなったかの印象があるとのこと。

それにしても、一昨日夜あたりから福島原発がらみの情報が急に出てこなくなったと思うのはぼくだけ?

http://twitter.com/#/hazuma/status/48610392976531456

 もちろん、事実報道は絶えずなされている。ご本人も「放水してることぐらいは知ってます」と書いている。

 事実そのものの緊迫度合いは変わっていない。事態の進行状況や対策対応を見れば情報を量的に計算しようともそれは変わるまい。いや、合衆国政府からの協力への強い要請(の露呈)や、IAEAから情報開示要求というニュースを見れば、事態は以前を凌ぐものだろう。

 東氏ご自身は政府情報統制を始めたんじゃないかと書いていたので、ここに書くのは東氏の意図とは違う。もっと曖昧な「印象」についての話である。印象とは根拠のないものであり、帰納的にしか語ることができず、つまり「論」ではない。まさによしなしごと。

 その印象が何を指しているか

 事実の質と量は充分であるのに、事実以上の報道はされていない?番組が少なくなった?という印象?

 似たような話がある。

 国内メディア報道のトーンについては当初から、悲惨さに寄り過ぎる、自衛隊かによる救済など「いいニュース」が海外メディアにばかり流れている、避難所はもっと前を向いているのに伝えられない、等の批判が出ていた。twitterなどでも同様だったが、ロケ先で被災したコメディアンであるところのサンドウィッチマンによるコメントは、その国内メディアでも報じられたのでかなり広く知られるに至った。これらを受けてNHKでは編成方針を変更したようだ。

 「ようだ」というのは、上記のようなことは定量的には前後比較できない、当事者の公表なしには視聴者感想(の露出)によってしか測ることができないことだから。逆もまた真なり、敢えて書くことはしない。

 それから、これも今回の震災に絡めてTwitterで見かけたエピソード。

 阪神淡路大震災の折、被災地を放送エリアに持つ読売テレビが、番組編成を報道偏重からアニメバラエティなど日常的なコンテンツを採り入れたものに切り替えたところ、賛否が多く寄せられたそうだ。不謹慎だというクレームはもっぱら被災地からのもので、被災者からは「ひさしぶりに笑った」という感謝メッセージが届いたという。

 tweetの主旨は、悲惨な状況にこそ深刻さばかりでなく笑顔を生みだすようなものが必要だ、それを実現した読売テレビさんは素晴らしい、在京各局も続くべしということ。

 それにしても、こうまで深刻である必要はどこらへんにあるのか。といっても「こうまで」の「こう」が曖昧至極であるが。

 もう説明するまでもないことなのでぶっちゃけていってしまう。

 下位に対する憐憫という「善意」の発揮によって穏当裡に、普段は緩やかに規定される上下関係こそ、ここ最近のこの共同体を支える文化精神的基盤だ。

 もちろん、階級のないこの社会を円滑に運営するうえで有用だからこそ基盤たりえる。が、善意の発揮は多くを包み隠しもする。

 女性差別を訴えられた男性は少なからず心外に感じるだろう。だって自分女性を「弱き者」だと理解し、その通りに行動しているのだから。その振る舞いに、端から自立を放棄せよとのメッセージが含まれているとしても。

 現在中年以上の大人であれば、街ですれ違う病者や障害者を「じろじろ見ちゃだめよ、可哀相でしょ」とたしなめられた記憶ひとつやふたつあるのではないか乙武洋匡氏を引き合いに出すのは失礼と承知しているが、氏のような快活さをいまだに受け入れられない大人はいる。

 それと同じように、被災地に救援物資と称してぼろが届く。「伊達直人」氏によって児童養護施設ランドセルが届いたのをきっかけに始まった伊達直人ブームも、しばらくすると最初伊達氏の志とは随分違ったものになってしまったような印象だ。

 しかしそれを差別だと大っぴらに言うことは憚られる。なんといっても善意から、悪気はないのに、それを責めるのか、ひどい。

 翻って、在日朝鮮民族韓民族に対する差別があからさまに起き続けるのは、彼等がこの不文律を共有しない、憐れみに対して首を垂れないからではないのか。いうまでもなく不文律とは心の中にしか存在しない。印象と同じようなものだ。

 そのような一連の意識を反映するものとして、原発関連の報道が、少なくなった、印象だ。

 憐れまれる側にまわった者に供給されるべき「深刻さ」の座興などないということだろう。

 最後に、東氏が18日未明に書いたもうひとつtweet引用しておく。

このような表現を使うと不謹慎と怒る人もいるかもしれない。しかし、ぼくたちはこの未曾有の災害を「好機」として捉えなければならない。バブル以降の20 年間の停滞に終止符を打ち、麻痺から脱し、日本をまともな国に戻すための最後の好機として。この好機を生かせなければ日本は本当に終わる。

http://twitter.com/#/hazuma/status/48442188891295744

2011-03-16

強姦の多発を否定するのって痴漢冤罪証明に似ている気がした

公式の統計的には強姦認知件数は増えていないのだから多発を主張するならそれ相当の根拠が必要なはずなのに

強姦が多発した、ってのが定説になっているせいで否定側が根拠を出さなければならない

肯定側の根拠は不確かな伝聞やら常識による推論やらで客観性がないけれども

からこそ、それを否定しようとしても客観的でないとしか否定しようがない

客観的な統計です災害時には認知率は減るはず、っていう常識によって否定されるけれども

その常識帰納する対象がない主観しかないはずなのに肯定が定説になっているせいでさも正当な根拠に思えてくる

2011-02-04

恣意的に編集して全くの別物にした

http://anond.hatelabo.jp/20110202035306

筆者(元増田)も述べていますが、わかりづらい文章だと感じました。そこで筆者はこのように言いたかったんじゃないかとかってに想像して、本文と追記を編集という名の削除、加筆、訂正及び構成の大幅な変更を行って理解の手助けとしました。よかったら読んでください。

論理操作能力の高いヤツとは議論するな

 東大卒自分ギリギリ東大理Iに受かったぐらいの大したことのない頭の持ち主だが東大に入ったおかげで、色々な東大生を見ることが出来た。その結果、論理操作能力とは極めて先天的なものであるということを知ることが出来た。東大の中でも頭がイイ奴は、普通の人と比べて、同じ時間あたりに実行できる論理操作の数が数倍速く正確である。このことを知ることが出来たことが、東大に入って最も良かったことの一つだ。

 お勉強が出来るだけでは社会に出ても役に立たないというのは、その通りだと思うのだが論理操作能力が速くて正確なことは社会に出る上で非常に役に立つ。とりわけ、議論の場で圧倒的に有利になる。実は、議論というのは、試験よりも速くて正確な論理操作能力が要求される。その場で返答しなければいけないからだ。試験だったら、その場でとっさに答えを思いつかなくても、「とりあえず置いておいて、試験時間終了間際にもう一度見なおしてみるか」といった戦略が取れるが、議論の場では、相手は何十分も返答を待ってくれない。その場で返答しないと意味が無い。


 とりあえず、「論理操作能力」を、平たく言って、「頭の回転の速さ」である定義したい。言い換えるならば、「論理操作能力が高い」とは「与えられた前提から単位時間あたりに論理的な推論を用いて導き出せる有意義な結論の数が多く、また、その推論が精確なこと」と定義しておく。単に論理的な推論がたくさん出来るだけ(=論理演算能力が高い)では、コンピューターの方が人間より優秀だということになってしまう。論理的な推論を重ねて、「有意義な結論」を見出さなければならないから、「操作」という言葉を使った。

 また、人間は推論を間違えることも多々あるから(例えば、A→Bが成り立つ場合に、議論を進めていくうちに、それがB→Aも成り立つことになっていたりする)、推論が精確であることも重要なので、「推論が精確なこと」を定義に含めなければならない。「論理操作能力」は、「コミュニケーション能力」「国語力」「人間力」とかよりも、ずっと精確に定義できていると思う。


 「論理操作能力」に対して、「情報処理能力」の方が適当はないかという意見もあるだろう。そこで「論理」「操作能力した理由を説明したい。

 まず、「情報」ではなく「論理」という言葉を使ったのは、「情報」では、人に上手く質問して情報を引き出す能力や、ネットや本で調べる調査能力を含むような誤解を与えると思ったからだ。このような調べ物が得意な人はいるが、その能力はそれぞれの専門によるし、信頼できる情報源をどの程度「知っているか」という知識の問題でもあると思う。例えば、法学部卒の人が法律に関することについて情報入手能力が高いのは当たり前である。一方、「論理」なら、こうした調査能力を含むかのような誤解は与えない。したがって「情報」より「論理」の方が適切であると思った。

 次に「処理」ではなく「操作」という言葉を使った理由であるが、これは「処理」では、処理した結果何を目的アウトプット)とすれば良いのかが明確に決まっている、という誤解を与えると思ったからだ。

 例えば、漠然と「何かいアイデアない?」と聞かれた場合は、欲しいアウトプットは定まっていない。このような得たいアウトプットが明確に決まっていない状況でも、与えられた条件から「この条件とこの条件をこう組み合わせれば、こういうことが言える(=こういうアウトプットが得られる)!」という思考を即興で出来る人がいる。僕は、「論理操作能力の高い人」という言葉で、こういう人たちのことを指したかったのだ。

 「操作」と「処理」の違いであるが、例をあげると、車を操作する、とは言いますが、車を処理する、とは言わない。「操作」という言葉が、どの方向に進みたいかを決めることをも含んでいるからだ。一方、「車をA地点からB地点まで移動するという仕事を処理する」と言うことは出来る。処理するためには、アウトプット最初から決まっていないといけないのに対し、操作することは、アウトプットを定めることも含んでいる。したがって、「処理」よりも「操作」の方が適当であると思った。ちなみに、操作は、"operation"の意味で使っている。"operations"のように複数形に出来ることが大事である複数形にできるから、"manipulation"の意味でもよいかもしれない。しかし、"control", "exploit"の意味では使っていない。英語を使うと冗長すぎると言われそうなのでやめておいたのだが、やっぱり、書いておくこととする。


 ところで、冒頭で論理操作能力とは極めて先天的なものであると述べたが、「先天的」は必ずしも「遺伝的」であるとは限らない。また、論理操作能力先天的なものであるということは、実際に東大に在籍し、多くの東大生を見てきて、僕が経験的(帰納的)に知ったことだ。

 加えて、僕は、論理操作能力の高い人が東大だけに存在するとは思っていない。どの大学でも、名前が知られている大学なら、上位何%かは論理操作能力先天的に高い人だろう。東大は、その「何%」が、1~2割程度になっているぐらいである。

 余談であるが、東大は、一般教養の代わりに、シンフリ制度最初は全員教養学部に属し、1年~2年前期までの成績で、他の学部学科に転籍する進学振り分け制度)を取っているので、学部・学科によって、論理操作能力の高い人の全体に占める比率は大きく異なる。シンフリ点数の高い学科は、やっぱり、論理操作能力の高い人が多い。シンフリとかシケプリシケタイシケ長かいった言葉を知っていることは、僕が実際に東大卒である傍証にはなると思う。


 さて、論理操作能力先天的なものだから、訓練しても高くはならない。したがって、論理操作能力が低い(その才能がない)我々のような人間が彼らに勝つためには、「論理操作能力が高いヤツとは最初からマトモに議論しない」ということが重要だ。例えば、相手が持っていない情報に基づいて反論する。いくら論理操作能力が高くても、知らないものを知ることは出来ない。それから論理操作能力が高いヤツの前では、自分のやっている仕事面白そうに見せない。論理操作能力が高いヤツが自分仕事を持って行くからだ。

 こうした勝つ技術の中でも一番多く使うのは「自分仕事に関係ないことは黙っておく」という技術だ。会議の場で自分より論理操作能力が高そうな人間がいて、その会議自分仕事に直接関係なく、意見することで何か自分利益がもたらされるのでなければ、黙っておく。論理操作能力が高い人間意見は高い確率正論なので、しばらく放っておけば、そういう人間会議を引っ張っていくようになる。


 論理操作能力が低い自分でも、論理操作能力が高い人間が多く集まる東大という環境にいられたおかげで、論理操作能力が高い人間の中で立ち回る技術を身につけることが出来た。人類の大半は、論理操作能力が低い人間だ。みんなで、共闘して奴らを追い落とそう。

どうでしょう

2011-02-03

http://anond.hatelabo.jp/20110202035306

論理操作能力」(これ、「頭の回転の速さ」でいいと思うんだけど)を先天的なものだと考えた理由が書かれてないのが気になる。主張の重要部分なのに。

経験的に(帰納的に)知った」というけれど、幼時を知らない間柄で、どうやって知りえたのか。

しかしたら、「知った」のではなく、「思った」のか。だとしたら何故か。

案外重要なところかもよ。

http://anond.hatelabo.jp/20110202035306

また、論理操作能力先天的であるということは、実際に東大にいて、多くの東大生を見てきて、僕が経験的に(帰納的に)知ったことです

東大生の例から帰納的に考えたのであれば(野矢茂樹論理トレーニング的な言い方をすれば)「推測した」という言い方が正しく、「知った」という言い方をするのはおかしい

その結果、論理操作能力というのは極めて遺伝的なものであるという事実を知ることが出来た。

ここもそうだけど、帰納的に推測したことを「事実を知る」という言い方をする理由がわからない(元増田国語論理的な思考が苦手だという理由以外では)。



そもそも「論理能力先天的に決まっている」というのが「事実」だとしたら是非どこかの学術雑誌投稿してほしいもだが、そういうわけではなくて、単に元増田自分妄想事実勘違いして垂れ流してるだけだろう。


元増田東大生かどうかは知らないが、論理操作能力的なものが存在すること、元増田がそれに乏しいこと、そして論理操作能力受験ゲームにおいてそれほど重要はないことにはわりと同意。

追記:ブコメみたら元増田の文章に納得した、とか言ってる人もいるみたいだけど、こいつは「論理操作能力先天的である」ことの根拠なんて全く示してないから。勘や感覚でなんとなくそう思う、そんな気がする、ならわかるけどね。

2011-02-02

論理操作能力の高いヤツとは議論するな

東大卒自分ギリギリ東大理Iに受かったぐらいの大したことのない頭の持ち主だが東大に入ったおかげで、色々な東大生を見ることが出来た。その結果、論理操作能力というのは極めて遺伝的なものであるという事実を知ることが出来た。東大の中でも頭がイイ奴は、特に、時間あたりに操作できる論理操作の数が常人の数倍は速く、常人より1桁正確だと思う。この事実を知ることが出来たことが、東大に入って最も良かったことの一つだと思っている。

勉強が出来るだけでは社会に出ても役に立たないというのは、その通りだと思うのだが論理操作能力が速くて正確なことは社会に出る上で非常に役に立つ。特に、議論で圧倒的に有利になる。議論って言うのは、実は、試験よりも速くて正確な論理操作能力が要求される。その場で返答しなければいけないからだ。試験だったら、その場でとっさに答えを思いつかなくても、「とりあえず置いておいて、試験時間終了間際にもう一度見なおしてみるか」といった戦略が取れるが、議論の場では、相手は何十分も返答を待ってくれない。その場で返答しないと意味が無い。

論理操作能力は遺伝的なものだから、訓練しても高くはならない。だから論理操作能力が低い(才能がない)我々のような人間が彼らに勝つためには、「論理操作能力が高いヤツとは最初からマトモに議論しない」ということが重要だ。例えば、相手が持っていない情報に基づいて反論する。いくら論理操作能力が高くても、知らないものを知ることは出来ない。それから論理操作能力が高いヤツの前では、自分のやっている仕事面白そうに見せない。論理操作能力が高いヤツが自分仕事を持って行くからだ。

こういう勝つ技術の中でも一番多く使うのは「自分仕事に関係ないことは黙っておく」という技術だ。会議の中で自分より論理操作能力が高そうな人間がいて、その会議自分仕事に直接関係なく、意見することで何か自分利益がもたらされるのでなければ、黙っておく。論理操作能力が高い人間意見は高い確率正論なので、しばらく放っておけば、そういう人間会議を引っ張っていくようになる。

論理操作能力が低い自分でも、論理操作能力が高い人間が多く集まる東大という環境にいられたおかげで、こういう論理操作能力が高い人間の中で立ち回る技術を身につけることが出来た。人類の大半は、論理操作能力が低い人間だ。みんなで、共闘して奴らを追い落とそう。

追記:最後の文の「奴ら」は、論理操作能力が高い人達の事です時間がたってから校正しないと、こういう曖昧性に気がつかないのが、僕の論理操作能力が低い証拠です論理操作能力が高い人達は、即興曖昧性の低い文章を書くことが出来ます

また、「情報処理能力」の方が適当はないかという意見がありましたので、「論理」「操作能力した理由を説明します。「論理操作能力」というのは、平たく言えば、「頭の回転の速さ」だと思ってください。

まず、「情報」ではなく「論理」という言葉を使ったのは、「情報」では、人に上手く質問して情報を引き出す能力や、ネットや本で調べる調査能力を含むような誤解を与えると思ったかです。そういう調べ物が得意な人は居ますが、その人の専門にもよりますし、信頼できる情報源をどの程度「知っているか」という知識の問題でもあります。例えば、法学部卒の人が法律に関することについて情報入手能力が高いのは当たり前です。一方、「論理」なら、こういった調査能力を含むかのような誤解は与えません。ですから、「情報」より「論理」の方が適切であると思いました

次に「処理」ではなく「操作」という言葉を使った理由は、「処理」では、処理した結果何をアウトプットとすれば良いのかが明確に決まっている、という誤解を与えるからです。例えば、漠然と「何かいアイデアない?」と聞かれた場合は、欲しいアウトプットは定まっていません。このような得たいアウトプットが明確に決まっていない状況でも、与えられた条件から「この条件とこの条件をこう組み合わせれば、こういうことが言えて(=こういうアウトプットが得られて)、嬉しい!」ということを即興で考えつくことが出来る人がいます。僕は、「論理操作能力の高い人」という言葉で、こういう人たちのことを指したかったのです

例えば、車を操作する、とは言いますが、車を処理する、とは言いません。「操作」という言葉が、どの方向に進みたいかを決めることをも含んでいるかです。一方、「車をA地点からB地点まで移動するという仕事を処理する」ということは出来ます。処理するためには、アウトプット目的)が最初から決まっていないといけないのに対し、操作することは、アウトプットを定めることも含んでいます。ですから、「処理」よりも「操作」の方が適当であると思いました


ところで、この文章では、遺伝的と先天的を同じ意味で使ってしまっています。僕が言いたかったのは「先天的」の方です先天的からといって遺伝的であるとは限りません。また、論理操作能力先天的であるということは、実際に東大にいて、多くの東大生を見てきて、僕が経験的に(帰納的に)知ったことです。また、僕は、論理操作能力の高い人が東大だけに存在するとは思っていません。どの大学でも、名前が知られている大学なら、上位何%かは論理操作能力先天的に高い人だと思います。東大は、その「何%」が、1~2割程度になっているぐらいです。東大は、一般教養の代わりに、シンフリ制度最初は全員教養学部に属し、1年~2年前期までの成績で、他の学部学科に転籍する進学振り分け制度)を取っているので、学部・学科によって、論理操作能力の高い人の全体に占める比率は大きく異なります。シンフリ点数の高い学科は、やっぱり、論理操作能力の高い人が多いと思います。シンフリとかシケプリシケタイシケ長かいった言葉を知っていることは、僕が実際に東大卒である傍証にはなると思います。

追記2:

言いたいことが伝わってこない、という人が何人かいるのですが、そういう方は、どこが悪いか教えていただけると幸いです。理系出身なので、各段落の1文目をキーセンテンスにして書く点や、曖昧性がないように書く点だけは気をつけて書いているつもりです。文章が長い(冗長性が無駄に高い)のは、校正してないのでしょうがないと思っています。

追記3:

何で「論理操作能力」っていう言葉定義しただけで、こんなに反論が多いのだろう。とりあえず、「論理操作能力が高い」=「与えられた前提から単位時間あたりに論理的な推論を用いて導き出せる有意義な結論の数が多く、また、その推論が精確なこと」と定義しておく。単に論理的な推論がたくさん出来るだけ(=論理演算能力が高い)では、コンピューターの方が人間より優秀だということになってしまう。論理的な推論を重ねて、「有意義な結論」を見出さなければならないから、「操作」という言葉を使った。また、人間は推論を間違えることも多々あるので(例えば、A→Bが、議論を進めていくうちに、B→Aも成り立つことになっていたり)、推論が精確であることも重要なので、「推論が精確なこと」を定義に含めなければならない。

コミュニケーション能力」とか「国語力」とか「人間力」とかよりも、ずっと精確に定義できていると思うのだけど、何でこんなに反発を食らうのか分からない。

追記4:

英語を使うと冗長すぎるって言われそうなのでやめておいたのだが、やっぱり、書くことにしてみた。操作は、"operation"の意味で使っています。"operations"のように複数形に出来ることが大事。まぁ、"manipulation"の意味でもよいかもしれない…これも、"manipulations"にできるからね。"control", "exploit"の意味では使っていません。

追記5:

ところで、上条当麻イマジンブレイカー論理操作能力の一種だと思います。今週の禁書IIも見てね!!

2011-01-15

あなた伊達直人を殺したがる理由。

寄付流行ってるね!

 増田寄付は大好きだよ! 施すほうじゃなくて、受け取る方としてならね!

 なんだか一億総ポトラッチ化が進んできました昨今、増田が由緒正しきネトウヨであったら「ゲヒヒ、次は国を隣国に寄付ですか?」と揶揄の一つも売ってやるところだけどはてサは恐いし増田はそもそも右翼じゃない。ただの逆張りが好きな女子中学生だ。そう考えて読むと気分いいよ?

 

寄付disりが流行ってるね!

 流行ものをとりあえずdisとくのはウェブに生きる天邪鬼としてのたしなみだよ! みんなも若いうちは、無闇やたらに反発するといいんじゃないかな? 

 でも実際twitterとかでこの手の逆張りやってんのは三十代のピザデブハゲ女子中学生たちなので、きみたちの健康精神に大ダメージを与えるよ! 貧弱な想像力は時にみずからの命を助けるね!

 ところでなんでぼくらはタイガーマスクきどりどもが嫌いなのかな?

 不思議? ふしぎだよね!? だって寄付ってすごいいいことなんだよ? ただの偽善じゃない。誰も傷ついてない。与えるほうも貰うほうも、みんな得してる。死んだビジネス用語でいうところのwin-winってやつだね。そうそう、未だに会議win-winなんていう単語出してくる上司をみかけたら、さっさとその会社の四階から飛び降りたほうがいい。

 

まあ、とにもかくにもぼくらは寄付ブームが嫌いだ。

 なぜか。

 まあそんなことは上でさんざん申し述べてきたように、ぼくらが「どうしようもない天邪鬼だから」で済むんだけど、世間はそれじゃあ納得しない。反対するなら説明すべし。感情論は排してな。

 と、ぶっちゃけバカに理論的な説明求めるなんてバカなんじゃねえのと思うむねがあるかもしれない。けれど、ココは天下の往来はてな匿名ダイアリー。またの名を皆殺しの増田

 説明責任逃れは問屋がおろさない。せめて嫌悪感の根源くらいはつきとめないといけない。

 とはいうものの、「なぜ私は寄付ブームが嫌いなのか」を論理的に説明するのは、おそらくアジを三枚におろすより難しい

 この手の喧嘩でよく使われる殺法は「だって寄付者が迷惑がってるじゃないかやめてあげなよ白豚野郎」と「親切の押し売り、大きなお世話」を強調するやりかただ。

 ここでぼくら天邪鬼は施す物-施される物、という図式を瞬時にして加害者-被害者という関係に塗り替えることでスペクタクルカタルシスをおぼえるんだけど、それで非難される無辜の大学生ボランティアとかはいい迷惑だよね! いい気味ですね! 

 そう、善意の悪人は悪意を自覚している悪人よりも罪が重い。なんだかよくわからないけど、ぼくらはそう信じちゃってる。漫画か何かの影響ですよね。あるいはお母さんについて、何かトラウマがあるのか。

 まあ、ともかくしかし、タイガーマスクについてはなかなか「迷惑してる」という話は聞かない。少なくともビル・ゲイツより広くておーつねさんより狭い増田の観測範囲では、見当たらない。被害者存在しない。まあ「あの手の寄附行為ばっかり報道されて恒常的に寄付を行なっている人たちが無視されてる」って声もあるけど、そんなもん、もともと無視されてたわ。

 「みんなが得した」ここが、今回の件でやっかいなところだ。火のない所に煙は立たないし、煙が高いところにのぼらなければバカもまた踊れない。

 さて、実はここに今回のぼくらが抱えるフラストレーションの一端が隠されている。

 つまり、「いつもとおなじように偽善者を叩けると思ったら、おあずけくらってしまった」ってわけ。これってとってもストレスフルな状況じゃない? 犬みたい? 哺乳類と比べられるだけマシさ。

偽善者という言葉が出てきたけれど

偽善くささが嫌い」。

 よくタイガーマスクを批判する時に聞かれる言葉だ。

 偽善ってなんだろうね? 寄附行為に限定して考えてみよう。広辞苑定義を持ってくるのは、頭の悪い学生にやらせておけばいい。ぼくらには集合知の究極体、wikipediaさんがいるのだから

寄付(きふ、本来の用字は寄附。寄付は代用字)とは、金銭や財産などを公共事業公益・福祉・宗教施設などへ無償で提供すること」

 フリーミアム! 

 「無償」とはつまり、見返りをもとめないということだ。税金控除される時点で見返りもクソもないだって? まあ、それはここでは関係ないから頭から弾いてくれ。

 さて、タイガーマスクたちは偽善的な寄付であるか。

 この議論は彼らが「見返りを得ているか」の一点に集約される。

 もちろん、違うよね? 物質的な恩恵はもちろん、名誉すら得られない。だって匿名だもの。キャラクターだもの。「タイガーマスクはえらいですね」っていくら古舘さんがつばはいコメントしても、それは神奈川県在住の庭師・津田大介さん(48)を褒めたことにはならない。まあ、2chでアンカもらえたときたいに「存在すること」の承認を貰える快感はあるかもしれないけど、自己承認欲求そのものが満たされることはない。ランドセルは一個9000円。六つで54000円。あなた2chでアンカもらうためだけにこれだけの金額を払おうと思う?

 善意証明するのは極端に赤字な収支なんですね。

自分がいいことをやった」という自己満足キモイ

 でも、実際金髪……津田さん(仮名)は「いいこと」やったじゃん。子どもたちの反応はともかく、施設は受け入れてるじゃん。全然ひとりよがり自己満足ちゃうやん。


はいーみんなちゅーもーく、いまさっき高田くんがいいこといいました

自己満足キモイ

 はい、これ超重要

 自己満足っていうのは充足してるってことです。いわゆるリア充

 はいみんな思い出してー。

増田は他人の幸せがなにより大嫌いです。リア充っぽいのが大嫌いです。

 っていうか、今回に限らず「ボランティアフォビア」だの「NGO死ね」だの「人権団体とか環境団体とかバカヤロウ」だのを表層だけで叩いてるとか、

 っていうか、ぼくらが何者かを叩くときの原動力は、たぶんだいたい、コレ。

 だって妬ましいじゃないですか。嫉ましいじゃないですか? 死ねばいいじゃないですか?

 自分が善人だって自覚するのはなにより強烈なうぬぼれですよ? ましてや、ヒーロー自分をかさねて? 「悪ふざけだもん」ってみんなにバレバレな形で照れ隠ししてたりして?

 ハンッ!

 そんな綺麗事、罪じゃないわけないじゃないですか

 彼らはまごう事無き「善人」であるからこそ、叩かれるに値するのです

 だって、妬み深いクズですもの、ぼくらって。

 まあ、結局は、感情論ですね。天邪鬼の。


さて、クズであるところの増田さんたちはこれからどうあるべきか。

 死ねいいんじゃない

 それがイヤならアラを探すんだ。マスクどものアラを。徹底的にひとりひとりの素性を洗いだして、瑕疵を探しだせ。これだけいるんだ、ひとりふたり後ろめたいのやら奇抜なのやらは混じってるだろう?

 特殊な例を普遍化しろ。延焼させろ。大火がみたい。燃やし尽くせ。

 それがぼくらの帰納術。

 でも今回はそれが通じるかしら? しょせんは匿名が個人を葬るための技術

 匿名匿名を殺す、新しい時代戦争に対して、ぼくらはあまりに無知ありすぎる。

 

 

 

2010-08-20

好きなタイプ

男の人って似たような顔の人とばかり付き合うよね。

佐々木希が好きな男友達は目がパッチリした派手目な顔の子とばかり付き合ってるし、

ガッキーが好きな男友達は奥二重のおしとやかな感じの子とばかり付き合ってる。

好みがかなりはっきりしてて、好みと外れた子と付き合ってる期間はぶっちゃけ「妥協」。

わかりやすいなーと思う。

 

私の好きになってきた人は顔のタイプ身長もバラバラ。

文科系体育会系かすらもバラバラ。

だからどういう人が好みなのかサッパリわかんないって女友達にも言われる。

でも考えてみると

  • 重い病気経験ゼロ
  • 声が低い
  • 部屋が散らかってるんだけど臭くは無い
  • 食べるのが好き、割とグルメ

っていう共通点がある。

で、これは全ての女に共通する好みじゃなくて、こだわりポイントは人それぞれ。

そして他の女のこだわりポイントは、女から見ても理解不能だったりする。

(散らかり具合へのこだわりが謎って言われたり、グルメな男はむしろイヤって言われたりね)

だから女の考えてることは女にもわかりません。

私自身の好みも、何人か好きになってきての帰納的な結果だからね。

女にすらわからない女の好みを、男が理解して云々って絶対無理でしょ。

考えてもわからないから「どうせ金」とかって言いたがるんだろうなと思う。

グレーゾーンにしておけばいいのに、無理なんですかね。

2010-08-11

http://anond.hatelabo.jp/20100811032008

はてブとか見てると、平等を謳うフェミニストも根っこには差別意識あるんだなーって思う。

差別意識って言うより

あからさまに敵意や怨念を主動力にしてるタイプが多くない?



男で言う「非モテ」みたいなのから

キモい自虐陶酔を引いて

攻撃性や長い薀蓄やメンヘラバリアを加えると

フェミニストになる、

って感じ



(※おことわり

  ここで指している「フェミニスト」は

  はてなでしょっちゅう目立ってる住人に満たない人達から帰納したものです)

2010-07-13

新人が『使えない』『出来ない子』と、先輩&上司に思われない為には?

俺もまがりなりに、部下を持ち、後輩というか新卒教育する立場になってしまった。今現在、二人の新卒君を指導しているけれど、この二人の性格というか個性の差によって、「この新人は、モノにならんなー」と思ってしまう。その理由の様なモノに思い至った。自分日記に書くと、ウチの新卒がショックを受けてはイカンので、ここに書く。


新卒君/さんの参考になれば幸いだ。


前提

俺の仕事を書いておく。IT系で一応は研究系。

スペック

駅弁理系大卒、7年目のシニアエンジニア。これで年収800位出す規模の会社勤務(小さくはないが、世界的には大手でもない)

新人ども。

一人目、A君、情報工学留学帰り学科卒

二人目、B君、日本の某有名私大の院卒

二人とも金の卵ってか、俺とは毛色の違うエリートだわな

本題

この二人に対する現在の俺の評価は、Aくんがマイナス、Bくんがプラスだ。

技能で言えばA君の方が多少はいいかもしれない。そりゃ留学までして、専門知識を厳しい環境で学んだ訳だから、多少は出来なきゃ意味がないだろうし、日本大学の温い環境でやってきたB君は線形代数微分積分すら、マトモに理解してない。アドバンテージは、断然A君な訳だ。しかし、実際にはAくんに対して俺は「この子はモノにならんかもしれん」と思っている。

何が違うか?


質問の仕方とタイミングそれから内容。たったのそれだけだ。


これは教育の立場に立った人間に共通する認識だと思うが、質問者が質問してきた時の質問の仕方で『どの程度まで自力で調べてきて』『今何を考えていて』『どうして詰まっているのか』まで、だいたい分かっている。質問するまでに掛かった時間も参考になる。かつて自分が通ってきた道だからでもあるし、何を理解して欲しいか?というテーマも持っているから、最初から辿らせたい道筋も知っているからでもあるけど、とにかく分かる訳だ。

で、この場合。A君は明らかに、それほど苦しむ事無く質問をして来ていて、B君はかなりいいところまで練りこんでから質問をして来ている。そんな訳で、思考力や問題への接し方の差で評価に差が出ている。決して、技術力や知識での評価ではない。むしろ、もっと根源的なもんだ。


ここで俺がA君に望むこととはなんだろうか?と言う事を書いてみる。

ということ。漠然としてるかな?

具体的に言うと、二人の質問の仕方が決定的に違うのは、A君は「正解を知りたがる」けど、B君は「自分の何がおかしいか?を知りたがる」ということに現れているってことで、俺はA君にはB君の様に考えて欲しいわけです。これで概ね俺の言いたいことが分かったんじゃないか?と思うけど、どうですか?

更に掘り下げていきますと。

A君は端的に言うと「ここのページを見てみたんですけど、こうなるはずなのに駄目でした。どうすればいいですか?」と来る。

B君は「こんな方法をこうしてみたくて使ってみたんですが駄目でした。何が駄目なんでしょうか?」と来る。

二人とも答えを知りたがっていることに差はないし、またアプローチの仕方に大差がある訳でもないのだけど、圧倒的に違うのは思考の道程だと言う事がこの質問から伝わって来ると思う。A君に正解を教えても、自分が間違った理由を知って正解を覚えるだけで終わるが、B君は自分の考え方のどこに足りないものがあったかを理解して、正解への道筋と失敗の間に横たわる溝を知る。

これが何年か積み重なった時、どうなるだろう?


おそらく、A君はB君の部下として仕事を進めることになるだろうな。


という訳で、新人がすべきことというのは単純だと思うし、必要以上に仕事や先輩を恐れる必要もないと思う。今、現時点で君たちが持っている様な知識なんか、俺らからしたら目くそ鼻くそで大差なんかないし、何も知らなくて当然としか思ってない。また、俺の知ってることを知ってる事なんか、まるで期待してない。ただ、「3年後に自分と同じレベルの目線で、問題を捉えて、アプローチできる素養があるか?」どうかを、期待してるだけだ。そして、それは普段から考え方を改める事で、対応できるレベルの事だと思う。



職場で失敗続きで、鬱になりかけてる若い諸君に、一言だけ言いたい。


【君が出来ない事はまるで怒ってない。君が「なぜ自分が出来ないのか?」を考えてない事に怒ってるんだよ。】


今がどうあれ、自分の間違いや失敗の理由を考え始めて行動しはじめたときには、先輩や上司は君を見る目をはっきりと変えて、それから何度でも手を差し伸べるはずだ。頑張ってくれたまえーー。俺もさっさと楽になりたいんだからさw

2010-06-30

http://anond.hatelabo.jp/20100630170041

そっか

その呟きを見て超超帰納的に思考が飛躍したのね

わかった

2010-06-28

http://anond.hatelabo.jp/20100628003637

ゲーデル=タルスキー不完全性定理

->ある事実が真理であることはそのシステム内部では証明できない

自然数を含む帰納的に記述可能な公理系では」という制約がつくよ

だから、どんなstatementでも、証明可能かその否定が証明可能な公理系は、(うまく作れば)いくらでも作れるよ

2010-05-01

http://anond.hatelabo.jp/20100501214455

どっちかって言うと、社会で見かける一般例から結論を帰納したといった方が近いがな。

統計的に有為と言えるほどサンプル見てる。



うちの親に限って言えば、父親より母親のほうが学歴収入も上だった。

中小企業勤めの父親と違って母親が勤務してたのは大企業が多かった。

だから、男が女を養うべきとか固定観念が俺には全くないんだよ。

社会を見てて、何でみんなこんなことに拘るんだと不思議に思うことの方が多い。

2009-10-06

生命男子の続・生命世界の紹介7コンセプト

ブクマが20もついたので続き.

細胞骨格と結合組織・発生と組織形成

細胞骨格というと,モーターの役割つまり骨格筋における化学エネルギー運動エネルギーの変換を取り持つアクチンミオシンすべり説が有名だけれど,細胞骨格はどうやら細胞生理において輸送作用をもち重要な機能を持つらしい.この辺を拡散モデルとの対比の分子モーターモデルで説明するのはちょっと理系カップルならではかな.次元が減るのと熱物理化学的な親和性のための吸着力で輸送が可能になるというお話細胞外骨格や結合基質もつながる.

結合組織は単に体の支持・結合に役立つだけではなく免疫情報伝達・熱と物質輸送等さまざまな機能がある.膠原病から反対に考えてみると普段の結合組織は発生と同様に機能が生理的に制御されている.

で,発生.発生はもう受精卵がヒトになるというので面白いこと請け合い.ちょっと妊娠の話とか混ぜて彼女の考え方を聞いてみてもよいかも,・・・,ではなくてモルフォゲンモデルという古典的な制御のモデルだけでなく最新のモデルの話もあわせて,アポトーシスの話や系統発生繰り返し説にふれてみるとよいかも.発生と完全に地続きのはなしになる.内部状態と環境とが幹細胞の分裂とできた細胞分化とにかかわってくるんだ.

細胞生理―シグナル伝達と細胞環境間における統合と出入力モデル

人間の器官レベルの制御機構神経系と内分泌系が担っていて,後者の支配を前者が受け持つから神経系―受容効果系は人間重要な部分.基本的には前者が高コストだから後者の低コストの制御も合わせて使うと考えればよい.糖の出し入れをいちいち神経で支配していたらエネルギーがかかりすぎる.

んで,システムバイオロジーやさきほどの細胞情報伝達のつながりで,ある細胞につきそこへの全入力エネルギー物質・輻射)・エントロピー・テンパラチャー)と全出力と全内部統合演算とを想定するモデルを考えられるから,細胞の出入力と内部統合につきシステム建設することが多細胞でも重要なんだなどと自分の扱う細胞システム生物学宣伝をしてみる.

個体の行動モデル

単細胞でも人間でも何でもよいのだけれど,先ほどと同じで出入力統合あるいは受容統合効果で考えることは同じ.で,感覚器からの情報統合して,記憶などとも統合し出力をすることを考えるのだけれどこれがしこたま難しい.単細胞生物でも走性に記憶バイアスがかかることなんかが知られているけれど,ブラックボックスとして考えたくなる.強いて僕が考えていることはある入力に大しては特異的に発現しやすい出力があるということから統合のあり方を考えていくのと,神経の機能回路モデル数学的に建設していくのと,があるけど全然専門外.恋した僕の気持ちも僕にはわからない.

単細胞生物生理と地表生態系の類比

地表(海含む)では重力が卓越していて生物や多くの物質は地表に束縛される.そこで単細胞生物と同様に生態系は多くのコンポーネントがあるシステムだと考えることができる.そのサブシステムとしては大陸・海洋・気象・太陽系との関係なんかがある.ある個体や生物種・生物群の動態は細胞内における細胞小器官の動態に似ているかな.どちらもシステム特性を規定しているのは物理法則だという点は共通.

確率過程の生命への応用

ダーウィンはすごく頭がよかった.で『The Origin of Species by Means of Natural Selection: The Preservation of Favoured Races in the Struggle for Life』(1st,1859)のなかで

The slightest advantage in one being, at any age or during any season, over those with which it comes into competition, or better adaptation in however slight a degree to the surrounding physical conditions, will turn the balance.

という一節がある.(個体に変異が起こりその)性質がほんの少しでも有利なら生態系バランスを変化さす,と括弧内をつけくわえてみると,変異と自然選択のモデルが考えられる.たとえば点変異がDNAにおこって対照状態で細胞生理の変化を定量的に計測ないしシミュレートするモデルとか.

そんなのでなくとも分子動態を確率的に扱ってみるとか.

数学物理学と制御工学細胞

僕の興味はというと数理モデル物理法則のもとに組み立て細胞の制御システムモデルリバースエンジニアリング的に,帰納することにあるんだよと再び告白.

承前:http://anond.hatelabo.jp/20091005002132

遺伝子・転写・翻訳で三概念と数えれば十個あったのです!

2009-09-19

http://anond.hatelabo.jp/20090918224244

俺が見る限り、こいつは絶対文系だな。

少なくともメンタリティ論理構成が文系過ぎる。

文系とは○○○なものである」っていう定義をまずは提示して、

そこから演繹して像を一致させるなり、像を分解していって帰納的に「○○○」に落とし込むなり、

っていうような論理の、どちらもないものこの人。

ていうか、理系人間

俺が言ってる「逃げる」というのは頭の出来や成績の問題じゃなく、メンタリティの問題。

みたいに、「俺」が一方的に上から決め付ける事が出来る論理を持ち出すかよってな。

アカデミック世界しか知らない人間が偏ってるように、そういう奴は視野が偏ってるんだよ。実際。

最高のギャグだな。そんなに自分の悪口を自分で言いたいのか。

少なくともお前よりは鳩や菅の方が視野が広そうに俺には見えるがな。

--

ちなみに、俺が今まではてなとかブログで見た中で一番納得した「文系」と「理系」の違い。

  • 証拠や論理
    • 「正しい事を示す」のために積み上げるのが文系
    • 「間違っていない事を示す」ために積み上げるのが理系
  • 自分の中で仮説を検証するときに
    • 「仮説が正しいのではないか」と考えるのが文系
    • 「仮説が間違っているのではないか」と考えるのが理系
  • というか「仮説と検証」という概念を持っているのが理系、持ってないのが文系

2009-09-17

ランド研究所古典公開

ランド研究所というのはアメリカ空軍が設立したシンクタンクで、色々面白い研究をしている。

ゲーム理論とか線形計画法動的計画法帰納推論に正規表現論理回路の縮約法、パケット交換ネットワーク

RAND のレポートが先で、学術論文は後、そんな 1950 年代はアメリカ冷戦パラノイアいっぱい夢いっぱいの時代だった。

彼らがどうも昔のレポートを気まぐれに無料公開しているっぽい。2005年から毎年その数は増えている。半導体スイッチング速度が10ギガの壁にぶちあたり絶賛停滞中のわれらが人類文明だけど、近過去に目を転じると、けっこーすげーじゃん、って気分になれるかもしれない。

試しに

site:www.rand.org/pubs/papers/2008/

とか

site:www.rand.org/pubs/papers/2005/

とか、年号を変えてぐぐってみよう!

追記:

site:www.rand.org/pubs/research_memoranda/2005/

とかもためしてみてね。ペーパーとメモの違いは正直よくわかりません

2009-08-07

http://anond.hatelabo.jp/20090807172637

文章から判断するに、その彼女は、

創造」と「演繹」の能力に比べて

「分析」と「帰納」が優位だから、

先に理論を説明するより、

良い例、悪い例を見せてから、やらせてみて、

それから理論を説明するというやり方が合うんじゃないだろうか、

と思った。

弟子にすると、吸収力が高く、

しかもそれなりにツッコミどころを抱えているから、

教えてる分には楽しいかも。

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