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2012-02-15

知らない人は損をするスマホ購入の落し穴

スマホ購入直後のパケット代請求が高い要因としては、

SPモードとかの必須アプリダウンロードだけで定額MAXまで行っちゃう

ってのがあるけど、その他にも重大な問題があることを発見しました。

1.家電量販店ドコモスマホを購入してパケ・ホーダイ ダブル2を契約

2.手続きに時間がかかるから閉店までに取りに来てくれればいい、とのことで特に慌てずゆっくり時間を空けて取りに行ってから帰宅

3.とりあえず急いでWi-Fi繋げなきゃ、と思ったところ本体起動時間が既に数時間経過していることに気付く。

4.なんで数時間経過してんの?と家電量販店電話すると、手続きを行った者に確認して折り返します、とのこと。

5.十数分後に担当者から電話が来て、簡単な接続確認をして放置してましたが何か?電源入れっぱなしでの引き渡しは普通ですが?的な回答。

6.その間パケット代発生するだろうが!アンタじゃ話にならんから上の人間に変われ!と言ったら、わかりました掛け直します、とのこと。

7.数分後上司らしき人間から電話が来て、すいませんこちらの対応に落ち度がありましたので定額MAX分の商品券を送ります、となって終了。

要するに売る側もパケ・ホーダイ フラットが前提だと思ってる。

まだ手元にない状態で発生したパケットお金を払うのはバカらしいよね。

ダブル定額系とかで買う人は、引き渡し時に電源が入ってたら文句言ったほうがいいよ。

2012-02-12

東京都自殺相談ダイヤルというもの、の続き、の続き。ほぼ完結編。

http://anond.hatelabo.jp/20120207115431

の続きです。

 

先週末の金曜夜7時頃、仕事を終えてから所轄の警察署電話をして

自殺予防担当の生活相談課の方はまだいらっしゃいますか?」と受付の方にたずねると

「たぶん帰ってます。平日8時半以降にまたいらしてください」とつれない返事をいただく。

 

しかし先週も先々週も事が起きたのは休日なので週明けまで待ってる余裕もあまりない。

なので家から一番近い最寄り駅の交番に飛び込んで1から事情を説明した。

すると「担当の者はたしかに帰ったが、生活安全課の児童防犯係の人がまだ署にいるらしいのでその人と相談してみてほしい」

といわれ、そのまま警察署へ徒歩移動。

 

すでに話は通してもらえていたので受付で名前だけ告げると、その児童防犯係の人がすぐに出てきてくれて書面製作開始。

これでやっと警察人の力が借りられる・・・

 

 

 

と思いきや、ここで警察の人の思わぬ告白

警察「実は、私たちでは保護できません。自殺未遂場合はまず保健所通報して、

そこの医師の方が入院の必要アリと判断した場合は強制入院となります。」

増田入院の必要なしと判断した場合は?」

警察保護ができないので署に戻ります

増田自殺未遂者への対応は?」

警察「落ち着きを取り戻したと判断し、何もしません」

増田「誰がその後の注意を払うんですか?」

警察「本来ならば保護者ですが、この場合同居人である貴方が見る事になります

増田「私にはもう同居人を止める余力がありません」

警察「お気持ちはわかります、ですが犯罪がおきてない限り私たちは保護できません。

犯罪もおきていないのに保護してしまうと警察権力暴走だと言われたりするんです・・・

増田「それでは、自殺をしようとした際に私を突き飛ばしたりした、つまり暴力を振るったという理由で保護は無理ですか?」

警察暴行罪で告訴をするという事ですか?それで処罰をする事はできますが、処罰を望んでいるわけじゃないんですよね?」

増田「ではどうしたらいいですか」

警察「つまりですね、自殺未遂者を救う法律は無いんです。」

増田「気づいた人が止めるしかないんですね」

警察「そうです。それ以外に自殺者を救う仕組みはありません」

 

 

 

結局何も解決策を得る事ができないまま夜11時を過ぎて帰宅。そのまま寝る。

 

 

 

翌朝、すでにボロボロになった自分精神面をケアしてもらうべく、

3ヶ月前に一度おせわになった某メンタルクリニックに行き、無意味だと知りつつも警察でのやりとりを説明。

すると・・・

  

医者「次もし同居人自殺未遂に及んだら、110番ではなく119番電話をしてください。

そもそも自殺未遂を繰り返す事がすでに異常なので、親の承諾を得られたらそのまま入院措置となるはずです」

増田「え?本当ですか?」

医者はい。もし親と連絡がつかなかった場合は2人目の医者が判断します」

増田「その後は?」

医者同居人の親が全ての責任を負う形になると思います増田さんは同居人なので責任を負う必要は一切ありません」

増田・・・

医者「貴方は自分人生をやりなおしてください」 

 

 

 

しま同居人自殺未遂に及んだ時は、迷わず119番します。

それがベストの解決策なのかどうかは、俺にはもうわかりません。

ただ、俺はそれで救われるようです。

俺以外の人が救われるのかどうかは、わかりません。

2012-02-10

今日は「自由」だ~!!

10日間くらい出稼ぎ行ってて増田日記書き込む暇が無かった

手持ち無沙汰なときは常に字を読むか、文章を書くかしてないと

落ち着かないか電車での移動時間を使ってメモ帳増田に書き込む記事

書き溜めていた(外にいる時はネットしたくないかネットしない)

仕事を終えた後貧血が来たかデパートバーゲン寄らずに帰宅して

おとなしくコタツ入ってる

おととい買ったバレンタインチョコもぐもぐ

恋人にはデパートで買ったゴディバあげて 私はスーパーチョコ

2012-02-07

躁的防衛と命日





今日は父方の祖父の命日です。




喪の作業が

全く進んでいないのだなぁと

痛感しました。




当時を回想してみて

改めて思った。

まだ、否認の段階、なのだ























人間記憶って便利なもの

どうでもいいことは抜け落ちるけど

大事な特定のことははっきりと覚えている。

いや、大事なことがいつ起きても保存して置けるように

日常のどうでもいいことは抜け落ちていくように

設計されているのかもしれない。


9年前の2月7日、

1限に世界史の小テストのことを

そこそこ気にしていた朝を覚えているし

Mステがあったか金曜日なはずで、

GLAYが「いつか」を歌っていた。

いつも一緒に部活の帰りを共にしている3人のうち、

Sくんはデートか何かが一緒に帰らずに

3人で自転車を漕いで帰った事も覚えている。



その帰り道、

帰宅するまで知らされていなかったか

いつもどおり部活をして夜にちょっと集まってゲームをしようという

約束をしていた。

そして、帰り、死去の話を一通り聴いたあと

僕は友達の家でスマブラをいつも通りに

楽しく興じていた。



不思議なくらいに、いつもどおりの楽しさがあったことを

覚えている。

今になって思えば、脆弱な心を保つための

躁的防衛だったのだと理解できるが

当時は、最愛の人がなくなったのにゲームを楽しめる自分って、

とんでもなく冷淡な人間なのではないか…と落ち込んだものだ。











もともとの高血圧だったこともあるだろうが

から回覧板をお隣さんへ届けに行ったところ

倒れてしまったとの事だった。

律儀で真面目な人だった。

そして、真面目さを強さとして昇華させている人だった。



真面目ってのはポジティブイメージがあるかもしれないけれど

他人を疲れさせるだけ。

なぜなら、柔軟性がなくて頑固なだけだから

真面目な人と一緒の空間に居たら安らげないでしょ?




それでも、じいちゃんの真面目さは

圧倒的に優しさと強さを持っている真面目さだった。

多分に美化をしている可能性もあるが…。













ただ、当日のことは克明に覚えているのだが

それからのこと、たとえば

火葬場で骨を焼く作業までの記憶は抜け落ちていて、

どうしても思い出すことが出来ない。

いや、覚えているんだけど、

すごく限定的。たとえば、自分がどこに居たのかは

覚えているがそこで何をして何を話して何を行動したのかは

全く覚えていない、

それに当時の場面を思い返したときに主人公の視点世界を捕らえていないことに

気づく。

自分目線じゃなくて

自分が居る空間を上から自分が観覧している」というイメージでの

記憶しか残っていない。

自分から見た世界じゃなくて、自分がその場全体を見ている感じ。


これも離人とか解離とかっていう一種の

心的防衛なのだと、今になると思う。

そう考えると

自分がそこに居るのに行動の内容が記憶されていないのは

当然のことなのかもしれない。

だって意識自分を上から見ている自分が持っていてしまっているのだから










どれだけ

「大切な人には伝えられるうちに愛しているって伝えろ」みたいな

ご高説をたれられても、やっぱり人間

愛してるって伝えないんですよね。

自分日常永遠に続いていくもの

世界は変わることなく日常を繰り返すものだと、

どれだけ悲痛な別離や死別の話を聴いても


全く他人の痛みからは学べないわけです。

だとすると、できることはたったひとつ

いっきり後悔を背負って生きていくこと。



他人が身をもって示してくれた痛みに

耳を傾けても行動に移さなかった罰を受けるしかないのだ、と。





もしも人間

他人の痛みから学ぶことが出来たのなら、

こんなにも悲しい物語は断続的に永続的に

津々浦々で発生するわけがない。


人間

今を大切にすることなど出来ない。

失うまでは絶対に気づくことは出来ない。

その鞭と無能さの償いとして

後悔という消えない荷物を背負っていくしかないのだと思う。

2012-01-31

俺の妻は料理が出来ない

俺の妻は引きこもり主婦

子供はいない

パートに出て貰えればいいのだが、働く気ゼロ

朝起きたらすぐにパソコンにかじりついている

インターネット中毒

妻は料理はしない

料理してもらったことがあるけれど、食えたものじゃなかった

オンチっているんだな

これは訓練とかいう問題じゃない

感性の問題、いや、DNAの問題だと思う

せっかくの食材を大切にする気がない

カレーを作れば水を入れすぎてカレースープ

記載されている作り方のとおり作ってもらえればいいのに、そのマニュアルを読まない

ラーメンもゆですぎてトロトロラーメン まずっ

タイマーかけろといってもかけない

出来ることはお湯を温めるだけ 本当に

俺がいないときインスタントカップ麺ばっかり

あとツナ

お米を炊いてあれば、漬物だけで済ます

ガスを使う料理が出来ない

卵焼きも出来ないときた 焦がす焦がす

さすがに疲れて料理を頼むと

まりにもまずさに残してしま

あなたが味をみないからいけない

あなたが手伝わないからいけない

あなた料理しないからいけない

なぜなんだろう

なぜこうも責められなければいけないのか

一応、旧帝大学院を出るほど優秀なはずなんだが、料理に関しては一切ダメ

出会ったときから俺が料理専門

結婚してから毎日、朝はパンだが、夕食は帰宅してから料理していた

結婚してから妻は主婦オンリー 読書インターネットしかしない

妻は一緒に遊ぶ友達はいない

外に出ていろんな人と交流してくれればいいのだが、話す相手は俺だけ

さすがに疲れた

障害を持った妻だと思って、介護のつもりで今後もやるしかないのか

2012-01-23

http://anond.hatelabo.jp/20120123212935

違うよ本人の意識の問題だよ。

帰りたかったらさっさと帰ればいいの。

特に「皆残ってるから俺だけ帰りにくい」なんて言ってるそこのあなた

そして仕事いっぱい振られてアップアップしてるそこの君も!

無理して頑張るからどんどんキツイ納期言われて残業が増えていく羽目になるの。

もし1日が20時間しかなければ18時頃帰宅するんじゃないかな。

自身が現状打破しようとしないかダメなの。

他人任せにしてるからダメなの。

皆が「誰か何とかしてよ」って思ってて、でも誰も行動に移さないかダメなの。

私は仕事なかったらとっとと帰るよ!

残業が必要な時は23時位までなら頑張るよ!

1日位の徹夜なら頑張れるけど3日間徹夜は嫌だよ!

ま、好きで残業してる人もいるだろうけど。

無駄残業して小遣い稼ぎ。

2012-01-19

フランダースの犬にまつわる救われない話

オチが救われない話」というまとめサイトを読んでいたら、こんな救われない話を知った。



フランダースの犬』は、アニメとして日本人によく知られている。

しかヨーロッパではほとんど知られていなかった。

もとは1872年発表のイギリス童話だが、原作者女性ベルギー風俗イギリス人の目で偏見的に描いている。

なにしろ、帝国同士の争いが激しかった19世紀。

イギリス人の心の奥底には、ヨーロッパに対するかすかな敵意が潜んでいる。

「この地方は荒れ果て、人々は不親切で、しかも愛すべき犬を何代にもわたって、激しい労働に不当にこき使っている」

こんなことをずらずらと書いているのだ。

ベルギーを始めとするヨーロッパで人気が出るわけがない。

その上、本家イギリスでは、運命に抗わず教会で死ぬという内容がアングロ・サクソン的に受け付けられなかったようだ。

結局欧米では、誰も見向きもしなくなったというわけだ。



ところが日本では、1975年に感動的なアニメが作られたために爆発的な人気を獲得する。

80年代から海外旅行ブームでは、ベルギーフランドル地方観光が定番コースの一つとなったほど。



もっとも、ルーベンスの絵を観ることはできても、『フランダースの犬』にまつわるものがそこには何一つない。

地元人間すら誰も知らないのだから当然か。

日本人がガッカリして帰国するのが、当時のツアーのお決まりパターンだったとか。



ところが、1982年、大きな転機がやってくる。

ベルギーアントワープ観光局で働いていたヤン・コルテールという男性が、運命を変えた。

日本人観光客からフランダースの犬』という物語存在を聞いたことが発端である

生真面目な性格で、面白みのない変わり者と思われていた彼には浮いた噂もなく、恋人はおらず、友達も少なかった。

地元を愛し、それが故に地元観光局に勤めた彼。

そんなオタク青年の彼は、地元に関係する噂話を聞き逃さなかった。



だが日本人観光客に詳しいことを尋ねても、

アニメをやってたんだけど、もしかしたら原作があったのかもなぁ」

というだけで『フランダースの犬』について、はっきりとしたことが分からない。

今と違ってインターネットがない時代

日本語情報はそう簡単に手に入らない。

街の誰に尋ねても、何もわからなかった。



しかし彼はあきらめない。

「この地方舞台にしているのなら、図書館にヒントがあるかもしれない」

そう考えた彼は、地元郷土史などを調べ始める。

図書館であらゆる資料をあさり、……そしてとうとう、60年の間、二、三度しか借りられていなかった原作を見つけたのだ。

欣喜雀躍たる、彼の喜びが想像できるだろう。



……だが、読み終えた彼はがっかりした。

感動するほどの物語ではないからだった。

実は原作には、最後ネロ天使に救われて天国へと召される……というシーンはない。

ただただ暗いだけの作品なのだ

原作者は夫に捨てられた後、犬の保護に尽力していたが周囲に相手にされなくなり、晩年は30匹の犬に見守られて亡くなっていた。

そんな原作者厭世観が反映された作品でしかなかった。



(この原作日本人の感動との間の乖離は、いったいなんなのだろう?)

日本人からアニメの素晴らしさを聞いていた。

しかしたら、それがヒントになるのかも?

彼は、日本語を学び、日本人観光客の友だちを作り、帰国した彼らからアニメビデオ童話集を取り寄せてみた。

その結果……感動したのだった。

彼は、今のジャパニメーションギークの先駆けだったのだろう。


情熱は、いよいよ膨らむ。

一年半かけて調査を行ない、原作舞台が近くのホボケン村だと突き止めた。

原作に描かれた運河がスケルト川だったことも分かった。

ついには風車の跡も発見する。



変わり者のコルテールのその姿は、周囲から嘲笑を受けていた。

当時の日本なんて、極東の島国で、ドイツに加担して負けた挙句に少々景気を持ち直しただけの国、というイメージだったから、仕方ないだろう。

だが、彼の熱意は次第に周囲を突き動かしはじめた。



ルーベンス以外にこれといって観光資源のないこの街に、もう一つの観光シンボルが生まれるかも知れない。

そういった周囲の思惑も重なり、ついには1985年ネロパトラッシュの小さな像が、ホボケ情報センターの前に立てられた。

除幕式にはアントワープ州知事市長、在ベルギー日本大使らも参席、盛大なパーティーが開かれたという。



風車観光客向けに作り直された。

ネロパトラッシュが共に埋められた(ことになっている)街の教会は、観光コースとなった。

ルーベンスの作品を観るためにアントワープを訪れていた日本人観光客がホボケン村にも立ち寄るようになった。

その地域観光収入でおおいにうるおい、観光局勤めの彼の名声も次第に上がった。

フランダースの犬ベルギーで放送され、80%近い視聴率をとったという。


ヤン・コルテールは『フランダースの犬研究家として知られるようになる。

その地域では日本通として知られ、日本との橋渡し役としても活躍するようになった。

研究のために日本へ何十回となく訪れるようになり、大の親日家となった彼は、日本人女性石井ヨシエと結婚した。

彼は妻と共に、今でも地元でつつましやかに幸せ暮らしている。









……はずだった。

2008年、彼が妻を殺害した容疑で逮捕されるまでは。



なぜなのか?

コルテールが日本人の妻をもらい、日本ベルギーの架け橋として活躍していることまでは、いろいろなサイトで詳しく取り上げられていた。

ところが、彼が犯した殺人についての続報をいくら調べても、日本語サイトでは何一つその理由が分からないのだ。

英語サイトで調べても、アメリカ人などが『フランダースの犬』に関心がないためか、まったくヒットしない。




仕方ないのでグーグル先生の力を借りて、オランダ語サイト日本語に訳したり英語に訳したりしながら調べた。

その結果、驚くべきことがわかった。

コルテールが妻を殺したのは、妻の浮気のせいだった。



コルテールとヨシエが結婚して数年は、大変幸せそうだったそうだ。

だが、次第にヨシエは旦那の拘束がうとましくなってきたらしい。

彼女帰宅する時には、職場にまで迎えに来る。

もっと自由にさせて欲しい、自由にいろいろな場所に行きたい、というのがヨシエの欲求だったそうだが、コルテールはそれを許さない。



異国の地にやってきて、海外しか味わえない自由を満喫したい日本人女性

彼女を大切にするあまりに、彼女の全てを管理したいと願うベルギー男性

だんだんと、二人の間には溝が生まれるようになった。

二人の間はギクシャクし始める。



その時に彼女の前に現れたのが、口が堅いという噂のピエールだった。

「夫とは長いこと話してないの。夫は頑固でさ」

秘密を守れるピエールへの心安さからか、ヨシエは彼へ愚痴をこぼすようになった。

「彼は変わり者だからね。我慢さ」

愚痴を聞いてもらううちに、ヨシエがピエールに親しみを感じ、やがて二人が愛しあうようになるまでに時間はかからなかった。

ピエールの口は固かったが、ヨシエの下の口はゆるかった。



ところが二人の仲は、コルテールに最悪の形でばれてしまう。

二人がバスルームで愛し合っているところを、コルテールが発見してしまったのだ。

口がゆるい上に、脇も甘かったというわけだ。



だが、そのときヨシエは豹変した。

日本女性のおしとやかさはどこへやら、情事発見したコルテールを怒鳴りつけたという。

「あんたさぁ、男としての魅力がないんだよ!!」

彼女の口は、悪かった。



その時に、コルテールは、彼女のことを深く深く愛していたことに改めて気づく。

何があろうと、彼女の気持ちが戻ってくればそれでいい、というのがコルテールの偽らざる気持ちだった。

彼は、離婚を迫るヨシエに対して、仲を修復したいと取りすがった。

しかし、彼と別れてピエールと一緒になりたい、というヨシエの気持ちは変わらない。



コルテールは、一つの提案をする。

それは、最後のお願いとして、彼女日本を一緒に旅行することだった。

二人が出会った日本で過ごせば、彼女の気持ちも戻ると思ったからだ。

……これ、男にありがち。

男の浮気は「名前をつけて保存」だが、女の浮気は「上書きして保存」

他の男に気持ちが移った以上、振り向くわけなんてないのだ。



日本でヨシエは、両親にコルテールを引きあわせたという(この辺りは女性特有の図太さといえよう)。

それでいながら、彼女の気持ちが変わることはついぞなかった。



ベルギーに帰国後「自分を自由にして欲しい」と迫るヨシエ。

それを拒むコルテールを、ヨシエは罵った。

そして、決して犯してはならないラインを越えてしまった。

彼女は、職場ベルギー人の同僚達と彼とを一人ひとり比較して、いかコルテールが劣ったオタク野郎なのか、痛罵したのだ。



……こと、ここにいたっては、どうしようもない。

この時のコルテールの失望は、いかばかりであったのだろうか。

その時の衝撃は、彼の行動が示している。

コルテールは逆上し、ヨシエをナイフで22ヶ所切りつけて、殺害したのだ。

リアルは、『フランダースの犬』以上に救いようのない話だった。




※プライヴァシー保護のため、一部を仮名にしています

2012-01-18

男が二次元に逃げれば女も二次元に逃げる

帰宅後、寝る前にも携帯を手に取る鈴木さんは、ゲーム武将優しい言葉に気持がほぐれる。「現実男性はそこまで甘い言葉を掛けてくれない」。それが、鈴木さんがゲームに夢中になる理由のようだ。

グリーマーケティング担当木村哲哉氏は「女性向け恋愛ゲームというのはひとつの大きなジャンルとして確立されている」と話す。グリー提供するソーシャルゲームのうち、約1割が女性向け恋愛ゲームだという。

第一生命経済研究所の永浜利広主席エコノミストは、「今まで、ゲームの対象は男性だったが、市場拡大に女性開拓は不可避。男性の草食化などで現実恋愛経験できず、女性恋愛ゲームはまっているのではないか」と指摘した。

http://www.bloomberg.co.jp/news/123-LRSYLQ07SXKX01.html

 

例えば、iモードのメニューリスト所属する恋愛ゲームサイトだけを取り上げてみても、2009年7月現在で101のメニュー存在する。iモードゲームサイトが全体で約700であることから、今や7つに1つが恋愛ゲームである。(中略)しかも、この内80%が女性を対象としているゲームであり、さらに毎月3〜5サイト程度の割合で拡大傾向にある。この動きはこれからも続いていきそうだ。

女性向け恋愛ゲームが何であるか。それは「女性の願望を体感させるためのメディアであると言ってよいだろう。部活マネージャーを務めてキャプテンと恋に落ちたい。修学旅行で憧れの男子告白されたい。芸能人との秘密スキャンダルを暴かれたい。そんな女性であれば誰しもが一度は夢見たであろう体験を、今最も手軽に味あわせてくれるコンテンツこそが、これらモバイル女性向け恋愛ゲームなのである

http://japan.cnet.com/sp/mobile_internet2009/20397710/

 

なぜ電子書籍女性に受けているのか?

電子書籍を買い求める彼女達の目的は、なんと“エロ本”! 

性的描写が激しいTL(ティーンズラブ)や 、男性同士の性的描写まで盛り込まれたBLボーイズラブ)などのエッチコミックが、全体の売り上げの約80%を占めているのだ!

イギリスでは、女性向け官能小説電子版の売上が史上初めて紙の本の売り上げを超えてしまった。

http://magazine.gow.asia/life/column_details.php?column_uid=00000633

 

「男が恋愛市場から撤退することで、残された女どもを苦しめてやる!」と思ってもそうはならないでしょう。

ゲーム業界コンテンツ業界があぶれた女の支持と金をごっそり獲得しようと手をこまねいてる。

少子化ばんざい。移民ばんざい。

2012-01-15

http://anond.hatelabo.jp/20120115230404

将来の夢はないなあ。

サラリーマンやってるのは、自分の今の生活を維持したいから。

毎日2324帰宅だけど、土日はほぼ確実に休める。

その土日でネット三昧。

その生活を維持するため、後は世間体のために仕事してる。

もう20代後半だし、何か大きなことを夢見るような年でもないかなあと。

2012-01-13

http://anond.hatelabo.jp/20120113160307

1月13日未明東京都新宿区路上で、男性路上で倒れたまま死亡しているのが見つかり、警察は、

12日夜からの冷え込みで凍死した可能性もあると見て詳しく調べています

東京都新宿区で、13日午前7時前、無職男性(32)が路上で倒れたまま死亡しているのを、

バスの運転手が見つけ、警察に届け出ました。

男性の手には燃え尽きたマッチ棒が握られており、足元にも同様に根本まで燃え尽きたマッチ棒が散乱していたとの情報があり

警察は、事故・事件両面で捜査を続けております

警察によりますと、男性は、母親と2人暮らしで、12日夕方、母親帰宅したところ家にいなかったため、行方を探していました。

2012-01-12

成人式、本当は行きたくなかった。頑張れなくなってしまった。

本当は、自転車に乗ってみたかった。

けど、それを両親は危険だと言って許してはくれなかった。

中高時代、寄り道がしたかった。カラオケに行きたかった。

県外旅行に、友達と行きたかった。

一人旅がしたかった。

友達に会いに、東京に行きたかった。

バイトがしたかった。

メイクがしたかった。

自分で服を選びたかった。

料理がしたかった。

あの習い事がしたかった。テニスがしたかった。

成人式に、行きたくなかった。

中学は遠い町の私立中学だったので、地元に知り合いはほぼいない。

そんな中での、成人式参加は、辛いことが予想された。行きたくなかった。

しかし、両親は「節目だから振袖を着て欲しいから」

振袖を買って貰えることは、有難いことだと分かってる。

高校の振袖同窓会に行けた。楽しかった。

けど、地元成人式に、着付けメイク代の○万円を払ってまで行くべきか?

1度ならずとも、何度も何度も、写真屋さんで写真撮影しなくてもいいんじゃない

振袖に○○万円も出すなら、本当は、日常生活での服に使いたかった。

普段、いつも同じ服を着て大学に行く私は、惨めな思いをしているけど、

それを両親は知らないのでしょうね。見えないのでしょうね。言って伝えてるのに。

結局、成人式では、誰とも喋らずに終わった。すぐに帰って、振袖を脱いで、メイクを落として、ジャージを着た。

大学の授業が終わってからいの一番帰宅するんじゃなくて、

大学や、専門学校自習室勉強がしたかった。

飲み会に行きたかった。

服を自分で買いたかった。

自分のことを、責任もって、自分で行動したかった。

一人暮らしがしたかった。

県外に就職がしたかった。


でも、意見を通すためには、両親を説得しなければならない。

いくら言っても、両親の考えは変わらない。

頑張れなくなってしまった。「そこまでして、叶えたいことじゃないし」と。

「家の雰囲気を悪くしちゃうから避けなきゃ」と。

諦めてる、そういう家なんだから仕方がない、って。

それでも、出来る範囲で楽しもう、って。

友達なんか一人もいなくて、自分に対して自信がなくて、

結婚したって、幸せになれないし、

私自信、自殺願望小学生時代から持ち合わせていた立場としては、子供なんて生みたくない。

生まれてくる子供が可哀相だ。私は、生まれてきてよかったなんて思ったことは一度もない。

けれど、両親は「結婚しろ」という。

お見合い相手を探してくるから」という。

本当は、結婚なんてしたくないし、子供なんていらない。

早く死にたい事故か何かで。30代で死ねたら、なんて思う。

結局、何をしてても、楽しめない。

何だか、もう、頑張れないなぁ。

「もう仕方ない諦めよう」って思いながら、時々泣けてくるのは、

本当は、頑張りたいからなんだろうな。

2012-01-11

http://anond.hatelabo.jp/20120111130452

子供たちにもあっさり許されてるし。

いや、子供からめちゃくちゃ糾弾されてたし、義父にも相当怒鳴られてたし、

何度も何度も土下座して、振る舞いも父親らしく改めてやっと…って感じだったじゃん。

 

何度か深夜に帰宅した描写があっただけだし。

先輩の自室らしい場所で、裸でベッドに寝ている先輩と、制服を着ながら「私帰るね」とか言っている長女のシーンがあったよ。

父親に対して「あなた不倫相手としているような行為を私もしてきました」と宣言するシーンもあった。

http://anond.hatelabo.jp/20120111111316

まあ好きなように切り取ったら何とでもいえるよね。

親父は重苦しい設定の割には基本コミカルタッチで描かれて、どっちかというと

男って愛すべきバカなんだよ、っていう男の開き直りを体現したようなキャラだった。

子供たちにもあっさり許されてるし。

長女がヤリ捨てられたと断定してるけど、何度か深夜に帰宅した描写があっただけだし。

高校生がそれだけでヤったって断定するのもどうかと。

長女は家庭のゴタゴタの悩みを一方的に受け止めるよう先輩に要求し、勝手に駆け落ちを言いだし

先輩がしり込みしたら裏切られたとわめく完全なメンヘラ

家でも弟たちに偉そうにわめき散らすわりには、家事の手伝いの一つもしない。

2ちゃんねるまとめ管理人と思われる人物に遭遇した

2ちゃんねるまとめ管理人ツイッターで口汚く罵倒していたり喧嘩しているのを見るたびになぜこんなに攻撃的なのかが疑問だったがこのまえその疑問が解けた。

夜、帰宅するために山手線で座っていたら新宿で怖いお兄さん二人が入ってきた。

一人は20ぐらいで金髪。夏の海にいっぱいいる感じの兄ちゃん。

もう一人は30代から40ぐらいで貫禄がある感じ。絶対に関わりたくないので二人が入ってきた瞬間から居眠りモード全開。

目の前に立った二人が多分携帯をいじりながらいきなり2ちゃんねるスレッドの会話をはじめた。

「いいスレある?」「おもしろそうなのないっす」「なんかおこせよ」みたいな感じ。

二人は2駅で降りたから会話はあまり聞けなかった。

こういうタイプ人種2ちゃんねるまとめに参入しているのがわかって目から鱗だった。

そういう人種エロサイト周辺に大量に居るのは数年前に聞いてたがXVIDEOに客を奪われて新天地を求めた?

2012-01-06

http://anond.hatelabo.jp/20120106204942

お疲れさまー。


ブルーハーツって疲れてる時余計来るよね。

自分は夏に、心身ともに疲れ果てた。たった三週間だけど、

押しつけられた仕事キャパ超えてるわ周囲に責められるわでも誰も助けてくれないわで。

毎日ボロボロで、情熱薔薇を聴きながら、歌いながら、泣きながら帰宅してた。

涙が出るなら出した方がいいよ。スッキリするから


少しでも早く落ち着いた日々を取り戻せるといいね

自分オススメは、甘酒ホットミルクココアコーンスープ

かいモノ飲むと落ち着くよ。

2012-01-05

親が男を家に連れ込んでた.王将避難.頃合いを見て帰宅

2012-01-04

私の全て ⑦再出発

それからは、退職引越しの準備に追われた。

7月の頭には、彼と一緒に念願のメルボルン旅行に行く予定だった。

メルボルンに住んでいたことのある彼から話をよく聞いていて、ずっと行きたいと思っていた。


部屋探しもし始めた。ただ、なかなか気に入る部屋が見つからなかった。

私は新しい会社の寮に入ろうか悩んでいたが、彼が

「俺が少し家賃負担するから、一緒に住む部屋を借りよう」という提案をしてくれた。

彼の態度や発言から、本当は結婚する気なんてないんだろうな、、と思い始めていた私は、

その言葉を聞いて安心したし、純粋に嬉しかった。


でも、私が一人で一緒に住む部屋を探しに行っている間に、彼は元カノと会っていた。

彼は、私には気付かれていないと思い込んでいたが、私は気付いていた。

別れたなんて言ってたけど、本当は別れていないのかもしれないな、と思った。

でも、元カノのところに戻る事が彼の幸せなら私はそれを応援したいと思っていたし、

そうならそうとはっきり言って欲しかった。でも、会っていた事を問い詰めても、彼は会ってないとしか言わなかった。


元彼がこの世からいなくなってちょうど2年の日、私は彼と一緒に家具家電を見に行った。

から結婚する相手と一緒に家具や食器を見に行く事は憧れていた。

でも、その日は全くそんな楽しい気持ちにはならなかった。


彼の態度は、どう考えても結婚しようと思っているようには見えなかった。

勢いで結婚しようなんて言ってしまって、後悔してるんだろうなぁ。と思った。

元カノのところに戻りたいんだろうなぁと思った。


この人と一緒にいるわけにはいかない。決断は早い方がいいと思った。


そして私は、「あの部屋は契約しないことにした」というメールを送った。

旅行は一人で行く事にした。ずっと行きたかった場所だし、英語が通じる国なら一人旅でも不安はない。

その事だけ伝えようと思っていたら、彼から電話がかかってきた。

出るつもりはなかったのに、間違ってボタンを押して通話状態になってしまった。

切るわけにもいかず、仕方なく話す事にした。

私は友達にすら戻る気はないと告げたが彼は食い下がり、とりあえず旅行は一緒に行こうと言った。

最初最後旅行だと思って、仕方なく一緒に行く事にした。


ベトナムを経由し念願のメルボルンに着いた日。

はしゃぎすぎてそれが最初最後旅行である事も忘れていた。

さて寝ようかという時になって、彼が「やっぱり嫁においでよー」と言った。

まさかそんな事言われるなんて、思ってもみなかった。

色んな感情が溢れて、大泣きした。彼の前で泣いたのはそれが初めてだった。

本当は、彼とずっと一緒にいたいと思っていた。彼のことを思って、身を引くつもりだった。

でも、結局できず、二度目のプロポーズをOKした。


それから数日は、幸せだった。でも、長くは続かなかった。

ある時、物珍しさから彼のスマホをいじっていて、偶然発着信履歴を見てしまった。

ほとんど全てが、私以外の女の名前だった。彼は一人ひとりそれが誰であるか説明し始めたが、

ただ一人、全く説明をしない名前があった。それが元カノだった。

発着信履歴の8割がその名前だった。彼からも何回も電話をかけていた。

やっぱり、戻りたいんだろうなー。と、改めて思った。


日本に帰って来た日の夕方に、新居の鍵をもらう予定だった。

でも、部屋を契約したことを後悔していた。

鍵をもらった後、彼と一緒に家具を見に行ったが、全く楽しい気分にはなれなかった。


から身を引かないといけない、そう思っているのに、どうしても決断できなかった。


旅行から帰った週の金曜日富士通での最終出勤日を迎えた。

使っていたPCの中のデータを全て消して、返さないといけない。

仕事の合間に同期達とやりとりしたメールを見返した。

私が彼に送ったメールは、2460通にもなった。単純計算で、1日2~3通。

コンパイル中とか、残業中の息抜きとか、飛行機の待ち時間とか、そういう暇つぶしの他愛ないやりとりが、

つの間にかそんな数になっていた。そのやりとりに、どれだけ救われたかからない。


元彼とやりとりしたメッセンジャーログもでてきた。

全て消す事で、けじめをつけようと思った。


次の日は引越しだったので、帰宅後は荷造りをした。

痩せてサイズが合わなくなり、全く着る事もなくしまったままだった服が大量に出てきた。

その服を着て彼に会った時の記憶が蘇ってきた。全部ゴミ袋に突っ込んだ。

捨てる事で、全部終わりにできると思っていた。

私の全て ⑥転機

初めてリーダーを任されたプロジェクト成功したことで、私は会社を辞める事を考え始めた。

もちろん、以前のように仕事が辛くて辞めたいと思ったわけではなく、

全力で仕事をした結果、私ができることはやり尽くしたと思ったからだった。


医療SEは激務で、女が長く続けていけるような仕事ではなかった。

こんな生活を続けていたら、いつか体を壊すだろうと思っていた。


そして何より、地元に帰りたかった。

どうしても一人暮らしがしたくて、わざわざ東京大学を受けた。

就職する時地元に戻ろうかと思っていたけれど、まだ少し東京に未練があって

両親が反対するのもきかずに東京就職した。

でも地元を離れて時間が経ち、帰りたいという気持ちが強くなっていた。


そんな思いもあり、転職活動を始めた。

活動を始めて1ヶ月、あっさり内定をもらった。

東京会社ではあったものの、タイミング的に新年度を新しい会社で迎える事ができ、

また、思ってもない程の好待遇仕事の内容も興味があり、それまでの経験も十分に生かせるものだった。


でも、どうしても会社を辞めるという決心がつかなかった。

5年間勤めた会社。そう簡単に辞められるわけもない。

でも、それだけではなかった。


二度とオンラインになる事のない、メッセンジャーの彼の名前

社内システムで、ファイルの最終更新者として残る彼の名前

それを見る事で、彼がそこにいるような、見守られているような気がしていた。

それらをもう見る事ができなくなる。

そう思うと、辞めるという決断がどうしてもできなかった。


最初内定をもらった会社は辞退し、その後も悩みつつ転職活動は続けた。

そしてGW明けには、地元会社内定をもらうことができた。


これで地元に帰れる。妹や友達にも相談し、その会社入社しようとほぼ決めた。

そして会社を辞める事で、彼のことにけじめをつけようと思った。

彼の事を忘れたいと思った事は一度もなかった。

でも、どこかでけじめをつけなければいけないということはいつも考えていた。


そんな時、また別の東京会社内定をもらった。

業界最大手であるその会社内定をもらえるとは、正直思っていなかった。

その会社が、中途はほぼ契約社員しか採らない事を知っていたので、

正社員しか考えていなかった私は、記念受験程度で受けていた。

思っても見なかった、正社員としての内定


更に悩む事になった。

仕事内容や待遇など総合的に考えると、最後内定をもらった東京会社が良いのは分かっていた。

でも、地元に帰りたいという気持ちも強かった。どちらかに決める事ができず、悩み続けた。


回答期限を何度も延ばしてもらった。

最終的には、東京会社から希望があれば数年以内に地元への転勤も可能という話を聞いて、入社を決めた。


会社に未練が全くないわけではなかった。

最後は、その気持ちを半ば強引に断ち切った。


会社の寮に住んでいた私は、辞めるとなれば当然引っ越さなければいけなかった。

就職する時に、寮に入らない荷物を実家に送っていたため、まずはそれを取りに行こうと思った。


車を持っている友達に頼んで一緒に行ってもらおう、と思いつき、例の男友達を思い出した。

以前から、私が引っ越す時は手伝ってね、と言っていた。これもある意味引越しだ。


金曜の夜に出発して、西宮へ向かった。

実家で荷物を積み込み、大好きな地元ケーキ屋にも行った。

大好きな街。やっぱり帰りたいという気持ちが出てきてしまい、東京会社を選んだ事を少し後悔した。

帰ってくるのが数年遅くなっただけ。あと少し、東京でやりたい仕事頑張って、必ず戻ってくる。

自分にそう言い聞かせた。


その日は一緒にホテルに泊まった。

こいつ一応彼女いるのにいいのかよ。。とは思ったが、お互い全く異性という認識がなく、

一晩一緒に過ごしたところでどうこうなるなんて考えられなかった。

その日は広いベッドで、くっついて寝た。

5年間友達でいて、しょっちゅう一緒に遊びに行ってはいたけれど、あんなに近付いたのは初めてだった。

体温がものすごく気持ちよくて、離れたいとは思わなかった。


帰りの高速で、「私たち恋人同士にはなれないけど、夫婦にだったらなれそうだよねー」

という話をした。昔から、私たちはよく似ていた。食べ物の好みは見事に一致していたし、

何故か同じタイミングで同じことを考えていたり、相手が考えている事が分かったりする事が多かった。

「でも実際結婚したとして、結婚10年目ぐらいの熟年カップルからスタートだよねー」

「新婚の初々しさなんてきっと皆無だよねー」なんて話をしていた。

あり得ない事だけど、もし本当になったら、きっと幸せだろうなあ、と思っていた。


無事帰宅し、疲れて寝ていたら、その友達から彼女と別れた」という報告の電話があった。

車の中で「別れるかも」という話はしていたが、まさか本当に別れるとは思わなかった。

そして彼女愚痴でも聞かされるのかと思ったら、何故か私たち結婚したらどうなるかなぁという話をしていた。

まさかそんなことあり得ない、とお互い分かっていたはずだったけど、そんな話をしているのは楽しかった。


彼を亡くした後、誰も好きにならないと決めていたわけではないけれど、実際誰も好きになる事はなかった。

今後も、誰も好きになることはないのかもしれないな、と思っていた。

そもそも結婚恋愛は別物だ、と思っていたから、恋愛飛ばし結婚だけできるなら、それもありだなぁと思った。


その週の土曜日は、一緒に映画を見に行く約束をしていた。

夜は沖縄料理屋で飲み、さてこれからどうする?という話になり、どっかのホテルで飲もうということになった。

帰る心配をしなくて済むからいくらでも飲める、という考えからだった。


飲みながらDVDを見た。見終わってベッドに入ると、彼は突然

結婚しよう。舞といつか生まれてくる子供を、一生愛せる自信あるよ」と言った。

まさか本当にそんな事言われるとは思わなかった。信じられなかった。でも嬉しかった。

この人と一生一緒にいたいと、本気で思った。

そして彼は「んじゃーまぁ、一応付き合っとく?」と言った。

お互い、恋愛ではなくて結婚がしたかっただけだったが、便宜上付き合うことにした。

そして「彼」は「元彼」になり、「友達」が「恋人」になった。

私の全て ④逃避

それからの私は仕事に没頭した。

から晩まで病院サーバ室でサーバ構築作業。

サーバ室は携帯電波が届きにくく、最低限の仕事上の連絡以外は誰とも連絡を取らなかった。


ただただ、作業に集中した。何も考えず。

病院と家との往復。帰宅したら、疲れて眠るだけだった。食べることすら忘れていた。


彼の事を忘れたいわけではもちろんなかった。

でも彼の事を思い出すと、どうしても後悔の底に落ちて這い上がってこれなかった。


不思議と、泣く事はあまりなかった。


そんな生活を2ヶ月続けて、私の心は壊れそうになっていた。

仲の良い友達ともほとんど連絡を取らなくなっていた。

「例の彼とはどうなったの?」」と聞かれるのが怖かったから。


壊れていたのは心だけではなく、体もだった。


1年前に普通に着ていたはずの服が、ぶかぶかで着られなくなっていた。

5年間使っていた金属バンド腕時計も、コマを詰めなければいけない程になっていた。

会う人会う人に「痩せたね」と言われ、そのうち「大丈夫?」と心配されるようになっていた。


自分では気付いていなかったけれど私の体重は急激に落ち、

1年前の健康診断から比較すると、10キロ近く痩せていた。

着られる服は全くなく、買いに行ってもサイズが合わないような状態だった。


もう、限界だった。

仕事に没頭する事で彼の事を考えないようにしていたはずなのに、

仕事に集中できず、彼の事ばかり考えるようになっていた。


それまで私は、夏休みを1週間取る以外で長期休暇を取ったことは一度もなかった。

そんなに仕事が好きだったわけではないけれど、

盆・暮れ・GWが書き入れ時の医療SEは、簡単に長期休暇は取れなかった。

それに自分仕事には責任を持ちたかったので、あえて休暇を願い出ることもしなかった。

そんな私が、初めての長期休暇を上司に申し出た。


激務が数ヶ月続いていたこともあり、休暇はあっさり認められた。

期間は2週間。SEになってから3年弱で初めての長期休暇。

少し心と体を休めようと思った。


私のスケジュールが突然「休暇」になった事を心配した別の部の同期から電話がかかってきた。

大丈夫だよー。ちょっと忙しくて疲れたから休んでる。すぐ戻るよ」

そう言ってごまかした。本当の事が言えるわけもなかった。


SEになってから3年弱で初めての長期休暇。


当時私がいた部は、元々希望していた配属先とは違っていたし

仕事内容自体も、どうしても好きにはなれなかった。

プログラミングができない、サーバの知識もない、そもそも大学文系の私に

SEなんて務まるわけもなかった。

配属されて初めてのプロジェクトでは、仕事がきつすぎて毎日泣いていた。

何かうまくいかないことがある度に、辞めたい辞めたいばかり言っていた。

実際、その年の頭には、転職活動を始めようとしていた。


そんな私に、彼がこんな事を言ったことがあった。


舞ちゃんがいつも頑張ってるの知ってるよ。

どんなに夜遅くなっても、自分仕事責任持って最後まできっちりやってること知ってるから

研修終わってから事務所戻ってきて仕事してたりとかさ。

そういうのちゃんと見てるから、辛いのは分かるけど、でも簡単に辞めればいいなんて言えないよ。


彼にそう言われてから、私は辞めたいと言わなくなっていた。

彼は仕事ができる人だった。だから彼に少しでも追いつきたくて必死勉強して、プログラミングアレルギーも克服した。


今の私を彼が見たらどう思うかな…。


そして私は、当初の予定を1週間延ばしたものの、3週間で職場に復帰した。


復帰後は、少しでも負担の少ない仕事を、という上司のはからいで、

同じ部内で別のグループに移って、全く違う仕事をすることになった。


残業は減ったけれど、上司や先輩がよく食事に誘ってくれた。

(というか無理矢理食べさせようとしたんだろうが)

結局帰宅するのは夜遅い時間だった。


そんな時、福岡に行かなければならない仕事が入った。

でも、彼とよく会っていた福岡にはどうしても行きたくなかった。

福岡だけでなく、彼と一緒に行った場所を私は避けるようになっていた。


ただ、九州支社はその年の5月に別の場所にできた新しいビル移転していて、

彼とよく会った古いビル九州支社はすでになくなっていた。


仕方なくそ仕事を受け、日帰りで福岡に行った。


仕事を終え、福岡空港羽田行きの飛行機を待つ時間

いつもなら、空港内にある有名なクロワッサン屋でクロワッサンを買う。

彼に「美味しいから一度買ってみなよ」と言われて買ってからお気に入りだった。

そして搭乗口で搭乗開始までメール電話をする。


もう、クロワッサンを買う気ににもならない。

メール電話をする相手もいない。

仕方なく、売店でお土産を買って時間を潰して搭乗時間を待った。


彼と初めて会ったのも、福岡での定例会だった。

距離が縮まるきっかけになったのも、福岡出張だった。

羽田福岡行きの飛行機を待っていたら、偶然同じ便で福岡に向かおうとしていた彼に会ったこともある。


博多駅から九州支社に向かう途中の道、彼と電話しながら歩いたこと。

九州支社の裏にある公園で話したこと。


色んな事を思い出しすぎて潰れそうだった。


結局その日は、ほとんど眠ることもできず朝になった。

翌日は土曜日で、午後から横浜に行く用があったものの、他にする事がなかった。


ふと、ある男友達の事を思い出した。

その人は会社の同期ではあるものの、職種が違うため仕事での関わりが全くなく、勤務地も違っていた。

それでも入社してすぐの研修で同じクラスになって仲良くなってから

定期的に二人で飲みに行っていた。彼と付き合っていた時も月1程度で会っていた。

私にとっては完全に「友達」で、恋愛対象として見たことは一度もなかったし、

それは相手も同じで、私を女として見ることはなかった。

から、二人で会っても大丈夫だと思っていたし、彼に対して、悪いことをしている気持ちには当然ならなかった。


その友達に彼のことは話した事は一度もなかったし、

私の色恋沙汰について何か聞いてくることもほとんどなかった。


ちょうどいいや…。


さすがに当日に連絡しても空いてないだろうなー、と思いつつ、メールをした。


福岡出張行ってお土産あるんだけど、いる?

いるー!

いつあいてる?お菓子から賞味期限があるんだけど。

今日あいてるよー。


その日は横浜で待ち合わせをし、東急ハンズで買い物をして、飲みに行った。


それからの週末はしょっちゅう旅行に行き、家にいることはほとんどなかった。

北海道名古屋沖縄京都。。。


そして、旅行お土産だとか色々理由をつけて、その男友達と頻繁に飲みに行った。

ただ、時間を埋めてくれる人が欲しかった。

色々深く聞いてこないその友達が、一番都合がよかった。

そしてその人と一緒にいると、不思議と気持ちが落ちついた。


その年の年末は、女友達イタリアに行った。

前年の年末は、彼がリーダーをしていた病院正月システム本稼動があり、彼は当然仕事をしていて、一緒にいられなかった。

来年は一緒にいられたらいいね、と言っていた。だから日本にいる事すら嫌だった。


そうやって、現実から目を逸らすことで、どうにか自分を保っていた。

現実を受け入れた瞬間、私自身が壊れてしまいそうだった。


F1が好きだった彼と私は、いつも月曜日F1の話をしていた。

F1放送を見ると彼の事を思い出し、また後悔の螺旋に落ちて

這い上がれなくなるので、私は見るのをやめた。

二人とも読書が好きだったので、会うとよく読んでいる本の話をした。

仕事が早く終わった時はいつも本屋に行って本を買っていたのに、本屋に近づくことすらできなくなっていた。


今はどうにか読書をすることはできるようになったものの、F1はどうしても見ることができない。

私の全て ③別れ

その1ヵ月後、彼は出向期間を終え、自分会社に戻っていた。

私も別のグループに移ったため、仕事での関わりは少なくなっていた。

問題の男もプロジェクトを離れ、不穏な噂や彼へのメールもなくなっていた。


彼とは少し時間をおいた方がいいと思っていた私は、仕事以外で自分から彼に連絡しないようにしていたし、

彼がいそうな場所への出張は、極力避けるようにしていた。


そんな日が2ヶ月ほど続いたある日。

その日は、いつも通り遅くまで残業をしていた。

客先の担当者との調整がうまくいかず、帰れそうになかった。

そんな時突然、携帯が鳴った。彼だった。


急にどうしたんだろう?


気になったものの、後でかけなおせばいいや、と思って電話には出なかった。

結局終電まで仕事し、帰宅したのは午前1時だった。

さすがにこんな時間電話するのもなぁ…と思い、翌日電話することにして眠ってしまった。


翌日、何度電話をしても彼が出ることはなかった。

メールも、返ってこなかった。


それから数日して、知らない番号から何度も電話がかかってきた。

でも、登録外番号から電話は全て拒否していた。


から電話があった日から1週間ほど経った日。

私は同僚から、衝撃的な言葉を聞いた。


井上さん、亡くなったらしいよ。


一瞬、何を言っているのか分からなかった。

すぐに彼に電話をかけたけれど、電源が切れていた。


彼は既に出向期間を終え本社社員ではなかったため、詳しいことは分からなかった。

分かったのは、亡くなったのは6月25日だったこと。

自宅で首を吊っていたのを、職場の人が発見したこと。


彼が自ら命を絶ったのは、私に電話をかけてきた2日後だった。


この時の事は、今でもよく思い出せない。


彼が最後に私に言いたかった事は一体何だったんだろう。

もしも、私が彼の電話に出ていたら、

もしも、すぐにコールバックしていたら、

しかしたら彼が命を絶つことはなかったんじゃないか


毎日毎日、そんな事ばかり考え続けた。

時間連続して眠ることができなくなっていた。


彼が自ら命を絶った理由が分からなかった。


でも、全く心当たりがなかったわけでもない。

月100時間を超える残業が続いていた。

その上、私との間にあんな事があった。

いつもにこにこ笑っていた彼は、次第に笑わなくなっていき、

まり眠れないということを言うようになっていた。

もしかして、鬱かも。そう思った私は、病院に行くようにすすめていた。

最後に会った日も、病院行った?と聞いた。

彼は、土曜日仕事休みいから行けない、と言っていた。


もっと強く病院に行く事をすすめていればよかった。

無理矢理にでも連れて行けばよかった。


あの日見送った後姿が、最後になるなんて思ってもみなかった。

落ち着いたら、また会えると思っていた。

もう二度と会えなくなるのが分かっていたら、あんなふうに見送らなかった。


後悔しかなかった。

2012-01-02

よく考えたら怖い話

さきほどまで、

http://blog.livedoor.jp/nwknews/archives/4059007.html

サイトを読んでたら、俺が経験した怖い話を思い出した。




学生時代に住んでいたアパートは壁が薄くて、時々隣の人の声やテレビの音が聞こえた。

隣には同じ大学の2年先輩が住んでいたが、まったく面識がなく、一度も話したことがない。




ところが、ある日いきなりドアを蹴られて、

「うるせえぞコラ!」

と怒鳴られたことがある。




慌てて外に出ると、その先輩がいて、俺に殴りかかろうとしたので、慌てて羽交い絞めにした。

高校の頃に柔道をしていたから、ひょろっとした相手はそれほど怖くなく、羽交い締めにしながら、

ちょっと、落ち着きましょうよ」

と何度か繰り返す。

「てめえの家のテレビがうるさいんだよ、コラ」

と怒鳴るので、

「待ってください。うちにはテレビはありませんよ。ほら」

と部屋の中を見せた。




「でも音がしたから」

「それ、たぶん他の部屋ですよ。俺じゃないですよ」

と説明すると、ようやく落ち着いて納得したので、

「ここはそんなに壁が厚くないから、どこかの部屋の騒音がそちらに伝わったのだと思います

 ただ、間違って騒音を出すときもこれからあると思うので、そういう時は俺に注意してください」

と低姿勢で俺はひたすら謝った。

ドアには彼の靴の跡がしっかりとこびりついていた。




それから一週間後に、彼が自分のドアの前に座ってタバコを吸っているのを見かけた。

俺はフレンドリーに彼に話しかけた。

最近、俺は騒音出してませんか?」

彼は半笑いで俺に向かってクビをふる。

なぜあれほど凶暴化したのか分からないほど、穏やかだった。




それは夏だったのだが、それから一ヶ月ほどした日曜日、彼の部屋から

ありがとうございます」「ありがとうございます

という大声が聞こえてきた。

(ああ、就職活動発声練習でもしているのだろう)

と考えて、放っといた。




ところが、それが数時間続いた。

さすがにおかしいだろうと思ってそいつの部屋のドアをそいつと同じように蹴り上げてやろうかと思っていたところ、

「ありがごうございます

という怒鳴り声に混じって、

「すいませんでした!」

「許してください!」

という言葉とすすり泣きが交じるようになり、やがて、

「許してください!」

という大声だけが繰り返されるようになった。




その頃には道路を挟んだクリーニング屋のオバサンまで出てきて、そいつの部屋の様子を探っている。

俺も

「どうしたんでしょうね?」

と彼らとコソコソと話しながら、様子をうかがう。

気味が悪くて彼の部屋のドアを蹴り上げることは止めることにした。

夕方までその大声は続いた。




それから数週間して、その先輩は急に引っ越ししまった。

学校に行く前に、4トントラックが彼の部屋から荷物を片付けているのを見かけたが、その時は気にもとめず。

授業を終えて帰宅した所、母親らしき人が、泣きながら部屋に一人で掃除機をかけていたのが見えた。

彼女に軽く挨拶したが、息子さんのことを訊かずじまいだった。




当時は彼のことを、(就職活動がうまくいかずに、ノイローゼになったんだろう)

と考えていたのだけれど、今思えば、統合失調症を発症してしまた人だったのだろうと思う。

2011-12-30

飲んでとてもいい気分で帰宅した。

まりにも眠すぎたので、シャワーも浴びずに着替えて寝た。

少し経ち、お腹が痛いと思ってトイレ

そしたらそのまま戻してしまった。で、その後、下すわ戻すわで、

ある意味スッキリした。

最近、こーゆーのがたまにある。

消化し始めたら、意外と許容量超えてしまったことに気付き、

強制排出したんだろうか、と思うことにしている。

しかし久しぶりに焼ける喉の痛みと、緑の液体に驚いたw

2011-12-25

http://anond.hatelabo.jp/20111225193157

ネット通勤電車内でのイライラや駅員への怒りが書き込まれると

ラッシュ自体を解決する方向に考えるべき」というレスポンスがつくことがある。

いつもこれには全く同意している。

全面賛成はできないなあ。

ラッシュ自体の解決」のためには、車両、運転手などの増設が必要不可欠。

そのために会社コストを追加しなければならないが、そのコストはどこから捻出する?

企業努力もしてはくれるだろうが、最終的に巡り巡って消費者である我々に跳ね返ってくると思うんだが。



後、

妊婦電車に乗りこんで、座る席が無かったら、

単に妊婦が立っていればいいか、「すみませんが、席を譲ってもらえませんか?」と頼めばいいだけでは?

今話題の写真晒し妊婦も、一言声かければ大抵譲ってくれるだろうに。

自分の体験だが、2年ほど前、就職活動電車で移動中に具合が悪くなって、でも快速電車で後10分くらい駅には到着しなくて、立っているのがつらかったとき優先席に座ってる人に「すみません、体調がすぐれないので代わってもらえませんか?」と頼んだら代わってくれた。

時間は午後5時頃、帰宅ラッシュの始まりかけで、車内は立っている乗客で割と詰まっているような状態で、自分妊婦でも何でもない、スーツを着た24歳の男だったにもかかわらず。

と、ここまで書いて確認作業と言うことで2chまとめサイト見たら、おおよそ自分意見と同じこと書いてあった。

23 名前名無しさん涙目です。(橘神社)投稿日:2011/12/23(金) 16:51:05.17 ID:AsPSgarq0

席譲ってほしけりゃ声くらいかけろよ

73 名前名無しさん涙目です。(寒川神社)投稿日:2011/12/23(金) 16:53:51.22 ID:nsnwL4GXP

男が座っている→譲ってくれと頼む→悪態をつかれて譲ってくれない→盗撮して晒す 

なら10000歩譲ってまだわかる

でも

男が座っている→盗撮して晒す

いくらなんでもおかしいだろこれはどう考えても女がキチガイですわ

http://jin115.com/archives/51835188.html

2011-12-14

http://anond.hatelabo.jp/20111214075313

用途や設置場所によるんじゃない?

少なくとも自分は自室PCにはパスをかけてない。

帰宅>立ち上げ>その間に着替え

とかやるんでその流れでパス入力とか面倒なだけでやる気にならない。

もちろんその前提が自室に家族が入らない、PCが専用であるってのがあるけどね。

あと、元増田の言う「親のスキルがない」はそういうサービスに思い当たらないってものも含むかもしれない。

ある種の年賀状を肯定するための記事であることは疑わないが納得させられる理由もなくはないでしょ。

2011-11-26

おもてなし精神。この国の物が売れない訳

ちょっと長い帰宅途中や新人研修受けている(この時期に突然研修ってのがまた笑えるが)時にふと思いついた。

なんかネットで既に散々言われてる気もするけど。っていうか新社会人の若造が書いた文章だし、本気にしちゃ大人気ないぞ☆

から増田に書くんだし。

 

おもてなし精神

この国の売る=「サービスを売っている」

  

ものづくり」だとかなんだの言ってますが、実際この国の物に価値見いだしてお金払っている人ってそんなにいるんでしょうか?

 

トランスフォーマー2で(だったと思います...)コピー機が使えなくて困っている女性に同僚が「それ日本製だろ!」と話しかけるシーンがあります

もはや使いづらい製品代名詞です

地デジのために我が家に新しくやってきたTVリモコンボタン多すぎで、家族はすでにほとんどの機能を利用するのをあきらめてます

そんな物でも買っていたのは

国産というブランドとやたらと付いてくるサービスです

サービスはとにかく過剰です

家電は5年保証があるし、(どこの業界でもそうですが)小売店の店員の接待の丁寧さは気持ち悪いくらいです

でも今の時代保証付けるより買い替えた方が安上がりですよね。(そもそも中国だって壊れないんだから

 

そして接待の気持ち悪さ。

これで日本に勝てる国はそういないんじゃないかと思います

僕が受けてきた研修マナー講座でした。

IT技術専門家集団」みたいなことが名刺に入ってますが、ゴミクズ技術を7割くらいのひとが見てもわからないような敬語にこだわって売ってる訳です

「たくさんのサービス残業で作り上げたゴミ」をゴルフ接待お酒の力、日経適当な記事の権威を使って売ってる訳です

ちなみにうちの会社では日経○○みたいのが一週間に一度回ってきます。(結構こういう会社ありません?)


これを最も痛感したのは研修準備のときです

「こんな研修受けるなら、技術研修の一つでもやりゃいいのに」とか思いつつ、会場準備をしていたわけです

堅苦しい会社らしく研修報告書があるのですが、エクセルフォーマットがあるのに印刷して手書き。

理由は「社長部長は手書きを好むのよ」(by経理課長)だそう。

もはやIT企業ですらないだろww

つーかあんたらが売ろうとしているモノはじゃあ一体なんなんだwwww

社内でまで接待が必要なんですね。いや、まあ、知ってたけどさ。

マナー講座の先生は「以前ウェブサイト

発注したんだけど、夏場にスーツで来てくださった方に頼みました。だってポロシャツで来るなんてありえないでしょ?300万円も払うのよ!」

だそうです

いや、300万も払うならモノの方が重要なんだけど(笑)

この場合は営業の方も常識が欠けていたとは思いますが...。(特にあいう年配の方相手には...)

まぁ、これが海外でも通用すれば問題はないんです

問題は

1.日本人が英語話すのは無理

2.そもそも海外でこのレベルのことが求められているのか

な気がします。

新興国製品の質が上がってきているのはずっと言われていますし、グローバル化ってホントいね

ちきりんじゃないけど、もっと混乱して色々崩壊するのが楽しみです

- 転職ならen
- 派遣ならen
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