はてなキーワード: 希少種とは
正月にモンハンでリオレウス希少種を黙々と狩り続け、シルバーソル装備を揃えて、「やったー」と思っていた中、
ふと、ゲーム上の装備の組み立て方と、ファッションコーディネートの違いについて、
言語化しようという思いに駆られたため、殴り書きしてみる。
一般的にゲーム中の装備は「守備力」という絶対的指標に基づいて全身の装備を組み立てるのが基本だ。
それに対して、ファッションコーディネートは「守備力」に代わるもの、
例えば「お洒落力」というパラメータが、それぞれのアイテムに割り振られているわけではない。
そのため、ゲーム的なコーディネート思考をすると、イマイチな格好になってしまう可能性が高いと思われる。
例として、次の2点を挙げる。
■1「シリーズ装備」の罠
ゲームでは「お、火炎対応の装備か。準備万端だね。」となるところ、
これを一般の世界でやると「おいおい、どこの火龍狩りに行くんだよwwww」となってしまう。
もうちょっと例えを変えると、「全身ミリタリー」「全身アウトドア」「全身ロッカー風」
「全身バイカーアイテム」「全身真っ黒」みたいなコーディネートをしていると、一般人としては本気過ぎて引いてしまうことになる。
ゲーム上では、レアアイテムで全身を固めた方が、強さを発揮することが多いだろう。
しかし、これも一般のファッションで流用してしまうと、チグハグなことになる事が多い。
「レアアイテム」を主張の強い、アクが強いアイテムや、強い色、強い柄などに置き換えて考えて欲しい。
アクが強いアイテムばかりを着ていると、見る側の焦点が定まらない。しかもそれぞれの雰囲気がバラバラだと手に負えない。
「これが今日のコーディネートのポイントだ」ではなく「これもこれも、これも今日のポイントだ」というコーディネートは自己満足に等しい。
では、上記の2点を避けるにはどうすれば良いか?
全部を目立たせるのではなく、特定のアイテムをポイントにすれば良い。
そのためには、どうすれば良いのか?
それは「特定アイテム以外は無難なコーディネートにする」と良い。
聞いた話の受け売りだが、ドラマーが大きな音を出したい時にどうするのか?という話に通じるところがあると思う。
大きな音を出したい時、筋力を鍛えるのかというと、そうではなく「いかに小さな音を出せるようになるか」という練習をするという。
つまり小さな音を出せるようになることで、元々の大きな音を目立たせるようにするというのだ。
これをファッションに置き換えると、目立たせたいアイテムがあるのであれば、
全身を無難なコーディネートにすることで、特定のアイテムをより際立たせるのだ。
※ただし、ややこしい事にファッションには「絶対」というものが無いので、上記の例えにも例外が多数存在すると思われる。
例えば「高級なものを目立たせるためにチープなものを合わせる」というコーディネートは成立しにくい。
(個人的には、そもそも「高級なものを目立たせたい」という発想自体が下衆だと思うが・・・)
これらの理由から、しばしば「足し算」のファッションより「引き算」のファッションの方が、ファッション感度が高いとされているのだろう。
①出会いを求めており、努力せずとも異性と仲良くなれる
(①’出会いを求めてないが、努力せずとも異性と仲良くなれる)
――― 越えられない壁 ―――
②出会いを求めており、何かしら努力して異性と仲良くなれる
(②’出会いを求めてないが、努力すれば異性と仲良くなれる)
――― 越えられない壁 ―――
③出会いを求めており、努力してるが異性と仲良くなれない
(③’出会いを求めてないが、努力しても異性と仲良くなれない)
世の中の殆どの層が②に当て嵌まる。
希少種として①’にも存在し、恋人いない歴=年齢が非モテの条件と思っている人間がいるのは、彼らが含まれるからだが、愛欲、性欲などを含め、個人という存在を承認し、受け入れてくれる人間関係の構築というポイントで考える限り、厳密にはこの層は非モテではないと言える。
また、出会いを求めている、いないにかかわらず、
a.元より興味がない、薄い
b.興味はある(あった)がもう諦めている
c.斜に構えて興味がない振りをしているだけ
というパターンがある。
興味がなかったり薄いのに出会いを求めていることに矛盾があるように見えるが、前述の「人間関係の構築」というポイントにおいて、多数派ではないというだけで希少種ではない。
自分から「元より興味がない(自分は上記a.タイプである)」と主張する人間は間違いなくc.
その中でも、
α.単純に見栄を張っている
β.別のものに逃避して興味を逸らせているのを「興味はない」と認識を摩り替えている
というタイプに分かれる。
よく「三次元に興味はない」「二次元にしか興味はない」といった言説が見受けられるが、αタイプの場合とβタイプの両方が存在する。(実際の境遇と比較し、本当にただのネタである場合を除く)
①’で自らを非モテと思っているタイプにc.は少ない。(受動的な姿勢でも承認してくれる存在が現れるため、興味がない振りをする必要がない)
②'③'の a や b タイプははてなにおいて名誉人間と呼ばれるタイプの人種。
②'③'の c が廃棄物扱いされよく叩かれたり蔑まれたりしている。
例えば、近年増えているのが中小企業やベンチャー企業において若手で技術は一人前な人がいきなり
プロジェクトリーダーを任されるケース。専門的な技術はあるが、リーダーシップもコーチングも
データ分析もリソースプランニングもスケジュール管理もな~んにもわかっとらん。
よく代わりはいくらでもいるんだぞなんて怒鳴る上司がいるが、使い物になる代わりなんてこの日本では希少種。
全く任すほうも任すほうだが任されるほうも任されるほうだ。こういう基礎的なことは海外であれば、
http://anond.hatelabo.jp/20090206052528
英語で書く、を書いた増田でーす。ブクマしてくださったみなさん、ありがとうございました。
まずご質問にお答えします。
チャットはレスポンスにある程度、早さが求められますので、初心者の方は掲示板の方がいいんじゃないかな。
YouTube のコメント欄もおすすめです。ビデオがあるわけですから、何について話しているか、一目瞭然ですから。
問題はむしろそこで何を話すかということですね。
コミュニケーションもいいんですけど、英語の学習が目的なら、ただただフレンドリーな話題、環境では「やあやあお元気?」で終わってしまいがちなんですよ。
そうじゃなくて、相手も自分もそう簡単に譲れない問題、何でもいいんですけど、政治とか宗教とか、思想とか、わりあい固めの話の方が、突っ込んだ会話になりやすいんですね。インターネットではむしろ。
私も、英語の学習という意味では、友達よりもむしろ論敵の方が役にたってくれました。
私を育ててくれたのは私の敵です。
だから争いや議論を恐れずに、どんどんハードな環境に身をおいた方が結局は近道なんですよ。
私たちは受験のために膨大な熟語や英単語を覚えてきましたよね。
でもそのほとんどは一回も実際に使うこともなく、見ることもないんじゃないでしょうか。
受験のためには必要なんですよ、どういう試験問題が出るかわからないですから。
でもあなたが化学に何の興味もないなら、化学関係の英単語は使う機会もないでしょうし、見る機会も少ないでしょうから、必要から言えばそれを覚えるのは無駄なんです。
あなたに興味のある分野のことを英語で書いたり話をすることのメリットは、あなたにとって必要性の高い単語や構文を集中的に覚えられるということです。
私は文法はとても大事だと思います。
単数と複数の違いとか、時制の違いとか、三単元のsをつけ忘れただとか、そういうことは正直言ってどうでもいいです。間違えても全然問題なく通じます。国際語としての英語は今後そういう方向に進むでしょう。
先日も、You and him is student? とか、間違って書いてしまったところ、突っ込まれたんですね。
私もbe動詞の疑問文の作り方や、主語の人称とbe動詞の関係はもちろん知っていますけど、たくさん書いていればこういう間違いもやってしまうんですよね。
でもそれでもまったく問題なく通じます。だからあなたが文学作品を書きたいとか、英語で修士論文を書きたいとか、そういう高度な欲求がないのであれば、そんなことはまったく気にする必要はありません。
けれども文法そのものは大事です。
文法が分かっていないとそもそも何をどうやって言えばいいのかが分からないからです。
やっぱり中学の英文法くらいはざっとおさらいしておくのがいいでしょう。
it~to, it~that, so that 構文はとくによく使います。関係代名詞もあやふやではなくきちんと分かっていたほうがいいでしょう。
完了形、過去完了形はあんまり気にする必要はありません。
それでしか言えない文章、過去の経験とか、継続してその状態にあるとか、そういう時以外は普通の現在形、過去形で押し通して差し支えありません。
話していると、相手ももちろんいろいろ書いたり言ったりしてきますよね。
それも、私に対して、私が興味があることについて言ってくるわけです。
その時、ああ、なるほど、これはこんなふうに言うのかっていうことがよくあります。
そういうのは興味と驚きとともにインプットされるんで忘れないんですよね。
そういう時は早速自分も使ってみて、表現力を高めましょう。
表現力を高めれば、ニュースを読んだり聞いたりしても、何を言っているかが分かります。
私、日本人はヒアリング能力がないんじゃないと思うんですよ。ヒアリング能力がないんじゃなくて、そもそも単語力や構文力がないから何を言っているかが分からないんだと思うんですよ。
その発想を理解するってのも大事だと思います。
たとえば…。
インターネットを通して知り合ったアメリカ人の友達にデービッドくんっていう男の子がいます。
彼、ニューヨークに住んでいるユダヤ人でものすごくイケメンなんですよ。
「あほか、そないなゼニにならんことしてどないするんや。男は甲斐性やで」
と言ったところ、
「あのな、うちのお父ちゃん、ものすごくお金持ちやねん。そやからわいはお金のために勉強せんでええのや」
と言っておりました。
なに!お金持ち!ということで、
「そかそか、ほなら結婚しようか」
と言ったんですが、「わいはゲイやで」とおっしゃいました。
「ゲイでもなんでもええわ。うちが欲しいのはあんたの体やない、あんたのカネや。正確に言えばあんたのお父ちゃんのカネや。カネのために結婚してやろうって言っとるんじゃ!」
と言ったんですが、なかなかうんと言ってくれません。強情な男です。
その、ユダヤ人でニューヨーカーで哲学者でゲイでイケメンで金持ちのボンボンのデービッドくんと、ある時、パレスチナ情勢について話したんですよね。
彼はユダヤ人のくせにシオニスト嫌いっていう希少種で、イスラエルに批判的なんですけど、その時に彼がこう言いました。
What do you think of israeli invasion with impunity?
私、衝撃を受けましてね。この文章を画像にして、いま、デスクトップの背景にしてますけど、それくらい衝撃を受けたんです。
訳しますと、
「イスラエル、好き勝手に侵略やっておりまんな。あなたさん、どない思われます?」
くらいの意味です。
impunity (不処罰性、処罰されないこと、免責)ていう単語がちょっと難しいくらいで、他はどうってことないですよね。
別に何の変哲もない文章です。文法的にもまったく難しくありません。
ただ、この意味する内容のことを日本人が英文にする時、まずこういう構文では言いませんね。
Israel invades. But it never be punished. What do you think of them?
とかでしょうか。
まず with impunity ってのがほれぼれしますよね。日本人だとここは without punishment ってするでしょう。
不起訴、とか、免責、じゃなくて「処罰されない」って言うのが日本語の癖なんです。
侵略、じゃなくて、「侵略している」って言うのが日本語の癖なんです。
それと、否定文ももちろんありますけど、形としての否定文じゃなくて肯定文に直して言う、そういう発想は日本語にはあんまりないですよね。
without punishment や not with punishment じゃなくて、with impunity ってやるってのが英語っぽいというか、英語の癖なんだなって思います。
日本語の構文に沿って英訳すると、どうしても長くなりがちなんですよ。
接続詞や関係代名詞が複雑に入り組んで、そういう時はひとつの文章を複数にわけるのもひとつの手段なんですけど、動詞を名詞に変えられないか、否定文を肯定文に変えられないかって発想するのも、すっきりした英文を書くコツなように思います。
で、まねをして、I don't know him っていうところを、I have absent of knowledge about the male って言ったことがあるんです。いくらなんでもこれはやり過ぎだったみたいで、「君はイギリス人みたいな英語を書くね」って言われました。
これ褒め言葉じゃないですよ。
なにもったいつけてんだYO!ってことです。
ただ、もったいつけるべき場面、論文とか文学作品とか、ちょっと高尚に見せたい時には有効だってことです。
彼はイギリス人みたいって揶揄しましたけど、実際、イギリスのメディアではこういう文章を書く人が案外います。
BBCとかはすっきりした表現が多いですけど、新聞ではけっこうありますよね。
ま、そういうこともお楽しみのうちということで。
英語も錆びつくばかりで、読むのだけは辞書を引きながらなんとかなるのですが、話せない、聞きとれない、書けないの駄目駄目三重苦。
うーん、と考えて、一年前くらいから、英語でブログを書くようにしました。
と言っても、ほとんど使っていない英語、中学程度の文法がせいぜい。
あんまり複雑なことも言えないし…と思って、えいやっとアメリカの掲示板にとびこみました。
掲示板とか、アメリカ人のブログのコメントにいろいろ意見を書いて、それも自分がカッとするようなテーマね、フェミニズムとか、人種差別とか、敵意まんまんの人たちをあえて相手にしたんですよ。
とにかく相手に自分の言いたいことを伝えたいと思うから、辞書をひきひき試行錯誤して、最初は「けーっ、あんたの英語、ちょー狂ってる!!! lol 」とか言われたんですが、だんだんと蓄積してきて、今ではほとんど語学力のことは言われなくなりました(言っている内容にけちをつけられることはあるけど)。
思ったんですが、これまでの英語の勉強の仕方は逆だったんだなあって。
えーとですね、つまり、最初に単語や文法、構文を覚えて、必要に応じてそれを引き出すというやり方だったんですよ、これまでは。
そうじゃなくて、必要が先にあって、その必要を満たすために、単語や構文を覚えて使っていく、細かいことは気にしない!(私、ネイティブじゃないし!)、そのやり方でどんどん言いたいことがすんなり表現できるようになったんですよ。
私、はっきり言って英語は苦手科目でした。
その私が今では毎日、英文をたくさん書いているし、アメリカ人たちとメールのやりとりをしたり、たまにスカイプしてたりします。
日ペンの美子ちゃんのセールストークみたいですけど、やってみれば案外、簡単だったなあと。
しかも無料ですしね!
今でもニューヨークタイムズに寄稿するような立派な英文は書けないですけど、言いたいことが言えて、伝えたいことが伝わっているならばそれ以上、何を望みます?
英語が苦手だった私でも出来たんですから、普通の人はもっと出来ますよ!
英語の世界のインターネットに出入りするようになって、日本人の発言ってほんと少ないなあと感じます。
量より質って言っていられる状況でもぜんぜんなくて、英語の世界では絶滅危惧種並の希少種ですよ、日本人は。
なまじっか、日本語のインターネットが充実しているもんだから安住しているんだろうなあって思います。私もそうでしたし。
ただ、あんまり右翼みたいなことは言いたくないんですけど、中国人とか韓国人とか、移民や留学生が多くて、英語が出来る人が多いんですよね。
で、実際問題、コリアンやチャイニーズは日本バッシングに情熱燃やしている人がたくさんいますから、それを通して相当、偏った日本観が流布されたり、ごく稀な事件をことさら大きくとりあげてネガティブキャンペーンされるようなことがあるんですよね。
なにしてんだ、日本人はって感じです。
一億二千万人もいるのに、ぜんぜん実働人数がたりないよ!
右翼のブログとか、日本語で威勢のいいこと書いてますけど、あんたそれ日本語で書いてもあんまり意味ないよ、って思うんです。
いや、英語で書かれても困るけどね、日本のイメージが悪くなるから。
罵倒とか、ばかにした表現って、それを「いいぞいいぞ」って言う人、書いたり言ったりする人からすれば「言ってくれる人」がいるから、言えるんですよね。
右翼の言っていることって、日本人相手にしか通用しませんから。
それをいかに関係のない第三者に説得力をもって言えるかってのが重要なんであって、右翼は説得力を磨くのと、英語で書くこと、同時並行でやらないと、ただの内輪のなれあいなんですよね。
>女性って男性がかんがえるほど「性」に強い興味ないんだよね。
人それぞれだと思うぞ。
というか、少女マンガにでてきそうな「性」に関してあまり興味がない・楽しいと思わない女って希少種なんじゃないか?
だいたい、男にしても女にしても性的な部分で比べられるのは嫌なのは共通している。
男はあまりしないけど、女って世間話レベルで「今の彼氏は前の彼氏よりこういうところが下手だったり」的な話をしてる。
こういうところを見ると余計に男は「経験少ない女」がいいと思う。
女にしたって、男が胸を比べたり好みの話で比べられてるのは嫌だからあれほど反応するんだろうし。
童貞だから嬉しい!というのがあまりないのはある程度年齢が高くなってくるとそうなるんじゃないかなと。
中学生や高校生でカップルになってセックスしようとしたとき慣れた手つきでされると女は結構ショックだったりするらしいじゃん?
しかし社会人2??3年目になるともうそういうことには抵抗が低くなってたり。
男の場合、前述した「比べられる恐怖」ってのがあるから30歳だろうがなるべく彼氏が10人いただろうが未開発のほうがいいんだよ、と個人的には思っている。
ぜってー乳幼児の面倒みろよ!全部見ろよ!
在宅で子供の面倒みながら仕事とか…言っちゃうんだよなぁ。そういう人いるんだよなぁ。
http://alfalfa.livedoor.biz/archives/51358492.html
とか思いだした。
年収高い方だし希少種の専門職なので復職も簡単だが,仕事とは別に子どもの世話は本当に大変だと思う。専業主婦でやってる人とか相談相手もいないしできないことはできる人に任せるとかできないし,毎日毎日おんなじ繰り返しだし休憩もできないし息抜きもできないしほんとにお疲れ様だと思う。自分はできないかなぁ。食いぶちは自分で確保したいって言うのもあるけど,専業主婦も在宅ワークも無理だなぁ。あれは精神的に強くないと無理。全然甘くない。世の在宅ワークの兼業主婦・専業主婦の方々は心ないこういう増田に負けずに頑張ってほしいと思います。疲れたら休もうねー(・∀・)
root権限奪取とか、SQLインジェクション持ち出されても、はいそうですねとしか言いようがない。
あと PHPだから安全、みたいな事を言うのは必ずしも正しくないし、有害なのでやめれ。
そんな事だれも言ってない。
というお話じゃねえの。PHPに限らず、初心者が公開するのはまずい。
未知の脅威って何だ? インジェクション対策とセキュリティアップデートくらいなら少し覚えればできるでしょ。
そもそも何かを作り上げることができる人というのは非常に少ない希少種なのに、
そこに入ろうとする前途ある人達のモチベーションを使用言語がどうこうと、
挫こうとするのはなんか憤りを感じるよ。
PHPというツールを批判しただけなのに、なんでそういう誤読になるのか。誰も挫こうとはしてないでしょ。一部の初心者の人たちが勝手に被害的になってるだけ。
同意だよ。
初心者が本当に注意しなければいけないのは、スクリプトの脆弱性よりもサーバーのセキュリティ。
PHPなら大抵どこのレンタルサーバーも利用可能なので殆ど問題がない。
なにがいいって現段階においてはPHPは非常に多くの人に使われている。
だからもし見当違いなことをやっていたら注意してくれる人がいっぱいいる。
そして何よりも大きいのはサーバー運営業者などがノウハウを吸収しているということ。
PHPでシステムコマンドなんかは大体止められているしRFIなんかの攻撃に対しても不正なファイルが埋め込まれたりすたら通報してくれるところもある。
現段階のRubyでそれができるだろうか?
大手のレンタルサーバーでさえまだ設定があやふや。
そのままじゃ動かなかったりしている。
じゃぁ自前サーバーならいけるのかというと、正直初心者には無理なんじゃないの?
Mongrelあたりを入れて、あれ、これメモリ漏れてねぇ?とかそういう心配をしたり、24時間監視できるわけがない。
まだ「いいえ」なんじゃないの?
Rubyをちゃんとできる人や教えられる人はまだ少なすぎる。
PHPをぐだぐだ言うひとはちゃんとできるひとなのかな?
どうなのよ?
まあ異論はあるかもしれないが。。
あと、こっちは、一般的に同意をえられるとおもうんだけど、
スクリプトが垂れ流す脆弱性よりもroot権限のっとられたマシンの方が怖くね?
んでもって、遥かに有害だよね。
そんなに言うならSQLインジェクションの穴のひとつでも見つけて報告してごらんよ。
SQLインジェクションなんて、DBに接続ができるようなレベルになれば最近のマニュアル本には当たり前に書いてあるじゃない。しかもこれは何もPHPに限った話しじゃないじゃない。
穴なんて時間の経過とともに増えるんだから、メンテナンスされてないサービスのほうが怖いわけですよ。
ローカル言語やサーバー使ってそのままになってしまうほうが最悪なんじゃないかな。
もし、素人がぐだぐだにつくったPHPサービスとかで問題があるとすれば・・・
・SQLインジェクションで中の情報が漏れる(そんなサービスに漏れて大切な情報登録するなよ)
・メール送信系でヘッダー偽装でスパムの踏み台にされる(これは意外と多いかもしれないね)
・クローラーが他のサーバに負荷をかけまくる
まあどれもPHP”だから”というわけでもないよね。
97年頃にはperlだって掲示板やアップローダーだって穴だらけだったじゃない。
coderedがでるまでiisで建ってたサーバーだって山ほどあった。
そのころにはSQLインジェクションに対応していないサイトは本当に簡単に見つけられた。
初心者は主流からはいるのがいろんな意味でみんなのためじゃない。
今の主流はphpということでいいんじゃないの?
PHPは発展期
RonRは成長期(すくなくともあと1年ぐらいは)
perlは爛熟期
あとは・・・
pythonからColdFusionのにおいしてない・・・?
あと、なんかLLってあったっけ?
curlがなんかいまさらだけど脚光をあびるような予感がしている。
ところでさ、
PHPを批判しているような人はPHP6の仕様とかちゃんとフォローしてるのかね?
そもそも何かを作り上げることができる人というのは非常に少ない希少種なのに、
そこに入ろうとする前途ある人達のモチベーションを使用言語がどうこうと、
挫こうとするのはなんか憤りを感じるよ。
Matzみたいな人がそれをやってどうするんだよとか、ちょっと思った。
ブックマークでも人気のこちらを見て考えた。
80年代に隆盛を誇った8bitホビーパソコンの追憶の詩と映像である。若くてそんなの知らない向きにはこちら→Wikipedia 8ビットパソコン、ホビーパソコン
要するに貧相な計算能力ながらようやく「人間にも分かる」表示能力と発音能力を持った初期のパソコンの、ユーザーがその表現をプログラム側からながら自由に扱うことができるところに面白みのあった一時代についての懐古である。曲も素晴らしい。
もちろん私も8bitホビーパソコンのストライクゾーンユーザーだったわけで上記クリップの言わんとする感じは良く分かる。逆に世代が違うとそれだけでこのビデオ作品には何も感じないかもしれない。
しかしそんな懐かしズムについて語りたいわけではない。いや、むしろ猛然と語りたくてしかたないのか。ともあれ、この国産8bit時代に我々現30代はアーダコーダと雑誌を横に機械語まで弄ったりしたのだ。頭の柔らかい中学生ぐらいだから理系とか関係なく自然と言語を取り扱えた。いきなりバイナリでコードを組んでる姿は親からみたら異星人だったに違いない。それでもクラスに数人はいたはずだ。希少種というほどでもない。
そこで疑問に思うのがそんな我々30代が社会で中堅と相成った現在において、この日本のソフトウェア産業のレベルが低いのはどういうことなのだろうか。かように自主的にコンピュータの実習をしてきたにもかかわらずだ。
怪しい部分はいろいろある。
8bitパソコンにうつつを抜かしている間言われたのは「プログラマーでは食っていけない」という呪いだった。実際、私も特性があったとも思えないが選択肢から最初から除外していた。この辺の妥当性は現在プログラマーの人のコメントを待ちたい。外見的にはWebプログラマーとして人材が流れ込む現在とは対照的だとは思う。
また、90年代の停滞だ。Macintoshの廉価版と続くPC/ATとWindows95の普及まで「パソコン」は暗黒期にあった。さらに言うと2000年ごろのウェブプラットフォームが現実感として開けてくるまで80年代のような「パーソナル」さはなかったように思う。
思うに、80年代のパソコンと90年代(後半)以降のコンピューティングは全くの別物だったのではないだろうか。
そこで8bitパソコンがなんだったかというと、実際はパーソナル「コンピュータ」ではなくパーソナル「メディア」だったのだろうと思うのだ。(当時ログインで伊藤ガビンがPCメディア論を振るっていたが、ここではもっと画用紙同様の素直な意味である)今からみると惨めな表現力しかないのだが自由に、難しい表現だが、扱うことができた。サラリとその場でBASICを組めばキーに音を割り振れるような自由だ。いくつかの8x8マスのカラフルな独自“文字”を設定してテレビ局しか触ることのできなかったCRT画面を芝生“文字”や樹木“文字”で埋め尽くし草原にしてしまう自由だ。
特に当時は計算能力に限界があったためユーザーも遅くて動かないアルゴリズムに凝ることより表現に凝ることに走ったのかもしれない。
ゆえにコンピューティングの正統な進化たるMacintoshやPC/ATではそれを引き継ぐことはできず、ラピッドプロダクションで表現を行うメディアであるウェブの普及までその再来感覚がなかったのだ。
そしてこれはコミック(60年代??)、アニメ(70年代??)と続きゲーム(90??年)が引き継いだ日本のサブカルチャーの基底をなす一つでもあると思う。
だから大人になったパソコン少年※が作るのはウェブプラットフォームランタイムではなく『PC-6601が歌うタイニーゼビウス』なのである。