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2011-04-13

「騙された」とか歌って喜んでる斉藤和義信者はこれ読めよマジで

戦争責任者の問題

伊丹万作


 最近、自由映画人連盟の人たちが映画界の戦争責任者を指摘し、その追放を主張しており、主唱者の中には私の名前もまじつているということを聞いた。それがいつどのような形で発表されたのか、くわしいことはまだ聞いていないが、それを見た人たちが私のところに来て、あれはほんとうに君の意見ときくようになつた。

 そこでこの機会に、この問題に対する私のほんとうの意見を述べて立場を明らかにしておきたいと思うのであるが、実のところ、私にとつて、近ごろこの問題ほどわかりにくい問題はない。考えれば考えるほどわからなくなる。そこで、わからないというのはどうわからないのか、それを述べて意見のかわりにしたいと思う。

 さて、多くの人が、今度の戦争でだまされていたという。みながみな口を揃えてだまされていたという。私の知つている範囲ではおれがだましたのだといつた人間はまだ一人もいない。ここらあたりから、もうぼつぼつわからなくなつてくる。多くの人はだましたものとだまされたものとの区別は、はつきりしていると思つているようであるが、それが実は錯覚しいである。たとえば、民間のものは軍や官にだまされたと思つているが、軍や官の中へはいればみな上のほうをさして、上からだまされたというだろう。上のほうへ行けば、さらにもつと上のほうからだまされたというにきまつている。すると、最後にはたつた一人か二人の人間が残る勘定になるが、いくら何でも、わずか一人や二人の智慧で一億の人間がだませるわけのものではない。

 すなわち、だましていた人間の数は、一般に考えられているよりもはるかに多かつたにちがいないのであるしかもそれは、「だまし」の専門家と「だまされ」の専門家とに劃然と分れていたわけではなく、いま、一人の人間がだれかにだまされると、次の瞬間には、もうその男が別のだれかをつかまえてだますというようなことを際限なくくりかえしていたので、つまり日本人全体が夢中になつて互にだましたりだまされたりしていたのだろうと思う。

 このことは、戦争中の末端行政の現われ方や、新聞報道の愚劣さや、ラジオのばかばかしさや、さては、町会、隣組、警防団、婦人会といつたような民間の組織いかに熱心にかつ自発的にだます側に協力していたかを思い出してみれば直ぐにわかることである

 たとえば、最も手近な服装の問題にしても、ゲートルを巻かなければ門から一歩も出られないようなこつけいなことにしてしまつたのは、政府でも官庁でもなく、むしろ国民自身だつたのである。私のような病人は、ついに一度もあの醜い戦闘帽というものを持たずにすんだがたまに外出するとき普通のあり合わせの帽子をかぶつて出ると、たちまち国賊を見つけたような憎悪の眼を光らせたのは、だれでもない、親愛なる同胞諸君であつたことを私は忘れられない。もともと、服装は、実用的要求に幾分かの美的要求が結合したものであつて、思想的表現はないのであるしかるに我が同胞諸君は、服装をもつて唯一の思想的表現なりと勘違いしたか、そうでなかつたら思想をカムフラージュする最も簡易な隠れ蓑としてそれを愛用したのであろう。そしてたまたま服装をその本来に扱つている人間を見ると、彼らは眉を逆立てて憤慨するか、ないしは、眉を逆立てる演技をして見せることによつて、自分の立場の保鞏(ほきよう)につとめていたのであろう。

 少なくとも戦争の期間をつうじて、だれが一番直接に、そして連続的に我々を圧迫しつづけたか、苦しめつづけたかということを考えるとき、だれの記憶にも直ぐ蘇つてくるのは、直ぐ近所の小商人の顔であり、隣組長や町会長の顔であり、あるいは郊外の百姓の顔であり、あるいは区役所郵便局交通機関や配給機関などの小役人や雇員や労働者であり、あるいは学校先生であり、といつたように、我々が日常的な生活を営むうえにおいていやでも接触しなければならない、あらゆる身近な人々であつたということはいたい何を意味するのであろうか。

 いうまでもなく、これは無計画な癲狂戦争必然結果として、国民同士が相互に苦しめ合うことなしには生きて行けない状態に追い込まれてしまつたためにほかならぬのである。そして、もしも諸君がこの見解の正しさを承認するならば、同じ戦争の間、ほとんど全部の国民が相互にだまし合わなければ生きて行けなかつた事実をも、等しく承認されるにちがいないと思う。

 しかし、それにもかかわらず、諸君は、依然として自分だけは人をだまさなかつたと信じているのではないかと思う。

 そこで私は、試みに諸君にきいてみたい。「諸君は戦争中、ただの一度も自分の子にうそをつかなかつたか」と。たとえ、はつきりうそ意識しないまでも、戦争中、一度もまちがつたことを我子に教えなかつたといいきれる親がはたしているだろうか。

 いたいけな子供たちは何もいいはしないが、もしも彼らが批判の眼を持つていたとしたら、彼らから見た世の大人たちは、一人のこらず戦争責任者に見えるにちがいないのである

 もしも我々が、真に良心的に、かつ厳粛に考えるならば、戦争責任とは、そういうものであろうと思う。

 しかし、このような考え方は戦争中にだました人間の範囲を思考の中で実際の必要以上に拡張しすぎているのではないかという疑いが起る。

 ここで私はその疑いを解くかわりに、だました人間の範囲を最小限にみつもつたらどういう結果になるかを考えてみたい

 もちろんその場合は、ごく少数の人間のために、非常に多数の人間がだまされていたことになるわけであるが、はたしてそれによつてだまされたものの責任が解消するであろうか。

 だまされたということは、不正者による被害を意味するが、しかしだまされたものは正しいとは、古来いかなる辞書にも決して書いてはないのである。だまされたとさえいえば、一切の責任から解放され、無条件で正義派になれるように勘ちがいしている人は、もう一度よく顔を洗い直さなければならぬ。

 しかも、だまされたもの必ずしも正しくないことを指摘するだけにとどまらず、私はさらに進んで、「だまされるということ自体がすでに一つのである」ことを主張したいのである

だまされるということはもちろん知識の不足からもくるが、半分は信念すなわち意志の薄弱からもくるのである。我々は昔から「不明を謝す」という一つの表現を持つている。これは明らかに知能の不足を罪と認める思想にほかならぬ。つまり、だまされるということもまた一つの罪であり、昔から決していばつていいこととは、されていないのである

 もちろん、純理念としては知の問題は知の問題として終始すべきであつて、そこに善悪観念の交叉する余地はないはずであるしかし、有機的生活体としての人間の行動を純理的に分析することはまず不可能といつてよい。すなわち知の問題も人間の行動と結びついた瞬間に意志や感情コンプレックスした複雑なものと変化する。これが「不明」という知的現象に善悪の批判が介在し得るゆえんである

 また、もう一つの別の見方から考えると、いくらだますものがいてもだれ一人だまされるものがなかつたらとしたら今度のような戦争は成り立たなかつたにちがいないのである

 つまりだますものだけでは戦争は起らない。だますものとだまされるものとがそろわなければ戦争は起らないということになると、戦争責任もまた(たとえ軽重の差はあるにしても)当然両方にあるものと考えるほかはないのである

 そしてだまされたものの罪は、ただ単にだまされたという事実そのものの中にあるのではなく、あんなにも雑作なくだまされるほど批判力を失い、思考力を失い、信念を失い、家畜的な盲従に自己の一切をゆだねるようになつてしまつた国民全体の文化無気力、無自覚、無反省無責任などが悪の本体なのである

 このことは、過去日本が、外国の力なしには封建制度鎖国制度も独力で打破することができなかつた事実、個人の基本的人権さえも自力でつかみ得なかつた事実とまつたくそ本質を等しくするものである

 そして、このことはまた、同時にあのような専横と圧制を支配者にゆるした国民奴隷根性とも密接につながるものである

 それは少なくとも個人の尊厳冒涜(ぼうとく)、すなわち自我の放棄であり人間性への裏切りである。また、悪を憤る精神の欠如であり、道徳的無感覚である。ひいては国民大衆、すなわち被支配階級全体に対する不忠である

 我々は、はからずも、いま政治的には一応解放された。しかしいままで、奴隷状態を存続せしめた責任を軍や警察官僚にのみ負担させて、彼らの跳梁を許した自分たちの罪を真剣反省しなかつたならば、日本国民というものは永久に救われるときはないであろう。

「だまされていた」という一語の持つ便利な効果におぼれて、一切の責任から解放された気でいる多くの人人の安易きわまる態度を見るとき、私は日本国民の将来に対して暗澹たる不安を感ぜざるを得ない。

「だまされていた」といつて平気でいられる国民なら、おそらく今後も何度でもだまされるだろう。いや、現在でもすでに別のうそによつてだまされ始めているにちがいないのである

 一度だまされたら、二度とだまされまいとする真剣自己反省努力がなければ人間進歩するわけはない。この意味から戦犯者の追求ということもむろん重要ではあるが、それ以上に現在日本に必要なことは、まず国民全体がだまされたということの意味を本当に理解し、だまされるような脆弱(ぜいじやく)な自分というものを解剖し、分析し、徹底的に自己を改造する努力を始めることである

 こうして私のような性質のものは、まず自己反省の方面に思考を奪われることが急であつて、だました側の責任を追求する仕事には必ずしも同様の興味が持てないのである

 こんなことをいえば、それは興味の問題ではないといつてしかられるかもしれない。たしかにそれは興味の問題ではなく、もつとさし迫つた、いやおうなしの政治問題にちがいない。

 しかし、それが政治問題であるということは、それ自体がすでにある限界を示すことである

 すなわち、政治問題であるかぎりにおいて、この戦争責任の問題も、便宜的な一定の規準を定め、その線を境として一応形式的な区別をして行くより方法があるまい。つまり、問題の性質上、その内容的かつ徹底的なる解決は、あらかじめ最初から断念され、放棄されているのであつて、残されているのは一種の便宜主義による解決だけだと思う。便宜主義による解決の最も典型的な行き方は、人間による判断を一切省略して、その人の地位や職能によつて判断する方法である現在までに発表された数多くの公職追放者のほとんど全部はこの方法によつて決定された。もちろん、そのよいわるいは問題ではない。ばかりでなく、あるいはこれが唯一の実際的方法かもしれない。

 しかし、それなら映画場合もこれと同様に取り扱つたらいいではないかしかもこの場合は、いじめたものといじめられたものの区別は実にはつきりとしているのである

 いうまでもなく、いじめたものは監督官庁であり、いじめられたものは業者である。これ以上に明白なるいかなる規準も存在しないと私は考える。

 しかるに、一部の人の主張するがごとく、業者の間からも、むりに戦争責任者を創作してお目にかけなければならぬとなると、その規準の置き方、そして、いつたいだれが裁くかの問題、いずれもとうてい私にはわからないことばかりである

 たとえば、自分場合を例にとると、私は戦争に関係のある作品を一本も書いていない。けれどもそれは必ずしも私が確固たる反戦の信念をもちつづけたためではなく、たまたま病身のため、そのような題材をつかむ機会に恵まれなかつたり、その他諸種の偶然的なまわり合せの結果にすぎない。

 もちろん、私は本質的には熱心なる平和主義であるしかし、そんなことがいまさら何の弁明になろう。

 戦争が始まつてからのちの私は、ただ自国の勝つこと以外は何も望まなかつた。そのためには何事でもしたいと思つた。国が敗れることは同時に自分自分家族も死に絶えることだとかたく思いこんでいた。親友たちも、親戚も、隣人も、そして多くの貧しい同胞たちもすべて一緒に死ぬることだと信じていた。このばか正直をわらう人はわらうがいい。

 このような私が、ただ偶然のなりゆきから一本の戦争映画も作らなかつたというだけの理由で、どうして人を裁く側にまわる権利があろう。

 では、結局、だれがこの仕事をやればいいのか。それも私にはわからない。ただ一ついえることは、自分こそ、それに適当した人間だと思う人が出て行つてやるより仕方があるまいということだけである

 では、このような考え方をしている私が、なぜ戦犯者を追放する運動に名まえを連ねているのか。

 私はそれを説明するために、まず順序として、私と自由映画人集団との関係を明らかにする必要を感じる。

 昨年の十二月二十八日に私は一通の手紙を受け取つた。それは自由映画人集団発企人の某氏から同連盟への加盟を勧誘するため、送られたものであるが、その文面に現われたかぎりでは、同連盟の目的は「文化運動」という漠然たる言葉で説明されていた以外、具体的な記述ほとんど何一つなされていなかつた。

 そこで私はこれに対してほぼ次のような意味の返事を出したである

現在自分の心境としては、単なる文化運動というものにはあまり興味が持てない。また来信の範囲では文化運動の内容が具体的にわからないので、それがわかるまでは積極的に賛成の意を表することができない。しかし、便宜上、小生の名まえを使うことが何かの役に立てば、それは使つてもいいが、ただしこの場合は小生の参加は形式的のものにすぎない。」

 つまり、小生と集団との関係というのは、以上の手紙の、応酬にすぎないのであるが、右の文面において一見だれの目にも明らかなことは、小生が集団に対して、自分の名まえの使用を承認していることである。つまり、そのかぎりにおいては集団はいささかもまちがつたことをやつていないのである。もしも、どちらかに落度があつたとすれば、それは私のほうにあつたというほかはあるまい。

 しからば私のほうには全然いい分を申し述べる余地がないかというと、必ずしもそうとのみはいえないのである。なぜならば、私が名まえの使用を容認したことは、某氏手紙示唆によつて集団が単なる文化事業団体にすぎないという予備知識を前提としているかである。この団体の仕事が、現在知られているような、尖鋭な、政治的実際運動であることが、最初から明らかにされていたら、いくらのんきな私でも、あんなに放漫に名まえの使用を許しはしなかつたと思うのである

 なお、私としていまつの不満は、このような実際運動の賛否について、事前に何らの諒解を求められなかつたということである

 しかし、これも今となつては騒ぐほうがやぼであるかもしれない。最初ボタンをかけちがえたら最後ボタンまで狂うのはやむを得ないことだからである

 要するに、このことは私にとつて一つの有益な教訓であつた。元来私は一個の芸術家としてはいかなる団体にも所属しないことを理想としているものである。(生活を維持するための所属や、生活権擁護のための組合は別である)。

 それが自分の意志の弱さから、つい、うつかり禁制を破つてはいつも後悔する破目に陥つている。今度のこともそのくり返しの一つにすぎないわけであるが、しかし、おかげで私はこれをくり返しの最後したいという決意を、やつと持つことができたのである

 最近、私は次のような手紙を連盟の某氏にあてて差ししたことを付記しておく。

「前略、小生は先般自由映画人集団加入の御勧誘を受けた際、形式的には小生の名前を御利用になることを承諾いたしましたしかし、それは、御勧誘の書面に自由映画人連盟の目的が単なる文化運動とのみしるされてあつたからであつて、昨今うけたまわるような尖鋭な実際運動であることがわかつていたら、また別答のしかたがあつたと思います。

 ことに戦犯人の指摘、追放というような具体的な問題になりますと、たとえ団体の立場がいかにあろうとも、個人々々の思考と判断の余地は、別に認められなければなるまいと思います。

 そして小生は自分独自の心境と見解を持つものであり、他からこれをおかされることをきらうものでありますしたがつて、このような問題についてあらかじめ小生の意志を確かめことなく名まえを御使用になつたことを大変遺憾に存ずるのであります

 しかし、集団の仕事がこの種のものとすれば、このような問題は今後においても続出するでありましようし、その都度、いちいち正確に連絡をとつて意志を疏通するということはとうてい望み得ないことが明らかですから、この際、あらためて集団から小生の名前を除いてくださることをお願いいたしたいのです

 なにぶんにも小生は、ほとんど日夜静臥中の病人であり、第一線的な運動名前を連ねること自体がすでにこつけいなことなです。また、療養の目的からも遠いことなです

 では、除名の件はたしかにお願い申しました。草々頓首」(四月二十八日)


(『映画春秋昭和二十一年八月号)

2010-12-21

すごいぜ小役人!

うちの会社に出向という形でお役人様がきてる。まあ、35くらいかな?

いや、すごいね

うちは備品を買うとき親会社のお伺いが必要なんだが、その係に

役人様が配置されてるわけ。なんでも、役所でもそういう部署にいたのことで。

親会社の言うことがころころ変わるのも悪いんだが備品購入の際に必要だった

納入業者からのとある書類について

「今後は不要である

とのお達しがそのお役人からきた。不要なら業者に請求なんかしなくなるよな。

相手だって書類作るのに手間かかるし。

ところが、備品の納品の最後最後でその書類が必要とかお役人さまが言い出すのよ。

「不要と言ったが、作成しないで良いとは言ってない」

すげえええ・・・・。

徹夜で業者の人と一緒に作ったよ。お役人様は5時半で帰ったが。

で、あまりに理不尽なので、後で本社からの購入に関する書類を取り寄せてみたら

「今回は不要である」を「今後は不要である」と、お役人様が勘違いしたことが

判明。それを指摘した逆ギレしやがった。嫌がらせで、俺の書類が通らないw)

あー、早くいなくなってくれないかな。

2010-07-05

役人の親が退職後に事業をするんだと

役人の親が退職後に事業をするんだと。

ところが事業内容は未定。

「世の中には優秀な若者がいる。

 彼らにプレゼンさせて能力を見極める。

 そして、彼らと話し合って事業内容を決める。」

勤続30年を超える彼は自信満々の顔でこう言った。


彼自身は役人一筋で商売の経験なんて無い。友人もいない。

仕事の知識はあるが語学資格も無い。海外旅行どころか国内旅行経験も少ない。

ごく狭い地元と、NHKの激動中国みたいな番組が彼の世界の全てだ。


それが、企業大学オープンセミナーに参加しただけで業界を理解したような気になっている。

3DCADが、金型が、テクニカルイラストレーションが、等々、彼の口からは脈絡なく単語が出てくる。

既存企業には旧来の慣行に縛られた欠点があるという。

金型について、俺は基本的な質問をした。

彼はしばし固まったのち、

マイクロソフト正社員セミナーに出た」「この教授セミナーに出た」

と答えた。

だから、どうしたというのか。

彼は他の業種も批判していたが、万事この調子だ。

なぜ既存業者がそうしてるのか、基礎的な知識も実際のヒアリングも無く、自分がより高い位置から物事を見ている旨を滔々と述べるのだ。


彼はセミナーの類が好きだ。

役所の同僚と違ったことをしてるというだけで彼の自尊心は満たされるのだろう。

しかし、あんなもんで企業レベルの知識が得られるわけがない。現場からすれば鼻で笑われるような内容だろう。

地元企業社長連中と交流を深めていると言ってるが、ビジネス経験の無い小役人がまともに相手されてると思ってるのだろうか。

具体的なアイディアも無いのに人を集める。彼らと事業を決める。元役人

こんな馬鹿に乗る若者がいるだろうか。

集まった人材で出来る範囲のことを事業化する。これ自体はアイディアとしてありうるだろう。

が、楽天三木谷社長ならともかく、事業経験も無い元役人に、誰が自分人生を賭けるというのか。

県の補助金が出ると言ってるが、これで出すほど役所も馬鹿ではない。

しかし、彼の性格なら、財産を投げ打ってでもやるだろう。

俺は28歳無職資産は無い。

これで我が家系は途絶えるのだろう。

2009-03-15

「ま、いやがらせされたくなければ払っといてよ」

俺は業界人間だ。

業界がいまどんな状態か、一般市民はなにも知らないのだろ。もう談合だ、「声」だと、「風」だとか、昔の話だ。業務屋も消えた。そもそも年寄りばかりだったしな。落札率だの調べたこともないけど、この数年の変化を見てればわかるだろう。どちらかというと総合評価制度とか、価格の後公開とか、談合全盛時代をなつかしんでいるのはお役人政治家なんじゃないかな。

終風爺のところで読んで、ああと思わずうなずいてしまった。



業界では、小沢事務所に受注の邪魔をされたくないから競って献金するし、選挙の応援もする。献金保険みたいなもの。一種のみかじめ料といってもいいかもしれない」

http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/090315/crm0903151801011-n3.htm

http://d.hatena.ne.jp/finalvent/20090315/1237113454




去年のことだ。ある役人あがりが俺のところへ来て言った。

「ま、いやがらせされたくなければ払っといてよ」

聞いたこともない団体への寄付の振り込み書を出しながらだ。生返事をしながら受け取るだけ受け取っていまだに払ってはいない。書かないし、直接は知らんが、政治家だって体裁をつくろってはいても同じようなもの。もう業界人間は、仕事がほしいから政治家やお役人と付き合うんじゃなく、じゃまされたくないからというのはほんとうに真実

ある営業が私に言った。「価格さえもうちょっとなんとかできれば取れない仕事は私にはありません。」我々の業界を甘く見てもらっては困る。技術の問題だろうと、社内政治の問題だろうと、親族間の問題だろうと、業界メイン仕事以外でもクライアントを満足させる力があるから我々は「ジェネラル」と呼ばれるのだ。じゃまばっかしている政治家や、重箱の隅をつつくことしかできない小役人は早く引退してしまえといいたい。

そうそう、この自爆テロ事件で困るのは与党の方だろう。法令遵守をこれだけ言われている中、こういうリークのされ方をしたんではまともな献金はできなくなる。今度くだんの役人あがりがきたら「ほら、小沢の件があるからさぁ、もう御付き合いできないんだよね」ということになるだろう。あとは、以下同文ってことだ。

http://anond.hatelabo.jp/20090320065503

2008-11-30

生徒の喫煙で捜索とか…

「無法な生徒を無理矢理別室に登校させその一室ではやりたい放題を黙認→登校したものとして書類処理」

とか

「毎日トイレからもくもくと煙があがり大量の吸い殻を捨てるのがトイレ掃除係の主な仕事

みたいな学校、全国にあるだろ。


で、「喫煙場所の提供」が条例違反容疑とか、馬鹿じゃないの? 「喫煙」は放置して、かよ。んじゃ警察は「青少年煙草売った奴」と「煙草吸ってる青少年」と「青少年煙草吸ってるのに放置してる大人」は全部放置なんだな。最後の一つは警察のことだけどな。


なんかこう、取り締まるべきこととそうでないことのバランスが崩れてる気がする。杓子定規つーか想像力欠如つーか、要するに頭の悪い小役人的対応つーか。援助交際取り締まんのに親も本人もそれを煽り立てる社会放置したまま、とか、そういう感じ。イライラする。


高校生徒寮に喫煙室、愛知県警が条例違反容疑で捜索 (Yahooニュース

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20081130-00000008-yom-soci

2008-08-07

つまみ食いというよりも

つまみ食い、というより、指示待ち人生、つーかね。

ただ人生のいいとこつーのは、それはそれで修正効くとこかな。人間の脳の可塑性は半端じゃないから。


だって年取ってから眼鏡かけてもしばらくすればフレーム認識処理から完全に消しちゃうんだぜ。

極論言えば『世界が倒立して見える眼鏡』かけても一週間もしたら正常に見えるようにしちゃうんだぜ。

それでエラーとか出ないんだぜ。

脳神経のシステム管理者って超優秀。超ヤバい。


ずっと公務員小役人のまま一生を終えるかに見えて、50を過ぎてから突然書き始めた絵で歴史に名を残した人がいる。

逆に50歳過ぎるまでずっと生活のための絵描きをしてて、50過ぎてから始めた俳句文学史に名を残した人も、

50歳まで商売人として仕事してて、引退してから地図作製を学びそれから日本中を足で歩いて詳細な地図を作った人もいる。


何かをはじめるのに遅すぎるということはない。

遅すぎるように思えるとしたら、それは遅かったことを言い訳に何かをあきらめようとしているときだけだ。

http://anond.hatelabo.jp/20080807084901

2008-07-31

もう旧帝大連中国家公務員II種くらいまでは優遇してやれ

そもそも旧帝大だから優遇されるべきっていうフェーズでもないんだが、

まあどうしてもパイプライン保証をしたいのならそれくらいしてやったら? と思う。


きっと小役人風情がってんで反感買って国が立ちゆかなくなると思うけど。

2008-05-25

http://anond.hatelabo.jp/20080525140828

失業率犯罪件数で見ると要するに単に景気が良かったということに他ならないわけだが、ぶっちゃけそれ安倍の力じゃないからな。

単に世界的な景気変動の影響でしかないし、むしろそれに取り残されてすらいた。

日本GDPは9割ぐらい内需。緊縮政策やって景気をさらに悪くした小泉よりは何もしない阿部福田のほうがマシ。小泉のときは世界経済の落ち込みより激しく悪くなってたのは順位どんどん下がったことからもわかるでしょ。

年金問題安倍が責められたのは、問題が発生したことではなく、問題を先送りにしようとしたこと。

今までの政権でも先送りは同じでしょ。だから同じ程度の落ち度といってるんだが。今までの政権が記録漏れたい策してたらおきなかったはずの問題。

年金は制度レベル破綻していることはもう国民にもバレバレなのに、100年大丈夫ですとか、悪いのは窓口の小役人ですので奴らクビにして全部解決しましたとか、「そういう言った瞬間国民に看過される」クオリティ勇者は歴代でもそうそういない。

マクロ経済スライド導入した時点で制度的な破綻はない。低成長や寿命の延びが起きれば自動的に切り下げるから制度は百年でも持つのは本当だよ。

2chなんかで「安倍の業績」みたいな列挙コピペがあったりするけど、グレーゾーン金利なんかも「放置」または「業界の実情に合った制度」にしようとして国民からフルボッコされてやっと撤廃になったり、個別にきちっと見ていくと彼の何もしなさは半端じゃない。

それほどまでに阿部を批判する人が小泉を持ち上げるのが不思議小泉グレーゾーン金利について何かしたの?グレーゾーン金利規制する必要はなかったと思うがそういう高利を利用しないとだめな人を増やした点で小泉経済政策の罪は重いと思う。

彼が首相になれたことそのものが「右翼が必要とされたから」だと思うけど。北朝鮮政策以外に元々何もないでしょ。

小泉も郵政以外何があったのかといいたくならない?

ささいな落ち度どころか、何もしてねーじゃん安倍北朝鮮以外は全力先送り政策。

重大な落ち度を連発し続けた前政権を支えた事のほうが安部の落ち度としては大きいんじゃないかな。

http://anond.hatelabo.jp/20080525135209

今までの政権と比べて明らかに図多ぼろというほどでもなかったはず。失業率とか犯罪件数から見て。年金問題だって今までの積み重ねで問題になってるわけで阿部政権のみってわけでもないし。

失業率犯罪件数で見ると要するに単に景気が良かったということに他ならないわけだが、ぶっちゃけそれ安倍の力じゃないからな。

単に世界的な景気変動の影響でしかないし、むしろそれに取り残されてすらいた。

年金問題安倍が責められたのは、問題が発生したことではなく、問題を先送りにしようとしたこと。

年金は制度レベル破綻していることはもう国民にもバレバレなのに、100年大丈夫ですとか、悪いのは窓口の小役人ですので奴らクビにして全部解決しましたとか、「そういう言った瞬間国民に看過される」クオリティ勇者は歴代でもそうそういない。

2chなんかで「安倍の業績」みたいな列挙コピペがあったりするけど、グレーゾーン金利なんかも「放置」または「業界の実情に合った制度」にしようとして国民からフルボッコされてやっと撤廃になったり、個別にきちっと見ていくと彼の何もしなさは半端じゃない。


右翼が本当に必要とされてるなら今までの政権と同じ程度の落ち度で大敗するはずもない。右翼は必要とされてないからささいな落ち度で負けたと見るのが妥当。

彼が首相になれたことそのものが「右翼が必要とされたから」だと思うけど。北朝鮮政策以外に元々何もないでしょ。

ささいな落ち度どころか、何もしてねーじゃん安倍北朝鮮以外は全力先送り政策。

インパクとか言い出して面白黒歴史を作った森なんかの方がまだよっぽど何かする気概あったわ、バカだったが。

2008-02-19

http://anond.hatelabo.jp/20080219213430

公務員キッチリまとめて叩かれてるな。

世の中には、過労な自衛官官僚もビチクソみたいな地方の小役人も同じにお気楽やってると思ってる人は多い。

2007-08-22

これからの時代は

裁判所をもてあそぶ時代だよ

小役人なんて大声出せばうんこもらすし

殺されるかも知れないだけで判断変えるヒヨコだから

- 転職ならen
- 派遣ならen
 
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