はてなキーワード: 小人とは
小人閑居して不善を為す、だろ。
例の掲示板のとある板に、ホームレスの婆ちゃんをナンパして抱こうっていうキチガイじみたスレがある。
俺は老婆趣味はないんだけど悪趣味だからそのスレを一時期よく読んでた。
そのスレに常駐してる老婆フェチたち(東京都民が多い)がみんな知ってて一度はお手合わせ願ったことがあるというひとりの有名な老女がいた。
東京の上野だか新宿だかにいるらしい、チェリーさんとかいう愛称で呼ばれてる浮浪者の婆さんなんだが、
彼女は老婆フェチの男にナンパされて売春するんだが、フェラはやるがマンコは絶対不可。指入れすら拒否する。
なぜかっていうと小人症で第二次性徴がないからマンコが子供のままで、
見てきた男達に言わせると「穴が見えないくらい小さくて、エンピツも入らないくらいの狭さ。小指だけでも痛がる」んだそうだ。
それでもローションをタップリ付けて羽交い締めにしてギリギリブチブチと押し込んだら激しく出血したがなんとかハメてやった、とか何とか、鬼畜なレイプ武勇伝を語る男すらいた。
勿論彼女がやってること自体売春だし、ホームレスの婆がレイプで泣きついても警察は保護してはくれないだろう。
だから、シーツに大きくシミができるほど流血しても、老婆は泣き寝入りするわけだ。
俺はそれを読んで、ロリコンとか実際のロリレイプ事件とかがいかに罪深いかを想像して慄然としたよ。
だって140センチないくらいっていうと小4~小5だろ。その年齢なら初潮も来てる子と来てない子が半々くらいだろう。初潮が来ててもまだマンコは大人のようには成熟してないと思う。
それくらいの年端も行かない女の子がレイプされる事件はたまにあるし、よく知らないけどジュニアアイドルってそういう年齢の子もモデルになるわけだ。たくさんの男の性の対象になってる。このチンコをメリメリブチブチとぶっ込んでやりたい・・・と、画面の向こうから激しく欲望されているわけだ。
恐ろしい。
罪深い。
先ほど、ATOK月額版を解約し、家中のすべてのPCからアンインストールした。
「ATOKの変換辞書の語彙には、いわゆる不快語・表現などに関する語彙が収録されていない」という事実を知ったためだ。
WikipediaのATOKの項(http://ja.wikipedia.org/wiki/ATOK)にあるように、小人(こびと)や陰唇(いんしん)、あるいは思いつく限り
の差別表現を変換してみればその事実はすぐに確認できると思う。(「陰唇」が不快語・表現にあたるのかは大いに疑問だが)
私はこれまで随分と長い期間ATOKを利用してきたが、変換過程にそのような規制がかけられている、ということには全く気づかなかった。
つまり、私はそのような規制からなんの実害も受けていない、少なくとも意識するレベルではなかった、ということだ。
それは、自分の求めていないものを、他人の思想に基づいて利用させられることに我慢がならなかったからである。
この件に関する、ジャストシステム側の見解が「変換辞書をめぐるFAQ」に記載されている。
(http://www.justsystems.com/jp/tech/atok/dic/faq/03.html)
社会のあるべき人権意識に立脚し、現時点では、原則として(筆者注:他人を不快にさせるような印象を持つことばを)収録しない方針を採用しています。
そしてこの方針には、ジャストシステムの企業としての理念が深く関わっているようである。
(http://www.justsystems.com/jp/tech/atok/dic/faq/03.html)
現在なお差別や偏見が絶えないという厳しい社会的状況を考慮するとき、私たちとしてもその解消のために努めることを使命と考えるものです。
ジャストシステムがどのような企業理念を持つか、というのはあくまで彼らの自由であり、上記の理念について反対するつもりは全くない。
むしろ積極的に応援したい理念だと考えている。しかし私には、変換候補から不快な言葉や差別用語を隠すことが、これらの理念を実現することにつながるとは思えない。
私は、自分のうちこんだローマ字を漢字に変換するためにATOKを購入したのであり、「よのなかをただしくするため」ではない。
彼らがこのような見解に至ったのは、
そうしたことば(筆者注:他人を不快にさせるような印象を持つことば)を変換辞書に収録することにより、故意ではなくても無意識のうちに、あるいは誤変換の形で文書中に挿入されてしまう、という可能性がでてきます。そのような場合、たとえ本人にその気がなくても、結果的にあることばが他者に対し不快感を与えたり、また思わぬところで、差別意識を助長する結果にならない、とは誰にも保証できません。
との理由によるものらしい。(http://www.justsystems.com/jp/tech/atok/dic/faq/03.html)
屁理屈をこねるなら、こうして差別用語を目に触れないように隠すことが、逆に差別意識を助長する結果にならない、とも保証できないのではないだろうか。
良くない物を隠せば全てが解決するのか。
否。良いものとそうでないものを知ったうえで、自分の考える良いものを選択していくことこそが道徳であり、そして人間的な成長だと私は考える。
そしてそれこそが解決に繋がってゆくのだと。
・・・思えば長い付き合いだった。父がどこからかもらってきた一太郎Ver.1で出会ったのだから、かれこれ20年くらいになるはずだ。
それ以来ほぼ毎回新しいバージョンを購入したし、最近も月額版を導入したばかりだった。PC用だけではなく、Palm用やAndroid用も導入した。
卒論を書くときにも使ったし、就職活動用の履歴書や会社の資料やプレゼンテーション原稿も書いた。友達や彼女へのメールも、オンラインゲームのチャットもそうだ。
ノートPCに入れて、いろんな国で使った。嬉しいことも悲しいこともたくさん書いた。
自分がPCを使い続ける限り、いや日本語をデジタル的に利用し続ける限り、ATOKを利用していくのだと思っていた。パートナーだったのだ。
だからこそ、その機能に、根拠に欠ける倫理観のバイアスを掛けられていることが我慢出来ない。
もう君と一緒に文章をつづることはない。
今度転職することになり、
旅行資金にでもしようと失業保険もらいにハローワークいってきた。
なにこれバカじゃないのか。
世の中の不条理をすべてあわせて煮込んだ建物で、
聞く必要のない説明をgdgdと聞かされ。
今日は本を持ってたので何とか我慢して最後の手続きまで付き合ったが、
もう二度と行かない。たかだか150万ぽっちのために
この屈辱に耐えるのは私には無理。
で、むかついたので、やめた会社の同僚に休み時間にあって話したら
「そんなのやめたお前が悪い。
お役所ってのは弱者に対してはとことんエラそうなのが当たり前。
みじめな思いをしたくなければそういう立場にならなければいいだけだろ」で話終わり。
俺が悪いのは認めるにしても
あいつらのダメさ加減を放置するのはまた別の問題だろうと思ったが
まぁ確かに会社やめる予定のないやつに何を言っても通じるまい。
それにしても、
「マジョリティはマイノリティに対して、つまり社会正義に対して無関心。
自分がその立場になってから憤るから世の中を変えられない」
みたいなことを昔本で読んだことがあるけれど、
確かに私がまさにその小人物そのものでちょっと苦笑せざるを得ない。
小人閑居して不善を為すってな。「なにもしない」ことは即ち悪なんだよ。働け。
ネタばれありますよーご注意ください!
じゃ、順番にいくよー
当り前だけどさ、人にものを借りたら、どんな形でもいいから返そうよ。違うのかな。
返さないんだったらさ、人間あっての生活なんだしさ、当然さ、質素に生きろよ。
じゃなきゃ、スピラー的な狩り暮らししようぜ。
スピラーが折角くれようとした、カエルの足見て、気色悪くなってるようなさ、動物としての本来の生き方放棄した、仮ぐらしなんて止めよう!
今回はさ、、宮崎アニメと違って魔法とかなくて人間離れしすぎないお話だよね。
だれかが言ってたけど、アニメって2通りあって、
屋根から落ちたら死ぬタイプのアニメと、死なないタイプのアニメがあるじゃん。前者はサザエさんで、後者は攻殻機動隊とかさ。
この物語は前者だよね。
だから、リアル世界での位置づけって言うか、食物連鎖ピラミッドのどこにアリエッティたちが位置づけされるか、気になっちゃったよ。
人間>たぬき、ねこ>からす>ねずみ、カエル、ごきぶり>アリエッティ>こおろぎ、だんごむし、あり
こんな感じ?
こおろぎとか、だんごむし、群れたアリって結構、貪欲で凶暴だから気を付けた方がいいよ。
ちょっと、俺の話で申し訳ないけどさ、
ちいさいころ、「だれも知らない小さな国」っていうコロボックル(小人)が出てくる本が好きだったの。
人間との共存の難しさとか自然の怖さが描かれててさ、今回も勝手にそんな感じだと思ってたから、
やっぱり捕食関係がぜんぜん描かれていないことに気になったよ。
「君たちは滅びゆく種族なんだよ。君はこの世界にどのくらいの人間がいるか知ってる?67億人だよ」
これはさ、生物多様性の話じゃないよ。
ま、ヤンデレな翔くんだから、ついつい自分より弱い存在に対して、ひどいこと言ってしまったのはわかる。
でもさ、そこで突然「オレ、心臓悪いんだ」っていうオレかわいそうな奴発言は、浅ましくない?
「君はぼくの心臓の一部だ」
あのさ、アリエッティの逞しさ、ほんとに伝わったてたのかな。突然出てきた、その言葉だけじゃわからないんだ。
翔くんの大きな手で、いきなりアリエッティ家のリフォーム始めたよね。
やっぱり、リフォームは、キッチンからなんだ!
あの欲深いというか、あざといママエッティに、「ここが地獄かあああ」って形相にさせるとはね。
親切心が裏目に出ちゃっただけなんだよね、ドールハウス、美しいから。
小人さんにとっては、テラフォームくらいの勢いの、恐怖を与える想像力はあったと思うんだ。
それに、翔くんは知らないかもしれないけど、もともとのキッチン、なかなか使い勝手も良く綺麗で良かったんだ。
リフォームの必要性なかったよね。
とりあえず、脱出はしたし、新しい世界がはじまるんだよね。
でもさ、また、この家であったことと同じこと繰り返すよ。
だって、ただ逃げただけでしょ?
ぜんぜん成長してないじゃん。ママエッティも、パパエッティも。
アリエッティなんかはさ、かなり前向きな女の子だから成長要素なかったじゃん。
アリエッティの軽やかに飛び回る姿、ホッチキスの針の階段、水滴の質感、小人さんの生活を楽しんでみて!という描写がアニメならではで、素晴らしかったよ
ここまで読んでくれてありがとう、まあさ、キャラを掘り下げられなかっただけなんだろうなってのが感想。
鈴木敏夫が言ってた3つのキーワード「静かで、ひっそり、そして質素に」の正反対だった。
あざとく、あさましく、そして浅い
なんかtwitterが何日か前からうまく見られなくて、2ページ目以降が見られない。つまりtwitterの発言ひとつが見られてもその人がそれを発した文脈がよくわからなかったりする。
なのでこれも「どういう流れでこう発言したか」がよくわからないでいるのだが、なにせあまりに意外なのでちょっと驚いた。
自分が重症心身障害児の母親になったとき、自分の受けてきた出産前教育の不備に気がつきました。お産は正常産だけでないという事実に、妊娠出産の時期からできるだけ遠いときに触れることが大切だと思いました。(後略)
子供のころから学校で何人もの「莫迦」を見てきたし、今でも(あまり乗るわけでもない)電車の車内でアナウンスの真似をする「莫迦」はしょっちゅう見る。実際にいるのを知っている以上、精神的な障害でだけ言っても「生まれつきの障害者は結構な数いるのだろうなあ」という想像は簡単にできたし、ちょっと考えを進めれば、「脳という臓器に障害があるものが結構いる」→「脳以外の体の場所、どこかに障害があるものはさらにいるはず」としか考えられない。「お産は正常産だけでないという事実」は、少しでも周りを見て少しでも考えれば、あるのだろうと「絶対にわかってしまうこと」だと思っていた。しかも妊娠中の数ヶ月、「腹の中の子供はどのようなものであるか」は最大といっていい関心事のはずだろう。「お産は正常産だけでないという」可能性は頭をわずかでもよぎらないものなのか。
いや、そもそもこの人の周りには障害者は全然いなかったのだろうか。それとも、簡単にできる類推が「事実はそうでない」と思えるようなことでもあったのだろうか。
ところで、昔は「お産は正常産だけでないという事実」はもっとわかりやすかったはずだ。なにせTVをつけていれば小人プロレスだってやっていたのだから。小人プロレスに文句を言って放送をやめさせた人はおそらく「障害者のため」を思ってそう働きかけたのだろうが、それは回りまわって「障害者の親のため」の、当然あるはずの知識を奪っていたことになる。
誰かを尊敬するよりも、もっと損得を考えて生きよう。
二宮金治郎は、薪を背負いながら本を読んでいた。
学校に銅像があったからといって、舐めてはいけない。
あの銅像は、体よりもむしろ薪が大きく見えるようにつくってある。
ちっちゃいのに、一生懸命がんばってるね? なんて、見くびるにもほどがある。
当時でそれほどとは。現在でも十分通用する巨漢だ。
まさに、神に選ばれし男。
「ファイナンシャル・リタラシー」などと、吹き込まれた呪文をそのまま唱えるやからがいる。
おろかだ。オマエが成功することはない。
あれは、キヨサキ印の「ラットレースゲーム」(ボードゲーム)を売るための、宣伝に過ぎない。
キヨサキのおかげでラットレースから抜け出そうと決心した? バカが。
むりだよ。
キヨサキの本を読まずとも、「ラットレース」が何かはわかるよ。
『チーズはどこへ消えた?』を読めばよい。
成功するためには、ネズミでも小人でもなく、二宮損得にならなければならない。
その条件は、すなわち、
「知力」「体力」「時の運」だ。(配合割合は、2:3:5)
なにより、運のないやつは、まったく成功できない。
損得損得、二宮損得。
その心は明鏡止水。
まさに、神に選ばれし男。
昨日、絶対見るべきだ、という話だったので、遅まきながら映画「第9地区」を見てきた。
思ったより悲惨な話じゃなかったし、近年見た映画の中でも大変面白かったのだが、映画前半で感じたコミュニケーション不全に対する無力感は、そもそものコミュニケーションが成立していない鳩山首相を思い出させた。(もっとも、この世界がそういう物である、というならばそうだろうが)
この映画は、小人物のなけなしの善意による義務感……、友愛が泣かせ所だった。
一瞬だが、他者と心の通じた場面があった訳だ。
主人公が他者を受け入れて、相互に理解しあえた。
おそらく、鳩山首相の中では、日本国民は他者ではなく、自分と一体化(自分の意志=日本の意志という認識)してしまっており、国民は自分の(すばらしい)案を受け入れるだけの存在だと見なしているのではないか?
彼の中では、受け入れるべき他者とは東アジアの人民なのであり、米国は「他者ですらない、装置(システム)のようなもの」と見なしている気がする。
では、小沢氏は何かというと、彼の深層意識に近い存在であって、ほとんど無意識に受け入れており、見えていない気がする。
鳩山首相も、「まともな他者」が出現すれば、彼の友愛したいという欲望も報われるだろうが、果たしてどうなんだろう、永遠の一方的な片思いじゃないかなとも思える。
……というか、こえーよ。引くだろうな、現実的に引いているように見えるし(とてもまともな心理状態とは見なされないだろうから)。
単なる妄想を書いただけである。
コミュニケーションにおける最大の問題はそれが達成されたという幻想
すべてこの世は舞台、男も女もすべて役者に過ぎない。シェイクスピア
君子の交わりは淡きこと水の如し、小人の交わりは甘きこと醴の如し
7 : ペスト・コントロール・オペレーター(長野県):10/07/27 16:27 ID:VXzEcToP
俺も人を信じないけど表面上は信頼してるように見せないと色々面倒だろ
私たちは「一日に平均二回」の嘘をつく(ヴァージニア大学調べ)
建前と本音
たいていの友情は見せかけであり、たいていの恋は愚かさでしかない。
世間の人が友愛と呼んでいるものは、ただの社交、欲望の駆け引き、親切のとりかえっこに過ぎない。
結局自愛が常に何かの得をしようとする一種の取引に過ぎない。
お互い友人だといっても、それを信じるのは愚か者。
この名ほど世間にありふれたものはなく、その実ほど天下にまれなものはない
ラ・フォンテーヌ
友のために死ぬとはさほど大きな困難ではない。
そのために死ぬ価値があるほどの友をみつけるよりは。
「自分の有り余る余裕の中から人に何かをしてあげるのを寛大とは言わない。自分にとって最も一番大事なものを他人に差し上げてしまう事を寛大と言う」
「人を信じるのは良い事だが、人を信じないのはもっと良い事だ。」
恐怖と利益だ。」
「友情も愛情も長くは続かないが、恐怖は長続きする。」
http://anond.hatelabo.jp/20070403031443
小人閑居して不善を為すって諺もあるでな。噛みつく事より噛みつかないことの方が良いなんて観念は、むしろ否定されるべきかもだぜ。