はてなキーワード: 封殺とは
音声合成DTM製品「VOCALOID2 CVシリーズ」の第二弾である「鏡音リン・鏡音レン」を用いて作られた一連の楽曲作品。詳しくは検索。
小説とか漫画とか劇化もされてるようだけどそっちはノータッチなので除外。なんか詳細設定とか山のようにあるらしいけどあくまで元動画とその歌詞に情報源を絞る。
前者はある国で暴政を敷いた愛らしい王女が革命によって倒されるまでのことを歌った歌、後者はその王女に仕えた召使いの視点から同じ一連の出来事を歌ったもの。
YouTubeとかに死ぬほど転がっているのでこの文章を読む人にはできれば聞いといてほしい。ネタバレを含むので。『悪ノ娘』から先に。
英語版ならEnnという人? が歌ってるやつの歌詞が好きだな。情報量が多くて。
身も蓋もない言い方だけど「売れてる」から。
ニコ文化が中高生とかOTAKU中心に大人気とは知ってましたが劇って。コミカライズくらいまではわからんくもないが劇。
ファンとはいえそこまでのめり込むほどか。何がそんなに優れてるっつーかウケてるのだろう、という話です。
「優れてるからウケてるんじゃねーよ」というお話はあるでしょうがまあそこはおく。ぶっちゃけ「優れてない」点はいっぱい挙げられるし。
たとえば物語終盤の交代劇とかバレねーわけねーからね常識的に考えて、とか。
・仮にも国のトップなんだから、立てるならもっとマシな影武者を立てるのが普通というもので、脱がした瞬間バレるようなのに気がつかないとか革命が総崩れしかねない。
いや史上の狂乱というのは往々にしてそういう熱狂が高じてもはや狂気〜みたいな面があんだろうことは否定しないけど、そんなの後世には物好きな歴史家とかにケツの毛までひんむかれるレベルまで分析されるのが当然なんだからさ。恥ずかしい性癖が伝わっちゃってる為政者が今どんだけいると思ってんの。読んでないけど正直小説版にはクビ落としてから替え玉と判った革命軍の偉いさんとか偽史として押し通してきた『召使』側の話を証明しちゃったアマチュア研究家とかが裏で始末されるドロドロとかがきっとあった! と信じている。三次創作。
・本物も見物に戻ってくんなよ。そこでバレたらすべてがガチで水の泡よ。危険すぎるだろ。
…とか、突っ込みどころはとってもたくさんあるわけなんですね。文化ルーツもしっちゃかめっちゃかだとかそもそも歌詞がちょっと拙いとかね。
にも関わらず、絶賛者とかいっぱいいる作品でもあるわけで。合唱とか英語版とかあって再生回数すごいし。
何がそんなに人を酔わせるのかしら。それがロマンスというものなのか。
いやねーだろ。これロマンスじゃないじゃん。中世の騎士物語とかほんのちょっぴり読んだことあるけどコレジャナイ感すごいじゃん。
三大悲劇って言われてるけど悲劇ですらねーだろと言いたい。少なくともwikipedia曰くの古典主義的・新古典主義的「悲劇」では絶対ない。
それでは「これ」は何なのか?
まあアレじゃん。ジェンダー界隈でいう性役割意識がどうこうとかあと男の娘ブームとかなんかそんな。
あとこれ国家の皮をかぶった家庭悲劇なんですよね。一種のセカイ系というか。
このお話は王家に生まれた男女の双子のうち女が王家に残されて(おそらくは凄い抑圧とか受けて)暴君になって、男はどっか養子とか?出されて召使いとして戻ってきたつーことになっていますが、男をイエに残して女はよそに嫁がせるつーのがどっちかというと鉄板ですよねこういうの。
「なんでそんなことになっちゃったの」というのはきっと小説版とかが政治の派閥抗争がどうのとかに絡めて辻褄つけてると思うのでおいといて、「よくこれでウケたな」ってーのをですね。
この作品は基本的にすごいストレスを(受けたくないに決まってるけど)受けなくてはならない人間が見るとツボに来るようにできてるんスね。
よく何かこう、最近の若者は〜的な文脈で、男が女っぽくなっただの女が強いだのと言われますよね。いや印象だけど。自分の観測範囲内の話だけど。観測範囲内でもいい加減下火っていうか言い古されて説得力がアレな言説だけど。
少なくともこの作中ではまさに男がやるようなことを女がやっているわけで、そこんとこのギャップがウケてるっていうのはあると思うの。
鏡音リンってキャラクタ的には妹系ってんですか? 笑顔がかわいくてドジで〜みたいな感じだと思うんだけど、それが女故子ども故の残酷さみたいなのを全力発揮してるあたりのギャップもあると思う。
そう、彼女は良い為政者ではない。聖母聖女は齢14で「お金が足りなくなったなら〜、愚民共から搾り取れ〜♪」なんて言わない。普通の女でも言わない。
彼女はむしろ聖女みたいな女に恋人取られたら相手の国ごと潰して復讐する程度にはやりたい放題の女のコ☆です。
しかもそのレベルの人格破綻者まで「最初は無垢だった、ホントは彼女は悪くない」的な補足が入るわけです。これもウケたツボだろう。
イエのあれこれとか人間関係でむっちゃ我慢とか強いられてるけど正直破裂したい、けど破裂したらあとが面倒だけど破裂したいけどあああああとか思ってる人間にはとてもツボ。
破裂したい人間がなぜ破裂しないかって、破裂すると崩壊するナニカがあるわけで、この王女の話は破裂してナニカを崩壊させてしまったってことなので「ああ、あんな風にならないためにも我慢がんばらなきゃなー」とか、「私がしてきた我慢は正しかった!我慢しなきゃああなってた!ざまあwww」とかいろいろと解釈できて美味しい。
それだけなら単なる破滅劇なんだけれども、これを悲劇にするのが王女と対になる召使いの存在ですね。『悪ノ召使い』は『娘』よりもあとに発表された作品ですが、何千回単位だった再生回数を100万くらいまで押し上げたらしいっす。
「顔の良く似た」召使いは(内緒になってんのか知らんが)召使いってことになってるが王女と双子です。これをまず物凄く突っ込みたい。王家の血縁が人に使われる側に回ることのあり得なさとか。でもまあそれはいい。
召使いは破裂しそうな王女のそばであれこれ世話を焼くわけです。王女の命令なら惚れた相手も暗殺してくる。それくらい自分を殺している。
ある意味王家という枷つけられてる王女と完全に同類なわけですが、召使いはそれほど人格破綻してないというか暴君的な方向に爆発しそうではない。
彼には「王女のため」という大義があるからです。彼が背負っても良かったモノを彼女に背負わしたら歪んでしまった、王女がこんななってるのは彼にも責任がある。
だからその責任を果たすためなら、ほんのちょっぴりの「自分」も捨てられる。盲目的に尽くせる。
完全に「家庭なるもの」の中で板挟みになるガキそのものですね。あとほんのりとした近親愛。これがツボをつく。
オチはもうその最たるものですね。自分を殺して殺して殺して…の召使いは本当に自分を殺してしまう。王女はその代わりに助かる。
要は例えば機能不全気味家庭のお子様らには神話のように美しい物語だということですおわり。
鏡音リン・レンなるソフトは作中やファン間でも双子ってことになってますが公式的には「鏡に映るもうひとりの自分」的な感じではっきり双子ではないらしい。
というのもなんかこう、意味深ですね。
怖ェなーと思うのがこの作品が世界規模ですごい再生回数稼いでるという事実。
機能不全家庭の子どもにばかりウケてるわけじゃねーとは思うが、でも例えば上で述べたような「この身代わりはあり得ねーだろ常考」みたいな意見はたぶん野暮としてブーイング浴びるだろうし、きっと小説版あたりで「そうするしかなかったんだよ…」みたいなことが切々と説かれていたりして要するに反論として封殺されることが明らかなわけです。
実際には例えば召使いの行動として「二人で一緒に逃げる、最後まで王女のそばにいて守り通す」みたいなのがあっても良かったはずだし一昔前なんてそれで逃げ切れなくて死んじゃってーみたいなのが悲劇のテンプレ化してたような時代があった気がするんですが、そうならない。
何というか、すごい絶望的で、しかもその絶望が絶望のまま肯定されて同類間で共有されてる感がする。
そういう方法で絶望が連鎖して伝播しているような感じがするのです。
漫画家のとり・みき氏の言葉(の引用の引用)だけど、こういうのがある。
人が涙を流すのは必ずしも作品の出来とは関係がないのだ、と。
かつて自分が何かに感動した時にできた涙腺回路のようなものが頭の中にはあって、そこにピタリとはまるような場面だの言葉だのを見聞きしてしまうと、涙というのはどうやら自然に流れる仕組みになっているらしいのである。歳をとると涙もろくなるというのは、つまりそういう回路のパターンが増えているからではないか。
個人的にこれは結構ガチだと思っているんだけど、一点だけズレてる部分がある。
ここで書かれてる涙腺回路の起動スイッチである「感動」っていうのが、自分個人に限っていえば何か崇高なものに触れて心を動かされたとかではなくて単純に傷つけられたときのことを指すようになってんのね。
つまりこの文章に則って言うと、自分はある一定の場面とか言葉だのを見聞きしてしまうと自動的に繰り返し繰り返し傷つくようになってしまっている。
恐ろしいことなんだけれどこの「回路」が結構強固で、俺はこいつを潰しておかないと日常生活が送れないっていうレベルでいろいろと不便。具体的にいうとAED講習で実際の救命現場の録音(子どもが突然心停止して倒れたそばで手当てする人とか救急車呼ぶ人とかその子の名前を狂ったみたいな大声で必死で呼び続ける母親の声)聞いたときとか、アレ本当は命が助かる感動的な場面のはず(「とりあえずはもう大丈夫です」まで録音されてたはず)なんだからすごくイイ話だと理屈では思うしわかってるんだけど生々しいやりとりそのものがあまりにもショッキングでしばらく「親子」みたいなキーワードで突然ぼろぼろ泣くようになって本当に困った。もうすぐ一年になる例の津波関連も未だにいろいろな場面でダメージ。直に被災したわけでもないのに。
閑話休題。
だから例えば映画とか小説なんかで「泣ける」みたいのを売りにしてるのは基本見ない。
そういう作品は大体が回路起動ツボを外していて(かつ、他の例えば大爆笑回路の起動とかには結びつかないので)白けるが故に、そしてごく少数の作品は客観化が十分でツボ自体から適切に距離を取れるが故に、涙腺回路起動までに結びつくことは滅多にないんだが、それでも見ない。
何が楽しくてそんな自傷行為をせねばならんねん。
でも例えばナイフは指を切るだろうとかわかるけど、この作品で泣くようになるだろうとか普通は読んだり聞いたりするまではわかんないわけじゃん。
で、『悪ノ』シリーズも回路の起動スイッチになってしまったので、困ったなー。と思っている。前述の録音ほどの威力はないしもうだいぶ整理して削いだんだけども未だに人前ではこの曲聞けねえ。
あの召使いの台詞で泣かねー奴は人じゃねーみたいなコメントが動画についていたりして、それを「気持ちはわかる」と思ってしまう。
気持ちはわかるけど、実際問題召使い馬鹿だし王女も馬鹿でみんな馬鹿すぎて救いようがないと思う。「崇高なものが犠牲になる」みたいな楽しみ方は視点が狭すぎて阿呆だと思う。
いろんな人が感動してファンになって翻訳とかされてるのはわかるけど、作品としては全然優れてないと思うのです。
他の作品と比較してどうとかではなく、あの物語自体にもっと洗練の余地があるということ。
そして洗練されるとたぶんあれは悲劇オチ(と取ってつけたようなハッピーエンド後日談)じゃなくてちゃんと喜劇にもなれたはずだなー、悲劇にしてももっとレベルの高い悲劇になれたはずだなーと思うということです。
「物語の洗練」を。
機能不全家庭の傷なめ的なものでなくて、もっとちゃんと救いとか絶望とかが欲しい。
具体的にいうとこのネタで小説でも書いてそれで旅行のためのおこずかいとか稼いでみたいんだけども、まあおこずかいにならなくてもいいから二度と回路起動スイッチにこのネタで手を触れられる奴がいなくなるように自分でパテを塗っておきたい、そのために小説を練ってみたい、ということでした。
すでにやってる人いるけどねそれ。舞城とかね。でも最近なんか舞城も振るわないっていうか、「その先が欲しいんだけど!」みたいなあたりで止まっちゃってる感するからね。ジョジョノベライズ期待してます。
まずタイトルについて。
まずこれは議論じゃなくて政治の進め方として何だけれど
「1つしかルートを持ってない人が政治をやる」というのは危険過ぎる。
最善ではなくてもプランB,C,Dを考えるまではして欲しい。
橋下さんはまずそれを考える手間をちゃんとかけたのか、と問いただすと「文句があるなら代替案を出せ」という人がいる。
「より良い改善案」が提示できるって事は、とうぜん現場をきちんと把握してる必要があるだろう。
机上の空論などではなくね。
改善案が理想論なのは全然許せるが、「問題も対案も空論」では話にならない、「問題も対案もきちんと判っています」と言えなければダメだろう。
「現場を知らない」程度で封殺されるなんて、お粗末も良い所だ。
絶大な自信で「私は把握している」と返答できなきゃダメ
代替案は別に最善でなくても良い。今の案の問題点を検討するきっかけになるだけでも価値がある。
「ダイタイアンガー」という人の難点は、ろくに考えてない奴に限って行動が大事とか言い出すこと。
こういう人は、最初は威勢はいいのだが、一度行き詰まると急速に失速する。いろんなルートを考慮していないから。
そして、この時に自らの正当性を維持しようとして強権政治になる危険が高い。これは歴史的に何度も繰り返されてきた。
こういうのは非常に困るんですよ。
「もっと良い案を出せないのに何が教授だ」「代替案出せなかったんだから教授の負けだろ」と言いたい人の気持はわかる。
でもそうじゃないんだよね。少なくとも、そういう返答を真剣に求めているなら、
橋下さんはあのテレビ番組じゃなく別の場を要求すべきだった。いや、どうせわかっててやってるんだろうけど。
最初からその返答をまともに出せないような場を作っておいて、ちゃんとした返答ができないからオレの勝ちってのはインチキなんだよ。
だから結論部分だけパッというと「じゃあもっといい改善案出せよ」「ダイタイアンガー」になっちゃう。
ただ、教授側にも言い分はある。
まず相手がどこまで論理的な土台があるかを把握・合意した上でないと、どう意見を出していいのかわからない。
まどろっこしいと思うかもしれないけれど、アカデミズムってのはそういうやり方で成り立ってるんだ。
橋下徹さんみたいに、自分の意見を主張して受け取り方は相手に任せるってやり方じゃないんだよ。
それを橋下徹さんみたいに、話すそばから自分と関係ない土台で話をする。話をきくという態度が全くない、では
意見をだそうにも出しようがないんだよね。
池上彰さんみたいにわかりやすく話せる人もいるじゃないかと思うかもしれないけれど、
あの人は、自分の意見を言わないよね。彼は自分の主張を持たず、誰かがいった過去の話をわかりやすく整理するだけだからああやってスマートに話せる。
でも学者から意見を求めるなら、もっと時間をかけて聞かないと駄目だ。
ワイドショーの20分程度の枠で、しかも橋下徹さんが10分以上も喋って、と企画の時点で失敗している。
政治の世界、テレビの世界ってのはそういうやり方は通用しないぞっていう言い分はわからないでもないんだけれど、
じゃあ、彼は「アカデミズムのやり方には対応する能力も時間も無いので無視します。私以外のものに勉強させます」という態度を取るのが誠実だと思う。
今みたいに、相手が意見を述べる前提すら受け入れずに、言いたいことだけ言って、論破しましたってパフォーマンスはプロレスより悪質。
仮にも学者を呼びつけておいて、あの態度というのは、反知性主義の極みというしかないかな、と。(あーでもそれがますます指示に結びつくのかなー)
橋下徹さんが本当の意味で相手を論破したいなら、フジテレビBSのプライムニュースやUSTREAMの時間無制限方式でやるしかない。
とりあず爆笑問題の各教授に話を聞きに行く、みたいな番組のようにひと通り相手の思考プロセスを追った上で、そのプロセスに反論スべきだ。
自分の土俵で勝っても論破したとは言わない・・・のだけれどね。まぁ言ってもしょうがない。
とりあえず今回の放送でよくわかったのは、橋下徹さんは人の話を全く聞くつもりは全くなく、
反対派は力づくで、あるいは今回のようにイカサマをやってでも潰すという姿勢の持ち主だということ。非常に恐ろしい。
いや、まぁそれもささいなことだ。政治家ってのはもともと教養がない人種だからね。実学しか認めない人たちだからそこは期待しない。
それより私が心配しているのは、別に巷の学者の声なんかいちいち相手しなくてもいいけど、
とにかく最低でも一人は、ちゃんと理論を踏まえて、じっくり考えて意見を彼にアドバイス出来る人がいるのか、ということ。
「いかに相手の教授がヘボであるか」をいくら主張しても、橋下さん自身のアイデアが良くなるわけじゃない。
「学者の意見」や「代替案」を封じ込めて、代替案がないことをもって自分を正当化しても、橋下さんの考えが間違ってたら結局上手くいかないんだ。
上手くいかないものを、独裁という形で無理やりうまく行かせようとすると、最悪の結果しか生まない。
橋下さん自身が考えなくてもいい、むしろ彼は強く偏ったイデオロギーの持ち主だから自分の頭で全部考えようとしないほうがいい。
方向性を決めて、いいアイデアを求めて、それを判断すればいい。
ただ、今のところ、彼の実績を見ていると、
コスト削減に躍起になってるだけ、実学以外を軽視し、目立ちやすいところにはどんどん手をつけるが全体を見通す目がない、という印象を持つ。
これは橋下さんが自分で考えちゃってるってことなんじゃないかな、と。
別に彼がクソ教授だと思う人の相手はしなくていい。でも、嫌いな相手をあきらかにするのと同じくらい、彼が正しいと思っているものを
今までがダメで、改善案として区長への権限強化を謳ってるのに、反対した挙句その対案が「今までで良い」って、きちんとした理由なしでは成立しないでしょ?
その理由は「区長に権限与えるとダメになるから」ではなくて、「今までのやり方でも上手く改善できるから」でなければならない。
であれば、「改善案がダメ」って攻撃(これは明らかに相手への攻撃)ではなく、より良い改善案を逆に提示しなけりゃいけなかった。
それを、いきなり攻撃から始めるから、あんなお粗末な姿を晒す羽目になる。
「より良い改善案」が提示できるって事は、とうぜん現場をきちんと把握してる必要があるだろう。
机上の空論などではなくね。
改善案が理想論なのは全然許せるが、「問題も対案も空論」では話にならない、「問題も対案もきちんと判っています」と言えなければダメだろう。
「現場を知らない」程度で封殺されるなんて、お粗末も良い所だ。
絶大な自信で「私は把握している」と返答できなきゃダメだろう。
前記事
http://anond.hatelabo.jp/20120108211250
一応、真面目にちゃんと反応してくれた人もいるので、もう少し突っ込んだ話を。
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/28694
自分も先の記事は内田先生のこの記事と概ね同じ感覚で書いたつもりなんですが、「呪い」と表現するとはさすが巧いなぁと思うんですが、結局、これは過去と比べて人がそのように攻撃的に変わった、という話ではなくて、ツールの出現によって人のどうしようもない部分が顕在化され、増長されている、ということなわけで、本来はツールによってコントロールして抑制されて然るべきだと思うんですよ。人を罵ったり、嫌味な人間が悔い改めていきなり消えるわけないですからね。ありがたい説法も馬耳東風であります。
こういったネガコメというか罵倒や中傷への対応については、4~5年前からはてなは度々指摘され、はてなが抱える課題であったはずなんですが、はてなはやる気がなかったのか、まったく効果的な解決策を見出せなかったんですね。もちろん、コメントの非公開であるとか、はてなスターであるとかで対応しようとしたんですが、如何せん効果がなかった。そりゃそうです。匿名ならまだしも、投票した側のidがわかるスターなんて使う人はヘビーユーザーに限定されます。すでに腐りかけているところに記名制の投票制度なんか設けても、大きな流れを変えるような発言は封殺され、内容そっちのけで内輪の笑いを取りにいくだけです。まともな批判であればいいんですが、それすら目立たなくなってしまうんですね。
こうなってしまうと、良識ある企業なんかは、自社のページにはてブのボタンなんか置くはずがないんですよ。現に自分が仕事で制作した企業サイトには、いいね!ボタンとツイートボタン、mixiチェックは置いても、はてブボタンなんか置いたことないです。そしてどんどん日陰者になっていってしまう。別に2chを目指すのであれば、それでいいんでしょうが、はてなの目指すところはそこだったの?ということを言いたかったわけです。
次記事
横だが。
封殺になってないよん。
「ウェイトトレーニングをしてない」ことも、「接客業をやらないでいる」ことも、社会的には普通な事象で、何も問題ない。
裏を返すと「接客業やってれば、あの程度我慢できるよね」と言う話だけど、これが圧力足り得るのは、「接客業をやった人」で、その人らは「そんなことない、これは圧力だぁ」って言って良い。
別の話として。
この例を大元に充てるとすると、「子供の歌声」が「エレベータすら設置しない行政」とイコールになるよね。
そして、歌声が我慢できないつぶやき主は、ベビーカーもちの子連れ母親。
本当にそう思ってるの?
とすると、子供の歌を放置する親には、公共施設をバリアフリーにしないのと同じような、市民からの要請(圧力)がかかっているんだ?
大変だね、子育て。
どんどん狭いとこに逃げ込んでいってません?
「ぼくと結婚してくれませんか」。
飲食業の例えやウエイトトレーニングの例えがシバキあげ主義になっているのは
「提案だから」ではなく
そこまでわかるように考えて例を作っています。
でないとこうやって1から10まで説明しなきゃいけなくて面倒くさいです。
でこの内容自体は強制されない限り何の問題も無い(言うだけならいくらでも、死ねみたいな命令文では形式上無いわけだし)のだが。
何か問題でも?
・・・。
問題があるないという話もあなたが持ち出した事で、
私は寛容さを求める論調の場でよく読むとシバキあげ主義そのものの論法が猛威を振るっている事について
違和感を表明したうえで「つまりどっちがやりたいの?」という疑問を発しました。
また余談に付き合えば、
「問題がない」と言うのは本気でしょうか。
さっきの例で言えば
「ベビーカーもちの子連れ母親です、エレベーターがない駅の長い階段は本当に辛いんです」
という訴えに
「ウエイトトレーニングをオシシメ(提案)。」
母親はもちろん、提案されたウエイトトレーニングを居する自由がありますが
問題はそこでしょうか?
資本論の前に、経済学の基礎くらいを学び直した方が良いと思うぞ。
恋人というか婚姻のシステムは、女性を起点として他のコミュニティと経済的な取引をできるようにする、信用を売ったり買ったりする取引だ。
男女の中を契約によって縛る事で、失う事によるリスクを顕在化させ、あらゆる取引においての「逃げる」ような手段を封殺するために考えられたシステムだぞ。
例えば、トヨタの娘とホンダの男が結婚すれば、ホンダの男にはトヨタの仕事を受けても大丈夫そうな信頼がつくだろう。仕事だけ受けて嫁を捨てたら? 言わずともわかるだろうさ。そゆこと。これで、近親間の婚約が禁止されている理由にも想像が付くよな。
ま、嫁単体を資本として考えてるお前さんはまだまだ腋がスイートだねってことさ。
恋人と結婚は違うと言いたいかもしれないが、本質的には一緒でないといけないものだぞ。恋人の間では完全な信用が保証されていなければならないのに、それを一時的なものと仮定するパラダイムは、逆に自分が信用を裏切ることを前提としちまっている。契約破棄することを前提に契約するとか、経営側の観点からすれば論外だろ? だから違約金とかつけて縛ろうとするのに。そういう意味でいうなら、縛られてない恋愛は、ごっこ遊びにちかいんじゃね?
http://anond.hatelabo.jp/20110907100442
だってアンタあのブログ記事読んで出てきた感想が「これは言い訳、浸ってるだけ」なんでしょ?
この辺の区別がついてればあの記事に「言い訳」判定はないよ。
だってブログ記事の内容は言い訳じゃないじゃん。実際に親に否定されてきたんじゃん。具体的に書いてあるっしょ。
っていうかここに書いてあったしw
http://anond.hatelabo.jp/20110906051946
つまり「自分の人生が上手く行かないのは、親に愛されていないから」と言い出した時点で、どんな人間であっても
で、他の部分は異論ないんだ?w
ブログ記事自体が「被害者意識に浸ってる人」って決めつけてるってこととか、なぜ「浸ってる人」と言えるのかについては、「何故なら増田自身が学生時代に浸っていたから」wってのは。
個人的にそっちフォローした方がいいと思うけど。
いや、大した話でしょ。批判が差別と言うレッテルで封殺された結果どうなったかを言っているんだから。
人種差別主義者が関与していないとは言えない?そんなの当たり前でしょ。最低でも5000人はいるんだからいろいろな思惑があって当たり前。
捕鯨反対運動の中にもレイシストがいるのは確かだし、イスラム批判の中にもイスラム蔑視があるのは確かでしょうに。
イラク戦争への批判に中にだって単なる反米主義者が乗っかっていたこともあり得るよね。
それは何だってどちらの方向だってそうなんだってことを言っているんだけどね。
あなただって、韓国至上主義、コリアンエスノセントリズムの立場から言っているに過ぎないってラベリングされちゃうよ。反「反韓流」の中にはそういう立場の人もいるのは確かなんだから。
そんな別に相手の内心を憶測してもしょうがないだろって話、証明可能性がもともとないんだからね。
対して、韓流推しの実態があったかなかったか、そこにいかなるカネの動きがあったのか、韓国について公正な報道がなされているか、これらは事実を一つ一つ確認していけばわかる話だ。
それをしないで、あるいはそれをしている人にまともに反論しないで、敵認定しているだけだから、意見がどうだという以前にはてなサヨクの言論はレベルが低いっていうのよ。
しかしあなたもすごいよね(笑)。それだけ長文書いているのに中身はなんにもないってのはね(笑)。これは一種の技術だね(笑)。
http://anond.hatelabo.jp/20110813021554
ネガティブ発言よりポジティブ発言のほうが幸せになれます。少なくともその場は。そしてポジティブ発言をする人は幸せになりやすい。これも真実。ポジティブな人は幸せになれる。彼らは幸せを発見するのがうまく、現状を見捨てて良さそうな世界に乗り移るのがうまい。幸せになれない人たちは見捨てて幸せになろう。
人間には二種類いる。真実に重きを置く人と、あるべき未来に重きを置く人。いや、両方があるべき未来を思っているのだが、そのやり方が違うと言うべきか。
ネガティブなことは往々にして真実である。それを改善することにより、よりよい未来へたどり着ける。ポジティブ教の人たちはそれを否定する。ネガティブな真実に目をつむり反省しない。「改善点がわかる建設的な状態」になるまで発言しない。改善点が無い場合はどうするか?それを見ないふりをする。その圧力が「ネガティブなことを言ってはいけない」運動である。
ポジティブ教の人たちもネガティブな真実に気づいてはいる。気づいていて、言いたい。気づいているが言えない。言いたいが言えない。なぜならそれはポジティブではないから。ネガティブな発言をしてしまうと身がケガレてしまうから。
だからその抑圧がネガティブ発言をしている人たちを封殺する。気づいているんだけど言わないだけなんだよどうしようもないだろそんな不都合な真実には目をつぶれよ圧力である。
ネガティブ野郎はそのことに気づいている。自分もポジティブな発言ばかりしていたいのに、でもこの要素が改善されなければ正しい未来にたどり着けないだろう?そういう願いを込めてネガティブな発言をする。真実から目をそらすな。現実から目をそらすな。かわいそうな人たちを見捨てるな。
見捨てて乗り移った方が幸せになれることに、ネガティブ野郎も気づいている。気づいているが見捨てられない。それは現状に依存する諸々を幸せにしたいからであり、乗り移る勇気がないからでもある。
だからその抑圧がポジティブ発言にいらだちを覚える。おまえらはどうして真実を見ないのか。
これが争いの原因だと思います。
「世界の素晴らしさをふれ回る」をされたところで「はいはいいつもの不都合な真実から目をそらす活動ですね釣られません」になるだけなので全然効果ないと思います。両方疲れるだけ。「世界の素晴らしさを体験させてあげる」レベルの力のいれ具合じゃないと変わりません。
好きなものをその時々に応じて「価値がある」とか「美しい」とか「建設的だ」とか自分勝手に賞賛する
…いやごめん、それは憶測かもしれん。
でも高確率で人は好きなものを自分の周りに置こうとしたり、追い求めたりする。
わざわざ自分の嫌いな曲を集めて聴く人なんてまずいないし、
苦手な人と付き合うという人も…いるかもしれないけど苦痛だと感じているかもしれない。
(自分が何かを嫌うという「対象への嫌悪」それ自体を好む人はいると思うし、実際にいる)。
ネガティブな発言は人を不幸の方向に導く。
不幸せになりたい人なんてのはほとんどいなくて、みんな自分が幸せになりたくて必死だというのが現状だ。
金がほしいし、
恋人がほしいし、
仕事したくないし、
気ぃ遣うの疲れたし、
時間がほしいし、
休みたいし、
あのボケナスの脊髄ひっこぬいてフニャフニャにしたろかっておもうし、
あー遠いなー 幸せって。
だからまあ、どこの誰かも知らん人のネガティブ発言を聞いてるヒマなんかこれっぽっちもない。
ストレスばっかりたまっていく。
もうちょっと説得力のあるというか、全体の最大幸福のための話だと、
要するにネガティブな発言を吐いても、主体も客体もだれも幸せにならない。
(私はいいけど)他の人が迷惑するからやめろ、という感じで主語が大きくなる。
ネクラではない「明日が楽しみな人たち」は、自分が幸せだと周りも幸せになるということを知っている。
その逆の発想で自分の不幸を拡散すれば周りも不幸になってしまうじゃないかとかなり注意勧告される。
更に明日が楽しみじゃない人たちにとってもこの説はけっこう支持される。
糾弾されるのはネクラでネガティブ発言をやめられない人たちだけになってしまった。
(ベテランのネクラになると自分をネガティブな気持ちに落としこむことですら快感になったりする。
それでもネガティブな発言をする人はあとからあとからどんどん増えていく。
仕事場や学校でたまるストレスを愚痴として発散するのと似ている。
みんな人生という仕事場でたまったうっぷんをちょっとでもごまかしたくてネガティブ発言をする。
「イヤなら見るな」と言われてもムリだ。
あーじゃあ、そういうネクラな人の心理状態を鑑みて、慎重になってネガティブ発言は見逃してあげるべきなんだろうか?
友だちのグチを聞いてあげることは許して、ほかの人のグチは聞かないし許さないだなんて不公平なのかも?
そんな誰かが割を食うような解決方法はイヤだなあ。
ネクラな人だって「我慢してやってんねんぞ」みたいな態度を感じると気ぃ悪いわ。
できればwin-winの関係がいい。
もうちょい考えを深めてみよう。
論争が起こることのそもそもの疑問が二つある。
ネクラな人たちにとってこの世界は、悲しみとか怒りとか醜さとか無意味とか悪に溢れているように見える。
しかし、もっと冷静になって考えるとそれは世界の一側面でしかないことに気付く。
ネクラな人たちが見る世界と同じくらい、そこには楽しみとか喜びとか美くしさとか価値とか善がある。
実際、自分を劣悪な環境に置いていれば、どんどんネガティブになっていくけれど、
ちょっと笑える話を聞いたり、
お酒を飲んだり、
気の置けない友だちと話したり、
引越ししたり、
仕事をやめたりするだけで、なんかちょっと楽しくなる。
環境の改善する度合いが高ければ高いほど(つまり劣悪な環境から離れれば離れるほど)、
(世界が変わるのを期待して待っていても、その前に狂うか死んでしまうかもしれない、
もっと悲惨なのは、より悪い方に世界が変わっていくかもしれないということだ)。
ぼくの書いたことがもし正しいとすれば、ネガティブな発言を我慢するだけでない、もう一つの道が見えてくる。
世界のことをよく知っている人がいるならば、この世界はどうしようもないと思っている人に向かって
と教えてあげることである。
これがやはり根本的な解決となる。
できれば言葉で教えるだけでなく、一緒に楽しいことをするといい。
言葉による理論ではなく体験による感動で理解してもらうといいんじゃないかな。
人にはその避けがたい特性があるから、誰か忍耐強い人が世界の素晴らしさを説く前にケンカが起こってしまうのだ、
たぶんね。
しかし、だからといって個人的には「対象が嫌いだ」という感情を封殺してしまいたくはない。
人はなるべく朗らかに、全てを愛する博愛主義者のように生きたほうがいいんだろうか?
そんなせまっ苦しい考え方のために人が生きているとは思えないし思いたくない。
人はもっともっと多様な価値観や考え方を持っていいと思う。
ニューギニアの島では弔いの儀式として食人の文化があった気がする。
今はない?
かならずしも弔いのために用いられた儀式ではない?
それを野蛮で邪悪な悪習だと言えるのは現地人でない人だけである。
アフリカの牧畜民ヌアのコミュニティでは、不妊の妻にかわって姉妹が夫の子を生んだり、
またその逆や、あるいは夫が子を持つ前に死ぬと兄弟が亡兄の妻との間に子を作ることがある。
前者の場合は夫の子であり、後者の場合は弟の精子で宿った命でも、亡き兄の子どもということになる。
この社会でいう夫とは、彼らの生業手段である蓄牛を婚資として支払ったものだ。
日本では親子関係は血のつながりなんだけど、彼らは牛のつながりであって、
ぼくらは彼らをバカにする時、彼らはぼくらをバカにするのだ。
「血のつながりってwwwwwつながってるわけないやろwwwwww」
ある事象に価値があるとかないとかって判断してしまうのは多くの場合、
特定のコミュニティ内でしか成立しない狭い考え方による独断と偏見でしかないのかも。
あれ?ちょっとまてよ…。
ぼくさっき”個人的には「対象が嫌いだ」という感情は封殺してしまいたくない”と書いたよねえ?
んで、
今その理由を書いたよねえ。世界にはいろんな価値観を持った人がいて、
それを認め合っていいんじゃねーの?みたいな。
「みんなちがってみんないい」論法。
でもちょっとまって。
ネガティブな発言をする人は、世界を(あるいは自分を)嫌悪している。
バーロー「あれれー?どっちの人たちも{きらい}って感情は同じだねー。」
そうなのだ。
ネガティブな発言というのはポジティブな感情ではない。絶望とか嫌悪感の表出なのである。
ネガティブ発言を許せないという人は「○○が嫌いだと、人が言うことは嫌いだ」と言っている。
これはなんともバカバカしい話だ。
自分の嫌いは認められても、他人の嫌いは認められないと言っているのだから。
ぼくは個人的にはみんなちがってみんないいと思ってるんやけど、
その前提が成り立つことを許してもらえるなら、
「自分の嫌いを認めるなら、他人の嫌いも認めていいんじゃないか?」
ってことになる。
そうじゃないと「ネガティブ発言やめろ!」と言うたびに自分のクビを絞めてることになる。
ブーメランが飛んですぐに返ってきてる。「あんたがやめろよ…」と。
このバカバカしさは「ネガティブ発言をするな」という注意喚起のけっこうな抑止力になるかもしれない。
わーい!ぼくらは誰のことを嫌いと言ってもいいんだぞー!
○○のバカヤロー!!必死に走って間に合わずに目の前で電車のドアが閉まってしまえー!!!
というわけで
これでみんなハッピー?かな?
間違ってるかなあこれ?
2つ目は若干強引な感じもするから、もっといい方法あったら教えてほしいな~◎
ここまで読んでくれてありがとうございました。
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追記
現段階で寄せられたコメントにできる限り返答していきたいと思います。
どうしても批判のほうに目がいってしまって精神的にキツいです。
お前が一番ネガティブなんじゃね?って誰か突っ込んであげるべきだと思うの
ぼくはたぶんネガティブなんだと思います。ポジティブそうに見える書き方になっていますが、
ネガティブさを排斥しようとする状況が見るに耐えられないのです。
せめて「死にたい」ぐらいは言わせてほしいのです。ほんとに死なないために。
そういう人がたくさんいると思うんです。たぶん。
殺したくないんです。
ごめんなさい。生きててすいません。
生きてるんじゃなくてまだ死んでないだけのような気がしています。
ぼくはあなたのような人と共に生きたい。許しあいたい。強い人が怖い。
よかったらぼくのブログを読んでください。
http://d.hatena.ne.jp/yukkun1986/
新人の頃、意識的なマイナス思考が仕事には重要だと教わった。物事のいい面よりも隠れた危険性を常に考えろという「かもしれない運転」的なやり方
建設的なマイナス思考ですか。たしかにそれはいいのかもしれないですね。
未来という不確定性を検証するための思考はプラス・マイナス関わりなく可能性の一つとして考える余地があるのかもしれない。
ぼくはなんの役にも立たない(かもしれない)マイナス思考も封殺したくない。
あとでよむ
お願いします。
そうだね~、「いけない」ていう義務的じゃなくって、「いいたくないなぁ」ってね、うん。
誰も傷つけたくないのですが、それよりも自分が傷つくことのほうが怖かったりします。
これに関して自分は結論がまだない
ぼくもたくさんの意見をいただいて、
これで終わりにすべきではないと思いました。
そうなんです。相手の気持ちを考えることができれば、ぼくらは少しは寄り添えると思います。
問題は、双方にその余裕があるのかということです。
個人的にはぼくたちはもうちょっと相手を褒めたり、甘やかしてもいいんじゃないかと思います。
もうこれ以上人が病んでいくのは、堕ちていくのは耐えられない。
結論は俺も同じ考え。
現状が少しでもラクになればいいんです。
死ねばラクになれる、みんながもっと優しくなってもきっとラクになれる。
ぼくはどうせなら後者のほうがいい。
わーい。ネガティブ発言してもいいんだー(違)
ぼくはそれを咎めません。咎められません。
でも彼らを嫌いになれないのです。
ぼくがもうちょっと社会的に弱い立場だったら、
その立場を利用して言い返すこともできたのに、だなんて
【一番いけないのは、お腹が空いていることと、一人でいること】という話。
どこかで泣いている人がいたら、笑わせるんじゃなくて
バーローww
ちょっと悪ノリが過ぎたかも知れません。
でもあなたが喜んでくれるなら、それはよかった。
注意喚起くらいなら別にいいよ。強制力もないし、カウンターできるし。ポジであれネガであれ、みんなで同じ方向向いてるのが一番キモい
カウンターできません。
ぼくが正しいとか間違ってないなどとは思えないのです。
ちきりんさんが最近おすすめしていた「若者殺しの時代」という本の中では
バブル経済のことを「国中上げて間違ったことはやってないだろうと思っていたのだ。」と表現していました。
ぼくが合ってるとも思えませんが、じゃあ世の中の望むべく方向が合っているのかと考えると、
ポジティブ思考のイケイケで日本は負けただろwww / 「文句言う前に努力しろ」の一言で様々なデモが潰れちゃってるんだよね、それ一番言われてるから。
ぼくはネガティブで、基本的にネクラだと思います(たまにはポジティブにもなりますが)。
「文句言う前に努力しろ」の一言でいったい何人が死んでいるのだろうと思うと、ほんとうに恐ろしい。
暗い人は四六時中年中無休で暗いわけではなく、暗いことを言う確率が高いのでは。明るい人も同様。10回会って7回暗かったら70%の暗い人確率/キャラってやつなのかしら
そうだと思います。
ネガティブな発言が少しでもその人の気を紛らわせることができているのなら、
それでまだ死なないでいてくれるなら、死んでしまうよりははるかにマシだと思います。
ネガティブな発言をしている人間はネガティブ志向と解釈してしまう時点で説得力が無い。ネガティブな事をいう奴は人生を面白がっている奴も多い。ポジティブバカのように人生を楽しもうとはしてないかもしれないが。
これはたしかにそうだと思います。ネガティブ発言を風刺漫画のようにコメディに昇華する人はいると思います
(その喩えが適切かどうかはわかりません)。
読みにくいけど、今抱えてる問題意識に近かったので読んだ/かくして、「そんなネガティブ発言してると、世間からうざいやつだと思われちゃうよ」という太宰メソッドで注意勧告する羽目になって自己嫌悪するわけよ。
人間失格にある
(それは世間が、ゆるさない)
(世間じゃない。あなたが、ゆるさないのでしょう?)
(そんな事をすると、世間からひどいめに逢うぞ)
(世間じゃない。あなたでしょう?)
自己嫌悪するしかないほど逃げ場がありません。もう首を絞めつくしました。
ぼくはそれをどうにかしたい。
何かを貶める発言をするなら逆の考えの人達から反感を買うくらいは覚悟してないとそれは甘え。反感を買ってでもする意義があると思う発言だけすればいい。
甘えたいです。ごめんなさい。
ほんとは人をイヤな気持ちにさせたくないです。ごめんなさい。
自分にウソをついて「大丈夫です」と言う度に、自分が嫌いになっていく。
皆でネガティブ言い合って皆でそれを嫌い合う。それが公平なのかも。どちらかが我慢するのはどうかな?/寛容さは大切だと思うけど。。
例えば、学校でデブな同級生に向かって「やーいデブ」と悪態をついて、
ひるんだり、へこんだりせずに「デブで悪かったな!」と言い返せることが対等で良い関係を作るのかもしれません。
乙武さんはそういうことをやっているので、みんなが彼のように強くなれればいいなと思いますが、現実はそうはいかないですね。
メンタルの弱い人に救済を。
あなたは素晴らしい人だと思います。あなたのような人が救いになるんじゃないかと思います。
出家するべき
今も思っています。
「ネガティブ発言を許せないという人は「○○が嫌いだと、人が言うことは嫌いだ」と言っている。これはなんともバカバカしい話だ。」…「フジテレビが嫌いだと、人が言うことは嫌いだ」と言っている人は多いね。
誰のこともあまり嫌いになれない(苦手な人はいます)ので、嫌いだと言ってる人に遭遇すると混乱してしまいます。
長期的な幸せを望みます。それと同時に短期的な不幸・死の連鎖を止めたい。
それらが同時にこなせたらどんなにいいだろうか。
何が間違っているのかぜひ教えていただきたい。
前にポジティブシンキングだかの企業が倒産したような。見えてる世界で綺麗醜いを言うことはプラスマイナスはないのかな。それをどう思って聞くか言うかでかわるのかな。
解釈の違いで人の反応は変わるかもしれません。
そういう人たちは怖いですが、ぼくには彼らを叱りつける権利がない。
しかし、気に入らないという思いが誰かを殺しているのかもしれないならば、
ぼくはこのケンカをやめさせたい。
ぼくもそう思います。
もし、将来ネガティブにならざるを得ない状況がひっくり返ったとしたら(つまり誰もが「明日が楽しみな人」になったら)、
根本的な解決になるかもしれませんが、その分ネガティブ発言への風当たりの厳しさは増すだろうと憶測します。
だから、やっぱり「それでいい」ということにしたい。
ぼくはもっともっと慎重になりたい。
間違ったことをしたくない。だから、
駐車場の整理係を日本人がやっている素晴らしさがわかりますか? 「120万人の移民」に脅えるドイツの実情
| 川口マーン惠美「シュトゥットガルト通信」 | 現代ビジネス [講談社]
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/4642
これについて
ちょっと突っ込みたい。
移民が駐車場の整理係をしていて悪いことはない、ダメなのは単純労働者を食えなくすることだ。
2011/05/13
人気1位のコメント。
実に良識的で、一見正しい。
パーツごとに読めば正しい。
それは当然だ。
この良識性、「外国人差別しません」「職業選択の自由尊重」のタダシサは揺るがしがたいものがある。
が。
「移民ならば労働力の買い叩きに応えられるから」に他ならない。
生活保護受給者以下の生活に耐えても、
移民を増やし、
単純労働者は全体に確実に今よりずっと「食えなく」なっている。
この自明の繋がりを無視して
「移民がどんな職についても悪くない」「差別反対」なんて断片的レベルに落とし込んで話を誤魔化す。
これは欺瞞としか言いようが無い。
aozora21さんも、この人に星をつけてる人も、欺瞞に気づかないような知性の人ではないと思うので、
これは意図的な不誠実だ。
単純労働者を保護したいなら、飽和している労働力をさらに輸入するような無計画なことを控えるのが一番良い。
hobbling
低機能とか移民を差別する国に優秀な移民は絶対来ません。移民を奴隷ではなく共に生きる同朋として日本人と同じ権利を与えるのなら移民賛成。
2011/05/13
☆はひとつだが、
”一見いいこと言ってるけど意味不明”コメントの良い例なので挙げる。
「高機能」な移民にとっては良い職場で、むしろ能力を精査してくれないほうが困る筈だ。
つまり、この人の指摘は本件からずれている上に間違っている。
(ずれていようが間違っていようが「差別反対」調であれば星を受けるのははてなの悪い点)
日本人と同じ扱い・同じ給与を与えるなら大量移民は日本に必要ない。
charliecgo 差別
この名前からしてドイツへの移民らしき筆者がトルコ系移民を差別する構図がたまらんですな。名誉白人?
2011/05/13
相手の名前に目をつけながら「差別」しか言わずに言い分を封殺しようとする。
複雑さに欠け、論ずるに及ばない。
私に言わせればこの人の物言いからも濃厚な差別の匂いがするが。
(「この苗字は在日だろw」で済ませて言い分に取り合わないようなやり口と同一なのは誰の目にも明らかだ。)
hatoken
2011/05/13
こういう同類も多数。
ほかにもゴロゴロいる、職業や経歴や年齢や女性であることに汚い侮蔑を剥き出しにしながら彼女の「差別」を非難する人達は全員脳の病院にいけ。
\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\
1と2は「話をそらして反撃したい」という、所作の共通点がある。
さらに言えば、そういう所作を選んだ動機も共通しているように見える。
つまりこの人達は
社会で影響力のある悪辣な移民推進論者とは別の、もう一方の移民推進論者なのだ。
後者の彼等は、前者のように「移民を奴隷扱いしたい」という邪悪な考えは持たない。
儲けの代わりの動機はイデオロギーであり、
「差別反対」
という概念が彼らを突き動かしている。
イデオロギーは自由だが、
彼等がその実現のために大量移民推進を選ぶのは非常に無責任で短絡的と言わざるを得ない。
「移民の奴隷労働、労働力の買い叩き、先住単純労働者の搾取激化、社会保障払底、
という必ず起こる弱者直撃の悲惨に、気付いていながら知らん振りしているからだ。
そのあなた達が、自分の頭の中のイデオロギー(というより趣味だなこんなの)のために
移民や社会的に弱い労働者を奴隷労働地獄に叩き落す、社会を混乱させて市民に苦しみを味合わせる、一部の資本家だけ栄える、
なんて現実を招来してよいのか。
以前増田でも話題になった「わかったブログ」のとあるブックマーク一覧ページを見ていて、ある事に気づいた。
http://b.hatena.ne.jp/entry?mode=more&url=http%3A%2F%2Fwww.wakatta-blog.com%2F90.html
全部で416usersのはずなのに、一覧での公開(283)・非公開(131)の数を足すと、414にしかならない。
消えた2usersはどこへ?
http://hatebu-graph.com/graph/ce1be94b1127dfc868c49fc16dca6d3c39591926
http://b.hatena.ne.jp/yoshi84/20110428#bookmark-40083554
yoshi84 ビジネス, マーケティング, ネタ 「毎回セールスをしているブログがなんと多いことか」こう書いてある下にさっそくアフィリエイト貼ってある件…いや別に否定しません。むしろそう書く方が… 2011/04/28
http://b.hatena.ne.jp/testa_kitchen/20110427#bookmark-40083554
testa_kitchen twitter投稿用 またひとつ「気づき」という言葉を積極的に使っているサイトはやはり胡散臭いサイトであるという気づきをいただきました(迫真)ちなみにリンク先は釣りタイトルのコピペ記事なんで見なくて大丈夫です 2011/04/2
はてブに、荒らし対策の強制非表示や一覧ページ非表示機能があるのは知ってたけれど、
個別のネガコメ封殺機能?があったとは知らなかった。どうやるのだろう。
それとも、ただの不具合とか偶然なのかな…?
(追記 4/29 14:51)
このページも合計があわない。
上で出したyoshi84氏はここでは一覧に入っているので、idを見るのではなくコメント単位なんだろう。
http://b.hatena.ne.jp/entry?mode=more&url=http%3A%2F%2Fwww.wakatta-blog.com%2Fpost_599.html
(追記 4/29 15:19)
もっとあっていないページを見つけた。53usersに対して合計が37+7=44しかない。
http://b.hatena.ne.jp/entry?mode=more&url=http%3A%2F%2Fwww.wakatta-blog.com%2Fpost_601.html
本来の一覧。
http://hatebu-graph.com/graph/0ea7ad1e10429338f1ab53971132fdc87566fd79
http://b.hatena.ne.jp/north_god/20110423#bookmark-39436142
north_god 社会, 政治, 労働 性別で役割を固定することはないけど、分担するのが効率いいと思うけどねえ。コスト全投入しないと回らない社会のがおかしくね?両親でも足りなくなったら次は誰を働かせるの? 2011/04/23
http://b.hatena.ne.jp/enderuku/20110422#bookmark-39436142
enderuku この本読んだけど、景気が良くなっても老人から若者への所得移転が無いと意味が無いと書いてて、女性の社会進出はそれほどページ割いてなかった気がする。 2011/04/22
http://b.hatena.ne.jp/masudami/20110422#bookmark-39436142
masudami 何で労働力の問題をこうゆう風にすりかえるんだろう。専業主婦/夫のままでもいくらでも社会に「進出」できるのに...「主婦は数字に疎いから働くべき」ってゆう猪瀬と根っこはおんなじじゃん。 2011/04/22
…。
ネガコメ…いや、「自分に不都合なコメント」の非表示機能、というのが有料オプションにでもあるんだろうか?
ちなみに、Chromeの拡張機能から見ると、全部ちゃんと見える事を今発見した。
訳が分からない…。
http://www.dailymotion.com/playlist/x1imx8_chubu2010_yyyyyyy-yyyyyyyyy#videoId=xgnjon
30分に圧縮した方が質は格段に上がったと思う。
・伝えたいことを盛り込むために、
「人が言うことでなく、行動で判断しろ」
のような、このストーリーなら必要不可欠なはずの核を見のがしている。
あとは「家族」って何だろうなってこと。
これについては臼井氏にしか作れなかったものと比べているわけで、
この監督に求めるのは苦かもしれない。
誰もが目を伏せていたことに、よく言及した。
そう、岡本太郎も言っていたね。
幸い、俺は一点の後ろめたさもない生き方をしているよ。
このご時世、主流の価値観から見たら価値を感じない者もいるだろう。
誰が何と言おうと、この生き方を続行していく。
俺たちの代から、きっと変わっていく。
明るい未来を。
Togetter - 「地震に対する発言で蓮舫のTLが大炎上 」
http://b.hatena.ne.jp/entry/togetter.com/li/110626
こいつらも普段は同じことをしてるだろ。代表的なのに、こんなのがあるが。
blackdragon 社会, ネット社会学 こんな言いがかりは、むしろ嫌いな政治家を叩くチャンスとして災害発生を喜んで利用しているわけで、非常に不快。 2011/03/12
嫌いな対象を叩くために、今回の甚大な被害である大地震を利用しているのは、はてなサヨクも同じ。例えば、また、産経叩きに利用してる。
はてなブックマーク - 阿比留瑠比の菅政権考「致命的な国家観の欠如」+(1/2ページ) - MSN産経ニュース
http://b.hatena.ne.jp/entry/sankei.jp.msn.com/politics/news/110312/plc11031207000005-n1.htm
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110312/plc11031207000005-n1.htm
こいつらは、新聞の全ての記事を大地震だけにしろということか?というか、こいつら、ネットばかり見て紙面を見てないのか?新聞の紙面は地震の被災とは関係なく、スポーツの記事とかも書いているわけだが。普段は、挙国一致の全体主義を批判しながら、地震以外のことで産経「だけ」を批判するところに、この大震災に乗じて産経を叩いてやる!というのが透けて見える。
それじゃ、アニメ報道しているテレ東は何か?菅政権考「致命的な国家観の欠如」というのは、実際に国家間が欠如しているのだからそれが新聞に載るのは当たり前。むしろ、産経の姿勢は正しい。この震災に乗じて挙国一致だからと、変な予算を通せば、それこそ国民の生活に直結する悪政になる。普段は、権力批判をしているつもりが、こういう大震災の時には都合よく政府に利用されるようになる方向性になるのは、普段の権力批判の底の浅さが知れる。こういう非常事態の時こそ、政府の誤った行動は監視するべき。
しかし、産経の紙面では大地震が殆どになってるのは当たり前だが。他の朝日とかも大地震以外の記事も載せてるんだが。お前らバカサヨクは、震災でどれだけの人命が奪われているのかも考えずに、産経叩き、阿比留瑠比叩きに利用するのはいい加減にしろよ、クズサヨクが。
地震以外の記事を批判するのなら、産経「だけ」を批判するな。テレ東のアニメとか、批判しないといけなくなるところがかなり出てくるな。整合性が取れないから。ほら、さっさとゴミクズサヨクは産経以外も批判しろよ。
他にも、原発問題が出たら、変な平和団体とかの奴らが、被災者の命なんかどうだっていいから、「反核!」とか言い出しているんだが。産経の記事以外にも、震災とは関係ない記事で、まさに批判されるべきところはある。嫌いな対象を震災を利用して批判するなと蓮舫の件で言うなら、「産経が叩けるから、大震災が起こってくれて嬉しい!」というのが透けているはてなサヨクのゴミクズどもも批判しろよ。
写真速報 : 沖縄高江にヘリパット建設をやめよ~アメリカ大使館抗議行動
http://www.labornetjp.org/news/2011/0220demo
このデモ↑に関して、権力と戦った勇気ある市民たちなることを言って、twitterでも偽装して拡散されているので、言っておく。国民の声とはかけ離れている者によるデモであると。
このデモをしたのは、国民から全く支持されていない思想の持ち主が市民の代表面を偽造したもの。エジプトらのデモと比較しているのがいるが、あのデモとは程度が違いすぎる。エジプトのデモと比べれば、このデモをしたのはクズの連中。この記事を見れば、分かる人にはすぐに分かるだろう。
twitterで、バカが市民のデモを封殺した警察とか言っているが。
http://topsy.com/www.labornetjp.org/news/2011/0220demo
何がおかしいか。デモの写真の最後に、拡声器を持って何か言っているのがいる。「大使館に申し入れた代表が報告」と書いてあるから、このデモの代表だ。その代表は、この動画の右の男と同じ。
YouTube - 尖閣デモの妨害反日左翼鑑賞会 10.16
http://www.youtube.com/watch?v=QUD93KpSYCQ
この男は、尖閣デモに突進して「中国への侵略をやめろ」なることを言ったもの。このヘリパットデモの写真にあるが、「すべての表現に自由を」と言っておきながら、尖閣デモという表現の自由には妨害をするというなんともバカな二重基準を貫いている。下の記事と同じ、ヘイトスピーチに反対する会という反知性主義の会によるもの。
ヘイトスピーチに反対する会 10.16六本木右翼デモに抗議してきましたが
http://livingtogether.blog91.fc2.com/blog-entry-65.html
このヘイトスピーチに反対する会は、「尖閣諸島は日本の領土ではなく、日本の侵略によって中国から奪ったもの」などと言っている。尖閣諸島は日本の領土ではなく、日本が中国に侵略して奪ったものであるということを言っているのは、今では新左翼崩れのバカたちだが、この男もそのバカと同じ。それが、このデモの代表だということ。
写真速報 : 沖縄高江にヘリパット建設をやめよ~アメリカ大使館抗議行動
http://www.labornetjp.org/news/2011/0220demo
このデモ↑も、ヘイトスピーチに反対する会が関係したもの。尖閣諸島は日本の領土であるというは、わざわざ言うまでもなく国民の当然の声である。このヘイトスピーチに反対する会は、市民運動と称して実際には日本の市民の声を全く代表していない尖閣諸島のことなどを言いながら市民運動と称したデモをしている。
尖閣諸島でもバカなことを言っているヘイトスピーチに反対する会のデモを応援するようでは、サヨクもお終いだ。こんな連中によるデモは左翼こそ批判するべきだし、尖閣諸島は日本の領土であると当然のことを言っている日本共産党も批判するべきだろう。
こういう新左翼崩れのデモにtwitterでも拡散の応援があることを見ても、日本の左翼の知性は溶解している。アメリカに対する批判は保守派もしているから(むしろ、最近の保守派は左翼よりも強烈なアメリカ批判もしている。勿論、お花畑サヨクとは違い自主防衛をしろという大前提があるわけだが)、反米という批判軸も保守派にとられると、こういうバカなヘイトスピーチの会が関係しているデモを応援するのは、本当の反知性主義者だけになる。
はてなには、尖閣諸島は日本が侵略して奪ったものということに同意するバカサヨがいるから、↓はてなはいい加減にこいつらを何とかしないと。はてなが、新左翼崩れのバカなデモに利用されている。
はてなブックマーク - ヘイトスピーチに反対する会 10.16六本木右翼デモに抗議してきましたが
http://b.hatena.ne.jp/entry/livingtogether.blog91.fc2.com/blog-entry-65.html
マスコミは報じないとか言ってるが、テレビ新聞が「尖閣諸島は日本が侵略して奪ったと主張する者たちによるデモです」とかその詳細を詳しく報道しだすと、このデモがバカサヨによるデモだとバレて国民の敵である者によるデモだと分かるわけだが。むしろ、マスコミはこのバカなデモの中身を報じないんだから、このデモを助けているとも言えるが、そんなことも分からずにマスコミ叩きをしているな。
日本の警察が、「尖閣諸島は日本が侵略して奪ったものと主張する者によるデモ」を監視して、取り締まるのは国民の声と合致していて問題はない。国民の声がこのデモを取り締まった警察を支援するのは、テレビ新聞が仮に報じれば報じるほどそうなるのだが。
国民の声は、「尖閣諸島は日本が侵略して奪ったものと主張する者によるデモ」を支援しないことくらい分からないか?そんな奴らのデモは国民の敵だから、国民が警察を支援するのは当たり前だろ。
警察が不当に阻止?尖閣は日本が侵略と不当な主張をするお前らがよく言うよ。警察が不当に阻止しているのは、保守派の尖閣デモの中国大使館でも同じだからな。サヨクだけが阻止されているという低能な被害妄想はやめろ。
レイバーネットは労働運動とか言いながら、国民の声を全く反映していないことを市民の声と偽装した記事を載せているが、それも見る者が見ればすぐに分かるだろう。
議論がしたいわけじゃないけど共感が欲しい人は専門家に頼った方がいいな。心のうちを開放することで心理的負担を和らげる療法か何かがあるでしょう、多分。オープンな場所で共感を得ようとすれば、反論が待っているし弱者の立場を利用して言論封殺すれば公益に反する。共感できる人だけでSNSとかのコミュニティ作るという方法もあるけど、その方法には疑問が残る。共感できる人間だけの閉鎖的なコミュニティはコミュニティの倫理観が一般社会の倫理観から離れていく傾向にあるからだ。しかも精神的に不安定な人を集めるわけだから負の感情をより強める結果になりかねない。そうなると専門家によるカウンセリングと「共感を元にしたコミュニティ」の折衷案として、専門家付きの支援団体が一番効率いいのかな。
専門家といえば、多くの偏見を含んでいる可能性を自覚しているが、専門家が共感のコミュニケーションに引っ張られていないか心配だ。被害者じゃない多くの人は、被害者か専門家の意見を聞くことで犯罪被害への理解が深まるのだけど、私はテーマが心の問題になると難しいと感じる。専門家も共感をベースにした説明をするだからだ。共感できた場合は大抵個別具体的な共感なので応用が効かないし、共感するから精神力が削られる。共感できない場合は全然心に残らないかあまりに押し付けがましいときには反発を生む。多分抽象化や一般化が足りないのだと思う。
一般社会に犯罪被害者心理の理解を求めるのなら、一般社会の倫理や常識、法律を根拠に論証した方がアンチを産み難いだろうから長期的には共感を得ようとする方法よりも効率いいんじゃないかな?犯罪被害者の生の声やそれを消化し切れていない専門家の話は感情的エネルギーが多すぎてマスに発信するにはあまりに危いと思う。
情報隠蔽が言い悪いと言ってるんじゃないんだよ。
つーかサヨにこんな説教しなきゃいけないのが俺は悲しいよ。
こんな筋すら通せないならサヨとしての美点ゼロじゃねえか。
(笑)
問題を表面に見せずに大事にしないのが一番って言ってる訳。
事実存在する問題から目を背けて太らせるのは後難が乗数倍になるけど
船長を逮捕して中国に「日本がぶつけた」なんて吹かれてる以上はもう表面の問題なわけだ。
「誤魔化さないできれいに」事実を出して白黒明白にしておくのが国益に叶ったわけ。
もうさあ
こういうサヨ丸出しの特徴的なロジックと言葉遣いしながら「自民支持者(キリッ)」とかさあ(笑)
平気で嘘つくサヨの卑怯さ、シッポ丸出しに気付かないサヨの低能さがしみじみたまんない。
君の叫ぶ「問題」の正体って結局
君がー、
だけじゃん。
ロジックが無さ過ぎてサヨのお友達にしか通じないから
お友達の中で発表して頷きあってろよ。