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はてなキーワード: 寝返りとは

2012-01-10

戦国大名で学ぶソーシャルネットワーク

前記事

■なぜはてな敬遠されるようになったのか

http://anond.hatelabo.jp/20120108211250



ちょっとはてブだけを貶める形になってしまったので、これはよくないな、と改めて、ネット各地で戦うコメンテーター達の特徴を、ウェブ上の争い事なんかに興味のない女子にもわかりやすく、戦国大名に例えてみたよ!

(※あくまで戦う人をツール全体で捉えたものであり、利用者個人の特徴を言い当てているものではないです。)



Twitter
上杉謙信

勢力が非常に広範かつ多岐に渡るため、一括りにすることが最も難しい国ですが、強いていうのであれば謙信タイプでしょうか。屈強な武将フォロワーという軍隊を従え、RTという名の十文字槍で取るに足らない足軽兵を駆逐していく様はまさに軍神と呼ぶに相応しく、各地での転戦の多さや、持久戦を得意とせず、短期戦で勝敗を決めるあたりも謙信型ツールといえます。当然、国民の大多数は争いを傍目に見ている農民か、無言のRTで追随する足軽や小物であり、武将クラス100人に1人も満たないということは付け加えておきます



2ちゃんねる某所
武田信玄

ネット界古豪。上杉家を「馬鹿発見器」と称し、馬鹿発見し次第、少数の精鋭部隊煽動した後、住人全員で場所を厭わず突撃する様は、まさに信玄が得意とした啄木鳥の戦法そのものターゲットにされた者は、最初は「ネット弁慶が」と油断しているものの、知らず知らずのうちに追い込まれ、気づいた時には過去の悪行を洗われ、身分バレ、職場電話、の三段撃ちで後の祭りとなります戦国最強と謳われることも多いですが、一人一人は取るに足らない雑兵なので、軍師精鋭部隊を抑えることが鍵となります



はてなブックマーク
織田信長

疑り深い性格のため、誰にでもとりあえず謀反の疑いをかけて追い込んでしまう彼らは信長タイプです。一時は天下を取るかと思われましたが、それも遠い昔の話。新しいもの好きで、策略や心理戦に長けていながら、非常に威圧的かつ冷酷であるが故、敵を多く作ってしまい、四面楚歌に。うつけを演じ続けて終わる三文役者も後を絶ちません。心ない皮肉を投げ捨ててばかりいると、仕舞いには部下に焼き討ちに遭ってしまうのが世の常というものです。



YouTubeコメント
豊臣秀吉

国内レベルの些細な小突き合いに満足するのではなく、世界舞台に闘いたい。いつまでもJリーグで満足している俺じゃない。そんな野心溢れる猛者達が集う場所です。これは天下統一を成し遂げた後、世界に目を向け、手始めに朝鮮出兵を企てた豊臣秀吉タイプと言えるでしょう。世界規模で文化宗教が入り乱れているのでやや面倒な状態になっていますが、10年前のワールドカップ審判買収をネタコリアを叩けばヨーロッパ各地から賞賛されるレベルなので、知略戦は必要ありません。英語必須です。



Yahooニュースコメント
今川義元

国内では圧倒的な勢力を誇っていながら、今ひとつ目立った武勇を残せていないその戦果は信長の噛ませ犬となった今川義元と重なるものがあります仕様上、与えられた情報のみに食いつく受け身の性質であるため、そもそも誇り高い戦闘民族とは言い難く、戦国武将に例えることも躊躇われるのですが、場合によってはストレート物言いで集団で牙を見せる気概も持ち合わせているので油断は禁物です。しかし、基本的には騎乗もできない貴族体質であるため、あまりにも鋭い逸材は埋没してしまうことが多い反面、「そう思う」「思わない」の二択の統治の安定感には光るものがあります



Facebook
藤堂高虎

とにかく流行場所に乗っかっていく浮気者。「武士たるもの七度主君を変えねば武士とは言えぬ」をモットーに、あらゆるSNSを使い倒し、寝返りを繰り返した挙げ句に争いに疲弊し、落ち着いた人間が多く集う安寧の地。人を疑わないことを是とし、終始、当たり障りのない会話といいね!笑顔お茶を濁す。揉め事などとは無縁の太平の世ではありますが、ぬるま湯の居心地が悪くなればいつでも次の主君に仕える準備はできている、節操のない集団といえるでしょう。



本日は以上になります

2011-11-28

認可外保育施設の乳児死亡、東京 昼寝中、発見時はうつぶせ

http://b.hatena.ne.jp/entry/www.47news.jp/CN/201111/CN2011112801001663.html


10ヶ月なんてもうとっくに自力で寝返りしまくり動きまくり、本人がうつぶせが好きならうつぶせで寝かせるしかない月齢だし

よくあるSIDSじゃね?こんなのあちこちの保育所日常的に起こりまくりだろ?何でわざわざ報道すんの??としか思えないんだが

こう言うのがあると認可外反対とかでてくるんだろうな。

あ、そうかー。わざわざ報道されたのは「認可外保育施設」だからかー。

こんなの実際は認可だろうが認可外だろうが発生率は変わらないだろうけど(勿論自宅でも山ほど起こっている筈だ)

これを口実にして認可外を攻撃したがる人種が居るんだろうな。

或いはこれで訴えられたりしたらこんな小さな施設はひとたまりもないだろうし、こういう事件が続けば小さな施設は事業撤退するだろうからそれを狙ってるのか?

まあ訴えたって賠償金支払う能力も無いだろうけどさ。

あ、認可だったら国だか自治体だか知らんがその辺から賠償金たっぷり貰えてお得なのに、認可外しかもこんな小さな所だと恐らく貰えないから駄目って事か?



邪推した。

2011-11-16

TPPに関する根本的な疑問

TPPに加わらずASEAN+3(ないし+5)でやっていくべきだ、という意見自民党を中心にあるのだけど、そもそも自民党には今後も絶対TPPに加わらないという自信があるのか?

まりASEAN日中韓を加えた集団を作りつつ、中韓相手に(現在中国主導になっているASEAN+3で)外交的な主導権を掌握し、アメリカを中心とした新TPP軍と伍して戦う、という状態を長期的に続ける覚悟が本当にあるのだろうか。

今はまだアメリカの加盟も例外項目でもめてる状態だから日本も例外項目ゴリ押せる余地あるけど、後から中韓に主導権取られたのでTPPに入れてください」とか「日中韓+ASEAN軍がTPP軍にボロクソに負けたのでTPPに入れてください」とかは絶対無しだぜ。TPPと交渉すらしないってのは「日本TPPアメリカごと踏みつぶして、後からアメリカを(アメリカに極めて不利な条件で)加えてASEAN+6にする」か「日中連合軍によりTPPが窮地に陥って、アメリカが(日本に極めて有利な条件で)TPPへの寝返りを求めてくる」のが勝利条件だからな?

でもさ、無理だと思うんだよね。

正直TPP交渉すらしないってのは単なる問題の先送りというか、例によって例のごとく日本伝統のJapanese Tobashi Schemeそのものだよね。年金にしろ国債にしろ、時代をさかのぼるなら戦争だってそう、問題を先送りして見ない振りをしてのっぴきならなくなってからハードランディングというお家芸。

アメリカだって今日本がTPPに加わってくれたら対中戦線20年は短縮できるわけだから本当はすごく欲しいキャスティングボートなんだよ。ニュージーランドなんてでかい口利いてるけどチンカス日本はこれは譲れないというものをきちんと持った上で、駄目なら席を立つ、という態度で堂々とTPP交渉に行けばいい。日本に有利な条件でTPPに加盟して日米で中国の商慣行に圧力を掛けられる、というのが日本にとって理想なのは間違いないんだから

逆に考えて、なんでアメポチで名高い自民党のしかも清和会TPPに強く反対しているのはかなり微妙ASEAN+3の方がいい、とか本気で言っているとは思えない。むしろ本来ならアメリカの意向に従って真っ先にTPP加盟を主張する集団だろう。

今の日本政府は、中国との交渉ならともかくアメリカとの交渉ならかなり強硬な交渉をするという意味日本国益には有利だと思われる。逆にアメリカにとってはめんどくさい相手かも知れない(だからアメリカ経済界自民政権奪還するまで日本の加盟を先送りさせたがっている) 民主党右派経団連を中心とした日本経済界の意向を、自民党清和会アメリカ経済界の意向を、それぞれ反映してしまったが故のねじれなのかなぁ、などと思ったりする。

2011-06-24

http://anond.hatelabo.jp/20110624055933

ケンタウロス代謝は、馬+人間上半身で何カロリーになるのだろう?

たぶん、一日20キロくらいの食べ物を、人間の小さな口を経由して食べなければならない。

一日中、食事していないと基礎代謝に追いつかない。

食費だけで、人生が詰むレベル

 

そしてトイレに行っても、お尻が拭けない。

風呂に入っても肩までつかれないし、

夜寝るときも、寝返りが打てない。

 

お●ん●んが大きすぎて、彼女さんが泣いて拒む。

手が届かないので、オ●ニーも出来ず、

我慢できなくなったら、馬とするしかない。

 

電車にもバスにも乗れず、移動はトラックで貨物あつかい。運転も出来ない。

自転車は特注。

遊園地では、どのアトラクションも搭乗拒否される。

(『ウチで働かないか』と勧誘されるのが、唯一の救い)

 

というわけで、ケンタウロスさんは、

さぞかしひねくれた精神の持ち主であることが容易に予想されます

2011-03-31

福島原発の復旧作業に行っている友人の話について ~その2~

http://anond.hatelabo.jp/20110331142556

の続きです

私の友人が福島原発の作業から帰ってきましたので、報告します。

なお、皆様のおかげもあり現場で免震重要棟での宿泊は見直しになり、

一部の作業員を残して通いに変わったそうです


経過

作業員は、B土木建設会社から下請け会社(つきあいがある会社)に声がかかり、

A建設会社が受けて作業員をだしました

その会社から6人が行きましたいまは、交代して別の6人が働いています。

はじめに、ホテルに荷物をおいて福島第1原発福島県大熊町)の事故対応

で作業拠点となっているサッカートレーニングセンターJヴィレッジ」に向かい

そこからバス原発に移動します。

そして、2階建ての免震重要棟に行き作業をしています。

いる作業員は、東電東芝エンジニア、(日立は見なかったようです電気作業員、土木作業員です

自衛隊の隊員と消防の隊員には会わなかったと言っていました。基本的に常駐していません。

作業員は、白い紙製の防護服、そのしたにつなぎ(ビニール製)その下に下着(登山用なのか白いのでした)をきています。

白い防護服の下に被爆量を量る装置をつけているそうです

作業命令は、東電ミーティングがありその後に作業員と打合せでした

新聞に載っている一本締めは見ていないといっていました

自分は下請けでいったから本部の人と話すことはないからだと思うと話していました

土木作業員は、基本的に外で1~2時間連続作業が基本です

とにかく現場は砕石とか資材がなく、津波建物は壊れている、

周りは車やバックホー、500tクレーンが散在しています。

そのため、道路の復旧や港に船から物資を降ろせるように、港が波打っているので

平らにならす作業と道路を使えるようにならす作業です

現場にはバックホーとダンプがあります。(合わせて5台)

とにかく重機被爆していて他に回せないので、壊れかけの重機しかありません。

バックホーの爪がないバケット、暗渠を掘るような細いバケットで作業しています。

車とか重機が散在しており、撤去したいですが個人の財産なので手をかけるなと言

われているようです。明らかに壊れている車もどかせませんし、バックホーもありま

すが、財産の関係で使えないです。でも被爆しているので他に使えないにのです

作業していては、放射能毎日計測していて2号原発放射線量が高く近くで作業が出来ないそうです

原発内作業は、汚染されている水が炉心のすぐしたまで溜まっていて、

建物から漏れない対策をしています。

中身は、コンパネ土のうで、吹き飛んで無くなった扉をふさいだりしただけです

でも建物内の作業は、線量が多いので1時間と決められていたようです

建物内は、通路は壁が崩れたりしていて危ないです。

電気の復旧作業は、基本的に建物内の照明復旧のためです

懐中電灯しか無く作業も出来ないからと言っていました

理由は、施設が壊れすぎていて再起動になるような状況じゃないと話していました

原発の爆発で、迎えにある原発の本部事務所は、ガラスが全部割れていて使えなく

なり免震重要棟に移っています。カメラに写りませんが。

作業員の待遇です

食事ですが、1日2食です

1日目

10時に、カロリーメイト(別の日クラッカー)、野菜ジュース1本、水500㎜1本

19時に、カップ麺とご飯、(別な日はご飯とさば缶)

でも次の日から物資不足で、水が無しに、さらに夕食も無くなり

ソフトかんパン1缶を2人で分けていました

ねる場所は部屋に雑魚寝です

でも、毛布は人数分無く、さらに洗うとかしていないので、

前の人が使ったのが置いてあります

とにかく寒いので、作業員の人たちは使って休んでいました

また、狭いので寝返りもできないくらい密着して寝ていたそうです

でも29日からは、免震重要棟に宿泊しないよう東電から話があり、

最低限の作業員だけを残して通いにしたそうです

(基本的に宿泊は、県外の遠いところから作業にきた人だけでした

何より、食事とか悪いので何とかして欲しい

また、もっとマスコミはこの復旧作業をしている実態を報道して欲しいと話をしていました

帰ってくるときバスから見た風景ですが、町は人がいなく、

いるのは警官マスクをしていない一般人(おそらく物取りか)と話していました

また、福島コンビニも空いていなく何も買えないようです

また、とにかく物資が入ってこないので大変と話していました

以上、簡単ですが報告をします。

2010-09-01

中学生のころ、兄におっぱいを揉まれた。

長文です。

初めて書くので文章が下手糞ですが、すみません

私の家は小さくて部屋数も少なかったので、家族全員同じ部屋で寝てた。

父、母、兄、私、妹の5人。フローリングに布団を敷いて雑魚寝状態。

兄は私の隣に寝ていた。

初めて胸を揉まれたのは中学2年のとき。兄が中学3年。

正月の夜19時ごろかな。

寝室で一人で寝ていた私を、晩御飯だと兄が起こしにきた。

私はそのとき、うつ伏せで兄と私の布団の間に寝ていた。

ちょうど、布団と布団の間に胸が挟まってる感じ。

結構発育がよかったので、中学2年でも私の胸はCカップくらいあった。

寝ていたのでノーブラだった。

なんか、変な感じで、なんか触られてる?くらいの感覚で夢なのか現実なのかわからない状態で私は目が覚めた。

兄が私の胸を下から支える感じで揉んでた。

びっくりして飛び起きたら、兄は何事もなかったかのようにキッチンにいる母に向かって「○○(私の名前)寝てたよー!」と言った。

私と目を合わせないように、兄はそのままキッチンに行ってしまった。

私は、夢だったのかなと思い、そのことは誰にも言わず、忘れようとしていた。

ある夜、寝ているとまた変な感覚に襲われた。

隣に寝ていた兄が、仰向けに寝ている私の胸を揉んでいた。

私は、あのときの出来事が夢じゃなかったことを知った。

びっくりしたけど、なんだか怖くて眠っているふりを続けた。

すると兄の行為はどんどんエスカレートしてきた。

今度は乳首をこりこりしてきた。

ますます変な感じになった。初めての感覚

兄は私の胸を揉み、乳首をこりこり刺激しながら、オナニーをしていた。

そのときはオナニーなんて知らなかったので、何をしているのかわからなかったけど、

兄の布団の股間部分が上下に動いていたので間違いないと思う。

兄は頭がおかしいのだと思った。

服の上からでは飽き足らず、服を捲り上げようとしたので、私はさすがに怖くなって自然寝返りをうって、兄に背を向けた。

それから数ヶ月にもわたって、私は兄に胸を揉まれ続けた。乳首をこりこりされるのが一番嫌だった。

でも、誰にもいえなかった。

兄に対する態度は、私の中で明らかに違ってきていた。あまり話さなくなった。

寝るときも、かなり距離をとるようになったし、兄に背を向けて寝ることが多くなった。

それでも自然と眠っているうちに仰向けになると、胸を揉まれ乳首をいじくられ、兄のオナニーのおかずになった。

もしかしたら、乳首を舐められたり吸われたりもしたかもしれない。

1年ほど経ったある日、私は寝る場所の席替えを両親に申し立てた。

私の意見採用され、ようやく兄の魔の手から逃れることがgできた。

新しい私の場所は、お父さんの隣。

お父さんの隣は、お母さん。

ある夜、私はお父さんとお母さんがセックスしているのを目撃した。

お父さんがお母さんから離れたとき、生まれて初めて男性勃起しているチンコを見た。

早く大人になって、一人暮らしがしたいと思った。

2010-08-11

Love Is A Number

 部屋に戻って来ても、僕と彼女に会話はなかった。部屋の利用方法に関する質疑応答はあったが、それ以外は本当に何もなかった。パーティ感想すら、なかった。

 僕達はシャワーを浴びてしまうと何もする事がなかったので、早々と眠る事にした。まだ23時だった。

 僕は彼女に会うのは2年振りくらいで、彼女大学を退学してから何をしていたのか知らなかった。病気治療だと噂で聞いていたが、真相は判らなかった。現に、目の前の彼女は以前と変わっていないように見えた。髪型も体型も変わっていない。

 彼女の友人らしいが、僕と全く面識のない人物の誕生日パーティに一緒に行こうと誘われたのは一週間前だった。僕は彼女に誘われた事が嬉しくて、何も考えずに承諾してしまった。今、後悔している。彼女と同じ部屋で近い距離で眠る羽目になるとは思わなかったのだ。泊りがけだとは聞いていなかった。全く眠れる気がしない。

 遠慮せずにアルコールを飲むべきだったと僕は思った。もともと下戸なのだが、こんな事になるなら悪酔いしていた方がマシだった。

 僕は寝返りを打つことすら出来ず、小さく息を漏らした。

「なあ、サツキ彼女が背後で囁く。背後といっても、勿論1メートルくらい離れている筈だ。「一緒に寝てもいいか?」

寒い?」

「うん」

 彼女はグラスに2杯ほど日本酒を飲んでいた。僕よりは酔っ払っている。酔った振りをして僕をからかっている可能性もある。

 彼女は僕のベッドに遠慮なく潜り込んで来た。僕は彼女に背を向けたまま、更にベッドの端に身を寄せる。後ろからくすぐったいような甘い花の香りがした。

「あの、俺は」と僕は言った。いつになく緊張していた。「以前みたいな事になっても責任は取れない」

 言ってしまってから、こんな突き放したような喋り方をしたかった訳じゃないと思う。

「私が誘ったらまた抱いてくれる?」

 彼女は抑揚のないひくい声で言った。

 僕は答えなかった。

 2年前、彼女セックスをしたのは夢だったんじゃないかと半分疑っていた。僕の記憶に残っている、彼女の骨張った体の感触も、それでいて冷たく滑らかな皮膚も、温かく湿った性器も、全部僕が捏造したものだったらいいと思っていた。

 僕の方から誘ったなら、僕は僕だけを責めていられただろう。

 彼女はその翌日から大学に来なくなった。数週間後に退学したと聞いた。本当に病気だったのか、別の分野を学びたくなったのか、就職でもするつもりなのか知らないが、僕の事が気に入らなくて当て付けに辞めたとも思えるタイミングだった。

 2回メールを送ったが、返事はなかった。

「俺、付き合ってる人がいる」

「前も聞いた」

「以前とは違う人だけど」

 彼女は黙った。

「君に振られてから、俺は君の事を諦めたつもりだった。君は俺の大切な友人で、それ以上でも以下でもない。そう思ってた。でも、俺は、君を性欲の捌け口に出来る。高校の頃、君に言われた通り、君への好意だと信じていた物は純粋愛情じゃなくてただの性欲だったのかもしれない」

愛情も劣情も継続する物ではないから、例えばセックス最中にお前が私を3分くらい愛してくれたらそれでいい」

 彼女冗談めかして言う。

「俺をからかって面白がっているんだろう?」

「私はもう十分苦しんだ。そして、諦めた。私は男を愛せない。だが、お前は私が女である限り私に欲情し、それを愛情だと勘違いする。生まれてくる性別を間違えたな、サツキ

 彼女が僕の事を少なからず好いてくれている事は気付いていた。だが、僕達が愛し合うには性別という壁があった。それだけだが、我々には一生掛かっても取り除けない厚い厚い壁だった。

 もし仮に僕達が女同士だったとしても、愛し合った末に性行為をしたかもしれない。そして、彼女はそれを自然な事として受け入れるだろう。彼女はただ、男に性欲の矛先を向けられるのがとても不愉快なのだと思う。

 僕が彼女を愛する上で、彼女性的嗜好正義であり、彼女不快だと言えば僕は身を引くしかない。

「何で、俺としようって思ったんだ?」

「男とするセックスは気持ちいいと思った事がないが、お前が望むなら我慢しようと思った。今だから言うが、私は愛情表現のつもりだった。お前を独占したかった。たとえ3分でもな」

 彼女は僕の腕の辺りを探り、湿った小さな手で僕の手を握った。

 僕はどう反応していいものか迷った後、軽く握り返した。自分の掌に汗をかいているのを感じた。

 彼女のつるりとした手の甲の感触で、僕はあの日のセックスの一部分を鮮明に思い出す。

 今すぐにでも彼女を抱き締めたかった。

言葉では何とでも言えるけれど、俺は、君の事を愛している」

言葉は信じない」

 彼女はそう言い、ふっと鼻で笑った。

「今の俺には言葉で伝えるしか、術がない。それに、君は今だって俺を独占しているじゃないか」

「うん。その通り。ただ、もっと、満ち足りた気持ちになるんじゃないかって、期待してた。今も、してる」

 僕の脚に、彼女の足が触れ、すぐに離れた。

 僕は彼女の手を強く握ったまま、ただ、自分彼女息遣いを聞いていた。

 何度交わっても、彼女を落胆させるだけだと僕は思った。彼女の真意も、今どうするべきなのかも判らなかった。

おやすみ」と彼女は小さな声で言った。そして、更に声をひくくして付け加える。「有難う。からかって悪かった」

 僕は何も言えず、唾を飲み込んだ。握った手を緩める。

 彼女は僕が手を離すまで、動かなかった。

おやすみ

 彼女は手を引っ込めた後も、ベッドから出て行ってはくれなかった。

 僕は勃起した性器を意識から追い遣り、目をかたく瞑った。

2010-07-04

子供産みたくないんだけど、産んでおいたほうがいいのかな?

っていう人、いるよね。最近増田にもいたね。

でも、そういう人はやめておいた方がいいと思う。

妊娠出産育児ってそんなカンタンなものじゃないから。

妊娠してすぐ切迫流産になって出産するまで8ヶ月間ずっと入院して、もちろん仕事はできなくて、お金もかかって、ベッドの上では絶対安静で寝返りもしたら駄目で、読書も駄目で、シャワーも浴びれなくて、お正月に一時退院することもできなくて、出産時には二十時間以上の地獄陣痛に苦しんで、会陰切開も会陰裂傷もあって出産後もその縫合跡が一ヶ月以上ずっと痛くてロキソニンも効かなくて、悪露も二ヶ月止まらなくて、産後三ヶ月過ぎるくらいまでずっと体がつらくて、その中で子供おっぱいあげてもおむつ替えても抱っこしてもこの世の終わりとばかりに真っ赤な顔して泣き喚き続け、そうこうしているうちに離乳食が始まって一生懸命作っても全然食べてくれなくてお皿ひっくり返されたりして、それでしばらくしたらいつの間にかイヤイヤ期に突入してどんなときでも「イヤ!イヤー!!」と喚かれて、落ち着いてきたと思ったら、今度は思春期で・・・って、そういうの、子供が欲しくて欲しくて欲しくて産むっていう人じゃないと辛過ぎると思う。

子供欲しいっ強く思ってるわけじゃないけど、周りは産んだほうがいいっていうから産んだ方がいいかな」なんてノリで産むのか?無理だよ、そんなの。

今だって出産時に母体死亡することもあるんだし(極稀にはなったけど)、乗り気じゃないのに命懸ける必要なんて、ない。

2010-03-23

カマトトぶるのは醜い本音を見つめるのが怖いから?

http://anond.hatelabo.jp/20100322070125

わたしは女だけど、この増田の言うことは至極真っ当だと思う。

まあいろいろあっても本音はそんな感じだよね、って思いながらブクマ開いたらちょっとくらくらしてしまったので、わたしも増田になってみたよ。



「友情」と簡単に言うけれど、そもそも「友情」って、どういう感情のことをそう呼ぶのか、自分の抱いているこの気持ちは本当に「友情」なのか、もしかしたら何か他の気持ちをごまかしてそう呼んでいるだけなのではないか、そういうことを少しでも考えたことはある?



たとえば高校生とか大学生の男女間でしばしば交わされるこの約束


「男とか女とかそういうの抜きにして、お互いに一人の人間として仲良くやっていこう」


別にこの言葉が青臭いと言って否定はしない。



でも、もしあなたに、この言葉が含む矛盾を拾い上げることができないのなら、「男女間の友情」を語る資格などないとわたしは思いますよ。


だって「男であること」「女であること」も含めて、一人の人間でしょう。


「男であること」「女であること」を抜きにしたら、その人はその人でなくなるし、あなたもあなたではなくなるんだよ。


たとえ思春期・第二次成長期を迎える前の、一緒にお風呂に入っててもおかしくないような小さな子ども同士であっても、この約束は成立しない。

だって、生まれたときから男性生物学的に男性なのだし、女性は同様に女性だからだ(ただし性同一性障害の方についてはこのように単純に断言することはできないが、あくまで自己認識としての性をイメージしていただけたら、と思う)。

ああ、思春期以前の子どもにはエロ衝動がないなんて思ってる人がいたら大間違いだからね。

知識がないだけで性欲はあるんだよ。

そりゃ現れ方は大人よりダイレクトだったり、大人よりかわいらしかったり、いろいろあるけどね。



また、同性愛者についても相手が同性に変わるだけでおおまかな話は同じだ。

いつから同性愛者だったのか、生まれたときからなのか一年ぐらい前からなのか、それもあんまり関係ないと思う。



で、上記約束によってマブダチとなった男女、何しろ波長が合うので話しても話しても話が尽きない。

他の男の子には話せないけどこいつにだけはなぜだか何でも話せる、みたいなそういう関係ってありますよね。

んで、今度いっそのことパジャマパーティしようよ!夜を徹して語り合おうよ!って話になります。

もちろんエロい展開になどなろうはずがない。

だって「男とか女とか抜きにして」仲良くしてるんですから。

相手はお互いにとって男でも女でもないニュートラルな存在なんだから。



さて友人A子がそういうことで今度そのマブダチのB太郎の部屋に泊まりに行くと聞かされたあなたはどう感じますか?



「まあ正直ちょっとだけ心配だけど、B太郎も信頼できるやつだし、普段の二人を見てる限りそんな間違いなんて起こらないよね。本人同士がそういう関係って認め合ってるんだし、それを尊重するべきだよね」



ぐらいなもんでしょうか。



なぜ「正直ちょっとだけ心配」なの?



あるいは



「いくら男女関係ないって言っても、それとこれとは別だよ。A子だけじゃなくB太郎のためにもやめといたほうがいいよ」



忠告しますか?



あるいは



またまた友達とか言いながら、もうB太郎のティンティンもフラグもビンビンじゃん!お幸せに☆」



勝手に二人が「男女の仲として」結ばれちゃう想像をしますか?



そして、泊まりに行くのが同期の女友達「C美」の部屋だったときは、あなたは同じように心配したり忠告したり妄想したりしましたか?

しませんでしたね?

ああ、百合妄想は別のところでやりましょう。

この場合、B太郎、A子、C美は全員異性愛者と仮定してください。

同性愛者を登場させたい場合はその人のところを別の性に差し替えて読んでみればいいと思います。



それともそもそも、A子はB太郎とのパジャマパーティなんて企画しないのでしょうか?

なぜ?

同期のC美とはやってるんです。

マブダチのB太郎とならやったっていいはずですが。

なぜ?



さらにB太郎視点でも考えてみます。

仮にB太郎がA子の提案に「いいよ、おいでよ」と、もちろん下心などなしに(ここもわたしとしては疑問符がつくところですが、まあそれはいいです)快くA子を招いたとして、A子がしゃべり疲れて先に寝ちゃって寝返りを打った拍子におっぱい露出したときに、B太郎は欲情せずにすむのですか?



「うわっ!!あああやべー、変なところが元気になってきたあああ!!俺は何欲情してんだ!相手は大親友のA子だぞ!最低だ俺!最低だ!」



と、アスカ自慰をしたシンジ君のように自己嫌悪に陥るかもしれませんが、まあとにかく欲情はします。



しますね?



たとえA子が恋愛対象になるのはあまりにアレな外見だったとしても、無防備なおっぱい露出を前にしてまったく変わりなく平然としていられますか?

その自信はありませんね?



これがもしB太郎と同期の男友達D男だとしたら、寝返りの拍子にその逞しい男性器があらわになったとしても、せいぜい大笑いしながらぞうさんをマジックで書くぐらいでしょう。

これがA子のおっぱいなら、いくら仲が良くてもA子がたとえマツコデラックスであっても、乳首部分を中心としてマジック目玉おやじを書くことなどできないはずです。

なぜですか?



あるいは最初からA子の提案を飲まない可能性もありますね。

なぜ?



いきなり「C美」とか言いながら詰問されても、某有名大御所はてなーの名クイズシリーズをパクってるみたいで相当印象悪いと思いますが(ごめんなさい)、答えは言うまでもなく「A子とB太郎が互いに異性だから」ということです。



つまり、男女間の「友情」と同性間の「友情」は、違います(繰り返しますが、同性愛者の場合もまったく逆の意味で違います)。

どう違うか?



性的対象となるかどうか、に決まってるでしょ。



相手が「自分にとって性的対象になる性を持つ存在」である場合、そうでない存在と同列に考えることはできません。

あらゆる人間関係から性的要素を排除するのは、不可能です。

お泊まりの話はそのひとつの例ですが(勢いだけで殴り書きしたのではっきり言って蛇足ですが)、何より冒頭に書いたように、男性であること、女性であることも含めてA子であり、B太郎という人だからです。



で?だから何?という話ですが、ではそのように、異性間にある「恋ではない(と当人は思っている)のだけれど親密な感情」は、同性間の「友情」と同じように「友情」ということばで括ってよいものなのか?とわたしは思うわけです。

つまり、性的要因による互いへの配慮、あるいはそれによるある種の葛藤が不可避である(別に不可避ではない、そういう状況にははじめから遭遇しない、との反論も予想されますが、厳密にはやはり不可避です)男女の親密な関係を「友情」という言葉定義するのは、あまりに乱暴なのではないか?それは人間関係自分の中で熟成させるうえでひとつ精神的怠慢と呼ぶべき事態なのではないのか?ということです。



ここであの「友達以上 恋人未満」という魔法キーワードが出ます。

かしこれはほとんどの場合、いずれ恋愛関係に発展することが見込まれている関係です。

よって、これは「友情」という言葉定義にかかる問題とは切り離していいと思います。



では「お兄ちゃんみたい」「お姉ちゃんみたい」「弟みたい」「妹みたい」といった家族愛に似た親密さはどう扱うべきか。

これは「相手を異性とは認識しているが性的欲求は感じていない」ということです。

しかし異性として認識しているのなら上記のようにおっぱいに目玉のおやじ落書きをしたりすることはできませんので、ていうかそんな落書きをするような人がこの世にいるかどうか知りませんが、注目すべきはあくまで「みたい」どまりで、本物の家族ではないことです。妹のように純粋マスコット的にかわいがっていたロリ美少女寝返りの拍子に意外とたわわなおっぱい露出させたら、やはり一瞬でも吸い付きたい衝動に駆られてしまうのが男なのではないでしょうか。これが実の妹に同じような衝動を感じてしまうのであればちょっといろいろ人として違うと思うのですが、良識的なはてな村民にそんな人はきっといないと思います。



とにかく男女の関係とは多重的で、ひとつのことばでビシッと定義できるものではないように思います。

自分の話になりますが、わたしには学生時代からずっと連絡を取り合っている友達が何人かいますし、彼らのことを「人間的に」大好きです。

男も女も。



しかし、ふとした拍子である男子と図らずもエロい雰囲気になってしまい、その場はなんとか未然に取り繕って今はまた前と同じように仲良くしていますが、それ以降、ふたりの間に「例の件はタブー」との暗黙の了解ができ、同時に、再発を避けたい気持ちと、何かこう、アバンギャルドを互いに期待する空気が混在して変にややこしいことになってしまっています。

付き合いが長くなればなるほど、そして関係が密なほど、こういうハプニング意識せずもがなのことを意識せざるを得なくなります。



これでもわたしと彼の間にあるのは「友情」と呼べますか?



わたしたちが「友情」と言い張れば、そうなるのでしょう。

しかし、本当にこれが「友情」ですか?



わたしには、これを「友情」と呼ぶだけの図々しさは持てません。



でも、仕方ないと思います。

男は女に性欲を持ち、女は男に性欲を持つようにつくられている以上、こういうきっかけは世の中に無数に転がり続けているのです(くどいですが、同性愛者については読み替えてくださいね)。



あるいはわたしのように生々しい性欲でなくても、相手を「異性であるがゆえに」親しく感じたり、大切に感じたりする気持ちも、性欲に由来するものです。

恋だってもちろん。

それらがほんの少しでも混じってしまうと、その瞬間から二人の間にあるものは「友情」ではなくなっていきます。



異性に、明らかに恋愛とは異なるのだけれども好意的な感情を抱くことがあります。

たとえば「尊敬」とかです。

これは確かに性的欲求とは切り離された感情だと思います。

でも「友情」とは、違いますよね。

両立することはあります。結構よくあると思います。

しかし、イコールではありません。



じゃお前にとっての「友情」って何?って話ですが、「愛」の一種だとわたしは思っています。

相手の存在を大切に思い、相手の幸福を願い、ともに過ごす時間を大切に思う、簡単に言うとそういうようなことで、性欲さえなければ男女間にも十分に成立する余地はあると思うのですが、やはり性欲がある以上、男女間でこういう関係を長期間育んでいくのは難しいというのがわたしの考えです。もう眠いので寝ます。

2010-01-26

赤ちゃん秘密

Explorer | Science of Babies | National Geographic Channel

http://channel.nationalgeographic.com/series/explorer/3090/Overview

ヒトは他の動物と比べて、遥かに無防備で無力な状態で産まれてくる。それにも関わらず、そこから最初の一歩を踏み出すまでに、赤ちゃんは劇的な成長を遂げる。産まれる瞬間から二本足で立って歩き出すまでの約一年間、赤ちゃんに起きる様々な変化を、発達の経過に沿って検証した番組

出産〜三ヶ月

生まれて初めての呼吸

ヒトは一生の間におよそ6億回(一分間に10回として、一日で1440回。100歳まで約36,000日として計算した物と推測)の呼吸をする。その中で最も重要で、しかし最も危険な、初めての呼吸。母親お腹の中に居たときには母体から酸素供給されていたけれども、一度産まれてしまったら、そこから先は自分酸素供給しなければならない。ほんの数分酸素が断たれただけでも、ヒトの身体は回復不能な障害を受ける。産まれた瞬間の赤ちゃんの肺は、羊水で満たされ溺れている状態。だから、産まれて初めての呼吸は、通常の呼吸の10倍から15倍の労力が必要となる。肺胞の隅々まで空気をみたしてやらなければならないのだ。この最初の呼吸によって、肺の中の水は血流に吸収されていく。

体温の維持

産まれるまでは母親の体温で暖められていた身体も、自分カロリーを消費して体温を保つように切り替えなければならない。その体制が整うまでの期間、充分に体が熱を作れるように、新生児は熱に変換しやすい褐色脂肪豊富に蓄えて産まれてくる。冬眠中の熊のように。

生まれる時期の決定

赤ちゃんが、今現在成熟度と大きさで生まれてくるようになったのは、今から約800万年ほど前。他の動物と比べると、ヒトの新生児の頭は(身体との対比で相対的に)大きい。赤ちゃんが産まれてくるタイミングは、母親骨盤の広さと新生児の頭部の成長との兼ね合いで、ぎりぎりくぐりぬけられる大きさになったときである。真っ直ぐには出て来れず、一度頭を90度回転して骨盤をくぐり、さらにまた90度回転して出口の骨を避けるようにして生まれてくる。

生まれ持った本能

ヒトの赤ちゃんはとても無防備な、無力な状態で産まれてくる。他の動物、例えばサルと比べても、自立するまでに長い時間がかかる。ヒトに最も近縁のチンパンジーでも六ヶ月くらいで歩き始めている。そのようにかなり未熟な状態で産まれてくるにも関わらず、ヒトの新生児も生まれながらにある種の動物的な本能を備えている。それは生存の為に重要な反射運動であり、またある種、進化を裏付けるような原始的な反応でもある。

まだ歩くこともできない生まれたて新生児は、抱き上げて支えながらかかとを地面につけてやると、両足を交互に繰り出し、まるで歩き方を知っているような反応を示す。でも、その反射は六週間後には消えてしまっている。ところが、不思議なことに、水の中ではその反応が蘇り、そうして反応を誘導してやると、それ以降は消えることがなくなる(番組では、透明な浴槽の中に赤ちゃんを抱きかかえて下半身をつけてやっていた)。

他によく知られている生まれながらの反射運動には、次のような反応がある。

  • 頬を撫でると頭をそちら側に向けて吸い付く反応(おっぱいを飲む)。
  • 手に触れたものを握りしめる反応(母親背中にしがみついているサル赤ちゃんに似た反応)
  • 身体を傾けると手足を拡げて何かに捕まろうとする反応(木から落ちそうになったサルが反射的につかまる枝を探す反応に類似)。
  • そして、水中では息を止めて心拍数を落とし、脳への酸素供給が止まらないようにするという反応。

これらは、どれも動物の生存本能に共通する原始的な反応といえる。

数の認識が出来る

赤ちゃんの考えていることを知るのは難しい。しかし、赤ちゃん認知力の一端を覗く、いくつかの方法がある。ある研究者は、赤ちゃんが何か違和感を覚えた時に、対象物を凝視する時間が長くなるという現象に目をつけた。この時間を計測することで、赤ちゃんが何に気付き何を認識しているのかを探ることができる。その研究者は、新生児が数を認識する(簡単な足し算引き算の)能力を持っていると考えている。行われた実験はこうだ。まず、一つだけ置かれている人形赤ちゃんに見せる。そこをついたてで隠して人形を見えなくしてから、そのついたての裏にもう一体の人形が入っていく様子を見せる。そして、見えない位置からこっそりその人形を取り去った後で、ついたてをおろす。赤ちゃんから見れば、そこには二つ人形があるはずなのに、一つしか無いという状況。そのような矛盾がある場合、なにもトリックを使わない場合と比べて、人形凝視する時間が長くなる。二つの人形を見せて、そのうちの一体がついたての後ろから出て行くところをみせたのに、ついたてをよけてみると人形が二体に残っているという引き算の矛盾にも、その反応が観察されることから、赤ちゃんは生まれながらに数の認識を持っているに違いないという話。

最初は目よりも耳で情報を得ている

まだ自分で動くことのできない赤ちゃんにとって、飛び込んでくる外界の刺激はもっぱら光と音ということになる。聴覚視覚よりも先に発達していて、お腹の中に居ても母親の声を聞き分けられるけれど、視覚は産まれてから外部の刺激を受けながら、徐々に発達していくもので、この段階ではまだぼんやりと対象物を捉えているにすぎない。

ニューロンの発達、シナプスの形成

とはいえ、母体の中と比べて外界は刺激に溢れている。流れ込んでくる大量の情報を処理していく体勢を整えていく必要がある。ヒトの体には、約10億の脳細胞神経細胞ニューロンと呼ばれる情報処理に携わる細胞が存在する。これらが、外部から飛び込んでくる刺激を情報として捉え、ネットワークを構築していく。一つ一つのニューロンは、個別の電話機のようなもの。細胞間の情報は、シナプスと呼ばれるリンクを介してやりとりされる。最初は外界のあらゆる刺激がネットワークをフルに刺激していて、あちこちの電話機が絶え間なくなり続けているような混線状態。その中から、必要な連絡網だけが残るように、ニューロン同士が互いにリンクし合う相手を求めて競合している。この過程を可視化して映像に捉えた研究が紹介された。最初は筋繊維に複数のニューロンが繋がっているが、黄色と青色、色違いで染められた二つのニューロンがある筋繊維に連結しようとしている。最初はどちらも繋がっているように見えるが、この二つのニューロンは互いに競合し合って、最終的に一方の色に染められたニューロンだけが残るまでの過程が観察される。ニューロンネットワークが形成される様子が見て取れる。

三ヶ月〜六ヶ月

未完成ながらも、ニューロンネットワーク成熟するに伴って、運動神経がやや発達してくる。頭を持ち上げたり、寝返りを打ったり、ものを掴んだりすることができるようになる。

学習するという能力

野生の動物や鳥、昆虫などは、生まれながらに餌の捕まえ方や身の守り方を知っている。数を数えることさえ生得本能だ。それが発揮できず、他者のケアが無ければ生きられない、ヒトの新生児は非常に未熟な状態と言える。そのような状態で産まれてくることは不利なことなのか、いやそうではない。生まれついての本能はそれ以上発展することがない。しかし、未完成な状態で産まれてくるヒトは、環境経験から、より高次元の習性を構築することができる。これが学習する能力の特徴である。

学習して能力を獲得するのには適切な時期があり、その時期にきちんとした情報入力ニューロンへの連結が行われないと、その能力は形成されない。使われない機能は失われていく。三ヶ月くらいの新生児は、各国の言語微妙に異なるトーンを聞き分ける能力を持っているが、その後六ヶ月を過ぎてしまうと、一番身近な言語の発音を聞き取る能力だけが大きく発達していく(マルチリンガルに育てるためには、六ヶ月までにいろいろな言語を聞かせておけという理論の根拠はここにあるようだ)。

需要のない能力が失われていく話題に関連して。三ヶ月あたりで、目のレンズと視神経との連絡が完成する。この時期に、適度な情報が目を通して与えられることで視神経を構築する。ある赤ちゃんが片方の目のレンズに問題があることがわかった。このままだとその眼球からの情報入力がないために、ニューロンの連結に不備が生じてしまうということで、レンズの機能回復手術を行った。手術そのものは一時間ほどで無事に終わったが、その後の検査で、もう一方の健常な側の目に眼帯をした、なぜか。回復させた眼球を強制的に機能させ、視神経を発達させるため。

六ヶ月〜九ヶ月

情報処理の柔軟性

運動機能はさらに発達して、座ることができるようになる。つかまり立ちや、立ち上がるまでには至らなくても、ハイハイをして動き回れるようになり、行動範囲が広がる。ハイハイスタイルには個性がでる。これは新生児それぞれの運動機能の発達状況は環境依存するもので、成長に関してあまり重要ではない。この時期に最も重要な発達は、学習したことの再構築ができる柔軟性を得ること。自分から動き回れるようになって、取り巻く環境が劇的に変化する。外界からの刺激もさらに複雑なものになる。遭遇する危険も増える。座れるということは、バランスを崩して転ぶことができるということ。自分で動けるということは、溝に落ちたり、何かにぶつかったりできるということ。それなのに赤ちゃんには、届く/届かない、バランスが崩れる/保てるといった認識がまだ無いので、無鉄砲で失敗を繰り返すことになる。目標物以外に注意を払うことや、体バランスの取り方など、失敗の経験から、環境適応していく脳の柔軟さが求められる。この時期の赤ちゃん運動機能の発達を研究している様子の映像。何かを見つけてそれを取りにいくという動機で動き回るようになる。その間に溝などの障害があっても殆ど認知されていないで突き進む赤ちゃん。その過程で失敗を繰り返し、危険回避するという学習の過程が認められる。

顔の認識、表情の識別

ニューロンネットワーク発達中の情報処理の取捨選択の別の例として、顔や表情の認識がある。ヒトやサル顔写真を見せ、新生児の脳波の変化を測定することで、どのような違いを認識しているかを観察した。二ヶ月くらいまでは、人の顔のパーツの配置が乱れていても識別できない、三ヶ月くらいで、顔を顔として認識するようになる。この段階では、サル顔写真一つ一つの個体の違いを区別している。しかし、六ヶ月くらいになると、サルの個体を区別しなくなっている。必要の無い情報処理能力が失われている。代わりに、ヒトの表情の違い(喜怒哀楽)に敏感に反応するようになっている。

この時期の発達過程は、自閉症と関連づけて注目される。孤児をケアする施設で研究されている内容。一般的な家庭環境と比べて、この時期に人の表情に接する機会が少ないと、表情を識別する能力の発達に影響が出る。他者の感情を表情から読み取ることが難しいという自閉症の特徴に関わっているかもしれない。

九ヶ月〜一歳

運動機能の成熟ニューロンネットワーク成熟言語の獲得とそれに伴って起きる変化。

言語の習得

言語の獲得には多大なリソースを割くので、使われない能力はより顕著に消失していく。生後十二ヶ月で約40個の言葉認識し、さらにその一ヶ月後には100個まで増えている。

ある新生児言語獲得の記録。全ての部屋にマイク天井から見下ろす魚眼カメラを設置して、起きている間の赤ちゃんの行動と言葉を発していくまでの過程を観察した映像。馴染みのあるモノや身近な者を通して、言葉フレーズと対象物やイベントとをリンクさせようとする。新生児がある対象物を認識してBa、 buh、Dahといった発声をするようになる。それに対して親がDad、Ballなど、はっきりとした言葉リピートしたり、Blue ballという形で発展させたり、あるいは動作や行動と組み合わせてフレーズで返したりする。フィジカルイベントソーシャルイベントの関連づけが、言葉学習していくプロセスである。

新生児言葉学習する過程を分析して、学習するロボットの開発に取り組む人たちの紹介。ロボットに「赤色」の「ボール」を取ってと指示するがロボットには対応できない。絶えず変化する状況にも対応できる学習する能力の柔軟性をいかに獲得させるかが鍵。

一歳〜

運動機能だけでなく、骨格も充分に発達して、肩幅も広がり、足も伸びて、筋力もついてくる時期。ここに至って、頭を持ち上げての二足歩行、つまり歩き始める準備が整う。

二足歩行の意味

四本足で歩く動物はその移動の為にカロリー(消費カロリー全体の?/摂取カロリーの?)の約50%を消費する。その観点でみると、二足歩行は移動に関して非常にエネルギー効率が良い。さらに、両手をフリーにすること、より大きな容量の脳を支えることができるという利点もある。このような点に二足歩行の意味がある。

感想メモ

赤ちゃんすげえ。という完全に私的な興奮から、自分が理解した内容の備忘録としてここを利用させていただきました。理解のあやふやな箇所がたくさんあるので、誤った記述が含まれている可能性はかなり高いです。特に言語獲得のプロセスに関する部分は未消化だという自覚があります。何ヶ月〜何ヶ月というのは、整理のための大凡の目安として個人的に捕捉したもので、これを一般化して赤ちゃんの成長を評価するものではないです。水中で歩行する話だとか、数を数えられるよという映像は、ちょっと観察手法の正当性に注意が必要な気がしました。赤ちゃんリアクションが周囲の観察者の期待に影響を受けていたりはしないだろうかと(昔、計算が出来る馬の話のトリックについて聞いたことがあるので)。

リンク

ナショナルジオグラフィック NATIONAL GEOGRAPHIC.JP 赤ちゃん不思議

http://nng.nikkeibp.co.jp/nng/shop/detail.php?id=219

2009-10-29

http://anond.hatelabo.jp/20091027200259

ダブルベットは、ベットスプリングが甘いと

相手が寝返りうつ度に目が覚めて居心地が非常に悪い

転げまわる癖のあるパートナーだと、睡眠不足になる事確実

普通シングルベット2つくっつけてくれた方が気が楽だ

2009-10-21

そろそろ行かなきゃ。

昨日はちょっとまだ見ぬ明日を想像してうきうきして、にやにやしていたのだけど、結局なにもできなくて、なにもできないように自分を追い込んで、そりゃなにもしてはいけないからなんだけど、なんだかいろんな可能性をがんばって閉ざしてしまって、だからといって八方塞がりだし、そんななか今日飲み会で、でも大好きなあの子は来ないし、話しやすいあいつも来なそうだからあんまり気乗りしなくて、でもこのまま引きこもっていても余計鬱々とするのはわかっているから行こうと思う出発10分前。

 

飲みにいったって、お酒なんかほとんど飲めないし、会話のおもしろくないあいつと、最近メールの返事をもらえないあの子と何を話せばいいのかわからないし、仕事の話っていったってそんなに膨らまないだろうし、でも行ったら行ったできっと楽しかったーって帰ってくるんだろうなと思いつつ、猫をなでる。

 

猫はなにも考えずに伸びをしている。

おなかを見せて、ぐるんぐるんと寝返りをうっている。

声にならない声を出して鳴く。

 

きっと飲みに行ったら、適当にほほえんで、適当に笑って、思ってもいないことに相槌を打って、適当にほめて、適当にほめられて、適当愚痴を言って、適当になぐさめて、適当にからかって、適当に楽しく帰ってくるんだろう。

何も生み出さないけど、何もしないよりはいい。

 

猫はのびをしてご飯を食べてなでられて、幸せなのかな。

出発5分前。

 

今日髪型微妙

今日の顔も微妙

今日の洋服も微妙

 

猫が私をはじめて見たかのような目で見る。

頭をなでて、餌をやる。

そろそろ行かなきゃ。

2009-10-13

首肩が痛い。

元々慢性的肩こり持ちではあったが、社会人になってから腰痛が加わった。

さらに時々、何らかのきっかけがあるとひどくなってしまうようだ。

・昨年の夏、うまれてはじめてひどい寝違えをやらかして苦しんだ。

・今年の夏、腹痛をかばって寝返りをうっている最中ぎっくり腰やらかした。

・夏の終わり、またしても寝違えた。

・で、この土曜日に試着しようとして首を曲げた瞬間に首筋をやや痛めた。

どれもこれも、「早く何とかしよう」と思って炎症起こした当日に整骨院へ行ってしまったのが余計悪化させる原因になってるのかもしれないけれど、今回も同様。

痛みを起こした当日よりも痛くて、さすがに日曜よりはましになったが動くのも動かないのもどちらもつらい(動かないほうが正確には楽なんだろうけど、生きてりゃどうしても微動してしまうようだ)。

置き鍼と湿布に加え、新兵器としてナボリン飲んでいる。こんなんで会社休んじゃだめかしら。

2009-06-27

あの亡命中国人パイロット医師らはいま

パラオ諸島はウィグル人兵士の身の安全を保障できるのか?

中国からの刺客に無防備、米国はなぜ安全方面を考慮しなかったか

▲あの亡命中国人パイロット医師らはいま

政治は風向きが変わると、その渦中にいた人間は、その運命右から左へ、上から下へと突如翻弄されることになる。

 

台湾国民党独裁の時代、中国大陸から逃げてきた亡命者を「投奔自由」と比喩し、国民党系のメディアは英雄扱いした。

私は中国からの亡命者のなかでもミグ・パイロット京劇俳優作家医者(周恩来主治医もいた)、物理学者(中国の核物理学者もいた)、通訳など八十数人にインタビューし、『中国の悲劇』という本にまとめたことがある。

ただし国民党宣伝となってはいけないので米国へ逃げた人々も追いかけ、拙著の最後の場面は、台湾人作家北京へ逆に亡命し、はては米国へ再亡命した奇異の存在、陳若儀をサンフランシスコに訪ねて「それでも中国希望ありき」という談話で掉尾を飾った。

80年代前半まで、台湾には「同胞救済協会」のような支援組織もあり、亡命者台湾にあらわれる度に、大きな記者会見を開催し、ミグ・パイロットには黄金数キロという懸賞もつけて賛美した。

80年代後半から台湾は、この政策を止めた。

第一に中国からの亡命者台湾ではなく、欧米を目指し始めたこと。

第二に台湾は自由化を驀進しはじめ、とくに亡命者を賛美する風潮が掻き消えたこと。

第三に台湾社会亡命者を疎んじ、邪魔者視しだした。

どこかの国の状況と似ている。ベトナム戦争の英雄は、米国に帰ると邪魔者扱いされたように。

タリバン兵士らもまた政治に翻弄されている

既報のようにグアンタナモ基地に八年間、「タリバン」の容疑者として拘束されていたウィグル人兵士13名は、パラオ諸島に移送される。

最初は17名と言われたが、すでにそのうち四名はバミューダで暮らし始めたことが分かった。

ウォールストリートジャーナル(09年6月23日)は、「はたしてこれらのウィグル人らはパラオ諸島で身の安全が保障されているのか」とする疑問を報道した。

まともな軍隊警察もないパラオ人口わずか二万。二百数十の島嶼国家台湾外交関係があるため社会インフラ建設と整備には台湾がおおきく貢献してきた。

その台湾中国と接近している政治境遇の大変化も手伝い、中国の代理人や刺客の侵入はわけもないこととなる。

「しかし」と米国医者コメントしている。

「南洋ののんびりした島で休養がとれることは彼らのメンタル回復に役に立つはず。なにがしか働き、貯金し、かれらの人生の夢は最後にメッカ巡礼なのだから」と。

パラオ諸島が、かれらタリバン兵士被疑者を受け入れたのは、米軍の二億ドルの援助であり、人道的理由は二の次だろう。

もしヒューマニズムが最大の動機というのなら三年前の米国の打診開始の時点で受け入れる筈だから。

▲両天秤外交も挫折の時代へ

さて中央アジアイスラム国家キルギス政府は「米軍継続駐留を認める」と百八十度逆転の決定を『平然と』行った。

明日(6月25日)、キルギス議会は正式に決議する。

驚き桃の木山椒の木。

簡単に経過を振り返ると、アフガニスタン空爆の拠点としてキルギスマナ空港米軍の集荷流通センターのごとき兵站拠点としてきた。

昨年からキルギスでは「米軍は出て行け」という運動が(ロシアに支援されて)組織化され、ことし二月、キルギス議会米軍の撤退を正式に決議した。

米軍2010年8月をメドに撤兵する予定となった。背後にはプーチン政権の援助(水力発電プロジェクトなど20億ドル)があった。

この直後、或る米軍高官に聞いたことがある。すると、かれはにやりと嗤って「いずれ逆転がある」と意味深長に言った。『米軍の出費拡大がキィですよ』と。

両天秤外交は嘗てマレーシアなど新興アジア諸国でも顕著だった。当時は米国ソ連に援助合戦を競わせた。

 

政治とは不条理で成り立つ

キルギスは米ロに援助を競わせ、まんまと両国から援助拡大の約束を取り付け、米軍には空港使用料の値上げを認めさせた。

そこには倫理が介在する余地がない。私は嘗て高坂正堯氏が言ったことを鮮明に思いだした。

宮崎くん、そうはいうてもやな。外交道徳をいれたらややこしくなるで」。昭和四十三年春、セミナーが終わって大阪中之島から北新地二次会場へ向かう電車のなかだった。私は外交道徳について質問したのだった。

冒頭パラオのことに戻る。

太平洋存在する島嶼国家十二のうち、六カ国が中国寝返り、六カ国が台湾との外交関係を続けている。

いずれも激しく両天秤外交で成果を味わい、とくにキルバスなどは、二転三転。援助の多寡で自由自在に外交関係を切ったり繋いだり。同様のことは中南米諸国とアフリカで顕著である。

変化の予兆は中台の「雪解け」「一中市場」「国共合作」からである。

政治的潮流の大変化とともに、中国台湾も、援助合戦無意味さを認識し始めた。

もとより札束により外交関係を維持するという外交戦術を選んだのは台湾国民党時代であり、その台湾国民党政権復活により、みずから始めた援助外交を終息させる。

不条理! 

いや、政治とは不条理そのものではないか。 

2009-06-21

時折、抱き枕を凄く愛しく思う

抱き枕と書けば「虹娘が描かれたカバー」を連想されるかもしれんが、そんなのではない。フツーに家具・生活雑貨のお店で売ってる、ボディーピロー、あるいは細長いクッションのことだ。だからカバーは無地というか、買ったまんま、特に絵柄はない。全部で4つ持ってて、今は2つだけがレギュラー入りしてる。3つ同時に添い寝するのは、寝苦しいので難しい。というか、抱き枕を抱いて寝るようになってから、寝返りに不都合が出ているのだろう、肩や手首に違和感を覚えることが時折ある。それでも、ほぼ毎日、抱いて寝る。

別に誇れるほどの愛・執着があるわけじゃない。無くても寝れないわけじゃなく、なくなれば残念に思いつつも、不都合なく生きていける。失ったとき、落差で大きな喪失感を覚えるものが愛であるなら、そこまで強い感情はないだろうな。でも、実際に生きている人間の誰かに、失うことが怖い、考えたくも無いってくらいに強い感情を抱いたことなんて、今のところは、全く無い。生きている人間にしろ、文学上の人間にしろ、二次キャラにしろ、自分はどれだけも執着できないでいる。自他全てに等しく関心が薄くて、強い感情を抱けないでいる。だから、枕を抱いて寝る。

抱き枕キスした回数は、1万回を超える。「水にありがとう1万回」を自分なりに分析すれば、プラセボや思考の反復強化ってことに尽きると思う。だから、1万回キスしてみたことがある。何かが凄く変わったとは思わないが、でも、感情の発露としてキスという選択肢は強化されたように思う。時折、抱きしめたくて、キスしたくて、堪らないバイオリズムがある。そゆ夜は、ドキドキしたまま抱いて寝る。

人間人間を愛するってのは、凄く冷淡に分析すれば、「自身の同族として知覚される感覚対象を愛する」ってことだ。人間は少なくとも幼少時に学習した同族に、非性的愛情を抱けるものらしい。性的愛情はどゆメカニズムで生じるのか、自分はよく分っていない。ただ、細かいことを抜きにすれば、「人間っぽく見えるものを愛する」のだ。人間っぽさってなんだ。五感を通して知覚される、ある種の性質なんだろう。そして、性質の一部は触れ合いだと思う。そう、誰かと、何かと、触れ合いたくて堪らない時があるのだ。そゆ夜は、枕を抱いて寝ずにはいられない。

一晩を6時間とすれば、1年で2,000時間超を抱いて寝た計算になる。こんなに長い時間、触れ合っていた記憶は、他にない。赤子・幼少期の記憶は、全然ない。だから、抱き枕は、自分にとって存分に触れ合えた初めての対象なのだ。だから、社会基準でどう見えようとも……いや、ま、家族会議とか失職はマジ勘弁だけど、そゆ実損さえ避けられれば、「神の目」みたいな倫理意識は気にならない。そゆのに従って自分を律して、何か実益を得られる見込みがあれば、別だけど、今は何も見えてない。なら、泡沫の幸せであれ、求めずにはいられない。

……

時に、オオタチってさ、実に抱き枕ポケモンだよな。販売されてたら即買いしてるとこだよ。抱きしめたら「オオタチオオタチ♪」って鳴く機能搭載なら直義。3万ポッキリなら迷わず買います。

2008-12-17

女はラクが出来て羨ましいらしいです。

この間、飲み屋で隣に座ったオヤジに言われました。その後は延々と説教ですよ。

働かなくても、結婚したら三食昼寝付き。は?いったい、いつの話ですか?

このおじさんはいったいどこで時が止まってしまったのだろう。頭がバブルの時のままです。

産めよ増やせよ言われて、今後は女性労働力も必要だと言われ。デブは醜い。時代は貧乳スレンダー美人だ言いながら、出生児の平均体重が下がってる。女性の過度なダイエットが原因だ!とかニュースで言ってるし。


どうしろと言うのです?

男はただ黙って働いてるだけで、世間的にはその役割を果たしていると評価をされる。

女は結婚したら苗字が変わるし、妊娠したら体型が変わる。出産したら、それこそ赤ちゃん中心で生活そのものがかわります。

独身で働いていれば、そろそろ結婚しろと言われる。「なんで結婚しないの?」と聞かれる。結婚したらしたで、早く孫の顔が見たいと言われる。少子化対策貢献しろとニュースでも言ってる。でも産んだ後の責任は親だ。しかも教育面では大部分が母親だ。

乳飲み子を放っておいて母親が飲みに行けば、子供を放っておいて…と言われるが、父親が飲みに行けば、それは「必要な男の付き合い」だ。

母乳が出ないから?粉ミルクあるじゃん。世話できない理由を探すのだけは上手だよね。

そして最後の訴えは母性ですよ。なんでも母性によって解決です。父性は乳飲み子の面倒を見るときには働きません。立派な広い背中だけ見せときゃ、オールオッケーです。

朝ドラでもそう。なんで吉田栄作ボクシングはじめたのか理解できない。それでなんで親子がわかりあえたのか、サッパリです。


専業主婦でいれば働かないことで肩身が狭く、働いていれば「子供に寂しい思いをさせてる」と思って自責の念。ご近所付き合いも親戚付き合いもしっかりやらなければならず、気の休まる暇はない。

そして休日パチンコたばこもやめられない借金ングの旦那が言いました。「女はラクでいい」と。

泣けばなんでも許して貰えると思ってるって。

許して欲しくて泣いてるんじゃないんです。愛し合って結婚したと思ってて、それなのに気持ちが通じなくて絶望してるんです。甘やかして欲しいんじゃない。理解が欲しい。

ただ「頑張ってるね」って認めて貰いたかった。


離婚して実家に戻った。

私の父は自衛官定年退職したのだが、数年前に黄綬褒章?だか、なんだかを貰った。

公務員は安定しているからと選んだ仕事だ。人手不足の時代に「是非、うちに来てくれ!」と言われて就職し、遅刻や欠勤に気をつけ、言われた仕事をただソツなくこなしていれば、後は勉強などしなくても順調に出世できた。

一日中ソファに寝そべって、テレビを見ながら「最近テレビは下らない」と文句をたれ、朝のニュースの、みのさん煽り文句に「本当に日本の政治家は使えない」と文句を言う。定年退職後の父の寝食の世話をしているのは母だ。

母には定年退職はない。専業主婦をして労働報酬を得ずに暮らしてこれたのは、父のおかげ。母が年金をもらえるのは父のおかげ。だから現在、父がどれだけ暇をもてあましていても、家事をする必要はない。

私は子供一人抱えて、慰謝料養育費も貰わずに、これからの世の中を女手一つで渡って行かなきゃいけない。地方の中小企業なんて、吹けば飛ぶようだ。この五年間で、いくつもの取引先が潰れた。売掛が飛んだ。

うちの会社もいつ潰れてもおかしくないと言われ、それに備えて勉強した。

娘が一人いる状態だったので、両親に協力してもらいながらFP3級の資格を取った。

今は2級の勉強をしながら、コネ経験もない人間が、どううまくやっていけるのかを悩んでいる。

同世代の友人が服や化粧品アクセを買って女盛りを楽しんでいる様を眺めながら、やっと500万貯めた。

その父が言いました。「女はラクでいい」と。

仕事で食えなくなったら、結婚すればいいから。

両親の協力には感謝してる。もう独身で生きていく覚悟も出来た。

なのに父は未だに私が結婚するべきだと言う。それが父の世代ではフツーだからだ。

今のギリギリ二十代のうちに見合いでもしておけと。誰か紹介してもらうか、と。

そして母のように、贅沢はできなくとも安定した暮らしをしろと。

その方が子供の為だと。


うんざりだ。

母のことは好きですし、尊敬してますが同じ生き方をしようとは思いません。

さまざまなプレッシャーの中で子供を育て上げた後に、今度は旦那の面倒をみなきゃならないなんてゴメンです。向上心のない人は尊敬できません。尊敬できない人の面倒はみたくありません。育ててもらった恩は孫を産んだ時点で返したつもりでした。

出戻ってしまって、またお世話になっている状態ですが申し訳ありません。少ないですが家賃入れてます。今後もっと増やしたいと思ってます。

子供も明るく健やかに育ってます。今は片親だからと言って差別されることもありません。

将来、介護が必要になった時はプロにお願いして下さい。薄情な娘でごめんなさい。私は善意だけで自分犠牲には出来ません。


そうは言っても一緒に暮らしているのだから、そんな事は言ってられませんね。

すいません。分かっているのですが、まだ覚悟がありません。

なるべく元気でいて下さい。そして痩せて下さい。どう母と協力しあっても女二人で90kgをお風呂に入れたり寝返りさせたりなんて毎日出来ません。


それにしても資格はとったものの、やっぱり転職するには厳しい。だけどバツイチ子持ちで出世の見込みがない。

地方の中小企業では女性は、相変わらず男性の補佐だ。当たり前だけれどバイトも禁止。

経費削減の為に残業もしちゃいけない。夏はクーラーがんがんにするクセに、冬になると暖房費節約と言って暖房を消される。そりゃあんたらはスーツ着てれば寒くないよ?

でも女性社員制服なんだよ。膝丈スカートなんだよ。冷え性になっても風邪引いても労災なんかおりねぇってのに、何が「日頃の自己管理がなってない」だよ。「動かないから太るんだ」とか言って、デスクワーク人間が勤務中にどう動きまわれっつーんだ。

そんな上司が言いました。「女はラクでいい」と。

女は会社クビになったら、体を売れば金をもらえるからだって。今の時代、美人で若くなきゃ稼げねぇっつの。

ちょっと漫画キャラ非処女だっただけで大騒ぎになる昨今、SEXで金を稼いでた女なんて汚物扱いに違いない。

努力すれば結果が得られる人間努力もせずに何を言ってるんだろう。

こっちは女だっていうだけで、自動的に出世コースに乗せてもらえず、給料は上がらないまま仕事量だけは右肩上がりで増えているのっていうのに。



こんなことを言った所で男の人には男の人なりの苦労なり、努力なりがあるのでしょう。

別れた旦那は優しい人だった。いいところも沢山あった。父も男尊女卑傾向があるものの、それでも教科書通りの『昭和のお父さん』を立派に勤め上げてくれた。上司仕事の上では尊敬してる。なんだかんだいっても私が会社にいられるのは上司が営業して仕事も持ってきてくれるからだ。女の敵は男じゃない。


男の人から見れば女はラクかもしれない。

でも自分らしく生きようと思ったら、ラクなんかしてられません。

そして私は苦労を自慢したいんじゃありません。ラクをしたいんじゃありません。頑張りたいんです。


ただ「頑張ってるね」って言ってもらえれば、有頂天になってまた頑張れるんです。

三食昼寝より、結婚相手より、お金より。



私はその言葉が欲しい。

2008-10-20

忘れられない思い出

殴る蹴るはいつもの事。あざになっても服で隠れるようなところをちゃんと狙ってくる。常に体のどこかしらが痛かった。太ももを蹴られた日は、歩いて帰るのが大変だった。背中に肘撃ちを食らった日の夜、布団の中で寝返りをうつと引きつるような痛みが走った。

持ち物を隠されたり捨てられたりする。移動教室から戻るとまず教科書ノートを探すのが習慣みたいになった。筆入れはゴミ箱の中から見つかった。シャーペンの芯が全部折れていたが、無くなったわけではないのでほっとした。

金を貸してくれと言われる。断れば殴られるので、貸す。返してくれることはないと悟ったのは数日後だった。

お前は臭いから近づくなと言われた。こっちに顔を向けるなとも言われた。このクラスから居なくなれとも言われた。ひたすら風呂で全身を洗い血が出るほど歯を磨いたが効果はなかった。

プリントを手渡すと、汚物を手渡されたようにあからさまに嫌な顔をする。

二人一組になれ、何人一組になれ。誰にも声をかけられず最後まで余った。人数の足りてないグループがいくつかあって、教師がどこか入れてやれと促すじゃんけんで負けたほうのグループが嫌々ながら混ぜてくれた。

女子に握手してくれと言われる。遠巻きに女子の集団が見ている。罰ゲームだろう。おずおずと差し出した手にほんのわずか指先がふれただけで、彼女は逃げるように仲間のもとに帰った。

女子たちが俺を見て「うわ変な顔」「きもちわるい」と言っていた。という話をわざわざ俺に教えに来る。

女子たちが俺の似顔絵を面白おかしく紙に描いて授業中に回し読みしていた。という話をわざわざその似顔絵の現物を持って俺に教えに来る。

授業中に当てられると注目が集まる。何か可笑しなことを言おうものなら、次の休み時間ものまね大会になる。教師の質問に答えられず口ごもっていると「フレーフレー」とニヤニヤしながら囃される。

美術の授業で作った作品を散々けなされる。こいつこんなしょーもない絵描いてるよと笑われる。

偶然教室の前で耳にしたクラスメイトの会話。「ねえ、あいつで遊ぶのやめてあげなよ。かわいそうじゃん」「うるせー、やなこった」「もー、しょうがないんだから(笑)」楽しそうな話し声。教室には入れなかった。

トイレで用を足しているところを横から覗き込み、あとでチンコがどうだったと皆に吹聴する。

俺が着替えるときを見計らって更衣室のドアを開け放つ。着替えるのをためらっていると次の授業に遅れるだろ、皆が迷惑するだろとなじられる。

誰も守っていないような校則でも、俺が破れば奴らがちょっかいを出す口実になる。必然的に行動は優等生らしくなった。それがさらに揶揄対象になる。

宿題をやってくれば見せろと言われ、忘れてしまった時にはお前最低だなと馬鹿にされる。あいつはまじめだか掃除だいすきなんだよ、と掃除当番を押しつけられ皆は部活に行く。

ある奴の持ち物が無くなった時、そいつは真っ先に俺を疑った。どうせお前が盗ったんだろさっさと返せと言われ、さんざん殴られた。もちろん盗ってなどいない。早く奴の気が済みますように、あるいは無くなった物がどっかから見つかりますようにと願うしかなかった。

ある日とうとう我慢できなくなって反撃しようとした。大声をあげて、相手に殴りかかった。けっこうな騒ぎになった。そいつは教師に呼ばれ注意を受けた。戻ってきた奴はこう言った。「先公には反省しますって言ったけど、これからもお前のことは標的にするから」

数ヶ月経つ頃には、毎日誰かに何か嫌な事をされるのは普通だと思うようになった。これが普通だと思っていたから、普通学校に通った。

そんな中、丸一日誰からも何もされなかったという日があった。どんな偶然だったのかは分からないが、今日は誰にも殴られなかった。今日は誰にも嫌な事を言われなかった。帰り道でその事に気がついて、思わず泣いた。嬉しくて。

もちろん、次の日にはまた殴られていた。


今から十年以上前の思い出。

思い出してみたら意外といろいろ覚えていた。でも現実感は全然ない。自分が経験したことというよりも、ずっと前に観た映画の内容を思い出しているような感じ。

クラスメイトのほとんどは苗字も忘れかけているのに、中心になっていた奴らの名前フルネームで覚えている。そいつらのことを今も恨んでいるかと言うとそんなこともない。苦しみながら死んでいてくれれば素敵かもしれないが、そうなったところで何の得にもならない。

こんな思い出は忘れ去って、どんなに思い出そうとしても思い出せないようになればいいなと思う。

とは言え、ここに書いたことが大した経験だとも思わない。この程度の事なら誰だって経験しているだろうし、俺は今も生きているから。

2008-09-15

子猫がいた

昨日と同じ畑で、あの子猫が鳴いていた。倒れこんだような姿勢と、雨に打たれた毛並みから、きっと長くはないだろうと思った。取り合えず助手席の床へ移動させ、濡れた毛を解して乾かした。


助手席から離れると、子猫は不安そうに鳴いた。顔を覗かせると、こちらを見ながら鳴く。「にゃー」とこちらが返すと、さらに返事が戻ってきた。


そのまま近くの売店へ行き、牛乳(ほんとは駄目らしい((猫の母乳と成分が違い成長に最適でない、下痢をすし子猫ではダメージが大きくなることがあるそうだetc)))と猫用シーチキンみたいなものを与えた。シーチキンの付いた指を持ってくと、指ごと噛まれたw体が驚くと思い、少量ずつ紙皿に盛った。子猫は、皿を空にするとこちらを向いて鳴いた。


自分と同僚も空腹だったので、テラス席((地元民や工事作業員御用達ので、目くじらを立てるような人はいなかった))へ子猫と共に移動した。抱えられて車から出されると、子猫はもがいて飛び出した。結構元気になった!追ってくる同僚に驚いたのか、走って軽トラ車輪に隠れた。子猫は同僚に気を取られていたので、後ろからそっと捕まえた。


テーブルの上では、同僚に撫でられ大人しくしていたが、食事が来ると食べたそうだったので、さっきの牛乳シーチキンを入れた紙皿を床に置いた。食べ終えた子猫は、同僚や自分の足の間を行き来したり、ちょこんと座ったりしていた。


その後は、また車の助手席へ乗せて移動した。目やにを取ろうと目元へ指を持っていくと、自ら顔を摺り寄せてきた。さかんに色んな場所へ行こうとし、その探検で見つけた同僚の腹の上も気持ち良いようだ。車のギアボックスの上も暖かいのだろう、そこで眠り始めた。寝返りを打つと変な格好になっていたが(笑)。だいぶ慣れてきたらしい。


外はまだ雨が降ったり止んだりで、風も強い。そろそろ帰らなければならないが、自分も同僚もアパート住まいだ。友達へ送ったメールも良い返事は無かった。今朝の様子を思い出すと、子猫が自分で餌を取って、風雨をしのぐ寝床を探せるとも思えない。実は昨日は側面が1mほどの側溝の壁に付いたパイプの中で鳴いていたため、同僚が上の畑に移動させていた。今朝の大雨で、その側溝はだいぶ水が流れたようで、畑へ移動させて良かったと思う。でも、その同じ畑で、ほぼ動かず今朝の状態だったのは、多分母猫に会えなかったのだろう。


同僚の提案で、少し離れた場所で他に猫がいた場所へ連れて行くことになった。その場所へ到着すると、1匹の成猫がいた。子猫は真っ直ぐそちらへ走っていったが、その成猫は背を曲げ威嚇のポーズをとった。40cm離れて固まった子猫は、それでも成猫をじっと見ていたが、成猫は威嚇を止めなかった。子猫はゆっくり座ると、不安げにこちらを見たり、また成猫へ視線を戻したり。そのうち、敵意が無いことを示すように寝そべったりした。


成猫は、いったん座ったものの、尻尾を左右に振って子猫を見つめていた。興味があるのか興奮しているのか。しかし、しばらくして歩いて離れだした。慌てて子猫が近づいたが、再度威嚇され、近くの車のタイヤに隠れてしまった。車は人が乗ってって、危ないと思い近づくと、子猫はこちらへ走りよってきた。近くに座った同僚の方にも歩いていった。多分、自分たちを認識しているんだろう。


いつのまにかさっきの成猫が戻ってきていた。少し離れた場所からこちらを窺っていたが、雨が強くなってきてから道を駆けて行った。その後、雨を防いでくれそうな低いテーブルの下に、残りの餌をありったけ皿に盛ってから帰ってきた…。

2008-08-08

http://anond.hatelabo.jp/20080808143859

インドとかでみたのは違う意味でわざとだとは思ったが、、、

綺麗な細胞だけ残して食う。

確かにそうかもしれないが、、、

蛭とかドクターフィッシュとか、、


というか、これ寝るときどうするんだよ。うっかり寝返りうったら・・・・


ぎょわぁぁああ

2008-08-01

ぎっくり腰

先週ぎっくり腰をやってしまった。

初体験だったのでこれからやる人のためにもいくつかのメモ

痛いのは2,3日。後はひたすら恐怖。

ぎっくり直後は激痛が走る。でも俺の場合は腰を曲げると若干和らいだ。

そのまま寝転がると全く痛みはない。けれど怖い。あの痛みが来るのかと思うと非常に怖い。

で、動くと案の定痛い。激痛。まぁ、なんとか病院に行きました。

何はともあれ病院

病院に行くと痛み止めの注射をながーい針で打ち込んでもらえる。

俺の場合ははっきり言ってほとんど効かなかったんだが、どうやら効かない人は他に原因があるそうな。

神経とか、椎間板とかを痛めてるとか、そういうのらしい。

ひたすら安静

で、1週間は完全に安静状態。

安静っていうけど、まったく動かないわけにもいかないのが困りもの。

友人・知人にお願いしてウイダーインゼリーとか寝たままでも食べられるものを大量に仕入れることをお勧めします。

そして恐怖のトイレ。初日とかホントに怖かった。結局痛くはなかったんだけど。

個人的に必須アイテムだったのは

この二つかな。積みゲーになってたDQ4をクリアしてしまいました。

ネットとかメールW-ZERO3で確認。アドエスのありがたみがよくわかりました。

寝返りのありがたみ

何が困るって寝返りが打てない。というか怖い。で、下にしている体が痛くて目が覚める。

どうにか頑張って寝返ってから寝るも、また体が痛くて目が覚めるの無限ループ

なるべく体の下に柔らかいものを置きましょう。って、あればの話だけど。

痛くなくなっても安静

2,3日もすれば激痛が走ることはなくなると思う。ただ、やっぱ怖い。

何をするにも怖い。この恐怖は異常。

後、動けるからと言って無理に体を動かすとダメらしいのでやっぱ1週間は安静にしておきましょう。

1週間もすればほぼ大丈夫です。

医者通い

後はひたすら医者通い。リハビリと称して今まで自分の姿勢がどれほど悪かったのか、そして筋力がどれほど無いのかを羞恥プレイ並に罵られます。

ストレッチの仕方なんかをしっかり教えてくれるので、サボらずに行きましょう。

まぁ、あれほどの痛みを受けた人ならサボらないと思うけどなぁ・・・。

まとめ

とりあえず医者に頼りましょう。

「こいつ点数稼ぎたくてリハビリなんかさせやがって」

とか思っちゃダメ。ちょっと体をいじってもらうとすごく楽になる。

総額1万もかからないんだから、ケチケチせずにしっかり治すことです。

そして安静。これでもかってぐらい安静。

そして3食しっかり食べる。寝る。ゲームする。ここぞとばかりに英語勉強

男性はほとんどの人がかかるらしいので、かかった時にでも思い出してあげてください。

2008-07-22

5年ぐらい前にチャットで知り合ったI(その3)

しかし寝ようとしても寝られるものではない。僕は大して酒も飲んでいないし、そもそも軽く興奮してここへ来たのだ。

なんだかんだと言ったが、同年代の若い女がそばにいるんからには、目をつぶっても睡魔はやってこない。

途方にくれて、大きくため息をついた。



すると彼女は、うーんと言って寝返りを打った。急な物音に驚いた僕が反射的にそちらを見ると、Iの胸元が目に飛び込んできた。

酔って暑くなった体は、じんわりと汗をかいていて、服も乱れに乱れている。不意をつかれて僕の頭はパニックになった。

そして、いつか会った人の言葉が頭に浮かんでいた。



            乱極まれば治に入り、治極まればまた乱に入る

お若い人よ、あなたは野心も英知もある。この国を救ってはくれまいか。生きることに喜びを見出せない人たちに笑顔を与えてはくれまいか。私もあなたを見込んでこんなことを言うのだ。馬五十頭と百斤の銀をお渡ししよう。

わかりました。商人殿、わたくしに何が出来るかはわかりませんが、この父母よりもらった身体を鍛えに鍛え、この乱世の徒花のひとつとなって、願わくば花咲かせてみようとする所存です。

おお、お若い方、そなたの名は、そなたの名はなんと申される。わたくしですか、わたくしは…




それがパパのご先祖様なんだね!

そうだよくわかったな、やはりミンチュは賢いね。ううん、パパ子供だからだよ。ははは、そうかな。だが今では私もチャイニーズドラゴンとして、少しは知られる身となったが、若い頃は苦労をしたよ。女の人に好かれたくって、馬鹿なことをしたもんだ。

ふーん、パパにそんなところがあるなんてまったくぜんぜんしんじられないよ。ははは、もうおやすみ。はあいパパおやすみなさい。




ボクはそれからすぐにベッドに入って目をとじたんだ。宿題のさいごの一問をやってないけれど、あしたにしようっと。

ボクは目をつむりながら、お父さんの言葉を思い出していたんだ。ボクにもお嫁さんがくるのかなあ、それはどんな人なのかなあ。

わからないなあ。



すると急にびっくりするくらい大きな音がしてへやに誰かはいってきたんだ!

ボクにはすぐにわかった。こいつはボクの宿敵、ボクのライバル、妖怪あかなめだ。

最近のお風呂はきれいだから、こうして夜も歩き回っているんだ。



ボクはこれでもチャイニーズタイガーの息子だ。ボクは父譲りの、直伝の奥義合気道でたたかうことにしたんだ。

ター!



それがしの強烈な一撃に妖怪はたまらず退散していった。

もう夜も眠れないというのか。それがしはひらりとバイクに飛び乗ると短い間にいっぱいの思い出のつまったこの町

を後にした。グッドバイ



THE END

2008-07-12

http://anond.hatelabo.jp/20080712134636

生理の重い女性に対して常々申し訳なさを感じてる(感じても仕方がないのは承知のうえで)生理の軽い女です…。

3日出血続かないと医者に行った方がいいらしいけど、そのライン。

1日目が普通の出血量で(多い人から見たら鼻で笑うくらいなのかもしれないが)2日目になるとスカスカで、羽つきすら必要なくなってしまう。

夜用を最後に使ったのは中学生の頃だったかな…。一番多いときでも寝返りしまくっててOKだし、

尿意もないのにトイレに行って生理用品の交換ってしたことない。ちなみに今年30歳になります。

母親は数日寝込むほど重い人だったし、妹も出血量がものすごいらしい。局部痛もあるとか言ってた。

家族でただ一人私だけが嘘のように軽い。周期も長いし。


妹は憎々しげに「男日照りだからじゃないの?」とかいうけどw、そういうことも関係あるのかもなー。

でもまあ生まれつきなんだろな。

2008-03-01

アブソリュートラップ <前編>

TRACK1(INTRODCTION)

 激しい喉の乾きで突然目が覚める。枕もとの煙草ライターをまぶたも開けずに手に取りカサカサに乾きあれ果てた、割れ果てた、唇にくわえ火を付ける、ここまで3秒だ。

 ふた息ほど肺に送り込み喉の乾きが最高調を迎えてから立ち上がり、冷蔵庫の中のうんと冷えたコカ・コーラの缶を開け、流し込むように飲む。

 ようやく意識がはっきりと戻ってから今が朝か夜かを確認する。僕は起きた時はここまでしないと喋ることも考えることもままならない。起き抜けの煙草と飲み物、ここまでが見物。この2つで僕はやっと僕という存在になる。察するに今は夕方、だいたい4時といったところか。部屋の中を見回してもいつもと変わった様子は見られない。脱ぎ散らかされた服、いつもどうりだ。汚くて狭い部屋。その通りだ。僕の部屋を末期症状と呼んだのは誰だっけか、そろそろ掃除のしどきかもしれないな。

 とりとめのないことをそこまで考えたところで、僕は自分が泣いていたことに気づいた。いや、正確にいうとさっきまで泣いていたのだ。足元に転がった鏡に顔を写し、見ると目の下に涙が乾いた跡がある。それは、とても妙なことだった。なぜなら泣かなきゃならない理由がない、思い当たらない、仮に嫌な夢や怖い夢。憶えないよね?見ていたとしてもそれは妙なことに分類される。僕は眠れば必ずといっていいほど夢を見、またそれをことごとく覚えているという割合特異な人間なのだ。特別何もなくても、何はなくとも、何かの拍子に涙がこぼれることがあるのだろうか。窓の外では子供の声がする。今、何時?汝、そういえば僕は寝る前、何をしていたんだっけ。

 僕は、なんで泣いていたんだろう。僕は何してたんだろう。ねぇ。


TRACK2

 何年前?5年前。

 僕は浪人生だった。とある大手の美術予備校に通っていて、それなりに志を抱いてもいた。一体、僕の志って何だろう?愛称は「ダル夫」、同時にそういう悩みを抱え始める年でもあったのだが、最初、風向きはすっかり僕にあるような気がし、そして何かが僕の思うとうりに、旗幟、動きはじめるそんな気がしてもいたのだ。単純に浮かれていたといってもいいのかもな。

 その年、僕が夏の捕獲に成功したのは5月ごろだった。

 「何してるの?」

 「昼寝しようと思って」

 「あ、そうなの」

 あたりさわりのない会話の中でもとびきりあたりさわりのない、言葉を交した。裃から下。僕は臆病な割にはずうずうしい人間なので、誰もいない屋上のベンチの彼女の隣に座った。これから寝ようとしてる時に、よくしらない男に隣に座られることがどのくらい嫌なことかなんて気に、考えたこともないし、考えてもよく分からないし。なので考えないけどどういう訳か彼女は眠った。

 時計は2時を回り僕の居る建物の廻りでは人がせわしなくぐるぐると回る、その証拠にたくさんの音を巻散らていた。カサカサと葉擦れの音。聞こえ出すと。彼女の少し茶色い髪もさわさわとなびきだすのです。とたん、工事現場の騒音も人びとの喧騒も、不思議と遠のき、何も、聞こえなくなってしまった。僕はなんとなく彼女の髪を撫でた。訳もないけれど。

 僕は何も確かなことは分からなかったけれど、ショートカット彼女の髪の暖かさと連動。この世界に、やがて、ほどなく、やってくる季節のことをそっと教えてくれた。

 僕は鉛筆カッターナイフで削る。これは僕にとってとても落ち着く行為なのだ。何故か。別に僕が文明の利器を忌み嫌い、しつこくアナログにこだわっているというわけでもなく、純粋に絵を描くためには、そのためには、字を書くときに比べ長い芯を必要とするだけの話だ。

 どういうわけか、というわけで。僕は鉛筆カッターナイフで削っていた。全部で30本くらいは削ったんじゃないだろうか。この時は時間潰しのつもりで筆入れの中の鉛筆という鉛筆を削ってしまおうと思っていたので、だので、むやみに使うあてのない鉛筆を中心に削っていた。

 僕の座っていた場所、もう人の通ることのなくなったアトリエの前の廊下普通はこの時間アトリエの中で一生懸命になっているものなのだが僕はそこにいた。ふとした拍子にドアが開き、見覚えのある髪の色が目に飛び込んで。時、綻んで。

 「描かないの?」

 その髪を知っている。

 驚いたことに、僕は隣に座る彼女の名前さえ知らない。驚愕に値。なのにこうしてもう随分と話をしている。

 彼女も自分の鉛筆を削っているが、並んでこんなことをしているのは、なかなかどうして変なものだ。僕はもう指が痛い。意味あんのか、だいだい。

 「カッテぇなこれ」

 「貸して、こういうのは…ほら」

 と、その髪。

 「うまいね」

 鉛筆の木の部分を大きく削り取り芯を露出させた。彼女にそう言うと少し得意そうだった。6Hの鉛筆ともなると、異様に固く、尖らすのにも苦労するのだ。

 「ねぇ、ご飯食べないの?」

 「うん。俺はあんまり減ってないからいいや。食べたら?」

 「…わたしもいいや。お昼ご飯とかっていつも食べないから」

 「そう」なんて言っていいか分からなかったからそう答えた。

 僕も彼女も結局絵なんて描きやしなかった。なんだか知んないが、かったるくなってしまったのだろう。


 その何日か後。僕達は1度だけデートした。


   TRACK3

 J子さんの髪の色には変化、少し変わった。どのへんが?あそこのへんが。あ、そこらへんか。

 彼女は僕よりも歳がひとつ上で。その上でそのせいも有るのか無いのかそれは分からないけれど、ときおりお姉さんぽい態度をとろうとした。しかしながら、彼女は僕と同じ年度に卒業している。留年したからだ。入院したからだ。とにもかくにも、彼女は何となく僕に世話を焼いてくれてるようだった。

 彼女の作ってきてくれたお弁当を一緒にたべながら、僕は彼女に好意を感じたが、それははっきりした形をとる様なものではなかったし、言わなければいけないのであろう一言が僕にはどうしても言えなかったのだ。あるいは彼女はただ親切だっただけなのかもしれないのだし。シット。

 何月だったか忘れたがとりあえずは冬のとても寒い日だ。ラッシュアワー時よりはいくらかは空いた、電車から降りてきた僕はそう急がずに改札をくぐり、彼女の姿を探す。姿を捕捉。細かい位置まで指定しなかったのに、彼女はきちんと分かりやすい場所にたった今定刻どうりに立っていたわけだ。

 「ごめんね。待たせちゃった?」

 「ううん。そんなに待ってないよ、さっき来たから」

 そう言って読んでいた雑誌を閉じカバンにしまう。

 「来たね」

 「来たよ」

 僕はそう答えて微妙な顔つきをした。

 なぜ僕達がこの朝などに待ち合わせをしたのか。といういきさつはこうだ。前後するが戻る。

 この頃僕の足は予備校から大分遠のいていて、ほっといてたまに行く程度になっていたのだが、たまたまクラスの奴(ボケ)が僕のことを学校に連れて来いと彼女にちょこっとほのめかした。軽い冗談ぐらいにしか僕は考えいなかったのだが、帰りがけ彼女はこう言った。

 「何時にする?」

 僕は驚く。

 「早目に着くようにしよっか、そしたらいい席取れるし。わたし達来るのとても遅いでしょ。だから、変な場所でばっか描いてるから、やる気にならないんだよ。8時じゃ早いか、8時15分は?早すぎる?」

 早過ぎるし、展開早過ぎるし。早く過ぎるシーン。

 「がんばるよ」

 彼女の乗る電車はもうすぐホームに入ってくる。それを知らせるアナウンス

 アーッ、アーッ。…イエスッ、プラットフォームナンシックス、まもなく打診。

 「ちゃんと来るんだよ。いい」

 そして彼女を乗せた電車は行ってしまった。

 アーッ、アーッ。ンンッ。…イエスッ、プラットフォームナンシックス、まもなく打診。答えはアイ、シー。

 ネクスト・デイ、という呈。

 2日目の待ち合わせも同じ時間・場所で行われた。まるで口の中にドライアイスでも入ってるかのように白い息がもわもわと凝固せず出る。当たり前のような話、僕はそんなもの食べたくない。けど、でも。あたりの人という人の口からも同じように白い煙が出ても、誰ももうドライアイスなんか食い飽きたとは言わないので、僕も不平不満を口からは出さなかった。出したのはまさに白い煙だった。

 腰の絞られた濃いグレーのピーコートのポケットに手をつっこみ、眠い頭と当惑する気持ちをこさえ、彼女を迎え、姿を残さねぇ。そんな背が高くないというよりは小柄と言ったら正しいくらいなのに、彼女はロング丈のコートが意外に似合った。

 「や。時間どうりに今日も来たね」

 と彼女と翳す手。

 「そりゃね」

 と僕。

 言葉少なにそう歩き出す。

 「こうやってお互い待ち合わせればきちんと行けそうだね。こういう風にしてればわたしも行くしかないしね」

 「俺だって早く起きないわけにはいかないもんなぁ。7時くらいに起きてんだよ俺」

 「えらいじゃん」

 初めからそうだったけど僕達は相変わらず言葉少なだった。けれど、淡々としているというわけではないのだけど、大はしゃぎするふうでもない。笑いはしても、腹を抱えてゲラゲラと笑うなんてことはなかったようなという記憶で。19才になったばかりの僕と20歳の少女、差異があると、「サイ」が変わるの。そう彼女は20才になっているにも関わらずその印象は少女のままだった。その2人がこんなにも、まるでうっすらと積もった雪の上を静かに歩くように言葉を交すことは、僕にある風景を描かせた。

 描く、書くと。

 その風景とはこうだ。

 (ムーボン、ムーブ、オン。見えるか、聞こえるか。始まるぞ、濃そうな妄想のシーン。)

 陽の光がとても弱々しく感じられる。風が強いせいか肌寒い、ここは何処だろう?

 見慣れた風景と感じるのはきっと有るものがすべて決まりきっているせいなのだろう。僕はここが何処か分かった。学校、おそらく高校だ。びゅうびゅうと風が空想の怪物の呼吸みたいに聞こえるので僕は心細くなりフェンスにしがみつく。その僕の指を固く食い込ませた金網の向こうに彼女が見える。小さくしか見えないが僕の知っている彼女は僕だけが学校と分かり得るぐらいの小ささで建つ建物と僕の中間に立っている。なぜか僕も彼女制服を着ている。バサバサと髪が巻き上げられ服の皺がとたんに生命を持ったように暴れる、風が僕達の世界の全て、有体から思念体、一切合財何もかもを飲み込もうとしているみたいだった。

 「     」

 僕は胸が潰れそうになって必死に彼女の名を呼んだけど全てかき消されてしまい、届かない。すると、髪を服を草を巻き上げる耳を裂く風の音、一切の音という音を彼女が遠ざからせてくれた。

 あたりにはもう心配する事なんて何もないのだ。

 けど、けれど、何で彼女はまだ思いがけず不幸に命中してしまったような悲しい顔をしているのだろう。

(ちょっと調子が悪いのか、そうか。なら、鬱蒼など晴らそうか。そのスイッチを押せ、行くぜ。)

 リブート。

 その後。

 僕は何度か彼女の悩み事のような話に付き合ったことがある。そのたびに快方にむかったように思われた彼女も、それはしばらくするとまたがくんと調子を落とす。こういうふうに言うと冷たいかも知れないけど、そういうのはどうにもこうにも本人次第だ。何とかしたいが、したいが、悲しいけどどうしようもなく本人次第だ。SPみたいに、彼女にへばりついて、いつ降ってくるか分からない災いの流星群から守ってやることもできないし、だいたい、彼女が望むかどうかも不明じゃ現実的じゃないじゃない。

 というわけで僕はただ見ていた。

 その日も彼女は複雑な表情。僕はと言えば相変わらずも怪訝な顔。それらには触れられずに帰りの道を僕は彼女と歩いた。

 「ご飯食べていく?真直ぐ帰る?」

 「お腹も減ったんだけどそれよかコーラが異常に飲みてぇよ。どっかに自販機ないかな?」

 下がる血糖値、命の危機。

 「ここら辺ないね」

 仕方がないので彼女の知っている店へ向かった。彼女の指差す先は目的の店の電飾で、その店はばっちりコーラが飲めたのだ。

 「行く?」2本目のマールボロに火をつけながら僕は尋ねる。

 食事を済ませた僕達は向かい、駅構内へ降りていく地階からは長い。長いエスカレーターに乗っていると改めて僕は彼女の横顔が視界に。そしてきっと僕には何もできないだろうなと思ったのだ。何故そんなことをこんなときに思わなければいけないのかさっぱりだが、僕はその顔を愛いと感じた。ウイ。

 またホームへ電車が入って来た。けたたましいブレーキ音とまるで抜けた魂、知性の感じられない雑踏のミックスジュース、もう嫌気がさす、ミキサーから出す、一息で飲みほしてしまいたい、彼女の声が途切れる前に。耳を澄ましたが池袋駅でははっきりと聞こえない。もし今が初夏だったら。その奇跡の力ならば。

 「     」

 「え?」

 僕は憂う。

 何であの時みたいに必要なものだけ、必要な声だけ、それだけを抽出してくれないんだ。僕には必要な世界があって、そんなこと勿論はなから分かってる、多分そんなに重要なことは言ってないんだろう?僕はそんなこと勿論分かっているけれど、彼女の表情はそうは見えないし、多分そうじゃない。なんだか胸が詰まりそうだ、僕の傍、彼女の顔が無理やり笑ったみたいに見えた。胸が潰れそうだ。

 「バイバイ」

 電車が行ってしまったあとには言葉を遮るものは邪魔も何もない。だけどきっと遅かったんだとは思う。彼女は誰かに救いを求めたかったのだろうし、あのいやらしいノイズがかき消したのは、彼女のなんとなく悲しげな顔に含まれた聞かなきゃいけない一言だったかも知れないのに。そしたら途切れないのに。

 「ふぅ…」

 僕はため息をひとつついてみた。人とすれ違う。

 あくまでも推測だ、多分僕の考えすぎなんだろう。

 でも、僕に何かができたんだろうか。何だろうか。見当つかない、それは分からない。


 ねぇ、笑ってよ。

 止めてぇよ。


TRACK4

 「なぁ、花火大会行かねぇ?俺の友達の女の子も来るんだけどさ」

 昼ご飯時で人の多い通路に,5・6人もかたまり地べたに腰を下ろし、カップラーメンOR出来合いの弁当、貧相な食事を僕らは済ました。それぞれ煙草を吸ったりジュースを飲んだりと全身からやる気を排出していた。

 お弁当後、僕のコメント

 「あ、俺行きてぇ。女の子来るんでしょ。何人来んの?」

 フィルター近くまで吸った煙草を床で潰しもみ消し。

 「多分3人くらいは来るんじゃねぇの。行かない?」その場の全員に振るのは主催。良い返事下さい、と同意求め。

 「行く行く」

 「花火かぁ花火かぁ」

 「女かぁ女かぁ」

 「俺は無理だな、無理無理」

 めいめい自分なりの反応を示し、僕はデニム地のベルボトムのパンツで灰に汚れた手を拭きながら尋ねた。

 「そんでその花火はいつよ?」

 それは皆が知りたい重要な事だ。

 「今日

 結局一緒に行ったのは僕だけだったとか。

 僕が挨拶をすると2人の女の子も同じ要領で続けた。1人はショートカット、割合奇麗な娘。もう1人はロングのパーマの表情の豊かな娘。有体に言えばそういう子。僕はニコニコ

 「良かったね、ちょうど人数あって」

 僕がそう言うと彼はあまり同意はしなかった。聞いた話によると田舎恋人がいるとのことだ。そうは言っても毎日モチーフとにらめっこしていて大分クサッていたところなのだ、遠くの恋人恋人じゃない。4人は電車目的地へ向かった。話をしながら。

 目的地がもう目の前という頃まで近づくと、僕とロングの娘はすっかり仲良くなった。いざそうなると最初に感じたファースト・インプレッションも変わり、「ケバイ」も「チャーミング」に変わろうというものだ。僕はそういうところが調子良いようだ。

 「次の駅で降りるよ」彼の指示で僕達は降りた。

 僕にとっては見知らぬ街で、駅から出たとたんに潮の香りで、満ちるような海辺の街に降り立つとダウン。僕はロングの仲良くなった彼女と並んで、先導する友達の後をついていった。途中、道で擦れ違うのは真っ黒に日焼けしたサーファー風の男女ばかりで、

 「サーファーしかいないのか?もしかして」

 と、誰に言うともなしに言うと、

 「なんか、あたし達だけ格好が違うよね、みんなショートパンツビーサンとかなのに」

 「俺なんかめちゃくちゃ浮いてるんじゃない。Tシャツ小せぇしパンツの裾開いてるし」

 「そしたら、あたしも浮いてる。だって格好似てるじゃない」

 馬鹿馬鹿しくも会話。サーファー外野

 そんなことを話しているうちに波の音のするところまで来てしまった。多分、僕は相当うかれていたんだろうと思う。だって波の音がする。潮の香りもする。僕のような人間にとって、海という所は、そう簡単にほいほい来れる場所ではないので、しかもそれが、もう目の前とあっては高揚せずにいられるものか。浜辺に降りるには多少なりとも道なき道を行かねばならぬもので、僕達も慣例に従い膝丈くらいの草を踏み倒して進んだ。16ホールの編み上げブーツは砂利だろうと草だろうと蹴散らして行ける。爪先にスチール入りの頼れるタフガイ彼女の履いていたサボ状のサンダルとは違い、あちらはどう見てもタウン用なのでそれが理由かどうかは知らないのだけれど、結果、我々一行の中で彼女は遅れぎみだった。

 「ほら」

 差し出す手、手出して、握り返して、そのまま固く封印。

 僕の手を握る彼女の手の平は汗でじっとりにじんでいた。

 花火なんてない。いらない。

 クラスメイトの彼は相当がっくりきたらしくご機嫌斜めでショートの娘の相手すら放棄している。その娘にも悪いんだけど、本当に悪いんだけど、僕とロングの彼女は楽しんでいた。途中で買ってきたビールを開けひとしきり、

 「ちょっと海の方いってみない?」

 と彼女は言った。

 僕達は軽く走りだす。別に急ぐこともないのだけど何故か足早に。渚は玉砂利を転がした様な音だけをたて、波が僕の足の下にあるものを掴もうかと、否かといった感じで近ずいたり遠のいたりする。

 「わ」

 ふいに勢いのある波が靴のソールを濡らす。

 「靴脱いで足だけ入っちゃおうかな」

 「いいね、そうしようか」

 紐を解いてブーツをほうり投げ、サンダルを脱ぎ捨てるとジーンズの裾を捲り上げて。ちょっと悪いことをするみたいな顔をちらと僕に見せて。確信犯の顔、隠し得ぬと、一歩、また一歩と沖の方角へ歩を寄せると、いともあっさりと捲った裾が波に晒され、「ひゃぁ」と背中を撫でられた様な声を彼女は発した。うかれた僕達にピークがやってきて水をかけたりする行為をとらせ、あろうことか渚を走らせた。ここで擬音、もしくは無音、体だけはムーブ・オン。手をしっかりと繋いで。はぐれないように。

 そのとき、彼女悲鳴が聞こえた。知らないうちに波がさっきよりも満ちて僕達の靴が波にさらわれかけた。僕は悪の魔王からお姫さまを救出する、まるでブロンド王子白馬にまたがり魔の手ののびる靴たちをひどく格好良く助け出すのだ。彼女は、幸せに暮らしましたとさめでたしめでたし、といった顔をして笑った。 一番最後に僕も何も特別なことはないようなフリをして、そして笑った。

 二人は幸せに暮らしましたとさ、めでたし、めでたし。


TRACK5

 話はそう簡単じゃない。人生は長く複雑である。というのがまさに一般論だぜ。

 僕は中央線に乗っている。僕の用事はパーマをかけたロングのあの娘に海で借りたハンカチを返しに行くと言う至極下らないものだが。だがもちろん、世の若者が往々にしてそうであるかは僕の知ったところではないんだけど、僕の用事がそれだけであるはずがない、僕は彼女に会わなくてはいけない。いや、会うべきだ。

 待ち合わせ場所のファーストフード店で、コーラを飲みながら過ごすこと数分。彼女はやってきた。奇麗な茶色のタートルネック、サマーニットジーンズという出で立ちに画材道具の入ったトートバッグを抱えて。気持ちの良い笑顔と一緒に駆け寄ってくる。本当ならばハンカチなんてここで渡せば用事はそこでフィニッシュなのだが、あいにくと僕はおみやげを持参していたのでそういうわけにもいかないのだ。おみやげの名称は下心っていうんだけど。そこら中で見かけんだろ?

 彼女、FMの部屋は一般的なワンルームから比べると少し広めで、あまり物がないせいか当時僕が住んでいた部屋とどっこいぐらいの、な、はずなのにもっと広く感じた。備え付けのキッチンの小さな開け放した窓からは小気味良いまな板を叩く野菜を切る音が空へと帰り、その間、僕はただ彼女の後ろ姿を眺めていた。

 手慣れているとは言い難いものがあった。が、毎日自炊しているというのもままんざら嘘ではなさそうではあった。借りたハンカチを返すだけで手料理が食べられるなんて僕は全然知らなかったけれど、割とメジャーな潮流に乗った、そんな不問律らしいとの噂は聞いた。女の子からは何はなくとも、必ずハンカチを借りることを是非おすすめしたい。

 出てきた料理は手の混んだ代物ではなかったがそれだけになかなか感動的でもあった。味よりもむしろこの事実、リアリティが僕を満腹にさせる。その後、僕たちはマットレスの様な寝床でごろごろと転がり、何を話すでもなくうだうだ雑談していただけなのだが、僕が帰るためにはそろそろ私鉄電車時間が近ずいてきていた。ここで。僕はけっこうな勇気カロリーを消費しなくてはならない。

 「あ、もしかしたらうちの方へ行く私鉄がもう間に合わないかもしんない。やばいな、多分今からじゃ終わっちゃうかも」

 本当にもう正気の沙汰ではない、この白々しさといったら。真っ白だよ。

 「どうしよう」

 こんな風に反応を伺うのももう最悪だ。

 「…いいよ。泊まっていっても」

 まさに、まさに。嘘をつくのは大変な作業である。でも無理も道理も通った。押しの一手、おっしゃる意味が分かりません。


TRACK6

 僕と僕との会話。

 『気分はどうだい?』

 「ああ、すこぶる良いね。まるで風が僕に吹いているみたいだね、別に強がりじゃないよ。だって、そうだろう?もはや何の憂いもない」

 『そう?』

 「そうだよ。見ててみなよ、きっとうまくいくから。そういつまでも同じことは繰り返されないさ、アンラッキーだなんて言わせないね、君にもだよ」

 『別に運は悪くないよ』

 「立ち位置の問題なんだよ。僕はここなら平気さ。大丈夫。ノープロブレムだね」

 『そうなの?』

 「そうさ。僕も捨てたもんじゃないだろ?」

 『どうだろう?』

 暗転、という呈。


TRACK7

 同じ布団の中、僕も彼女も眠れていない。大分個人的な話へと突入し、立ち入った空気男と女意識させる。いや、意識せずにはいられない。話の途中で彼女はごく自然寝返りをうち、肩を下にして僕の方を向いた体制をとった。その鮮やかさに感心する。明鏡止水、拳法の極意。きっと僕の寝返りはとてつもなくみっともないんだろうから。

 向かい合った体制の均衡がふいに破られ無我夢中できつく抱き合う、が、彼女は僕の足を自分の股にきちんとはさんだ形に。一枚上手だ。僕は自分のイニシアティブの存在をないがしろにするわけにはいかないのであえて言わせてもらうが、僕達は破ってはいけない沈黙を破るように同時にキスをした。同じ心音、同じタイミングってことだ。正確なところは僕が気づいたときにはすでに彼女の舌は僕の喉内に潜りこもうという意気込みであったがとりあえずそういうことだ。そこから彼女の前の彼氏の話が始まる。

 長いので省略。

 「うん」

 曖昧に、何も言うまい。このスタンスはとても便利だ、いつも僕を助けてくれるのだ。言うべきことなんか在りはしないんだから。たかだか、僕らの歳などでは。

 あっけなくマウントポジションをとられ、僕は彼女を見ている。

 「あたし、けっこううまいよ」

 彼女は唇を舐め、僕の性器に手をかけてトドメとばかりに、

 「前の彼氏より大きい、してあげよっか?」

 と舌舐めずり。

 返事はあとまわしにして僕はマウントポジションを取り返す、そして彼女のくりんくりんとうねるライオンのたてがみみたいな髪の毛を見つめていた。彼女はしっかりと現実を見つめている、だけど僕に見つめられるのはその髪ぐらいのものだ。ひどくうつろなまま彼女の服に手をかけひとつひとつボタンを外しにかかり、ワン、トゥー、スリーで3つまではずしたところで彼女ブラジャーをつけてないという当然のことが分かったが、かまわず全部はずした。ワン、トゥー、スリーで出るのは鳩ばかりとは限った話じゃなく、ハッとする。乳房だったからね。

 でも僕はぜんぜんダメだった。

 「あたし生理なんだけどバスタオル敷いてしようか?」

 うん、とも、ううん、とも言えなくなってしまった僕に腕をまわし、そんな僕をよそに、

 「なんか、あたし、したくなっちゃった

 「あたし、したいよ。しない?」

 もはや疑いようもなくなってしまった。セックス

 「よそうよ」

 10秒経過、残り20秒。10秒。5秒。持ち時間は無常にも、少なくなる。こんなときには異常に早くだ。

 オーケーと気軽に言えたらどんなにか楽だったか知れない。軽く堕落踏み込む覚悟もできていたはずだ、なのに、僕はダメだった。ぜんぜんダメだった。一体何の為だった?

 胸の内、頭を抱え。イエス、ノー、オー、ノー。いや、不能なんだよ。

 僕ははっきりいって怖かったんだと思う。肉欲が、彼女が。そして一切の現実が。

2008-02-16

寝返りうった記念日

仕事中にPHS入電。

「あのねー、お知らせ!」

どしたん?

子供が、寝返りうったのー!」

まーぢーでーーーー!!!


本気で仕事ほっぽりだして帰りたかった午後の出来事。

体がほかの子よりも大きめなので、寝返りは遅いかなーと思ってたんですが、5ヶ月と13日で寝返り達成です。

いやーーー、なんというか、感慨深いですなー。

首すら据わってなかったのに。

あやせば笑い、呼べば振り向き、そして寝返りだもんなー。

こんな慈愛に満ちた日々を与えてくれる息子に感謝。妻にも感謝

あー、幸せ

2008-01-18

ひいばあちゃんが死んだ

去年の年末の話だ。

ひいばあちゃんが死んだと、実家から連絡が入った。

すぐ実家へとび、すぐに通夜お葬式が開かれた。

つっても、あんまり親戚は集まってなかったし、集まった親戚も葬式特有の暗さは全く無かった。ていうか、久しぶりにあった親戚同士談笑していた。

それもまぁ有る意味当たり前で、ひいばあちゃんは結構前からもう、老人ホーム的なところで、「ただ生かされてる」状態だったから。言い方悪いが、ぶっちゃけほとんど死んでたも同然だったのだ。もうここ1年ほどは、誰に会っても何の反応もできない状態。ときどきスタッフの人が寝返りうたせて、点滴うたせて、痰とって……本当にただ生かされているという状態だった。それが、ある時熱を出して、ころりとそのまま逝っちまったらしかった。

「まあそろそろかと思ったよ」皆そんな感じの雰囲気だった。不思議な雰囲気だった。皆別に、ひいばあちゃんが嫌いだったわけじゃない。つーか寧ろ好きだった。でも、別に、今特別悲しくて仕方が無いというわけでもなく、といって「マジたりーな。ったくこんなときに」とか言うほど悪態をついてるわけでもなく。ただただ「まぁ……こんだけ生きれば大往生だろう」「そうだね」「最後まで肌きれいだったなばーちゃん」「本当だ!これで90か!すげー!」(<ばーちゃんの遺体を見て)

そんな感じだった。

正直最初俺は「おいおい不謹慎じゃないか?」と思っていたが、徐々に「そういうわけじゃないのかな?」とも思えてきた……なんという感覚か表現しづらいのだが。大体、俺自身、そんなに悲しくなかった。悲しいといえば悲しいけどべつに涙は出てこなかった。「そっかーばあちゃん死んだんか……」なんともいえない感じ。

俺はこれまで、死ぬ時は大々的に葬式が行われて皆が悲しむほうが、親戚がちょろっと集まるよりよっぽどいいと何となく漠然と思っていたがそれは寧ろ逆かもしれないと思った。死んでも、そんなに悲しまないレベルまで、「まぁそろそろ死ぬ年頃だしな」そんなレベルまで生きた方が寧ろ幸せなのかもしれないと思った。死んで、大々的に葬式が行われて皆が悲しむなんて、悲しさを増やすだけだ。自分が死んだとしても、今のひいばーちゃんくらいの感じの方が寧ろいいんじゃないかと思った。例えば俺が幽霊になったとして、自分の死後葬式を上空から見れたとして、たくさんの皆がヒーヒーいいながら悲しむのを見るより、ひっそりと「まぁ大往生ですよ」「まあそういう年だったからね」とか言われながら無難にこなされるほうが、多分、いい。悲しい事は少ないほうがいい。


思えば俺は、人の死というのを初めて見た。俺が生まれてから20年、俺の親しい人はまだ誰一人死んでなかった(死んでたとしても物心つく前)。物心ついてから「身内の死」を体験したのは、これが初めてだった。

そして、人の「死体」を初めて見た。チラっとだが。正直怖かった。生で見た事が一度も無かったしグロ画像は徹底的に避けてきた俺だ……皆がチラチラ顔の白い布をとって顔を見ていくのを俺は「すげーな…よく皆見れるな」と感心していた。見てみると、まるでロウ人形みたいだった。タッチじゃないけど「死んでるんだぜ……信じられないだろ」的な感じだった、確かに。陳腐だが生命の不思議さを思った。この今動いていないロウ人形みたいな物体が、昨日までは一応、心臓がバックバック動いて、血を全身に流していたんだ。昨日のそれは「生きてる」で、今のこれは「死んでる」なのだ。ここにある身体を構成している、原子や分子はほとんど変わっていないんだろうに、昨日は「生きてる」で、今のこれは「死んでる」なんだぜ……すげー不思議な気がした。


そしてひいばーちゃんを焼く事になった。

これで俺はまた無知ゆえに驚いたのだが、なんと本当に人間死体を箱にいれて、そのまま焼却炉みたいなところにいれて焼くというのだ(当たり前だろ!!っていうかもしれないが)。それを皆で見てるんだぜ。死体入れて、火つけるとこまで。てか、火つけるボタンは自分で押せってんだぜ。なんという火葬の厳しさ。土葬とは比べもんにならないほどリアルに死を感じざるを得ない(って土葬もよくしらんけど)。そこまでしているとは知らなくて俺はただただ驚いた。まるで「ひいばーちゃんは死んだ。死んだんだぞ。さっきロウ人形みたいで、生きてるように見えたかもしれないけどやっぱり死んでるんだぞ。もう戻らないんだ」とつきつけられている感じ。何故そこまでする必要があるのか、俺らの場合ひいばーちゃんだったから冷静に見ていられたものの、これを交通事故で小さい子供をなくした親にもやっているというなら物凄いことだと俺は火葬がちょっと怖くなった。土葬みたいになぁなぁにして片付ければいいのに、ここまでする必要があるというのか?日本らしくないじゃないか。こんなに白黒はっきりつけるなんて。

そんな事を考えていたらさらにものすごいことがおきた。その火葬から数時間後、今度はお骨を拾うというのだ。俺はまた無知ゆえに、「お骨を拾うつっても、大体スタッフの人が手はず整えてくれてて、骨をあらかじめ砕いたりして壺にいれてくれてて、俺らはちょっと最後にそれを箸でやるだけだろ?」なんて思ってた。そしたら、皆知ってると思うけど、普通にさっき焼いた焼却炉を開けたのだ。出てきたのは、ボロボロの骨たち。俺、生で人骨見たのも初めて。ビビった。更に思った。「ここまでするの?ここまでして死をつきつけんの?すげーな、火葬。すげーな、日本……皆これをかいくぐってきたってのか」と。死体のままに置かれた骨だよ。生々しすぎる。そのまんますぎる。なんという死。完全に死だよ。紛れも無く死だよ。ひいばーちゃんのあの肉体はもう焼かれて灰になったんだ。頭じゃ分かってるけどそれをダイレクトに、完全に、脳に伝えてくるこの骨。そしてそれを、親戚数人で、箸もって、ここから骨を拾って、リレーさせて、壺にいれろっつーの。マジかよ、おいおいおい。お骨を拾うって、なに。そういうこと?!本当にそのまんまの意味なの?!ビビった。本当ビビった。何ちょっとこれおま……「死」じゃん。「死」だよ。死に、触れまくってる。俺。

骨をリレーさせた。うわ。段々麻痺してくる。この異常な状態に。皆「やっぱ年だからスカスカやね」とか言ってる。俺も「本当だ」とか頷いてる。なんだこの異常な……いや、これこそが正常なのか?これ、俺が今掴んでるこの、そこにいるスタッフが「それは大腿骨だよ」といったこれは……ばあちゃんの足にあった骨なんだ……昨日、ロウ人形みたいになってたひいばーちゃんの皮の下の筋肉の下にうもれてたもの……俺が小さかった頃、ひいばーちゃんのももに座ったとき、あのときも下にあったもの……それが今俺が掴んでるこれなんだよ。どうなんだよそれは。生きるって……生きるってのは、全然たいしたことじゃねえんだと俺はそのとき思った。人間生きるなんて全然たいしたことじゃない。骨を見たとき思った、これはあれに似てるんだよ、フライドチキンの骨に似てるんだ。フライドチキンの骨って、いつも全然意識してないけど、あれって鳥の骨なんだよ。生きてた鳥の骨だったんだよ。人間が死ぬのも、それと全然変わりねーんじゃん。人生とか言っちゃって、人間は何故生きるのか?とか言っちゃってるけど、別にやっぱり結局、人間フライドチキンになった鳥と同じじゃん。支離滅裂だけどそんなような事を骨リレーの間ずっと思ってた。何がどうあろうと死ぬし、死んだら、こうやって焼かれて、骨になって、俺も誰かに骨リレーされて、あのスタッフが持ってる壺んなかいれられて、残りの骨は土に返るんだ。土に返るってのは本当その通り土に返るんだ。土に混ざって土になるんだ。それはもともとは、今こうして俺がキーを打ってた、この指の骨だったのかもしれないけど、それはいずれそうやって土の上に捨てられたりしてあるいは壺に入ったりして……そんでその土の中で微生物とか動いてて。みみずとか動いててそういうのも全部死んでまた何か生まれてきて死んで生まれて土ってのもそのうちなくなるかもわからない、それでもしかしたら地球もなくなるかもわからない、でもそのいつだったか俺を構成してた原子は……なくなるのか?どこへ行くのだろ?俺を構成してた原子とかは散らばってまた違う何かを構成していくのか。なら死ってのは、あくまで俺を構成してた、それらのチームが解散するだけの話?ていうか、死っていうか、生と死って、白と黒、みたいな感じじゃなくて、生―死―生―っていうか、いや、っていうより生とか死とかいう概念がそもそもこの全体の流れを無理矢理名付けたものであって、生って……そういう意味じゃ別にたいしたこっちゃないんじゃないか……

そんな事を思った。

そういうのを輪廻っていうのかな?と思ったけど仏教に疎くて分からない俺。

リレーした骨は壺にいれられた。ひいばーちゃんがあそこにおさまっちゃったよ。すげぇ。この葬式システムってすげぇ。死を認めざるを得ないこのシステムってすげぇ。これ昔の人が考えたの?昔の人凄すぎ。俺なら死が怖くて避ける。死んだ人埋めてなぁなぁにして済ませたい。何かで土葬はそう言う意味では未練がましい、火葬は完全に「死」が分かるが、土葬は未練がましさがある、土から復活してくるゾンビや何かもそういった欧米諸国の死のなんちゃらをどうこうと言うのを読んだ気がするがなんとなく分かった気がした。確かに人を人のまま埋葬する土葬は、有る意味未練がましい。それがいいとかわるいとかじゃなくて。火葬は激しすぎ。どっかのアフリカの部族が、死んだ人の頭蓋骨を枕にするとかいうのも聞いたけどそれは火葬以上に激しいかもしれない。昔の人、死、意識しすぎ。すげぇ。俺はそんな度胸なかった。

通夜葬式って正直言って本当面倒くさかったけど、あれはやっぱり本当、生きてる人のためにあんだな。生きてる人が「はい、これで、彼彼女は死にました、以上!解散!」的にケリをつけるためにあんなに長々とやるんだ。

なるほど。ひいばあちゃんはそれでも俺の心の中に生き続けてるだとか、そういうことは思わない。ひいばあちゃんは列記として死んだのだ。死んだし、生きてたのだ。悲しさもあるが、それは、生死に限らずなんでもそうで、時間は、そんなこと気にせず動いてくのだ。死んだのも、事実で、悲しいのも、事実で、でもそれでも進むし、俺も死ぬし、それでも多分人間はまだ生きてて、そいつらも死んで。その流れそのものを止める手立てが出来れば、人間はそこで本当に特別な存在になれるのかも。今の状態では、また他の動物よりなんかよーわからんけどごちょごちょやってるよってだけに過ぎなくて、全然この流れに対抗できてない。病気とか治せても、寿命ちょっとばかし延ばせても死ぬことにかわりがない。俺の意識というこのものを再び俺が死んだ後にも復活できたら人間は特別なものになれるかも。わかんない。でも本当、宇宙とか、なんとかより時間っていうのか、この流れっつーのか、あまりに大きすぎる。陳腐だけど俺は本当ちっぽけ、ちっぽけもちっぽけ、ていうか、もうどうでもいいというか……本当どうでもいい存在なんだと思った。いい意味で。

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