はてなキーワード: 安定剤とは
回答が見つかってしまったwww (おかしい何度やっても入らない。字数制限?) (的傾向に訂正しておいた)
http://anond.hatelabo.jp/20111008211730
http://logsoku.com/thread/pc11.2ch.net/net/1239615317/ ここのスレにも出てみんな信じてしまってるけど
この文章という情報だけでは、一般読者もドクターも、同じ条件なのに、最後が驚いたという感想がブクマに多いのに驚いた。http://b.hatena.ne.jp/entry/kokoro.squares.net/psyqa1087.html
サトラレは物理的にありえないが、この場合は何とも言えないと思う。
権威主義的な科学者っぽいことを言う人が、ニセ科学リスト作ったら群がる人が多いはずだ
http://b.hatena.ne.jp/entry/d.hatena.ne.jp/DocSeri/20071128/1196234450
この中で>このリストは、機械的にニセ科学を見分けるためのものではない。「リストに載ってないから本物」などという判断は、それ自体科学的ではない。 2010/11/28
と言う人こそ科学的だと思うが、見える範囲では一人しか居ない。これについてはブログに本人も補足してた。この意見を載せていた。( これは、エセ科学を科学的に検証したのではなく、権威はこういうものを嫌ってますよという空気感を綴ったものではなかろうか?とあとで思った )
ドクター林の相談は、小説や読み物としてなら、最後の謎解きとかどんでん返しのようで、面白いのだろうけど、そういう受けを狙った怪しいラベリングでしかないと思う。
文章を見た時点で持ってる情報は、ドクターも読者も同じはずなのに、読者は、ドクターなら文を見ただけで判断できる情報を持っていると錯覚しているし、本人もそれを狙ってやっているのではないか?
それこそ、エセ心理学みたいw 小説なんかでは、目がどっちに流れたらウソを話している可能性が高いだの、顔に手をやったらどうのこうとか、心理学者が分析まがいの事をやるシーンも出てくるが、あれは小説だから!フィクションだから! 多少はそういうものを調査したり統計取ったり実験したりして、それに基づいてるものもあっても、統計には例外があるし決め付けられるものではない。 民間で資料としてマーケッティングのようなものに生かすのに、調べたりというのはあると思う。 そういうものの流用とか、面白おかしく話したりとかはあるかもしれないが、マトモな心理学者はどこに手をやったらどうのこうのなんて、そんな占いや当てものみたいな事は言わない。
通りがかった精神科医と言う人は、精神分析もエセだと言っていた。ここ→http://b.hatena.ne.jp/entry/anond.hatelabo.jp/20110922173823 ツリーに繋がると長くなるからブクマで
まさかとは思いますが、に繋がるのはむしろ、矛盾に満ち満ちた精神医療に根を張った既得権益者の不当利得を守るための権威付けや一般の人の洗脳、ではないですよね?ではなかろうかw
だって、これ↓
http://ameblo.jp/momo-kako/ とか さっきも貼った被害者相談サイトの掲示板 http://seishiniryohigai.bbs.fc2.com/
ここは政治家に陳情もし、国会で質問させてるhttp://seishiniryohigai.web.fc2.com/seishiniryo/renrakukai/jisseki.html 精神病院ではなく、向精神薬のだけど
うつ病の新しい薬ではようつべでも、こんな動画もあるくらい、前から製薬会社の薬売り営業とか言われてたのは知ってた
http://www.youtube.com/watch?v=v9-rcwiZuOA 抗うつ薬SSRI・攻撃性の副作用を隠蔽して宣伝する製薬会社 >抗うつ薬SSRIの説明が製薬会社の宣伝ビデオとNHKの報道番組で全然違ってるんだけど患者を馬鹿にしてるの?
http://www.youtube.com/watch?v=LiPX4g3REqU 【犬を撲殺】抗うつ薬SSRIによる攻撃性の副作用が怖すぎる件【Dr.林】
これの元の林氏のサイトのが中々見つからなかった。その動画にはいつもある先生の回答がなかったから、探してたら、これだったw やっぱり・・・
http://kokoro.squares.net/psyqa1709.html >林: 抗うつ薬(SSRIとは限りません)による自分や他人に対する攻撃性の副作用については、これまでの回答をまずご参照ください。
これは、6ブクマしか付いてない http://b.hatena.ne.jp/entry/kokoro.squares.net/psyqa1709.html おいおい言ってる人はいるけど
SSRIに対する認識がコレだよwww
そりゃエスパーになるわけだwww
SSRIについては、犬じゃなくて、隣の主婦に襲い掛かったという動画も・・・
http://www.youtube.com/watch?v=JwQMzrfYFXI SSRIの副作用・攻撃性で発狂して刃物を振り回して逮捕された姉
関係ないがこういうのを見て、チバレイはなんと言うのだろう? あの人は何をのんでたんだろう? うつ病の精神科来訪キャンペーンに出てたけどw
薬は、一時的に安定剤を使用するのが効く場合もあると思うが、怖いんだなぁ
知らなかったけど、うつ病の薬以外でも、断薬サイトやブログや本があるくらい、大変らしい。
薬と言うのは、西洋薬はとくにそうらしいけど、基本的に毒なんだけど、それを少量取り込んだり、少しの期間使い事によって、良い効果を得ようとする、というものとして考えられるらしい。 それは言い過ぎとしても、副作用と言うのはあるからそれも考えないと。
つけたし
よく読んでみたら、副作用否定ではなく副作用指摘とも見える事も言っている。でも、やっぱりよく読むと・・・、責任の所在を曖昧にしたり、まどろっこしい言い方で(いつもの断定的口調はどうなったのだw)言葉に厚みを付けていつもと比べ物にならないくらい冗長に説明してる。
6ブクマの中の1コメントの人が、おいおい言ってるのは、副作用のせいにするという事かもしれないような気もしてきた
林氏は、一見SSRIの批判もしてるようにも見えることを書いているし、・・・
しかし、いつもの調子とえらく違う。 製薬会社は私企業なので仕方なくて、医者と患者が問題なように書いてある。
でも、一番それで儲けたのは、それを出した製薬会社じゃないの?
やっぱり製薬会社批判は言いたくない事なのではなかろうか?
まさかと思いますが、一番に利得を得ていて、不当なのは知っているけど、力ありそうなので遠慮しているが、徐々にばれつつあるので、その知識も入れとかないといけないけど、自分が睨まれるのは困る、という色んな利害の兼ね合いを考えた結果の煮え切らなさ、いつもにはない慎重さ、ではないですよね? 無いと思いますが・・・・
みたいなw
体中の血管に、ドブから汲みとった汚水を流し込んだような気持ち。
白い画用紙を尖った黒鉛筆でぐしゃぐしゃに塗りつぶしたような、軋んだ暗さ。
僕の気分を包んでいたのは、そういう黒みだった。
意味不明な無力感にかられて、マクドナルドで隣にいる女子高生の笑いは僕をあざけっているようにしか思えなかった。要するに、僕は軽度のうつ病になっていた。
ライフハックも自己啓発も全部試した。結論からいえば、全部無駄だった。安定剤を飲めば、マシになったけど、根本的な解決じゃない。
ポジティブシンキング、NLPとやらは僕の無力感をかきたてるだけだったし、
GTDで生産性の高い日々を送ろうとしても、結局つみあがったタスクは僕をGTD(ゴミとツナ缶を混ぜあわせたような、どうしようもない気持ち)にさせただけだった。
ある日、ふと思った。走ろう。気がつくと、いつもより足を高くあげて、いつもよりうでをふっていつもより早いスピードで土手を移動した。
それだけだ。要するに、走った。そしたら、汚水はどぶどぶどぶと体から抜けていった。気分がしゃんとした。りんりん、しゃらしゃらという鈴虫の音が僕を励ましてくれているような気さえした。
僕は走るのが死ぬほど嫌いだった。ゴキブリをすりつぶしてつくったチョコムースケーキよりも吐き気がしていた。なぜかって、強制されてやっていたから。
マラソン大会、部活動、体育、なんでこんな胸がきしみ、視界ぼやけ、足ゆれる、しんどいことをするのか疑問だった。
けど、今ならわかる。なぜなら、走るのが楽しいからだ。ただし、強制されなければ。強制するというのは、ものごとを嫌いにさせる一番効果的な方法だ。強制されていると思うならば何も楽しめない。たとえ篠崎愛ちゃんのおっぱいを、水をたゆたゆと染み込ませた太筆で、ゆすゆすと撫でる作業だとしても、強制されたら、それは拷問だ。
自分の意志でやるだけで、自分からやるだけで、走るのはとても楽しかった。
楽しく走るコツは簡単だ。強制しない。つまり、ペースや距離を具体的に決めない。課さない。
じゃーっとはして、ひーふー休む。どしゃー、ぜーはー、どりゃー、ひーふー、走って休んで、走って疲れて。これを繰り返すだけ、そこには自分の意思しかない。だから、楽しい。そもそも強制された運動が大嫌いだから、自分で「何キロ走る」とか決めると、それだけで嫌になる。だから、決めない、ただ走る。それだけ。
それだけのことで僕の気分は改善した。
僕らは、生物的にいえば、運動していた時期のほうがずっとずっと長い。数十万年以上、サルとして、運動してきた。運動しなくなったのなんて、せいぜいここ数十年の話だ。人間の体は、オフィスでパソコンをながめて、コードを打ち込むように、できていない。ずっと座ってじっとしているようにできていない。だから、デスクワークだけの生活は、暗黒コカコーラを1・5リットルがぶ飲みするようなものなんだ。ライフハックに効果がないとはいわないけど、せいぜいここ数年でブロガーが編み出したやり方が、人類がその遺伝子の中で培ってきたやり方に勝つわけがないんだ。
人間は動くようにできている。お猿さんとして、ネアンデルタール人として生きてきた歴史はそういうものだ。ちなみにおさるさんは、縛って動けなくするとすぐに発狂する。
動かないってのは、つまりは発狂するための訓練をしているようなものなんだ。
ただ、走る。難しくない。いつもより足を高くあげて、前に進む。それだけだ。それだけのことが、どんなライフハックよりも効果的だった。
走ろう。無力感を打つ消すために。
走ろう。そよそよ風とか、しゃんしゃる鈴虫とか、緑とか、朝日とか、そういう素晴らしいものを、ありのままに味わうために。朝、いつもより30分早く起きて、家の周りでもいいから、どばっーと走る、それだけでいいから始めてみよう。走ってみよう。きっと、それはすごくいいことのはずだから。
さて、僕はオナニーするよ!そして、寝るよ!そして、走るよ!
おやすみ!!
とある有名はてな民・ブロガー・ツイッタラー(注:1)を見てきた。はてなとツイッターで彼をフォローし、ブログも欠かさず読んできた。
そして、いつの間にか、わたしは彼にいくらかのシンパシーを見出していた。
どこにも言えずに抱えている性嫌悪と性欲を、そして自分を汚れた存在と思ってしまうことを、包み隠さずに話しているからだ。
だが、わたしの性嫌悪は、彼のそれとは起点が大きく異なっている。
そのため、彼からしたら、わたしのシンパシーなど、邪魔なものに過ぎないのではないか、とも思う。
以下に、かい摘んで書いても長文になってしまうが、性嫌悪と性欲の間でもがくことになった経緯を記していこうと思う。
わたしは女性であり、直接の原因は元交際相手からのDVであったからだ。
詳細は諸々の理由(注2)から省くが、それなりに凄惨であった。
家庭にも学校にも居場所がなく、自分の存在価値を見出せない思春期を送っていたわたしは、高校生になった際に携帯電話を所有したことで存在価値を見出した。
当時、わたしの住んでいた地域では、J-PHONEを当たり前に所有しており、わたしのような人間にもスカイメール(注3)でメル友の誘いが来ていた。
そこで女子高生であることを明かし、食いついてきた相手と会うことになった。そして、「体さえあれば、射精するまでの間だけだとしても、必要とされる」ということを覚えてしまった。元々性欲が強かったこともあり、抵抗なくその誤った考えを受け入れてしまった。
スカイメール、出会い系、ナンパ。不思議なことに、淋しいとき、自暴自棄なとき、希死念慮手前のときほど、男はわたしを誘った。決して美人でもなく、醜く太ったわたしを。一瞬の充足感のためだけに、自分を粗末にしていた。
その安っぽい充足感は更に強烈な虚しさと淋しさを呼ぶだけだと知っていても、やめられなかった。
どういった喘ぎ声やフェラチオが相手を興奮させるのかも覚えた。何も感じていなくても物理的刺激さえあれば潮を吹くことも覚えた。男に組み敷かれる自分を、斜め上から俯瞰で見ていた。一度も快感を感じたことはなかった。
セックスは愛情表現、究極のスキンシップ、生殖行為。それは当時のわたしにとっては絵空事で、実際は自傷行為に他ならなかった。後にうつと人格障害でかかったカウンセラーから、「見境のないセックスは、女の子にとっては身も心もぐさっと貫かれる自傷行為なんだよ」と聞かされた。
そのような日々を送っていた中、前述の元交際相手と出会い、DVを受けたことにより、自分自身に、今まで依存してきたセックスに、男性に、つまり広く性というものに強い嫌悪感を持つようになったのである。
それから4年近く経つ今でも、嫌悪感からセックスはおろか恋愛さえ遠ざけて生きており、セクハラ(注5)により心因性失声を起こす程度には立ち直れていない。
性嫌悪だけで済んでいれば、どれほど問題はシンプルだっただろう。
ただ、わたしはさらりと書いたが元来性欲が強いほうであり、ほぼ毎日自慰行為をするような人間でもあるのである。あれほど嫌悪している性に対する欲望は尽きず、手で自分を慰めた後、自分を消し去りたいほどの感情に駆られるのである。嫌悪している自分を、それにも関わらず自分を慰める自分を。
DV以前から、妄想によって自分を慰めていた。しかし、DV後は、SMプレイで責め立てられている自分を妄想し、時にはSMものの動画をネットで探しておかずにすることも増えた。性嫌悪の引き金になった行為(注4)にも関わらず、である。
SMで責め立てられている妄想で自分を慰めて達する、そして絶望的嫌悪感に突き落とされる。その繰り返しの日々である。
最近、母になる友人が増えた。彼女たちの夫と顔を合わせていればいるほど(注6)、彼女たちを汚らわしく気持ち悪く思ってしまう。
同様の理由で、妻と子を携帯の待受に設定している会社の人間も、芸能人夫婦も、汚らわしく気持ち悪い存在に見えてしまうのだ。
どのようなセックスをし、どのようなプレイの後に子を授かったのか。無意識のうちに想像し、そして祝福する感情と嫌悪感との間で押し潰されそうになるのだ。
わたしはこんな自分を赦せないし、肯定することができない。
「いつか全てを愛してくれる人が現れる、そうしたらそんな感情からも解放される」と言われたことがあった。しかしどうして、わたしのような人間を愛することができるのだろう。
全てを愛してくれる人など、その場しのぎの慰めであって、幻想の押し付けとしか受け取れないのである。
おそらく今夜も自分を慰め、圧倒的嫌悪感の中安定剤を飲んで眠るのだろう。
こんな自分を肯定する術は、どこかにあるのだろうか。
性嫌悪と性欲の間、拭えない自己否定と自分を肯定されたい気持ちの間でもがいているからこそ、わたしは勝手にid:y_arimにシンパシーを感じてしまうのである。
注1:id:y_arim
注2:検閲、被DV経験者へのフラッシュバック喚起、自分でも目を背けたくなるなど
注3:1通3円で半角128文字まで送信できるSMS。携帯番号同士でやり取りできたため、適当な番号にメールを送ることで容易にメル友を作ることができた
注4:本義のSMには愛情があるらしいが、愛情がまったくない時点では虐げられるAV嬢と似たようなものかも知れない
http://anond.hatelabo.jp/20110223215337
http://anond.hatelabo.jp/20110223235340
私のももう25年くらい(正確な年数は不明)のもので、
触らない方がいいのか・・・。布団の隅に置くのが好きなんだけども。
お互い大事にしよう。
http://anond.hatelabo.jp/20110224004906
年を経るごとにもろくなっていくのがとても悲しいよね。
少しでも長持ちしますように。毛布大事にしてね。
私はモノにも人にも執着していないつもりだけど、
これだけは特別。どうしてもなきゃダメ。
小さい頃から何かあるごとにぬいぐるみやらオモチャやら捨てられてきたけど
これだけは泣きながらゴミ捨て場に行っては必死に探して持ち帰ってきた。
ある種の安定剤なのかもしれん。
お父様の血糖値は安定していますか?
もし糖尿病や血糖値が不安定だと情緒不安定というか怒りっぽくなったりしてしまうようです。
医学的にはどういう関係かはよく調べてはいないのですが、
糖尿病の父も食事を抜いたり服薬をわすれたりすると家族に嫌がらせをしてきます。
ex)TVのチャンネルを変えられないとずっと携帯電話の着信を慣らし続ける
ex)献立が気に入らないといい血糖が急にあがりやすい菓子パンなどまとめ買いしてくる
また、知人の夫(70代)も血糖が高め(糖尿病というほどではない)も
血糖値が安定しないと妻に手をあげてしまったり非常に怒りっぽくなってしまうそうです。
ちなみにこの知人の夫には悪いことをしてしまったとの自覚があり、
あと、血糖の他に本人の自覚のない睡眠障害(不眠)でイライラすることもあるそうです。
これは私本人の話ですが、やけに疲れやすくミスが多くなり、情緒不安定になり精神科にかかって
また、何が原因で母がこんなことをしたのか、わからないままでいる。
酒か薬(医者が出す安定剤を含む)の可能性を疑ってその2つでなければストレスだろ?(その2つでもそれを接収しはじめたのはストレスが原因だろうが)
他人の家庭の事に 最後まで責任をモテないのであれこれ言えないが それでも 無責任な増田だと思って言わせてもらえれば
もし、家族のことを思うなら お母さんに休みの日を作ってやれ。家族で協力して。月に2日間は、お母さん休みの日でのんびりとかな
あとは、経済的なことが問題なようなら、厳しいだろうけど、それこそ問題になってる生活保護を含めいろんなことを考えないとダメ。
金も、そうだけど、心が休まる日がないのは辛いから。
10年以上、不眠に悩まされてきた。
だが腰痛を起こしたのをきっかけに、整体に通うになったら、眠れるようになってきた。
整体師に聞いてみると、体ががちがちで自律神経が休まらない体だったそうだ。
つまりこんな感じ。
体が凝る(1)
↓
自律神経が休まらない
↓
副交感神経が働かない
↓
眠れない/眠りが浅い(※)
↓
体が休まらない
↓
肩が凝り体がだるくなる(2)
↓
(1)~(2)の負のスパイラルに陥る
↓
やる気がなくなる
↓
何もかもが嫌になる
↓
心の病なんじゃないかと思い始める
↓
鬱になる
↓
自分は眠れないと思い込む
↓
何をしても眠れなくなる
↓
もうダメだ
睡眠剤は、眠れない/眠りが浅い(※)を対処療法的に解消するだけの物でしかない(のではなかろうか)。
だから(※)が解消されても、そもそもの原因である「副交感神経が働かない」という部分の解消にはなっていない。
したがって睡眠剤の服用は一時しのぎにはなっても、根本的な原因は解消されず、不眠が治らなかったのではないかと思う。
(自律神経失調症にしても、心の入れ物である体の不具合が治らなければ、どれだけ薬で対処しても、根本解決にはならないような。
一方整体に通うことによって、体の凝りがほぐされ、自律神経の動きが回復し、副交感神経も働くようになったことで、不眠が解消されたように思う。
ということで、不眠とか鬱って、心の病と思われてるけど、そもそもの原因って本当にそこなんだろうか、と疑い始めてる自分がいる。
精神が参ってしまう根本原因は、必ずしも心や気持ちといった曖昧模糊としたものではなく、
「身体の不調」という物理的な原因であることが多いのではないだろうか。
色々くよくよ悩むことが多いと思うけれど、そういうときって睡眠不足だったりしない?
それに気持ちが重くなるときって、大体、肩が凝ってたり、体がだるかったり、首が痛かったり、頭が重たかったり。
ということは、逆に考えれば、「ちゃんと眠れて」「体が快調」であれば、気持ちも軽くなって前向きになれるってことではないだろうか。
もちろんそれだけではないかもしれない。
でも、もし不眠だったり、気持ちがダウンしてしまったら、まずは身体の不調を解消することを考えてみてはどうだろう。
簡単なところでは、ストレッチして全身の筋肉をほぐしたり、全身をマッサージしたりつぼを押してみたり。誰かに頼んで肩を揉んだもらうとか。
スーパー銭湯とかいって、大きな湯船に使って、体をリラックスさせるとか。
ただ、ほんとに深刻なら、多少の出費は覚悟しても評判のいい整体院を探して、通院してみることオススメする。
体バキバキやる系ではなく、体の奥の筋肉をじっくりとほぐしてくれるようなところがいいかも。
ここまでしてもダメなら(上記以外にも寝具など睡眠環境の改善も見直したほうがいいかも)、
初めて精神科や心療内科にいって、薬を処方してもらうとかでもいいのではなかろうか。
何より「薬に頼る」ことの後ろめたさ、敗北感は、結構心に響く。
なのに、眠れないから、欝っぽい、ということで、すぐに心の問題としてそちらに頼ってしまう人が多い気がする。
そして根本的な解決にいたらず、どんどん深みにはまっていく人が。
現に自分もそれになりかけてた。
テレビやモニタ、携帯電話など、目の疲れや肩が凝りやすい環境に囲まれる人が多いと思う。
最近「不眠」「鬱」で悩む人が増えているのも、実はそこなんじゃないかと。
余りにも調子が悪く、気分が沈むので意を決して病院にいってきた。
診断は神経症、処方された薬は安定剤だが飲むと全く仕事ができなくなるので、
週4000円する漢方を飲んでいる。
立ち上げてもうすぐ1年半になる。
つい4ヶ月程まえまでは深夜2時まで働いて牛丼を食って帰る。
4時に寝て翌日9時に起きてまた出勤する。
そんな日があっても仕事は楽しかった。
頑張っている自分が好きだった。
しかし今は全く頑張ることができない、
社員達には悪いが午前は空の外出の予定を入れて家から出られずにいる。
何人か会いたくない客がいる。
かつての俺に戻れる時はくるのだろうか。
バイタリティにあふれ、意欲的に仕事を取り組んでいた俺に戻れるだろうか。
「死にたい」って友達に漏らしたらきっと叱ったり励ましたりしてくれるだろう。でも「そっか、死ぬほど辛いんだね」とは誰も言ってはくれないんだ。嵐はもうとうに過ぎたし、今の私の生活はなんの変哲もなく、特段困ったことにも直面していない。すっかり回復したと、誰もが思っている、あるいはそう思おうとしてくれている。
でもダメだ。死にたい。失った物が絶対に戻ってこないだけでなく、思い出さえもむしり取られるような仕打ち。自分には生きる価値なんてないと思い知らされた。彼らがそういったからとうだけでなく、それを跳ね返すことができないから、私には生きる価値、生きる力がないのだ。
明日なんて来ても何も変わらない、私が変わろうとしてないからだなんて知ったような言葉もうこれ以上聞きたくない。朝、目が覚めたら頚や顎がかちかちに凝っている。眠っているあいだじゅう歯を食いしばっているからだ。そんな朝もういやだ。安定剤も眠剤も飯みたいなもんだ。
いきなり休みになって、「もう仕事に戻れないんじゃないか」と不安な人へ。
以下を実行のこと。
十分な睡眠を取る
昼夜逆転を治す(これはむりやり治す)
三食食べる
栄養のある食事を取る
食事と食事のあいだに水分補給を
日中散歩に出る。
ということは、朝起きて、外に出られるような支度をすること
一日中パジャマは止めた方が良い
周囲の目が気になるなら、自転車を購入しよう。
仕事以外のこともやってよい、というか、むしろ意識的にやるべき。
安定剤はガマンせずに飲もう
やり過ごす技術を手に入れよう。
とりあえず一月の場合は以上のことを勤勉にやるw
きょうのできごと(もう昨日だけど)
日曜は変則的に仕事があったので8時に起きて14時まで働く。その後、テレビでも買い替えようかと電気屋によったがどれにすればよいかさっぱりわからず帰宅。移動中の電車で爆睡。有馬記念の結果を友人からのメールで知る。途中でお惣菜類を買って家で食べる。
燃えるゴミの年内収集期限が月曜の今日までなのだが乱雑な室内を片づける気力が出ず、放置。クレンジングシートで化粧を落として歯を磨き、19時から寝た。
途中で見たい番組のじぶんアラートが出たが、起きる気力が出ず、録画も出来ず。ああ、明日こそテレビ買いかえよう。
懸案事項(母親との対立)の夢を見てうなされ、この時間に起きた。なんだか風邪気味な気もするが風邪薬はないので温かい紅茶を飲み、ビタミンのサプリと安定剤を飲んだ。家賃振込手続きをしたらもう一眠りしよう。月曜が仕事納め。もう一踏ん張りだ。
あれは確か三年前の今頃、我が家の猫が膀胱炎になってしまった。
実はこれが初めてでは無く、以前にも二回ほど経験済み。
とは言っても放っておくことはもちろん出来ない。トイレで悲しそうな顔でふんばる彼を見ていたら何ともかわいそうで私は急いでかかりつけの動物病院に電話をした。
が、しかしその日は運悪く休日。
コール音の後に聞こえてきたのは虚しくも留守番電話のメッセージ。
こんな時のタウンページじゃないか!と石原良純に感謝しつつ探しまくり、ようやく車で20分ほどの場所に一軒の休日診療OKな医院を見つけた。
すぐに連絡を入れた所、快くOKが出たので、嫌がる猫に頭を下げつつキャリーにむぎゅっと詰め込んで病院へ急いだ。
病院は流石に空いていて、すぐに検診してくれると言う。ありがたやありがたや。さっそく診療台の上でキャリーオープン。
中から出てきたのはカッチコッチに固まって瞳孔かっぴらきな猫。
ごめんよーと言いつつ手をさし伸ばした、瞬間。
突風のようにキャリーから勢い良く飛び出し、何も無い壁を忍者のように駆け上り、天井に設置してある謎の機械の上まで風のように移動してくれてしまった。
落ち着いたかと思いきや、そのまま壁を横移動して棚上のビーカーをなぎ倒し、角っこのテレビ上まで更に移動。テレビの上の芳香剤が華麗に倒れて診察室中に物凄いフローラルな香りが充満。
その間、わずか10秒ほど。
彼は完全に野生化していた。猫じゃらしにごきげんでじゃれていた彼はもういない。あぐらの上で安らかに眠る彼はもういないのだ。
いるのは、先程よりも更にかっぴらきおっぴらきな瞳孔でこちらを見て激しく威嚇してくる野生生物。
やべぇ、これはやべぇ。先生もこまった表情。ここはもちろん飼い主である私が何とかすべきである。
そう思い、猫なで声で名前を呼びつつテレビの上からひっぺがそうと手を伸ばした、瞬間。
私の顔にシュパッと妙な感覚、直後目の上から暖かい液体が流れる感覚。
あれ、なんだこれ。
不思議に思って瞼の辺りに触れてみる。あ、これ血だわ。血。RH+B型の血です、これ。
それでも負けたらアカンと己に喝を入れ再度チャレンジ。よっしゃ今度は捕まえたでぇ~もう逃がさへんでぇ~ぐへへへ。
と安心した瞬間、再び瞼の上に彼からの怒りの一撃。なんでこの子瞼の上ばっかり狙うんですか。完全にピンポイントじゃないですか。
二度目は至近距離からの攻撃だったので、先程よりも爪は深くぶっすり刺さってなかなか抜けない。
先生の協力の下なんとか爪を抜き取ったら顔中血だらけになってた。
アララ嫌だわ、私ったら☆なんてギャグっぽく振り返ったら先生超青ざめてた。
なんかすごいオロオロして脱脂綿差し出してくれた。なんかちょっと泣きそうだった。
もうこの猫はこのままじゃ診察出来ないと判断、強めの安定剤を注射して待つこと数分。
猫、目開いたまま寝てた。
すげぇ。剥製みたいになっとる。
相変わらず止まらない瞼の血を頂いた脱脂綿で抑えつつ診察終了。先生に平謝り。
壊した物、全部弁償します、本当に申し訳ないです、と言うと、先生は「え?なんにも壊れてなんか無いですよ?」と笑顔。
その背景には割れたビーカーやら倒れた芳香剤やら、それでびっしょびしょになった諸々やらがバッチリ存在アピール。
やばい、この人にならすべてを捧げられる…!!!イケメンすぎる…!!!
涙目でもう一度謝罪とお礼を言って一万円払ってフローラルすぎる猫を抱えて帰ってきました。
家かえって鏡見たら顔中血まみれでした。
返り血浴びたの?!って誤解されるレベルでした。
どうしても見たいドラマがあったため、昨日は残業を早めに切り上げ帰宅した。
ドラマ終了後、すぐに仕事(持ち帰った)にとりかかるべきか迷ったのだが、安定剤を飲んだせいか、どうにも眠気が止まらない。ドラマの次に見たい番組が2時間後にあるため、それまでに仮眠をとろうと横になる。当然、「仮眠終了時間」用の目覚ましと「見たい番組」用のアラートはセット。
―気付いたときは、朝のニュース番組が始まっていた。カーテン越しに朝日が差し込んでいるのに、部屋の明かりも煌煌と。
化粧したまま歯磨きもしないで寝ちゃったんだな・・・目覚ましと携帯、鳴りっぱなしだったのかな・・・ウチのテレビ、ずっと砂嵐放送してたんだろうな・・・とか思いながらのろのろ出社支度をした。当然、持ち帰った仕事を小人さんがやってくれたなんてオチは無い。
正直、今までも家で仕事するときに、うっかり寝てしまったことは何回かある。だが、少なくとも夜中3〜4時頃にはハッと目覚め、慌てて化粧を落としたりしながら目を覚ましたものだ。
ひょっとしたら疲れが原因なのかもしれないが、今回は安定剤が原因のような気がする。いや、そう思いたいだけなのかも。徹夜で仕事〜とかムリな性分なのかな。
二時間近く経っていた。 吐きそう。 きもちわるい。 内臓が重い。
思わずひきこもっていた部屋を出て、好きな音楽を聴いたりして、
くだらないテレビでわらいながら両親とどうでもいい話をしたり、
重圧しか感じないし、まだ不安は消えない
けど、これはこれでいい傾向なはずなんだ。そう言えよ誰か。
高校の時メンヘラってた頃から筆をとりはじめて、一二年狂ったように小説を書きまくった。
短編を一週間にひとつは書いた。三百枚だか四百枚の長編を書き上げた。
自分の肉を削っては丸めて、自分の血を吐いては塗り固めて、そうして無様に書き続けた。
幼稚で稚拙だったけれど、身内はこぞって賞賛してくれたし、涙を流したひとさえいた。
祈りながら書いた。海辺で砂のお城を建てるような、緻密な指先で。その城で暮らせるあの子を思い浮かべて。海抜数十メートルからの景色をまぶたの向こうに見やりながら。
オリジナルの文芸理論を組み上げて、誰でも小説が書けるシステムを構築した。 科学的に考証した設計図は、何よりもの安定剤となった。
これさえあれば、人の心をつかめる。だれかの心の中にいられる。 この城はじょうぶできれいだから、みんな安心して暮らせる。 みんなよろこんでくれる。
そう思い込んだ。 価値創造だと言いくるめた。 自分の身長ほどもない砂の城にしがみついた。 ひとりぼっち夕暮れの海。
つもりだった。 図に乗った。 しがみついたら、くずれ落ちた。 日は落ちていた。 なぜか震えている僕。 かじかんでキーボードがうてない。
受験勉強に追いつ追われつしてうまく合格してそれから半年以上経って、いま僕はなにも書けていない。
無い能力が枯渇したら自分の存在意義さえ否定されそうで……っていうのは、うそだ。
でも書くべきだし、書きたい。何より、自分の書いたものを僕自身が読みたい。超読みたい。
だからこうして、また苦しみはじめた。砂浜に、引き戻した。11月8日。つめたい指を 必死で もみほぐす。
音楽でも絵画でも、創作せざるを得ない人間が生み出した作品は 圧倒的 だ。
程度の差こそあれ方法論なんかより“作者を潰しかねないほどの必然”こそが傑作を生むのだ。
卑近な例で申し訳ないけれど、僕だって安定剤におんぶにだっこだった頃が一番活動的だった。
だから、 つまり、
こうして気分が悪くなってることは からだ が創作意欲に燃えはじめたって解釈していいはずだ。
他人を困らせたり迷惑を掛けたりしなければいい。それは十分学習した。なんなら体罰も再履修する。
そこさえ注意すれば、そろそろすごいものが作れるはず。 シンデレラ城だって夢じゃないのさ。
言い聞かせる。火を灯すように、指先をもむ。
ていうかそれを信じなきゃやってらんねえんだってば。
トムヨークは『病気と芸術を結びつけるのはアホだ』みたいなこと言ったしそれはそうだけど。
そういうのじゃなくて、一応 生みの苦しみ ←これでいいだろ?
彼女から連絡が薄くなったのとか友達がいろいろ勤しんで離れていくこととか他人への信じられなさとか臆病とか自己嫌悪とか駅のホームでなんとなく身を投げたくなることとかメールの来ない携帯電話をベッドにたたきつけたこととか正しさとか愛とか自分の中の暴力性とか卑怯さとかこんなやり場のない自己陶酔とか腐臭漂うナルシシズムとか癒しなのか慰めなのかわからない日々のオナニーとか不感症とか人格障害とか甘えとか足りない皮膚感覚とか愛とか = 生みの苦しみ
いいって言えよ誰か。誰か!
こんなものを書いてるエネルギーをどっかにちゃんと使用してればいいのに。
疲れていて、でも身の回りの人は心配させたくないから増田にこう書いて自分を癒す (汚いもの見せてごめんなさい)。
よかったら、今までの文章なんかぜんぶ無視して誰か僕に「おつかれさま!」と言ってください。みなさん迷惑かけてごめんなさい
新卒で入った仕事をやめてそろそろ一ヶ月たつ。変化を書いてみようと思う。
・寂しくなった。
体調悪くなった関係で辞める三ヶ月前に恋人と別れたからと思う。
・夜眠れるようになった。
というか、安定剤(副作用で眠くなる)とか飲まなくてもよくなった。少し遅くまで起きてるからかもしれないけれど。
明日が来ても怖くない。来てほしいとは思わないけど。
あと、夢を見るようになった。
長時間寝ると、なんか気持ちがいい。
・ニート思考が生まれた。
第二新卒に当たると思うけど、いまはまだ働きたいとは思えない。
というか前の仕事で頑張りすぎた気がしている。
次、すぐに頑張れない。
・辞めてしまったことへの後悔
この時期に辞めたことはやっぱり無謀だった気がする。
でも、とにかく限界だったんだと思う。
あのまま働いて、朝の電車に飛び込まなかっただけよかったのかな。
・開き直りたい
才能があるかはわからないけど、学生時代に趣味でやっていたことを突き詰めようかなと思う。
知人はそれをやることを進めてくれた、君なら出来るといってくれた人もいる。
残念なことに、自分自身での評価が低いからどうしたものかと思っているけれど、もう開き直るしかないだろう。
二年ほど離れていたその作業への集中力を取り戻したい。
自分の作るものには商品価値が生じる可能性が秘められているのだと、信じて開き直りたい。
・しかし不安はやまない
不安だ。
在宅でできる仕事を探したいけど、スキルがない。ないなら身につければいいだけなんだけど、何を覚えるのが一番よいのかなど悩む。