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はてなキーワード: 大正とは

2011-11-16

http://anond.hatelabo.jp/20111116074734

そういや天皇が死んだらまた次の年号になるわけで、

只でさえ今でも昭和平成が混じっていて(大正以前は日常生活じゃ使わないので無視)面倒なのに三種類になったら面倒臭過ぎる…

かと言って天皇の歳考えたら昭和日常生活じゃ使わなくなる時代になるまで長生きして貰うのはまず無理だよなあ…

ほんと和暦廃止して欲しいわ。公的書類で使わないようにするだけで大分楽になるのに。

2011-10-07

http://anond.hatelabo.jp/20111007235634

名も無き平民ならいつの時代でもそんな事やってなかったし

上流階級なら大正くらいまでずっとそんな事やってただろ

2011-09-18

祖母の話したこと

適当に祖母が話したことを書いておきます。裏もとってないし事実と異なることがあるかもしれませんがご了承ください。

祖母は大正生まれ。栃木県宇都宮市内国道沿いに住んでいた。

当時中学校は市内に一つしかなく1100人ぐらいの生徒がいたらしい。

男女別クラスで男7-10?、女7クラスぐらいあった。

修学旅行?で東京江ノ島に行ったが、その頃は人数が多かったので特別列車を仕立てていったらしい。

東京で一泊するとき、小さい旅館しかなくあちこちに分かれて泊まったそうだ。

江ノ島には大きい旅館があったので2つにわかれただけですんだとか。

東武周辺は刑務所があったが、通学当時に工事が始まり更地にされてから再開発されたようだ。

家への近道だったため周辺を通過して帰ったらしい。

現在と違って他に建物もなく、フクロウがなく道を帰るのは心細かったそうだ。

更地になった後も数年広い敷地がのこり、商店街の男たちなどがでかい凧をあげていたと言っていた。

学校の生徒はほうぼうから登校しており、祖母のクラスには鬼怒川のへりに住んでいる生徒がいた。

の子の家は農家で朝が早く、徒歩で通学していたが、速く歩いても一時間はかかったそうだ。

名前を忘れてしまったがその子と祖母は登校が早かったため、よく一緒に登校し話をしたという。

ちなみに遠足の行き先は鬼怒川だったそうだ。

祖母の卒業後あたりで学区の再編が行われ、市内には複数の中学校ができたという話である

2011-07-30

これまでの治水の成果が出ている

こんにちはこんにちは増田です

最初に言いたいことは、これだけの雨が降ったにもかかわらず、これまでの治水の成果が出ていると思ったの。

NHKのヘリの中継で新潟洪水の様子を目の当たりにした人も多いと思うが、アナウンサーの人と河川事務所の人の会話が咬み合っていなかったので、少し補足しておきたいんだよね。

堤防

 100年に一度、200年に一度とだんだん洪水の想定規模がおおきくなっていって、今は、3階建の建物くらいの高さがある。堤防の上の道路を走っていると2階建ての家の屋根よりも高いところを走る。

 堤防の内側は、河川敷だ。堤防の内側の農地は、「何でそこに農地があるの」ってことになるのかもしれない。河川事務所の人も答えにくい質問だ。ちょっとおじさんがかわいそうだった。

堤防の上の車

 低いところに駐車場をもっている人は、緊急時には、あらかじめ高いところ車を避難させるよね。よく水が上がる地域の人は何とかなる場所を知っています

沈んでいるように見える橋

 普段、河道となっている部分にしか橋がかかっていない橋が幾つかある。残念ながら、橋をかけたとき予算が足りなくて、堤防から堤防まで橋がかけられなかったところだ。この手の橋を渡るには、3階建ての高さの堤防を登って、一度、河川敷に降りて、橋の部分でもう一度、坂を登るような不思議な作りになっている。なので、洪水の時は、河川敷の部分があらかじめ水に浸かることになっている。

から人が住んでいる土地

 ここは自然堤防といって、その周りの土地よりも1から2メートルだけ高い。治水技術がなかったときの助かるための手段だけあって、安全性は高い。川沿いの昔からある家には、2階に避難用の小舟があったりする。


余録

ここから先はおまけです

新潟」という言葉が与える印象について。新潟県は北から南まで北陸3県分の規模がある。関東で言えば、小田原から宇都宮までくらいの広さがある。大きい範囲の一部分のことだということをまず捉えていただきたい。

で、次に新潟市無駄にでかい。田園地帯を広域合併してしまったので、密度は薄いが面積だけはでかい。端っこから端っこまで車で2時間はかかる。そいう規模だ。なので、晴れて道路が乾いているところもあれば、水が溢れそうなところもある。

日本最大の干拓地

越後平野は、日本最大の干拓地だ。もともとは広大な潟湖で、いわば沼だ。強いて言えば、オランダと同じようなもので、海抜は極めて低く、各地の排水機場で必死に水を排水している。県内では柏崎刈羽原発の次にしっかりと警備をしないといけない場所だ。

もともと何の手も打たずに安全な場所は越後平野の中では少ないと認識しておく必要がある。

流路の大幅な変更

日本有数の信濃川阿賀野川の2つの大河は、幾つかの工事によって、かなり治水された。これらの工事をしていなければ、今回の豪雨新潟平野中が水浸しだっただろう。

大河分水

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E6%B2%B3%E6%B4%A5%E5%88%86%E6%B0%B4

http://www.hrr.mlit.go.jp/shinano/ohkouzu/

信濃川長岡の先で、海に水を流して、下流を守る分水路がある。大正11年に完成。堰のデザインクラシカルだ。日本パナマ運河とも言われた大工事だった。

ここで、かなりの量の水は海へ排水される。

関屋分水

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%96%A2%E5%B1%8B%E5%88%86%E6%B0%B4

新潟市市街地ショートカットする分水路。市街地への水量を減らせるようになった。

松ヶ崎開削、津島屋出州掘割開削

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%98%BF%E8%B3%80%E9%87%8E%E5%B7%9D

阿賀野川の流路も江戸時代の終わりには海へショートカットされるように直された。

この流路の変更の前は、信濃川と同じ地点に河口があった。

支流河川

加茂川、能代

 この2つの川は昔からのあばれ川だったので、大幅に人口河川化された。治水事業の実施後の洪水はない。

五十嵐川、刈谷田川

 この2つは、運良く洪水にならなかった。そのため、派手な治水事業が行われず、7年前の大雨のときにはじめて問題が顕在化した。この7年の間に堤防は大幅にパワーアップしている。



ここまで読んでいただきありがとうございます。これ以上、被害がでないことを願います。それじゃ。

2011-07-22

みてみてみ?きいてみてみ?

思ったよ

明治新聞の時代だった

大正ラジオの時代だった

昭和テレビの時代だった

平成ネットの時代だった

次は何の時代だろう

 

 

江戸生まれ「ラジオはだめだよ、新聞を読みなさい!」

明治生まれ「テレビはだめだよ、ラジオを聞きなさい!」

昭和生まれネットはだめだよ、テレビを見なさい!」

平成生まれ「○○はだめだよ、ネットを使いなさい!」

 

テレビ屋さん、テレビ見てないで現実みてみてみ?

2011-06-12

東北東京の分断くっきり 小熊英二

東北が「米どころ」の地位を確立したのは戦後だという歴史は、意外と知られていない。熱帯原産の商品作物であるコメは、東北では大正期まで収量が低かった。それが変わった背景は、農業技術進歩もあるが、東京市場の膨張、戦中と敗戦後の食糧増産政策、戦前コメ供給地だった朝鮮台湾の分離などである。こうして東北は、米・野菜水産物などの東京への供給地となった。

また東北は、東京への低廉な労働力供給地だった。高度成長期集団就職や出稼ぎだけでなく、高卒農村女性を始めとした低賃金非正規労働者存在が、下請け部品工場などを東北に誘致する力となった。

さらに東北は、東京への電力の供給地だった。コメ減反に転じ、過疎化が進んだ高度成長末期から原発と交付金が誘致された。沖縄基地が集中したように、福島福井には東京大阪に電力を供給する原発が集中し、他に産業のない地元の人びとが働いた。こうして穀倉地帯に原発が集中するリスクが生じた。

1990年代以後のグローバリゼーションの中で、一次産品労働力供給地としての東北は、アジアとの競争にさらされた。いっそうの過疎化高齢化、小商店公共交通機関の衰退が進んだ。点在する小集落から生活物資を買いに行くのも自動車に頼らざるをえなくなり、地域命綱となったガソリンスタンド過疎化による経営難で減少している。

今回の震災では、原発事故と電力危機、放射能による農水産物汚染、ガソリン不足と物流停滞、高齢被災者の多さ、部品工場の被災による部品供給網の寸断などが重なった。これらは上記のような地域震災がおきれば、必然的に発生しうる事態である。これを想定外の複合災害のように東京メディアが論じるなら、それは地震といえば関東大震災阪神大震災のような都市災害しか想定していなかった、無意識東京中心主義の限界というほかない。

復興も、関東大震災阪神大震災とは条件が違う。消費地である都市復興と異なり、生産地復興は、都市計画防災を中心に論じても限界がある。また神戸大阪に隣接して雇用もあり、経済活動の一時移転もできた。だが今回は、2030年までに人口3割減さえ予測されていた過疎地生産基盤を失った。

復興に水をさしたくはないが、懸念されるのはいっそうの過疎化だ。グローバル資本グローバルシティーにとって、食料と労働力供給地は東北である必要はない。20世紀国内分業で位置を定められてきた東北は、21世紀の国際分業競争の渦中で打撃をうけた。地震と電力供給リスクがある東北から工場海外へ移す動向も予想されている。町をまるごと失い、放射能におびえ、仕事と安全の未来もみえない状態が続けば、若者から先に東北を離れてゆく。この現実直視し、日本構造東北の位置を変える意志を東京側も含めて共有せずには、防災都市エコタウンの構想も新築過疎地財政赤字を残すだけに終わりかねず、原発に頼らない地域社会も作れない。

復興の前提は、原発事故の大局的対策だ。放射能漏れを伴う綱渡りの冷却が数ヶ月は続く。放射能放出3月より減ったが、再度の大放出の恐れは残っている。政府は矛盾だらけの暫定措置(飲料水放射能基準値が原発排水の7倍など)のつぎはぎを超え、さらなる避難拡大や経済的・国際的影響など、あらゆる事態を想定した長期戦略を公表して国民を納得させてほしい。何もしらされずに非常事態になれば、かえってパニックがおきる。「最悪の事態になれば東日本がつぶれる」と発言した菅首相なら、そうした戦略を立てる意志はお持ちと思う。少なくとも「想定外だった」という言葉だけは、世界中の誰も聞きたがってはいない。

震災後には、「がんばれニッポン」という言葉が躍った。だが震災が浮き彫りにしたのは、「ニッポン」の一語で形容するにはあまりに分断されている、近代日本の姿である

(おぐま・えいじ 歴史社会学)

朝日新聞4月28日 あすを探る 思想・歴史 ( via http://twitpic.com/4u59mv )

2011-05-23

「それがあたりまえだからである」を答えにしてしまう人の頭の中

http://business.nikkeibp.co.jp/article/money/20110518/220028/

こういうのって論理が尽きた大人が子供に対していう言葉(これ以降はパワーゲームになりますという最終宣告)だと思ってた。

要するに、力関係ではうわ待っていることを担保にした発言なんだよねこれ。

「わからないなら分からないでいいから俺の言うことに従え」という論理

それは価値観が固定的であり、大人が子供に比べて優秀である時代にはとても有意義な方法だったと思う。



・・・でも、もはや価値観も多様化して、経済学においてすら正解は一つではないという状況になって

よりによって、明治大正の話を持ち出して「あの時当たり前だったことは今でも当たり前だ」か。



「それは当たり前だからだ」を子ども権力において劣る側)が大人に対して言う時代になったとはおもわなかったよ。

大人が対等な大人にこれを言ったときは、ただの敗北宣言であるし、まして子どもが大人に対してこれを言ったときに何が待ってるかというと弾圧

それに気づかないということは、この人は今自分が強者側にあるor自分意見には絶対性があるという確信を持っているということだ。

何を持って、彼は自分政府より強者で、絶対性を持った存在とみなしているのか。

2011-05-13

http://anond.hatelabo.jp/20110513115101

明治大正の話されてもなぁ。

その後、特別保護認定でも保有を続けてるし、保全活動してるのだって、もっぱら社会貢献アピールでしょうに。

2011-05-10

http://anond.hatelabo.jp/20110510110123

むしろ今時だと同人も専業の方が規模的に主流を占めてる気がする。版権物も含めて

まあ同人=版権物という前提もだいぶ変で、明治大正からあるような本来の「同人」で考えるとオリジナルで専業化してるのは別におかしくないんだけどな

2011-05-04

ばあちゃんから殿様の話をきいた

ばあちゃん(大正うまれ)から、ひいじいさん(ばあちゃんのお父さん・明治初期うまれ)の話を聞いた。

ばあちゃんの家は田舎藩主の家臣だったらしい

ひいじいさんは明治の人だけど、まだ主従関係の影響はハッキリと残ってて、

藩主家の当主のことは「御前様」と呼んでいたとか、

当主の息子が結婚するときは旧家臣も集まって会議したとか、

ばあちゃんのお兄さんも、正月には「御前様」の家に挨拶に行かされたとか、

正月には「御前様」の家で園遊会がひらかれたとか。



昔っちゃ昔だけど、80年前にはまだ、江戸時代君主―家臣がひきずられてたんだなあ、と意外だったり

でも明治維新から60年しか経ってなかったわけで、当たり前かもなあと思ったりしました



田舎藩の小藩の家臣でもこんな話が出てくるのだから

今でもそういう意識がどこかに残ってる人達がいてもおかしくないね

そんな話、ないでしょうか。

2011-04-13

爺ちゃんが死ぬ。

自分の爺ちゃんが死ぬ。


入院中だけど、この1週間以内でしょうという医師のことばがあったらしい

御年97歳。大きな病気はなく、老衰である

ちょっと前から具合がよくなくて、それでも苦しまいで死を迎えられそうだからしあわせだと思うようにしている。


97歳というのは、大正3年生まれ。

関東大震災経験し、太平洋戦争経験し、それらを乗り越えて戦後日本を生きてきた世代である

…唯一の後悔は、爺ちゃんとこの震災の後、自分はどうやって生きていったらいいのかを話すことが出来ないことだ。


自分は数年前まで介護業界に生きてきたのだけども。

90歳を超えて生きている人たちっていうのは凄く元気な人が多いという印象だった。

生命力がない人たちは、90歳を超えることは難しい経験で感じたのだ。

そして大体の人が言うことばは、「明日死んでも、ぜんぜん惜しくない」ということばなのだ。


自分は今回の震災で、震度5強くらいを経験しただが、それでも自分にとっては初めて経験するものすごい揺れだった。

そして強く思ったことは「まだ死にたくない」という、生への執着だった。

介護現場で、死を身近に感じていた人間でも、自分に置き換えて考えたことなんてなかったのだ。


思えば、ここまで生きてきて、「死」というものを身近に感じるほどの、困難を与えられたことなんてなかった。

自分が感じてきた困難というのは、たとえば進学や就職であったり、経済的な事情であったりというものはあったが、

食事が守られて、水もあって、自分寝床はあるというような、「死」とは遠くかけ離れた困難であった。


今、それらが脅かされるような国難を目の前にして、自分はどう対処していったらいいのか分からない。

そして、貧困戦争経験してきた世代が、世の中からいなくなってきていることを、すごく心細く思う。


爺ちゃんと、そんな話が出来ていたら、自分も何か、強くなれたかもしれないと思う。


そんな爺ちゃんが、もうすぐ死ぬ。

2011-04-12

湯涌温泉花咲くいろは招致は正解?だったのだろうか(成功or失敗?)

花咲くいろは聖地となった湯涌温泉に先日行ってきた。個人的には非常に印象が良い温泉街であったが、この温泉街が抱え持つんじゃないだろうかという悩みも分かったような気がしたため、あくまで一観光客の暴論ではあるが書き留めることにした


まず、湯涌温泉街に入ってすぐ抱いた印象は、ここが上品な「静かさ」を持つ温泉街であり、こうした選好を持つ個人客向けにぴったりな温泉街だろうなというものだった(一例とすれば、温泉街にありがちな射的や場末的バーがない)。これは私個人とすれば、この温泉街に希少な強みのように思え、この「静かさ」を壊しかねないアニメファンの流入をなぜ許そうと思ったのか?ということが非常に気がかりであった。

詳しく言えば、うらぶれていない「静かさ」というものを湯涌はブランド価値として認識しているのだろうか?そもそもそれを、ブランドとして認識しているのか?次に認識しているとしたらなぜいろは招致を行ったのか?そのリスク管理をきちんと計算しているのか?というのが気がかりであった。


さて、観光業もまた普通産業と同じように、投資のリターンを得る産業である。簡単に言えば、高山鉄道を作ったり、そこに歴史ロマンがあるのだというアピールをしないアルプスは単なる険しい山だ。観光地PR宣伝文句自体が、宣伝文句と同じブランド意識を作るのであり、ブランドイメージは絶え間ないPR戦略によって形作られる。では、湯涌が長年投資してきたブランドイメージとは何か?

湯涌温泉観光協会によれば、湯涌温泉ブランドというのは、「名湯がある静かな温泉街」であろう。湯涌温泉は、このブランドイメージのために投資を続けてきたのであり、それは後述するように恐らく成功しているといっていい。

問題は、こうしたブランド花いろ招致が傷つけるのだろうか?という点にある。しかし、これは表層的な次元の話なのでもう少し深い次元についての話をしてから述べたい。つまり、そもそもなぜ、「名湯がある静かな温泉街」というブランドイメージから通常、広告を打つべ20代以上女性層、30代以上男性層ではない層に宣伝したのかという話である。「名湯がある静かな温泉街」というブランド自体に湯涌温泉側が価値を見いだせなくなっているのではないか?これが極めて重大な深い次元での問題である


湯涌温泉経済状況ははっきり言って分からない。以下、本項では一般的な温泉街へのイメージであるやや経済的に苦境に立っている温泉街というイメージを湯涌に勝手ながら当てはめる(潤ってたらすいません)。つまり、「名湯がある静かな温泉街」では競合他社が数多く存在し、このため他にもう一つアピール材料が欲しいともがく湯涌温泉、そもそも「名湯がある静かな温泉街」というブランドに魅力があるのか怪しんでいる湯涌温泉というイメージである

繰り返しになるが、一観光客として湯涌温泉の魅力として感じたのは、「静か」であることであり、団体旅行客向けと一瞬で分かるような老朽化した大型ホテルがないという2点だった。湯についてはその効能が他の温泉と何が違うのかよく分からなかった。ただし、白鷺の湯の盛況ぶりを考えれば地元の人々に非常に愛されていることが分かり良いお湯なのだろうということは分かった。「名湯がある静かな温泉街」というのは、概ね成功しているようである※1。


であるが、やはり「名湯がある静かな温泉街」のみではメインターゲットである宿泊客は集客できないという判断があったのだろう。そこで、湯涌には「名湯がある静かな温泉街」以外のアピール材料として、それは夢二館と江戸村を設定しているようであるしかし、夢二のアピールはそれが単独温泉街を支えられるほどの魅力かはあやふやなものであろう(東京美術館があり、生まれ故郷宣伝し、他の温泉街でも夢二アピールする場所があり、そのなかでなぜ湯涌が選好されるのかは分からない)。江戸村は総花的な江戸時代博物館となってしまっており、金沢の奥座敷というブランド宣伝と違ったファミリー向けの平凡な教育施設となっている。夢二館と江戸村も既存宿泊客(リピーター)に害をなすような施設ではないため加点要素は少ないが減点要素はないのは幸いとはいえる。とはいえ、とどめをさすようで気が引けるが、web上にある湯涌温泉MAP(事前の予習に非常にお世話になった)を見ていただきたい。右端には大正ロマンの街散策と書いてある一方、左端には武家・街やゾーンがアピールされている。これでは何を見ればいいのか分からない。湯涌の自己意識の分裂ぶりが明瞭に映し出されていると言っていい(もちろん、江戸時代から明治大正につながる構成になっていれば文句ないのだが江戸住宅と夢二に大した関係はない)。

結局のところ、現在湯涌温泉の獲得している資源とは、「静か」であることと「うらぶれていないこと」である。「名湯がある静かな温泉街」というブランドイメージは一応確保していると思われるが、メインターゲットである宿泊客をひきつけることに成功していないのではないだろうか。白鷺の湯目的で来るような人間の訪問時間を増やそうという目的があるだろう夢二館、江戸村は、しかし、一泊させることにはつながっていない。どっちとも見ても温泉に入って日帰りで帰れてしまう。いろは聖地巡礼も同じである(それでも、日帰りでくるような客層はファミリーであるため、「名湯がある静かな温泉街」というブランドは大して傷つくことがなく、メインターゲットである宿泊客に不快感を与えることはおこらなかったはずである)。

勝手な憶測だが湯涌温泉とは、メインターゲットである宿泊客が減少する中、これを「名湯がある静かな温泉街」というブランドイメージのみでは防げないとして、新たなアピール材料を探しているが既存の施設(夢二館、江戸村)では十分に成功していないという温泉街なのではないだろうか?そこにアピール材料としての新候補としてやってきたのが花咲くいろはである


では、ようやく元に戻る。さて、この「名湯がある静かな温泉街」というブランド花いろ招致は傷つけるのだろうか?はっきり言うが、現状のままならば傷つけるに決まっている。4月9日の配布イベントだが、あれを宿泊客が目撃したらどう思うだろうか?あるいは爆音をならしながらバイク聖地巡礼をする人間について宿泊客はどう思うのか?しかし、これは湯涌温泉としては当然予想できたことである。問題なのはブランド価値を傷つけるリスクを負ってまで花いろを招致したことに、どのような意図があるのかということである

1つは、メインターゲット自体を変えたいということが考えられる。つまり、宿泊から日帰り客に客層をシフトさせたいという意図が考えられる。「静か」というブランド価値がもうないと判断しているという可能性がある。もう1つは、花いろ招致は、今までと同じような単なるPRの一つに過ぎないと湯涌温泉が考えており、それがブランド価値を減ずるものと分かっていないという可能性がある。あるいは、ブランド価値を減ずることは分かっていも、新規客層の増加のメリットの方が大きい(騒ぎも半年もすれば収まる)と判断している可能性がある。

第一の可能性の場合、今のところ湯涌温泉に落としそうなお金は個人につき1000円以内だろうということが予想され、この単価引き上げが急務だろう。サイダーは温泉側にとっては最悪な商品になりかねないことを肝に銘ずるべきである。1本200円のあれ(店だと189円でした)は瓶そのものもお土産としての価値があるため、食べ物+グッズという選択肢を見事に消してしまえている。いろはにおいてはグッズ問題は解決するはずだが、日帰り客にシフトさせたいのならば単価引き上げは急務だ。白鷺の湯の規模的に日帰り客を狙うことはあまり考えていないように思える(あたらしや、やました戸田屋では日帰り客を狙った展開を考えているようである。このアピールはもっと強調してもいいだろうが、現時点では諸刃の刃認識されているのか扱いがいまいち見えない)

第二の可能性の場合はかなり末期的であるしか言いようがないので考えないことにする。

最も考えられそうなのは、第三の可能性、一時的にブランド価値を減ずることは分かっていも、新規客層の増加のメリットの方が大きいという判断である花いろの良いところは視聴層が10代、20代と非常に若いため潜在的顧客を長く保てるという点にある。このため長期的に見ても、花いろ招致はプラス面を強く持つだろうことは予想できる。しかし、それでもだ。既存客にダメージを与えるマイナス面にはやはり注目すべきであり、この管理もまた重要はないだろうか。マイナス面についてはもっと慎重に考えるべきではないだろうか。長年投資してきた「名湯がある静かな温泉街」というのは意外に貴重である可能性が十分あり、現状のリピーターを奪ってしま可能性は深刻なものと受け止めるべきである

では、湯涌温泉花いろについてどう対処すべきなのだろうか。答えはシンプルであり、少しでも不快な事態が起これば、PAワークスにすぐ苦情を申し立てたり、出来ればファン向けに何らかの注意を呼びかけるべきであるバイクについては深いところまで入れるべきではないだろう。イベントについては他箇所に譲る、あるいは、逆に大々的なものにしてしまいファンではない他の客を一笑に付させてしまうのが良いと思われる。湯涌温泉に分かっていただきたいのは、作品を愛するアニオタの敵は、その作品世界観を壊そうとするアニオタであり、激しい同族嫌悪が我々の特徴であるということである。そして、このアニメは作品を愛するファンを数多く生み出すことが予想できるのだから過剰反応と思われない程度には警告を発し続けるべきである(出来るだけマナーを守るファンとそうでないファンを分断させるような方法で)。


さて、長くなったが、まとめると、

花咲くいろは朝ドラ昼ドラ的なものをアニメ移植させ新しい科学反応を試すという冒険作であり、いわゆるアニメとは違ったアニメになるだろう(信者的目線では)。しかし、それはアニメを見ればの話であり、アニメを見ない層からはいわゆる深夜アニメしかない。

湯涌温泉が長年投資してきたブランドとは、「名湯がある静かな温泉街」であるが、名湯はアピールしきれておらず、「静かな」は花いろ信者の来訪によって傷つけられる可能性がある。

花いろ効果は②のマイナス面を打ち消して余りあるものになると思われるが、それでもマイナス面については慎重に考慮すべきである。苦情を言ったところで、それはファン間の内ゲバになるだけで、ついてくるファンは数多くいる。

④そもそもこうしたブランド価値を傷つけかねないPR誘致を行った原因についてはきちんと整理するべきであり、湯涌温泉ブランド戦略について徹底的な議論を重ねるべきである

⑤とりあえず、日帰り客は大してお金を落としていないので、客単価を引き上げる行動をするべきである



以上の事を、先日感じました。物事にはプラス面とマイナス面があるのは当然なことですが、今回の場合、そのマイナス面が湯涌温泉投資し続けてきた資源を傷つけかねない(元々観光地で生計を立てていたというところが鷲宮等と決定的に違う)のが気がかりです花いろ誘致は大正解だと思いますが、慎重に取り扱ってほしいなと。ま、アニオタ専用温泉かに開き直るのもいいのかもしれないけど、個人的にはそうなったら行きたくないので。






※1

個人的には、この路線の徹底的な深化が議論に上がったかどうかが非常に気になってしまう。先ほど述べたように、湯がどれほど良い湯なのか一見でも分かるようにアピールし尽くせていないのは問題である。本当にいいお湯ならば、どういう比較優位があるのか等アピールし尽くすべきであろう。湯が本当に良く静かならば、高価格路線(現在の湯涌は中価格)でも全く問題ないはずだが、この可能はなかったのだろうか。あるいは、金沢駅から立地が近く、それでいて静かな温泉というのは相当貴重なはずであり、立地の優位を生かして個別・ファミリー別に送迎するなど中価格ながら高品質サービス提供するのも手であったはずである

2011-04-02

http://anond.hatelabo.jp/20110402170349

えっと、わたしは原発即時廃止あほかーって派ですが、

江戸時代に戻るってのは極端な話です

twitterの元発言主も、定量的な側面は議論の余地あり、って明言してましたよ。

実際に、全然足りないとはいえ、火力・水力もありますからね。

江戸時代の人工4000万人しか支えられないって事は無いと思いますよ。

えーっと・・・大正くらい?w

2011-02-11

さっきカレンダー見てたら、今年の年号のところに平成23年(大正100年 昭和86年)って書いてあったんだよ

大正天皇が生きてたら今百歳って、今の時代ちょっと長生きな人ならそれくらい結構いるからな

しかしたら今もまだ大正だった可能性もあるんだなぁって思うとちょっとすごいなと感じた

2011-01-10

新聞は衰亡しない―渡辺恒雄読売新聞グループ本社会長主筆あいさつ

皆さん、入社おめでとう。

長期不況就職難のこの時期に、世界最大の部数と、高度の評論報道を誇る読売新聞に入社試験突破して今日入社できた諸君は、きわめて優秀な知性、体力の持ち主だと信じる。

ネット時代に新聞は生き残れない」との扇情的な言論が見られるが、生き残る力のない新聞とは何らかの経営者の失敗、紙面の偏向、一般社員能力の低下、愛社心の欠如等によるものであって、それらは読売新聞には当てはまらない。

私が誇りに思うのは、読売新聞の論調が公正であり建設であること、報道が迅速、正確で、今日国家社会、国際関係等からみて、いささかの偏向もないことである

今はやりのネット世界では、責任不明の発信者による無責任な言論、他人の名誉に対する棄損行為、流言飛語、わい雑で反社会的情報の流布、思想体系のない断片的言説のツイッター等が氾濫しており、青少年教育を害するポルノ出会い系サイトのようなものを規制することもできずにいる。

私は、新聞も本も読まず、ネット世界にのみ侵入している若者は、将来日本を支える指導力、知性、生産力、倫理観等を身につけることができず、国民文化民度の劣化を招くものと心配している。

欧米新聞と違い、日本新聞は個別配達制という日本特有の販売、配達網があり、販売収入が安定している。それに比べ、欧米はもとより、新興国途上国では個別配達網がないか、あっても脆弱なものであって、その収入の七、八割を広告収入依存しているため、その経営力は不況に恐ろしく弱い。欧米の著名な新聞が次々に倒産しているのは、収入源の七、八割が広告収入であり、不況時には企業広告出稿が大幅に減るためだ。

日本新聞は、独自の個別配達網を維持し、正確性、公正性、一覧性、ニュース重要度による多様な情報の有用な整理力による総覧性、可搬性、利便性、教養性等を維持する限り、衰亡することはない。むしろ、乱立し、無謀な競争をし、無責任情報を発信するネット業界の将来の経営の方が危ぶまれる。

だが読売新聞も、新しいメディア世界を傍観しているのではない。YOLや「あらたにす」等を通じ、必要で有用な情報の発信手段は広げている。問題はそれが十分な利益をもたらすかどうかであって、本社の強力なメディア戦略局が日夜、研究、開発し、効率よく利益を得るような事業を展開している。しかし、我々にとってはあくまで新聞が主軸であり、ネットサービス副業だ。

読売グループには、姉妹社に日本テレビ子会社巨人軍中央公論新社等があり、この不況の中で、黒字経営を維持している。

政界は指導力が低下し、与野党とも諸勢力が四分五裂している。その結果、経済不況に伴う失業や要介護者等に対するセーフティネットが構築されていない。政権党大衆迎合マニフェスト原理主義で、財源がなく投資乗数効果も低い、子ども手当のようなバラマキに没頭している。そのため予算の歳入は赤字国債が税収を上回り、国家財政世界最悪の状態だ。

ただし、米国や南欧の財政危機と異なり、日本国債の九三%は日本国民が持っている。しかし、国債発行も限度を越えれば価格暴落金利の上昇、そして不況の一層の深刻化につながる。

私はその解決策を持っているが、部分的には社論でも報じ、時を見て全面的計画を発表する。

日本政治の劣化、それによる不況の深刻化を防ぐためには、新聞、特に読売新聞の論評、解説、報道により、政治そのものの質の向上、活性化を図るしかない。

読売はこれまでにも、憲法改正案、行革案、戦争責任の検証、社会保障税制改革などについて、次々に建設的提案をしてきた。今は不況脱出のための財政金融産業政策についての提案に力を入れている。

最後に、読売新聞の将来について極めて重要な計画を申し上げる。

今朝の朝刊にも出ているように、新社屋の建設である。この大手町本社は一九七一年に建てられ、築後約四十年となる。

その建設当時は、古い経営者の頭の固さもあって、一極集中印刷が最も効率的であると誤信し、しかも鉛と手拾いの活字による輪転機、印刷とその発送のための長方形と三方道路の立地にこだわり、九五台の輪転機を地下五階層にわたって並べることを理想としていた。

私や内山グループ本社社長は、印刷電子化、発送、輸送の合理化、全国分印刷体制を主張したが、まだ若かった我々の主張は頭の古い硬直化した経営者に押しきられてしまった。中でも内山社長は長文の全国分印刷体制論を当時の社長以下に提出したが、却下されてしまった。

私は三年ほど前から、ひそかに大手町から輪転機を完全に移動し、IT時代にふさわしいシステムの配線やコンピューターの設置に適した新社屋の建設検討してきた。

その結果、この大手町の社屋を壊し、その跡に、三○階建ての最新機能を備えた新ビル建設することを決断し、一昨日の東京本社役員会で正式決定した。再建期間中、三年から四年は、銀座新橋演舞場に面した日産本社ビル借家する。この借家は、この本社より外見、内装とも立派だ。皆さんもいずれ新社屋が建設されれば、日本における情報金融機関の中心である大手町を睥睨する新本社で、執務することになるだろう。

思い起こせば、大正末期以来、読売新聞社屋は受難の歴史だった。一九二三年、銀座三丁目に建設した新社屋は、披露パーティーを前にして関東大震災で完全に崩壊し、一九四五年には空襲で跡形もなく全焼した

その間、朝日毎日大阪本社を置いていたため、関東大震災の被害を受けなかったが、一七紙あった東京紙はほとんどなくなってしまった。大空襲でも朝日毎日は戦火を免れた。

このような二度にわたる社屋崩壊にもかかわらず、新社屋の建設を続け、不死鳥のごとくよみがえり、一九七七年、務台社長のもとで発行部数が日本一となり、翌七八年には世界最大発行部数としてギネスブックに登録された。九一年に私が社長になり、それから間もなくの九四年、一○○○万部の世界最大部数を達成した。この時巨人軍も、日本一に輝いた。

創刊以来の苦難の中で、百三十年余にわたる先人たちの苦労の上、今や不滅の読売を象徴する超高層新社屋をこの大手町建設することは、私の生涯の最後の使命である。このデフレによる営業収入減の中で無謀ではないか、との批判も出るかもしれないが、わが社の資産力、経営からしてもいささかの不安もない。

もちろん、この大事業は私一人の力でできるわけではない。全役員及び社員諸君も、日常的な経費節減及び販売、広告収入の増強に向けて、全力をあげて協力していただきたいと思う。新聞窮乏化論のなかで、読売新聞未来は限りなく輝かしいものだと確信する。

新聞新聞2010年4月5日一面より(2010年4月1日読売新聞東京本社入社式にて)

2010-12-31

http://anond.hatelabo.jp/20101231105113

武力で古い時代を切り捨てて新しい歴史を作ってきたもんな。

奈良、平安、鎌倉室町安土桃山江戸明治大正昭和平成

まあそんなもんで今があるんじゃね

2010-09-12

7年前に書いた文章が発掘された

やっと80年代回帰が始まった。この分だと、90年代回帰が始まるのは、2010年頃になるだろうか。

ラジオから流れてくる80年代ポップスカバー曲を聴きながら私はそう思った。


2010年。私が25歳になる年。同じ世代の大半の人がおそらくそうであるように、私は25歳の私を想像することができない。21世紀に入ってからというものの、時間感覚が酷く曖昧で、今18歳であることすら、実感が湧いてこないのである。

1995年と聞くと、つい最近のことに思えてしまう自分がいる。2001年地下鉄の延伸。2002年サッカーワールドカップ日韓共催2004年アテネオリンピック開催・・・。小学生の頃教科書に載っていた未来の予定が、どんどん既成事実になっていく。あの頃の私には教科書の中の未来はどれも実現不可能なことのように思えたのに・・・。


ノストラダムスの大予言について、あれほど熱心に議論を交わしていた人々は一体何処に消えたのだろう?

ノストラダムス予言の年、私は14歳だ。結構生きられる、と思っていた。そして1999年7月1日ニュースでは、アナウンサー笑顔で「さて、この世界もあと一ヶ月になりました」と言うはずだと思っていた。まるで年の瀬ニュースのように・・・。

人々は世紀末という言葉を忘れた。21世紀という言葉も、昔ほど使われなくなった。70年代80年代のことはよく話題にのぼるのに、今が何年代と呼ばれるかについては、誰も口にしない。

物心がついてから10年余りが経った。総理大臣は何人代わっただろう。冷夏は何回あっただろう。巨人は何回優勝しただろう。


私たちの世代は昭和最後の一人になりうる。何歳まで生きたら、昭和の最期を見届けられるのだろう。明治はもうすぐだ。大正もすぐ後を追う。多くの人が愛した昭和が完全に歴史の中に入るのはいつのことだろう。


歴史は巨視的に見れば円軌道を回っているだけにすぎないのかもしれない。人はその一切片を直線であると思って生きていくしかないのかもしれない。

2010-09-03

http://anond.hatelabo.jp/20100903141730

ところで、お前の言う昔っていつ?

今のとこ、神戸大学付属図書館検索で引っかかった、

1921(大正10)年12月17日大阪毎日新聞記事に使われているのを確認したが。



何処まで遡れば、昔なのか、お前がそう言うに至る根拠とともに教えてくれ。

2010-08-11

http://anond.hatelabo.jp/20100811121026

一部同意。

少なくとも、公官庁主導での大学経営はどうかと思う。

実際、公や官が主導だとどうしても、前例主義になってしまう。

現状の否定ということがやりにくい。

現状路線の維持と規模拡大の結果、時代遅れ大艦巨砲主義がはびこることになる。

事実、安く学費高等教育を修めることが出来るというのは、貧しい家庭の子息にとっては幸運だったと思うけれども、国立大学がなかったらなかったで、私立大学スカウトキャラバン的なことをやってたと思う。

っていうか、黎明期はどの大学も似たようなことをやってたわけだし。

国立大学がなかったら、私学の特待生制度、奨学生制度が充実してたはずで、貧しかろうが高等教育は修めることが出来たんじゃなかろうかと。

公費で大学経営をするのと、私学助成を進めるのと、どちらが対費用効率がよかったんだろうかと。

いや、たぶん明治大正昭和までは国立大学主導のほうが効率的だったと思うよ。

マッチングシステムが未発達だったから。

マッチングシステムが発達した今だったら、国は高等教育からは一歩ひいたほうがいいと思うんだ。

国立大学に突っ込むお金を高校や高専あたりに注げばいい。

高い学費(たくさんの寄付と読み換えてもいい)で入学する大多数と、無料で修学できる少数、そんな形は悪だろうか?

たぶん、入学が学力で決まらなくなるという点で、学歴というシステムは成り立たなくなる。

たしかに学歴というシステムは、人事評価する上で、とくに新卒採用の基準としてとても簡便で有用だと思う。

大学でなにをやってきたかなんて、大学ネーム以下にしか評価されないくらい、大学教育は中身がない。

2010-07-20

http://anond.hatelabo.jp/20100719012918

この世にはね、掛け算できないものなど、なにひとつないのだよ、

とは申しますけどね。

命名規則は以下のとおり。

市電が通っていた通りのほうが先に来る。

・縦横両方に市電が通っていた場合市電が先に開通した通りのほうが先に来る。

ですので

五条御池が受けな理由

 市電敷設ではなく、建物疎開で拡幅されたので市電停留所がない

・千本が攻めな理由

 明治末/大正初期に東西方向に先駆けて敷設されたため

七条千本な理由

 三条通以南の千本通には市電が通っていないため(大宮通シフト

四条堀川な理由

 北野線四条堀川以南には行かないため(西洞院通りにシフト

西大路最強な理由

 四条通大宮以西はトロリーバスだったため

トロリーバスになった理由

 先に嵐電が開通していたため

たぶんこの解釈でも例外があるだろうけど、

こう考えるとちゃんとした法則性がある、ということです。

単なる年上攻め?

2010-07-03

http://anond.hatelabo.jp/20100702162438

酒はおそろしい毒。ドラッグ犯罪事故を呼び起こす社会の癌。

年末年始歓送迎会ではオーバードーズ、いわゆる急性アルコール中毒で毎年3万人が死亡している。

飲み会などにおける上の立場からのパワハラアルハラ飲酒強要での健康被害死亡事故も問題視されている。

酒を飲むとまず咽頭・食道がやられる。食道静脈瘤や咽頭がんなど。

「酒焼け」とよくいうだろう、あれが出たらもう赤信号

そして次に当然ながら胃が多大なダメージを受ける。

キャベジン大正漢方牛乳で守っても胃潰瘍は防げない。

その先の小腸や大腸も以下同文、消化器系は漏れなく壊滅。

アルコールが運ばれる循環器系はもちろんやられる、血管バキバキで脳血栓できまくり脳卒中の最大要因。

休肝日」という言葉があるくらい皆さんご存知の通り、アルコール分解の主役である肝臓はもうボッコボコになる。

最終的な分解を受け持つ筋肉もやられ、深刻な場合慢性的な震えや痙攣・運動障害をひき起こす。

そしてアルコールで最も甚大な影響を受けるのが、酒の麻痺効果のターゲットである脳・神経系

飲酒常習者は脳が萎縮し、非飲酒者に比べ痴呆が10年速く進行する。

慢性アル中患者は脳血流やグルコース代謝が低下し判断力などの高次機能が破壊され、反社会的行動を起こしやすくなる。

さらに膵臓ランゲルハンス島もやられて糖尿病になる。膵炎の半数はアルコール性。

もちろん腎臓もやられるし、アルコール性心筋症は心筋梗塞の最大要因。

それだけじゃない、免疫力が著しく低下するためエイズ肝炎などあらゆる感染症にかかりやすくなり、

酒による肥満はありとあらゆる成人病を加速させ、さまざまな合併症をひき起こす。

日本人の三大死因、がん、脳卒中心筋梗塞、すべて酒が要因。

さらに言えば、酒の上の暴行や傷害や殺人強姦など、様々な犯罪の間接要因でもあり、

昨今ようやく少し認識が改まりつつある飲酒運転被害ももちろん酒の害のひとつ

タバコによる火災も、その8割以上が飲酒による酩酊が原因。

まさに百害あって一利なし

万病の素。

あらゆる悪の根源。

経済的にも社会的にも、恐ろしく多大な損失を生む、まさに悪魔ドラッグ

それが酒。

今日リアル尊敬のかけらも受けてないだろう増田のようなアルハラ中高年が

若者の身体と才能を潰して日本を衰退させていってるわけだ。

年長の世代がこれではね。中高年は恥を知るべきだな。自分らの世代がいかに自分勝手

犯罪率を誇っていたかも知らないんだろ?酒を飲まない若者を尊重できてこそ良い中高年というものだ。

2010-05-26

迷い猫オーバーラン!敗戦監督の吹き溜まりになってる件

1話 板垣伸・・・バスカッシュで大失敗

2話 八谷賢一・・・ドージンワークで大失敗

3話 平池芳正・・・WORKING!!で失敗中

4話 大地丙太郎・・・半ば廃業状態

5話 福田道生・・・ヒャッコで大失敗

6話 池端隆史・・・大正野球娘で失敗

7話 久城りおん・・・明日のよいちで失敗

8話 小野学・・・咲 -saki-で大失敗 ←New!

2010-05-18

http://anond.hatelabo.jp/20100518172620

日本という国も維持するにはコストが必要になるわけで

そう考えると子供を産むという事が将来的な日本国を維持する為のコストを下げてる訳

だから増税という形でもいいし減税という形でもいい。

正直子供4人位居たら年収1000万位の人でも所得税0円とかでもいいよ。

子供累進減税とかでもいいからさ

所得税を最低40%から初めて

子供一人に付き100万減税で

子供二人だと200万

子供三人だと300万

子供四人だと400万

年収500万ちょい世帯だと子供4人で税額0円って感じか。

みたいな感じにすればわかりやすくていいのにね。

そして結婚しなくても子供を作りやすい社会にしてくれ。

昭和初期や大正明治の時代なんて養子とか非嫡出子による兄弟姉妹とかもっと当たり前だったじゃん。

そういう時代にしてくれ、種付けは任せろ。

2010-03-26

ttp://nihon9999.blog77.fc2.com/

363 名前:日出づる処の名無し[sage] 投稿日:2010/03/24(水) 17:21:42 ID:YuAfK5yk

あれ?・・・・この流れ・・・もしや戦前



372 名前:日出づる処の名無し[sage] 投稿日:2010/03/24(水) 17:24:15 ID:jNF2a2+r

»363

30年代くらいによく似てますね。世界恐慌ブロック経済化、大正軍縮政党政治の終焉などなど。



378 名前:日出づる処の名無し[sage] 投稿日:2010/03/24(水) 17:24:52 ID:DtegLjSt

»363

ドイツユーロ危機で200兆円が不良債権化しそう



世界大戦フラグ並にヤバイ



367 名前:日出づる処の名無し[sage] 投稿日:2010/03/24(水) 17:23:17 ID:l8T6yfcq

»363

大不況

同盟の危機

新興国の台頭

新興国同士の衝突

・大国の政治不信



これだけ揃ってるな



377 名前:日出づる処の名無し[sage] 投稿日:2010/03/24(水) 17:24:32 ID:mEVN96A5

»367

宰相鳩山一郎の血族

も追加で



381 名前:日出づる処の名無し[sage] 投稿日:2010/03/24(水) 17:26:23 ID:TbNL7net

»367

後世の歴史家が見ると

日本は一度アメリカに負けたのに何でまた戦争してるんだ? なにも学ばなかったのか?』

てことになるわな。

しかもドイツと違って賠償金を取られているわけでもないのにこれって……



425 名前:日出づる処の名無し[sage] 投稿日:2010/03/24(水) 17:44:10 ID:l8T6yfcq

大不況

同盟の危機

新興国の台頭

新興国同士の衝突

・大国の政治不信

ドイツユーロ危機で200兆円が不良債権化しそう



国内

宰相鳩山一郎の血族

政権交代(対米強硬派に)

世論の傾倒(右、あるいは左)

マスコミの偏向(右、あるいは左)



出たのをまとめてみた

泣けるな・・・

- 転職ならen
- 派遣ならen
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